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事件 |
平成
26年
(ワ)
1397号
不正競争行為差止等請求事件
平成 27年 (ワ) 34879号 請求異議事件 |
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当事者及びその略称の表示 別紙当事者目録記載のとおり | |
裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2017/02/09 |
権利種別 | 不正競争 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 被告AB及び被告たくみ屋は,別紙物品目録1記載の各木型から複製された木型(プラスチック木型を含む。)又は別紙物品目録2記載1の木型を使用し,又は第三者に開示してはならない。 2 被告ABは,原告に対し,別紙物品目録1記載の各木型から複製された木型(プラスチック木型を含む。)及び別紙物品目録2記載1の木型を引き渡せ。 3 被告ABは,原告に対し,363万5640円及びこれに対する平成26年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は,第1事件及び第2事件を通じて,原告に生じた費用の5分の3と被告三國,被告A@及び被告AAに生じた費用については,全て原告の負担とし,原告に生じた費用の5分の1と被告たくみ屋に生じた費用については,これを20分し,その1を同被告の,その余を原告の各負担とし,原告に生じたその余の費用と被告ABに生じた費用については,これを10分し,その3を同被告の,その余を原告の各負担とする。 6 第2事件につき,東京地方裁判所が平成27年12月11日にした強制執行停止決定(同年(モ)第3965号)は,これを取り消す。 7 この判決は,第1項ないし第3項及び第6項に限り,仮に執行することが1できる。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告らは,別紙物品目録1記載の各木型に化体された原告の800番台・500番台の品番の靴の設計情報を含む木型,プラスチック木型,生産用木型又は靴(別紙物品目録2記載の各木型を含む。)を使用し,又は第三者に開示してはならない。 2 被告ABは,原告に対し,別紙物品目録1記載の各木型に化体された原告の800番台・500番台の品番の靴の設計情報を含む木型,プラスチック木型,生産用木型及び靴(別紙物品目録2記載の各木型を含む。)を引き渡せ。 3 被告三國は,原告に対し,別紙物品目録1記載の各木型に化体された原告の800番台・500番台の品番の靴の設計情報を含む木型,プラスチック木型,生産用木型及び靴(同被告が原告との製造委託契約に基づき預かり保管していたが,不正に複製した時に倣い旋盤に掛けたため,丸い穴がつま先部分に1か所,かかと部分に2か所開いた同目録記載の木型を含む。)を引き渡せ。 4 被告A@は,原告に対し,1131万0268円及びこれに対する平成26年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,全額につき被告AA及び被告ABと連帯して,1131万0268円及びこれに対する同月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告たくみ屋と連帯して,296万7586円及びこれに対する同月6日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告三國と連帯して)を支払え。 5 被告AAは,原告に対し,1131万0268円及びこれに対する平成26年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,全額につき被告A@及び被告ABと連帯して,1131万0268円及びこれに対する同月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告たくみ屋と連帯して,296万7586円及びこれに対する同月6日から支払済みまで年5分の割合による金員 2の限度で被告三國と連帯して)を支払え。 6 被告たくみ屋は,原告に対し,1131万0268円及びこれに対する平成26年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,全額につき被告A@,被告AA及び被告ABと連帯して,296万7586円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告三國と連帯して)を支払え。 7 被告ABは,原告に対し,1131万0268円及びこれに対する平成26年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,1131万0268円及びこれに対する同年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告A@及び被告AAと連帯して,1131万0268円及びこれに対する同月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告たくみ屋と連帯して,296万7586円及びこれに対する同年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告三國と連帯して)を支払え。 8 被告三國は,原告に対し,296万7586円及びこれに対する平成26年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,296万7586円及びこれに対する同月31日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告たくみ屋と連帯して,296万7586円及びこれに対する同年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告A@及び被告AAと連帯して,296万7586円及びこれに対する同月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告ABと連帯して)を支払え。 9 被告三國,被告A@及び被告AAは,別紙「謝罪文(1)」記載の謝罪文を靴業界専門誌『フットウェア・プレス』及び『シューズポスト』に掲載せよ。 10 被告たくみ屋及び被告ABは,別紙「謝罪文(2)」記載の謝罪文を靴業界専門誌『フットウェア・プレス』及び『シューズポスト』に掲載せよ。 11 被告三國の原告に対する東京高等裁判所平成27年(ネ)第1655号事件について平成27年10月31日に確定した執行力ある判決の正本に基づく強制 3執行は,これを許さない。 (上記1項ないし10項は第1事件の請求,11項は第2事件の請求である。) |
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事案の概要等
1 第1事件は,婦人靴の企画・設計・卸売を業とする原告が,@被告三國,被告A@及び被告AA(以下,これら3名を併せて「被告三國ら」という。)は,被告三國が原告から預かっていた別紙物品目録1記載の各オリジナル木型(以下「本件オリジナル木型」という。)を同被告の社外に持ち出して,被告たくみ屋及び被告AB(以下,これら2名を併せて「被告たくみ屋ら」という。)並びに「ハマノ木型」という屋号の木型製作業者(以下「ハマノ木型」という。)に対して不正に開示した上,同木型を不正に複製することにより得られた木型を更に改造した木型に基づいて靴の試作品を製作し,それを小売業者に開示するなどし,Aその際,原告の従業員であった被告ABは,原告の製造受託業者であった被告三國に対し,被告たくみ屋と取引を行うことを持ち掛け,また,B被告ABは,原告の取引先であった小売業者に対し,被告たくみ屋と取引するように営業活動を行ったものであり,(a) 上記@については,本件オリジナル木型に化体された靴の設計情報(形状・寸法)(以下「本件設計情報」という。)は原告の営業秘密に該当するから,同情報につき,被告三國らの行為は不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項7号所定の営業秘密の不正使用・不正開示行為に,被告たくみ屋らの行為は同項4号所定の営業秘密の不正取得・不正使用・不正開示行為ないし同項8号所定の不正開示行為後の取得・使用・開示行為に,それぞれ該当し,(b) 上記Aについては,被告三國が原告の製造受託業者であるという情報(以下「本件取引先製造受託業者情報」という。)は原告の営業秘密に該当するから,同情報につき,被告たくみ屋らの行為は同項7号所定の営業秘密の不正使用行為に該当し,(c) 上記Bについては,原告の取引先であった小売業者に係る情報(以下「本件取引先小売業者情報」という。)は原告の営業秘密に該当するから,同情報につき,被告たくみ屋らの行為は同号所定の営業秘密の不正使用行為に該当するものであり,(d) これらについ 4ては,被告三國及び被告たくみ屋に会社法350条に基づく責任が生じるほか,被告らの間で互いに共同不法行為が成立し,また,(e) 被告三國の上記@の行為は,同被告と原告との間の靴の製造委託契約上の善管注意義務に違反して債務不履行を構成し,(f) 被告ABが,原告在職中に,上記@・Aのとおり不正に本件設計情報を取得してこれを拡散させたほか,原告と競合する被告たくみ屋を設立するなどした行為,及び原告退職後に,被告たくみ屋を代表して原告の取引先であった小売業者と取引を行うなどした行為は,原告における就業規則及び被告ABが原告に差し入れた誓約書に基づく秘密保持義務・誠実義務・競業禁止義務に違反して債務不履行を構成する旨主張して,(1) 被告らに対し,不競法3条1項に基づき,本件オリジナル木型に化体された原告の800番台・500番台の品番の靴の設計情報(本件設計情報)を含む木型,プラスチック木型,生産用木型及び靴(別紙物品目録2記載の各木型を含む。以下「本件木型等」という。)の使用及び開示の差止めを,(2)被告ABに対しては,同条2項に基づき又は誓約書に基づく返還義務の履行として,被告三國に対しては,同項に基づき又は製造委託契約終了に基づく返還義務の履行として,本件木型等の引渡しを,(3) 被告らに対し,被告三國については不競法4条,会社法350条,民法719条又は債務不履行に基づき損害賠償として前記第1の8掲記の金員(損害額の一部1070万1515円から後記の本件相殺2の自働債権の額773万3929円を控除した296万7586円及びこれに対する平成26年3月26日付け訴状補正申立書送達の日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金),被告A@及び被告AAについては不競法4条又は民法719条に基づき,被告ABについては不競法4条,民法719条又は債務不履行に基づき,被告たくみ屋については不競法4条,会社法350条又は民法719条に基づき,それぞれ損害賠償として前記第1の4ないし7掲記の金員(損害額1904万4197円から後記の本件相殺2の自働債権の額773万3929円を控除した1131万0268円及びこれに対する上記訴状補正申立書送達の日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金)の各支払(互 5いに重なり合う範囲で連帯しての支払)を,(4) 被告らに対し,主位的に不競法14条に基づき,予備的に民法723条に基づき,謝罪広告を,それぞれ求める事案である。 第2事件は,原告が,原告と被告三國との間の東京高等裁判所平成27年(ネ)第1655号委託報酬等請求控訴事件(以下,同事件及びその第一審に係る訴訟を「別件訴訟」という。)について平成27年10月31日に確定した執行力ある判決の正本(以下,この確定判決を「本件債務名義」という。)に記載された債権(689万2144円及びこれに対する平成25年10月25日から支払済みまで年6分の割合による金員。遅延損害金について平成27年11月6日までの確定遅延損害金として計算すると,債権額は773万3929円。)について,第1事件における被告三國に対する請求債権を自働債権として相殺したこと(以下「本件相殺2」という。)により消滅した旨主張して,本件債務名義の執行力の排除を求める請求異議訴訟の事案である。なお,この請求異議訴訟に関しては,同年12月11日に強制執行停止決定がされている(東京地裁平成27年(モ)第3965号事件)。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実,当裁判所に顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,書証番号は,特記しない限り枝番の記載を省略する。また,原告代表者尋問の結果,被告本人兼被告三國代表者被告A@の尋問の結果〔以下「被告A@本人」と略称する。〕及び被告本人兼被告たくみ屋代表者被告ABの尋問の結果〔以下「被告AB本人」と略称する。〕については,本人調書別紙速記録中,当該供述が記載された該当頁を付記し,別件訴訟の本人調書又は証人調書である乙A第9ないし第11号証についても同様の付記をする。) (1) 当事者等 ア 原告は,高級婦人革靴の企画・設計・卸売を業とする特例有限会社(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律3条2項)である。 イ 被告三國は,高級婦人革靴の製造を業とする特例有限会社であり,平成28 6年4月20日までの商号は「有限会社サン三國製靴」であった。 被告A@は,被告三國の代表者である。 被告AAは,被告A@の妻である。 ウ 被告たくみ屋は,平成23年7月4日に被告ABによって設立された,靴の企画・開発・卸売を業とする株式会社であり,被告ABは,その設立時から現在に至るまで被告たくみ屋の代表取締役である(甲4)。 また,被告ABは,遅くとも平成21年7月頃から原告の営業担当の従業員であったが,平成23年7月20日に原告を自己都合で退職した(甲3,被告AB本人〔5頁〕)。 エ 被告ABは,平成21年7月2日,原告に対し,原告に勤務するに当たり,「営業上その他貴社に関する一切の機密について在職中はもちろん,退職後も決して他に漏洩致しません。」(2項),「顧客に関する情報については,取り扱いに充分に留意するとともに,パソコンや記憶媒体または書類を社外に持ち出すことは致しません。」(3項)などと記載した誓約書(甲14。以下「入社時誓約書」という。)を差し入れた。 なお,原告の平成21年7月21日制定の就業規則(甲2)においては,その35条(服務心得)で,「禁止事項」として,「会社・取引先の営業秘密その他の機密情報や,会社・取引先の保有する個人情報等(以下「会社情報」という。)を本来の目的以外に利用し,又は会社情報や会社の不利益となるような事項を他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと(退職後においても同様とする。)」(13号),「許可なく職務以外の目的で会社の設備,車両,機械,器具その他の金品・情報等を使用しないこと」(14号),「許可なく他の会社の役員若しくは従業員となり,又は会社の利益に反するような業務に従事しないこと」(18号)と規定された上,「会社に提出する「誓約書」の記載事項を遵守すること」(24号)と規定されており,36条(兼業の禁止)で,「職場の秩序及び従業員の安全,又は会社機密の守秘のため,勤務時間以外の時間に他の会社で勤務を行うことを禁ずる。但し,パー 7ト従業員であって,やむを得ない事情があり,その申し出があった場合にはこれを認めることがある。」と規定されていた。 (2) 取引関係 ア 原告と被告三國は,平成14年4月頃,継続的な婦人靴の製造委託契約(以下「本件製造委託契約」という。)を締結し,以後,本件製造委託契約に基づいて継続的に,被告三國が原告から委託された婦人靴の製造を行い委託報酬の支払を受ける取引を繰り返していた。 被告三國は,平成23年2月ないし4月当時,原告から,本件製造委託契約に基づき,上記取引のために,原告の設計する高級婦人革靴(コンフォートエレガントパンプス)である800番台・500番台の品番の靴のマスター木型(全ての木型の原型となる木彫りの木型。