運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成10ワ11572不正競争行為差止等請求事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 周知表示混同惹起行為(2条1項1号) /  周知性 /  広く認識 /  需要者 /  混同行為 /  商品等表示 /  出所表示性(出所表示) /  類似性(類似) /  外観 /  観念 /  混同のおそれ(混同) /  誤認混同 /  商品の形態(商品形態) /  技術的機能 /  差止請求(差止) /  営業上の利益 /  因果関係 /  権利濫用(権利の濫用) /  弁護士費用 /  ライセンス /  デザイン /  代理人 /  代表者 /  商品表示性 /  識別力 /  混同のおそれ(混同) /  品質等誤認表示(誤認) /  競争関係 /  損害賠償 /  推定 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 13年 (ワ) 8983号 不正競争防止法に基づく差止等請求事件
原告 株式会社藤原辰次商店
訴訟代理人弁護士 溝上哲也
同 岩原義則
被告 株式会社五洋産業
被告 株式会社土肥富
上記2名訴訟代理人弁護士 藤田邦彦
被告 フジック釣具工業株式会社
訴訟代理人弁護士 大水勇
同 内山由紀
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2002/11/26
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告株式会社五洋産業(以下「被告五洋産業」という。)は、別紙「釣り針目録(原告主張)」記載の形状を有する釣り針を製造又は販売してはならない。
2 被告株式会社土肥富(以下「被告土肥富」という。)は、別紙「釣り針目録(原告主張)」記載の形状を有する釣り針を製造、販売又は販売のために展示してはならない。
3 被告土肥富は、別紙「釣り針目録(原告主張)」記載の形状を有する釣り針を廃棄せよ。
4 被告フジック釣具工業株式会社(以下「被告フジック」という。)は、別紙「釣り針目録(原告主張)」記載の形状を有する釣り針を製造、販売又は販売のために展示してはならない。
5 被告フジックは、別紙「釣り針目録(原告主張)」記載の形状を有する釣り針を廃棄せよ。
6 被告五洋産業は、原告に対し、金857万円及びこれに対する平成13年6月20日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被告土肥富は、原告に対し、金1783万3333円及びこれに対する平成13年6月20日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 被告フジックは、原告に対し、金227万5367円及びこれに対する平成13年6月20日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、原告が、@被告らに対し、被告らの釣り針の製造販売行為は、不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に当たるとして、その製造等の差止め等と損害賠償を請求し、A被告土肥富に対し、被告土肥富の釣り針の製造販売行為は、
原告との契約に違反するものであるとして、債務不履行に基づき、その製造等の差止めと損害賠償(被告土肥富に対する@の請求とAの請求は選択的併合)を請求した事案である。
1 争いのない事実等(証拠の掲記のないものは当事者間に争いがない。) (1) 原告は、平成9年4月に有限会社藤原辰次商店を組織変更して設立された、各種釣り針の製造販売等を目的とする株式会社である(甲1)。
被告五洋産業は、釣り針の成型加工及び販売等を目的とする株式会社である。
被告土肥富は、釣り針及び釣り具の製造販売等を目的とする株式会社である。
被告フジックは、釣漁具の製造及び販売等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の実用新案権 原告は、次の実用新案権を、存続期間が満了した平成10年9月29日まで有していた(以下「原告実用新案権」といい、その考案を「原告考案」という。
また、その実用新案公報(乙2)を「原告実用新案公報」という。)。
ア 考案の名称 つり針 イ 登録番号 第1787491号 ウ 出 願 日 昭和58年9月29日(実願昭58-151857号) エ 公 開 日 昭和60年4月23日(実開昭60-57977号) オ 公 告 日 昭和64年1月5日(実公昭64-53号) カ 登 録 日 平成元年9月12日 キ 実用新案登録請求の範囲は、次のとおりである。
「基端にチモト部を有したつり針軸部を前方向に湾曲させて先端を針先部としたつり針において、つり針軸部のつり糸巻付箇所の左右方向の幅を、該つり糸巻付箇所の前後方向の幅、及びつり針軸部における、つり糸巻付箇所に隣接した箇所の左右方向の幅よりも広く設け、この幅広に設けられたつり糸巻付箇所の腹面とチモト部腹面とに縦溝を連続して設けたことを特徴とするつり針。」 (なお、「チモト部」は「糸付部」ともいう。) (3) 原告と被告五洋産業の契約関係 ア 平成4年8月ころ、原告と有限会社五洋つりばりは、以下の契約を締結した(以下「本件契約」という。)(甲15。原告と被告土肥富及び被告五洋産業との間では争いがない。)。
(ア) 昭和58年9月に試作し、その後実用新案特許を出願している新型縦溝入り叩き、販売名称「Hライン」の出願権及び販売権は、原告が有するものとする(第1条)。
(イ) 「Hライン」の製造権のすべては、有限会社五洋つりばりが有するものとする。
ただし、有限会社五洋つりばりは、製造に関しては、原告以外のすべての他業者と製品製造について契約することはできないものとする(第2条)。
(ウ) 本件契約の更新は、2年毎に行うことを原則とする(第3条)。
イ 上記契約に際して、原告と有限会社五洋つりばりは、以下の覚書を取り交わした(以下「本件覚書」という。)(甲16。原告と被告土肥富及び被告五洋産業との間では争いがない。)。
(ア) 有限会社五洋つりばりは、原告が委託した加工製品に対し、出荷期限までに加工が不可能な分については、その一部を原告・有限会社五洋つりばり協議の上、特定加工業者に委託することができる(第1条)(なお、同条項は、「原告が有限会社五洋つりばりに対して委託した加工製品のうち、出荷期限までに加工が不可能な分については、原告は、その一部を原告と有限会社五洋つりばりとの協議の上、特定加工業者に委託することができる。」という趣旨と解される。)。
(イ) 委託できる加工業者とは、藤原製針所(A)をいう(第2条)。
ウ 被告五洋産業は、平成9年7月16日に、有限会社五洋つりばりの事業を承継して設立され、上記ア及びイの有限会社五洋つりばりの本件契約及び本件覚書に係る契約上の地位を引き継いだ(弁論の全趣旨)。
(4) 原告による釣り針の製造販売 ア 原告は、昭和59年4月ころから、糸付部の腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に延びた縦溝を設けた釣り針の販売を開始し、その後、遅くとも昭和61年4月以降には、「H・LINE」(「エイチライン」ないし「エッチライン」)の標章、釣り針のチモト部付近を拡大抽象化したデザイン、適用される魚類の名称、針の号数、本数などを記載した台紙とともに釣り針数本をビニールパック詰めした、金龍鉤(「KINRYU」)Hラインシリーズ(甲5の1〜10。以下「原告釣り針」という。)を製造、販売し、又は販売のために展示している(甲5の1〜10、弁論の全趣旨。原告が原告釣り針を販売していることは当事者間に争いがない。)。
