運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 28年 (ネ) 10068号 損害賠償等請求控訴事件

控訴人兼被控訴人(一審原告) 出水商事株式会社
訴訟代理人弁護士小山信二郎 岡田隆 李哲芝
被控訴人(一審被告) 株式会社VIVIT
被控訴人兼控訴人(一審被告) Y1
被控訴人(一審被告) Y2
上記3名訴訟代理人弁護士 貝塚慶一 松葉優子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/12/12
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原判決主文第2項を,次のとおり変更する。
被控訴人兼控訴人Y1は,控訴人兼被控訴人出水商事株式会社に対し,269万0289円及び内金225万8798円に対する平成28年6月1日か-1-ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,第一,二審を通じ,控訴人兼被控訴人出水商事株式会社に生じた費用の20分の19,被控訴人兼控訴人Y1に生じた費用の10分の9,被控訴人株式会社VIVIT及び同Y 2に生じた費用を,控訴人兼被控訴人出水商事株式会社の負担とし,控訴人兼被控訴人出水商事株式会社及び被控訴人兼控訴人Y1に生じたその余の費用を,被控訴人兼控訴人Y1の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 控訴人兼被控訴人(一審原告)出水商事株式会社(以下,単に「原告」という。)による控訴の趣旨 (1) 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人ら(一審被告ら。以下,単に「被告ら」という。)は,原告に対し,連帯して,2000万円及びこれに対する平成25年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,第1,2審とも被告らの負担とする。
2 被控訴人兼控訴人(一審被告)Y1(以下,単に「被告Y1」という。)による控訴の趣旨 (1) 原判決中,被告Y1敗訴部分を取り消す。
(2) 原告の前記取消しに係る部分の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも原告の負担とする。
事案の概要等
1 本件は,ワインの輸入販売を行う原告が,@原告の元従業員であり,ワインの輸入販売業務に従事していた被告Y1及び被控訴人(一審被告)Y2(以下,単に「被告Y2」といい,被告Y1と共に「被告Y1ら」という。)が,原告に在職中に, 被控訴人(一審被告)株式会社VIVIT(以下,単に「被告会社」という。)を設立し,被告Y1において,原告の取引先であった海外のワイン生産者らに対し,虚偽の内容のメールを送って,被告会社との取引を求め,原告における後任者に虚偽の内容の引継ぎをしたりするなどし,原告を退職後に,被告会社において,原告と取引関係のあった海外のワイン生産者らから,原告が前記ワイン生産者らから購入する予定だったワインを購入した,A被告Y1らは,原告の営業秘密たる別紙営業秘密目録記載の顧客名簿(コンピュータ内の記録媒体又はその他の電磁的記録媒体に保存された電磁的データ及びこれを出力した印刷物を含む。以下, 「本件顧客名簿」という。)を不正に取得,使用し,又は,被告会社に開示して,本件顧客名簿に記載された原告の顧客に対し,被告会社として営業活動を行った,B被告会社は,Aの被告Y1らによる本件顧客名簿の不正開示を知ってこれを取得,使用したなどと主張して,次のとおり,各請求をした事案である。
(1) 原告は,被告Y1らに対し,被告Y1らによる前記一連の行為が,被告Y1らの原告に対する共同不法行為及び債務不履行(原告との各雇用契約の継続中は雇用契約違反,前記各雇用契約の終了後は競業禁止合意違反)に該当し,また,被告Y1らによる本件顧客名簿の取得,使用又は被告会社に対する開示が不正競争防止法2条1項4号及び7号の不正競争に該当するとして,民法709条,719条,415条又は不正競争防止法4条に基づき,損害賠償金の一部である2000万円及びこれに対する不法行為後及び不正競争行為の後であり,かつ,被告らのうちで最も遅い被告会社に対する訴状送達日の翌日である平成25年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を請求する。
(2) 原告は,被告会社に対し,被告会社が被告Y1らの前記一連の不法行為について,使用者責任及び共同不法行為責任を負い,また,被告会社による本件顧客名簿の取得及び使用が不正競争防止法2条1項5号及び8号の不正競争に該当するとして,民法709条,719条,715条又は不正競争防止法4条に基づき,被告Y1 らと同額の金員の連帯支払を請求する。
(3) 原告は,被告Y1らに対し,不正競争防止法3条1項に基づき,本件顧客名簿を用いた本件顧客名簿記載の顧客に対する営業行為の差止めを求める。
(4) 原告は,被告Y1らに対し,不正競争防止法3条2項に基づき,本件顧客名簿が記録されたコンピュータ内の記録媒体及びその他の電磁的記録媒体の廃棄と,前記各媒体からの印刷物の引渡しを請求する。
原判決は,原告の訴えのうち被告Y1らに対する前記(3)及び(4)の各請求に係る部分は不適法であるとして,これらを却下し,前記(1)及び(2)の各請求について,被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償請求は,295万8798円の損害賠償請求権及びこれに対する不法行為後である平成25年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとして,これを認容し,被告Y1に対するその余の請求並びに被告会社及び被告Y2に対する各請求は,いずれも理由がないとして,これらを棄却した。
これに対し,原告と被告Y1は,それぞれ,原判決の敗訴部分(原告につき,前記各却下部分を除く。)を不服として,本件各控訴を提起した。
2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり,当審における主張を追加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の2,同3(2)ないし(5)及び同4(2)ないし(8)記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決5頁23行目の「被告会社」を「原告」と,同6頁3行目の「被告会社」を「原告」と,同頁4行目の「A」を「A(以下, 「A」という。」と,同 )16頁24行目の「5」を「(5)」と,それぞれ改める。
なお,用語の略称及び略称の意味は,本判決で付するもののほかは,原判決に従う。
(当審における当事者の主張) 1 共同不法行為に基づく損害賠償請求権の成否について (1) 原告 ア 被告Y1の共同不法行為について 原告は,Bと長年の交渉の末,同人のワインを初めて日本に紹介し,国内唯一の輸入業者として年2回ずつ輸入してきたから,被告会社がBのワインを購入しなければ,原告は,平成24年以降も当然に年2回ワインを購入することができる地位を有していた。
(ア)a Bは,超小規模生産者であり,日本に輸出するワインの本数を限定しており,原告は,その上限数を毎年購入していた。
b 原告は,Bと,1年間に購入するワインの総数(Bが指定した上限数)を,年2回に分けて購入することにつき合意していたから,少なくとも平成24年における2度目の購入については,確実に購入することができる地位を有していた。
(イ) 原告が過去に取引を打ち切ったワイン生産者は,全て大規模生産者である。
C,D,E,F及びBは,原告が新規開拓をした小規模生産者たる農家であり,ワインの生産量が少なく,日本における輸入業者を原告一社に限定しており,原告が同生産者のワインを初めて日本に輸入販売し,国内唯一の輸入業者として輸入販売をしてきたという実績及び信頼関係に基づき,原告と継続的に取引を行ってきたのであって,大規模生産者とは状況を異にする。
