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事件 |
平成
30年
(ワ)
23860号
差止請求等事件
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5 原告ギネマム株式会社 同訴訟代理人弁護士 宮島繁成 同 早瀬靖恵 10 被告レネロファーマ株式会社 同訴訟代理人弁護士 永塚良知 同 永塚弘毅 15 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 20 1 被告は,別紙物件目録記載の製品を譲渡し,販売または販売のために展示し, 若しくは輸出してはならない。 2 被告は,別紙物件目録記載の製品を廃棄せよ。 3 被告は,別紙物件目録記載の製品を製造するために使用した成形用のプラスチ ック製の型を除却せよ。 25 4 被告は,原告に対し,金4594万9279円及びこれに対する平成31年3 月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 1第2 事案の概要 本件は,原告が,被告に対し, 被告が原告から示された別紙情報目録記載の 情報(以下「本件情報」という。)を使用して別紙物件目録記載の製品(以下「被 告製品」という。)を製造,販売等する行為が不正競争行為(不正競争防止法2条 5 1項7号)に当たると主張して,@不正競争防止法3条1項に基づき,被告製品 の製造,販売等の差止め,A同条2項に基づき,被告製品の廃棄及び被告製品を 製造するために使用した成形用のプラスチック製の型の除却,B同法4条に基づ き,損害賠償金4594万9279円及びこれに対する不正競争行為後の日であ る平成31年3月13日(訴えの変更申立書(追加的変更)送達日の翌日)から 10 支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,また,上 被告が被告製品の医療機器製造販売届をした行為が 原告と被告との間の秘密保持義務違反の債務不履行に当たる主張として,民法4 たると主張して,民法709条に基づき,上 15 ある。 1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣 旨により容易に認められる事実) 原告は,一般医療機器の製造,販売等を行う会社である。 被告は,医療機器,医療用具等の製造,販売等を行う会社である。 20 原告と被告は,平成27年10月8日,原告が被告に対して皮膚バリア粘着 プレートの製造を委託することなどを定めた製造委託契約(以下「本件契約」 という。)を締結した。本件契約の契約書第9条には,以下の記載がある。 (甲 1) 第9条(秘密保持義務)(以下「本件秘密保持義務」という。) 25 甲(判決注:原告)と乙(判決注:被告)は,事前に相手方の書面による承 諾を得なければ,次の情報を第三者に開示または漏洩してはならない。 2@ 本件契約及び個別契約の締結前に行われた交渉の段階において,図面・ 仕様書・資料・材料・型・設備・見積依頼・口頭の説明,その他により知 り得た相手方の技術上及び取引上の情報。 A 前項のほか,本件契約及び個別契約により知り得た相手方の技術上及び 5 取引上の情報 B 前項の規定は,次の各号に定める情報には適用しない。 1 相手方から知り得た時点で,既に保有している情報 2 独自に開発した情報 3 秘密保持義務を負うことはなく,第三者から正当に入手した情報 10 4 公知になった情報 原告は,平成27年11月17日,独立行政法人医薬品医療機器総合機構に 対し,皮膚バリア粘着プレート「マムズケア(Mom’s Care)」の一種 で,帝王切開用の「マムズケア 16(Mom’s Care 16)(以下 」 「原告製品」という。)について,医療機器製造販売届(以下「PMDA申請」 15 という。)をした。その際,医療機器製造販売届書が提出され,原告製品の説明 文書も添付されていた。(甲3,4) 被告は,平成27年12月28日,被告製品のPMDA申請をした。その際, 医療機器製造販売届書が提出され,被告製品の説明文書も添付されていた。 (甲 6) 20 原告は,平成28年1月18日,被告に対し,東レ・ダウコーニング社(以 下「訴外東レ」という。)が製造,販売する,別紙情報目録に粘着面の原材料と して記載されている「DOW CORNING MG7−9850 A剤・B 剤」(以下「本件東レ製品」という。 ( )を原告製品の粘着面に用いることを提案 した(甲20)。 