イ なお、原告は、被告五洋産業(被告五洋産業が設立される前は、有限会社五洋つりばり又はB(被告五洋産業代表者))に原告釣り針の仕掛品の製造を委託し、これを仕入れて販売していた(弁論の全趣旨。原告と被告土肥富及び被告五洋産業との間では争いがない。)。
(5) 被告らによる釣り針の製造販売 ア 被告土肥富は、被告五洋産業が製造した釣り針の仕掛品を仕入れ、これに焼入れ及びメッキを施した釣り針(甲8の1〜5。以下「土肥富釣り針」という。)を販売又は販売のために展示している。
イ 被告フジックは、被告五洋産業が製造した釣り針の仕掛品を仕入れ、これに焼入れ及びメッキを施した釣り針(検丙1〜3。以下「フジック釣り針」という。)を販売している。
(6) 原告釣り針、土肥富釣り針、フジック釣り針の形状について ア 原告は、原告釣り針及び土肥富釣り針の形状が、別紙「釣り針目録(原告主張)」記載のとおりであると主張し(以下、同目録記載の形態を「本件糸付部形態」という。)、被告土肥富及び被告五洋産業は、同目録の図面が、実際の原告釣り針の形状を正確に表示していないと主張している。
イ 原告は、フジック釣り針の形状が、本件糸付部形態のとおりであると主張し、被告フジックは、別紙「フジック釣り針目録(被告フジック主張)」記載のとおりであると主張している。
2 争点 (1) 不正競争防止法2条1項1号に基づく請求について ア 原告釣り針の商品形態は、商品表示性及び周知性を有しているか。
イ 土肥富釣り針及びフジック釣り針は、本件糸付部形態と同一の形態を備えているか。
ウ 土肥富釣り針及びフジック釣り針の販売は、原告釣り針と混同を生じさせる行為に当たるか。
(2) 債務不履行に基づく請求について 被告五洋産業が土肥富釣り針及びフジック釣り針を製造販売する行為は、
本件契約に違反する債務不履行に当たるか。
(3) 損害の発生及び額
争点に関する当事者の主張
1 不正競争防止法2条1項1号に基づく請求について (1) 争点(1)ア(原告釣り針の商品形態商品表示性周知性の有無) 〔原告の主張〕 ア(ア) 原告釣り針は、基端に糸付部を有する釣り針において、「角丸のホームベース型をした腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に延びた縦溝を設けた糸付部の形状」(本件糸付部形態)を付けるという画期的な特徴を施したものであり、糸付部には何も目印がなかった釣り針の分野において、原告が他社に先駆けて初めて採択したものである。
(イ) 甲51(「釣針史料集成」勝部直達編著・株式会社渓水社発行)、
甲52(「播州針」勝部直達編著・播州釣針協同組合発行)は、釣り針の各部名称毎に釣り針を論じた文献であるが、糸付部に関する記載箇所には、本件糸付部形態のような「角丸のホームベース型」をした形状は示されていない。
イ(ア) 原告は、本件糸付部形態を備えた釣り針を「H・LINE」シリーズとして、原告を代表するブランド商品と位置づけ、原告釣り針のカタログ(甲6)、パンフレット(甲7)に使用するとともに、釣り雑誌や釣り情報誌に広告として表示して、広く販売展開しているが、原告釣り針はその性能や商品自体の目新しさが消費者にも認められ、ヒット商品に成長して現在に至っている。原告の商品カタログには、その表紙において、本件糸付部形態を有する釣り針を拡大、デフォルメしたデザインを掲載し、原告釣り針を最も重要な商品として強調している。
(イ) 原告は、原告釣り針を主力としてその営業活動を行い、全国に約50社の卸売先と取引しているほか、多数の小売店に販売している。その年間売上額は、平成10年3月期は3億5000万円、平成11年3月期は3億3000万円、平成12年3月期は2億9000万円であり、その売上額に占める「H・LINE」シリーズの割合は約7割で、そのうち原告釣り針は約8割の売上を占めるに至っている (ウ) 原告釣り針は、多数の釣り情報誌の広告媒体にも継続的に掲載され、全国の消費者・販売店に対し、本件糸付部形態を備えた釣り針として、その特徴が知れ渡っている。
ウ 被告らの主張に対し、次のとおり反論する。
(ア)a 被告土肥富及び被告五洋産業は、釣り針の糸付部の表面に直線状の凹部を形成することは、実開昭47-380号公開実用新案公報(乙3。以下「乙3公報」という。)、実開昭59-119160号公開実用新案公報(乙4。
以下「乙4公報」という。)、実開昭63-148171号公開実用新案公報(乙5。以下「乙5公報」という。)記載の技術が示すように、当業者にとって公知の形状であると主張する。
また、被告フジックは、乙3〜乙5公報、実公昭63-35576号実用新案公報(丙1。以下「丙1公報」という。)記載の技術や原告考案が示すように、糸付部の表面に直線状の凹部を形成する形態は、当業者にとって公知であったのみならず、糸付部の機能の考案によって自然に想到できる形態であると主張する。
しかし、乙3公報記載の釣り針は、軸部の中央に溝を付けたもので、糸付部に溝を付けたものではなく、乙4公報記載の釣り針は、本体の軸部の上端部に「キノコ状の掛り部」を形成することを構成要件とするもので、キノコ状の掛り部を有しない原告釣り針とは異なり、また、乙5公報記載の釣り針は、「軸部の上端の膨出部があるハリス結束部を形成した釣り針において、前記ハリス結束部には、要所に凹所を設けるか、または要所の凸所を設けて所要の凹凸を形成したことを特徴とする釣り針」を構成要件とするもので、本件糸付部形態のように、特定した形状を意図しているものではない。
さらに、丙1公報に記載された第1図(イ)・(ロ)、第3図とも、すべて糸付部の形状が異なる上、「叩きは、軸部1上端をプレスすることにより、撞木は、上記円形の扁平幅広部の下半分を横方向から再度プレスすることにより、半円形の扁平幅広部3を形成するものである。」(1欄18〜22行)と記載されているから、丙1公報が意図している形状は、明らかに、本件糸付部形態の「角丸のホームベース型」とはいえないものである。
b したがって、乙3〜乙5公報、丙1公報を理由として原告釣り針には商品表示性周知性がないとする被告らの主張は理由がない。
また、仮に被告らの主張するように、本件糸付部形態が公知のもの、あるいは自然に想到できるものであったとしても、そのことから、不正競争防止法2条1項1号の周知商品表示に当たらないとすることはできない。
(イ) 被告らは、原告釣り針の糸付部の形態は、従来からハンマーで叩いて形成していた「叩き」と呼ばれる形状であると主張するが、原告釣り針が備えている本件糸付部形態のように「ホームベース型」の形態は、ハンマーで叩くことによって偶然かつ無意識的に形成されるものではなく、当該形状にすることを意図して形成されるものである。
(ウ)a 被告土肥富及び被告五洋産業は、本件糸付部形態が原告考案の技術的機能に由来することを理由に、原告実用新案権の消滅後は何人も自由に原告考案を実施できるものであり、本件糸付部形態を不正競争防止法2条1項1号商品等表示に当たるとして保護することは、いったん消滅した実用新案権の期間を実質的に延長することになるなどと主張し、被告フジックも同趣旨の主張をする。
b しかし、原告考案の実用新案登録請求の範囲に記載された構成要件は、本件における原告釣り針の形状をそのまま特徴とするものではない。原告考案の作用効果は、当該構成要件をすべて備えたときに発生するものであるから、本件糸付部形態を有するからといって、原告考案の作用効果を有することにはならない。しかも、前記実用新案登録請求の範囲では、縦溝に関する構成要件は、「この幅広に設けられたつり糸巻付箇所の腹面とチモト部腹面とに縦溝を連続して設けた」と記載されており、本件糸付部形態と同じではない。
