関連ワード | 類似性(類似) / 差止請求(差止) / 過失 / 逸失利益 / 因果関係 / 権利濫用(権利の濫用) / 無形損害 / 弁護士費用 / 侵害 / 代理人 / 代表者 / 営業誹謗行為(2条1項14号) / 営業誹謗 / 虚偽の事実 / 損害賠償 / 損害額 / 営業上の信用 / |
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事件 |
平成
15年
(ワ)
8180号
損害賠償等請求事件
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原告 キタダ株式会社 訴訟代理人弁護士 阿部佳基 同 松留克明 同 和田信博 同 渡辺広己 同 中川豊 同 野中武 同 岩品信明 同 戸田智彦 被告 株式会社盛光 訴訟代理人弁護士 土岐敦司 同 卜部忠史 同 武井洋一 同 中島雪枝 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2004/03/31 |
権利種別 | 不正競争 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 被告は,原告に対し,金400万円及びこれに対する平成15年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は,原告に対し,金3411万9130円及びこれに対する平成15年4月23日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告に対し,別紙1記載の謝罪広告を,幅8センチメートル2段の大きさで日本経済新聞,朝日新聞,読売新聞及び毎日新聞の各全国紙朝刊並びに岩手日報の朝刊に各1回ずつ掲載せよ。 |
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事案の概要
原告は,被告に対して,原告が被告の有する実用新案権を侵害している旨の虚偽の内容を記載した書面を取引先に送付した被告の行為,及び原告に対して訴訟を提起した被告の行為が,不正競争行為及び不法行為に該当すると主張して,損害賠償等を求めた。 1 争いのない事実等 (1) 当事者 原告は,鞄などの加工,販売及び輸出入,建築工事並びにレストランの経営などを業とする株式会社である。 被告は,各種鞄の製造及び販売,不動産の賃貸などを業とする株式会社である。 (2) 被告の有する実用新案権 ア 被告は,次の実用新案権(以下,「本件実用新案権」といい,その考案を「本件考案」という。)を有している。 出願日 平成2年1月10日 登録日 平成7年10月3日 登録番号 実用新案登録第2082288号 実用新案登録請求の範囲 「上端に蓋体を有する前みごろ,および,前みごろと対をなす後みごろが,これらの底部にわたる底襠を介して互いに連続しており,かつ,前みごろ,後みごろ,底襠におけるそれぞれの両側端部に,二つの横襠の各両側端部,各下端部があてがわれてこれら前みごろ,後みごろ,底襠,両横襠の重なり合い部分が互いに逢着されているとともに,面状をなす横襠芯が,両横襠における少なくとも高さ方向中間部以下の箇所にそれぞれあてがわれて保持されている鞄において,前記両横襠芯が弾性材料からなり,これら横襠芯の下端部に,該各下端部の両側から中央向けて次第に凹入した切欠部がそれぞれ形成されていることを特徴とする鞄用横襠芯。」 イ 本件考案の構成要件は,次のとおりに分説することができる(以下,構成要件A,構成要件Bなどという。)。 A 上端に蓋体を有する前みごろ,および,前みごろと対をなす後みごろが,これらの底部にわたる底襠を介して互いに連続しており, B かつ,前みごろ,後みごろ,底襠におけるそれぞれの両側端部に,二つの横襠の各両側端部,各下端部があてがわれてこれら前みごろ,後みごろ,底襠,両横襠の重なり合い部分が互いに逢着されているとともに, C 面状をなす横襠芯が,両横襠における少なくとも高さ方向中間部以下の箇所にそれぞれあてがわれて保持されている鞄において, D 前記両横襠芯が弾性材料からなり, E これら横襠芯の下端部に,該各下端部の両側から中央向けて次第に凹入した切欠部がそれぞれ形成されている F ことを特徴とする鞄用横襠芯。 (3) 原告による背負い鞄の販売 原告は,平成12年から13年にかけて,訴外株式会社北斗(以下「北斗」という。)が中国で製造した商品名「ECHORCLUB」の付された背負い鞄(以下「ECHORCLUB」という。)を仕入れて国内で販売していた(甲3,10)。 (4) 被告による前件訴訟の提起等 ア 被告(前訴原告)は,平成13年10月11日,東京地方裁判所に対し,原告及び北斗を相手方として,ECHORCLUBを製造販売する原告らの行為が本件実用新案権の侵害に当たると主張して,ECHORCLUBの製造販売等の差止め及び廃棄並びに損害賠償を求めて訴えを提起した(当庁平成13年(ワ)第21623号,以下「前件訴訟」という。)。 イ 原告(前訴被告)は,ECHORCLUBが本件考案の構成要件Dを充足するとの点を否認し(その余の構成要件を充足することは認めた。),また,本件実用新案登録には明らかな無効理由が存在するから,被告(前訴原告)の請求は権利の濫用に当たり許されない旨の抗弁を主張した。すなわち,原告は,本件実用新案登録には,実用新案登録出願(以下「本件出願」という。)が冒認出願であること,及び原告及び被告が本件出願前に本件考案を公然と実施していたとの無効理由を主張した。(甲10,12,14) ウ 原告(前訴被告)は,公然実施を立証するため,本件出願前に販売された実施品として,2つの中学生向け通学用背負い鞄を検証物(前件訴訟の検乙2,3)として提出した(検甲1,2。以下,順次「K鞄」,「H鞄」といい,まとめて「K鞄等」という。)。 エ 被告は,前件訴訟の平成14年11月20日の第2回口頭弁論期日において,請求を放棄し,これにより前件訴訟は終了した。 (5) 被告の告知行為 被告は,平成13年1月18日,原告の取引先である東北オザキ株式会社,イトウ鞄靴店,株式会社同友,北斗,株式会社岩手県教育公社及び株式会社宮城県学校用品協会(以下,これらを併せて「原告取引先6社」という。)に対し,「登録第2082288号実用新案登権のお知らせ」と題する書面(以下「本件お知らせ」という。)を郵送し(甲28ないし31,乙28),その数日後ころ,同書面は上記各社に配達された。 2 争点 (1) 被告による前件訴訟の提起・追行は不法行為に該当するか。 (2) 被告による本件お知らせの送付は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為又は民法709条の不法行為に該当するか。また,本件お知らせの送付以外に,被告は上記不正競争行為又は不法行為に該当する行為を行ったか。 (3) 原告の損害額はいくらか。 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)について (原告の主張) (1) 本件実用新案登録の無効理由の存在の明白性 ア 出願前公然実施 原告は,昭和59年ころ本件考案を実施した製品であるウォーキーを企画・開発・設計し,これを被告に製造させて自ら販売していた。 一方,被告が本件出願をしたのは平成2年1月10日である。 このように,本件実用新案権は,その出願前から公然と実施されていたから,無効理由が存在することが明らかである(実用新案法3条1項2号)。 イ 冒認出願 本件考案は,昭和59年5月ころ,原告の取引先であったO商店のOが,黒石野中学校からウォーキーの使用により学生服が擦り切れるとのクレームが寄せられたことを契機に考案した。原告は,Oの本件考案を採用し,昭和60年度の新入生が使用するウォーキーから横襠芯に山形状の切欠を入れることとし,被告に対し,その旨を指示してウォーキーの製造を委託した。ところが,被告は,原告に無断で本件出願をした。 したがって,本件出願は冒認出願であるから,本件実用新案権には明らかな無効理由がある(実用新案法37条1項5号)。 (2) 被告による前件訴訟の提起・追行の違法性 ア 被告による訴訟提起 平成12年9月ころ,原告と被告の取引関係は解消された。その後間もなくして,被告は,原告に対し,ECHORCLUBの製造販売が本件実用新案権の侵害に当たるとして,ECHORCLUBの製造販売の中止を求めた。 これに対し,原告は,本件実用新案権には冒認出願及び公然実施の無効理由があり,公然実施を裏付ける複数の鞄を入手している旨回答するとともに,徒に法的手段に訴えて無用な訴訟を提起しないよう強く要請し,「包括的な紛争解決のために話し合う用意がある」ことを伝えた。それにもかかわらず,被告は,前件訴訟を提起した。 イ 被告による訴訟遅延行為 原告は,前件訴訟において,本件実用新案権に公然実施による無効理由があることの証拠としてK鞄(Kが昭和60年4月に使用していた鞄)等を提出した。 被告は,K鞄等について,何ら客観的な根拠がないにもかかわらず,K鞄の横襠芯に切欠を施して,証拠を捏造したかのような主張を繰り返した。 また,被告は,平成14年7月2日の第4回弁論準備手続期日において,原告の無効理由に関する主張に反論する旨述べて,同年9月10日の第5回弁論準備手続期日までに反論を約束したが,同期日までに十分な反論を行わず,さらに再度反論のための準備を求めた。結局,被告は同年10月29日の第6回弁論準備手続期日にも十分な反論を行わず,前記第4回弁論準備手続期日からおよそ4か月もの間,訴訟の進行を徒に遅延させた。 