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事件 |
平成
31年
(ネ)
10023号
不正競争行為差止請求控訴事件
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控訴人 ナップエンタープライズ株式会社 同訴訟代理人弁護士 森部節夫 中川雅之 永長寿美子 被控訴人 株式会社エス・オー・ダブリュー 同訴訟代理人弁護士 高橋聖 大塚智倫 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2019/08/28 |
権利種別 | 不正競争 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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控訴の趣旨
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。 2 前項の部分に係る被控訴人の請求を棄却する。 |
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事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)
1 本件は,イヤホンに装着するイヤーパッドを控訴人(1審被告)から購入した上でイヤホンの製造,販売等を行っている被控訴人(1審原告)が,控訴人において,被控訴人による前記イヤホンの製造,販売等は控訴人の保有する本件特許権1及び本件意匠権(本件知的財産権)並びに本件特許権2を侵害するものである旨を,その開設するウェブサイト上に記事として掲載し,また,被控訴人の取引先に告知したこと(本件行為)は,不正競争防止法2条1項15号(平成30年法律第33号による改正後の2条1項21号)に定める不正競争行為に該当すると主張して,控訴人に対し,同法3条1項による差止請求権に基づき,本件行為の差止めを求めた事案である。 原審は,本件行為によって言及された権利に本件特許権2は含まれていないとした上,本件行為によって言及された控訴人の権利(本件知的財産権)は,控訴人が被告製品を譲渡したことにより既に消尽したので,被控訴人が本件知的財産権を侵害している旨の事実は虚偽であるとして,その事実の告知・流布の差止めを求める限度で,被控訴人の請求を認容した。 そこで,控訴人が,自己の敗訴部分を不服として本件控訴を提起した。 2 前提事実は,原判決の「事実及び理由」の第2の2に記載されたとおりであるから,これを引用する。 3 争点 ? 控訴人の告知し又は流布する事実は虚偽であるか(原審の争点2) ア 本件知的財産権の実施に係る許諾の有無(原審の争点2-1) イ 本件知的財産権に係る消尽の成否(原審の争点2-2) ? 差止請求の可否(原審の争点3) |
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争点に関する当事者の主張
1 原判決の引用 争点に関する当事者の主張は,後記2のとおり当審における追加主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の4に記載されたとおりであるから,これを引用する。 2 当審における追加主張(本件知的財産権に係る消尽の成否) 〔控訴人の主張〕 本件事実関係の下においては,消尽の根拠となる特許製品の「譲渡」がないから,本件知的財産権は消尽しない。 すなわち,消尽の理論とは,特許権者又は実施権者が特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品について特許権は既にその目的を達成したものとして消尽し,特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等に及ばないとするものである。 消尽の根拠となる特許製品の「譲渡」とは,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与するという特許法の目的の達成につながるものをいい,典型的には,権利者が特許製品を市場の流通に置くことをいう。 市場の流通に置かれたといえるか否かは,@権利者である特許製品の譲渡人が十分な対価を得ているか,A当該特許製品が転々流通することを権利者が想定していると認められるか,B権利者である特許製品の譲渡人と譲受人との関係,C特許製品の性質等を考慮して,個々の譲渡内容を精査して判断する必要がある。 