c 仮に、原告考案の構成要件と本件糸付部形態との間に、一致する部分があったとしても、当該商品の形態が長期間継続して排他的に使用されるなどした結果、需要者一般が技術的観点を離れ、形態自体に着目してその出所を識別の上これを購入する状態に至ったときは、例外的に、その形態に出所表示機能が保有されたものと解すべきであって、当該形態が技術的機能に由来するからといって、不正競争防止法2条1項1号商品等表示に当たらないとすることはできない。
d 不正競争防止法2条1項1号により形態の周知表示を保護することにより結果的に技術自体をも保護することになったとしても、工業所有権各法と不正競争防止法とはその立法趣旨・保護要件を異にしているのであって、その保護の持続のためには、右周知表示を現実のものとして常時維持する企業努力の継続が必要なのであるから、右技術自体に関する永久権の設定とは到底いい得ないものである。
e また、被告らは、本件糸付部形態を回避して、他の形態の釣り針を製造、販売することができたはずである。実際、株式会社オーナーばりは、叩き(糸付部)の中心部分のみポイントプレスすることで、エッジを鋭角化させることなく叩きの面積拡張を実現したことを特徴とする釣り針を、株式会社カツイチは、
糸付部の両サイドに「ギザ」を付けたことを特徴とする釣り針をそれぞれ販売し、
宣伝広告に際して、上記特徴を強調している。
これに対して、被告らは、販売に際して、誤認混同を回避する措置を全く尽くしておらず(特に、土肥富釣り針は、原告釣り針の商品名「H・LINE」に類似する「I-LINE」との標章を用いている。)、原告釣り針の周知性に便乗していることは明らかである。
(エ)a 被告土肥富及び被告五洋産業は、原告釣り針に関する宣伝広告によって周知になったとしても、それは原告釣り針の構造を拡大、デフォルメしたデザインの写真又は図面であって、原告釣り針自体の形態ではないと主張し、また、
被告フジックは、消費者は釣り針のパックを見て購入するのであり、釣り針の形態を検討して購入するものではないと主張する。
b しかし、釣り針は、台紙とともに中身が見えるように透明なビニールに包装されて販売されており、消費者は、パックに封入された釣り針の現物に最も関心があるのであり、現物と「拡大、デフォルメしたデザイン」が記載された台紙とを見比べながら、周知性を獲得した本件糸付部形態を見れば、即座に「拡大、
デフォルメしたデザイン」、ひいては原告の商品であると識別するのである。
したがって、原告が、拡大、デフォルメしたデザインの写真又は図面を用いて宣伝広告したり、原告釣り針が台紙とともに販売されているとしても、
そのことから、本件糸付部形態が、商品表示性がないとか、周知性がないとすることはできない。
〔被告土肥富及び被告五洋産業の主張〕 ア 原告釣り針の糸付部の形状は、原告が主張する本件糸付部形態のような角丸ホームベース型ではなく、丸味を帯びた崩れた四角形である。
イ(ア) 釣り針の糸付部の表面に直線状の凹部(縦溝)を形成することは、
乙3公報、乙4公報及び乙5公報に示すように、当業者にとって公知の形状である。
したがって、原告釣り針のこのような形態は、何ら画期的な特徴を持つものではなく、商品表示性を有するとはいえないし、周知性を獲得することもない。
(イ) 原告釣り針のチモト部分(糸付部)の形状は、ハンマーで叩いて作られるもので、江戸時代から「叩き」、「ツブシ」と呼ばれ、十種類近くあるチモト形状のうちで最も典型的な形状である。
原告釣り針の形状は、原料の針金を尖頭し、使用寸法に切断した後、
製針機にかけてプレス、モドリ、型曲げを行った後、チモト部に「叩き」をすることによって成型されるが、チモト部の形状は、「叩き」により必然的に崩れた四角形に成型されるものにすぎない。
すなわち、チモト部に縦溝がなければ、古来からの「叩き」による釣り針形状にすぎない。
ウ 原告実用新案権は、本件糸付部形態と同様に「糸付部腹面と釣り糸巻き付け箇所の腹面に縦溝を連続して設けたことを特徴とするつり針」の構成に関するものであるが、同権利は平成10年9月29日に期間満了で消滅しているから、同日以降、原告考案の技術は何人も自由に実施することができるものである。
もし、原告の本訴請求が認容されれば、いったん消滅した実用新案権の期間を実質的に延長することになり、実用新案制度の趣旨に沿わない。
エ 原告は、原告釣り針の形態が周知であるとして、雑誌、カタログ、新聞・雑誌等の掲載広告を書証として提出するが、いずれも、原告釣り針の構造を拡大、デフォルメしたデザインの写真又は図面と、「縦溝により、釣り糸をしっかりとチモト部に固定すること」という原告考案の作用効果と同趣旨の機能ないし効果を強調した宣伝文との組合せで構成された記載となっている。しかも、広告宣伝した形状は一つに限られず、本件糸付部形態のみが広告宣伝されたものではない。
原告の上記のような宣伝、広告内容と、上記アないしウの事実を考慮すると、原告釣り針が、独自な意匠的特徴により需要者が一見して原告の商品であると理解することができる程度の識別力を備えたものとはいえない。
〔被告フジックの主張〕 ア 釣り針の製造業者の間では、昭和40年代から、釣り針の糸付部に巻いた釣り糸が、針の軸部の内側からずれることなく、上端に出る方法の模索が続けられており、その結果として、軸部や糸付部に縦溝を付ける方法、あるいは、軸部上部にプレスにより形成される「叩き」部の形状をV字形状にして凹部を形成する考案がなされていた。このことは、乙3公報(昭和46年1月11日出願)、乙4公報(昭和58年1月28日出願)、乙3公報の考案を更に改良した原告考案(昭和58年9月29日出願)、丙1公報(昭和58年10月18日出願)記載の各技術が示すとおりである。
このように糸付部(叩き)の表面に直線状の凹部を形成する形態は、当業者にとって公知であったのみならず、糸付部の機能の考案によって自然に想到できる形態である。
したがって、原告釣り針の形態は、当業者にとって公知であったのみならず、釣り針の糸付部における糸ずれ防止の技術的機能に由来する形態であり、商品等表示とはなり得ない。
イ しかも、原告が周知であると主張する原告釣り針の形態は、原告考案の「幅広に設けられたつり糸巻付箇所の腹面とチモト部腹面とに縦溝を連続して設けた」との特徴そのものであり、原告実用新案権は、平成10年9月29日に期間満了により消滅しているから、何人も自由に実施できるものである。
ウ 消費者は、釣り針のパックを見て購入するのであり、いちいち針の形態を検討して購入するものではない。原告釣り針のパックには、原告が主張する商品表示等は平成5年〜6年まで表示されていなかった。
したがって、原告が主張する原告釣り針の形態が周知性を獲得しているとはいえない。
(2) 争点(1)イ(被告らの釣り針形態と本件糸付部形態との同一性)について 〔原告の主張〕 ア 土肥富釣り針及びフジック釣り針の糸付部の形状を原告釣り針と対比すると、本件糸付部形態を有する点において同一である。
また、被告五洋産業が製作する土肥富釣り針及びフジック釣り針の仕掛品は、焼き入れ及びメッキがなされていない点が相違するだけで、完成品としての土肥富釣り針及びフジック釣り針とその形態は同一である。
イ 被告土肥富及び被告五洋産業は、土肥富釣り針が本件糸付部形態を備えていないと主張するが、別紙「釣り針目録(原告主張)」記載の図面は、立体物を書面で表したものであるため多少正確でない部分があるかも知れないが、土肥富釣り針及びフジック釣り針が本件糸付部形態を有していることは明らかである。
このことは、被告五洋産業が、当初原告から委託を受けて製造していた原告釣り針と同様の形態を有するものを、土肥富釣り針及びフジック釣り針として、被告土肥富及び被告フジック向けに製造販売したものであるという事実経過からも裏付けられる。
