関連ワード | 類似性(類似) / 観念 / 記憶 / 差止請求(差止) / 代理人 / 代表者 / 秘密管理(秘密管理性) / 秘密として管理 / 有用性 / 非公知性 / 営業秘密 / 虚偽の事実 / |
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事件 |
平成
11年
(ワ)
19224号
不正競争営業行為差止請求事件
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原告 株式会社セノン右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 高井和伸 被告 株式会社コアズオートサービス右代表者代表取締役 【B】 右訴訟代理人弁護士 高城俊郎 同 小池敏彦 同 鈴木洋子 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2000/12/07 |
権利種別 | 不正競争 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
一 原告の請求を棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の請求
被告は、本判決確定の日から一年間、別紙一記載の原告の契約先に対して、 別紙二の契約内容一覧表及び別紙三の管理車両&運転者一覧表を使用して、車両運行管理業務の請負に関する営業活動をしてはならない。 |
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事案の概要
原告は、警備業務、車両運行管理業務等を目的とする会社であり、被告は、 社用車、スクールバス等の運行管理請負等を目的とする会社である。 本件において、原告は、被告が原告の前代表者らから原告の営業秘密を不正に取得し、これを利用して営業活動をしていると主張して、不正競争防止法2条1項4号、3条1項に基づき、営業行為の差止めを求めている。 一 当事者間に争いのない事実 1(当事者) 原告は、警備業務、ビルメンテナンス業務、車両運行管理業務等を目的とする株式会社である。 被告は、社用車、スクールバス等の運行管理請負及び保守、修理、保管に関する業務等を目的とする株式会社である。 2(東京城西支社の概要) 原告会社の東京城西支社(以下、単に「城西支社」という。)は、車両運行管理業務(エサックス業務)専属の支社である。その業務内容は、顧客の車両に原告会社の運転手を乗務させて運行するものであるが、同時に自動車、その他の車両の保守、修理、保険、保管も伴うものである。城西支社には、事務職が一一名(うち営業担当は三名)、運転手約二〇〇名が勤務している。 3(関係者) 【B】(以下「【B】」という。)は、平成二年四月原告会社の専務取締役エサックス事業部長に就任し、同六年六月代表取締役社長となり、同一〇年七月原告会社を退社した。 【C】(以下「【C】」という。)は、原告会社の元従業員であり、平成八年九月から城西支社営業課長、同九年一二月から本社エサックス事業部営業課長、同一〇年五月から城西支社運行管理部課長を務めていたが、同一一年一月一五日原告会社を退社した。 4(被告会社) 被告会社は、平成一〇年一〇月に設立され、【B】はその代表者に就任している。【C】は、現在被告会社に勤務している。 5(本件の対象となる情報) 契約内容一覧表(別紙二。以下「本件情報一」という。)、管理車両&運転者一覧表(別紙三。以下「本件情報二」という。)は、原告会社が作成し、保有している情報である(両者を合わせて、以下「本件情報」という。)。 二 争点 1 原告の請求は、請求の趣旨としての特定を欠き不適法なものか。 2 原告が保有する本件情報は営業秘密に当たるか。 3 【C】は、原告会社に在職中本件情報を不正に取得し、被告はこれを利用して営業活動をしているか。 三 争点に関する当事者の主張 1 争点1(請求の趣旨の特定)について (被告の主張) 原告の請求の趣旨は「本件情報を使用しての営業活動をしてはならない」というものと解釈できるが、具体的にいかなる行為の差止めを求めるのか理解不能である。原告の主張によれば、本件情報一は原告の特定の顧客の契約内容を一覧表としたものであり、本件情報二は同様に原告の特定の顧客の車両及び運転者の一覧表であるから、被告がこれを顧客になろうとする者に示して営業活動をすることはあり得ない。