原告が企画開発する靴のマスター木型については, 株式会社中田靴木型製作所〔以下「中田靴木型」という。〕が製作して保管していた。)に基づいて作成された靴製造受託業者用のプラスチック製の生産用木型である本件オリジナル木型(木型番号T-0001及びT-110)を預かっていた。(以上につき,甲36,乙A9〔1頁〕,弁論の全趣旨) イ 被告たくみ屋と被告三國は,平成23年8月4日,靴の製造委託契約を締結した(甲5)。 (3) 本件オリジナル木型の目的外使用等 ア 被告A@は,平成23年4月頃,被告ABの要望に応じて,被告三國が原告から前記(2)アのとおり預かっていた本件オリジナル木型(木型番号T-0001及びT-110)を被告三國の社外に持ち出し,これらを被告ABと共にハマノ木型に持ち込んで複製させることにより,木型番号TA-E,TA-3E,IT-E及びIT-3Eの各木型(以下「本件複製木型」という。)を作成した(以下,被告三國が本件製造委託契約に基づいて預かっていた本件オリジナル木型を社外に持ち出し,被告ABと共にこれをハマノ木型に複製させ,もって本件製造委託契約に基づく原告との取引以外の目的で本件オリジナル木型を使用したことを,「本件目的 8外使用」という。なお,本件オリジナル木型の「複製」ないし「コピー」が行われたことについては当事者間に争いがないが,ここでいう「複製」ないし「コピー」は,後記第5の1(4)ウの認定事実に照らすと,つま先部分については,必ずしも厳密な意味での「複製」ではない。以下同じ。)。さらに,被告ABは,ハマノ木型に本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-0001の木型を複製したもの)を改造させることにより,別紙物品目録2記載1の木型(木型番号TA-2。以下「本件改造木型」という。)を作成した(甲1,6ないし8,11,36,58,乙A9〔10〜16頁〕,被告A@本人〔13,22頁〕,被告AB本人〔10〜12頁〕,弁論の全趣旨)。 イ 被告ABは,平成24年,被告たくみ屋の代表者として,靴の製造業者である株式会社名進(以下「名進」という。)に,被告ABが持ち込んだ木型におけるつま先の形状を参考に別紙物品目録2記載2の各生産用木型(木型番号RE-40,R-50,RE-60及びR-30。各35台で合計140台。以下「本件生産用木型」という。)を作成させ,本件生産用木型に基づいて婦人靴を製造させた(以下,本件生産用木型に基づいて製造された婦人靴を「本件たくみ屋婦人靴」という。)(甲12,被告AB本人〔16〜20頁〕)。 ウ 被告たくみ屋は,平成24年10月2日から平成25年1月31日までの間,本件たくみ屋婦人靴合計796足を,原告の取引先であった靴の小売業者である株式会社楽歩堂(以下「楽歩堂」という。)に販売し,また,平成24年後半から平成25年1月21日までの間,本件たくみ屋婦人靴合計291足を,原告の取引先であった他の小売業者に販売した(以下,これらの販売を「本件販売」という。)(甲12,13,被告AB本人〔21〜22頁〕,弁論の全趣旨)。 (4) 本件目的外使用の発覚とその後の経過 ア 原告は,平成23年8月頃,取引先からの通報を基に調査したところ,本件目的外使用に関して覚知するに至った(甲11,23,36,乙A9〔18〜19頁〕,弁論の全趣旨)。 9 イ 原告は,平成23年11月9日,被告三國から,次の記載内容を含む秘密保持誓約書(甲10)を徴した。 (ア) 前文 当社は,有限会社スーパーリアルシステム(以下「貴社」という)と取引(以下「本件取引」という)を行うにあたり,本書記載のとおり,秘密保持を誓約するものとする。なお,本書は,本書の作成日付以前に貴社より開示された秘密情報にも適用があるものとする。 (イ) 1条1項 秘密情報とは,貴社が保有する技術上または営業上の一切の情報をいい,以下に例示するものを含む。 @ 貴社が企画,開発した,靴木型,中底,本底,ヒール,アッパー型紙その他靴製品の企画,開発又は製造に使用する物品に関する情報(理論又は寸法に関する情報を含む) A 上記のほか,貴社が秘密情報として管理し,あるいは秘密として指定した情報 (ウ) 2条1項 当社は,貴社の事前の承諾なく第三者に対し秘密情報を開示又は漏洩しないこととする。また,当社は,本件取引に関する業務に直接従事する従業員以外の者には一切秘密情報を開示しないこととする。 (エ) 2条2項 当社は,秘密情報を,本件取引を遂行する目的以外に使用しないこととする。 (オ) 3条 当社が前条の秘密保持義務に違反した場合には,これにより貴社が被った損害を貴社に賠償するものとします。 (カ) 4条 当社は,貴社の要求があった場合又は本件取引が終了した場合は,速やかに,貴 10社の指示に従い,秘密情報が含まれた資料を返還又は廃棄することとする。 ウ 被告ABは,平成23年12月22日,原告に対し,次の(ア)ないし(ウ)の各事実を認めた上でこれらの行為により原告に多大なる迷惑を掛けたことを深くお詫びする旨記載した謝罪文(甲8)及び次の(エ)ないし(カ)の各事項を遵守することを誓う旨記載した誓約書(甲9。以下「発覚後誓約書」という。)を差し入れ,原告との間で同誓約書の内容について合意した(以下,この合意中,次の(カ)の内容の合意を「本件返却合意」という。)(被告AB本人〔15頁〕)。 (ア) 貴社から何ら承諾を受けていないにもかかわらず,有限会社サン三國製靴の被告A@氏と共謀して,同社に預けられていた貴社所有のT-0001及びT-110の各木型を有限会社サン三國製靴外に持ち出し,複製したこと。 (イ) 貴社の従業員として兼業禁止義務を負っていたにもかかわらず(貴社の就業規則第36条),貴社と競業関係となる株式会社たくみ屋を設立し,その代表取締役に就任したこと。 (ウ) 株式会社たくみ屋の開業準備のため,貴社在職中であるにもかかわらず,貴社の取引先メーカーである有限会社サン三國製靴に対し靴の製造委託を申し込み,また,同社と共同で靴を企画開発したこと。 (エ) 私,並びに,株式会社たくみ屋,及び,今後私が設立し又は役員に就任し若しくは従業員となる会社が,有限会社サン三國製靴,宮城興業株式会社,マーベル製靴株式会社,その他貴社の取引先(貴社が今後取引を行う取引先で,かつ,貴社の取引開始時に私及び株式会社たくみ屋が取引を行っていない取引先を含む)とは,直接間接を問わず一切の取引を行わないこと(発覚後誓約書1項)。 (オ) 理由の如何を問わず,靴の企画開発のノウハウ,靴製品に関する情報その他貴社が保有する技術上又は営業上の一切の情報(以下総称して「本件情報」という)を,第三者に開示せず,また,自らも利用しないこと(発覚後誓約書2項)。 (カ) 平成23年12月27日までに,貴社に対し,本件情報が含まれた一切の資料又は物品(T-0001又はT-110の木型の複製に修正を加えて製作された 11木型のプラ木型を含むが,これに限られない)を返却すること(発覚後誓約書3項)。 エ 原告と被告三國との間の本件製造委託契約に基づく取引は,平成24年7月末まで続いた(甲36,乙A9〔1頁〕,11〔2頁〕)。 (5) 別件訴訟と相殺 ア 被告三國は,平成24年11月28日,原告に対し,本件製造委託契約に基づく個別取引による委託報酬等の支払を請求する別件訴訟を当庁に提起した(東京地裁平成24年(ワ)第33715号委託報酬等請求事件)(甲38)。 原告は,平成25年10月24日,別件訴訟の第一審第6回弁論準備手続期日において陳述した同年7月10日付け準備書面をもって,被告三國に対し,被告三國の被告ABに対する木型の無断貸与及び複製品の製造等の債務不履行及び不法行為に基づく原告の被告三國に対する損害賠償請求権並びに不当利得返還請求権を自働債権,被告三國の原告に対する別件訴訟の請求債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下「本件相殺1」という。)。上記自働債権には,被告三國の原告に対する本件製造委託契約上の債務不履行,共同不法行為又は不競法違反に基づく「弁護士委託費用62万0489円」,「交通費等実費7万0167円」,「代表者及びその妻の休業損害313万5000円」,「被告ABに対して支払った給与等75万9366円」及び「信用毀損による損害300万円」の 損害賠償請求権が含まれていた(甲46,49,乙A12,13)。 イ 原告は,平成26年1月22日,本件訴訟の第1事件を当庁に提起した。 ウ 東京地方裁判所は,平成27年2月19日,別件訴訟の第一審として判決を言い渡したが(乙A12),被告三國及び原告の双方がこの判決に控訴をした。 その控訴審(東京高裁平成27年(ネ)第1655号事件)において,東京高等裁判所は,平成27年7月10日に口頭弁論を終結した上,同年10月15日に判決(以下「別件判決」という。)を言い渡した(乙A13)。別件判決は,原告に被告三國に対し689万2144円及びこれに対する平成25年10月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払うことを命ずるものであったが,本件 12相殺1の自働債権については,被告三國が原告に無断で被告ABに対して本件オリジナル木型を貸与しこれを不正に複製したことが,本件製造委託契約上の善管注意義務に違反すると判断し,この債務不履行に基づく合計112万3994円の損害賠償請求権を認め,それについて相殺の効果を認めた。損害額の内訳については,「ア 弁護士費用等61万9859円」,「イ 原告代表者及びその妻が取引先に事情説明をした際の交通費等7万0167円」及び「ウ 原告代表者及びその妻が本件木型無断貸与等の対策に従事したことによる原告の損害43万3968円」であり,「原告が被告ABに支払った給与等(75万9366円)」及び「信用毀損による損害(300万円)」については一切損害の発生を認めなかった。 エ 別件判決は,平成27年10月31日に確定した。 原告は,同年11月6日,被告三國に対し,第1事件における請求債権の元本を自働債権(なお,同日の時点において,原告の主張に係る同債権の元本は,1070万1515円であった。),本件債務名義(上記のとおり確定した別件判決)の判決書正本に記載された債権を受働債権として,対当額(773万3929円)で相殺する旨の意思表示をした(本件相殺2)(甲103)。 オ 被告三國は,本件債務名義の正本に基づく債権差押えの申立てをし(平成27年(ル)第9620号事件),東京地方裁判所は,平成27年11月27日,債権差押命令を発した。 原告は,同年12月9日,当庁に本件訴訟の第2事件を提起するとともに,本件債務名義に基づく強制執行(上記債権差押命令申立事件)について強制執行停止の申立てをした(東京地裁平成27年(モ)第3965号事件)。 これについて,東京地方裁判所は,同月11日,本件債務名義に基づく強制執行(東京地裁平成27年(ル)第9620号債権差押命令申立事件)は本案判決において民事執行法37条1項の裁判があるまで停止する旨の強制執行停止決定(以下「本件強制執行停止決定」という。)をした。 カ 平成28年3月1日,本件訴訟の第1事件に第2事件が併合された。 13 |
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争点
1 本件設計情報に係る不正競争の有無 (1) 本件設計情報の営業秘密該当性 (2) 被告三國らの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性 ア 被告三國の行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性 イ 被告A@の行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性 ウ 被告AAの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性 (3) 被告たくみ屋らの行為の不正競争(不競法2条1項4号,8号)該当性 ア 被告ABの行為の不正競争(不競法2条1項4号,8号)該当性 イ 被告たくみ屋の行為の不正競争(不競法2条1項4号,8号)該当性 2 本件取引先製造受託業者情報に係る不正競争の有無 (1) 本件取引先製造受託業者情報の営業秘密該当性 (2) 被告たくみ屋らの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性 3 本件取引先小売業者情報に係る不正競争の有無 (1) 本件取引先小売業者情報の営業秘密該当性 (2) 被告たくみ屋らの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性 4 被告らの共同不法行為の成否 5 被告三國の原告に対する債務不履行の有無 6 被告ABの原告に対する債務不履行の有無 7 原告の被告らに対する差止請求権の有無及び範囲 8 被告ABの原告に対する本件返却合意又は不競法3条2項に基づく本件木型 等の返還債務の有無 9 被告三國の原告に対する本件製造委託契約終了又は不競法3条2項に基づく 本件木型等の返還債務の有無 10 原告の被告らに対する損害賠償請求権の有無及び範囲 (1) 不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益について 14 (2) 実費等の損害について (3) 弁護士費用相当損害について 11 謝罪広告の適否 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件設計情報に係る不正競争の有無)について (1) 争点1(1)(本件設計情報の営業秘密該当性)について 【原告の主張】 ア 原告は,自社が企画開発したマスター木型について,専門業者である中田靴木型のみに保管を委託していたところ,中田靴木型は,社内の木型室に立入禁止の貼り紙をして常時施錠し,同木型室へのアクセス権者を中田靴木型の社長とモデリスト(モデルを削る者)に限定しており(したがって,原告の代表者及び従業員にアクセス権はなかった。),これにより,中田靴木型が各社から預かり保管する木型に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が外部に流出しないよう厳重に管理していた。 その上で,原告は,従業員に対しては,就業規則及び誓約書において,マスター木型やオリジナル木型に化体された靴の設計情報を秘密として指定して管理し,取引先製造受託業者に対しても,取引を開始するに当たり,預ける木型の目的外使用を禁止する旨などを告げていた。そして,原告は,自社の従業員・退職者及び取引先製造受託業者が就業規則及び誓約書に定める営業秘密を侵害する行為を行っていないかに留意し,これを行った疑いがあった場合,原告代表者及び弁護士が内容証明郵便により警告文を発し,聴取り調査を行うという運用を実施していた。 本件設計情報についても,原告は,就業規則(甲2)35条13号・14号・24号,被告ABの平成21年7月2日付け入社時誓約書(甲14),被告三國の平成23年11月9日付け秘密保持誓約書(甲10)1条・2条,被告ABの同年12月22日付け発覚後誓約書(甲9)2項に基づき,秘密として管理していたものであり,被告らも,本件設計情報が秘密であって本件目的外使用が許されないこと 15を認識していた。 以上によれば,本件設計情報は,秘密として管理されていたものといえる。 イ 本件オリジナル木型に化体された本件設計情報は,本件オリジナル木型及びそのマスター木型の保有者の管理下以外では一般に入手できないものであったから,公然と知られていないもの(非公知)であったということができる。 なお,靴の皮革は立体状の物になじんでいく柔軟性を有するので,市場に出回っている靴から,その靴の製造に用いた木型の形状・寸法を容易に把握することはできない(オリジナルの木型と同じ木型を作るには,倣い旋盤に掛けて木型を複製するか,木型の各部位の中心からの位置情報をデータとして全て取得するという方法しかなく,完成し市販された靴から木型を再現しても,形状・寸法が全く同一の靴の設計情報を取得することはできない。)。 ウ 本件設計情報については,これを利用して靴を製造すれば,木型の企画・製造に要する費用をかけずに原告の売れ筋の靴を大量生産でき(また,とりわけ,履き心地を決める上で重要な木型の何か所かの形状及び寸法をそのままコピーすると,出来上がる靴の履き心地が全く違ってくる。),原告など木型企画製造業者との競争上不正に有利になるものであるから,生産方法その他の事業活動に有用な技術上の情報であったということができる。 