〔被告土肥富及び被告五洋産業の主張〕 土肥富釣り針及びフジック釣り針(その仕掛品を含む。)が本件糸付部形態と同一の形態を有するとの原告の主張事実は否認する。
土肥富釣り針の糸付部の形状は、本件糸付部形態のようなホームベース型ではなく、従来から普通に存在する「叩き」「ツブシ」「シュモク」と称される形状の丸味を帯びた崩れた四角形である。
〔被告フジックの主張〕 フジック釣り針が本件糸付部形態と同一の形態を有するとの原告の主張事実は否認する。
原告釣り針の縦溝は丸い形態であるのに対し、フジック釣り針は、別紙「フジック釣り針目録(被告フジック主張)」記載のとおり、縦溝が糸ずれを防ぐため角型となっている。
また、原告釣り針とフジック釣り針は、糸付部背面図、右側面図が明らかに異なっている。糸付部に釣り糸を巻く場合、正面だけでなく、背面も注視して巻いてゆくのであるから、釣り針自体で出所は明確に区別可能である。
したがって、被告フジック釣り針の形態は、本件糸付部形態に類似するものではない。
(3) 争点(1)ウ(誤認混同行為)について 〔原告の主張〕 ア 原告釣り針と、土肥富釣り針、フジック釣り針は、市場において競争関係にある。
争点(1)アの〔原告の主張〕記載のとおり、原告釣り針は、本件糸付部形態を特徴とする釣り針として需要者の間に広く認識されており、争点(1)イの〔原告の主張〕記載のとおり、土肥富釣り針及びフジック釣り針は、周知性を有する上記形状と同一若しくは類似商品形態を備えているところ、被告土肥富及び被告フジックが、土肥富釣り針及びフジック釣り針の仕掛品の製造を被告五洋産業に委託し、被告五洋産業が、同仕掛品を製造し、被告土肥富及び被告フジックが、同仕掛品を土肥富釣り針及びフジック釣り針として完成させて、これを他の卸売り業者や消費者に販売する行為は、原告の商品又は営業と誤認混同を生じて原告の営業上の利益を害する行為といえる。
イ 特に、被告土肥富は、土肥富釣り針を製造、販売するにとどまらず、商品と一緒にビニールパックに袋詰めされている台紙上に「I-LINE」と表示し、原告釣り針の商品名に類似する商品名を使用して、原告釣り針における本件糸付部形態が有する周知性に便乗している。
ウ 被告土肥富及び被告五洋産業は、商品包装形態が異なることを理由に、
原告釣り針と土肥富釣り針が互いに誤認混同することはあり得ないと主張するが、包装形態が異なっていても、被告らの釣り針が原告のOEM方式(取引先の商標で販売される製品の受注生産)による取引や製品と誤認されたり、原告の子会社の製品であると誤認されることは当然に考えられることであり、商品包装形態が異なるからといって誤認混同が生じないということはいえない。
〔被告土肥富及び被告五洋産業の主張〕 ア 土肥富釣り針は、原告釣り針と同様に、釣り針現物のバラ売りではなく、必ず包装袋に入れて販売される。
また、商品の包装形態において、原告釣り針は、青色と金色を基調とし、アルファベットで記載されている「機能的なイメージ」を持つものであるのに対し、土肥富釣り針は、緑色と薄赤色を基調とした包装形態で「極品釣針」と漢字で記載されていることで「落ち着いた高級品のイメージ」を持つものである。
しかも、原告が周知であると主張する商品表示は、「拡大、デフォルメしたデザイン」であって、土肥富釣り針の商品包装には、そのようなデザインは掲載されていない。
このように、土肥富釣り針の商品包装形態は完全に異なるから、需要者が両者の釣り針を見て、互いに誤認混同することはあり得ない。
イ 原告は、原告の標章「H・LINE」と被告土肥富の標章「I-LINE」とが類似しており、原告釣り針の周知性に便乗していると主張するが、両標章は、外観、称呼、観念が明らかに異なり、類似するものではないから、混同することはあり得ない。
〔被告フジックの主張〕 フジック釣り針は、原告釣り針と形態が異なり、その出所は明確に区別可能であって、誤認混同のおそれはない。
2 争点(2)(被告五洋産業の債務不履行)について 〔原告の主張〕 (1) 被告五洋産業は、原告との間の本件契約により、原告が「新型縦溝入り叩き」(本件糸付部形態を有する釣り針)の販売権を有し、被告五洋産業はその販売権を有せず、被告五洋産業は、「新型縦溝入り叩き」の製造に関しては、原告以外と製品・製造について契約することはできないこととされていた。本件契約は第3条に記載されているように、2年毎に更新され、現在もその効力を有する。
ところが、被告五洋産業は、被告土肥富及び被告フジックから本件糸付部形態を備えた釣り針の製造を受託して、これを加工、販売している。
被告五洋産業の上記加工、販売行為は、本件契約に違反する債務不履行に当たる。
(2) 被告五洋産業の主張に対し、次のとおり反論する。
ア 被告五洋産業は、本件契約が原告考案の実施に関するものであり、原告実用新案権の存続期間が満了した平成10年9月29日をもって効力を失うと主張する。
しかし、被告五洋産業が主張するように、本件契約が原告考案の実施に関するものであり、当該実用新案権が期間満了により消滅すれば、当該契約もそれに伴って消滅するものであるならば、契約の文言上、原告実用新案権の内容を登録番号等で特定するのが通常であるところ、本件契約書においてはその記載がない上、原告考案の権利内容、存続期間等が全く意識されていない。
本件契約は、原告実用新案権の権利内容、存続期間にかかわらず、「新型縦溝入り叩き、販売名称『Hライン』」一般の製造権を被告五洋産業が有することとし、被告五洋産業が原告以外のために製造することを許さないことを規定したものというべきであり、被告五洋産業の上記主張は理由がない。
イ 仮に、本件契約が原告考案の実施に関するものであったとしても、本件契約が原告実用新案権の存続期間満了によりその効力を失うと解すべきではない。
本件契約は、原告が原告釣り針の製造を被告五洋産業に行わせることにより、その製造委託先を確保、管理する趣旨が含まれているのであるから、原告実用新案権が存続期間満了により消滅したとしても、そのことから、本件契約がその効力を失うとすることが、原告及び被告五洋産業の意思解釈に合致するということはできない。
そのことは、被告五洋産業が、平成13年11月28日、原告に対し、
「Hライン加工料」の値上げを原告に通知してきたことからも明らかである(甲55)。
ウ 被告五洋産業は、原告が同被告に無断でAを原告会社に引き入れ、自社内で原告釣り針の製造を大量に行ったことが、原告との信頼関係を破綻させる事由に当たり、本件契約は、原告実用新案権の消滅と同時に解除されたと主張する。
しかし、契約の実質上の当事者であるBは、Aが原告の役員の親族であることは十分に知っており、将来において、藤原製針所が原告の傘下に入ることも十分に予想できたはずである。
また、原告は、平成2年当時において、充実した新シリーズを揃えるために被告五洋産業に対する製造委託量を多くしていたが、その後、被告五洋産業に対する製造委託量が減少したのは、昨今の釣り業界、釣り針の不況によるものである。本件契約にも、原告が被告五洋産業に対し製造委託量を保証する合意は含まれていない。
エ 被告五洋産業は、原告による原告実用新案登録の出願が冒認出願であることを理由に、原告の被告五洋産業に対する本件契約に係る債務不履行に基づく損害賠償請求が権利の濫用に当たると主張する。
しかし、C(原告の現常務取締役)が昭和57〜58年ころ、小売店・消費者の意見をもとに原告考案を思いつき、その内容を被告土肥富代表者に相談し、協力を得て製造に至ったものである。その後、被告土肥富代表者の強い要望があり、原告考案につき実用新案登録出願をすることになった。したがって、原告による原告実用新案登録の出願が冒認出願であるとの被告五洋産業の主張は理由がない。
また、本件契約は、上記ア記載のとおり原告考案の実施に関するものではなく、原告実用新案権の存続期間とは関係がないから、原告が、原告実用新案権の消滅後に、本件契約に係る債務不履行に基づく損害賠償を請求することが、公平の観念に反し権利の濫用に当たるものではないことは明らかである。
