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事件 平成 9年 (ワ) 3190号 甲 損害賠償請求事件
平成 9年 (ワ) 9068号 損害賠償請求事件
甲・乙事件原告 アルプス・カワムラ株式会社 (以下「原告」という。) 右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 近藤博
同 近藤誠
同 小又紀久雄右補佐人弁理士 伊藤捷雄甲事件被告 ヒューゴ・ボス株式会社 (以下「被告ヒューゴ」という。) 右代表者代表取締役 【B】 乙事件被告 フーゴ・ボス・アクチエンゲゼルシ ャフト (以下「被告独フーゴ」という。) 右代表者代表取締役 【C】 右両名訴訟代理人弁護士 畠澤保
同 安永雅俊右両名訴訟復代理人弁護士 市川達也右両名補佐人弁理士 田中二郎
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/02/27
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
請求(甲事件、乙事件)
被告らは、連帯して、原告に対し、一億一五五六万八九〇三円及びこれに対する被告ヒューゴについては平成九年五月二二日(訴状送達の日の翌日)から、被告独フーゴについては平成九年一一月一三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要等
一 事案の概要 被告ヒューゴに対する請求が甲事件であり、被告独フーゴに対する請求が乙事件である(以下、併せて単に「本件」という。)。
原告は、株式会社ケンアンドロン(以下「ケンアンドロン」という。)が専用使用権を有する登録商標について同社から通常使用権の許諾を受け、右許諾契約に従って衣料品に標章を付して販売していた。
本件において、原告は、@ 被告らが、原告の右衣料品の販売を商標権侵害行為であるとして原告の取引先である株式会社西友に対して右衣料品の取り扱いを中止するように求め、同社をして原告との取引を中止させた行為は、不正競争行為に該当するとともに不法行為を構成する、A 右許諾契約の基礎となっていた商標の専用実施権をケンアンドロンから被告独フーゴが譲り受けた結果、原告はその販売する衣料品に従前の標章を付すことができなくなったが、被告らが、このような結果を予見しながら専用使用権譲渡契約を締結し、ケンアンドロンの契約上の義務遂行を不可能とさせた行為は、不法行為である、と主張して、被告らに対して損害賠償を請求している。
二 当事者間に争いのない事実 1 本件における商標権及びその専用使用権(一)【D】は、別紙第一目録(1)記載の商標につき、指定商品を「旧第一七類 被服、布製身回品、寝具類」とする商標権(登録番号第二一〇八〇二六号。平成元年一月二三日登録)を有していた(以下、別紙第一目録(1)記載の商標を「本件登録商標」といい、右商標権を「本件商標権」という。)。
被告独フーゴは、別紙第二目録記載の商標につき、指定商品を「旧第一七類 被服、布製身回品、寝具類」とする商標権(登録番号第六九五八六五号。昭和四一年一月二二日登録)を有していた(以下、別紙第二目録記載の商標を「被告登録商標」といい、右商標権を「被告商標権」という。)を有していた。
被告ヒューゴは、被告独フーゴが全額を出資する日本法人であるが、平成六年五月二七日、被告独フーゴの有する被告登録商標につき、専用使用権(地域・日本全国、期間・商標権存続期間中、商品・指定商品全部)の設定を受け、同年八月八日にその旨の登録を受けた(以下、右専用使用権を「被告専用使用権」という。)。
被告独フーゴは、本件登録商標商標登録について登録異議の申立てをしたが、
昭和六三年七月一八日に、特許庁により異議申立ては理由がない旨の決定がされた。
(二)ケンアンドロンは、平成六年四月六日、【D】との間で、本件商標権について、次のとおりの内容の専用使用権設定契約を締結し、同年八月八日にその旨の登録を受けた(以下、右専用使用権を「本件専用使用権」という。)。
地 域 日本全域 期 間 商標権存続期間中(平成一一年一月二三日まで) 商 品 被服(但し紳士用のスーツ、コート、ジャケットを除く)、
布製身回品、寝具類 再許諾 第三者に通常使用権を許諾することができる。
(三)平成六年五月ころ、ケンアンドロンが、自己が別紙第一目録(2)記載の標章(以下、別紙第一目録(2)、(3)記載の各標章をそれぞれ「イ号標章」、「ロ号標章」といい、これらと本件登録商標を併せて「ボスクラブ標章」ということがある。)につき、その専用使用権者である旨の広告を新聞に掲載したところ、被告独フーゴは、同年五月三〇日、本件登録商標外観と異なり、「BOSS」と「CLUB」との間を空けた態様で使用するのは登録商標の不正使用であるとして、本件登録商標につき商標法53条に基づく商標登録の取消審判を請求した。
2 原告に対する本件商標権の使用許諾契約 ケンアンドロン、有限会社ホリサン・インコーポレーション(以下「ホリサン」という。)及び原告は、平成七年三月七日、ケンアンドロンを本件登録商標の専用使用権者、ホリサンを使用許諾管理者として、概要、次の内容の使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」といい、これにより原告が有するに至った権利を「本件通常使用権」という。)を締結した。
期 間 契約日から平成一〇年一〇月末日まで 許諾商品 帽子、ハンカチ、スカーフ、マフラー、ネクタイ 使用料 頭金四〇〇万円及び継続使用料として許諾商品の希望小売価格の四%(ただし、頭金を継続使用料に充当することができる。) 契約更新 原告が許諾期間の更新を希望するときは、期間満了の三か月前までにケンアンドロン及びホリサンに書面で通知する。
契約終了の効果 原告は、契約期間満了後六〇日間、許諾商品の販売を継続することができる。
3 本件使用許諾契約後の経緯(一)平成七年四月二五日、ホリサンの主催により原告を含む本件登録商標の使用許諾先(以下「ライセンシー」という。)を対象として、第一回ライセンシーミーティングが開催され、ライセンシー数社が参加した。右ライセンシーミーティングでは、「BOSS」と「CLUB」の間を半文字分空けたイ号標章を各ライセンシーが統一して使用することが決定された。
(二)同年七月ころ、原告は、株式会社西友との間で本件登録商標を付したネクタイについての商談をまとめ、イ号標章を使用した下げ札、織ネームを付したネクタイを二五六一本製造し、同年八月下旬ころから同年九月中旬ころまでに、合計七六六本を西友に納品し、西友は同社店舗で右ネクタイを販売した。
被告ヒューゴは、同年九月一三日ころ、この販売行為に対し、原告及び西友に対し、西友が販売する右ネクタイに付された標章は、被告登録商標について被告らの有する商標権及び専用使用権を侵害する旨の警告文書を送付した。このため、原告は、同日ころ、西友から右商品の取引停止の通知を受け、納品済みのネクタイ七六六本のうち、未売却分四八六本の返品を受けた。
(三)ケンアンドロンは、同月一三日、被告独フーゴ及び被告ヒューゴを相手方として、被告商標権及び被告専用使用権等に基づく差止請求権の不存在確認と共に損
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(四)原告は、同月二〇日に、被告ヒューゴからの前記警告文書に対し、イ号標章の使用は被告商標権を侵害するものではない旨の回答をした。なお、原告は、その前日に、右回答書の原稿をホリサンに送付している。
(五)同月二二日、第二回ライセンシーミーティングが開催された。この会議には、ケンアンドロン代表者である【E】及びホリサン代表者が出席し、本件商標権の各ライセンシーは、今後、「BOSS」と「CLUB」の間を空けないロ号標章を使用することが決定された。
(六)ケンアンドロンは、同年一〇月一一日、記者会見を開いて、ボスクラブ標章の正当性を宣伝し、また、同月一九日、日本繊維新聞に同旨の広告を掲載した。
