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事件 平成 17年 (ネ) 10007号 商品供給契約上の地位確認等請求控訴事件

控訴人(一審被告) 大正製薬株式会社 代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 倉田卓次
同 宮代 力
同 伊従 寛
同 庭山 正一郎
同 小泉淑子
同 山岸和彦
同 佐藤りか
被控訴人(一審原告) 株式会社ダイコク 代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 西野弘一
同 川村哲二
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/02/27
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 (本案前について) 「本件訴えを却下する。」又は「本件を東京地方裁判所に差し戻す。」 (本案について) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事案の概要
1 本件は,医薬品等の小売業者である被控訴人が,その製造販売業者である控訴人の商品につき平成13年1月から5月にかけていわゆる「原価セール」(商品の仕入価格を開示して行うセール)を行ったことを理由に,控訴人から同年5月20日付けで,それまで継続してきた取引基本契約等が解除ないし解約されたことから,その効果を争うとして,被控訴人が前記取引基本契約上の当事者の地位にあることの確認を求めるとともに,同契約に基づいて,被控訴人が控訴人に対し平成14年2月19日から同年3月2日にかけて発注した商品の引渡しを求める訴訟である。
2 原審においては,被控訴人の行った前記「原価セール」が不正競争防止法又は独占禁止法・景品表示法に違反するか等が主たる争点となったが,平成16年2月13日になされた原判決は,いずれもこれを否定し,控訴人の行った前記解除ないし解約はその効力を生じないとして,被控訴人の請求をいずれも認容した。
3 そこで,控訴人は,これを不服として,本件控訴を提起したが,前記争点に関する主張のほか,当審において新たに,本件訴えには不適法事由があるとの主張を追加した。
4 なお,被控訴人の行った前記「原価セール」に関し,逆に控訴人が被控訴人に対し,不正競争防止法に基づく損害賠償等を求めた別件訴訟(先行事件)があり,控訴人(大正製薬株式会社)の敗訴が既に確定している(東京地裁平成13年(ワ)第10472号,平成14年2月5日判決。東京高裁平成14年(ネ)第1413号,平成16年9月29日判決。最高裁平成17年(オ)第27号,同年(受)第39号,平成17年10月13日決定)。
前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる事実。なお,書証のうち枝番のあるものについては,枝番の記載を省略する。以下同じ。) 1 当事者 控訴人は,医薬品の製造販売等を業とする株式会社である。被控訴人は,医薬品,家庭用品,化粧品の販売等を業とする株式会社である。
2 取引基本契約等の締結(乙1,46〜70) (1) 控訴人と被控訴人は,平成9年8月4日,控訴人の製造販売する医薬品等の商品(以下「控訴人商品」という。)を被控訴人が控訴人から継続的に購入することに関し,取引基本契約(以下「本件取引基本契約」という。)を締結した。被控訴人は,本件取引基本契約に基づき,控訴人に対して控訴人商品を発注し,控訴人は,被控訴人からの注文に応じて,控訴人商品を被控訴人に対して継続的に販売した。なお,控訴人と被控訴人は,被控訴人が設立されて間もない平成元年6月6日に取引基本契約を締結して取引を開始し,それ以降数度にわたり契約を更新した後,最終的に平成9年8月4日に本件取引基本契約を締結したものである。
(2) 控訴人は,控訴人商品を取り扱う小売店の支援のために,サポートVANシステムという名称のシステムを企画し,開発した。控訴人は,被控訴人がその店舗において同システムを利用することができるように,店舗ごとに,被控訴人との間でサポートVAN契約(以下「本件サポートVAN契約」と総称する。)を締結した。
3 被控訴人による「原価セール」の実施 被控訴人は,平成13年1月から5月までの間,被控訴人の複数の店舗において,控訴人商品の仕入価格を開示して行うセール(以下「本件原価セール」という。)を実施した。
4 控訴人による解約通知(乙6,7) 控訴人は,平成13年5月20日,被控訴人に対し,本件取引基本契約及び本件サポートVAN契約を即時解除ないし解約する旨の通知(以下「本件解約通知」という。)をし,同通知は同月21日に被控訴人に到達した。
5 控訴人による訴訟提起(甲7,9,乙180) (1) 控訴人は,平成13年5月23日,被控訴人,被控訴人代表者及び被控訴人のグループ会社(株式会社グレープダイコク,株式会社エビスダイコク,株式会社エース・ダイコク及び有限会社イーエフ。以下「被控訴人グループ会社」と総称する。)を被告として,本件原価セールにより控訴人が被った損害の賠償,動産の引渡し等を求める訴訟(以下「先行事件」という。)を提起したが,平成14年2月5日に控訴人の請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡された(東京地裁平成13年(ワ)第10472号事件)。
これに対して控訴人が控訴を提起したが,平成16年9月29日に控訴棄却の判決(ただし,被控訴人に対する動産の引渡請求については,被控訴人が返還義務を認めたため,第一審判決を取り消して控訴人の請求を認容する旨の判決)が言い渡された(東京高裁平成14年(ネ)第1413号事件。なお,控訴審係属中に,被控訴人は被控訴人グループ会社を吸収合併し,その訴訟上の地位を承継した。)。
控訴人は,同判決中の控訴人敗訴部分を不服として,上告及び上告受理の申立てをしたが,平成17年10月13日付けで最高裁第一小法廷において上告棄却兼不受理の決定がされ(最高裁平成17年(オ)第27号,同年(受)第39号事件),確定した。
(2) 先行事件における控訴人の被控訴人に対する請求及び主張の骨子は,以下のとおりである(【請求A1】,【請求A2】は,被控訴人に対して損害賠償金1億円及び遅延損害金を請求するものであり,選択的併合の関係にある。)。