〔被告五洋産業の主張〕 (1)ア 本件契約は、原告考案の実施に関する契約であり、原告実用新案権が期間満了により消滅し、何人も自由に原告考案の技術を実施することができるようになると、原告及び被告五洋産業との間で互いに製造権、販売権を独占させる本件契約は無意味なものになるから、本件契約は、原告実用新案権の消滅に伴い、その効力を失うと解すべきである。
なお、原告釣り針が、原告考案の実施品であることは、原告のすべての商品に「PAT.No.57977」と原告実用新案権の公開番号が付されていることからも明らかである。
したがって、原告実用新案権が平成10年9月29日に期間満了により消滅したことに伴い、本件契約はその効力を失った。
イ(ア) 原告は、被告五洋産業との間で、本件覚書に基づき、原告が被告五洋産業に対して委託した加工製品のうち、出荷期限までに加工が不可能な分については、被告五洋産業と協議の上、その一部を特定加工業者に委託することができるとの合意をした。
上記の合意の趣旨は、本件契約に基づけば、後記(2)のとおり、原告が実用新案登録を受ける権利を取得する代わりに、被告五洋産業が原告釣り針の製造権を取得するというものであったが、被告五洋産業は、原告代表者が親族であるAの設立に係る藤原製針所を助ける意図であることを汲み取って、わずかな数量部分のみ、Aの製造を認めたものである。
ところが、原告は、本件覚書に反し、被告五洋産業と協議することなくAを原告に引き入れ、自社内で原告釣り針(Hライン)の製造を大量に行っており、さらに、同人が原告を退職した現在においても自社内で原告釣り針(Hライン)の製造を継続している。これに伴い、被告五洋産業が原告から製造委託を受ける釣り針本数は減少し、平成12〜13年ころには、信頼関係の継続していた平成2年当時の1〜2割程度になった。
したがって、本件契約は、原告と被告五洋産業との信頼関係のもとに継続していたが、上記のとおり本件契約及び本件覚書に反した原告の行為により信頼関係が完全に破綻し、本件契約は原告実用新案権の消滅と同時に解除された。
(イ) なお、原告は、本件覚書を取り交わした際、被告五洋産業との間で、針のサイズによって、Aと被告五洋産業の製造分野を分けるという合意がなされたと主張するが、そのような合意がなされた事実はない。
ウ 上記のとおり、本件契約は、平成10年9月29日に原告実用新案権が期間満了により消滅したことに伴い、その効力を失ったというべきであり、被告五洋産業の釣り針製造行為が、本件契約に違反する債務不履行に当たるとの原告の主張は理由がない。
(2) 被告五洋産業の代表者は、原告釣り針を実質的に開発した原告考案の考案者であって、実用新案登録を受ける権利を原始的に有していた。しかし、原告が一方的に単独で原告考案を冒認出願したため、事後的な協議の結果、昭和63年に、
原告が「出願権と販売権」、被告五洋産業(契約当時の当事者は「B」)が「製造権」を有する契約(甲28)を締結し、原告は被告五洋産業に対し原告考案に係る釣り針の独占的製造権を認めたものである。そして、本件契約はこの契約の条項をそのまま引き継いで締結された。
このような場合、仮に何らかの理由で本件契約が終了しない場合でも、原告実用新案権の消滅後に、被告五洋産業に対して本件契約に係る債務不履行に基づく損害賠償を請求するのは公平の観念に反し、権利の濫用により許されない。
3 争点(3)(損害の発生及び額)について 〔原告の主張〕 (1) 被告五洋産業について ア 被告五洋産業は、遅くとも平成12年2月ころ以前から、被告土肥富に対し別紙「被告土肥富仕掛被告商品一覧表」記載のとおり合計7650万本の仕掛品を、被告フジックに対し別紙「被告フジック売上一覧表」記載のとおり合計420万本の仕掛品を、それぞれ製造販売した。
被告五洋産業が仕掛品の製造販売によって得る利益は、仕掛品1本当たり0.1円を下らないから、被告五洋産業は、上記仕掛品の製造販売により、少なくとも807万円((7650万本+420万本)×0.1円)の利益を得た。
原告が、被告五洋産業の上記不正競争行為によって被った損害は、807万円と推定される(不正競争防止法5条1項)。
また、原告は、被告五洋産業の本件契約に係る債務不履行により、上記同額の金807万円の損害を被った。
イ 原告は本件訴訟提起及び遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任したが、被告五洋産業の不正競争行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害は、50万円を下らない。
ウ 原告は、被告五洋産業に対し、上記ア及びイの損害合計額857万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成13年6月20日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告土肥富について ア 被告土肥富は、遅くとも平成12年2月ころ以前から別紙「被告土肥富仕掛被告商品一覧表」記載のとおり合計7650万本の仕掛品を被告五洋産業から仕入れ、これに焼き入れした後、メッキを施して商品として完成させて販売した。
被告土肥富が釣り針の製造販売によって得る利益は、1パック(釣り針約15本在中)当たり10円を下らないから、被告土肥富は、上記釣り針の製造販売により、少なくとも5100万円(7650万本÷15本×10円)の利益を得た。
原告が、被告五洋産業の上記不正競争行為によって被った損害は、5100万円と推定される(不正競争防止法5条1項)。
イ 原告は本件訴訟提起及び遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任したが、被告土肥富の不正競争行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害は、250万円を下らない。
ウ 原告は、被告土肥富に対し、上記ア及びイの損害合計額5350万円のうち、金1783万3333円及びこれに対する不法行為の日の後である平成13年6月20日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(3) 被告フジックについて ア 被告フジックは、遅くとも平成12年2月ころ以前から合計420万本の仕掛品を被告五洋産業から仕入れ、これに焼き入れした後、メッキを施して商品として完成させて販売したが、その売上額合計は、別紙「被告フジック売上一覧表」記載のとおり2108万7000円である。
被告フジックが釣り針の製造販売によって得る利益率は、30%を下らないから、被告フジックは、上記釣り針の製造販売により、少なくとも632万6100円(2108万7000円×30%)の利益を得た。
原告が、被告フジックの上記不正競争行為によって被った損害は、金632万6100円と推定される(不正競争防止法5条1項)。
イ 原告は本件訴訟提起及び遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任したが、被告フジックの不正競争行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害は、50万円を下らない。
ウ 原告は、被告フジックに対し、上記ア及びイの損害合計額682万6100円のうち、金227万5367円及びこれに対する不法行為の日の後である平成13年6月20日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告らの主張〕 原告の主張事実は争う。
争点に対する判断
