関連ワード | 需要者 / 市場占有率 / 信義則 / 類似性(類似) / 印象 / 記憶 / 表示の使用 / 営業上の利益 / 権利濫用(権利の濫用) / ただ乗り(フリーライド) / 侵害 / 代理人 / 代表者 / 正当な理由 / 秘密として管理 / 営業上の情報 / 営業秘密 / 2条1項7号 / 保有者 / 不正取得行為 / 不正開示行為 / 品質等誤認表示(誤認) / 競争関係 / 損害賠償 / |
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事件 |
平成
14年
(ワ)
5603号
商品供給契約上の地位確認等請求事件
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原告 株式会社ダイコク 原告訴訟代理人弁護士 西野弘一 同 川村哲二 被告 大正製薬株式会社 被告訴訟代理人弁護士 倉田卓次 同 宮代力 同 伊従寛 同 庭山 正一郎 同 小泉淑子 同 山岸和彦 同 佐藤りか |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2004/02/13 |
権利種別 | 不正競争 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告が,原告と被告との間の平成9年8月4日付け取引基本契約上の当事者の地位にあることを確認する。 2 被告は,原告に対し,別紙「商品一覧表」記載の商品を引き渡せ。 3 訴訟費用は,被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の請求
主文と同じ。 |
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事案の概要
原告は,「ダイコク」等の名称でドラッグストアを営む株式会社である。原告は,製薬会社である被告との間で締結された取引基本契約に関し,同契約の契約上の当事者の地位にあることの確認を求めるとともに,原告が同契約に基づき発注した商品の引渡しを求めている。 これに対し,被告は,主位的に原告との間の取引基本契約は期限の定めのない契約であるから被告による解約の意思表示により契約は消滅している旨主張し,また予備的に,原告において被告から仕入れた商品について仕入価格を明示した販売(原価セール)を行ったことが,上記取引基本契約の明文あるいは信義則上の付随義務違反に当たり,取引基本契約は被告による解約の意思表示により解約されたものである旨主張し,原告の請求を争っている。また,被告は,商品引き渡し請求に対する抗弁として,同時履行の抗弁を主張している。 1 争いのない事実等(証拠により認定した事実については,末尾に証拠を掲げた。) (1) 当事者 原告は,医薬品,家庭用品,化粧品の販売等を業とする株式会社であり,被告は,医薬品等の製造販売等を業とする株式会社である。 (2) 取引基本契約,サポートVAN契約の締結 ア 原告は,平成9年8月4日,被告との間で,取引基本契約を締結し(以下この契約を「本件取引基本契約」という。),本件取引基本契約に基づき,被告の発売に係る医薬品等の商品(以下「被告商品」という。)の発注を行い,被告は,原告からの注文に応じて被告商品を継続的に販売していた(乙1,弁論の全趣旨)。 本件取引基本契約の契約書(乙1)は,「取引基本契約書」と題された全8箇条からなる契約書であって,まず前文として, 「大正製薬株式会社(以下甲という)と株式会社ダイコク(以下乙という)とは,甲の取扱商品(以下商品という)の継続的売買取引に関する基本的事項を定めるため,次のとおり本契約を締結します。」と記載され,それに続いて,以下の条項が置かれている。 第1条 甲が乙に売り渡す商品の品名,包装,数量,支払条件等必要な事項は,原則として取引の都度甲乙協議して定めるものとします。甲が乙に売り渡す価格は,予め甲が定めます。 第2条 乙は,商品受領後遅滞なく商品の検査を行うものとし,商品に引渡前の事由による瑕疵があった場合は,甲に対し当該商品の返品又は交換を求めることができます。 引き渡し後の事由による商品の瑕疵については乙が責任を負うものとします。 第3条 乙は,商品の推奨販売に努め生活者に商品を販売するものとします。甲は,必要に応じ商品の陳列,販売方法等を乙と協議することにより,乙の販売を支援し,もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資するものとします。 第4条 甲が商品の各種キャンペーン又は歩戻付き特売を提案する場合の条件は,甲が別途定めるものとします。 第5条 1.次の@又はAのいずれかの事由が発生した当事者は,本契約及びその他の甲乙間の契約から生じた債務について直ちに期限の利益を失うものとします。この場合,他方当事者は当該当事者に何らの催告なしに(但し,金銭債務を除く@の事由に該当する場合は催告の上)これら契約に基づく全部若しくは一部の取引を停止し又はこれら契約若しくはその個別契約を解除することができるものとします。 @本契約,その個別契約又は甲乙間のその他の契約に違反した場合 A仮差押,差押,競売申立,破産申立,又は不渡その他資産,信用状態の悪化若しくはその虞があると認められる場合 2.前項の場合,他方当事者は取引停止または解除の有無に拘らず被った損害を当該当事者に請求することができるものとします。 第6条 本契約締結時既に存在している甲乙間の継続的売買取引は同一性をもって存続し,本契約成立後は本契約条項に従って処理されるものとします。 第7条 本契約及びその他甲乙間の総ての契約に関する紛争の第一審裁判所は,甲の本店所在地を管轄する裁判所とします。 第8条 本契約に定めのない事項又は本契約に関する疑義については,甲乙誠意をもって協議し,これを定め又は解決するものとします。 イ 被告は,小売店の販売支援のために被告が企画・開発したサポートVANシステムを,原告がその店舗において利用できるように,各店舗ごとに,原告との間でサポートVAN契約を締結した(乙46ないし70(枝番号は省略。以下,同じ。),弁論の全趣旨。以下「本件サポートVAN契約」という。)。 本件サポートVAN契約の契約書には,次の各条項が置かれている。 第2条(定義) 本契約書に用いられる下記用語は,それぞれ次の意味を有する。 @甲データ:甲(原告)が端末から入力する仕入,売上,支払,在庫等に関するデータをいう。 A乙データ:甲データ又は甲データ及びその他のデータに乙(被告)が処理加工を加えて作成したデータをいい,ファイル化したものも含む。 B乙資料 :乙データに基づき出力される売上月報,その他のデータリストをいう。 第5条(機密保持) @ 甲は,本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し,理由の如何を問わず本契約内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡,貸与もしくは使用許諾してはならない。 (以下,省略) 第15条(解約等) 甲又は乙に下記事由の1つでも発生した場合,他方当事者は本契約を解約することが出来る。下記事由が発生した当事者はその負担する全債務について期限の利益を喪失する。 @ 一方当事者が他方当事者に対する本契約若しくは取引契約又はその他の両当事者間の契約に基づく債務の1つでも履行を怠ったとき。 A 不渡処分,仮差押,差押,競売又は破産の申立等の法的手続が採られたとき。 B 本契約の条項に違反したとき。 C 支払困難とみられる状態が発生したとき。 (3) 被告による解約通知 被告は,原告に対し,平成13年5月20日付け解除通知により,被告が原告と締結している本件取引基本契約及び本件サポートVAN契約を即時解約する旨の意思表示を行い(以下「本件解約通知」という。),本件解約通知は,同月21日に原告に到達した(乙6,7の1,弁論の全趣旨)。 (4) 被告による訴訟提起等 被告は,本件解約通知後の平成13年5月,原告及び原告のグループ会社である株式会社グレープダイコク,株式会社エビスダイコク,株式会社エース・ダイコク,有限会社イーエフ(以下,上記の各会社を総称して原告グループ会社といい,原告を含めて「原告グループ」という。)を被告として,原告グループ会社が仕入価格を開示して行ったセール(以下「原価セール」ということがある。)により被告が被った損害の賠償等を求める訴訟を東京地方裁判所に提起したが(当庁平成13年(ワ)10472号不正競争防止法に基づく損害賠償等請求事件。以下「先行事件」という。),平成14年2月5日に被告の請求をすべて棄却する旨の判決がされ,被告はこれを不服として控訴した。 また,原告及び原告グループ会社は,被告を債務者として本件取引基本契約上の地位等確認を求める仮処分を東京地方裁判所に申し立てたところ(当庁平成13年(ヨ)第2189号仮処分命令申立事件),平成14年2月15日,原告グループ各社の本件取引基本契約上の地位を仮に確認する旨の仮処分決定がされた。同決定について被告は,同裁判所に対し保全異議の申立てを行うとともに起訴命令の申立てを行い,同裁判所は同月20日,起訴命令を発した(当裁判所に顕著)。 (5) 原告による商品の発注 原告は,上記仮処分により仮の地位が定められた後の平成14年2月19日から同年3月2日までの間に,別紙商品一覧表記載の商品(以下「本件各商品」という。)につき被告に対して発注をした(弁論の全趣旨)。 2 争点及び当事者の主張 (1) 被告による解除の意思表示が期限の定めのない契約の解約として有効か。 (被告の主張) ア 被告と原告間の本件取引基本契約は,期限の定めのない契約である。期限の定めのない契約は,当事者の一方がいつでも将来に向かって解約告知することができるところ,被告は,本件解約通知をもって,原告に対し,本件取引基本契約を即時に解約する旨通知し,本件解約通知は,平成13年5月21日に,原告に到達した。 したがって,本件各取引基本契約は有効に解約されている。 イ 原告は,本件基本取引契約のような継続的取引契約において無前提,無条件の解約は許されないものと主張するが,期限の定めのない契約を解約するには,やむを得ない事由を備えることを要しないものとするのが大原則である。例外的に解約を認めることが公序良俗に照らして問題となるような場合には,権利濫用・信義則といった一般則によって解約が制限されることもあり得るが,それ以外の場合には解約に特段の理由を要しないものと解すべきである。 実際上,継続的契約の解約に関する近年の裁判例も,契約の解約を法文や契約書の規定どおりに認め,ただ公序良俗違反となるような場合には権利濫用,信義則違反で例外的に規律する方向にあるし,継続的取引契約の解約に関する最近の最高裁判所の判例(最高裁判所平成6年(オ)第2415号同10年12月18日第三小法廷判決・民集52巻9号1866頁,いわゆる「資生堂事件判決」。最高裁判所平成9年(オ)第2156号同10年12月18日第三小法廷判決・裁判集民事190号1017頁,いわゆる「花王事件判決」)でも,解約に「やむを得ない事由」は要求されていない。 ウ 「やむを得ない事由」の存在 仮に本件取引基本契約の解約に「やむを得ない事由」が必要であるとしても,本件においては,以下に述べる事情が存在し「やむを得ない事由」があることは明らかというべきである。 すなわち,本件取引基本契約のような継続的契約は,信義則をその基礎に置くものであるから,取引の当事者は他方当事者に対して,誠実に行動し,いやしくも背信行為ないし不信行為を行わないようにする義務を負っているところ,以下に述べるとおり,原告が行った仕入価格を明示してのセール(原価セール)は,不正競争防止法に違反し,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)の規制するおとり廉売や不当廉売に該当し,あるいは不当景品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)に違反し,商慣習に反し,さらには被告の営業秘密,営業上の利益,被告の販売ネットワークの維持,被告の信用,企業・商品の良好なイメージを毀損し,取引当事者間の信頼関係を破壊するものであって,これによって原告は上記の継続的契約の当事者に要求される義務に違反したものである。このような原告による重大な義務違反がある以上,当然本件取引基本契約の解約を基礎付ける「やむを得ない事情」の存在が認められるべきものである。 (ア) 被告商品の仕入価格の公表 原告は,平成13年1月から同年5月までの間,広島県福山市,松山市,熊本市,岡山市,奈良市,徳島市,広島市において,継続的に,被告の著名な商品のうち,少ないときでも十数品目,多いときは九十数品目について,その仕入価格を大量の新聞折り込み用や街頭手配りの販売チラシに表示し,これを頒布し,一般に公表した。 このような原価セールは,原告の店舗の新規開店時に合わせて実施されたものではあるが,原価セールでは,原告の「会員」になることで,被告商品を常時仕入価格で購入できることを標榜しており,結局,原告においては,被告商品を一時的に短期間に限って仕入価格で販売したということではなく,その店舗が存続する限り継続的・長期にわたって販売することを意図していたものである。 商品の仕入価格(卸価格)は取引当事者間においては一般に秘密と理解され,そのように取り扱われている。それゆえ,仕入価格は今まで全く一般に公表されず,知られていなかったものであり,現在においても一般には公表されていない。 商品の小売業者としては,仕入価格と小売価格の差,すなわち販売利益を一般に知られると,消費者からの苦情や値引き要求等を受けやすくなり,時宜に応じた値付け等がやりにくくなり,商品の販売ないし販売政策に支障が生じることになるので,商品の仕入価格を一般に公表することはない。商品の製造者ないし卸業者としても,製造原価ないし販売原価が知られると,一般消費者からその原価=その商品の価値,といった誤った見方をされるおそれが高いこと,さらに販売先である小売店による商品の販売ないし販売政策に支障を生じさせることになることから,商品の仕入価格を一般に公表することはない。原告が被告商品の仕入価格を一般に公表したのは,まさに空前の出来事であった。 被告が被告商品を小売店に販売する際の卸価格(仕入価格)は被告の株主店向け及び非株主店向けという違いはあるものの,株主店向けの価格は基本的に同一であり(基本的には株主店ごとに卸価格の違いはない。),また非株主店向けの価格も基本的に同一である(基本的には非株主店ごとに卸価格の違いはない。)