イ 被告Y2の共同不法行為について 被告Y2は,原告が輸入を予定しているワインを被告会社が横取りするという事実を明確に認識した上で,原告在職中,被告会社を設立し,その後,被告会社の経営に共同経営者として主体的に関与し,また,被告会社が輸入したワインにつき,営業部長の肩書をもって販売活動を行ったのであり,被告会社による横取り行為に主体的に関与したと評価されるから,被告Y1と共に,共同不法行為に基づく損害賠償義務を負う。
(ア) 被告Y2は,形式上は,被告会社の役員ではないものの,実質的には, 被告Y1と共に被告会社を共同経営する者である。
a 被告Y2は,被告会社の設立に当たり,出資金全体(800万円)の3分の1以上に相当する300万円を出資している。
b 被告Y1らは,実態として,被告Y2が,被告会社の共同経営者である旨供述している。
c 企業のドメイン登録は,通常,企業の設立メンバー(役員相当の者)によってされるところ,被告会社のドメイン登録は,被告Y2が原告在職中に,被告Y2名義でされている。
(イ) 被告Y1は,被告Y2の被告会社への参画の決意を受けて,本件生産者らに対し,被告会社として取引申込みを行い,本件横奪行為を行った。
被告Y 2が被告Y 1に被告会社に参画する旨の回答をしたのは平成24年8月末頃である旨の,被告Y1らの供述は,不自然かつ不合理である。
被告会社は,平成24年9月3日付けで設立手続がされているところ,被告Y1は,設立手続には少なくとも1か月程度はかかる旨供述している。
被告Y1が,被告Y2から,平成24年8月末に被告会社に参画する旨の回答を受け,数日内に同人の出資を受けた上で,同年9月3日付けで被告会社の設立登記を完了することは不可能であり,少なくとも被告Y1が被告会社の設立手続に着手した頃(設立日よりも相応の期間前)には,被告Y2は,被告会社への参画を決意し,被告Y1にその旨伝えていたはずである。
(ウ) 被告Y2は,遅くとも被告会社の設立時である平成24年9月3日において,被告会社が原告の輸入するワインを輸入販売することを確定的に認識していた。
a 被告Y2が,どのような銘柄のワインを販売するかも知らず,当時の勤務先である原告を退職した上で,300万円という大金を出資して,被告会社の設立に主体的に関与することなどあり得ない。
b 被告Y1は,原告在職中,営業担当者である被告Y2に対し,購入す るワインの銘柄や本数等に関し,折に触れて相談していたのであって,被告会社として購入するワインに限り,被告Y2に全く相談していなかったことは,不自然であり,あり得ない。
c 被告Y2は,原告在職中,適宜,商品の案内文の作成につき,被告Y1 に協力を仰いだり,自分が企画した新規取扱商品につき,被告Y1のアドバイスを求める等して,被告Y1と協力して業務を行っていたのであり,被告会社において,ワインの仕入業務は被告Y1,販売業務は被告Y2と,完全に分業していたことはあり得ない。
d 被告会社は,平成24年9月22日の時点において,自社のロゴを公募していたが,その公募要項(甲46)の会社の「概要・特徴」欄には, 「小さな農家が情熱を傾けて造っている手作りのクラフトワイン」を「ワインに強い日本全国の酒販店とワインショップ,首都圏のレストランやワインバー」に対して販売する旨記載されている。前記「概要・特徴」は,被告会社を実質的に共同経営する被告Y1及び同Y2において協議しなければ決定することができないものであり,同時点において,被告Y1と同Y2は,どの生産者のワインをどの販売先に販売するか具体的に協議していた。
ウ 被告会社の共同不法行為について 被告Y1らによるワインの奪取行為と,被告会社によるワインの奪取行為との間には,関連共同性が認められるから,被告会社は,被告Y1らと共に,共同不法行為に基づく損害賠償義務を負う。
(ア) 被告Y1らは,被告会社の実質上の共同経営者である。
(イ) 被告Y1らのワインの奪取行為は,被告会社の名義で行われ,また,被告会社が販売するためのワインを仕入れるために行われたものである。
エ 損害について (ア) 平成25年及び平成26年分の売上損害について 被告らの奪取行為と平成25年以降において原告が本件各ワインを購入すること ができなかったこととの間には,相当因果関係がある。
a 原告は,本件生産者らとの間で,初めてワインを日本に輸入販売し,国内唯一の輸入業者として輸入販売をしてきたという実績及び信頼関係に基づき,継続的に取引を続けていたのであり,平成25年以降も,特別な事情が存在しない限り,当然に継続的にワインを仕入れることができる地位を有していた。
b 被告らは,通常の交渉ではなく,自由交渉の範囲を逸脱した不当な奪取行為により,原告の取引相手である本件生産者らよりワインを購入することを画策し,被告Y1において,前記aの事実,被告会社が通常の取引申込みを行ったところで取引を行ってもらえないこと,被告会社としてワインを輸入すれば,原告がこれを輸入することが不可能になることを認識しつつ,C,D,E,F,B及びGに対し,被告Y1の功績により生産者の名を日本で広めたことや,原告には被告Y1の後継者がいないこと等の虚偽の内容を含むメールを送信し,ワインの取引を申し込んだのであって,前記メールの送信は,自由競争の範囲を逸脱した不当な奪取行為である。
(イ) 無形損害について a 被告Y1は,生産者らに対し, 「残念ながら出水商事は私の後継者がおりません」等とメールを送信し,あたかも原告には生産者と正常な取引を行う能力がないかのような虚偽の内容を通知し,これにより,原告の信頼は低下した。
b 原告は,国内の顧客に対し,輸入することを約束し,被告Y1の虚偽の社内メールや引継書に基づき,誤った輸入時期等を連絡してしまっていたワインを,輸入することが不可能になったことから,通常の取引ではあり得ない書面による謝罪文の提出を余儀なくされたのであり,信頼低下等の無形損害を被った。
原告が他に輸入できなくなったワインは,希少性故に生産者側の事情等により入手できなくなったものであり,その場合,原告は,顧客に同ワインを仕入れることが可能である旨の連絡はしないから,顧客に対し,電話等で, 「今年は生産者の都合で買えなかった」と伝える程度で足りるものであったが,Eのワイン(イレルギー 赤)については,原告は,被告Y1の虚偽の引継書や社内メールに従い,顧客に対し,入手可能であることを前提に入手時期等についても通知してしまっていたのであり,状況が異なる。
オ 被告Y1の控訴に係る主張に対する反論 (ア) Cについて a 不法行為の成否について (a) 被告Y1は,原告の一従業員として,原告名義でCのワインの購入予約をした。
(b) 原告は, 「イン・ファイン」のみならず, 「コンフィダンス」及び「ヴァンソブル」についても,世界的に高評価を受けていることを全面に出して営業を行い,これらのワインを完売してきたのであり, 「イン・ファインを餌にスタンダード・キュヴェを販売していたので,これがないと販売は厳しい」という被告Y1 の引継書の記載は,虚偽である。
b 損害について (a) 原告は,被告Y1の奪取行為により,平成24年中において輸入するために購入予約をしていた「コンフィダンス2009」240本を輸入できなくなり,損害を被った。
なお,原告が「コンフィダンス2010」を輸入したのは,平成25年7月頃である。
(b) 原告が,被告会社と同じ仕入価格に基づき仕入れるとは限らない上,仮に仕入価格が前年に比して増額した場合には,これに応じて販売価格を増額することも可能であるから,原告に生じた損害額の算出に当たっては,原告の直近時期における仕入価格に基づくことが最も正確である。
(c) 原告の顧客への1件当たりのワイン販売額が3万円以上であることを認める足りる証拠はないから,ワインを送る送料を経費として考慮すべきではない。
また,販売額が3万円以上となる場合にも,顧客が本件各ワインのみを組み合わせて購入することはあり得ないから,送料を考慮すべきではない。
