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事件 昭和 51年 (ワ) 6007号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1980/03/10
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告ら1 被告は、別紙目録第二記載の書体にかかる活字及び母型を製作し、販売してはならない。
2 被告は、その所有する前項記載の活字及び母型を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とするとの判決二 被告 主文と同旨の判決
当事者の主張
一 原告らの請求の原因1 原告らは、いずれも書体デザイン等の創作、研究に従事しているデザイナーであるが、昭和三四年、新しい時代の要求に合致し、かつ、読みやすい文字書体を創作するための研究グループ(後に「グループ・タイポ」と称した。)を結成し、以後共同で新書体の開発、研究を進め、昭和四三年には名称を「タイポス45」とする別紙目録第一記載の書体を含む一連の新書体を創作し、その後も数多くの新書体を創作して現在に至つている(原告らの創作にかかる新書体はいずれも「タイポス書体」の名称で一般に通用している。以下、これらの書体を総称して「タイポス書体」という。)。なお、タイポス書体は、平がな及び片かなからなり、字の縦線と横線の太さによつて何種類かに分かれているものである。
しかして、本訴請求は、第一次的にはタイポス書体のうちのタイポス45が不正競争防止法(以下、「法」という。)第1条第1項第1号の規定にいう「商品」に該当すること、第二次的にはタイポス45による後記写植用文字盤が右にいう「商品」であることを前提とするものである。
2(一) タイポス書体は、以下に述べるとおり、現に商品として取引の対象とされている。
すなわち、原告らは、昭和四四年三月一〇日株式会社写研(当時の商号「株式会社写真植字機研究所」。以下、「写研」という。)との間で、タイポス書体のうち、タイポス35、タイポス37、タイポス45及びタイポス411の四書体につき、次のような契約を締結した。
(1) 原告らは、写研に対し、同会社が右四書体による写真植字機用文字盤(以下、「写植用文字盤」という。)を製作し、販売し、使用することを許諾し、かつ、第三者に対してはこのような許諾をしないことを約する。
(2) 写研は、原告らに対し、右独占的許諾の対価として金五〇万円を支払う。
(3) 写研は、原告らに対し、右対価のほか、その製作、販売する標準規格の写植用文字盤一枚につき、金二〇〇〇円を支払う。
(4) 写研は、前記四書体による写植用文字盤の広告、宣伝をする場合は、これらの書体の創作者がグループ・タイポである旨を明記する。
また、原告らは、昭和四六年一一月八日写研との間で、タイポス44、タイポス66、タイポス88及びタイポス1212の四書体につき、右契約の内容とほぼ同内容の契約を締結した。
そして、原告らは、これらの取引によつて営業上の利益を得ているものである。
なお、原告らは昭和四九年二月有限会社グループ・タイポを設立したところ、同会社は、同年六月レトラセツトジヤパン株式会社との間で、同株式会社が製造、販売する感圧転写紙にタイポス書体を使用することを許諾し、その製品の売上額の二・五パーセントを使用料として受領する旨の契約を締結した、という例もある。
以上の取引事例に鑑みれば、タイポス45は前記法条にいう「商品」に該当するというべきである。
ところで、被告は、前記法条にいう「商品」は有体物に限られると主張する。しかしながら、右法条の立法趣旨は、第三者による商品主体の混同行為を防止することによつて、その商品主体の営業上の利益を保護すると同時に、公正な競業秩序を維持して公衆の利益をも保護することにあると解すべく、この見地からすれば、混同から守られるべき商品が有体物でなければならない必然性はないというべきであるから、右主張は理由がない。
(二) 仮にタイポス45が前記法条にいう「商品」に当たらないとしても、写研の製作、販売にかかる右書体による写植用文字盤が右にいう「商品」に該当することは明らかである。
3 タイポス45は、また、法第1条第1項第1号の規定にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」すなわちいわゆる商品表示に該当する。
けだし、商品表示とは、氏名、商号、商標等右法条に例示されたものと同時に、
