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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18ワ14569不正競争行為差止請求事件 平成18ワ20189損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
平成15ワ16407不正競争行為差止等請求事件 判例 不正競争防止法
平成17ワ27477損害賠償請求事件 平成18ワ7539損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 周知表示混同惹起行為(2条1項1号) /  特段の事情 /  信義則 /  記憶 /  営業方法 /  差止請求(差止) /  過失 /  共同不法行為 /  利益額(利益の額) /  弁護士費用 /  侵害 /  代理人 /  代表者 /  得べかりし利益 /  秘密管理(秘密管理性) /  秘密であると認識 /  秘密として管理 /  有用性 /  営業上の情報 /  非公知性 /  営業秘密 /  2条1項4号 /  2条1項5号 /  2条1項6号 /  2条1項7号 /  2条1項8号 /  2条1項9号 /  不正取得行為 /  虚偽の事実 /  損害賠償 /  損害額 / 
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事件 平成 15年 (ワ) 7411号 不正競争行為差止等請求事件
原告 株式会社正久
訴訟代理人弁護士 鈴木健司高橋邦明
被告 企業A
被告A
被告B
被告C
被告D
被告E
被告F
被告ら訴訟代理人弁護士 伊藤馨
被告企業A訴訟代理人兼被告Aら6名訴訟復代理人 弁護士 岩谷基
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2005/05/24
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告らは,別紙顧客目録記載の者に対し,面会を求め,電話をし,郵送物,電子メール又はファックスを送付して,工業用刃物及び耐摩耗品並びに付帯機械,装置に関する売買契約の締結,工業用刃物及び耐摩耗品に関する研磨処理契約の締結,それらの契約の締結に付随する営業行為をしてはならない。
2 被告らは,工業用刃物及び耐摩耗品並びに付帯機械,装置に関する売買契約の締結,工業用刃物及び耐摩耗品に関する研磨処理契約の締結をしようとし,又はそれらの契約の締結に付随するサービスの提供を求めて,被告ら宛来客あるいは電話,郵送物,電子メール,ファックスを通じて連絡をしてくる別紙顧客目録記載の者に対し,工業用刃物及び耐摩耗品並びに付帯機械,装置に関する売買契約の締結,工業用刃物及び耐摩耗品に関する研磨処理契約の締結,それらの契約に付随する営業行為をしてはならない。
3 被告らは,別紙営業情報目録記載の営業情報の記載のある紙,別紙営業情報目録記載の営業情報を記録するフロッピーディスク等,別紙営業情報目録記載の営業情報を記録する記録媒体物を廃棄せよ。
4 被告らは,原告に対し,連帯して,金5804万5020円及びこれに対する平成14年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員並びに平成15年7月1日から被告らが営業をやめるまで1か月金323万5000円の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,工業用刃物の販売を業とする原告が,原告の営業秘密である取引先の名称,取扱商品の寸法・材質・売値・仕入値等の営業情報を被告らが不正競争防止法2条1項4号ないし9号に該当する行為をもって取得し,使用していると主張して,同法3条1項に基づき被告らが原告の顧客に対して上記営業秘密を使用して営業活動を行うことの差止めと,同条2項に基づき上記営業秘密を記載した記録媒体の廃棄を求めるとともに,同法4条に基づき損害賠償を請求し,予備的に,被告らには,原告の営業情報の不正取得,原告のノウハウの利用,退職・引抜き,被告らの虚偽事実告知や,原告への発注を被告会社へ受注させたり,原告に対する報告義務を懈怠するなどしたところ,これらの行為は原告に対する不法行為を構成すると主張して,民法709条,719条に基づき損害賠償を請求している事案である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠を掲記したものを除き,当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告 原告は,昭和34年10月に株式会社正久刃物製作所として創業し,以来主に製紙用刃物を販売することを業としている(昭和59年4月に現在の社名に商号を変更した。)。原告は,昭和48年には福岡営業所を,昭和63年には四国営業所を,平成6年には静岡営業所を,平成12年には名古屋営業所をそれぞれ開設している。
イ 被告会社 被告企業A(以下「被告会社」という。)は,平成14年6月11日に設立された主に製紙用刃物を販売することを業とする株式会社である。
ウ 被告A 被告Aは,平成14年4月当時,原告福岡営業所の所長代理であり取引先と商品の受発注などの営業を行う営業員であったが,同年6月14日に退職した。
被告Aは,同月17日,被告会社の九州営業所次長の地位に就き,被告会社の従業員として営業活動を行っている。
エ 被告B 被告Bは,平成14年4月当時,原告福岡営業所で勤務し取引先と商品の受発注などの営業を行う営業員であったが,同年5月末日に退職した(甲18)。
その後,被告Bは被告会社に就職し,被告会社の従業員として営業活動を行っている。
オ 被告C 被告Cは,平成14年4月当時,原告福岡営業所で勤務し取引先と商品の受発注などの営業を行う営業員であったが,同年5月末日に退職した(甲19)。
その後,被告Cは被告会社に就職し,被告会社の従業員として営業活動を行っている。
カ 被告D 被告Dは,平成14年4月当時,原告福岡営業所の所長であったが,同年7月15日退職し,同月25日退職金789万円を受領した。
その後,被告Dは被告会社に就職し,被告会社の従業員として営業活動を行っている。
キ 被告E 被告Eは,平成14年4月当時,原告福岡営業所で勤務し主に経理及び営業に関する事務をしていたが,同年7月15日に退職した(甲20)。
その後,被告Eは被告会社に就職し,被告会社の従業員として経理及び営業に関する事務を行っていた。
ク 被告F 被告Fは,平成13年3月から平成14年9月まで原告本社総務課の販売管理システム担当者であり,同年10月から原告本社営業部営業担当営業員として,大阪府の一部と山口県を担当地区とし,取引先と商品の受発注などの営業を行っていたが,平成15年3月15日に原告を退職した(甲21)。
その後,被告Fは被告会社に就職し,被告会社の従業員として営業活動を行っている。
(なお,以下において,被告会社を除くその余の被告らを総称するときは「被告元従業員ら」という。) (2) 本件営業情報 原告が,本件において,被告らが取得し使用した営業秘密であると主張するのは,原告の有する営業情報のうち,福岡営業所及び本社管轄内の取引に関する,@取引先の名称及び住所,A仕入先の名称及び住所,B原告取扱商品の商品名,寸法,材質,C原告取扱商品の売値,D原告取扱商品の仕入値,E原告取扱商品の各種図面,である。
以下,これらの営業情報を総称して「本件営業情報」といい,@ないしEの各情報を個別に指すときは「本件営業情報@」等と表記することとする。
2 争点 (1) 不正競争防止法に基づく差止め・廃棄及び損害賠償請求について ア 本件営業情報は,不正競争防止法2条4項所定の「営業秘密」に該当するか。
イ 被告らは,本件営業情報に関し,不正競争防止法2条1項4号ないし9号に該当する不正競争行為をしたか。
ウ 上記不正競争行為により原告の被った損害額
(2) 民法上の不法行為に基づく損害賠償請求について ア 仮に不正競争防止法に基づく請求が認められないとしても,被告らの上記(1)イの不正競争行為及び原告において培ってきたノウハウを利用した行為は原告に対する不法行為を構成するか。
イ 被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eの原告からの退職行為は,原告に対する不法行為あるいは共同不法行為を構成するか。
ウ 被告D及び被告Aは,被告B,被告C,被告E及び被告Fに対して違法な引抜き行為と評価されるような被告会社への勧誘行為を行ったか。
エ 次の各行為の存否。同行為が民法709条の不法行為を構成するか。
(ア) 被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eは,原告の取引先に対して,原告が潰れた,被告会社がその業務を引き継ぐ旨の虚偽の事実を述べたこと。
(イ) 被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eは,原告在職中,L株式会社から原告への受注を受けながらこれを原告に報告せず,被告会社入社後に被告会社に受注させたこと。
(ウ) 被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eは,原告在職中,原告の取引先であるM株式会社との取引について,原告に報告するか帳簿に記載すべきところ,これを行わなかったこと。
オ 上記各不法行為により原告の被った損害額
当事者の主張
1 争点(1)ア(本件営業情報は,不正競争防止法2条4項所定の「営業秘密」に該当するか)について 【原告の主張】 (1) 本件営業情報@ないしDについて ア 有用性 (ア) 原告の取引先は,紙の製造や裁断,塗料の削取,プラスチック類等の産業廃棄物の粉砕,飼肥料製造などを行っており,原告は,取引先の製造する製品やその製造方法,加工方法等に応じた特性,寸法,材質等を備える膨大な数の工業用刃物を取り扱っている。その売値は注文の際の取引先との交渉により定まる。
また,原告は,工業用刃物の製造に関する得意不得意,納入時期やその商品性能,前回までの取引における売値,仕入値,それらの推移等を踏まえて,仕入先を選定している。そして,どの取引先に対してどのような工業用刃物をいくらで販売するのか,それをどのような仕入先からいくらで仕入れるかといった営業情報を,創業以来40数年にわたり集約してきた。
工業用刃物の取引の特殊性,取引における工業用刃物の数及び種類の膨大性,取引における売値決定等を勘案すれば,本件営業情報@ないしDの有機的結合は,営業上有用である。
