審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18ワ14569不正競争行為差止請求事件 平成18ワ20189損害賠償請求事件 | 判例 | 不正競争防止法 |
平成17ワ23171損害賠償等請求事件 | 判例 | 不正競争防止法 |
平成17ワ4418損害賠償請求事件 | 判例 | 不正競争防止法 |
平成19ネ733損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 不正競争防止法 |
平成15ワ7411不正競争行為差止等請求事件 | 判例 | 不正競争防止法 |
関連ワード | 信義則 / 他人の営業 / 呼称 / 法人成り / 商業登記 / 因果関係 / 侵害 / 代理人 / 代表者 / 正当な理由 / 得べかりし利益 / 秘密管理(秘密管理性) / 秘密であると認識 / 秘密として管理 / 秘密保持義務 / 有用性 / 非公知性 / 営業秘密 / 2条1項4号 / 2条1項5号 / 2条1項7号 / 2条1項8号 / 営業誹謗行為(2条1項14号) / 不正取得行為 / 不正開示行為 / 競争関係 / 虚偽の事実 / 損害賠償 / 営業上の信用 / |
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事件 |
平成
17年
(ワ)
27477号
損害賠償請求事件
平成 18年 (ワ) 7539号 損害賠償請求事件 |
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東京都大田区〈以下省略〉 第1事件原告・第2事件被告株式会社中屋 同訴訟代理人弁護士岡田茂人 東京都大田区〈以下省略〉 第1事件被告・第2事件原告A 東京都大田区〈以下省略〉 第1事件被 告B神奈川県茅ヶ崎市〈以下省略〉 第1事件被 告C東京都品川区〈以下省略〉 第1事件被 告D 上記4名訴訟代理人弁護士米川耕一 同 永島賢也 同 大泉健志 同 小石耕市 同 小出剛司 同 古手川隆訓 同 湯澤功栄 同 鈴木貴夫 東京都品川区〈以下省略〉 第1事件被 告株式会 社グ リ ーンリカ ー 同訴訟代理人弁護士冨田秀実 同 松村博文 同 藤川綱之 同 上田裕介 同 市河真吾 同 吉川愛 同 野澤隆 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2007/05/31 |
権利種別 | 不正競争 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1第1事件原告・第2事件被告は,第1事件被告・第2事件原告Aに対し,金40万円及び内金30万円については平成18年4月20日から,内金10万円については平成19年1月16日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2第1事件被告・第2事件原告Aのその余の請求及び第1事件原告・第2事件被告の請求をいずれも棄却する。 3訴訟費用は,第1事件原告・第2事件被告と第1事件被告・第2事件原告Aとの間においては,第1事件被告・第2事件原告Aに生じた費用の20分の1を第1事件原告・第2事件被告の負担とし,その余は各自の負担とし,第1事件原告・第2事件被告と第1事件被告B,第1事件被告C,第1事件被告D及び第1事件被告株式会社グリーンリカーとの間においては,全部第1事件原告・第2事件被告の負担とする。 4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求の趣旨1第1事件第1事件被告らは,第1事件原告・第2事件被告に対し,連帯して金1億1479万0029円及びこれに対する第1事件被告・第2事件原告A及び第1事件被告株式会社グリーンリカーは平成18年1月8日から,第1事件被告Cは平成18年1月9日から,第1事件被告B及び第1事件被告Dは平成18年1月10日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2第2事件第1事件原告・第2事件被告は,第1事件被告・第2事件原告Aに対し,金1000万円及びこれに対する平成18年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要第1事件は,第1事件原告・第2事件被告(以下「原告」という )が第1。 事件被告らに対し,@第1事件被告らが営業秘密に係る不正行為(不正競争防止法2条1項4号,5号,7号,8号)を行い,また,A第1事件被告・第2(「」。) , 事件原告A 以下 被告A というに取締役としての忠実義務違反行為が第1事件被告B(以下「被告B」という,第1事件被告C(以下「被告C」 。)という )及び第1事件被告D(以下「被告D」という )に雇用契約上の誠 。 。 実義務違反行為があり,さらに,B第1事件被告らが原告の信用を毀損する行為(不正競争防止法2条1項14号)を行い,あるいは,C第1事件被告らのこれら一連の行為が不法行為に該当するとして,さらには,D第1事件被告株式会社グリーンリカー(以下「被告会社」という )については,民法715 。 条の使用者責任に基づき,損害賠償を求めるものである。 第2事件は,被告Aが原告に対し,名誉毀損及びプライバシー侵害を原因として,損害賠償を求めるものである。 ( , 。) 1前提となる事実 当事者間に争いがないか 後掲各証拠によって認められる( ) 当事者1原告は,酒類,煙草,清涼飲料,食料品,調味料品,日用雑貨類並びに薪炭の買入及び販売等を目的とする株式会社である。 , ,, 被告Aは 昭和51年2月5日に原告に入社し 平成17年10月31日原告を退職した者である。 被告Bは,平成元年1月に原告に入社し,平成17年10月31日,原告を退職した者である。 被告C(以下,被告A,被告B及び被告Cを総称して「被告Aら3名」ともいう )は,昭和63年6月に原告に入社し,平成17年10月31日, 。 原告を退職した者である。 被告D(以下,被告Aら3名及び被告Dを総称して「被告ら4名」ともいう )は,平成13年1月に原告に入社し,平成17年11月25日,原告 。 を退職した者である。 ,,,,, 被告会社は 酒類の販売 果実飲料 清涼飲料水の販売 乳製品類の販売保存食品,食用油,香辛料,調味料等の食料品の販売,茶類,ココア,コーヒーの販売等を目的とする株式会社である。被告会社代表者E(以下「被告会社代表者」という )は,東京都杉並区にある株式会社F(以下「F」と 。 いう )の代表取締役を兼務している(丙8 。 。 )( ) 被告ら4名の被告会社あるいはFでの就労開始2被告Aら3名は,平成17年10月31日に原告を退職し,被告Aは同年11月1日から,被告B及び被告Cは同年11月4日から,被告会社で就労している。 被告Dは,平成17年11月25日に原告を退職し,その後はFで就労している。 2本件における争点【第1事件について】( ) 営業秘密に係る不正行為(不正競争防止法2条1項4号,5号,7号,81号)の成否(争点1)ア原告の「得意先コードブック「得意先特殊単価リスト「得意先A 」, 」,BC分析表」及び「見積書」冊子が,不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に該当するか(争点1-1 。)イ被告Aら3名に,不正競争防止法2条1項4号の不正取得行為が認められるか(争点1-2 。)ウ被告Aら3名に,不正競争防止法2条1項7号の開示営業秘密不正目的使用開示行為が認められるか(争点1-3 。)エ被告D及び被告会社に,不正競争防止法2条1項5号の不正取得営業秘密使用開示行為が認められるか(争点1-4 。)オ被告D及び被告会社に,不正競争防止法2条1項8号の不正取得営業秘密使用開示行為が認められるか(争点1-5 。)( ) 被告Aの取締役としての忠実義務違反に基づく請求の成否(争点2)2ア被告Aが原告の取締役に就任したか(争点2-1 。)イ被告Aに取締役としての忠実義務違反行為が認められるか(争点2-2 。)( ) 被告B,被告C及び被告Dに,雇用契約上の誠実義務違反行為が認められ3るか(争点3 。)( ) ( ) 被告ら4名が原告の信用を毀損する行為 不正競争防止法2条1項14号4を行ったか(争点4 。)( ) 不法行為に基づく請求の成否(争点5)5ア被告ら4名及び被告会社の各行為について,不法行為が成立するか(争点5-1 。)イ前記アの被告ら4名の各行為について,被告会社の使用者責任が成立するか(争点5-2 。)( ) 前記( )ないし( )に係る損害の額(争点6)615【第2事件について】( ) 原告が被告Aの名誉を毀損し,また,プライバシー権を侵害したか(争点77 。)ア原告の行為が,被告Aに対する名誉毀損に該当するか(争点7-1 。)イ原告の行為が名誉毀損に該当するとして,)当該行為が,公共の利害に関する事実にかかるものであり,専ら公益aを図る目的に出たものであり,摘示された事実が真実であるか,あるいは,真実と信ずるにつき相当の理由があるとして,違法性が阻却されるか(争点7-2 。))当該行為が正当業務行為であるとして,違法性が阻却されるか(争点b7-3 。)ウ原告の行為が,被告Aのプライバシー権を侵害したか(争点7-4 。)エ損害の額(争点7-5)第3争点に関する当事者の主張【第1事件について】1争点1(営業秘密に係る不正行為(不正競争防止法2条1項4号,5号,7号,8号)の成否)について( ) 原告の主張1ア原告の保有する営業秘密)営業秘密の対象a@「得意先ABC分析表」原告においては,顧客データをコンピュータで管理しており,得意先の売上金額,粗利額,最終取引日等を,月毎,担当者毎で 「得意,先ABC分析表」として,プリントアウトできるようにしている。この「得意先ABC分析表」を見れば,原告の取引先について売上金額や粗利を比較対照することができ,取引額が大きく,また,利益率が高くて利益の上がる得意先がどこか,一目瞭然である。 A「見積書」冊子原告においては,営業担当者が,得意先との日々の折衝の過程で,商品の販売価格の変更を行う際,市販(アピカ製)の複写式の「見積書」冊子を利用して,得意先に納入する商品の単価を提示し,得意先はそこで提示された単価に基づいて,原告に主として電話で商品を発注するという方法で営業がなされていた。得意先との折衝の結果,得意先毎に異なる単価が決定され,各商品単価はコンピュータのデータに入力して管理される。そして,営業担当者の手元には「見積書」控え(以下「本件見積書控え」という )が残る。。 , , 酒類卸売業者が 飛び込みで店舗や小売店に営業に行ったとしても得意先は,取引先の卸価格を容易に教えてくれるものではない。それは,値引きを前提に取引の開始を検討する場合には,現在の取引業者の卸価格は秘したままで,競合業者には,さらに低い卸価格を提示させようとするのが通常だからである。また,現在取引のある卸売業者の卸価格は第三者には教えないというのが,この業界における長年の取引慣行でもある。したがって,本件見積書控えがあれば,競業行為者は,顧客獲得競争において,圧倒的に有利な立場に立つ。 B「得意先コードブック (住所録とも呼称されている ) 」 。 原告においては,顧客データをコンピュータで管理しており,得意先には得意先コード番号が付され,住所,電話番号,地区等を,担当者毎で 「得意先コードブック」として,プリントアウトできるよう ,にしている。 C「得意先特殊単価リスト」原告においては,顧客データをコンピュータで管理しており,得意先別に,そこに卸している商品の詳細な商品名・入数,その最新の単価・単価の変更時期等を 「得意先特殊単価リスト」として,詳細な ,一覧表にして,プリントアウトできるようにしている。 「得意先特殊単価リスト」を見れば,本件見積書控えと同様,原告との顧客獲得競争において,圧倒的に有利な立場に立つ。 )秘密管理性b@「得意先ABC分析表「得意先コードブック「得意先特殊単 」,」,価リスト (以下,総称して「本件顧客データ」という )は,原告 」 。 事務所内のオフィスコンピュータで管理されている。これを閲覧することができるのは,役員(被告Aを含む )と営業担当者及び顧問の 。 Gのみである。プリントアウトできるプリンターは,原告事務所の最奥部の社長席の脇に設定されており,従業員らが日常的に納品伝票等を印刷するプリンターとは別個のもので,使用する用紙が異なる。プリントアウトする権限を有しているのは,基本的に,役員(被告Aを含む )及び顧問のGのみである。 。 営業担当者である被告B及び被告Cについては,業務上必要なときは,これらの者の許可を得て本件顧客データをプリントアウトすることができた。 ,, , したがって 本件顧客データは 営業秘密であると認識可能でありアクセス権限者も限定されているので,秘密管理性が認められる。 A本件見積書控えについては,本件顧客データに必要な入力を行った後,各営業担当者が控えを保管していた。 )有用性及び非公知性c既に述べたとおり,原告の営業秘密を用いれば,顧客獲得競争において圧倒的に有利な立場に立つことができるのであるから,有用性が認められる。また,その内容は,公知ではない。 イ被告Aによる本件顧客データの不正取得被告Aは,平成17年10月18日,原告のコンピュータから 「得意,先ABC分析表」と「得意先特殊単価リスト」の一部をプリントアウトして持ち出した。この時以外にも,被告Aは,しばしば,本件顧客データのプリントアウトをしている。 本件顧客データを,自らの退職後の競業行為に活用する目的でプリントアウトして社外に持ち出す行為は,本件顧客データの窃盗であって,営業秘密の不正取得行為(不正競争防止法2条1項4号)に該当する。そうでないとしても,顧客データの閲覧使用について原告から正当に開示を受けていた者が,不正目的でこれを使用開示するのは,開示営業秘密不正使用開示行為(同条1項7号)に該当する。 ウ被告A,被告B及び被告Cによる本件見積書控えの不正取得被告A,被告B及び被告Cは,自己が過去に担当してきた得意先に関する本件見積書控えをそれぞれ保管していたところ,平成17年10月末日, , , ころ 退職後の競業行為に利用する目的で これを原告に無断で持ち出し窃取した。 原告の業務遂行上保管してきた本件見積書控えを,退職後の競業行為に活用する目的で社外へ持ち出す行為は,本件見積書控えの窃盗であって,営業秘密の不正取得行為(不正競争防止法2条1項4号)に該当する。そうでないとしても,開示営業秘密不正使用開示行為(同条1項7号)に該当する。 エ被告ら4名及び被告会社による営業秘密の不正利用)被告A,被告B及び被告Cは,本件顧客データ及び本件見積書控えをa利用し,原告の取引先に対して,原告の卸価格よりも低い商品単価を提示し,原告との取引を止めて被告会社との取引をするよう慫慂した。 被告Aら3名の上記行為は,不正競争防止法2条1項4号に定める営業秘密の不正取得・不正使用に該当する。そうでないとしても,同条1項7号の開示営業秘密不正使用開示行為に該当する。 b)被告Dは,被告Aら3名と通じた上,原告の得意先に対して,原告の卸価格よりも低い商品単価を提示し,原告との取引を止めて被告会社との取引をするよう慫慂した。 被告Dの上記行為は,不正競争防止法2条1項5号に定める不正取得営業秘密の使用に該当する。そうでないとしても,同条1項8号の不正取得営業秘密の使用に該当する。 c)被告会社は,被告A,被告B及び被告Cが,原告から営業秘密を不正に取得し,かつ,被告A,被告B,被告C及び被告Dが,当該営業秘密を使用して原告から顧客を奪う競業行為を行うことを知りながら,あえて被告ら4名を雇用し,営業秘密を不正使用する競業行為を行わせている。 被告会社の上記行為は,不正競争防止法2条1項5号に定める不正取得営業秘密の使用に該当する。そうでないとしても,同条1項8号の不正取得営業秘密の使用に該当する。 (2) 被告ら4名の主張ア秘密管理性本件見積書控え及び本件顧客データは,アクセスできる者が制限されていたとはいえず,かつ,アクセスした者がそれが営業秘密であることを認識し得るような措置が取られていないので,秘密管理性が認められない。 )本件見積書控えa本件見積書控えについては,マル秘の印を押捺するなどの秘密とする旨の表示がなく,管理保管方法についても具体的な指導がなされていなかった。そもそも,本件見積書控えの管理については,社員に何ら指示がされておらず,社員によって扱い方が異なっていた。パソコンを利用して見積書を作成する者もいて,この場合は,控えは手元に残らない。 また,見積書を作らずに注文を受けることもあった。 )本件顧客データb本件顧客データは,秘密管理性の認められない見積書控えを原資料として作成されたものであり,営業秘密に該当しない。 本件顧客データは,見ようと思えば,誰でも見ることができるもので, 。 ある上 特定の者に対して権限を与えるような運用はされていなかったプリントアウトについても同様である。本件顧客データについて,パスワードは設定されておらず,プリントアウトされた紙媒体の管理保管についても明確な基準はなかった。 イ非公知性本件見積書控え及び本件顧客データは,その性質上,原告の顧客も自己に関する部分の情報については当然知っている。また,原告と顧客との間で,本件顧客データに関する秘密保持契約等が締結されているわけではない。加えて,顧客は,自己の仕入価格を低くするために,本件顧客データを競業会社に示すこともよくある。 したがって,本件見積書控え及び本件顧客データは,非公知性が認められない。 ウ有用性顧客獲得のために重要なことは,サービス及び信頼関係等であり,価格ではない。したがって,本件見積書控え及び本件顧客データには,有用性が認められない。 エ被告Aによる本件顧客データの不正取得被告Aが,退職後の競業行為に活用する目的で本件顧客データをプリントアウトして社外へ持ち出したことは一度もない。被告Aは,仕事上プリントアウトしたものは,用済み後に破って捨てていたし,また 「得意先,コードブック」をプリントアウトしたことはない。 オ被告Aら3名による本件見積書控えの不正取得被告Aは,退職時に,本件見積書控えを,本部長のHの確認を得て,新しい2冊を机の上に置いてきた。残りについては,本部長から不要であると言われたので,少しずつ破って段ボールに入れておき,その後,会社の業務用ゴミ箱に捨てた。 被告Bは,本件見積書控えの保管について指示されておらず,やむなく営業車に積んで,適宜処分していたのであって,保管も持ち出しもしていない。また,パソコンを使用できないので,本件顧客データの閲覧もプリントアウトもできない。 被告Cは,専らパソコンで見積書を作成していたので,複写式のものは使用しておらず,そもそも本件見積書控えを所持していなかった 「得意。 」 , , 先ABC分析表 は プリントアウトに使用する紙が通常のものと異なりセット方法を知らないので,自分でプリントアウトしたことはない 「特。 殊単価リスト」は,プリントアウトしてもらったことさえない 「得意先。 コードブック」は見たことがない。 カ被告ら4名による営業秘密の不正利用否認する。 ( ) 被告会社の主張3被告ら4名の主張を援用する。被告会社は原告主張の営業秘密の開示を受けたことがなく,それを使用していない。 2争点2-1(被告Aが原告の取締役に就任したか)について( ) 原告の主張1被告Aは,平成16年7月31日,同年8月31日付けで退職したい旨申し出た。被告Aに対する妥当な退職金の額は,原告の事業規模とそもそも退職金規程がないこと等に照らせば,800万円から1000万円程度のものであった。原告は,その営業部門において,被告Aが欠くことのできない存在であったことから,今後も原告の営業部門に留まり,職務に専念してくれることを条件に,破格の退職金3000万円を支給することを約して被告Aを慰留した。 その結果,被告Aは,平成16年9月1日,原告の営業部門に取締役営業本部長として留まることとなった。そして,原告は,被告Aに対し,同年8月31日,11月18日及び12月30日の3回に分け,合計3000万円の退職金を支給した。 平成16年9月1日の被告Aに対する取締役の辞令交付時において,原告の株主は原告代表者,専務取締役であるI(以下「I」という )及び常務。 取締役であるJ(以下「J」という )であったところ,これら3名は被告 。 Aを取締役に選任することに合意していた。そして,被告Aはその就任を応諾したのであるから,取締役に就任したものである。被告Aは,以後,取締役営業本部長の肩書の名刺を用い,出勤を示す札にも取締役であることが明記されていた。 確かに被告Aの取締役就任登記はなされなかったが,登記は取締役の地位の効力発生要件ではないし,増資登記とともにする予定であったことから手続が遅延していたにすぎない。 ( ) 被告Aの主張2被告Aが原告の取締役であったことは否認する。被告Aは,取締役営業本, 。, 部長の辞令をもらったものの 取締役の実質を伴わないものであった また被告Aは,取締役に就任するということで原告に留まることにしたのであって,退職金を3000万円にすることを条件に留まったのではない。 3争点2-2(被告Aに取締役としての忠実義務違反行為が認められるか)及び争点3(被告B,被告C及び被告Dに,雇用契約上の誠実義務違反行為が認められるか)について( ) 原告の主張1ア被告Aは,昭和51年2月5日に原告に入社し,原告の外商部において,, 。 営業職を務め 平成16年9月1日 原告の取締役営業本部長に就任した被告Aは,平成17年9月30日,同年10月31日をもって退職したい旨を申し出て,同年10月31日,原告を退職した。被告Aは,原告に対,,, 。 し 退職後は 少しのんびりした後 実家の兄と仕事をやると述べていた被告Bは,原告の外商部営業課課長の地位にあったところ,平成17年10月7日,同年10月31日をもって退職したい旨を申し出て,同年1,。,,, 0月31日 原告を退職した 被告Bは 原告に対し 退職の理由として父が倒れてリハビリ中なので,父がやっているクリーニング店の面倒を見ると述べていた。 被告Cは,原告の外商部営業課係長の地位にあったところ,平成17年10月7日,同年10月31日をもって退職したい旨を申し出て,同年1,。,,, 0月31日 原告を退職した 被告Cは 原告に対し 退職の理由として自宅の建築を依頼した大工を通じて,飲食店のオーナーから店の経営を任せると声をかけられたので,やってみたいと述べていた。 被告Dは,原告の配送業務を担当していたところ,平成17年10月25日,同年11月25日をもって退職したい旨を申し出て,同年11月25日,原告を退職した。被告Dは,原告に対し,退職の理由として,義父が経営する運送会社に勤務すると述べていた。 イ原告において,専任で営業に従事していた者は,被告A,被告B及び被告Cの3名のみであった。また,酒類卸売業においては,忘年会シーズンである12月は,平均的な月の7割増の売上となる繁忙期である。したがって,その12月の直前の時期に,専任の営業担当者全員が一時に原告を退職するときは,最大の繁忙期に,原告には営業担当者が存在しない空白期間が生じることとなる。原告は,その穴埋めのため,繁忙を極める配送部門の従業員を営業部門に回さざるを得ず,原告の業務に著しい混乱と障害がもたらされた。 ウ被告Aは,原告に退職金の話を持ち出した平成16年7月以前から,既に独立の意思を有していたのであり,原告からの退職金は被告Aにとって独立資金という位置づけであったと考えられる。すなわち,平成17年8月,酒類,煙草,清涼飲料,食料品,並びに日用雑貨の買入及び販売等を目的とする「株式会社A」が,被告Aを代表取締役とし,被告Aの親族を取締役として設立された。そして,被告Aは,株式会社Aが,酒類販売免許の一般小売免許を取得できるようになるまでの間を準備期間と位置づけ,いわばその間 「軒を借りる」ことを被告会社代表者と合意して,被 ,。, (「」 告会社に入社した 一方 原告の最大の取引先であるK株式会社 以下 Kという )の社長と被告Aは特に親しく,Kは,被告Aが原告を退職した 。 のを機に,原告との取引額を大幅に減少させて,その分を被告会社の関連会社であるFに回すようにした。すなわち,被告会社にとっては,被告Aを援助することによって,莫大な利益を生む構造があったのである。 さらに,被告Aは,遅くとも平成17年10月初旬までには,被告Aの行う競業活動に参加するよう,被告B及び被告Cを引き抜く勧誘を行っている。被告B及び被告Cの家族や経済状況からすれば,被告B及び被告Cが再就職の確たる宛てもないまま退職を決めることはあり得ない。 , ,, 被告B及び被告Cは 遅くとも平成17年10月中には 原告を退職後被告Aのもとで,原告に対する競業行為を行うことが決まっていた。それ故,担当していた原告の取引先に対して,退職の挨拶に事寄せて,平成17年10月中から,仕入先を切り替えるように勧誘する競業活動を行っていた。具体的には,被告Bは,平成17年10月の最終週以前の段階で,「L」との間で,仕入先を被告会社に切り替えるための相談を行い,切替えに備えて普段よりも在庫を確保しておく必要があることを示唆し,その結果,平成17年10月の最終週に限っては,連日納品がなされている。 また,被告Cは,担当取引先の「M」に対し,平成17年10月中に,ボ, , ジョレーヌーボーの予約まで含めて 仕入先を被告会社に切り替えるよう段取りしていた。 被告A,被告B又は被告Cは,遅くとも平成17年10月ころから,被告Dに対し,原告を退職し,被告らとともに競業行為を行うよう働きかけた。