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事件 平成 11年 (ワ) 1481号 損害賠償請求事件
原告 株式会社日本アドシステム右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 奥村哲司
同 大槻隆
被告 【B】右訴訟代理人弁護士 高橋美博
裁判所 名古屋地方裁判所
判決言渡日 2000/12/20
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
一 被告は、原告に対し、別紙目録記載の書類を引き渡せ。
二 被告は、原告に対し、金一○○○万円及びこれに対する平成一○年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、広告代理業を営む原告がその従業員であった被告に対し、所有権に基づき原告在職中に持ち出した書類の返還を求めるとともに、右書面に含まれる原告及び原告の顧客の営業秘密を、右顧客の競業会社(原告の取引先であり、被告が原告退職後に就職した会社)のために使用し、同社に開示したことが不正競争防止法2条1項4号に該当するとして同法4条本文に基づき、さらに、右事実及び原告在職中に原告に損害を与える目的で原告と前記競業会社との取引量を意図的に減らしたことが雇用契約上の忠実義務に違反するとして、民法415条に基づき、金一○○○万円の損害及び原告が退職した日の翌日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実及び証拠(甲一、三ないし一〇、一五、一六、乙三、一○の1ないし21、一一の1ないし10、証人【C】、原告代表者及び被告本人)により容易に認定し得る事実 1 原告は、広告、宣伝の情報媒体の企画及び売買並びに広告代理業を目的とする株式会社であり、同社には顧客から販売促進に関する種々の相談を受け、それを企画、立案して、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、印刷物等の広告媒体の手配を行い、出広する(業界用語で「広告をだすこと」を意味する。)営業企画部のほか、
新規事業の開始等の手助けをするオプト(オープニングプロジェクトチーム)事業部並びに米の新ブランド開発及び流通の開発を行うナショナルフーズ事業部があった。
2 原告は、エステサロンの経営及び美容健康機器(痩身器具、レーザー脱毛器具)の卸販売等を業としているマックスファーム有限会社(以下「マックスファーム」という。)との取引を平成七年一一月に開始し、同社の広告を取り扱うようになった。
原告のマックスファームに対する平成九年秋以降の売上金額(左記の金額はいずれも税込み)は次のとおりである(甲一五)。
平成九年九月 一一四五万○二五○円 一○月 一一○二万九二○○円 一一月 一二八一万八四○○円 一二月 一八八七万四八○○円 平成一○年一月 六二四万二二五○円 二月 一七五六万九六五○円 三月 一三二六万○四五○円 3 マックスファームはエステサロンの経営及び健康機器販売を業とする有限会社レイナコーポレーション(以下「レイナ」という。)に対し、平成八年二月ころから美容健康機器(痩身器具、脱毛器具)を卸していた。原告は、平成八年七月ころ、マックスファームの代表者【C】(以下「【C】」という。)からレイナを紹介され、レイナとの出広取引を開始することになった。
レイナは、平成九年春ころから、それまでマックスファームを通して仕入れていた脱毛機器(家庭用レーザー脱毛器)を直接モンロー株式会社から仕入れた上、モニター販売を行うようになり(乙一○の1ないし21)、その広告を出すようになった(甲一、乙一一の1ないし10)。原告とレイナとの取引額はそのころから増加し、平成九年六月は五一二万四○○○円(税込み)、同年七月は五二九万七二五○円(税込み)の売上げとなった(甲一)。なお、同時期(平成九年七月)の原告とマックスファームとの取引額は八六○万円余りである(甲一五)。