(イ) D,E及びFについて a 因果関係について 被告Y1は,平成24年において,原告の業務としてD,E及びFの各ワインの各購入予約をしたことを認めているところ,同人らに対し,被告会社として,原告に関する虚偽の内容のメールを送付した上で,原告が購入予約したワインにつき輸入したい旨連絡することで,同ワインを輸入したのであって,これにより,原告が本来輸入することができたはずのワインを輸入することができなくなった。
b 損害について 仕入価格及び送料については,前記(ア)b(b)及び(c)のとおりである。
(2) 被告ら ア 被告Y1の共同不法行為について 原告が,平成24年以降も,Bから年2回ワインを購入することができる地位を有していた事実はない。
(ア)a 原告は,Bとの間で独占販売契約を結んでいたわけではなく,他にもBのワインを仕入れている輸入業者がいた。
仮に,原告がBのワインを初めて日本に紹介し,国内唯一の輸入業者であったとしても,そのことから直ちに継続的な取引が保証されるものではない。
b 原告は,平成24年以降にBからワインを輸入することについて,Bとの間で何らの契約も取り交わしていない。
原告は,Bとスポット的に取引していたにすぎず,何度か取引をしたからといって,今後も取引を継続できたとは限らない。
(イ) 原告が過去に取引を打ち切った生産者には,農家たる小規模生産者が数多く含まれる。
(ウ) Bが被告会社と取引を開始したのは,被告Y1との間に取引上の個人的な強い信頼関係があったためであり,これが本質的な理由であるから,被告Y1が原告を退職する直前にBに連絡したことと,原告がBからワインを仕入れることができなかったこととの間には,因果関係はない。
なお,原告は,少なくとも,C及びEとは取引を継続している。
イ 被告Y2の共同不法行為について 被告Y2が,被告会社の営業活動として,原告の顧客を含む国内のワイン小売店にワインを販売したことは,自由競争の範囲内であり,適法な行為であって,被告Y2 に共同不法行為が成立しない。
(ア) 被告Y2は,被告会社の単なる営業担当の一従業員にすぎない。
a 被告Y2が,被告会社の設立に当たり,300万円の出資をしたのは,被告Y1から頼まれて,被告Y2に可能な範囲でしたものにすぎない。また,金額的にも,被告Y1が出資した500万円よりも少なかった。
b 被告Y1らが,原審の尋問時に,被告Y2が共同経営者である旨の供述をしたのは,法的意味は分からずに,被告会社で一緒に働いているという程度の意味で述べたものにすぎない。
c 企業の設立メンバー(役員の相当の者)以外の者の名義では,ドメイン登録ができないとの制約はない。
(イ) 被告Y2が,被告会社に参画する旨の回答をしたのが平成24年8月末頃であったことに,不自然な点はない。
被告Y1は,原審の尋問で,設立登記が完了するまでに約1か月かかると述べたのではなく,新しく会社を始めるに当たってはいろいろな手続があり,そのいろいろな手続を行うのに全体として約1か月がかかったと述べた。会社の設立手続自体は,司法書士等に依頼すれば1週間程度で完了できるから,原告の主張は,その前提が誤っている。
(ウ) 被告Y2が,被告会社が輸入するワインの内容について知ったのは, 平成24年11月頃である。
a 被告Y1は,被告Y2に,業務上の必要に応じて連絡をとっていたにすぎず,他の原告従業員とも適宜連絡を取り合って仕事をしていたのであり,被告Y1が,原告在職中に,被告Y2に対し,購入するワインの銘柄や本数等に関し,折に触れて相談していたということはない。
b 被告Y2は,平成24年10月15日まで原告に在職しており,被告会社で業務を担当するようになったのは,同年11月頃のことであり,それまでの間は,被告会社の業務には関与していなかった。
c 被告Y2は,ワインの仕入れについて,被告Y1を全面的に信用していたので,被告Y1が被告会社の設立当時に行ったワインの仕入れについて,被告Y1 から相談を受けることはなかった。
d 「概要・特徴」 (甲46)の内容は,被告Y1が被告Y2と協議しなければ決定できないような性質のものではない。実際上も,前記内容は,ワインとその市場の動向について広範な知識を持つ被告Y1が決定したものであり,その内容について,被告Y1が被告Y2に相談した事実はない。
ウ 被告会社の共同不法行為について 被告Y1らに不法行為が成立しない以上,被告会社についても共同不法行為は成立しない。
エ 損害について (ア) 平成25年及び平成26年分の売上損害について 被告Y1の行為と平成25年以降において原告がワインを輸入できなかったこととの間に,相当因果関係を認めることはできない。
a 原告が,平成25年以降も,継続的にワインを仕入れることができる地位を有していたとは認められない。
原告は,ワインの仕入れに関して,生産者との間で継続的な取引契約を締結しておらず,ワインを仕入れる都度,生産者との間で契約をする形態をとっており,そ のため,生産者から突如として取引を中止されたり,原告の方から取引を中止することがあった。そのため,原告は,将来にわたってワインを仕入れる権利を有しておらず,ワインを継続的に輸入できる地位も有していなかった。
b 被告Y1が生産者らに送信したメールに虚偽はない。
原告の担当者として各生産者に最初にコンタクトをとったのが被告Y1であることは間違いないし,その後,被告Y1が,生産者らとの取引を担当し,日本の市場にワインを売り込むことについて重要な役割を果たしたことも間違いがない。被告Y1 が原告を退職した時点で,原告の従業員の中に,被告Y1と同様に,輸入業務と販売促進業務の双方を担当している人物はいなかったから,被告Y1の後継者と呼べる人物がいなかったことに間違いはない。
c 被告Y1のメールにより,原告と生産者らとの取引が打ち切られたとはいえない。
Dは,被告Y1が原告を退職して被告会社を設立したから原告ではなく被告会社と取引をすることにしたと,Bは,在庫がないのでワインを提供できないと,Fは,被告会社だけと取引をすることにしたから原告と取引をすることを止めると,それぞれ述べているのであって,いずれも被告Y1からメールを受信したことによって原告と取引することを止めたとは述べていない。
d 被告Y1は,被告会社としてワインを輸入しても,原告がワインを輸入できなくなるとは考えていなかった。
(イ) 無形損害について a 原告に,生産者らからの信頼の低下という無形損害は生じていない。
被告Y1が生産者らに送信したメールは,被告Y1が原告を退職して新たな会社を設立したことと,新たな会社での取引を希望していることを伝えることを主眼とするものであって,原告を誹謗中傷するものではない。
また,メールの記載内容には虚偽がないから,信頼の低下が生じたという事実はない。
D,B及びFが原告との取引を止めた理由は,前記(ア)cのとおりであって,生産者らは,被告Y1からメールを受信したことで原告に対する信頼を失ったから原告と取引をすることを止めたとは述べていない。
b 原告の国内の顧客からの信頼が低下した事実はない。
原告は,顧客の元へ謝罪に出向くのではなく,謝罪の文面をファックスで送付するという簡易な対応しかしていない。
(3) 被告Y1(被告Y1の控訴に係る主張) ア Cについて (ア) 不法行為の成否について 原告は,平成24年において,Cのワインを購入する予定はなかったのであって,被侵害利益がないから,不法行為は成立しない。
a 原告では,平成24年1月に「コンフィダンス」 「ヴァンソブル」 との在庫がなくなったが,被告Y1が退職した同年9月15日までの間に,原告の社内で, 「コンフィダンス」 「ヴァンソブル」 と を購入することが検討されたことはなく,原告の社内では,Cからワインを購入することについて意思決定がされたことはなかった。
被告Y1が,平成24年に原告名義でCのワインを購入予約したのは,被告Y1が原告を退職した後に,被告会社で当該ワインを購入し,販売するためである。
b 原告は,人気商品であるワイン「イン・ファイン」に着目してCと取引を開始し,Cから「イン・ファイン」とセットで購入するように言われて,Cからワインを購入したときは, 「イン・ファイン」「コンフィダンス」及び「ヴァン ,ソブル」をセットで購入していたのであって,被告Y1は,前記の経緯から,原告が設定してきた販売価格を維持したまま「イン・ファイン」抜きで「コンフィダンス」と「ヴァンソブル」を販売することは難しいと考え,そのような引継ぎをしたのであり,被告Y1がCについて前記(1)オ(ア)a(b)のような内容の引継書を作成したこ とは,不法行為の一部を構成しない。