(七)原告は、同年一一月から一二月にかけて、西友から返品され、あるいは納品することができなかったネクタイ合計二二八一本を、株式会社ダイクマ、株式会社キンカ堂、株式会社扇屋に値下げをして販売した。
4契約解除に至る経緯(一)ケンアンドロン及びホリサンは、平成八年三月一五日付書面により、本件登録商標のライセンシー全員に対し、本件登録商標の同年三月末日現在の商標使用報告書及び同年四月から同年一二月末までの商標使用計画書の提出を求め、併せて、
織ネーム、下げ札、代表的製品の提出を求めた。
原告は、同年四月一二日、右使用報告書及び使用計画書を提出した。
(二)ケンアンドロンは、原告に対し、同月二二日付けで、「通告書」と題する書面(以下「本件通告書」という。)を送付し、同書面は同月二四日に原告に到達した。
5ケンアンドロンと被告独フーゴとの和解契約(一)ケンアンドロンは、被告独フーゴとの間で本件登録商標に関する紛争についての協議を行い、平成八年五月二八日、両者に【E】を加えた三者の間で和解契約(以下「本件和解契約」という。)が成立した。
(二)和解契約の内容は、概要次のとおりである。
(1)ケンアンドロンは、本件専用使用権及びその有する七つの商標登録出願により生じた権利を一〇〇〇万円で被告独フーゴに譲渡する。
(2)【E】は、本件商標権及びその有する四三の商標登録出願により生じた権利を二〇〇〇万円で被告独フーゴに譲渡する。
(3)被告独フーゴは、ケンアンドロンから本件登録商標の使用許諾を受けたライセンシー一五社が本件登録商標及びロ号標章を最長平成一〇年一二月末日まで使用することを認め、さらにその期間経過後六〇日間を追加使用期間として認める。ただし、イ号標章について差止請求権を行使することを妨げない。
(三)ケンアンドロンは、平成八年五月二八日、本件専用使用権を被告独フーゴに譲渡した(移転登録日同年七月二二日)。
(四)右和解契約に先立つ同年三月五日に【D】から本件商標権を譲り受けていた【E】は(移転登録日同年六月一〇日)、同年六月一一日、本件商標権を被告独フーゴに譲渡した(移転登録日同年九月二四日)。
(五)右により、本件商標権及び本件専用使用権はいずれも被告独フーゴに帰属することになり、同年九月二四日、本件専用使用権は混同により消滅した。
6その後の原告の販売行為等(一)原告は、ロ号標章を付したネクタイ、ハンカチ、帽子、マフラー等を平成八年二月ころから同年一二月ころにかけて、ジャスコ、イトーヨーカ堂等の大手量販店において継続販売した。
(二)原告は、ケンアンドロンに対し、平成九年一月一四日付け書面で、本件商標権及び本件専用使用権の譲渡によりケンアンドロンの契約上の義務が履行不能となったことを理由として、本件使用許諾契約を解除する旨を通知し、右通知は同月一六日、ケンアンドロンに到達した。
二本件における争点1(一)被告ヒューゴが、株式会社西友に対し、原告の製造・納品したネクタイの販売が被告登録商標侵害するとして販売の中止を求めた行為が、被告らの原告に対する不法行為に該当するかどうか。
(二)右によって原告の被った損害額2(一)被告独フーゴが【E】から本件商標権、ケンアンドロンから本件専用使用権の譲渡を受けたことについて、被告らの行為が、ケンアンドロンの債務不履行に加担して契約を履行不能にさせ、原告の本件通常使用権の利用を不可能としたものとして、原告に対する不法行為に該当するかどうか。
(二)右によって原告の被った損害額三争点についての当事者の主張1争点1(一)(被告ヒューゴの西友に対する通告が、被告らの原告に対する不法行為に該当するかどうか)について(一)原告の主張被告ヒューゴの西友に対する通告は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当し、かつ、民法709条の不法行為を構成する。
(1)原告が使用したイ号標章の態様は、本件登録商標と同一の範囲内における使用である。
すなわち、イ号標章は「BOSSCLUB」と書してなるもので、本件登録商標の「BOSSCLUB」と比較すると、書体をゴシック体から一般に使用されているモダーンローマン体とした上で、「BOSS」と「CLUB」の間を約半文字分空けているが、この程度の使用態様の変更は、時代の変遷とともに必要とされる日常的な補正であるし、また、社会通念上、一般取引の上において、外観上本件登録商標と同一のものとして十分認識しうる使用態様の補正にすぎないから、本件登録商標そのものの使用ということを妨げない。
(2)また、イ号標章は、被告登録商標類似しない。
イ号標章は、「BOSS」と「CLUB」という、ともに日本人の慣れ親しんでいる語句を結合したものであり、いずれも四文字で一連に、同書体で、同大に書されていることから、どちらかに比重がかかるというものではない。また、語呂、語調もよく平滑かつ流暢な一連の語と認めることができ、全体として、「ボス(社長・親分)達の集まり」という意味を生じる一体不可分の複合語あるいは結合商標として、
「ボスクラブ」と必ず一連に称呼されるものである。すなわち、イ号標章の識別力は、「BOSSCLUB」全体から生じるものであり、必ず「ボスクラブ」と称呼されることから、このイ号標章から「BOSS」のみを要部として分離抽出することはできない。これに対して、被告登録商標における「BOSS」からは「ボス」という称呼のみしか発生しない。また、イ号標章は、必ず「ボスクラブ」という一連の称呼が発生し、「ボス(社長・親分)達の集まり」という観念が生じるのに対し、被告登録商標は単に「ボス」という観念のみしか生じないことから、両者は、外観、称呼、観念のいずれの点でも明白に相違している。
(3)さらに、イ号標章を付した商品は、被告登録商標を付した商品のように、高級商品を扱う専門店や一流デパート等で販売されているわけではなく、大衆商品を扱う量販店で販売されており、一般取引者、需要者を異にしているから、混同のおそれはない。
(4)そもそも、原告は、ケンアンドロンないしホリサンの指示の下でイ号標章の使用をしたものであるから、原告に責任はないはずである。
(5)このように、イ号標章は、何ら被告商標権を侵害することがないものであるにもかかわらず、被告ヒューゴは、これをあたかも被告商標権及び被告専用使用権の権利侵害であるかのように扱って、原告の取引先である西友に対して警告書を発送したものであり、被告ヒューゴの右行為は、不法行為に該当する。すなわち、被告ヒューゴは、被告独フーゴの指示に基づいて、原告の使用したイ号標章が被告独フーゴの商標権や被告ヒューゴの専用使用権を侵害していないにもかかわらず、侵害しているとして原告及び西友に虚偽の事実を告知し、商品の製造・販売禁止の警告をし、西友をして原告が西友に納品した商品の返品をさせたものであるから、被告両者による共同不法行為が成立する。
(6)被告らは、本件登録商標の登録異議申立事件における特許庁の決定の理由の反対解釈から、イ号標章は「BOSS」と「CLUB」との間を半文字分空けてあり、一体ではないので、被告登録商標類似する旨を主張するが、失当である。本件登録商標は、たまたま「BOSSCLUB」と等間隔で表記してあったので、同決定理由中に「一体」という用語が使われたが、別に一体でなくても、「ボスクラブ」と一連に称呼されることにつき問題はないので、被告登録商標の存在にかかわらず登録になったものである。また、同決定理由中に、「本件登録商標観念について特定の意味を有する成語とは認め難い」と記載されているのは、いわば法の擬制であって、事実関係としては、一般常識として、「BOSSCLUB」も「BOSSCLUB」もともに「BOSS」と「CLUB」の複合語としてとらえられ、「ボス達の集まり」という共通の観念を生じ、被告登録商標「BOSS」から生じる観念である、単なる「ボス、親分」とは、明確に区別できる。したがって、イ号標章は、被告登録商標とは非類似である。
(二)被告らの主張被告ヒューゴの西友に対する通告が不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当し、民法709条の不法行為を構成するとする原告主張は争う。
