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事件 昭和 46年 (ヨ) 724号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 京都地方裁判所
判決言渡日 1972/10/27
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事仮処分
主文 本件申請をいずれも却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
事実及び理由
全容
第一、当事者の求めた裁判一、債権者(一) 債務者は別紙目録(二)記載の図形を使用し、またはこれを使用した商品(書籍)を販売、頒布してはならない。
(二) 別紙目録(二)記載の図形を付した別紙物件目録記載の商品に対する債務者の占有を解いて債権者の委任する京都地方裁判所執行官にその保管を命ずる。この場合において、執行官は債務者の申し出があるときは、右図形を除去したうえ、
商品を債務者に返還しなければならない。
(三) 執行官は第二項の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。
二、債務者主文と同旨。
第二、当事者の主張一、申請の理由(被保全権利)(一)1 株式会社弘文堂(以下「旧弘文堂」という)は、書籍の出版販売を目的として設立された会社であり、昭和二一年より約二〇年の間、別紙目録(一)記載の図形(以下「本件図形」という)を付したアテネ文庫、アテネ新書、アテネ小辞典シリーズ(以下「アテネシリーズ」という)等の書籍を出版し販売しつづけてきた。そしてその出版点数は総計四五〇点におよび、出版部数もぼう大な数になり、
本件図形は、旧弘文堂の出版にかかる商品である書籍アテネシリーズおよび同社の営業たることを表示、標章するものとして一般に広く認識されるに至つていたところ、Aは昭和四一年一一月三〇日右旧弘文堂よりアテネシリーズ等書籍の出版販売に関する一切の権利を譲り受け(各著作権者の同意も得て)、営業と共に商品及び営業を表示する本件図形の使用を承継した。
2 債権者は、旧弘文堂の業績を事実上受けつぎ発展させていくために設立された会社であつて、昭和四二年三月右Aより同人が譲り受けた前項記載の一切の権利ならびに本件図形の使用許諾を得て、同年四月より、アテネシリーズのみならずその他の全書籍に、またその販売宣伝広告のためのカタログ、ポスター等にも本件図形を使用(債権者が本件図形を付した書籍を最初に出版したのはAが旧弘文堂より前記譲渡をうけた昭和四一年一一月末頃である)してきたところ、本件図形自体が独創的で単一性、唯一性を有する特殊なものであるうえ、その使用場所が人目につきやすい箇所(書籍の表示)であり、これらの書籍は大手の東版(東京出版販売株式会社)、日版(日本出版販売株式会社)をはじめ全国の書籍取次店、小売店において販売され、その出版点数および出版部数はぼう大な数になり、現在では本件図形は債権者の出版にかかる書籍および営業たることを表示、標章するものとして取引者、需要者間に広く認識せられている(本件図形は昭和四五年一〇月二四日債権者の社章として意匠登録第三二三四九六号で登録済である)。
(二) 債権者は昭和二七年二月一九日書籍の出版販売を目的として設立された会社であり、別紙目録(三)記載の図形を付した書籍等を出版していたが、昭和三一年頃より別紙目録(二)記載の図形(以下「債務者図形」という)を付した別紙物件目録記載の書籍を出版しこれを販売頒布している。
(三) 右債務者図形は本件図形と類似する。すなわち、債務者図形は左向きの「フクロウ」が水平な止り木に止つているのに対し、本件図形は右向きであり止り木がない点等若干の差異はあるが、両者は、ともに全体を黒で塗りつぶして各部の線部を白抜きにし、描法は全く同じであり、大きさ、各部の配列も共通しており、