(イ) 損害について a(a) 原告は,平成24年発売の「コンフィダンス2010」を購入したから,原告が平成24年中に「コンフィダンス」を購入することができなかったという事実はなく, 「コンフィダンス」について損害は発生していないから,少なくとも,18万3120円が,原判決の認容額から減額されるべきである。
(b) 原判決は,原告が「コンフィダンス2009」を購入できなかったこと自体が損害と認められるとして,原告が「コンフィダンス2010」を購入したことによって, 「コンフィダンス2009」を購入できなかったことによる損害が回復されたことを認めるに足りる証拠はないと認定したが,これでは,原告がワインの販売利益を二重に取得することを認める結果になり,不当である。
b ワインは,生産された年によって出来栄えが異なるものであり,その価格も,ワインの出来栄えによって変動する。
ワインを購入しようとする際に,予約段階では本数の確保を依頼するのみであり,仕入価格は決まっていない。仕入価格は,実際に購入する際の交渉で決まるから,平成24年に仕入れる際に,平成23年と同一の価格で購入できる保証はない。
したがって,損害額は,平成24年に「ヴァンソブル2010」を購入した被告会社の仕入価格に基づいて評価すべきである。被告会社は, 「ヴァンソブル」を1本当たり7.10ユーロで360本仕入れたところ,その購入総額は2556ユーロであり,購入の際の為替レートは1ユーロ102.13円であった。原告の場合の6.98ユーロだと,購入総額は2512.8ユーロであるから,43.2ユーロ分4412円が,認容額から減額されるべきである。
c 原告の販売先は,ワインの小売店やレストラン等の販売業者であり,購入価格が3万円以上となる場合が圧倒的に多いから,実際上,原告が送料を負担するケースがほとんどである。
したがって,送料分が認容額から減額されるべきであり,最低でも,1万941 2円が減額されるべきである。
イ Dについて (ア) 因果関係について a 被告Y1が原告を退職する直前にDに連絡をしたことと,原告がDからワインを仕入れることができなかったこととの間に,因果関係はない。
(a) Dが被告Y1の要望に応じて被告会社と取引をしたのは,被告Y1 との間に取引上の個人的な強い信頼関係があったことが本質的な理由である。
(b) Dは,被告会社との取引を開始しても原告との取引を中止しなければならないわけではなく,原告との取引を中止したのは,飽くまでDの判断によるものである。
b 仮に因果関係があるとしても,被告Y1がDに送ったメールは,原告を誹謗中傷するような悪質なものではなかったから,このようなメールを送っただけでは,Dに被告会社との取引を選択させることはできない。原告がDから平成24年中にワインを輸入できなかったとすれば,Dの判断によるところが大きいから,原告に生じた損害の全てを被告Y1に帰責するのは,衡平性を欠く。
したがって,被告Y1の寄与度は多くても5割と評価すべきである。
(イ) 損害について a 原告は,平成23年,「サヴニエール“ランクロ”」を1本当たり10.5ユーロで仕入れたところ,被告会社の仕入単価12.5ユーロであり,420本分840ユーロの差があり,被告会社の輸入時の為替レートは,1ユーロ119.38円であったから,840ユーロ分10万0279円が,認容額から減額されるべきである。
b 送料分について,426本÷12本×300円=1万0650円が原告主張の金額から減額されるべきである。
ウ Eについて (ア) 因果関係について a 被告Y1が原告を退職する直前にEに連絡をしたことと,原告がEからワインを仕入れることができなかったこととの間に,因果関係はない。
(a) Eが被告会社と取引をしたのは,被告Y1との間の信頼関係が本質的な理由である。
(b) Eは,被告会社との取引を開始しても原告との取引を中止しなければならないわけではない。
b 仮に因果関係があるとしても,原告がEから平成24年にワインを輸入することができなかった要因として,被告会社との取引を望んだEの判断が存在しているから,被告Y1が不法行為責任を負うとしても,その寄与度は多くても5割と評価すべきである。
(イ) 損害について a 被告会社がEからワインを輸入しても,原告は,Eからワインを輸入することは可能であったから,原告に損害はない。
また,原告は,「イレルギー赤」の代替となる「イレルギー赤ドメーヌ・ブラナ」を仕入れ, 「イレルギー赤2010」を仕入れることができなかったことによる損失を補?しているので,原告には, 「イレルギー赤」を仕入れることができなかったことによる損害は生じていない。
b シャトー・サミオンについては,原告の平成23年の仕入単価11ユーロに対し,被告会社の仕入単価は11.3ユーロであり,480本分144ユーロの差がある。また, 「イレルギー赤」については,原告の仕入単価7ユーロに対し,被告会社の仕入単価は7.5ユーロであり,480本分240ユーロの差がある。被告会社の購入時の為替レートは,1ユーロ112.08円であったから,388ユーロ分4万3487円が,認容額から減額されるべきである。
c 送料分について,1440本÷12本×300円=3万6000円が認容額から減額されるべきである。
エ Fについて (ア) 因果関係について a 被告Y1が原告を退職する直前にFに連絡をしたことと,原告がFからワインを仕入れることができなかったこととの間に,因果関係はない。
(a) Fが被告会社と取引をしたのは,被告Y1との間の信頼関係が本質的な理由である。
(b) Fは,被告会社との取引を開始しても原告との取引を中止しなければならないわけではない。
b 仮に因果関係があるとしても,原告がFから平成24年にワインを輸入することができなかった要因として,被告会社との取引を望んだFの判断が存在しているから,被告Y1が不法行為責任を負うとしても,その寄与度は多くても5割と評価すべきである。
(イ) 損害について 送料分について,720本÷12本×300円=1万8000円が減額されるべきである。
2 相殺の意思表示について (1) 被告Y1 ア 被告Y1及び原告との間で,平成27年6月19日,以下を主な内容とする訴訟上の和解(東京高等裁判所平成27年(ネ)第1511号)が成立した。
(ア) 原告は,被告Y1に対し,解決金として70万円の支払義務があることを認める。
(イ) 原告は,被告Y1に対し,前項の金員を,下記a又はbにより定まる日(ただし,原告と被告Y2との間の訴訟の終局日及び終局結果が,原告及び被告Y1 との間の訴訟の終局日及び終局結果と異なり,原告と被告Y2との間の訴訟の終局日が原告と被告Y1との間の訴訟の終局日より遅い場合は,原告と被告Y2との間の 訴訟の終局日)の翌日限り支払う。
a 原審につき,第1審の終局判決の言渡しがなされた場合には,その判決言渡日。
b 原審が,第1審の終局判決言渡し前に訴訟上の和解成立その他判決言渡し以外の事由により終局した場合には,その終局日。
イ 原告は,平成28年6月3日,被告Y1に対し,原判決で認容された295万8798円の金銭債権の元本部分を自動債権とし,前記アの70万円の和解金支払請求権を受動債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。
ウ したがって,原告の被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償請求権が認められたとしても,その元本部分の認容額は,70万円減額されなければならない。
エ 前記相殺においては,平成28年6月1日に相殺適状になるので,元本債権70万円が消滅した時点は,同日になり,元本債権70万円に対する前記アの和解が成立した平成27年6月19日から平成28年5月31日までの遅延損害金が発生することになる。