エ 以上によれば,本件設計情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当する。 【被告らの主張】 ア 本件設計情報には,秘密管理性が認められない。 被告三國の代表者である被告A@は,本件目的外使用について,してはならない事であるとは認識していたものの,それは,一般的に,契約ないし取引の相手方から貸与を受けた物品等を当該契約ないし取引の目的に反して使用してはならないからにすぎない。したがって,このような目的外使用が禁止されていても,それが秘密管理性を基礎付けることにはならない。 原告は,被告三國その他の取引先製造受託業者との間で,秘密保持誓約書の類を 16締結させるなどの措置を講じてはいなかった。 原告は,本件製造委託契約に基づく取引において,被告三國に木型を貸与するに当たり,被告三國から当該木型の貸与品リスト,受領書,確認書類等の提出を受けたことが一切なく,管理台帳への記録等の管理もしておらず,被告三國に対し,いつ,どの木型を,どれほど貸与したのかさえ把握していなかった。さらに,原告は,原告の事務所内や事務所裏口の屋外に木型を放置していたことがしばしばあった。 なお,被告三國の平成23年11月9日付け秘密保持誓約書(甲10)は,被告三國の本件目的外使用より後に作成されたものであるから,被告三國が行為時に秘密保持義務を負っていたことの根拠にはなり得ない。 イ 本件設計情報には,非公知性が認められない。なぜなら,靴の製造に携わる者であれば,市場に出回っている靴から,その靴の製造に用いた木型の形状・寸法を容易に把握することができるからである。すなわち,靴に石膏を流し込んで型取りすることが可能であることはもとより,靴の足長・足巾・踵巾等の情報は,完成した靴を切断して開く方法によっても正確かつ容易に取得することができる。実際,被告三國も,市販されていた原告の800番の品番の靴にパテを流し込む方法により,パテの乾燥を待つ時間を除けば1時間程度で,対象情報が化体された木型を容易に再現することができた(乙A7)。 ウ 木型の作成自体は容易に行うことができる以上,木型に基づき靴を大量生産できるとする点は,有用性の根拠とならないし,他に,本件設計情報に有用性があるとする根拠はない。 エ 以上によれば,本件設計情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当しない。 (2) 争点1(2)(被告三國らの行為の不正競争該当性)について 【原告の主張】 被告三國は,営業秘密たる本件設計情報を保有する事業者である原告から,本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預けられることにより,本件設計情報を示された。 17 ところが,被告三國らは,不正な方法により被告三國の利益を得るために,(@)本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を社外に持ち出して,被告たくみ屋ら及びハマノ木型に対して不正に開示した上,これを不正に複製し(本件複製木型の作成),(A)本件複製木型を不正に改造した(本件改造木型の作成)上,本件改造木型を利用するなどして靴の試作品を製作し,原告の取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した。 上記(@)については,直接には被告A@が行った行為であるが,被告三國の代表者である被告A@の行為は被告三國の行為と同視できる。また,被告AAは,被告三國の事実上の取締役であり,同社の代表取締役であり夫である被告A@から相談を受けてその経営に関与していたところ,上記行為についても被告A@と共謀していたものであり,被告AA個人として責任を負う。 上記(A)については,直接には被告たくみ屋らが行った行為であるが,被告三國らは,被告たくみ屋らと共謀していたものであり,責任を負う。 以上のとおり,被告三國らの行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正使用・不正開示行為に該当する。 【被告三國らの主張】 原告の主張する(@)の行為については,被告三國らに不競法2条1項7号所定の図利加害目的はなかった。 原告の主張する(A)の行為については,被告三國らは,営業活動と評価され得る行為を一切行っていない。 なお,被告AAは,専ら被告三國の経理業務を中心とした事務を行っており,対外的な業務は,人手が足りないときに材料や製品の授受等を行うことはあるが,営業や取引行為等は一切行っていない。被告AAは,本件目的外使用について一切関与していなかった。 以上によれば,被告三國らの行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正使用・不正開示行為には該当しない。 18 (3) 争点1(3)(被告たくみ屋らの行為の不正競争該当性)について 【原告の主張】 ア 被告ABは,原告の取引先製造受託業者である被告三國に対し,自らが設立する被告たくみ屋と取引するよう在職中に働き掛け,被告A@に対し,本件オリジナル木型の社外への持ち出し及びハマノ木型における複製・改造を唆した。被告ABが就業規則の兼業禁止等に違反する行為の一環として,本件オリジナル木型を被告三國の社外に持ち出し,ハマノ木型において不正に複製した行為は,「不正の手段により営業秘密を取得する行為」(不競法2条1項4号)に該当する。そして,被告たくみ屋の代表者である被告ABの行為は被告たくみ屋の行為と同視できる。 仮に,上記に該当しない場合であっても,被告たくみ屋らは,不正開示行為であることを知って,本件設計情報を被告三國から取得しているから,同項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の取得行為に該当する。 イ 被告たくみ屋らは,本件複製木型を不正に改造した(本件改造木型の作成)上,その本件改造木型を利用するなどして靴の試作品を製作し,取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した。これは,前記アのとおり不正取得行為により取得した営業秘密を使用し,取引先小売業者に開示した行為(不競法2条1項4号)に該当する。 仮に上記に該当しない場合であっても,被告たくみ屋らは,不正開示行為であることを知って,本件設計情報を被告三國から取得した後,その取得した営業秘密を使用・開示したものであるから,同項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為に該当する。 ウ 被告たくみ屋らは,本件改造木型を作成した上,本件改造木型を名進に持ち込み,名進に本件改造木型を利用して本件生産用木型を作成させ,本件生産用木型に基づいて製造された本件たくみ屋婦人靴を取引先小売業者に販売した。これは,前記アのとおり不正取得行為により取得した営業秘密を使用し,名進,取引先小売業者及び消費者に開示した行為(不競法2条1項4号)に該当する。 19 仮に上記に該当しない場合であっても,被告たくみ屋らは,不正開示行為であることを知って,本件設計情報を被告三國から取得した後,その取得した営業秘密を使用・開示したものであるから,同項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為に該当する。 エ 以上のとおり,被告たくみ屋らの行為は,不競法2条1項4号所定の営業秘密の不正取得・不正使用・不正開示行為ないし同項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の取得・使用・開示行為に該当する。 【被告たくみ屋らの主張】 争う。 被告たくみ屋らが作成した木型は,つま先部分を始め,本件オリジナル木型とは全く異なっており,被告たくみ屋独自のものである。 2 争点2(本件取引先製造受託業者情報に係る不正競争の有無)について (1) 争点2(1)(本件取引先製造受託業者情報の営業秘密該当性)について 【原告の主張】 本件取引先製造受託業者情報は,本件設計情報(前記1(1)【原告の主張】ア)と同様に,就業規則や誓約書で秘密として指定するなどして,秘密として管理されていた。 また,本件取引先製造受託業者情報には,非公知性や有用性が認められる。 したがって,本件取引先製造受託業者情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当する。 【被告たくみ屋らの主張】 争う。 (2) 争点2(2)(被告たくみ屋らの行為の不正競争該当性)について 【原告の主張】 被告ABは,原告在職中に営業担当従業員として,原告から本件取引先製造受託業者情報(被告三國が原告の製造受託業者であるという情報)を示され,これを記 20憶していたところ,不正な方法により利益を得る目的で,その記憶に基づいて同情報を使用して,原告の製造受託業者であった被告三國に対し,自らが設立する被告たくみ屋と取引を行うことを持ち掛けた。そして,被告たくみ屋の代表者である被告ABの行為は被告たくみ屋の行為と同視できる。 以上の被告たくみ屋らの行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正使用行為に該当する。 【被告たくみ屋らの主張】 争う。 3 争点3(本件取引先小売業者情報に係る不正競争の有無)について (1) 争点3(1)(本件取引先小売業者情報の営業秘密該当性)について 【原告の主張】 本件取引先小売業者情報は,本件設計情報(前記1(1)【原告の主張】ア)と同様に,原告の就業規則13条,被告ABの入社時誓約書1項ないし3項に基づき,秘密として管理されていた。 また,本件取引先小売業者情報には,非公知性や有用性が認められる。 したがって,本件取引先小売業者情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当する。 【被告たくみ屋らの主張】 争う。 (2) 争点3(2)(被告たくみ屋らの行為の不正競争該当性)について 【原告の主張】 被告ABは,原告在職中に営業担当従業員として,原告から本件取引先小売業者情報を示され,これを記憶していたところ,不正な方法により利益を得る目的で,その記憶に基づいて同情報を使用して,原告の取引先であった小売業者に対し,被告たくみ屋と取引するように営業活動を行った。そして,被告たくみ屋の代表者である被告ABの行為は被告たくみ屋の行為と同視できる。 21 以上の被告たくみ屋らの行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正使用行為に該当する。 【被告たくみ屋らの主張】 本件取引先小売業者情報は,もともと被告ABが基本的に保有していた私的な情報を原告のために用いたものである。 4 争点4(被告らの共同不法行為の成否)について 【原告の主張】 本件設計情報,本件取引先製造受託業者情報及び本件取引先小売業者情報に関する被告A@及び被告ABの不法行為は,それぞれ,被告三國及び被告たくみ屋の各代表者がその職務執行として行ったものであるから,被告三國及び被告たくみ屋は,会社法350条に基づき,原告に加えた損害の賠償責任を負う。 そのほか,各被告が行った前記1(2)【原告の主張】及び前記1(3)【原告の主張】ア・イ,前記2(2)【原告の主張】,前記3(2)【原告の主張】記載の各不法行為は,互いに主観的・客観的に関連共同して行った行為であるから,被告らの間で互いに共同不法行為が成立する。 【被告らの主張】 否認ないし争う。共同不法行為を基礎付ける具体的な「関連共同」の事実の主張立証が欠けている。 5 争点5(被告三國の原告に対する債務不履行の有無)について 【原告の主張】 被告三國が,(@)本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を社外に持ち出して,被告たくみ屋ら及びハマノ木型に対して不正に開示した上,不正に複製し(本件複製木型の作成),(A)その本件複製木型を不正に改造した(本件改造木型の作成)上,その本件改造木型を利用するなどして靴の試作品を製作し,原告の取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した行為は,原告との本件製造委託契約に基づく善管注意義務又は取引上の信義誠実義務に違反し,原告に対す 22る債務不履行を構成する。 【被告三國の主張】 本件目的外使用が,被告三國の原告に対する本件製造委託契約上の債務不履行を構成し得ることについては積極的に争うものではないが,その余は否認ないし争う。 6 争点6(被告ABの原告に対する債務不履行の有無)について 【原告の主張】 被告ABが,原告在職中であるにもかかわらず,@原告と完全に競合する会社である被告たくみ屋を設立したほか,A原告の取引先製造受託業者である被告三國に対し被告たくみ屋との競業取引を持ち掛け,Bその競業取引のベースとするため,被告三國が預かり保管する本件オリジナル木型を被告A@と共に被告三國の社外に持ち出し,ハマノ木型において不正に複製する方法により,本件設計情報を取得し,C本件複製木型を不正に改造して本件改造木型を作成することにより,本件設計情報を拡散させた上,D本件改造木型を利用するなどして靴の試作品を製作し,原告の取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した行為は,原告における就業規則及び被告ABの入社時誓約書に基づく従業員としての競業禁止義務・秘密保持義務・誠実義務に違反し,原告に対する債務不履行を構成する。 また,被告ABが,原告を退職した後,E被告たくみ屋代表者として被告三國との間で製造委託契約を締結して本件設計情報が化体した靴の製造を委託し,F本件取引先小売業者情報を利用して原告の取引先小売業者に対して取引を持ち掛け,さらに,G名進に対し本件改造木型を持ち込んで本件設計情報を開示し,H本件取引先小売業者情報を利用して楽歩堂その他の原告の取引先小売業者に対し本件設計情報が化体した本件たくみ屋婦人靴を販売する取引をした行為は,原告における就業規則及び被告ABの入社時誓約書に基づく退職後の秘密保持義務に違反し,上記G及びHの行為については被告ABの発覚後誓約書1項・2項にも違反し,いずれも原告に対する債務不履行を構成する。 【被告ABの主張】 23 争う。 7 争点7(原告の被告らに対する差止請求権の有無及び範囲)について 【原告の主張】 原告は,被告らに対し,不競法3条1項に基づき,本件オリジナル木型に化体された原告の800番台・500番台の品番の靴の設計情報(本件設計情報)を含む本件木型等の使用及び開示の差止めを請求することができる。 【被告らの主張】 争う。 8 争点8(被告ABの原告に対する本件木型等の返還債務の有無)について 【原告の主張】 被告ABは,原告に対し,本件返却合意に基づき,又は不競法3条2項に基づき,本件木型等を返還する義務を負っている。 被告ABは,平成23年12月末,原告に対し,本件返却合意に基づき,不正に複製・改造した木型及び見本用の靴を送付したが,これは,本件木型等の一部にすぎず,まだ返還されていないものがある。 【被告ABの主張】 被告ABは,サンプルとして作った木型については,楽歩堂と証券取引所で面談した後,段ボールで送って全て返却した。 他方,本件改造木型については,被告ABが以前所持していたが,現在は名進に預けている。また,本件生産用木型については,被告ABの所有ではなく,楽歩堂の所有であり,被告ABは所持もしていない。これらの木型は,全て,全く原告の木型とは異なる。 9 争点9(被告三國の原告に対する本件木型等の返還債務の有無)について 【原告の主張】 被告三國は,原告に対し,本件製造委託契約の終了に基づき,又は不競法3条2項に基づき,本件木型等を返還する義務を負っている。 24 被告三國は,本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預かり保管していたところ,これを不正に複製した時に倣い旋盤に掛けたため,丸い穴がつま先部分に1か所,かかと部分に2か所開いたというが,その穴の開いた本件オリジナル木型は,まだ原告に返還されていない。被告三國は,同木型を廃棄したというものの,信用できない。 