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事件 昭和 55年 (ヨ) 815号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1981/03/30
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事仮処分
主文 本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めている裁判
(申請人)1 被申請人は芸名として「【A】」なる氏名を称し、同名を表札、看板、印刷物、書面に表示する等して使用してはならない。
2 被申請人は別紙図面(一)記載の紋章およびこれと類似する紋章を印刷物、書画、彫刻、写真およびこれらの附属品に表示する等して使用してはならない。
3 被申請人は補助参加人に対し「花柳」姓を冠した名取名取得申込の取立師匠となり、被申請人の門弟を取立(推薦)してはならない。
(被申請人) 主文と同旨。
当裁判所の判断
A 申請の趣旨1、3項の当否a 被保全権利の存否一 不正競争防止法1条1項2号に基く事業表示使用差止請求権の存否について1 (申請人の事業)次の事実は当事者間に争いがないか、または疏明によって一応認められる事実である。
(一) 申請人は日本舞踊花柳流を主宰する宗家家元であり、花柳流の芸道および構成員たる名取を統卒する地位にあって、全国にわたって門弟約六万人(うち名取一万八〇〇〇名)を擁している。
(二) 家元とは、日本舞踊の伝承と発展のため、長年月を経て成立した流儀の主宰者のことをいい、家元はその流儀の芸道の統一と水準を保つため、その流儀の伝承する芸道につき一定水準に達した門弟に対し流儀の修得者であることを認め、家元の芸名の姓(本件では「花柳」)を冠した名取名を認許してその流儀の名取とする。
(三) 花柳流の名取は次のような三段階に分れている。
すなわち、
(1) 普通部名取は、満三年以上怠りなく花柳流の舞踊を修業し、一定以上の曲を修得した満一五才以上の者に受験資格があり、受験にあたっては必らず取立師匠による取立(推薦)が必要条件であり、申請人の行なう実技試験に合格し、名取料を申請人に納めた者に対し、「花柳」姓を冠した名取名が与えられる。名取となった後は、自ら舞踊活動を行なうに際し、名取名たる「花柳○○」の名を使用し表示することが許される。
(2) 専門部名取は、普通部名取となってから更に満一年間以上学び、満二〇才以上の者に受験資格があり、同じく取立師匠の取立(推薦)を要件として、申請人の実施する実技ならびに口頭、筆記の各試験に合格したうえ、専門部移籍料を申請人に納めた者がなることができ、この結果自ら花柳流舞踊教授として門弟を募り、
教授料を得て営業することができる。
(3) 弟子を名取りに推薦しうる取立師匠となるには、専門部名取となってから満三年修業を積むことを要し、取立師匠として認められると、自らの門弟が名取試験、専門部試験の受験の要件としての取立(推薦)が行なえるようになり、門弟を募るについて、将来名取名を取得し得ることをも表示し得ることとなる。
(四) そして、申請人の花柳流家元としての活動を営業的側面からみると次の三つに分ちうる。すなわち、@自ら舞踊会、講習会で舞い出演料等の対価を得る舞踊活動A門弟を指導し、授業料等の対価を得る教育活動B門弟に対し、一定の水準以上の者について一定の手続を経て、普通部名取・専門部名取として花柳姓を冠した芸名を認許し、受験料、名取料(普通部名取の場合)、移籍料(専門部名取の場合)等の対価を得る活動。
(五) 申請人の右営業活動のうち3の名取名の認許は流儀の水準と芸道の統一保持を維持するための根幹をなしており、これが家元としての活動の中心であり、またそれ故、これにより得る名取料等の収益は申請人の収益の中心となっている。
以上の事実関係によると、申請人の行う事業はどちらかといえば文化活動というべきものであって、商工業のような純粋に営利のみを目的とする事業ではないが、
一面では、経済上の収支計算の上に立って経済秩序の一環として行われる事業活動であることが明らかであるから、これを不正競争防止法1条1項2号所定の「営業」と解するに十分である。