しかしながら,前記アの和解において,和解金の支払期限を,原判決言渡日の翌日まで猶予したのは,原告が,原告の被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償請求権と,前記和解金支払債務を相殺処理する機会を確保したいと希望し,それを和解の条件として提示したからである。
原告としては,前記相殺処理さえ確保できればよいのであり,それ以上に,相殺に供した70万円の元本債権について,前記和解成立日以降の遅延損害金の受領を認める必要はない。
原告の被告Y1に対する70万円に対する平成27年6月19日以降の遅延損害金支払請求は,権利の濫用であり,認められない。
(2) 原告 ア 前記(1)ア及びイの各事実は認める。
イ 前記(1)エの権利濫用の主張は,趣旨不明である。
本件訴訟提起日(平成25年6月18日)は,別件訴訟の訴訟提起日(同年10月24日)よりも早く,なぜ別件訴訟での和解により前記相殺の自動債権たる本件訴訟の不法行為に基づく損害賠償請求権の遅延損害金の支払請求が不可能になるのか,理解できない。
当裁判所の判断
1 原告の被告らに対する損害賠償請求権の成否について (1) 当裁判所は,当審における主張及び立証を踏まえても,原告の被告Y1に対する295万8798円の不法行為に基づく損害賠償請求権及びこれに対する平成25年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金支払請求権が発生したことを認め,その余の請求権の発生を認めなかった原判決は,相当であると判断する(後記2の相殺は除く。。
) その理由は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3の2ないし6に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正) ア 原判決37頁11行目の「出水商事の」を,「出水商事との」と改める。
イ 原判決43頁23行目の「同一価格で」を, 「相当数のワインを」と改める。
ウ 原判決43頁25〜26行目の「平成26年3月には,Gのワインを購入している(甲26)」を, 。 「平成25年以降も,Gのワインを仕入れたことがあると認められる(証人A)」と改める。

エ 原判決44頁9〜10行目の「認める」の後に,「に足りる」を加える。
オ 原判決44頁20〜24行目の「全くない上,被告Y1らが明確にこれを否認していること(被告Y110頁,被告Y24頁など)や,原告がその業務にとって極めて重要であるはずのシッパーファイルがなくなっていたと主張しながら,警 察に被害届を出すなどの措置を採っていないこと(証人A33頁)等に照らすと」を, 「全くない。被告Y1が,退職に際して作成し,原告に交付した引継書には,D,E及びCにつき,いずれも,蔵元からHにメールで連絡が行くように手配済みなので,連絡が来れば対処すればよい旨が記載されている(甲12)が,前記(1)ウのとおり,被告Y1は,D,E及びCがHにメールで連絡するように手配したことはなかったのであるから,被告Y1は,従前からの担当業務に加え,被告Y1の担当業務も引き継ぐことになり,多忙になるHが,そのような引継ぎを受ければ,当面の間は,D,E又はCに,自分から連絡を取ろうとしないであろうことを期待又は予期して前記の記載をしたものと認められる。
一方,前記引継書には, 「各生産者の住所,メールアドレス,担当者名,電話番号,ファックス番号等は,それぞれのシッパーファイルに過去のやり取りを綴じてあるので,それを参考にしてください。」との記載がある(甲12)ところ,紙媒体のシッパーファイルの現存を引継書において記載すれば,引継ぎを受けた者は,引継後早い時期に,引き継ぐ物品や書類の整理の一環として,シッパーファイルの現存を確認することが想定される。そして,前記生産者らへの働き掛けが発覚する前に,原告が購入予約していたワインを,被告会社において購入しようとしていた被告Y1 の行動としては,紙媒体のシッパーファイルが現存しないかのように装ったり,又は,シッパーファイルそのものは引き継ぎ,その中の生産者の連絡先が記載された書類を,改ざんしたり,隠匿したりすることなどが想定されるが,これらの行動をせずに,シッパーファイルごと持ち出すというのは,合理的とはいい難い。また,被告Y1が,シッパーファイル中の情報を必要とするのであれば,書類をコピーするなどして持ち出せば足りるのであり,早期の段階で,原告に,引継対象のファイルが存在しないことが発覚し,それを契機に,前記働き掛けが発覚するリスクがあるのに,被告Y1が,シッパーファイルを持ち出す合理的な必然性があるとは考えられない。以上によれば」と改める。
カ 原判決45頁15行目の「本件営業活動」を, 「被告会社としての営業活動」と改める。
キ 原判決45頁16行目の「上記1及び」を削除する。
ク 原判決45頁17行目の「本件顧客名簿」 「 の内容自体が不明であり」を,「「本件顧客名簿」自体が特定を欠くといわざるを得ず」と改める。
ケ 原判決46頁5〜6行目の「被告Y1の上記一連の行為は,被告会社の設立前後にわたっている上,」を削除する。
コ 原判決46頁8〜12行目の「(なお,具体的な事実関係によっては,被告Y1が被告会社の職務を行うについて原告に加えた損害につき,被告会社に使用者責任以外の何らかの責任が生ずることも考えられないではないが,原告はこうした点につき,一切主張 立証しないのであるから ・ (第21回弁論準備手続調書参照),原告の被告会社に対する請求を認める余地はない。 」を削除する。
) サ 原判決46頁25行目の「本件営業行為」を, 「被告Y1らの被告会社としての営業行為」に改める。
シ 原判決48頁6〜7行目の「証拠(甲23,24,乙31〜34)によれば,原告就業規則が従業員に周知されていたとは認められず」 「証拠 を, (甲23,24,乙31,32,証人A)によれば,原告従業員のIも,原告従業員であり,原告申出の証人であるAも,原告就業規則を見たことがないと認められるのであり,しかも,原告が,原告就業規則を従業員の閲覧に供し,周知させていたことを認めるに足りる証拠はないから,原告において,原告就業規則を従業員に周知させる手続がとられていたとは認められず」と改める。
ス 原判決48頁12行目の「であり,」の後に,「原告就業規則(甲4)において,」を加える。
セ 原判決48頁15行目の「本件就業禁止規定」を, 「原告就業規則」と改める。
ソ 原判決48頁20〜21行目の「本件営業活動」を, 「被告会社としての 営業活動」と改める。
タ 原判決48頁25〜26行目の「上記1のとおり,本件顧客名簿の具体的内容について何ら主張していないのである」 「原告の主張する を, 「本件顧客名簿」自体が特定を欠くといわざるを得ない」と改める。
チ 原判決49頁2〜6行目の「その内容を見ても秘密管理性を裏付けるものか判然としない上,原告の本社事務所には,顧客の名称,住所・電話番号等の連絡先,購入商品等が記載された納品書や注文書をまとめたファイルが,施錠等をされることもなく,誰でも自由に閲覧可能な状態で置かれていたこと(乙33)も併せ考慮すれば」を,「甲8によれば,原告の販売管理システムにログインするには,ウィンドウズへのログオンに加え,前記システムへのログイン ID 及びパスワードが必要であったことが認められるものの,前記システムへのログイン ID 及びパスワードが誰に付与され,どのように管理されていたかや,前記システムの管理状況を認定し得る証拠はないから」と改める。
ツ 原判決52頁21行目の「イレルギー白」の後に,(エリ・ミナ白) 「 」を加える。
テ 原判決52頁21〜22行目の「イレルギー赤」の後に,(エリ・ミナ 「赤)」を加える。
ト 原判決53頁21行目の「平成24年において」を削除する。
ナ 原判決54頁6行目,同10行目,同14行目,同17行目,同21行目及び同26行目の各「リフソーレ」を,いずれも「リフレーソ」と改める。
ニ 原判決55頁16行目の「を超える」を,「以上の」と改める。
ヌ 原判決55頁18行目の「を超えた」を,「以上であった」と改める。
ネ 原判決56頁5行目の「急に」を削除する。
ノ 原判決56頁6行目の「度々」を,「複数回」と改める。
ハ 原判決56頁16行目の「(甲14,15,18,19等)」を,(甲1 「5,18〜20)」と改める。
