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事件 平成 28年 (ワ) 43030号 損害賠償請求事件
5原告 測位衛星技術株式会社
同訴訟代理人弁護士 遠藤常二郎 川端克俊 遠藤純 今津信裕 10 飯塚順子 長瀬恵利子
同訴訟復代理人弁護士 矢幅雄也
被告A
同訴訟代理人弁護士 梅田和尊 15 深井剛志
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2018/06/22
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
20 第1 請求 1 被告は,原告に対し,3991万5595円及びこれに対する平成29年 1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 仮執行宣言25 第2 事案の概要等 本件は,原告が,原告の元従業員であった被告に対し,@原告在職中の職 1 務に関し,(@)原告の承諾を得ることなく顧客との間で支払合意をし,又は 仕様を満たさない製品を納入したなどとして雇用契約上の債務不履行又は不 法行為に基づき,(A)通勤交通費を不正受給したとして不法行為に基づき, A原告退職後の転職先における行為に関し,(@)原告在籍中に取得した営業 5 秘密を不正の利益を得る目的等で使用したとして不正競争防止法(以下「不 競法」という。)2条1項7号,4条に基づき,(A)秘密保持契約及び競業 避止義務契約に違反したとして債務不履行に基づき,又は(B)同行為が不法 行為を構成するとして不法行為に基づき,合計3991万5595円の損害 賠償金及び訴状送達の日の翌日である平成29年1月22日から支払済みま10 で年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び掲記した証拠により認定できる事 実) (1) 当事者 ア 原告は,測位衛星(GNSS)に関する技術開発・開発受託及び関連商15 品の販売を業とする株式会社である。
イ 被告は,平成14年10月から平成26年8月31日まで原告に在籍し, 主に営業を担当していた原告の元従業員である。被告は,原告退職後の平 成26年9月から株式会社ニコン・トリンブル(以下「ニコン・トリンブ ル」という。)に転職した。ニコン・トリンブルは測位衛星(GNSS)20 に関する技術を利用した製品・サービスの企画・開発及び販売等を業とす る株式会社である。
(2) 本件に関する取引等 ア 原告退職前 (ア) 原告は,平成25年12月27日,独立行政法人宇宙航空研究開発機25 構(当時。以下「JAXA」という。)との間で,iMAR社製のiT raceRT-400(以下「iTrace」という。)を代金556 2 万5000円(税込み)で売却する旨の契約を締結した(以下「退職前 案件1」という。)。(甲30) (イ) 原告は,平成25年2月頃,独立行政法人電子航法研究所(当時。以 下「ENRI」という。)との間で,GNSS受信機を代金507万円 5 (税別)で売却する旨の契約を締結した(以下「退職前案件2」とい う。)。(甲22,23) イ 原告退職後 (ア) JAXAは,平成26年8月8日,「高精度測位実験用受信機および アンテナの調達(その2)」との件名で,一般競争入札の公告を行った10 ところ,原告及びニコン・トリンブルが入札し,開札の結果,同年9月 5日,ニコン・トリンブルが130万円でこれを落札した(以下「退職 後案件1」という。)。(甲15) (イ) 独立行政法人土木研究所(当時。以下「土木研究所」という。)は, 平成27年初めに,「カート型GPRシステム取付用RTK-GNSS15 測位システム試作」との件名で,競争入札の公告を行ったところ,原告, ニコン・トリンブルの関連会社である株式会社トリンブルパートナーズ 茨城(以下「トリンブル茨城」という。)等が入札し,開札の結果,平 成26年2月3日,トリンブル茨城が363万4000円でこれを落札 した(以下「退職後案件2」という。)。(甲16)20 (ウ) 株式会社小松製作所(以下「コマツ」という。)は,平成27年2月 6日付け注文書に基づき,原告との間で,売買代金543万0240円 (税込み)でGNSS受信機等を購入した(以下「退職後案件3」とい う。)。(甲19) (エ) JAXAは,平成27年初めに,「平成26年度準天頂衛星システ25 ム地上モニタ局受信機の更新」との件名で,一般競争入札の公告を行っ たところ,原告及びニコン・トリンブルが入札し,開札の結果,平成2 3 7年1月23日,ニコン・トリンブルが1900万円でこれを落札した (以下「退職後案件4」という。)。(甲20) (3) 被告の通勤交通費について 被告は,原告に対し,原告在籍中に,「甲地」(以下「甲地の住居」とい 5 う。)に住所を定めている旨を申告して,通勤手当を申請しており,原告は 被告の申請に応じて同住居から原告会社までの通勤経路,すなわちJR線甲 駅とJR線丙駅間の通勤定期代に相当する金額を通勤交通費として支給して いた。(甲12) 被告は,原告在籍中の平成21年7月31日,配偶者とともに乙地に所在10 する居住用マンション(甲11。以下「本件建物」という。)を購入した。
(4) 秘密保持義務契約及び競業避止義務契約 被告は,平成26年8月29日,原告との間の秘密保持義務及び競業避止 義務を内容とする誓約書に署名した(甲13)。
同誓約書第1項には,以下の規定が置かれている(以下,下記条項のうち,15 秘密保持義務を内容とする部分を「本件秘密保持契約」,競業避止義務を内 容とする部分を「本件競業避止義務契約」ともいう。)。
「1.誓約 私は,測位衛星技術株式会社(本誓約書中において,以下「会社」と 称します)を退職するにあたり,書面による会社の同意なしに,次に20 掲げる秘密情報を不正に使用せず,また,いかなる第三者に開示しま せん。また,退職後2年間は協業〔判決注:原文ママ〕避止義務を負 う事に同意致します。