しかも顔部、翼部の輪郭、羽尾の位置等が酷似しているので、全体的に看者に対して同じ感じを与え、かつ外観のみならず、「フクロウ」の称呼および観念においても類似している。
(四) 債務者の前記書籍に対する債務者図形の使用は、取引者、需要者に対して債権者の取引にかかる商品および営業上の活動と混同を生じさせるばかりでなく、
債務者の商品が債権者の系列会社の商品であるとの誤解を与え、債権者は営業上の利益を害されるおそれがある。
(保全の必要性) 債務者の債務者図形の使用及びこれを使用した商品の販売頒布を即時停止せしめなければ、債権者は営業上甚大な損害を蒙り、債権者が努力して得てきた評価と名声は崩壊し回復が困難となるばかりでなく、市場を混乱させ大衆にまで迷惑を及ぼすものである。よつて、不正競争防止法1条1項、一、二号に基づき、本件申請に及ぶ。
二、申請の理由に対する債務者の答弁ならびに抗弁(答弁)(一) 申請の理由(一)のうち、旧弘文堂及び債権者がいずれも書籍の出版販売を目的とした会社であること、旧弘文堂が昭和二一年より昭和三六年春頃までの約一五年間本件図形を付した書籍アテネシリーズ等を出版販売していたこと、債権者がアテネ新書として昭和四五年春以降本件図形を付した書籍アテネシリーズ等を出版販売していたこと、債権者がアテネ新書として昭和四五年春以降本件図形を付した書籍の出版販売をしていることは認めるがその余の事実はすべて否認する。
(二)は認める。(三)は否認する。保全の必要は争う。
(二)1 本件図形は周知表示ではない。
書籍においては、著者、書名、価額、装丁等が重要な要素で「某著の云々の本」というように指示して購入されるのが常態であり、例えば「マツダ」印ランプとか、「家」のマークのハウス食品というような用い方はされない。従つて書籍に付せられる図形は一般的に不正競争防止法にいう標章といえるか極めて疑問であるうえ、旧弘文堂は昭和二一年より昭和三六年春頃まで本件図形をアテネシリーズに付して出版していたが、これらシリーズは地味な書籍であつたこと並びに旧弘文堂の標章として<44444003-001>がかなり知られていたこと等からして、
本件図形が旧弘文堂時代において同社の商品並びに営業を表示するものとして一般に広く認識されていたものとは云いえない。
2 表示の使用の承継事実はない。
表示の周知性を仮りに肯定するとしても、表示の使用承継は、その商品に関する営業の承継と共にでなければ承継されることはあり得ない。このことは不正競争防止法の法意よりして明らかである。
債権者が主張するアテネシリーズ等書籍の出版販売に関する一切の権利の譲受なるものが法律上営業の一部譲渡と解し得るや既に問題であるが、さような事実そのものを認めることはできない。アテネシリーズの出版権の譲渡について各著作者権の同意を得た事実はない。のみならず設定せられる出版権の存続期間は設定行為に別段の定めがないときは三年とされているから、譲渡があったと主張する昭和四二年一一月末には、昭和三六年春頃以降出版活動をやめている譲渡人なる旧弘文堂自身既にアテネシリーズの各著作権を失つていたといわざるを得ない。従つて出版権の譲渡、ひいて営業の承継は適法にはあり得ない。企業の倒産などの場合に債権回収のため在庫商品を持帰つたり、譲渡を受けたりすることが見受けられるが、債権者の本件主張の譲受なるものも、その類で出版権とは何のかかわり合いのない絶版後六年を経過した単なる在庫本と印刷用具たる「紙型」にすぎないと見るのが実状であろう。
また、旧弘文堂の出版していたアテネ新書シリーズ一〇八点のうちの五五点、アテネ文庫シリーズ二九八点のうちの一一点は債権者でもAでもないそれ以外の出版社から出版販売されている。海賦版でもない限りそれらの者に出版権があると解さねばならず、債権者自身は旧弘文堂より譲渡されたとするアテネシリーズの各書籍を一冊も出版しておらず、昭和三六年以前に出版された若干の在庫本を販売していたにすぎない。債権者は昭和四五年春以降に「アテネ新書」なるシリーズの出版を始めた(アテネ文庫、アテネ小辞典シリーズは今日まで出版していない)が、これとても名称こそ同一であるが、そのすべてが旧アテネシリーズとは異なる著作物であることは債権者自身の疏明によっても明らかであり、かように事実的にも債権者は旧弘文堂の出版活動を承継しておらず、従って本件図形使用の承継の事実はない。