ヒ 原判決56頁18行目の「認められず」を, 「認められないし,被告Y1が原告の取引先でワイン生産者であるJに送ったメール(甲13)の文言にも,特段これによりワイン生産者との関係で原告に対する信頼が低下すると評価すべきような内容は含まれておらず,原告の取引先でワイン生産者であるKの原告へのメール(甲14)を見ても,被告Y1の行為によりワイン生産者との関係で原告に対する信頼が低下したとは認められないのであって」と改める。
フ 原判決56頁20〜23行目の「Eからワインを購入することができなくなったため,顧客に対して謝罪のファックス(甲17)を送信することを余儀なくされ,これにより同顧客の原告への信頼が低下したとも」を, 「国内の顧客から注文を受けていたワインを購入できなくなったため,顧客に対して謝罪することを余儀なくされ,これにより国内の顧客との関係において信頼低下等の無形損害を被ったとも」と改める。
ヘ 原判決56頁23〜24行目の「同ファックスの文言を見る限り原告への信頼の低下をもたらすほどのものとはいえない上,」を削る。
ホ 原判決56頁26行目〜57頁1行目の「あったというのであるから(証人A39頁〜41頁)」を, 「あり(証人A39頁〜41頁),原告が行ったという謝罪の具体的内容は,ファックス(甲17)を顧客に送付することであり,直接担当者が訪問して謝罪するという対処はとられていないこと,原告の顧客は飲食店やワインの小売業者であって,ワインの売買を業として行う者であり,一般消費者と比較すれば,ワインの輸入業務の実情につき,理解があったものと考えられることからすれば」と改める。
(2) 当審における当事者の主張に対する判断 ア 被告Y1の共同不法行為について (ア) Cについて a 不法行為の成否について (a) 被告Y1は,被告Y1が平成24年に原告名義でCのワインの購入予約をしたのは,被告Y1が原告退職後に被告会社で当該ワインを購入するためであり,原告は,平成24年において,Cのワインを購入する予定はなかったから,被侵害利益はない旨主張する。
前記の主張の法律構成は,必ずしも明確ではないが,少なくとも,被告Y1による原告名義でのCとの購入予約の合意の効果が,原告に帰属しないという趣旨であると解される。この点,証拠(甲38,証人A)によれば,被告Y1は,代金決定を伴うワインの発注については,原告代表者の決裁を事前に個別に受けていたことが認められるが,代金決定を伴わない購入予約については,上司の決裁を事前に個別に受けていたことを認めるに足りる証拠はなく,前記前提事実(3)のとおり,被告Y1 は,原告在勤中,本件生産者らからのワインの購入を一人で担当していたのであるから,原告は,被告Y1に対し,Cと購入予約の合意をする代理権を授与していたものと認められる。そして,被告Y1は,原告名義で,Cと購入予約の合意をしたものであるところ,被告Y1の前記主張を,心裡留保の規定の類推適用の主張と解するとしても,Cが被告Y1の真意を知り又は知ることができたことの主張はなく,被告Y1 の前記主張をもって,前記購入予約の合意の効果が原告に帰属しないことにはならない。
また,原告は,被告Y1の退職に際し,被告Y1から,引継書(甲12)を受け取り,Cとの交渉を含む内容の報告を受け,前記交渉業務をHに引き継がせたといえ,原告は,一貫して,被告Y1在職中の被告Y1の原告名義の購入予約の効果帰属を主張しているから,前記購入予約の合意につき,事前の個別の決済が必要であったとしても,原告は,被告Y1の退職に際し,それまでに被告Y1が行った原告名義の購入予約の合意を,包括的に追認したといえる。
以上によれば,被告Y1による原告名義でのCとの購入予約の合意の効果が,原告に帰属しないとはいえず,原告に被侵害利益がないとはいえない。
(b) 被告Y1は,被告Y1が, 「イン・ファイン」抜きで「コンフィダ ンス」と「ヴァンソブル」を販売することは難しいと考え,そのような内容の引継書を作成したのであって,このことは,不法行為の一部を構成しない旨を主張する。
しかしながら,被告会社は,平成25年4月頃,Lの「ヴォーヌ・ロマネ“レ・ボー・モン”1級赤2011」につき,割当数が少ないため,アソートメント・セットのみの販売であるとして,同じ生産者の「ヴォーヌ・ロマネ赤2011」及び「ブルゴーニュ“レ・パキエ”赤2011」とセット販売している(甲7,甲9)。
一方,被告会社は,「コンフィダンス赤2009」及び「ヴァンソブル赤2010」は,いずれも,他のワインとのセット販売をしていない(甲6の4)。また,原告においても, 「ヴァンソブル赤2009」「コンフィダンス赤2009」及び「イン・ ,ファイン赤2007」は,いずれも他のワインとセット販売されていなかった(甲11)。さらに,被告Y1が作成した引継書(甲12)には, 「イン・ファインを購入するには,1:10の割合でスタンダード・キュヴェの購入を要求されるので(例えばイン・ファイン5ケースに対しスタンダード50ケース)。イン・ファインだけを購入することは不可能なので,イン・ファインがリリースされるタイミングで購入を検討した方が良い。」と記載されているが,弁論の全趣旨によれば,原告が購入した「コンフィダンス」及び「ヴァンソブル」は完売したことが認められるところ,原告の「イン・ファイン」の平成23年から平成24年までの販売数は132であるのに対し, 「ヴァンソブル赤2008」「ヴァンソブル赤2009」及び「コンフ ,ィダンス赤2009」の同じ期間の販売数は,合計802であり,132の十倍に満たない(甲26)。
これらを考え併せれば,被告Y1が,前記引継書作成時に,真実, 「イン・ファイン」抜きで「コンフィダンス」と「ヴァンソブル」を販売することは難しいと考えていたと推認することはできない。
そもそも,前記引継書のCについての記載内容は,後任者に対し,Cからの連絡を待つよう伝えるものであり,前記認定のとおり,被告Y1は,CからHにメールを 送るよう手配していないのに,Hに対しては,手配したと伝えつつ,前記のような記載内容を伝えたのであるから,被告Y1退職後,当面の間は,原告からCに対して連絡を取らせないように誘導したものといえるのであって,被告Y1が前記引継書を原告に交付してHに業務を引き継いだことが,原告に対する不法行為に該当することに変わりはない。
(c) したがって,被告Y1の前記主張は,いずれも採用できない。
b 損害について (a) 被告Y1は,原告は,コンフィダンス2010を購入したから,「コンフィダンス」について,原告に損害は発生していない旨主張する。
しかしながら,原告が被告Y1の不法行為により被った損害は,前記購入予約の合意に基づく債権の侵害によるものであるところ,前記債権は,原告がCからコンフィダンス2009(240本)を平成24年中に相当額で購入するとの内容であったと認められるから,原告がその後にCからコンフィダンス2010というコンフィダンス2009とは生産年次の異なるワインを購入したとしても,前記債権の侵害行為による損害が回復されるものではないし,原告がコンフィダンス2010を国内の顧客に販売することにより利益を得たとしても,販売利益の二重に取得したとは評価できない。
(b) また,被告Y1は,ヴァンソブル2010に係る損害につき,前年の価格ではなく,平成24年に被告会社が同ワインを仕入れたときの仕入単価と為替相場に従って評価すべきである旨主張する。
しかしながら,前記判示のとおりである上,被告Y1が主張するとおり,仕入価格が実際に購入する際の交渉で決まるのであれば,同じワインであっても,従前からの顧客である原告の方が,新規の顧客であり,その支払能力が未知数である被告会社よりも,より有利な条件で生産者と交渉し得ると解されるから,被告会社との交渉結果を根拠に損害額の算定を修正する理由はない。そもそも,損害の基礎とされた,原告が平成23年に購入したヴァンソブル2009の粗利益は,仕入単価にそ の当時の運賃,保険,租税,銀行手数料等を加味した原価と販売価格を元に算定されたものであり(甲29),被告Y1がこれを否定するのであれば,他の相当数の同種ワインの取引事例を元にして,損害額を算定するか,あるいは,平成24年の被告会社の取引に係る諸費用や販売価格を全部明らかにして,粗利益を算出し,損害額を主張すべきものであり,当該ワインの元値を日本円に換算した仕入原価のみを平成24年当時の被告会社の取引に係るものに修正すべきであるという主張は,合理性を欠く。一件記録により認められる原告の損害額の推認の根拠たり得る数額の中では,原告の直近時期における各ワイン生産者らとの取引における粗利益をもって損害額とすることが,最も合理的である(民事訴訟法248条)。
