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事件 平成 6年 (ネ) 571号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1994/09/29
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。
二 附帯控訴に基づき、原判決中、附帯控訴人(被控訴人)敗訴部分を取り消す。
三 附帯被控訴人(控訴人)の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
五 この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。
事実及び理由
申立
〔控訴について〕一 控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)1 原判決主文二項ないし四項を次のとおり変更する。
被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)は控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 仮執行宣言二 被控訴人 主文一項と同旨〔附帯控訴について〕一 被控訴人 主文二項ないし四項と同旨二 控訴人1 本件附帯控訴を棄却する。
2 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
主張
一 請求の原因1 控訴人は、控訴人のほか、フランス法人シャネル エス アーをはじめシャネル製品の製造、販売を目的とする会社により構成されるシャネル・グループ(以下、控訴人やこれらの会社を総称して「シャネル社」という。)の商標権その他の知的財産権を有し、その管理の事業を行うスイス法人である。
2 控訴人の属するシャネル社の起源は、二〇世紀を代表する著名なデザイナーであるAが一九一〇年代にフランスのパリ市に帽子店を開店したことに始まるが、一九一六年に同女が第一回目のコレクションを発表して以来、シャネルの商標を付した製品は、高級婦人服のみならず、香水、化粧品、ハンドバック、靴、アクセサリー、時計等にわたり、いずれも独創的なデザイン、最高の品質により、世界中で高い信頼を獲得し、いわゆるパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られている。一九二一年に同女が開発した「シャネル五番」と称する香水は、現在に至るまで世界的なベストセラーを続けている。
わが国においては、昭和八年(一九三三年)にシャネル製の香水が輸入、販売されたのを皮切りに営業が開始され、それ以来、独自のマーケティング戦略と厳格な品質管理により高い評価が形成されている。
かくしてわが国においても、シャネル社の営業表示である「シャネル」(以下「シャネル営業表示」という。)は、遅くとも昭和三〇年代の始めにかけて周知となっていた。
3(一)被控訴人は、肩書住所地において、「スナックシャネル」の屋号で飲食店を経営している。
被控訴人は、平成五年七月に、右飲食店に使用していた四枚の「スナックシャネル」と表示したサインボードのうち一枚を「スナックシャレル」という表示に変更したが、残り三枚のサインボードについては現在でも「スナックシャネル」という表示を使用している(被控訴人が使用している「スナックシャネル」、「スナックシャレル」の各表示を総称して、以下「本件営業表示」という。)。
(二)被控訴人が使用している本件営業表示は、いずれもシャネル営業表示と類似している。
4 ファッション関連業界を始めとして経営が多角化する傾向にあること、及びシャネル営業表示の周知性の高さを考慮すると、シャネル営業表示と類似する本件営業表示を営業上の表示として使用する被控訴人の行為は、一般消費者に対し、被控訴人が控訴人を含むシャネル社と業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認させ、もって控訴人の営業上の施設又は活動と混同を生じさせるおそれが大きいことは明らかである。
5 被控訴人の本件営業表示の使用行為は、シャネル社の高級なイメージを害すると同時に信頼を毀損し、シャネル社がその努力により獲得したシャネル営業表示の顧客吸引力侵害するものであって、シャネル営業表示の持つ広告宣伝機能を希薄にすると同時に、その知的財産権としての価値を減少させるものである。また、シャネル社の今後の多角的な営業活動においても重大な障害となるものである。
6 被控訴人は、
シャネル営業表示が日本国内で広く認識されたシャネル社の営業表示であることを知りながら、もしくは過失によりこれを知らないで、これと類似する本件営業表示を被控訴人の営業表示として使用している。
7 被控訴人の前記行為により、控訴人は少なくとも左記の損害を被った。
(一)営業上の損害(1)逸失利益 六九三万五六二二円 「シャネル」ブランドの極めて高級なイメージ、シャネル社のブランド保護に対する長年の努力を考慮すれば、仮に控訴人が被控訴人に対してシャネル営業表示の使用を許諾したとすれば、通常使用料は被控訴人の売上額の一〇パーセントは下らない。昭和五九年一二月(被控訴人の開店時)から平成四年一一月(本訴提起時)までの被控訴人の売上は六九三五万六二二八円であるから、控訴人の通常使用料相当損害金は六九三万五六二二円を下回ることはない。
(2)信用損害 八〇〇万円 シャネル社は、シャネル営業表示により、長年積み上げられた社会的信用及び高い評価を有するものであるが、被控訴人の行為により、その信用、評価を毀損され、営業上の利益を害せられるに至った。この損害額は八〇〇万円を下らない。