(イ) 被告らは,本件営業情報@は電話帳等により調査が可能であるから有用ではないと主張する。しかし,本件営業情報@は,原告の扱う工業用刃物を購買する意思,購買する能力及び潜在的需要のある企業等の名称及び住所であるから,単純な電話帳等の内容とは全く異なる。
また,被告らは,本件営業情報BないしDについては,営業活動を行った場合に取引先が教えてくれると主張するが,そのようなことはほぼあり得ない。
秘密管理性 (ア) 原告は,本社,福岡営業所,四国営業所,静岡営業所及び名古屋営業所毎に,本件営業情報@ないしD及びその他の情報を電子データ化して,本社にあるコンピュータのサーバーに蓄積している。
原告は,サーバーに蓄積される電子情報の検索及び出力について,クエリー(QUERY)システムを利用している。したがって,各営業所が,LANにより接続されている本社のサーバーへアクセスして必要な情報を検索し各営業所にて出力する際には,ユーザーID,パスワード,コマンドを順次入力し,データ内容に沿ったファイルの選定,レコードの選択,検索方法の選択及び出力方法の選択を行わなければならない。そのためには,ユーザーID,パスワード,コマンド,ファイル名の意味(どのデータがどのような名称のファイルに入っているか),情報の抽出・出力の条件式を知らなければならない。
原告は,従業員がクエリーシステムを自由に使用することを認めたことはなく,パスワードは従業員全員に教えていたが,コマンド,ファイル名の意味及び情報の抽出・出力の条件式は,各営業所に1名しかいない販売管理担当者にしか教えていなかった。
被告元従業員らの中で,コマンド,ファイル名の意味及び情報の抽出・出力の条件式を原告から知らされていたのは,原告福岡営業所の販売管理担当者であった被告Eと,原告本社の販売管理システム担当者であった被告Fのみである。
したがって,本件営業情報@ないしDについては,アクセスする者が制限されており,これにアクセスした者は営業秘密であることを認識できた。
(イ) 原告は,クエリーシステムを扱える者に対しては,本件営業情報@ないしDの使用を営業所での販売に使用する目的に限定し,それ以外の目的で同情報を閲覧したりコピーしたりしてはならないと指導していた。
また,原告は,その他の従業員に対しては,クエリーシステムを扱える者から入手した本件営業情報を記載した紙や記録されたフロッピーディスクなどを施錠可能な机の中に保管するよう指導し,これを社外に持ち出したり,第三者に見せたりすることを禁じていた。
(ウ) 従業員就業規則37条5項により,原告の従業員であれば本件営業情報@ないしDが秘密情報であることを認識できた。また,原告は小規模の会社であるから,本件営業情報@ないしDが営業秘密であることは,原告従業員にとっては周知のことであった。
(エ) 被告らは,本件営業情報@ないしDを原告本社のサーバーに入力した後,同情報が記載された紙を原告福岡営業所でまとめてファイルにして保管していたというが,そのような取扱いは同営業所で行われていたというにすぎず,原告の指示によるものではない。
非公知性 本件営業情報@ないしDは,原告が長年をかけて取引先の需要に応じて集約してきたものであって,一般に知られていないし,電話帳などを見てもわかるものではない。
(2) 本件営業情報Eについて ア 有用性 原告は,取引先の注文等に応じるため,取引先や原告の資料を用いて,工業用刃物の商品名,寸法,形状等を図面にし,多くの時間と費用(1枚約1万5000円)を費やして,数千枚の工業用刃物の製作図面を作成していた。したがって,本件営業情報Eは有用性を有する。
秘密管理性 図面には,電子情報のものと紙のものとがある。
電子情報としての図面は,原告本社にあるサーバーに蓄積される。図面を蓄積するサーバーは,各営業所のパソコンとLANで結ばれており,各営業所の従業員は原告本社のサーバーにアクセスして図面を取得することができるが,従業員が営業所に個人所有のパソコンを持ち込んで当該サーバーにアクセスしたり,社外からアクセスしたりすることはできなかった。
紙としての図面は,各営業所の図面専用の施錠可能な棚に保管されていた。
原告の従業員であれば,従業員規則37条5項により,工業用刃物を製造するのに必要な図面である本件営業情報Eが秘密情報であることを認識できた。
また,取引先との間で工業用刃物を特定する目的以外に,図面を社外に持ち出すことは絶対に禁止されていた。
非公知性 図面情報は,原告が長年の営業努力の結果蓄積したものであって,一般に知られていない。また,取引先毎に工業用刃物の仕様が異なっており,取引先の製造上の秘密事項が含まれている可能性もあるから,原告と取引先との間に秘密保持契約が締結されていなくても非公知である。
【被告らの主張】 (1) 本件営業情報@ないしDについて ア 有用性 取引先・仕入先の名称,郵便番号,住所,電話番号,ファックス番号は,インターネット,タウンページ,取引先になると思われる業界で作成している名簿を利用して知ることができるから,営業上有用な情報であるということはできない。
また,取扱商品の品名,材質,売値単価,仕入値単価は,営業担当者と顧客側担当者あるいは仕入先担当者との話合いにより,多数の競合会社とのかねあいも考えながら,その都度決められていくものである。したがって,固定された上記情報が営業上有用であるということはできない。
したがって,本件営業情報@ないしDの各情報は,有用性を欠くものである。
秘密管理性 (ア) 原告は,クエリーシステムにより,各営業所における経理や営業事務を円滑に遂行させ,便宜を図ろうとしていた。そのため,原告は,経理担当者や各営業担当者がこれを自由に使えるようにしていた。また,原告従業員はだれでも,クエリーシステムを使用できる者(本件では被告Eや被告F)に頼んで必要となる情報を取得することができた。
原告がクエリーシステムを利用してアクセスした者に対しそれが営業秘密であることを認識できるようにしていた事実はないし,また,アクセスできる者を制限していたこともない。
また,クエリーシステムにより出力された結果を記録した紙やフロッピーディスクの取扱いについて,原告が何らかの制限や禁止を指示していたことはない。
なお,原告従業員は,各自のパソコンから原告本社のサーバーにアクセスすることが可能であったのであり,本件営業情報@ないしDを,クエリーシステムを利用することなく,取得することが可能であった。
(イ) 被告A,被告C,被告Bは,各自パソコンを利用し,担当する顧客から注文を受ける都度,各自のパソコンに,顧客のコード番号,顧客名,商品コード,商品名,寸法,材質,硬度,数量,送付先住所,仕入先,仕入先コード番号,納期,仮納期,売単価を入力し,これを印字して,被告Eに渡した。また,被告Dは,自ら受注した内容を受注伝票に手書きして被告Eに渡していた。
被告Eが原告本社のサーバーへ本件営業情報等を入力した後,被告Eに渡された本件営業情報@ないしDが記載されている紙は,まとめてファイルされ,原告福岡営業所内で保管されていた。
原告本社では,営業担当者が同様の情報をパソコン入力担当者に紙に印字して渡していたが,入力後は同紙各営業担当者において各自の手元で保有され,適宜廃棄されていた。
原告は,このような紙媒体の取扱等について,制限も指示もしていなかった。
(ウ) したがって,本件営業情報@ないしDの各情報は,秘密管理性を欠くものである。
非公知性 本件営業情報@及びAは,上記アで述べた理由により公知である。
また,原告の同業他社は,受注しようとする各企業の担当者との商品販売交渉において同社から本件営業情報BないしDを入手することができる。したがって,これらの情報は非公知ということはできない。
(2) 本件営業情報Eについて ア 有用性 本件営業情報Eが有用性を有することは認める。
秘密管理性 (ア) 図面が電子データで保存されている場合 原告福岡営業所と取引関係のある顧客に関する図面の電子情報は,パソコンに保管されていたので,何人でもパソコンを利用していつでも閲覧可能な状態におかれていた。
(イ) 図面が紙媒体で保存されている場合 紙の図面は,原告本社では社内の棚に保管されていたが,棚は施錠されておらず,管理方法についても何ら指示されていなかった。また,図面についてこれを営業秘密として認識できるようにされていたこともないし,アクセスできる者が制限されていたこともない。
原告福岡営業所には紙の図面が存在したが,各担当者が,自らの営業活動のために必要と判断したときには適宜同営業所内の自己の机の中に保管しており,その机は施錠されていなかった。原告にとって役に立たないと思われる古い図面が同営業所内の棚に保管されていたが,棚は施錠されておらず,かつ,原告からは施錠等管理について何らの指示もなかった。
本件営業情報Eの図面は,原告営業担当者が仕入先や受注先から入手したもの,当該刃物のメーカーの刃物を受注先等から入手し現物を原告が写生したものである。原告の同業他社が受注しようとする場合には,仕入先に依頼したり写生したりすることによって,図面を容易に入手できた。
非公知性 仕入先の多くは,競合する多数の企業の刃物を製作しているのが実情であり,工業用刃物を販売しようとする者は,通常,注文先会社(取引先)の了解を得て,仕入先から図面を入手している。原告が自己の情報として保有する図面について仕入先との間で秘密保持契約等を締結していないため,第三者は仕入先等から図面を容易に入手できる。また,原告の同業他社は受注しようとする各企業の担当者との商品販売交渉により同社が保有している本件営業情報Eを入手できる場合もある。したがって,本件営業情報Eは非公知ではない。
2 争点(1)イ(被告らは,本件営業情報に関し,不正競争防止法2条1項4号ないし9号に該当する不正競争行為をしたか)について 【原告の主張】 (1) 原告の被告元従業員らに対する本件営業情報の開示 ア 原告の営業担当者らは,取引先の値下げ交渉や機械の仕様変更などにより顧客の購入する刃物の価格や形態等が絶えず変動するため,常に最新の情報を必要としていた。そのため,原告従業員は,クエリーシステムを利用するか,クエリーシステムを利用できる者から情報提供されるかの方法により,常に本件営業情報が取得できる状態にあった。
被告D,被告A,被告B及び被告Cは,被告Eに依頼し,被告Eがクエリーシステムを利用することによって入手できた平成14年6,7月当時の最新の本件営業情報@ないしDを適宜組み合わせて記載した紙(平成15年12月15日付け訴え変更申立書別紙営業秘密目録1ないし160頁,327ないし365頁参照)を取得していた。
また,被告Fは,平成15年3月当時,平成14年6,7月から約7,8か月間の内容が変動した当該時期における本件営業情報を,紙あるいは電子情報で原告から開示されていた。