ア 【請求A1】民法709条又は不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求 (ア) 違法性を基礎付ける事実 (a) 不正競争防止法2条1項7号違反(仕入価格という営業秘密の開示) (b) 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)19条,昭和57年6月18日公正取引委員会告示第15号(以下「一般指定」という。)6項前段又は後段への該当(不当廉売) (c) 商慣習ないし商慣習法違反行為(仕入価格の開示,不当廉売) (d) 被控訴人らの行為を複合的に評価した違法性 (イ) 被控訴人及び被控訴人代表者共同不法行為 (ウ) 損害及び因果関係 イ 【請求A2】債務不履行に基づく損害賠償請求 (ア) 債務不履行の内容 (a) 本件取引基本契約違反 (b) 本件サポートVAN契約違反 (c) 継続的取引契約に基づく信義誠実義務違反(信頼関係破壊) (d) 商慣習ないし商慣習法上の義務違反 (イ) 損害及び因果関係 ウ 【請求B】不正競争防止法3条に基づく仕入価格開示の差止請求 エ 【請求C】本件サポートVAN契約の終了に基づく動産返還請求 オ 【請求D】本件サポートVAN契約の終了に基づく精算金請求 6 被控訴人による仮処分命令の申立て(甲6) 被控訴人及び被控訴人グループ会社は,平成13年5月30日,控訴人に対し,控訴人から控訴人商品の供給を受ける継続的売買契約上の当事者の地位にあることを仮に定めることを求める仮処分命令の申立てをし,平成14年2月15日に被控訴人及び被控訴人グループ会社の申立てを認容する仮処分決定が発令された(東京地裁平成13年(ヨ)第2189号事件)。
控訴人は,これに対して保全異議の申立てをするとともに,起訴命令の申立てをし,平成14年2月20日に起訴命令が発令された。
本件は,被控訴人及び被控訴人グループ会社が,起訴命令を受けて,同年3月18日に提起した訴訟である。なお,被控訴人グループ会社は,第一審係属中に,訴えを取り下げた。
7 被控訴人による商品の発注 被控訴人は,上記仮処分により仮の地位が定められた後の平成14年2月19日から同年3月2日までの間,原判決別紙「商品一覧表」記載の商品を控訴人に発注した。
争点及び争点に関する当事者の主張
1 本案前の主張 (1) 控訴人 ア 本件と先行事件とは,同一当事者間の訴訟であり,被控訴人が本件原価セールを実施したことを理由として控訴人が行った本件取引基本契約の解除ないし解約の有効性をめぐるものであって,紛争の実態及び法律上の争点は同一であり,請求の基礎を同一にするものである。
したがって,後から提起された本件訴えは,二重起訴(民訴法142条)に当たる不適法なものである。
イ 本件と先行事件とが上記アの関係にあることからすると,先行事件の第一審判決に関与した裁判官は,前審関与(民訴法23条1項6号)に当たるものとして,本件に関与することはできないと解すべきである。ところが,本件と先行事件とは第一審において東京地裁の同一の部に係属し,先行事件の第一審判決に関与した裁判官が本件の第一審判決に関与した。
したがって,原判決は,第一審の裁判官が本来回避すべき立場にあったことを無視して判決をしたものであって,違法というべきである。
ウ よって,控訴人は,原判決を取り消した上,主位的に,本件訴えを却下することを求めるとともに,予備的に,被控訴人の請求に理由がないとして請求を棄却すること,又は上記イの違法につき当事者に審級の利益を保障するために事件を第一審たる東京地方裁判所に差し戻すことを求める。
(2) 被控訴人 ア 本件は,被控訴人の申立てにより発令された仮処分命令に対して,控訴人が起訴命令の申立てをし,その発令がされたために,被控訴人が訴えを提起したものである。そのような起訴命令の申立てをした控訴人が本件訴えを不適法と主張することは,訴訟法上の禁反言として排斥されるべきである。
また,本件と先行事件とは,当事者が反対の関係にあるだけでなく,先行事件が債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償等の請求訴訟であるのに対し,本件は本件取引基本契約の存続を前提とした地位確認及び商品引渡しの請求訴訟であって,訴訟物を異にする。しかも,先行事件の主要争点が,契約存続中の被控訴人の行為の違法性の有無であるのに対し,本件の主要争点は契約解除ないし解約の有効性であって,法律上の争点も同一ではない。
したがって,二重起訴をいう控訴人の主張は失当である。
イ 本件においては,除斥事由もなく,忌避申立てもされておらず,裁判官が回避すべき理由もない。また,回避に関して訴訟法上の義務が発生することはないから,この点は判決の効力に影響を与えるものではない。
2 本案に関する争点 本案に関する争点は,原判決の「事実及び理由」中の第2の2「争点及び当事者の主張」(原判決6頁20行目〜39頁5行目)に記載された下記(1)〜(4)であり,各争点に関する当事者の主張は,当審における控訴人及び被控訴人の主張をそれぞれ次の3及び4のとおり付加するほか,原判決の上記部分の記載のとおりであるから,これを引用する(なお,控訴人は,原判決における当事者の主張の摘示に誤りがある旨を主張するが,本件記録によるも原判決に不合理なところがあるとは認められない。)。
記 (1) 控訴人による解除ないし解約の意思表示が期限の定めのない契約の解約として有効か。
(2) 控訴人による解除ないし解約の意思表示が本件取引基本契約上の解約条項に基づく解約として有効か。
(3) 被控訴人に本件取引基本契約に付随する義務違反があるか。
(4) 同時履行の抗弁権が成立するか。
3 当審における控訴人の主張 (1) 争点(1)について 原判決は,控訴人が本件取引基本契約を解約することができるのは契約を継続し難いやむを得ない事由が存在する場合に限られるとした上で,本件においては,やむを得ない事由があるということはできないと判断した。
しかし,本件取引基本契約は,期限の定めのない契約であるから,当事者の一方がいつでも将来に向かって解約告知をすることができると解すべきである。
したがって,本件取引基本契約は控訴人の解約告知により有効に解約されている。
また,仮にやむを得ない事由が必要であるとしても,以下のア〜キのとおり,被控訴人による本件原価セールは,不正競争防止法に違反し,独占禁止法の規制するおとり廉売,不当廉売等に該当し,不当景品類及び不当表示防止法(平成15年法律第45号による改正前のもの。以下「景品表示法」という。)に違反し,商慣習に反するものであり,さらに,控訴人の営業上の利益や信用,イメージを毀損し,取引当事者間の信頼関係を破壊するものであって,被控訴人は信義則上契約当事者に要求される義務(他方当事者に対して誠実に行動し,背信行為ないし不信行為を行わないようにする義務)に違反したものであるから,本件取引基本契約の解約を基礎付けるやむを得ない事由が存在することは明らかである。そして,被控訴人に著しい不信行為,重大な義務違反があることからすれば,催告を要することなく,契約の即時解約が認められるというべきである。
ア 不正競争防止法2条1項7号と売買価格情報の「原始取得」 原判決は,控訴人商品の仕入価格は,被控訴人が,売買契約の当事者としての地位に基づき,控訴人との間の売買契約締結行為ないし売買価格の合意を通じて原始的に取得し,被控訴人の固有の情報として保有していたものであって,控訴人から情報の開示を受けたものではないから,不正競争防止法2条1項7号にいう「営業秘密を示された場合」に該当せず,したがって,控訴人商品の仕入価格を開示する行為は同号所定の不正競争に当たらないと判断した。