【被告三國の主張】 本件オリジナル木型については,これを複製する際に倣い旋盤に掛けたため損傷した(丸い穴がつま先部分に1か所,かかと部分に2か所開いた)ことから,被告A@が,同複製後ほどない平成23年4月20日過ぎ頃,被告三國のごみ箱に廃棄した。 被告三國は,本件オリジナル木型や本件複製木型を一切所持していない。 10 争点10(損害賠償請求権の有無及び範囲)について 【原告の主張】 (1) 不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益について 被告らの不正競争ないし不法行為又は債務不履行の結果,被告たくみ屋が,平成24年10月2日から平成25年1月31日までの間,原告の取引先であった楽歩堂や一歩堂,オートフィッツ,有限会社赤い靴(以下「赤い靴」という。),モネテラモト等の靴小売業者に対し,本件たくみ屋婦人靴(@ヒールの高さ35mm,足幅1E,Aヒールの高さ35mm,足幅3E,Bヒールの高さ45mm,足幅D,Cヒールの高さ45mm,足幅2E)合計1087足を販売し(本件販売),その際,もともと原告の営業担当従業員であった被告ABの働き掛けにより,原告に発注する分の足数枠が被告たくみ屋への発注に使われた。これにより,原告は,本件たくみ屋婦人靴と競合関係にあるエレガントコンフォートパンプスである原告の500番台・700番台・800番台・900番台の品番の靴(以下「本件原告婦人靴」という。)の販売機会を喪失した。本件原告婦人靴の単位数量当たりの利益の額は,8950円である(卸売価格は,小売価格3万3000円×55%=1万8150円。利益 25額は,卸売価格1万8150円-仕入値9200円=8950円。)から,上記販売機会の喪失による原告の不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益は,972万8650円である(8950円×1087足=972万8650円)。 なお,仮にこのように認められない場合にも,原告の平成24年8月から平成25年1月における秋冬物の靴の受注件数が減少しているところ,事柄の性質上,損害額を立証するために必要な事実を立証することが困難であるため,不競法9条に基づく相当な損害額が認定されるべきである。 (2) 実費等の損害について 原告は,被告らの不法行為又は債務不履行により,次の各損害(合計765万3659円)を被った。 ア 信用毀損による損害 300万円 原告の取引先小売業者に対する信用が毀損されたところ,これによる原告の非定型損害は300万円を下らない。 イ 法律相談等に係る弁護士委託費用等 62万0489円 (ア) 法律相談に要した弁護士報酬に加え,内容証明郵便,謝罪文案,誓約書文案及び「当社製品情報の不正取得に関するお願いの件」と題する文書の作成に要した費用として,合計29万5150円 (イ) 「当社製品情報の不正取得に関するお願いの件」と題する文書の郵送費用として,9499円 (ウ) 告訴に要した費用として,31万5840円 ウ ガソリン代等実費 6万9402円 原告代表者AC(以下「AC」という。)及びその妻AD(以下「AD」といい,AC及びADを併せて「AE夫妻」という。)は,本件の不正改造に関し,取引先小売業者への影響を最小限にするため,遠隔地の取引先小売業者を回って事情を説明する対応を余儀なくされた。これに要したガソリン代や高速道路料金は合計6万9402円であった。 26 エ AE夫妻の休業損害 313万5000円 原告において,代表者ACは木型の企画設計を行い,妻ADは経理を行っていたところ,社内で他に同様の業務を遂行する者はいなかった。ACの月額報酬は90万円,ADの月額報酬は75万円であったから,AE夫妻の営業日1日当たりの基礎収入は,合計8万2500円(=(90万円+75万円)÷20日)であった。 これを基に休業損害を算定すると,次のとおり,合計313万5000円となる。 (ア) 本件のために完全休業となった日は合計15日間あったから,その休業損害は,123万7500円(=8万2500円×15日×100%)。 (イ) 不正改造の発覚後1か月余りの休業損害は,132万円(=8万2500円×20日×80%)。 (ウ) 高崎への打合せのための出張を余儀なくされた最後の日である平成24年3月21日頃までの休業損害は,57万7500円(=8万2500円×7か月×20日×5%)。 オ 被告ABに対する過払い賃金等 75万9366円 被告ABは,原告との完全な競業会社である被告たくみ屋を設立するなど,就業規則に違反する行為を行った。ところが,原告は,被告ABがこのような背信行為を行っているとは知らず,平成23年1月21日から同年7月20日までの賃金合計245万9820円をそのまま支払った。このうち3割の73万7946円は,ノーワークノーペイの原則から,過払いとして損害となる。 また,原告は,上記背信行為を知らなかったため,2万1420円の費用を負担して,被告ABが円満退職した旨の葉書を作成し取引先小売業者に発送した。仮に原告が上記背信行為を知っていれば,被告ABを懲戒解雇としたであろうから,このような費用を負担することはなかった。 (3) 弁護士費用相当損害について 原告は,不法行為又は債務不履行により,第1事件の訴訟提起を余儀なくされ,これに係る弁護士費用相当額の損害を被った。 27 この損害額は,被告三國については97万2865円,その余の被告らについては173万1290円である。 (4) 小括 以上のとおり,被告三國を除く被告らは,原告に対し,上記(1)の不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益972万8650円,上記(2)の実費等765万3659円及びこれらに対応する上記(3)の弁護士費用相当額173万1290円の合計1904万4197円の損害賠償債務を負ったから,原告は,同被告らに対し,同額から本件相殺2の自働債権の額773万3929円を控除した1131万0268円の損害賠償請求権を有している。 また,被告三國は,原告に対し,上記(1)の972万8650円及びこれに対応する上記(3)の弁護士費用相当額97万2865円の合計1070万1515円の損害賠償債務を負ったから,原告は,被告三國に対し,本件相殺2の自働債権の額773万3929円を控除した296万7586円の損害賠償請求権を有している。 【被告三國らの主張】 争う。 被告三國及び被告A@は,平成23年8月に本件目的外使用が発覚して以降は,被告たくみ屋らに対し,靴の製造について何らの協力もしていない。 また,被告A@が被告ABに対して本件複製木型を交付した後,被告ABは,製造する靴について,繰り返し企画・デザインの変更を行ったため,最終的には,本件オリジナル木型及び本件複製木型とは形状が全く異なる木型を作成することとなった。 さらに,コンフォートシューズ業界は原告が主張するほど狭小な市場ではなく,本件原告婦人靴の競合品は多数存在するから,原告の靴の売上げ減少が,被告たくみ屋の楽歩堂等に対する本件販売に起因するものとはいえない。 以上の事情に照らすと,被告三國らが,原告の主張する販売機会の喪失による逸失利益の損害賠償責任を負うことはない。被告三國ないし被告A@が,本件目的外 28使用に関して何らかの責任を負うとすれば,本件オリジナル木型を毀損させたため廃棄し原告に返還することができなくなったことにより原告に生じた損害について賠償責任を負うに止まるというべきである。 なお,仮に被告A@又は被告AAが本件目的外使用に関して何らかの責任を負ったとしても,本件相殺1によって自働債権が消滅したことによる効果を受けるため,ますます損害賠償債務を負うことはない。 【被告たくみ屋らの主張】 争う。 被告たくみ屋らが製作し,楽歩堂等に販売した本件たくみ屋婦人靴は,アーチ(土踏まず部)の中底型成と,パンプスでは業界初のローリング機能の付いた,全くオリジナルの靴であり,つま先部分を含め,本件設計情報とは異なる形状・寸法の靴である。 11 争点11(謝罪広告の適否)について 【原告の主張】 原告は,被告らの故意の不正競争行為により,営業上の信用を害されたので, 不競法14条に基づき,損害賠償とともに,営業上の信用を回復するのに必要な措置として,被告三國らに対しては別紙「謝罪文(1)」記載の謝罪文,被告たくみ屋らに対しては「謝罪文(2)」記載の謝罪文の靴業界専門誌(『フットウェア・プレス』及び『シューズポスト』)への各掲載を請求することができる。また,仮に同条に基づく請求が認められなくても,民法723条に基づき,同様の謝罪文掲載を請求することができる。 【被告らの主張】 争う。 |
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当裁判所の判断
1 事実経過 前記前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められ 29る。 (1) 原告の業務及び木型の管理等の状況 ア 原告は,取締役2名,従業員三,四名の小規模な会社である。なお,原告における営業担当者は,少なくとも被告ABが在職していた期間(遅くとも平成21年7月頃から平成23年7月20日まで)においては,被告AB1名のみであった。 原告は,足の形状等に難(外反母趾,偏平足,ウオノメ,O脚,X脚,リウマチ足,糖尿病足,痺れ足など)のある女性を顧客層とする女性用コンフォートシューズで価格帯が1足3万ないし5万円の革靴を企画・設計・卸売する事業を営んでいる。 本件原告婦人靴は,コンフォートシューズのうち,カジュアルパンプスではないエレガントパンプス(コンフォートエレガントパンプス)である。このうち500番台の品番の靴については,小売価格は3万3000円,原告から小売業者への卸売価格は1万8150円,原告の被告三國からの仕入れ価格は9200円であった。 一般に,コンフォートシューズは,履き心地が問われるところ,原告の靴の企画・設計段階においては,幾度も木型や足入れ用の靴の試作品を作り,試し履きをして履き心地を検証し,試し履きの都度,木型を削ったり,パテを貼って膨らませたりしながら,靴を製造する基となる木型を開発していく。(以上につき,甲23,41,56ないし58,63ないし99,102,104,乙A10〔1〜2頁〕,原告代表者〔2,18〜19頁〕,弁論の全趣旨) イ 原告の設計する靴のマスター木型(大元の木型)については,木型製作の専門業者である中田靴木型が製作して保管している。マスター木型から,大きさ等に応じて若干調整(グレーディング調整)して複製したプラスチック製の生産用木型が作られる。 木型については,親指の付け根や小指の付け根が靴に当たる部分などが僅か1mm以下でも異なると,コンフォートシューズの履き心地が大幅に変わる。そのため,マスター木型は,多くのコストと時間を掛けて企画開発される。他方で,マスター 30木型やこれをグレーディング調整して複製した生産用木型と形状・寸法が全く同一の木型を作るには,倣い旋盤に掛けて木型を複製するか,デジタイザーという機械を用いて木型の各部位の中心からの位置情報をスキャンしてデータとして取得するといった方法しかない。すなわち,靴の皮革は立体状の物になじんでいく柔軟性を有する(なおかつ,つま先部分及びかかと部分以外には芯が入っていない。)ため,市場に出回っている革靴から,その靴の製造に用いた木型と全く同一の形状・寸法の木型を再現しその設計情報を取得することはできない。こうしたことから,コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,木型が生命線ともいうべき重要な価値を有すると認識されており,木型管理組合も,木型を海外に持ち出す行為について会員に注意喚起するなどの取組をしている。 中田靴木型も,マスター木型の重要性に鑑み,社内のマスター木型室に立入禁止の貼り紙をして常時施錠し,同木型室へのアクセス権者を中田靴木型の社長とモデリストに限定しており,これにより,中田靴木型が各社から預かり保管する木型に化体された靴の設計情報が外部に流出しないよう厳重に管理している。 原告においては,中田靴木型から,マスター木型をグレーディング調整して複製した生産用木型を郵送により受領したら,ACがこれを開封して確認し,製造受託業者に発送するようにしていた。そして,原告は,中田靴木型からの納品書のほか,木型番号,サイズ及び台数を記載した木型台数管理表で,各木型の台数等を管理していた。 本件オリジナル木型及びそのマスター木型についても,原告及び中田靴木型において上記のとおりの管理がされていた。(以上につき,甲19ないし23,25,33ないし35,37,41,乙A10〔2,18,20〜21頁〕,原告代表者〔1,13〜15,17,23,24,27〜28頁〕,弁論の全趣旨) ウ 原告は,平成21年7月2日,被告ABから,「営業上その他貴社に関する一切の機密について在職中はもちろん,退職後も決して他に漏洩致しません。」(2項)などと記載された入社時誓約書を徴した(甲14)。 31 また,原告の同月21日制定の就業規則においては,その35条(服務心得)で,「禁止事項」として,「会社・取引先の営業秘密その他の機密情報や,会社・取引先の保有する個人情報等(以下「会社情報」という。)を本来の目的以外に利用し,又は会社情報や会社の不利益となるような事項を他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと(退職後においても同様とする。)」(13号),「許可なく職務以外の目的で会社の設備,車両,機械,器具その他の金品・情報等を使用しないこと」(14号)などと規定されていた。原告は,この就業規則を制定するに当たり,社会保険労務士を招いて従業員に説明を受けさせ,被告ABもこれに参加した(甲2,原告代表者〔6〜7頁〕,被告AB本人〔6頁〕)。 (2) 本件目的外使用に至る経緯等 ア 被告ABは,原告を退職して独立し婦人靴のオリジナルブランドを立ち上げることを計画し,平成23年4月上旬頃,被告A@に対し,その計画を告げた上で,被告ABが新たに設立する会社で企画・設計する靴の製造を被告三國に委託する取引を持ち掛けた。これに対し,被告A@は,原告と本件製造委託契約に基づく取引が継続していたことから,これと競合する取引を行うことを躊躇して,初めは断っていたが,被告ABが繰り返し熱心に申入れをしてきたのに対し,最終的には,被告三國の企業としての存続等のためにも,被告ABからの申入れを引き受けることにした(甲7,8,36,乙A9〔10〜12頁〕,乙B1,被告A@本人〔9〜12,22頁〕,被告AB本人〔7〜9頁〕,弁論の全趣旨)。 イ 平成23年4月当時,被告三國は,本件製造委託契約に基づき,原告から本件オリジナル木型を預かっていたところ,被告ABは,同月15日頃,被告A@に対し,原告の木型をベースに新たなオリジナルブランドの靴を作りたいので本件オリジナル木型を貸してほしい旨要望した。被告A@は,本件オリジナル木型を原告との取引の目的以外に使用することは許されないと認識していたが,この要望に応じた。そこで,被告A@は,同日頃,本件オリジナル木型(木型番号T-0001及びT-110)2台を被告三國の社外に持ち出し,被告ABと共にハマノ木型に 32持ち込んで預け,本件オリジナル木型の複製を依頼した。その依頼を受けて,ハマノ木型は,本件複製木型を作成したが,その際,本件オリジナル木型2台を倣い旋盤に掛けたため,丸い穴がつま先部分に1か所,かかと部分に2か所開いた。本件複製木型については,被告ABに渡された。 なお,被告AAは,本件目的外使用には関与していない。(以上につき,甲6,8,36,乙A9〔10,12〜16,30〜32頁〕,10〔6頁〕,14,原告代表者〔6頁〕,被告A@本人〔1,12〜14,18,20〜22頁〕,被告AB本人〔10〜12頁〕,弁論の全趣旨) ウ 被告A@は,平成23年4月20日過ぎ頃,上記のとおり穴が開いて損傷した本件オリジナル木型2台を被告三國のごみ箱に廃棄した(甲36,乙A9〔15,19,31頁〕,13,14,被告A@本人〔1頁〕。なお,後記2(1)参照。)。 エ 被告ABは,平成23年4月中旬頃から同年6月頃までの間,本件複製木型を用いて,デッサンの作成や修正,そのデッサンに基づいた木型の削りやパテ盛り等を繰り返して,自ら作る新ブランドの靴の開発のための作業をした。被告ABは,その過程で,ハマノ木型に本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-0001の木型を複製したもの)を改造することにより本件改造木型を作成させた。 