イ 原告の顧客が注文した工業用刃物についてはすべて図面が作成され,紙の図面は棚に保管してあり,電子情報の図面はコンピュータに保管されていた。原告の営業担当者らは,紙あるいは電子情報としての図面(本件営業情報E)を原告から開示されている状態にあった。
(2) 個々の被告らの行為 ア 被告E 被告Eは,原告の業務上必要もないのに,原告本社のサーバーにアクセスして,本件営業情報@ないしDを入手し,これを電子記録媒体に保管し,あるいは紙媒体とした上,被告D,被告A,被告B,被告C,被告F及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項4号)。
また,被告Eは,原告の業務上必要もないのに,本件営業情報Eの図面をコピーした上,これを被告D,被告A,被告B,被告C,被告F及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項4号)。
さらに,被告Eは,被告Fが本件営業情報を不正に取得したと知りながら同被告からこれを取得し,被告A,被告B,被告C及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項5号)。
被告Eは,原告に損害を加える目的で,前記(1)により原告から開示されていた本件営業情報を,他の被告らに開示し,使用した(不正競争防止法2条1項7号)。
イ 被告D 被告Dは,原告の業務上必要もないのに,本件営業情報が記載された紙をコピーしあるいは持ち出して取得した上,被告A,被告B,被告C,被告E,被告F及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項4号)。
また,被告Dは,被告E及び被告Fが本件営業情報を不正に取得したと知りながら同被告らからこれを取得し,被告A,被告B,被告C及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項5号)。
被告Dは,原告に損害を加える目的で,前記(1)により原告から開示されていた本件営業情報を,他の被告らに開示し,使用した(不正競争防止法2条1項7号)。
ウ 被告A 被告Aは,原告の業務上必要もないのに,本件営業情報が記載された紙をコピーしあるいは持ち出して取得した上,被告D,被告B,被告C,被告E,被告F及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項4号)。
また,被告Aは,被告E及び被告Fが本件営業情報を不正に取得したと知りながら同被告らからこれを取得し,被告D,被告B,被告C及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項5号)。
被告Aは,原告に損害を加える目的で,前記(1)により原告から開示されていた本件営業情報を,他の被告らに開示し,使用した(不正競争防止法2条1項7号)。
エ 被告B 被告Bは,原告の業務上必要もないのに,本件営業情報が記載された紙をコピーしあるいは持ち出して取得した上,被告D,被告A,被告C,被告E,被告F及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項4号)。
また,被告Bは,被告E及び被告Fが本件営業情報を不正に取得したと知りながら同被告らからこれを取得し,さらに,被告D,被告A,被告C及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項5号)。
被告Dは,原告に損害を加える目的で,前記(1)により原告から開示されていた本件営業情報を,他の被告らに開示し,使用した(不正競争防止法2条1項7号)。
オ 被告C 被告Cは,原告の業務上必要もないのに,本件営業情報が記載された紙をコピーしあるいは持ち出して取得した上,被告D,被告A,被告B,被告E,被告F及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項4号)。
また,被告Cは,被告E及び被告Fが本件営業情報を不正に取得したと知りながら同被告らからこれを取得し,被告D,被告A,被告B及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項5号)。
被告Cは,原告に損害を加える目的で,前記(1)により原告から開示されていた本件営業情報を,他の被告らに開示し,使用した(不正競争防止法2条1項7号)。
カ 被告F 被告Fは,原告の業務上必要もないのに,原告本社のサーバーにアクセスして本件営業情報を入手し,あるいはこれを紙媒体化してそのコピーを持ち出した上,被告D,被告A,被告B,被告C,被告E及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項4号)。被告Fが上記方法で本件営業情報を入手したことは,クエリーシステムにおいて,原告四国営業所以外の営業所に関する顧客名簿,取引条件,各期の実績等のデータを,「F用」という自分用の保管場所を設けて保管していたことからも明らかである。
被告Fは,被告Eが本件営業情報を不正に取得したことを知りながらこれを被告Eから取得し,被告A,被告B,被告C及び被告会社に開示した(不正競争防止法2条1項5号)。
被告Fは,原告に損害が生じることを知りながら,前記(1)の方法により原告から開示されていた本件営業情報を,他の被告らに開示し,使用した(不正競争防止法2条1項7号)。
キ 被告会社 被告会社は,被告D,被告A,被告B,被告C,被告E及び被告Fがいずれも不正に本件営業情報を取得したことを知りながら,あるいは不正行為が介在したことを重大な過失により知らないで,本件営業情報を入手し,被告会社の営業に使用した(不正競争防止法2条1項5号)。
仮に被告会社が,本件営業情報入手当時,これについて不正取得行為が介在したことを知らず,あるいは知らないことについて重大な過失がなかったとしても,その後にこれを知りあるいはその後にこれを知らなかったことについて重大な過失がある状態になった後に,本件営業情報を被告会社の営業に使用した(不正競争防止法2条1項6号)。
また,被告会社は,被告D,被告A,被告B,被告C,被告E及び被告Fが,原告から開示された本件営業情報を,原告に損害を加える目的で被告会社に開示しているのを知りながら,あるいは重大な過失によりこれを知らないで,被告会社の営業に使用した(不正競争防止法2条1項8号)。
仮に被告会社が,本件営業情報入手当時,これらの事情について知らず,あるいは知らないことについて重大な過失がなかったとしても,その後これを知ったあるいはその後にこれを知らなかったことについて重大な過失がある状態になった後に,被告会社の営業に使用した(不正競争防止法2条1項9号)。
(3) 被告らが本件営業情報を取得し使用していることを裏付ける事情 ア 原告福岡営業所におけるコピーの枚数は,3か月間で3000枚から4000枚程度であった。しかし,被告元従業員ら(被告Fを除く。)が退職する直前の3か月間(平成14年3月14日から同年6月17日)では約6500枚と著しく増加した。これは,被告元従業員ら(被告Fを除く。)が退職直前に本件営業情報を大量にコピーして持ち出したからにほかならない。
イ 原告の取引先との取引では,各商品毎に寸法等の仕様や売値,仕入値が別個に決められ,それぞれ図面を必要とする。また,受注から納品まで相当期間が必要となる。しかるに,被告会社が,設立後短期間で原告の取引先と取引ができ,また,受注後極めて短期間のうちに商品を納品できている。これは本件営業情報を利用したために,商品の寸法等の仕様や売値,仕入値の決定あるいは必要図面の作成に時間がかからずにすんだからにほかならない。
被告らは,取引先や,取引先が必要とする商品毎の仕様,売値,仕入値,図面等の営業情報を,記憶を呼び起こしあるいは取引先から聞き出すことによって,営業活動を行っていると主張する。しかし,本件営業情報は膨大であってこれを記憶しているとは到底考えられず,また取引先が売値を教えてくれたとしても仕入値がわからなければ利益を確保できない。したがって,被告らの主張は不合理である。
また,平成14年6月当時,被告会社には工業用刃物の作図をすることができる社員は存在せず,しかも膨大な数に上る工業用刃物に関し図面を作成する時間もなかった。
ウ 被告会社が原告の取引先に持参した図面の中には,@基準点が右下にある,AC面取りの寸法表示が補助線の先にある,といった特徴によって,原告従業員が作成したことが明らかな図面(甲28の2。ただし,別紙営業情報目録記載の図面ではない。)がある。被告会社が,原告が図面管理するサーバーから電子情報を持ち出した被告元従業員らから同図面を受け取ったことは,原告従業員が作成した図面(甲31・4枚目)と被告会社が原告の取引先に持参した図面(甲28の2)とが,コピー機やFAXの仕様や簡易CADによる変換がうまくいかなったために起こり得る程度の相違点しか有していないことから明らかである。その他にも,原告の取引先の中に,被告会社が使用する図面は,原告の製図した図面と一致ないし酷似するあるいは原告の製図を加工したものであると述べる者がいる。
【被告らの主張】 (1) 被告D,被告A,被告C及び被告Bは,各自がその担当する取引先の本件営業情報@ないしDを整理して営業活動を行っていたものであり,被告Eから本件営業情報@ないしDを記載した紙を受け取ってそれに基づいて営業活動をしていたわけではない。原告福岡営業所において,正式にクエリーシステムの存在を知り,使用していたのは被告Eのみであり,被告D,被告A,被告C及び被告Bは,これを知らなかった。
また,被告Eは,クエリーシステムを十分に使いこなすに至っておらず,クエリーシステムを利用して,本件営業情報@ないしDを適宜組み合わせ,その電子情報をフロッピーディスクにコピーしたり紙媒体に出力したりしたことはないし,そのようなものを他の被告元従業員らに示したことはない。
被告Fは,原告本社のサーバーに入っている組合せの一覧ファイルが乱雑に並んでおりだれが作成したものかわからなくなるため,自らが作成したもののファイルに「F用」なる見出しを付けてわかりやすくデータを整理していたものの,実際には被告Dらと同様,担当する取引先の情報を自ら整理保管していた。被告Fが,クエリーシステムを利用して,本件営業情報@ないしDを適宜組み合わせ,その電子情報をフロッピーディスクにコピーしたり,紙媒体に出力したりして他の被告元従業員らに開示したことはない。
被告会社は,他の被告元従業員らから本件営業情報の開示を受けたことはない。