しかし,本件における控訴人商品の仕入価格は,控訴人があらかじめ定めるものであって,売主と買主との間の折衝の余地はないから,原判決のいう上記一般論を適用することはできない。しかも,営業秘密については,それが誰に原始的に帰属するかという議論は無意味であって,営業秘密が示されたかどうかの事実が問題となるのであるから,原判決による不正競争防止法の解釈は誤りである。本件においては,控訴人と被控訴人との間の売買契約の成立に先立って,控訴人から被控訴人に対して控訴人商品の仕入価格が示されたことは事実であるから,上記「示された」の要件を満たしており,被控訴人の行為は不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争に当たるというべきである。
イ 仕入価格公表と商慣習違反 原判決は,被控訴人が消費者向けの販売チラシに控訴人商品の仕入価格を大々的に記載し,広く公表したことが商慣習に違反しないと判断した。
しかし,322軒もの多数の小売店から本件原価セールの実施に対する不満が表明されていること(乙140),商工業の総合的な改善発達を図り社会一般の福祉の増進に資することを目的として設立された団体である東京商工会議所が,原価を公表しないことは取引上の慣行ないし常識であると認識している旨の見解を示していること(乙171)に照らせば,被控訴人による仕入価格の公表が健全な商慣習ないし取引慣行に反することは明らかというべきである。
ウ 控訴人商品だけの差別的公表と損害認定 原判決は,被控訴人が控訴人商品のみを対象として本件原価セールを実施したことにつき,仕入価格を公表されたことにより控訴人が具体的に損害を被った事実を認定することはできないから,この点は取引を継続し難いやむを得ない事由には該当しないと判断した。
しかし,具体的損害の発生がなければやむを得ない事由の存在が認められないとする原判決の考え方は誤りである。控訴人は,仕入価格の公表によって,営業秘密を競業他社に知られて競争上不利な立場に置かれる,控訴人の仕入価格だけを一般消費者に知られたため,控訴人のイメージダウンにつながる,被控訴人以外の薬局薬店において控訴人商品の販売が困難になるといった深刻かつ重大な不利益を被っているから,取引を継続し難いやむを得ない事由の存在が肯定されるべきである。
エ 控訴人が本件原価セールを支援しているとの虚偽宣伝 原判決は,本件原価セールが独占禁止法その他の法規に違反する違法な行為であるということができない以上は,控訴人が本件原価セールを支援しているとの虚偽の事実をチラシに掲載して配布しても,取引を継続し難いやむを得ない事由には当たらないと判断した。
しかし,控訴人が本件原価セールを支援しているとの虚偽宣伝が問題になるのは,控訴人の取引関係者(他の薬局薬店等)に多大な迷惑を掛けている本件原価セールを支援していることを示す虚偽の宣伝であるからであって,被控訴人の行為が事後的に独占禁止法その他の法規に違反する違法行為であると評価されるかどうかが直接問題となるものではない。控訴人は,被控訴人による虚偽宣伝によって,本件原価セールという常軌を逸した販売方法の協力者であるとみなされ,取引先から警告を受けるなどしたのであるから,被控訴人が虚偽宣伝をしたことは取引を継続し難いやむを得ない事由に該当するというべきである。
オ 独占禁止法違反等 原判決は,被控訴人の行為は,一般指定8項及び9項の規定するおとり廉売,6項の規定する不当廉売,4項の規定する差別取扱いに該当せず,独占禁止法19条に違反しないし,景品表示法4条2号にも違反しないと判断した。
しかしながら,この判断は,以下のとおり,いずれも誤りである。
(ア) おとり廉売(不当顧客誘引行為。一般指定8項,9項) 被控訴人による本件原価セールは,控訴人商品を狙い撃ちにした典型的かつ大規模なおとり廉売(著名ブランド商品をコストを割って販売して多くの顧客を自己の店舗に誘引して集客するための道具とし,廉売による損失はおとり商品以外の商品の販売増及び利益増によって補填する販売方法)であって,一般指定8項の「ぎまん的顧客誘引」(自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について,実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより,競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること)及び9項の「不当な利益による顧客誘引」(正常な商慣習に照らして不当な利益をもって,競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること)に該当する。
すなわち,被控訴人は,本件原価セールによる控訴人の著名ブランド商品の著しいコスト割れ廉売と大規模な広告宣伝による損失を,控訴人商品以外の商品の販売で利益を上げて収支を整えることにより事業を拡大したものである。このことは,反面からみれば,本件原価セールによって,被控訴人の店舗で販売される他の商品も相当に安いという誤認を消費者に与えているものであるから,被控訴人の行為は,一般指定8項のぎまん的顧客誘引に当たる。
また,被控訴人は,控訴人の著名ブランド商品について採算を度外視してコストを大幅に割った廉売を行って,一般消費者に不当な利益(おとり廉売という特殊な不当販売促進方法による利益)を提供し,その不当な利益によって競争小売業者の顧客を自己と取引するように誘引したのであるから,被控訴人による本件原価セールは,一般指定9項の不当な利益による顧客誘引に当たる。
そして,被控訴人のおとり廉売は,被控訴人店舗の周辺の小売業者に大きな被害を与えたが,そのほとんどは控訴人の取引先であるから,控訴人は,被控訴人のおとり廉売によって,競争メーカーとの間において競争上極めて不利な立場に立たされ,また,控訴人のブランドの価値を著しく毀損され,重大な被害を受けた。したがって,控訴人が,自己の取引の防衛上,このような被害を与えた被控訴人との契約の継続を拒絶したことは当然である。
(イ) 不当廉売(一般指定6項) 被控訴人による本件原価セールは,以下のとおり,一般指定6項前段の不当廉売(正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し,・・・他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること)及び同項後段の不当廉売(・・・その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること)に該当する。
@ 一般指定6項前段にいう「著しく下回る対価」に当たるかどうかは,仕入価格ではなく,販売管理費を含めた総販売原価を基準にして判断すべきものである。したがって,被控訴人が仕入価格未満の価格で販売した控訴人商品はもとより,仕入価格で販売した控訴人商品についても,「著しく下回る対価」で販売したというべきである。