本件において控訴人が被控訴人に対してイヤーパッドを譲渡したのは,イヤーパッドの評価信頼が著しく毀損されないよう,控訴人と被控訴人との間で連携を取りながら機材を開発し販売することを趣旨としており,このような譲渡は,特許製品を市場の流通に置くものではないから,消尽の根拠となる特許製品の「譲渡」には当たらない。 〔被控訴人の反論〕 控訴人の主張は争う。 特許権者が譲渡した特許製品の使用,譲渡に対し特許権を行使し得ないとの結論を導くための理論構成のうち,特許権者が黙示に実施許諾を行っているとする考え方によれば,特許権者の意思によって権利行使が認められる場合があり,相当でない。これとは異なり,消尽という理論構成では,特許権者の意思は問題とされない。 実質的に考えても,特許権者の意思や当事者間の契約によって消尽を否定することは,取引の安全を害するおそれが高いことから,許されない。 控訴人の主張は,譲渡当事者間の事情に基づいて消尽の成立を否定しようとするものであり,理由がない。 |
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当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の本件行為は虚偽の事実の告知又は流布に当たり,その差止めを求める被控訴人の請求には理由があるものと判断する。 その理由は,次のとおりである。 1 認定事実 前提事実(引用に係る原判決の「事実及び理由」の第2の2)に加え,証拠(甲5,6,12〜15,乙1の1,1の2,2,15)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の各事実を認めることができる。 ? 控訴人は,平成18年にナップコミュニケーションズ(当時の商号はナップ販売株式会社。以下「本件子会社」という。)を設立し,同社を通して被告製品(イヤーパッド。名称「インコア」)を販売していた。 ? 控訴人は,平成22年に,被控訴人の経済的支援を受けて経営の再建を図るため,被控訴人に対して本件子会社の株式を譲渡することにより,同社を被控訴人の子会社とするとともに,被控訴人の子会社となった本件子会社との間で,同年4月16日付けで本件実施許諾契約を締結した。同社の商号は,同年6月30日に現在のものに変更され,同社において本件特許権1に係る特許発明を実施して生産したイヤホンを販売することにより,被告製品の販売が図られた。 ? しかしながら,上記の企図は必ずしも成功せず,平成28年3月23日,控訴人と本件子会社との間で,インコアの販売を目的とした事業(以下「インコア事業」という。)について,本件覚書(甲5)が作成された。 本件覚書においては,被告製品の販売事業並びに控訴人と本件子会社との間の債権債務関係及び資本関係を整理すること(本件覚書第1条ないし第4条)と併せて,控訴人は,本件子会社に対し,(ア) 控訴人の保有するインコア及びイヤーパッドに係る一切の特許の使用を許諾し(第5条前段),その許諾に係る対価を請求せず(同条後段),(イ) 控訴人のイヤーパッドを使用した商品の開発及び販売を許諾するとともに,イヤーパッドの供給に協力し(第6条),(ウ) 供給されたイヤーパッド及び許諾された特許を使用して新型イヤホンマイクの開発を行うことをあらかじめ了解し,その商品開発について控訴人の承認等を必要としないことを確認し(第7条),(エ) 本件子会社によるインコア事業の整理・再編に伴い,同事業を本件子会社の関連会社(被控訴人の関連会社を含む。)に譲渡することがあるのを事前に確認して,異議を申し立てないものとし(第9条前段),(オ) 同事業の譲渡が実行された場合には,本件子会社は,譲渡先であるその関連会社に本覚書を承継させ,控訴人も,譲渡先である上記会社との間で本覚書の内容に基づき互いに誠実に取引を行うものとすること(同条後段)が合意されている。 ? その後,本件覚書に基づき,控訴人から本件子会社に対し,複数回にわたり,被告製品の納品がされ,本件子会社において,控訴人の供給するイヤーパッドを使用して原告製品(イヤホン。名称「アウロキャップ」)の開発がされ,その製造及び販売がされた。 ? 被控訴人は,同年11月15日付けで本件子会社から原告製品の製造販売に係る事業を譲り受け,同事業を継続した。 ? 被控訴人は,控訴人から被告製品(イヤーパッド)を購入し,原告製品であるイヤホン,無線機本体,原告製品を媒介するコネクターケーブル及びPTTスイッチボックスと併せて,それぞれ別個のチャック付ポリ袋に入れ,原告製品の保証書及び取扱説明書とともに一つの紙箱の中に封かんした上で販売している。 