その後、原告とレイナとの取引は、次のとおり同年一一月ころから急に減少し(左記の金額はいずれも税込み金額である。)、平成一○年一月二○日発行の中日新聞ROUX一月号の掲載広告分(甲一六)を最後に原告とレイナとの取引はなくなった(甲一、ただし、レイナから原告への入金は同年三月をもって終了)。
平成九年八月 三六九万六○○○円 九月 四二八万七一五○円 一○月 四一六万八五○○円 一一月 二三七万八二五○円 一二月 五一万四五○○円 平成一○年一月 二六万二五○○円 4 被告は、平成三年一月一一日に原告に採用され、営業企画部の部長の地位にあって、平成八年七月ころ以降はマックスファーム及びレイナを担当していたが、平成九年一二月ころ、原告内部において、レイナの担当者が被告から同じ営業企画部の【D】に替わることになり、被告から【D】への引継ぎが行われた。被告は、平成一○年一月二四日、原告代表者に「独立して企画会社をやりたい」と述べて、同年三月二○日付けで原告を退職したい旨を申し出た。原告代表者は、退職については了解したものの、原告の決算期が五月であること、引継ぎに時間がかかることから退職日を同年五月二○日にするように求め、被告はこれを了承した。被告は原告を退職する前に同年三月入社した【E】(以下「【E】」という。)に被告が担当していたマックスファームに関する事務を引き継いだ。被告は、平成一○年五月二○日付けで原告を退職し、翌二一日にレイナに就職し、同日以降同社で勤務している。
5 原告は、別紙目録記載の書類(以下、同目録@記載の書類を「本件書類@」のようにいい、本件書類@ないしFの各書類を合わせて「本件各書類」という。)を原告に無断で持ち出した旨を主張しているところ、本件各書類の内容は以下のとおりである。
本件書類@は、マックスファームがモニターから聞き取った内容を記入するために作成し、使用している受付表の用紙であり、マックスファームから原告が手に入れたものである。
本件書類Aは、原告がプロデュースしたマックスファームのプロモーションビデオの原稿である。
本件書類B及びCは、マックスファームの出広に際し必要な情報を記載した書類で、被告作成にかかる文書である。
本件書類Dは、平成一〇年七月に掲載予定のマックスファームの広告に関する粗利益表であり、【E】がワープロで作成したものである。
本件書類Eは、平成一〇年七月度のマックスファームの広告の媒体別出広予定等を整理した表であり、被告がパソコンで作成したものである。
本件書類Fは、マックスファームの広告が掲載された後、右広告を見て電話を架けてきた顧客の数を広告の媒体別に集計したもの(以下「レスポンスデータ」という。)で、マックスファームの作成にかかる文書であり、原告はマックスファームからこれを入手したものである。
二 本件の争点 1 被告が、原告在職中から退職時までに本件各書類を原告から持ち出し、現在これを占有しているか。
(原告の主張) 被告は、原告在職中から退職時までに原告及びマックスファームの営業秘密が記載された本件各書類を原告に無断で持ち出して不正取得し、レイナのために使用している。
(被告の主張) 被告が本件各書類を持ち出したとの点は否認する。被告には本件各書類を持ち出す必要性がない。
2 仮に、1において被告が本件各書類を持ち出したと認められる場合、本件各書類は、不正競争防止法2条1項4号、四項の「営業秘密」に当たるか。
(原告の主張) 本件各書類は、次のとおりいずれも不正競争防止法2条4項に規定する秘密管理性有用性及び非公知性の要件を満たしており、被告の取得及び開示行為は同法2条1項4号に該当する。
(一) 秘密管理性 本件各書類は、「マックスファーム」のタイトルが付けられたブックスタイルの資料ファイルに入れられて、担当者であった被告のデスクの後ろに置かれた被告専用の資料ボックスに保管されていたものであり、当該情報にアクセスした者には当該情報が営業秘密であることが認識でき、当該情報にアクセスできる者も制限されていた。
(二) 有用性 @ 本件書類@について 本件書類@は、マックスファームがモニターから聞き取る内容が情報として記載されており、当該情報はマックスファームの事業活動に使用、利用されていたのであって、営業効率の改善においてマックスファームの競業者にとって有用な情報である。
