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事件 平成 10年 (ネ) 5656号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 モンサンミッシェル株式会社右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 鈴木武志
同 浅田哲
同 笠松未季右補佐人弁理士 【B】
被控訴人 日発販売株式会社 右代表者代表取締役 【C】 右訴訟代理人弁護士 松尾翼
同 奥野久
同 森田貴英
同 村上義弘
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2000/01/25
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 控訴人の当審における新請求を棄却する。
新訴に関する訴訟費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 控訴人 被控訴人は、控訴人に対し、金一二六〇万円及びこれに対する平成九年九月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
新訴に関する訴訟費用は、被控訴人の負担とする。
仮執行の宣言二 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
一 当事者間に争いのない事実1 控訴人は、撥水剤等の製造、販売及び輸出入を目的とする会社である。
2 控訴人と被控訴人は、平成八年七月一〇日、別紙商品目録一記載の商品(商品名「スーパーレインカット」。以下「本件商品(一)」という。)の商品の取引について、別紙覚書要旨及び「取引に関する詳細事項(覚書別紙)」要旨のとおり合意(以下「本件契約(一)」という。)し、被控訴人において、控訴人から本件商品(一)を購入し、これを第三者に販売することとなった。
3 被控訴人は、同年一二月ころ、モルエンジニアリング株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、同社が製造する別紙商品目録二記載の商品(商品名「レインバスター」。以下「本件商品(二)」という。)を、被控訴人が訴外会社から購入して、第三者に販売する旨の契約(以下「本件契約(二)」という。)を締結したうえ、そのころから、本件商品(二)を第三者に販売し始めた。
二 控訴人の主張の要点1 不法行為に基づく損害賠償請求(一) 控訴人は、平成八年一二月当時、本件商品(一)に使用されている撥水処理方法に係る発明について特許出願中であり、いまだ特許権を取得してはいなかったものの、右撥水処理方法は、控訴人の事業活動に有用な技術上、営業上の秘密情報であったものであり、控訴人は、既に、本件商品(一)の製造販売体制を確立したうえ、多数の取引先にこれを販売しており、右撥水処理方法に係る秘密情報を保有することによって経済的利益を享受していた。
(二) 被控訴人は、控訴人に無断で、本件商品(一)と極度に類似する本件商品(二)を販売して、故意に、控訴人の右経済的利益を侵害したのであるから、被控訴人は、控訴人に対して、民法709条による不法行為に基づく損害賠償責任を負わなければならない。
(三) 控訴人が被った損害の額は、被控訴人に侵害行為がなく、本件契約(一)が継続していたとすれば控訴人が得ることのできた利益、すなわち、一セット当たりの控訴人の利益額に、被控訴人が訴外会社から本件商品(二)を購入した数量を乗じたものである。一セット当たりの控訴人の利益額は、七万二〇〇〇円であり、被控訴人は、訴外会社から、本件商品(二)を一七五セット購入していたから、控訴人の損害額は、一二六〇万円(七万二〇〇〇円×一七五セット)となる。