エ 被告による請求の放棄 被告は,平成14年11月20日の第2回口頭弁論期日において,訴えの取下げを申し立てたが,原告がこれに同意しなかったため,請求を放棄した。 前件訴訟の審理の経緯からすれば,被告は,請求棄却の敗訴判決が下されることを予期して訴えの取下げを申し立て,原告がこれに同意しなかったため,敗訴判決が下されることを避けるために請求を放棄したことは明らかであり,実質的に前件訴訟において被告の請求を棄却する判決が下されたに等しい。 オ 前件訴訟の違法性 (ア) 訴訟の提起・追行が違法となるのは,「当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるとき」(最高裁昭和63年1月26日判決民集42巻1号1頁)である。 (イ) 前記(1)のとおり,本件実用新案権には冒認出願及び公然実施の明らかな無効理由があり,前件訴訟における被告の本件実用新案権侵害の主張には事実的根拠及び法律的根拠が欠けていた。 また,被告は,原告から指示されて本件考案に係るウォーキーを製造してきたのであるから,本件実用新案権に冒認出願及び公然実施の無効理由が存することを熟知していた。 (ウ) 以上の事情に加え,前記ア,イのとおり,被告は前件訴訟の提起を強行し,さらに,不当抗争及び訴訟遅延行為を行ったことに鑑みれば,被告による前件訴訟の提起及び追行は,応訴者である原告に不当な負担を強いるものであり,前件訴訟の提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものである。 したがって,被告による前件訴訟の提起及び追行は違法である。 (被告の反論) (1) 本件実用新案登録の無効理由の不存在 ア 本件考案の考案者 本件考案は,平成元年ころ,被告の代表者であるMにより考案されたものであるから,本件出願は冒認出願ではない。 イ 本件考案の実施時期 K鞄等の横襠芯に山形状の切欠があることは認める。しかし,K鞄と本件考案とは同一でない。 被告は,平成2年1月10日以前に,本件考案を実施したウォーキーを製造販売していない。 (2) 前件訴訟の提起・追行の適法性 ア 本件実用新案登録には,無効理由はないから,前件訴訟の提起・追行は適法である。 イ 仮に,本件実用新案登録に無効理由があるとした場合であっても,被告の故意過失は否定されるべきである。すなわち,被告は原告との取引解消後も全体としての売上げは好調であり,原告に嫌がらせのための訴訟を提起する理由はない。 被告が,本件実用新案登録に無効理由があることを知っていれば,訴訟を提起するはずがなく,無効理由の存在を知りながら訴訟を提起したということはない。 被告は,本件実用新案権の無効理由の存否について,社内調査は行ったが,10年以上も前の昭和60年ころから出願前の平成元年までの製品については在庫もなく,平成2年より前の製品に本件考案を採用した横襠芯を使用していたことを証言する社員もいなかった。したがって,被告が無効理由の存在を知り得べき事情はなかった。 ウ 原告と被告の間には,前件訴訟提起前約2年にわたり,取引先や返品交換を巡っての激しいやり取りがあり,互いに不信感が強く,当事者同士の話し合いで物事を解決できる状況にはなかった。このような場合に公平な第三者の判断を仰ぐ裁判手続の場で紛争を解決するため被告が前件訴訟の提起を行うことは,「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」ものではない。 また,前件訴訟において被告が行った訴訟活動は,すべて正当な訴訟行為の範囲内であり,「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」と評価されるものではない。 エ 以上のとおり,被告の前件訴訟の提起・追行に違法はない。 2 争点(2)について (原告の主張) (1) 実用新案権侵害に係る虚偽事実の告知行為(営業誹謗行為)について ア 被告の告知行為 (ア) 被告は,平成13年1月,原告取引先6社に対し,本件お知らせを送付したが,本件お知らせには,本件実用新案権の公報が添付された上,本件実用新案権を侵害する製品が多数流通していること,本件実用新案権を侵害する製品を販売などした場合には実用新案権の侵害行為となることなどが記載されていた。本件お知らせには原告の名称は明記されていなかったが,原告と被告との取引関係などから,原告取引先6社は,本件実用新案権を侵害すると指摘された製品が原告のECHORCLUBを指すと理解したことは明らかである。 (イ) 被告は,その他の原告の取引先に対して,電話により,本件お知らせと同じ内容の事実を告知した。