2 (申請人の事業表示) また、前記事実関係によると、申請人の事業表示が(イ)「花柳流」であることは明らかであり、この点は多言を要しないところであるが、(ロ)次の各名取の称する「花柳」姓を冠した名取名(芸名)もまた申請人の事業表示と解すべきである。もっとも、後者(ロ)の表示については、それは各名取個人のいわゆる芸名にすぎないのであるから、これらを申請人家元の事業表示と解するのは相当でないのではないか、との疑義も存するところである。現に被申請人(及び補助参加人)は右の点を強く主張している。しかし、申請人が家元として行う花柳流門下の名取は芸名中の姓をすべて必らず「花柳」と称し、かつこれを名乗るためには申請人の認許を得ることを必要とする建前をとっていることからすると、各名取の芸名は、当該名取個人を特定指称する識別表示であることはいうまでもないが、これとは別に、その姓を必らず「花柳」と称していることによって申請人の前記事業をも表示していると解することが十分可能であり、かつこのように解するのが申請人の行っているような我が国独得の家元制度に拠る事業の実体に則したものと考えられる。
かりに、このような芸名が単に名取各人を識別表示するもので、申請人個人と直接関係はないと解しても、そのうちの「花柳」姓部分は前記のような申請人との特別な関係からして、少くとも、申請人を軸(宗家)とする特定のグループの一員としての各名取の行う舞踊普及事業を表示するものと認めるべきであり、かつこのような性格を有する表示をもって不正競争防止法1条1項2号所定の申請人の「営業タルコトヲ示ス表示」であると解することは何ら差支えないと考えられる(以上の説示につき、東京地裁昭和四七年一一月二七日判決無体集四巻二号六四三頁サッポロラーメン事件、金沢地裁小松支部昭和四八年一〇月三〇日判決同五巻二号四一六頁8番ラーメン事件、当庁昭和五三年七月一八日判決同一〇巻二号三二七頁プロフットボールマーク事件各参照)。
3 (申請人の右事業表示の周知性) 次の事実は当事者間に争いがない。すなわち、
花柳流は西川流家元四世【B】の門弟【C】が今から約一三〇年前、嘉永二年(一八四九年)家元の許しを得て創設したもので、自ら芸名を【D】と称し(のち【E】と改める)、変化の多い独自の芸風を完成させ、日本舞踊を一個の独立した芸術として確立したことに端を発する。
その後二代目【E】(大正七年家元就任)が、古典を再吟味した新しい芸風を発展させる一方、舞踊を一般家庭子女にまで浸透させる等、水準の高さと、底辺の拡大双方に寄与し、さらに申請人すなわち三代目【E】(昭和三九年家元就任)がいち早く家元制度を近代化し、名取授与の客観的な基準の導入、制度の明瞭化をはかる一方新作物へも芸風を広げた。
この結果、今日門弟は前示のとおり六万人にも及び(うち名取一万八、〇〇〇名)、日本舞踊の最大の流儀となるとともにその芸術性の高さにおいても多大な評価を受けるに至り、日本国内はもとより海外においても、その評価は高い。そして、その輩出した幾多の著名な舞踊家達の足跡と、国内に多数存する花柳流名取の行う各地の稽古所およびその門弟等を通じて今日花柳流は、最も周知性の高い踊りの流派であり、「花柳流」又は「花柳」姓を冠した名取名(芸名)を聞いて申請人の行う日本舞踊普及事業を思いうかべないものはない。
右事実によれば、申請人の前記事業表示は本邦内で広く認識せられていることが明らかである。
4 (被申請人の事業表示とその類否) 次の事実は当事者間に争いがないか、または疏明によって一応認められる事実である。すなわち、
被申請人(大正三年生)は古く昭和二年頃に補助参加人の父四代目【D】(後記二参照)に花柳流の門弟として入門し、やがて申請人の先代二代目【E】を宗家とする花柳流の取立師匠たる名取となったものであって、遅くとも昭和二六年以降その名取名(芸名)を「【F】」と称することを認許されてきており、花柳流の関西における幹部の一人であったところ、昭和五四年一二月頃、その理由、態様は暫らく措き突如申請人の行う花柳流から離れることとなり、二代目【G】を称する補助参加人の主催創設した日本舞踊新流「芳門会」なる日本舞踊普及事業にその門弟(名取、取立師匠)として参画し、爾後自からを「【A】」と称するようになった。なお、右芳門会の事業内容、組織上の建前、運営方法等は申請人の行う花柳流のそれを踏襲したものである。
右事実関係によると、被申請人の称する「【A】」は被申請人の行う名取として行う舞踊普及事業の識別表示であるとともに補助参加人が行いまたは同人を軸として行われている前記新流「芳門会」なる同事業の事業表示でもあること前記の説示と同様であり、これが申請人の行う(又は同人を軸として行われている)事業の事業表示と同一または少なくとも全体として類似していることは明らかである。