また,本件原価セールは,平成13年1月から,控訴人が本件解除(解約)通知をした同年5月までの5か月間にわたって行われており,周辺の小売業者に与えた影響等からしても,一般指定6項前段にいう「継続して」に当たることは明らかである。なお,被控訴人は,本件原価セールは被控訴人の新規店舗の出店時に期間限定で行われたと主張するが,出店時以外にも本件原価セールは行われていたし,被控訴人のゴールド会員になれば期間外でも控訴人商品を仕入価格で購入することができるとされていたのである。
さらに,本件原価セールは,周辺の小売業者に極めて強大な影響を与え,業界紙にも医薬品小売業界に異常な大混乱をもたらしたと報道されたものであり,「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」があることも明らかである。
したがって,被控訴人の行為は,一般指定6項前段の不当廉売に該当する。
A 原判決は,被控訴人の行為が一般指定6項前段に該当しないと判断するのみで,同項後段に該当するとの控訴人の主張に対する判断を示していない。
本件原価セールは,単に対象商品の販売価格が採算を度外視した著しい廉価であるにとどまらず,控訴人の営業秘密である仕入価格を販売チラシで大々的に広告し,控訴人の著名主力商品のみを狙い撃ちにして実施し,控訴人がこれに協力しているなどと虚偽宣伝をした不当性の強い廉売であるから,同項後段の不当廉売にも該当する。
(ウ) 不当な差別取扱い(一般指定4項) 被控訴人は,控訴人の主力商品のみを標的にして本件原価セールを行い,控訴人商品の仕入価格を公表することにより,控訴人に対し,他の競争者との競争において著しく不利な取扱いをして,差別的な不利益を与えた。したがって,被控訴人の行為は一般指定4項の「取引条件等の差別取扱い」(不当に,ある事業者に対し取引の条件又は実施について有利又は不利な取扱いをすること)に当たるから,控訴人が被控訴人との契約の継続を拒絶したことには十分な理由がある。
(エ) 不当表示(景品表示法4条1項2号) 被控訴人は,本件原価セールの販売チラシに,@ 控訴人商品の希望小売価格を「定価」と記載するという虚偽表示,及び,A 控訴人が本件原価セールに積極的に協力している旨の虚偽表示を行った。@の表示は,控訴人商品が他店では定価販売であって値段が高いとの誤認を生じさせるものである。また,Aの表示は,被控訴人の店舗においては他の競業小売業者より有利にかつ安心して控訴人商品を購入することができるとの印象を一般消費者に与えて顧客を誘引するものであり,被控訴人における取引条件につき一般消費者に誤認を与えるものである。しかも,このような虚偽広告は,控訴人の取引先である小売業者に,控訴人が被控訴人を優遇していると認識させて,控訴人の社会的信用を著しく傷付けるものであり,控訴人に対する悪質な敵対的広告であって,社会通念上許容されるものではない。
さらに,被控訴人が本件原価セールにおいて販売した控訴人商品の中には,虚偽の仕入価格を示して実際の仕入価格以上の価格で販売したものがあり,これは明らかな虚偽表示に当たる。
このような被控訴人の行為が景品表示法4条1項2号(「商品又は役務の価格その他の取引条件について,実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため,不当に顧客を誘引し,公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」をしてはならないこと)に違反することは明らかである。しかも,被控訴人は控訴人の中止要請を無視して本件原価セールを継続したのであるから,控訴人が被控訴人との取引を拒絶したことは当然の措置である。
カ 控訴人の損害 原判決は,本件原価セールによる控訴人の損害を,控訴人のブランドが傷付けられたこと及び控訴人商品の売上げが減少したことの二つに絞った上,具体的な経済的損失が生じていないとして,取引を継続し難いやむを得ない事由は存在しないと判断した。
しかし,控訴人は被控訴人の本件原価セールによって有形無形の多大な損害を被っているのであって,控訴人の損害を上記のものに限定することは誤りである。また,ブランドイメージの低下については,的確な証拠はないとしても,弁論の全趣旨及び経験則ないし良識に基づいて認定することのできるものである。さらに,控訴人商品の売上げの減少についても,控訴人が証拠として提出した資料により認めることができるから,この点に関する原判決の判断も誤りである。
キ 控訴人と被控訴人との交渉の経緯 原判決は,控訴人が被控訴人の本部に対して本件原価セールの中止を要請した時期につき,遅くとも平成13年3月であったとする控訴人の主張並びにこれに沿う証人和気秀行及び証人A善亮の証言を排斥した上で,控訴人からの本件原価セールの中止要請を被控訴人が受け入れなかったという事情は認められるものの,被控訴人が控訴人との間の信頼関係を破壊するような不誠実な行動をとったとは認めることができないと判断した。
しかし,まず,上記両証人の証言は信用性の高いものであるから,遅くとも平成13年3月には控訴人が被控訴人の本部に対して本件原価セールの中止要請を行っていたとの事実が認定されるべきものである。
そして,被控訴人が,控訴人から本件原価セールの中止要請を再三にわたり受けながら,2か月(中止要請がされたのが平成13年4月であるとしても1か月)もの間これを放置したこと,中止要請を受けた被控訴人のB専務は,「代表者の意向を確かめてみる」などと述べ,その場しのぎの口先だけの回答に終始していたこと,被控訴人が,本件原価セールを中止する見返りとして,「チラシ抑制金」の支払を控訴人に要求したことなどに照らすと,被控訴人の交渉態度が不誠実であることは明らかであって,取引を継続し難いやむを得ない事由が存在するというべきである。
(2) 争点(2)について ア 本件取引基本契約上の義務違反 本件取引基本契約3条(被控訴人は,控訴人商品の推奨販売に努め,生活者に商品を販売するものとする,控訴人は,必要に応じ商品の陳列,販売方法等を被控訴人と協議することにより,被控訴人の販売を支援し,もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資するものとする旨の規定)は,当事者間において「共同の利益の増進と円滑な取引の維持」を実現することを目指しているのであり,他方当事者に対して背信行為ないし不信行為を行ってはならないという趣旨が当然に盛り込まれている。したがって,この趣旨に反する行為があれば,契約を解除することができる。
本件原価セールは,著名なブランド商品である控訴人商品の仕入価格を公表して廉売するものであり,控訴人の営業秘密侵害し,控訴人を競争上不利な立場に陥れ,控訴人の取引先である薬局薬店に打撃を与えるとともに,取引先における控訴人の信用を失わせ,消費者との関係では控訴人の企業イメージ,ブランドイメージを傷付けるものであって,同条に違反することは明らかである。
また,本件原価セールは,小売店への直接販売を堅持する控訴人の販売政策に打撃を与えるものであること,控訴人ないし控訴人商品を推奨するものとはいえないこと,一般消費者向けの医薬品販売における正常な商慣習に反する行為であることからしても,同条の明文又はその趣旨に反するということができる。