また,被告は,平成13年1月ころ,原告の取引先である「さくらい鞄店」及び「靴のねだ」に対して,電話により,原告の販売するウォーキーは被告の本件実用新案権を使用した製品であること,被告以外の他社が本件実用新案権を使用した鞄を販売した場合には本件実用新案権を侵害することになること,原告から鞄を仕入れて販売する際には本件実用新案権を侵害するおそれがあるため注意が必要であること等を告げた。 イ 本件お知らせの内容の虚偽性 前記1の原告の主張(1)のとおり,本件実用新案権には明白な無効原因が存在するから,ECHORCLUBを製造販売する原告の行為は,本件実用新案権を侵害することはない。前記アのとおり,被告が原告の取引先に告知した本件お知らせ等は虚偽の事実を内容とするものであり,原告の営業上の信用を害する。 (被告の反論) (1) 無効理由の不存在 前記1の被告の反論(1)のとおりである。 (2) 被告の告知行為の正当性 原告は,被告との取引を解消した後,原告を介さずに被告との直接取引を決め,原告との取引解消を申し出た取引先に対し,被告の製品が不正競争防止法に反する製品であるとの内容虚偽の警告文書を送付し,被告の信用を毀損した。本件お知らせは,原告の上記行為に対する反論として,被告の製品が不正競争防止法に反するものではなく,被告が実用新案権を有することを通知するために送付したものであり,被告の告知行為は権利者として自己の権利を守るための正当な行為である。 (3) 本件お知らせの内容の真実性 本件お知らせは,現に登録されている実用新案公報の正確な写しを添付し,その登録権利者が被告である事実を記載しており,内容において真実に反する事実はない。また,実用新案権を侵害する商品を業として製造販売等することが権利侵害であるとの記載についても法律解釈として当然のことであり,事実に反する点はない。仮に,本件実用新案権に無効理由があると認定された場合でも,現に実用新案登録が無効となっていない以上,記載内容が真実であることは変わらない。 (4) 小括 本件お知らせを送付した被告の行為は,実用新案権を有する者が自己の権利を守るために当然認められるべき行為であり,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為ないし不法行為には当たらない。 3 争点(3)について (原告の主張) (1) 逸失利益 1500万円 原告は,被告の営業誹謗行為により多数の取引先を失い,原告の鞄の販売数は大幅に減少した。平成13年以降に原告が被告に奪取された取引先の販売店は36店,学校数は約70校に及び,鞄の販売個数は平成13年から15年の3年間で合計1万4316個減少した(甲45「盛光に奪取されたキタダの取引先一覧表」のとおり)。 原告の鞄は,1個当たり平均5000円を超える価格で取引先に販売されており,原告の純利益率は30パーセントを下らない。したがって,原告の逸失利益は少なくとも2147万4000円となる。本件では,このうち1500万円を請求する。 5,000円×14,316個×30%=21,474,000円 (2) 被告との交渉及び前件訴訟への対応により被った損害 合計428万9130円 ア 原告代表者が打合せに参加したことに伴う損害 360万円 原告代表者のX(以下,「X社長」という場合がある。)は,被告の不当訴訟及び営業誹謗行為により,前件訴訟前の被告との交渉及び前件訴訟の対応のため,原告訴訟代理人弁護士らと少なくとも合計20回の打合せを余儀なくされた。 そして,原告本社所在地の岩手県盛岡市から原告訴訟代理人弁護士の事務所所在地である東京都千代田区までの移動に片道約3時間30分,往復約7時間を費やし,一回当たりの打合せに約2時間を費やしたから,X社長は,一回の打合せに合計約9時間費やし,その間,原告の通常の業務が妨げられた。これにより原告が被った損害は少なくとも1時間当たり2万円を下ることはない。 したがって,X社長が会議に参加したことによる原告の損害は,360万円となる。 9時間×20回×20,000円=3,600,000円 イ 交通費 56万1600円 原告本社所在地の岩手県盛岡市から原告訴訟代理人弁護士の事務所所在地である東京都千代田区までの交通費(新幹線利用)は,往復2万8080円(片道1万4040円)である。X社長は,打合せに少なくとも20回出席したから,原告は,交通費分の合計56万1600円(2万8080円×20回)の損害を被った。 ウ 証拠調査費用に関する損害 12万7530円 原告は,前件訴訟において公然実施の証拠となるK鞄等を発見し,証拠として提出したが,そのために原告の従業員6人が鞄の調査に当たり,1日当たり約3時間,26日間,延べ78時間費やした後ようやくK鞄等を発見できた。原告の従業員は鞄発見のために費やした時間,通常の業務ができなかったから,この時間の給与相当額は原告の損害となる。 従業員数10名ないし99名の企業における労働者の平均給与は,28万7700円であり,月間22日出勤し,1日当たり8時間就業し,月間176時間就業したとすると,1時間当たりの給与は約1635円となる。