(1)原告が使用したイ号標章は、本件登録商標の使用とはいえない。さらに、イ号標章は、被告登録商標類似するものであって、これを被告登録商標の指定商品又は類似商品に使用することは、被告独フーゴの商標権及び被告ヒューゴの専用使用権を侵害する。原告は、かかるイ号標章を付したネクタイ、帽子、マフラー、ハンカチ等を製造し、西友等に販売していたのであり、これに対し、被告ヒューゴが、被告商標権及び被告専用使用権の侵害に当たるとして、原告及び西友に対して申入れを行ったことは、当然の権利行使である。
(2)すなわち、イ号標章は、本件登録商標と異なり、「BOSS」と「CLUB」とを分離してその間に空白を置いたものであり、その字体も、本件登録商標がゴシック体を用いているのに対し、イ号標章は、被告登録商標に酷似した字体を用いている。
そして、イ号標章のように「BOSS」と「CLUB」が分離されている場合には、「BOSS」と「CLUB」がいずれもよく知られた英単語であるため、この標章は、
これらの英単語を並べた標章と認識されると考えられる。そして、「CLUB」という語は、「スポーツ・クラブ」「美術クラブ」というように他の単語とともに用いられて「・・・・を愛好する仲間」「・・・・の集まり」といった意味を表す語として広く用いられており、それ自体きわめてありふれた言葉であり、かつ他の語とともに用いられることが通例であるため、識別力が極めて弱い言葉である。したがって、イ号標章のように「BOSS」と「CLUB」とが分離されている商標の場合には、その識別力はそのほとんど全部が「BOSS」の部分から生じるというべきである。
このような観点に立ってイ号標章と被告登録商標とを比較すると、イ号標章の「BOSS」の部分と被告登録商標とは外観がほぼ同一であり、また、イ号標章の全体から「ボスクラブ」という称呼が生じるほか、「BOSS」の部分から「ボス」の称呼が生じるので、称呼の点でも類似する。さらに、イ号標章は、前記のように「CLUB」の部分の識別力が弱いため、識別力の強い「BOSS」の部分から「親分、
社長、ボス」という観念を生じ、被告登録商標からも「親分、社長、ボス」という観念を生じるから、イ号標章と被告登録商標とは観念の点でも類似する。
(3)被告独フーゴは、昭和六二年六月一八日の本件登録商標の出願公告を受けて、登録異議の申立てをしたが、これに対しては、特許庁により、昭和六三年七月一八日付けで、登録異議の申立ては理由がないとの決定がされた。同決定においては、その理由として、本件登録商標を構成する文字が、称呼の点について、外観上まとまりよく同書体で一体に表されており、特にこれを「BOSS」と「CLUB」とに分離しなければならない格別の事情が存するとも認められず、本件登録商標は「ボスクラブ」と一連に称呼されるのみであること、観念については、本件登録商標は特定の意味を有する成語とは認めがたいのに対し、被告登録商標は「親分、社長、ボス」を意味する「BOSS」を表したものと認められるので、両者は観念上区別できること、を理由にあげている。これからすれば、「BOSS」と「CLUB」が分離されている場合には、反対の結論が導かれるべきである。
(4)さらに、本件においては、被告登録商標が被告独フーゴの製造する衣料品の商標として、日本を含めて世界的規模で著名であるという事情があり、このため、
イ号標章を付した衣料品は、被告独フーゴが製造し、被告ヒューゴが販売する衣料品であると誤認される可能性が特に高くなっている。
(5)また、平成七年四月二五日の第一回ライセンシーミーティングで配布された資料には、ライセンサーであるケンアンドロンが被告登録商標のブランドイメージへの「ただ乗り」を意図していたことを強く推認させる記載がある。原告は、右ミーティングに参加して右資料の配布を受けていたのであるから、ケンアンドロンのこのようなただ乗りの意図を共有するか又は少なくとも了知していたはずである。
しかも、原告を始めとするライセンシーが実際に使用したのは、本件登録商標そのものではなく、これを被告登録商標類似させるような変更を加えたイ号標章であった。すなわち、字体をゴシック体から被告登録商標と酷似した字体に変えただけでなく、「BOSS」と「CLUB」を分離したもので、これは被告登録商標へのただ乗りの意図を顕著に表したものである。このような事態を放置すれば、「BOSS」と「BOSSCLUB」との間に出所の混同を生じるおそれや、「BOSS」ブランドの希薄化又は汚染の事態に至るおそれが強く、同ブランドの確立、維持に多大な努力と費用を費やしてきた被告独フーゴにとっては、座視することのできない事態であった。
(6)なお、被告ヒューゴが、原告に対しイ号標章の付されたネクタイの製造販売の中止を求め、西友に対し右ネクタイの販売の中止を求めたことはあるが、これが被告独フーゴの指示に基づいたものであるという事実はない。
2争点1(二)(原告の被った損害額)について(一)原告の主張原告が、西友に販売できずに在庫として残ったネクタイの合計は、二二八一本である。しかるに、ネクタイ一本当たりの原価は一一七〇円であり、これを単価一九五〇円で西友に販売する予定であったから、得べかりし利益はネクタイ一本当たり七八〇円であり、在庫となった二二八一本で合計一七七万九一八〇円である。原告は、西友から返品され、あるいは納品することができなかった右在庫品二二八一本を西友以外の小売業者に単価一二三五円に値下げして売却し、損害の発生の防止に努めたが、なお、ネクタイ一本当たり七一五円、在庫数二二八一本で合計一六三万〇九一五円の得べかりし利益を喪失した。
また、原告は、被告らの行為によって、長年にわたって築いてきた営業上の信用を失い、業界における社会的名誉を著しく毀損されたところ、これを金銭で評価すれば、二〇〇万円を下らない。
そうすると、原告が被った損害額は、一六三万〇九一五円と二〇〇万円の合計額である三六三万〇九一五円である。
(二)被告らの主張原告の右主張は、争う。
3争点2(一)(本件専用使用権の譲渡等に関する被告らの行為が、ケンアンドロンの債務不履行に違法に加担する不法行為に該当するかどうか)について(一)原告の主張(1)原告の本件通常使用権の許諾期間は、平成七年三月七日から平成一〇年一〇月末日までであったが、本件使用許諾契約には、「但し、原告が許諾期間の更新を希望するときは右期間満了の日の三か月前に書面で通知する。」との条項(11条)が置かれており、原告が更新を希望したときはそれまでの実績等を考慮し使用料の再考がされるのみで、当然更新ができる性質のものであった。また、原告が通常使用権を有していた商標は、その使用開始時において周知でも著名でもなく、周知性を取得するまでに長期間を要することが予想されるものであったし、商品の売れ行きも順調で年々その販売数量が伸びていたから、原告としては、その功績からして当然に契約の更新がされるものと考えていた。
しかるに、ケンアンドロン及びその代表者である【E】は、平成八年三月ころから同年五月ころまでの間、被告独フーゴ、被告ヒューゴと交渉し、そのようなことをすれば原告が本件使用許諾契約に基づく本件登録商標の継続的な使用ができなくなることを知りながら、譲渡代金を得ることによってケンアンドロン及び【E】の利益を図る目的で、原告が制止したにもかかわらず、ケンアンドロンが、平成八年五月二八日、本件専用使用権を被告独フーゴに譲渡し、【E】が、同年六月一一日、本件商標権を被告独フーゴに譲渡した。その結果、本件通常使用権の存立の基礎となる本件専用使用権は、被告独フーゴに譲渡された後、被告独フーゴに本件使用許諾契約に基づく権利義務が承継されないまま、被告独フーゴが本件商標権の譲渡を受けたことにより、混同によって消滅し、本件使用許諾契約上のライセンサーの義務は履行不能となった。
(2)被告独フーゴは、本件登録商標に原告ら多数のライセンシーの通常使用権が設定され、これらのライセンシーが本件登録商標を使用して正常な経済活動を行っていることを十分承知していた。それにもかかわらず、被告独フーゴは、ケンアンドロン及び【E】と共謀の上、原告ら多数のライセンシーの通常使用権を消滅させる目的で、平成八年五月二八日、本件商標権を【E】から、本件商標権の専用使用権をケンアンドロンからそれぞれ譲り受ける旨の譲渡契約を締結し、商標権は、平成八年九月二四日、専用使用権は同年七月二二日にそれぞれ登録され、専用使用権は同年九月二四日混同により登録抹消になった。かかる被告独フーゴの行為は、不法行為に該当する。そして、被告ヒューゴは、一切の事情を知りながら譲受契約までの交渉の一切を行っているから、被告独フーゴの譲受行為に関して、これを教唆又は幇助したものであり、共同不法行為者とみなされる(民法719条2項)。