2 不正競争防止法2条1項1号に基づく損害賠償請求(一) 控訴人は、平成八年初めから、「スーパーレインカット」という商標(以下「本件商標(一)」という。)を使用して、本件商品(一)を、四国地方、中国地方を皮切りとして全国規摸で販売していたので、本件商標(一)は、遅くとも平成八年一一月の時点で、取引者、需要者の間において広く認識されるに至っていた。
(二) 被控訴人は、平成八年一一月から、当初、本件商標(一)を使用して本件商品(一)を販売していたのが、その後、「レインバスター」との商標(以下「本件商標(二)」という。)を使用して、本件商品(一)と競合する本件商品(二)の販売を行うに至った。
本件商標(一)の「スーパーレインカット」の語句と、本件商標(二)の「レインバスター」の語句とは、その主要部分である「レイン」の語が一致し、また、「遮断する、切断する」という意味を有する「カット」と、「破滅させる、打ち壊す(者)」という意味を有する「バスター」とが「レイン(雨)」の語を伴っているので、「雨を遮る」という観念として一致している。したがって、本件商標(一)と本件商標(二)とは類似する。
(三) 被控訴人は、本件商標(一)を使用して本件商品(一)の、及び、本件商標(二)を使用して本件商品(二)の各販売行為を行ったことによって、取引者、需要者の間において、商品自体あるいは営業の主体が同一であるとの誤認混同を生じさせた。
(四) よって、被控訴人の右行為は、不正競争防止法2条1項1号にいう「不正競争」行為に該当する。
(五) 被控訴人は、故意又は過失により右行為を行い、控訴人の営業上の利益侵害したものであるから、控訴人は、被控訴人に対し、損害賠償請求権を有し、その損害の額は前出の一二六〇万円である。
3 不正競争防止法2条1項5号に基づく損害賠償請求(一) 本件商品(一)に使用されている撥水処理方法は、控訴人の事業活動に有用な技術上、営業上の情報であり、しかも、平成八年一一月以前から、控訴人の会社内で、従業員からも、外部の者からも客観的に管理されている状態に置かれ、秘密の情報とされていた。
(二) 訴外会社は、右撥水処理方法に係る営業秘密を不正に取得した。
すなわち、訴外会社の代表者の【D】(以下「【D】」という。)は、控訴人の取締役である立場を利用して、横領・背任等の刑事罰法規に抵触する行為ないし社会通念上これと同視しうる程度の高度の違法性が認められる行為によって、控訴人から、本件商品(一)の営業秘密を取得した。
被控訴人は、控訴人との間で、本件契約(一)を締結していたのであるから、訴外会社が、本件商品(一)と実質的に同一の競合商品である本件商品(二)を取り扱っている以上、訴外会社が控訴人から前記営業秘密を不正に取得していたものと認識し得たはずである。仮に被控訴人が右事実を知らなかったとしても、被控訴人には重大な過失がある。
(三) よって、被控訴人は、本件商品(一)にかかる営業秘密について、訴外会社の不正取得行為が介在したことを知って、もしくは、重大な過失により知らないで、
平成八年一二月以降、右営業秘密を使用したものであり、これは同法2条1項5号営業秘密に係る不正行為に該当するものである。
(四) 被控訴人は、故意又は過失により右不正行為を行い、もって、控訴人の営業上の利益侵害したものであるから、控訴人は、被控訴人に対し、損害賠償請求権を有し、その損害の額は前出の一二六〇万円である。
4 不正競争防止法2条1項7号に基づく損害賠償請求(一) 本件商品(一)は、特殊な施工技術等を必要とするものであり、控訴人は、本件商品(一)の使用及びその施工技術について特別の秘密の技術情報を保有していた。
被控訴人は、控訴人との間で、本件契約(一)を締結し、その販売活動を行うに当たって、控訴人から右秘密の技術情報の開示を受けたのであるから、右秘密の技術情報の保持義務を負っているものであり、このことは、控訴人から本件商品(一)の供給が行われなくなった以降も同様である。
(二) 被控訴人は、訴外会社から、右秘密の技術情報を使用した本件商品(二)を仕入れて、これを販売しているのであるから、控訴人の保有する営業秘密を不正に使用していたものであり、被控訴人の行為は、不正競争防止法2条1項7号の不正行為に該当する。