被申請人(及び補助参加人)は、被申請人らの事業表示は「芳門会」である旨主張しており、そのこと自体はこれを認めることができるが、それ故に被申請人の芸名「【A】」が事業表示でないということができないことは先に説示したとおりである。
5 (混同惹起行為と申請人の事業上の利益を害される虞れ) 上記摘示の事実関係からすると、世人が被申請人の芸名「【A】」を見聞した場合、同人を従来どおり申請人を家元とする「花柳流」の門弟(名取)と誤認混同するおそれのあることは明白である。
また、これにより申請人が新弟子を失い収益を減少させる等事業上の利益を害されることも容易に認めうるところである。
二 被申請人の不正競争防止法2条1項3号前段に基く抗弁について1 被申請人の抗弁は、要するに、(イ)前記新流「芳門会」を統卒する二代目【G】すなわち補助参加人がその日本舞踊普及事業の事業表示として使用する「花柳」姓は自己の戸籍上の氏を善意に使用するものであるところ、(ロ)被申請人はその門弟として自己の芸名を補助参加人の事業表示たる「花柳」姓を冠した「【A】」とし、補助参加人からその許諾を得ているのであるから適法である、というのである。
そこで按ずるに、右(イ)のうち補助参加人の戸籍上の氏が「花柳」であることは申請人も認めるところであり、(ロ)の事実も前記事実関係によって一応認められる。そして、前記法条項号で使用が適法とされる「氏名」とは氏(姓)と名との併用の場合はもちろん「氏」のみまたは「名」のみの場合をも含んで「氏名」といっていると解するのが相当である(イ)の事実関係)。また、前示のような門弟の芸名の特殊性格(宗家の事業表示であるとともに各門弟個人の識別表示でもあるという機能の二重性)からすると、右のような宗家に依拠した(ロ)の主張自体個人識別表示としての芸名については失当ではないかとの疑念も生じないではない。
しかし、前示のような我が国独特の家元制度の実態からすると、各門弟の芸名は、たとえそれが右のような個人識別機能を併有しているとしても、それも所詮は宗家あっての芸名であることには相違ないと解される。すなわち、いずれにせよ門弟の芸名は宗家に完全に従属しているものと解すべきである。したがって、前記(ロ)の主張も法律上有効な主張と考えられる。
2 そこで、以下、専ら補助参加人(被申請人の宗家)の芸名(事業表示)「花柳」又は「【G】」が善意で使用されているものか否かについて検討する。
(一) まず、ここに「善意」とは単に所定のことを知らないという意味、すなわち所定のことについて悪意でないという意味ではなく、不正競争の目的がないとの意味であると解するのが不正競争防止法2条1項3号の趣旨に照らし相当である(右法条項号の適用の有無を前者のような点に懸らせると、不適用の例が相応に多くなると考えられるが、このような結果は、右三号の趣旨が自己氏名の自由使用権ーそれは人にとって基本的な氏名権の行使であって、もともと正当行為として一般的な違法性阻却事由すなわち1条1項所定の不正競争行為性阻却事由であるとすら考えうる権利ともいえるものであるーを配慮したものであることからして相当でない。知、不知といった概念は前記三号の立法趣旨には親しまないものといわなければならない。かえって、後者のように解することが、不正競争防止法の趣旨ことに同法1条1項が不正競争行為の成立に主観的要件を置いていない点との均衡上合理的であると思われる。)。
(二) そこで、これを本件についてみるに、次の事実は当事者間に争いがないか、または疏明および主張の全趣旨によって一応認められる事実である。
(イ) まず、申請人(昭和一〇年生)と補助参加人(昭和九年生)との関係をみるに、補助参加人の父【H】(四代目【D】のち初代【G】)は申請人の父【I】(二代目【J】)と戸籍上縁戚関係(甥伯父の関係)にあり、右二代目【J】が花柳流宗家であった頃から花柳流一門で重きをなし、その関西支部を取りしきってきたもので、花柳流宗家の一代限りの分家としての扱いを受けてきた(分家は宗家が門弟から受領する名取料等のうちの一定額を受領することができる。)。そして、
補助参加人の父四代目【D】は申請人が三代目宗家に就任する前後頃から芸名を【K】と改め、関西で多数の直弟子を擁し、これらの者とともに別途「芳門会」なる会をもつくり、主催していたが(ただし、この「芳門会」が花柳流傘下にあったことはいうまでもない。)、昭和四六年九月に死亡した。