。なお,被告商品の需要者である一般消費者は,被告の株主店と非株主店の存在及び株主店と非株主店とで仕入価格に差があることを知らず,漠然と被告から薬局薬店への被告商品の卸価格はほぼ同一水準であるだろうと理解している。 したがって原告が「原価セール」と称して被告商品の仕入価格を一般に公表したことによって,被告商品の多数の品目について,その仕入価格の水準が一般消費者に知られてしまうことになった。つまり原告による被告商品の仕入価格の公表は,単に被告と原告との間の個別取引の売買代金額を公表するというのにとどまらず,広く被告が原告以外の薬局薬店に販売している商品の卸価格の一般的な公表を意味することになるのである。それゆえ原告が行った原価セールは,被告及び日本全国の薬局薬店に大きな衝撃と打撃を与えた。 原告は,被告商品の仕入価格公表がこのような重大な意味と影響を持つことを認識しながら,自己の店舗の販売が一般消費者の目を引くように衝撃的な宣伝を行うために,また他の薬局薬店を競争上不利な立場に追い込むため,さらには被告を困惑させ,これに乗じて金銭的な要求を行うために,被告商品の仕入価格を一般に公表したものである。 また,上記に述べたような,原告による仕入価格の公表は,不正競争防止法2条1項7号に違反するものである。 すなわち,被告は,多種多様の医薬品等の商品を,全国にある多数の薬局薬店に卸販売しているところ,その販売価格は各商品について,株主店と非株主店との間に差はあるものの,基本的には被告が定める統一的,画一的なものであり,売主,買主間の個別の折衝によって商品の売買価格が形成されるわけではない。それゆえ,被告と薬局薬店との間で締結される取引基本契約書の1条では「甲(被告)が乙(薬局薬店)に売り渡す価格は,予め甲が定めます。」と規定されており,原告もこれを承諾しているのである。 つまり被告と原告との間の売買契約においては,売買契約の決定について全く折衝の余地がなく,原告としては被告から仕入価格の開示を受け,その価格に基づいて商品の購入を行うわけであって,原告が売買価格決定に関与する機会は全くない。 このように,原告は,単に商品の卸価格(仕入価格)の開示を受けるだけで価格の形成に何ら関与しているわけではないから,原告が売買価格を自己の固有の情報として原始的に取得したなどということはできない。被告と原告との取引の実態は,被告が原告に対して営業秘密である商品の売買価格を示し,原告はその開示を受け,これを単に受領しているにすぎない。したがって,原告は被告から「営業秘密である商品の卸価格を示されている」のである。 そして,原告は,仕入価格を他の薬局薬店や,競業メーカー及び一般消費者に対して公表することが一般に営業秘密の開示に該当して卸元である被告を害するものであることを認識しつつ,被告に損害を与える目的でこれを開示したものであるから,原告の仕入価格の開示行為は,不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に該当することは明らかである。 (イ) 被告商品だけについての仕入価格の一般への公表(差別的公表) 原告がその店舗で販売しているのは,被告商品に限らず,武田薬品工業,三共,山之内製薬,第一製薬,塩野義製薬,田辺製薬,藤沢薬品工業,わかもと製薬,中外製薬,エーザイ,ロート製薬,小野薬品工業,久光製薬,参天製薬,エスエス製薬,ツムラ等といった代表的な製薬会社の商品である。しかし,原告がその仕入価格を一般に公表したのは,数ある製薬会社の中で被告の商品についてだけである(もっとも,原告は一時的に久光製薬の商品について原価セールを行ったことがあるが,おそらくは久光製薬から金員の支払を受けたため,すぐに久光製薬の商品を原価セールの対象外とした。)。 原告が,被告商品だけを対象にして仕入価格を公表し,他の数ある製薬会社の商品の仕入価格を公表しないという差別的取扱いを行ったのは,被告だけを困らせてやろう,被告だけを攻撃しようという原告及び原告代表者の意思,悪意,害意の表れである。 被告は,原告から被告の商品だけについて仕入価格(卸価格)を公表されたことによって,一般消費者との関係では,「被告商品の原価=その商品の価値」といった誤った見方をされるおそれが高まり,さらに取引先の薬局薬店による被告商品の販売ないし販売政策に支障を生じさせることになったものであり,仕入価格公表の対象とならなかった他の製薬会社と比べて競争上不利な立場に陥れられたものである。 さらに原告が被告の商品の仕入価格を一般に公表することは,被告と競争関係にある他の製薬会社に対して,被告の商品の卸価格を教えることを意味する。製造会社や販売会社が商品の卸価格をいくらに設定するかは,商品の販売政策,販売戦略において最も重要な要素のひとつであり,競合他社には知られたくない情報である。しかし原告は,商品の仕入価格を一般に公表して,被告以外の製薬会社に対して被告の仕入価格(卸価格)を知らしめたのである。他方,原告の差別的取扱いにより,商品の卸価格の公表をされたのは被告商品だけであるから,被告は被告以外の製薬会社の商品の卸価格を知ることができない。つまり,被告は,自らの商品についてはその卸価格を競合他社に知られてしまい,競合他社の商品についてはその卸価格を知ることができないという,競争上きわめて不利な立場に置かれてしまうことになったのである。 原告が公表したのは,被告の主力商品の大部分を含む商品の仕入価格(卸価格)である。単品の仕入価格だけならともかく,主力商品の仕入価格をこれだけ集積したデータは,それ自体で一定の価値を生み出すものであり,これが公表されることは,被告にとって競合メーカーとの関係で明らかに不利な立場になることは明白である。このように,原告の行った原価セールは被告に対する利敵行為ともいうべき行為であることは明らかである。 被告は,原告が行ったこのような差別的取扱いによって,多大な不利益を受けたものであるが,原告による差別的取扱いを正当化する理由も必要性も皆無である。 (ウ) 原告の原価セールを被告が支援している旨の虚偽宣伝 原告は,岡山市において,一般消費者に頒布する販売宣伝チラシに「ファイト一発!!でおなじみの大正製薬の協力により大正製薬の商品を仕入価格で販売」と強調し,多数に及ぶ被告商品の仕入価格を公表してこれを販売した。 しかし被告が原告による原価セールに協力した事実はないのであるから,原告の原価セールが「大正製薬の協力」によるものであるとの表示は,被告として到底許容することのできない明らかな虚偽の宣伝である。 原告による原価セールの結果,原告グループ以外の被告の取引先の薬局薬店は,原告の店舗に顧客を奪われ,また小売価格と卸価格との乖離について消費者から苦情を言われたり値引き要求を受けたりし,大きな打撃を受けたのであるが,原告の原価セールが被告の協力によるものであるとの原告による虚偽の宣伝の結果,被告は原告グループ会社以外の被告の取引先の薬局薬店の信頼を喪失することになった。すなわち原告グループ以外の被告の取引先の薬局薬店は,この虚偽宣伝により,被告の協力の下に原告が原価セールを実施し,そのために自己の店舗が営業上のダメージを受けたと誤解したのである。 被告においては,後に原告のチラシが虚偽であることを取引先など関係者に説明をしたので,これによるダメージは最小限にとどまっているが,原告の行った虚偽宣伝は極めて悪質としかいいようがない。 (エ) 被告商品の仕入価格での販売 原告は,一般に知られていなかった被告商品の仕入価格を差別的に公表したものであるが,その公表した仕入価格と同一の価格で被告商品を販売した。 原告が仕入価格と同一の価格で商品を小売販売することは,その独占禁止法上の評価は措くとしても,事実として被告の商品を販売する薬局薬店に大きな打撃を与えるものであった。 薬局薬店を含む小売店一般は,仕入れた商品の仕入価格に一定の必要経費と利益を上乗せして消費者に販売している。仕入価格プラス必要経費と小売販売価格の差額を得ることで商売を成り立たせ,生計を維持しているのである。この利益なくしては商売は成り立たない。 これに対して原告は,原価セールの名の下,被告から仕入れた商品を仕入価格と同一の価格で一般消費者に販売した。そこでは被告商品について仕入価格と小売価格の差額はゼロであり,原告にとって全く利益が上がらないだけでなく,必要経費分については赤字である。原告がこの商法を実施するのは,被告商品をおとりに使って,他社の商品で利益を生み出すことが可能であるからであるが,このためには,資金力や他社商品を豊富に品揃えする経済力が必要であり,小規模な薬局薬店では原告と競争して原価セールをする余力はない。原価セールはもはや商売とはいえず,生計を立てなければならない他の小規模薬局薬店がこれに追随して原価セールを実施できるはずがない。 しかし一般消費者は,薬局薬店の利益の有無とは無関係により安い価格での商品の購入を求めるものであるから,従来,原告店舗以外の薬局薬店で被告商品を購入していた消費者は,その購入先を変更して原告の店舗へと集中することになる。このため原告店舗以外の薬局薬店の売り上げは減少し,経営難に陥り,中には廃業に追い込まれる薬局薬店も出てきている。原告は,正常な商売を行っている薬局薬店を,およそ商売とはいえない原価セールという手法によって追いつめているのである。このような原告の行為は,資本力をもって競争小規模薬局薬店の事業を奪取する行為である。 被告は,商品の売上向上のため,従来から時間と労力をかけて,商品の販売網を構築してきたのであるが,原告が卸価格と同一の価格で商品を小売販売したことによって,被告商品の販売網に属する薬局薬店が打撃を受け,売上減少やなかには店舗閉鎖・廃業に至る店舗も出てきているのである。原告によって被告商品の販売網は大きなダメージを受けたのである。 競合小売店は,原価セールに対して,同じことをするには通常は自らその経済的余裕を持たないから,被告商品の販売では顧客を獲得することが困難となり,これに対抗するには,自衛策として,顧客に対して被告以外のメーカーの商品を推奨して,利益を確保する途を選択することになる。こうした傾向が進むと,最初から被告製品を取り扱わないという方針に行き着くことになる。このように,被告商品の販売網がダメージを受けるということは,長期的に見て,被告商品の売上が減少することであることに留意する必要がある。 さらに,原価セールが常時継続されることになると,競合小売店の間に,被告から直接仕入れをせずに被告商品を原告から購入しようとする動きが出たとしても不思議ではない。被告は,問屋を利用せずに全国の小売店に直接商品を販売しているが,このような原告による原価セールの実施は,原告が巨大な問屋機能を取得するきっかけともなりかねず,被告の営業政策と相容れないものである。 (オ) 被告ブランドの不当な悪用 原告による原価セールは,原告が被告ブランドの知名度に着目して,その知名度を利用するためになされたものである。原価セールの対象になった被告商品自体の販売では原告はむしろ赤字になるのであり,したがって,原告の被告商品販売はまっとうな商いではない。換言すれば,原告は被告商品を「商品」として販売したのではなく,顧客誘引の材料として利用したのである。このように顧客の誘引として被告商品を利用する行為は,独占禁止法で禁止されているおとり販売や不当廉売の問題として別途主張するところであるが,同法による禁止の対象になるかどうかは別として,いずれにしても,原価セールは,原告が被告ブランドの知名度に「ただ乗り」して自己の利益獲得の手段として被告商品を無断で利用した側面を有することは間違いない。 被告が,事前に原告から,被告商品を原価セールの対象に利用する旨の承諾を求められたならば,これを拒絶したことは明らかであり,それにもかかわらず原告が原価セールを強行する態度を示したならば,商品の供給を停止したことも明らかである。つまり,原告が原価セールで被告ブランドを無断不当利用したということは,その真の利用目的を秘して,通常の商品として被告商品を販売するかのごとく被告を欺罔して被告商品を購入したということと同様の評価を受けるべきである。 購入した商品である以上どんな利用の仕方をしても許されると考えるべきではない。購入者が,商品を供給する売り手メーカーのブランドを,商品を手段として無断で営業に利用する行為は,そのブランドを供給者側が予期しない形で本来の利用と異なった手段で利用し,ブランドの名声を不正に利用することであって,こうした不正利用をブランド側が甘受しなければならないいわれはない。被告の著名ブランドを不正に利用して顧客を誘引しているからこそ,このような行為に「大正製薬の協力により」という虚偽表示も随伴するのである。 しかも,原告は,被告との本件取引基本契約で共同利益増進義務を負っているのであるが,こうした基本的立場に違反して,被告にとって何ら利益のない,「ただ乗り」という以上にむしろ被告にとって多大の損害を与える方法で被告ブランドを無断利用したのである。 (カ) 被告からの原価セール中止要請の拒否及び原価セール中止の対価の要求 被告は,原告による原価セールにより,一般には公表されず,知られていなかった被告商品の仕入価格(卸価格)を公表され,さらに被告商品だけについて差別的に仕入価格(卸価格)が一般へと公表され,多大な不利益を被ること,被告の商品販売網が打撃を受けることとなることから,再三にわたって,原告グループ各社に対して,被告商品の原価セールを行わないように申し入れた。 しかし原告は,その原価セールによって被告に多大な不利益を与えていることを十分に認識しながら,何ら正当な目的も必要性もないにもかかわらず,原価セールの中止を拒否するとともに,原価セールを継続し,被告に不利益と損害を与え続けたものである。 さらに,被告は,原告による原価セールによって多大な不利益を被っていたことから,原告に対して原価セールの中止を求めたところ,原告から原価セール中止の対価として金員を要求された。具体的には,被告における担当者であるA(以下「A」という。)が,平成13年5月7日,原告の社長室において,原告における被告との交渉窓口であったB(以下「B専務」という。)から,「原価セールのチラシをやめることについて他社のように抑制金はないのか」と金員を事実上要求されたのである。 この事実は,原告が行っている原価セールが被告を困惑させ,不利益な損害を被らせていることを原告自身が認識しており,被告の困惑に乗じて,被告に金銭を要求することを意味しており,それ自体,公序良俗に違反する行為である。 