(三) 被控訴人は、故意又は過失により右不正行為を行い、もって、控訴人の営業上の利益侵害したものであるから、控訴人は被控訴人に対し、損害賠償請求権を有し、その損害の額は前出の一二六〇万円である。
三 被控訴人の主張の要点1 不法行為に基づく損害賠償請求について(一) 本件商品(一)に係る撥水処理方法は、控訴人が開発したものではなく、
【D】が開発したものである。したがって、控訴人は、右撥水処理方法に係る秘密情報を保有する者ではない。また、控訴人は、控訴人主張の特許出願時には、既に本件商品(一)の供給能力を喪失していたから、控訴人の享受すべき経済的利益は、
存在しない。
(二) 控訴人と被控訴人は、平成八年一一月八日、本件商品(一)の取引を終了する旨の合意をし、かつ、控訴人は、被控訴人が本件商品(二)を訴外会社から仕入れて販売することを承認したから、控訴人と訴外会社との間で、本件契約(二)を締結し、同契約に基づいて、本件商品(二)を第三者に販売した行為は、不法行為に当たらない。
2 不正競争防止法2条1項1号に基づく損害賠償請求について(一) 不正競争防止法2条1項1号によって保護される商品等表示とは、自他識別機能ないしは出所表示機能を有するものに限定される。ところが、本件商標(一)すなわち「スーパーレインカット」という商標は、訴外会社が控訴人よりも先に商標登録出願をしているものであり、しかも、訴外会社は、これを用いて撥水剤を製造販売していた。したがって、「スーパーレインカット」という商標には、撥水剤に関して、訴外会社と控訴人とを識別する機能や出所を表示する機能は全くないから、「スーパーレインカット」との商標は、同法2条1項1号の「商品等表示」に該当しない。
また、控訴人が販売していた本件商品(一)は、少量が流通したにすぎないから、
需要者の間に広く認識されている」などと認め得るものではなく、本件商標(一)に控訴人の商品を表示するものとしての周知性はない。
(二) 本件商標(二)の「レインバスター」という語句と、本件商標(一)の「スーパーレインカット」という語句は、「レイン」という部分が共通しているものの、
「レイン」という語は、単に「雨」を意味する英語にすぎず、それ自体で格別の顕著な特徴や識別力を有するものとはいえない。そして、両商標で相違している「バスター」という語と「スーパー」という語を比較すると、「バスター」は、英語で「破壊するひと、もの」を意味し、「スーパー」は英語で「極上の、すばらしい」を意味するものであるから、両商標の要部において全く観念が異なるものである。
したがって、本件商標(一)と本件商標(二)は類似しない。
(三) 控訴人は、被控訴人の不正競争行為によって、一二六〇万円の損害を被ったとして損害賠償を請求するが、その請求の根拠として主張するところは合理的でない。
3 不正競争防止法2条1項5号に基づく損害賠償請求について(一) 本件商品(一)に係る撥水処理方法は、控訴人の営業秘密に該当しない。
(二) 被控訴人は、訴外会社から、本件商品(二)を購入したにすぎないのであって、撥水処理方法に係る秘密情報を取得したことはない。
(三) 控訴人と被控訴人は、平成八年一一月八日、本件商品(一)の取引を終了するとの合意をし、控訴人は、被控訴人が本件商品(二)を訴外会社から仕入れて販売することを承認したから、控訴人が訴外会社から本件商品(二)を仕入れて販売する行為は、不正競争防止法2条1項5号にいう不正競争行為には該当しない。
(四) 損害に関する控訴人の主張が不合理であることは、前記2(三)のとおりである。
4 不正競争防止法2条1項7号に基づく損害賠償請求について 控訴人の主張は、すべて争う。
当裁判所の判断
一 不法行為に基づく損害賠償請求について1 控訴人は、本件商品(一)に使用されている撥水加工方法は、控訴人が開発したものであることを前提に、右撥水加工方法に係る秘密情報を保有することによって経済的利益を享受していた旨主張するので、この点について検討する。