その結果,被告Dは,同年11月25日,競業行為を行う目的を秘して原告を退職し,直ちに被告会社の関連会社であるFに入社して,原告に対する競業行為を行うようになった。 エ )原告の営業部門は,被告Aを筆頭に,H,被告B及び被告Cの4名aで構成されていた。H,被告B及び被告Cは,人手の足りない配送の仕事も一部担当していた。被告Aは,原告代表者が長らく片腕と頼んできた者であり,その被告Aが,自己の地位,立場及び影響力を利用して,自己の配下の営業部員である被告B及び被告Cを引き抜き,営業部を構成する4名のうち3名が一斉に退職している。 労働契約終了後であっても,労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して,使用者が取引継続中の者に働きかけをして競業を行うことは許されない。 従業員ないし取締役は,労働契約上の付随義務ないし取締役の善管注意義務及び忠実義務に基づき,業務上知り得た会社の機密につき,これをみだりに漏えいしてはならない義務があることはいうまでもない。退,, , 職 退任後の秘密保持や 競業制限を定めた特約がない場合であっても退職,退任による契約関係の終了とともに営業秘密保持の義務も全くなくなるとするのは相当でなく,退職,退任による契約関係の終了後も,信義則上,一定の範囲ではその在職中に知り得た会社の営業秘密をみだりに漏えいしてはならない義務を,なお引き続き負うものと解するのが相当である。 ,, ,,b)以上のとおり @被告Aは 被告B及び被告Cを引き抜き A被告A被告B又は被告Cは被告Dを引き抜き,B被告ら4名が原告に不利な時期を選んで一斉に退職し,C被告ら4名が原告在職期間中に被告会社のために,原告の取引先に対して,原告から被告会社に仕入先を切り替えるよう勧める競業行為を行い,D被告ら4名は,退職後には,原告との競業行為に従事した。 被告A,被告B及び被告Cが,被告Aの退職に時期を合わせて一斉に退職し,その後直ちに,被告会社で就業し始めたことからすれば,被告, ,, Aら3名が 原告に在職中から示し合わせて 退職後の競業目的を秘しかつ,原告にとって著しく不利な時期を選んで一斉に退職し,競業行為を開始するに至ったことは明らかである。 オよって,被告Aについては取締役としての忠実義務違反行為が,被告B及び被告Cについては雇用契約上の誠実義務違反行為が,それぞれ認められる。 また,被告Dは,被告Aら3名よりやや時期は遅れるものの,原告に在職中であった平成17年10月中に,被告Aら3名からの勧誘を受けて共謀に参加し,退職後の競業目的を秘し,かつ,原告にとって著しく不利な時期を選んで退職し,競業行為を開始するに至ったのであるから,雇用契約上の誠実義務違反行為が認められる。 ( ) 被告ら4名の主張2ア既に述べたとおり,被告Aは原告の取締役ではなかった。また,被告B及び被告Cの原告における役職は,名ばかりのものであった。 被告Aは 原告代表者が退職後のことをしつこく聞くので 仕方なく 少 , ,「しのんびりしてから考える 」と述べ,さらにしつこく聞くので 「兄の 。 ,仕事も忙しい 」と述べたにすぎない。 。 被告Bは,父の行っていたクリーニング店の整理をしなければならないとは言ったものの,自分自身がクリーニング店をするとは言っていない。 被告Cは,不動産屋を通じて,飲食店のオーナーから店で働かないかと言われていることを述べたにすぎない。 被告Dは,少なくとも退職の半年前から常務のJに,12月の繁忙期まで仕事を続けたくないと言っていたし,義父は運送会社に勤務しているにすぎない。 イ繁忙期に忙しくなるのは専ら配送部門であり,営業部門にはJ,H,N(以下「訴外N」という )の営業担当者もいたこと,被告ら4名は,お 。 よそ1か月前に退職を申し出ており,繁忙期の12月までかなりの日数があることからすれば,たとえ原告の業務に著しい混乱と障害をもたらすようなことがあったとしても,被告ら4名の退職とは何ら関係がない。 被告Aが,被告B及び被告Cを勧誘したことは否認する。被告A,被告B又は被告Cが被告Dを勧誘したことも否認する。被告Aら3名の退職時, 。, 期について 被告Aら3名が話し合ったことはない 被告B及び被告Cは直接の上司である被告Aが原告を退職することを知り,被告Aのいない原告に不安を覚え,自分たちの判断で退職したものである。 ウ従業員が退職する行為自体に違法性はなく,退職後にいかなる職業に就。, , くかも自由である 被告Aは 原告の繁忙期を狙って退職したのではなくむしろ退職日の1か月前の9月30日に退職の申出をしたのであって,繁忙期とされる年末年始までに相応の期間がある。また,退職の申出は,被告Aが9月30日,被告B及び被告Cが10月7日,被告Dが10月25日というように一斉ではない。さらに,被告Aは,他の従業員を引き抜いていない。被告B及び被告Cは,被告Aが退職することを事前に知らされないまま,事後的に知ったものである。被告B及び被告Cは,常務のJに対し,被告Aの退職について質問したものの「あんな奴に世話になった覚えはない 」と言うのみで,何ら引継等の対応をしなかった。そのため, 。 現場が混乱することが目に見えていたので,原告の将来に不安を感じ,自主的に退職したものである。被告Dは,仕事量が過酷であるのに,会社内で評価されていないと感じたため,自主的に退職したものである。 エ被告らが在職中に競業行為をしたことは否認する。 4争点4(被告ら4名が原告の信用を毀損する行為(不正競争防止法2条1項14号)を行ったか)について(1) 原告の主張被告ら4名は,退職後,被告会社の従業員として原告の得意先を回り,原告との取引を止めて被告会社と取引をするよう慫慂した。その際,被告ら4名は,原告の得意先に対し,営業を担ってきた被告Aら3名が一斉に辞めたため,もう原告には営業をできる者がいない旨を述べ 「中屋(原告)は危,ないから,うち(被告会社)のほうに替えませんか。中屋の今までの値段より安くしますから。中屋の商品は返品すればいい 」などと告げて,得意先 。 の信用不安を煽った。 かかる被告ら4名の行為は,競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知する行為であって,不正競争防止法2条1項14号に定める信用を毀損する行為に該当する。 (2) 被告ら4名の主張否認する。被告ら4名は,むしろ原告への誹謗中傷にわたる行為を絶対にしないようにしていた。 5争点5(不法行為に基づく請求の成否)について( ) 原告の主張1ア被告Aの忠実義務違反及び被告B,被告C及び被告Dの誠実義務違反を基礎付ける行為のほか,原告の営業秘密の不正取得,不正使用ないし不正開示行為(不正競争防止法2条1項4号,5号,7号。8号 ,信用毀損)行為(不正競争防止法2条1項14号)といった被告ら4名の一連の行為は,許される自由競争の限度を越えているのであって,違法性を帯び,不法行為責任が成立する。 イ被告会社に就業した時点以降になされた被告A,被告B及び被告Cの行為について,被告会社が使用者責任を負うことは明らかである。さらに,被告Aと被告会社代表者との間には,平成17年9月末か,遅くとも10月上旬までには,被告Aの退職後直ちに被告Aを雇用する合意が成立していたのであって,被告Aと被告会社との間には,平成17年9月末以降,既に将来的な雇用契約の成立を前提とした事実上の指揮監督関係があったものというべきである。したがって,被告Aが平成17年9月末以降に行った行為については,被告会社での就労以前のものであっても,使用者責任が成立する。 被告DがFに就職したのだとしても,被告会社とFは代表者が共通であり,被告会社は,東京都中野区にある株式会社F(代表者は,被告会社代表者が兼ねている )の完全子会社である。つまり,被告Dは被告会社と 。 利益状況を全く同一にする被告会社代表者から指揮命令監督を受ける立場にあるのであって,被告会社代表者は,被告Dに対し,被告会社の利益のために行動するよう指揮命令することが可能である。したがって,平成17年11月25日以降の被告Dの行為について,被告会社は使用者責任を負う。 ( ) 被告ら4名の主張2争う。労働者の転職の自由と営業活動を遂行する利益や知的財産といった企業の利益を衡量し,さらに競争秩序の観点を加味して不法行為の成否を決,, , するのが相当であり 具体的には 意図的に一斉に従業員を引き抜く行為等競争上,淘汰される必然性のない企業の存立を脅かすおそれのある場合に限り,不法行為の成立を認めるべきである。 ( ) 被告会社の主張3被告会社代表者は,平成17年夏ころ,被告Aが被告会社の経営する居酒屋に営業に来たことを契機として,被告Aを知るに至った。そして,同年秋ころ,被告Aから被告会社で働きたい旨相談を持ち掛けられ,2度ほどこれを断ったものの,最終的には雇い入れることを了承した。その後,被告Aから,被告B及び被告Cについても,雇ってくれるよう相談を持ち掛けられ,。, , これも了承した 被告Dについては Fの従業員募集に応募が来たことからFにおいて採用したにすぎない。このように,被告会社は,原告主張の各不法行為に一切関与していない。 ,, 原告の主張する200件程度の取引先の減少は 自由競争の範囲内であり現に原告は,前年比約97%の売上を維持している。また,原告における顧客の減少は,原告の役員の経営態度等に起因するものであって,被告らの競業行為との間に因果関係は認められない。 仮に,被告らに不法行為が認められるとしても,被告会社に入社する以前には被告会社との指揮監督関係が一切なく,被告会社の業務執行としてなされたのでもないから,使用者責任は成立しない。また,Fに就職した被告D, 。 の行為について 別法人である被告会社の使用者責任が成立する余地はない6争点6(前記( )ないし( )に係る損害の額)について15(1) 原告の主張被告らの上記各違法行為の結果,平成17年11月から12月にかけて,合計136件もの原告得意先が,次々と原告との取引を停止した(なお,そのうち7件は被告会社との関係がないことが後に判明した。。)これら得意先との間における平成17年3月から10月までの8か月間の原告における売上は,合計2億1257万4129円であることから,1年当たりの売上は,3億1886万1193円(=2億1257万4129円×12/8)である。そして,原告における粗利率は,平均12%であるので,これら取引先との間での原告の得べかりし利益は,年間3826万3343円(=3億1886万1193円×0.12)である。原告における得意先の定着率は高く,上記136件の得意先のほとんどが,原告と5年以上にわたって取引を継続していた。したがって,同業他社の進出や経済情勢の変化等の不安定要素を考慮しても,これらの得意先と原告との取引は,少なくとも3年間は継続したものと考えられる。 よって,被告ら4名及び被告会社の行為によって,原告は,今後3年間の得べかりし利益として1億1479万0029円(=3826万3343円×3)を失ったものと算定できる。 (2) 被告ら4名の主張原告の主張は争う。平成17年3月1日から平成18年2月28日までの期間における原告の売上高は前年比96.9%であり,被告ら4名の行為によって売上げが下がったとは到底言えない。 (3) 被告会社の主張原告の主張は争う。被告会社が,原告の主張する136件のうち,平成17年11月に86件,同年12月に35件の原告取引先と取引を開始したことは認める。 【第2事件について】( ,, ) 7争点7 原告が被告Aの名誉を毀損し また プライバシー権を侵害したかについて( ) 被告Aの主張1ア )原告は,平成17年末ころから平成18年初めにかけて 「重要なお a ,知らせとお願い」と題する書面(以下「本件お知らせ通知」という )。 及び被告Aの退職挨拶状を同封した封書を,95件もの取引先に郵送した。 また,原告代表者自らが,本件お知らせ通知及び退職挨拶状を同封した封書を取引先「O」に手渡し,被告Aの名誉を毀損する言動も行っており,単に郵送したにとどまらず,原告代表者自ら出向き,原告の代表者として,被告Aの社会的評価を低下させる言動(あるいは,被告Aを侮辱する言動)を行っている。 )本件お知らせ通知及び退職挨拶状の内容を総合すると,被告Aが,原 b告の顧客情報を不正な手段により持ち出し,原告の業績が悪化しているなどという虚偽の風評を流布しているので,民事的ないし刑事的な法的措置をとると,取引先に通知したことになる。被告Aが退職したのは平成17年10月末日であり,その際に作成された退職挨拶状を本件お知らせ通知に同封して送付することは,極めて悪質である。 )上記原告の行為は,公然に事実を摘示して,原告の名誉を毀損し,社c会的信用を失わせるものである。 