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事件 昭和 43年 (ワ) 3091号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1978/12/19
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告ら(請求の趣旨)1 被告両名は連帯して、原告ビニケン株式会社に対し金二、〇八〇万円、原告株式会社中村多喜弥商店に対し金二、〇〇〇万円、及び右各金員に対する、被告会社においては昭和四三年六月一一日から、被告【A】においては同年同月一〇日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告安田株式会社は原告株式会社中村多喜弥商店に対し大阪商工金物新聞、日本金物新聞、中央金物新聞に別紙広告文記載の文案と条件による広告を掲載せよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
二 被告ら(請求の趣旨に対する答弁) 主文と同旨の判決。
当事者の主張
一 原告らの請求原因 原告ビニケン株式会社(以下原告ビニケンという。)及び原告株式会社中村多喜弥商店(以下原告中村商店という。)は、戸車用レール業界において、被告安田株式会社(以下被告会社という。)と競業関係にあるところ、原告ビニケンはその設立の当初である昭和三九年一一月頃から同四一年一二月六日(後記被告会社、原告ビニケン間の訴訟における控訴審判決が言渡された日)までの間、また原告中村商店はこれより先昭和三四年七月頃から同四〇年一〇月末日(後記被告ら、原告中村商店間の和解が成立した月の前月末日)までの間、いずれも被告会社及びその創始者であり現在はその取締役の地位にある被告【A】共同の数々の違法行為によつて営業を妨害され多大の損害を蒙つた。これを分説すると次のとおりである。
1 被告らの行為の違法性(一) 当業界の実情と原告ら、被告ら間の永年の紛争(1) わが国の戸車用レール業界は、戦後のビニール樹脂の開発に伴い、昭和三四年頃からビニールを戸車用レールの構造に利用するという従来の全金属製レールに比しまさに革命的な転換期に遭遇した。すなわち、従前の戸車用レールの需要はその殆どが全金属製のレールであつて、これが一般の殆どの需要を独占してきたところ、その頃からレール被覆部分をビニール樹脂とするいわゆるビニールレールが在来の製品に代つて一般の需要を充足し始めてきていた。
(2) そのようなわけで、当時当業界ではこぞつて新商品ビニールレールの製造販売に着手し、かつ自らの技術の独占をはかるため実用新案の出願をするようになつていた。
被告【A】の考案にかかる実用新案「戸車用レール」が出願公告されたのもそのころ、すなわち昭和三三年三月三一日であり、これは翌三四年六月二六日には登録もされたのであるが、そこで開示されたレールの構造は、別紙(一)に示すとおり在来の金属レールを芯体としてこれをビニール樹脂で被覆したものであつたに過ぎず、その実態は単に在来の金属レールをビニール樹脂で被覆するに留まり何ら在来のレールと比較して新規性を有するものではなく、当時すでに公知公用であつたゴムレールと比較してもただゴムをビニールに換えたいわゆる材質転換をしたに過ぎなかつたため、当業者がみれば将来必らず無効とされるべきものと考えられるものであつた。はたして、右実用新案はその後昭和四一年六月三日特許庁より無効である旨の審決を受け(請求人訴外平安伸銅工業株式会社、同庁昭和三七年第八二号事件)、被告【A】はこれを不服として東京高等裁判所に対し右審決の取消訴訟を提起したが、これも昭和四七年二月二九日請求棄却となり(同高裁昭和四一年(行ケ)第一〇四号事件)さらにその上告も昭和五〇年一二月一六日に棄却されて無効は確定した(最高裁昭和四七年(行ツ)第四五号事件)。
(3) ところが、被告会社および被告会社の初代代表者であり、その後もその代表取締役が子息であること等からして取締役として実質上会社の権限を行使できる立場にある被告【A】は以後共同してことあるごとに右実用新案をふりかざして原告らや他の同業者の各自の考案に基くビニールレールの製造販売をすべて「前記被告【A】の実用新案権を侵害するものである。」と断じ、その旨新聞広告をし、訴訟を起こす等あらゆる手段を駆使して原告らの営業を妨害し、無謀にもビニールの製造販売を自社で独占しようとした。
(4) しかし、原告中村商店が昭和三七年ごろから製造発売し、またはしようとした「エチロンレール」や「ハツトレール」はそれぞれ別紙(3)の(イ)および(ロ)のような構造で、ビニール材を使用してはいたが何ら被告【A】の実用新案権を侵害するものではなく、かえつて同原告が通常実施権を有する【B】、【C】共有の実用新案権(別紙(三)に示す「ビニール被膜甲丸斬条」、)の実施品またはそれに近いものであつたし、また原告ビニケンが昭和三九年末から製造販売しようとした「ビニケンレール」も別紙(2)のような構造のもので何ら被告【A】の実用新案権を侵害するものではなく、かえつて同原告が専用実施権を有する同原告の代表者【D】個人所有の実用新案権(別紙(二)に示す「管条線封入プラスチツクレール」、)の実施品であり、原告らには全く他意はなかつたのである。しかし、何分原告らは法律や技術解釈の専門知識にうとかつたので以下述べるとおり、
あるいは被告らのいいなりに極めて不利な和解をし、あるいは弁護士に依頼して被告らの提訴に応訴せざるをえなくなり(もとより原告側勝訴)、その他本来自由であるべき営業活動を妨げられてきた。
(二) 被告らの具体的な違法行為(1) 原告中村商店に対する違法行為(イ) 既に原告中村商店を含む金物業者間においてビニールレールの製造販売を企図着手していた昭和三四年七月頃、被告らは連名で、一般金物業界紙である日本金物新聞紙上に、鉄芯ビニールで被覆したビニールレールは被告らの独占する実用新案であり、これに類似する他社製品の取扱は違法であるから取扱を中止されたい旨の誤つた警告を数回に渉つてなし営業を妨害した。
(ロ) 被告らは以後全国の同業者間との集会の席上、原告中村商店らのビニールレールが違法の製品である旨繰返し述べ、他の取引業者がこのビニールレールを取扱う場合は民事上刑事上の責任を免れないとの不当な説明を徹底して行つた。
(ハ) 被告らは昭和三七年八月に至つて、「レールの芯体部分に型の変つたものを用いその型の相違点に新規性があるとして新な実用新案として登録されたレールでも全て被告らの実用新案に抵触しこれを製造販売する者は民事上刑事上の責任を負う」との誤つた警告状を弁護士、弁理士名で印刷せしめ、殆どの金物業者間に数回に渉つて配布させ、原告中村商店のビニールレールの製造販売が違法であるように業者間に周知させた。
(ニ) 被告【A】は昭和三七年九月不当にも原告中村商店を被申請人とする同原告発売の「エチロンレール」販売禁止等の仮処分申請事件を東京地方裁判所に提起し、原告中村商店の「エチロンレール」が自己の権利範囲に属すると云う誤つた申立をなし同月一〇日これが仮処分決定を得て原告中村商店のビニールレールの製造販売を不可能ならしめた。
(ホ) 被告らは右のような販売禁止の仮処分をえたのであるから、さらにその上に原告中村商店の名を掲げた警告宣伝をする必要は全くなかつたのにあえて連名で同年九月二一日より同年一〇月一一日までの間、日本金物新聞、中央金物新聞、大阪商工金物新聞など殆ど全国に渉る金物業界紙上に、半面の大広告で、恰も原告中村商店に対する前記仮処分が正当であり、「エチロンレール」が侵害品であるかの如き印象を与える警告文を書き立て、業者間にこれを更に周知徹底させて原告中村商店の信用を極度に毀損した。
(ヘ) そればかりか、被告らは昭和三七年八月頃より同四〇年末に至るまで、原告中村商店のエチロンレールが模造品であるため前記仮処分決定がなされた旨の弁護士、弁理士名入りの不当な警告状を数回に渉つて金物業者に配布させ、原告中村商店の営業を誹謗妨害し信用を損わせた。
(ト) また、被告【A】は昭和三七年一一月原告中村商店他一名を被告とするビニールレール製造販売差止請求の本案訴訟をも提起したので原告中村商店等はこれに応訴し同被告の請求が不当であることを主張してきたのであるが、前記仮処分で痛手を受け、さらに悪宣伝等が繰り返されたので、原告中村商店としてはついに被告らの言い分が正当だと考えざるをえなくなり、また被告らの言い分に従わなければビニールレールその他の製造販売が続けられなくなるような事態に追い込まれた結果、昭和四〇年一一月二〇日被告らとの間で「原告中村商店がエチロンレール、