A 本件書類Aについて 本件書類Aは、原告がプロデュースしたマックスファームのプロモーションビデオの最終稿であり、当該資料があれば容易にビデオ製作を行うことができ、また当該資料を開示することによって第三者も容易にビデオ製作に関する情報が取得できるのであって、当該情報は原告及びマックスファームの競業者にとって有用な情報である。
B 本件書類B及びCについて 本件書類B及びCは、マックスファームの出広の際に必要な情報が記載されたものであり、当該資料により容易に出広を行うことができ、また当該資料を開示することによって第三者も容易に出広に関する情報が取得できるのであって、当該情報はマックスファームの競業者にとって有用な情報である。
C 本件書類Dについて 本件書類Dは、原告の粗利益率の情報が記載されたものであり、当該資料により容易に原告の粗利益率に関する情報を取得できるのであって、当該情報は原告の競業者にとって有用な情報である。
D 本件書類Eについて 本件書類Eは、マックスファームの毎月の広告計画の情報が記載されたものであり、当該資料により容易にマックスファームの広告計画の情報が取得できるのであって、当該情報はマックスファームの競業者にとって有用な情報である。
E 本件書類Fについて 本件書類Fは、広告媒体別の広告効果を把握し得るマックスファームの内部資料で、広告計画決定に役立つものであって、当該情報は、マックスファームの事業活動に使用、利用されていたのであり、営業効率の改善においてマックスファームの競業者にとって有用な情報である。
(三) 非公知性 本件各書類はマックスファーム及び原告の管理下以外では一般的に入手できないものである。
(被告の主張) (一) 営業秘密として保護されるべき財産的情報は秘密管理性有用性及び非公知性以前の問題として保有者(使用者)自らが開発し保有し、使用者が被用者に開示した財産的情報でなくてはならない。それゆえ、被用者が過去の一般的知識、経験、技能から思索して作成した文書等については、職務上作成したものであったとしても、直ちにそれが使用者の保有する財産的情報、いわゆる営業秘密に該当すると解するべきではない。けだし、仮にこのようなものまで営業秘密に含まれるとするなら、不正競争防止法の不正手段には記憶も含まれる場合があり得ることから、被用者は以後これらの文書と同種の思想観念を表示する文書を作成することや、開示ないし使用すること、あるいは使用させることもできなくなり、転職も困難となるのであって、これが職業選択の自由に反することが明らかだからである。
また、仮に当該雇用契約の中で得た知識、経験、技能であったとしても、その被用者の能力、努力によって得られた部分もあるのであるから、同法の「営業秘密」は、特に使用者の発意に基づいたもので、退職後においても明示的に守秘義務を課したような内容のものに限られると解すべきである。
以上の観点からみた場合、そもそも本件各書類のうち、AないしC及びEは過去の経験と知識をもとに被告が整理し、作成したものであり、原告から開示された情報ではないから営業秘密に当たらない。
(二) 秘密管理性 秘密管理とは、営業秘密保有者秘密管理する意図があるかどうか(主観的要件)、当該営業秘密について対外的に漏出させないための客観的に認識できる程度の管理がされているかどうか(客観的基準)、換言すれば、当該営業秘密について被用者・外部者から認識可能な程度に客観的に秘密の管理状態を維持していることを要する。
しかるに、本件各書類はいずれも被告が使用していた机の後ろにあった市販のカラーボックス(戸や鍵はなく、被告専用のものではない。)に他の会社の書類とともに入れてあったものにすぎず、他の書類と区別して管理されていたものでない。
また、従業員からは容易にアクセスできる状態であったし、アクセスした者に特に使用、開示してはならない旨の義務を課すなどの措置も講じられておらず、その旨の指示もなかった。しかも、原告主張の営業秘密の大部分は被告の一般的知識、経験、技能によるもので、秘密管理のしようもないものである。
よって、本件各書類に秘密管理性があるとはいえない。