1 争点(1)ア(原告釣り針の商品形態商品表示性周知性の有無)について (1) 商品の形態は、通常、主として、商品の機能を発揮させ、又は美感を高めるなどの目的から適宜選択されるものであって、必ずしも商品の出所を表示することを目的として選択されるものではない。しかし、商品の形態が他の商品と識別し得る独特の特徴を有し、かつ、商品形態が、長期間継続的かつ独占的に使用されるか、又は、短期間であっても商品形態について強力な宣伝広告等により大量に販売されて使用されたような場合には、商品形態が特定の者の商品を示す商品等表示として需要者の間で広く認識され出所識別性を有することがあり得、そのような場合には、商品形態が不正競争防止法2条1項1号商品等表示として保護されることがあると解される。ただし、商品形態が当該商品の機能ないし効果と必然的に結びついている場合において、当該形態を保護することがその機能ないし効果を奏し得る商品そのものの独占的・排他的支配を招来するような場合には、自由競争のもたらす公衆の利益を阻害することになるから、そのような形態にまで上記条項による保護は及ばないと解するのが相当である。
(2)ア 原告は、本件糸付部形態、すなわち基端に糸付部を有し、軸部を前方に湾曲させて、先端を針先部とした釣り針の「角丸のホームベース型をした腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に延びた縦溝を設けた糸付部及び軸部上端の形状」が原告釣り針の商品表示性周知性を獲得していると主張する。
なお、被告土肥富及び被告五洋産業は、原告釣り針の糸付部の形状が角丸のホームベース型ではなく、丸味を帯びた崩れた四角形であると主張するところ、検甲1〜5によれば、原告釣り針の糸付部は角丸のホームベース型のものや、
その角丸のホームベース型の角部及び直線部が崩れて全体にやや丸味を帯びているものがあることが認められるが、そうした全体にやや丸味を帯びているものを含めても、「角丸のホームベース型」との表現が当てはまらないということはできない。以下、そうした全体にやや丸味を帯びているものを含め、原告釣り針の糸付部の形状を「角丸のホームベース型」と表現することとする。
イ この本件糸付部形態は、釣り針全体の形態ではなく、釣り針の一部の極めて小さい部分の形状である。
そして、証拠(甲5の1〜10、甲6、7、甲8の1〜3、検甲1〜6、9)によれば、釣り針は、商品名を印刷した台紙とともに透明のビニール等で包装して販売されていること、原告釣り針は、その台紙の表示における「H・LINE」との文字や糸付部の形状の模式図を表示した台紙と共に包装されて販売されていることが認められ、消費者は、主として台紙のこうした表示を見て出所を認識し、購買判断をするものと推認される。原告が、原告釣り針の台紙に糸付部の形状の模式図をあえて表示していることも、消費者が、釣り針の形態自体を見るというよりも、台紙部分の表示を見て購買判断することを考慮したものと解される。
また、原告は、消費者のみならず、販売店等の取引先における本件糸付部形態の周知性をも主張するところ、甲78、乙13及び弁論の全趣旨によれば、
被告フジックが、被告土肥富やその他の釣り針業者にフジック釣り針を販売する際には、製造番号、サイズ、品名、業者名を表示した1万本ないし5千本入りの紙袋に入れており、糸付部の形態は表示されていないことが認められ、他の業者間においても、取引者間で釣り針を取引する際にこうした形態による取引が行われているものと推認されるが、こうした業者間の取引の際においては、出所を明確にして取引するのが通常であると解される上、上記のとおり包装袋の記載からもその出所が明らかである。
商品形態が不正競争防止法2条1項1号にいう商品等表示に当たるというためには、消費者が商品選択をする際に、当該形態自体から特定の出所を想起させるような出所識別性を有する必要があるというべきであるところ、上記のとおり、本件糸付部形態が釣り針の一部の極めて小さい部分であること、消費者が釣り針の形態自体というよりは、主として台紙の表示を見て出所を認識し購買判断するものと考えられること、業者間においても出所を明確にして取引されることからすれば、本件糸付部形態は、需要者が特定の出所を想起させる商品表示性を有しているということはできない。
エ なお、原告は、原告釣り針の本件糸付部形態を拡大した模式図(当該模式図は、原告釣り針の台紙に記載される模式図とほぼ同様のものである。)等を表示して広告をし、これにより本件糸付部形態が原告の出所を表示するものとして周知性を獲得したと主張しているが、仮に、原告によるそうした広告宣伝によって、
模式図に示された当該商品形態需要者の間で広く認識されることがあったとしても、そして、そのような広告宣伝によって当該模式図を表示した台紙による包装形態が商品表示性を有することがあり得るとしても、そのことから、直ちに、消費者が土肥富釣り針やフジック釣り針の現物を見た時に、その糸付部の形態に注目し、
その形態から特定の出所を想起させるという商品表示性を獲得することになるものではない。
オ 原告は、兵庫県小野市の商工会議所、兵庫県釣針協同組合及び各地方の漁業協同組合(甲47の1〜10)、釣り情報雑誌等の出版社(甲48の1〜4)、釣具店(甲49の1〜205)、中国の釣り具業者(甲75の1〜5)が、
本件糸付部形態とほぼ同様の形状を示す図面(釣り針の糸付部を拡大、抽象化したもの)について、当該形態が原告の取扱に係る釣り針を表示するものとして需要者及び取引者の間に広く認識されるに至っていることを証明する文書を証拠として提出するが、これは、そうした釣り針の糸付部を拡大、抽象化した図面についての需要者及び取引者の認識を示すものとはいえても、原告釣り針の現物における本件糸付部形態自体の需要者及び取引者の認識を示すものとはいえない。
また、甲79の1・2及び弁論の全趣旨によれば、原告釣り針を友人からもらった消費者が、原告に対し同様の釣り針を入手できないかと問い合わせる趣旨の書簡を送付したことが認められるが、同事実は消費者が原告釣り針の本件糸付部形態に着目して原告の製品と判断したかという点が必ずしも明らかとはいえない上、仮にこの消費者が本件糸付部形態を見て原告の製品であると判断したとしても、こうした一例をもって、直ちに原告釣り針の本件糸付部形態が商品表示性を有していると認めることはできない。
(3) さらに、本件糸付部形態のうち、縦溝を設けた形態(糸付部の腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に伸びた縦溝を設けていること)について、以下の事項を指摘することができる。
ア 原告釣り針が製造される以前において、縦溝を設けた釣り針として次のような技術が存在した。
(ア) 乙3公報(実開昭47-380号公開実用新案公報、公開日:昭和47年8月1日)には、軸部から糸付部下端まで軸心方向に延びた縦溝を設けた釣り針が開示されている。
(イ) 乙4公報(実開昭59-119160号公開実用新案公報、公開日:昭和59年8月11日)には、軸部の上端部にキノコ状の掛り部(糸付部)を設けた釣り針において、軸部から上端まで軸心方向に延びた縦溝を設けた釣り針が開示されている。
(ウ) 乙5公報(実開昭63-148171号公開実用新案公報、公開日:昭和63年9月29日)の第1〜第4図には、軸部の上端に膨出部があるハリス結束部(糸付部)を形成した釣り針において、釣り針の軸部からハリス結束部(糸付部)の中程まで軸心方向に延びた縦溝を設けた釣り針が開示されている。
これらの釣り針は、縦溝が糸付部の上端まで達していない点(乙3公報及び乙5公報)や、糸付部の形状がキノコ状である点(乙4公報)で、原告釣り針の形態とは異なるものの、いずれも軸部に設けた縦溝部分に釣り糸をガイドさせ、