被告は,このような原告の要求に応じることはできないので,直ちにその要求を断っているが,原告が行った被告商品の原価セールは,被告の困惑に乗じて金員を要求し,被告からこれを受領することがその目的の一つになっていたことは明らかである。 (キ) 消費者に対するブランド力の低下 原価セールは,被告ブランドの知名度を不当に利用するものであるが,その利用の結果,被告ブランド力は決して増大しておらず,むしろ低下している。 被告商品が仕入価格と同一価格で市場で販売されているという事実は,原告の安売り姿勢を世間にアピールする効果があるが,仕入価格と同一価格で販売しているという旨の原告のチラシが額面どおり世間に受け止められる保証はない。 すなわち,原告は実は仕入価格よりも安く商品を仕入れて,これを原価セールという名目で利益を乗せて販売していると誤解される可能性が高いのである。なぜならば,消費者の健全な常識では,商人が仕入価格と同一価格で商品を販売するはずがないからである。このような誤解が生じた場合,原価セールは,被告自身の資金繰り難を解消するためのキャッシュフロー対策として被告が被告商品を卸値以下で販売しているなどの,被告の信用力の低下を徴表するものとして世間に誤解されるおそれがある。原価セールが被告の協力によるとの宣伝は,このおそれをさらに助長することはいうまでもない。 原価の公表で,被告商品の価値がその原価並みのものとして誤解されることによるブランド力低下もあるが,被告商品に的を絞った差別的原価セールは,被告の企業としての信用を毀損して,被告商品のブランド力を低下させたのである。 (ク) 独占禁止法違反(おとり廉売) おとり廉売は,小売業者が特定の著名商品を選定し,それをコストを割った著しく安い価格で販売し,客寄せのためのおとりにして顧客を自己の店舗に誘引する販売方法である。おとり廉売において,著名商品は営業上の利益を得て販売されておらず,客寄せの手段として出血販売され,著名商品の名声を不当に利用している点で正常な商慣習に照らして不当な利益による顧客誘引であり,また当該店舗で販売されている他の商品も同様に安いという印象を与えて一般消費者を欺まんして誘引する欺まん的顧客誘引であり,さらに経済力を濫用して不当に低い価格で商品を廉売し,対象商品を扱う競争小売業者の事業活動を困難にする不当な廉売であって,公序良俗に反する競争方法である。このおとり廉売は,必ずしも不当廉売と明確には区別されていないが,独占禁止法上の「不公正な取引方法」として公正取引委員会が指定するいわゆる「一般指定」(昭和57年公正取引委員会告示第15号。以下「一般指定」という。)の第8項(ぎまん的顧客誘引),第9項(不当な利益による顧客誘引)に該当する違法行為として判例,学説上取り扱われ,公正取引委員会もそのような立場に立って独占禁止法の運用を行っている。 本件の原告による原価セールは,以下に詳述するとおり,この「おとり廉売」に該当し,独占禁止法上違法とされるべきものである。このような原告の「おとり廉売」により,多年の努力によって培われた被告の名声は原告に不正に利用され,その価値を傷つけられ,またその廉売により相当数の被告取引先が被害を受け,被告は直接又は間接に多大の被害を受けている。 (a) おとり廉売と「不当な利益による顧客誘引」(一般指定第9項) 一般指定第9項において「不当な利益による顧客誘引」とは「正常な商慣習に照らして不当な利益をもって,競争者の顧客を自己と取引するように誘引すること」と規定されている。この一般指定第9項は,これまでの判決例及び審決例において,景品付販売行為のほか,不当に安い価格,ピラミッド・セリング(マルチ商法,ねずみ講的販売方法),証券会社の損失補填保証による勧誘等の行為に適用されてきたが,これらの判決例,審決例では,廉売による利益,報奨金,金銭的利益などの供与が広く一般指定第9項にいう「正常な商慣習に照らして不当な利益」の提供と解されており,学説もこれを支持している。 著名な商品を適正な利潤を得て一般消費者に販売するのではなく,自己の店舗に一般消費者を誘引するため,特定の著名な商品を選び,客寄せのためにその商品について採算を度外視してコスト割れ廉売を行い,客寄せのため活発な広告宣伝行為をすること(おとり廉売)は,当該著名商品の有する名声と信用を不正に利用してコスト以下の廉売を行い,その廉売の利益を一般消費者に与えて顧客を誘引するものであって,その行為は「正常な商慣習に照らして不当な利益」を一般消費者に与えるものとして前記一般指定第9項に該当する。 原告の行った原価セールは,@廉売の対象となった商品が著名ブランドである被告の商品であり,A被告商品が特に差別的に選定され標的にされていること,Bその商品の販売価格が正常な販売コストを下回っていること,C廉売対象商品の販売は,廉売対象商品の販売によって利益を得るためではなく,当該店舗への顧客誘引のために(客寄せのために)行われ,一般消費者に異常な利益を与えていること,D対象商品の販売と宣伝広告が相当の規模で行われていること,Eこの廉売において被告の著名な商品の名声が不当に利用されていること,Fこの廉売によって当該店舗で販売されている廉売対象商品以外の商品も廉売対象商品と同様に安いという誤った印象を一般消費者に与えるおそれがあること,G原告の店舗が多種類の商品を扱う経済力の強い有力販売店であって廉売を相当規模で行う力があり,周辺競合販売店が廉売対象商品を販売していて,その競合販売店の廉売対象商品や関連商品の販売に悪影響を与えるものであること,などの事情が認められるのであって,その行為は「正常な商慣習に照らして不当な利益」を一般消費者に与えるものであり,前記一般指定第9項に該当することは明らかである。 (b) おとり廉売と「ぎまん的顧客誘引」(一般指定第8項) 「ぎまん的顧客誘引」に関する一般指定第8項は,「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について,実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより,競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること」と定めている。 おとり廉売は,特定の商品を出血目玉商品として損失販売をし,その商品を「おとり」として用いて客寄せし,そして他の販売商品も同様に安いという誤った印象を一般消費者に与える側面がある。この,おとり廉売による顧客の誤認の点に注目すれば,それは前記一般指定第8項に該当する。 原告は,被告の著名な商品を原価セールの主たる対象商品として広告宣伝しているが,原告は被告商品を真実に販売して利益を得ようとしているのではなく,自己の店舗への客寄せに用い,原告の店舗で販売される他の商品も同様に安いという印象を一般消費者に与えつつ,他の商品の販売によって利益を得ているのだから,一般消費者が,被告商品以外の他の商品の取引条件について誤認させられているということができる。したがって,原告による原価セールは前記一般指定第8項にも該当する。 (ケ) 独占禁止法違反(不当廉売) 一般指定第6項は,「不当廉売」について「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し,その他不当に商品又は役務を低い価格で供給し,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」と規定する。ここでいう「供給に要する費用」とは,小売業者の場合,当該小売業者の当該「商品の仕入価格に販売・管理費を加えた価格」のことであり,「著しく下回る」とは大幅に下回るという意味ではなく,「はっきりと下回る」ということである。 原告による原価セールでは,原告は被告の主力商品について仕入価格で販売し,医薬品小売業としての販売経費も一般管理費も一切算入しない価格,すなわち販売・管理費をゼロとして仕入価格で継続して販売したことは明白である。しかも,一部には正規の仕入価格を下回る価格で販売したとみられるものも存在する。原告によるこの原価セールは,市況の悪化への対応とか滞貨処分のためといった「正当な理由」は何ら存在せず,単に被告の知名度の高い主力商品について販売コストゼロの大廉売をすることにより,周辺競争小売事業者の顧客を原告の店舗に誘引し,これらの競争小売事業者を淘汰して,原告の事業拡大を図る目的のためだけに行われたものである。また,原告による原価セールは周辺小売事業者の顧客を奪取し,これらの事業者の経営に甚大な損害を与えることは容易に予測できるから「他の事業者の事業活動を困難にするおそれ」があることも明らかである。したがって,原告による原価セールは,前記一般指定第6項にいう不当廉売行為に該当することは明らかである。 原告による不当廉売行為により,原告店舗の周辺医薬品小売事業者は,甚大な損害を受け,その影響は零細小売事業者について特に激しい。そして,被告は上記周辺小売事業者の大部分と取引基本契約を結んで取引をしているので,周辺小売事業者への打撃は被告への打撃でもあるというべきである。 (コ) 独占禁止法違反(不当差別) 原告の行った原価セールは,もっぱら被告の主力商品を標的にして,西日本地区の主要都市において長期間にわたって行われたものであるが,この差別的な原価セールは,一般消費者の利益のために行ったものではなく,原告の急激な事業拡大と利潤追求のために行った行為であって,被告と被告の取引先小売店を犠牲にして行われた行為であり,中長期的にみて一般消費者の利益にもならない行為である。この原告の原価セールによる被告の直接間接の被害は極めて甚大であるが,被告の主力商品のみが差別的に対象とされたことにより,その被害は著しく増大された。すなわち,原告が被告の九十数品目にわたる主力商品について営業秘密である卸価格を公表したことにより,被告の競争者は被告の卸価格を容易に知ることとなり,被告の経営内容や販売戦略の分析が可能になり,他方被告は競争者の卸価格の把握ができないのであるから,被告は卸価格が公表されていない被告の競争者との競争関係において不利な立場に立たされ,また被告の主力商品に対する仕入価格の大々的開示と著しくコストを割った廉売ならびに両者に関する大規模な宣伝は,被告とその主力商品の名声と信用を著しく毀損するものであって,被告を競争者と競争する上で不利な立場に置いたものである。 このように,原告が被告の主力商品のみを標的にして行った差別的な原価セールにおいて,被告の主力商品についてのみ,営業秘密である卸価格(仕入価格)を大々的に公表すると同時に,利潤や必要経費を一切無視した著しいコスト割れ価格である仕入価格による商品提供行為を行ったことは,被告と被告の取引先小売店に対して競争者との競争において著しく不利な扱いをしたものであり,その結果,西日本地区の主要都市における一般消費者向け医薬品の卸売市場及び小売市場における公正な競争を阻害したものというべきである。したがって,このような原告の行為は独占禁止法上の不公正な取引方法の「取引条件等の差別取扱い」(一般指定第4項)に該当するものである。 (サ) 景品表示法違反 (a) 被告が原価セールに協力したという不当表示 原告は被告の主力製品を対象として原価セールを行う場合に,販売チラシにおいて「ファイト一発!!でおなじみの大正製薬の協力により仕入価格で販売!!」との記載をした。 しかしながら,被告は原告の原価セールに協力をしたことは一切なく,これは重大な虚偽記載である。このような虚偽記載により,当然一般消費者は原価セールは被告の協力の下に行われた信頼できるセールと認識しており,また被告の取引先販売店も同様に被告が原告の原価セールを積極的に支援していると誤認している。原告は,被告の社会的名声と信用を利用しつつ,自己の営業への信頼性の増大,集客効果の増強策を図ったものにほかならず,原告の虚偽広告が原告の取引条件について一般消費者に被告の協力による信頼できる廉売であり,原告の営業が被告により特別に優遇されているとの誤認を与え,その取引条件は実際のもの又は他の競争小売事業者のものより著しく優良であると誤認させたものであって,原告による上記記載が平成15年法律第45号による改正前の景品表示法4条(以下「景品表示法4条」という。)に違反することは明らかである。けだし,景品表示法4条で禁止する不当表示は,主として売買契約以前の段階において売買契約に入ることを誘引する広告その他の表示におけるぎまんを規制することを目的としており,原告の上記記載が,そのようなぎまんを与えるものであることは明らかだからである。 原告による前記の記載は,一般消費者に誤認を与えただけでなく,被告取引先小売事業者にも被告が原告を特別に援助しているとの誤認を与えたものであり,被告の信用を毀損したものである (b) 定価に関する不当表示 被告は,一般消費者や小売店の取引上の一応の目安として品目ごとに希望小売価格を設定しているが,原告は被告の主力商品数十品目の販売に際して,被告商品の品目ごとの「希望小売価格」をすべて「定価」と表示して一般消費者に大々的に告知し,一般消費者に価格について誤認を与えると同時に,あたかも被告だけが定価販売制(再販売価格維持制度)を採用し,小売価格を固定して販売しているかのような誤った印象を一般消費者に与えた。「定価」の表示の使用は,公正取引委員会が業界に対して強く抑制を求めているものであり,被告としては細心の注意を払って「定価」の表示を避けていたものである。 原告は,自己の販売価格と同時に「定価」の表示を併記することにより,原告が販売する被告の商品の販売価格が廉価であることを強調し,一般消費者にその販売価格が廉価であることを印象づけようとしているのであるが,被告は自己が販売する商品について「定価」の用語を一切用いておらず,「定価」は虚偽の表示であるから,原告の販売価格と「定価」の表示の併記は,景品表示法の規制する「不当な二重価格表示」に該当し,同法4条2号に該当するものというべきである。 また,原告の原価セールに関するチラシにおいて表示された仕入価格が正規の仕入価格と大幅に異なるものも存在するところであり,このような広告が同法4条2号に該当することも明らかというべきである。 原告のこのような不当表示により,一般消費者は被告と原告との取引条件について誤認し,また被告の名声と信用は不正に利用され,さらに被告取引先の小売事業者も被害を受け,被告は直接又は間接に多大の損害を受けた。 (原告の主張) ア 被告は,本件取引基本契約が期限の定めのない契約であることから直ちに何らの催告を要せず,何の理由もなく解約をすることが許されるとの前提で主張をするが誤りである。