(2) 被告会社の現在の取引先及び仕入先で,原告の取引先及び仕入先と重なっているのは,被告D,被告A,被告C,被告B,被告Fが担当していた各自20ないし30社程度である。これら取引先の名称,所在地,納入品目,商品の寸法や材質,刃物交換時期,支払方法等につき,被告元従業員らは,各人の記憶に基づいて新たに被告会社従業員として得意先を訪問し受注を開始したものである。
また,各取引先が必要とする商品の品名,寸法,材質,硬度,角度,数量,研磨の時期について仮に記憶が不十分だとしても,営業担当者は取引先担当者からこれらの情報を教えてもらうのが通常の方法であり,被告会社の従業員らは,現にそのような方法で被告会社の営業活動を行っている。
さらに,売値,仕入値の単価についても,被告会社は,原告を含む競合先との価格競争毎に取引先や仕入先と協議して決定しており,その際,原告を含む競合先の提示する売値,仕入値や実際の価格等について,取引先や仕入先から聞き出している。また,図面についても仕入先や取引先から入手している。
したがって,被告元従業員らは,営業活動において本件営業情報を記録したものを必要としておらず,そのため,これを入手して被告元従業員らにおいて保管等をする必要もなかった。
(3) 原告は,被告元従業員ら(被告Fを除く。)が退職する直前の原告福岡営業所でのコピー枚数の増大を根拠に,被告元従業員ら(被告Fを除く。)が本件営業情報を大量にコピーして取得したと主張する。
しかし,被告元従業員ら(被告Fを除く。)の退職直前約3か月間にコピー枚数が増大しているのは,原告の指示により,被告D,被告A,被告C及び被告Bが,退職するに当たって,だれが見てもわかるように図面を整理したり,古くなって破れたものや印字が薄くなって判読困難なものなどを新しくコピーして整理したり,取引先リストを作成したりしたためである。被告Aは,原告の指示により,さらに,関東出張所,名古屋出張所についても図面整理,取引先リストの作成なども行っている。
(4) 原告は,原告の図面を管理しているサーバー内の電子情報を被告元従業員らが持ち出し,これを原告の取引先に渡していると主張し,その証拠として甲第28号証の2の図面を提出する。
しかし,被告元従業員ら(被告Fを除く。)は,原告福岡営業所において大阪にある原告本社の図面を管理するサーバーにアクセスする方法やその電子情報を取得する方法を知らず,また,原告本社のサーバー内の図面にアクセスする具体的な方法を知らなかった。したがって,被告元従業員ら(被告Fを除く。)が,甲第28号証の2の図面を原告から持ち出すことは事実上不可能であった。甲第28号証の2の図面は,被告Cが刃物の制作依頼を交渉中に相手方から提出を受けたものである。
3 争点(1)ウ(上記不正競争行為により原告の被った損害額)について 【原告の主張】 (1) 原告の得べかりし営業利益相当の損害 原告は,平成10年10月から被告会社が設立された平成14年6月までは,次の@ないしCのとおり,平均月額2425万円の売上げ・同596万円の粗利(粗利率24.5%)を得ていたところ,被告らの不正競争行為及び被告らの後記各不法行為により,後記D,Eのとおり,売上げが月額平均1006万5000円,粗利が月額平均272万5000円(粗利率27.07%)に減少した。粗利は月額平均323万5000円減少している。
@ 平成10年10月から平成11年9月まで(第40期) 売上げ:平均月額2194万円 粗 利:平均月額512万円 粗利率:23.4% A 平成11年10月から平成12年9月まで(第41期) 売上げ:平均月額2568万円 粗 利:平均月額607万円 粗利率:23.6% B 平成12年10月から平成13年9月まで(第42期) 売上げ:平均月額2667万円 粗 利:平均月額660万円 粗利率:24.8% C 平成13年10月から被告会社が設立される平成14年6月まで 売上げ:平均月額2220万円 粗 利:平均月額608万円 粗利率:平均27.3% D 平成14年7月から同年9月まで 売上げ:平均月額1284万円 粗 利:平均月額320万円 粗利率:24.9% E 平成14年10月から平成15年4月まで 売上げ:平均月額914万円 粗 利:平均月額256万5555円 粗利率:28.06% したがって,原告は,平成14年7月から平成15年6月までの12か月分の売上げ減少額1億7022万円に平成15年6月の粗利率31%を乗じた5276万8200円の得べかりし利益額相当の損害を被った。
(2) 将来被るべき営業損害 また,原告は,平成15年7月1日以降,被告らが営業をやめるまで,上記粗利減少分月額323万5000円相当の損害を被ることになる。
(3) 弁護士費用 527万6820円 (4) 結論 以上のとおり,被告らは,原告に対し,上記(1),(3)の合計額5804万5020円及び(2)の平成15年7月1日以降被告らが営業をやめるまで1か月323万5000円の割合による損害を賠償すべき義務がある。
【被告らの主張】 原告の主張は,否認ないし争う。
4 争点(2)ア(仮に不正競争防止法に基づく請求が認められないとしても,被告らの上記(1)イの不正競争行為及び原告において培ってきたノウハウを利用した行為は原告に対する不法行為を構成するか)について 【原告の主張】 (1) 前記2【原告の主張】(2)記載の被告らの各行為が不正競争防止法2条1項4号ないし9号の不正競争行為に該当しないとしても,被告元従業員らは,原告が約40年にもわたって培ってきた本件営業情報を持ち出して被告会社に就職し,原告の取引先を奪ったものである。このような被告らの行為は民法709条の不法行為に該当し,これを共同で行ったというべきである(民法719条)。
(2) また,原告は,約40年の間に,取引先との信頼関係,社内従業員同士の人間関係,取引先・仕入先の発掘方法,商品の製造方法,工業用刃物の図面の作成の仕方というようなノウハウを培ってきた。
被告元従業員らは,このような原告のノウハウを持ち出して被告会社に就職し,これを使用して原告と競合して取引先を奪ってきた。このような被告らの行為は自由競争の範ちゅうを超えた違法な行為というべきであり,原告に対する不法行為を構成する。
【被告らの主張】 原告の主張は争う。
5 争点(2)イ(被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eの原告からの退職行為は,原告に対する不法行為あるいは共同不法行為を構成するか)について 【原告の主張】 従業員は,雇用契約に付随する信義則上の義務として,使用者に対し,その正当な利益を不当に侵害してはならない義務を負う。
被告元従業員ら(被告Fを除く。)は,原告の取引先を被告会社が奪うことにより利得する目的で,原告福岡営業所の従業員が全員退職することにより同営業所の機能を麻痺させ,原告に損害を被らせることを知りながら同時に退職することを企てた。そして,実際にも,同時に,ないし相次いで原告福岡営業所を退職して被告会社に入社し,被告会社従業員として原告の取引先に対し営業活動を行い,原告との取引をやめて被告会社と取引するようにさせた。このような被告元従業員ら(被告Fを除く。)の行為は,雇用契約に付随する上記信義則上の義務に反する不法行為(共同不法行為)を構成する。
【被告元従業員ら(被告Fを除く。)の主張】 被告元従業員ら(被告Fを除く。)は,原告在職中かねてから退職を示唆されていた上,平成14年3月には原告の取締役から「いつ辞めてもよい。」等と明言され,やむなく個別に退職することを決意するに至り,平成14年5月に辞表を提出したものである。その際,原告から仕事の引継ぎのために退職日をずらすよう指示を受け,各自これに従って退職日をずらし,それぞれが引継ぎを終えた後に退職している。
被告元従業員ら(被告Fを除く。)は,退職後の就業先を自らの判断で決定し得ることが保障されており,原告に対して競業避止義務を負っていないから,退職後被告会社に就職したことが原告に対する不法行為を構成することはない。
なお,被告Dは,知人であるG(被告会社代表者)に退職後の就職先を相談したところ,同人が被告会社を設立することを知り,原告退職後被告会社に就職することを決意した。被告A,被告B,被告C,被告Eは,退職後の就職先を探すに当たり,適当な就職先が見あたらず,これまでの仲間と一緒に仕事ができる職場として被告会社を選択した。
6 争点(2)ウ(被告D及び被告Aは,被告B,被告C,被告E及び被告Fに対して違法な引抜き行為と評価されるような被告会社への勧誘行為を行ったか)について 【原告の主張】 (1) 個人の転職の自由は最大限に保障されなければならないから,企業間における従業員の引抜き行為は,単なる転職の勧誘に止まる限りは違法ということはできず,このような勧誘行為が引き抜かれる側の会社の幹部従業員によって行われたとしても,同行為を直ちに雇用契約上の誠実義務に違反した行為と評価することはできないというべきである。しかし,その場合でも,退職時期を考慮し,あるいは事前の予告を行う等,会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであり,これをしないばかりか会社に内密に移籍の計画を立て,一斉にかつ大量に従業員を引き抜く等,その引抜きが単なる転職の勧誘の域を超え,社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には,それを実行した引き抜かれた側の会社の幹部従業員は同会社との間の雇用契約上の誠実義務に違反したものとして,同会社に対し債務不履行あるいは不法行為に基づく責任を負うというべきである。
(2) 被告D及び被告Aは,原告福岡営業所の所長と所長代理であって,雇用契約上,原告の正当な利益を侵害してはならない高度の義務があるのにこれを怠り,原告在職中から被告会社の設立を知りあるいはこれに関与する一方,被告B,被告C,被告Eを引き抜けば原告福岡営業所に従業員が存在しなくなり同営業所の営業機能が麻痺することを認識していながら,一斉に同被告らを大量に引き抜きいて退職させ,その際,原告が長年積み重ねた本件営業情報を役割を分担させて持ち出させた。しかも,被告会社の設立を原告に隠して秘密裏に行われた周到な移籍計画であった。さらに,原告の機能が麻痺しているときに取引先に攻勢をかけて原告の取引先を奪う目的を持つものであった。
したがって,被告Dと被告Aの,被告B,被告C,被告E及び被告Fに対する被告会社への勧誘行為は,単なる勧誘の域を超え,社会的相当性を逸脱したものであり,原告との間の雇用契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行あるいは不法行為に該当するというべきである。
