運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ27477損害賠償請求事件 平成18ワ7539損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
平成19ネ733損害賠償請求控訴事件 判例 不正競争防止法
平成17ワ4418損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
平成17ワ23171損害賠償等請求事件 判例 不正競争防止法
平成17ワ2682損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 周知表示混同惹起行為(2条1項1号) /  周知性 /  広く認識 /  需要者 /  信義則 /  類似性(類似) /  外観 /  観念 /  混同のおそれ(混同) /  表示の使用 /  誤認混同 /  差止請求(差止) /  弁護士費用 /  侵害 /  代理人 /  代表者 /  秘密管理(秘密管理性) /  秘密であると認識 /  秘密として管理 /  有用性 /  営業上の情報 /  非公知性 /  混同のおそれ(混同) /  営業秘密 /  2条1項4号 /  保有者 /  品質等誤認表示(誤認) /  虚偽の事実 /  損害賠償 /  損害額 /  相当な損害額 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 18年 (ワ) 14569号 不正競争行為差止請求事件
平成 18年 (ワ) 20189号 損害賠償請求事件
東京都杉並区<以下省略> 甲事件原告日本テンポラリーハウス株式会社
同所 乙事件原告テンポラリーハウスサービス株式会社
上記2名訴訟代理人弁護士石川一成
同訴訟復代理人弁護士中村悦朗 東京都世田谷区<以下省略> 甲事件被告ケ イズマネージメント株式会社東京都足立区<以下省略> 甲,乙事件被 告A東京都昭島市<以下省略> 甲事件被告B
上記3名訴訟代理人弁護士鈴木質
同 成田信生
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2007/10/30
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1甲事件原告の甲事件請求及び乙事件原告の乙事件請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,甲,乙事件を通じ,甲事件原告及び乙事件原告の負担とする。
事実及び理由
全容
2第1請求1甲事件請求(1)甲事件被告ケイズマネージメント株式会社(以下「被告会社」という。),甲,乙事件被告Aび甲事件被告B。以下被告会社,被告A及び被告Bを併せて「被告ら」ということがある。)は,その営業において,別紙1営業表示目録記載の営業表示(以下「被告表示」という。)を使用してはならない。
(2)被告らは,別紙2顧客情報目録記載の顧客情報(以下「本件情報」という。)を用いて,営業活動をしてはならない。
(3)被告会社及び被告Aは,甲事件原告に対し,各自金4801万5000円及びこれに対する平成18年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)被告らは,甲事件原告に対し,各自金275万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告会社につき平成18年7月21日,被告Aにつき同月20日,Bつき同月26日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2乙事件請求被告Aは,乙事件原告(以下甲事件原告と乙事件原告を併せて「原告ら」ということがある。)に対し,金2080万3000円及びこれに対する平成18年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要甲事件は,仮住まい物件の仲介を主たる業務とする会社である甲事件原告が,?@被告表示が甲事件原告の営業表示として周知の別紙3原告表示目録記載の営業表示(以下「原告表示」という。)