@ 従業員・取引先・顧客に関する個人情報 A 業務上知りえた営業情報及び技術情報25 ・・・ H その他,会社が秘密保持の対象として指定した情報」 4 2 争点 (1) 退職前の行為について ア 退職前案件1及び2についての雇用契約上の債務不履行又は不法行為の 有無(争点1及び2) 5 イ 通勤交通費の不正受給の有無(争点3) (2) 退職後の行為について 退職後案件1〜4について,それぞれ,@営業秘密不正の目的による使 用の有無,A本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約に違反する行為の 有無並びに本件競業避止義務契約の有効性,B不法行為の有無(争点4〜7)10 (3) 損害額(争点8) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(退職前案件1についての雇用契約上の債務不履行又は不法行為の有 無)について 〔原告の主張〕15 被告は,顧客であるJAXAにiMAR社製品を販売する案件を担当してい たところ,原告は,平成25年10月頃,被告から,JAXAの予算上の制約 のため,JAXAに対して,完全版のiTraceではなく,一部の機能を除 いた廉価版のiTrace(以下「廉価版iTrace」という。)を販売し, 次年度にアップグレードする予定であるとの報告を受けていた。
20 しかし,被告は,その後,原告の承諾を得ることなく方針を変更し,iMA R社との間で,廉価版iTraceの販売に代えて,一部の機能についてコー ドを付すことにより使用期限(平成26年8月31日まで)を設けた製品(以 下「使用期限付きiTrace」という。)をJAXAに販売し,期限満了時 にJAXAがiMAR社に追加代金を支払った場合には上記コードを解除する25 ためのコードを提供する旨の合意をした。
被告は,上記方針の変更について,原告のみならず,JAXAからも了承を 5 得ていなかったため,JAXAは,使用期限の満了時に追加代金の支払いを拒 み,結局,原告は,iMAR社から平成26年8月7日付けで請求された追加 代金差額分374万2328円(甲5,6)を負担せざるを得なくなった。
このように,被告は,原告の承認を得ることなく,顧客であるJAXAから 5 使用制限の解除に係る追加代金を回収できる見込みのないまま,iMAR社と の間で支払代金額及び代金支払方法を合意し,原告に製品販売代金を負担させ たものであり,同行為は,雇用契約上の誠実義務に違反し,不法行為も構成す る。
〔被告の主張〕10 被告は,平成26年1月頃,廉価版iTraceの開発が同年3月までに間 に合わない可能性が高いことが判明したので,方針を変更し,JAXAと相談 して,iTraceの一部の機能につき使用期限が付された使用期限付きiT raceを納入し,同年8月末までにJAXAが追加の代金を支払うとしたも のである(甲4)。
15 被告は,上記の方針変更について,原告社内で報告をするなどして了承を得 て,上司の決裁を得た上で,iMAR社に注文書(甲3の2)を発送し,同社 から請書(甲3の2)を受領している。また,このような重要な変更について, 顧客の意向を確認しないことはあり得ず,実際上,被告は,平成26年7月8 日にJAXAを訪問し,使用期限が付されていることを確認している(乙1)。
20 以上のとおり,被告は,原告及びJAXAの了承を得て使用期限付きiTr aceを販売したのであり,債務不履行責任又は不法行為責任を負うべき理由 はない。
2 争点2(退職前案件2についての雇用契約上の債務不履行又は不法行為の有 無)について25 〔原告の主張〕 被告は,ENRIに対するGNSS受信機の納入を担当していたところ,平 6 成25年3月頃,それまで提供していたメーカー製品の取扱いが不可能となっ たことから,代替機としてSeptentrio社の製品をENRIに提案し, 納入した。
ところが,被告は,Septentrio社の製品が,ENRIの要求する 5 仕様,特に「強度および位相シンチレーション指数,並びに電離圏全電子数を 内部で計算し出力可能であること」(乙2の3頁エ)という仕様を満たしてい ないことを認識しながら,この点について仕様を満たすとENRIに虚偽の説 明をし,原告社内で了承を得ないまま,同製品を納入した。
原告は,同製品の納入後,ENRIから仕様を満たしていないとの抗議を受10 け,これに対応するため,社内でプログラム開発を行い,54万5562円で 購入したCPU装置に同プログラムをインストールしてENRIに納入した。
以上のとおり,被告は,ENRI社の仕様を満たさないことを認識しながら, Septentrio社の製品を納入することにより,原告に追加費用を負担 させたものであり,同行為は,雇用契約上の誠実義務に違反し,不法行為も構15 成する。
〔被告の主張〕 ENRI社が特に求めていた仕様は,強度および位相シンチレーション指数, 並びに電離圏全電子数を「内部で」計算し出力可能であるかどうかではなく, これを「リアルタイム形式において」計算し出力することができるかどうかで20 あった(乙2の3頁目「イ」欄)。
Septentrio社の製品は,リアルタイム形式ではなく,数十秒おき に受信したデータが表示されるものであったが(乙3の2頁目),表示速度の 性能としてはリアルタイムに近いものであったことから,被告は,ENRIの 担当者にその旨を説明した上で,Septentrio社の製品であっても入25 札に参加可能かどうかを確認したところ,ENRIは原告が入札に参加するこ とを許可した。そこで,被告はこうした経緯を営業会議において報告し,見積 7 書(甲23)について社内決裁を得た上で,ENRIの入札に参加し,同製品 をENRIに納入した。
その後,ENRIが試験運転をしたところ,Septentrio社の製品 ではデータの受信速度が遅いという結論になったことから,原告は,ENRI 5 と打合せを行った上で(乙4),社内で協議を行い,データの受信速度を向上 させるプログラムを作成してCPU装置にインストールするという対応をする ことで稟議を得た(甲7)。
このように,被告は,原告の了承を得た上でSeptentrio社をEN RIに納入し,ENRIから対応を求められた際も原告社内の稟議を得ていた10 のであるから,被告が債務不履行責任又は不法行為責任を負う理由はない。
3 争点3(通勤交通費の不正受給の有無)について 〔原告の主張〕 被告は,本件建物購入後,甲地の住居から本件建物に転居したにもかかわら ず,転居した事実を秘して,甲地の住居から通勤していると虚偽の事実を申告15 して,原告に誤信させ,通勤交通費124万4385円を不正に受給していた から,不法行為が成立する。