したがって,鞄発見のために原告が被った損害は金12万7530円(1635円×78時間)となる。 エ 小括 以上のとおり,前件訴訟前の被告との交渉及び前件訴訟への対応により原告が被った損害は,合計金428万9130円となる。 (3) 無形損害 500万円 原告は,昭和36年の創業以来,長年にわたって地道に鞄の改良を重ねるなどした結果,鞄の販売を中心をして順調に業績を伸ばし,鞄業界で高い信頼を得てきた。また,最近ではリサイクル繊維を使用した我が国で唯一の鞄であるECHORCLUBを販売し,好調な売れ行きを博してさらなる発展を遂げることが見込まれていた。原告は被告の不当訴訟及び営業誹謗行為により,営業上の信用を著しく毀損された。 原告が被った信用毀損による無形損害は,500万円を下らない。 (4) 弁護士費用・弁理士費用 合計983万円 ア 前件訴訟提起前の交渉段階 50万円 原告は,前件訴訟の提訴前から被告と書面による交渉を行い,弁護士又は弁理士に相手方への法的対応や信用毀損の防止策,信用回復の方策など多岐にわたる法的検討を委任していた。これによる弁護士費用相当額の損害は50万円を下らない。 イ 前件訴訟における弁護士費用 340万円 原告は,前件訴訟の応訴・追行を弁護士に委任したが,これにより原告の被った弁護士費用相当額の損害は340万円を下らない。 ウ 前件訴訟における弁理士費用 125万円 原告は,前件訴訟に応訴するため弁理士を補佐人として選任し,前件訴訟の追行を委任したが,これにより原告の被った弁理士費用相当額の損害は125万円を下らない。 エ 本訴提起の弁護士費用 468万円 原告は,本訴の提起・追行を原告代理人に委任したが,これにより原告の被った弁護士費用相当額の損害は468万円を下らない。 オ 合計 以上のとおり,原告の弁護士費用及び弁理士費用相当額の損害は合計983万円を下らない。 (5) 謝罪広告の必要性 被告による不当訴訟及び営業誹謗行為により,原告の取引先や学校関係者に対する営業上の信用は失墜し,現在も十分に回復していない。 前記のとおり,被告の営業誹謗行為及び前件訴訟の提起が悪質であること,請求の放棄によって前件訴訟が終了したため,原告の営業上の信用が十分に回復していないことに鑑みれば,金銭賠償による損害回復のみでは不十分であり,別紙1記載の謝罪広告を行うことにより,原告の営業上の信用を回復する必要性が認められる。 (被告の認否) 原告の主張を争う。 |
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当裁判所の判断
1 被告による前件訴訟の提起・追行の違法性 原告によるECHORCLUBの製造販売が本件実用新案権の侵害となると主張して前件訴訟を提起・追行した被告の行為が不法行為に当たるか否かについて検討する。 (1) 事実認定 前記争いのない事実等に証拠(甲16,17,21ないし27,乙63,検甲1,2。なお,甲16及び17は,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める。)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 ア 前件訴訟提起前の経緯 被告は原告に対し,平成13年1月11日付けの内容証明郵便により,原告によるECHORCLUBの販売が本件実用新案権の侵害となるとして,直ちに侵害行為を中止するように求める通知書を送付した(甲21)。 これに対し,原告は,平成13年1月29日付け回答書により,ECHORCLUBは本件考案の技術的範囲に属しない旨回答し,これ以降,平成13年6月6日付けの原告の被告に対する通知書(甲27)に至るまで,上記実用新案権侵害の成否等に関して双方が書面による主張・反論を行った。 この間,原告は,平成13年3月9日付け回答書(甲24),同年4月24日付け回答書(甲26)において,本件実用新案登録には公然実施及び冒認出願による無効理由がある旨を指摘し,さらに公然実施の裏付けとなるべき鞄を複数入手している旨を通知したが,実際に鞄の現物やその写真等を被告に示したことはなかった。 イ 被告の訴訟提起前の事実調査 被告は,原告からの回答書により,本件実用新案登録は公然実施による無効理由がある旨の指摘を受けてその点の調査をした。しかし,本件出願は平成2年1月10日であり,調査の時点で既に出願から約11年間が経過していたことから,被告のもとには,本件出願前の鞄製品や当時の鞄の仕様が分かる書面等は保存されていなかった。また,被告が鞄の横襠芯に山形状の切欠を形成するために使用していた機械の購入時期が分かる台帳等も残されておらず,その他考え得る調査をしたが,本件出願前に本件考案の実施品を製造販売していたことを示す事実は確認できなかった。 