(一) 甲第二〇号証、甲第二六号証、乙第二号証、乙第三号証、原審における証人【E】及び同【F】の各証言、原審における原告代表者尋問の結果によれば、訴外会社の代表者として同社の経営に当たっていた【D】は、平成八年二月一四日付けで、控訴人会社の取締役に就任したこと、控訴人と訴外会社とは、平成八年三月ころ、訴外会社が、東芝シリコン株式会社から、撥水材原液を購入し、これを有機溶媒であるイソプロピルアルコールで稀釈するなどの化学処理をし、出来上がった撥水剤(以下「本件撥水材」という。)を控訴人に納入するという内容の合意をし、
控訴人は、これと撥水加工の工具、クリーナー等を合わせて一セットとしたものを撥水加工システム(本件商品(一)。商品名「スーパーレインカット」)として販売することにしたこと、同年九月ころ、控訴人の岡山支店の担当する地域において、
本件商品(一)を用いて撥水加工した自動車のフロントガラスのワイパーが滑らかに作動しなくなるという問題が発生した際に、同支店は、控訴人に善処を求めたが、
適切な対応を受けることができず、結局、訴外会社から支援を受けることになり、
その後は、訴外会社から直接、本件撥水剤を購入し、やがて、控訴人から独立し、
訴外会社の傘下に入ったことが認められる。
右事実によれば、控訴人は、訴外会社から本件撥水剤の納入を受けて、これに工具等の付属品を合わせて本件商品(一)として販売していたにすぎず、本件商品(一)に関する問題にも対処できなかったのであり、本件商品(一)に係る撥水処理方法についての正確な技術情報ないし技術的知識を有していたのは、訴外会社であったものと認められる。
右認定に反する甲第三二号証(控訴人代表者の陳述書(二))は、採用できない。
(二) 次に、甲第九号証、甲第三一号証の一、二によれば、控訴人が平成八年一一月二九日に特許出願した、発明の名称を「窓ガラスの撥水処理方法」とする発明は、特許請求の範囲の請求項1を「水分を含んだ布で汚れを取り除いた窓ガラスの表面にガラス専用の洗剤を密着させて磨くように塗り、更に磨材で磨くことによって固着しているワックス、タール、ピッチ、油膜等を完全に取り除き、再度ガラス専用の洗剤でガラスの表面を浄化して無撥水状態にした後、撥水剤を窓ガラスの表面に均一に塗り、塗った撥水剤が乾燥して白く変色した時点でドライヤー等の乾燥器具を利用して一二〇℃以上で焼付乾燥させ、乾燥を確認した後、専用の拭取材及び拭取布等で撥水剤を摩擦しながら磨くことを特徴とする窓ガラスの撥水処理方法。」とするもので、明細書の発明の詳細な説明中には、発明の属する技術分野の項に「本発明は自動車等の窓ガラスの撥水効果を高め、降雨時走行する時に発生する雨水による水膜の歪みと油膜によるギラつき状態を防止するため、窓ガラスの表面に施す撥水処理方法に関するものである。」(甲第三一号証の二の二頁左欄一五行目〜一九行目)、従来の技術の項に「従来、自動車等の窓ガラスに付着した汚れは水で流して落とすか、塗れた布で拭き取り、雨中走行中の油膜の付着によりギラつく場合は洗剤で完全に油膜を洗い流した後、乾いた布で拭き取っていた。近年、
洗剤で窓ガラスの汚れや油膜を洗い落とした後、撥水剤を使ってガラスの表面を加工することによって撥水効果を長時間持続させる方法が提供されるようになった。」(同二頁左欄一八行目〜二五行目)、発明が解決しようとする課題の項に「しかし、古くから行われている布で窓ガラスを拭く方法では、汚れは取り除くことができるが、油膜を完全に取り除くことはできなかった。又、油膜を取り除くために窓ガラスを洗剤で洗い落した後、乾布で拭く方法が行われるようになったが、
雨中を自動車で走行する際に発生する水膜の歪みとギラつきは取り除くことはできなかった。近年、窓ガラスに撥水処理を施すことによって所定期間撥水状態を保つための処理方法が提供されるようになったが、有効期間が短い(数ヶ月)という欠点があった。本発明は上記欠点を解消し、撥水効果が高く、持続期間の長い窓ガラスの撥水処理方法を提供することを目的とする。」(同二頁左欄二七行目〜三八行目)などと記載されていることが認められる。