25 原告と被告は,平成28年2月10日までに,原告製品について,原材料と して,粘着面に原告が支給する本件東レ製品を使用し,非粘着面に「Mom’ 3s シリコーン」を使用することを合意した。同日付けの「品質標準書/製品 標準書」には上記材料を使用することが記載されていた。(甲2) 原告製品は,皮膚に接する粘着性のあるシリコーン面と,粘着性のない面か らなる伸縮性に富んだシリコーンシートであり,帝王切開手術専用の皮膚バリ 5 ア粘着プレートである。原告製品は,帝王切開手術の手術痕に貼付することに より皮膚バリアとして外部からの刺激等を和らげるとともに,手術痕が瘢痕や ケロイドになるのを予防するものである。(甲2,3,5) 原告は,平成28年2月24日から現在に至るまで,原告製品を販売してい る。なお,原告製品の名称は,現在は「Lady Care 16(レディ ケ 10 ア 16)」となっている。 被告は,平成28年2月22日から同年6月20日までの間,本件契約に基 づいて原告製品を製造し,原告に納品したが,本件契約は,平成28年10月 8日に終了した。 被告は,遅くとも平成29年12月1日には,被告製品の販売を開始した。 15 被告製品は,粘着性のあるシリコーン面と粘着性のないシリコーン面からな る伸縮性のあるシリコーンシートで,切開手術,腹腔鏡手術の手術痕などの皮 膚部位を保護し,手術痕が肥厚性瘢痕やケロイドになるのを防止する皮膚バリ ア粘着プレートであり,その粘着面には本件東レ製品が用いられている(甲6, 9ないし11)。 20 2 争点 不正競争行為該当性(争点1) ア 本件情報が原告の「営業秘密」に該当するか(争点1−1) イ 被告が本件情報を図利・加害目的で使用したか(争点1−2) 秘密保持義務違反該当性(争点2) 25 保護義務違反該当性(争点3) 被告の各行為( )と損害との間の相当因果関係及びその額(争 4点4) 第3 争点に関する当事者の主張 1 本件情報が原告の「営業秘密」に該当するか(争点1−1) (原告の主張) 5 本件情報は,以下のとおり「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に該当す る。 秘密管理性 本件情報が記載された「品質標準書/製品標準書」の原本は,原告代表者と 経理部長のAのみが開錠することができる金庫に保管され,そのデータについ 10 ても,原告代表者と学術部長のBのパソコンにのみ格納され,他の者はアクセ スできない状態で保管されており,本件情報を知っていたのは上記3名と技術 管理責任者のCの合計4名のみである。また,原告は,原告製品を開発,製品 化するために平成27年9月16日に設立された従業員8名の新興の会社で あり,「品質標準書/製品標準書」に記載された本件情報が原告の営業秘密で 15 あることは,従業員全員が認識できる状態にあった。 よって,本件情報には秘密管理性がある。 非公知性 原告製品を市場で入手しても本件東レ製品を粘着面に用いていることまで 容易にわかるものではない。また,本件東レ製品は医療用に開発された特殊素 20 材の製品で,使用する場合には事前に使用目的,用途等を示して訴外東レに使 用申請をして許可を得ることが必要であり,市場に一般的に出回っている製品 ではない。また,平成27年以降の訴外東レの社内記録では,本件東レ製品を 使用したのは原告が最初であり,本件東レ製品を現在使用しているのは原告と 被告のみである。 25 よって,本件情報には非公知性がある。 有用性 5 原告製品の先行品として訴外株式会社富士薬品(以下「訴外富士薬品」とい う。)が販売する皮膚バリア粘着プレートであるエフシート(以下,単に「エフ シート」ということがある。 があるが, ) これは工業用シリコーンを医療用に転 用したものであり,アレルギーや身体への安全性の問題が残っていたのに対し, 5 原告製品は,医療用に開発された特殊素材のシリコーンである本件東レ製品を 粘着面に用いることにより,強い粘着力を有するとともにアレルギーや身体へ の安全性の問題をも解決したものである。したがって,本件情報は原告製品の 製造,販売等にとって必要かつ重要な情報である。 本件東レ製品は,医療用に開発された特殊素材の製品で,一般には販売され 10 ておらず,使用する場合には事前に使用目的,用途等を示した上で訴外東レに 使用申請をして許可を得ることが必要であり,医療品への使用用途以外には購 入することができないのであるから,汎用品であることをもって有用性は否定 されない。 よって,本件情報には有用性がある。 15 (被告の主張) 本件情報は,以下のとおり,「営業秘密」には該当しない。 