イ原告は,本件お知らせ通知と退職挨拶状の送付が名誉毀損行為に該当するとしても,@当該表現行為が,公共の利害に関する事実にかかるものであり,A公益を図る目的に出たものであり,B摘示された事実が真実であるか,あるいは,真実と信ずるにつき相当の理由がある場合であるので,免責されると主張する。 しかし,不正競争防止法2条各号の不正競争行為に該当するというだけでは刑事罰の対象とはならず,公訴提起された刑事事件と同様に考えることはできないのであって,公共の利害に関する事実とはいえない。また,原告の目的は,被告Aの名誉を毀損して業務活動を妨害する点にあったのであり,専ら公益目的があったとはいえない。さらに,原告は虚偽の事実摘示を行っている。原告がその主張の拠り所とするI及びPの供述については裏付け調査等を全く行っておらず,その供述内容を軽信しているのであって,真実と信じるにつき相当の理由はない。 ウ原告は,原告の行為が正当業務行為であると主張する。しかし,原告が取引先に通知した事柄を取引先が知悉していたという事情がないこと,取引先から何らかの説明が求められていたわけではなく,取引先に対する信頼を維持する必要性はなかったこと,原告が通知した事柄が全く真実でないこと,被告Aが重大な不正行為を行ったかのような本件お知らせ通知の内容,当該通知を受け取りたくないという取引先の意思に反してでも配布可能な郵便で配布したこと,本件お知らせ通知の「特定の人物」が被告Aであることを明らかにするためわざわざ退職挨拶状を同封して配布しており,被告Aの名誉の尊重を顧みていないことからすれば,原告の行為は,社会的に相当と認められる限度を逸脱している。 エさらに,原告は,株式会社Q(以下「Q」という )に依頼し,被告A。 のプライバシーを侵害している。依頼された調査は被告Aのプライバシーに属する事実を調査目的とし,数か月もの長期間にわたって継続されている。 オ上記名誉毀損ないし侮辱行為及びプライバシー侵害行為が故意によるものであること,内容的に悪質であること,名誉毀損ないし侮辱行為については単に通知しただけでなく戸別訪問も伴っていること,プライバシー侵害行為については監視の期間が数か月と長期にわたること,監視の目的が明らかにプライバシー領域に該当するものであること,にもかかわらず,原告代表者に反省の意思がないことから,被告Aが被った精神的損害を金銭に評価すると,少なくとも1000万円を下回らない。 (2) 原告の主張ア本件お知らせ通知と退職挨拶状を同封した封書を,95件の取引先に送付したこと,原告代表者が,本件お知らせ通知と退職挨拶状を持参して,「O」を訪問したことは認める。原告代表者は,原告が被告Aに対し民事訴訟を提起したことを「O」に告げたにすぎない。 受け取った取引先が,ことさらに本件お知らせ通知と退職挨拶状を関連づけて内容を総合して読むことはない。本件お知らせ通知において「特定の人物」は,退職者であるとも,取締役であるとも記載されておらず,そもそも従業員であるとの記載すらないのであって 「特定の人物」と被告 ,Aとを関連付ける材料は,二つの文書の文面・内容中に一切存在しない。 したがって,そもそも被告Aに対する名誉毀損行為が存在しない。 イ名誉毀損についての違法性阻却事由の具備@当該表現行為が,公共の利害に関する事実にかかるものであり,A公益を図る目的に出たものであり,B摘示された事実が真実であるか,あるいは,真実と信ずるにつき相当の理由がある場合には,名誉毀損行為は免責される。 )公共の利害に関する事実a本件お知らせ通知で摘示されているのは,@「事実無根の風評により信用失墜を企て,不法に営業活動を行う者がいること ,A「顧客情報」が不正な手段で持ち出された可能性が高いこと ,B「特定の人物に対 」し東京地方裁判所へ提訴したこと」の各事実である。@及びAは,刑事事件となり得る事項であり,公共の利害に関する事実である。 )目的の公益性b,「 」 本件お知らせ通知の趣旨は顧客情報が持ち出された可能性が高いことを,持ち出された顧客情報に記載されている「当該顧客」自身に通知することにある。本来,極秘のものであるはずの「顧客情報」が何らかの事情で流出した場合には,当該顧客に対し,その旨を通知すべきことは,企業の倫理として当然である。当該顧客に対して,顧客情報流出に関する事柄を通知した目的が公益性を具備することは明らかである。 )真実性ないし真実と信じたことの相当の理由c本件で摘示された事実は真実に他ならない。仮に,そうでないとしても,被告Aが顧客データをプリントアウトして持ち出すところを現認した者が存在すること,並びに,原告の従業員が,複数の顧客から,被告Aを含む複数の者が「原告は危ないから,うちのほうに替えませんか。 原告の今までの値段より安くしますから。原告の商品は返品すればいい 」などと述べて,原告の信用不安を煽っていたとの事実を聞き取っ 。 , , ていたこと等を踏まえて 被告Aに対する提訴を行ったものであるから摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由が存在することは明らかである。 ウ正当業務行為としての違法阻却原告の顧客情報が被告Aから流出した可能性が高いことを,必要最小限の表現を用いて,当該顧客に通知したものに他ならず,公表する側にとって必要やむを得ない事情があり,また,必要最小限の表現にとどまっている。 , , また 被告Aの氏名を本件お知らせ通知に記載していないのであるから被告Aの名誉,信用を可能な限り尊重した公表方法といえる。 したがって,原告は,情報流出に関して,顧客に対する説明責任を果たしたものに他ならず,通知の必要性,内容,手段,行為の相当性のいずれにおいても正当業務行為としての要件を具備していることは明らかである。 エプライバシー侵害について)原告は,Qに対し,被告Aがどのように仕事をしているかについて調a査を依頼した。依頼を受けた調査会社の側では,類型上,人物調査に該当していたため,調査結果を踏まえて,趣味や習性など特性の把握を主たる目的としたなどという記載がなされたと思われ,原告が依頼した本来の趣旨とは異なる。実際の調査が,どのような期間,どのような方法でなされたかについては,知らない。 )プライバシー権とは,私生活をみだりに公開されないという法的保障bないし権利である。被告Aは,調査会社によって一定期間,被告Aに対する尾行調査が行われたということをもって,プライバシー侵害を主張するものと解される。しかし,その調査結果である調査報告書は,訴訟の証拠として提出されたにすぎず,何ら公開されたわけではない。 また,プライバシー権の侵害は,一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められる事柄であるか否かが成立要件の一つとされている。本件において,被告Aは,競艇にうち興じているところを,調査会社によって確認されている。被告Aは,白昼,公然と,公衆の面前にて競艇に興じていたのであるから,上記基準に該当しないことは明らかである。 )本件では,尾行調査そのものが問題とされているのであって,郵便物c。, の窃取や住居への不法侵入等の違法な手段は用いられていない さらに原告は,調査会社に対して,その調査の手段方法を具体的に指示していたわけではない。調査会社による調査は,通常,調査会社独自のノウハウに属する手段方法で実施され,依頼主はその結果として報告を事後的に受けるのみであり,その手段方法については,事前に依頼主には知らされない。このような調査会社による調査行為の態様の当否をもって,調査の依頼主である原告に対し,プライバシー侵害を論ずるのは的はずれである。 第4争点に対する判断【第1事件について】1争点1(営業秘密に係る不正行為(不正競争防止法2条1項4号,5号,7号,8号)の成否)について( ) 証拠(甲18の1ないし3,19,20,49,50,乙100,原告代1表者尋問,被告A本人尋問,被告B本人尋問,被告C本人尋問の各結果)によれば,次のとおり認められる。 ア原告では,その事務所にあるオフィスコンピュータで顧客データを管理しており,この顧客データ(本件顧客データ)は「得意先ABC分析表」(甲18の1ないし3「得意先コードブック (甲19「得意先特殊 ),」),」() 。 単価リスト甲20 として閲覧又はプリントアウトすることができる「」(), , 得意先コードブック甲19 とは 各得意先の得意先コード番号住所,電話番号,地区,担当者等を抽出したものである。 「得意先特殊単価リスト (甲20)は,得意先別に,そこに卸してい 」る商品の詳細な商品名,入数,最新の単価,単価を現在の単価に更新した時期等を表にしたものである。 「」() ,, 得意先ABC分析表甲18の1ないし3 は 得意先の売上金額粗利額,最終取引日などを月毎,担当者毎に一覧表にしたものである。この得意先ABC分析表を見ると,利益の上がる得意先,すなわち,取引額, 。 が大きく 利益率が高い得意先がどこであるかを容易に知ることができるイ原告における「見積書」は,営業担当者が,新しい取引先に商品の単価を提示するときや,既存の取引先相手に販売価格の変更を行う際などに,取引先に提示するために作成される。本件顧客データは「見積書」を基に入力される。個々の「見積書」は,市販(アピカ社製)の複写式の「見積書 (冊子)で作成されることが多く,この場合,営業担当者がその控え 」(), ,, 本件見積書控え を保管し 保管方法は各人に委ねられ 被告Bの場合営業用の車の中に保管していた。 ウ原告には,秘密管理のあり方や従業員の秘密保持義務を定めた規程はない。そして,本件顧客データへのアクセスについてパスワードは設定されておらず,事務机に設置された通常のパソコンで閲覧することも可能である。もっとも,閲覧できるのは,役員,営業担当者及び顧問のGであり,配送担当者は閲覧を認められていない。また,プリントアウトするには,事務所の一番奥にある社長席の脇に置かれた専用のプリンターを使う必要, () があり 通常のプリンター向けの用紙とは異なる用紙 ストックフォームが使用されている。プリントアウトは,基本的には,原告代表者,専務のI,常務のJ,被告A及び顧問のGにしか認められておらず,営業担当者がプリントアウトする必要がある場合には,これらの者の許可を得て行っていた。そして,プリントアウトしたもので用済みとなったものの処置は各人に委ねられ,印刷物を回収する措置が講じられることはなかった。 ( ) 不正競争防止法における営業秘密は,不正競争防止法2条6項所定の要件2を充たす必要があり 「秘密として管理されている」ことを要する。事業者 ,の事業経営上の秘密一般が営業秘密に該当するとすれば,従業員の職業選択・転職の自由を過度に制限することになりかねず,また,不正競争防止法の規定する刑事罰の処罰対象の外延が不明確となることに照らせば 「秘密と,して管理されている」というには,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること,及び,当該情報にアクセスできる者が制限されていることを要するものと解するのが相当である。 まず,本件見積書控えは,営業秘密であることが当該冊子に何ら表示されていない上,その管理方法について特段の指示はなく,各営業担当者の管理に委ねられていた。したがって,秘密管理性が認められないことは明らかである。 次に,本件顧客データは,秘密管理性の認められない「見積書」を基にオフィスコンピュータにデータが入力されるものである。そして,前記認定事実によれば,コンピュータに保存された顧客データにアクセスするためのパスワードは存在せず,アクセスできる者についても明確な定めは設けられていない。そして,営業秘密の保護について就業規則等に何らの定めもなく,従業員に対し秘密管理について指導監督が行われていたという事情も認められない。原告は,本件顧客データを閲覧できるのは,役員や営業担当者に限られると主張するものの,営業を行わない配送担当者は,各取引先への販売価格等を参照する職務上の必要がないのであるから,閲覧を認められないというのは当然のことであって,営業を行わない配送担当者に閲覧が認められていないからといって,当該情報が営業秘密として表示され,アクセスできる者が制限されているということはできない。そして,プリントアウトにつ, , いては 閲覧することができる者よりもその範囲が限定されているとはいえ用済みとなった後に印刷物を回収する措置が講じられることはなく,その管理方法について指導がされていたということもない。したがって,本件顧客データについても,秘密管理性を認めることができない。 以上のとおり,原告が「営業秘密」であると主張する本件顧客データ及び本件見積書控えには,そもそも秘密管理性が認められないのであるから,原告の不正競争防止法上の営業秘密に係る請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。 2争点2-1(被告Aが原告の取締役に就任したか)について(,「」。) 