ハツトレールを製造販売するについては被告【A】に実施料を支払う」趣旨の条項等ほとんど被告らの要求どおりの条項を定めた和解をするほかなかつた。
(2) 原告ビニケンに対する違法行為(イ) 被告らは原告ビニケン設立準備中の昭和三九年九月頃より同四〇年七月頃までにかけて原告ビニケンの得意先である取引業者に被告会社の従業員を差向けた上原告ビニケンの製品ビニケンレールが被告らの実用新案に抵触する旨再三申向けさせた。
(ロ) 被告会社は被告【A】の前記実用新案の専用実施権者であると称して同四〇年五月原告ビニケンを被告として「逆U字形の芯材を有するビニケンレールでもなお右実用新案権に抵触する」と主張して、不当な侵害差止の訴訟を大阪地方裁判所に提起する一方(昭和四〇年(ワ)第一九九五号事件)、取引業者間にこれが勝訴は確実であるかの如く印象づけ即時原告ビニケンとの取引を解消するよう再三申入れた。
しかし、ビニケンレールが何ら被告【A】の実用新案に抵触しないことは既に述べたとおりであり、これが無効となるまでもなく、同年一〇月二七日にははやくも請求棄却の判決が言渡され、その控訴審においても翌四一年一二月六日控訴棄却の判決が言渡され(大阪高裁昭和四〇年(ネ)第一六三四号事件)、上告審でも昭和四六年三月二日に上告棄却されている(最高裁昭和四二年(オ)第四一六号事件)。
(ハ) さらに被告らは昭和四〇年七月ビニケンレールの総委託販売元である訴外株式会社山喜商店に対し、販売を中止しないときは販売停止や損害賠償の請求をする旨申向けて原告ビニケンとの販売委託契約を解消させ、更に同商店と共にこれを扱うことを約した訴外月虎金属株式会社においてもこの製品を取扱うことを事実上不可能ならしめた。
(3) 被告らの違法行為の総括 以上のような行為は、あるいは不当な仮処分申請であり、不当な訴訟提起であり、あるいは競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述し又は流布する行為であり(不正競争防止法1条1項6号参照)、そうでなくても社会通念上とうてい認め難い実質上違法な行為であるから、いずれにしても不法行為法上の違法行為であることは明白である。また被告ら相互の関係を考えると、これらの違法行為がたとえ被告らのうちの一人の名でなされているものでも、両名共同でしたものと評価すべきである。
2 被告らの故意過失 被告らの実用新案である「戸車用レール」の構造についての権利範囲は、外包部をビニールなどの比較的柔い材質を用いた管状物体で、管の内部即ちその芯体が金属である戸車用レールにおいて、その芯体が金属レール形状を有するものに限定されたものであることは明かであり、被告【A】自身も当初よりこの事実を認めていた。また、被告会社においては、この実用新案に係る戸車用レールの製造販売を主たる営業の一として行つてきているのであるから、被告【A】と同様、被告会社が当初より被告【A】の考案した戸車用レールの権利範囲は、芯体を金属レールそのものとするビニールレールに限定されたものであることを知悉していたことは言うまでもない。しかるに、被告らが原告らをはじめ業界の各同業者に対してしてきた警告、仮処分申請、訴訟の提起などはすべて右権利範囲を遥かに逸脱した「ビニールを以て金属芯体を被包した戸車用レールはその芯体の形状如何を問わず被告らの実用新案権に抵触する」という全く前記正当な見解と相反する主張を前提としているのであり、しかも、これら一連の行為は、専門家たる弁理士、弁護士を代理人として表示することにより、強圧的に業界を被告らの手中に把握しようとした悪質極まる行為であることからして、これらが故意になされたことは明白である。上記の事情に加え、原告中村商店との和解の一件については、被告らは原告ビニケンに対するビニケンレールを侵害品とする前記第一審訴訟で敗訴した直後、これと同一構造を有する原告中村商店のハツトレールについてまで実施料の支払をさせようとしたようにその所為は卑劣というほかなく、被告らが当初より悪質であつたことはこの一事をみても明らかである。
仮に、被告らに故意はなかつたとしても、被告らとしては前記のような同業者の営業を妨害するような諸行為を強行するのであるから、それが違法でないかどうか相応の注意を払つてことの是非を判断すべき義務があるところ、何らそのような配慮をせず、ただ一途に原告らの営業を妨害したことは明白であるから、被告らには右の点で過失がある。そもそも、工業所有権の問題がからむ同業者間の「警告」については、他面においては正当な営業の妨害にもなる危険があり、それが社会的に及ぼす影響が測り知れないだけに相応の慎重な調査と方法が要求されることは言を俟たない。まして、「警告」の中で、一般業者に仮処分決定の報道をなすがごときことは、これをなすこと自体無用なことである上、仮にこれが事実上必要であつても仮処分決定の仮定性、暫定性の性格上、最少限度の表現にとどめる等慎重に事を運ぶべきである。ところが、被告らは、被告らの実用新案が、既に開発されていたゴムレール等の構造と近似し、ただ在来の金属レールを芯体としてこれをビニールで被包しただけのものに過ぎぬことを熟知していたのであるから、これと構造の異る原告らの製品がその実用新案に抵触しないことを当然知り得べきであつたのに、
何ら充分な調査検討をすることなく、前記のとおり悪質な警告をしたり、不当な訴訟や仮処分を提起したばかりか、仮処分の事実を自己に有利に印象づける警告をなしたりする必要性はなかつたのにまた、仮にその必要があつても、必要最少限度の程度方法に留めるべきであつたのに、これを全く顧慮することなく悪意に満ちた不当且つ過大な方法で宣伝しているのであるから、前記一連の行為について被告らに過失のあつたことは明白である。
3 原告らの損害(一) 財産上の損害(1) 原告ビニケンの蒙つた損害 原告ビニケンは別紙(二)の実用新案につきその権利者である訴外【D】と実施契約を締結し、昭和三九年九月頃「ビニケンレール」なる製品名を以て製造販売に着手した。昭和四〇年七月には、訴外進精金属製作所に右製品の製造を委託し、同社に四ラインの製造機械を配備し一カ月一間もの八〇万本の製造態勢を整える一方、他方では販売業者との取引態勢を完備、就中訴外月虎金属株式会社他一社とは右製造本数全部の出来高販売契約を締結して一カ月八〇万本以上の売上を図つた。
しかるに、前記のとおり被告らの妨害行為により昭和四〇年八月以降被告会社との第二審訴訟に勝訴した同四一年一二月六日までの少くとも一六カ月間、全く右製品を製造販売することができなかつた。
そしてレール一間もの一本の売却単価は一四円五〇銭であり、これから諸経費を控除した一本当りの販売利益は二円であるところ、当時原告ビニケンは、控え目に見積つても一カ月六五万本の製造販売は容易であつたから、昭和四〇年八月一日から同四一年一一月末日まで一六カ月間の得べかりし利益は、
2円×65万本×16カ月=2,080万円の算式により二〇八〇万円となり、原告ビニケンはこれと同額の損害を蒙つたものである。
(2) 原告中村商店の蒙つた損害 原告中村商店は別紙(三)の実用新案権者である訴外【C】より通常実施権を得、「エチロンレール」の製造販売に着手したが、昭和三七年九月当時においては既に一間もの月産一二〇万本の販売準備を了していた。そして、原告中村商店は当時訴外太田興業株式会社から月当五五万本、東京・大阪の各業者から月当計四〇万本の註文を受けており、名古屋・広島・神戸の各業者からの註文を併せると月当一二〇万本以上の継続的販売は優に容易な状況にあつた。しかるに、前記被告らの悪質な中傷、並びに不当な仮処分申請等によつて原告中村商店の製造計画は全く水泡に帰し、不当な仮処分申請のなされた翌月の昭和三七年一〇月一日より和解締結に至る前月の同四〇年一〇月三一日まで三七カ月間前記エチロンレールを全く製造販売することができなかつた。レール一間もの一本の売却価格は一六円五〇銭で、これから諸経費を控除した一本当り販売利益は二円であるところ、原告中村商店は、
当時控え目に見積つても月当九〇万本の製造販売は確実であつたから、右期間の得べかりし利益は、
2円×90万本×37カ月=6,660万円の算式により六、六六〇万円となり、右原告はこれと同額の損害を蒙つた。
(二) 慰籍料 仮に原告らの主張する財産上の損害額が主張どおり認められなかつたとしても、
原告らは予備的に名誉、信用が失墜させられたことによる慰籍料を請求する。