本件建物購入後も本件建物に居住していないという被告の説明は,不自然か つ不合理である。被告は,平成21年7月以降,残業のため終電に乗り遅れた 場合,会社から「親族関係の住居」である「宿泊場所」までタクシー代金を原20 告に申請していたところ,その代金は原告会社周辺から本件建物周辺までの距 離に基づくタクシー代金と合致している(甲31,32)。仮に,被告の親族 が東京都内に居住していたとしても,配偶者の居住する本件建物に帰宅するの が通常であるから,被告は本件建物に居住し,日常的に帰宅していたと考えら れる。
25 〔被告の主張〕 被告は,原告在職中,甲地の住居に居住しており,同所から通勤していた。
8 本件建物購入後,被告の配偶者は仕事の都合上本件建物に転居したが,被告は, 配偶者の祖母の仏壇を移転することができず,また防犯上の問題などもあった ことから,夫婦で相談の上,引き続き甲地の住居に居住しており,本件建物に 被告が転居し,住民票を移したのは原告を退職した後の平成26年9月である。
5 このことは,同月以前の被告宛ての郵便物(乙5〜7)が,甲地の住居に届い ていることからも明らかである。また,被告が,終電後に帰宅した際にタクシ ーを使用して本件建物に行ったこともあるが,親戚の住居に行くこともあった。
したがって,被告は,通勤交通費を不正に受給していない。
4 争点4(退職後案件1についての不正競争行為,債務不履行又は不法行為の10 有無)について 〔原告の主張〕 (1) 不正競争行為の有無について 別紙営業秘密目録記載1の情報(以下「営業秘密1」という。)は,被告 が海外メーカー担当者との交渉によって取得したディスカウントを前提とす15 る仕入価格,販売価格であり,原告がJAXAの行う入札の際に入札価格を 検討するために有用な情報である。同情報は,交渉経過がわかるメールはパ スワードをかけた社内のパソコンで管理しており,一般に知られていないも のであるから,営業秘密に該当する。
被告は,原告在職中に公告されたJAXAの「高精度測位実験用受信機お20 よびアンテナの調達(その2)」において,ニコン・トリンブルの入札担当 者に営業秘密1を提供し,ニコン・トリンブルが入札に参加した。その結果, ニコン・トリンブルは,同競争入札において130万円で落札したが,ニコ ン・トリンブルが落札しなければ,原告が164万円で落札することができ たはずであった。
25 したがって,被告は,原告から示された営業秘密1を不正の利益を得る目 的又は原告に損害を加える目的でニコン・トリンブルに開示したものであり, 9 同行為は不競法2条1項7号所定の不正競争行為に該当する。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい て 原告と被告は,平成26年8月29日,本件秘密保持契約及び本件競業避 5 止義務契約を締結した。しかし,被告は,上記(1)のとおり,本件秘密保持 契約に反して,原告の在籍中に取得した営業秘密を不正使用し,また,本件 競業避止義務契約に違反して,競合会社であるニコン・トリンブルのために 営業活動を行ったものであり,同各契約上の債務不履行が成立する。
なお,被告は,本件競業避止義務契約が無効であると主張するが,原告が10 競業避止義務を課す正当性・必要性,原告における被告の立場,競業が禁止 される期間や被告が原告から受けてきた措置などを考慮すると,本件競業避 止義務契約は必要かつ合理的であり,有効である。
(3) 不法行為の有無について 被告の上記(1)記載の行為は不法行為を構成する。
15 〔被告の主張〕 (1) 不正競争行為の有無について 原告においてパスワードによる閲覧制限を行い,又は施錠可能なロッカー に管理されていたのは,特許技術,決算書類等の会計書類であり,それ以外 の情報は,サーバーなどの誰でも閲覧できる場所に保存されており,秘密と20 して管理されていなかった。また,そもそも,民間企業に対する販売価格の 情報データについては,パスワードによる閲覧制限はかけられていなかった。
このように,別紙営業秘密目録記載の各情報(以下,総称して「本件各営業 秘密」という。)は,仕入価格,販売価格,購入希望価格などの価格に関す る情報や,仕様に関する情報であり,原告において秘密として管理されてい25 なかったのであるから,いずれも不競法上の「営業秘密」に該当しない。
また,被告は,JAXAの上記入札案件に関与していない。当該入札の開 10 札日は平成26年9月1日に入社してから5日目であり,被告が原告在籍時 に入手した受信機及びアンテナの情報を提供して関与することは不可能であ るし,被告が配属された部署は,当該入札を行った部署とは別の部署である。
したがって,被告は不競法2条1項7号所定の不正競争行為を行っていな 5 い。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい て 本件競業避止義務契約は公序良俗に違反し,無効である。すなわち,労働 者が退職するにあたり,退職後に競業しない旨の誓約書や合意書に署名し,10 これらを根拠に退職後の競業避止義務が肯定される場合はあり得るものの, 職業選択の自由を制限するものであるから,競業行為を禁止する目的,必要 性,退職前の労働者の地位,業務,競業が禁止される業務の範囲,期間,地 域,代償措置の有無等を総合的に考慮して,その制限が必要かつ合理的範囲 を超える場合には,競業避止義務の合意は公序良俗に違反し無効である。本15 件における被告は,管理職等でもなく,営業担当職員にすぎず,競業が禁止 される範囲も一切限定がなく,期間も退職後2年間と長く,何らの代償措置 もとられていないことから,制限が必要かつ合理的な範囲を超えるものであ って,無効である。
仮に,本件競業避止義務契約が有効であるとしても,被告は同契約に違反20 する行為を行っておらず,また,原告の営業秘密を不正に使用したこともな いので,本件秘密保持契約にも違反しない。
(3) 不法行為の有無について 否認又は争う。
5 争点5(退職後案件2についての不正競争行為,債務不履行又は不法行為の25 有無)について 〔原告の主張〕 11 (1) 不正競争行為の有無について 別紙営業秘密目録記載2の情報(以下「営業秘密2」という。)は,原告 が土木研究所の入札の際に入札価格を検討するために有用な情報であり,土 木研究所の要求に対し必要な機器を選択できるという点で有用な情報である。
5 同情報がまとめられた週間営業活動報告書はパスワードをかけた社内のパソ コンで管理しており,一般に知られていないものであるから,営業秘密に該 当する。