上記作業の際,被告ABは,被告A@に対し,その時々におけるデザインで靴を製造した場合の問題点や,革,金具等の部材の選択等について,アドバイスを求め,被告A@は,これに応じてアドバイスをした。また,被告A@は,同年5月頃,被告ABの依頼に応じて,被告ABが本件複製木型を利用して初期段階(靴の企画・デザインが固まっていない段階)で作成した木型に基づき,廃棄予定の原材料を使ってプロトタイプの靴(試作品)を製造した。(以上につき,甲1,6,36,58,乙A9〔16〜17頁〕,被告A@本人〔15頁〕) オ 被告ABは,平成23年7月4日,被告たくみ屋を設立し,同月20日,原告を退職した。 33 そして,被告たくみ屋と被告三國は,同年8月4日,製造委託契約を締結した。 その委託料は,製品1個(靴1足)当たり9800円とされたが,これは,本件製造委託契約の委託料(9200円)より1足当たり数百円高い金額であった。(以上につき,甲3ないし5,57,被告A@本人〔11頁〕,被告AB本人〔9頁〕) (3) 本件目的外使用の発覚後の経緯等 ア 原告代表者ACは,平成23年8月頃,本件目的外使用について覚知するや,被告A@に対し,それについて問いただすとともに,被告A@に対し,本件複製木型の持参を求めた。被告A@は,本件複製木型4台をACのもとに持参し,本件目的外使用が確認された。本件複製木型4台は,それ以降,ACが保管している(甲11,23,41,55,乙A10〔3〜4頁〕,19〔20頁〕)。 イ 被告三國は,平成23年8月頃,本件目的外使用の原告への発覚を受けて,被告たくみ屋に対し,取引を断った。この破談により被告ABの計画は一旦頓挫した。それ以降,被告A@は,被告ABに連絡を取っておらず,被告三國は,被告たくみ屋の事業に対して協力をしていない(甲7,乙B1, 被告A@本人 9, 〔6頁〕 。 ) ウ 被告三國は,平成23年11月9日,原告に対し,秘密保持誓約書を差し入れた(甲10,被告A@本人〔18頁〕)。 エ AE夫妻と被告ABは,楽歩堂のAF社長(以下「AF社長」という。)に間に入ってもらい,平成23年12月2日,高崎商工会議所において,面談をした。 被告ABは,この面談の中で,ACに対して口頭で謝罪したが,謝罪文と誓約書の作成を求められると,「謝罪文を書くと認めたことになりますよね。」などと発言した(甲7,乙B9,池上本人〔1頁〕)。 オ 被告ABは,平成23年12月22日,原告に対し,上記エの求めに応じて,謝罪文及び発覚後誓約書を差し入れた。発覚後誓約書3項には,「平成23年12月27日までに,原告に対し,本件情報(靴の企画開発のノウハウ,靴製品に関する情報その他原告が保有する技術上又は営業上の一切の情報)が含まれた一切の資料又は物品(T-0001又はT-110の木型の複製に修正を加えて製作された 34木型のプラ木型を含むが,これに限られない。)を返却する」旨の本件返却合意が定められていた(甲8,9)。 被告ABは,同月26日,原告に対し,本件返却合意に基づき,段ボール1箱に入れて,本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-110の木型を複製したもの)に修正を加えて製作された各プラスチック木型(木型番号1T-1E,1T,TA-1E,TA)及び同各プラスチック木型を用いて作成した見本用の靴を送付した(甲11,23,弁論の全趣旨)。 (4) 被告たくみ屋による本件生産用木型に基づく靴の製造及び販売取引 ア 被告ABは,平成24年1月又は2月,楽歩堂のAF社長から,被告三國に代わる靴の製造委託先として名古屋市所在の靴製造業者である名進の紹介を受けた。 そこで,被告ABは,被告たくみ屋の代表者として,名進に対し,本件改造木型を持ち込んで預け,本件改造木型のつま先の形状を参考に本件生産用木型(4種類合計140台)を作成させ,本件生産用木型に基づきコンフォートエレガントパンプスである本件たくみ屋婦人靴を製造させた(甲1,12,乙B1,5ないし9,原告代表者〔11頁〕,被告AB本人〔15〜20,23〜24頁〕,弁論の全趣旨。 なお,後記2(2),3(3)イ(イ)参照。)。 イ 被告たくみ屋は,平成24年10月2日から平成25年1月31日までの間,本件たくみ屋婦人靴合計796足を楽歩堂に販売した。その際,楽歩堂は,もともと取引をしていた原告の営業担当従業員であった被告ABの働き掛けによるものであったことを踏まえて,被告たくみ屋に発注したものであり,その結果,原告に発注する本件原告婦人靴の足数が減少した。 また,被告たくみ屋は,平成24年後半から平成25年1月21日までの間,本件たくみ屋婦人靴合計291足を赤い靴など原告の取引先であった他の小売業者に販売した。 なお,本件たくみ屋婦人靴は,被告たくみ屋から赤い靴に対しては単価1万8550円(消費税抜き)程度で卸され,小売価格は3万1000円ほどであった。(以 35上につき,甲12,13,59,乙A6,乙B4ないし6,原告代表者〔11頁〕,被告AB本人〔21〜22頁〕,弁論の全趣旨) ウ 原告代表者ACは,平成24年11月19日,名進から,被告ABが名進に持ち込んだ「ハマノ木型」の刻印のある本件改造木型を借り出し,これを見て, 本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-0001の木型を複製したもの)を改造したものであるとの疑いを強くした。 そこで,同年12月5日頃に中田靴木型においてコンピュータを用いた木型の比較をして検証したところ,@本件オリジナル木型(T-110)と本件複製木型(1T-E)とは,甲部のライン,接地位置,かかとの高さ,かかとの丸み及び峰(上面)の部分が一致し,A本件オリジナル木型(T-0001)と本件複製木型(TA-E)についても,甲部のライン,接地位置,かかとの高さ,かかとの丸み及び峰(上面)の部分が一致し,B本件複製木型(TA-E)と本件改造木型(TA2)とは,接地位置,かかとの高さ,かかとの丸み,親指の付け根が当たる部分,小指の付け根が当たる部分及び峰(上面)の部分が一致した。他方,上記@ないしBのいずれの比較においても,つま先部分の形状・寸法は明らかに相違しており,他にも(程度の差はあれ)相違する部分がある。また,本件オリジナル木型(T-0001)のつま先部分の形状・寸法と本件改造木型(TA2)のつま先部分の形状・寸法とを比較してみても,明らかに相違している。(以上につき,甲1,11,109,原告代表者〔15〜17,25〜29頁〕) (5) 本件目的外使用に対する原告の事後処理と別件訴訟における本件相殺1等 ア 原告は,平成23年8月頃に本件目的外使用を知ってから,その解決のため,弁護士に対し,法律相談をした上,被告たくみ屋らに対する通知書等の作成,被告三國についての刑事告訴の手続,取引先に対する送付書面の作成,被告ABに署名押印を求める謝罪文及び発覚後誓約書の文案の作成,交渉等を依頼した。原告は,これに伴い,弁護士費用その他の費用として,合計61万9859円の支出を要した(甲8,9,15ないし18,40,乙A10,12,13,弁論の全趣旨)。 36 イ また,AE夫妻は,本件目的外使用発覚後,原告の取引先小売業者を訪問して,事情を説明した。その際,被告らが取引をしようとしていた群馬県高崎市所在の楽歩堂については,AE夫妻は,平成23年11月から平成24年3月にかけて合計6回にわたり,東京都足立区内から出向いて楽歩堂のAF社長と面談し,本件目的外使用の件に関し事情を説明したほか,AF社長立会いの下で前記(3)エのとおり被告ABから事情を聴取するなどした。原告は,これらの訪問に伴うガソリン代及び高速道路料金並びに面談のための場所代として合計7万0167円(うちガソリン代及び高速道路料金については6万9402円)を負担した(甲40,42,乙A10〔1,4頁〕,11,13,弁論の全趣旨)。 ウ さらに,当時,原告において,ACは靴の木型の企画・設計等の業務を担当して月額90万円の役員報酬を得,ADは経理を担当して月額75万円の役員報酬を得ていたところ,本件目的外使用の発覚後,AE夫妻は,平成23年8月から平成24年1月までの間,5回にわたって弁護士事務所を訪れ,本件目的外使用の件に関して弁護士と法律相談や文書作成のための打合せを行い,平成23年11月から平成24年3月までの間,合計6回にわたり,前記イのとおり取引先を回るといった対応を余儀なくされ,その分本来の担当業務を行うことができなかった。これにより,原告には,AE夫妻の人件費分として43万3968円の損失が生じた(甲40,42,乙A10〔7頁〕,11,13,弁論の全趣旨)。 エ ところで,@被告三國は,原告に対し,平成23年11月5日から平成24年6月29日までの間に,本件製造委託契約に基づく個別取引により,靴の製造及び修繕等をしたことの委託報酬として,合計700万2309円の債権を取得した。 また,A原告と被告三國は,本件製造委託契約の終了の際の清算処理として,個別取引の解約に伴う部材の買取りを合意し,その結果,被告三國は,原告に対し,59万8061円の債権を取得した(甲24,乙A9,12,13,15ないし22)。 オ 別件訴訟において原告が平成25年10月24日に本件相殺1をした結果,次の(ア)ないし(ウ)の自働債権と次の(エ)及び(オ)の受働債権とが,対当額で消滅し, 37被告三國の原告に対する689万2144円及びこれに対する同月25日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払請求権が残った(甲46,49,乙A13,弁論の全趣旨)。 (ア) 原告の被告三國に対する本件製造委託契約上の善管注意義務違反(本件目的外使用)に基づく112万3994円の損害賠償請求権(前記アないしウの損害賠償請求権) (イ) 原告の被告三國に対する本件オリジナル木型2台の廃棄による本件製造委託契約上の返還債務の履行不能に基づく2万2500円の損害賠償請求権 (ウ) 原告の被告三國に対する本件製造委託契約及び個別契約上の修理義務の不履行に基づく2万4000円の損害賠償請求権 (エ) 被告三國の原告に対する前記エ@700万2309円の報酬債権及びこれに対する弁済期後である平成24年10月20日から平成25年10月24日までの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金請求権 (オ) 被告三國の原告に対する前記エAの59万8061円の債権及びこれに対する弁済期後である平成24年10月20日から平成25年10月24日までの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金請求権 2 事実認定の補足説明 (1) 本件オリジナル木型の廃棄の事実について 前記1(2)ウの本件オリジナル木型の廃棄の事実について,原告は,この点に関する被告A@の供述等を信用することができない旨主張する。 しかしながら,前記1で認定した事実経過の下で,被告三國らが本件オリジナル木型を所持し続けることに経済的合理性はなく,被告A@がこの点について虚偽の供述をする動機も乏しい。被告A@は,一貫して,本件オリジナル木型については廃棄したと述べており,これが虚偽であることをうかがわせる事情はないから,被告A@の上記供述等は信用することができ,原告の上記主張は採用することができない。 38 なお,前記前提事実(5)及び証拠(乙A13)によれば,原告と被告三國との間においては,別件判決で,本件オリジナル木型(2台)が廃棄されたことが認定された上,同木型の代金相当額の損害賠償請求権が本件相殺1により消滅したことについて既判力が生じていることが認められるから,原告が,被告三國に対し,上記相殺による同請求権の満足を受けておきながら,更に,本件オリジナル木型が廃棄されていない旨主張することは,信義則に照らして問題があるといわざるを得ない。 (2) 本件改造木型に基づく本件生産用木型作成の事実について 前記1(4)アのとおり,被告ABが,名進に本件改造木型を持ち込み,本件改造木型のつま先の形状を参考に本件生産用木型を作成させたとの事実について,被告ABは,その本人尋問において,自らが名進に持ち込んで本件生産用木型の作成の参考にさせた木型は,ハマノ木型に作成してもらったものではあるが,本件改造木型ではない旨供述する。 しかしながら,AF社長が平成25年1月21日付けで原告宛てに作成した甲第12号証(この書面には同月19日に名進からFAXされた旨の印字部分もある。)には,「被告ABが名進に持ち込んだ本件改造木型(TA2)につき,名進がその木型のつま先の形状のみ参考に作成した生産用木型は,本件生産用木型4種類(RE-40,R-50,RE-60及びR-30)である。」旨記載されている。 そもそも,前記1(2)エ,(4)ア,ウで認定したとおり,本件改造木型は,被告ABが自らの新ブランドの靴の開発の過程でハマノ木型に本件複製木型を改造して作成させたものであり,これを新たに靴の製造を委託した名進に持ち込んで預けていたのであるから,名進において靴の製造のために利用されることが予定されていたものとみられるのであって,これが利用されなかったというのは不自然である。そして,原告がその後平成24年11月19日に名進から借り出した本件改造木型には,「ハマノ木型」と刻印されていた一方,その際の名進の貸出証(甲1の2頁),ハマノ木型聴取り書(甲6)その他本件全証拠によっても,被告ABがハマノ木型に作成させた木型で,かつ,名進に持ち込んで生産用木型の作成及び本件たくみ屋婦 39人靴の製造の基となったものの存在は,本件改造木型の他にはうかがわれない。 そうすると,本件改造木型は,名進において靴製造のために利用され,そのつま先の形状を参考にして本件生産用木型が作成され本件たくみ屋婦人靴が製造されたものと認められ,被告ABの上記供述は信用することができない。 3 争点1(本件設計情報に係る不正競争の有無)について (1) 争点1(1)(本件設計情報の営業秘密性)について ア 秘密管理性について 前記1(1)で認定した事実によると,@原告においては,従業員から,原告に関する一切の「機密」について漏洩しない旨の誓約書を徴するとともに,就業規則で「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと」や「許可なく職務以外の目的で会社の情報等を使用しないこと」を定めていたこと,Aコンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており,本件オリジナル木型と同様の設計情報が化体されたマスター木型については,中田靴木型に保管させて厳重に管理されていたこと,B原告においては,通常,マスター木型や本件オリジナル木型について従業員が取り扱えないようにされていたことを指摘することができる。これらの事実に照らすと,本件設計情報については,原告の従業員は原告の秘密情報であると認識していたものであり,取引先製造受託業者もその旨認識し得たものであると認められるとともに,上記@の誓約書所定の「機密」及び就業規則所定の「営業秘密その他の機密情報」に該当するものとみられ,原告において上記@の措置がとられていたことは秘密管理措置に当たるといえる。 なお,原告における木型の管理状況に関し,被告三國らは,原告は,原告の事務所内やその裏口の屋外に木型を放置していたことがしばしばあり,また,原告の従業員が,被告三國が貸与を受け返却した木型について特段の管理を行っていた事実もないなどと主張し,被告A@もこれに沿った供述等をする。しかしながら,証拠 40(甲60,原告代表者〔7〜8頁〕)及び弁論の全趣旨によれば,原告の事務所の屋外に置かれていた木型は,原告が,開発段階で没にした木型を廃棄前に置いていたにすぎないものと認められる。また,前記1(1)イで認定したとおり,原告においては,中田靴木型からの納品書のほか,木型番号,サイズ及び台数を記載した木型台数管理表で,木型の台数等を管理していたことなどに照らすと,被告A@の上記供述等によって直ちに上述の秘密管理性を否定することはできず,他に,秘密管理性を否定するほどの事情もうかがわれない。 以上によれば,本件設計情報は,秘密として管理されていたものというべきである。 イ 非公知性について 前記1(1)で認定した事実によると,本件オリジナル木型及びそのマスター木型自体を一般に入手することはできなかったものと認められるが,被告三國らは,市販されている本件原告婦人靴から,その靴に用いた木型を再現して本件設計情報(形状・寸法)を容易に把握することができる旨主張し,その証拠として,パテを流し込んで再現木型を作成したとする乙A第7・第8号証を提出する。 