商品の出所表示の機能を果たすものを指すのであり、例えば、商品の形態のように、元来、商品の出所を示すことを目的とするものではなくても、それが副次的に商品を個別化する作用を有する場合には、商品表示に該当すると解すべきである。
そして、書体は、もともと商品の出所を示すことを目的とするものではないが、一般の商品の形態と比較して、より一層装飾的、意匠的効果が強く、また、それ自体が商品の価値を決定する唯一の要素であるが故に、一般の商品の形態以上に商品の個別化作用を有するものである。しかも、タイポス45についていえば、後記のとおり、これが写研の製作、販売にかかる写植用文字盤に使用されるなどした結果、
需要者であるデザイン、出版、印刷業者からは、直ちに、タイポス45はグループ・タイポすなわち原告らの創作にかかる書体であり、また、写研のタイポス45による写植用文字盤は原告らの創作した書体を使用したものであると認識されるに至つているものである。したがつて、タイポス45は、それ自体を前述の「商品」とみた場合も、また、写研の写植用文字盤を商品とみた場合においても商品表示に該当するというべきである。
4 タイポス45は、遅くとも被告が後記キツド書体による活字等の製作、販売を開始した昭和四七年頃には、原告らの商品であることを示す表示として、需要者間において広く認識されるに至つていた。
すなわち、タイポス45を含むタイポス書体は、昭和四三年原告らによつて創作され、同年中に多くの出版物において賞讃をもつて紹介された。次いで、昭和四四年三月、原告らと写研との間に、前記のとおり、タイポス45を含む四書体の利用許諾に関する契約が成立し、同年四月には、写研から右四書体による写植用文字盤が発売されることとなつた。また、昭和四六年一一月には右当事者間に別の四書体についても概ね同内容の契約が成立した。そして、タイポス書体による写植用文字盤は、昭和五四年六月までに合計約二万五〇〇〇枚が製作、販売されており、タイポス45に限つてみても、毎年平均約二五〇枚が製作、販売されている。
しかも、右写植用文字盤には、その文字盤がグループ・タイポの創作にかかるタイポス書体を使用して製作されたものである旨を明記した保証書が付されており、これが販売の都度、購買者の手に渡るのである。
以上の事実に鑑みれば、タイポス45は、遅くとも昭和四七年頃には、原告らの創作にかかる書体として又は原告らの創作にかかる書体を使用した写植用文字盤であることを示す表示として、需要者間において広く認識されるに至つていたというべきである。
5 被告は、活字字型、精密彫刻品及び印刷用機材の販売等を目的とする会社であるところ、昭和四七年頃から名称を「キツド」とする別紙目録第二記載の書体(以下、「キツド」という。)による活字及び母型の製作、販売を開始し、現にこれを継続中である。
6 キツドは、以下に詳述するとおり、タイポス45と極めて類似しており、その結果、需要者において、キツドの創作者は原告らではないかとか、あるいは、被告と原告らとの間には何らかの協力関係があるのではないかとの誤認をするなどの現象を生じている。
(一) タイポス45の創作性について まず、タイポス45の有する創作性ないし形態上の特徴を指摘したうえ、キツドがこれを備えているか否かを検討することによつて、両書体の類似性の概略を明らかにする。
(1) タイポス45は、従来のかなよりも、漢字との比較における大きさを大きくし、ふところも広くした。このため、文字組みをした場合に、字間が均等になり、上下左右もそろつて見える。この点はキツドも全く同様である。
(2) タイポス45は、曲線をできるだけ水平、垂直に近づけており、特に平がなにおいて水平、垂直の線を強調し、長くしたことが、文字組みの印象に新鮮さを与えている。キツドも同様である。
もつとも、キツドの横線が文字どおり水平であるのに対し、タイポス45のそれは少し斜めになつているが、これは文字組みをした場合に横線が水平に見える範囲で右上りにしているのであり、この方が文字が安定するからである。書体については、最終的には「見え」の効果が重要なのであり、したがつて、タイポス45の横線も水平と何ら変りはない。
(3) 書体の創作性は、「あ」、「す」、「な」、「ぬ」、「ね」、「ふ」、
「め」、「む」、「れ」、「わ」など密度の濃い文字において、より顕著に表われるところ、両書体は、「な」を除いて、ほとんど差異がない。また、これらの文字は、密度の薄い他の文字に比べて字面が暗くなるため、タイポス45においては、
これを防ぐための工夫、例えば、余分なはねを除いたり、線を細くしたりするなどの工夫をしているのであるが、この点についてもキツドは全く同じである。
(4) タイポス45は、毛筆書体のなごりであるはねやつながりをできる限り取り除いており、そのために字体がすなおになつている。そして、タイポス45においては「た」及び「り」のはねがないのに対し、キツドにはこれがあるが、この二字以外は全く同じである。