平成17年法律第87号による改正前の商法 以下 単に 商法 というにおける取締役は,株主総会において選任し,被選任者が承諾することによっ,。, () て その地位に就任する 原告は 平成16年9月1日に被告Aに辞令 甲4を交付し,被告Aがその地位に就くことを承諾し,同年12月14日の臨時株主総会において取締役選任決議もされたと主張する。そして,証拠(甲16)によれば,原告は,被告Aが「取締役営業本部長」との肩書を使用することを認め,被告Aも,かかる肩書を付した名刺を使用していたことが認められる。 しかし,原告が被告Aの取締役選任決議があったとして提出する甲15号証(平成16年12月14日の臨時株主総会議事録)には,そもそも各株主の押印がなく,就任登記手続を念頭にして作成されたものとしては奇異である。そして,原告代表者は,甲15号証は控えにすぎず,登記手続に使用する原本は顧問税理士事務所に届けたものの紛失した,紛失した原本に押印があったかどうか定かでないと供述するものであり,原本に押印があったかどうか定かではないとする原告代表者の供述自体が奇異であるだけでなく,そもそも被告Aの取締役就任登記がなされなかったことからすれば,平成16年12月ころに被告Aの取締役選任を決議した株主総会が開催され,各株主の押印のある議事録が作成されたとみることはできないのであり,甲15号証は,そのころ,原告の臨時株主総会決議があったとか,原告の全株主が被告Aの取締役の選任に同意していたことの裏付けとなるものではないことは明らかである。 また,原告は,増資登記と併せて被告Aの取締役就任登記をするつもりであったものの,増資の方が予定よりも遅延したので,就任登記がされないまま被告Aの退職に至ったと主張する。しかし,証拠(乙34及び被告A本人尋問の結果)によれば,取締役に就任したとされる被告Aが,増資登記と併せて取締役就任登記をするとの話を聞いたり,意見を求められたりしたことが一切ないこと,原告の平成17年4月28日の定時株主総会において 「第2号議案,取締役の選任に関する件」について決議がなされ,原告代表者,I及びJの3名の任期満了取締役を取締役として選任する決議をしていることからすれば,被告Aを取締役として正式に選任するつもりがあったのであれば,このときに一緒に被告Aを取締役として選任する決議をし,他の3名の取締役と一緒に被告Aの取締役就任登記をするのが自然であるにもかかわらず,このときにもあえて被告Aの取締役選任決議をしていないこと,そして,被告Aは,当然ながら,同日開催の取締役会にも招集されず,これに出席していないことが認められる。そして,証拠(甲42)によれば,実際に増資登記がされたのは,被告Aへの辞令交付の2年近く後で,本訴提起の後である平成18年7月26日であること,原告の株主及び役員は,すべて原告代表者の親族であり,現在においても,その状況は異ならないことが認められる。 以上によれば,原告においては,被告Aの退職届を受理して退職金を支払う一方で,被告Aを慰留する目的で同人を取締役とする辞令を交付し,取締役営業本部長という肩書の名刺の使用も認めていたものの,このことのほかに,被告Aが商法所定の取締役としての権利義務及び職責を有することを前提とした扱いは何らなされておらず,かえって,平成17年4月28日の定時株主総会における取締役選任決議において,任期満了の取締役3名(原告代表者とその妻と息子)のみを選任していること,並びに,原告の株主及び役員構成がすべて原告代表者の親族であり,かかる会社においては親族以外の者を取締役とすることに慎重な意見も往々にしてあることをも併せ考えると,原告がその株主総会において被告Aを選任したことを認め得る証拠はなく,被告Aが,原告の株主総会において選任された商法所定の取締役であったと認めることはできない。 よって,被告Aが原告の取締役であることを前提として,取締役としての忠実義務違反を問う原告の請求は,理由がない。 3争点3(被告B,被告C及び被告Dに,雇用契約上の誠実義務違反行為が認められるか)について原告は,被告B,被告C及び被告Dについて,原告の従業員としての誠実義務違反行為が認められると主張するので,以下,判断する。なお,原告は,被告Aが原告の取締役であると一貫して主張し,被告Aについて原告の従業員としての誠実義務違反行為がある旨の主張は行っていないものの,被告Aに従業,。 員としての誠実義務違反行為が認められるのかについても 念のため判断する( ) 証拠(甲1ないし5,6の1ないし3,7ないし11,15,36ないし138,43,54,乙1,2,5ないし9,12,36,37,丙6,7,証人I,証人Pの各証言,原告代表者尋問,被告A本人尋問,被告B本人尋問,被告C本人尋問,被告会社代表者尋問の各結果)によれば,次の事実が認められる。 ア原告は,原告代表者の祖父が大正時代に創業した酒類商が法人成りした会社であり,メーカー及び問屋から酒類を仕入れ,店頭小売と飲食店への販売を業としている。原告には30名を超える従業員がいて,約1200件の取引先を有する。原告代表者は,大学在学中に,病気になった父に代わって家業に従事するようになり,現在に至っている。原告代表者の息子であるJは大学を卒業後,5年間,キリンビール株式会社に勤務し,平成11年4月から原告で勤務し,数年後には常務取締役に就任した。原告の平成16年当時の取締役は,原告代表者,I(原告代表者の妻 ,J(原)告代表者の子)であり,監査役はJの妻であり,株主は,原告代表者,I及びJの3名であった(乙1,甲15,43 。)() ,,, イ被告A 昭和27年生 は 平成15年ころから 原告を退職した場合退職金がどの程度もらえるのか,原告代表者に何度か尋ねたものの,確たる返答は得られなかった。一方,原告には退職金規程がなく,原告代表者は,顧問税理士事務所に対し,退職金がどのくらいになるか算定を依頼した。顧問税理士事務所は,同年7月28日,中規模企業における退職金の平均値が835万円程度であることや大学卒勤続30年の場合でも約1500万円であること,過去の支給実績が勤続20年以上の者の場合でも100万円であったこと等を書面で報告した(甲3 。)被告Aは,平成16年7月31日付けで,同年8月31日限りで退職したい旨の退職願(甲1)を提出した。この退職願は,同年8月31日付けで受理され,退職金3000万円を支給するものと決められた(甲2 。)原告は,同年9月1日,被告Aを取締役営業本部長に任命する旨の辞令を交付し,被告Aはこれを受領した(甲4 。そして,被告Aは,顧問の )Gの求めにより,今後とも原告の片腕として誠心誠意業績向上に寄与するよう努力することを誓うことなどを記載した誓約書(甲5)を提出した。 この誓約書は,Gの作成した文面(乙5)を被告Aがそのまま清書したものである。 原告は,被告Aに対し,平成16年8月31日,11月18日及び12月30日の三度に分けて,退職金3000万円を支払った(甲6の1ないし3 。一方,被告Aへの給与は,従前と同じように支払うことにした。 )被告Aは,取締役就任登記がされているか確認するため,平成17年3月1日及び5月2日に,原告の商業登記簿謄本を入手した。しかし,同人の就任登記はなされていなかった(乙1,2 。)ウ被告Aは,原告に対し,平成17年9月30日付けで,同年10月31日限りで退職したい旨の退職願(甲7)を提出した。原告代表者は慰留に努めたものの,被告Aが兄の仕事を手伝うつもりであるというので,慰留を断念した。 被告Aは,同年10月に入ると,同年夏ころ営業のために訪問したことのある被告会社代表者に対し,被告会社代表者のもとで働きたいと相談を持ちかけた。被告会社代表者は,いったんは断ったものの,将来独立するために被告会社の経営方法を勉強したいと被告Aが熱心に頼むので,同年10月中旬ころ,被告Aを採用することにした。具体的には,被告会社の保有していた免許を用いて,被告会社に新たに酒販部門を設立し,被告Aに同部門を任せることにした。 エ原告は,平成17年10月付けで,同年10月31日で取締役営業本部長である被告Aが退社することになった旨の挨拶状を作成し,同年10月15日ころ,被告Aに印刷済みの挨拶状の文面を確認してもらった(甲8・乙7,甲43 。)オ被告Bは,平成13年か14年ころ 「外商部営業課課長」の肩書を得 ,, , 。 たものの 営業に専念するわけでなく 配送の仕事も日常的に行っていた被告Cも,同じころ 「外商部営業課係長」の肩書を得たものの,営業に ,専念するわけでなく,配送の仕事も日常的に行っていた。 被告B及び被告Cは,平成17年10月初めころ,被告Aが退職することを知った。しかし,同被告らは,被告Aの退職に伴う引継ぎの準備が特にされず,同年10月6日,常務のJに引継を尋ねた結果等から会社の行く末に不安を感じ,翌7日,同年10月31日限りで退職したい旨の退職願(甲9,10)を提出し,受理された。そして,被告Bには370万円の,被告Cには390万円の退職金がそれぞれ支給された(甲54 。)被告Dは,平成17年10月25日付けで,同年11月25日限りで退職したい旨の退職願(甲11)を提出し,受理された。 カ原告の営業担当者の取引先担当件数は,被告Aが204件,被告Bが234件,被告Cが188件,Hが約300件弱,J常務が100件弱であり,このほかに訴外Nも一部の顧客を担当していた(甲36ないし38,原告代表者尋問の結果 。)キ被告Aは,同年11月1日から被告会社での就労を始め,親しい取引先を手始めに,原告を退職したことと被告会社に就職したことを報告して回った。訪問した取引先の中には,被告Aとの個人的な信頼関係が強い者が多かったため,原告と同じ価格であれば被告会社との取引に切り替えてもいいと言って,原告との取引単価を教えてくれる者も少なくはなかった。 ク被告B及び被告Cは,後記のとおり,原告を退職することになった平成17年10月中には,退職後の就職先について,被告Aにも相談していたところ,被告Aに勧められて,Fを見学することになり,平成17年11月2日,Fの見学に行った。被告B及び被告Cは,Fが通勤に不便であっ, ,, たことから 通勤に便利な被告会社での勤務を希望し 被告会社代表者も両名の採用を認めたため,被告B及び被告Cの被告会社での採用が決定した。被告B及び被告Cは,同年11月4日から被告会社で働き始め,被告会社において,原告勤務当時とほぼ同額の給与を得ている。 被告Dは,平成17年11月25日に原告を退職した後,被告Aの紹介を通じて,Fの従業員募集に応募し,Fに採用された(乙12,丙6 。)ケ被告会社の酒販部門は,被告A,被告B,被告C及び事務員1名の合計4名とパート社員から構成されている。 ( ) 被告ら4名の退職の時期について2被告Aは,平成17年9月30日に,原告に対し,同年10月末日で退職する旨を申し出ている。被告Aの退職の申出から退職までに1か月の期間があることからすれば,被告Aが原告の営業の責任者であったこと,原告が12月の忘年会の時期に年間を通じて最も多忙になることを考慮しても,9月末に退職の申出をし,10月末日に退職することが,従業員が雇用契約に付随して信義則上負担する誠実義務に違反するということはできない。 被告B及び被告Cは,いずれも平成17年10月7日に,原告に対し,同年10月末日限りで退職する旨の申出をしている。被告B及び被告Cが,原告において,営業及び配送を担当していたことを考慮しても,同人らが転職の自由を有することを考慮すれば,上記のような時期に上記のような手続を踏んで退職することが,従業員が雇用契約に付随して信義則上負担する誠実義務に違反するということはできない。 被告Dは,平成17年10月25日付けで,原告に対し,同年11月25日に退職する旨申し出ている。被告Dが単なる配送業務に従事しているものにすぎないことを考慮すれば,上記のような時期に,上記のような手続を踏んで退職することが,従業員が雇用契約に付随して信義則上負担する誠実義務に違反するということはできない。 ( ) 被告Aの違法な引き抜き行為があったかについて3被告Aら3名は,平成17年10月末日で退職し,被告Aは,同年11月1日から,被告B及び被告Cは同年11月4日から,被告会社での就労を始めている。しかし,被告Aら3名が原告を退職した経緯は,上記( )認定の1とおりであり,被告B及び被告Cの被告会社における給与が原告の時における給与とほぼ同程度であることなどからしても,被告Aがことさらに原告に損害を加える目的で被告B及び被告Cの引き抜き行為を画策したとの事情を認めるに足りる証拠はなく,被告B及び被告Cは,いずれも被告Aが原告を退職することを知り,その後,自らの自発的な意思で,原告を退職し,被告Aが働く会社に勤務することを決めたものであり,被告Aにおいて,特段,違法な引き抜き行為があったものと認めることはできない。 