釣り糸のずれを防止する機能を有するものである点で共通する。
イ また、原告実用新案公報によれば、実用新案登録請求の範囲に「…幅広に設けられたつり糸巻付箇所の腹面とチモト部腹面とに縦溝を連続して設けたことを特徴とするつり針」と記載されており、その実施例を示す第1図には、原告釣り針の形態である「糸付部の腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に伸びた縦溝を設けている」との構成を備えた釣り針が記載されている。
そして、原告実用新案公報の「考案の詳細な説明」の「従来の技術」及び「考案が解決しようとする問題点」の項には、乙3公報に示されているように、
従前、軸部の腹面に縦溝を設けた釣り針が提案されていたが、縦溝が軸部にしか設けられていないため、魚が釣り針に掛かり出糸がチモト部腹面に当接するように変移した場合、チモト部腹面が平らであると出糸がチモト部の左右に移動しやすく、
出糸がチモト部周辺の角で切れる等して魚を取り逃がすという問題点があったこと、「問題点を解決するための手段」及び「作用」の項には、原告考案は、こうした問題点を解決するため、「幅広に設けられたつり糸巻付箇所の腹面とチモト部腹面とに縦溝を連続して設ける」という構成を採ったものであることが記載されている。
ウ そうすると、原告釣り針の「糸付部の腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に伸びた縦溝を設けている」形態は、軸部に縦溝を設けた従来の釣り針に、更に糸付部の上端まで縦溝を設けることによって、出糸のずれ防止をより確実なものにするという機能を実現するためのものであるというべきであり、しかも、
出糸のずれを防止するために軸部に縦溝を設けることや、その縦溝をハリス結束部(糸付部)の上端に達するまで延ばす技術自体は原告釣り針に独特なものということはできない。
(4) 次に、本件糸付部形態のうち、糸付部が角丸のホームベース型であるという形態について、次のような事項を指摘することができる。
ア 証拠(甲51、52、乙6、7、9、丙4)によれば、釣り針の糸付部は、江戸時代ころから鉄槌で叩いて作られ、「叩き」、「ツブシ」等と呼ばれ、現在では、断面が円形の針金をプレスする方法により形成されるものであること、原告釣り針の糸付部は、通常のプレスにより形成されるものであって、特別な製造方法により形成されるものではないことが認められる。
イ また、上記乙6(「釣りの新百科」毎日新聞釣友会編・金園社発行)の86頁には、「丸耳」と呼ばれる糸付部の一例として略ホームベース型をしたものが記載されており、上記乙7(「ぼくらの川づり入門」矢橋酔魚著・成美堂出版発行)の84頁には「しゅもく」と呼ばれる糸付部の一例として、同じく略ホームベース型をしたものが記載されている。
ウ そうすると、原告釣り針の有する「角丸のホームベース型をした糸付部」との形態は、従来から行われているプレス成型により形成されたものであって、原告釣り針のみが有する独特な形態であるということはできない。
(5) 以上によれば、本件糸付部形態は、断面が円形の針金をプレスすることにより形成されるもので独特な形態とはいえない角丸のホームベース型の糸付部を有し、この糸付部の腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に延びた縦溝を設けたという、出糸のずれ防止を確実にするという機能ないし効果と必然的に結びついた形態を付加したものということができるが、本件糸付部形態を保護することは、糸付部の腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に延びた縦溝を設けることによって、出糸のずれ防止を確実にするという機能、効果を奏し得る商品そのものの独占的、排他的支配を招来することになるものであり、このような本件糸付部形態は不正競争防止法2条1項1号商品等表示としての保護は及ばないと解すべきである。
なお、上記の技術上の機能、効果と結びついているのは、糸付部の腹面の中央部に軸部から上端まで軸心方向に延びた縦溝を設けた形態部分であり、糸付部が角丸のホームベース型をしているという形態部分は上記機能、効果と直接関係するものではないから、他の形状の糸付部を採用しても同様の機能、効果を実現することが可能であるともいえる。しかし、上記(4)記載のとおり、角丸のホームベース型という形態自体が通常のプレス成型により形成されるもので、原告釣り針のみが有する独特な形態とはいえないのであるから、角丸のホームベース型という形態自体が商品表示性を有するものではなく、こうした通常の形態をベースとして、技術上の機能、効果と必然的に結びついている縦溝を付加したとしても、そのことから、これらを合わせた形態が商品表示性を有するということはできない。
(6)ア 原告は、被告らが他の糸付部形状を選択することができたはずであるにもかかわらず、原告釣り針と同様の形態を選択することは、原告釣り針の周知性に便乗するものである、特に土肥富釣り針については、その包装台紙に原告釣り針の商品名「H・LINE」に類似する「I-LINE」との標章を用いていると主張する。
イ しかし、原告釣り針の糸付部の形状が商品表示性を有しないのは、そもそも、原告が、原告考案の実施品を販売する際に、通常の糸付部の形状を選択したことによるものであって、そのような原告が他社に対して、原告釣り針と同様の形態を選択することが原告釣り針の周知性に便乗するものと主張することは、失当である。
ウ また、原告は、土肥富釣り針がその台紙に「I-LINE」との標章を用いているという点を指摘するが、原告釣り針の台紙に付された「H・LINE」との標章は、糸、釣り糸、線等を意味する「LINE」の語に「H」を付加したものであることや、原告釣り針の宣伝広告状況を示すものとして提出された釣り人向けの雑誌の多くにおいて、原告釣り針が「独自のH溝(みぞ)」を有するとして宣伝していること(中には「まさにHな関係」とHをことさら強調している雑誌(甲17の35〜51)もある。)と合わせると、原告釣り針の「H・LINE」の標章において「LINE」よりは、むしろ「H」が重要な要素であると考えられ、そうすると、「I-LINE」と「H・LINE」の各標章は、外観、称呼、観念が必ずしも同一とはいえず、両標章は類似しているということはできない。
しかも、証拠(甲8の1〜3、検甲6、乙12)によれば、土肥富釣り針は、包装パックの上部に「極品釣針」と大きく表示し、その内部の台紙の下部の右側に4段の表示枠を設け、上から順に「炭素鋼」、「伊勢尼」、「I-LINE」、「size 6」等と表示されているものであることが認められ、その包装パック及び台紙の表示を全体的に観察すれば、「I-LINE」の標章は当該製品を示す要素として重要な役割を果たしているとはいえない。
エ したがって、土肥富釣り針の包装用台紙に「I-LINE」との標章が用いられていることから、直ちに、被告土肥富が、原告釣り針の周知性に便乗しているものであるということはできない。
(7) 以上によれば、原告の被告らに対する不正競争防止法2条1項1号に基づく請求はいずれも理由がない。
2 争点(2)(被告五洋産業の債務不履行)について (1) 本件契約の第1条は、「昭和58年9月に試作し、その後実用新案特許を出願している新型縦溝入り叩き、販売名称「Hライン」の出願権及び販売権は、原告が有するものとする。」と記載されている。
甲28、56、乙9によれば、原告とBとの間で昭和63年6月10日に本件契約と同様の内容の契約を締結し、その際、原告が出願権を有するとした「実用新案特許」は、出願中の原告考案に関する権利を意味するものであったこと、そして、原告と有限会社五洋つりばりとの間で、平成4年8月ころ、昭和63年6月10日に作成した契約書の文言をそのまま用いて本件契約を締結したことが認められる。