(5) タイポス45は、濁点を垂直にし、かつ、その位置を一定にしている。そのために、縦組みの場合は視線の流れがよくなり、横組みの場合は字並びラインが強調されることになる。キツドも全く同様である。
(二) 書体の類似性判定基準について 原告らが本訴において援用する判定基準(甲第一一号証の一)は、もともとグループ・タイポすなわち原告らの私案であるが、数年来、日本タイポグラフイー協会の書体創作権委員会において何度も検討、改良されてきたものであつて、現在これ以上の優れた判定基準は存在しない。
以下、右判定基準につき説明する。
まず、書体の類否を判断する際の項目を、文字組みの「印象」と書体を形造つている「字形」とに分類し、これらの評価比重を同等とする。
(1) 印象 書体において重要なのは、文字組みから受ける読者の印象であり、書体の制作者もその文字が組まれたときにいかなる効果を出すかという観点から字形を決定する。
したがつて、印象の評価比重は相当に重いと考えるべきである。
(2) 字形 字形を構成するものとしては、字体、線質、字並びライン及び要素等があるが、
これらを整理して、最も基本的な「字体」と「要素」のみを採り上げる。そして、
これらの評価比重を同等とする。
(イ) 字体 字体はさらに次の四項目に分類される。@線の直曲、水平・垂直、線の長短、線がついているか離れているか、出ているか否か、はねているか否か。A曲線の性格。Bふところの大きさ。C骨格。すなわち、字体の類否は、これらの複雑にからみ合う四つの構成要素のすべてを検討したうえで判断すべきものである。
(ロ) 要素 要素とは、線、点、はらい、むすび、わなどの形、線端の形、線の太さ等をいい、これらの各要素を部分的に抽出して比較する。
以上のとおり、書体の類否を判定する場合は、評価の項目を、まず印象と字形に二分し、さらに、字形を字体と要素に分類し、印象、字体及び要素の評価割合を順次五〇パーセント、二五パーセント、二五パーセントとする。そして、これらの項目のそれぞれにつき、類似性の有無、程度を、0「全く違う」、1「かなり違う」、2「似ているとも似ていないともいえない」、3「かなり似ている」及び4「ほぼ同じといえる」の五段階に分けて評価する。なお、字体については、各字ごとに、しかも、前記四項目のそれぞれにつき五段階評価をする(甲第一一号証の三)。このようにして、最後に全体としての類似性を判定するのである。
(三) タイポス45とキッドの類否について 前項の判定基準に基づき、右両書体を対比すれば、次のとおりである。
(1) 印象 印象については、書体の全体像を比較して判断する。そして、キツドの全体の印象はタイポス45のそれと全く同じといつてよい。判定は「ほぼ同じといえる」である。
(2) 字形(イ) 字体 字体につき、一字ごとに前記四項目にわたつて詳細に比較してみると、平がなにおいては、「ほぼ同じといえる」が八七パーセント、「かなり似ている」が一三パーセントであり、一方、片かなにおいては、「ほぼ同じといえる」が七六パーセント、「かなり似ている」が二〇パーセントである。そして、平がなと片かなを合わせると、「ほぼ同じといえる」が八二パーセント、「かなり似ている」が一六パーセントとなり、キツドの字体はその大部分がタイポス45のそれと同じである、といえる(甲第一一号証の三の集計表参照)。したがつて、判定は「ほぼ同じといえる」である。
(ロ) 要素 両書体につき線、点、はらいなどの要素を部分的に抽出して比較してみると、両書体とも、横線、縦線にはほとんど抑揚がなく、肉付き及び線端の形も同じである。点及びはらいの形も同じであるが、ただ彎曲度には微妙な違いがある。もつとも、この彎曲度の点は、個々の文字におけるそれを比較すれば互いに深かつたり、
浅かつたりするというものであつて、全体としてみればほとんど差異はないともいえる。また、「お」の要素である「<12160-001>」や「よ」の要素である「<12160-002>」は、肉付き、線端の形などは同じであるが、キツドの方が少し扁平である。次に、角すなわち「<12160-003>」の形は、タイポス45のそれが鋭角であるのに対し、キツドのそれは角丸である。しかし、この角は、原字において鋭角であつても、小さな活字にして印刷すれば、角が落ちて丸味を帯びてくる。そして、「<12160-003>」の形を持つ文字は両がな合わせて一八字あるが、このうち文字組みの印象に影響してくるのは、角が本来鋭角をなす「ヤ」及び「セ」の二字のみである。すなわち、右の相違点は全九六字のうち、わずか二字に影響を与えるにすぎない以上、これを捨象して差し支えない。