(ロ) ところで、補助参加人もかねてから父らについて花柳流日本舞踊を修業し、【L】の芸名を称し昭和三九年頃に名取となっていたものであるが、かねがね、亡父【G】門下の高弟のうちの一部の者すなわち【F】(本名【M】、本件被申請人)、【N】(本名【O】)、【P】(本名【Q】)らとともに、関西における流芸の「ふり」について当代宗家【R】(本名【S】すなわち申請人)から批判を受けていたこと等を気にしていた。
(ハ) そこで、これら四人の者は昭和五四年一二月一五日協議の末花柳流宗家家元すなわち申請人の統卒の下から離れ、関西を中心に先代【G】門下の芳門会を母胎として、「芳門会」と言う独立した新流を創立し、補助参加人が芳門会家元として二代目【K】を称し、新流運営事務を行うことを決し、申請人にその旨を書面をもって通告し、自から花柳流を脱会するとともに、(疏甲第二六・第二七号証)その頃その旨を関西在住の取立師匠にも説明し、また花柳流が同年同月一八、一九日に予定していた大会での公式試験、講習会についても新流のものとして行う旨説明して実施した(受験者約二六名)。
なお、補助参加人は申請人に対する前記書面においても「尚御宗家の元に残る者も御座居ますので宜敷く御指導のほど御願い申し上げます」と附記していることからも明らかなとおり、申請人の花柳流を脱会し新流を興すについては、特に従来の花柳流に対抗し、またはその名声にただのりし、その犠牲において自流を伸興させようというような気はなかった。
(ニ) しかし、このような補助参加人の動きを知った申請人側では事を重大視し家元組織の統制上到底許し難いことであるとして、同年同月一九日直ちに前記門弟三名の者を花柳流規則に基き除名処分とし、さらに翌五五年二月六日には補助参加人にも同様の処分をするとともに、(疏甲第三二号証の一ないし三、第四四号証)新流が拡大しないよう関西方面の門弟に警告を発する等適宜の措置をとった。
(ホ) その結果、従来の花柳流門下の者で新流に走る者は極めて少く(旧芳門会系の役員も前記三名を除く二七名は残留した。疏甲第三三号証)、また一たん新流に参画した者もやがて元の申請人側花柳流に復帰し、一年後の段階ではすでに前記【N】、【P】も新流からおり、現在では新流の勢力は補助参加人、被申請人を中核とする微々たるものになり終っている。
(ヘ) なお、被申請人が「【A】」を称しているのは、かつて申請人の主宰する花柳流の下で「【F】」と称していたのを、前記のような脱会、新流加入に伴い、
花柳流規則に従ってこれを返上したうえのことにほかならなかった。
(ト) 日本舞踊界における各家元では流儀が二以上の派に分れることが許されている場合が多い。例えば、藤間流には【T】を家元とする藤間流土橋派、【U】を家元とする藤間流永代橋派等々の派が存する。若柳流、山村流、中村流また然り。
補助参加人のこのたびの新流結成も右と同様に分派のようなつもりであったが、花柳流では少くとも現在このような分派は認めていない。
(三) 以上のような事実関係を総合すると次のような点が明らかである。すなわち、
補助参加人は思うところがあって申請人側の花柳流を脱会し新流を興したのであるが、もとよりそのこと自体は人の自由に属する事柄である。
補助参加人は新流の基本的な名称(事業表示)を父初代【G】に由来する「芳門会」としたのであって、ここでは、自己の事業を申請人側の花柳流と識別しようとする意図を認めることができる。
ただ、その芸名についてはほかならぬ自己の氏である「花柳」姓を使用することとしたものである。
しかるところ、このようにいわば事業のサブ表示ともいえる芸名を「花柳」姓とすることが結果として申請人側の芸名と同一または類似することになることはもとより補助参加人の知悉していたことと思われる。しかし、このことは補助参加人の立場からすると、申請人筋宗家の旧分家の子としての自己の氏に照らしいわば必然的なことといえなくはないのであって、斯界では極めて普通に用いられる方法により使用したものとも解され、特段ここに欺瞞的使用の意図(あえて申請人側の名声にただ乗りし、その事業の表示が著名であることを奇貨として、他人に両者の誤認混同を生じさせ、もって利得しようとする意図)を見出すことは困難である(前記(ハ)で一応認められた補助参加人の書面附記事項でも一部推認されうるとおり、