原告の意図が、右のように「本件情報を顧客に示して営業活動をしてはならない」というのであれば、その旨を明記すべきであるし、「本件情報を基に営業活動をしてはならない」という趣旨であれば、例えば、本件情報を記載した一覧表の廃棄を求めるように実現可能な請求としなければならない。 本件情報を記載した「一覧表を使用する」という態様には、@ これを顧客に示すこと、A 一覧表の内容を了解してこれと対比した見積書を作成すること、B 一覧表の内容を記憶してその顧客に比較提案をすること、その他千差万別のものが考えられ、そのうちのどれを指すのかが特定されていない。 仮に、右の一切の態様を指すのであれば、「一覧表の内容を了解、記憶したこと」を利用するという態様をも含むことになり、被告関係者の記憶を消し去り、忘却するのでなければ訴訟の目的が達せられないことになるが、それは実現不可能である。要するに、原告の求める請求の趣旨は、判決において実現不可能な内容であり、紛争解決を目的とする民事訴訟制度の目的に合致しないばかりか、判決主文の不明確さによる紛争の拡大を招くものであって、請求としての特定を欠き不適法である。 (原告の主張) 原告の請求は、【C】が原告会社に在職中に担当した契約先に対し、同人が担当しその具体的内容を熟知している本件情報を用いての営業の禁止を求める内容であって、請求の趣旨として具体的に特定されている。 被告は、営業資料の廃棄といった具体的な請求の趣旨とすべきであると主張するが、【C】が熟知している記憶を消し去ることはできない以上、直接的に個々の契約先を奪うような営業活動を特定して禁止するほか、他に有効な請求の内容はないというべきである。 そもそも、自動車(特に乗用車)の運行管理を契約内容とする場合、その内容は千差万別であるという業界の実情からも、原告の求める請求の趣旨で特定は十分である。 2 争点2(営業秘密性)について (原告の主張) 本件情報は、以下のとおり、不正競争防止法2条4項の「営業秘密」の要件を満たしている。 (一) 秘密管理性 本件情報は、社外秘として扱われ、その紙媒体には「マル秘」「社外 秘」の印が押されている。また、右紙媒体は、営業担当者と支社長のみに配布され、配布時には社外持ち出し及び複写等は厳禁である旨申し伝えられている。そして、一か月ごとに情報の内容が更新される度に古い書類はシュレッダーで裁断処理する慣例になっている。 原紙データはパソコンで管理されており、本件情報自体はフロッピーディスクに保存されて、それを見るにはパスワードが必要である。 さらに、朝礼時には定期的に書類の保管管理の徹底が指導されているほか、従業員は入社時に営業上の秘密を守る旨の誓約書を提出することが義務づけられている。 (二) 有用性 本件情報一は、契約先のみならず、その担当者、基本管理料、日数、時間、契約満了日等の内容を含み、原告会社の営業管理上不可欠な情報である。 本件情報二は、原告会社が契約先に対してどのような車、サービスを提供するかという内容で、基本管理料の計算の基礎となるものとして、営業管理上不可欠な情報である。 (三) 非公知性 本件情報は、前記のとおり厳重に管理されており、原告会社の従業員以外の不特定人に知られていない。 (被告の主張) 本件情報は、以下のとおり、「営業秘密」の要件を満たさない。 (一) 秘密管理性 原告会社において、日ごろから本件情報が秘密として扱われていること、本件情報を記載した紙媒体(甲九、一〇号証として提出されているものを除く。)に「マル秘」「社外秘」の印が押捺されていること、右紙媒体が営業担当者と支社長のみに配布されていることは否認する。右紙媒体は、運行管理部長及び本社事業部にも配布されており、事務職員でも必要に応じて随時その内容を確認することができるようになっていた。 本件情報を記載した紙媒体に関し、配布時に社外持ち出し及び複写等について厳禁であることが申し伝えられていることは、否認する。新しい書類を配布する際に古い書類をシュレッダーで裁断処理することが慣例となっていたことは認めるが、本件情報のほか、例えば見積書の書き損じ等社名や数字が記載されているものについても広くシュレッダーが使用されていた。 本件情報がパソコンで管理され、フロッピーディスクに保存されていることは認めるが、それを見るためにパスワードが必要であることは否認する。原告がパスワードであると主張するものは、パソコンのシステムを起動させる際に入力する「JYOSAI」という文字にすぎず、しかも、その文字はパソコンのモニターの脇に書いてあり、誰でも目にすることができるものである。 