したがつて、要素全体についてみれば、キツドは「<12160-001>」及び「<12160-002>」の形がより扁平であるという以外はタイポス45と全く同じといえる。判定は「ほぼ同じといえる」である。
右のとおりであつて、印象、字体及び要素の各項目につき評価値はいずれも最高の4(「ほぼ同じといえる」)であり、全体としての評価値も同じく4であつて、
キツドはタイポス45のコピーに近いといえる程度に両者は類似しているものである。
7 原告らは、法第1条第1項の規定にいう「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」に該当する。
すなわち、右の概念は、混同させられた商品の所有者、製作者のみならず、混同行為によつて信用を害される者を広く包含すると解すべきである。
したがつて、タイポス45を前述の「商品」とみた場合はもとよりのこと、写研の製作、販売にかかる写植用文字盤を「商品」とみた場合においても、原告らは、なるほど商品たる文字盤の所有者でも製作者でもないが、右商品の販売力の低下に伴い、売上げに応じた対価(書体の使用許諾料)の減収をきたすことになるのみならず、需要者は右商品が写研の商品であるが故に買うというより、原告らグループ・タイポの創作にかかる書体を使用した商品である点に着眼して買うのであつて、混同行為により信用を害されるのはむしろ書体制作者たる原告らであるから、原告らは、いずれにせよ「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」といえるのである。
なお、前述の「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」であるためには、必ずしも商品の所有者であることを要しないと解すべきことの理由につき敷えんすれば、次のとおりである。
(一) 法第1条第1項第1号の立法趣旨は前記2(一)記載のとおりである。そして、右立法趣旨のうち、私的利益の保護の点についてみれば、商品の取引において営業上の利益を受ける者が商品の所有者のみであるとは限らず、商品の所有者から何らかの対価が得られる関係にあれば、十分に営業上の利益があるといえるし、
これらの者についても保護の必要性は否定し難いのである。また、公衆の利益の保護の点を考えても、保護の対象を商品の所有者に限定すべき理由は見当たらない。
(二) 次に、法第1条第1号の規定にいう「他人」とは、一般に、商品の生産者のみならず、販売者、輸入業者等でもよく、商品の厳密な所有者であることは要しないと解されているところ、これは法の趣旨に副つた当然の解釈であり、右法条は商品の所有者以外の者にも広く権利保護の門戸を開いているものである。
(三) また、法第1条第1項の規定は、「……之ニ因リテ営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者ハ……」という表現を採つており、その文理上、営業上の利益を害される虞のある者の範囲を全く限定していない。
(四) さらに、法第1条第1項の規定にいう「営業」とは、極めて広義に解釈すべく、役務あるいは無体物を対価を得て提供する場合も右にいう「営業」に含まれると解するのが相当である。そして、原告らを含めて、無体物を対価を得て提供する営業者については、その営業者が有体物たる商品の所有者ではない場合が少なからず発生するが、この場合にもその営業者を保護する必要があることはいうまでもないところであり、その保護を否定するのは法の趣意ではない。
二 請求原因に対する被告の認否1 請求の原因1は不知。
2 同2のうち、タイポス45が法第1条第1項第1号の規定にいう「商品」に該当するとの点は否認し、その余は不知。
3 同3は否認する。
4 同4も否認する。
5 同5のうち、被告が原告ら主張のような会社であること及び被告が現にキッドによる活字及び母型の製作、販売をしていることは認める。
6 同6は否認する。
7 同7も否認する。
三 被告の主張1 本件には法第1条第1項の規定が適用される余地はない。その理由は次のとおりである。
(一) 書体であるタイポス45は法第1条第1項第1号の規定にいう「商品」には該当しない。
すなわち、右にいう「商品」とは、取引の目的物たる動産を指称し、したがつて、有体物に限られると解すべきである。けだし、法第1条第1項においては、商品は「販売、拡布、輸出」(第一号)、「産出、製造、加工」(第四号)されるとされ、また、商品の「容器包装」(第一号)、「品質、内容、製造方法、用途数量」(第五号)等の概念が用いられているところ、これらの行為態様や概念は、商品が有体物であることを前提としなければ理解できないからである。