また,被告Aら3名が配送部門に属する多くの者を勧誘したといった事情のない本件では,被告Aが被告Dに被告会社と関連のあるFを紹介したことをもって,違法な引き抜き行為があったものと認めることはできず,被告B及び被告Cについても,被告Dに対する違法な引き抜き行為があったものと認めることはできない。 ( ) 被告Aら3名が競業避止義務を負うかについて4原告は,被告ら3名が,原告在職中から,原告と競業行為をすることを示し合わせて,平成17年10月31日に退職し,直ちに被告会社に転職して競業行為に及んだ旨主張する。 しかし,従業員は,会社に対し,雇用契約に基づき,従業員としての誠実義務を負担する一方で,転職の自由を有するものである。原告と従業員との間で,退職後の競業行為を禁止する法的に有効な契約が締結されていない場合,転職後の競業行為は基本的に従業員の職業選択の自由の範囲内の行為で。, , あるというべきである したがって 単に退職後に競業行為を行った場合や在職中に退職後の競業行為の準備を成した場合でも,本来の勤務時間外において在職中の職務執行に支障を来さない範囲で行ったにとどまるような場合には,従業員の負う誠実義務に反しないものと解するのが相当である。 ア原告と被告Aの間には,退職後において,競業行為を行わない旨の明確な合意はない。原告代表者は,本人尋問において,息子の代に至るまで,原告を盛り立ててもらおうと被告Aの慰留に努め,被告Aは3000万円の退職金を条件にこれを承諾し,かかる趣旨の誓約書を提出した旨供述する。しかし,被告Aの本人尋問における供述に照らせば,被告Aが高額な退職金の支払を強く求めたものとは認め難く,むしろ原告代表者が,被告Aを慰留するために,比較的好条件の退職金の支払を申し出たこと,誓約書は,被告Aが今後も業務に専念し,業績の向上に努めるとの抽象的な文言が記載されているものにすぎず,被告Aの原告退職後の競業避止義務を,,,, 明確に定める趣旨のものではないこと また 既に述べたとおり 原告は被告Aに対し,取締役営業本部長にするという辞令を交付しながら,取締役就任登記をしなかったこと(前記のとおり,被告Aを取締役に選任する), 旨の株主総会決議をしなかったものであること との事情も併せ考えると被告Aが,今後とも長期間にわたって原告に留まり,原告のために就労すべき義務,あるいは,退職後も競業行為を一切行わない旨の合意が原告と被告A間に成立したものとは認められない。 イ被告B及び被告Cについては,原告を退職した後においても,競業行為を行わない旨の合意をしたことを認めるに足りる証拠はなく,また,両名に退職金が支給されたからといって,このような合意があったものと認めることはできない。 ウ以上のとおり,被告Aら3名は,原告との合意に基づいて,退職後の競業避止義務を負うものではないのであるから,退職後に原告と競業行為をなしたとしても,競業避止義務違反を問われることはない。また,被告Aら3名が,在職中に,退職後に原告と競合する会社に就職することなどを打ち合わせたとしても,本来の勤務時間内にこれを行ったとか,そもそも本来の業務に支障を来したことがあることを認めるに足りる証拠はないのであるから,このことについても直ちに誠実義務違反が問題となるものではないというべきである。 ( ) 被告Aら3名が,原告在職中において従業員としての誠実義務に違反する5行為を行ったかについて原告は,被告Aら3名が,原告在職中において,被告会社のために競業行為を行ったとも主張する。被告Aら3名が,原告在職中において,原告主張の上記行為,すなわち,従業員としての誠実義務に違反する行為があったかを次に検討する。 ア被告Aによる会社設立について証拠(甲48)によれば,被告Aが原告に在職していた平成17年8月8日,酒類等の買入及び販売,運送業の代理業並びにあっせん業等を目的として,資本金1000万円で 「株式会社A」という商号で,被告Aを ,代表者とする株式会社が設立されたことが認められる。また,証拠(甲53)によれば,同年10月ころ,株式会社A名義で軽自動車が2台購入されたことが認められる。 しかし,会社の従業員が在職中に競業会社を設立し,競業行為を行えば違法というべきであるとしても,単に会社を設立しただけで何らの競業行為をしていないとすれば,その設立行為自体を違法とまでいうことはできない。また,本件においては,自動車の購入は,せいぜい開業準備行為にとどまるのであって,被告Aが在職中に競業活動を行ったことを認めるに足りる証拠はない。 イ被告Aによる被告B及び被告Cに対する転職の働きかけについて被告B及び被告Cは,平成17年11月4日に被告会社での就労を始めている。この点について,被告B及び被告Cは,各本人尋問において,同年11月1日に初めて被告Aの具体的な転職先を知らされ,翌2日にFの朝礼の見学に誘われ,その場で,あるいは,少ししてから被告会社への就, 。, 職を決め 同月4日には就労を開始したという趣旨の供述をする しかし被告B及び被告Cが30代後半で妻子を有し,被告Cにおいては住宅ローンも負担していること(甲52の1・2,被告B及び被告Cの各本人尋問の結果)からすると,両名とも転職先について何ら当てのないまま退職するとは考え難いこと,被告会社の酒販部門には当初は被告Aしかおらず,被告B及び被告Cは,いずれも平成17年10月末に原告を退職し,11月4日には被告会社へ就職していることからすると,被告Aの転職先あるいはそれとつながりの深い会社に転職する方向で話を進めることは,被告Aら3名の間では,平成17年10月中には既に決まっていたものと推認され,これに反する被告Aら3名の本人尋問における各供述部分は採用することができない。 以上のとおり,被告Aら3名の間では,平成17年10月中には,原告を退職した後,被告Aのもとで原告と競業行為を行う会社に就職するとの計画があったものと認められる。しかし,会社の従業員が退職前にその転職先を探すことは,本来の職務時間外にこれを行い,職務の執行に支障を来さない限りは,それが競業会社への転職であっても,そのこと自体が直ちに誠実義務違反となるものではない(原告の顧客を違法な手段で奪取することを計画したとか,従業員の退職によって必然的に生じ得る原告業務の混乱をことさらに拡大させるようなことを計画し,それを実行したというような事情があれば,そのこと自体が,誠実義務違反ないし不法行為に問われることは当然として,単に競業会社への転職を計画したということだけでは誠実義務違反とはならないというべきである。本件において。)は,被告B及び被告Cは,被告Aの退職に端を発し,原告の対応に不安を感じて,原告を退職することを決め,被告Aとともに転職する方向で話を進めていたのであって,ことさらに原告の業務を混乱させた事情はないのであるから,被告両名について誠実義務違反を認めることはできない。また,本件においては,被告Aが,被告B及び被告Cに対し,執拗に転職を勧めたとの事情を認めるに足りる証拠もなく,被告Aが被告B及び被告Cに対し,違法に転職の勧誘をしたということもできない。 ウ被告Aら3名による本件顧客データ又は本件見積書控えの持ち出しについて(, , ,, )a)証拠 乙6 8 9 被告A 被告B及び被告Cの各本人尋問の結果によれば,次の事実が認められる。 被告Aは,原告の業務上必要な本件顧客データをプリントアウトした場合,必要のなくなった時点でこれを破って捨てていたし,退職に際しても,Hに見積書冊子をどうするか問い合わせた上で,新しい見積書の冊子2冊を残し,残りは破って捨てた。 被告Bは,パソコンの使い方を知らないので,本件顧客データを閲覧したり印刷したりすることができない。 被告Cは,パソコンで見積書を作成していたので,本件見積書控えは所持していなかった。また,本件顧客データのプリントアウトの仕方は知らない。 )証人Iは,次のとおり証言する(甲31 。 b )Iは,平成17年10月18日の夕方,被告Aが,社長席の横にあるプリンターを使って顧客データをプリントアウトし,プリンターの傍らにある現金売りの元帳が入っている箱の中をのぞき込み,さらにプリントアウトした紙を持って被告Cの所に行って,ひそひそ話をしたこと,また,Gの机の上のプリントアウトされたデータを入れ替えたり出し入れしたりしていたこと,プリントアウトした顧客データを茶封筒に入れて脇に抱えて階下に降りて行ったこと,この日は,得意先の開店祝いがあったので,原告代表者,J,被告A,Hの4名が,被告Aの車に乗って出かけたこと,Iは,被告Aが何か怖い感じを漂わせていたことと,得意先の開店祝いがあったことから,目撃した内容を原告代表者に告げなかったこと,同年11月後半ころに初めて原告代表者にこのことを話したことなどを証言する。 しかし,証人Iは,被告Aがプリントアウトしたデータの内容を確認したわけではないことはその証言自体から明らかであり,単に,被告Aの様子がおかしく感じられたことを述べるだけで,その証言は単なる憶測ないし想像にすぎないものであることは,その証言自体から明らかである。また,退職予定の従業員が本件顧客データを持ち出したというのであれば,早急に対策を取るのが自然であり,当日にそれができなかったとしても,翌日に夫である原告代表者に相談して当然であること,被告Aはそもそも本件顧客データをプリントアウトする権限を有し,さらに,当該プリンターからプリントアウトされるのは原告が営業秘密であると主張する本件顧客データに限られないことからすると,被告Aが本件顧客データをプリントアウトして持ち出したという趣旨の証人Iの証言は,客観的な裏付けを欠くものであり,採用することができない。 )原告は,被告Aら3名が被告会社において作成し,顧客に対し提出しcた見積書は,すべての商品について原告の見積額を若干下回るか,同額であって,これを上回る商品が一つもないというようなものであって,被告Aら3名が極めて多くの取引先を担当していたことからすると得,「意先特殊単価リスト」を参照しなければ,このような見積書は作成できないと主張する。そして,被告Aら3名が「得意先特殊単価リスト」を,。 持ち出して参照したことを推認させる事情として 次の事実を指摘する@被告Aが平成17年11月終わりに「R」に提出した見積書(甲22,24)の見積価格は,いずれも原告の同年10月末日締めにおける原告得意先元帳に記載された「R」への卸価格(甲23の1・2)を下回るか,同額である。また,上記見積書は「R」の必要とする商品を取りそろえている。なお,上記見積書の控え(乙101)には,甲22に掲載されていない品目もあるが,いずれも原告の卸価格を下回るものである。 A被告Cが平成17年12月16日ころに S に提出した見積書 甲 「」(26の1ないし6)の見積価格は,平成17年12月27日時点での「」()「」 原告の 得意先特殊単価リスト甲27の1・2 に記載された Sへの卸価格を下回るか,同額である。なお,原告は 「アサヒスーパ,ードライ19L」を平成17年12月末に値下げしているので,同年10月末時点での卸価格は,より高額であった(甲41の1・2 。)原告における「S」の担当者は,被告Cではなく,Jである。 「」 () B被告会社が T に対して作成して交付したFAX注文書 甲28には 「T」が原告から仕入れていた商品(甲29の1ないし4)が ,記載されている。 確かに,被告Aら3名は,少なくとも数件の取引先に対し,すべての取扱い商品について原告の卸価格と同額以下の見積書を作成交付してい, 。,「」, ることは 上記の各証拠から認められる しかし 例えば R の場合被告Aは,店内に置かれたドリンクメニュー(乙19)をみて取扱商品を容易に知り得るのであるから,そもそも取引先店舗における取扱商品や主力商品は本件顧客データを使用せずに容易に知り得るものである。 また,例えば「T」が希望する商品,すなわち,原告から仕入れていた商品を教えてくれたことや(乙18,被告A本人尋問の結果 ,原告の)請求書を被告会社に開示した店舗があるように(乙20,21 ,取引)先店舗が被告Aら3名の営業担当者との個人的な信頼関係を重視し,被告Aら3名が転職する会社との取引を希望する場合などにおいては(後記認定のとおり,本件において,原告から被告会社へ移動した取引先店舗には,このような店舗が多い,その取扱商品と各商品についての 。)原告からの卸価格が記載された請求書等を被告Aら3名に提示し,それと同額ないしこれを若干下回る金額での取引を希望することは往々にしてあることである。また,請求書の提示がない場合でも,被告Aら3名のように長年の経験を有する者であれば,取引先担当者との対話や原告における勤務を通じて被告Aら3名自身が身に付けた営業ノウハウによって,競合会社に対抗できる見積書を作成することは十分可能であるというべきである。さらに,被告会社の見積額と原告の卸価格を対比すると,提示した品目や両者の価格差がまちまちであり,本件顧客データを基に一律に値引額を決めて営業したとはおよそ考えられないものも少なくはない。