(c) さらに,被告Y1は,送料分の減額を主張するが,前記判示のとおりである上,原告においては,Cのワインが一定数のセットとして販売されていたわけではなく,コンフィダンス赤2009及びヴァンソブル赤2009の各1ダースの値段は,2万5920円及び2万1360円であって,いずれも3万円に至らず(甲11),Dの「サヴニエール“ランクロ”白2009」に係る原告の売上履歴の一部分(11件)中,同ワインを1回に12本買った顧客が1名,4本買った顧客が1名,3本買った顧客が4名,2本買った顧客が2名,残りは1本しか買っておらず(甲21),むしろ,原告の顧客の大部分は,1回の注文において特定のワインを3万円分以上購入していなかったことが認められるのであって,顧客への一件当たりの販売価格が3万円以上であったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,原告が送料を負担する場合を考慮する必要はない。
(d) したがって,被告Y1の前記主張は,いずれも採用できない。
(イ) Dについて a 因果関係について 被告Y1は,Dが被告会社と取引をしたのは,被告Y1との取引上の個人的な信頼関係によるものであり,Dが原告との取引を中止したのは,Dの判断によるものであるとして,被告Y1がDに連絡したことと,原告がDからワインを仕入れることが できなかったこととの間に,因果関係はなく,仮に因果関係があるとしても,被告Y1の寄与度は5割にとどまる旨主張する。
しかしながら,売買契約の売主の買主に対する信頼は,買主が,約定の支払期限までに約定の金額を確実に支払うという長年の積み重ねにより形成されるところが大きいと解され,被告Y1が原告の従業員としてDとの取引を担当した過程で個人的な信頼関係が形成されたとしても,それは,買主である原告の確実な約定の履行の継続を前提に形成されたものである。一方,被告Y1がDに送ったメール(乙16)の内容を見れば,Dとしては,原告には被告Y1が行っていたDとのワインの購入の業務を引き継ぐ担当者がいない,すなわち,原告は,Dに購入を予約していたワインの購入が困難になる旨を,被告Y1が伝えてきたものと理解するのが自然である。
そして,原告に販売する分のワインを確保していたDは,原告による前記ワインの購入が困難となるのであれば,前記ワインにつき,別の買主を探すことを余儀なくされるところ,被告Y1が被告会社においてこれを購入する意向があるのであれば,原告に販売する分のワインを被告会社に販売するという判断をすることが容易に予測される。仮に,被告Y1が,原告の従業員として,Hに対し,正確な引継ぎをして退社した後,それとは別途に,Dに被告会社としてワインの購入を申し込むのであれば,自由競争の範囲内の行為といえるであろうが,被告Y1は,前記のとおり,Dへのメールに, 「原告には被告Y1の後継者がいない」旨を記載して,Dに対し,原告との間で購入予約のあったワインを購入したい旨申し入れたのであって,被告Y1 の前記行為は,原告のDに対する購入予約の合意に基づく債権を侵害する不法行為であると認められる。
したがって,被告Y1の前記主張は採用できない。
b 損害について 前記(ア)b(b)及び(c)と同じ理由で,被告Y1の原告の仕入単価及び為替レート並びに送料分についての損害額に係る主張は採用できない。
(ウ) Eについて a 因果関係について 前記(イ)aと同じ理由で,被告Y1の因果関係に係る主張は,採用できない(乙17)。
b 損害について (a) 被告Y1は,原告は, 「イレルギー赤ドメーヌ・ブラナ」を仕入れ,「イレルギー赤2010」を仕入れることができなかった損失を補填しているので,原告には, 「イレルギー赤」を仕入れることができなかったことによる損害は生じていないと主張する。
しかしながら,原告が被告Y1の不法行為により被った損害は,前記購入予約の合意に基づく債権の侵害によるものであり,前記債権は,原告がEからからイレルギー赤2010(480本)を平成24年中に相当額で購入するとの内容であったと認められるところ,イレルギー赤2010とイレルギー赤ドメーヌ・ブラナは別のワインであり,原告が別途イレルギー赤ドメーヌ・ブラナを仕入れたとしても,前記債権の侵害行為による損害が回復されるものではない。
したがって,被告Y1の前記主張は採用できない。
(b) 前記(ア)b(b)及び(c)と同じ理由で,被告Y1の原告の仕入単価及び為替レート並びに送料分についての損害額に係る主張は採用できない。
(エ) Fについて a 因果関係について 前記(イ)aと同じ理由で,被告Y1の因果関係に係る主張は,採用できない。
b 損害について 前記(ア)b(c)と同じ理由で,被告Y1の送料分についての損害額に係る主張は採用できない。
(オ) Bについて 原告は,原告が,Bと,Bが指定した上限数のワインを,年2回に分けて購入す ることを合意していたから,平成24年に1回,平成25年及び平成26年において各年2回,Bからワインを購入することができる地位を有していた旨主張する。
しかしながら,前記判示のとおりであって,前記の合意の存在を裏付けるに足りる証拠はない。
また,証拠により認められる平成22年におけるBの提示した条件(スタンダード996本,マリー・カトリーヌ300本,ロゼ300本,ミレジメ300本を,年間3回に分けて分割出荷) (甲38)と,平成23年の取引実績(平成23年2月7日発注のキュヴェ・デ・レゼルヴ6×83,マリー・カトリーヌ6×25,ロゼ6×25,ミレジメ6×25,同年8月22日発注のキュヴェ・デ・レゼルヴ6×90,マリー・カトリーヌ6×38,ロゼ6×7,ミレジメ6×25) (甲29の10,11)及び平成24年の取引実績(平成24年2月14日発注のキュヴェ・デ・レゼルヴ6×90,マリー・カトリーヌ6×35,ロゼ6×10,ミレジメ6×25) (甲29の9)によれば,平成23年のロゼの総数に更に平成24年のロゼの数を加えても,300本を下回っている。購入対象たるワインの銘柄と分量の決定は,専らBに委ねられていたというのであるから,仮にワインを購入できるという前記の合意があったとしても,前記の合意においては,価格のみならず,目的物たるワインの銘柄と分量が特定されていないといえる。そもそも,前記合意が原告,B間に具体的な債権債務関係を発生させるものであるとすると,原告は,Bが原告に購入してほしいと指定した銘柄のワインを,指定された本数購入する義務を常に負うことになり,不合理である。
したがって,仮に前記の合意があるとしても,一定の債権債務関係又は法的地位を発生させるものと評価できるだけの特定性はないといえるのであって,原告の前記主張は,採用できない。
イ 被告Y2の共同不法行為について 原告は,被告Y2が,原告が輸入を予定しているワインを被告会社が横取りすると いう事実を認識し,原告在職中,被告会社を設立し,その後,被告会社の経営に共同経営者として主体的に関与し,被告会社が輸入したワインの販売活動を行ったから,被告会社による横取り行為に主体的に関与したと評価され,被告Y1と共に共同不法行為責任を負う旨主張する。
前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,被告Y2は,原告在職中に設立された被告会社の出資金800万円のうち300万円の出資をしており,被告会社においては,代表取締役の被告Y1及び従業員の被告Y2のみが稼働しており,他の役員や従業員はおらず,被告Y1がワインの輸入業務に,被告Y2がワインの販売業務に従事していることが認められる。
そうすると,被告Y2は,被告会社における唯一の従業員で営業担当者であるだけではなく,唯一の代表取締役以外の株主であることが認められる。