すなわち、原告らはその正当な営業行為として原告らの各権利にもとづく戸車用レールの製造販売に着手したものであつて、何ら被告らよりその営業を妨害される筋合はなかつたにも拘らず、前記の如く被告らの悪意の妨害によりその製品を中傷され或いは製造販売が不能の状態にまで陥らしめられた。これがため原告ビニケンは、新製品を以て宣伝に努めこれの開拓に努めようとしていた信用を、原告中村商店はこれまでに業界に保持して来た老舗としての確固たる信用を、それぞれ毀損され、戸車用レールのみならず営業全般に渉つての営業上の信用を著るしく毀損された。そして、これら客観名誉の侵害による損害(慰籍料)は前記財産上の損害額を遥に上廻るものである。
(三) 謝罪広告の必要性 原告らのうち原告中村商店は被告会社の所為によりことのほか名誉信用を毀損された。それは同原告が当業界の老舗であつたからである。すなわち、同原告は被告会社の単なる警告の域を遥に超えた悪質な営業誹謗行為によつて永年の努力によつて築き上げた経済上の信用を損われたのであるが、就中請求の趣旨記載の各業界紙上での同原告名指しの悪質な誹謗は、同原告のエチロンレールを被告会社製品の模造品であるときめつけ、更には東京地方裁判所がなした仮処分決定や大阪地方裁判所がなした執行官保管の執行を誇大に取上げて、恰も原告中村商店のエチロンレールが被告会社の実用新案に抵触することは確定的であるかの如く虚偽の事実を記載したもので、これにより同原告が業界において信用上蒙つた損害は甚大であつた。
そのため業界には被告【A】の前記実用新案が無効であることが確定した今でも、
原告中村商店のエチロンレールやハツトレールが被告【A】の実用新案に抵触していると誤信している者があるくらいで、単に損害賠償だけをもつてしては、失われた同原告の業界での信用、名誉は到底回復し得ない状態で、その回復をはかるためにはさらに別の適当な処分が必要である。
4 よつて、原告らは被告ら各自に対し、民法第709条(不正競争防止法第1条ノ二第一項も参照)に基く損害賠償として、原告ビニケンに対して前記得べかりし利益相当損害金二、〇八〇万円、原告中村商店に対して前記同旨の損害金六、六六〇万円の内金二、〇〇〇万円(かりにこれが認められないときは慰籍料として同額の損害金)、及び右各損害金に対する本訴状送達の翌日である昭和四三年六月一一日(被告会社)と同年同月一〇日(被告【A】)から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、また特に原告中村商店は、被告会社に対し、不正競争防止法第1条の2第3項第1条第1項6号もしくは民法第723条に基き、信用名誉の回復のため請求の趣旨記載の謝罪広告の掲載を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否及び主張 冒頭柱書について 冒頭柱書の事実中、原告らと被告会社とが戸車用レール業界において競業関係にあることは認めるが、その余の事実は争う。
1 被告らの行為の違法性の項について(一) (当業界の実情と原告ら、被告ら間の永年の紛争)について(1)の事実を争う。
(2)の事実中、被告【A】考案に係る実用新案「戸車用レール」の構造が別紙(一)記載のとおりであること、しかるところ右実用新案権について、昭和四一年六月三日特許庁において無効の審決がなされ、これが原告ら主張の経緯で確定したことは認めるが、その余の事実は争う。
(3)(4)の事実中、被告らがかつてそれぞれ相応の理由に基き原告ら主張のように原告らを相手方とする仮処分や本案訴訟を起こしたこと、また双方永年の紛争を円満に和解したこともあること、さらに、原告中村商店がその主張のような実用新案権について通常実施権を有していたこと、原告ビニケンがその主張のような実用新案権について専用実施権を有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。
当業界の昭和三〇年代前半の実情は次のとおりであつた。すなわち、被告【A】は、当時開発されたビニールに着目し、その特性を利用して別紙(一)記載のような戸車用レールを考案し、昭和二八年九月四日にはすでに実用新案登録を出願、昭和三〇年八月には被告会社が業界において初めてその商品化に成功し、広告、パンフレツト、販売員等により全国的に普及宣伝に努めると共に、取扱業者への招待売出しや景品付売出し等莫大な費用を投じて普及宣伝に努力した結果、漸くその実用性と優秀性が取扱業者並に需要者に認識せらるるに至り、漸次在来の鉄製または真鍮製のレールに代り全国津々浦々に至るまで使用せられるに至つた。すなわち、被告会社は昭和三四年頃にはすでにビニールレールの先発業者として確固とした地位をきずいていたものである。しかるに、原告中村商店は昭和三七年八月頃から訴外【B】同【C】が共同考案した別紙(三)記載の実用新案の実施品であると称して、その実、登録請求の範囲と相異するニセの戸車レール「エチロンレール」の製造販売を開始し、多数販売員を動員して被告会社か多年に亘り莫大な宣伝費を投じて開拓した得意先へ値段を安くして売込みにかかつたため、被告会社は営業上多大の打撃を受け、毎月売上が減少するに至り、このまま放置するときは、被告会社が多年に亘り開拓した得意先は原告中村商店に乗取られる危機に当面した。
そこで被告【A】は、これを阻止するため、昭和三七年九月三日原告中村商店他一名に対し販売禁止の仮処分命令を東京地方裁判所へ申請し、同月一〇日仮処分の決定を受けたが、同原告はなおも悪宣伝を繰返すため、被告【A】は自衛上已むなく業界紙に新聞広告を出したことがある。また、原告ビニケンも、自己が専用実施権を有する実用新案権に籍口して、被告【A】が開発した登録実用新案に似せた戸車レールを発売して被告【A】の実用新案権を侵害するに至つたので、専用実施権を有する被告会社が侵害差止を求める訴訟を提起するに至つたこともある。したがつて、原告ら、被告ら間の紛争に関する原告らの主張は事態を著しく曲解したものである。
(二) (被告らの具体的な違法行為)について 右(二)の事実全般中、前記のとおり被告【A】が原告中村商店に対し販売禁止の仮処分を得たこと、被告会社が原告ビニケンに対し侵害差止の訴訟を提起したがその結果が被告会社敗訴に終つたこと、及び昭和四〇年一一月二〇日原告中村商店と被告ら間に和解が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。
2 被告らの故意過失の項について右2の項の主張も争う。
被告らに原告ら主張のような故意過失がなかつたことは次のような事実経過を考えると明白である。すなわち、
(一) 被告【A】考案にかかる本件実用新案は、なるほど大正一一年登録の布や金属條を芯材としてゴムから作られた戸滑りレールの実用新案から容易に考案できるとの理由で無効にはされたが、現実の問題としては、金属芯にビニールを緊密に被包した戸車用レールというのは、本件実用新案登録出願前にはただの一本も存在しなかつたというのが実情である。その意味で、本件実用新案はまさにパイオニア考案であつた。本件考案が従来公知の戸車用レールの技術に比し極めて大きい工業的効果をもたらしたという事実は、本件考案の出現公開以来、従来戸車用レールのほとんど全部を占めていた金属レールが、その王座を金属をビニールで被包した戸車用レールに明け渡したという、歴然たる事実によつて裏づけられる。このように本件実用新案はパイオニア考案であつたので、被告らが、本件実用新案の技術的範囲が広いものであると考え、各種権利行使に及んだのは至極当然のことといわねばならない。
(二) もつとも、本件実用新案権はいつたん登録拒絶査定を受けたことはあるのであるが、昭和三四年五月二三日付抗告審決がこれを覆し、結局、昭和三四年六月二六日実用新案登録第四九六〇九〇号として登録された。右審決が言及している実用新案出願公告昭和一三ー八三一三号は、ゴム製主体に竹芯を通したものであつて、金属レール芯ではないが、本件実用新案に対する特許庁内部の評価でさえこのように分かれ、しかも結局新規性、進歩性ありとして登録されたくらいであるから、被告らが本件実用新案権の有効性を信じて疑わなかつたことに過失なきことは言を俟たない。まして、被告らに故意などあろうはずはない。
(三) また、原告ビニケンの製造販売に係る戸車用レール「ビニケンレール」は別紙(二)の実用新案の実施品であることは原告らも主張しているところであるが、原告ビニケンの代表取締役【D】は、かつて昭和四〇年九月二〇日、特許庁に対し、自己所有の右別紙(二)の実用新案権が被告【A】の有する本件実用新案権の技術的範囲に属さないとの判定を求める請求をしたことがあつた。ところが、特許庁は、昭和四一年一一月二四日、判定請求は成り立たないとの判定を下している。この判定は、裏を返すと、原告ビニケンの実施品「ビニケンレール」は被告【A】の実用新案権を侵害するものであるということを意味するのであり、権威ある特許庁が権利侵害を認定するくらいであるから、被告らが原告ビニケン製造の「ビニケンレール」が本件実用新案権の侵害品であると信じ、同原告に対して大阪地方裁判所に右訴訟を提起したことは無理からぬことでその間に特段過失は認められないのである。