したがって,被告Aら3名は,本件顧客データを参照しなくても,顧客からの協力を得ながら,原告の卸価格と同額以下の見積書を作成することは十分に可能というべきである。よって,原告が主張する上記各事実をもって,被告Aら3名が本件顧客データ又は本件見積書控えを持ち出して利用したことを推認することはできない。 エ在職中の競業行為について原告は,被告B及び被告Cが,平成17年10月中に,原告の取引先を被告会社に切り替えるような営業活動を行ったと主張する。そして,証拠(甲32ないし34)によれば,被告Bが担当していた取引先の中で,原告の最終納品日が平成17年11月5日以前であるものが23件(そのうち5件は同年10月31日以前である,被告Cの場合13件(そのう 。)ち2件は同年10月31日以前である,被告Aの場合4件(そのうち 。)3件は同年10月31日以前である )であることが認められる。また, 。 (,),「」 証拠 甲39 51の1ないし3 によれば 被告Bの担当していた Lでは,従前の納入頻度が週1,2回程度であったところ,平成17年10月の最終週には連日納入され,同年10月29日(土曜)を最後に原告は納入していないこと,被告Bが担当していた「U」では,平日はほぼ毎日納入されていたところ,同年10月31日(月曜)を最後に原告は納入していないこと,被告Cが担当していた「V」では,週3回程度納入されていたところ,同年10月29日(土曜)を最後に原告は納入していないこと,被告Cが担当していた「M」は平成17年11月2日には原告との継続的取引関係を解消し,同年11月半ばのボジョレーヌーボーの購入をキャンセルすることを決めていたことが認められる。 原告は,上記のような納入頻度からすれば,上記取引先は同年10月末日で原告との取引を終了することを予定していたのであって,被告B及び被告Cが原告在職中に被告会社のための営業活動を行っていたことは明らかであると主張する。 しかし,原告の行う酒類卸の場合,同一の商品であれば卸業によって商品の品質に相違があるわけではないことから,商品の品揃え,価格,納入頻度といった取引条件に大きな変動がなければ,被告Aら3名のような営業担当者とその取引先の責任者ないし担当者との間に形成された業務上の信頼関係によって,取引先が被告Aら3名のような営業担当者の転職先に仕入先を変更することは,格別の営業活動がなくても起こり得ることというべきである。現に,被告Aら3名と取引先責任者ないし担当者との間に業務上の信頼関係が形成されており,このことが原告の取引先が被告会社に移った最大の要因であることについては,被告Aら3名が,原告から被, , 告会社に移った取引先に その経緯について陳述書の提出を求めたところ紋切り型の回答にとどまらず,それぞれに個性的な多種多様な内容を記載した陳述書(乙33,38ないし95)が多数提出されたことからも裏付けられるところである(被告Aら3名のいずれかから店舗の営業や飾り付け等について親身なアドバイスを受け,感謝をしていたことから,厚い信頼関係が形成されており,そのことが,原告から被告会社へ酒類の取引先を変更した主たる理由であることなどが多種多様な内容で陳述書に記載されている。なお,被告会社に変更した取引先の中で,少なからぬ者が被告Aら3名のいずれかと親しかったことは原告も認めるところである(甲46。したがって,被告Aら3名が原告を退職する際に,各取引先に対 )。)し退職挨拶を行い,その際に,親しい営業担当者との関係継続を希望する取引先が,自らの判断で,取引先を変更しようと考えることは十分に起こり得ることというべきであり,被告Aら3名が原告を退職してから数日のうちに仕入れ先が原告から被告会社へ変更されているからといって,被告Aら3名が,原告在職中に,退職挨拶を超えて,被告会社への変更を執拗に勧めるような営業活動を行ったことを推認することはできない。 ( ) 被告Aら3名が,原告退職後に従業員としての誠実義務に違反する行為を 6行ったかについて, , , 原告は 被告Aら3名が原告退職後に 競業行為を行ったと主張するので以下,検討する。 既に述べたとおり,被告Aら3名が本件顧客データを持ち出して,これを利用して営業活動を行ったとは認められないし,被告Aら3名は,いずれも原告に対し,退職後の競業禁止義務を負うものではない。そして,大量生産される酒類は仕入先によって品質が相違するものではないから,上記のとおり,親しい営業担当者との関係継続を希望する取引先が,取引条件に大きな, , 相違がなければ その営業担当者の転職先に仕入先を変更するということは十分に起こり得ることというべきであるから,被告Aら3名の被告会社への転職に伴い,一定数の取引先が原告から被告会社へ移動したことをもって,直ちに,被告Aら3名が退職後に違法な勧誘活動を行ったと認めることはできない。 また,原告は,被告Aら3名は,担当していた取引先の中でも取引額の大()。 きい上位の取引先に集中的に営業をかけた旨主張する 甲36ないし38しかし,上位の取引先における営業活動において原告の営業秘密を用いる等の違法な手段が用いられたことを認めるに足りる証拠はないし,被告Aら3名のいずれかと取引先責任者ないし担当者との信頼関係が強いところが酒類の仕入れ先を原告から被告会社に変更していることは上記のとおりであるから,被告会社に仕入先を切り替えたのが原告の上位の取引先に目立つからといって,被告Aら3名において,社会通念上許されない違法な競業活動をなしたものということはできない。 , , したがって 原告と被告Aら3名との間に退職後の競業禁止の合意がなく営業秘密の使用等の違法な手段が用いられているといった事情の認められない本件においては,被告Aら3名の退職後の競業行為に違法はない。 ( ) 被告Dが,原告の従業員としての誠実義務に違反する行為を行ったかにつ 7いて原告は,被告Dが,被告Aら3名の勧誘を受けて退職することを決め,そのころから競業行為を行ったと主張するので,以下,検討する。 被告Dは,原告の配送担当者であった者にすぎず,被告Aらとは職務内容を異にする。被告Dは,そもそも,原告で勤務するか退職するかを決める自由を有しているし,退職した時期も被告Aらとは約1か月異なっている。したがって,被告Dが退職したということ自体,被告Dが従業員として負担する誠実義務に反するものではない。また,被告Dが,原告在職中に,退職挨拶を超えて,被告会社への変更を執拗に勧めるような営業活動を行ったことを認めるに足りる証拠もない。そして,営業秘密の使用などの違法な手段が用いられているといった事情の認められない本件においては,被告DがFで就労したこと自体が,原告の従業員として負担していた誠実義務に反するものではないことは明らかである。 ( ) 以上のとおりであるから,被告B,被告C及び被告Dについて,原告の従8業員として負担する誠実義務への違反行為は認められない。また,被告Aについても原告の従業員としての誠実義務違反となるような行為は認められない。 4争点4(被告ら4名が原告の信用を毀損する行為(不正競争防止法2条1項14号)を行ったか)についてP作成の陳述書(甲30)には,@平成17年11月5日ないし7日,居酒屋「W」に配達に行った際に 「被告Bが『原告は危ないから,うちのほうに ,替えないか?』と言っていた 」と,マスターから聞いた旨,A同年11月半 。 ば,居酒屋「X」に配達に入った際に 「 ひょろっとした人』が来て『原告 ,『は危ないから,取引先を替えませんか』と社長に話していた 」と,従業員か。 ら聞いた旨,B同年11月中旬ころ以降,お好み焼き屋「S」で 「被告Dや,被告Aが 『原告が危ない』などという話をし,その後 『原告よりも生ビー , ,ルを安くするから』と被告会社との取引を勧誘してきた 」と言う話を,女性。 , ,「」,「『』 店員から聞いた旨 C平成18年2月28日Y において被告Bが Zに対し 『原告が危ない』などと言って勧誘した 」という話を主人から聞い , 。 た旨の記載があり,Pは,証人尋問において同旨の証言をする。 しかし,Pの陳述書の上記記載及び証言は,Pが取引先から聞いた話に基づくものであって,取引先が実際に体験した事柄を正確に伝えているとは必ずしもいえないものである。すなわち,原告の営業担当者3名が一斉退職したという事実を伝えられたにすぎない場合であっても,かかる事実を基に,原告の営業活動に支障が生じるのではないかとの推測が生じ 「原告が危ない」等の噂 ,が広まることは十分にあり得るところである。したがって,原告の営業担当者3名が一斉に退職したという事実関係のもとでは,Pが取引先から聞かされたとする話は,取引先が直接に見聞した事柄に取引先自身の意見や推論が反映されている可能性が高く,被告ら4名が原告の経営危機を原告取引先に告げたことを認めるには足りないものである。 よって,被告ら4名が,原告が主張する「虚偽の事実を告知」したことを認めるに足りる十分な証拠はないのであるから,原告の不正競争防止法2条1項14号に基づく請求は理由がない。 5争点5(不法行為に基づく請求の成否)について( ) 被告Aら3名の不法行為について1会社従業員の転職時における競業行為等の違法性については,退職前においては,従業員の誠実義務に反するかどうかで判断すべきであり,退職後においては,法的に有効な競業避止義務を負っていたかどうか,営業秘密の不正取得,不正使用開示行為等の不正競争防止法に違反する行為がなかったかどうか等の観点のほかに,退職後の競業行為が,社会通念上許される取引秩序の枠を超えたか否かによって,違法性を判断するのが相当である。 既に述べたとおり,被告Aら3名は,原告在職中に競業行為を行ったものではなく,原告の有する顧客情報である本件顧客データや本件見積書控えを持ち出して使用したものでもない。そして,証拠(原告代表者尋問の結果,被告A本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,原告は約1213件の取引先を有していたことが認められ,原告が被告会社に奪われたと主張する取引先129件(被告会社は,うち121件と取引を開始したことを認めている )は全体の約10%であり,売上金額としては約9%である(なお, 。 原告は,被告会社に奪われた取引先が,本訴提起後に新たに85件判明したと主張する。この点の真偽は不明であるが,仮に,すべて被告会社に移動したのであれば,全体の約18%の件数,約28%の売上高が被告会社に奪われたことになる。しかし,酒類卸業における取引先は長期間の継続的な 。)契約によりしばられるものではないから常時変動するものであり,また,何よりも,長年勤続した営業担当従業員が他の酒類卸業を営む会社に転職した場合は,酒類という,仕入先によって品質が相違しない商品の性質上,取引先の責任者ないし担当者と営業担当者との個人的な信頼関係から,基本的な商品の酒類及び価格体系に変動がない限り,特段の営業活動をしなくとも,取引先の自主的な判断により,信頼関係のある営業担当者のいる酒類卸業に一定数の顧客が移動するとの事態が生じるのはやむを得ないことというべきである。また,本件においては,被告Aら3名が,通常の商慣習の枠を超えて,違法な勧誘行為をしたことを認めるに足りる証拠もない。 かかる事実関係のもとでは,被告Aら3名が転職した後,一定数の取引先が原告から被告会社に移動したとしても,被告Aら3名が担当していた取引先のうち,被告Aら3名のいずれかと個人的な信頼関係が形成されていた一部の取引先が移動しただけであり(乙33,38ないし95 ,被告Aら3)名の競業行為は,これを全体としてみても,社会通念上,自由競争の範囲を逸脱した違法な行為とまでいうことはできない。 ( ) 被告Dの不法行為について2被告Dは,原告において酒類の配送を担当していた者であり,原告を退職してから,Fに転職し,酒類の配送業務に従事したとしても,社会通念上,自由競争の範囲を逸脱した違法な行為をなしたものということができないことは明らかであるし,社会通念上,自由競争の範囲を逸脱した違法な営業活動を行ったことを認めるに足りる証拠もない。 ( ) 被告会社の不法行為について3被告ら4名の退職後の行為が,上記のとおり,不法行為に該当しないものである以上,被告会社が被告Aら3名を雇用し,酒類卸売業務に従事させた行為が不法行為を構成するものであるということはできない。原告は,被告会社は,被告Aら3名が原告の大口顧客を奪ってくることを期待して,被告Aら3名を雇用した旨主張するものの,被告会社がかかる目的をもって被告Aら3名を雇用したものと認めるに足りる証拠はない。かえって,証拠(丙6,被告代表者の供述)によれば,被告会社は,被告ら4名から原告が有する営業秘密の提供を受けたこともないし,むしろ,原告を退職して独立起業を考えているものの,酒類販売の免許を有しない被告Aのために,被告Aら, , 3名を雇用し 独立起業の手助けをすることを考慮したものであるにすぎず社会通念上,自由競争の範囲を超えた違法な行為を企図して被告Aら3名を雇用したものとは認められない。 