(三) 有用性 有用性とは、国民経済の発展に役立つ社会的に有用なものでなくてはならず、費用の節約、経営効率の点で有用であるといえるためには汎用性のあるものでなくてはならないのであって、主観的なものでは足りない。本件各書類は、一般的汎用性がなく、他の者がこれを利用したところで有用性がないものばかりである。
@ 本件書類@について 本件書類@は、商品との関係からして当然の項目を羅列しただけの文書であって、格別特殊性があるわけでもない。
A 本件書類Aについて 本件書類Aの内容は、マックスファームのプロモーションビデオに表現されており、第三者は右ビデオによりビデオ製作に関する情報を容易に取得できるのであって、台本自体に固有のノウハウがあるとはいえないし、また商品によってプロモーションビデオの内容が違ってくる以上、台本に汎用性があるわけでもない。さらに、項目のみが記載された台本が効率性や費用の節約をもたらすわけでもない。
B 本件書類B及びCについて 本件書類B及びCは、被告がその一般的知識、経験、技能に基づき後任者のために業務の流れや注意点を書いたものであり、他でそのまま使用できるものではなく、汎用性はない。また他社でもこの程度の作業マニュアル等は持っており、これが他社に流れることによって他社の経営効率が良くなったり、原告の利益を害し公正な競争を阻害するようなものでもない。
C 本件書類Dについて 本件書類Dは、後任者がワープロを覚えるとき試しに作成したものであり、他に流用できるものではないし、被告にとって必要なものでもない。
D 本件書類Eについて 本件書類Eは、被告が各広告媒体への掲載が決定された広告を表組みにし、毎月の月初めから月末まで掲載順にまとめて、被告の業務をスムーズに行うために作成したものであって、広告媒体等が違えば、内容は違ったものになるから、他社においてそのまま使用できるものではなく、汎用性はない。
E 本件書類Fについて 本件書類Fについては、今後の広告計画を立てるときの参考になることもあることは事実であるが、広告媒体や商品との関係もあり、他社における汎用性はない。
(四) 非公知性 本件書類AないしC及びEは被告の一般的知識、技能により作成されたものであり、その余の書類も被告の一般的知識、経験、技能が蓄積されているものばかりである。もとより従業員に守秘義務は何ら課せられていないし、前記のとおり、秘密管理としても不十分で秘密保持もされていない。 よって、本件各書類が非公知のものであるとはいえない。
3 被告が原告在職中に原告との雇用契約上の義務に違反する背任行為を行ったと認められるか。
(原告の主張) (一) 被告は、前記1で主張したとおり、原告在職中にレイナの営業、販売及び広告活動に役立たせる目的で、原告在職中に本件各書類を原告に無断で持ち出し、レイナの広告展開において、原告及びマックスファームの営業秘密が記載された本件各書類を不正に使用し、あるいはレイナに対して不正に開示した。このことは、レイナが広告媒体の選定及び広告内容の点において、マックスファームと同様の広告展開をしていること、被告が原告を退職した翌日からレイナに勤務していることからも明らかである。
(二) 被告は、レイナの広告出広高全体の約三分の一に当たる媒体社分の広告について、原告扱いであったものを右媒体社の直接扱いにするなど、レイナの意を受けて原告在職中に原告に損害を与える目的で原告とレイナとの取引を阻害し、
もってその取引を皆無にし、原告に損害を与えた。また、被告は右行為に前後して、原告を介することなくレイナのために広告媒体の手配を行い、被告とレイナの利益を図ったものである。このことは前記のレイナヘの入社の経緯からも明らかである。
(三) (一)(二)の各行為は、原告との雇用契約上の付随義務である守秘義務あるいは忠実義務に違反する違法な行為である。
(被告の主張) (一) 被告が原告在職中に本件各書類を持ち出したとの点は否認する。原告が営業秘密として主張するものは、その大部分が被告が過去の一般的知識、技能から思索して産み出したものであり、被告の頭の中に蓄積されているものであって、