2 本件知的財産権の実施に係る許諾の有無について ? 前記1?のとおり,控訴人は,本件覚書により,本件子会社との間で,(ア)本件子会社に対し,控訴人の保有するインコア及びイヤーパッドに係る一切の特許の使用を許諾し(第5条前段),その許諾に係る対価を請求せず(同条後段),(イ)本件子会社に対し,控訴人のイヤーパッドを使用した商品の開発及び販売を許諾し,イヤーパッドの供給に協力する(第6条)旨合意したことが認められる。 また,前記1?のとおり,原告製品は,控訴人の供給するイヤーパッドを使用して本件子会社において開発された商品であるものと認められる。 そして,被控訴人は,前記1?のとおり,平成28年11月15日付けで原告製品の製造,販売に係る事業を本件子会社から譲り受け,同事業を継続したというのであり,このことは,本件覚書第9条において控訴人によりあらかじめ承諾されたものである。 そうすると,被控訴人は,本件覚書においてされた本件特許権1に係る特許発明の実施の許諾に基づいて原告製品を製造し販売していたものと認められる。 また,上記の実施許諾の趣旨が原告製品の製造販売にあることに照らせば,本件特許権1に係る特許発明の実施許諾の際に,本件意匠権についても黙示に許諾があったものと推認される。 以上によれば,被控訴人の原告製品の製造販売は,控訴人の許諾の範囲であり,控訴人の本件知的財産権を侵害していないというべきである。 ? 控訴人の主張について ア 控訴人は,本件覚書が,平成22年に控訴人と本件子会社との間で締結された本件実施許諾契約と一体のものとして,作成・合意されたものであると解した上,被控訴人は,同契約の第6条により,原告製品の開発,販売に関して控訴人に報告する義務を負っていたにもかかわらず,これを履行しないので,平成29年4月3日付けの文書(乙7)で催告をし,同月12日に控訴人代表者から本件子会社の代表者であるAに宛てて送信されたメール(乙6)により同契約を解除する旨の意思表示をし,その結果,本件覚書における許諾の合意も失効した旨主張する。 しかしながら,前記1で認定した事実関係に照らせば,本件覚書は,平成22年4月から平成28年3月までに生じた事情を踏まえた上,後の事業譲渡も視野に入れた上で,控訴人と本件子会社との間に新たな権利関係を設定するために作成されたものというべきであり,その合意の内容に照らしても,本件覚書が本件実施許諾契約と一体のものとして作成・合意されたものと解することは困難である。 以上の次第であるから,本件実施許諾契約を解除する旨の意思表示をしたことにより本件覚書における合意も失効した旨をいう控訴人の主張は,その前提を欠き,理由がない。 イ 控訴人は,本件覚書と本件実施許諾契約とが一体で,本件子会社又は被控訴人が同契約に基づく本件報告義務を負うものと認識していたことから,本件覚書に係る合意には要素の錯誤があるので無効であると主張し,また,法的拘束力のある契約としては本件実施許諾契約があるだけで,本件覚書に契約としての拘束力はないという認識の下に本件覚書に押印したものであり,相手方である本件子会社においてもこのような控訴人の真意を知っていたから,本件覚書に係る合意は心裡留保により無効であるとも主張する。 しかしながら,本件覚書による合意においては,当事者双方の意思表示が書面によってされている。控訴人のいう認識の内容は本件覚書の内容との関係では意思表示の動機に当たり,この動機が表示され,法律行為の要素になっているとは認められないから,錯誤無効の主張は理由がない。また,前記アで説示したところに照らせば,本件覚書の当事者双方において,本件覚書に契約としての拘束力はないとの認識があったとは認められないから,心裡留保による無効の主張も理由がない。 ? 小括 以上によれば,被控訴人の原告製品の製造販売は,控訴人の許諾の範囲であり,控訴人の本件知的財産権を侵害していない。 よって,本件行為において告知され,流布されている事実は,虚偽であると認められる。 3 本件知的財産権に係る消尽の成否について 念のため,消尽の成否についても検討を加える。 ? 特許権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し,又は貸し渡す行為等には及ばず,特許権者は,当該製品について特許権を行使することは許されないものと解される(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁,最高裁平成18年(受)第826号同19年11月8日第一小法廷判決・民集61巻8号2989頁参照)。