(三) また、乙第四号証によれば、訴外会社は、控訴人の出願より先の平成八年一一月一五日に、発明の名称を「無ワイパー自動車」とする発明を特許出願していることが認められ、当該発明の特許請求の範囲の請求項1を「ワイパーを設けず、フロントガラスの基部に、フロントガラス面に向かった複数の噴射ノズルを配設し、
エンジン排気の一部または空調用吹出し空気の一部を捕集する圧力タンクと、該圧力タンクに捕集された気体を加圧にする加圧ポンプを設け、該加圧された気体を上記噴射ノズルに圧送する配管を設ける一方、フロントガラスに、フッ素基が結合しているシリコーン樹脂の皮膜を形成させたことを特徴とする無ワイパー自動車。」、請求項2を「フッ素が結合しているシリコーン樹脂が、ポリフルオロアルキルシランであることを特徴とする請求項1記載の無ワイパー自動車。」とするものであり、明細書の発明の詳細な説明中には、発明が属する技術分野の項に「本発明は、雨天の中を走行中にもワイパーを使用せずに、フロントガラスに付着する雨滴を直ちに落下させ、絶えず水滴が吹き付けるなかでもフロントガラスを透明に維持する無ワイパー自動車に関する。」(一頁一六行目〜一八行目)、従来の技術の項に「従来、自動車においては雨天中で運転するときには、フロントガラスに水滴が付着して視界を曇らせ、更にこれを除去するためにワイパーが激しく作動し一段と視界を悪化し、雨天中の運転による事故率を高めている。元来、ワイパーには水滴を除去すべくフロントガラスとの接触面にゴム片を設けているが、ワイパーの水滴除去効果は不十分であった。一方、シリコーン油が撥水性を有することから、シリコーン油を溶媒に溶解して衣類、カバン類、傘等に吹き付ける技術は一般に利用されているが、これらは素材との接着性が不十分で耐久性、耐磨耗性に劣り、ガラスのような平滑面に塗布して撥水性を期待することはできなかった。」(一頁二一行目〜三二行目)、発明が解決しようとする課題の項に「ガラスは透明な素材であるが、屋外に長時間放置するとほこりや油分が付着して汚れ、その透明性が阻害される。また雨に濡れて水滴が付着すると即座に落下することなく長くガラス面に止まる傾向があり、この傾向はガラス自体が汚れている場合に特に著しい。自動車のガラス面に水滴は勿論、汚れも油分も付着させない撥水性を有する皮膜を強固に付着させ、それでも付着する水滴を落下させるべく、視界に影響を与えることなく外部から刺激する手段を設けるならば、ワイパーを設けずに雨の日も安全に運転することができる。」(二頁四行目〜一一頁)、課題を解決するための手段の項に「本発明はフッ素を合有するシリコーン樹脂、持にポリフルオロアルキルシランがガラス面に強固な撥水性皮膜を形成することを見出して完成したものである。この皮膜が特に強固である理由は明らかでないが、樹脂中に結合しているフッ素成分がガラス面によく密着するためであると推測する。ガラス面にポリフルオロアルキルシランの初期重合体の溶液を塗布或いは散布し、放置或いは加熱するとガラス面上で縮合及び架橋が進行し、強固な皮膜が形成されるものと考えられる。この皮膜は撥水性が大きいのみならず、ガラスとの接着性が大きく、摩擦抵抗も大きく、ワイパーで長時間払拭しても撥水性能の低下はわずかであった。前述の方法でフロントガラスに撥水処理を施した自動車を雨天中で運転したところ、一般に単位時間あたりの降水量の多寡に関係なく、時速三〇km以上の場合にはワイパーを作動させなくともフロントガラスに形成された雨滴は集合し直ちに落下して視界は良好であった。
しかしながら、時速三〇km未満ではフロントガラス面に止まる雨滴が存在する。