秘密管理性 原告製品の粘着面に用いられている本件東レ製品は訴外東レが業者向けに 販売している汎用品であって,本件情報は秘密管理する情報に値しない。また, 20 本件情報は,原告製品を開発,製造,販売する過程で必要となるものであり, 原告が本件契約の終了後も原告製品の製造,販売を継続していることなどから すると,本件情報が原告の主張するような態様で管理されていたとは考え難い。 よって,本件情報には秘密管理性はない。 非公知性 25 遅くとも平成元年頃から皮膚保護剤としてシリコーンソフトスキン粘着剤 が傷痕の治療に用いられてきたところ,本件東レ製品は,切開手術の手術痕を 6保護するのに用いられる皮膚バリア粘着プレートの粘着面に用いることを想 定して開発されたシリコーンソフトスキンの一種であり,平成20年12月に 発行された業界誌においても紹介され,遅くともその頃には市販されていた。 また,訴外東レ自身が,自社のウェブサイトにおいて,本件東レ製品を,瘢痕 5 治療等に用いる皮膚接着剤として売り込んでいる。 よって,本件情報には非公知性はない。 有用性 原告製品に先行して販売された皮膚バリア粘着プレートであるエフシート の原材料としてシリコーンが用いられていることなどに照らせば,皮膚バリア 10 粘着プレートの原材料にシリコーンゲルを用いるというのは公知の情報であ る。また,本件東レ製品は,訴外東レが業者向けに販売している汎用品であり, 本件東レ製品を皮膚バリア粘着プレートの粘着面に用いるという本件情報が 公知の情報であることは?のとおりである。 よって,本件情報はありふれた技術情報に過ぎず,本件情報には有用性はな 15 い。 2 被告が本件情報を図利・加害目的で使用したか(争点1−2) 原告の主張 被告は,原告との間で製造委託契約を締結し,原告製品の開発,製造に関し て原告と種々の協議をしていたにも関わらず,帝王切開手術の手術痕の保護に 20 適したシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートという原告のアイデ ィアを模倣し,原告製品のPMDA申請から約1か月後に,原告に何らの説明 もなく被告製品のPMDA申請をしただけでなく,平成28年8月以降,本件 東レ製品を用いて原告製品と同じ形状・サイズの被告製品を製造,販売してい た。これらに照らすと,被告が「不正の利益を得る目的」 (不正競争防止法2条 25 1項7号)をもって本件情報を使用していることは明らかである。 被告の主張 7 被告製品にも本件東レ製品が用いられているものの,本件東レ製品は汎用品 であるし,本件東レ製品を皮膚バリア粘着プレートの粘着面に用いるというの は公知の情報である。また,被告製品のその余の原材料は原告製品の原材料と は異なっているし,原告製品は粘着面と非粘着面からなる二層構造で,自然乾 5 燥により製造されているのに対し,被告製品は,二層構造ではなく,温度管理 を行って製造されている。このように,被告製品は,原材料だけでなく,構造 や製造方法も原告製品とは異なっている。また,切開手術の手術痕の保護に適 した皮膚バリア粘着プレートの形状・サイズは,一般的な手術痕の大きさに依 存するから,原告製品と被告製品の形状・サイズがほぼ同じであったとしても, 10 これは被告の図利加害目的を推認させるものではない。 以上のとおり,被告は, 「不正の利益を得る目的」 (不正競争防止法2条1項 7号)をもって本件情報を使用していない。 3 秘密保持義務違反該当性(争点2) 原告の主張 15 被告は,本件秘密保持義務を負っていたにも関わらず,原告製品のPMDA 申請がされた約1か月後には,被告製品のPMDA申請をしており,その際に 提出された医療機器製造販売届書及び被告製品の説明文書には,@皮膚バリア 粘着プレートの原材料としてシリコーンを用いること,A製品の端部を丸みを 帯びた形状とすることなどが記載されていた。 20 被告がPMDA申請をした平成27年12月28日時点では,原告製品のよ うな端部を丸みを帯びた形状としたシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着 プレートは存在せず,かつ,この情報は,本件契約の締結前の交渉又は本件契 約の締結によって知り得た原告の技術上又は取引上の情報(本件契約の契約書 第9条@A)であり,被告が独自に開発した情報でもない。 25 したがって,原告から事前の承諾を得ることなくこれらの情報を開示した行 為,すなわち被告によるPMDA申請は,本件秘密保持義務に違反するもので 8ある。 