ウ 原告の主張に係る公然実施品 (ア) 原告は,前件訴訟において,公然実施を立証するため,本件出願前に販売された実施品として,K鞄及びH鞄を検証物(前件訴訟の検乙2,3)として提出した。 K鞄(検甲1)は,K(昭和47年8月28日生まれで昭和60年4月中学入学)が昭和60年4月から中学校への通学に使用していた背負い鞄であり,昭和60年4月よりも前に購入されたものである。また,H鞄(検甲2)は,H(昭和50年8月1日生まれで昭和63年4月中学入学)が昭和63年4月から中学校への通学に使用していた背負い鞄であり,昭和63年4月よりも前に購入されたものである。K鞄及びH鞄は,いずれも被告が製造し,原告が販売したものである。 (イ) K鞄等は,いずれも次の構成を備えている(以下,構成@,構成Aなどという。)。 @ 背負い鞄である。 A 上蓋に蓋体をもつ前みごろを有する。 B 前みごろと対をなす後みごろを有する。 C 底襠を有する。 D 前みごろと後みごろが底襠を介して互いに連続している。 E 2つの横襠を有する。 F 前みごろ,後みごろ,底襠におけるそれぞれの両側端部に,2つの横襠の各両側端部,各下端部があてがわれてこれら前みごろ,後みごろ,底襠,両横襠の重なり合い部分が互いに縫着されている。 G 面状をなす横襠芯が,両横襠における高さ方向略中間部から下の箇所にかけてあてがわれて逢着されている。 H これら横襠芯が合成樹脂からなり,弾性を有する。 I これら横襠芯の下端部に,該各下端部の両側から中央に向けて次第に凹入した切欠部がそれぞれ形成されている。 エ 本件実用新案登録における無効理由の存在 K鞄等の構成@ないしIと本件考案の構成要件を対比すると,構成AないしDは構成要件Aを,構成E,Fは構成要件Bを,構成@及びGは構成要件Cを,構成Hは構成要件Dを,構成Iは構成要件Eをそれぞれ充足する。また,K鞄等は,以上のとおり,構成要件AないしEを充足する横襠芯を有するから,構成要件Fを充足する。そうすると,K鞄等は,本件考案の構成要件をすべて充足し,その技術的範囲に属するから,本件考案の実施品に当たるものと認められる。 そして,前記認定のとおり,K鞄等はいずれも本件出願前に販売されたものであるから,本件実用新案権には,出願前公然実施の無効理由が存在することが明らかである。 以上によれば,被告が本件実用新案権に基づき原告に対してECHORCLUBの製造販売等の差止等を求めることは権利の濫用に当たり,許されない。 なお,原告は,本件実用新案権には冒認出願による無効理由も存在する旨主張し,原告代表者の陳述書(甲20)にはこれに沿う記載があるが,これを裏付ける的確な証拠はないから,直ちにこれを採用することはできず,本件全証拠によるも他に冒認出願の事実を認めるべき事情は窺われない。 (2) 判断 ア 前件訴訟の提起が,相手方に対する違法な行為といえるためには,「当該訴訟において,提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である」(最高裁第三小法廷昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。 そこで,この観点から,被告が原告を相手方としてした前件訴訟の提起が,違法な行為といえるか否かについて検討する。 イ 前記認定のとおり,@前件訴訟の訴訟提起前の当事者間の交渉の過程から,被告は,本件実用新案権侵害の主張に関する最大の争点が,本件考案の出願前に公然実施されていたか否かの点にあることを認識していたこと,A原告は,前件訴訟提起前の交渉の過程で,被告自身が製造し,原告が販売した製品が公然実施品に当たると主張していたこと,B自らが製造に関与した製品であるから,その形状,仕様等の詳細について容易に調査確認できるものと解して差し支えないこと等の事情に照らすならば,実用新案権侵害を理由とする訴訟を提起しようとする被告には,訴え提起に先立って,公然実施の有無を調査確認すべき義務があり,同義務の履行を怠ったと認められる場合には,「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる」ときに当たると解すべきである。 しかし,本件においては,@本件出願は平成2年1月10日であり,被告が公然実施の有無の調査をしたときには,既に約11年間が経過していること,A本件考案の実施に係る製品は,中学生向けの通学用鞄であって,性質上,長期間保管されるような製品でないこと,B被告は,鞄の製造業者であって,商品を購入した者を探し出すのは困難であること,C鞄の販売を行った原告も,K鞄等の調査は困難を極め,従業員6人が1日当たり約3時間,26日間費やしてようやく,購入者が所有していたK鞄等を発見することができ,K鞄等が提出されたのは前件訴訟の提起後であったこと等の事情に照らすならば,被告において,前件訴訟の提起前に公然実施の有無を調査したが,本件考案の出願前実施品を発見することができなかった点について,公然実施の有無を調査確認すべき義務違反があったと認めることはできない。 