その理由はフロントガラス面にあたる高速の風が、ガラス面に付着する雨滴に刺激を与え、元来フロントガラス面に不安定に付着している雨滴を落下させるものである。したがって、本発明の撥水処理を行っても走行速度が雨滴を落下させるに不十分である場合には、フロントガラス面に噴射気体を吹きつけることより雨滴を落下させるものである。フロントガラス面に吹きつける気体としては、自動車の走行に不可欠なエンジン排気の一部を利用する方法、空調用に室内に吹出す空気の一部を利用する方法或いはその他の外部空気を取り込む方法などがある。この気体を圧力タンクに貯え、これを加圧ポンプで加圧してフロントガラス基部に導く。フロントガラス基部では配管が複数に枝分かれし、枝分かれした各配管の先端に噴射ノズルがフロントガラス面に向かって開口し、加圧ポンプにより加圧された気体が噴射ノズルに導かれ、たとえ自動車が雨中で停車している場合でも雨滴を止まらせず、フロントガラスを透明に保つことができる。」(二頁二二行目〜三頁二一行目)などという記載があることが認められる。
(四) 右(二)と(三)で認定した各事実を比較すると、控訴人の特許出願した発明は、既存の一般的な撥水剤を利用した自動車の窓ガラスの撥水処理方法であるのに対して、訴外会社の特許出願した発明は、撥水剤として、フッ素基が結合しているシリコン樹脂を使用したことを特徴とする自動車のフロントガラスの撥水処理に関するものである。
しかも、訴外会社の特許出願した発明の明細書によれば、「実施例1 図1に示すフロントガラス1をよく洗浄後、スーパーレインカットM-360〔モルケミカル(株)製、ポリフルオロアルキルシランの初期重合体のイソプロパノール溶液〕を塗布した。次いでやや加温しながら乾燥してフロントガラス表面に強固な撥水性皮膜を形成した。得られた皮膜の水滴接触角度は一一〇度であった。このフロントガラス1の基部に噴射ノズル3を等間隔に七個配設し、図2に示すようにエンジン排気の一部を利用して加圧気体とし、噴射ノズル3先端における噴射速度を一〇m/秒に調節し、ガラス面に八三三ml/分で散水した。噴射機構を作動させた場合にはガラス面に水滴は止まらず、視界は透明であり、噴射機構を作動させなかった場合には多少の水滴が止まり、視界がやや曇った。以上の試験により、本発明の撥水処理を行った上で、本発明の機構を利用すれば雨の中でも透明な視界で運転できることが判明した。」(乙第四号証五頁一〇行目〜二三行目)という記載があることが認められ、右記載にいう「スーパーレインカットM-360」が、控訴人において訴外会社から納入を受けていた本件撥水剤であることは、甲第一〇号証、甲第一一号証、原審における証人【E】の証言及び弁論の全趣旨から明らかであるから、以上によれば、訴外会社は、本件商品(一)の中核をなす本件撥水剤を実施例として使用して性能試験を実施していたことが認められ、本件撥水剤は右発明に係る実施品の一つであることが認められる。他方、控訴人の特許出願した発明の明細書の実施例には、右のような記載は全く存在しない。
右認定の下では、控訴人の特許出願した発明が直ちに本件商品(一)に係る撥水処理方法であると認めることはできないものというべきである。
(五) 以上によれば、本件商品(一)に係る撥水加工方法は、控訴人が開発したものとはいえないから、これを前提とする控訴人の経済的利益の主張は、採用することができない。
2 なお、被控訴人は、控訴人と被控訴人は、平成八年一一月八日、本件商品(一)の取引を終了する旨の合意をし、かつ、控訴人は、被控訴人が本件商品(二)を訴外会社から仕入れて販売することを承認したから、被控訴人と訴外会社との間で、本件契約(二)を締結し、同契約に基づいて、本件商品(二)を第三者に販売した行為は、不法行為に当たらない旨主張するので、念のために検討する。
(一) 平成八年九月ころ、控訴人の岡山支店の担当する地域において、本件商品(一)を用いて撥水加工した自動車のフロントガラスのワイパーが滑らかに作動しなくなるという問題が発生した際に、同支店は、控訴人に善処を求めたが、適切な対応を受けることができなかったことは、前記認定のとおりである。
(二) 乙第一号証ないし乙第三号証、原審における証人【E】及び同【F】の各証言(ただし、後記採用しない部分を除く。)によれば、被控訴人の担当者であった【E】及び【F】は、自社の大阪支店から、岡山での本件商品(一)に関する問題発生と事後の処理状況についての報告を受け、また、同支店から、訴外会社が、控訴人に対して本件商品(一)を供給することを停止したとの報告を受け、さらには、