(四) また原告中村商店が昭和三七年当時製造販売していた戸車用レール「エチロンレール」が同原告が通常実施権を有する別紙(三)の実用新案権の実施品であることは原告らの主張するところであるが、右(三)の実用新案権は、当初その出願過程において、特許庁から、先願にかかる被告【A】の本件実用新案を使用しなくては実施できない利用考案であると認められて、訂正書の提出を命ぜられたものであつた。右命令は、被告らが原告中村商店に対して警告をしたり、法的手続をとつた昭和三七年より以前の、昭和三五年七月八日に発せられたものである。「利用」も権利侵害であることは言うまでもない(実用新案法17条)。被告らが特許庁の見解と同じ見解の下に、原告中村の実施品が本件実用新案を侵害するものであると考えて権利防衛のための手段を講じたことは当然のことであり、そこには何らの過失もないといわなければならない。
(五) しかるところ、被告【A】の本件実用新案登録は昭和四一年六月三日付審決によつて思いがけずも無効とされるにいたつた。しかし、被告らの実用新案権が無効とされたからといつて、それ以前になされた被告らの権利主張がすべて当然に故意または過失のある行為ということにはならない。けだし、第一に出願人に出願前のすべての公知文献の調査義務を課すことは無理であり、無効審決が確定するまでの権利行使は許されるとまではいわなくとも、少くとも特許権、実用新案権の当然無効は現行法上考えられないところであつて、無効審決が下されるまでの権利行使は原則として許されるべきである。さもなければ特許・実用新案制度は委縮し、
その機能を十分に発揮することはできず、特許法第1条及び実用新案法第1条の各趣旨を全うすることはできないのである。第二に、右無効審決はいわゆる「容易想到」を理由とするものであり、「公知公用」を理由とする場合と違い、「容易かどうか」はコロンブスの卵の伝で、しかく客観的、容易に決まるものではないのである。第三に、無効審決が引用している大正一一年の実用新案公報の登録請求の範囲(クレーム)を些細に検討してみると、それは「適宜断面形状ニシテ心材(3)ヲ有シ」とある。そこで、右クレームにいう「心材」の意味を考えてみるに、まず右公報の図面の説明の項には心材(3)について「布、金属条等ノ心材(3)」と説明し、さらに、「雨戸、障子、窓戸等ノ骨リ『レール』ハ従来普通ニ金属製ノモノヲ使用シタルモ音響ヲ発シ又之レヲ取着クルニ当リ切断、穿孔等容易ナラス」との記載、またこれを受けて、「病室其他一般家庭用トシテ之レヲ使用スルニ極メテ好適ナリヌ任意ノ部分ニテ之レヲ切断シテ使用シ取着孔(2)ハ予メ之レヲ設ケ又ハ所要ノ箇所ニ容易ニテ穿孔シ得ヘク」との記載もあることからすると、ゴムで被覆されるのは切断が容易な布が中心であつたのであり、金属条を使用する場合でもここでいうところの「金属条」とは中実の金属の棒ではなく、薄いいわば箔状のものを意味していたと解すべきである。ところが、布無効審決ではこれを中実の金属棒であるように解し、これを先行公知のものとして引用して、「金属芯体の周り」といつて被告【A】の金属棒(正確には「金属レール芯体」)を要件とするレールの考案を容易想到と判断したのである。しかし、これは重大な誤りであるといわねばならず、たとえ右無効審決が最高裁判所によつて支持されたが故にもはや覆せず承服のほかないものとしても、少くとも被告らの過失の存否の判断にあたつては、十二分に慎重に考慮せらるべき点である。
(六) なお、被告らは審決があつた後は右審決を尊重することとし、審決は未確定であつたにもかかわらず、新聞広告の掲載や警告書の発送はもとより、侵害排除手段は一切行つておらず、自粛してきた。
以上のとおり、被告らは極めて慎重に原告らの侵害行為に対処してきたのであり、右審決以前の原告らの侵害行為に対する被告らの行為は、実用新案権者及び使用許諾を受けた実施権者として権利を自衛し、これを全うするために当然許されるものであつて、被告らにはなんらの故意過失の責なきものである。
3 原告らの損害の項について 右の項の主張もすべて争う。
三 被告らの抗弁1 和解の成立 原告中村商店と被告ら間において、昭和四〇年一一月二〇日それまで続いていた双方の紛争に関し和解が成立したことは同原告も主張するとおりであるが、右和解の条項の一として、「甲(被告【A】)、乙(原告中村商店)並に被告会社、二藤金属株式会社、後藤金属株式会社は相互に損害賠償の請求を一切しないこと」が約定されている。そうすると、原告中村商店は右和解の効果として、もはや被告らに対し本訴におけるような損害賠償請求をすることはできないはずである。
2 消滅時効の援用 また、原告中村商店の被告らに対する本件損害賠償請求がかりに認められるとしても、その主張する損害のうち損害発生の時から三年を経過したものは時効により消滅しているから、被告らはいずれも本訴において右消滅時効を援用する。
四 右抗弁に対する原告らの認否1 第1項について、原告ら主張の和解が成立したことは認める。
2 第2項は争う。
原告中村商店において、被告らの行為が違法であることを知つたのは、前記和解が成立した日以降のことであるから、消滅時効の期間は右時点以降に進行したものと解すべきところ、同原告が本訴を提起したのはそれより三年以内であること明らかな昭和四三年五月であるから、未だ時効は完成していない。
五 原告中村商店の再抗弁(和解について)(一) 錯誤による無効 原告中村商店と被告ら間で成立した前記和解は無効である。すなわち、まず右和解によつて定められ条項の大要は次のとおりであつた。
(1) 原告中村商店は以後別紙(3)(イ)の戸車用レール「エチロンレール」及び逆U字型の芯材を有する「ハツトレール」販売に際し一間もの一本当一円の実施料を被告【A】に支払う。
(2) 被告ら並びに原告中村商店は相互にこれまでの損害賠償の請求をなさない。
(3) 原告中村商店は後日被告【A】の実用新案が無効の審決を受けてもこれが確定するまで実施料の支払をする。
(4) 被告ら並びに原告中村商店は本和解成立につき連名で業界紙に広告する。
ところで右実施料及び損害賠償につきなされた和解は全て被告らが不当且つ虚偽の事実を業界に流布喧伝し果ては不実不当な仮処分申請によりその決定を得、これにより原告中村商店の「エチロンレール」製造販売を不可能ならしめ更には想像を絶する悪宣伝により営業上の信用を低下させ、原告中村商店をして、被告らの申入れによる和解に応じなければ自らの営業の安全を維持出来ない程度に営業誹謗の行為を徹底させて、専門的知識に乏しい原告中村商店代表者らを真実被告らの実用新案に抵触する旨誤信させ、この錯誤を前提として和解締結をなさしめるに至つたものである。すなわち、原告中村商店の右和解締結の意思表示には、その重要な部分に錯誤があつたから無効である。
(二) 詐欺による取消 かりにそうでないとしても、右和解締結に当つて被告らはその前月の一〇月二七日原告ビニケンとの第一審訴訟で敗訴しており、しかも右判決理由ではレール芯材部分が甲丸型のレールのみが被告らの実用新案の権利範囲であり原告ビニケンの製造する「ビニケンレール」の構造はもとより、逆U字型の芯体を有する原告中村商店の「ハツトレール」と同一の構造のものも何らこれに抵触しない旨認定されていたにも拘らず、この事実を全くひた隠しの上和解締結を強要し、前記不当な条項を提示して情を知らぬ原告中村商店の関係者の錯誤を利用して和解締結を納得させたのであつて、仮に右和解締結の行為が錯誤によつて無効と認められないとしても原告中村商店は被告らの欺罔行為によつて和解に同意したことは明かである。よつて、原告中村商店は、昭和四三年六月一〇日または一一日に被告らに送達された本件訴状をもつて、右和解契約を取消す旨の意思表示をした。
六 再抗弁に対する被告らの認否及び主張(一) (一)の事実中、和解の内容が大要原告中村商店主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。
(二) (二)の事実は否認する。