(二)弁護士費用 二〇〇万円8 よって、控訴人は、被控訴人に対し、不正競争防止法1条1項2号〔平成五年法律第四七号(平成五年五月一九日公布、同六年五月一日施行)による改正前のもの。以下、右改正前の法律を「旧法」という。〕の規定に基づき、被控訴人がその営業上の施設又は活動に「シャネル」又は「シャレル」、その他「シャネル」に類似する表示を使用することの差止めを求め、かつ、旧法1条の2第1項又は民法709条の規定に基づき、損害金の内金として一〇〇〇万円及びこれに対する損害発生の日の後である平成五年一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否1 請求の原因1、2は不知。
2 同3(一)は認める。同3(二)のうち、「スナックシャネル」の表示がシャネル営業表示と類似していることは認めるが、
「スナックシャレル」の表示がシャネル営業表示と類似していることは争う。
3 同4のうち、ファッション関連業界を始めとして経営が多角化する傾向にあることは不知。その余は争う。
一般消費者において、シャネル社と被控訴人とが業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認混同するおそれがあるなどという事態は皆無である。
4 同5ないし7は争う。
証拠(省略)
理 由一 原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証ないし第九号証、及び弁論の全趣旨によれば、請求の原因1の事実(控訴人がシャネル社の商標権その他の知的財産権を有し、その管理の事業をするスイス法人であること)が認められる。
二 成立に争いのない甲第一〇号証ないし第一三号証、第二九号証、及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の属するシャネル社の起源は、ファッション・デザイナーのAが一九一四年にフランスのパリ市に帽子店を開店したことに始まるが、シャネル社の製造、販売する婦人服は、そのデザインや品質に優れていることから高い評価を得ており、シャネル社はパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られていること、シャネル社には、フランス法人シャネル エス アーをはじめ、高級婦人服、香水、化粧品、ハンドバック、靴、アクセサリー、時計等のシャネル製品の製造、販売を目的とする会社が世界各地に存在し、右シャネル製品の製造、販売の営業表示として「シャネル」を使用していること、シャネル製品は一般消費者に高級品のイメージが持たれていること、Aが一九二一年に開発した「シャネル五番」と称する香水は、世界中でその名を知られ、発売以来ベストセラーを続けていること、わが国においては、昭和八年(一九三三年)に始めてシャネル製の香水が輸入、販売されたのを皮切りにシャネル社の営業活動が開始されたこと、昭和二九年に来日したアメリカの女優Bの言動から、香水「シャネル五番」の商品名がわが国においても一躍有名になったこと、昭和五五年一〇月にはシャネル株式会社が設立され、同社がシャネル社の一員として、わが国におけるシャネル製品の輸入、販売を行っていることの各事実が認められる。
右認定事実、ことに昭和二九年に「シャネル五番」の商品名がわが国においても一躍有名になったことによれば、わが国においても、「シャネル」(シャネル営業表示)はシャネル社の営業たることを示す表示として、昭和三〇年代の始めころには周知となっていたものと認めるのが相当である。
三1 請求の原因3(一)の事実(被控訴人が本件営業表示を使用していること)は、当事者間に争いがない。
2 本件営業表示がシャネル営業表示と類似しているか否かについて検討する。
(一)「スナックシャネル」という営業表示から「スナック」を除いた部分、すなわち「シャネル」はシャネル営業表示と同一であり、「スナック」は軽い食事や飲物を供する店のことを示すにすぎず、「シャネル」の部分に要部があるといえるから、「スナックシャネル」という営業表示がシャネル営業表示に類似していることは明らかである。
(二)「スナックシャレル」という営業表示のうちの「シャレル」と「シャネル」とは、同数の三音より構成されるところ、構成音中の最初の「シャ」及び最後の「ル」の音は同一であり、ただ第二番目の音において「レ」と「ネ」の差異があるにすぎないこと、「レ」と「ネ」は共に母音「e」を共通にし、歯茎で調音される音質の近似したものである上、中間にあって明瞭に聴取されにくい音であることよりすれば、「シャレル」と「シャネル」とは、一連に称呼したときは、その語調、
語感が極めて近似しているものと認めるのが相当である。
したがって、「スナックシャレル」という営業表示はシャネル営業表示に類似しているものというべきである。
四 そこで、被控訴人の本件営業表示の使用が、シャネル社の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為に当たるか否かについて検討する。
旧法1条1項2号にいう「混同を生ぜしめる行為」は、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一営業主体と誤認させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係、あるいは同一のグループに属する関係が存するものと誤信させる行為を包含し、両者間に競争関係があることを要しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五八年一〇月七日第二小法廷判決、民集三七巻八号一〇八二号。