期限の定めのない継続的契約においても,継続的契約である以上,契約解除はいったん有効に成立した契約を消滅させるものとして,やむを得ない事由がある場合にのみ認められるべきものであり,契約の客観的実質的内容から判断して,契約の存続を無意味ならしめるような事由を必要とすると解すべきであり,一方当事者からの恣意的な解約が許されないことは当然である。判例上も,期間の定めのない契約について,原則解約可能論と原則解約不可能論の両者が併存している状況であり,判例が原則解約可能論を確定的に採用しているとはいえない。また,原則解約可能論においても,解約権の行使は信義則等に則って行われなければならず,契約の種類・性質・状況等によっては即時解約は不可能であり,予告期間を設けるなどの制約を課されることもあるので,無前提で解約が認められるものではない。 被告が援用する「資生堂事件判決」及び「花王事件判決」はいずれも本件とは事案を異にするものであり,本件取引基本契約の解釈に当てはめることはできないものである。まず,上記2判決の事案は,いずれも,契約に規定された解約条項に基づく解除の有効性が争われた事案であり,契約に規定された解約条項に基づく解除を認めた事案であるが,本件では,後記のとおり原告には契約に定められた解約条項に違反する事実は存在しないのであって,上記2判決と本件とは,明らかに事案を異にするものである。 次に,上記2判決の事案はいずれも,契約違反とされる行為が存在してから長期間にわたり,当事者間において折衝を繰り返した上で,解除条項に基づく解除を行ったという事案であるが,本件では,契約違反行為はなく,原価セールを行ったのも平成13年1月30日から同年5月6日までの間であり,その実施も断続的なものにすぎなかった。その上,被告が原告に対して原価セールの中止要請を行った事実は存在するものの,これに関して実質的な折衝はほとんど行われていなかったものである。被告はこのようななかで,突然の解約通知を行ったものであり,被告の解約に至る経緯も,前記2判決の事案とは全く異なるものである。 イ 仮に一般論として期限の定めのない継続的契約の解約に「やむを得ない事由」は不要であると解されるとしても,被告による本件取引基本契約の解約は,契約当事者間の信頼関係を全く無視し,大衆薬売り上げ日本一の大企業であるという自己の優越的地位に基づき,自己の意に反して安値販売を行う原告に対し,意に反する取引先であるということのみで,十分な交渉を行うこともなく,突然に行われたものであり,明らかに権利の濫用というべきである。 ウ 「やむを得ない事由」に関する被告の主張について (ア) 「被告商品の仕入価格の公表」について 被告の主張は,仕入価格(卸価格)は取引当事者間の秘密であることを大前提としている。しかし,被告自身が明言するように,基本的に被告の卸価格は全国同一価格なのであり,そのこと自体も周知されているのであるから,少なくとも,小売店相互間では相互に秘密であるはずがない。また,被告は大衆薬のトップメーカーであって,その取引する薬局薬店は全国的に相当数(おそらく一般的な薬局薬店のほとんど)と思われるものである以上,その卸価格が秘密であるというような評価は不可能であろう。 そして,被告は,そのような卸価格(仕入価格)を消費者に対して開示して販売することについて違法評価するだけの論拠としては,結局,他の小売店への影響を述べるに過ぎず,そのような多大な不利益が生じたという証拠もなく,仮に何らかの不利益が生じたとしても,契約解除事由の根拠として説得力のあるものではない。 なお,被告は,原告が仕入価格を公表したことが他の小売店に大きな衝撃と打撃を与えたと主張している。しかし,被告は,被告商品を取り扱う薬局薬店に対して「定価で販売することで利益確保ができる得意先様のみの取扱いにてお願いします。」「○○円にて利益確保をご提案します。」等の案内をし,再販売価格維持類似の行為を行い,自社製品の価格水準を安定させるなどの施策を行っている。このことからすると,被告の上記主張は,その実は,原告が行った原価セールにより,自社製品の一般小売価格水準を維持しようという被告の意図が阻害される結果となるということを主張しているにすぎない。 (イ) 「被告商品だけについての仕入価格の一般への公表(差別的公表)」について 原告が主に被告商品を対象に原価セールを行ったのは,被告が消費者に人気のある商品を多数そろえている大衆薬のトップメーカーであることが主たる理由である。しかも,新規店舗開店における新市場での認知を得るために期間を限定して行ったにすぎない。原告が原価セールを実施したことに対し,被告から解約通知という過剰な反応が示されたことにより,他のメーカーの商品について原価セールを行わなかっただけであり,殊更,被告を攻撃する意図で原価セールを行ったものではない。被告は勝手な推測で,悪意,害意を云々するが根拠のない不当な主張である。 被告が,原価公表により「一般消費者との関係では,被告商品の原価=その商品の価値といった誤った見方をされるおそれがあり」とするのは,具体的にどのような事実を指しているのか明らかでなく,その意味するところが不明である。 また,他のメーカーに対して,被告の卸価格が知られたことの不利益を主張しているが,一般的に(薬に限らず),小売店が,あるメーカーと価格交渉をする際に,他のメーカーの同種商品の仕入価格を示して値下げ交渉をするというようなことはごく普通の風景であり,何ら非難されるものでもない(このことは,卸価格が小売店にとって秘密ではないことを示すものでもある。)。 被告商品は全国一律の卸価格を設定しており,被告の卸価格は,他のメーカーとしても十分に認識可能なものであり,被告主張のような不利益は存在しないのである。 (ウ) 「原告の原価セールを被告が支援している旨の虚偽宣伝」について 被告が主張するような「ファイト一発!!でおなじみの大正製薬の協力により大正製薬の商品を仕入価格で販売」との記載のあるチラシが一部に存在したことは事実であり,その表現に根拠がないことも事実である。しかし,これらは,末端の一部の店舗において一時的に行われたものに過ぎず,グループ全体に対する取引基本契約の解除を理由あらしめる事由に該当するものとは到底考えられない。その違反行為に見合った何らかのペナルティが課せられるというのなら理解はできるが,些細な違反行為がなされたことを理由として,小売店である原告の経営基盤を揺るがすような全面的な契約解除という手段が認められるはずはない。 (エ) 「被告商品の仕入価格での販売」について 被告は,仕入価格(卸価格)の公表とは別にその価格での販売を違法視している。しかし,被告自身が認めるように,被告商品を仕入れた薬局薬店がこれをいくらで消費者に販売しようが,それが不当廉売・おとり廉売等の観点から問題となることは格別,被告がその販売価格を問題とすることはできないはずである。したがって,被告が仕入価格での販売を問題視することは矛盾している。 原価セールに限らず,価格競争は市場競争における最も典型的な競争行為であり,原則として自由である。そして,それにより競争者が淘汰されることは市場原理に基づくものであって,不当廉売等の特別な規制に該当しない以上,これを法律的に非難することは許されない。ここでの被告の主張は,厳格な競争入札制度によって,零細な土木建設業者が経営的に立ち行かなくなることを理由に,談合行為を許容する立場と同様のものと言わなければならない。 (オ) 「被告ブランドの不当な悪用」について ここでの被告の主張は,原価セールが違法,不当なものであることを前提として,そのような行為に被告のブランドを利用したことを非難するに過ぎない。既に主張してきたように,原価セール自体が違法なものといえない以上,被告の主張は失当である。原告は,原価セールにおいて,単に被告商品を仕入価格と同一価格で販売する旨を広告し,他の薬局薬店よりも低価格で商品を販売していることをアピールしたに過ぎない。スーパー等で,顧客を誘引するために,有名メーカーの人気商品を安売りの目玉商品にすることは一般的に見られるものであり,それをもってブランドの悪用等という法的評価がされるものではない。 (カ) 「被告からの原価セール中止要請の拒否及び原価セール中止の対価の要求」について 具体的な日時等は不明であるが,取引交渉の機会に,何度か原告の担当者らに対して,被告の担当者から「やめてくれないか」という口頭の依頼があったことは事実である。 当時,大阪の原告店舗で被告から提供されたシステム機器のトラブルが生じたなどの事情もあり,原告と被告との間では担当者間でやり取りが行われていたもので,また,当然ながら通常の取引の話も日常的に行われていた。そのような時期に,原告の各地の新規店舗の担当者が顧客開拓のために限定的に原価セールを行っていたものであり,被告の担当者からの原価セールをやめてほしい旨の話は,各種取引条件についての日常的な話合いの中で表明されたものにすぎない。 原価セールは,原告の新規店舗が新たに市場に参入するための一時的な販売政策として行っているものであり,販売活動として許容されるものである。 そのような違法行為といえない行為について,被告側から中止の依頼があった場合,その機会に,自社側に利益のある条件を相手側から引き出そうとすることは取引交渉として是認されるべきものである。仮にB専務が取引交渉の機会に被告主張のような発言をしたとしても,それをもって公序良俗違反などということができないのは当然である。 また,被告からの中止依頼は決して強硬なものではなく,本件取引基本契約の解約をほのめかすようなものでもなかった。原価セールの問題も含めた取引の話が継続しているなかで,たまたまB専務が外国出張で不在となるため,その帰国後に交渉を再開することが予定されていた。しかし,B専務の出張終了時に,交渉再開もなされないまま突如本件解約通知がされた。このように,本件解約通知は突然に,予告もなく,しかも記者会見を先行して行うといった異常な形でなされたものであり,理由はともかく何としても原告との取引を解消したい被告の意図は,明白である。仮に,原価セールの中止という目的だけなのであれば,そのような異常な形での解約は不必要だったはずであり,突然に解約しなければならないほど,差し迫った被害が被告に生じていたとは考えられない。 (キ) 「消費者に対するブランド力の低下」について 被告の主張するところは,一部のファッション関係のブランド商品のように高価格政策を維持することに意味がある商品についてはともかく(ただし,その場合でもその高価格政策自体が法的に保護されるか否かは別であるが),被告商品のような大衆薬については,原価セールによってブランド力が低下することはあり得ないし,企業としての信用を失うものでもない。また,仕入価格の公表により企業としての信用やブランド力がどうして低下するのか不明であり,被告の主張する内容は自己中心的で独善的な主張に過ぎない。 (2) 被告による解約の意思表示が本件取引基本契約上の解約条項に基づく解約として有効か。 (被告の主張) ア 本件取引契約上の義務違反 本件取引基本契約第3条は,次のとおり規定している。 「乙(原告)は,商品の推奨販売に努め生活者に商品を販売するものとします。甲(被告)は,必要に応じ商品の陳列,販売方法等を乙と協議することにより,乙の販売を支援し,もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資するものとします。」 この条項は,第1文で原告の推奨販売義務及び生活者への直接販売義務を規定し,第2文前段では被告の協議義務を規定するとともに,第2文後段で原告被告双方の共同利益増進義務・円滑取引維持義務を規定しているものと解すべきである。けだし,取引基本契約は当事者間の取引における基本的事項を定めるとともに取引における基本精神を体現するものであり,契約条項の解釈を行うに当たっても,契約条項の文字面を追うのではなく,契約の基本精神に立ち返って目的論的に解釈されなければならないところ,本件取引基本契約第3条では,当事者間において「共同の利益の増進と円滑な取引の維持」を実現することが目指されているのであり,契約当事者としては,他方当事者に対する背信行為ないし不信行為を行って他方当事者の利益を害し,これに損害を与えるようなことを行ってはならないという趣旨が当然に盛り込まれていると解すべきだからである。したがって明示的・具体的な禁止規定が契約に定められていなくても,上記の趣旨に反するような行為があれば本件取引基本契約第3条違反として契約を解除することができる。 原告が行った原価セールは,著名なブランド商品である被告商品の仕入価格を公表し,その価格で被告商品を廉売するというものであり,被告商品の仕入価格という営業上の秘密を開示し(営業秘密の侵害),その競争会社との関係で被告を競争上不利な立場に陥れ(営業上の利益の侵害),被告の取引先である薬局薬店に打撃を与える(被告の販売ネットワークへの打撃)とともに,被告が原告の協力者ではないかとみられて取引先からの信用を失わせ(信用失墜),消費者との関係では被告の商品だけを狙い撃ちにして仕入価格を開示し,被告の企業イメージや被告商品の信用,ブランドイメージを傷つけたのである。このような原告の行為が「共同の利益の増進と円滑な取引の維持」を踏みにじるものであって,本件取引基本契約第3条に違反することは明らかである。 また,原価セールは,他の小売事業者をして被告から商品を購入しないで原告から被告商品を購入することを可能ならしめるものである。このような結果をもたらす可能性のある原価セールは,仮に業者に販売することを主たる目的とするものでなかったとしても,本件取引基本契約第3条の明文規定に違反するか,少なくともその趣旨にもとる行為であることは,明らかである。 さらに,「推奨」とは「良いものであるとして,人にすすめること」「ほめて引き立てること」と一般に解されているところ,原告による被告商品だけを対象とした原価セールという行為は,消費者との関係で被告ブランド及び被告商品ブランドを毀損して被告の信用を低下させる行為であり,競争会社との関係では被告を競争上不利な立場に追い込む行為であるから,このような行為は仕入先である被告ないし被告商品を「推奨」しているとはいえず,結局,原告の販売形態は,本件取引基本契約第3条の定める被告商品の「推奨」販売義務にも違反している。 加えて,本件取引基本契約第3条の趣旨にかんがみると,同条においては,原告が関係法令の遵守や一般消費者向け医薬品取引に関する正常な商慣習を尊重すべき義務をも規定しているものと解すべきところ,本件において原告が行った原価セールは,一般消費者向け医薬品販売における正常な商慣習に反する行為であって,それを長期間にわたって被告の著名商品を標的にして大規模に行うことは同条に違反するものである。 