被告には本件各書類を持ち出す必要性はない。レイナとマックスファームの広告媒体及び広告の内容が類似しているのは、レイナもマックスファームも商品の販売対象者が主として若い女性であり、取扱商品にも共通点があることによるものである。とりわけ、原告における両社の担当者は被告であり、被告が広告に関与すれば、被告の得た過去の一般的知識、技能から、右の点がより近似するのは当然である。したがって、このような被告の頭の中に蓄積された知識等の使用は、営業秘密の不正使用に該当しないし、窃取等不正取得を推認させる理由にもならない。
なお、被告は、原告を退職した後は、企画販売会杜を経営する予定だったが、レイナの代表者及び専務に原告を退職する旨の挨拶をしたところ、右代表者から、景気も良くないから独立するのも危険である、もしよかったら一緒にやって、時期をみて独立したらどうか、と誘われたことから、レイナに勤めることになったにすぎない。
(二) レイナとの取引については、マックスファームの代表者【C】から「マックスファームをとるか、レイナをとるか、はっきりさせてくれ」と強い申出があったことから、被告は、原告代表者に相談し、当時取引高の多いマックスファームを優先し、レイナについては他の広告代理店や直接取引が可能な媒体社に移行させつつ、ポイントとなる部分は被告がアドバイスしていくことになったものであり、何ら背任行為は存しない。
4 原告の損害の有無及び損害額 (原告の主張) (一) レイナからの受注減少による損害 六○○万円 原告におけるレイナの広告に関する利益率は二○%であるところ、被告の不法行為により、原告は平成九年一○月から同年一二月のレイナからの受注広告数が減少し、六○万円以上の損害を被るとともに、同年一二月から平成一〇年五月までの受注がなくなったことにより五四○万円の損害を被った。
(二) マックスファームから値引きを要求されたことによる損害 二八○万円 被告の不法行為により原告の信用は失墜し、原告はマックスファームから値引きを要求され、原告は信用を回復するために要求に応じざるを得なくなった。右値引による逸失利益は、二八○万円を下らない。
(三) マックスファームが原告に対する広告の発注を他の広告代理店に移行したことによる損害 被告の不法行為により原告の信用は失墜し、マックスファームが原告に対する発注分を他の広告代理店に移行させたことにより原告は損害を被った。右逸失利益は、合計で四○○〇万円に上る。
(四) 原告は被告に対し、右各損害のうち一○○○万円を請求する。
(被告の主張) 否認ないし争う。
当裁判所の判断
一 本件各書類の持ち出しについて(争点1、2) 1 原告は、被告が原告在職中に本件各書類を原告に無断で持ち出し、現在もこれを占有している、本件各書類には、原告及びマックスファームの営業秘密が含まれており、被告はこれをレイナのために不正に使用し、あるいはレイナに対して不正に開示していると主張する。
しかしながら、被告が原告在職中に本件各書類を持ち出し、これを現在も占有していることを認めるに足りる証拠はない。
2 まず、原告は、被告が本件各書類を持ち出したことの根拠として、被告の後任者である【E】に本件各書類の存否を確認させた際、同人がその存在を確認できなかったことを挙げている。しかしながら、原告が本件証拠として甲第四ないし第一○号証を提出していることからすると、少なくとも原告の元には本件各書類の原本又は写しのいずれかが存在すると認められるところ、被告が持ち出したという本件各書類が原本と写しのいずれであるかも明らかでない上、そもそも本件各書類について原本以外に写しが作成され、退職まで被告が保管していたことについても明確な証拠はない。しかも本件各書類がないことを【E】が確認したとの点に関する証拠としては、原告代表者の供述があるのみで、【E】の陳述書(甲二一)にはその旨の記載がない上、【E】は平成一○年三月に原告に入社した新入社員であり、被告から引継ぎを受けるまではマックスファームから預かっている書類の種類、部数及び原本と写しの別等については何ら把握していなかったのであるから、
そのような【E】が入社後間もない時期に本件各書類の存否を正確に確認できるとは考え難く、仮に同人から原告代表者に対し本件各書類の存在を確認できなかった旨の報告がなされたとしても、そのことから被告が右書類を持ち出した事実を認めるには足りない。