元来家元制度は不正競争防止法の適用を受けうる営業としての側面を有する反面、
基本的には旧民法の家制度をモデルとした独得な家筋、長幼等の序列によって成立していることも明らかであって、このような家の血筋を受けた補助参加人においても、離脱独立の結果はともかくとして、なお、主家尊重、従順等独特の意識を十分に持ち合わせていると思われる点も参照)。
このようにみてくると、補助参加人が日本舞踊の新流「芳門会」を興こすにさいし芸名として「花柳」姓を使用し、これを自己の事業のサブ表示としたことについて不正競争の目的を認めることはできない。すなわち、補助参加人は善意であったことが認められる。
(四) 補助参加人が昭和五四年一二月決起の直後本来申請人側の花柳流として行う予定であった公式試験、講習会を自己の芳門会のそれとして行ったことは前記(ハ)で一応認定したとおりであるが、疏明によると、そのさい受験者、受講者には一応その経緯を説明し、参加不参加の自由を認めている点も一応認められるから、前記の事実だけで補助参加人の善意を否定することは困難である。また、申請人は、過去における補助参加人の改氏の経緯をもって同人の不正競争の目的の証左であると主張しており、なるほど疏明によると次の事実が一応認められる。すなわち補助参加人は昭和三六年二月【V】と婚姻するにさいし、妻の氏○○を称することとしたが、その後、昭和四八年六月に一たん戸籍上形式的に協議離婚して自己の氏を花柳姓に戻すとともに、同年九月同女と再婚してこのさいは自己の氏花柳姓を称する、というような極めて形式的な手続をとって花柳姓に復している。しかし、
右の経過については、補助参加人は、当初妻の養父母の懇請で妻の氏を称したが、
その法要もすんだので自己の氏に復したものにほかならず、現に事実上は家族一同終始花柳姓を称してきた旨弁疏しているところであり、また右の改姓の時点がこのたびの補助参加人脱流の六年も前のことであることからしても、前記経過をもって申請人の主張するような証左とすることは困難である。
(しかして、当裁判所は以上のような諸般の事情を彼此総合すると、本件については、申請人は補助参加人に対し不正競争防止法2条2項所定の混同防止表示附加の請求をするのが至当であると考える。)三 結論 以上のとおりであるから、被申請人の抗弁には理由があり、結局、本件申請の趣旨1、3項に関する仮処分申請は被保全権利の存在につき疏明を欠くものといわなければならない。
b 保全の必要性 のみならず、かりに申請人の本件差止請求に理由があるとしても、本件については、先に(ホ)で一応認めたとおり補助参加人は結果として新流を興こすことに失敗したのであって、その実勢に照らすと、いま申請人にその請求するような断行の仮処分を認めなければ申請人に著しい損害を与えると思われるような事情が存するとは到底認められない。すなわち、本件仮処分申請はその必要性もこれを認めることができない。
B 申請の趣旨2項の当否一 申請人が次の商標権を有していることは当事者間に争いがない。
出願 昭和四六年九月一日(商願昭四六ー九三七二一) 公告 昭和四八年二月二六日(商公昭四八ー一二三九五) 登録 昭和四九年六月三日(一〇六八九一五号) 指定商品 二六類 印刷物、書画、彫刻、写真、これらの附属品 登録商標 別紙図面(二)のとおり二 しかし、被申請人(又は同人が従属する補助参加人)において、現在、右登録商標類似すると申請人が主張する別紙図面(一)のような標章を前示のような指定商品又はこれに類似する商品に使用していることを裏付けるに足る疏明はない。
かえって、疏明によると、補助参加人は新流「芳門会」を興した直後一回だけ門弟の名取合格免状用紙に右(一)の標章を使用したことがあるが、その後はこのような場合にも別紙図面(三)のようなおよそ本件登録商標非類似の標章を用い、
(一)のものは使用しない意向であり、もとより被申請人もこれに従う意向であることが一応認められる。
三 のみならず、いま申請人に右(一)の標章使用差止の仮処分申請を認めなければ著しい損害を与えるとは思われないことはすでにAのbで説示したとおりである。
C 結論 よって、申請人の本件仮処分申請を却下し、申請費用の負担につき民訴法89条を適用して主文のとおり決定する。
別紙図面(一) (省略)<12225-001>
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