したがって,控訴人による本件取引基本契約の解除ないし解約は有効である。
イ 本件サポートVAN契約上の義務違反 本件サポートVAN契約は,本件取引基本契約の実施に当たっての重要な媒体を規律するものであって,その意義は極めて重要であり,秘密の保持を定めた本件サポートVAN契約5条(被控訴人は,本件サポートVAN契約の内容並びに同契約に基づき取得したデータ及び資料を機密に保持し,理由のいかんを問わず,同契約の内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡等してはならない旨の規定)はそれ自体重要性の高い条項である。したがって,これに違反したことをもって,本件取引基本契約5条1項(被控訴人が本件取引基本契約又は控訴人との間のその他の契約に違反したときは,控訴人は,何らの催告なしに,本件取引基本契約を解除することができる旨の規定)に基づく契約の解除事由としても不合理な点はない。
そして,被控訴人は,控訴人と本件サポートVAN契約を結ぶことによって初めてサポートVANシステムの利用が可能となり,これを利用して控訴人への控訴人商品の発注,控訴人からの納品が行われて,仕入価格等のデータが控訴人から被控訴人に送信されるのであるから,仕入価格は本件サポートVAN契約に基づいて被控訴人が取得したデータにほかならない。したがって,仕入価格は,秘密保持義務の対象となるものであって,被控訴人がこれを開示した行為は,本件サポートVAN契約上の義務違反であり,また,本件取引基本契約の違反ともいい得るものであるから,控訴人はこれを理由として本件取引基本契約を解除(解約)することができる。
(3) 争点(3)について 原判決は,契約の中心的な給付義務に付随する義務の違反は,当然には契約の解除原因とはならず,中心的な給付義務の履行の障害となる場合に限り解除事由となると判示した。
しかし,本件取引基本契約は,継続的取引契約であり,信義則に基礎を置くものであるから,取引の一方当事者は,他方当事者に対して,誠実に行動し,背信行為ないし不信行為を行わず,他方当事者に不利益や損害を生じさせるような行動を行わないという信義則上の義務は,それが契約の明文にないという意味では付随的な義務であるとしても,その内容は契約の締結及び継続に当たって基盤となる最も基本的な重要な義務である。したがって,このような義務の違反があったときには契約の解除が認められるというべきである。
また,上記にいう背信行為ないし不信行為の内容は,法律違反,債務不履行又は不法行為に限られず,広く契約当事者間の信頼を損なうすべての行為を含むものである。
そして,本件では,控訴人の営業秘密である仕入価格を公表したこと,控訴人商品についてだけ差別的に公表したこと,本件原価セールを控訴人が支援しているとの虚偽宣伝を行ったこと,控訴人の取引先である他の小売業者が到底太刀打ちすることのできない価格で控訴人商品を販売したこと,控訴人ブランドを不当に悪用したこと,控訴人からの本件原価セール中止要請を拒否したこと,本件原価セールの中止につき対価を要求したこと,消費者に誤認を生じさせて控訴人の信用を毀損し,控訴人商品のブランド力を低下させたこと,独占禁止法に違反する行為(おとり廉売,不当廉売,不当差別)をしたこと,景品表示法に違反する虚偽記載を行ったことなど,被控訴人に信義則上の義務違反があったのであるから,控訴人による契約解除(解約)は有効である。
4 当審における被控訴人の主張 (1) 争点(1)について 継続的商品供給契約である本件取引基本契約を解除(解約)し得るのは,契約を継続し難いやむを得ない事由が存在する場合に限られるとした原判決の判断,本件において控訴人と被控訴人との間に契約を継続し難いやむを得ない事由はないとした原判決の判断は,いずれも正当なものであって,控訴人の主張にはすべて理由がない。
(2) 争点(2)について 本件取引基本契約及び本件サポートVAN契約に,仕入価格の開示を直接的に禁じる条項がないことは明らかである。原判決は,これらの契約の性質,文言等を十分に検討して,被控訴人に義務違反はないと判断したものであって,この点に関する控訴人の主張にも理由はない。
(3) 争点(3)について 付随的義務の違反が契約の解除事由となるのは,当該義務違反が契約の中心的な給付義務の履行の障害となる場合に限られるとした原判決の判断は正当である。そして,本件においては,上記(1)のとおり,取引を継続し難いやむを得ない事由が存在しないのであるから,仮に被控訴人に付随的義務の違反があるとしても,中心的な給付義務の履行の障害となることはないのであって,本件取引基本契約の解除は認められない。
当裁判所の判断
1 本案前の主張について (1) 控訴人は,本件と先行事件とが二重起訴(民訴法142条)に当たると主張する。
しかし,先行事件が,控訴人が被控訴人に対して,本件原価セールが不法行為又は債務不履行に当たると主張して損害賠償等を求める訴訟であるのに対し,本件は,被控訴人が控訴人に対して,本件取引基本契約が終了していない主張として契約上の地位にあることの確認等を求める訴訟であるから,訴訟物が異なり,二重起訴に当たらないことは明らかである(なお,前記のとおり,先行事件は平成17年10月13日の最高裁の決定により終局しているから,控訴人のいう二重起訴状態は解消された。)。
(2) 控訴人は,本件の第一審担当裁判官が先行事件に関与したことが前審関与(民訴法23条1項6号)に当たるから,本件への関与を回避すべきであったなどと主張する。
しかし,本件と先行事件とは,上記(1)のとおり,別個の事件であるから,前審関与に当たる余地はなく,本件訴えが却下されるべきもの又は第一審裁判所に差し戻すべき違法なものとなることはなく,控訴人の本案前の主張はいずれも理由がない。
2 本案について 当裁判所は,原審と同様に,被控訴人の請求をいずれも認容すべきものと判断する。その理由は,後記3のとおり訂正し,当審における控訴人の主張に対する判断を後記4〜6のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の第3の1及び2(原判決39頁7行目〜65頁14行目)に記載されたとおり(争点(4)に対する判断を含む。)であるから,これを引用する。
3 原判決の訂正 (1) 原判決40頁3行目に「株主か非株主か」とあるのを,「株主店か非株主店か」と改める。
(2) 原判決50頁7・8行目及び17行目に「日本商工会議所」とあるのを,いずれも「東京商工会議所」と改める。
4 争点(1)(期限の定めのない契約の解約)について (1) 控訴人は,本件取引基本契約は期限の定めのない契約であり,期限の定めのない契約は当事者の一方がいつでも将来に向かって解約告知することができるから,控訴人による解約(解除)は有効であると主張する。