また、本件契約が対象とする「縦溝入り叩き」は、糸付部(叩き)に縦溝の入った釣り針を意味するものと解されるところ、原告考案の「つり糸巻付箇所の腹面とチモト部腹面とに縦溝を連続して設けたことを特徴とする」との構成とほぼ符合する記載内容となっている。さらに、原告自身が、「H・LINE」の商品名で販売している原告釣り針の包装に、原告実用新案権の公開番号(実開昭60-57977号)を示す「PAT. No.57977」との記載をしている(甲5の1〜10、甲6)。
したがって、本件契約が対象とする釣り針は、原告考案の実施品を意味するものと解するのが自然な解釈である。
(2) そうすると、本件契約は、@原告が、原告考案に係る実用新案登録を受ける権利、及び原告考案を実施した釣り針の販売権を有し、有限会社五洋つりばりは同販売権を有しないこと、A有限会社五洋つりばりが、原告考案を実施した釣り針の製造権を有し、原告は同製造権を有しないことを内容とするものと解される。
原告実用新案権は、平成10年9月29日に期間満了により消滅しているので、その後の本件契約の効力をいかに解すべきかについて検討する(なお、原告は、本訴において、遅くとも平成12年2月ころ以前からの被告らによる釣り針の製造販売行為を対象としているが、原告実用新案権が消滅した平成10年9月29日以前の被告らの行為を、本訴の対象としているものではないと解される。)。
ア ライセンシーがライセンス料を支払って当該発明又は考案を実施することを内容とする通常のライセンス契約においては、特許権ないし実用新案権の消滅に伴い、当該発明又は考案は、誰でも自由に実施することができることになるから、権利が消滅した後は、ライセンシーのライセンス料の支払義務も消滅すると解すべきである。そう解さなければ、第三者が当該発明又は考案を無償で実施できるのに、ライセンス契約者のみが無償でこれを実施できないという不合理な結果になることになる。
イ もっとも、本件契約は、@原告が、原告考案に係る実用新案登録を受ける権利と、本件考案を実施した釣り針の販売権を有する一方で、A有限会社五洋つりばりが同釣り針の製造権を有するという内容であるから、有限会社五洋つりばりの地位を承継した被告五洋産業は、本件契約により、原告が販売する同釣り針に関して、その製造権を独占できるという利益を享受しており、ただ単に原告考案の実施許諾を受けるにとどまるものではない。
したがって、原告実用新案権が消滅して第三者が無償で実施できるようになった状況の下においても、原告と被告五洋産業との間で、被告五洋産業が原告考案に係る釣り針を販売しないという制約を受ける一方、原告が販売する同釣り針に関して、その製造権を独占できるという利益を享受するという関係を維持するとの意思解釈がなり立ち得ないではない。
ウ そこで、原告実用新案権が消滅した平成10年9月ころ以降も、被告五洋産業が製造権を独占するという関係が続いていたか否かについて検討する。
(ア) 原告と有限会社五洋つりばりは、本件覚書において、有限会社五洋つりばりの製造独占権について「原告が有限会社五洋つりばりに対して委託した加工製品のうち、出荷期限までに加工が不可能な分については、原告は、その一部を原告と有限会社五洋つりばりとの協議の上、特定加工業者(A)に委託することができる。」との合意をしていたものであるが、証拠(甲66、甲67の1〜20、
甲68の1〜13、甲70)によれば、原告が釣り針の製造委託をしていたAは、
平成8年1月6日に原告の従業員となり、Aが行ってきた釣り針製造の事業は、原告に吸収されたこと、原告が平成9年度以降、被告五洋産業に対して製造委託した釣り針本数と、原告が自社内で製造した釣り針本数は、下記のとおりであることが認められる。
(被告五洋産業) (原 告) 平成 9年度 2257万本 1373万本 平成10年度 2038万本 528万本 平成11年度 400万本 522万本 平成12年度 1029万本 546万本 平成13年度 562万本 558万本 そして、本件覚書に記載されるような、原告が釣り針加工を行うに際して被告五洋産業との間で協議をした事実や、原告が加工した上記の釣り針について被告五洋産業が出荷期限までに加工することが不可能であった事実を認めるに足りる証拠はない。
(イ) そうすると、少なくとも原告実用新案権が消滅した平成10年9月ころ以降には、本件契約が当初予定していた、被告五洋産業が、原告考案に係る釣り針の製造権を独占できるという利益を享受していたとはいえないというべきである。
(ウ) なお、原告は、本件覚書を作成した際に、被告五洋産業との間で、
20番手前後を基準とし、それより大きい番手を被告五洋産業に、それより小さい番手をAに委託するとの合意がされたと主張し(なお、番手が大きくなるほど、釣り針は細くなる。(甲59))、甲69(原告代表者作成の陳述書)中には、同主張に沿う陳述部分がある。
また、上記甲60,甲61の1〜7、甲62の1〜6、甲63の1〜4、甲64の1〜6、甲65、甲67の1〜20、甲68の1〜13によれば、原告は、少なくとも平成9年度以降においては、被告五洋産業に対し20番手前後以上の細い釣り針の製造委託をしていることが認められる。
しかしながら、原告が主張するように、本件覚書が作成された時点で、20番手前後以上の釣り針を被告五洋産業が、それ以下の番手の釣り針をAが製造加工するとの合意がされたのであれば、本件覚書においてもその旨明記してしかるべきであるにもかかわらず、そのような記載はなく、被告五洋産業が原則として独占的に製造加工することを前提とする記載となっているのであるから、甲69の上記陳述部分から、20番手前後以上の釣り針を被告五洋産業が、それ以下釣り針をAが製造加工するとの合意がなされたことを認めることはできない。
かえって、平成9年度以降において原告が被告五洋産業に対し20番手前後以上の細い釣り針のみの加工を委託している事実は、原告と被告五洋産業との間で、本件契約や本件覚書に従った製造販売の協力関係が消滅し、それとは別個の、原告が被告五洋産業に対して20番手前後以上の釣り針のみの製造加工を委託するという継続的な加工委託関係が形成されたことを示すものであるというべきである。そして、甲55によれば、被告五洋産業が平成13年11月28日に原告に対し原告釣り針(Hライン)の加工料の値上げに関する文書を送付していることが認められるが、これは、上記のとおり、本件契約が消滅した後の原告と被告五洋産業との間の継続的な加工委託関係における値上げに関する文書と解されるものであり、当該文書の存在から直ちに、本件契約が原告実用新案権の消滅以降も存続していることを示すものということはできない。
エ そうすると、原告実用新案権が消滅し第三者が原告考案を無償で実施できるようになった平成10年9月ころ以降においては、原告と被告五洋産業との間で、本件契約及び本件覚書が予定しているような被告五洋産業が製造権を独占するという関係が続いていたものということはできず、したがって、原告及び被告五洋産業との間で、被告五洋産業が原告考案に係る釣り針を販売しないという制約を受ける一方、原告が販売する同釣り針に関して、その製造権を独占できるという利益を享受するという関係を維持するとの意思があったとすることもできない。
結局、原告実用新案権の消滅に伴い、本件契約及び本件覚書の合意はその効力を失い、被告五洋産業は、本件考案に係る釣り針を製造、販売することについて、原告との間で何ら契約上の制限を有するものではなくなったと解するのが相当であるから、原告の被告五洋産業に対する本件契約に関する債務不履行を理由とする請求は理由がない。
3 よって、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