しかしながら,前記1(1)イで認定したとおり,靴の皮革は柔軟性を有するため,市場に出回っている革靴から,その靴の製造に用いた木型と全く同一の形状・寸法の木型を再現しその設計情報を取得することはできない。乙A第7・第8号証の再現木型が元の木型と正確に同一の形状・寸法であることの立証はない上,かえって,被告A@の本人尋問の結果(7頁)によると,1割程度は再現できていないというのである。さらに,被告A@自身,別件訴訟の本人尋問において,「流通している靴から木型を作成するのは,木型の寸法を忠実に再現しない限りは容易にできる。」旨の供述をしており(乙A9〔15頁〕),これは,「木型の寸法を忠実に再現」することは困難であることを自認するものといえる。 そうすると,原告主張の方法により元の木型と全く同一の形状・寸法の木型を容易に再現することはできないというべきであり,他に,特段の労力等をかけずに 本 41件設計情報を取得することができるとの事情はうかがわれないから,本件設計情報は,公然と知られていないもの(非公知)であったということができる。 ウ 有用性について 前記1(1)で認定した事実によると,本件設計情報については,コンフォートシューズの製造に有用なものであることは明らかであるから,本件設計情報は,生産方法その他の事業活動に有用な技術上の情報であったということができる。 エ 小括 以上によれば,本件設計情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当する。 (2) 争点1(2)(被告三國らの行為の不正競争該当性)について ア 被告三國の行為の不正競争該当性について (ア) 前記(1)で説示したとおり,本件設計情報は営業秘密に当たる上,前記認定事実及び前記1(2)ア,イの認定事実によると,被告三國は,本件設計情報を保有する事業者である原告から,本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預けられることにより,本件設計情報を示されたところ,自らが企業として存続等するために,被告ABと取引することとし,その一環として,許されないことと認識しつつも,本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を社外に持ち出して,被告AB及びハマノ木型に対して開示した上,これをハマノ木型に複製させた(本件複製木型を作成させた)というのである。これについては,被告三國は,長年にわたり本件製造委託契約に基づく取引をしてきた相手方である原告の信頼を著しく裏切る上記行為をして,原告の従業員でありながら原告の競業者となろうとしている被告ABと取引をすることにより,自己の利益を図る目的を有していたものと認められるから,不正の利益を得る目的で上記行為を行ったものということができる。したがって,被告三國の上記行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正使用・不正開示行為に該当する。 (イ) なお,原告は,前記アに加え,被告三國が,本件複製木型を不正に改造した上,本件改造木型に基づいて靴の試作品を製作し,原告の取引先小売業者に商談を 42持ち掛けてその際同試作品を開示したとして,これについても不競法2条1項7号に該当する旨主張するが,被告三國がそうした行為を行ったと認めるに足りる証拠はない(なお,前記1(2)エのとおり,被告A@は,被告ABの依頼に応じて,被告ABが本件複製木型を利用して作成した木型に基づき,靴の試作品を製造したものであるが,同木型は,靴の企画・デザインが固まっていない段階のものであって,本件改造木型とは認められず,本件複製木型と形状・寸法がどの程度共通しているかも全く定かではない。)。 イ 被告A@の行為の不正競争該当性について 本件において,原告から本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預けられることにより本件設計情報を示された上,営業秘密たる同情報を使用・開示した不正競争行為(前記ア(ア))の主体は,第一次的には被告三國とみるのが相当であり,被告A@が事実として行った行為も,被告三國を離れて個人として行ったものではない。そして,被告A@が,今後,被告三國を離れて個人として不正競争行為を行うおそれがあるとは認められない。 そうすると,被告A@を不正競争行為の主体として,不競法3条1項に基づく差止請求の相手方とすることは相当とはいい難い(本件において,被告三國に対する差止請求を認める余地はあり得るとしても,それとは別に被告A@に対する差止請求を認めることは困難である。)。もっとも,被告三國の上記行為を実際に行った自然人は被告A@であるから,後記6(1)のとおり,被告A@にも不法行為責任は認められ,それに対応して被告三國は会社法350条に基づき損害賠償責任を負うものと解される。 ウ 被告AAの行為の不正競争該当性について 前記1(2)イで認定したとおり,被告AAは,本件目的外使用に関与しておらず,被告AAが不正競争行為をしたと認めるに足りる証拠はない。 (3) 争点1(3)(被告たくみ屋らの行為の不正競争該当性)について ア 被告ABの行為の不正競争該当性について 43 (ア) 不競法2条1項4号該当性について a 原告は,被告ABが,就業規則の兼業禁止等に違反する行為の一環として,本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を被告三國の社外に持ち出し,ハマノ木型において複製するなどした行為が,「不正の手段により営業秘密を取得する行為」(不競法2条1項4号)に該当する旨主張する。 しかしながら,被告ABの本件設計情報取得の目的が兼業禁止等違反行為の一環であったとしても,被告三國からの取得それ自体が「窃取,詐欺,強迫」に匹敵するような「不正の手段」によりされたものとまではいえないから,原告の上記主張は採用することができない(なお,不競法2条1項8号該当性については,後記(イ)において検討する。)。 b 原告は,被告ABが,本件複製木型を不正に改造した上,その本件改造木型に基づいて靴の試作品を製作し,取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した行為や,本件改造木型を作成した上,名進に本件改造木型を持ち込み,本件改造木型から本件生産用木型を作成させ,本件生産用木型に基づいて製造された本件たくみ屋婦人靴を取引先小売業者に販売した行為が,不正取得行為により取得した営業秘密を使用・開示した行為(不競法2条1項4号)に該当する旨主張する。 しかしながら,前記aで説示したとおり,不正取得行為が認められないから,原告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。 (イ) 不競法2条1項8号該当性について a 前記1(2)ア,イ,2(2)アで認定,説示したところによると,被告ABは,被告三國が原告から本件製造委託契約に基づいて預かっていた本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を社外に持ち出して被告ABに開示しこれを複製することが被告三國の原告に対する同契約上の義務に違反することを知り,又は重大な過失により知らないで,被告三國から営業秘密たる本件設計情報を取得したものと認められ,被告ABのこの行為は,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密 44の取得行為に該当するというべきである。 b そして,前記1(2)エのとおり,被告ABが,本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-0001の木型を複製したもの)を改造することにより本件改造木型を作成した行為は,前記aのとおり取得した営業秘密を使用した行為として,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用行為に該当する。 c なお,原告は,前記a,bの他にも,被告ABが,本件改造木型に基づいて靴の試作品を製作し,取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した行為が,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為に該当する旨主張するが,前記ア(イ)で説示したとおり,上記の靴の試作品が本件改造木型に基づいてされたと認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は採用することができない。 また,原告は,被告ABが,名進に本件改造木型を持ち込み,本件改造木型を利用して本件生産用木型を作成させ,本件生産用木型に基づいて製造された本件たくみ屋婦人靴を取引先小売業者に販売した行為についても,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為に該当する旨主張するが,この行為は,前記1(4)アのとおり,被告ABが被告たくみ屋の代表者として行った行為であって,第一次的には被告たくみ屋の行為とみるのが相当であるから,後記イ(ア),(イ)で検討する。 イ 被告たくみ屋の行為の不正競争該当性について (ア) 前記1(4)アのとおり,被告たくみ屋が,名進に本件改造木型を持ち込んで預けた行為については,本件オリジナル木型と本件改造木型とで形状・寸法が一致している部分に係る設計情報(すなわち本件設計情報の一部。なお,この設計情報については,前記(1)アのとおり秘密として管理されていたものといえる上,本件オリジナル木型と本件改造木型とで形状・寸法が一致している部分は,前記1(4)ウのとおり靴の幾つかの箇所にわたっており,これらが公然と知られていたものとはいえ 45ないし,その箇所や木型の利用経過等に照らし,靴の一部に係るものであっても有用性は否定し難いから,営業秘密に該当することに消長を来すものではない。)を名進に開示したものということができ,かつ,被告たくみ屋は,前記ア(イ)aのとおり不正開示行為が介在したことを知って,又は重大な過失により知らないで,取得した当該営業秘密(本件設計情報の一部)を開示したものということができるから,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用行為に該当するというべきである。 この点に関し敷衍しておくと,本件改造木型は,本件オリジナル木型とは形状・寸法に相違があり,本件設計情報がそのまま化体したものではないから,本件改造木型に化体した靴の設計情報の取得・使用・開示は,それ自体は,当然には本件設計情報の取得・使用・開示であるということはできない。仮に,そのように形状・寸法が多少相違しても靴の設計情報としての同一性を認めるのだとすれば,市販された靴から再現した木型の形状・寸法が元の設計情報と多少の誤差を生じてもそれには同一性が認められることになり,前記(1)イに反して非公知性が否定されることになってしまうから,上記相違が,市販された靴から木型を再現した場合に生じる誤差より狭い範囲に収まっていると認められなければ,営業秘密として保護される設計情報とはいい難い。そして,(本件オリジナル木型と本件改造木型との同一性が争われているにもかかわらず)そのような立証はないから,本件オリジナル木型と本件改造木型とで形状・寸法が一致していない部分については,本件設計情報を開示したと認めることはできない。 (イ) ところで,原告は,被告たくみ屋が,前記(ア)の行為の後,名進に対し,本件改造木型を利用して本件生産用木型を作成させ,本件生産用木型に基づいて製造された本件たくみ屋婦人靴を取引先小売業者に販売した行為についても,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為に該当する旨主張する。 しかしながら,前記1(4)アのとおり,本件改造木型のつま先の形状を参考に本件生産用木型が作成された事実は認められるとしても,本件改造木型のそれ以外の部 46分の形状・寸法の情報が本件生産用木型の作成に使用されたとの事実を認めるに足りる証拠はない。かえって,平成25年1月19日に名進からFAXされた書面に楽歩堂(株式会社シューフォーラム)のAF社長が署名押印したものとみられ,原告自身が証拠として提出した甲第12号証には,「被告ABが名進に持ち込んだ本件改造木型につき,名進がその木型のつま先の形状のみ参考に作成した生産用木型は,本件生産用木型4種類である。」旨明記されている(下線部は引用に当たって付した。)。これは,被告ABが,本人尋問(16,17,19頁)において,名進に被告たくみ屋の靴の製造を委託するに当たり,つま先部分の形状だけを製品化するよう名進に依頼した旨供述していることとも符合する。(なお,証拠(被告A@本人〔23頁〕)及び弁論の全趣旨によれば,木型業者は,多数のサンプル木型を保有しているものと認められるところ,ハマノ木型も原告代表者ACに対し「ベースは,原告のもの(木型)を使わなくても,被告ABと被告A@が注文しているもの(木型)を作れる」旨述べていること(甲6)に照らすと,つま先以外の部分について,本件改造木型を用いなくても,結果的に,同一ではないが近似した形状・寸法の生産用木型が作成される可能性はあるものとみられる。) そして,本件改造木型のつま先部分の形状・寸法は,前記1(4)ウのとおり,本件オリジナル木型(T-0001)のつま先部分の形状・寸法とは明らかに相違している。なお,この点に関しては,被告ABが,本人尋問(15,16,18,20頁)及び陳述書(乙B8)において,ハマノ木型に木型を作成させた際,つま先部分については,何度も修正をして製作しており,つま先部分の形状は被告たくみ屋らの全く独自のものである旨供述等していることとも符合する。 以上を総合すれば,本件生産用木型には,本件オリジナル木型の形状・寸法の情報すなわち本件設計情報が残存していない蓋然性が高い。それにもかかわらず,原告は,本件オリジナル木型と本件複製木型及び本件改造木型との一致部分に関する比較検証結果の報告書を証拠(甲1)として提出する一方で,本件オリジナル木型と本件生産用木型との一致部分を示す客観的な立証を何らしていない。 47 そうすると,被告たくみ屋らが,本件生産用木型の作成に当たり,本件設計情報を使用したとは認められず,また,本件生産用木型に基づいて製造された本件たくみ屋婦人靴を取引先小売業者に販売した行為についても,本件設計情報の使用・開示行為とは認められない。したがって,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為に該当する旨の原告の上記主張は採用することができない。 (ウ) 被告たくみ屋は,平成23年7月4日に設立されたものであり,それ以前の行為を観念することはできず,また,前記アで説示したところによると,前記(ア)の他に,不競法2条1項4号・8号に該当する行為は認められない。 4 争点2(本件取引先製造受託業者情報に係る不正競争の有無)について (1) 本件取引先製造受託業者情報の秘密管理性について 原告は,本件取引先製造受託業者情報については,被告ABが原告在職中に記憶した情報であり,被告ABがその記憶に基づき同情報を使用したものであって,原告の同情報が化体した文書や記憶媒体を領得したものではないと自認している。 この点に関し,従業員が職務として記憶した顧客情報等については,従業員の予見可能性を確保し,職業選択の自由にも配慮する観点から,原則として,営業秘密のカテゴリーをリストにしたり,営業秘密を具体的に文書等に記載したりして,その内容を紙その他の媒体に可視化しているのでなければ,秘密管理性を肯定し難いというべきである。 本件において,原告の就業規則では,「会社・取引先の営業秘密その他の機密情報」(35条13号)としか記載されておらず,その具体的な内容は不明である。 また,被告ABの入社時誓約書(甲14)では,「顧客に関する情報」とあるものの,「顧客に関する情報については,取り扱いに充分留意するとともに,パソコンや記憶媒体または書類を社外に持ち出すことは致しません」(3項)と,パソコン・記憶媒体・書類の社外持出しが中心となっており,従業員自身が記憶したものについてどの範囲まで営業秘密となるのか,具体的な外延や内実が不明確であり,予見 48可能性は全く担保されていない。 