しかし,本件取引基本契約には,相手方当事者が契約に違反した場合等に催告なしに契約を解除することができる旨の規定(本件取引基本契約5条)があるだけであって,当事者が任意に契約を解約することを認めた条項はないから,本件取引基本契約を一方当事者が任意に解約することができると解すべき根拠はない。
本件取引基本契約の内容及び運用状況並びに控訴人と被控訴人との間の取引の経緯等に照らし,控訴人が解約告知により契約関係を将来に向かって終了させることができるのは取引を継続し難いやむを得ない事由が存在する場合に限られるとした原判決の判断は正当であって,この点に関する控訴人の主張は採用することができない。
(2) 控訴人は,契約を解約するにはやむを得ない事由の存在が必要であるとしても,本件においては,前記第3の3(1)ア〜キの事情に照らせば,やむを得ない事由の存在が認められると主張する。
しかし,以下に述べるとおり,いずれも取引を継続し難いやむを得ない事由があるとはいえないというべきである。
ア 不正競争防止法2条1項7号について 情報を開示する行為が同号所定の不正競争に該当するというためには,@ その情報が営業秘密に当たること,A 営業秘密保有者からその営業秘密を示されたこと,B 不正の競業その他の不正の利益を得る目的又はその保有者に損害を加える目的があることを要する。
控訴人は,控訴人商品の仕入価格(控訴人にとっての卸価格)は控訴人の営業秘密であり,控訴人が被控訴人に示したものであるから,被控訴人が本件原価セールの実施に当たりチラシにこれを記載して開示した行為は同号所定の不正競争に該当すると主張する。
しかし,控訴人商品の仕入価格は,売買契約の当事者(売主である控訴人と買主である被控訴人)の合意によって形成されるものであるから,これが控訴人から被控訴人に「示された」とみることは適切でない。したがって,控訴人商品の仕入価格が上記@の営業秘密に当たるとしても,上記Aの要件を欠くといわざるを得ない。これに対し,控訴人は,本件における仕入価格は控訴人があらかじめ定めて,被控訴人に示したものであって,被控訴人との間で価格を折衝する余地はないから,上記Aの要件を満たす旨を主張する。しかし,控訴人があらかじめ一方的に定めたものであっても,被控訴人がこれに同意しなければ売買契約は成立しないのであり,被控訴人は自らが購入した商品の仕入価格としてその情報を保有することとなるのであるから,控訴人の主張は上記判断の妨げとなるものではない。
また,そのほか,被控訴人が控訴人商品の仕入価格をチラシにより開示するに当たり,不正の利益を得る目的又は控訴人に損害を加える目的を有していたと認めるに足りる証拠はないから,上記Bの要件の充足性も認め難い。
したがって,被控訴人が控訴人商品の仕入価格を開示した行為が同号所定の不正競争に当たるということはできない(なお,既に確定した先行事件の控訴審判決においても,被控訴人の行為は同号所定の不正競争に当たらないと判断されている。乙180〔43〜46頁〕)。
イ 商慣習違反について 控訴人は,被控訴人が控訴人商品の仕入価格を公表した行為が健全な商慣習ないし取引慣行に反することは明らかであると主張する。
そこで検討すると,控訴人の提出する証拠(乙140〔全国各地の医薬品の小売店等から提出された上申書322通〕,乙171〔控訴人から東京商工会議所に対する意見照会書及びこれに対する東京商工会議所の回答書〕)によれば,小売店が仕入価格を消費者に対して公表することは通常の商取引においては考え難いことであって,被控訴人が仕入価格を公表したことは商道徳上不適切な行為であったと受け取られているということはできる。しかし,本件全証拠によっても,それ以上に,小売店は仕入価格を公表してはならずこれを公表した場合には仕入先から継続的な取引契約を即時解約される結果を招くとの確たる商慣習ないし取引慣行が確立されていたとまで認めることはできない(なお,既に確定した先行事件の控訴審判決においても,被控訴人の行為は商慣習ないし商慣習法に違反しないと判断されている。乙180〔66〜69頁〕)。
ウ 控訴人商品だけの差別的公表について 控訴人は,被控訴人が控訴人商品のみを対象として本件原価セールを実施したことにより,深刻かつ重大な不利益を被ったのであって,取引を継続し難いやむを得ない事由が存在すると主張する。
しかし,控訴人が主張する損害ないし不利益(営業秘密を競業他社に知られて競争上不利益な立場に置かれたこと,仕入価格を一般消費者に知られて控訴人のイメージがダウンしたこと,被控訴人以外の薬局薬店において控訴人商品の販売が困難となったことなど)は,いずれも抽象的な内容にとどまっており,本件全証拠によっても,控訴人において被控訴人との継続的な取引関係を即時に解約することを正当化するに足りる深刻かつ重大な不利益を現に被り又はその蓋然性が高かったと認めることはできない。
エ 虚偽宣伝について 控訴人は,被控訴人が本件原価セールの実施に際して「大正製薬の協力により大正製薬の商品を仕入価格で販売」と記載したチラシ(乙32)を頒布して虚偽宣伝を行ったことが,取引を継続し難いやむを得ない事由に当たると主張する。
確かに,上記チラシの記載内容は明らかに事実に反するものであるから,これを頒布した被控訴人の行為は,控訴人との間の信頼関係を一定程度損なわせるものであったということはできる。しかし,上記チラシの頒布は,被控訴人の多数の店舗(平成13年5月時点の被控訴人の店舗数は,34店である。乙45)のうちの1店(岡山市の岡山表町店)のみで,1回限りのものとして行われたにとどまり,それ以上に,その頒布により控訴人の営業活動に重大な支障等が生じたことを示す証拠はない。また,本件解除(解約)通知(乙6)においても,被控訴人が虚偽宣伝を行ったことは契約解除の理由として挙げられていない。そうすると,上記チラシの頒布をもって,本件取引基本契約に基づく取引を継続し難いやむを得ない事由に当たるまでと解することは相当でないというべきである。
オ 独占禁止法違反等について (ア) 控訴人は,被控訴人による本件原価セールがおとり廉売(一般指定8項,9項)に当たると主張する。
しかし,被控訴人は,本件原価セールにおいて,控訴人商品を仕入価格で販売する旨をチラシに表示し,実際にその価格で販売したにとどまるのであって,その供給する商品又は役務の内容又は取引条件等について,実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させたもの(一般指定8項)でも,正常な商慣習に照らして(仕入価格を公表することが商慣習に反すると認められないことは,上記イのとおりである。)不当な利益をもって顧客を誘引したもの(同9項)でもない。したがって,被控訴人の行為がおとり廉売に当たるということはできない。
(イ) 控訴人は,本件原価セールが不当廉売(一般指定6項前段又は後段)に当たると主張する。
@ 一般指定6項前段の不当廉売に当たるというためには,正当な理由がないのに,商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあることを要する。