ウ そうすると,被告の前件訴訟の提起は,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとは認められないから,原告に対する違法な行為とはならず,不法行為を構成しない。 なお,原告は,被告が前件訴訟において不当抗争及び訴訟遅延行為を行ったとも主張するが,本件全証拠によっても,前件訴訟における被告の訴訟活動が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべき事情は認められないから,原告の上記主張は理由がない。 以上によれば,前件訴訟の提起・追行が違法であることを前提とする原告の損害賠償請求は,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。 2 実用新案権に係る虚偽事実の告知行為の有無 (1) 事実認定 証拠(甲2,3,28ないし31,乙28)によれば,以下の事実が認められる。 ア 被告は,平成13年1月18日,原告取引先6社に対し,本件お知らせを送付したが,本件お知らせには,本件実用新案権の実用新案公報が添付され,本件実用新案権を侵害する製品が多数流通している旨,侵害製品の取扱いにより権利侵害とならないように注意願いたい旨,及び本件実用新案権を侵害する製品を販売などした場合には実用新案権の侵害となる旨が記載されている。 イ 被告が本件お知らせを送付した原告取引先6社は,原告が学生用背負い鞄を販売していた取引先であること,上記6社は,平成12年9月に,原告が被告に製造を委託させていた関係を解消させて,自社の製造に係るECHORCLUBの販売を開始するようになった経緯を知悉していると推認されること,被告が本件お知らせに添付した実用新案公報の図面の背負い鞄の図はECHORCLUBに類似していること等の事実に照らすならば,原告取引先6社は,本件お知らせにおいて本件実用新案権の侵害品であると記載された商品が,正に,原告のECHORCLUBを指すものと容易に理解できたと認められる。 なお,原告は,被告が原告取引先6社以外の取引先に対しても,電話により本件お知らせと同一又は類似した内容の虚偽事実を告知した旨主張し,原告代表者及び原告社員の各陳述書(甲41ないし44)にはこれに沿う記載があるが,これを裏付ける的確な証拠はないから直ちに上記各陳述書の記載を信用することはできず,他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。 (2) 判断 そこで,被告が原告取引先6社に対し本件お知らせを送付した行為(以下「本件告知行為」という。)が虚偽事実の告知に当たる不正競争行為か否かについて判断する。 本件お知らせは,原告取引先6社に対し,原告のECHORCLUBは本件実用新案権の侵害品であり,販売店としてECHORCLUBの販売等を行った場合には本件実用新案権の侵害となることを告知するものである。しかし,本件実用新案登録には無効理由が存在することが明らかであり,本件実用新案権に基づく差止等の請求は権利の濫用に当たり許されないのであるから,本件お知らせにより,原告のECHORCLUBは本件実用新案権の侵害品であり,販売店としてECHORCLUBの販売等を行った場合には本件実用新案権の侵害となることを告知することは,虚偽事実の告知に当たるものと解すべきである。 そして,原告と被告とはともに鞄を販売する競業者であるから,被告が原告取引先6社に対してした本件告知行為は,その内容,態様等に照らすと,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たると解すべきである。 これに対して,被告は,本件告知行為は原告が原告との取引解消を申し出た取引先に対し,内容虚偽の警告文書を送付し,被告の信用を毀損したことに反論するために送付したものであり,権利者としての正当な行為である旨主張する。しかし,証拠(乙23の1ないし4,28)によれば,原告が警告文書を送付した先と被告が本件お知らせを送付した先とは全く異なることが認められるから,被告の上記主張は合理性を欠くというべきであり,採用できない。 3 損害額 そこで,被告の本件告知行為によって原告の被った損害額について,判断する。 (1) 逸失利益について 原告は,被告の本件告知行為により,鞄の販売個数が大幅に減少し,少なくとも2147万4000円の損害を被ったと主張し,甲45(「盛光に奪取されたキタダの取引先一覧表」)を提出する。 