(3)被告独フーゴとケンアンドロン、【E】との本件商標権等の売買代金は、総額で三〇〇〇万円であり、この金額は、「BOSSCLUB」のようなさして著名でない商標の価格としては、かなりの高額であり、しかも被告独フーゴが抱合せで買い取った出願中の商標類は、分類番号からみて、ほとんどが被告独フーゴの営業品目でない商品についての商標である。しかも、被告独フーゴは、前記のとおり、専用使用権を混同により消滅させ、本件登録商標の使用にかかる猶予期間を最長で原則として平成一〇年一二月末日までとし、使用許諾契約の期間の延長または更新を一切しない旨の禁止条項を設け、これに応じないライセンシーに対しては本件登録商標の使用について差止め、損害賠償請求等の権利行使ができるものとした。これらの事情からすれば、被告独フーゴは、本件登録商標自体に価値を認めたからではなく、
原告ら多数のライセンシーの通常使用権が存在することを知りながら、これらを潰すことを目的に本件商標権等を高額で買い取ったものであり、正当な自由競争の範囲を超え、違法性を帯びるといわなければならない。
(二)被告らの主張(1)被告独フーゴが、ケンアンドロン及び【E】と交渉の上、【E】から本件商標権を、ケンアンドロンから本件専用使用権を、それぞれ平成八年五月二八日に買い受けたことはある。その際、被告独フーゴ及び被告ヒューゴが、原告ほかのライセンシーの存在を知っていたこと、すなわち、原告とケンアンドロン、ホリサンとの間の本件使用許諾契約の存在及び内容を知っていたことは、認める。
しかし、第三者対抗要件としての登録制度が採用されている商標法の下で、登録されない通常使用権は、商標権者に対してのみ主張することができ、当該商標権の譲受人に対しては本来主張することができない権利である(商標法31条4項において準用される特許法99条1項)。したがって、登録を経ない通常使用権の対象となっている商標権を譲り受けて登録を経ることは、違法性のない行為であり、このような場合においては、通常使用権者は、譲受人に対して不法行為責任を追及することはできず、譲渡人たる通常使用権設定者に対して債務不履行責任を問うことができるにとどまる。
(2)加えて、本件においては、前記のとおり、被告独フーゴが長年にわたる努力と多額の費用をかけて「BOSS」ブランドの名声を確立、維持してきたのに対し、ケンアンドロンが、これにただ乗りする意図を強く推認させる態様により、本件専用使用権に基づいて「BOSSCLUB」のライセンスビジネスを開始したという事情がある。
更に加えて、衣服の販売業者である株式会社オズマが、平成八年二月ころから、
前面に「BOSS」、背面に「CLUB」と表示するTシャツを製造し、これを株式会社千趣会等に委託販売し、千趣会はこれを通信販売により一般消費者に販売するということもあった。このような事態を放置すれば、「BOSS」と「BOSSCLUB」との間に出所の混同を生じるおそれや、「BOSS」ブランドの希薄化又は汚染の事態に至るおそれが強く、同ブランドの確立、維持に多大な努力と費用を費やしてきた被告独フーゴにとっては、座視することのできない事態であった。
このような事情に照らせば、被告独フーゴが、ケンアンドロン、【E】から本件商標権及びその専用使用権を買い受けたことは、自己のブランドの防衛のためにまことにやむを得ないものであった。しかも、被告独フーゴは、右買受けに当たり、
一定の期間(原告については許諾期間の満了する平成一〇年一〇月三一日まで)、
既にケンアンドロンから本件専用使用権に基づいて通常使用権の許諾を受けている原告を始めとするライセンシーに対しては、本件商標権又は本件専用使用権に基づいて警告、差止請求損害賠償請求等の権利行使をしないことを約している(本件和解契約4条1項)。このように、被告独フーゴは、自己のブランド防衛のためやむを得ず本件商標権及び本件専用使用権を買い受ける際も、原告を始めとするライセンシーの利益に対して十分な配慮をしていた。右のとおり、被告独フーゴによる本件商標権及び本件専用使用権の買受けは、原告を始めとするライセンシーに損害を与えることを目的とするものではなく、専ら自己のブランドの防衛を目的とするものであり、買受けに当たってはライセンシーの利益にも十分配慮していたのであって、目的において正当であり、かつ、行為態様においても同様である。本件が、
債権侵害による不法行為の成立が問題となるような事案でないことは明らかである。
(3)加えて、被告独フーゴは、譲渡の際の前記約定(本件和解契約4条1項)に従い、本件商標権及び本件専用使用権を買い受けてから現在まで、一度も原告に対し、本件商標権に基づく警告、差止請求損害賠償請求等の権利行使を行っていない。通常使用権の本質は、対象となる商標を通常使用権の範囲内で使用しても通常使用権を許諾した商標権者又は専用使用権者から差止請求又は損害賠償請求を受けることがないという不作為請求権であるが、本件商標権の商標権者である被告独フーゴが原告に対し本件商標権に基づく権利行使を行っていない以上、原告の通常使用権の内容はいまだ侵害されていないというべきである。
このような状況の下、原告は、平成九年一月一四日付けの通常使用権許諾契約解除通知書をもって、ケンアンドロンとの間の本件使用許諾契約を自ら解除してしまった。このようにみると、原告が、「BOSS」又は「BOSSCLUB」という文字からなる商標を使用することができなかったとしても、それは被告独フーゴによる本件商標権及び本件専用使用権の買受けの結果ではないというべきである。
(4)原告は、本件訴訟において、被告ヒューゴを共同不法行為者と主張しているが、ケンアンドロンらが契約をした相手方は被告独フーゴであって、被告ヒューゴは、契約当事者ではなく、また、共同不法行為と評価すべき行為を行っていないから、責任を負わない。
4争点2(二)(原告の被った損害額)について(一)原告の主張原告の平成八年度の年間純益は、四八四五万八〇〇四円である。そして、ブランド品は時を経過するごとに知名度が高まり、売上高も増加するのが通常であって、
売上高の増加率は前年度の一〇パーセントを下回ることはないから、平成九年度の得べかりし純益額は、平成八年度の右四八四五万八〇〇四円の一一〇パーセントである五三三〇万三八〇四円、平成一〇年度の得べかりし純益額は、右平成九年度の五三三〇万三八〇四円の一一〇パーセントである五八六三万四一八四円をそれぞれ下回ることはない。そして、原告は、本件では、一部請求として、平成九年度分及び同一〇年度分の得べかりし利益を請求するので、本訴で請求する損害額は、右各年度の合計額である一億一一九三万七九八八円である。
(二)被告らの主張原告の右主張は、争う。
第三当裁判所の判断一当裁判所の認定した事実関係前記の当事者間に争いのない事実(第二、二参照)に証拠(甲一ないし一四、一六ないし三五、三九、六六ないし七〇、七二、七九の1ないし3、一〇五ないし一〇七、乙六、七、二〇ないし二一、二三、二七、証人【F】、原告代表者本人。なお、書証の枝番は、そのすべてを引用するときは記載を省略した。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。
1本件商標権及び本件専用使用権(一)【D】は、昭和六一年三月二〇日、本件登録商標について、特許庁に商標登録出願をし、本件登録商標は、平成元年一月二三日、商標登録された。
被告登録商標の商標権者である被告独フーゴは、本件登録商標商標登録について、商標法4条1項11号、一五号に反するとして登録異議の申立て(平成六年法律第一一六号による改正前の商標法17条)をしたが、特許庁は、昭和六三年七月一八日付けで、本件登録商標と被告登録商標とは外観上明瞭に区別しうる差異があり、本件登録商標は「ボスクラブ」と一連に称呼されるものと認められるなどの理由を示し、両者は非類似であるとして、被告独フーゴの申立ては理由がない旨の決定をした。