そして,本件全証拠によっても,原告において,上記就業規則の定めや入社時誓約書の徴求を超えて,本件取引先製造受託業者情報について秘密として管理する措置がとられていたものとはうかがわれない。 そうすると,本件取引先製造受託業者情報について,秘密として管理されていたとは認められない。 (2) 小括 したがって,本件取引先製造受託業者情報に係る不正競争があったとは認められない。 5 争点3(本件取引先小売業者情報に係る不正競争の有無)について (1) 本件取引先小売業者情報の秘密管理性について 原告は,本件取引先小売業者情報についても,被告ABが原告在職中に記憶した情報であり,被告ABがその記憶に基づき同情報を使用したものであって,原告の同情報が化体した文書や記憶媒体を領得したものではないと自認しており,前記4(1)で説示したところがそのまま妥当する。 さらに,証拠(乙A6)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,自社のホームページにおいて,自らの取引先である小売業者の名称,電話番号及びホームページアドレスを公開していることが認められる。 そうすると,本件取引先小売業者情報について,秘密として管理されていたとは認められない。 (2) 小括 したがって,本件取引先製造小売業者情報に係る不正競争があったとは認められない。 6 争点4(被告らの共同不法行為の成否)について (1) 前記3(2)ア(ア)の被告三國の不正競争行為及び前記3(3)ア(イ)a,bの被告ABの不正競争行為については,被告A@と被告ABが共謀し,共同して行ったもので 49あるから,被告A@と被告ABについて共同不法行為が成立し,被告三國については,代表者(被告A@)がその職務を行うにつき不法行為をしたものであるから,会社法350条に基づく損害賠償責任が生じる。 なお,被告AAについては,これらに関し,共同不法行為責任を負うような関与をしたと認めるに足りる証拠はない。 (2) 他方,前記3(3)イ(ア)の被告たくみ屋の不正競争行為(後記12(1)のとおり被告ABの不法行為ともみられる。)については,前記1(4)アのとおり,平成24年にされた行為であるところ,前記1(3)イで認定した事実によると,被告三國ないし被告A@は,平成23年8月頃,被告たくみ屋らに対して取引を断り,それ以降協力していないというのであるから,これについて被告三國ないし被告A@が共同不法行為責任を負うものということはできない。 (3) 他に,共同不法行為が認められるものはない。 7 争点5(被告三國の原告に対する債務不履行の有無)について 被告三國は,原告に対し,本件製造委託契約上の善管注意義務として,同契約に基づいて預かった木型を原告との取引以外の目的で使用してはならない債務を負っていたと解されるところ,被告三國が本件目的外使用をしたことは,この義務に違反し,被告三國の原告に対する債務不履行を構成する。 8 争点6(被告ABの原告に対する債務不履行の有無)について (1) 被告ABの原告在職中の行為について ア 被告ABが,原告在職期間中の平成23年7月4日に,原告と競合する被告たくみ屋を設立してその代表取締役に就任し,同月20日に原告を退職するまで被告たくみ屋の営業行為をしたことは,禁止事項として「許可なく他の会社の役員若しくは従業員となり,又は会社の利益に反するような業務に従事しないこと」と規定する原告の就業規則35条18号及び「勤務時間以外の時間に他の会社で勤務を行うこと」を禁ずる就業規則36条に違反し,原告に対する債務不履行を構成する。 イ また,被告ABが,本件オリジナル木型をハマノ木型に持ち込んで本件複製 50木型の作成に用いたことは,禁止事項として「許可なく職務以外の目的で会社の…器具その他の金品・情報等を使用しないこと」と規定する就業規則35条14号に違反する上,前記3(1)アで説示したとおり本件設計情報が同条13号所定の「営業秘密その他の機密情報」に該当するとみられることから,禁止事項として「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと」と規定する同号にも違反し,原告に対する債務不履行を構成するというべきである。 ウ さらに,被告ABが,本件設計情報が化体した本件複製木型を改造することにより本件改造木型を作成したことも,「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,あるいは私的に利用しないこと」を規定した就業規則35条13号に違反し,原告に対する債務不履行を構成するというべきである。 エ なお,前記前提事実(4)ウ(ア)ないし(ウ)及び前記1(3)エ,オの認定事実のとおり,被告ABが,前記ア及びイの各行為について認めた上でお詫びする旨の謝罪文を差し入れていることは,上記違反を裏付けるものであるといえる。 (2) 被告ABの原告退職後の行為について ア 被告ABが,名進に対し,本件設計情報の一部が化体した本件改造木型を持ち込んで預け,もって当該情報を開示したことは,「会社の営業秘密その他の機密情報を他に漏らさないこと」を規定し「退職後においても同様とする。」と規定した就業規則35条13号に違反するとともに,「理由の如何を問わず,靴の企画開発のノウハウ,靴製品に関する情報その他原告が保有する技術上の一切の情報を第三者に開示しないこと」を規定した発覚後誓約書2項の合意に違反し,原告に対する債務不履行を構成するというべきである。 イ また,被告ABが,被告たくみ屋の代表者として,平成24年後半から平成25年1月31日までの間,原告の取引先であった楽歩堂その他の小売業者に対し本件たくみ屋婦人靴を販売する取引(本件販売)を行ったことは,「被告たくみ屋が,原告の取引先とは,直接間接を問わず一切の取引を行わないこと」を規定した 51発覚後誓約書1項の合意に違反する。 なお,この発覚後誓約書1項については,禁止の期間等を限定する規定がなく,その文言どおりの内容そのままでは,被告AB及び被告たくみ屋の営業の自由に対する制限が過度にわたってしまう疑いがある。しかしながら,前記1で認定した事実経過によると,被告ABが平成23年7月20日に原告を退職した後,在職中に競業避止義務違反をしていたこと(前記(1)ア)や本件目的外使用による秘密保持義務違反(前記(1)イ)ないし不正競争行為をしていたことが発覚したことを受けて,一定の交渉を経た上で,同年12月22日に,これらについて謝罪する(前記(1)エ)とともに誓約したものである。こうした事情に照らすと,少なくとも本件販売の終期である平成25年1月31日までの期間において,原告の取引先に対し,被告たくみ屋が女性用コンフォートシューズを販売する取引を禁止するという限りでは,上記合意が無効であるとまではいい難く,上記合意所定の競業避止義務違反について債務不履行責任を認めることを否定することはできないと考えられる。 したがって,本件販売は,上記合意に違反するものとして,被告ABの原告に対する債務不履行を構成するというべきである。 9 争点7(原告の被告らに対する差止請求権の有無及び範囲)について (1) 前記3(2),(3)で説示したところに照らすと,被告三國及び被告たくみ屋らは,現に本件設計情報に係る不正競争行為をしたものであって,同被告らが本件設計情報の使用及び開示をするおそれが現時点においても残っている限りは,原告は,同被告らに対し,不競法3条1項に基づき,本件設計情報の使用及び開示の差止めを請求することができるというべきである。 (2) もっとも,差止請求の具体的な対象について,原告は,「本件木型等」として,本件オリジナル木型に化体された本件設計情報を含む木型,プラスチック木型,生産用木型及び靴(本件改造木型及び本件生産用木型を含む。)の使用及び開示の差止めを求めている。 そこで検討するに,本件オリジナル木型については,前記1(2)ウ,2(1)で認定, 52説示したとおり,既に廃棄されたものと認められるから,その使用及び開示のおそれがあるとは認められない。したがって,現時点において,本件オリジナル木型の使用及び開示は,不競法3条1項に基づく差止請求の対象とはならない。 また,本件生産用木型については,前記3(3)イ(イ)で説示したとおり,本件設計情報を含むと認めるに足りる証拠はないから,その使用及び開示は,不競法3条1項に基づく差止請求の対象とはならない。 さらに,「本件設計情報を含む靴」については,本件生産用木型に基づいて製造された靴は,上記理由から,本件設計情報を含むとは認められないし,また,この点を暫く措くとしても,前記3(1)イのとおり,靴から再現木型を作成して設計情報を把握することはできないということが非公知性を肯定する前提となっているのであるから,靴の使用及び開示が営業秘密の使用及び開示として不正競争に該当するということはできない(この点に関する原告の主張は矛盾しているといわざるを得ない。)。したがって,「本件設計情報を含む靴」の使用及び開示は,不競法3条1項に基づく差止請求の対象とはならない。 他方で,本件複製木型及び本件改造木型の使用及び開示については,営業秘密の使用及び開示として不正競争に該当するということができるから,不競法3条1項に基づく差止請求の対象となる。 他に,その使用及び開示について具体的な差止めの必要性が認められるような「本件設計情報を含む木型,プラスチック木型又は生産用木型」の存在を認めるに足りる的確な証拠はない。 (3) そして,前記1(1)ないし(4)で認定した事実経過に照らすと,現時点においても,被告たくみ屋らは,本件複製木型又は本件改造木型の使用又は開示をするおそれがあることを否定することはできない。 他方,前記1(3)イで認定した事実によると,被告三國ないし被告A@は,平成23年8月頃,被告たくみ屋らに対して取引を断り,それ以降現在に至るまで5年以上にわたり被告たくみ屋らに協力していないものであり,被告三國ないし被告A@ 53が本件複製木型や本件改造木型を所持していると認めるに足りる証拠もない。そうすると,現時点において,被告三國ないし被告A@が,本件複製木型又は本件改造木型の使用又は開示をするおそれがあるとは認められない。 (4) 以上によると,原告は,被告たくみ屋らに対し,不競法3条1項に基づき,本件複製木型(別紙物品目録1記載の各木型〔本件オリジナル木型〕から複製された木型〔プラスチック木型を含む。〕)及び本件改造木型(別紙物品目録2記載1の木型)の使用及び開示の差止めを請求することができるが,原告のその余の差止請求については理由がない。 10 争点8(被告ABの原告に対する本件木型等の返還債務の有無)について(1) 本件返却合意に基づく返還請求について ア 前記前提事実(4)ウ及び前記1(3)オの認定事実によると,被告ABは,平成23年12月22日,原告との間で,「原告に対し,靴の企画開発のノウハウ,靴製品に関する情報その他貴社が保有する技術上又は営業上の一切の情報が含まれた一切の資料又は物品(T-0001又はT-110の木型の複製に修正を加えて製作された木型のプラ木型を含むが,これに限られない。)を返却する」旨の本件返却合意をし,同月26日,原告に対し,本件返却合意に基づき,本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-110の木型を複製したもの)に修正を加えて製作された各プラスチック木型(木型番号1T-1E,1T,TA-1E,TA)及び同各プラスチック木型を用いて作成した見本用の靴を返還したものである。 本件返却合意の対象物であって,まだ原告に返還されていないものとしては,本件複製木型及び本件改造木型が挙げられる(本件複製木型については,前記1(3)アのとおり,被告A@が,同年8月頃,原告代表者ACに引き渡し,それ以降,ACが保管しているものがあるが,これ以外にも存在する可能性が否定できない。)。 これに対し,被告ABは,本件改造木型については,現在は名進に預けている旨主張する。しかしながら,被告ABが所持していなくても,同人が所持者から回収 54し得るものについては,本件返却合意に基づく返還債務は履行不能にはならないと解されるところ,本件改造木型について,被告ABが名進から回収して原告に返還することが不能となったと認めるに足りる的確な証拠はない。 イ ところで,本件返却合意の対象となるのは,あくまでも原告が保有する技術上又は営業上の情報が含まれた資料又は物品であると解される。 したがって,本件生産用木型については,前示のとおり本件設計情報を含むと認めるに足りる証拠はなく,他に原告が保有する技術上又は営業上の情報を含むと認めるに足りる証拠もないから,本件返却合意の対象となるということはできない。 さらに,原告は,本件返却合意に基づいて靴の返還も請求しているが,本件たくみ屋婦人靴については,そもそも既に説示したところに照らし,本件返却合意の対象とならないといわざるを得ないし,また,とりわけ既に販売された靴(前記1(4)イ,ウ)については,社会通念上,もはや回収し得ず,仮に被告ABが原告に引き渡す債務を負ったとしても履行不能になっていると解される。 以上によると,被告ABは,原告に対し,本件返却合意に基づき,本件複製木型及び本件改造木型を引き渡す債務を負うというべきである。 (2) 不競法3条2項に基づく返還請求について 不競法3条2項は,侵害の行為を組成した物の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる旨規定しているところ,本件においては,前記9の同条1項に基づく木型の使用及び開示の差止めに加えて同条2項に基づく廃棄を求めれば十分というべきであるから,それを超えて原告への木型の返還まですることは,同項所定の「侵害の予防に必要な行為」とはいうことができない。 したがって,原告の被告ABに対する不競法3条2項に基づく返還請求は理由がない。 11 争点9(被告三國の原告に対する本件木型等の返還債務の有無)について (1) 本件製造委託契約の終了に基づく返還請求について 被告三國は,原告に対し,本件製造委託契約の終了に基づき,同契約に基づいて 55預かった木型を返還する債務を負うと解される。 そして,被告三國は,原告から,本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預かったものであるが,本件オリジナル木型については,前記1(2)ウ,2(1)で認定,説示したとおり,既に廃棄されたものと認められる。したがって,被告三國が,原告に対し,本件製造委託契約の終了に基づき,本件オリジナル木型を返還する債務を負っているということはできない。 また,前記前提事実(5)及び証拠(乙A13)によれば,別件判決においては,@本件オリジナル木型2台が廃棄されたとして,同各木型の代金相当額の損害賠償請求権が認められたほか,A型番T0008,T0001,T430の合計3台の木型については,返還されたとは認められないとして,同各木型の代金相当額の損害賠償請求権が認められ,Bこれらの損害賠償請求権が本件相殺1により消滅したことが既判力をもって確定されたことが認められる。上記代金相当額の損害賠償請求権は履行不能に基づく損害賠償請求権と解されるところ,これが弁済や相殺により満足された場合には,これと選択的な関係に立つ同一木型の返還請求権は,実体法上(仮にそれまで存続していたとしても)消滅することになる。したがって,この観点からも,原告の被告三國に対する本件オリジナル木型の返還請求を認容することはできない。 他に,被告三國が原告に対して本件製造委託契約の終了に基づき返還債務を負う木型等は見当たらない。 (2) 不競法3条2項に基づく返還請求について 不競法3条2項は,同条1項の規定による請求をするに際し,侵害の行為を組成した物の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる旨規定しているところ,前記9で説示したとおり,被告三國に対しては,同項に基づく木型の使用及び開示の差止請求が認められないのであるから,同条2項に基づく請求の前提を欠くというほかはない。 したがって,原告の被告三國に対する不競法3条2項に基づく返還請求は理由が 56ない。 