【被告D及び被告Aの主張】 (1) 被告元従業員らは,原告従業員であった当時,原告に対して競業避止義務を負っていたわけではないし,とりわけ,退職届が受理された後は転職のための活動の自由が保障されている。
(2) 被告元従業員らの退職の大きな原因となったのは,原告の担当取締役が被告元従業員らに合理的な理由もなく退職するよう示唆したり明言したりしたことにあり,各自の判断でやむなく退職を決意したものである。
被告元従業員ら(被告F及び被告Eを除く。)は,平成15年5月15日に退職を申し出,原告が同日すべて受理したものの,引継ぎ等のために時期を遅らせるよう指示したのに従い,退職時期を遅らせたものである。原告はその間に引継ぎを終え,新たに従業員を雇用して原告福岡営業所の業務の承継を図ったのである。
(3) 被告元従業員らは,退職届が受理された後,退職後の就職先を探し,その結果,新設の被告会社へ各自の判断で就職した。
被告Dは,知人のGに原告退職後の就業先について相談したところ,Gが被告会社を設立することを決意していたので,原告退職後被告会社に就業することとしたものである。
被告A,被告B,被告C,被告E,被告Fは,退職届が受理された後,退職後の就職先の選択肢の一つとして被告会社のことを知ったが,いずれも他の被告らから強力な勧誘を受けたことはなく,他に適当な就職先も見あたらなかったことなどから,これまでの仲間と一緒に仕事ができる職場として被告会社を選択したにすぎない。
(4) 以上の事情を総合すると,被告D,被告Aは,そもそも他の原告の従業員を引き抜いて退職させたことはなく,雇用契約上の誠実義務に反する違法な行為をしていないことは明らかである。
7 争点(2)エ(次の各行為の存否)について 【原告の主張】 (1) 争点(2)エの(ア)の行為 被告元従業員ら(被告Fを除く。)は,原告の取引先に対して,原告福岡営業所は閉鎖されていないのに,「正久(原告)は潰れた。被告会社が業務を引き継ぐ。」との虚偽の事実を述べ,原告の取引先に誤解を与えて原告との取引をやめさせた。
(2) 同(イ)の行為 被告Eは,平成14年6月7日,他の被告元従業員ら(被告Fを除く。)と共謀して,いずれも原告在職中であるにもかかわらず,原告がL株式会社から研磨処理(TCスリッターナイフ上刃,100×66×1.0,TCスリッターナイフ下刃,80×55×10,数量各22)の受注を受けながらこれを原告に報告せず,被告会社入社後にこれを被告会社に受注させ,被告会社に受注の横流しを行うという背信行為を行った。
(3) 同(ウ)の行為 原告は,平成14年7月20日,M株式会社から取引残高(485万1000円)の確認依頼があった。原告は帳簿等を調査したが,M株式会社との取引の存在を確認できなかった。
その後,M株式会社は,残高確認依頼は間違いであったので廃棄してほしいと連絡してきたが,残高確認依頼とは,取引先からの請求等に対し,相互の債権債務の確認という目的で行われる重要な作業であり,その確定した金額を基に月次及び確定決算等を作成するものであるから,これを原告からの指摘により,間違いであったと回答するなどということは考えられない。
被告元従業員ら(被告Fを除く。)は,本来原告とM株式会社間で行われるべき取引を,原告に関する帳簿に記載せず,被告会社に引き継ぐ目的で取引していたのである。
【被告らの主張】 (1) 【原告の主張】(1)の事実は否認する。被告元従業員ら(被告Fを除く。)はそのような言動に及んだことはない。
(2) 同(2)の事実は否認する。
原告の指摘する受注は,被告会社がL株式会社から受けたものであったが,L株式会社が研磨修理依頼品を誤って原告福岡営業所に送付したことから,L株式会社の指示を受けて,同依頼品を原告福岡営業所から被告会社へ引き渡したものである。
(3) 同(3)の事実は否認する。
M株式会社と原告あるいは被告会社は,これまで全く取引したことがない。残高確認依頼書は,M株式会社が原告に誤送したものに相違ない。
8 争点(2)オ(上記各不法行為により原告の被った損害額) (1) 原告の得べかりし営業利益相当の損害 原告は,上記各不法行為により,前記3(1),(2)のとおり,平成14年7月から平成15年6月までの12か月分の売上げ減少額1億7022万円に平成15年6月の粗利率31%を乗じた5276万8200円の得べかりし利益相当の損害を被った。なお,被告らの上記7【原告の主張】(2)の不法行為により1万3860円の,同(3)の行為により485万1000円の損害を被ったが,この損害は上記損害に含まれるものである。
(2) 将来被るべき営業損害 原告は,平成15年7月1日以降,被告らが営業をやめるまで,上記粗利減少分月額323万5000円相当の損害を被ることになる。
(3) 弁護士費用 527万6820円 (4) 結論 以上のとおり,被告らは,原告に対し,上記(1),(3)の合計額5804万5020円及び(2)の平成15年7月1日以降被告らが営業をやめるまで1か月323万5000円の割合による損害を賠償すべき義務がある。
当裁判所の判断
1 争点(1)ア(本件営業情報は,不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当するか)について (1) 不正競争防止法2条4項所定の営業秘密とは,「秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないもの」をいう。そこで,まず,本件営業情報が「秘密として管理されている」といえるか否か(秘密管理性の有無)について検討する。
(2) 証拠(甲1ないし4,15,25の1ないし4,甲28の1及び2,甲29ないし35,乙3ないし8,証人Hの証言(一部),被告C,同D,同E,同Fの各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告の営業活動の方法等について 原告は刃物販売業者であり,その取引先としては本社分で約600社,福岡営業所分で約550社を擁していた。取引先の業種は,紙の製造や裁断,塗料の削取,プラスチック類等の産業廃棄物の粉砕,飼肥料製造等など多岐にわたっていた。そのため,原告の取り扱う刃物の種類は,本社において約6600種類,福岡営業所において約4200種類に上っていた。
原告は,刃物の製造を行っておらず,取引先の注文に応じて刃物の製造業者(仕入先)に発注して購入し,これを取引先に販売しているものである。このように,原告の取扱商品である刃物自体は,必ずしも原告独自の商品というものではなく,同業他社等である刃物販売業者も取り扱うことが可能な商品を対象とするものであって,原告は,同業他社との競争にさらされていた。そして,原告の営業活動としては,各営業担当者が取引先(販売先)を訪問して同取引先が必要としている刃物の種類,形状,数量等を聞き出し,それに基づいて見積書を取引先に提出し,受注を受けるという方法が採られており,この営業方法自体は他の同業者と大差がなかった。
その際,受注を受ける刃物の図面は取引先から入手する場合が多く,刃物が機械の一部となっている場合には当該機械のメーカーが作成した刃物の図面を取引先からコピーさせてもらったり,別の業者が作成して取引先が保有している刃物の図面をコピーさせてもらったりするほか,現物を見て原告自らが新たに製図したり,刃物の製造業者に現物を持参して同業者に図面を作成してもらったりする方法を採っていた。
取引先から受注する刃物が以前と同じ刃物である場合には,電話等で受注することが可能であったが,同業他社が原告の取引先を競合して訪問し,同様の刃物についてより低い販売価額を提示する可能性がないわけではないことから,原告の営業担当者としては,頻繁に取引先を訪問し,以前に受注した商品であっても同業他社がより低い販売価額を提示していた場合には改めて取引先と価格交渉をしたり,以前に受注したことがない刃物についても新たに受注するよう努めなければならない。同業他社との競争により低い販売価額を提示しなければならない場合には,刃物製造業者(仕入先)に対して仕入値を低くしてもらうよう交渉したり,場合によっては仕入先を変えたりすることを強いられる可能性もある。
以上のような事情により,原告の営業担当者は,担当する各取引先が主にどのような刃物を必要としているのか,その刃物の商品名等を大まかに認識している必要はあるものの,刃物の細かな特質・寸法・材質・売値等については,取引先の要望を個別的に聞き出し,交渉を経て決定されるものであるため,必ずしもこれらの事項をあらかじめ記憶し,あるいは認識しておく必要はない。また,取引対象となる刃物の製作図面も,上記のとおり,取引先からコピーさせてもらったり,現物を借りて自ら作成し,あるいは刃物製造業者に見せてこれを作成してもらったりすることが可能であり,常にあらかじめこれらの図面を保有していなければならないというものでもなかった。さらに,営業担当者の一般的な知識として,どの刃物製造業者(仕入先)が,どのような種類の刃物を得意とし,どの程度の品質・性能を有するものを製作できるか,納期はどれくらいかかるか,仕入値はどの程度かを大まかに認識していることは有用であるものの,どのような種類の刃物を発注するかは,結局,取引先との交渉によって決定されることになるため,必ずしも上記の点に関する正確な情報をあらかじめ記憶し,あるいは認識しておかなければならないわけではなく,刃物の製作図面をあらかじめ保有しておかなければならないわけでもない。
イ 本件営業情報@ないしDの管理保管について (ア) 原告の営業担当者は,取引先から刃物の受注を受けた場合には,取引先名,商品名,寸法・材質,当該商品の売値,仕入先名及び仕入値などの情報を受注原票に記載し,又はこれらの情報を各営業担当者に配付されているパソコンに入力してプリントアウトし,これらの受注原票又はプリントアウトした紙(以下,これらを併せて「受注原票等」という。)を事務担当者に渡していた。事務担当者は,受注原票等に記載された情報をパソコンに入力し,当該パソコン端末機とLANで繋がれている原告本社のサーバーに情報として蓄積していた。また,事務担当者は,同情報に基づき,取引先に対する請求書等を作成するなどの作業を行っていた。事務担当者がその記載内容をパソコンに入力した後の受注原票等については,原告本社においては各営業担当者に渡され,各自において適宜廃棄するなどしていたものであり,原告福岡営業所においては,被告Eから入力後の受注原票等が被告Dに渡され,同被告においてこれをファイルし,同営業所内でこれを保管していた。また,受注原票等が施錠された場所に保管されたり,受注原票等の綴りの表紙等にこれらが秘密である旨の表示がされたりするなどの取扱いがされたことはなかった。そして,原告は,各営業担当者が保有・保管している受注原票等の管理保管方法について,各営業担当者に具体的な指示・指導をしたことはなかった。