3、類似性なし。
別紙目録(一)、(二)の図形を対比しても、著るしく異なり類似性を認め得ないのであるが、債務者図形は古代ギリシャの金貨多数を参考にして図案化したものであるのに対し、債権者の本件図形は後述のとおりフランスの出版社の標章をそのまま使用しているにすぎず、その発想において異るのであるが、更に標章の類似か否かの判断は、それが実際に使用される形態に即してなされねばならず、本件においては特に次のことが指摘される。
即ち、本件図形の場合は常にその下部に「アテネ新書」又は「アテネ文庫」の文字が記載されているのであつて、標章としては図形と文字が組み合されて一体として表示され、仮りに呼称が生じるとすれば「アテネのフクロウ」の呼称で呼ばれるべきものであるといえるし、これに対して債務者図形が使用された場合は、常にその下部に「ミネルヴア全書」「ミネルヴア書房」「社会科学選書」の文字が記載されているのであつて、標章としては図形と文字が一体として表示され、需要者にも「ミネルヴアのフクロウ」として呼称され記憶される。このように標章が図形と文字とを一体化して常に使用されている場合には、その類似性の判断においても全体として標章が比較されるべきものと解されるから、本件図形は非類似というべきである。
以上1ないし3のいずれによつても、債権者が本件の被保全権利たる不正競争防止法第1条差止請求権を有しえないこと明らかである。仮りに然れずとしても次のとおり抗弁する。
(抗弁)(一) 周知性の消滅。
アテネシリーズは昭和三六年六月に絶版されたものの如く、同月以降日本の二大書籍取次店である東販、日販を始めとする取次店全部において取次が停止されており、いくらかの売れ残り部分以外には全国の一般小売書店から姿を消し古本屋においてすら殆んど販売されておらず、昭和四五年春以降にあつても極めてわずかばかりの書籍が販売されたにすぎず、その広告も乏しいから、今日の如く書物の変転の激しい社会常態にあつては、昭和三六年以降において本件図形は一般需要者に忘れさられ、一旦獲得された周知性は喪失したとすべく、本件差止請求権は存在しない。
(二) 然らずとしても、失効の原則が適当される場合に該るから、差止請求は許されない。即ち、旧弘文堂が昭和三六年六月出版をやめ、昭和四五年春頃債権者が出版を始めるまで、実に九年間にわたり本件図形を使用せず放置していたのであるが、その間債務者は債務者図形を付して書籍の出版、販売、広告を続け、それによつて債務者は相当の信用と周知性を獲得するに至つた。そしてこれまど旧弘文堂は勿論、債権者からも債務者に対して債務者図形の使用について何らの異議も述べられておらず、その使用を放置していたものであつて、いまに至つてにわかに本件差止請求権を行使することは信義則に反し、権利の濫用というべく、長期間の権利の不正行使による権利失効の原則が肯定されねばならない。
(三) 「アテネ」なる商標は、丸善株式会社が権利者である登録商標であり、かつて昭和三六年以前には旧弘文堂が使用許諾を得てアテネシリーズを出版していたが、Aや債権者に対して使用許諾の事実はない。また本件図形はフランスの出版社が一九二〇年(大正一〇年)以来使用している標章と全く同一のものである。かように商標権や他人の使用する図形を無断使用する債権者は不正競争防止法に基づく差止請求権を行使し得る地位にない。
(四) なお、債権者が旧弘文堂よりの使用の承継を離れて、独自で本件図形についての周知使用を主張するとすれば債務者が先使用権を有することは明らかであることを付言する。