被告の主張 原告は,原告製品の開発に当たり,エフシート類似の製品を製造,販売した いと要望し,原告製品の粘着面に用いる原材料として本件東レ製品を用いるこ 5 と及びその端部を丸みを帯びた形状とすることを指定したものの,原告製品の 開発は,基本的には被告が独自に開発した情報や公知の情報に基づいてなされ たものである。 まず,皮膚バリア粘着プレートの原材料としてシリコーンゲルを用いること はエフシートなどの先行商品において開示されていた公知の情報であるし,そ 10 の端部を丸みを帯びた形状とするという点も,広く使用されている皮膚保護剤 である絆創膏などと同様の形状であり,ありふれた情報である。そもそも,こ れらの情報は,販売によって自ずと明らかになるものであるし,原告製品の機 能に大きな影響を与えるものでもないから,原告製品の形状について原告が主 張する点は,本件契約の締結前の交渉又は本件契約の締結によって知り得た原 15 告の技術上及び取引上の情報(本件契約の契約書第9条@A)には当たらない。 なお,被告は,PMDAに申請にあたって上記情報が記載された文書を提出す ることについては原告の了解を得ている。 したがって,被告によるPMDA申請は,本件秘密保持義務に違反するもの ではない。 20 4 保護義務違反該当性(争点3) 原告の主張 被告は,原告との間で本件契約を締結したのであるから,信義則上,契約の 相手方たる原告の生命,身体,財産に害を与えないように注意する義務(保護 義務)を負っている。特に,製造委託契約においては,競業避止義務について 25 明示の約定がなくても,契約継続中に委託者から開示を受けた情報を無断で利 用し,委託者と同一ないし類似の製品を製造,販売することを認めれば製造委 9託契約などおよそ成り立たない。 被告は,帝王切開後の手術痕の保護に適したシリコーンゲルを用いた皮膚バ リア粘着プレートを開発,製造,販売し,その粘着面の原材料として本件東レ 製品を用いるという原告のアイディアだけでなく,原告代表者が原告設立以前 5 から独自に開発していた形状等をも模倣して被告製品を製造,販売したもので ある。すなわち,被告は,本件契約に基づいて原告製品の開発,製造,販売に 向けて原告との間で協議を重ねていたにも関わらず,原告に何らの説明をする ことなく,原告製品と同じく原材料にシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着 プレートである被告製品のPMDA申請をし,原告製品の粘着面の原材料とし 10 て原告が指定した本件東レ製品を被告製品の粘着面にも用いた上,製品本体の 形状・サイズだけでなく容器・資材の規格(容器の形状・サイズ,外箱のサイ ズ,付属の小ナイフの形状・サイズ,添付文書のサイズ・折り方)に至るまで 原告製品と同一の製品を被告製品として販売したほか,原告が被告に対して警 告書を送付した後も,端部の形状をわずかに変えて被告製品の販売を継続して 15 いる。また,被告は,原告の取引先に対し,原告製品と同じ製品であるかのよ うに装って被告製品を売り込むなどの行為にも及んでいる。 以上のとおり,被告が被告製品を製造,販売等する行為は,自由競争の範囲 を逸脱するものであり,信義則上の保護義務に違反するものである。 被告の主張 20 シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートを手術痕の保護に用いる こと,その粘着面の原材料として本件東レ製品を用いることは公知の情報であ るし,皮膚バリア粘着プレートを帝王切開手術の手術痕の保護に用いるという のも,本件契約以前から産婦人科で行われ,一般にも知られていた。また,被 告製品のその余の原材料,構造及び製造方法は原告製品のそれとは異なってお 25 り,被告は原告のアイディアを模倣などしていない。 被告製品の製品本体の形状・サイズは原告製品のそれと似ているものの,原 10 告製品の設計図は被告が作成したものであるし,手術痕を保護するための皮膚 バリア粘着プレートの大きさは一般的な手術痕の大きさに依存するのである から,両製品の大きさや形状が類似するのは当然であり,現に,両製品の形状・ サイズは他社の皮膚バリア粘着プレートのそれとも類似している。そもそも, 5 原告製品の製品本体の形状・サイズや容器・資材の規格は原告製品を入手すれ ば当然に明らかになる情報である。 その他,被告は被告製品のPMDA申請については原告の了解を得ているし, 原告製品かのように装って被告製品を売り込むこともしていない。 以上のとおり,被告は,先行商品に関する情報や公知の情報,自身の開発し 10 た情報に基づいて被告製品を製造,販売等しているに過ぎず,このような行為 は自由競争社会にあっては当然に許容されるものであるから,被告が被告製品 を製造,販売等する行為は保護義務に違反するものではない。 