したがって,被告会社の行為に違法な点を認めることはできない。 また,被告会社の従業員である被告Aら3名が不法行為を行ったとは認められないことは上記のとおりであるから,被告会社の使用者責任が成立しないことは明らかである。また,被告Dは被告会社の関連会社であるFに就職したのであって,被告会社による指揮監督関係が被告Dに及んでいるとはいえないので,被告Dについて被告会社の使用者責任が成立しないことも明らかである。 【第2事件について】( ,, ) 6争点7 原告が被告Aの名誉を毀損し また プライバシー権を侵害したかについて( ) 証拠(乙3,4,7,24ないし28,30ないし32,原告代表者尋問1の結果)によれば,次の事実が認められる。 ア平成17年12月28日付けの「重要なお知らせとお願い」と題する文書(乙3。本件お知らせ通知)には,次の記載がある。 「・・・さて,最近弊社の業績が悪化しているという,事実無根の風評により,弊社の信用失墜を企て,自己の利益を確保すべく,不法に営業活動を行う者がおります。又,弊社の重要な顧客情報が不正な手段により持ち出された可能性が高いことも判明いたしました。弊社は,このような事態に早急に対応すべく,社内に緊急対策委員会を設置し,事実関係の解明に向けて調査をおこなっており,このような事態には民事・刑事での法的措置を講じる,強い姿勢で対処する所存でございます。まず,本日特定の人物に対して東京地方裁判所へ提訴しましたことを,あわせてご報告させていただきます ・・・」。 イ原告は,平成17年12月28日,本件第1事件を提起した。そして,,「 」() 同年12月末ころ 上記 重要なお知らせとお願い本件お知らせ通知を,原告の取引先約400件に郵送した。さらに,平成18年1月,被告Aの退職挨拶状(乙7)を同封して,原告の取引先約95社に本件お知らせ通知を郵送した。また,原告代表者は,平成18年2月ころ,上記二つの書類を持参して居酒屋「O」を訪問し,原告と取引を継続してくれるよう頼んだ。 ( ) 名誉毀損行為が認められるか。 2本件お知らせ通知は,原告において顧客情報が不正な手段により持ち出される事態が発生し,また,原告の営業状態が悪化しているという事実無根の風評が流布されているので,民事・刑事での特定の措置を講じるべく,特定の人物を東京地裁に提訴したという内容である。そして,本件お知らせ通知には,被告Aが平成17年10月末日で退職することを知らせる挨拶状が同封された。平成17年10月末日に被告Aが退職したことは,同年12月末ころには既に知れ渡った事柄であるにもかかわらず,かかる挨拶状が同封されていることからすると,これを受け取った者は,本件お知らせ通知の内容と,被告Aの挨拶状を関連づけて読むものというべきである。したがって,本件お知らせ通知を受け取った者は,同封された被告Aの挨拶状と併せ読むことによって,被告Aが,原告について虚偽の風評を流布し,また,原告の顧客情報を不正な手段により持ち出したということで,東京地裁に提訴されたと理解するものである。 したがって,本件お知らせ通知は,被告Aが上記のとおり違法行為を行ったことを指摘するものであるから,被告Aの名誉を毀損する。 ( ) 名誉毀損について違法性阻却事由が認められるか。 3他人の名誉を毀損する表現行為について,@当該表現行為が,公共の利害, , に関する事実にかかるものであり A専ら公益を図る目的に出たものでありB摘示された事実が真実であるか,あるいは,真実と信ずるにつき相当の理由がある場合には,名誉毀損について違法性が阻却される。以下,各要件を検討する。 ア公共の利害不正競争防止法における「不正競争」行為は,公正な取引秩序を害するものとして類型化された行為であり,さらに,所定の要件を満たす場合には,刑事罰の対象となる行為も含まれている。したがって 「不正競争」,行為が行われたことを指摘することは,公共の利害に関するものというべきである。 イ公益目的私人間の紛争が発生している状況下で,取引先に「不正競争」行為が行われたことを伝えるものであること,その表現態様が,行為者を匿名にした本件お知らせ通知に,退職者の挨拶状を同封するという思わせぶりなものであること,顧客情報流出事故が発生したことを取引先に知らせるというのであれば,本件お知らせ通知のように,行為者を匿名とすることでも目的を達することからすると,本件お知らせ通知の発送は,被告Aに対する弾劾が主な目的であるものと推認することができ,専ら公益を図る目的であったものということはできない。 ウ真実性又は真実と信じたことの相当の理由既に認定判断したとおり,本件お知らせ通知及び被告Aの退職挨拶状により指摘された事項が真実であるものと認めるに足りる証拠はない。そこで,次に,原告がこれを真実と信じたことについて相当の理由があるか否かを検討する。 まず,被告Aが営業秘密を持ち出したと信じた根拠として,持ち出しの現場を目撃したとのIの供述と,取引先を原告から被告会社に切り替える会社が続出したという事実があった。しかし,取引先の切替えは,長年勤務した営業担当の従業員が転職先で競業行為を開始すれば,営業秘密を使用しようとしまいと,生じ得る事柄である。そして,Iの供述も,既に述べたとおり,客観的な裏付けに乏しい単なる憶測であり,顧客データを持ち出したという重大事を認めるには到底足りないものである。 また,風評流布については,原告従業員がそのような風評が流布されて,, いることを複数の取引先から聴取していたものの 単なる伝聞供述であり原告の営業担当者が一度に3人退職したことは事実であるから,既に述べたとおり,かかる事実から原告の営業活動に支障が生じるとの推測や「原告が危ない」等の噂が広まることは十分にあり得るところである。したがって,原告従業員の伝聞供述によっては,被告ら4名が原告の営業危機の風評を流布したことを認めるには足りず,このような伝聞供述をもって,真実と信じたことについて相当な理由があったものとはいえない。 以上によれば,原告が,前記摘示事実を真実と信じたことについて,いずれも相当の理由があるとはいえない。 エ結論以上のとおり,原告が本件お知らせ通知に被告Aの退職挨拶状を同封して,原告の取引先約95社にこれを郵送等した行為については,専ら公益を図る目的であったものとも認められず,また,その摘示事実を真実と信じたことについて相当の理由があったとも認められないので,上記名誉毀損行為について違法性は阻却されない。 ( ) 正当業務行為であるとして違法性が阻却されるか。 4本件は,私人間の紛争に関連して,特定多数の関係者に対してなされた名誉毀損行為であるものの,原告が被告Aら3名が退職した後に,その取引先を一定数失っていった状況下でなされた行為であるので,原告の正当業務行為として,違法性を阻却するものであるか否かを検討する。 被告Aが,兄の仕事を手伝うとの説明に反して,退職後直ちに被告会社において競業行為を始め,現に少なからぬ顧客が原告との取引を解消ないし縮小して被告会社との取引に切り替えていったこと,原告従業員が原告の経営危機が流布されているとの話を複数の取引先から聞いたと報告していたこと,原告代表者の配偶者であるIが被告Aが顧客データを持ち出しているのを見たと述べていたことからすると,仮に,原告の本件の通知が「原告の営業危機が事実無根の風評にすぎず,また,原告の顧客情報流出が発生した可能性が高いため,この件について民事訴訟を提起したことを告知すること」だけであれば,原告の収集した証拠が最終的に裁判所による事実認定において採用されなかったものであるとしても,正当業務行為として許されることもあり得るというべきである。 しかし,本件においては,数か月前に作成された被告Aの退職挨拶状を同封することによって,提訴された者を特定可能にして,告知がなされているのである。そして,原告の有していた証拠は証明力の高いものではないのであって,かかる証拠のもと,被告Aの退職挨拶状を同封するという態様で告知を行ったことは,そもそも被告Aの個人名を記載した退職挨拶状を同封する必要までないこと,このような思わせぶりな表現方法を用いることによって被告Aへの弾劾,妨害を意図していることが窺えることに照らし,もはや正当業務行為として許されるものではないというべきである。 ( ) プライバシー侵害について5証拠(甲54)によれば,原告は,平成18年8月ころの数か月間にわたって,被告Aの素行調査を行わせ,同人が木曜日の午後に競艇場に通っていることが判明したことが認められる。原告は,長期間にわたって被告Aの行状を調査会社に調査させ,被告Aが平日の昼間に競艇場に出入りしているとの調査結果を得た上で,これを本件の証拠として提出したものである。 しかし,私人の私生活を,正当な理由なく監視・調査し,その調査結果を公開することは,原則として,当該私人に対する不法行為を構成するものというべきである。 被告Aが競艇場に出入りしているということは,個人の私生活上の事柄である。また,本件においては,営業秘密の不正取得・使用,雇用契約上の誠実義務違反ないし不法行為の成否が争点となっているのであるから,重要となるのは退職前後の状況であって,退職から1年以上が経過した時点において,長期間にわたって被告Aの行状を調査する正当な理由を認めることはできない。また,このことは,本件訴訟における甲54の立証趣旨が「被告Aは,その妻の陳述書(乙99)において,原告代表者が昼間パチンコへ行っ,,, ていたことを非難しているところ 被告A自身は 被告会社での就業時間中足しげく競艇に通い,ギャンブルに興じている事実を立証する 」というも。 ので,本件の請求原因事実ないし要証事実との関連性に乏しいことに加え,指摘された日は被告Aの休日であったということ(長期間の調査によって,当然,そのことも原告は知っていたのではないかと推測される )からして。 も,明らかである。 原告は,具体的な調査方法は,原告の関知しないところであると述べるものの,調査会社への報酬の支払額によって,どの程度の期間にわたり追跡調査がされているかは依頼者が当然に認識し得ることであり,本件では正当な理由がないにもかかわらず長期間にわたり私人の私生活を調査・監視したことの当否が問題となっているのであるから,具体的な調査方法を知らないからといって,かかる調査を依頼した責任を免れることはできない。 さらに,原告は,調査結果を本件の証拠として提出している。証拠として提出された以上,第三者が閲覧可能な状態におかれているし,被告A本人に,, 原告の依頼した調査会社が調査・監視を継続していることを知らしめ また訴訟当事者である部下あるいは雇主にも,報告書に記載された事項が知られるところとなったのであるから,原告は,この報告書を証拠として提出したことにより,被告Aの私生活上の事柄を,被告Aの意に反して第三者に告知・公開したものというべきである。 したがって,原告の上記行為は,被告Aのプライバシーを侵害するものである。 ( ) 慰謝料の額6ア原告は多数の取引先を名宛人として,被告Aの退職挨拶状を本件お知らせ通知に同封するという思わせぶりな態様で,被告Aの名誉を毀損する行為を行ったものである。ただし,本件お知らせ通知は,原告が被告Aら3名の退職後の競業行為により顧客を失いつつある中で郵送されたものであること,原告が本件お知らせ通知のみを多数の取引先に送付すること自体は正当業務行為となる余地があること,その他本件に表れた諸般の事情を考慮すれば,被告Aが原告の名誉毀損行為により受けた精神的損害の慰謝としては30万円と認めるのが相当である。 イ被告Aのプライバシー侵害については,公開された事項が誰しもが公開を望まないような事柄ではなく,私生活上の重大な秘密が暴露されたわけではないこと,一般人が自由に立ち入りすることができる場所での写真が撮影されたにとどまること,調査内容の公開は,事実上,訴訟関係者に限られること,その他本件に表れた諸般の事情を考慮し,10万円と認めるのが相当である なお プライバシー侵害がなされたのは 調査報告書 甲 。, ,(54)が証拠として提出され,被告Aがその内容を了知した時点である第3回口頭弁論期日(平成19年1月16日)であるから,遅延損害金の起算点は,平成19年1月16日である。 7結論よって,第1事件における原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し,第2事件における被告Aの請求は,金40万円及び内金30万円については名誉毀損行為の後の日であることが明らかな平成18年4月20日(第2事件訴状送達の日の翌日)から,内金10万円についてはプライバシー権侵害行為の日である平成19年1月16日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし,よって,主文のとおり判決する。 |