原告らは、タイポス書体に関する取引事例を挙げて、これが前述の「商品」に該当すると主張する。しかしながら、原告ら主張の取引なるものは、原告らが写研に対し、タイポス書体による写植用文字盤を製作、販売、使用することを許諾するというのであつて、写研による右製作等の行為につき異議を述べないという不作為を約したものにすぎず、もとより第三者がこれに拘束されるいわれもないから、このような約定に基づき書体の商品性を根拠づけることはできない。
(二) 一方、写研の製作、販売にかかる写植用文字盤を法第1条第1項第1号の規定にいう「商品」とみた場合は、原告らは法第1条第1項の規定にいう「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」に当たらない。
すなわち、法第1条第1項第1号の立法趣旨は、商品主体の混同を防ぐことによつて周知表示に化体された商品主体の信用の冒用を規制し、よつて公正な競業秩序を形成、維持しようとすることにある。したがつて、右法条によつて保護されうるのは、信用の保持者たる商品主体に限られるものであり、右写植用文字盤についていえば、写研であつて原告らではない。
ところで、原告らは、自らが法第1条第1項の規定にいう「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」に該当すると主張するが、その論拠とするところは、以下に述べるとおり、いずれも理由がない。
まず、原告らは、混同行為によつて信用を害されるのは写研よりもむしろ原告らであると主張するが、法第1条第1項第1号の規定によつて保護されるのは、商品が何人によつて取り扱われるか、すなわち、商品主体いかんについての信用であつて、商品が何人によつて案出されたかについての信用ではないから、右主張は当たらない。
次に、原告らは、法第1条第1項第1号の立法趣旨が私的利益の保護にあることを挙げて、商品の所有者以外の者についても保護の必要性があると主張する。しかしながら、私法の目的は究極的には常に私的利益の保護にあるのであるから、右のような主張は法律要件の限定の論拠としては全く無意味である。
また、原告らは、法第1条第1項第1号の規定にいう「他人」とは、一般に、商品の所有者であることを要しないと解されているから、商品の所有者以外の者にも広く権利保護が認められるべきであると主張する。しかしながら、商品の所有者であるか否かは、右にいう「他人」であるかどうかとはそもそも別個の問題である。
そして、右にいう「他人」であるためには、商品の販売者、取扱い者等のいわゆる商品主体であることを要し、かつ、それで足りると解すべきところ、原告らは右の意味における商品主体ではないから、保護の対象たりえない。
さらに、原告らは、法第1条第1項の規定は「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」の範囲を文言上限定していないとの点を挙げる。しかしながら、これは、右法条の第一号から第六号までの多岐にわたる禁止行為につき、保護の対象(被害者)を一括して表現するため、右のように抽象的な概念を用いたものであつて、保護の対象を無限定とする趣旨ではない。そして、商品主体混同行為(第一号)につき、
保護の対象が前述の意味における商品主体に限定されることは、前述の立法趣旨から明らかというべきである。
また、原告らは、法第1条第1項の規定にいう「営業」とは極めて広い概念内容を有し、役務あるいは無体物を提供する場合をも含むと解すべきであるから、原告らも保護されるべきであると主張する。しかしながら、右の営業概念に関する説明は、いわゆる商品主体混同行為(第一号)ではなく、いわゆる営業主体混同行為(第二号)につき妥当する事柄であり、原告らの右主張はこの点を取り違えたものであつて、不当である。
(三) 書体はいわゆる商品表示とはならない。
すなわち、書体は、本来、線あるいは点の一定の配列により特定の音及び意味内容を表現、伝達することを目的とするものであり、右のような目的、機能への技術的要請から一定の形態をとることを宿命づけられている。したがつて、このような形態を商品表示とし、これにつき特定人による独占を認めるならば、無限の書体の私有化が可能となり、万人共有の文化遺産たる文字を印刷、出版の方法により使用することが不可能になるという不合理な事態を招来する。かくして、書体に権利性を認めることは、文字の持つ本来の性質、機能に反する結果となるから、許されないというべきである。
(四) キツドとタイポス45とは競合関係にない。