5 被告の各行為と損害との間の相当因果関係及びその額(争点4) 原告の主張 15 原告製品の販売は好調で,着実に売上げを伸ばしていたものの,被告が,原 告製品と混同させる手法で被告製品を販売して原告の取引先を奪ったことに より,平成30年以降の原告製品の売上げが減少した。これにより,原告は, 同年に限っても,少なくとも4594万9279円の損害を被った。 不正競争行為,保護義務違反と上記損害との間に因果関係が認められること 20 は明らかであるし,医療機器はPMDA申請をしなければ販売することはでき ないから,秘密保持義務違反と上記損害との間にも相当因果関係は認められる。 被告の主張 被告の主張は争う。自由競争社会では,売上げの減少は種々の要因で生じる のであり,被告製品以外にも原告製品の競合品は存在しているから,原告製品 25 の売上げの減少をもってその原因を被告製品の製造,販売に求めるのは論理に 飛躍があるし,特に,原告の主張する秘密保持義務違反と原告の主張する損害 11 との間に相当因果関係がないことは明らかである。 第4 当裁判所の判断 1 認定事実 上記第2の1の前提となる事実に加え,後掲の各証拠(枝番を付したものは各 5 枝番を含む)及び弁論の全趣旨によれば,本件に関し,次の事実が認められる。 原告製品と同様にシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートとして は,以下の製品がある。 ア 訴外スミス・アンド・ネフューウンド マネジメント株式会社は,平成 10年頃から, 「シカケア」という名称の皮膚バリア粘着プレートを製造,販 10 売している。シカケアは,外傷,熱傷,手術等の痕の赤くなった部位や盛り 上がった部位を保護することを目的とする粘着性のシリコーンゲルシート である。シカケアの形状は長方形で,傷痕の大きさに応じてハサミ等で切っ て使用するものであり,同社の作成した文書には,角を丸くした形でシカケ アを切って用いる方法が紹介されている。(乙3,24) 15 イ 訴外原沢製薬工業株式会社は,平成18年頃から,「プリマ傷あとジェル シート」という名称の皮膚バリア粘着プレートを製造,販売している。プリ マ傷あとジェルシートは,傷痕,火傷痕等の赤みや盛り上がりが残った部位 等を保護することを目的とする粘着性のシリコーンゲルシートであり,その 形状は長方形で,傷痕の大きさに応じてハサミ等で切って使用するものであ 20 る。(乙4,24) ウ 訴外富士薬品は,平成23年頃から,皮膚バリア粘着プレートであるエフ シートを製造,販売している。エフシートは,傷痕や火傷痕などに貼付する ことにより外部からの刺激を和らげる粘着性のシリコーンゲルシートであ り,その形状は長方形である。エフシートは,皮膚部位に接する粘着性を有 25 するシリコーン面と粘着性を有しないシリコーン面からなる(乙1,24) 帝王切開手術の手術痕が肥厚性瘢痕やケロイドになることやその予防法等 12 については,遅くとも平成23年12月頃には医学における研究の対象となり, 平成25年には,シリコーンゲルシートを用いて手術痕を保護するのが有用で あることが医学論文で指摘されていた。 また,前記 ウのエフシートは, 「楽天市場」において,商品名の後に「やけ 5ど 帝王切開傷あとに」などの説明を付して販売されていて,その商品の平 成24年,平成25年,平成26年にされた一般人によると考えられる複数の レビューにおいて,エフシートを帝王切開の傷痕に使用したことに基づく評価 等が記載されている。(甲35,36,乙12)。 原告は,平成27年7月16日,エフシートを持参して被告を訪問し,被告 10 に対し,エフシートと同様,シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレート で,帝王切開手術の手術痕の保護に適した製品の製造,販売を考えている旨を 告げた(甲3,5,29)。 原告と被告は,平成27年10月8日,皮膚バリア粘着プレートの製造委託 に係る本件契約を締結した。同日付けで作成された本件契約の契約書第9条に 15 は,以下の記載がある。(甲1) 第9条(秘密保持義務) 甲(判決注:原告)と乙(判決注:被告)は,事前に相手方の書面による承 諾を得なければ,次の情報を第三者に開示または漏洩してはならない。 @ 本件契約及び個別契約の締結前に行われた交渉の段階において,図面・ 20 仕様書・資料・材料・型・設備・見積依頼・口頭の説明,その他により知 り得た相手方の技術上及び取引上の情報。 