(二)ケンアンドロンは、平成六年四月六日、【D】との間で、本件登録商標につき次の内容の専用使用権設定契約を締結し、同年八月八日にその設定登録を受けた。
地域日本全域期間商標権存続期間中(平成一一年一月二三日まで)商品被服(但し紳士用のスーツ、コート、ジャケットを除く)、
布製身回品、寝具類再許諾第三者に通常使用権を許諾することができる。
(三)ケンアンドロンは、平成六年四月二八日付け繊研新聞に、イ号標章を大きく横書きにし、専用使用権者がケンアンドロンであることを表示した広告を掲載し、
同年五月二七日付け繊研新聞に、イ号標章を大きく横書きにし、ライセンス契約企業名として四社の社名を、使用許諾権者がケンアンドロンであることをそれぞれ表示した広告を掲載した。
すると、被告独フーゴは、同年五月三〇日、本件登録商標外観と異なり、「BOSS」と「CLUB」との間を空けた態様のイ号標章を使用するのは登録商標の不正使用であるとして、商標法53条に基づいて、特許庁に対し、本件登録商標について商標登録の取消審判を請求した。
(四)ケンアンドロンは、同年一〇月二〇日、かつてケンアンドロンの従業員であり、当時はファッション商品全般のマーケティング業務を行っていた【G】に、本件登録商標ライセンス業務を委託することとし、【G】との間で、本件登録商標について、再使用許諾を含む商標管理委託契約を締結した。なお、【G】がライセンスの管理業務の委託を受けたのは、【G】が自ら開拓したライセンシーに関してであり、ケンアンドロンが既に開拓していたライセンシーについては、ケンアンドロンがその管理を行うこととされた。
【G】は、本件登録商標ライセンス業務に着手したが、個人名義では信用が十分ではなかったので、かつて自らが設立し、当時は知人が代表取締役を務めていたホリサンを本件登録商標ライセンス業務の事務局とすることにした。しかし、右ライセンス業務は、実質的には【G】が取り仕切って行っていた。
2ケンアンドロンと原告との間の本件使用許諾契約の締結【G】は、本件登録商標を使用する企業の開拓を進めるなかで、服飾品を取り扱うライセンシーとして、原告との交渉を開始した。原告は、【G】からの提案を受け、当時、すでにある程度名の通った企業数社がライセンシーとして契約していたこと、「ボスクラブ」との称呼が量販店向けに適当なブランドであると考えられたことなどから、交渉を進めることとした。交渉の結果、原告、ケンアンドロン及びホリサンの三者は、平成七年三月七日付けで、本件登録商標の専用使用権者をケンアンドロン、使用許諾管理権者をホリサン、通常使用権者を原告とする、概要、次の内容の本件使用許諾契約を締結した。
期間契約日から平成一〇年一〇月末日まで許諾商品帽子、ハンカチ、スカーフ、マフラー、ネクタイ使用料頭金四〇〇万円及び継続使用料として許諾商品の希望小売価格の四%(ただし、頭金を継続使用料に充当することができる。)契約更新原告が許諾期間の更新を希望するときは、期間満了の三か月前までにケンアンドロン及びホリサンに書面で通知する。
契約終了の効果原告は、契約期間満了後六〇日間、許諾商品の販売を継続することができる。
3本件使用許諾契約後の経緯(一)第一回ライセンシーミーティングの開催【G】は、ライセンシーを集めて、本件登録商標を展開するに当たっての方針を決定するとともに、関係者間の情報交換等を行う会議を開催することにし、平成七年四月一七日ころ、各ライセンシーに対し、第一回ライセンシーミーティング開催の通知をした。
同年四月二五日、ホリサンの主催により、東京都渋谷区で第一回ライセンシーミーティングが開催され、ライセンサー側として【G】及びホリサン代表者【H】が、ライセンシー側として原告ほか数社の関係者が出席した。右ライセンシーミーティングでは、本件登録商標の展開に当たっての基本的コンセプトの説明、下げ札、織ネームのデザイン等のロゴ表示等、ホリサンが準備した資料の配付があり、
各ライセンシーは、「BOSS」と「CLUB」の間を半文字分空けたイ号標章を統一して使用していくことが決定された。
(二)各ライセンシーの商品販売と被告ヒューゴの警告(1)原告は、第一回ライセンシーミーティングの後、ネクタイについて商談を進め、平成七年六月ころ、西友との間で、ボスクラブ標章を使用した平成七年秋冬物のネクタイを納入する契約交渉を開始した。
原告は、イ号標章を使用した下げ札、織ネームを付したネクタイを二五六一本製造し、同年八月九日から九月初旬ころまでに、合計七六六本を西友に納品し、西友は同社店舗で右ネクタイを販売した。
(2)同年九月一二日付けの日経産業新聞等の新聞に、西友等の大手量販店が販売するボスクラブ標章を使用したネクタイについて、被告ヒューゴが警告をする方針である旨の記事が掲載され、同月一三日ころ、被告ヒューゴは、原告及び西友に対し、西友が販売する右ネクタイに付された標章は、被告登録商標について被告らの有する商標権及び専用使用権を侵害する旨の警告文書を送付した。
原告は、被告ヒューゴの右新聞記事及び警告文書の送付について、ホリサンに報告し、とるべき対応について協議を行った。また、【G】は、【E】と対応について協議するとともに、原告から送付されていた下げ札、織ネームのコピーをケンアンドロンにファックスで送信した。原告は、同年九月一三日に、ホリサンに対し、
西友で販売されていたネクタイの現物を送付した。
(3)そのころ、被告ヒューゴからの警告を受けた西友は、原告から納入された前記ネクタイの販売を中止することを決めた。原告は、その後、西友から右商品の取引停止の通知を受け、納品済みのネクタイ七六六本のうち、未売却分四八六本の返品を受けた。
(4)原告は、同月二〇日に、被告ヒューゴからの前記警告文書に対し、イ号標章の使用は被告登録商標の商標権を侵害するものではない旨の回答をした。なお、原告は、その前日に、右回答書の原稿をホリサンに送付している。
(5)この間、他のライセンシーによるボスクラブ標章を付した商品の販売についても、被告ヒューゴからの警告がされていたことから、【E】及び【G】は、ライセンシーの販売する商品について付する標章をイ号標章からロ号標章に変更していく方針を決定していたところ、ケンアンドロンは、平成七年九月一三日、被告独フーゴ及び被告ヒューゴを相手方として、被告商標権及び被告専用使用権等に基づく差止請求権の不存在確認と共に損害賠償を求める訴えを大阪地方裁判所に提起した(同裁判所平成七年(ワ)第九二〇二号事件)。
(三)第二回ライセンシーミーティングの開催(1)平成七年九月二二日、大阪において、第二回ライセンシーミーティングが開催された。この会議には、ライセンサー側としてケンアンドロン代表者である【E】、【G】及びホリサン代表者【H】が出席し、ライセンシー側として、原告を始めとする合計九社の関係者が参加した。
右会議において、被告ヒューゴからの警告及び新聞報道に対する対応策等が協議され、紛争を避けるために、イ号標章に替えて、今後はロ号標章を使用していく旨の説明があった。また、当時、既にイ号標章を使用した商品の製造の準備を開始し、あるいは販売を開始していた原告を含むライセンシーから、商品等の処理について質問がされたが、それらの問題はライセンサー側と各ライセンシーが個別に話合いをすることになった。
(2)ホリサン及び各ライセンシーは、平成七年一〇月一一日、東京都内で共同記者会見を開催し、同月一二日付け日本経済新聞及び同月一三日付け繊研新聞に右記者会見の模様が掲載された。また、同月一六日付け繊研新聞に本件登録商標の正当性を訴える広告を、同月一九日付け日本経済新聞にイ号標章の正当な使用権を有することを訴える広告を、それぞれ掲載した。
(3)原告は、西友から返品され、あるいは納品することができなかったネクタイ合計二二八一本の処理について、ケンアンドロン及びホリサンから何らの指示もなかったこと、ケンアンドロンは、前記のとおり、被告らを相手方として、イ号標章を含めたボスクラブ標章について、差止請求権不存在確認等を求める訴訟を提起しており、その後に開催された共同記者会見や日本経済新聞に掲載した広告においてもイ号標章使用の正当性を訴えていたことなどから、既に製造している商品については、イ号標章を付して販売することも問題がないと考え、右ネクタイを、株式会社ダイクマ、株式会社キンカ堂及び株式会社扇屋に対して値下げをして販売した。