土木研究所は,平成27年初めに,「カート型GPRシステム取付用RT K-GNSS測位システム試作」との件名で,競争入札の公告を行ったとこ10 ろ,被告は,平成27年1月8日に入札情報を公示されると,トリンブル茨 城の代表者とともに土木研究所を訪れ,「以前,原告に在籍していたため価 格を知っている」等と発言をし,上記入札に参加した。トリンブル茨城によ る入札は,被告が原告在籍中に入手したGNSS測位システムに係る営業秘 密2の情報に基づいてなされたものである。
15 その結果,トリンブル茨城は,平成26年2月3日,363万4000円 でこれを落札したが,トリンブル茨城が落札しなければ,原告が437万5 000円で落札できたはずであった。
したがって,被告は,原告から示された営業秘密2を不正の利益を得る目 的又は原告に損害を加える目的でニコン・トリンブルに開示したものであり,20 同行為は不競法2条1項7号所定の不正競争行為に該当する。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい て 被告の上記(1)記載の行為は,本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契 約に違反するものである。また,本件競業避止義務契約が有効であることは,25 上記4〔原告の主張〕(2)記載のとおりである。
(3) 不法行為の有無について 12 被告の上記(1)記載の行為は不法行為を構成する。
〔被告の主張〕 (1) 不正競争行為の有無について 前記のとおり,営業秘密2は,不競法上の「営業秘密」に当たらない。
5 被告がトリンブル茨城の担当者と共に土木研究所を訪れ,担当者からヒア リングをした事実はあるが,ヒアリングをした内容は,公示された競争入札 の仕様書の詳細についてであって,被告が「以前,原告に在籍していたため 価格を知っている」等と述べたことはない。
したがって,被告は不競法2条1項7号所定の不正競争行為を行っていな10 い。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい て 被告は,上記(1)記載のとおり,本件秘密保持契約及び本件競業避止義務 契約に違反する行為を行っていない。また,本件競業避止義務契約が無効15 であることは,上記4〔被告の主張〕(2)記載のとおりである。
(3) 不法行為の有無について 否認ないし争う。
6 争点6(退職後案件3についての不正競争行為,債務不履行又は不法行為の 有無)について20 〔原告の主張〕 (1) 不正競争行為の有無について 別紙営業秘密目録記載3の情報(以下「営業秘密3」という。)は,競合 他社が存在する中で,コマツに製品を購入してもらうために有用な情報であ る。原告は,パスワードをかけた社内のパソコンにおいて,コマツとの交渉25 経過がわかるメールを管理しており,これは一般に知られていないものであ るから,営業秘密に該当する。
13 被告は,原告在籍中,「JAVAD社製GNSS受信機DELTA-3」 の販売交渉をしていたことから,原告の提示額及びコマツの購入希望価格を 認識していた。原告は,被告の退職後である平成26年11月頃,コマツの 担当者から,「被告からGNSS受信機についての見積の提示があったため, 5 原告から提示された見積金額を検討したい。」との連絡を受けた。このため, 原告は,やむを得ず,平成27年2月6日付注文書に基づき,平成26年1 1月時点の見積額から275万8320円を値引きした金額でコマツと契約 せざるを得なくなった。この損害は,被告がニコン・トリンブルの担当者と してコマツに対し原告在職中に取得した営業秘密3を利用して営業を行った10 ことにより生じたものである。
したがって,被告は,原告から示された営業秘密3を不正の利益を得る目 的又は原告に損害を加える目的でニコン・トリンブルに開示したものであり, 同行為は不競法2条1項7号所定の不正競争行為に該当する。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい15 て 被告の上記(1)記載の行為は,本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契 約に違反するものである。また,本件競業避止義務契約が有効であることは, 上記4〔原告の主張〕(2)記載のとおりである。
(3) 不法行為の有無について20 被告の上記(1)記載の行為は不法行為を構成する。
〔被告の主張〕 (1) 不正競争行為の有無について 前記のとおり,営業秘密3は,不競法上の「営業秘密」に当たらない。
被告がニコン・トリンブルの営業担当者としてコマツに営業を行ったのは,25 平成28年4月21日の新商品発表会以降であり,退職後案件3における契 約締結前に,被告がニコン・トリンブルの営業担当者としてコマツに営業を 14 行った事実はない。
原告がコマツに営業をしていた「JAVAD社製GNSS受信機DELT A-3」は世界に1台しか存在しない特殊な機器であり,コマツの要求する 仕様を備えたものであった。他方,被告が平成28年4月21日にコマツに 5 営業を行った機器は全く異なる仕様のものであり,原告の「JAVAD社製 GNSS受信機DELTA-3」とは競合しない。
したがって,被告は不競法2条1項7号所定の不正競争行為を行っていな い。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい10 て 被告は,上記(1)記載のとおり,本件秘密保持契約及び本件競業避止義務 契約に違反する行為を行っていない。また,本件競業避止義務契約が無効で あることは,上記4〔被告の主張〕(2)記載のとおりである。
(3) 不法行為の有無について15 否認ないし争う。
7 争点7(退職後案件4についての不正競争行為,債務不履行又は不法行為の 有無)について 〔原告の主張〕 (1) 不正競争行為の有無について20 営業秘密目録記載4の情報(以下「営業秘密4」という。)は,原告がJ AXAの入札の際に入札価格を検討するために有用な情報である。JAXA に納入していた製品のバージョンや状態を含む仕様が記載された仕様書はパ スワードをかけた社内のパソコンで管理しており,一般に知られていないも のであるから,営業秘密に該当する。