(三) 本件和解には原告中村商店が主張するような瑕疵は全くない。本件和解はそれが成立する半年も前(昭和四〇年五月)から交渉が始つており、同原告はその間十分考慮の上和解に踏切つたものである。原告中村商店が被告らとの和解に応じた最大の理由は、当時東京地裁に係属中の被告【A】、同原告間の本案訴訟で同原告側が提出した書証(「納品書」―同原告側が被告【A】の実用新案権の権利範囲は限定的に解釈すべきものであるとの一資料として、その出願前すでに同原告が「鉄芯入ビニールレール」を取引していたことを証する日付入りのもの―)が被告側の訴訟活動により偽造、変造したものであることが明らかとなり、訴訟が同原告側に不利となつていたことを承知していたからにほかならない。
証拠関係(省略)
理 由
当事者の競合関係と本件紛争の背景
成立に争いない甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、第一六号証の一、二、
第一八号証、乙第二九号証の一、二、被告【A】本人尋問の結果により真正に成立したと認める同第二六ないし第二八号証、第三〇、第三一号証に原告ら各代表者
被告【A】各本人尋問の結果の一部を総合すると次の事実が認められる。すなわち、
1 大阪は古くから我が国の建築用金物類製造販売業界の中心地で全国の約八〇パーセントのシエアを有するといわれているが、なかでも被告会社は昭和一六年五月被告【A】(明治二九年生)が創始した斯業界の中心的存在であつて、ビニールレール最盛期にはその五〇パーセントのシエアを占めたこともある大手業者である。
2 被告【A】は昭和二八年、当時開発されたビニールに着目し、これを戸車レールに利用することを考え、同年九月にはいちはやく実用新案「戸車用レール」の出願をするとともに、昭和三〇年には被告会社でその商品化に成功し、翌三一年から「ビニテツ実用レール」と名付けて宣伝販売に着手したところ、右製品は従来の金属レールに比し(従来いわゆるゴムレールもあるにはあつたがほとんど普及していなかった。成立に争いない甲第三号証の一、二参照)、直射日光による加熱膨張や錆もなく、戸車の運行が円滑で轢音も少く、かつ任意の色採も得られる等の長所があつたため、当初から非常な人気を呼び、昭和三七年頃は月二五〇万本も売れた。
これを権利化したものが被告【A】の別紙(一)の実用新案権「戸車用レール」(公告は昭和三三年三月三一日、登録は昭和三四年六月二六日)である。
3 そこで、当業界でもこれに做い昭和三一年頃から同じビニールレールの研究開発が次々に行なわれ、多くの実用新案の出願もなされ、以後ビニールレールは昭和四五年アルミサツシユが普及し、レールそのものが不要のものとなるまで戸車用レールの中心的商品の地位を占めた。原告らが専用実施権または通常実施権を有していた別紙(二)および(三)の実用新案権(その出願日が昭和三四年と同三二年である点参照)および原告らが製造販売し、またはしようとした商品「ビニケンレール」や「エチロンレール」「ハツトレール」もそれぞれ右のような状況を背景として出願または商品化されたものであつた。
4 しかし、被告側はビニールレールについては自社が先願の実用新案権を有する先発メーカーであるとの自負を有しており、これら後発のメーカーに対し被告【A】の右実用新案権に基く権利主張をし、同人らの出願過程で各種の異議を述べ、あるいは実施料の支払いや類似商品の製造販売の中止を強く要求し、他方、後発業者側でもこれに対抗し、特許庁に右被告【A】の権利の無効審判の申立をし、
あるいは被告らの申入れを拒否して製造販売を続ける等の紛争が数々発生し、その後原告中村商店と被告らが和解した昭和四〇年末頃まで当業界内部は永年紛糾状態が続いた。
5 しかるところ、かつて昭和三七年に訴外平安伸鋼工業株式会社が被告【A】の実用新案権について申立てていた無効審判の申立が効を奏し、当事者間に争いがない経過により(原告らの請求原因1(一)(2)参照)、被告【A】の権利は結局無効となつた。また、紛争の一部であつた原告ビニケンと被告会社間のいわゆる侵害訴訟も当事者間に争いのない経過により(同じく1(二)(2)(ロ)参照)、
原告ビニケンが勝訴した。
6 原告らは昭和四三年、すなわち右のような大勢の生じた後(正確には、無効審判について審決がなされ、東京高裁に取消訴訟系属中、侵害訴訟について最高裁に上告審系属中の段階)、被告らの従前の所為の責任を追及すべく本訴を提起した。
以上の事実が認められ、他に右認定事実を左右する証拠はない。
原告中村商店の請求の当否
一 原告中村商店の請求は、要するに、自社が「エチロンレール」「ハツトレール」を製造販売し、またはしようとしたのに対し、被告らが、本来無効事由を蔵し、かつ原告ビニケンとの訴訟でも判示されたようにそのクレームは制限的に解釈すべきであること明らかな権利に基いてこれを妨害し、仮処分、訴訟を起こし、また一方的な和解を強要したこと等を違法として損害賠償および謝罪広告を求めるというのである。
そして、被告ら(以下、原告ら指摘の被告らの各所為がすべて共同行為と解すべきかどうかの認定判断は暫らくおき、単に被告らということもある。)が前示のような情況を背景として競業上原告中村商店との関係でした所為としては次のようなことが認められる。すなわち、
成立に争いない甲第五号証、第六号証の一、二、第七、第八号証、第一〇ないし第一二号証、第一五号証の一、二、第二〇号証、第三一号証、乙第四ないし第七号証に証人【E】、同【F】の証言、前提各本人尋問の結果の一部を総合すると、
1 まず、昭和三四年七月日本金物新聞(業界新聞)に、被告【A】の実用新案権がこのほど(同年六月二六日)登録され、その唯一の実施品として「ビニテツ実用レール」を販売し、その一本一本に特定の証紙を貼る旨、これに類似するビニールレールはいずれも右権利を侵害するものであるから取扱いを中止されたい旨等の広告をして一般的な警告牽制をし(甲第五号証)、その頃から業界の集会等の機会にもしばしば同旨の意思を表明した。
2 原告中村商店が通常実施権を有していた別紙(三)の実用新案権「ビニール被膜甲丸軌条」について登録異議を申立てたところ、昭和三七年三月二〇日特許庁で申立理由なしとの決定がなされた(甲第二〇号証)。
3 昭和三七年初め原告中村商店が別紙(三)の実用新案権の実施品として「エチロンレール」(別紙(3)(イ))の製造販売に着手し、同年七月には、月産一二〇ないし一三〇万本の製造、販売態勢を整えた矢先、これを強制する趣旨で同年八月末当業界取引先に弁護士、弁理士連名のもとに、実用新案法の一部も抜すいして被告【A】の実用新案権を紹介し、「たとえば芯体として型の変つたものを用い、
その型の相違点に新規性があるとして新たに実用新案として登録された場合でも」被告らの承諾なくこれを業として製造販売することはできない旨等を記載した謹告ビラを全国の業界取引先に配布した(甲第六号証の一、二)。
4 昭和三七年九月三日被告【A】の名で東京地裁に対し原告中村商店およびそのデイーラー太田興業株式会社を相手方とする「エチロンレール」製造販売差止の仮処分を申請し(同庁昭和三七年(ヨ)第2361条事件)、同月一〇日その認容決定をえて一二日にはその執行をした(甲第七、第八号証の記載参照)。
5 さらに同年同月二〇日頃同じく弁護士、弁理士等と連名で、原告中村商店と太田興業の名を行をかえて大きく掲げた上「エチロンレール」に関する右4の仮処分の填末を記載し、これが被告らの「ビニテツ実用レール」の模造品である趣旨の二種類同旨の謹告文ビラを全国の業界得意先に配布し、その販売中止を訴えた(甲第七、第八号証)。
6 さらに被告会社は翌九月二一日、一〇月五日、同月一一日の三回にわたり順次大阪商工金物新聞、日本金物新聞、中央金物新聞の各業界紙に、相次いで「謹告・ビニテツ実用レールの構造品について」と題し右5と同趣旨を記載した紙面の一面下半分を使う大きさの広告を掲載した(甲第一〇ないし一二号証)。
7 被告【A】は、その後東京地裁に対し原告中村商店と太田興業を被告とする「エチロンレール」(同庁昭和三七年(ワ)第八九三五号)、「ハツトレール」(同庁昭和三八年(ワ)第七八七七号)の製造販売の禁止を求める本案訴訟を相次いで提起した。
なお、原告中村商店側でもこれに応訴する一方、前記4の「エチロンレール」に関する仮処分決定に対し異議の申立をし、また、右仮処分のため製造販売ができなくなつた「エチロンレール」にかえて、あらたに逆U字型鉄芯にビニールを被着させた戸車用レール「ハツトレール」を製造販売するとともに右製品については、昭和三九年九月頃先手を打つて神戸地裁尼崎支部に対し被告【A】を相手方とする右「ハツトレール」の製造販売及び譲渡を妨害してはならないとの仮処分命令を申請し、同年同月一〇日その旨の仮処分決定をうる等の対抗策をとつた(同庁昭和三八年(ヨ)第一六〇号事件。甲第三一号証)。