4契約解除に至る経緯(一)共同記者会見後の各ライセンシーの動き共同記者会見の後、大手量販店が問題の生じる可能性のあるブランドの取扱いに慎重な姿勢を見せていたことから、各ライセンシーは、本件登録商標を使用した商品を積極的に展開するような状況ではなくなっていた。そのなかで、原告は、第二回ライセンシーミーティングの趣旨に従って、ロ号標章を使用した平成八年春夏物の商談を進め、ロ号標章を使用した商品を、大手量販店等に販売していた。
(二)その間、被告独フーゴによるイ号標章の使用に対する警告は繰り返され、平成七年一二月には、日本経済新聞等に、被告登録商標とイ号標章は無関係であり、
イ号標章の使用は被告商標権を侵害する旨の広告を掲載し、また、同月二八日付けで、特許庁の商標登録取消審判手続において弁駁書を提出するとともに、その証拠資料として原告が西友に販売したネクタイに使用されていたロゴを提出した。
平成八年二月上旬ころ、本件登録商標のライセンシーであるオズマが、株式会社千趣会の通信販売のカタログに、Tシャツの前面に「BOSS」、背面に「CLUB」とロゴマークを表示した商品の広告を掲載した。【E】は、そのころ右事実を知り、これが被告独フーゴが申し立てている商標登録取消審判手続で不利な材料となり、本件登録商標商標登録が取り消されるおそれがあると考えるに至った。
そこで、【E】は、各ライセンシーの権益を最低限守るため被告らとの間で話題となったことのある和解契約の締結を検討することとし、同年二月下旬ころに被告らとの間で和解の交渉に入るとともに、同年三月五日付けで【D】から本件商標権を譲り受けた。
(三)ケンアンドロン及びホリサンは、平成八年三月一五日付け書面により、本件登録商標のライセンシー全員に対し、本件登録商標の平成八年三月末日現在の商標使用報告書及び同年四月から同年一二月末までの商標使用計画書の提出を求め、併せて織ネーム、下げ札、代表的商品の提出を求めた。
これに応じて、原告は、同年四月一二日、右使用報告書及び使用計画書を提出したが、この段階では織ネーム、下げ札、代表的商品の送付は、しなかった。
(四)【E】は、被告らとの和解交渉において、まず、被告独フーゴが本件商標権を譲り受けるとともに各ライセンシーに対するライセンサーとしての地位をも承継することを内容とする提案を行ったが、この提案は被告らから拒絶された。そこで、【E】は、ライセンサーとしての地位の承継の代わりに、被告らにおいて、各ライセンシーが一定期間本件商標権を継続使用することを認め、その間、差止請求権を行使しないことを内容とする条件の提案を行い、差止請求権不行使の期間を五年間とするように求めた。被告らは右提案に一定の理解を示したものの、差止請求権の不行使の対象を本件登録商標及びロ号標章に限定し、かつ、不行使の期間を一年程度とする内容を主張し、結局、どの程度の差止請求権の不行使期間を認めるかについて、被告らの代理人が、再度ドイツの被告独フーゴ本社と協議をすることとなった。
(五)ケンアンドロン及び【E】は、平成八年四月二二日付け通告書を原告に送付し、同書面は同月二四日原告に到達した。右通告書には、本件使用許諾契約における契約条項上の義務を列挙した上、平成八年三月一五日付けで送付した報告書提出依頼に基づく報告内容を見る限り、契約上の義務の履行がないとして、その履行の催告をし、本件登録商標を使用した商品の写真又はカタログ、下げ札、織ネーム、
包装容器等を一四日以内に提出することを求め、さらに、期限内の履行がない場合には、解除を承諾したものとみなす旨が記載されていた。
(六)【E】は、被告ヒューゴとの和解交渉における条件を履行するためには、現在各ライセンシーと締結しているライセンス契約を、契約期間の終期を明確化し、
更新を認めない内容のものとし、また、使用商標についても、イ号標章の使用を禁じ、本件登録商標及びロ号標章に限定する内容の契約に改めて、再度締結する必要性があると考え、前記平成八年四月二二日付け通告書と同一の内容の書面により、
各ライセンシーに対し、契約違反を理由としてケンアンドロンと各ライセンシー間のライセンス契約を解除する旨の通知をした。
また、ケンアンドロンは、同日付け内容証明郵便で、【G】及びホリサンに対し、【G】の管理義務違反、ライセンス料六七〇万円の不払を理由として、本件登録商標の管理委託契約を解除する旨の通告をし、さらに、同年五月一〇日付けで【G】及びホリサンとの間で合意解除書を作成した。同日ころ、ホリサンは、各ライセンシーに対し、ホリサンとケンアンドロンとのライセンス管理業務委託契約が解除され、ホリサンは従来のライセンス契約から離脱したこと、各ライセンシーと商標権者の再契約を含めた調整には責任を持って対処することを表明した。
他方、原告は、同年四月二六日、ホリサンに対し、取引が決まった商品のサンプルを送付した。
(七)原告は、ケンアンドロンから送付された前記平成八年四月二二日付け通告書に対し、ホリサンの指示に従って業務を遂行してきたにもかかわらず、一方的にケンアンドロンから解除通知を受けたことについて不審に思い、ケンアンドロン代表者【E】に電話をし、平成八年五月一日に大阪ヒルトンホテルにおいて、【E】と原告の専務取締役である【I】との会談を設定した。
右会談で、【I】が、本件登録商標を使用するビジネスを継続し、現契約を尊重すること、被告ヒューゴに対抗していくことが原告の基本的方針である旨を述べたところ、【E】は、被告ヒューゴからの警告等により各ライセンシーが本件登録商標を意欲的に使っておらず、平成七年においては、頭金以外は一切使用料が入らなかったこと、被告ヒューゴとの和解交渉については、平成八年三月八日の段階で被告らから本件商標権を買い入れたいとの申入れがあり、交渉の要点は使用期間にあることなどを説明した。
(八)原告代表者は、【I】から会談の内容の報告を受け、平成八年五月二日、ケンアンドロンに対し、原告は諸義務を履行しているにもかかわらず、改めて下げ札、織ネーム、代表的見本等の提出を求めるならば、根拠を示してほしいとの内容の内容証明郵便を送付した。
5ケンアンドロンと被告独フーゴとの和解の成立(一)被告独フーゴは、平成八年五月七日付けで、特許庁に係属していた本件登録商標の取消審判手続において理由補充書を提出し、その中でオズマの株式会社千趣会のカタログでの使用態様を主張し、カタログの写しを証拠として提出した。
(二)【E】は、平成八年五月七日付けで、本件商標権のライセンス業務について、現在までの状況、ホリサンとの契約を解除した経緯、通告書を送付した意図等を説明する文書を、原告を始めとする各ライセンシーに送付した。
他方、原告は、同日、被告ヒューゴに対し、ケンアンドロン、【E】と被告らとの間の和解交渉について、本件商標権を譲渡する内容の合意をすることを牽制する趣旨の内容証明郵便を送付した。
(三)ケンアンドロンは、平成八年五月八日、被告らの代理人と和解協議を行い、
基本的条件を詰め、差止請求権を行使しない標章を本件登録商標及びロ号標章とすること、期間は、各ライセンシーとの当初の契約期間とし、延長は認めないことなどの合意事項を定めた。被告らの代理人は、最終的にドイツの被告独フーゴ本社の決裁を求める手続をとることとした。
(四)ケンアンドロンは、平成八年五月二一日に、各ライセンシーに対してファックスで連絡をし、進行中の和解の内容を説明した上で、契約期間を当初の契約の許諾期間内、最長で平成一〇年一二月までとし、契約更新はしないとする内容の新契約を締結するように求めた上で、平成八年五月一七日から同月二八日ころにかけて、各ライセンシーと、新たなライセンス契約を締結した。この契約においては、
使用期限を従前のライセンス契約の期間として、更新はしないものとされ、また、
使用標章は、本件登録商標及びロ号標章に限定された。