25 原告は,被告が原告に在籍する当時,JAXAに対し,「準天頂衛星シス テム地上モニタ局受信機」を納入したところ,JAXAは,平成27年初め, 15 同受信機の機能追加を行う業者を一般競争入札にて募集した。通常,この種 の機能追加の入札の場合,受信機内部のソフトウェアを書き換えるのみで対 応することができるため,納入業者以外の業者が入札に参加することはない。
上記入札案件においては,ハードウェアの交換が必要であり,比較的高額な 5 費用になることが見込まれ,このことを知っていたのは,原告のみであった。
しかるところ,上記案件を原告在籍中に担当していた被告は,営業秘密4 をニコン・トリンブルに提供したため,ニコン・トリンブルが同入札に参加 し,1900万円で落札したが,ニコン・トリンブルが落札しなければ,原 告が2725万円で落札できたはずであった。
10 したがって,被告は,原告から示された営業秘密4を不正の利益を得る目 的又は原告に損害を加える目的でニコン・トリンブルに開示したものであり, 同行為は不競法2条1項7号所定の不正競争行為に該当する。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい て15 被告の上記(1)記載の行為は,本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契 約に違反するものである。また,本件競業避止義務契約が有効であることは, 上記4〔原告の主張〕(2)記載のとおりである。
(3) 不法行為の有無について 被告の上記(1)記載の行為は不法行為を構成する。
20 〔被告の主張〕 (1) 不正競争行為の有無について 前記のとおり,営業秘密4は,不競法上の「営業秘密」に当たらない。
退職後案件4は,被告がニコン・トリンブル内で所属する部署で対応をし た案件ではなく,被告は入札に関与していない。また,入札の公示があった25 際には仕様書が公示されるのであるから,上記入札の仕様書(甲26)をみ れば,ソフトウェアの書換えの他にハードウェアの交換が必要となることは 16 当然判明する。ニコン・トリンブルも当該仕様書を見て入札に参加したもの であり,入札に係る機能追加の内容は原告のみが知っていたものではない。
したがって,被告は不競法2条1項7号所定の不正競争行為を行っていな い。
5 (2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい て 被告は,上記(1)記載のとおり,本件秘密保持契約及び本件競業避止義務 契約に違反する行為を行っていない。また,本件競業避止義務契約が無効で あることは,上記4〔被告の主張〕(2)記載のとおりである。
10 (3) 不法行為の有無について 否認ないし争う。
8 争点8(損害額)について 〔原告の主張〕 (1) 退職前案件1及び退職前案件2の損害15 退職前案件1の被告の行為により,原告は374万2328円の負担をし たものであり(甲5,6),同金額が損害となる。
退職前案件2の被告の行為により,原告は54万5562円の負担をした ものであり(甲8,9),同金額が損害となる。
(2) 通勤交通費の不正受給の損害20 被告は,平成21年8月から平成26年3月までの56か月間(消費税増 税前),1か月当たり2万0350円分を本来の通勤交通費よりも過大に申 告し,原告は合計113万9600円の損害を被った。
また,被告は,平成26年4月から同年8月までの5か月間(消費税増税 後),1か月あたり2万0957円分を本来の通勤交通費よりも過大に申告25 し,原告は合計10万4785円の損害を被った。
したがって,上記合計124万4385円が損害である。
17 (3) 退職後の各案件についての損害 退職後案件1の被告の行為により,原告が落札できず,原告は164万円 相当の損害を被った。
退職後案件2の被告の行為により,原告が落札できず,原告は437万5 5 000円相当の損害を被った。
退職後案件3の被告の行為により,当初の見積額よりも275万8320 円値引きした代金額で契約せざるを得ず,原告は同額の損害を被った。
退職後案件4の被告の行為により,原告が落札できず,原告は2725万 円相当の損害を被った。
10 (4) 以上合計4155万5595円のうち,3991万5595円を請求する。
〔被告の主張〕 争う。
第4 当裁判所の判断 1 争点1(退職前案件1についての雇用契約上の債務不履行又は不法行為の有15 無)について (1) 認定事実 前提事実に加え,当事者間に争いのない事実,証拠(後記文中及び末尾掲 記の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,退職前案件1に関し,以下の事実 が認められる。
20 ア 被告は,平成25年10月頃,顧客であるJAXAに対して,iTra ceの販売の営業を行ったところ,JAXAは予算制約上の理由から,完 全版のiTraceを購入することは困難であったため,JAXAの担当 者と相談の上,一部の機能を外した廉価版iTraceを販売し,翌年度 以降に追加予算でアップグレードすることとした。被告は上記方針を原告25 の週間営業活動報告書に記載し,上司にも報告した。(甲4,乙12,被 告本人) 18 イ 上記アの方針に基づき,原告とJAXAは,平成25年12月27日, 廉価版iTraceの売買契約を締結した。ところが,平成26年1月頃, iMAR社において納入予定の廉価版の開発が納入期限までに間に合わな いことが判明した。そこで,被告とiMAR社の担当者は,代替案として, 5 代金の一部の支払を猶予する形で完全版のiTraceを納品するものの, その一部の機能についてコードを付することにより使用期限を同年8月3 1日までとし,JAXAが同期限までに残代金(2万6900ユーロ)を 支払った場合には,上記コードを解除するコードをiMAR社がJAXA に提供することとした。(甲3の1・2,甲30,乙12,被告本人)10 ウ 上記イの代替案に基づき,原告は,平成26年1月24日,iMAR社 から使用期限付きiTraceを購入し,JAXAに納品した。その際に 原告からiMAR社に送付した平成26年1月24日付注文書(甲36の 1・2)の「注文者」欄には原告の当時のB営業部長(以下「B部長」と いう。)が署名するとともに,同欄には「社長,Cにより承認済」との記載15 がある。