(イ) 他方,事務担当者がパソコン端末機を通じて原告本社のサーバーに入力した取引内容は,販売管理システムにより,取引先毎の情報として,あるいは1日の在庫数量の変動や売上実績等として,各営業担当者が閲覧できるようになっていた。
さらに,平成13年6月からは,原告本社のサーバーに入力された取引内容を適宜組み合わせて閲覧できるようにするためのクエリーシステムが導入された。
このクエリーシステムは,原告本社経理課長のHが構築し,Hのみが使用していたが,その後Hが被告Fにその使用方法等を教え,被告Fが原告名古屋営業所の事務員及び原告福岡営業所の事務員である被告Eに教えた。
上記クエリーシステムを使用する場合には,ユーザーID,パスワード,コマンドを入力し,知りたい電子情報が入っているファイルの名称を特定した上,特定の抽出・出力の条件式を設定しなければならなかったが,ユーザーID,パスワード,コマンド,ファイル名の意味(どのような電子情報が入っているか),情報の抽出・出力の条件式については,H,被告F,被告Eなど,ごく限られたクエリーシステム使用者にしか知らされていなかった。そのため,クエリーシステムを使用して取引先に関し目的に応じた情報の組合せを閲覧したいと考える管理職や営業担当者は,上記クエリーシステム使用者に閲覧の目的や閲覧したい事項の組合せ等を説明して,同人らに文書化あるいはファイル化してもらったものを入手するしかなかった。
ところで,原告福岡営業所の営業担当者は,原告の営業活動が取引先を訪問して直接交渉する方法を主体としていたため,既に決定した取引内容の組合せ等を一覧できるものを必ずしも必要としていなかった。また,原告は,クエリーシステムの存在を原告の全従業員に知らせていたわけではなく,下記のとおり,現にその存在を知らない原告従業員もいた。すなわち,被告Eは,被告Fからクエリーシステムについて教えられたのが平成14年2月でこれを自由に使用できるようになったのが同年4月ころであり,原告福岡営業所の営業担当者である被告D,被告A,被告B及び被告Cが特にクエリーシステムを利用した営業情報を組み合せたものを必要としているように見受けられなかったことから,同被告らにその存在を知らせなかったため,同被告らは,原告を退職するまでクエリーシステムの存在を知らなかった。
被告Eがクエリーシステムを使用して営業情報の組合せを行ったのは,原告から退職する者が引継書を作成する際にクエリーシステムを使って文書化したものを渡すようにとの指示を原告本社から受けた被告Eが,取引先毎に,商品名称・寸法・材質・売値・仕入値の各情報を組み合わせてこれをエクセルファイルに落として文書化し,退職する担当者に配付した際と,原告本社から上司が原告福岡営業所に来所し,年間売上げ200万円以上の得意先に限り文書化するよう求められたときだけであった。
ウ 本件営業情報Eについて 上記アのとおり,原告においては,取引先からの受注に応じるために,取引先から,その保有する刃物の製作図面をコピーさせてもらったり,原告本社あるいは原告営業所において現物を見ながら原告自らが製図したり,刃物製造業者(仕入先)に作成してもらったりしていた。
原告本社においては,そのような刃物の製作図面を棚に保管していたが,その棚は施錠されていたわけではなかった。また,原告福岡営業所では,各営業担当者が必要とされる図面を手元に置き,不要となった図面を施錠されていない棚に保管していた。
原告は,原告本社において図面をパソコン等で作成し,これを電子情報として保有することもあったが,その場合には,各営業所から必要に応じLANを経由して適宜上記電子情報を入手することができた。
原告は,刃物の製作図面について,紙のものにせよ,電子情報にせよ,その管理保管について従業員に指示したことはなかった。また,製作図面上に秘密である旨の表示がなされたこともなかった。
エ 原告の従業員就業規則について 原告の従業員就業規則37条は,原告の従業員が遵守すべき事項を定めたものであるところ,同条5項には「会社の車輌,機械,器具その他の備品を大切にし,原材料,燃料,その他の消耗品の節約に努め,製品及び書類は丁寧に取り扱い,その保管を厳重にすること」と規定されている。
(2) 不正競争防止法2条4項にいう「秘密として管理されている」(秘密管理性)とは,当該情報について,認識可能な程度に客観的に秘密の管理状態を維持していること,具体的には当該情報にアクセスできる者が制限され,当該情報にアクセスした者をして当該情報が営業秘密であることを認識させ得るようにされていることをいうものと解される。
ア 本件営業情報@ないしDについて (ア) 前示認定のとおり,原告は,本件営業情報@ないしDを,各営業担当者が受注を受ける毎に作成する受注原票等に記載させ,これを事務担当者をしてパソコン端末機を通じて原告本社のサーバーに集積させる方法で保有していたものといえる。
(イ) 原告本社のサーバーに集積されていた本件営業情報@ないしDは,平成13年6月以降はクエリーシステムを使用して閲覧し得るようになっていたところ,上記クエリーシステムは,これを構築したHのほか,被告F及び被告Eら数名の従業員(クエリーシステム使用者)のみがその使用に必要なユーザーID,パスワード,コマンド等を知らされており,そのため,クエリーシステムを使用して取引先に関し目的に応じた情報の組合せを閲覧したいと考える管理職や営業担当者は,上記クエリーシステム使用者に閲覧の目的や閲覧したい事項の組合せ等を説明して,同人らに文書化あるいはファイル化してもらったものを入手するしかなかったというのである。そうすると,原告による本件営業情報@ないしDの保有・保管が,原告本社のサーバーに蓄積する方法に限定されていたとすれば,原告は,クエリーシステムの採用により,アクセス(クエリーシステムを使用すること)ができる者を限定し,パスワード等を設定することによってクエリーシステムを使用する者をして使用の結果閲覧できる情報が営業秘密であると認識できるようにしていたということができ,その意味では本件営業情報@ないしDを秘密として管理していたと解する余地もある。
(ウ) しかしながら,本件営業情報@ないしDが最終的には原告本社のサーバーに蓄積されるに先立ち,各営業担当者は受注を受ける毎に受注原票等に上記営業情報を記載していたところ,これらの受注原票等は,事務担当者によりパソコン端末機を通じて原告本社のサーバーに蓄積された後には,原告本社においては各営業担当者に返還され各自が適宜廃棄処分するなどしていたものであり,原告福岡営業所においては事務担当者の被告Eから被告Dに返還され,同被告においてこれをファイルし,同営業所内でこれを保管していたものであり,しかも,受注原票等が施錠された場所に保管されたり,受注原票等の綴りの表紙等にこれらが秘密である旨の表示がされたりするなどの取扱いがされたことはない上,原告は,上記受注原票等の管理保管方法について,具体的な指示・指導をしたことはなかったというのである。これによると,結局のところ,本件営業情報@ないしDについては,これにアクセスできる者が制限され,同情報にアクセスした者をして同情報が営業秘密であることを認識させ得るような措置が採られているとは到底いえないものというべきである。
なお,原告の従業員規則37条5項は,書類等を厳重に保管すべき義務を従業員に課したものということができるが,同規定は,原告の備品等を大切にし,消耗品等を節約するというような規定と同列に規定されており,書類等の会社の備品等を取り扱う際の従業員の心構えを抽象的に定めた規定というべきである。
したがって,このような規定をもって,特定の情報である本件営業情報@ないしDが秘密として管理されていると客観的に認識し得るものであるということができないことは明らかである。
なお,被告らの中には,本人尋問において,本件営業情報@ないしDが企業活動において重要である旨を供述する者もいるが,同被告らが上記のような認識を有していたとしても,それだけで客観的に上記情報が営業秘密であると認識できたということができないことはいうまでもない(そのように認識できなかったことは,上記認定・説示から明らかである。)。
以上のとおり,本件営業情報@ないしDが原告により秘密として管理されていたと認めることはできない。
イ 本件営業情報Eについて (ア) 前示認定のとおり,原告の取扱商品である刃物の製作図面は,原告本社においても原告福岡営業所においても,施錠された棚等に保管されていたということはなく,また製作図面上に秘密である旨の表示がされたこともない。
かえって,原告福岡営業所では,各営業担当者が必要とされる図面を手元に置き,不要となった図面を施錠されていない棚に保管していたものであり,原告本社のサーバーに製作図面が電子情報として存在する場合においても,各自LANを使用することによって上記電子情報を適宜自由に入手できるようになっていたのである。その他,原告が,紙あるいは電子情報での刃物の製作図面について,その管理や使用を指示制限したこともない。
そうすると,原告が,本件営業情報E(紙又は電子情報としての刃物製作図面)を秘密として管理していたということはできない。
(イ) 原告は,本件営業情報Eは,電子情報については従業員が個人所有のパソコンを持ち込んで原告本社のサーバーにアクセスできないようにしていたこと,紙の図面については施錠可能な棚に保管していたことを根拠に,秘密として管理されていたと主張する。しかし,従業員の個人所有のパソコンから原告本社のサーバーにアクセスできないとしても,原告が従業員に配付していたパソコンからであればこれにアクセスできるのであるから,結局,同情報が秘密として管理されていなかったことは明らかである。また,紙の図面について施錠可能な棚に保管されていたとのHの証言及び同人作成の陳述書には,これを裏付けるに足りる証拠はなく,同人の同証言・陳述部分は信用できない。なお,従業員規則37条5項をもって原告が本件営業情報Eを秘密として管理していたということができないことは,前記ア(ウ)で説示したとおりである。
ウ したがって,本件営業情報は,いずれも秘密管理性を欠くものであるから,不正競争防止法2条4項にいう営業秘密に該当しない。
(3) そうすると,争点(1)アのその余の営業秘密の要件(有用性及び非公知性)を検討するまでもなく,本件営業情報は営業秘密に該当するものではなく,したがって,争点(1)イ(被告らは,本件営業情報に関し不正競争防止法2条1項1号4号ないし9号に該当する不正競争行為をしたか),ウ(上記不正競争行為により原告の被った損害額)について判断するまでもなく,原告の不正競争防止法に基づく差止請求及び損害賠償請求はいずれも理由がない。