同裁判所昭和五九年五月二九日第三小法廷判決、民集三八巻七号九二〇頁)が、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者とその他人の業務の種類、
内容及び規模等からして、一般消費者に対し、両者の間に、業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認させるような関係がないならば、他人の周知の営業表示の使用は右「混同を生ぜしめる行為」には当たらないものというべきである。
本件についてみるに、被控訴人の店舗を撮影した写真であることに争いのない甲第三三号証ないし第三五号証、成立に争いのない乙第一号証ないし第七号証、原審における被控訴人本人尋問の結果と同尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第八号証ないし第一一号証、前記争いのない請求の原因3(一)の事実によれば、被控訴人は、昭和四二年に離婚し、パートタイマーとして働きながら子育てをしたのち、昭和五九年一二月に肩書住所地の小さな飲食店が密集する古びた建物の二階部分に店舗を賃借して(賃料月額一二万三六〇〇円)、飲食店「スナックシャネル」を開店したこと、開店資金は約三〇〇万円を親戚から借財して賄ったこと、店舗の面積は約三二平方メートル(約九・八坪)であること、同店は、一日に数組の客に対し酒類と軽食を供し、カラオケ設備を設けていること、同店には、被控訴人のほか、従業員一名とアルバイト一名が従事していること、同店の昭和六一年から平成四年までの間の一年間の平均売上高は約八七〇万円程度であることの各事実が認められる。
右認定の被控訴人の営業の種類、内容及び規模等に照らすと、被控訴人が本件営業表示を使用することにより、被控訴人が、パリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られ、高級婦人服を始めとして、高級品のイメージが持たれている前記二項の商品を取り扱うシャネル社と業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと一般消費者において誤認するおそれがあるとは到底認め難く、したがって、被控訴人の本件営業表示の使用が、シャネル社の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為に当たるものと認めることはできない。
控訴人は、シャネル営業表示と類似した本件営業表示を営業上の表示として使用する被控訴人の行為は、ファッション関連業界を始めとして経営が多角化する傾向にあること、及びシャネル営業表示の周知性の高さを考慮すると、一般消費者に対し、被控訴人が控訴人を含むシャネル社と業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認させるものである旨主張するところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第一五号証ないし第二四号証、及び成立に争いのない甲第二五号証によれば、シャネル社の属するファッション関連業界においても、例えば外食産業に進出するなど経営が多角化する傾向にあることが認められ、また、シャネル営業表示が周知であることは前記のとおりであるが、これらの点を考慮しても、控訴人と被控訴人の各業務の種類、内容、規模等からして前記判断を覆すことはできず、
控訴人の右主張は採用できない。
もっとも、シャネル営業表示のような著名な営業表示と同一又は類似の営業表示を使用しているにもかかわらず、「混同を生ぜしめる行為」には当たらないとして不正競争行為の責任を問い得ないとすると、他人の著名な営業表示の有する信用や経済的価値を自己の営業に無断で利用することや、他人の著名な営業表示を利用することによって、その著名な営業表示の品質保証機能、宣伝広告機能、顧客吸引力稀釈化することを禁止することができず、著名な営業表示を有する者の保護に欠ける場合が生ずることは否定できないが、旧法1条1項2号が「混同を生ぜしめる行為」を要件として規定している以上、同条項の解釈としてはやむを得ないことといわざるを得ない。
なお、右のような問題点は、平成五年法律第四七号が制定され、著名表示冒用行為については混同を要件としないものとして規定されたことにより解決されたところである。
五 以上のとおりであるから、被控訴人の本件営業表示の使用は、旧法1条1項2号に該当する行為ということができず、右行為の存在を前提とする民法709条の主張も理由がないから、その余の点について検討するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がないものというべきである。
よって、控訴人の本訴請求はすべて失当として棄却すべきものであり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、本件附帯控訴は理由があるから、附帯控訴に基づき、原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消し、控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法96条89条を、上告のための附加期間の定めにつき同法158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 伊藤博
裁判官 濱崎浩一
裁判官 押切瞳