平成八年五月二二日、原告は、【I】を再度大阪に派遣してケンアンドロン代表者【E】と面談をし、被告独フーゴへの本件商標権の譲渡を見合わせるように要請し、どうしても本件商標権を手放すつもりならば、原告が譲り受けることを申し入れたが、【E】はこれを受け入れず、新契約の契約条項案を提示した。また、同日、ケンアンドロンから原告に、新契約の商標使用料に関するファックス文書が送付された。同日、【E】と原告代表者は、電話で長時間にわたり本件商標権及び本件使用許諾契約の取扱いについて交渉をしたが、最終的な合意には至らなかった。
(五)ケンアンドロン及び【E】は、平成八年五月二八日、被告独フーゴ代理人との間で、本件商標権について、次のような内容の本件和解契約を締結した。
@ケンアンドロンは本件商標権の専用使用権及びその有する七つの商標登録出願により生じた権利を一〇〇〇万円で被告独フーゴに譲渡する。
A【E】は、本件商標権及びその有する四三の商標登録出願により生じた権利を二〇〇〇万円で被告独フーゴに譲渡する。
B被告独フーゴは、原告が本件商標権の使用許諾をしたライセンシー一五社が本件登録商標、ロ号標章を最長平成一〇年一二月末日まで使用することを認め、
更にその期間経過後六〇日間を追加使用期間として認める。ただし、イ号標章について差止請求権を行使することを妨げない。
Cケンアンドロンは、被告ら両名に対する大阪地方裁判所平成七年(ワ)第九二〇二号事件に係る訴えを取り下げる。
同日、ケンアンドロンから原告に対し、和解の成立についてファックスで連絡があり、原告代表者が【E】に電話をして再度本件商標権及び本件使用許諾契約の取扱いについて交渉をしたが、結局、合意には至らなかった。
(六)ケンアンドロンは、本件和解契約の締結に伴い、平成八年五月二八日、本件専用使用権を被告独フーゴに譲渡した(移転登録日同年七月二二日)。また、
【E】は、同年六月一〇日に本件商標権の移転登録を経由した上で、同月一一日、
本件商標権を被告独フーゴに譲渡した(移転登録日同年九月二四日)。その結果、
本件専用使用権は混同により消滅した(登録日同日)。
6その後の経過(一)原告は、平成八年六月一三日に、ホリサンに対して本件使用許諾契約からの脱退の確認を求める内容証明郵便を、同月一七日に被告ヒューゴに対し、本件使用許諾契約の内容を告知する内容証明郵便をそれぞれ送付した。さらに、原告は、同月二八日には、ケンアンドロンに対し、ホリサンの権利義務をケンアンドロンが承継したことの確認を求め、新契約には同意できないことを通告するとともに、被告らとの和解の折衝経緯及び合意事項の内容の開示を求める内容証明郵便を送付した。
(二)原告は、ロ号標章を付したネクタイ、ハンカチ、帽子、マフラー等を平成八年二月ころから同年一二月ころにかけて、ジャスコ、イトーヨーカ堂等の大手量販店において継続的に販売した。
(三)原告は、平成八年一〇月一八日付け内容証明郵便により、それまでの本件登録商標の使用実績を報告し、これにより発生した使用料については、頭金四〇〇万円を控除した残額とケンアンドロンに対して原告が取得したケンアンドロンの本件使用許諾契約違反による一億円以上の損害賠償請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(四)原告は、ケンアンドロンに対し、平成九年一月一四日付け内容証明郵便で、
ケンアンドロンが本件商標権を被告独フーゴに譲渡し、本件商標権の専用使用権が混同により消滅するに至ったため、本件使用許諾契約を履行不能にしたことを理由として、本件使用許諾契約を解除する旨通知し、右通知は同月一六日、ケンアンドロンに到達した。
二争点についての当裁判所の判断右事実関係を前提として、争点について判断する。
1争点1(一)(被告ヒューゴの西友に対する通告が、被告らの原告に対する不法行為に該当するかどうか)について(一)原告は、被告ヒューゴの西友に対する通告は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当し、原告に対する不法行為に当たると主張し、その理由として、イ号標章の使用が、本件登録商標の専用権の範囲を超えておらず、かつ、被告登録商標類似しないにもかかわらず、右通告書においては、被告登録商標について被告ヒューゴの有する専用使用権を侵害する旨が記載されていたことを指摘する。
そこで、@イ号標章の使用が本件登録商標の専用権の範囲を超えているか、Aイ号標章が被告登録商標類似するか、について、以下、順次検討することとする。
(二)商標権は、指定商品について当該登録商標を独占的に使用することができることをその内容とするものであり、指定商品について当該登録商標類似する標章を含めてこれらを排他的に使用する権能までも含むものではなく、ただ、商標権者には右のような類似する標章を使用する者に対し商標権を侵害するものとしてその使用の禁止を求めること等が認められるにすぎない(最高裁平成六年(オ)第一一〇二号同九年三月一一日第三小法廷判決・民集五一巻三号一〇五五頁参照)。
すなわち、商標法は、36条37条1項において、商標権に基づく禁止権は登録商標類似範囲に及ぶ旨を規定し、他方、25条において、「商標権者は、指定商品について登録商標の使用をする権利を専有する。」と規定しているが、これを、意匠法23条が「意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有する。」と規定しているのと対比すれば、商標権者の使用権は登録商標のみを対象とし、登録商標類似する範囲に及ぶものではないと解すべきである。
言い換えれば、登録商標の使用権を全うさせるための防御的機能である禁止権は登録商標類似範囲に及ぶが、禁止権の効力は他人の使用を禁止し排除するだけであるから、商標権者としては積極的に類似範囲の部分を使用する法律上の保護を与えられるわけではなく、他人の権利によって制限されない限り事実上使用することができるだけである。したがって、二つの登録商標類似の範囲が相互に重なり合う場合には、それぞれ相手方に対して類似範囲の使用の差止めを求めることができる、講学上のいわゆる「蹴り合い」の状態となる。
このような点に照らせば、商標権者の使用権の及ぶ範囲については、常に登録商標と厳密に同一のものに限られ、微小な変更であっても全く許されないとまではいえないとしても、類似の登録意匠との間での紛争を前提として判断する場合には、
登録意匠に極めて一致する範囲に限定して解すべきものである。
これを本件についてみるに、本件登録商標の構成は、別紙第一目録(1)記載のとおり、ゴシック体の欧文字で、「BOSSCLUB」と横書きされたものであり、イ号標章の構成は、同目録(2)記載のとおり、モダーンローマン体の欧文字で「BOSSCLUB」と横書きされ、「BOSS」と「CLUB」との間には、右欧文字半字分ほどの間隔が設けられているものである。すなわち、本件登録商標が「BOSS」と「CLUB」の間に隙間がないのに対して、イ号標章は、「BOSS」と「CLUB」との間が半文字分空いていることが認められる。後述のとおり、「BOSS」と「CLUB」は、いずれも我が国において広くその意味を知られた英単語であって、これを一連に記載するか、二つの部分に分けて記載するかによって、当該商標において自他商品識別機能を有する部分が異なって解されることとなるのであるから、本件登録商標とイ号標章との相違は、決して微小なものではなく、イ号標章の使用が本件登録商標の使用権の範囲を超えていることは明らかである。
この点について、原告は、この程度の使用態様の補正は、時代の変遷とともに必要とされる日常的な補正であり、また、社会通念上、一般取引の上において、外観上本件登録商標と同一のものとして十分認識しうる使用態様の補正にすぎないと主張するが、前に説示したとおり、イ号標章においては、「BOSS」と「CLUB」との間に、右欧文字半字分ほどの間隔を設けるという変更を加えているものであり、字体の変更について検討を加えるまでもなく、これを本件登録商標と同一とみることは困難といわなければならない。したがって、イ号標章の使用が本件登録商標の使用権の範囲を超えていないという原告の主張を、採用することはできない。
(三)そこで、次に、イ号標章が被告登録商標類似するかどうかについて判断する。