朝礼時に定期的に保管管理の徹底が指導されていること、入社時に誓約書の提出が義務づけられていることは否認する。原告主張の誓約書は、就業規則等を守り、誠実に勤務することとともに、業務上知り得た秘密をもらさないこと等を抽象的にうたったものにすぎず、原告が営業秘密であると主張する本件情報に言及したものではない。 (二) 有用性 本件情報が原告主張の内容を含むこと、これがあれば日常の営業に便利であり、なければ不便であるという限度で営業管理上不可欠であることは認める。 しかし、不可欠であることと有用性が認められるかは別次元の問題であり、別の観念である。 本件情報は、営業のマニュアルでもなく、個々の契約等の情報源から拾ったものをまとめた表計算のシートにすぎない。その作成に当たっても格別のノウハウを要するものとは思われず、仮にデータを消去しても特段の困難なく再生することができるから、法的保護に値する有用性は認められない。 (三) 非公知性 本件情報が公然と知られていないものであることは、否認する。 本件情報については、通常の管理がされているにすぎないが、本件情報一の契約先については、そのほとんどが原告会社が発行する経歴書(甲三)の「主な得意先」欄に含まれており、原告自らが公表している。 また、基本管理料、車種、サービス内容等については、同業者で業務内容を知っていれば、おおよその予想は可能であり、担当者、契約満了日等についても、まさに通常の営業活動において顧客との対応の中で判明し得る事項である。 3 争点3(不正競争行為)について (原告の主張) (一) 【C】による本件情報の不正取得 以下の事実に照らせば、【C】が原告会社に在職中本件情報を不正に取得して、被告会社に持ち込んだものと認められる。 (1) 【C】が被告会社の設立後間もない平成一一年一月に原告会社を退社していること (2) その退職の過程において、以前勤めていた会社に戻る旨虚偽の事実を述べていること (3) 【C】が原告会社に在職していた当時のポストからみて、城西支社に関する資料を入手することは容易であったこと (4) 【C】は、被告会社が設立された直後で自分が退職する直前の平成一〇年一二月上旬数回にわたり被告会社に電話やファックスを入れていること。 その際人目を避けるため早朝に出勤していること (5) 【C】は、同年一一月ころ、原告会社の関連企業である株式会社エサックスの営業車両(別名グリーンナンバー車両)の契約金額等を調査するため同社を訪問し、関係書類の閲覧を申し込んだが、かねてから被告会社への移籍が噂されていたため、疑われて閲覧を拒否されるという出来事があったこと (6) しかもその際に、【C】は、「原告会社を退社後被告会社に行くのか。」と尋ねられ、「決してそのような会社には行きません。」と答えていること (二) 【B】による本件情報一の所持 原告会社と同業の株式会社トーケイの代表者であった【D】(以下「【D】」という。)は、平成一〇年一二月【B】が本件情報一の記載された用紙を机の引き出しから取り出すところを目撃している。 (三) 被告による本件情報の使用 被告は、不正に取得した本件情報を使用して営業をしている。 このことは、次の事実から明らかである。 (1) 被告会社が原告会社と同種の営業活動(自動車及びその他の車両運行管理業務の請負契約の獲得)をしていること (2) 被告会社は、原告会社の請負金額をわずかに下回る見積もりの金額を顧客に提出していること (3) 被告会社の営業は「システム内容と設計」という資料をはじめ、 原告のノウハウによって行われていること (4) 被告会社の見積書の書式、内容、項目は、原告会社のものと酷似していること(なお、原告、被告以外の同業他社の見積書等の営業資料は全く異なる書式である。) (5) 被告会社の営業先は城西支社等の原告会社の契約先であること そして、その中には、【C】が担当していた顧客(別紙一に記載されている事業所等)のうち、アンリツ株式会社、サッポロビール株式会社、シナネン株式会社、株式会社ピープル、中庄株式会社、日本ポリウレタン工業株式会社、日本紙パルプ商事株式会社が含まれている。 (四) 原告の損害 被告が不正に取得した本件情報を使用してダンピングをすることにより、原告会社の顧客が被告会社に移っている。その一例として株式会社ピープル(以下「ピープル」という。)のフライツアィト新百合ヶ丘が挙げられる。