A 前項のほか,本件契約及び個別契約により知り得た相手方の技術上及び 取引上の情報 B 前項の規定は,次の各号に定める情報には適用しない。 25 1 相手方から知り得た時点で,既に保有している情報 2 独自に開発した情報 13 3 秘密保持義務を負うことはなく,第三者から正当に入手した情報 4 公知になった情報 原告は,平成27年11月17日,原告製品のPMDA申請をした。その際 に提出された医療機器製造販売届書には原告製品の説明文書も添付されてお 5 り,上記各文書には,要旨以下のような記載があった。また,形状等として, 端部が丸みを帯びた細長い形状の製品の図が記載されていた。(甲3,4) ア 名称 一般的名称 皮膚バリア粘着プレート 販売名 マムズケア16(Mom‘sCare16) 10 イ原材料 シリコーン ウ 使用目的,効能又は効果 傷あとに貼付する事により皮膚バリアとして外部からの刺激等を和らげ ると共に傷あとの赤み,コラーゲンの盛り上がりを和らげる皮膚保護材です。 被告は,平成27年12月28日,被告製品のPMDA申請をした。その際 15 に提出された医療機器製造販売届書には被告製品の説明文書も添付されてお り,上記各文書には,要旨以下のような記載があった。また,製品の構造図と して,製品を上から見て,端部が丸みを帯びた細長型のものと丸型のものの図 が記載されていた。(甲6,10) ア 名称 20 一般的名称 皮膚バリア粘着プレート 販売名 レネロ皮膚バリアシート イ 原材料 構成名称 シリコーン なお,上記説明文書は,平成29年10月1日付けで改定された。改定後の 25 説明文書においては,被告製品の構造図として,製品を上から見て,端部が角 張った長方形の形状の図が記載されていた。(甲6,10,11) 14 原告は,平成28年1月18日,被告に対し,原告製品の粘着面の原材料と して本件東レ製品を用い,非粘着面の原材料として「信越化学 KE−195 0 A/B1:1」を用いることを提案した(甲20)。 これに対し,被告は,上記信越化学の製品は本件東レ製品と安定して粘着す 5 ることができないとして,被告が開発した「Mom’sシリコーン」を原告 製品の非粘着面の原材料に用いることを提案した。その後の原告と被告とのや りとりにおいて,被告は, 「Mom’s シリコーン」の仕様等について原告か ら情報提供を求められたが,被告は,その配合等の詳細は明らかにすることは できず,品質保証の取り決めをすることとしたいとして,これを拒否した。そ 10 の後,平成28年2月3日,原告と被告は,被告が製品標準書に定める製造方 法に従って製品を製造し,規格及び試験検査方法に適合した製品を原告に供給 するとした取決書を作成した。(乙7ないし9) 原告と被告は,平成28年2月10日までに,原告製品について,原材料と して,粘着面に原告が支給する本件東レ製品を使用し,非粘着面に「Mom’ 15 s シリコーン」を使用することを合意した。同日付けの「品質標準書/製品 標準書」には上記材料を使用することが記載されていた。(甲2) 本件東レ製品は,その用途及び製品特性等が平成20年12月15日に発行 された業界雑誌「コンバーテック」において紹介されており,また,その頃に は市販されていた。同雑誌には,以下の記載がある。(乙22,23) 20 「『シリコーンソフトスキン粘着剤』 (SSA:Silicone Soft Skin Adhesive)は,架橋シリコーンエラストマー技術に基づく 材料で,『タックゲル』や『シリコーンゲル』と呼ばれることが多い。」 「皮膚粘着用途におけるSSAのメリットは,皮膚を傷つけたり毛が抜ける ことなく剥がすことができることである。SSAのもう一つのメリットは,・ ・・ 25 皮膚の表面で角質細胞や脂質といった物質を吸収しやすいことである。SSA の粘着表面は比較的きれいな状態を保ち,簡単に剥がしたり同じ位置に張り付 15 け直したりすることができる。」 「SSAは, ・・・わずかな圧力で皮膚に素早く密着し,直接のクッション保 護材となる。この粘着技術は,20年以上にわたって傷の治療に広く用いられ, 創傷プロフェッショナルによって安全性および効率性が認められている。SS 5 Aは,以下のようなメリットを利用して,医療用粘着部材,テープ,絆創膏, 創傷被覆材,局所医薬型ドラッグデリバリーといった用途に使用できる。 ・・・ B敏感で傷ついた皮膚に対する優しい粘着力,C皮膚を剥がさない(剥がすと きに痛くない)・・・」 「現在,ダウコーニングでは,以下のようなSSA製品を上市しており,用 10 途に適したSSAを選択することができる。