に類似し,同じく仮住まい物件の仲介業を営む被告会社による被告表示の使用は,不正競争防止法2条1項1号所定の営業主体混同惹起行為に当たるとして,被告会社,被告会社の代表取締役であ3る被告A及び被告会社の取締役である被告Bに対し,同法3条1項に基づき,被告表示の使用差止めを求め,?A甲事件原告の従業員であった被告Bが,虚偽の退職理由による退職という不正の手段により甲事件原告の営業秘密である本件情報(顧客情報)を取得し,これを,被告Aと共謀の上で,被告会社の営業活動に使用したことは,不正競争防止法2条1項4号に当たるとして,被告らに対し,同法3条1項に基づき,本件情報の使用の差止めを求め,?B甲事件原告の100%子会社である乙事件原告の従業員兼取締役であった被告Aが,甲事件原告においてトップの営業成績を上げていた被告Bに退職を勧誘し,被告会社に引き抜く等したことは,被告Aが甲事件原告に対して負う取締役類似の忠実義務,あるいは,従業員類似の誠実義務に違反する行為に当たり,また,自由競争の範囲を逸脱する不法行為に当たるなどと主張して,被告会社及び被告Aに対し,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)266条1項5号,254条の3,民法709条,44条,719条等に基づき,被告Bの引き抜き行為等により甲事件原告が被った損害の賠償を求め,?C上記?Bに対して予備的に,上記?@及び?Aの不正競争行為について,被告会社及び被告Aに対し,不正競争防止法4条に基づき,上記不正競争行為により甲事件原告が被った損害の賠償を求め,?D被告B及び被告Aが,共謀の上,被告会社の本店事務所について,同物件の専任媒介業者を介することなく,所有者との間で直接に賃貸借契約を締結したことは,不法行為に当たるなどと主張して,被告らに対し,民法709条,719条,44条,715条に基づき,損害賠償を求める事案である。
乙事件は,乙事件原告が,甲事件原告の100%子会社である乙事件原告の従業員兼取締役であった被告Aが,甲事件原告においてトップの営業成績を上げていた被告Bに退職を勧誘し,被告会社に引き抜いたことは,被告Aが乙事件原告に対して負う取締役としての忠実義務,あるいは,従業員としての誠実義務に違反する行為に当たり,また,自由競争の範囲を逸脱する不法行為に当4たるなどと主張して,被告Aに対し,旧商法266条1項5号,254条の3,民法709条,44条,719条等に基づき,被告Bの引き抜き行為等により乙事件原告が被った損害の賠償を求める事案である。
なお,甲事件における損害賠償請求の附帯請求は,上記?B及び?Cにつき,不法行為の日である平成18年1月20日(被告Bが甲事件原告を退職した日)から支払済みまで,上記?Dにつき,訴状送達の日の翌日から支払済みまで,それぞれ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求であり,乙事件請求の附帯請求は,不法行為の日である平成18年1月20日(被告Bが甲事件原告を退職した日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求である。
1争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)(1)当事者ア甲事件原告は,不動産の売買,仲介,賃貸及び管理業務等を業とする株式会社である。
乙事件原告は,不動産の所有,売買,賃貸及びそれらの仲介,並びに管理等を業とする株式会社である。
甲事件原告は,乙事件原告の株式を100%保有しており,甲事件原告と乙事件原告とは,親会社,子会社の関係にある。
(甲16,41,弁論の全趣旨)イ被告会社は,宅地建物取引業等を業とする株式会社である。
被告Aは,乙事件原告の従業員兼取締役であった者であり,現在は被告会社の代表取締役である。
被告Bは,甲事件原告の従業員であった者であり,現在は被告会社の取締役である。
(甲13,弁論の全趣旨)ウ甲事件原告及び被告会社は,いずれも,仮住まい物件の仲介(持ち家を5新築,改築する者に対し,建築期間中の仮住まい物件を仲介すること)を主な業務とする会社である。
乙事件原告は,甲事件原告の仮住まい物件の仲介業に関連し,その仮住まい物件を探したり,入退去,入居期間中の賃料の回収等の管理をしたりすることを主な業務とする会社である。
(甲41,弁論の全趣旨)(2)被告Aによる乙事件原告の取締役の辞任等被告Aは,平成13年10月,乙事件原告に入社し,平成16年7月28日,同社の取締役に就任した。