この事業所は原告会社の契約先であったが、被告会社のダンピングにより原告会社との契約は平成一一年七月三一日をもって終了し、同年八月一日からは被告会社が業務を受託することになった。 また、被告会社のダンピングにより、原告会社は契約先から契約更新時に請負金額の値下げを要求されている。のみならず、中途の契約変更による料金値下げに応じざるを得ない場合も出てきている。 被告会社による不公正な営業は現在も続いているところ、それを一年間止めることができれば、原告会社としても防御策を講じることができる。 (五) まとめ 被告は、原告の営業秘密を不正に取得し、かつそれを使用して原告に損害を与えているから、その行為は不正競争防止法2条1項4号に該当する。 よって、原告は、同法3条1項に基づき、被告会社がする別紙一記載の原告会社の契約先に対する本件情報を使用しての営業活動を、本判決確定の日から一年間差し止めることを求める。 (被告の主張) (一) 原告主張の【C】の行動について 仮に、原告が主張する各事実が認められるとしても、そのころから【C】が本件情報を不正に社外に持ち出した旨を推論することはできない。 また、個々の事実についても、次のとおり反論が可能である。 (3)については、本件情報は通常の書類として管理されていたから、 【C】以外の従業員でも入手可能であった。 (4)については、【C】が被告会社に電話やファックスを入れていることは認めるが、同人は午前七時台に出勤するのが長年の習慣となっており、平成一〇年一二月ころもそうであったにすぎない。電話等をした用向きも、個人的に親しい【E】宛ての私用であり、ファックスの送信時間は約一分である。そのような短時間で、原告が営業秘密であると主張する本件情報の記載された用紙を送信することは不可能である。 (5)、(6)については、【C】が株式会社エサックスを訪問したことは認めるが、その余は否認する。 【C】は、ある区議会議員の選挙活動用の車両運行の案件につき、相談等をするため、上司の指示により同社を訪問したものである。 (二) 原告主張の【B】の行動について 【B】が本件情報一の記載された用紙を持っているところを【D】が目撃したことは、否認する。 【D】は、株式会社トーケイの取締役の職を解任された後、【B】を訪ね、被告会社の親会社に当たる株式会社コアズに相応の地位を持って自分を迎え入れてほしい旨要請したが、【B】が右要請を断ったことを逆恨みしていたものであり、その供述の信用性には多大な疑問がある。 (三) 被告の営業活動について 被告が不正に取得した本件情報を使用して営業活動をしていることは、 否認する。 そして、原告が指摘する個々の事実については、次のとおり反論する。 (2)については、被告会社の見積りは原告会社のそれを下回るが、いずれもわずかに下回っているものではない。 (3)は否認する。 (4)について、被告会社の見積書の書式等が原告会社のものと似ていることは認めるが、原告、被告以外の同業他社の見積書等が全く異なることは否認する。 (5)について、被告会社の営業活動先が城西支社等の顧客のみであることは否認する。原告が指摘する営業先は、中庄株式会社を除き、認める。 (四) 原告の損害について 原告の主張はいずれも否認する。被告会社は後発業者であるが、顧客を獲得しつつあるのは、より低廉で良質なサービスを提供できるように綿密なコスト計算を繰り返し行い、原価計算の方法を作り直しているからである。もとより、被告会社は利益も十分確保しており、そもそも開業当初から利益を無視していきなりダンピングするような業者は存在しない。 ピープルのフライツァイト新百合ヶ丘についていえば、平成一一年八月一日から被告会社が業務を受託しているが、これはピープル側の選択によるものである。すなわち、同社は、車両運行管理業務を三、四社に分割して請け負わせたり、業者のサービス内容を競わせるという方針を打ち出し、自ら業者に料金を提示したので、被告会社はその価格を受け入れたにすぎない。ピープルと被告会社との交渉は、【C】が入社する以前に完了しており、【C】の入手した情報に基づき被告会社が営業した結果であるという原告の主張は成り立たない。 原告会社が契約先から料金の値下げを要請されていることは、契約先企業において企業努力として経費節減に努めているというだけのことである。 |
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当裁判所の判断