2 争点(2)ア(仮に不正競争防止法に基づく請求が認められないとしても,被告らの上記(1)イの不正競争行為及び原告において培ってきたノウハウを利用した行為は原告に対する不法行為を構成するか)について (1) 原告は,仮に被告らの行為が不正競争防止法2条1項4号ないし9号所定の不正競争行為に該当しないとしても,上記行為は原告に対する民法709条の不法行為(民法719条共同不法行為)を構成する旨主張する。
しかし,前示1(2)の認定事実によれば,原告のように,刃物製造業者から刃物を購入して取引先に販売する者の営業方法としては,日常的に取引先を訪問し,取引先からその必要とする刃物の種類・寸法・材質,価額等を聞き出し,刃物の製作図面を入手し,同業他社の提案する販売価額等を参酌して自らの商品の販売価額あるいは条件を提示していくというような方法で行うものということができる。このような営業方法は,被告会社においても同様であると推認される。
取引先の必要とする刃物の種類・寸法・材質,価額等の情報,刃物の製作図面の内容というような本件営業情報は,前示1で認定説示したように秘密として管理されているものではなく,取引先等からも適宜入手し得るものである。また,これらの情報は,各取引先との過去の取引条件がその主体をなすものであって,その有用性自体は否定できないとしてもその程度は必ずしも高くないといえる。
これらの事情を考慮すると,原告の主張する一切の事情を参酌しても,被告らの行為が民法709条の不法行為(民法719条共同不法行為)を構成すると解することは到底できない。
(2) また,原告は,取引先との信頼関係,社内従業員同士の人間関係,取引先・仕入先の発掘方法,商品の製造方法,工業用刃物の図面の作成の仕方といったノウハウが原告に培われていたところ,被告元従業員らはこれを持ち出して被告会社の営業活動に使用しており,これらの被告らの行為は民法709条の不法行為(民法719条共同不法行為)を構成すると主張する。
しかし,原告がノウハウの内容として主張する上記内容は,結局のところ,原告のような営業形態を採用する会社であれば通常当然に従業員に対し注意・指導するような事項にすぎず,法的保護の対象となるような「ノウハウ」ということは到底できない。
なお,Hは,証人尋問で,原告から指導された内容として,長年の取引先を大切にすること,仕入先の職人を怒らせないようにすること,取引先や仕入先の発掘については工場便覧のようなものを見て相手先の事業内容を確認してから営業活動に入ること,図面の作成については日本工業規格JISの図面の書き方が記載された本を読んで簡単なものは作成できるようになっていることであると証言し,被告Dや被告Cも,各本人尋問で同趣旨の供述をしている。これらの事項が原告の主張する「ノウハウ」であるとしても,上記のとおり,これらの事項は法的保護の対象とされるものでないことは明らかである。
したがって,原告の主張する「ノウハウ」を被告らが使用したことが原告に対する不法行為を構成するとの原告の主張は失当である。
3 争点(2)イ(被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eの原告からの退職行為は,原告に対する不法行為あるいは共同不法行為を構成するか)について (1) 前記第2の1(1)の争いのない事実等,証拠(乙3ないし8,被告D,被告C,被告Eの各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
ア 原告の取締役の中には,原告従業員に対して,その能力不足を指摘したり,原告を退職するようほのめかすような発言をする者がいた。そのため,被告D,被告C及び被告Bは,同取締役から個人的に能力不足を指摘されたり,理由不明のまま退職させられた従業員がいると感じており,かねてより原告を退職することをそれぞれ考えていた。
被告C及び被告Bは,平成14年3月ころ,原告の取締役からその能力不足を指摘された上,いつ辞めてもかまわない,あるいはどちらでもよいから原告本社(大阪)に来いなどと言われたことをきっかけにして,原告を退職する決意を固め,被告Dにその旨を相談した。被告Dは,かねてより懇意にしていた企業B代表者であるGに被告Cと被告Bのことを相談したところ,Gは同被告らに会い,それぞれ企業Bで雇用し,刃物の営業行為をさせようと考えた。
また,被告Dも,同時期に原告から辞めるようにほのめかされ,自らも退職することを考えていた。ただし,Gから誘われたときには健康上の理由からこれを一旦は断った。
被告Aは,同時期に,原告を退職して独立する計画を持っていた。
被告D,被告C,被告B及び被告Aは,結局それぞれの理由により原告を退職することを考えており,それぞれが退職願を書いて被告Dが原告本社に提出することになった。被告Dは,平成14年5月15日,4名の退職願を原告本社に持参して提出した。
イ 4名の退職願を提出された原告は,被告Dに対し,各人の退職の理由を聞きたいと述べた。そこで,被告D,被告A,被告C及び被告Bは,平成14年5月18日に原告本社に赴き,それぞれ退職の理由を述べた。
これに対して,原告は,原告福岡営業所の営業担当者が全員一度に退職されると支障が生じるので時期をずらすようにと指示した。その結果,被告Cと被告Bについては希望どおり同年5月末日に退職することとなったが,被告Aと被告Dは退職の時期を遅らせることになり,被告Aは同年6月14日に,被告Dは後記の事情もあって同年7月15日にそれぞれ退職した。
ウ 原告は,早速,I取締役及び以前に原告福岡営業所に勤務したことのあるJ取締役を同営業所に派遣した。両取締役は,約2週間の間に,被告C,被告Bを同行して取引先に挨拶回りをしたり,引継文書を作成するよう指示したりした。
被告C,被告Bは指示どおりに引継文書を整えた上で,退職した。被告C及び被告Bは,翌6月に被告会社に入社し,営業活動を開始した。
エ 原告は,平成14年6月20日に2名の従業員を新規に雇い入れ,原告福岡営業所に勤務させた。
原告では,新入社員を雇うと1か月もしないうちに即戦力として営業活動をさせるようになり,わからないことがあれば取引先・仕入先に教えてもらうよう指導しており,実際に原告の営業活動は,主要な取引先について主要商品を記憶するだけで,その他の詳細は取引先から購入したい刃物の内容や希望価格を聞いたり,仕入先にそのような刃物の製造か可能か,仕入値はどれくらいになるかを聴取する方法で行われていた。
そこで,被告Dは,退職前に上記2名の新採用の従業員に対し,原告福岡営業所の営業活動を説明し,1,2週間経過したころには取引先に出向いて営業活動を行わせ,わからないことは取引先や仕入先に聞くように指示した。
被告Dは,同年7月15日まで原告福岡営業所で勤務し,同日をもって原告を退職した。
オ 被告Eは,被告C及び被告Bが退職する事態に至り,以前から原告の取締役の勤務態度に疑問を持っていたこともあり,自分も退職しようと思うようになった。そこで,平成14年6月末ころ,被告Dと原告のJ取締役に対して退職の意向を示した。J取締役は,被告Eが退職理由を述べたところ,直ちに了承し,後任の事務職員を雇い入れた。被告Eは2週間程度その事務職員に対してパソコンの入力の仕方や注文書の発送,経理の事務や仕分け方法等全般について教え,これらの引継作業を完了した後,平成14年7月15日付けで退職した。
(2) 以上の認定事実によれば,次のようにいうことができる。
ア 雇用契約を締結した従業員はいつでも同契約を解約して退職することができ(民法627条1項等),また何人に対しても職業選択の自由が保障されている(憲法22条1項)ことから,退職行為は,原則として正当な権利行使にほかならず使用者に対する不法行為を構成するものではない。ただし,従業員は,雇用契約上の付随義務として,使用者の正当な利益を不当に侵害しないよう配慮すべき誠実義務を負っているということができ,これを怠ったと認められる特段の事情がある場合には,使用者に対し債務不履行ないし不法行為に基づく責任を負うべき場合があることは否定できない。そして,確かに,1営業所の営業担当者の全部又は大半が一斉に退職した場合には,使用者の利益が害され得ることが考えられる。しかしながら,本件においては,原告福岡営業所の営業担当者全員(被告D,被告A,被告B,被告C)が原告に対し退職の意向を表明したところ,原告は,退職自体には反対せず,営業上の配慮からその時期をずらすよう要請し,同被告らはこの要請に応じて,退職時期をずらしたものである。また,原告は,上記退職の意向表明を受けて即座に2名の取締役を原告福岡営業所に派遣したり,新規の従業員や事務員を採用するなどの措置を執り,被告元従業員らの退職までの間に引継ぎ等をさせているのである。
そうすると,被告D,被告A,被告B及び被告Cは,同被告らの退職により原告(使用者)の正当な利益が不当に侵害されないようそれなりの配慮をし,原告をして,新入社員の採用,引継ぎ等の営業上の混乱が生じないための措置を執るのに必要な期間の経過後に原告を退職したものである。したがって,同被告らの退職行為には労働契約上の義務を怠ったと認められる特段の事情は認められず,同行為が原告に対する不法行為を構成するということはできない。
被告Eについても,原告はその退職希望を異議なく了承したものである上,同被告は2週間程度をかけて後任の事務職員に対し引継作業を行い,その後に退職しているという前示認定事実に照らせば,同被告の退職行為にも労働契約上の義務を怠ったと認められる特段の事情は認められず,同行為が原告に対する不法行為を構成するということはできない。
イ 以上のとおり,被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eの退職行為が,原告に対する不法行為を構成するとの原告の主張は失当である。
4 争点(2)ウ(被告D及び被告Aは,被告B,被告C,被告E及び被告Fに対して,違法な引抜き行為と評価されるような被告会社への勧誘行為を行ったか)について (1) 証拠(乙3,5,6,8,被告D,被告C,被告E,被告F及び被告会社代表者の各本人尋問の結果)によれば,次の事実が認められる。
ア 被告Aは,平成14年4月当時原告福岡営業所の所長代理であり,同年6月14日に原告を退職した。被告Dは,同年4月当時原告福岡営業所所長であったが,同年7月15日に原告を退職した。
被告A及び被告Dの業務内容は,主として営業担当者として取引先から受注を受けることであって,被告Aは原告本社の営業会議に参加していたが,その際にいかなる役割を果たしていたのかは不明である。
イ 被告B及び被告Cが被告Dに原告を退職することを相談した経緯は,前記3(1)ア記載のとおりである。