すなわち、写研の製作、販売にかかるタイポス45による写植用文字盤を前述の「商品」とみた場合、その販売対象は写植印刷業者であるが、一方、キツドによる活字及び母型の販売対象は活字製造業者及び活版印刷業者である。ところで、写植印刷と活版印刷とは別個の業態であり、これらを兼業する業者はほとんどない。
したがつて、右写植用文字盤と活字等につきその出所を混同する虞れは全くないのである。
2 キツドとタイポス45とは類似しない。その理由は次のとおりである。
(一) タイポス45の創作性について 印刷書体は、当初の明朝体の肉筆書体に近い形から次第に幾何学的な単純な形に変化してきており、タイポス45を含むタイポス書体もこのような変遷の過程で案出されたものである。そして、原告らがタイポス45の特徴として指摘する点は、
いずれもゴシツク体において既に採用されていたものであつて、タイポス45はこれをそのまま引き継いだにすぎない。したがつて、タイポス45の創作性は否定されるべきである。
(二) 原告らの主張する書体の類似性判定基準について 原告らは、書体の類否に関し、印象及び字形(字体、要素)の項目を掲げ、これらの各項目につき0から4までの段階的評価をすべきであると主張する。しかしながら、右判定項目なるものはいずれも具体性を欠くうえ、その段階的評価なるものも判定者の主観によつて決せられることとなり、評価の公正さは期し難いものである。のみならず、原告らの援用する右判定基準は、元来利害の点では一致してよいはずの、いわゆる印刷書体専門家の間においてすら、一般に承認されるに至つていないのである。要するに、原告ら主張の判定基準は客観性を欠くから、本訴において採用されるべきでない。
(三) キツドとタイポス45の類否について 右両書体を文字の形態上の特徴に応じてグループに分けて比較対照すれば、別紙(一)記載のとおりである。また、右書体の相違点を各文字ごとに具体的に指摘すれば、別紙(二)(なお、説明文においては、キツドを「K」、タイポス45を「T」と略称し、また、特に明示しない場合はキツドの特徴を示すものとする。)記載のとおりである。
以上いずれの観点からしても、右両書体間にはすこぶる多種の相違点のあることが看取されるのであり、これらが類似しないことは明らかである。そして、これらの相違点は、キツドが、被告の既存のゴシツク体に改良、変更を加えて、安定感を持たせるために文字の重心を低くし、
これによつて漢字とも調和しやすいように制作されたことに起因するものである。
証拠関係(省略)
理 由一 成立に争いのない甲第一ないし第三号証、原告本人【A】の供述によつて真正に成立したものと認められる甲第四ないし第八号証及び右供述を総合すれば、原告らはいずれも武蔵野美術学校又は武蔵野美術短期大学の出身者であつて、書体デザイン等の研究、制作に従事するデザイナーであること、原告【B】及び同【A】は、在学中の昭和三四年から、漢字と調和し、かつ、読みやすさを旨とする平がな及び片かなの新書体の開発に取り組むこととなり、昭和三七年には原告【C】及び同【D】がこれに参画し、以後四名共同して新書体の研究、開発を進め、同年中「タイポス37」及び「タイポス411」と称する二書体を制作したのを手初めとして、昭和四二年には別紙目録第一記載の「タイポス45」を、次いで昭和四三年には「タイポス35」を各制作、完成し、その後もこれら四書体と同一のいわゆるフアミリーに属する「タイポス44」、「タイポス66」、「タイポス88」及び「タイポス1212」等を制作して現在に至つていること、原告らの制作にかかる書体は一般に「タイポス書体」又は単に「タイポス」と総称されているところ、各々の書体を指し示す目的でその名称に付された数字は、文字枠の一辺を一〇〇とした場合における横線及び縦線の太さを表わす数字を順次つなぎ合わせたものであること(例えば、タイポス45は、文字枠を一〇〇として、横線の太さが4、縦線の太さが5であるような書体であること)、なお、原告らは遅くとも昭和四三年頃からそのグループ名を「グループ・タイポ」と称するようになつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
二 そこで、原告らの制作にかかる書体タイポス45が不正競争防止法第1条第1項第1号の規定にいう「商品」に該当するか否かにつき判断する。
思うに、法においては商品に関する定義規定が特に設けられていないから、その概念内容は、法の趣旨、目的に照らし、社会通念に従つてこれを確定するほかはない。