一 争点1(請求の趣旨の特定)について 本訴における原告の請求の趣旨は、前記「原告の請求」欄に記載したとおりであるところ、その内容は、被告に対し本件情報を使用して営業活動をすることの差止めを求めるものとして、一義的に明確であるというべきである。 したがって、請求の趣旨の特定を欠くことを理由に本件訴えの却下を求める被告の主張は、理由がない。 二 争点2(営業秘密性)について 1 証拠(甲九、一〇、一八、二五、二八、五四、乙一、四、五、証人【F】、同【G】、同【C】)によれば、次の事実が認められる。 (一) 本件情報一は、城西支社の作成に係るその顧客に関する契約内容一覧表及び車両変動状況表であり、本件情報二は、本社エサックス事業部の作成に係る管理車両及び運転者一覧表であり、神奈川支社と城西支社の顧客に関するものである。そして、両者ともバスと乗用車の二つに区分されている。 本件情報一は、城西支社においてパソコンのハードディスク内に磁気情報として保存されるほか(バックアップのためフロッピーディスクにも保存されている。)、A4版の大きさの紙媒体(甲九)としても存在していた。本件情報二は、エサックス事業部においてパソコンのハードディスク内に磁気情報として保存されるほか、B4版の大きさの紙媒体(甲一〇)としても存在していた。 (二) 本件情報一の紙媒体(以下「紙情報一」という。)は、城西支社において支社長、エサックス部運行管理部長及び営業担当者三名に配布されており、 【C】も城西支社に在籍中は職務上その配布を受けていた。本件情報一は、主に営業担当者が顧客との交渉の際の下資料として用いていたが、運行の担当者が仕事上の必要から本件情報一の内容を聞きに来ることもあった。その際には、各営業担当者は口頭でそれを教えていた。 本件情報二の紙媒体(以下「紙情報二」という。)は城西支社にも送付され、城西支社においては担当の女性社員の机の上のファイルに保管されていた。 紙情報二については、各営業担当者には写しが配布されておらず、必要に応じて右ファイルを閲覧するようになっていた。 なお、本件情報一の内容については毎月更新されており、更新される度に古い書類はシュレッダーで廃棄される取扱いになっていた。 (三) 本件訴訟において書証として提出されている紙情報一(甲九)については、各頁に「マル秘」の印が押捺されている。これに対して、平成一〇年八月一日現在の神奈川支社エサックス部のバスに関する契約内容一覧表(甲一二の8)、同年九月三〇日現在の城西支社の乗用車に関する契約内容一覧表(甲五五)には、同種の書類であるのに「マル秘」の印は押捺されていない。 (四) 本件情報一は前記のとおり、パソコンのハードディスク内に保存されていたが、パソコンのシステムを起動する際に「JYOSAI」の文字を入力するほか、右情報にアクセスするため必要なパスワード等は設定されていなかった。 しかも、右「JYOSAI」の文字は、パソコンを操作する者に分かるように画面の脇に貼られていた。そのため、パソコンの担当者等本件情報一の作成・更新の業務に携わっている者でなくても、フォルダーの中味を検索するなどして時間と手間をかければ、パソコン内にある本件情報一を発見することは可能な状態にあった。 (五) 原告会社の従業員は、入社時に誓約書を提出する扱いになっており、その中には「会社業務上の機密をもらさないこと」がうたわれていた。その他、平成八年一一月一五日付けで「機密保持の徹底について」と題する管理本部長名の通知が発出されていたが、それ以外に、本件情報について特に管理を徹底すべきことを指示する内容の文書は残っていない。 (六) 本件情報一のもとになるデータは、各顧客との間の契約書であり、 この契約書は城西支社で別途保管されていた。したがって、万一、本件情報一が失われても、その内容を復元することは可能であった。 本件情報の内容に関し、契約先である顧客については大半が原告会社の発行する経歴書(甲三)の「主な得意先」欄に記載され、公表されている。 また、基本管理料、車種、サービス内容等の個々の項目については、同業者であればおおよそその内容は見当がつく性質の情報であり、個々の営業活動において顧客から聞き出したり、逆に顧客が他社の見積りを見せて交渉することも広く行われている。 2 一般に、不正競争防止法2条4項にいう「秘密として管理されている」ことの要件としては、@ 当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていることや、A 当該情報にアクセスできる者が限定されていることが必要である。 