・『Dow ・・ Corning M G7−9850 Soft Skin Adhesive Parts A and B(判決注:本件東レ製品) 標準タイプのDow 』 Corning 7−9800SSAより強粘着タイプで,およそ2倍の粘着強度がある。医療 機器および創傷ケア用途における粘着剤の新しい市場要求に応えるために,よ 15 り高い粘着力とより長い装着時間を実現する新しいSSA技術を開発し た。・・・各製品の代表特性は表1の通り。」 訴外東レは,同社のウェブサイトにおいて,本件東レ製品について,以下の ように表示している。(乙21) ア APPLICATIONS 20 ダウコーニングMG7−9850ソフト皮膚接着剤(判決注:本件東レ製 品)・ ・ ・は,市販の包帯や瘢痕治療を含む,皮膚への付着を対象としている。 イ 供給体制 供給可能 ウ 供給可能地域 25 アジア太平洋地域 ラテンアメリカ 16 欧州 アフリカ&中東 北アメリカ 被告製品の粘着面には本件東レ製品が用いられている。 52 争点1(不正競争行為該当性) 上記認定事実(1 ,, )によれば,手術痕や傷痕を保護するためのシ リコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートが本件契約の数年以上前から 複数の会社から製造,販売されていたこと,シリコーンソフトスキン粘着剤の 粘着技術が遅くとも平成元年頃からは傷の治療に用いられていたこと,シリコ 10 ーンソフトスキン粘着剤である本件東レ製品が遅くとも平成20年12月頃 には販売され,同時期に発行された業界雑誌において製品の特性等も踏まえて 紹介されていたことのほか,訴外東レが,本件東レ製品について,瘢痕治療を 含む皮膚への付着を対象とする製品であること及び日本国内だけでなく海外 にも広く供給することが可能であることなどを自社のウェブサイトにおいて 15 紹介していることが認められる。 以上によれば,シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面に 本件東レ製品を用いることができるという情報は,平成27年7月までには, 広く知られていた情報であったといえる。本件東レ製品はそのような用途で用 いられる汎用品であるから,少なくとも,原告が,原告製品の製造等を依頼す 20 るためにエフシートを持参して被告を訪問した平成27年7月16日時点に おいて,シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面の材料とし て本件東レ製品を用いるという本件情報が非公知の情報であったとは認めら れない。 これに対し,原告は,本件東レ製品は医療用に開発された特殊素材の製品で, 25 医療品への使用用途以外にはメーカーに卸してもらえない製品であり,一般に 市場に出回っている原材料ではないと主張するが,本件東レ製品を使用するの 17 に一定の手続を要したとしてもそれは本件情報の非公知性に影響しない。また, 原告は,平成27年以降の訴外東レの社内記録では本件東レ製品を最初に使用 したのが原告であり,現在では原告と被告のみが本件東レ製品を使用している ことなども主張するが,仮にそうであったとしても, に照らして本件情 5 報の非公知性には影響しないというべきであるし,原告が根拠とする訴外東レ における記録は平成27年より前の本件東レ製品の使用状況を明らかにする ものではない。 以上のとおり,本件情報が「営業秘密」 (不正競争防止法2条6項)に該当す るとは認められないから,本件情報を用いて被告製品を製造,販売する行為は 10 不正競争行為(同条1項7号)には該当せず,同法に基づく原告の請求にはい ずれも理由がない。 3 争点2(秘密保持義務違反該当性) 原告は,被告が被告製品のPMDA申請に際してシリコーンゲルを用いた皮 膚バリア粘着プレートの端部を丸みを帯びた形状とするという情報を開示し 15 た行為が本件秘密保持義務違反に該当すると主張する。 しかし,皮膚バリア粘着プレートの原材料にシリコーンゲルを用いるという 情報が,本件契約前の交渉段階から既に公知の情報であったことは上記(第4 の1)認定のとおりである。また,その端部を丸みを帯びた形状とするという 点も,絆創膏などの代表的な皮膚保護剤や原告製品に先行して販売されていた 20 シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの形状からも明らかなよう に,その端部は角張った形状か丸みを帯びた形状の製品が多く(公知の事実及 び前記 ,シカケアの説明文書においても角を丸くした形でシカ ケアを切って手術痕等に貼付する方法が説明されていること(前記認定事実1 ア)などに照らすと,皮膚バリア粘着プレートの端部を丸みを帯びた形状と 25 するという情報は,本件契約前の交渉段階から既に公知の情報(本件契約の契 約書第9条Bの4)といえる。 