しかして、商品とは、言葉の通常の意味において理解する限り、商取引の目的物として取引市場において転々流通しうべきものをいうと解するのが自然である。しかるところ、いわゆる無体物については、その提供を営業目的とする場合においても、これが当初の提供者の手を離れて転々流通するという事態は殆んど想定することができない。次に、法第1条第1項の規定においては、商品につき、「容器包装」(第一号)、「原産地」(第三号)及び「品質、内容、製造方法、用途、数量」(第五号)という概念が用いられ、また、商品は、「販売、拡布、輸出」(第一号、第三ないし第五号)あるいは「産出、製造、加工」(第四号)の対象となるとされているところ、これらの概念や行為態様は、右にいう「商品」を有体物と解して初めて合理的に説明しうるものである。加えて、法第1条第1項第1号の規定は、商品に「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」すなわち他人の商品表示と同一又は類似のものを使用するなどして、他人の商品混同を生ぜしめる行為を禁圧しようとするものであるが、無体物については、それ自体に商品表示を使用するということがそもそも不可能である。以上に説示した点を合わせ考えると、法第1条第1項第1号の規定にいう「商品」とは、少なくとも有体物であることを必要とし、無体物は含まないと解するのが相当であり、したがつて、無体物である書体タイポス45は右にいう「商品」に該当しないというべきである。
もつとも、原告本人【D】の供述によつて真正に成立したものと認められる甲第一七ないし第一九号証及び右供述によれば、原告らは、株式会社写研との間で、昭和四四年三月一〇日タイポス35、タイポス37、タイポス45及びタイポス411の四書体につき、次いで、昭和四六年一一月八日にはタイポス44、タイポス66、タイポス88及びタイポス1212の四書体につき、それぞれその主張のような内容による独占的使用許諾契約(但し、写植用文字盤への使用に限る。)を締結したこと、また、原告らの設立にかかる有限会社グループ・タイポは、昭和四九年六月一日レトラセツトジヤパン株式会社との間で、
タイポス書体につき原告ら主張のような非独占的使用許諾契約(但し、感圧転写紙への使用に限る。)を締結したことが認められる。そして、右認定事実によれば、
タイポス書体は昭和四四年以来現に商取引の対象とされていることが明らかである。しかしながら、書体が現実に右のような形式で商取引の対象とされているかどうかということと、書体を含む無体物がそもそも前記法条にいう「商品」に該当するか否かということとは、別個の問題であるから、右に認定したような書体に関する取引事例が存在するからといつて、直ちに前記結論を左右するものではないし、
ほかにこの結論を左右するに足りる資料、証拠もない。
三 次に、原告らは、仮定的に、写研の製作、販売するタイポス45による写植用文字盤が法第1条第1項第1号の規定にいう「商品」に該当すると主張する。しかして、右写植用文字盤が一般的に右法条にいう「商品」に該当することはいうまでもない。
しかしながら、右写植用文字盤に関する限り、原告らはいわゆる商品主体ではないから、右法条による保護の客体たりえないものというべきである。けだし、右法条の立法趣旨は、商品主体の混同行為を防止することによつて、いわゆる周知表示に化体された商品主体の信用の冒用、毀損を規制するとともに、合わせて公正な競業秩序を維持、形成しようとすることにあると解される。すなわち、右法条によつて保護されうるのは、信用の保持者たる商品主体に限られるものである。しかして、右にいう「商品主体」とは、商品の製造、加工あるいは販売等のいわゆる商品取扱い業務に従事する者であれば足り、その範囲はかなり広汎なものと考えられるし、また、同一の商品につき同時に複数の者が商品主体となりうることも論を俟たないところであるけれども、前記写植用文字盤に関する限り、原告らは、先に認定したように、右商品に使用すべき書体を提供することによつて、写研から右商品の売上げに応じた対価収入を得る等の利害関係を有するにとどまり、右にいう「商品主体」に該当する余地はないものといわざるをえないからである。
右説示に反する原告らの主張は、いずれも当を得たものとはいい難く、採用するに由ないものである。
四 以上の次第であつて、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことになるから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条第93条第1項の各規定を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 秋吉稔弘
裁判官 野崎悦宏
裁判官 安倉孝弘
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