これを本件についてみるに、右認定の事実によれば、本件情報については、営業担当者のみならず、運行の担当者その他原告会社の従業員であれば、これにアクセスできる状況にあったと評価できる。証人【F】、同【G】は、本件情報の管理に関し、城西支社及び本社エサックス事業部においては、紙情報一、同二をそれぞれ施錠された金庫に保管していた旨証言するが、仮にこの証言が真実であるとしても、前示認定のように城西支社において紙情報一は営業担当者に配布され、 紙情報二は机の上のファイルに収納されていたのであるから、本件情報へのアクセスが制限されていたと評価するには程遠いというべきである。パソコン内の本件情報一についても、アクセスを制限する意味でのパスワードが設定されていたということはできないから、同様にアクセスが制限されていたと評価することはできない。 また、右1(三)の事実によれば、紙情報一、同二に平成一〇年一一月当時「マル秘」の印が押捺されていたことにも疑念を挾む余地があり、被告の指摘するように本件訴訟のために後から右の印を押した可能性を否定できないというべきである。したがって、紙情報一、同二に営業秘密であることを示す標識が付されていたことも十分に証明されていないと言わざるを得ない。 3 さらに、本件情報の内容のうち、顧客名については原告会社自らが公表しているのであるから非公知性は失われているし、それ以外の基本管理料等の項目については、これらをまとめた資料があれば便利であるが、なくても別の方法で取得することは可能であって、営業秘密であるための要件としての有用性までは認められないというべきである。 4 右によれば、本件情報は他の社内向けの文書と大差のない状態で管理されていたというほかはなく、秘密として管理されていたものと認めることはできない。 三 争点3(不正競争行為)について 1 前示二の認定判断によれば、原告の請求は既に理由がないが、念のため被告による不正競争行為の有無について判断する。 証拠(甲一二の4ないし7、一三の1、2、二〇、二一の2、3、三二、 三八ないし四〇、四五、四六、四九、五七、乙三ないし五、証人【F】、同【G】、同【C】、被告代表者)及び前記当事者間に争いのない事実を総合すると、次の事実を認めることができる。 (一) 【C】は、平成一〇年一二月一〇日に同一一年一月一五日付けで原告会社を退職する旨の退職届(甲三九)を提出した。しかし、この届は様式及び手続の両面で不備があったため、【C】は同一一年一月六日付けで正式の退職願(甲四〇)を提出し、同月一五日付けで退社が承認された。そして、その後【C】は被告会社に入社した。なお、【C】は、平成一〇年一二月一四日ころまでは残務整理等のため城西支社に出社していた。 【C】は、城西支社の【F】支社長(当時)に対し、退職の理由として、以前に勤めていた会社の社長から復帰を要請されたためと真実と異なる事実を述べたが、それは、右当時、原告会社では競合する会社として被告会社の営業活動を警戒する向きがあり、被告会社に入社すると説明すればボーナスや退職金の支給を受けられなくなると判断したためであった。 (二) 【C】は、原告会社に在職中、本件情報を顧客との間の契約更改又は値下げの交渉の際の下資料として用いたことがあり、紙情報一については配布を受け自ら保管していた。【C】は、原告会社を退社する際に、【H】運行管理部長(当時)の目の前で自分が保管していた紙情報一をシュレッダーにかけて廃棄した。 (三) 【C】は、平成一〇年一一月ころ、城西支社に持ち込まれた区議会議員の選挙活動用の車両の運行業務の案件に関し、それが特定旅客自動車運送事業(通称グリーンナンバー)に該当するか、該当するとすれば右事業の免許を有しない原告会社では対応できないので右顧客を紹介してよいかを確認するため、【H】運行管理部長の指示により、株式会社エサックスを訪問したことがあった。 しかし、担当者が終日不在であり、他に事情が分かる者もいないということであったので、【C】は、右案件を株式会社エサックスに紹介する際に支障がないか、具体的には同社が免許を受けている地域内に右議員の選挙区が含まれているかを確認する目的で、同社の定款の閲覧を申し込んだ。 ところが、同社の社長の【I】から原告会社を辞める人間には定款を見せられないなどの嫌がらせを受けたため、【C】は定款を見ることができなかった。 (四) 【C】は、平成一〇年一二月初旬、数回にわたり、被告会社に電話をかけ、かつて原告会社に在籍し、当時既に被告会社に移籍していた【E】(【B】の息子)に電話をした。また、同月七日の午前七時一二分ころ約一分にわたりファックスで文書を送信した。