エ 被告は,平成26年7月8日,他の原告社員とともにJAXAを訪問し, JAXAの担当者との間でiTraceに使用期限が付されていることを 確認するとともに,今後の対応について協議をし,その旨を週間営業活動 報告書に記載した。そうしたところ,平成26年8月7日頃,iMAR社20 から残代金(上記2万6900ユーロ)の請求があった。他方,JAXA からはiTraceに関する追加の予算を取れなくなったとの連絡があっ たことから,被告は,同日,B部長に至急相談したい旨のメールを送り, 対応を協議した。(甲5の1・2,甲21の1・2,乙1,12,被告本人) オ 原告は,平成26年8月21日頃,iMAR社に対し,上記追加代金225 万6900ユーロ(374万2328円)を支払った。(甲6) (2) 判断 19 原告は,iTraceの取引に関し,廉価版iTraceをJAXAに販 売するとの方針については了解していたが,その後の方針変更については被 告から報告がなく,被告が原告の了解なく行ったものであると主張する。
しかし,iTraceの取引を担当していた被告が,廉価版iTrace 5 の販売については原告社内で報告し,JAXAの了承を得ていながら,その 後の状況の変化に応じた方針変更については原告社内で報告せず,JAXA の了承を得ていなかったとは考え難い。
かえって,前記(1)ウのとおり,使用期限付きiTraceの注文書の 「注文者」欄には被告の上司であるB部長の署名があり,加えて「社長,C10 により承認済」との記載がされていることによれば,原告は,廉価版iTr aceに代えて使用期限付きiTraceをiMAR社から購入することを 了承していたと認められる。
また,前記(1)エのとおり,被告が平成26年7月8日にJAXAを訪問 し,JAXAの担当者との間でiTraceの一部の機能に使用期限が付さ15 れていることを確認し,その旨を週間営業活動報告書に記載していることや, iMAR社からの残代金の請求についてB部長と相談をしていることなどの 事実に照らすと,原告がiMAR社に対して残代金を支払ったのは,原告内 部の意思決定によるものであると認めるのが相当である。
したがって,被告が原告の承認を得ることなく,iMAR社との間で使用20 期限付きiTraceの購入について合意し,その代金を支払ったとは認め られず,退職前案件1について,被告に雇用契約上の債務不履行や不法行為 があったということはできない。
2 争点2(退職前案件2についての雇用契約上の債務不履行又は不法行為の有 無)について25 (1) 認定事実 前提事実に加え,当事者間に争いのない事実,証拠(後記文中及び末尾掲 20 記の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,退職前案件2に関し,以下の事実 が認められる。
ア 被告は,ENRIに対するGNSS受信機の納入を担当していたところ, 平成25年3月頃,それまで提供していたメーカー製品の取扱いが不可能 5 となったことから,ENRIの行う入札に際し,Septentrio社 の製品を使用して参加することとした。(乙12,被告本人) イ 上記入札に際し,ENRIは,納入されるGNSS受信機がリアルタイ ムに計算した測位結果を出力する機能を備えることを求めていた(乙2の 3頁目イ欄)。ところが,Septentrio社の製品は,ENRIが10 要求するリアルタイム性は備えていなかった。ただし,同製品は,データ が数十秒おき受信・表示されるものであり,リアルタイムに近い速度を有 していたため,被告は,ENRI担当者と打合せを行い,Septent rio社の製品の性能について説明をした上で,入札に参加することにつ いて承諾を得た。(乙3,12,被告本人)15 ウ そこで,被告は,平成25年2月26日付入札価格内訳書(甲23)を 作成し,原告代表者及びD営業部長(以下「D部長」という。)の承認を 得た上で,入札に参加したところ,原告が落札の上でENRIとの契約に 至ったため,同年3月頃,Septentrio社の製品を納入した。
(甲22,乙12,被告本人)20 エ Septentrio社の製品をENRIに納入した後,ENRIは, 同製品の試験運転をしたところ,同製品のデータの受信速度はENRIが 求める水準に達しないことが判明した。このため,ENRIの担当者は, 被告に対し,リアルタイム性を向上するための対応を要望し,被告とEN RIの担当者は,平成26年3月頃,打合せを行い,必要とされる性能等25 について確認した。
ENRIからの上記要望を受けて,被告は,Septentrio社に 21 対し,リアルタイム性を備えた製品の有無を照会したが,そのような製品 はないとの回答であった。そこで,被告は,原告社内で対応を協議し,原 告自らがデータの受信速度を向上させるプログラムを作成し,CPU装置 にインストールするという措置を講じることとした。(乙4,12,被告 5 本人) オ 被告は,平成26年6月16日,上記措置を講じることについての稟議 書(甲7)を起案し,これに原告代表者及びD部長の承認印を得た。これ に基づき,原告は,その費用で必要なCPU装置を調達するなどして上記 措置を講じた。(甲8,9,乙12,被告本人)10 (2) 判断 原告は,ENRIが上記入札に際して最も重視していた仕様は,「強度お よび位相シンチレーション指数,並びに電離圏全電子数を内部で計算し出力 可能であること」(乙2の3頁エ)であるとした上で,被告は,同仕様を満 たさないことを認識しながら,Septentrio社の製品を納入したと15 主張する。
この点,上記仕様もENRIの求めていた仕様に含まれるとは認められる が,前記認定のとおり,@GNSS受信機が半リアルタイムに計算した測位 結果を出力することが入札の仕様書に含まれ,被告は入札前にENRIの担 当者にSeptentrio社の製品がリアルタイム性を備えないことを説20 明した上で入札に参加したと認められること(上記(1)イ),A入札後のE NRIの担当者との打合せにおいても,Septentrio社の製品の 「半リアルタイム出力メッセージ」が問題とされていること(上記(1)エ), B上記稟議書においても,リアルタイム形式でデータを出力するプログラム をインストールしたCPUを購入する旨の対応を講じることが記載されてい25 ること(上記(1)オ)などの事実によれば,ENRIが上記入札に際して特 に要望していた仕様は,リアルタイム形式でのデータの計算・出力であると 22 認められる。
そして,原告代表者及び被告の上司であるD部長は上記経緯を認識した上 で,入札書(甲22)及び入札価格内訳書(甲23)を承認したと推認する ことが相当であり,また,被告は入札後の対応についても原告社内の稟議を 5 経ていたのであるから,原告はその旨承認していたものと認められる。