12 争点10(原告の被告らに対する損害賠償請求権の有無及び範囲)について (1) 各被告が負った損害賠償責任の内容 前記3,6ないし8で説示したところによると,@本件オリジナル木型をハマノ木型に持ち込んでこれを複製し本件複製木型を作成したこと,A本件複製木型を改造して本件改造木型を作成したこと,B本件改造木型を名進に持ち込んで預けたこと,C被告ABが原告在職中に,被告たくみ屋を設立してその代表取締役に就任し,同社の営業行為をしたこと,D被告ABが被告たくみ屋の代表者として本件販売をしたことに関し,(1)被告A@は,原告に対し,不法行為に基づき,上記@及びAによる損害の賠償責任を負い,(2)被告三國は,原告に対し,会社法350条に基づき,上記@及びAによる損害の賠償責任を負うとともに,債務不履行に基づき,上記@による損害の賠償責任を負い,(3)被告ABは,原告に対し,不法行為に基づき,上記@ないしBによる損害の賠償責任を負うとともに,債務不履行に基づき,上記@ないしDによる損害の賠償責任を負い,(4)被告たくみ屋は,原告に対し,会社法350条に基づき,上記Bによる損害の賠償責任を負うというべきである。 (2) 争点10(1)(不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益)について ア 不競法5条1項に基づく損害について 原告は,前記(1)@ないしBに係る不正競争行為の結果,原告の取引先であった小売業者に対する本件たくみ屋婦人靴の本件販売がされたことにより,本件原告婦人靴の販売機会を喪失し,不競法5条1項に基づく損害を被った旨主張する。 不競法5条1項は,「その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは,その譲渡した物の数量に,被侵害者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の…」と規定しているところ,原告は,本件たくみ屋婦人靴が同項の「侵害の行為を組成した物」に当たり,本件原告婦人靴が同項の「被侵害者がその侵害の 57行為がなければ販売することができた物」に当たるという前提で,同項の適用を主張しているものと解される。 しかしながら,本件たくみ屋婦人靴は,本件生産用木型の使用により製造された物ではあるが,前記3(3)イ(イ)で説示したところに照らすと,本件生産用木型には本件設計情報が含まれているとは認められず,本件生産用木型の使用は不正競争行為に該当しない。そうすると,本件たくみ屋婦人靴は,同項の「侵害の行為を組成した物」(「侵害の行為により生じた物」を含む〔不競法3条2項括弧書き〕。)には当たらないといわざるを得ない。 したがって,本件において不競法5条1項が適用される旨の原告の上記主張は採用することができない。 イ 逸失利益について 次に,原告は,被告らの不法行為又は債務不履行による損害として,本件原告婦人靴の販売機会を喪失したことによる逸失利益の主張もしているので,これについて検討する。 (ア) 被告たくみ屋らの不法行為又は債務不履行による損害(逸失利益)について a 前記(1)@ないしBの行為(本件設計情報に係る行為)による損害について 原告は,本件たくみ屋婦人靴の本件販売により,本件原告婦人靴の販売機会を喪失した旨主張するが,前記3(3)イ(イ)で説示したところによると,本件たくみ屋婦人靴は,本件改造木型のうち本件設計情報を含まない部分(つま先部分)を参考に作成された本件生産用木型に基づいて製造された靴である。したがって,本件設計情報の取得・使用・開示に係る前記(1)@ないしBの不法行為又は債務不履行は,本件たくみ屋婦人靴の販売と相当因果関係を有するものとはいい難いから,本件販売による本件原告婦人靴の販売機会喪失に係る損害(逸失利益)と相当因果関係を有するものとはいえない。 b 前記(1)C及びDの行為(競業避止義務違反)による損害について (a) 被告ABは,原告在職中に被告たくみ屋を設立してその代表取締役に就任し 58た上(前記(1)C),被告たくみ屋の代表者として,原告の取引先であった楽歩堂その他の小売業者に対し本件たくみ屋婦人靴の販売(本件販売)をし(前記(1)D),もって競業避止義務に違反したものであるところ,本件販売により原告が本件原告婦人靴の販売機会を喪失したとすれば,被告ABは,その販売機会喪失による逸失利益に係る損害賠償責任を負うというべきである。 (b) そこで検討するに,前記1(1),(4)で認定した事実及び証拠(甲102,乙8)によると,本件原告婦人靴と本件たくみ屋婦人靴とは,いずれも3万円台前半の価格帯(小売価格)のコンフォートエレガントパンプスであり,靴の外観も似ていることから,相当程度競合するものとみられる。 また,前記1(4)イで認定した事実によると,楽歩堂は,もともと取引をしていた原告の営業担当従業員であった被告ABの働き掛けによるものであったことを踏まえて,被告たくみ屋に発注したものであり,その結果,原告に発注する本件原告婦人靴の足数が減少したというのである(この点に関し,楽歩堂のAF社長は,平成28年2月17日付けの陳述書(甲59)において,「被告たくみ屋に発注した靴は,もし被告たくみ屋が存在していなければ,その発注は,原告に発注していた。」と記載している。ただし,この陳述書は,本件訴訟係属中に原告の依頼により作成されたものとみられる上,単にこの記載文言のみが記載されたものであり,その詳細な事情は明らかでない。したがって,この陳述書によって,本件販売がなかった場合に,楽歩堂が,被告たくみ屋に発注した足数全部を原告から仕入れたものと断定することはできない。)。 (c) もっとも,前記1(4),前記3(3)イ(イ)で認定,説示したところによると,本件たくみ屋婦人靴は,原告の靴に係る本件設計情報を含むものとは認められず,むしろ,そのつま先部分の形状は,被告ABにより独自に作成された蓋然性が高いのであるから,本件原告婦人靴とは形状・寸法が異なる部分が少なくないものと推認される。そうすると,本件原告婦人靴と本件たくみ屋婦人靴とが,それ自体として高度の代替関係にあるということはできない。 59 また,本件販売のうち,楽歩堂以外の小売業者への本件たくみ屋婦人靴の販売については,原告に発注する靴の足数が減少したという関係が楽歩堂ほども定かではない。 さらに,楽歩堂についても,最終的には消費者等との関係で原告から確定的に仕入れる数量が決まる面があり,楽歩堂に対する関係で,仮に本件たくみ屋婦人靴の販売がなかったとしても,これと全く同数の本件原告婦人靴の販売により利益を原告が確定的に上げられたものとまでは認められない。 (d) 上記(b)及び(c)の各事情を総合すると,本件販売のうち,楽歩堂への本件たくみ屋婦人靴796足の販売と相当因果関係を有する原告の逸失利益については,その3分の2程度である530足の本件原告婦人靴の販売機会喪失に係る限界利益額と認め,その他の小売業者への本件たくみ屋婦人靴291足の販売と相当因果関係を有する原告の逸失利益については,その3分の1程度である97足の本件原告婦人靴の販売機会喪失に係る限界利益額と認めることが相当である。 (e) 前記1(1)アで認定した事実によると,本件原告婦人靴の1足当たりの粗利益の額は,8950円(=卸売価格1万8150円-仕入値9200円)であったと認められる。 そして,仮に原告が楽歩堂その他の小売業者に対し本件原告婦人靴を販売することとなった場合には,その分,仕入費用の他にも,小売業者との間の交渉や納品等に関する変動費(交通費・通信費,輸送費等々の経費)を追加的に要したものと推認される。のみならず,前記1(1)アで認定した事実によると,少なくとも平成21年7月頃から平成23年7月20日までの期間においては,原告における営業担当者は被告AB1名のみであり,本件販売期間当時の原告の営業態勢等を斟酌すると,上記販売を行うにはそのための営業活動に係る人件費相当分も相応に要したものと推認される(なお,AE夫妻がその営業活動等をした場合には,前記1(5)ウ,後記(3)のような人件費相当分を要したものとみられる。)。しかるに,原告は,原告における仕入費用以外の限界費用について,具体的な金額の立証をしていない。 60 このような主張立証の状況の下で,前記1で認定した事実等に照らすと,本件原告婦人靴の1足当たりの限界利益の額は,粗利益の額から,更に仕入費用以外の限界費用として,売上額の2割を差し引いた金額である5320円(=8950円-1万8150円×0.2)であると認めることが相当であり,これを超える限界利益が生じたと認めるに足りる的確な証拠はない。 (f) 以上によれば,本件販売と相当因果関係を有する原告の逸失利益は,333万5640円(=5320円×(530足+97足))となる。 (イ) 被告A@及び被告三國の不法行為又は債務不履行による損害(逸失利益)について 前記(ア)aで説示したところによると,本件設計情報の使用・開示に係る前記(1)@及びAの不法行為又は債務不履行は,本件たくみ屋婦人靴の販売と相当因果関係を有するものとはいい難いから,本件販売による本件原告婦人靴の販売機会喪失に係る損害(逸失利益)と相当因果関係を有するものとはいえない。 その上,前記1(3)イ,(4)ア,イで認定した事実によると,被告A@及び被告三國は,平成23年8月頃,被告たくみ屋らに対して取引を断り,それ以降協力しておらず,被告たくみ屋らは,平成24年以降,被告A@及び被告三國とは全く関係なく楽歩堂の紹介で名進との取引を開始し,名進が被告三國の代わりに本件たくみ屋婦人靴を製造し,これを被告たくみ屋が販売したものである。そうすると,本件販売による原告の逸失利益に係る損害は,なおさら被告A@及び被告三國の不法行為又は債務不履行と相当因果関係を有するということはできない。 ウ 小括 以上によると,被告ABは,原告に対し,前記(1)C及びDに係る債務不履行に基づく損害賠償責任として,原告の逸失利益相当額333万5640円の支払義務を負うが,被告たくみ屋,被告A@及び被告三國は,原告に対し,不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益に係る損害賠償責任を負わないというべきである。 (3) 争点10(2)(実費等の損害)について 61 原告は,本件目的外使用に係る被告らの不法行為又は債務不履行により,@信用毀損による損害300万円,A法律相談等に係る弁護士委託費用等62万0489円,B取引先を回ったガソリン代等実費6万9402円,CAE夫妻の休業損害313万5000円,D被告ABに対する過払い賃金等75万9366円の損害を被った旨主張する。 そこで検討するに,前記1(5)アないしウで認定した事実によると,本件目的外使用により,原告は,上記Aに関し法律相談等に係る弁護士委託費用等として61万9859円,上記Bに関しAE夫妻が取引先を回ったガソリン代等実費として6万9402円,上記Cに関しAE夫妻の休業に係る人件費分の損失として43万3968円の損害を被ったことが認められる。他方で,原告が上記主張する損害のうち,これを超える損害が原告に生じたと認めるに足りる的確な証拠はない。以上は,別件判決が正しく判断したとおりである。 そして,前記1(5)で認定した事実によると,上記のとおり認められる損害についての被告三國の原告に対する賠償債務は,本件相殺1により消滅したものである(本件相殺1により被告三國の原告に対する債務不履行に基づく上記損害の賠償債務が消滅し,これにより,同債務と選択的併合の関係に立つ被告三國の原告に対する不法行為に基づく上記債務の賠償債務も消滅した。)。したがってまた,上記損害についてのその余の被告の原告に対する賠償債務も,相殺の絶対効により消滅したものと解される(被告三國以外の被告の原告に対する不法行為又は債務不履行に基づく上記損害の賠償債務は,いずれも被告三國の原告に対する債務不履行に基づく上記損害の賠償債務と不真正連帯債務の関係に立つものであり,同債務が本件相殺1により満足されたことにより,消滅したものと解される。)。 以上によれば,本件相殺1がされた後においては,被告らは,原告に対し,原告の主張する上記実費等の損害賠償債務を負っていないというべきである。 (4) 争点10(3)(弁護士費用相当損害)について 前記前提事実及び前記認定事実に弁論の全趣旨を総合し,また,退職後の競業避 62止義務違反を理由とする損害賠償請求が法律上の問題や立証上の問題を含む事件類型であることをも考慮すると,原告は,前記8(2)イの被告ABの債務不履行により,第1事件の訴え提起・訴訟追行を原告訴訟代理人に委任することを余儀なくされたものと認められる。そして,第1事件の事案の内容,これまでの事実経緯,原告の請求について認容できる金額(前記(2)イ(ア),ウ参照)その他本件記録に顕れた諸般の事情を斟酌すると,被告ABの上記債務不履行と相当因果関係を有する弁護士費用に係る損害は30万円と認めることが相当である。 他方,その余の被告らについては,原告の弁護士費用に係る損害賠償責任を負うと認めることはできない。 (5) 小括 以上によれば,被告ABは,原告に対し,債務不履行に基づき,363万5640円の損害賠償義務を負うというべきである。 13 争点11(謝罪広告の適否)について 前記1で認定した事実経過及び前記12で説示したところに照らすと,本件全証拠によっても,原告が求める謝罪広告(靴業界専門誌への謝罪文掲載)まで命ずる必要性は認められない。 14 第2事件について 前記前提事実(5)及び前記12で説示したところによると,平成25年10月24日に本件相殺1がされた後,原告の被告三國に対する損害賠償請求権があったものとは認められないから,原告が平成27年11月6日に第1事件における請求債権(損害賠償請求権)を自働債権とする相殺の意思表示をしても,その相殺(本件相殺2)は,自働債権を欠くものであるため,受働債権を消滅させる効力を有しない。 したがって,本件債務名義の執行力の排除を求める第2事件の請求は理由がない。 |
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結論
以上の次第で,原告の@被告たくみ屋らに対する不競法3条1項に基づく本件複製木型(別紙物品目録1記載の各木型から複製された木型〔プラスチック木型を含 63む。〕)及び本件改造木型(別紙物品目録2記載1の木型)の使用及び開示の差止請求,A被告ABに対する本件返却合意に基づく本件複製木型及び本件改造木型の引渡請求,B被告ABに対する債務不履行に基づく損害賠償請求として363万5640円及びこれに対する訴状補正申立書送達の日の翌日である平成26年3月31日から支払済みまでの年5分の割合による遅延損害金の支払請求は理由があるが,その余の請求はいずれも理由がない。 よって,原告の請求は,主文第1項ないし第3項の限度で認容し,その余の請求はいずれも棄却することとし,民事執行法37条1項前段に基づき,本件強制執行停止決定を取り消し,同項後段に基づき,これに仮執行宣言を付して,主文のとおり判決する。 |
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追加 | |
64(別紙)当事者目録両事件原告有限会社スーパーリアルシステム(本判決において,単に「原告」という。)同訴訟代理人弁護士竹内雄一両事件被告有限会社世靴三國(本判決において,「被告三國」という。)第1事件被告A@(本判決において,「被告A@」という。)第1事件被告AA(本判決において,「被告AA」という。)上記3名訴訟代理人弁護士石嵜信憲同延増拓郎同鈴木宗紹同安藤源太同横山直樹同柳瀬安裕同藥師寺正典第1事件被告株式会社たくみ屋(本判決において,「被告たくみ屋」という。)65第1事件被告AB(本判決において,「被告AB」という。)66(別紙)物品目録11原告のオリジナル木型木型番号T-0001サイズ23.0cm左・右左足用素材プラスチック木型2原告のオリジナル木型木型番号T-110サイズ23.0cm左・右左足用素材プラスチック木型67(別紙)物品目録21本件不正改造木型木型番号TA2サイズ23.0cm左・右左足用素材プラスチック木型2生産用木型前記1の不正改造木型に基づき作成された生産用木型4種類木型番号サイズ(cm)ごとの台数(台)合計21.52222.52323.52424.52525.5台数RE-4033455543335R-5033455543335RE-6033455543335R-303345554333568(別紙)「謝罪文(1)」及び「謝罪文(2)」は省略69 |
裁判長裁判官 | 嶋末和秀 |
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裁判官 | 鈴木千帆 |
裁判官 | 笹本哲朗 |