8 これらの訴訟係属中の昭和四〇年一一月二〇日、被告らと原告中村商店はそれぞれの立場を検討の末、後記のような内容の私法上の和解(甲第一五号証の一、乙第四号証の覚書参照)をし、また同年同月二五日には前記東京地裁での本案訴訟も同旨の内容をもつて裁判上和解等によつて終了し(乙第七号証)、右和解の件については業界新聞でも報道され、また当事者連名の紛争終結を告げる謹告文が各得意先に配布もされた(乙第五、第六号証、甲第一五号証の二)。
以上の事実が認められ、右認定事実に反する証拠はない。そして、以上のうち、
仮処分(神戸地裁尼崎支部の分を除く)、本案訴訟の存在と右私法上和解の成立については当事者間に争いのないところでもある。
以上の事実関係によると、被告らのこれらの所為の中には、それが、後日無効が確定しまた原告ビニケンとの訴訟の判決でもその権利範囲につき極めて狭く解釈すべき旨判示された(後記第二の二2(二)と第三の二(二)3参照)実用新案権に基く競業者に対する権利主張であつた点を考えると、その権利主張自体およびその手段方法において違法のそしりを免れないと解されるものの存することはこれを十分に窺い知ることができるところである(ただし、原告中村商店が主張するように被告らが同原告と和解したこと―このこと自体は当事者間に争いがない―を同原告に対する違法行為であると認定判断すべき資料はない。後二2(三)の説示も参照)。ことにいわゆる工業所有権に関する差止の仮処分申請については、本案訴訟の提起とは異なり疎明程度の立証で認容される建前上、後日その判断が覆えされる可能性も多いにもかかわらず、もし一度それが認容された場合は相手方の営業上の死命を制することが多いことは関係業者には周知のところであるはずであるから、
結果として被保全権利が存在しなかったことだけで無過失責任を問うことは酷であるとしても、少くとも相応に高度の注意義務を課するのが当然で、これらの点を考えると、被告らの所為の中にはその有責性についても十分吟味すべき点の存することもまた明らかであり、その限りにおいて原告中村商店の主張はこれを肯認することができる。
二1 しかし、本件については原告中村商店と被告ら間には前示のような私法上の和解が存するのであって、前掲甲第一五号証の一、乙第四号証によるとその内容の大要は別紙のとおりであり、これによると、当事者は過去の紛争に関して相互に損害賠償の請求を一切しないことを約していること((4)項)が明らかである。
そうすると、原告中村商店が被告らに対して主張している本件損害賠償請求権及び謝罪広告請求権は前記和解契約の法律関係確定効により消滅しているものといわなければならない(和解文言をみると謝罪広告請求については特段触れるところがないが、もともと謝罪広告は不法行為法上金銭賠償に附随して認められた効果であることや本件においては後記のような和解成立経緯が存すること等を総合判断すると、当事者が「互いに損害賠償の請求を一切しない。」と約した趣旨は不法行為の効果として認められる請求一切を互いに放棄する趣旨であったと解するのが相当である。)。
2 次に原告中村商店は、右和解は同原告側の意思表示につき要素に錯誤があったから無効である旨およびかりにそうでないとしても被告らの詐欺によってなされたものであるからこれを取消す旨主張するので検討する。
(一) (錯誤の主張について)原告中村商店が主張する錯誤の内容は、要するに、同原告代表者は自社の製品である「エチロンレール」「ハツトレール」が何ら被告【A】の実用新案権を侵害するものではなく、むしろ右権利自体将来無効となるべきものであつたにもかかわらず、これを将来とも有効なものでかつ右商品をその請求の範囲(クレーム)に含むものであると誤信したというにある。
しかし、本件和解条項の中には、被告【A】の実用新案権が将来無効となる場合のことも予想し、これに対処した条項も見えるのであって((5)項)、その他の和解条項を通覧しても、本件和解が「原告中村商店のエチロンレールとハツトレールは被告【A】の実用新案権を侵害するものである」とのことを相互に確認し、このことを前提または基礎として締結されたものと解することは困難である。かえつて、本件和解は、双方が右侵害の存否に関する最終的な公権的判断と当事者間の確定的な合意を避けて((3)項参照)永年の紛争を円満解決することを眼目として締結されたものであると解される。そうすると、原告中村商店の主張する無効事由はまさに本件和解によつて双方が互譲した争いの対象の一部をなすものであるから、いまそのことを理由として和解自体の効力を云々し紛争を蒸し返すことは和解契約の本質上許されないものというべきである(民法696条)。
のみならず、かりに原告中村商店の代表者が当時の心情として同原告主張のように自社側不利と信じて和解に臨んだとしても、そのことが相手方である被告らに表明されていたとの確証もない(かえつて、被告【A】本人尋問の結果によると、被告らとしては、「同原告側でも自己の立場から十分な検討を加えた上本件和解に踏み切つた」と受け取つていたことが認められる。)から、原告側の右誤信は自社譲歩の動機または契機となつたにすぎず、特段和解契約の要素たる意思表示に関する錯誤といえないものである。同原告の主張中には、全面敗北を前提としたからこそ実施料を支払うことまで承認せざるを得なかつた((2)項参照)と主張しているように解しうる部分も存するけれども、右和解条項においては、同原告は他方でいわばその対価として、将来「エチロンレール」「ハツトレール」について安んじてこれらを製造販売することができることになつたのであり、それはそれなりのメリツトが存したこと((1)項参照)にも想到すべきであるから、前記主張も必らずしも当をえたものということはできない。
そうすると、原告中村商店の錯誤の主張はいずれにしても失当である。
(二) (詐欺の主張について) 成立に争いない甲第一六号証の一および前掲原告中村商店代表者、被告【A】本人尋問の結果によると、被告会社は、昭和四〇年五月一一日大阪地裁に原告ビニケンを被告として自社が専用実施権を有する被告【A】の本件実用新案権に基きビニケンレール(別紙(2))の製造販売等の禁止を求めるいわゆる侵害訴訟を提起していたところ、原告中村商店、被告ら間の前記和解成立の日の二十数日前である同年一〇月二七日被告会社敗訴の判決言渡しがあつたこと(右訴訟経過自体は当事者間に争いがない)、右判決の理由の要旨は「(1)被告【A】の実用新案権の権利範囲は、金属製甲丸型レールを芯体とし、これを厚いビニール等の管状形成体すなわち層で緊密に被包してなる戸車専用レールの構造と解すべきであり、芯体が、金属製甲丸型レールであることは本件考案の必須要件の一つである。(2)しかるところ、原告ビニケンのビニケンレールは、その芯部を断面馬蹄形の金属製管状線とするものであつて、前記必須要件を具備しておらず、作用効果の点においても金属製甲丸型レールを芯体とするものよりも有用な特性を発揮するものであるから、右実用新案権の権利範囲に属しない。」というにあつて、右のような説示判断がなされたことは被告らはもとより承知していたこと、しかるところ、被告中村商店が本件和解の対象とした商品の一つである「ハツトレール」の構造は別紙(2)と(3)の(ロ)を比較すれば明らかなとおり右「ビニケンレール」の構造に酷似していること、しかるに、被告らは本件和解締結にさいし原告中村商店側に前記のような一審判決が言渡されたことを特に告げなかつたこと、以上の事実が認められ、
原告中村商店はこれらの経緯をもつて被告らの欺罔行為であるというのである。