イ 本件サポートVAN契約上の義務違反 被告原告間の本件サポートVAN契約第5条1項第1文は,以下のとおり規定している。 「甲(原告)は,本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ(甲データ又は甲データ及びその他のデータに乙(被告)が処理加工を加えて作成したデータをいい,ファイル化したものも含む。)及び乙資料(乙データに基づき出力される売上月報,その他のデータリストをいう。)を機密に保持し,理由の如何を問わず本契約内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡,貸与もしくは使用許諾してはならない。」 また,同契約第15条は,次のとおり規定している。 「甲又は乙に下記事由の1つでも発生した場合,他方当事者は本契約を解約することが出来る。下記事由が発生した当事者はその負担する全債務について期限の利益を喪失する。 @ 一方当事者が他方当事者に対する本契約若しくは取引契約又はその他の両当事者間の契約に基づく債務の1つでも履行を怠ったとき」 被告商品の卸価格(仕入価格)は,予め被告が定めるものである(本件取引基本契約第1条第2文)。つまり原告がその価格決定に関与する余地はない。 そして原告は,サポートVANシステムによって被告商品の卸価格を知り得ることになるのである。したがって被告商品の卸価格が「サポートVAN契約に基づき取得した乙データ」に該当することは明らかであるから,原告はその守秘義務を負っている。しかしながら被告商品の卸価格の公表により,原告はこの義務に違反したものである。 したがって,本件サポートVAN契約は,同契約第15条に定める解約条項に基づき解約することができ,同契約は本件取引基本契約第5条1項@に定める「その他の契約」に該当するので,被告は本件サポートVAN契約違反を理由として本件取引基本契約を解約することもできる。また,本件サポートVAN契約は,本件取引基本契約第3条2文前段に基づいて原被告間で協議して締結されているので,本件サポートVAN契約違反は本件取引基本契約違反ともいい得るものであって,この点からも本件取引基本契約を解約することが可能というべきである。 ウ 解除の適法性 前記ア及びイに述べるとおり,原告には本件取引基本契約及び本件サポートVAN契約(本件取引基本契約第5条の「甲乙間のその他の契約」に該当する。)にも違反しているので,被告は本件取引基本契約を解約することができる。 被告は平成13年3月以降,本件解約通知に至るまでの間,原告本部事務所,各店舗に対して被告製品を対象とした原価セールの中止をたびたび申し入れたが,本部事務所が,原価セールは各店舗がその判断で行っているから本部が中止させることはできない等と説明する一方で,各店舗の責任者は,本部の命令で行っている,チラシ配布も本部の許可が出ない限り対応できない等と弁解し,原告はのらりくらりと不誠実極まりない対応に終始した。その上,平成13年5月7日には,被告との交渉担当者であった原告のB専務は,被告からの原価セール中止要請に対して中止の対価を要求してきたのである。こうした一連の事実は,被告が,原告に対し,債務不履行行為をやめるよう適法に催告し,これを原告が拒否したと評価すべきである。本件では,このような適法な催告の後,本件解約通知まで相当期間が経過していたものであるから,本件取引基本契約は適法に解除されたというべきである。 なお,解約に関する判例理論によれば,契約当事者間に著しい不信行為その他のやむを得ない事由がある場合には,催告を要せず,即時解約が認められる(最高裁判所昭和49年(オ)第904号同50年2月20日第一小法廷判決・民集29巻2号99頁等)。契約当事者間に著しい不信行為その他のやむを得ない事由がある場合には,その時点で信頼関係が既に破壊される等して,関係修復が不可能ないし著しく困難となったわけであり,相手方に対して催告をする意味がないからである。本件の場合,上記ア及びイで述べたとおり,原告に著しい不信行為があり,またやむを得ない事由が存在するので,被告の解約は,即時解約と評価されるものであったとしても,有効である。 (原告の主張) ア 本件取引基本契約上の義務違反について 被告は,原告が本件取引基本契約第3条の「共同利益増進義務・円滑取引維持義務」に違反したと主張する。しかし,この条項は抽象的な取引当事者間での義務を定めたものであり,どのような行為が本条違反に該当するかは個別具体的に論証される必要があることはもちろんである。 しかしながら,被告の主張するところは,「原告は,被告が全国同一価格で小売店に商品販売をしていることを知っているのであるから,原価セールをすることは,原告と競合する小規模の小売店の経営を成り立たなくさせて大きな損害を与えること‥‥‥」などが予想できるから,原告は原価セールをすべきではなく,本件取引基本契約第3条に違反するというものでしかない。 小売店の間における競争の結果,競争に敗れた小売店の経営が成り立たなくなるということは,自由競争市場では当然の前提とされていることであり,それを回避する法的義務は小売店相互にはないし,もちろん被告に対してもそのような義務が生じるはずはない。仮に,そのような義務を被告が原告を含む小売店に課しているとすれば,それは競争制限的な行為といわなければならない。 したがって,仮に原価セールが被告の主張するように,他の小売店の経営に多大な影響を与える結果となったとしても,そのことが本件取引基本契約の解除の事由になるものではない。もちろん,本件の原価セールは独占禁止法上の不当廉売等の不公正な取引方法に該当するものではなく,行き過ぎた競争行為というような評価がされるものでもない。 また,被告は,原価セールが生活者への直接販売義務に違反する可能性をも指摘するが,原告は現実にそのような行為は行っておらず,原告の宣伝方法,販売方法から考えても,被告の販売政策を倒壊させるような危険性が存在したとは到底考えられない。 イ 本件サポートVAN契約上の義務違反について 被告は,原価セールが本件サポートVAN契約第5条に違反するとするが,原価は同条にいう「乙データ」に該当するものではなく,守秘義務の対象ではない。このことは,本件サポートVAN契約の趣旨から考えても当然であるし,原告・被告間において商品の原価はそもそも秘密ではないことからも自明である。 (3) 原告に本件取引基本契約に付随する義務違反があるか。 (被告の主張) ア 本件取引基本契約は継続的取引契約といわれるものであるが,継続的取引契約は,信義則をその基礎に置くものであるから,取引の一方当事者は他方当事者に対して,誠実に行動し,背信行為ないし不信行為を行わず,他方当事者に不利益や損害を生じさせるような行動を行わない義務を負っている。その背信行為・不信行為の内容は,法律違反,債務不履行,不法行為だけでなく,広く当事者間の信頼を損なうすべての行為を含む。したがって,契約の明文規定の違反とはいえない場合であっても,このような背信行為・不信行為がある場合には,契約を解約し得るものである。 イ しかるに,原告は,前記(1)(被告の主張)ウで述べたような背信・不信行為を行ったものであり,被告は本件取引基本契約を解約することが可能であったというべきである。 ウ そして,前記(2)(被告の主張)ウで述べたとおり,本件においては,被告が,原告に対し,債務不履行行為をやめるよう適法に催告し,これを原告が拒否したとみられるべき事情が存在する上,催告後相当期間が経過した後に本件解約通知が行われたものであるから,本件解約通知により本件取引基本契約は適法に解約されたものというべきである。なお,仮に本件解約通知による解約が催告なしの即時解約と評価されるものであるとしても,前記(2)(被告の主張)ウで述べたように,契約当事者間に著しい不信行為その他のやむを得ない事由がある場合には,催告を要せず,即時解約が認められるところ,本件の場合には,上記のとおり,原告に著しい不信行為があり,またやむを得ない事由が存在するので,本件解約通知による解約は有効である。 (原告の主張) 被告が,信義則違反として主張する事情は,前記(1)(原告の主張)ウにおいて主張するとおり,いずれも本件取引基本契約の解除を基礎づける事由とはなり得ないものであって,被告の主張は失当である。 (4) 同時履行の抗弁権が成立するか (被告の主張) ア 本件取引基本契約に基づく被告と原告の間の取引においては,商品代金は基本的には後払いとされていたが,売買代金前受金を受領し,保管することが取引条件の一つとされ,本件解約通知当時は被告は原告から前受金を受領し,保管していた。 イ 被告が平成13年7月4日付内容証明郵便によって,被告が原告に対して有する原価セールによる損害賠償債権を自動債権とし,前記前受金返還債務を受動債権として行った相殺の意思表示により,被告が保管していた前受金は損害賠償債務へ充当され,前受金の支払が行われていない状態となった。 ウ 被告は,原告が前受金の支払を行うまで,本件各商品の引渡を拒絶する。 (原告の主張) 被告の主張のうち,本件取引基本契約に基づく取引において商品代金が後払いとされていたことは認めるが,その余はすべて否認ないし争う。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1)(被告による解除の意思表示が期限の定めのない契約の解約として有効か),争点(2)(被告による解約の意思表示が本件取引基本契約上の解約条項に基づく解約として有効か)について (1) 判断の前提となる事実関係 前記争いのない事実等(前記第2,1)に証拠(甲1,7,8,乙1,6,7の1,12の1,2,13ないし36,39,40,41,42,43,45ないし70,86,88,89 170,172ないし175,証人C,証人A,証人B)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。 ア 当事者 原告は,原告代表者が昭和49年に先代から引き継いだ「ダイコク薬局」を前身として,原告代表者によって昭和63年12月に株式会社として設立されたものであり,主にドラッグストアの経営を行い,近畿地方を中心に23都府県に63店舗を有するに至っている。 被告は,国内最大手の一般大衆向け薬品の製造販売業者である。被告は小売店に対して卸事業者を介さずに直接契約を締結して被告商品の供給を行うという販売方式を採用している。 イ 原告と被告の取引 原告は,設立されて間もなく,平成元年6月6日に被告との間に取引基本契約を締結し,被告との取引を開始した。上記取引基本契約に基づく取引の形態は,原告からの発注に応じて被告が代金後払いで商品を供給するというものであったが,商品の仕入価格(卸価格)については,小売店が被告の株主か非株主かによって価格が異なるものの,基本的には被告が定める全国一律の価格とされていた。 ウ 本件取引基本契約の締結 原告と被告の間で締結された前記取引基本契約は,期限が定められているものではなかったが,関係法令が変更になった場合に新たな契約書が作成されるなどして契約が数度にわたり更新され,最終的に平成9年8月4日に本件取引基本契約が締結された。本件取引基本契約の契約書(乙1)は,「取引基本契約書」と題された全8箇条からなる契約書であって,まず前文として, 「大正製薬株式会社(以下甲という)と株式会社ダイコク(以下乙という)とは,甲の取扱商品(以下商品という)の継続的売買取引に関する基本的事項を定めるため,次のとおり本契約を締結します。」と記載され,それに続いて,以下の条項が置かれている。 第1条 甲が乙に売り渡す商品の品名,包装,数量,支払条件等必要な事項は,原則として取引の都度甲乙協議して定めるものとします。甲が乙に売り渡す価格は,予め甲が定めます。 第2条 乙は,商品受領後遅滞なく商品の検査を行うものとし,商品に引渡前の事由による瑕疵があった場合は,甲に対し当該商品の返品又は交換を求めることができます。 引き渡し後の事由による商品の瑕疵については乙が責任を負うものとします。 第3条 乙は,商品の推奨販売に努め生活者に商品を販売するものとします。甲は,必要に応じ商品の陳列,販売方法等を乙と協議することにより,乙の販売を支援し,もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資するものとします。 第4条 甲が商品の各種キャンペーン又は歩戻付き特売を提案する場合の条件は,甲が別途定めるものとします。 第5条 1.次の@又はAのいずれかの事由が発生した当事者は,本契約その他の甲乙間の契約から生じた債務について直ちに期限の利益を失うものとします。この場合,他方当事者は当該当事者に何らの催告なしに(但し,金銭債務を除く@の事由に該当する場合は催告の上)これら契約に基づく全部若しくは一部の取引を停止し又はこれら契約若しくはその個別契約を解除することができるものとします。 @ 本契約,その個別契約又は甲乙間のその他の契約に違反した場合 A 仮差押,差押,競売申立,破産申立,又は不渡その他資産,信用状態の悪化若しくはその虞があると認められる場合 2.前項の場合,他方当事者は取引停止または解除の有無に拘らず被った損害を当該当事者に請求することができるものとします。 第6条 本契約締結時既に存在している甲乙間の継続的売買取引は同一性をもって存続し,本契約成立後は本契約条項に従って処理されるものとします。 第7条 本契約及びその他甲乙間の総ての契約に関する紛争の第一審裁判所は,甲の本店所在地を管轄する裁判所とします。 第8条 本契約に定めのない事項又は本契約に関する疑義については,甲乙誠意をもって協議し,これを定め又は解決するものとします。 本件取引基本契約中には,原告による仕入価格の開示及び仕入価格と同額での被告商品の販売を禁じる旨の明文の条項はない。 エ 本件サポートVAN契約の締結 被告は,取引基本契約を締結して被告から継続的商品供給を受ける小売店に対する販売支援の一環として,小売店が売上管理,仕入管理,原価管理等を被告が企画したシステムを利用して行うことのできるようなサポートVANシステムを開発し,同システムの利用に係る契約を小売店と締結していた。被告は,原告との間においても,原告の店舗ごとに本件サポートVAN契約を締結し,同契約に基づき,被告は原告の店舗にPOSレジ端末(付属品を含む。),オプション機器(付属品を含む。),その他の機械設備等を貸与した。 