3 また、原告は、被告がレイナに入社した後のレイナの広告の内容及び広告媒体がマックスファームのそれと類似していることから、被告による本件各書類の持ち出しが推認できると主張する。しかし、そもそも本件書類@及びAは、マックスファームが行う痩身美容に関するモニター受付表(甲四)及びプロモーションビデオの最終稿(甲五)であるが、証拠(乙一五の1ないし3の各1、2、被告本人)によれば、レイナは従来痩身美容を業務としていなかったこと、レイナは被告が本件書類@を持ち出したという時期より前から脱毛関係に関するモニター受付表を作成して使用しており、被告が原告を退社した後も同様のモニター受付表を使用していることが認められるから、本件書類@及びAが、レイナが広告展開をするに当たって参考になるものであるとはいえず、模倣する目的でこれらの書類を持ち出すべき必要性があるとはいい難い。また、証拠(被告本人)によれば、本件書類B及びCは、被告が【E】に業務を引き継ぐ際、【E】のために業務に当たって注意すべき点を口述し、【E】がこれをまとめたものであることが認められるから、これらについても被告がこれをことさら持ち出す必要があるとは認め難い。
4 次に、広告内容が類似していることが本件各書類を持ち出し使用していることの表れであると原告が主張する点については、マックスファームとレイナ(同社の代理店を含む。)のそれぞれの広告の内容が類似しているとはいい難い(甲一六ないし一八、乙一一の1ないし10、一二の1ないし3、一三の1ないし3)上、
そもそも本件各書類の内容は、それを使用することにより広告内容が類似するようなものではない。
5 また、利用している広告媒体が同一であるという点については、本件書類Fは、平成一〇年三月と同年四月の広告についてのレスポンスデータであり、本件書類Eは平成一〇年七月度のマックスファームの広告予定表で、いずれもマックスファームが利用している広告媒体が分かる資料であるが、本件においてこれらのデータがレイナの広告媒体の選択において具体的にどのような影響を及ぼしたかについては不明であるし、レイナが広告媒体としてマックスファームと同一の媒体を選択しているとしても、前記のとおり、両社はいずれもエステサロンを経営し、平成九年春ころ以降は美容健康機器(レーザー脱毛器)のモニター販売を全国展開で行っているのであるから、媒体自体が持つ広告イメージや広告の対象者との関係で広告媒体(広告地域を含む。)が一致するのは避けられないというべきであって、この点も被告による本件各書類の持ち出しの事実を推認する根拠とはならない。
6 以上のことから、被告が本件各書類を原告に無断で不正に持ち出し、かつ現在占有しているとは認められないから、本件各書類に原告若しくはマックスファームの営業秘密が含まれているかについて判断するまでもなく、本件各書類の所有権に基づく返還請求は認められず、原告在職中における本件各書類の不正使用又は開示目的の不正取得による雇用契約違反を理由とする損害賠償請求(民法415条)及び不正取得した本件各書類の使用あるいは開示(不正競争防止法2条1項4号)を理由とする損害賠償請求(同法4条本文)はいずれも理由がない。
二 被告が原告在職中に原告に損害を与える目的でレイナとの取引を減少させ、
レイナの利益を図ったとの点について(争点3) 1 前記第二の一3及び証拠(甲一ないし三、乙三、原告代表者及び被告本人)によれば、原告とレイナとの取引額は平成九年一○月ころまでは順調に推移していたものの、同年一一月ころからその取引額は急に減少していること、特に株式会社アルバイトタイムス(以下「アルバイトタイムス」という。)が扱う「ぱど」(無料配布の情報誌)には、レイナからの広告が多く掲載されていたが、原告経由でアルバイトタイムスへ入稿するレイナの広告原稿は「ぱど泉州版(平成九年一一月二八日号)」を最後になくなっていること、その後原告とレイナとの取引は平成一○年一月二○日発行の中日新聞ROUX一月号の掲載広告分を最後に完全になくなっていることが認められ、一時は月額五○○万円余りの売上げがあったレイナとの取引がわずか数か月の間に全くなくなっているものである。そして、証拠(被告本人)によれば、遅くとも広告掲載日の二か月前ころには、広告原稿を出広する必要があることが認められるから、レイナから原告への出広は平成九年九月ころから大幅に減少し始めたことになる。