三、抗弁に対する債権者の答弁 抗弁(一)、(二)は否認する。債務者主張の期間においても東販、日販を始め全国の取次店、書店で販売されていた。現に前記のとおり債権者自身で本件図形を付した書籍を昭和四一年一一月末頃出版しているし、昭和四三年一二月二七日に京都市内の書店においてアテネ文庫が大量に販売されている事実がある。他方債務者の債務者図形が周知のものとなつている旨の主張は争う。債務者の当初の出版物には「フクロウ」マークはなく、その後別紙目標(三)記載の図形が用いられ、更に現在の債務者図形が用いられるようになつたのであるが、債務者は債務者図形に限つて書籍のカバーにではなく、カバーの下の表紙の容易には目にふれにくいところに印刷されているのである。債務者の誇る総出版点数二、三四四点に上る出版物のカバーには一度として使用されていないのである。従つてAや債権者にも債務者が債務者図形を使用していることが判らなかつたのである。
債務者がかように人目にふれにくい所に使用していることは本件図形が旧弘文堂の出版にかかる書籍および営業たることを示す表示として広く認識せられ高い評価を受けているのを利用すべく悪意で類似図形たる債務者図形を使用するに至つたことを歴然と示すものである。従つて、抗弁の如き本件図形の周知性が消滅したと判断さるべき事実はなく、かかる悪意の隠微な債務者図形の使用に対し債権者の権利主張が失効の原則の適用を受けたり、権利濫用呼ばわりされる筈はない。
(三)の抗弁も争う。丸善株式会社が「アテネ」なる商標権を有することは否認する。本件図形と主張のフランスの出版社の商標との関係は別として、そのことは日本国内で債権者の権利主張に影響はない。
第三、疏明(省略) 理 由第一、本件各疏明資料によれば、次の事実が認められる。
旧弘文堂は、明治三〇年頃仏教書の出版を以て創業し、その後漸次支那学、法律、経済、人文科学一般へと業域を拡め、当初は「合資会社弘文堂書房」と称していたが、昭和二三年株式会社に組織変更し「株式会社弘文堂」と改め、斯業界においては堅実な地位を占める著名な一流業者であつたこと、合資会社弘文堂書房時代の昭和二一年久松真一著「茶の精神」を始めとしてアテネ文庫シリーズを、昭和二三年西谷啓治著「ニヒリズム」を始めとしてアテネ新書シリーズを、更にアテネ小辞典シリーズを、各出版販売し来り、これらシリーズ書籍にはすべて本件図形を付し、その総出版点数は総計四五〇点におよびその総出版部数も相当の数となり、日刊新聞、雑誌等に掲載して宣伝し、全国の書籍取次店、小売店等を通じて全国的規模で販売されてきたこと、同社は昭和三六年頃より次第に経営不振に陥り、出版販売活動も減少したが、昭和四一年一二月手形の不渡を出して倒産し、事実上その業務を停止するに至つた。かような事態のうちに従来の経営方針をめぐつて社内に対立分裂を生じ、昭和四二年春頃整理再建のため一は株式会社弘文堂新社(後に株式会社弘文堂と商号変更)となり、他は債権者会社が設立されるに至つたのであるが、債権者会社の設立に当たつては、Aが中心となり、まず旧弘文堂よりAが昭和四一年一一月三〇日に前記アテネ文庫シリーズ三〇〇点、アテネ新書シリーズ八四点、アテネ小辞典シリーズ三一点そのほか同社が合資会社弘文堂書房と称した時代に出版してきた支那学、仏教書、法律、経済書等一切の書籍の出版権を譲受けるとともに、右書籍の在庫品及び紙型の引渡を受ける約束をし、「株式会社弘文堂書房」の商号を使用して出版事業を行うことの許諾を受け、その目的遂行の役割を荷なわしるためAらが発起人となつて債権者会社を設立し、譲受けにかかる右諸権利を債権者会社に使用せしめることとしたこと、債権者会社は譲受けた右各アテネシリーズ等の在庫書籍を販売する外、新書籍の出版を始め、アテネ新書については新企画にもとづく新書籍を出版し、これに本件図形を付し、「天台実相論の研究」なる書籍以降債権者の全出版書籍にも本件図形を使用して、広告、宣伝につとめ出版販売活動をしてきたこと。