本件サポートVAN契約の契約書には,次の各条項が置かれている。 第2条(定義) 本契約書に用いられる下記用語は,それぞれ次の意味を有する。 @甲データ:甲(原告)が端末から入力する仕入,売上,支払,在庫等に関するデータをいう。 A乙データ:甲データ又は甲データ及びその他のデータに乙(被告)が処理加工を加えて作成したデータをいい,ファイル化したものも含む。 B乙資料 :乙データに基づき出力される売上月報,その他のデータリストをいう。 第5条(機密保持) @ 甲は,本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し,理由の如何を問わず本契約内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡,貸与もしくは使用許諾してはならない。(以下,省略) 第15条(解約等) 甲又は乙に下記事由の1つでも発生した場合,他方当事者は本契約を解約することが出来る。下記事由が発生した当事者はその負担する全債務について期限の利益を喪失する。 @ 一方当事者が他方当事者に対する本契約若しくは取引契約又はその他の両当事者間の契約に基づく債務の1つでも履行を怠ったとき。 A 不渡処分,仮差押,差押,競売又は破産の申立等の法的手続が採られたとき。 B 本契約の条項に違反したとき。 C 支払困難とみられる状態が発生したとき。 オ 原価セールの実施 平成13年1月から同年5月にかけて,原告は,広島県,愛媛県,熊本県,奈良県,徳島県,岡山県等に所在する原告の店舗において,概ね別紙原価セール実施状況一覧及び一覧表のとおり,被告商品のうち十数品目から九十数品目程度の品目について,その仕入価格を新聞折込み用や街頭手配り用の販売チラシに表示し,同チラシに記載された仕入価格と同一価格でこれらの商品を販売した。 カ 原告と被告の折衝経緯及び本件解約通知 被告は,遅くとも平成13年3月ころには,原告店舗における原価セールの実施を知り,原価セールを行った原告の店舗のうちいくつかの店舗については,被告の担当者から店舗の責任者に対して原価セールの中止を申し入れた。 しかし,上記申入れ後も,原価セールが中止されなかったため,同年4月5日に,被告における担当者間で対策を検討し,被告の大阪支店営業部から原告の本部に対して原価セールを止めるように申入れをすることとした。そして,同月16日,被告における担当者であったAが,商談のために原告の本部を訪れた際,原告における被告との交渉窓口であった原告のB専務に対して,取引上の懸案事項のひとつとして原価セールの中止を口頭で要請した。これに対するB専務の回答は,原告においては,店舗経営の多くの部分を各店舗の店長あるいはブロック長が行っていることから,原告の本部は現場の店舗による原価セールの実施に関しては関与できない旨のものであった。 この後も,AとB専務は商談のために週に1,2回の割合で会っており,その際,Aが他の様々な取引上の問題と共に原価セールの中止の要請を口頭で行うこともあったが,その際のB専務の回答も前記と同様のものであった。 同年5月7日,原告から新規開店の店舗に導入したサポートVANシステムの付属品であるPOSレジ端末にトラブルがあったという連絡を受けたため,Aとその部下であるDは,原告の本部へ赴き,折衝に当たった。その際,原告が上記トラブルに関する補償を請求したので,その点がまず議題とされたが,その後,Aが原価セールの問題を持ち出し,その中止を要請した。これに対するB専務の回答は,各店舗が判断して行っている原価セールについて,本部が指示を出して全国一斉に方針を変えさせることは困難であるが,原告の会長の意向を確認してみるという趣旨のものであったが,この回答とは別に,B専務は,仕入価格を掲載したチラシを出さないことに対する見返りとして,金員を支払うつもりがあるかどうかを尋ねた。 結局,この5月7日の折衝では,B専務において原告の会長の意向を確かめるということが確認されたにとどまり,原価セールの扱いをどうするかの問題については結論が出ず,まして原告が原価セールを中止しない場合に被告において本件取引基本契約を解約するという話も出なかった。その後,B専務は海外出張に出たため被告との折衝に当たることはできなくなったが,被告から,原告の他の担当者や原告代表者に対して原価セールの中止についての申入れをしたり,この問題の交渉のために連絡を取ったりすることはなかった。 被告は,同年5月20日付けの本件解約通知により,被告が原告と締結している本件取引基本契約及び本件サポートVAN契約を即時解約する旨の意思表示を行い,本件解約通知は,同月21日に原告に到達した。 なお,上記認定に関して,被告は,原告の原価セールにつき,遅くとも平成13年3月には,被告が問題とし,被告の担当者から原告の本部に対して中止要請を行っていた旨の事実を主張し,C証人及びA証人もこれに沿う供述をするけれども,そのような事実を認めることはできない。すなわち,C証人の供述中の上記の点に関する部分は,そもそも伝聞情報を内容とするものであって直ちに信用することができないものであることに加え,その内容も「‥‥‥1月から2月にかけてずっと原価セールが行われ始まりましたんで,再三の中止要請をしたんですけれども‥‥‥」というものであり,2月には原価セールが行われていないという客観的な事実にも反するものであって,信用することができない(Cの陳述書(乙170)中これと同旨の事実を述べる部分についても同様の理由により信用できない。)。次に,A証人は,同年3月中旬には原告本部に面談を求め,同月中に10回は折衝を行ったと供述するけれども,同供述は,証人尋問のわずか4か月前である平成15年6月に作成された同人の陳述書(乙172)において,原価セールの問題に関し,4月になって被告の各担当者間で対策を検討して大阪支店営業部から原告本部に対して申入れをすることになった旨のをいう内容と矛盾するものである。本件の経緯に照らすと,この4か月の間に,原告の本部との交渉をいつ開始したかという重要な点について,A証人の記憶が突然蘇るということは考えにくいところであって,その供述の変遷につき合理的な説明がない以上,同証人の上記供述も信用することができない。そうすると,他に的確な証拠がない本件においては,同年3月から原告本部に対して原価セールの中止を要請していたとする被告の主張を認めることはできない。 (2) 期限の定めのない契約の解約について 被告は,本件取引基本契約は期限の定めのない契約であるから,契約当事者は,いつでも,解約告知により,将来に向かって契約の効力を終了させることができると主張し,本件取引基本契約は,本件解約通知により有効に解約された旨をいう。 そこで検討するに,本件取引基本契約は,いわゆる継続的商品供給契約と呼ばれるものであるところ,前記(1)において認定したとおり,同契約には,契約当事者の双方又は一方が,いつでも任意に,あるいは契約に定めた一定の事由が生じた場合に,相手方に告知することにより,将来に向かって契約関係を終了することができる旨の条項は,置かれていない。また,本件取引基本契約の契約当事者間において締結される契約として,本件サポートVAN契約が用意されており,契約当事者は,同契約に基づき機械設備の貸与及びデータの提供等を受けることが予定されている。 そして,原告と被告との間では,遅くとも平成元年に取引基本契約が締結されて以降,契約を更新しながら本件解約通知に至るまで約13年にわたって取引関係が継続されており,その間当事者の一方から契約関係の継続について疑問が述べられることもなく,原告は,被告から被告商品の仕入れを行うだけでなく,各店舗ごとにサポートVAN契約を締結して,被告から提供されたPOSレジ端末等を含めた機械設備を利用して各店舗の売上管理,仕入れ管理,原価管理等を行っていた。 上記のような,本件取引基本契約の内容及び運用状況並びに原告被告間における本件解約通知以前における取引の経緯等に照らせば,少なくとも商品供給者たる被告から供給先である原告に対する本件取引基本契約の解約については,被告が原告に告知することにより任意に契約関係を終了させることはできず,被告は,契約を継続しがたいやむを得ない事由が存在する場合に限り,告知により契約関係を将来に向かって終了させることができるものと,解するのが相当である。 したがって,被告の主張のうち,本件取引基本契約が期限の定めのない契約であることから,契約当事者の一方は,いつでも相手方に告知することにより,契約関係を終了させることができる旨をいう主張は,採用することができない。 (3) 契約を継続しがたいやむを得ない事由の存否について そこで,本件取引基本契約について,被告に同契約に基づく取引を継続しがたいやむを得ない事由が存在したかどうかを検討する。 ア 被告は,本件取引基本契約による取引を継続しがたいやむを得ない事由として,様々な主張をするが,要約すれば,原告が,@被告商品の仕入価格を,正当な理由なく,不正競争防止法や健全な商慣習に反して公表し,A被告ブランドを悪用して,被告商品だけについての差別的公表を行うとともに,被告において原価セールを支援している旨の虚偽宣伝を行い,B独占禁止法等の法規や健全な商慣習に反して被告商品を仕入価格で販売したことにより,C被告は,消費者に対するブランド力が低下し,原告店舗の付近地域における被告製品の販売量も減少するなどの被害を被った,Dそれに加え,原告は被告から原価セールを中止するように要請を受けるや,これを拒否するだけでなく中止の対価を要求する行為に及んだものである,そしてこれら@ないしDの原告の背信行為によって原告被告間の信頼関係は破壊され,取引関係の継続しがたいやむを得ない事由が発生した,という趣旨をいうものと解される。そこで,以下においては,上記@ないしDの個別の事情の存否について検討した上で,本件において,本件解約告知により本件取引基本契約の終了を正当化するに足りる,取引関係を継続しがたいやむを得ない事由の存在が認められるかどうかを検討することとする。 イ 仕入価格を公表した販売について 被告は,原告が原価セールにおいて,被告商品の仕入価格をチラシ等で公表した行為は,不正競争防止法に違反する行為であり,かつ健全な商慣習にも反する行為であると主張する。 (a) そこで,まず,上記のように原告が仕入価格を開示した行為が,不正競争防止法上の不正競争行為に該当するかどうかについて検討する。 不正競争防止法2条4項及び2条1項7号の規定によれば,特定の売買契約における売買価格が秘密として管理され,公然と知られていない場合には,当該売買価格が「事業活動に有用な営業上の情報」として,不正競争防止法上の「営業秘密」に該当し,それを保有する事業者から当該売買価格を示された者が,その保有者に損害を与える目的でこれを開示したときには,当該開示行為が同法2条1項7号所定の不正競争行為に該当することがあり得るものと解される。しかしながら,売買価格は,契約当事者たる売主と買主との間で折衝を通じて形成されるものであり,両当事者にとっては,それぞれ契約締結ないし価格の合意を通じて原始的に取得される情報というべきであり,各自が自己の情報として保有するものというべきである。 本件の原価セールについてこれをみるに,被告から原告への被告商品の卸価格(仕入価格)は原告が原価セールにおいて開示するまでは公然と知られていないものであったから,被告がこれを秘密として管理していたのであれば,不正競争防止法上の「営業秘密」に該当し,被告からこれを示された第三者が被告に損害を与える目的でこれを開示したときには,同法2条1項7号所定の不正競争行為に該当することがあり得るものということができる。しかし,原告は被告と共に被告商品の売買の当事者となっている者であり,被告商品の仕入価格(卸価格)は,原告が売買契約の当事者たる買主としての地位に基づき,売主との間の売買契約締結行為ないし売買価格の合意を通じて原始的に取得し,原告自身の固有の情報として保有していたものであって,被告が保有し管理していた情報を取得し,あるいは被告から開示を受けたものではない。したがって,原告との関係においては,被告商品の仕入価格(卸価格)は,その保有者から示されたもの(不正競争防止法2条1項7号)ではなく,また,不正な手段により取得され(同項4号),あるいは取得に際して不正取得行為(同項5号,6号)若しくは不正開示行為(同項8号,9号)が介在等したものに該当する余地もないから,原告が,被告商品の仕入価格(卸価格)を原価セールにおいて広く消費者に開示したとしても,当該開示行為は,不正競争防止法上の不正競争行為に該当しないというべきである。 この点に関し,被告は,本件取引基本契約において被告商品の卸価格は被告が決めることとされており,被告と原告の間においては売買価格の決定について全く折衝の余地がなく,単に被告が決めた価格を原告が受け入れる関係に過ぎないのであるから,仕入価格(卸価格)を原告自身の固有の情報として保有しているものではなく,被告商品の仕入価格は,不正競争防止法上の営業秘密に該当すると主張する。なるほど,本件取引基本契約においては,商品の価格はあらかじめ被告が定めるものとされているが(本件取引基本契約第1条),売主においてあらかじめ売買価格を定めているとしても,それは売買に当たって売主側から一定の売買価格による売買の申込みがされているというだけのことであって,個別の売買契約は,売主からの申込みを買主が承諾してはじめて成立するものであり,買主の承諾によりはじめて売主から提示された価格が当該売買契約における売買価格となるものであるから,本件取引基本契約に基づく取引においても,被告商品の仕入価格が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するものではない。 (b) 次に仕入価格を公表した販売行為が健全な商慣習に反するという被告の主張について検討するに,証拠(乙33,34,140の1ないし322,145ないし149,171の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,被告商品を取り扱う複数の小売店からは,原告による原価セールの実施に対する不満が表明されていること(これらのほとんどは,単に,原告の原価セールの実施や先行事件(当庁平成13年(ワ)第10472号事件)の一審判決(甲7の1)に対して,抽象的に不満を述べるだけの内容であって,原告の原価セールにより具体的にどのような不利益を被ったかについては記載されていない。),被告からの照会に対して,日本商工会議所が,一般的に継続的取引関係にある当事者間において,一方の当事者が,合理的な理由なくして,みだりに第三者に価格等の取引条件を漏えい・公表しないことは,取引上の慣行ないし常識であると認識している旨の回答(乙171の1,2)をしていることを認めることができる。