18 そうすると,原告が指摘する情報は,いずれも「相手方の技術上及び取引上 の情報」(同契約書第9条@A)に該当するとは認められない。 以上のとおり,被告による被告製品のPMDA申請が秘密保持義務違反に該 当するとは認められないから,秘密保持義務違反を理由とする原告の損害賠償 5 請求には理由がない。 4 争点3(保護義務違反該当性) 被告は,帝王切開後の手術痕の保護に利用できるシリコーンゲルを用いた皮 膚バリア粘着プレートを開発,製造,販売し,その粘着面の原材料として本件 東レ製品を用いるという原告のアイディアだけでなく,原告代表者が原告設立 10 以前から独自に開発していた原告製品の形状・サイズのほか,容器・資材の規 格までも模倣して被告製品を製造,販売しただけでなく,原告と被告が本件契 約に基づいて原告製品の開発,製造,販売に向けて協議を重ねている最中にも 関わらず原告に何らの説明をすることなく被告製品のPMDA申請をし,さら に,原告の取引先に対して原告製品であるかのように装って被告製品を売り込 15 んでいることなどに照らすと,被告が被告製品を製造,販売等する行為は,信 義則上の保護義務に違反するものであると主張する。 しかし,シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートを切開手術の手術 痕の保護に用いること,その粘着面の原材料として本件東レ製品を用いること が本件契約前の交渉段階から既に公知の情報であったこと,被告による被告製 20 品のPMDA申請が秘密保持義務違反に該当しないことは上記(第4の2,3) のとおりである。また,帝王切開手術の手術痕の保護にシリコーンゲルシート を用いるというのも,原告がエフシートを持参して被告を訪問した平成27年 7月16日以前から,医学論文でも取り上げられ,一般人もシリコンゲルシー トであるエフシートをそのために使用していたのであり ,原告固 25 有のアイディアということができるものではない。また,原告製品のサイズ・ 形状が,他社の同種製品のそれと異なる特別のものであることを認めるに足り 19 る証拠はないし,原告製品のサイズ・形状や容器・資材の規格は原告製品の販 売によって自ずと明らかになる情報である。 他方,被告製品の粘着面には原告製品と同様に本件東レ製品が用いられてい るものの,その余の原材料,構造,製造方法において被告製品と原告製品が共 5 通ないし類似していると認めるに足りる証拠はないし,被告が原告製品である かのように装って原告の取引先に対して被告製品を売り込んだことを的確に 裏付ける証拠もない。 以上によれば,被告は,先行商品に関する情報も含めた公知の情報,自身の 開発した情報に基づいて被告製品を製造,販売等したということができるので 10 あって,被告の行為が信義則上の保護義務に違反するとは認められないから, 保護義務違反を理由とする原告の損害賠償請求には理由がない。 5 結論 以上のとおり,被告の行為は不正競争行為に該当せず,また,秘密保持義務違 反にも保護義務違反にも該当しないから,その余の点について判断するまでもな 15 く,原告の請求にはいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のと おり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 20 裁判長裁判官 柴田義明 裁判官 安岡美香子 25 裁判官 古川善敬 20 別紙 物件目録 レネロ皮膚バリアシート RUGFUS(ラグファス) 5 21 別紙 情報目録 シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面の原材料として以下の 5 製品を用いること。 東レ(株) DOW CORNING MG7−9850 A剤・B剤 22 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2020/03/19 |
権利種別 | 不正競争 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
事実及び理由 | |
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全容
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