2 右の点につき、原告は、レイナとの取引がなくなったのは、被告がレイナの意を受けて、原告に損害を与える目的で意図的に原告とレイナとの取引を阻害したからであり、このことは、被告が、平成一○年一月九日、アルバイトタイムスの【F】とともにレイナを訪れ、レイナからの神戸・泉州地区の広告原稿は、同年二月二七日以降、原告を介することなく直接アルバイトタイムスヘ入稿するとの交渉を行うとともに、それ以外の地区については、レイナグループのDIVA・キャラが大阪の広告代理店を経由して「ぱどFC」を発行する株式会社エルネットへ直接入稿する旨の連絡をしていること、被告が原告を退職した翌日にレイナに入社していることから明らかであると主張する。
一方、被告は、原告とレイナとの取引がなくなった理由につき、被告は、マックスファームの代表者【C】から、「マックスファームをとるか、レイナをとるか」と迫られたことから、原告代表者と相談したところ、レイナとの契約を他の代理店に移すことになり、その方針に従ってレイナとの取引がなくなったものであると主張し、「ぱど」に掲載する広告の出広についてアルバイトタイムスとの交渉に同席した理由については、顧客であったレイナに対するアフターサポートとしてものであると主張する。
3 そこで、検討するに、まず、被告が原告を退職した翌日にレイナに入社したとの事実は、被告とレイナとが密接な関係にあり、退職日までに被告がレイナとの間でレイナヘの入社を合意していた事実を推認させるにすぎず、それを越えて被告がレイナと意を通じて原告に損害を与えるべく背任行為を行ったことまでも裏付けるものであるとはいい難い。また、被告がレイナの広告代理店の移行に関与した事実については、前記のとおり、レイナと原告との取引は平成九年九月末ころには事実上終了していたのであり、被告の前記行動はレイナとの取引終了前後に行われたものであるところ、被告が原告におけるレイナの担当者であったことからすれば、顧客であったレイナに対するアフターサポートとして被告が右のような行動をとることは十分に理解できるものであり、右行動をもって被告が原告とレイナとの取引を積極的に阻害したとまでいうことはできない。そもそも被告が原告主張のような背任行為に及ぶ合理的理由はなく、レイナからみても原告に損害を与える目的で被告と共謀して広告代理店を原告から他社に変更しなければならない特段の理由があったとも認められない。なお、被告が、マックスファームの元従業員であった者にレイナへの入社を勧めた事実は、被告もこれを争わないが、証拠(乙一六、被告本人)によれば、被告は元従業員から相談を受けてレイナを紹介したにすぎないと認められるから、右事実から被告にレイナの利益を図る意図があったということもできない。
4 加えて、証拠(甲一、一一の1、2、一九、二〇の1、2、原告代表者)によれば、レイナに関する売上伝票は原告代表者及びその妻を含めた原告の複数の従業員の確認あるいは決裁を経ており、それに基づき得意先元帳も作成されているほか、毎月開催される営業全体会議には、当月の売上・入金・収支実績表と個人別実績表及び翌月の計画表、個人別営業計画が表にまとめられて提出されていたことが認められるところ、右事実からすれば、原告代表者は原告の取引高の全体の趨勢のみならず個人別営業計画によりレイナとの取引に関する計画を知ることができたことになる。このような状況下において、原告代表者にすぐ判明するような背任行為を被告が公然と行うとは通常考え難い。この点に関し、原告代表者は、レイナとの取引が減少し、なくなったことは被告が退職した後に初めて知ったと供述するが、右認定事実に照らし採用できない。
5 以上のことから、被告が原告在職中に原告に損害を与える目的で原告とレイナとの取引を減少させたものとは認められないので、被告の背任行為による雇用契約上の忠実義務違反に基づく損害賠償請求は理由がない。
結論
以上判示したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 野田武明
裁判官 橋本都月
裁判官 富岡貴美