しかし,上記取引先一覧表によっても,原告の鞄の販売個数が本件告知行為により大幅に減少し,2147万4000円の損害を被ったとの事実を認めるに足りない。すなわち,証拠(乙23の1ないし4)によれば,上記取引先一覧表に記載された取引先のうち,有限会社プロショップ信,サクヤ,株式会社丸仙鞄店,有限会社藪内商店は,本件告知行為より前である平成12年11月ないし12月に,既に原告との取引関係を解消していることが認められ,これらの取引先との取引解消は,被告の本件告知行為との因果関係が存在しないことは明らかである。また,上記取引先一覧表記載の原告取引先のうち,被告が本件お知らせを送付した送付先と合致する取引先は東北オザキのみであるが,東北オザキについては,平成13年は原告と通常の取引が継続し,その後の平成14年以降に取引が解消されていることに照らすと,東北オザキとの間の取引解消が本件告知行為によるものであると認定することはできない。 その他,本件全証拠によるも,原告の主張を裏付ける的確な証拠がなく,原告の主張に係る逸失利益の損害は認められない。 (2) 被告との交渉及び前件訴訟への対応により被った損害について 原告は,被告との前件訴訟前の交渉及び前件訴訟への対応により合計428万9130円の損害を被ったと主張するので,この点について検討する。 ア X社長が会議に参加したことに伴う損害及び交通費 弁論の全趣旨によれば,被告の本件告知行為により,X社長が原告訴訟代理人との打合せを余儀なくされ,これにより原告の通常業務に支障が生じたこと,原告代理人事務所は原告本社所在地から遠隔地にあり,打合せのために交通費を支出したことが認められる。しかし,X社長が原告訴訟代理人と打合せを行ったのは,本件告知行為ばかりではなく,前件訴訟の提起への対応も目的とするものであったことは,原告の主張自体から明らかであるところ,被告による前件訴訟の提起・追行が不法行為とならないことは前示のとおりであるから,結局,本件告知行為と因果関係のある損害額を確定することはできない。そこで,上記損害については,後記の無形損害の算定に当たって,その一事情として考慮することとした。 イ 証拠調査費用に関する損害 原告は,前件訴訟において公然実施の証拠となる鞄の調査費用として12万7530円の損害を被ったと主張するが,前記のとおり,前件訴訟の提起及び追行は不法行為に当たらないから,上記調査費用は損害とは認められない。 (3) 無形損害について 証拠(甲20,34,38,41)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,昭和40年から東北地方を中心に鞄等の販売業を営んでおり,平成12年の時点におけるスクールバッグの年間売上高は約2億3500万円に上っていたこと,平成11年からリサイクル繊維を使用した鞄を販売しており,これが全国的にも高いシェアを占めていることが認められ,原告は鞄業界,殊に東北地方の業界においては,かなりの知名度を有するものと推認できる。 以上の事実に,本件告知行為の相手方,内容,回数,前記(2)の原告の業務に対する影響等,本件記録から窺われる諸事情を総合考慮すると,原告の被った無形損害は300万円と認めるのが相当である。 (4) 弁護士費用について 原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであるところ,本件訴訟の内容,認容額,難易度その他一切の事情を考慮すれば,被告の行為と相当因果関係のある弁護士費用は100万円が相当である。 なお,原告は,前件訴訟提起前の交渉段階の弁護士費用並びに前件訴訟における弁護士費用及び弁理士費用の損害を主張するが,これらの各支出は,被告の本件告知行為と相当因果関係がないから,損害とは認められない。 (5) 小括 以上のとおり,原告が被告の本件告知行為により被った損害額は,合計400万円となる。 4 結語 よって,原告の損害賠償請求は主文掲記の限度で理由がある。また,謝罪広告の請求は理由がない。 |
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追加 | |
別紙1お詫び当社は,実用新案権(実用新案番号第2082288号)が無効であることを熟知していたにもかかわらず,原告株式会社の取引先に「登録第2082288号実用新案権登権のお知らせ」と題する書面を送付して同社の営業を妨害し,さらに,同社に対して訴訟(東京地方裁判所平成13年(ワ)第21623号侵害差止等請求事件)を提起するという違法行為を行いました。当社の一連の違法行為によって原告株式会社の信用を害し,多大なご迷惑をおかけしましたのでここに深く陳謝致します。 株式会社盛光代表取締役M |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 榎戸道也 |
裁判官 | 佐野信 |