したがって,被告が,ENRIの要求する仕様を満たすことを確認しない まま,製品を提案・納入し,原告に対応費用を負担させたとは認められず, 退職前案件2について,被告に雇用契約上の債務不履行や不法行為があった ということはできない。
10 3 争点3(通勤交通費の不正受給の有無)について 原告は,被告が,原告在籍中に甲地の住居から本件建物に転居したにもかか わらず,転居した事実を秘して,甲地の住居から通勤していると虚偽の事実を 申告して,通勤交通費を不正に受給したと主張する。
そこで,検討するに,原告の通勤交通費支給の根拠となる給与規定(甲39)15 によれば,諸手当として通勤手当が定められ,通勤手当は,3か月の定期券を 月割りとして,毎月支給する(月額5万円まで)と規定され,通勤手当の計算 時期の定めがあるほかは,支給要件に関する具体的な要件は規定されていない。
通勤手当はその性質上,従業員の生活の本拠から職場までの通勤経路にかかる 費用を支給するものと解されるから,原告の給与規定においても同様の支給要20 件を前提としているものというべきである。
原告は,被告の生活の本拠は,本件建物の購入後は同建物の所在地であると 主張するところ,確かに,被告は,平成21年7月31日,配偶者とともに居 住用マンション(本件建物)を購入しており,同建物は甲地の住居より原告へ の通勤の便が良いものと認められる。
25 しかし,被告が住民票を本件建物に移したのは平成26年9月であること (乙11,12),平成21年8月以降も甲地の住居に郵便物が届いていたこ 23 とがうかがわれること(乙5の1〜10,乙6,7)によれば,本件建物の購 入後も被告の生活の本拠は甲地の住居であったと認めるのが相当である。そし て,他に被告が原告在職中に甲地の住居から本件建物に転居したと認めるに足 りる証拠はない。
5 これに対し,原告は,被告の生活の本拠が本件建物であったことの根拠とし て,被告のタクシー代精算明細表(甲31の1〜4)における原告会社から宿 泊場所までのタクシー代が,原告会社から本件建物までの通常のタクシー料金 と概ね一致することを挙げる。しかし,原告が終電に間に合わなかったとして タクシーを利用している頻度は数か月に1度程度と少なく,仮に原告の主張す10 るとおり同明細表に記載された「宿泊場所」が本件建物であったとしても,同 証拠から直ちに被告の生活の本拠が本件建物の所在地にあるということはでき ない。
したがって,被告が原告在職中,通勤交通費の不正受給を行っていたという ことはできない。
15 4 争点4(退職後案件1についての不正競争行為,債務不履行又は不法行為の 有無)について (1) 不正競争行為の有無について 原告は,被告が原告退職後に,JAXAの「高精度測位実験用受信機およ びアンテナの調達(その2)」の一般競争入札において,原告在籍中に取得20 した営業秘密1をニコン・トリンブルに提供したため,同社が同入札案件を 落札したと主張する。
しかし,被告が同入札案件に関与したことをうかがわせる客観的な証拠は なく,また被告が営業秘密1をニコン・トリンブルに開示したと認めるに足 りる証拠もない。さらに,当該入札の開札日は平成26年9月1日に入社し25 てから5日目であることに照らしても,被告が同案件に関与し,営業秘密1 をニコン・トリンブルに開示したとは考え難い。
24 したがって,営業秘密1が不競法2条6項の「営業秘密」に該当するかど うかを検討するまでもなく,原告の主張は理由がない。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい て 5 上記(1)のとおり,被告が上記入札案件に関与し,又は営業秘密1その他 の秘密情報を不正に開示したとは認められないので,被告が本件秘密保持契 約及び本件競業避止義務契約上の義務に違反したとは認められない。
(3) 不法行為の有無について 上記(1)及び(2)のとおり,被告が上記入札案件に関与し,営業秘密1を開10 示し,又は本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約に違反したとは認め られないので,被告が不法行為責任を負うとの原告主張についても理由がな い。
5 争点5(退職後案件2についての不正競争行為,債務不履行又は不法行為の 有無)について15 (1) 不正競争行為の有無について 原告は,土木研究所の「カート型GPRシステム取付用RTK-GNSS 測位システム試作」に関する競争入札に際し,被告がニコン・トリンブルの 関連会社であるトリンブル茨城に営業秘密2を開示したため,同社が同入札 案件を落札したと主張する。また,原告は,被告が平成27年1月にトリン20 ブル茨城の担当者とともに土木研究所を訪れ,「以前,原告に在籍していた ため価格を知っている」との発言をしたと主張する。
しかし,被告が,トリンブル茨城に対し,営業秘密2を開示したことをう かがわせる客観的な証拠はなく,上記入札の入札価格についても,トリンブ ル茨城の価格(363万4000円)と原告の価格(437万5000円)25 には相当程度の乖離があり,トリンブル茨城が原告の入札価格を予め認識し て入札したとは考え難い。さらに,原告代表者は,土木研究所の担当者から 25 被告が同研究所を訪れた際に上記発言をしたと聞いたと供述するが,同供述 は伝聞にすぎず,これを裏付ける客観的な証拠は存在しない。
したがって,被告が,ニコン・トリンブル又はトリンブル茨城に対し,営 業秘密2を開示したとは認められないので,同営業秘密が不競法2条6項の 5 「営業秘密」に該当するかどうかを検討するまでもなく,原告の主張は理由 がない。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい て 上記(1)のとおり,被告が,土木研究所による上記入札案件に関し,トリ10 ンブル茨城の担当者とともに同研究所を訪れたとの事実は認められるが,そ の際のやりとりは明らかではなく,被告が本件競業避止義務契約に違反する 営業行為等を行ったと認めるに足りる証拠はない。また,被告が,ニコン・ トリンブル又はトリンブル茨城に対し,営業秘密2を開示したとは認められ ないことは上記のとおりであり,他に被告が原告の秘密情報を不正に使用し15 たと認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告が本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の義務 に違反したとは認められない。