以上の事実によれば、旧弘文堂の営業の規模、アテネシリーズ書籍の出版販売点数、本件図形の使用期間等よりして、本件図形は旧弘文堂の出版する商品アテネシリーズ書籍を示す表示として、同時にそれを通じて旧弘文堂の営業を示す表示として全国的に周知性を得ていたものと認めることができ、旧弘文堂の倒産を機として経営陣に分裂を生じ、一方に株式会社弘文堂新社が、他方に旧弘文堂の合資会社弘文堂書房時代の業績を受けついでゆくべきものとして債権者会社が設立され、それらの出版権等の譲渡を受けたAより使用許諾を受け債権者が営業とともに本件図形の使用を承継していることが認められる。
債務者主張の如く、書籍は一般商品と異り、著作内容に価値が認められるのが本来であるから、出版販売者を示す図形表示の如きは価値決定基準としては重視し得るものではないと云い得ても、不正競争防止法上の保護対象たり得ないとはいえず、図形表示に周知性が生じないともいえない。また債務者は出版権の譲渡につき必要とされる著作権者の同意の欠如を主張し、本件資料ではその疏明は不十分であるが、アテネシリーズの各書籍の個々について検討すべきことであつて、いま本件においてすべてにつき同意がなかつたと断定しきることはできず、債権者が営業と共に本件図形の使用を承継したことを一応肯定し得る。
第二、表示の類似混同について。
債務者が昭和二七年二月一九日債権者と同じ出版事業を目的として設立された会社であり、当初は別紙目録(三)記載の図形を付した書籍を出版していたが、昭和三一年頃より債務者図形を付して別紙物件目録記載の書籍を出版しこれを販売領布してきたことは債務者において認めるところである。
一、債務者図形と本件図形の類似性 債務者図形は左向きの「フクロウ」であり水平の止り木に止つているのに対し、
本件図形は右向きであつて止り木が表示されていない外細部の描法、輪郭等において差異が認められるが、両者とも全体を黒で塗りつぶし各部の線部分等を白抜きにし、各部の大きさ、形状、位置等が酷似し離隔的に観察すれば、全体としてうける記憶印象が同一であるから、債務者図形は類似図形であるということができる。
二、そこで、右債務者図形の使用が債権者の商品および営業活動と混同を生ぜしめるか否かについて考察する。
前認定の事実と本件各疏明資料によれば、債務者はその代表取締約であるBが「ミネルヴア書房」なる商号で昭和二四年九月ごろより行なつてきた個人経営の書籍出版業を組識化し、昭和二七年二月一九日「株式会社ミネルヴア書房」として設立されたもので、設立以来各分野の学術専門書、文部省検定教科書、高等学校用参考書等を出版し、これまでの総発行点数は約二千三百余点(発行部数にして五四八万余冊)におよび、日刊新聞、雑誌等に宣伝広告を常時掲載し、昭和三五年ごろからは「ミネルヴア通信」を発行してダイレクトメール方式で宣伝に努め、全国の書籍販売店、小売店等を通じて全国的規模で販売されてきており、社名「ミネルヴア書房」は広く認識され、債務者の出版書籍に使用せる「ミネルヴア全書」なる商標も周知性あるものであることが認められる。而して本件図形には「株式会社弘文堂書房」「アテネ文庫」「アテネ新書」等の、債務者図形には「株式会社ミネルヴア書房」「ミネルヴア全書」「社会科学選書」等の表示が例外なくそれぞれ近接した場所になされていることが認められるので、一見した該書籍の出版社が債権者あるいはその系列会社であるか、それとも債務者であるかは明確に区別されるし、前記のとおり一般に書籍としての商品価値は著書、書名、内容、出版社等にあり、カバー紙箱等に使用されている図形が取引上重大な関心を持たれ、あるいはそれが商品の価値判断の資料とされて購入の誘因となることは殆んどなく、またその図形が紛らわしいが故に誤つて取引されるということも通常起るべき事例とは考えられないから、本件にあつては図形の類似によつて取引上債権者と債務者の商品および営業上の活動が、相互に混同を生じるおそれはないということができる。右認定に反する疏甲第一〇号証、第一九号証の各記載部分は採用できない。
第三、以上の次第であつて、債権者の本件申請は、被保全権利を欠き、その余について判断するまでもなく失当であるから、これを却下することとし、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり決定する。