しかしながら,前記判示のとおりであって,被告Y2が,被告Y1が平成24年9月6日から13日にかけてC,D,E及びFにメールを送り,その後,交渉して前記の本件生産者らの本件各ワインを購入したことに関与したことを認めるに足りる客観的証拠はない。被告Y1は,単に,一回だけ,原告が生産者らと購入予約の合意をしていたワインを被告会社において入手して,販売しようとしたのではなく,被告会社を設立してワインの継続的な輸入販売を行おうとしたのであって,前記のワインの購入の申入れは,被告会社の設立直後において,被告会社の顧客を獲得できる誘引力があるワインを確保して,販売し,確実に利益を上げるとともに,その後の経営を順調にする目的でなされたものであると解される。そして,被告会社を設立してワインの輸入販売を行うことと,原告が生産者らと購入予約の合意をしていたワインにつき,原告による購入が困難となったかのように装って被告会社としてこれらを購入することを申し入れることは,別の事柄であり,被告Y2が後者に関与したことを認めるに足りる証拠はない。
被告Y2は,被告Y2が被告会社において営業を担当することを前提に,被告会社の設立に当たって300万円を出資し,平成24年10月15日をもって退職して 被告会社の業務に従事したのであって,被告Y2が,被告会社の業務につき,被告Y1 と相談することがあったとしても,被告会社が輸入する予定の個別のワインの銘柄につき,被告会社の業務に従事する以前から把握していたと認めるに足りる証拠はない。また,被告Y2が,前記認定の被告Y1の生産者らへのメールの送付による申込みの内容を,認識していたことを認めるに足りる証拠もない。結局,被告Y1の前記のワインの購入申入れにつき,被告Y2が,関与したり,被告Y1と共謀したと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
したがって,原告の前記主張は採用できない。
ウ 被告会社の共同不法行為について 原告は,被告Y1らによるワインの奪取行為と,被告会社によるワインの奪取行為との間には,関連共同性が認められるから,被告会社は,被告Y1らと共に共同不法行為に基づく損害賠償義務を負うと主張するが,被告Y1らの各行為と別途に被告会社の行為と評価できる「被告会社によるワインの奪取行為」の具体的内容は特定されておらず,原告が,被告Y1らの行為と関連共同性を有すると主張する被告会社の行為の具体的内容自体が不明であるといわざるを得ないから,被告会社の共同不法行為は認められない。
エ 損害について (ア) 平成25年及び平成26年の売上損害について a 原告は,被告らの奪取行為と原告が平成25年及び平成26年において本件各ワインを購入することができなかったこととの間には,相当因果関係がある旨主張する。
しかしながら,前記判示のとおりであって,原告が,平成25年及び平成26年におけるワインの購入について,銘柄,数量,価格,納入・支払時期等を,本件各生産者らと合意していたことを認めるに足りる証拠はなく,基本契約その他の継続的購入に関する合意をしていたことを認めるに足りる証拠もないから,原告が不法行為における被侵害利益たり得る債権を有していたとは認められない。
b 原告は,Gに対する申入れについても主張するが,そもそも,前記判示のとおり,原告は,Gのワインを仲買人を通じて購入していたのであり,Gに直接購入を申し入れたことはなく,また,原告が,G又は仲買人と,平成24年におけるワインの購入について,銘柄,数量,価格,納入・支払時期等を合意していたことを認めるに足りる証拠はないから,原告のG及び仲買人に対する債権として,不法行為における被侵害利益たり得るものが存在したとは認められない。
(イ) 無形損害について a 被告Y1が,C,D,E,F,Bの知人及びSASに対して送付したメールの内容は,前記判示のとおりであり,その中には,いずれも「原告には,被告Y1の後継者がいない。」旨の記載があり,前記認定のとおり,これらは,原告には被告Y1が同人らと行っていたワインの購入の業務を引き継ぐ担当者がいない,すなわち,原告は,同人らに購入を予約していたワインの購入が困難となる旨を,被告Y1が伝えたものと解される。
しかしながら,商取引においては,一方の都合により,将来に向けての取引が困難となることは,日常的に生じる事態であり,このような事態に至ったからといって,ワインを業として生産販売するCらが,原告には生産者と正常な取引を行う能力がないと考えるとは解し難い。その他,被告Y1が,原告に対するワイン生産者らの信頼を低下させたことを認めるに足りる証拠はない。
b また,前記aと同様に,商取引においては,一方の都合により,予約がキャンセルされることも,日常的に生じる事態であり,ワインの売買を業の一環として行う飲食店やワインの小売店である原告の国内の顧客が,原告から,入手が不可能になったことを理由にワインの予約のキャンセルをされたからといって,直ちに原告に対する信頼を低下させたとは認められない。他に,被告Y1が,原告に対する国内の顧客の信頼を低下させたことを認めるに足りる証拠はない。
c したがって,原告の前記主張は,いずれも採用できない。
2 相殺の意思表示について (1) 被告Y1と原告との間で,平成27年6月19日,原告が被告Y1に対し,和解金として70万円の支払義務があることを認める訴訟上の和解が成立し,前記支払義務の支払期限は,原判決の言渡しの日の翌日である平成28年6月1日に到来したこと,原告が,同月3日,被告Y1に対し,原判決で認容された295万8798円の金銭債権の元本部分を自動債権とし,前記70万円の和解金支払義務を受動債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは,当事者間に争いがない。
したがって,原告の被告Y1に対する225万8798円の不法行為に基づく損害賠償請求権及び295万8798円に対する不法行為後である平成25年7月2日から平成28年5月31日までの民法所定の年5分の割合による確定遅延損害金として43万1491円(小数点以下切り捨て) 並びに残元金225万8798円 ,に対する平成28年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求権が認められる。
(2) 被告Y1は,前記損害賠償請求権のうち,相殺によって消滅した元本債権70万円に対する和解成立日である平成27年6月19日から相殺適状となる前日の平成28年5月31日までの遅延損害金支払請求は,権利の濫用であり,認められない旨主張する。
しかしながら,仮に,和解金支払の期限の合意が,相殺処理をする機会を確保したいという原告の希望により,定められたものだとしても,被告Y1は,これを受け入れて,前記訴訟上の和解を成立させたのであって,この訴訟上の和解において,前記不法行為に基づく損害賠償請求権に係る遅延損害金請求権につき,原告と被告Y1との間において,何らかの合意がされたわけではない。
また,仮に,被告Y1が主張するように, 「原告としては相殺処理さえ確保できればよい」としても,相殺の意思表示は,2つの債務が対当額について消滅するという効果を有するものであって,相殺の意思表示の対象債務ではない既発生の遅延損 害金支払債務に影響を及ぼすものではない。
したがって,被告Y1の主張する事実をもって,権利濫用の主張を根拠付けることはできず,被告Y1の権利濫用の主張は,失当である。
他に,前記認定を覆すに足りる主張・立証はない。
結論
以上によれば,原告の被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償請求権として,269万0289円及び内金225万8798円に対する平成28年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払請求権が認められる。原告の被告Y1 に対するその余の請求並びに被告Y 2 及び被告会社に対する各損害賠償請求は,いずれも認められない。
よって,これと結論を異にする原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 清水節
裁判官 中村恭
裁判官 森岡礼子