(3) 不法行為の有無について 上記(1)及び(2)のとおり,被告が上記入札案件に関与し,営業秘密2を開20 示し,又は本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約に違反したとは認め られないので,被告が不法行為責任を負うとの原告主張についても理由がな い。
6 争点6(退職後案件3についての不正競争行為,債務不履行又は不法行為の 有無)について25 (1) 不正競争行為の有無について 原告は,被告がニコン・トリンブルに対して営業秘密3を開示し,又は同 26 者の担当者としてコマツに対し退職後案件3に関する営業を行った結果,原 告が当初の見積額よりも200万円以上の値引きをしてコマツと契約せざる を得なくなったと主張する。
しかし,原告がコマツとの間で退職後案件3における契約を締結するより 5 以前に同社の担当者としてコマツに対し退職後案件3に関する営業をしたこ とをうかがわせる客観的な証拠はなく,また被告が営業秘密3をニコン・ト リンブルに開示したと認めるに足りる証拠もない。
この点,原告は,コマツの担当者から「被告からGNSS受信機について の見積の提示があったため,原告から提示された見積金額を検討したい。」10 との連絡を受けたと主張するが,被告がそのような見積の提示をしたことを 裏付ける証拠はない。
また,原告は,被告が原告在籍中に「JAVAD社製GNSS受信機DE LTA-3」の販売交渉をしていたことから,原告の提示額及びコマツの購 入希望価格を認識していたと主張するが,同事実から,被告がコマツに対し15 て営業行為を行ったとの事実が推認されるものではない。
したがって,被告が,ニコン・トリンブルに対し営業秘密3を開示したと は認められないので,同営業秘密が不競法2条6項の「営業秘密」に該当す るかどうかを検討するまでもなく,原告の主張は理由がない。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい20 て 上記(1)のとおり,被告が退職後案件3に関与し,又は営業秘密3その他 の秘密情報を不正に開示したとは認められないので,被告が本件秘密保持契 約及び本件競業避止義務契約上の義務に違反したとは認められない。
(3) 不法行為の有無について25 上記(1)及び(2)のとおり,被告が上記案件に関与し,営業秘密3を開示し, 又は本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約に違反したとは認められな 27 いので,被告が不法行為責任を負うとの原告主張についても理由がない。
7 争点7(退職後案件4についての不正競争行為,債務不履行又は不法行為の 有無)について (1) 不正競争行為の有無について 5 原告は,JAXAが平成27年初めに行った「平成26年度準天頂衛星シ ステム地上モニタ局受信機の更新」に関する一般競争入札に関し,被告が営 業秘密4をニコン・トリンブルに開示したため,ニコン・トリンブルがこれ を落札したと主張する。
しかし,被告が同入札案件に関与したことをうかがわせる客観的な証拠は10 なく,また被告が営業秘密4をニコン・トリンブルに開示したと認めるに足 りる証拠もない。さらに,上記入札の入札価格についても,ニコン・トリン ブルの価格(2725万円)と原告の価格(1900万円)には相当程度の 乖離があり,ニコン・トリンブルが原告の入札価格を予め認識して入札した とは考え難い。
15 原告は,退職後案件4のような機能追加の入札の場合には,通常,受信機 内部のソフトウェアを書き換えるのみで対応することができるため,納入業 者以外の業者が入札に参加することはないにもかかわらず,ニコン・トリン ブルが入札したのは,被告が営業秘密4を開示したからであると主張する。
しかし,上記入札に際して公示される仕様書(甲26の2頁)をみれば,20 ソフトウェアの書換えの他にハードウェアの交換が必要となることは認識し 得るのであるから,納入者以外の業者が入札に参加することもあり得るとい うべきであり,原告の上記主張は理由がない。
したがって,被告が,ニコン・トリンブルに対し営業秘密4を開示したと は認められないので,同営業秘密が不競法2条6項の「営業秘密」に該当す25 るかどうかを検討するまでもなく,原告の主張は理由がない。
(2) 本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約上の債務不履行の有無につい 28 て 上記(1)のとおり,被告が退職後案件4に関与し,又は営業秘密4その他 の秘密情報を不正に開示したとは認められないので,被告が本件秘密保持契 約及び本件競業避止義務契約上の義務に違反したとは認められない。
5 (3) 不法行為の有無について 上記(1)及び(2)のとおり,被告が上記入札案件に関与し,営業秘密4を開 示し,又は本件秘密保持契約及び本件競業避止義務契約に違反したとは認め られないので,被告が不法行為責任を負うとの原告主張についても理由がな い。
10 8 結論 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも 理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
29 30 別紙営業秘密目録1原告が平成26年8月29日までに海外メーカーから収集した受信機及びアンテナの仕入価格・販売価格に関する情報2原告が平成26年8月29日までに土木研究所に提案していた測位システムの構成情報及び海外メーカーから収集したシステム試作に必要な機器の仕入価格・販売価格に関する情報3原告が平成26年8月29日までに株式会社小松製作所から収集した「JAVAD社製GNSS受信機DELTA-3」の購入希望価格4原告が平成22年12月及び平成23年3月に宇宙航空研究開発機構JAXAに対し納入した「準天頂衛星システム地上モニタ局受信機」の仕様及び平成26年8月29日までになされた同受信機の仕様変更に関する情報31
裁判長裁判官 佐藤達文
裁判官 三井大有
裁判官 遠山敦士
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