しかしながら,(a)において認定説示したとおり,売買契約における商品の価格を,契約当事者が公表することは,不正競争行為に該当するものではなく,また,原告による原価セール実施前に仕入価格の公表について問題となった事件はなかったことから,この点について社会的な議論がされたことがなく,社会的に一般的な共通認識が存在したとも認められない(日本商工会議所が,被告の上記照会に対する回答以外において,このような見解を公の場で表明したり,出版物等において公表したりしたことは,認められない。)。 かえって,一般的には,新たな契約を締結するに当たっての当事者間の交渉においては,自己に有利な取引条件を獲得するために,既存の取引における価格等の条件を引き合いに出して,相手方に譲歩を求める交渉の手法が日常的に行われていたところ,このような行為が健全な商慣習ないし取引慣行に反するといった認識は存在しなかった。これらの事情に照らせば,原告が原価セールを実施した当時において,被告の主張するように仕入価格を公表してはならないとする商慣習が存在したとまでは認めることができない。 上記のとおり,原告が被告商品の仕入価格を公表したことが,不正競争防止法所定の不正競争行為に該当し,あるいは健全な商慣習に反するという被告の主張は,いずれも採用できない。 ウ 被告ブランドを悪用した事実について 被告は,原告が被告ブランドを悪用して被告商品だけについての差別的公表を行い,被告において原価セールを支援している旨の虚偽宣伝を行ったと主張する。前記(1)において認定した事実関係に証拠(乙13ないし34)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告が行った原価セールにおいては,仕入価格を公表した商品として,被告商品のほか久光製薬の商品がチラシに掲載されたことがあったが,それ以外はすべて被告商品のみが対象商品とされていたこと,原告が岡山市において頒布したチラシには,「ファイト一発!!でおなじみの大正製薬の協力により大正製薬の商品を仕入価格で販売」と記載されたものがあったことが認められる。 上記に照らせば,原告の原価セールにおいて被告商品の仕入価格がチラシ等で公表されたことにより,被告が具体的に損害を被った事実が認定されるのであれば,原告が被告の商品のみを対象として原価セールを実施した事実は,本件取引基本契約による取引を継続しがたいやむを得ない事情に該当する余地があるというべきであり,また,原告の原価セールが独占禁止法その他の法規に違反する違法な行為と評価される場合には,そのような行為に被告が加担したかのようにチラシに記載してこれを配布したことは,本件取引基本契約による取引を継続しがたいやむを得ない事由に該当する余地がある。 しかしながら,後記オにおいて判示するとおり,原告の原価セールによって,被告が具体的な損害を被ったことを認めるに足りる証拠はないし,また,後記エにおいて判示するとおり,原告の原価セールが独占禁止法その他の法規に違反する違法な行為であるということもできないから,被告の主張するような点をもって,本件取引基本契約による取引を継続しがたいやむを得ない事由が存在するということはできない。 エ 独占禁止法その他の法規違反について (a) 被告は,原告の行った原価セールは,独占禁止法の禁止するおとり廉売(一般指定第8項,第9項),不当廉売(一般指定第6項),不当差別(一般指定第4項)及び景品表示法4条違反行為に該当するものであり,原告がこのような違法性の高い行為を行ったことは,取引関係を継続しがたいやむを得ない事由に該当すると主張する。 しかしながら,本件においては,以下に述べるとおり,原告の行為が独占禁止法や景品表示法に違反するとは認められないから,被告の上記主張は,採用することができない。 (b) 原告の行為がおとり廉売に当たるか 被告は,原告が原価セールを行った行為が,一般指定第8項の「ぎまん的顧客誘引」又は同第9項の「不当な利益による顧客誘引」として規制されるおとり廉売に該当すると主張する。まず,一般指定第8項は,「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について,実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより,競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること」と規定する。しかしながら,原告は,原価セールにおいて,広告に掲載された現物の商品を,多くは現金で,販売しているだけ(現物売買,即時売買)であり,顧客に対し何ら「取引に関する事項について‥‥‥有利であると誤認させ」ていないので,これに該当しないというべきである。被告は,原告が被告商品の仕入価格を開示したことにより,原告の店舗における他の商品の取引条件について,一般消費者に実際のもの以上に有利であると誤認させていると主張しているが,原告が原価セールにおいて配布したチラシには原価セールの対象商品が何であるかはっきりと明示した記載がなされているのであって,上記の被告主張のような事実を認めることはできない。 次に,「不当な利益による顧客誘引」について定める一般指定第9項は「正常な商慣習に照らして不当な利益をもって,競争者の顧客を自己と取引するように誘引すること」と規定する。 ここにいう「不当な利益」とは「公正な競争を阻害するおそれのある不当な経済的利益」を指すものと解すべきところ,売買の本質的要素たる価格は正常な競争下における市場の選択の指標となるべきものであって,価格によって顧客に利益を供与することは,景品や懸賞等の売買契約の本質的要素に関わらない部分での利益の提供と異なり,公正な競争を阻害するおそれはないというべきであるから,同法の禁じる不当廉売に当たる場合を除き「不当な利益」の供与には当たらないというべきである。 本件においては,後記のとおり,原告の行為が不当廉売に該当することもないのであるから,原告の行為が「不当な利益による顧客誘引」に該当すると認めることはできない。 (c) 原告の行為が不当廉売に当たるか 被告は,原告の行った原価セールが,独占禁止法が禁止する不当廉売に該当すると主張する。不当廉売について規定する一般指定第6項は,「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し,その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」と規定している。 ここにいう「供給に要する費用を著しく下回る対価」については,一概に定めることは困難であるが,総販売原価を「著しく」下回る価格という趣旨から,通常の小売業においては仕入価格(名目上の仕入価格ではなく,実際の取引で値引き,リベート現金添付が行われている場合,これらを考慮に入れた実質的な仕入価格)を下回ることが一つの基準になるものというべきである(「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」昭和59年11月20日公正取引委員会事務局(乙132)参照)。 本件においては,原告が販売した価格が,上記実質的な仕入価格を下回っていたものと認めるに足りる証拠はない。この点につき,被告は,原告の原価セールにおいて仕入価格を下回る販売が行われていた例もあると主張し,乙174号証を提出するが,同号証によっても原告が上記実質的な仕入価格を下回る価格で販売していた事実を認めるには足りない(なお,乙174の記載によっても,仕入価格を下回る価格で販売したと指摘されているのは,原価セール実施店舗のうちの一部が,原価セールの対象とされた多数の品目の被告商品のうちの一部の品目について行ったものにすぎない。そして,被告の指摘するところは,原価セールのチラシに原価(仕入価格)として記載されていた価格が実際の仕入価格を下回るものであったというのであるから,仮に,真実そうであっても,仕入価格を下回る価格による販売であることが消費者等に明らかとなっていたものではなく,被告が廉価販売に関与していたと消費者等に誤解させるような態様でそれが行われていたというものではない。したがって,仮に乙174号証記載のような販売がされていたとしても,それが本件取引基本契約による取引を継続しがたいやむを得ない事由に該当するということはできない。)。 したがって,原告が被告商品を「供給に要する費用を著しく下回る対価」により販売したとは認められないから,原告の行為が独占禁止法により禁止される不当廉売に該当するということはできない。 さらに,一般指定第6項に該当するためには不当廉価による販売を「継続して」行う必要があるが,原告が行った原価セールの全容は,前記(1)において認定したとおりであるところ,この程度のものを継続的な廉価販売行為ということはできない。 上記によれば,結局のところ,原告の行為が不当廉売に当たるということはできない。 (d) 原告の行為が不当差別に当たるか 被告は,原告の行った原価セールが独占禁止法の禁止する取引条件等の差別取扱いに該当すると主張する。取引条件等の差別的取扱いについて規定する一般指定第4条は,「不当に,ある事業者に対し取引の条件又は実施について有利な又は不利な取扱いをすること」と規定している。 被告は,原告が被告の主力商品のみを対象にして原価セールにを行うことによって,被告の主力商品についてのみ,仕入価格(卸価格)を大々的に公表するとともに,仕入価格と同一価格で商品を販売したことは,被告と被告の取引先小売店に対して競争者との競争において著しく不利な扱いをしたと主張するが,原告が行った原価セールが「取引の条件又は実施についての取扱い」ということはできない。したがって,原告の行為は上記の取引条件等の差別取扱いには当たらないというべきである。 (e) 原告の行為が景品表示法に違反するか 被告は,原告が,販売チラシに,被告の協力のもとで原告が被告商品を仕入価格で販売する旨を記載したことは虚偽の広告であり,景品表示法4条2号の「商品又は役務の価格その他の取引条件について,実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される」表示に該当する,と主張する。また,原告が,販売チラシに,被告商品の希望小売価格を「定価」と表示したことが,被告が定価販売制(再販売価格維持制度)を採用しているため原告の競業小売事業者は定価販売を行っているのに対して原告のみが定価によらず仕入価格による安売りをしているとの誤認を,一般消費者に与えるもので,同号に違反すると主張する。 たしかに,証拠(乙13ないし32)によれば,原告の販売チラシに,被告の主張するような記載があることが認められる。しかしながら,前者については,原告は,広告に掲載された現物の商品を,多くは現金で販売しているだけ(現物売買,即時売買)であり,顧客に対し何ら「有利であると誤認させ」ていない。 また,被告がセールに協力しているかどうかは,売買の条件と全く関わりがない。 そして,原告の販売チラシにおける「定価」という表示についても,これが被告の主張するような誤認を一般消費者に与えるとは直ちに認められない。 さらに,原告の前記各表示は,いずれも,社会通念上許容される限度を著しく超えるものとは認められない。したがって,原告の上記各行為が,景品表示法4条2号に違反するとは認められない。 オ 被告の被害について 被告は,原告の行った原価セールによって,被告のブランドが傷つけられただけでなく,実際に原告店舗の周辺地域において,被告製品の売上減少という被害が生じたと主張する。 しかしながら,まず被告のブランドが傷つけられたとする主張については,原価セールが被告のブランド力を低下させたことを認めるに足りる的確な証拠はなく,被告の主張を認めることはできない。 次に,被告製品の売上減少については,C証人は,原告の行った原価セールによって別紙3(後掲乙170添付の別表と同じもの)記載のとおり被告の売上が減少した旨を供述し,同人の陳述書(乙170,175)にも,別紙3「損害合計」欄記載のとおり,1億7000万円から2億5000万円程度の損害が被告に生じた旨の記載がある。しかしながら,別紙3において地域別の売上額として記載されているデータは,平成12年12月15日から平成13年3月8日まで(84日間)及び平成13年3月9日から同年5月末まで(84日間)の,原価セールを実施した原告店舗の所在する市の被告商品全体の売上高(ただし,原告の各店舗の売上分を除く。)と,当該市を含む地域(近畿地域,九州地域といった大地域)における全医薬品(他社商品を含む。)の小売店店頭販売額(原告の各店舗の売上分を含む。ただし,市場調査会社がサンプル調査に基づき拡大推計したデータをもとに算出した推計額)が記載されているものにすぎない。C証人は,これを基にして,地域全体における全医薬品の売上高の前年比と当該市における被告商品の売上高(原告店舗を除く)の前年比とを比較して,被告に被害が生じたと結論付けているが(陳述書(乙170,175)においても同じ。),そもそも,別紙3(乙170添付の別表)には,原価セールが実施されなかった市,地域についての数値が全く記載されていないため,これらの市,地域における売上高の推移との比較ができない上(他の市においても同様に被告商品の売上げが低迷している可能性がある。),過去の売上高について前年同時期のものを記載するだけで,それより前(前々年以前)の売上高を記載していないため,対前年比の年単位での売上高の推移が一時的なものなのかどうかも判断できない。また,別紙3は,対象とする期間を原価セールの実施前と実施後の各84日間のみに限定している上,当該市における被告商品の売上高から原告店舗の売上高を控除しているが,原価セールにより周辺小売店の顧客の需要が原告店舗に移ったと推測されるから(このことは,被告自身が強く主張している。),原告店舗の売上高を控除した数値では正確な比較はできないはずである(なお,原価セールでは小売価格が低廉であるため,小売の売上高においては,原告の店舗における売上高が本来周辺小売店の売上の減少を償うに足りないかもしれないが,仕入価格(卸価格)での売上高においては周辺小売店の売上高の減少を償って余りあるものと推測される。そして,仕入価格での売上高が減少していなければ,被告に損失は生じていないはずである。)