このように解するのは,特許製品について譲渡を行う都度特許権者の許諾を要するとすると,市場における特許製品の円滑な流通が妨げられ,かえって特許権者自身の利益を害し,ひいては特許法1条所定の特許法の目的にも反することになる一方,特許権者は,特許発明の公開の代償を確保する機会が既に保障されているものということができ,特許権者から譲渡された特許製品について,特許権者がその流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないためである。そして,この趣旨は,意匠権についても当てはまるから,意匠権の消尽についてもこれと同様に解するのが相当である。 ? 前記1?のとおり,被控訴人は,本件知的財産権を有する控訴人から,本件知的財産権の実施品である被告製品(イヤーパッド)を購入し,これを,原告製品であるイヤホン,無線機本体,原告製品を媒介するコネクターケーブル及びPTTスイッチボックスと併せて,それぞれ別個のチャック付ポリ袋に入れ,原告製品の保証書及び取扱説明書とともに一つの紙箱の中に封かんした上で販売しているというのである。 このような事実関係に照らすと,被控訴人は,原告製品に被告製品を付属させて販売していたものであり,被告製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものとはいえず,控訴人から被控訴人に対する被告製品の譲渡によって,被告製品については本件知的財産権は消尽するものと解される。そうすると,控訴人においては,もはや被控訴人に対して本件知的財産権を行使することは許されないから,被控訴人において原告製品を製造等する行為は,控訴人の有する本件知的財産権を侵害するものではないというべきである。 ? 控訴人の主張について ア 控訴人は,消尽の根拠となる特許製品の「譲渡」とは,典型的には,権利者が特許製品を市場の流通に置くことをいい,特許製品が市場の流通に置かれたといえるか否かは,@権利者である特許製品の譲渡人が十分な対価を得ているか,A当該特許製品が転々流通することを権利者が想定していると認められるか,B権利者である特許製品の譲渡人と譲受人との関係,C特許製品の性質等を考慮して,個々の譲渡内容を精査して判断する必要があると主張する。そして,本件事実関係の下においては,特許製品が市場の流通に置かれたものではないので,消尽の根拠となる特許製品の「譲渡」がないと主張する。 しかしながら,特許権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合において消尽が認められ,特許権者は,当該製品について特許権を行使することは許されないものと解されることの根拠は,前記のとおり,第一義的には,特許製品について譲渡を行う都度特許権者の許諾を要するとすると,市場における特許製品の円滑な流通が妨げられ,かえって特許権者自身の利益を害し,ひいては特許法1条所定の特許法の目的にも反することになるということにある。そうだとすると,消尽の効果が生じるか否かを,第三者には知り得ない,譲渡人と譲受人間における事情に係らせることは,消尽を認める趣旨に沿わないものというべきである。控訴人の主張は理由がない。 イ なお,控訴人は,譲渡により消尽の効果が生じた場合であっても,譲渡に錯誤無効があり,又は解除がされたときは,消尽の効果は失われるとも主張し,本件がそのような場合に当たるとも主張する。 しかし,本件において控訴人が錯誤無効や解除を主張しているのは本件覚書についてであり,消尽の根拠となっている被告製品の譲渡についてではないから,消尽の効果を争う主張としては,それ自体失当というべきである。 ? 小括 以上によれば,被告製品の譲渡により本件知的財産権は消尽し,被控訴人は,控訴人の本件知的財産権を侵害していない。 よって,本件行為において告知され,流布されている事実は,虚偽であると認められる。 4 差止請求の可否について 差止請求の可否についての判断は,原判決の「事実及び理由」の第3の3に記載されたとおりであるから,これを引用する。 5 結論 以上の次第であるので,原告製品が本件知的財産権を侵害するとの事実は虚偽の事実に当たり,その告知又は流布することの差止めを求める被控訴人の請求には理由がある。 よって,被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 高部眞規子 |
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裁判官 | 小林康彦 |
裁判官 | 関根澄子 |