しかし、このような被告ら側の不作為を欺罔行為と断ずるためには被告らにおいて前記訴訟経過を原告中村商店に告知すべき作為義務の存することが前提要件となることは多言を要しないところである。ところが、本件和解については次のような経過が認められるのであつて、これらの事情を彼此総合判断すると、前記被告らの不作為をもつて義務違反とすることは困難であり、他に同原告の主張を肯認するに足る事情も見当らない。すなわち、(1)前記判決中の判断はもとより被告らにとつて尊重すべきものではあつたが、反面これは一審かぎりの判断であるともいえるのであつて不服申立の余地もあり、現に被告会社は当時すでに控訴手続をとつていた(このことも当事者間に争いがない。)。(2)被告【A】の実用新案権の「登録請求の範囲」をその文言どおり読むとレール芯体を「金属レール芯体1」とクレームしているのであつて(別紙(一)参照)、別段芯体を「金属製甲丸型レール」に限定した表現はとられておらず、被告らがこの点につき十分不服申立の理由があると考えたとしても一応は無理からぬことであつたと解される。(3)成立に争いない乙第五、第九、第一〇号証、第一一号証の一ないし一二、被告【A】本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる同第八号証に右被告【A】本人尋問の結果を総合すると、(イ)本件和解は短期間でまとまつたものではなく、すでに昭和四〇年五月中旬ごろから交渉が重ねられており、原告中村商店側が仲に入れた【G】(株式会社ユニオンの社長)のあつせんで、同原告側も積極的に和解案を提出し、同年九月頃にはすでに事実上本件和解は双方の合意をえていたこと、(ロ)和解の対象にもなつた東京地裁の本案訴訟では被告らが主張するとおり(事実欄六の(三)の主張参照)、原告中村商店側に偽造変造文書を証拠として提出していたことが明らかとなり、同原告側が和解を望んだについてはこのことも何らかの影響を与えたと思われること、等の事実が認められる。(4)もともと右判決は原告中村商店には直接関係のないことであるといえなくはないのであつて、一般に紛争は個別的、相対的に処理されるべき筋合のもので、解決方法が相互に異なるとしてもそれはやむをえないことであると考えられる。また、本件のような業界における和解は広義には取引の側面をも併有し、多少のかけ引きも許される場面であると考えられないではない。以上のような点を考え、本件和解成立経過を全体としてみると、前記一審判決言渡後、和解成立までの段階で、被告らに別訴の一審で敗訴した事実を相手方に告知すべき作為義務まで認めるのは被告らに酷であると解される。
してみると、原告中村商店の詐欺の主張も失当である。
(三) (補足事項) その他原告中村商店はその主張において、同原告としては被告らの重なる権利主張行為によりやむなく本件和解を締結せざるをえなかつたと主張する部分もある。
しかし、原告中村商店が被告らの何らかの所為によつて意思の自由を失い、選択の余地なく本件和解を締結したと認めるに足る確証はない。すなわち、本件和解につき同原告に他の何らかの意思表示上の瑕疵も認め難い。
原告ビニケンの請求の当否
一 原告ビニケンの本訴請求の要旨も原告中村商店のそれと同様である。
そこで按ずるに、まず、前掲甲第一号証の一によれば、原告ビニケンは昭和三九年一一月一一日に設立されたことが認められるから被告らの同原告に対する違法行為の存否については原則として同日以降の所為について検討すべきであるところ、
成立に争いない甲第一三号証の一、官署作成部分の成立につき争いがなくその余の部分の成立については原告ビニケン代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める同第一四号証の一、二、前掲同第一六号証の一、二、成立に争いない同第一七号証に右原告ビニケン代表者、被告【A】各本人尋問の結果を総合すると、同原告主張の事実(請求原因1(二)(2)の(イ)(ロ)(ハ)の事実。要するに、被告らが同原告の製造販売にかかる「ビニケンレール」は被告【A】の本件実用新案権を侵害するものであるとして同原告の取引先ことに総委託販売元である株式会社山喜商店等にその旨を申向け、その販売中止を申入れ、その製造販売を妨害したこと、および被告会社の名で大阪地裁に同原告を被告とする「ビニケンレール」の製造販売差止請求を求める前記訴訟を起こしたこと)および原告ビニケンはもともと右「ビニケンレール」を代表者【D】考案にかかる別紙(二)の実用新案権「管条線封入プラスチツクレール」の実施品として実施販売する目的で設立されたもので、月産八〇万本ぐらいを予定してその態勢を整えていた矢先に被告らから前記のような所為に出られ営業活動上大いに痛手となつたこと、もつとも被告らは昭和四一年六月三日特許庁により被告【A】の本件実用新案権が無効である旨の審決が出された以後は自粛し、右審決に対する不服申立と前記侵害訴訟はひきつづき維持遂行した以外には、仮処分申請や訴訟外における権利主張等は一切しなかつたこと、以上の事実が認められる。
そして以上の事実関係によつて明らかな被告らの所為のうち、訴訟外での権利主張行為は、自己の実用新案権が結果的には無効となり、また訴訟においてもビニケンレールをその技術的範囲としないものとされたものであること(ただし、成立に争いない甲第一八号証によるとその上告審は上告棄却の理由として本件実用新案権―正確には被告会社の専用実施権―の存続期間満了による消滅を挙げている点参照)を考えると、その内容は不正競争防止法1条1項6号に該当し、形式的にも法令違背のかどが存し、また実質的にみても競業者としては社会通念に反する違法な行為をしたものと解され、いずれにしても不法行為法上の違法行為と解するのが相当である(これに反し、被告会社の前記訴訟提起とその遂行行為については、我が国の法制がすべての国民に訴権行使の自由を保障している点からすると、仮処分などの場合と異なり、単にその結果が敗訴に終つただけの理由でこれを直ちに不当訴訟すなわち不法行為法上の違法性があると即断することは困難であると思われる。)。
二 そこで、次に被告らの前記違法行為に関する有責性(故意過失)の存否について検討する。
(一) まず、本件のように、他人の商品(ビニケンレール)製造販売行為が自己の実用新案権侵害であると判断してした権利主張行為(違法行為)について行為者の故意を認めるためには単に行為者が自己の相手方にした行為自体を認識しているだけでは足りず、右判断が違法であると考えながらあえて該行為に及んだことが必要である。これを本件についてみるに、被告【A】本人尋問の結果によれば被告らが原告ビニケンに対し前記のような違法行為に出たのは、もとより自己の権利が特許庁の審理によつて新規性と進歩性があると公権的に判断され設権的に付与された有効なものと信じ、かつ原告ビニケンの製造する「ビニケンレール」が右権利の登録請求の範囲に属するものと判断したからであつて、前記一審訴訟で敗訴した時点でもなお右判断は正当であると考え不服申立をしたことが認められるのであつて、
被告らの前記違法行為については故意を認めることはできない。
(二) そこで、被告らが右のような判断をしたについて過失はなかつたか否かについて検討する。
思うに本件において被告らの過失の存否を決するについては次のような事情がしんしやくされなければならない。すなわち、一般にある物または物を生産する方法が特定の工業所有権の登録請求の範囲(または技術的範囲)に属するかどうかを判断することは具体的事実に高度な解釈を必要とする法令を適用するのにも似た点が存し、正確な判断をすることは困難なことが多く(実用新案法26条で準用される特許法70条およびその解釈基準参照)、それだけにその判断が他人に対する加害行為を伴う事態に発展するような場合には相応に高度な注意義務を課するのが相当ではある。しかし、反面、事案によつてはそのような判断をするに至つた事情を詳細に検討し、事情中汲むべき点は汲む態度を持さなければ、本来保護すべき工業所有権者の正当な権利行使を萎縮させ、多くの侵害行為を見逃がし放任し、ひいては工業所有権制度自体の存在意義を没却するおそれがある点にも想到する必要がある。
これを本件についてみるに、被告らが前記のような違法行為をしたについては次のような事情を汲みとることができる。
1 前記第一で認定したとおり、戸車用レールの技術分野で戦後新しく出廻つた物質であるビニールを使用することに着想したのは被告【A】がはじめてであり、原告らその他のビニールレールに関する考案はいずれも後願に属する。すなわち、被告【A】の本件実用新案は少くともその材料の点では基本的考案(またはパイオニア的考案)と評価されて然るべき点を含み、それゆえその権利範囲は相応に広く解されて然るべき要素がないではないのであつて、被告らが右の権利につき相応の自負を有したについては無理からぬ点が存する。
2 げんに、成立に争いない乙第三号証によれば、原告中村商店が通常実施権を有するようになつた別紙(三)の実用新案「ビニール被膜甲丸軌条」については、出願後昭和三五年七月八日付をもつて特許庁から、「本願の考案は、先願にかかる実公昭三三―四七三九号(すなわち、被告【A】の本件実用新案)の権利を使用しなくては実施できない考案と認められるから、考案相互の関係の項を設けて実施の態様を記載されたい。」との訂正勧告がなされ、出願人らはこの主旨に沿う訂正書を提出した結果、公告及び登録が認められたという経緯もあり、右経緯によつて被告らが前記のような自負を強めたことも推認するに難くないが、それは一応無理からぬことと考えられる。