ウ Gは,被告Aが独立を考えていると聞いても同被告を誘わなかったが,その後被告Aの方から雇ってもらいたいと要請されたため,同被告を雇うことにした。
また,Gは,被告Dも誘ったものの,同被告が健康上の理由で断ったため,とりえあえず自ら1000万円を出資して被告会社を設立して営業活動を開始することにした。被告会社は平成14年6月11日に設立された。
被告C及び被告Bは平成14年5月末日で原告を退職していたので,当初より被告会社の従業員となっていたが,被告Aは同年6月15日に原告を退職し,その後被告会社の従業員となった。
エ 被告Eは,被告C及び被告Bが原告を退職するという事態に直面し,平成14年6月末ころには自らも退職することを考えるようになっていたところ,被告Aから原告福岡営業所の状況を聞かせてほしいとの電話を受けた際,同時に今後どうするのかと聞かれ,辞めようかと思っているが,次の就職先がすぐに見つからないで悩んでいる旨を話した。被告Aは,被告Eに対し,被告会社に就職するよう勧誘した。被告Eは,その勧誘に従いとりあえず被告会社に就職することにした。
なお,被告Eは,その後も他の就職先を探しており,平成15年5月に適当な就職先が見つかったため,被告会社を退職した。
オ 被告Dは,平成14年7月15日に原告を退職したが,Gの勧誘を受け,同年9月に被告会社に就職した。
カ 被告Fは,原告が30名くらいの従業員しかいないにもかかわらず,平成13年及び同14年だけで10名以上辞めていること,その結果,被告Fよりも前に入社した者がJ・I両取締役を含めた3名となり相談できる者がいなくなったこと,年齢が高くなったことを理由として辞めさせられた従業員がいるのを見るに至り,自分もそのうち辞めさせられるのではないかとの不安にかられていたことから,再就職の可能性のある35歳までには退職しようと考えていた。
被告Fは,満34歳になる直前の平成15年2月12日,同年3月15日に退職したいとの退職願を原告に提出した。原告は,J取締役と被告Fが話し合った後,同年2月20日に退職願を受理した。
被告Fは,退職願が原告に受理された後,できれば同じような業種の仕事がしたいと考えていたが,同年3月下旬に被告Dから連絡を受けた際に相談し,同被告から勧誘されて,被告会社の代表者であるGに会い,その結果,同年4月に被告会社に入社した。
(2) 以上の認定事実によれば,次のようにいうことができる。
雇用契約上の信義則に基づく付随的義務として,従業員が使用者に対し,使用者の正当な利益を不当に侵害しないよう配慮すべき誠実義務を負っていることは,前示3(2)アに説示したとおりであるところ,特に幹部従業員についてはその誠実義務は他の従業員と比べてより高度のものになると解される。しかし,職業選択の自由が憲法上保障され,また,退職行為が原則として正当な権利行使であって使用者に対する不法行為を構成するものではないことからすれば,幹部従業員が在職中又は退職後に他の従業員に対して行った引抜き行為が上記誠実義務違反となるのは,その方法が脅迫行為を伴うとか,会社に損害を加えることを目的として主な営業担当者を大量かつ一斉に引き抜くなど,社会的相当性を著しく逸脱する態様でなされた場合に限られるというべきである。
これを本件についてみるに,被告A及び被告Dは,その業務内容からして幹部従業員といい得るのか疑問がないわけではないが,その点はさておくとしても,同被告らの行った勧誘行為は,前示のとおり,在職中,原告からの退職を希望して相談してきた部下の被告B及び被告Cに対し,知合いのGを紹介したこと及び退職後に被告Eに電話で被告会社への入社を勧誘したにすぎない。そして,被告A及び被告Dは,被告Fに対しては,何らの勧誘行為も行ったとは認められない。以上の被告A及び被告Dの勧誘行為が,幹部従業員に課せられた雇用契約上の誠実義務に違反し,社会的相当性を著しく逸脱する態様でなされた従業員の引抜き行為であるとは到底いえないものというべきである。
(3) 以上のとおり,被告D及び被告Aの被告B,被告C,被告E及び被告Fに対する違法な引抜き行為があるとして,債務不履行ないし不法行為に基づく責任があるとする原告の主張は理由がない。
5 争点(2)エ(次の各行為の存否)について (1) 争点(2)エの(ア)の行為 原告は,被告元従業員ら(被告Fを除く。)が原告の取引先に対して,原告福岡営業所は閉鎖されていないのに,「正久(原告)は潰れた。被告会社が業務を引き継ぐ。」との虚偽の事実を述べ,原告の取引先に誤解を与えて原告との取引をやめさせたと主張する。そして,これに沿うかのような,原告従業員であるK(福岡営業所勤務で被告D退職後に採用された。)作成名義の陳述書(甲39)がある。
しかしながら,同陳述書には,Kが取引先であるN株式会社を訪問した際,同社の者から,被告会社の従業員が「まだ,やっていたのですか。正久はどうなるかわからない,人物Aが引き継ぐと言っていました。」などと言っていたことを聞いたとの記載があるものの,これを裏付ける客観的証拠はなく,N株式会社代表者は,明確にこれを否定している(乙12)ことに鑑みると,上記陳述書の記載をそのまま採用することはできない。他に,原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。
また,被告会社の従業員が発言したという上記内容も伝聞によるものであって,その内容自体必ずしも明確ではないことからすると,仮に被告会社の従業員が話の中で上記内容に類することを述べたとしても,それが直ちに原告に対する不法行為を構成するとはいい難い。
(2) 同(イ)の行為 原告は,被告Eが平成14年6月7日に他の被告元従業員ら(被告Fを除く。)と共謀して,いずれも原告在職中であるにもかかわらず,原告がL株式会社から研磨処理(TCスリッターナイフ上刃,100×66×1.0,TCスリッターナイフ下刃,80×55×10,数量各22)の受注を受けながらこれを原告に報告せず,被告会社入社後にこれを被告会社に受注させ,被告会社に受注の横流しを行うという背信行為を行ったと主張する。
そこで,検討すると,甲第11号証の1及び2及び被告Eの供述によれば,確かに,L株式会社から原告宛に研磨処理の対象物が配達され,被告Eがその荷物領収原票に受領印を押捺したことが認められる。しかし,乙第1号証及び被告Eの供述によれば,上記研磨処理を依頼された研磨物は,L株式会社が被告会社(設立準備中)に送付すべきものを誤って原告に送付したものであり,被告Eはその荷物領収原票に受領印を押捺した後,L株式会社から電話を受け,被告Bに上記研磨物を取りに行かせるから同被告に渡してほしいと言われ,取りに来た同被告にこれを交付したことが認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。この認定に沿う被告Eの供述は,その内容自体が不自然であるということはできずその信用性を否定することはできない。
そうすると,研磨処理の受注を受けたのが原告であると認めることはできないから,このことを前提に,被告Eが,原告在職中他の被告元従業員ら(被告Fを除く。)と共謀して,L株式会社から原告への発注を原告に報告せず,被告会社入社後に被告会社に受注させたということはできず,このことを理由に同被告らが原告に対し不法行為責任を負うとの原告の主張は理由がない。
(3) 同(ウ)の行為 原告は,次のとおり主張する。すなわち,原告は,平成14年7月20日,M株式会社から取引残高(485万1000円)の確認依頼を受けた。原告は帳簿等を調査したが,M株式会社との取引の存在を確認できなかった。その後M株式会社は,残高確認依頼は間違いであったので廃棄してほしいと連絡してきたが,残高確認依頼とは,取引先からの請求等に対し,相互の債権債務の確認という目的で行われる重要な作業であり,その確定した金額を基に月次及び確定決算等を作成するものであるから,これを原告からの指摘により,間違いであったと回答するなどということは考えられない。被告元従業員ら(被告Fを除く。)は,本来原告とM株式会社間で行われるべき取引を,原告に関する帳簿に記載せず,被告会社に引き継ぐ目的で取引していたのである,と。
しかし,乙第2号証(M株式会社作成の報告書)によれば,M株式会社は,原告に送付した残高確認依頼書は誤送したものであり,原告との取引関係は全くなかったことが認められる。
原告は,上場企業が残高確認依頼書を間違って取引のない者に送付することはあり得ないので,乙第2号証の記載は信用できない旨主張する。しかし,原告の主張自体によっても,M株式会社が残高確認依頼は間違いであったので廃棄してほしいと連絡してきたというのであり,それが被告元従業員ら(被告Fを除く。)との共謀による虚偽の内容の連絡であったと認めるに足りる証拠はない。また,M株式会社以外の取引先との取引で,被告元従業員ら(被告Fを除く。)がその取引を原告に報告しなかったり帳簿に記載しなかったりしたものが存在することを窺わせるに足りる証拠はないところ,同被告らが,ことさらM株式会社のみの取引を原告に報告しなかったり帳簿に記載しなかったりするような行為に出たというのは合理的に説明のつくことではなく,著しく不自然というほかない。そして,目的の異なる住所録の使用その他の手違いから本来取引関係のない者へ残高確認依頼書の送付を間違えることが皆無とはいえず,そのこと自体を不自然不合理ということができないし,その他,M株式会社の残高確認依頼書を誤送したとの乙第2号証の記載の信用性を否定する事情を認めるに足りる証拠もない。
そうすると,原告とM株式会社との取引はもともと存在しなかったと認めるほかはなく,同社から原告宛の残高確認依頼書(甲13)が送付された事実のみをもって,上記取引の存在が認められるものとし,被告元従業員ら(被告Fを除く。)が原告に報告するか帳簿に記載すべき取引を被告会社に引き継ぐ目的で行ったと認めることは到底できない。
6 原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求について 上記2ないし5に説示したとおり,原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は,争点(2)オ(上記各不法行為により原告の被った損害額)について判断するまでもなく,すべて理由がない。
7 結論 以上の次第で,原告の被告らに対する不正競争防止法に基づく請求及び不法行為に基づく損害賠償請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 中平健,同大濱寿美
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