なお、【C】は、原告会社在職中は午前七時台の早い時間に出勤する習慣があり、その日も普段の日に比べ特に早く出勤したわけではなかった。 (五) 車両運行管理の請負契約に関する見積書を、原告会社と被告会社で比較すると、@書式全般、A基本管理料に含まれる項目か否かを○印と×印で表わした表、B特記事項、C支払方法の記載欄に至るまで類似している。 他方、右見積書を同業他社である大新東株式会社の見積書と比較すると、C支払方法の欄を除いて類似している。 一般に、車両運行管理の請負代金を決める際には、日数、基本キロ数、 超過料、拘束時間など見積書に含まれる個々の要素が考慮されている。右項目の具体的な数字は、顧客との商談においてその要望を聞きながら一つ一つ交渉して詰めていくことになる。また、その際に顧客が他社との契約に関する見積書等を示して、「これより安くならないか。同じような項目で見積りを出してほしい。」というような希望を述べることもしばしば行われている。なお、顧客の中には、見積書等を示す際に会社名を伏せずにそのまま示す者もある。 (六) 被告会社の営業先は日本全国の約四〇〇社にのぼる。その中には、 ピープルのフライツアィト新百合ヶ丘が含まれているが、ピープルは、【B】が株式会社エサックスの前身である極東オートサービス株式会社の営業部長をしていたころから付き合いのある顧客であり、同社との交渉は被告会社の設立直後に見積りを依頼されたことによって始まり、【C】が入社する以前に既に完了していた。 (七) 【D】は、車両運行管理業を目的とする株式会社トーケイの代表者であり、原告会社も加盟している社団法人日本自家用自動車管理業協会の理事でもあったが、平成一〇年七月二五日右会社の取締役の職を解任され、同年一一月ころ右協会理事の職を辞任した。 【D】は、同年一一月下旬ころから数回にわたって【B】に面会を申し入れ、被告会社の親会社である株式会社コアズの警備部門に自分を迎え入れるよう紹介してほしい旨要請した。【B】は、【D】の右希望を株式会社コアズの【J】東京事業本部長に伝え、【J】は【D】と面接をしたが、最終的には株式会社トーケイの代表者を務めていた人物を一従業員して採用することはできないという理由で、株式会社コアズは【D】の採用を断った。 【B】は、右の結果を【D】に伝えるとともに、どうしても株式会社コアズに入社したいのであれば月収二〇万円の顧問という処遇になる旨の話をしたところ、【D】は不満そうな顔をして「考えさせてくれ。」と答えた。その後、 【D】と【B】との連絡は途絶えている。 2 右認定の事実を前提に判断するに、【C】は原告会社を退社後間もなく被告会社に入社していること、【C】は原告会社に在職中本件情報を取り扱っていたことは認められるが、それ以外に原告主張のように【C】が本件情報を不正に取得したことをうかがわせる事情は認められず、他方、前示認定のとおり本件情報には不正な手段を用いて入手するだけの有用性は認められないこと、被告会社の営業先には原告会社の顧客以外の事業所も相当数含まれていることからすれば、【C】が本件情報を不正に取得した事実を認めるに足りないというべきである。 なお、平成一〇年一二月七日早朝の【C】から被告会社へのファックス送信については、送信時間が約一分と短時間であることから、これをもって紙情報一(一二枚)、同二(九枚)の送信とみるのは困難である。 3 原告は、【D】が平成一〇年一二月被告会社の事務所において【B】が本件情報一の記載された用紙を所持している場面を目撃した旨主張し、【D】作成の上申書(甲三一)や手紙(甲五八)には、平成一〇年一二月中旬ころ【B】から厚さ約一センチ、紙のサイズA4版の原告会社の顧客名簿を見せてもらったという趣旨の記載がある。 しかし、右1(七)認定の事実によれば、【D】は【B】に対し悪感情を抱いていたと認められる上、被告代表者【B】は当法廷において、【D】の指摘に係る本件情報を記載した書類は一切持っていない旨供述していることに照らせば、 右上申書等の記載を直ちに措信することはできず、他に【B】が本件情報を不正に取得したことを認めるに足りる証拠はない。 4 右によれば、被告による本件情報の不正取得の事実は、認められない。 四 まとめ 以上によれば、原告の請求は、営業秘密性、不正競争行為のいずれの点においても理由がない。よって、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 和久田道雄 |
裁判官 | 田中孝一 |