【D】から、直接、訴外会社が控訴人との取引をやめたと聞き、本件契約(一)の継続を危ぶみ、控訴人への不信感をつのらせ、一一月上旬ころ、控訴人との取引を解消し、訴外会社から撥水剤を直接に購入することにするとの決意をしたこと、
【E】は、一一月八日、【D】等の同席のうえ、控訴人代表者の【A】と面談して、本件商品(一)に係る問題点を指摘し、控訴人が問題に対応できない以上、被控訴人から撥水剤を直接に購入するしかないので、控訴人との取引を解消したいとの意思を表明し、控訴人の同意を求めたが、【A】は、何らの対応策も示さないままに、不快に思い、退席してしまったので、結局のところ、控訴人から合意を取り付けることができなかったことが認められる。
原審証人【E】及び同【F】の各証言中、右認定に反する部分は、採用できない。
(三) しかしながら、右認定の事実によれば、控訴人は、当事者間の信頼を基礎とし、継続的に本件商品(一)を供給することを内容とする本件契約(一)において、現実に、継続的に本件商品(一)を供給することが困難になっている状況の下で、被控訴人に対して何らの対応策をも示さず、退席したのであるから、その態度は著しく信義に反するものであり、本件契約(一)における控訴人の義務を履行する意思のないことを態度で表明したというべきである。本件契約(一)は、この時点で、その基礎となっている相互の信頼関係が完全に失われ、被控訴人側の一方的意思表示により、本件契約(一)が終了したものと解するのが相当である。
(四) そうすると、控訴人と被控訴人との間の本件契約(一)は、平成八年一一月八日に終了したのであるから、被控訴人が訴外会社との間で、本件契約(二)を締結し、同契約に基づいて、本件商品(二)を第三者に販売した行為は、何ら不法行為をなすものではないというべきである。
3 右のとおりであるから、控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないことが明らかである。
二 不正競争防止法2条1項1号に基づく損害賠償請求について1 本件商品(一)の周知性 弁論の全趣旨によれば、控訴人は、遅くとも平成八年九月ころには、少なくとも控訴人の岡山支店の担当する地域において、本件商標(一)を付した本件商品(一)を販売していたこと、被控訴人は、同年一二月ころ、訴外会社との間の本件契約(二)に基づき、本件商品(二)を購入し、本件商標(二)を使用して本件商品(二)の販売を開始したことが認められる。
平成八年九月ころ、控訴人の岡山支店の担当する地域において、本件商品(一)を用いて撥水加工した自動車のフロントガラスのワイパーが滑らかに作動しなくなるという問題が発生した際に、同支店は、控訴人に善処を求めたが、適切な対応を受けることができず、結局、訴外会社から支援を受けることになり、その後は、訴外会社から直接、撥水剤を購入し、やがて、控訴人から独立し、訴外会社の傘下に入ったことは、前記認定のとおりである。
そうすると、少なくとも、控訴人の岡山支店の担当する地域では、平成八年九月ころ以降、本件商品(一)が販売されていないことが認められる。
その他、控訴人の岡山支店の担当する地域で、平成八年九月ころ及びそれ以降に、本件商品(一)が広く販売されていたことを認めるに足りる証拠はない。
控訴人の岡山支店の担当する地域以外での本件商品(一)の販売状況は、本件全証拠によっても明らかにすることができない。
以上によれば、訴外会社と被控訴人が本件契約(二)を締結した平成八年一二月ころにおいて、本件商標(一)が取引者、需要者の間で広く知られていたと認められないことは明らかである。
2 本件商標(一)と本件商標(二)との類否 称呼についてみると、本件商標(一)の「スーパーレインカット」は、その語句どおりに「スーパーレインカット」との称呼を生じ、本件商標(二)の「レインバスター」は、その語句どおりに「レインバスター」との称呼を生ずるから、称呼が相違していることは明らかである。また、本件商標(一)と本件商標(二)の外観が相違していることも明らかである。