まず,被控訴人が販売した控訴人商品の価格がその供給に要する費用を「著しく下回る」ものであるかどうかについてみると,被控訴人が本件原価セールのチラシに「仕入価格」として表示した価格が実際の仕入価格より低額であったもの(控訴人の主張によれば,146品目中の15品目)は,これに当たると認め得るが,他方,チラシに表示された価格が実際の仕入価格より高額であったもの(同,7品目)は,これに当たるとは認められない。それ以外の控訴人商品(実際の仕入価格がチラシに表示されたもの)ものは,販売に要する諸経費の分だけ供給に要する費用を「下回る」価格で販売されたといい得るものの,本件全証拠によるも,上記諸経費の額を的確に認めることはできないので,「著しく」下回るものであったと直ちに認めることは困難である。
次に,「継続して」といえるかどうかについてみると,本件原価セールの実施状況は概ね原判決別紙1「原価セール実施状況一覧」及び別紙2「一覧表」に記載されたとおりであると認められるところ(ただし,別紙2の番号LとMのセールは重複すると認められる。),これらによれば,本件原価セールが実施されたのは,当時34店あった被控訴人の店舗のうち,福山駅前店(広島県福山市所在),松山銀天街店(松山市所在),熊本新市街店(熊本市所在),岡山表町店(岡山市所在),奈良西大寺店(奈良市所在),徳島駅前店(徳島市所在),広島本通店(広島市所在)の7店であった。ところで,本件で問題とされた商品は一般消費者向けの医薬品等であり,上記7店の顧客の所在する地理的範囲(商圏)が重複するとは認められず,また「継続して」の要件を充足するかどうかは,本件原価セールを全体としてみるのではなく,店舗ごとに判断するのが相当であるところ,各店舗におけるセールの実施回数は1〜4回,1回当たりの実施日数は1〜9日(なお,別紙2の番号Lのセールは,平成13年4月28日〜5月28日の31日間行われたとされるが,これに係るチラシ(乙24)の記載によれば,本件原価セールが行われたのは同年4月28日〜5月5日の8日間であったと認められる。)であって,各店における実施期間は20日未満であったと認めることができる。
したがって,被控訴人による前記販売が更に続行されれば,「継続して」の要件を満たし,6項前段の不当廉売に該当すると解する余地はあるとしても,実際に行われた前記程度の期間の本件原価セールが「継続して」の要件を満たしていたとまで評価することはできないというべきであるから,本件原価セールが一般指定6項前段の不当廉売に当たるということはできない。
なお,控訴人は,被控訴人のゴールド会員になればセールの期間外でも仕入価格で控訴人商品を購入することができたと主張するが,その会員数や会員への販売状況等を示す証拠はない。したがって,ゴールド会員の制度があることは,「継続して」の要件に関する上記判断に影響を与えるものではない。
A さらに,一般指定6項後段の不当廉売(不当に商品又は役務を低い対価で供給し,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること)についてみても,本件原価セールは被控訴人の一部の店舗で,限定された期間だけ実施されたにとどまること,本件原価セールを実施した被控訴人の店舗と競争関係にある小売店に本件原価セールを直接の原因とする損害が生じたことを認めるに足りる証拠がないことに照らすと,本件原価セールは,同項後段の不当廉売にも当たらないというべきである。
B したがって,一般指定6項前段又は後段の不当廉売に関する控訴人の主張は,いずれも理由がない(なお,既に確定した先行事件の控訴審判決においても,被控訴人の行為は不当廉売に該当しないと判断されている。乙180〔46〜66頁〕)。
(ウ) 控訴人は,被控訴人の行為が不当な差別取扱い(一般指定4項)に当たると主張する。
しかし,一般指定4項に該当するというためには,「不当に,ある事業者に対し取引の条件又は実施について有利又は不利な取扱いをすること」を要するところ,本件全証拠によるも,被控訴人が,控訴人との取引と,他の事業者(控訴人の競争者である医薬品の製造業者等)との取引とで,取引の条件又は実施について有利又は不利な取扱いをしたと認めることはできない(一般消費者に対して仕入価格を開示して商品の販売をすることは,控訴人又は他の事業者に対する取引の条件又は実施についての取扱いに当たるものではない。)。
したがって,この点に関する控訴人の主張も失当である。
(エ) 控訴人は,被控訴人が本件原価セールのチラシに,控訴人商品の希望小売価格を「定価」と記載したこと,控訴人が本件原価セールに協力している旨の記載をしたこと,一部の商品について実際の仕入価格と異なる価格を仕入価格として記載したことが,虚偽の表示であって,景品表示法4条1項2号に違反すると主張する。
しかし,同号により禁止される不当な表示は,「商品又は役務の価格その他の取引条件について,実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため,不当に顧客を勧誘し,公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」であるところ,上記チラシに接した一般商品者は,チラシに記載された価格で控訴人商品を購入することができると認識し,実際にもその価格で購入することが可能なのであるから,一般消費者に上記の誤認が生ずるとは認められない。そうすると,被控訴人がそのチラシに事実に反する記載をしたことが不適切であったことは明らかであるとしても,これをもって景品表示法4条1項2号に違反するということはできない。
カ 控訴人の損害について 控訴人は,本件原価セールによって,控訴人商品の売上げの減少,ブランドイメージの低下等,有形無形の多大な損害を被っていると主張する。
しかし,本件全証拠を総合しても,控訴人商品の売上げが減少したとは認めることはできないし(仮に本件原価セールを実施した被控訴人の店舗の周辺の小売店において控訴人商品の売上げが減少したとしても,それに相当する数量の控訴人商品が被控訴人の店舗で販売されたと推認することができるから,控訴人に損失は生じていないはずである。),控訴人の取引先である小売店等の間で控訴人ないし控訴人商品の評価が低下したり,一般消費者の間における控訴人のブランドイメージが毀損されたりしたとも認められない。
控訴人の主張は,本件原価セールによって控訴人に生ずる可能性のある不利益ないし損害を抽象的に列挙するものにすぎず,具体的な裏付けを欠くものであって,採用することはできない。
キ 控訴人と被控訴人との交渉の経緯について 控訴人は,控訴人からの本件原価セールの中止要請を受け入れようとしなかった被控訴人の交渉態度は不誠実なものであって,取引を継続し難いやむを得ない事由に当たると主張する。