被告登録商標は、オールドローマン体(オールドスタイルローマン体)の欧文字で「BOSS」と横書きにしたものであり、「ボス」の称呼を生じる。また、「BOSS」は、我が国において広くその意味を知られた英単語であって、「ボス」「社長」「親分」の観念を生ずる。
他方、イ号標章の構成は、前記のとおり、モダーンローマン体の欧文字で「BOSSCLUB」と横書きされ、「BOSS」と「CLUB」との間には、右欧文字半字分ほどの間隔が設けられているものである。このうち「CLUB」の部分が、同好会を意味する英語の「クラブ」という語を、一般人をして容易に認識させ得るものであることからすると、「BOSS」と「CLUB」の別々の単語が結合したものとして認識される。そして、「BOSS」の部分が先頭に表示されていること、「BOSS」の語は、スポーツクラブ、アスレチッククラブの語のように、当然に「CLUB」と結びついて一語となる種類の語ではないこと、「CLUB」は広く同好会を意味する日常語であって、「CLUB」の語自体に意味があるというより、同好会の種類を表す語を冠して初めて意味を有する場合が多いことなどからすると、取引者、需要者は、イ号標章のうち「BOSS」の部分から強く支配的な印象を受けるものであり、「BOSS」の部分が自他商品識別機能を有する部分として、イ号標章の要部を構成するものというべきである。
そこで、イ号標章の要部と被告登録商標とを対比すると、外観は、字体は若干異なるがいずれも「BOSS」であって類似しており、称呼は「ボス」であって同一であり、「ボス」「社長」「親分」という同一の観念を生ずる。したがって、イ号標章は被告登録商標類似する。原告は、イ号標章は、全体として「ボス(社長・親分)達の集まり」という意味を生じる一体不可分の複合語あるいは結合商標として、「ボスクラブ」と必ず一連に称呼されるものであり、イ号標章の自他商品識別力は、「BOSSCLUB」全体から生じるものであると主張するが、右に説示したところに照らせば、イ号標章が「ボスクラブ」と必ず一連に称呼されるものということはできず、原告の主張を採用することはできない。
そうすると、イ号標章の使用は、本件登録商標の使用権の範囲を超え、かつ、被告登録商標類似するものであって、被告登録商標について被告ヒューゴの有する専用使用権を侵害するものであるから、被告ヒューゴの西友に対する通告を虚偽ということはできない。したがって、被告ヒューゴの西友に対する通告が不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当し、これが被告らの原告に対する不法行為に該当する旨をいう原告の主張は、失当である。
2争点2(一)(本件専用使用権の譲渡等に関する被告らの行為が、ケンアンドロンの債務不履行に違法に加担する不法行為に該当するかどうか)について原告は、ケンアンドロンが本件専用使用権等を被告独フーゴに譲渡したことにより原告との間の本件使用許諾契約上のケンアンドロンの債務の履行が不能となったことについて、被告らが違法に加担したもので、被告らの行為は原告に対する不法行為に該当すると主張する。
そこで、検討するに、商標権者又は専用使用権者は、自己の有する商標権について他人に通常使用権を許諾することができ、通常使用権者は、設定行為で定めた範囲内において指定商品について登録商標の使用をする権利を有するものであるが(商標法31条1項、二項、30条4項参照)、専用使用権が物権的な排他的な権利であるのに対し、通常使用権は、債権としての性格を有する権利であって、商標権者又は専用使用権者に対する対人的な権利である。そして、通常使用権は、登録をすることにより、当該商標権又は専用使用権をその後に取得した者に対しても対抗することができることとされている(商標法31条4項において準用する特許法99条1項)。
このように、商標法が通常使用権の第三者対抗要件として登録制度を設けている趣旨に照らせば、登録されていない通常使用権は、対人的な債権的請求権として専ら商標権者又は専用使用権者の属人的な契約遵守義務のみに基礎を置くものというべきであるから、このような登録を欠く通常使用権の設定された商標権又は専用使用権を第三者が譲り受けたことにより、通常使用権者が譲渡人との間の従前の許諾契約に基づく権利を主張できなくなったとしても、当該第三者が商標権又は専用使用権を譲り受ける行為は、それが商標権者又は専用使用権者と共謀の上で通常使用権者に損害を与えることのみを目的として行われた場合のように、その目的及び方法において経済社会における自由競争としての取引形態から著しく逸脱した例外的な場合を除いて、原則として違法性を帯びず、通常使用権者に対する関係で債権侵害としての不法行為を構成しないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記認定の事実関係に照らせば、被告独フーゴがケンアンドロンから本件専用使用権を譲り受けた行為については、右のような例外的な事情を認めることはできない。
すなわち、右事実関係によれば、(1)ケンアンドロン及びホリサンは、被告登録商標類似するイ号標章について、これが本件登録商標の使用権の範囲に含まれると主張して、原告を始めとする各ライセンシーをしてイ号標章を付した被服を量販店等を中心として広く販売させたこと、(2)被告らは、ケンアンドロン及び傘下のライセンシーによる右販売行為により一般消費者において被告登録商標と本件登録商標を含むボスクラブ商標との間の混同を生じ、ひいては被告らが被告登録商標について築き上げてきたブランドイメージが損なわれることに深刻な危機感を抱いて、本件登録商標について商標法53条に基づく商標登録取消審判を請求したこと、(3)ケンアンドロンは、右商標登録取消審判手続において本件登録商標商標登録が取り消されることを懸念し、被告らとの間の和解契約により、本件専用使用権及び本件商標権を被告独フーゴに譲渡することを検討するに至ったことが、指摘できるものであって、前記認定の経緯によれば、被告らは、被告登録商標とボスクラブ標章との混同を防止し、被告登録商標のブランドイメージを維持するという経営判断に基づき被告独フーゴにおいて本件専用使用権及び本件商標権を譲り受けることとしたものであって、その意図において通常の経済活動としての行為を逸脱するということはできない。また、被告独フーゴとケンアンドロンとの間で締結された和解契約においても、ライセンシーによる本件登録商標及びロ号標章の使用に対して一定の期間差止請求権を行使しないことを定めるなど、被告独フーゴにおいて、本件登録商標の通常使用権者の権利について一定の配慮をしたと評価できる点もある。これらの点に照らせば、被告らは、本件専用使用権に原告を始めとするライセンシーの通常使用権が設定されていたことや、被告独フーゴが本件専用使用権の譲渡を受ける場合にはケンアンドロンのライセンシーに対する使用許諾契約上の義務が履行不能となることを認識していたにもかかわらず、被告独フーゴにおいて本件専用使用権を譲り受けた上、本件使用許諾契約におけるケンアンドロンの契約上の地位を承継しなかったものであるが、右の被告独フーゴの行為をもって、通常の経済活動を逸脱した行為と評価することはできないから、違法ということはできない。また、被告ヒューゴがこれに加担したとしても、その行為が違法となるものではない。
したがって、ケンアンドロンが本件専用使用権を被告独フーゴに譲渡したことにより、本件使用許諾契約におけるケンアンドロンの義務が履行不能となり、原告が本件通常使用権に基づきボスクラブ標章を使用することができなくなったとしても、原告としては、ケンアンドロンに対して債務不履行責任を追求することができるのは格別、被告らに対して不法行為責任を問うことはできないというべきである。
三結論以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第四六部裁判長裁判官三村量一裁判官和久田道雄裁判官田中孝一は、外国出張中のため署名押印することができない。
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