3 被告会社が原告ビニケンとの間の一審で敗訴した理由は前記第二の二2(ニ)において認定したとおりであるが、その控訴審では、一審の結論を正当としたものの、被告【A】の実用新案権の権利範囲の解釈については一審のそれと異なり、
「(イ)本件実用新案の権利範囲は、外包部がビニール等の比較的柔かい材質を用いた管状物体、管の内部即ち中心部が金属材質のレール形物体の緊密な二重構造による戸車用レールの構造であると認められ、中心部即ち芯体たる金属の形状は必ずしも甲丸型に限定せられない。(ロ)しかし、それは少くともレール形を予定しており、……金属レールの形状を逸脱したあらゆる金属芯(例えば一本ないし数本の単なる金属線)を無限定に含むものとは考えられない。」と説示しており、その解釈が微妙困難であることを示している(甲第一六号証の二)。
4 のみならず、成立に争いない乙第一、第二号証によれば原告ビニケン代表者【D】はかつて昭和四〇年九月二二日被告らの権利主張に対抗して特許庁に対し、
「自己の有する別紙(ニ)の実用新案のレール(その実施品がすなわち別紙(2)の「ビニケンレール」である。)は、被告【A】の本件実用新案の技術範囲に属しない。」との判定請求を申立てたところ、特許庁は昭和四一年一一月二四日「本件判定の請求は成り立たない。」との判定をし、その理由として「被告【A】の実用新案権の請求の範囲にいう別紙(一)の『金属レール芯体』は金属性の芯体と解され、その断面形状には特別の限定がないものと認められるから、水谷の有する別紙(二)の実用新案権の請求の範囲にいう『管条線』は前記『金属レール芯体』に包含されるものと認められるし、また、別紙(一)の『管状形成体』は芯体の周りの被包体に外ならず、パイプに限定されるものとは認められないから、別紙(二)の『プラスチック』は、別紙(一)の『ビニール等の管状形成体』に相当するものと認められる。」と述べ、前記判決とは全く相容れない被告らに有利な判断を下している。
5 さらに被告【A】の本件実用新案権の有効性自体が争われたいわゆる特許訴訟系の公権判断についてみるに、右訴訟においては結局前記権利は無効であると判断されたことはすでに説示したとおりではあるが(第一の5参照)、その理由とするところを些細にみると次のようなものであつた(成立に争いない甲第一七、第一九、第二一号証)。すなわち、昭和四一年六月三日の特許庁における審決の理由は、要するに、「被告【A】の実用新案は、登録実用新案第六六六〇八号(大正一一年一一月一五日登録)「戸滑りゴムレール」公報(甲第三号証の一参照)に記載されたものから格別の考案力を要することなく容易に得られる。」というものであるが、右引用例で開示された登録請求の範囲は別紙(四)で明らかなとおり「適宜断面形状ニシテ心材ヲ有シ所要距離ニ取着孔ヲ具フル護膜ニテ作ラレタル戸滑リ護膜レールノ構造」というにあるところ、審決では、右引用例の構造を、「弧形又は方形等適宜断面形状の金属芯体の周りを厚いゴムの被覆体で緊密に被包して成る戸車用レール」と認定判断した上、「本願戸車用レールは、引用例の戸滑り護膜レールにおいて、ゴム部分をビニール又はその均等物に置換したものに相当すると認められるところ、一般にゴムに代えてビニールを用いることは本件登録実用新案の出願前に国内において周知であるし、本件登録実用新案において、レール芯体を被包するものがビニールであることの効果はビニール本来の性質から当然予想されるものに過ぎないと認められるから、上記のような置換は当業者の格別考案力を要することなく容易に為し得る材料変換に過ぎない。」とするものであり、右判断は東京高裁および最高裁においても支持された。
しかし、これらの判断を被告側の立場からみると、(イ)右の判断においては、
被告【A】の実用新案の新規性自体はこれを認めたうえ(実用新案法3条1項参照)、その容易推考性(すなわち進歩性)の存否に関してこれを否定しているのであるが(同法条二項参照。この存否判断が、該考案と引用例との間に同一性がないことを前提としてなされるものであること参照)、もともと一般に容易推考性存否の判断は新規性のそれと異なり極めて微妙な点が存し、しかく一律な基準によつて判断される問題ではないこと、(ロ)前記引用例の「図面ノ説明」欄をみると、
「心材」としては「布、金属條等」を挙げ、その作用効果として「任意ノ部分ニテ之ヲ切断シテ使用」できると説明していることが認められるところ、前記判断においてはこれを「金属芯体」という中実の金属棒を連想させる概念で理解した上、本件実用新案の「金属レール芯体」の進歩性ないしは容易推考性を検討していることが明らかで、被告らの立場からみてその判断過程に不満があるとしても、それは一応無理からぬことと思われること、以上のような点を指摘することができる(被告らの二請求原因に対する主張2(五)参照)。
しかして、以上のような1ないし5の事情を彼此総合して考察すると、本件の場合、被告らが原告ビニケンに対して前記のような違法行為に出たさい、これを自己の当然の権利主張であると誤信したについては、たとえ被告らの判断に弁護士、弁理士の意見が入つており、その注意能力をこれら専門家と同一のものと解したとしても、なお無理からぬ点が存し、いまこれを、他人の立場を考えない一方的な判断に基くものとして被告らの前記のような誤判過程に何らかの過失すなわち注意義務違反を認め、これを非難するにはちゆうちよを覚える。
もつとも、成立に争いない甲第三二号証、乙第一八号証によると、被告【A】の本件実用新案についてはその審査過程において当初昭和一三年実用新案出願公告第八三一三号「戸車用軌條」(出願昭和一二年九月五日、公告昭和一三年六月一六日、ゴム製主体に1条の通溝を穿ち、そこに同形の竹芯を挿通させて一体的に固着させるようにした構造の戸車用軌條に関する実用新案)を引用例として挙げた上、
考案に新規性なしとの理由で拒絶査定を受けたことが認められるが、これも結局不服抗告審判の段階で原査定が破棄され登録の運びとなつたことも認められるのであつて、右のような経過だけをとりあげて被告らに過失を認めることはなお困難であり、他にこれを肯認するに足る資料もない。
してみると、被告らの前記違法行為については過失をもつて問責することもまた困難である。
三 結局、原告ビニケンの請求も失当というほかない。
結論
以上の次第であるから、原告らの本訴請求は爾余の判断をなすまでもなくいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条第93条を適用して、主文のとおり判決する。
追加
別紙(広告文)謹告過般当社は本紙上において大阪市<以下略>中村多喜弥商店に対し同社の販売するエチロンレールが当社製造の登録実用新案第四九六〇九〇号のビニテツレールの模造品で同実用新案に触れる旨の警告の広告文を掲載し、更に同社製造のハツトレールも前記実用新案に触れるかの如き警告文を配布しました。
しかし、これは当社の誤りで当社実施の右実用新案は昭和五〇年一二月一六日上告審判決を以て無効であることが確定しました。
茲に同社に対し多大の御迷惑をおかけしましたことをお詫びします。
昭和年月日大阪市<以下略>安田株式会社(旧商号安田レール株式会社)株式会社中村多喜弥商店殿(全文紙面四分の一頁=線部分三六ポイント―線部分一八ポイント他は一〇ポイント活字)別紙(一)<12106-001><12106-002><12106-003><12106-004><12106-005><12106-006><12106-007><12106-008><12106-009><12106-010><12060-011>昭和四〇年一一月二〇日原告中村商店と被告ら間で成立した和解条項の大要(1)被告【A】は、原告中村商店がエチロンレール(別紙(3)の(イ)記載の戸車用レール)及びハツトレール(別紙(3)の(ロ)記載の戸車用レール)を製造販売することを承認する。
(2)原告中村商店は、被告【A】に対し、前項の戸車用レール一間もの一本につき一円の実施料を支払う。
(3)原告中村商店および被告【A】が原告または申立人として関与している関係訴訟および各種審判はいずれも取下げる。
(4)被告ら及び原告中村商店は相互に損害賠償の請求を一切しない。
(5)原告中村商店は、被告【A】の実用新案が後日万一無効の審決を受けても、これが確定するまで実施料支払義務のあることを認め、かつ既払の実施料は後日返還請求しない。
(6)被告ら及び原告中村商店は本和解成立につき連名で業界紙に広告する。
裁判官 畑郁夫
裁判官 中田忠男
裁判官 小圷真史
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