。その他,別紙3をみると,奈良市,岡山市,福山市,徳島市及び熊本市においては,原価セール実施後の期間の被告商品の売上げが実施前の売上げを上回っていることが指摘できる。加えて,一般大衆薬の売上には様々な要因が影響を及ぼすものであり(例えば,被告において感冒薬(風邪薬)が売れ筋商品であって,感冒流行期(冬季)においては他社に対して有利な市場占有率を占めているとすれば,春期になって売上げが鈍化するのは当然である。),これらの点を総合すれば,原価セールの実施された市における被告商品の小売売上高(原告店舗の売上分を除く。)の成長率が大地域全体における他社製品を含む全医薬品の小売売上高の成長率を下回っているというだけで,原価セールにより被告が本件取引契約による取引を継続しがたいほどの経済的損失を被ったと結論付けることはできない(C証人の尋問調書50頁ないし52頁参照)。 上記のとおりであるから,原告の行った原価セールによって,被告に具体的な経済的な損失が生じたと認めることはできない。 カ 原告と被告の交渉の経緯について 被告は,被告担当者が原告に対して原価セールを中止するように要請したにもかかわらず,原告の担当者が上記要請に対して誠実な対応を行わず,このことにより原被告間の信頼関係は破壊されたと主張する。前記(1)において認定したとおり,被告と原告との間で原価セールの問題をめぐって交渉が行われ,被告からの原価セール中止の要請に対して原告が受け入れなかったという事情は認められるものの,原告が被告との信頼関係を破壊するような不誠実な行動をとった事実を認めることはできない。むしろ,乙150号証によれば,原告のB専務は被告の求めに応じて原価セールに関する原告代表者の意向を確かめることをAに対して述べていることが認められるのであって,本件における原告の交渉態度が不誠実であったとは到底いえない。 被告は,原告のB専務が,平成13年5月7日に行われた打合せにおいて,被告に対し「チラシ抑制金」なる金員を要求した点を問題にするが,証拠(乙150,証人A,証人B)によれば,B専務は,被告からの原価セールの中止の要請を原被告間の様々な取引上の問題のひとつととらえて交渉に臨んでおり,その一環で被告からの要求を受け容れる代わりに対価の支払を求めるという条件提示を行ったにすぎず,前記のとおり,原価セールを法規等や商慣習等に反する行為ということができないことに照らせば,B専務のこのような対応をもって,直ちに不誠実な対応ということはできない。 キ 小括 以上によれば,本件において,本件取引基本契約による取引を継続しがたいやむを得ない事由があるということはできないから,これを理由として本件解約通知により本件取引基本契約は終了した旨をいう被告の主張は,失当である。 (4) 本件取引基本契約上の解約条項に基づく解約について ア 本件取引基本契約上の義務違反について 被告は,本件取引基本契約第3条は,第1文で原告の「推奨販売義務」及び「生活者への直接販売義務」を規定し,第2文前段では被告の協議義務を規定するとともに,第2文後段で原告及び被告双方の「共同利益増進義務」及び「円滑取引維持義務」を規定しているものと解すべきとし,原告の行った原価セールは,@被告商品の仕入価格という営業上の秘密を開示し(営業秘密の侵害),その競争会社との関係で被告を競争上不利な立場に陥れ(営業上の利益の侵害),被告の取引先である薬局薬店に打撃を与える(被告の販売ネットワークへの打撃)とともに被告が原告の協力者とみられて取引先からの信用を失わせる(信用失墜)などの被害を被告に与えるものであって,上記の「共同利益増進義務」及び「円滑取引維持義務」に反するだけでなく,A原価セールは,他の小売事業者をして原告から被告商品を購入することを可能ならしめる可能性があるものであって,上記「生活者への直接販売義務」にも違反し,B原価セールは被告商品のみを対象としているものであって,被告のブランドを毀損する行為であるから,上記「推奨販売義務」にも違反するから,本件取引基本契約第5条第1項@に規定する「本契約‥‥‥に違反した場合」に該当するものであり,本件解約告知は,同項に基づく解除として有効であると主張する。 しかしながら,前記(1)において認定した本件取引基本契約の内容及び本件取引基本契約が締結されるに至った経緯に照らせば,本件取引基本契約は通常の継続的商品供給契約の範疇を出るものではなく,第3条の規定は,契約当事者間における訓示規定ないしせいぜい付随的義務としての努力義務を定めたものにすぎず,そもそも同条項の違反が本件取引基本契約上の義務違反として,同契約第5条の規定による解除を基礎付ける理由となると解することはできない。すなわち,第3条の規定の趣旨は,第4条と相まって被告の販売支援義務を定めた後段にあるものと解されるものであって,上記@において被告が主張するように,原告に対して「共同利益増進義務」及び「円滑取引維持義務」を義務付けたものと解することはできない。また,本件取引基本契約締結時に,第3条の趣旨が上記@において被告が主張するような内容の責務を原告が負担することにあるものと合意されたとの事実も認められない。第3条前段の「推奨販売義務」についても,「努め」という文言からも明らかなように,あくまでも努力義務として被告商品を積極的に販売することが訓示規定としてうたわれているものであって,上記Bにおいて被告が主張するような,被告商品を「ほめて引き立てて」販売する法的な義務や,仕入価格を開示し,販売してはならないという法的な義務までを定めているとは到底解することができない。 また,被告が上記Aに主張する「生活者への直接販売義務」違反についても,第3条が原告に対して法的な義務を規定したものとは到底解されない上,原告が生活者以外の者に商品を販売した事実を認めることもできないから,この点に関する被告の主張を採用することもできない。 被告は,本件取引基本契約全体の趣旨にかんがみれば,取引基本契約第3条には,原告が関係法令の遵守や一般消費者向け医薬品取引に関する正常な商慣習を尊重すべき義務をも規定しているとも主張するが,前記のとおり,本件取引基本契約は通常の継続的商品供給契約の範疇を出ないものであって,第3条の条項に明示されていない被告主張のような義務が原告に義務付けられるものと解することはできないし,本件取引基本契約の締結に際して原告被告間においてそのような合意がされたという事実を認めることもできない。この点に関する被告の主張も,採用できない。 イ 本件サポートVAN契約上の義務違反について 被告は,被告商品の仕入価格(卸価格)は,本件サポートVAN契約第5条第1項第1文にいう「サポートVAN契約に基づき取得した乙データ」に該当するものであり,同条に基づき原告はその守秘義務を負っていたにもかかわらず,原価セールを行ったことにより仕入価格(卸価格)を開示したものであるから,原告には同条違反があり,本件取引基本契約第5条第1項@に規定する「その他の契約に違反した場合」に該当するから,本件解約告知は,同項に基づく解除として有効であると主張する。 しかしながら,前記のとおり,本件取引基本契約は通常の継続的商品供給契約の範疇を出ないものであって,第5条第1項@は「その他の契約に違反した場合」を解除事由として規定するが,本件取引基本契約の当事者間における契約であれば,どのような契約であっても,また契約中のどのような条項であっても,それに違反すれば本件取引基本契約の解除事由となると解することは到底できない。 本件サポートVAN契約は,本件取引基本契約の当事者たる小売店に対する販売支援として,被告が機械設備等を貸与し,売上管理,仕入管理,在庫管理等の業務に便宜を与える趣旨で締結されるものであって,本件取引基本契約との関係では,付随契約に該当するものであるから,そもそも本件サポートVAN契約の違反行為が,直ちに基本契約である本件取引基本契約の解除事由となると解することはできない。 また,被告は,被告商品の仕入価格(卸価格)の開示行為が本件サポートVAN契約違反となるというが,被告商品の仕入価格(卸価格)は同契約5条により原告が守秘義務を負う機密に該当するものではないから,原告の同契約違反をいう被告の主張は失当である。すなわち,本件サポートVAN契約においては,第2条において,「甲データ:甲が端末から入力する仕入,売上,支払,在庫等に関するデータをいう。」,「乙データ:甲データ又は甲データ及びその他のデータに乙が処理加工を加えて作成したデータをいい,ファイル化されたものも含む。」,「乙資料:乙データに基づき出力される売上月報,その他のデータリストをいう。」との定義規定が置かれ(本件では,原告の店舗が「甲」,被告が「乙」に当たる。),第5条において,「甲は,本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し,理由の如何を問わず本契約内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡,貸与もしくは使用許諾してはならない。」と規定されている。 上記によれば,本件サポートVAN契約第5条により,契約当事者が機密保持義務を負うのは,「本契約に基づき取得した乙データ」である。すなわち,本件サポートVAN契約を締結しなくても自ら原始的に取得することのできる仕入価格,仕入商品数,売上高,支払額,在庫商品数等の情報は,同契約に「基づいて取得した」データではないから,同条により機密保持が義務付けられているデータには該当しない。 前記のとおり,被告商品の仕入価格(卸価格)は,原告が被告との売買契約の当事者たる買主としての地位に基づき,売主との間の売買契約締結行為ないし,売買価格の合意を通じて原始的に取得し,原告自身の固有の情報として保有していたものであって,「サポートVAN契約に基づき取得した」データとはいえないから,同契約5条1項に基づき原告が守秘義務を負う情報には該当しない。 したがって,いずれにしても,被告の本件サポートVAN契約違反を理由とする解約の主張は,採用することができない。 ウ 以上によれば,本件においては,本件取引基本契約上の義務違反及び本件サポートVAN契約上の義務違反のいずれの義務違反を理由として本件取引基本契約第5条第1項@に基づく解約をいう被告の主張は,いずれも採用できない。 (5) 本件取引基本契約に付随する義務違反を理由とする解約について さらに,被告は,予備的主張として,継続的取引契約である本件取引基本契約においては,信義則上,取引の一方当事者は他方当事者に対して,誠実に行動し,いやしくも背信行為ないし不信行為を行わず,また他方当事者に不利益や損害を生じさせるような行動を行わないという付随義務を負っているところ,原告はこのような付随義務に違反しているとして,本件取引基本契約の解約を主張する。 一般に,契約関係においては,当事者間において中心的な給付義務のほか,中心的な給付義務の履行に付随する義務が生ずるものであるが,このような付随的義務の違反は,当然には契約の解除原因とはならず,当該付随的義務の違反が中心的な給付義務の履行の障害となる場合に限り,解除事由となるものと解するのが相当である。 本件の事実関係の下においては,前記(3)において判示したとおり,本件取引基本契約に基づく取引を継続しがたいやむを得ない事由が存在しないのであるから,仮に原告が本件取引基本契約の付随的義務として被告主張のような義務を負うとしても,その違反により本来的な給付義務に障害が生じているということはできない。 したがって,この点に関する被告の主張も,採用できない。 (6) 小括 以上のとおりであるから,本件取引基本契約の適法な解約を前提とする被告の主張はいずれも理由がない。したがって,期限の定めがない本件取引基本契約は,原告と被告との間に現在もなお有効に存続しており,原告はその契約当事者としての地位を有するというべきである(本件においては,後記のとおり,原告の商品引渡請求が認容されるものであるが,被告は,本件取引基本契約が有効に解除されたと主張して,原告が継続的契約たる取引基本契約の当事者の地位にあること自体を争っているから,同契約に基づき過去に発生した個別の商品引渡請求権についてこれを認容する給付判決を得たとしても,原告の法律上の地位の不安定さは解消されないものであり,本件取引基本契約をめぐる原告被告間の紛争を解決するためには,原告が取引基本契約上の当事者の地位にあることを確認することが必要かつ適切であるから,取引基本契約上の地位の確認を求める確認の訴えについて,確認の利益が認められるというべきである。)。 2 原告の商品引渡請求について 前記1(1)において認定したとおり,本件取引基本契約においては,被告から原告への被告商品の供給の条件については取引の都度,被告と原告が協議して定めることとされているが,実際の運用としては,本件解約通知に至るまで,原告からの発注を被告が拒絶したことはなく,すべて被告の定める卸価格で代金後払いで原告に対して販売していたものであり,本件取引基本契約に基づく被告から原告に対する商品供給は,特段の手続を経なくとも,原告から発注があれば,被告が代金後払いで原告に商品を供給する関係であったと認められる。 そうすると,前記争いのない事実等(前記第2,1)に記載のとおり,平成14年2月19日から同年3月2日までの間,原告は別紙商品一覧表記載の被告商品を被告に対して発注したものであるから,被告は,原告に対し,これらの商品を引き渡す契約上の義務を負っているものと認められる。 被告は,原告の商品引渡請求に対して,同時履行の抗弁を主張するが,前記のとおり,本件取引基本契約に基づく取引は代金後払いであるから(この点は,被告も争わない。),この点において,同時履行の抗弁は既に失当である。なお,この点について,被告は,本件取引基本契約に基づく原被告間の取引については前受金の合意が存在し,原告の前受金については損害賠償請求権を自動債権として相殺したと主張する。本件においては,被告の主張する前受金の合意の存在を認めるに足りる証拠はないが,仮に被告主張の前受金の合意があったとしても,被告が相殺の自動債権として主張する損害賠償請求権の存在を認めることはできないのであるから,いずれにしても,被告の同時履行の抗弁は採用できない。 3 結論 以上のとおりであるから,原告の被告に対する請求はいずれも理由があるのでこれを認容する。なお,仮執行宣言については,相当でないのでこれを付さないこととする。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 大須賀寛之 |
裁判官 | 松岡千帆 |