次に、両商標から生ずる観念の類否についてみると、両商標は、いずれも、「レイン」という語を含んである点で共通している。この「レイン」という語は、
「雨」を意味する英語として広く知られているものである。一方、本件商標(一)は、「レイン」の前後に「スーパー」、「カット」という語を伴っているのに対して、本件商標(二)は、「レイン」の後に「バスター」という語を伴っている点で相違している。この相違点について検討すると、「スーパー」は、「極上の、すばらしい」といった意味を有する極めてよく知られた英語(super)、「カット」は、「遮断する、切断する」といった意味を有する極めてよく知られた英語(cut)であるのに対して、「バスター」とは、「破壊する人(もの)」といった意味を有する必ずしもよく知られたとはいえない英語(buster)である。
そうすると、本件商標(一)は、「すばらしく雨を遮断する」といった観念を容易に生ずることになるのに対し、本件商標(二)は、本件商標(一)ほどには容易に観念を生じないうえ、生ずるとしても、それは「雨を破壊する」といったものになるのであり、この場合、雨を「遮断」するのと、雨を「破壊」するのとでは、観念が相違することは明らかというべきである。
3 以上のとおり、本件商標(一)は、周知商標でもなく、本件商標(二)と類似してもいない。控訴人の不正競争防止法2条1項1号に基づく損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないことが明らかである。
三 不正競争防止法2条1項5号に基づく損害賠償請求について 控訴人は、本件商品(一)に係る撥水処理方法は、控訴人の事業活動に有用な技術上、営業上の秘密情報であり、これを控訴人が保有しているとの前提で、被控訴人の行為が、不正競争防止法2条1項5号に該当する旨主張する。
しかしながら、本件商品(一)に使用されている撥水加工方法が、控訴人の開発によるものでないことは、前記認定のとおりであるから、本件商品(一)に係る撥水処理方法という技術上、営業上の秘密情報が控訴人の保有することを前提とする控訴人の主張は、採用できない。
控訴人の不正競争防止法2条1項5号に基づく損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないことが明らかである。
四 不正競争防止法2条1項7号に基づく損害賠償請求について 控訴人は、本件商品(一)は、特殊な施工技術等を必要とするものであり、控訴人は、本件商品(一)の使用及びその施工技術について特別の秘密の技術情報を保有していたとの前提で、被控訴人の行為が、不正競争防止法2条1項7号に該当する旨主張する。
しかしながら、控訴人の主張する、本件商品(一)の使用及びその施工技術について特別の秘密の技術情報が、いかなるものか明らかでない。
しかも、本件商品(一)に係る撥水加工方法が、控訴人の開発したものでないことは、前記認定のとおりであり、その他、本件全証拠によっても、控訴人が、右撥水加工方法とは別に、本件商品(一)の使用及びその施工技術について特別の秘密の技術情報を有していたと窺わせる資料は、見出すことができない。
控訴人の不正競争防止法2条1項7号に基づく損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないことが明らかである。
五 以上のとおり、控訴人の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
なお、控訴人は、当審に至り請求の交換的変更をしたので、原審における請求は、審理の対象となっていない。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 山田知司
裁判官 宍戸充
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