しかし,前記引用に係る原判決認定の事実関係及び弁論の全趣旨によれば,@ 控訴人と被控訴人とは,平成元年6月6日に取引基本契約を締結して取引を開始し,それ以降,平成13年に本件原価セールが実施されるまで,継続的に控訴人商品の取引を行っており,両者は良好な関係を保っていたものであること(被控訴人において本件取引基本契約に基づく中心的な債務である仕入れた控訴人商品の代金の支払を怠るなどの事実があったとは認められない。),A 本件原価セールは,前記のとおり,被控訴人の一部の店舗で,短期間,実施されたにとどまること,B 本件原価セールによって控訴人に具体的な損害が現実に発生していたとは認められないのに対し,本件取引基本契約が解除ないし解約されれば,被控訴人は,本件原価セールを実施しなかった店舗を含め,一般消費者向けの医薬品市場において大きな市場占有率を持つ控訴人商品を取り扱うことが不可能となり,重大な損失が生ずることになるのであって,控訴人においてはこのことを容易に予想し得たこと,C 控訴人と被控訴人とは,平成13年3月ころに控訴人の担当者が本件原価セールを実施した被控訴人の店舗のうちいくつかの店舗の責任者に本件原価セールの中止の申入れをし,同年4月16日に控訴人の担当者Aが被控訴人の専務取締役Bに口頭で中止の要請をし,その後も同年5月7日に至るまで,AとBとが商談のために週に1,2回の割合で会った際に中止についての話をするなど,本件原価セールの中止に関する交渉を続けており,同年5月7日の折衝が結果的には最終的な話合いの場となったが,その席上においても,AがBに本件原価セールの中止を要請したのに対し,Bが被控訴人の会長の意向を確認してみると回答し,Bが中止の見返りとして金銭を支払うつもりがあるかどうかをAに尋ねるなどといったやり取りがあったものの,本件原価セールの取扱いについての結論は出ていなかったこと(したがって,被控訴人においては,交渉は継続中であると理解していたと思われること),D 上記Cの交渉の過程を通じて,控訴人が被控訴人に対し,本件原価セールを中止しなければ本件取引基本契約を直ちに解除するなどと申し向けることはなかったにもかかわらず,控訴人は,同年5月20日に本件取引基本契約を即時解除(解約)するとの内容証明郵便を代理人弁護士名で送付し,しかも,同年5月23日に先行事件の訴え提起して,本件原価セールの取扱いに関する話合いを一方的に打ち切ったことが認められる。
以上の諸事情を総合すると,本件原価セールをめぐる控訴人と被控訴人との交渉における被控訴人の態度が一方的に不誠実なものであって,控訴人が本件取引基本契約を無催告で解除ないし解約することを正当化するに足りる事由があったとまで認めることはできないと解するのが相当である。
(3) したがって,本件解除(解約)通知は期限の定めのない契約の解除ないし解約として有効であるとする控訴人の主張は採用することができない。
5 争点(2)(本件取引基本契約上の解約条項に基づく解除ないし解約)について (1) 控訴人は,被控訴人による本件原価セールは本件取引基本契約3条の規定に違反する行為であるから,控訴人は契約上の義務違反を理由して契約を解除することができると主張する。
しかし,上記規定は,「乙〔判決注:被控訴人〕は,商品〔同:控訴人の取扱い商品〕の推奨販売に努め生活者に商品を販売するものとします。甲〔同:控訴人〕は,必要に応じ商品の陳列,販売方法等を乙と協議することにより,乙の販売を支援し,もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資するものとします。」とする規定であるから(乙1),これにより被控訴人に課された義務は,その文言上,同条前段にいう「商品の推奨販売に努め」る義務及び「生活者に商品を販売する」義務のみであって,同条後段にいう「共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資する」義務を被控訴人が負っていると認めることはできない。したがって,被控訴人が同条後段に違反したとの控訴人の主張は,本件取引基本契約の文言に基づかないものであって,失当である。
また,同条前段にいう「商品の推奨販売に努め」る義務は,被控訴人に努力義務を課したにとどまるものである上,本件全証拠を総合しても,被控訴人において控訴人商品の推奨販売に努めなかった事実や,生活者以外の者に控訴人商品を販売した事実を認めることはできない。したがって,被控訴人が同条前段に違反したとの控訴人の主張は理由がない。
(2) 控訴人は,被控訴人による控訴人商品の仕入価格の開示は秘密保持を定めた本件サポートVAN契約5条の規定に違反する行為であるから,控訴人による本件取引基本契約の解除は有効であると主張する。
しかし,上記規定により被控訴人が守秘義務を負うのは,「本契約〔判決注:本件サポートVAN契約〕の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ〔同:被控訴人が端末から入力する仕入,売上げ,支払,在庫等に関するデータ又はこれらのデータ及びその他のデータに控訴人が処理加工を加えて作成したデータ〕及び乙資料〔同:乙データに基づき出力される売上月報その他のデータリスト〕」である(乙46〜70)。これに対し,前記のとおり,控訴人商品の仕入価格は,被控訴人が,控訴人との間の売買契約の当事者(買主)としての地位に基づき,売買契約締結行為ないし売買価格の合意を通じて取得した情報であるから,本件サポートVAN契約に「基づき」取得したデータに当たるとは認めることはできず,被控訴人がこれを開示した行為が上記規定の違反となることはないというべきである。
(3) したがって,本件取引基本契約上の解約条項に基づく解除ないし解約をいう控訴人の主張は採用することができない(なお,既に確定した先行事件の控訴審判決においても,被控訴人に本件取引基本契約又は本件サポートVAN契約の違反はなかったと判断されている。乙180〔71〜75頁〕)。
6 争点(3)(本件取引基本契約上の付随義務の違反)について 控訴人は,被控訴人による仕入価格の公表,差別的公表,虚偽宣伝,仕入価格での販売,控訴人ブランドの悪用,本件原価セール中止要請の拒否,中止についての対価の請求,独占禁止法違反(おとり廉売,不当廉売,不当差別),景品表示法違反等の行為が,継続的取引契約である本件取引基本契約の下で被控訴人が信義則上負っている義務の違反に当たり,控訴人はこれを理由として同契約を解除することができると主張する。
しかし,控訴人が信義則上の義務違反に当たると主張する被控訴人の行為は,本件取引基本契約に基づく取引を継続し難いやむを得ない事由に関して控訴人が主張する事実と重複するものであるところ,争点(1)について判示したとおり,上記事由が存在するとの控訴人の主張を認めることはできない。
したがって,信義則上の義務違反をいう控訴人の主張も失当である(なお,既に確定した先行事件の控訴審判決においても,被控訴人に継続的取引契約に基づく信義誠実義務の違反はなかったと判断されている。乙180〔75・76頁〕)。
7 結語 以上によれば,被控訴人の本訴請求をいずれも認容した原判決は正当と認められる。
よって,控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 大鷹一郎
裁判官 長谷川浩二
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