被告Aは,平成17年10月27日,乙事件原告に対し,同社の取締役の辞任及び退職を申し出て,同年11月30日をもって取締役を辞任し,同年12月20日には乙事件原告を退職した。
なお,乙事件原告は,平成18年1月25日,被告Aの平成17年11月30日付け取締役辞任登記を了した。
(甲16,33,34,甲35の1・2,甲44,乙12,15)(3)被告Aによる被告会社の設立等被告Aは,平成17年12月14日,被告会社を設立し,その代表取締役に就任した。
被告会社の本店は,当初,東京都足立区<以下省略>(被告Aの肩書所在地)であったものの,平成18年2月1日,東京都世田谷区<以下省略>(被告会社の肩書所在地)に移転した。
被告会社は,仮住まい物件の仲介業を営むにつき,その営業表示として,被告表示を使用している。
(甲13,弁論の全趣旨)(4)被告Bによる甲事件原告の退職等被告Bは,平成2年12月ころ甲事件原告に入社し,営業等の業務に従事6し,近時においては,甲事件原告におけるトップの営業成績を上げていた。
被告Bは,平成18年1月20日,甲事件原告を退職した後,同年2月1日に被告会社に入社し,さらに,同月10日,被告会社の取締役に就任した。
2争点(1)被告会社による被告表示の使用が,不正競争防止法2条1項1号の営業主体混同惹起行為に当たるか否か(争点1)(2)被告らに不正競争防止法2条1項4号に当たる行為が認められるか否か(争点2)(3)乙事件原告の被告Aに対する,被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無(争点3)(4)甲事件原告の被告会社及び被告Aに対する,被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無(争点4)(5)甲事件原告の被告会社及び被告Aに対する,上記(1)及び(2)の不正競争行為による損害賠償請求権の有無(争点5)(6)甲事件原告の被告らに対する,専任媒介業者を介さずに被告会社の事務所を賃借したことによる不法行為に基づく損害賠償請求権の有無(争点6)3争点に対する当事者の主張(1)争点1(被告会社による被告表示の使用が,不正競争防止法2条1項1号の営業主体混同惹起行為に当たるか否か)について〔甲事件原告の主張〕ア甲事件原告による原告表示の使用甲事件原告は,仮住まいの仲介事業を開始した当時から,自己の営業を示す表示として,原告表示を使用してきた。
イ原告表示の周知性甲事件原告は,ハウスメーカーの担当者,家主や仮住まい物件を求めている顧客らに対して,「仮住まい情報センター」という原告表示を用いた7下敷き(甲22。約5000部作成),ちらし(甲23ないし26。約3万部作成),パンフレットを配布するなどの営業活動をし,原告表示を用いて新聞広告を出したこともある。
上記営業活動等により,原告表示は,甲事件原告の営業表示として,需要者たる一般消費者に広く認識されている。
ウ原告表示と被告表示の類似性原告表示の要部は「仮住まい情報センター」の部分であり,被告表示の要部も「仮住まい情報センター」の部分である。両者の要部を比較すると,その外観,称呼,観念において,全く同一であるといえる。
したがって,原告表示と被告表示とは類似する。
エ甲事件原告の営業と被告会社の営業との混同のおそれ甲事件原告と被告会社は,共に,仮住まい物件の仲介を主たる業務としており,両者の業務内容が競合すること,甲事件原告と被告会社は,いずれも,東京都区内に本店を有し,主たる営業対象が東京都内の需要者であること等に照らすと,被告会社が被告表示を使用することにより,被告会社が甲事件原告と同一か,あるいは,関連のある会社であると誤認混同されるおそれがある。
オよって,甲事件原告は,被告らに対し,不正競争防止法3条1項,2条1項1号に基づき,被告表示の使用差止めを求める。
〔被告らの主張〕ア被告会社が,被告表示を自己の営業表示として使用していること,甲事件原告と被告会社が,共に,仮住まい物件の仲介を主たる業務とする会社であり,東京都区内に本店を有し,主たる営業対象が東京都内の需要者であることは認め,その余の甲事件原告の主張は否認ないし争う。
イ甲事件原告が原告表示を自己の営業表示として使用していないこと甲事件原告は,原告表示を自己の営業表示として使用していない。甲事8件原告は,過去において,原告表示を使用していたことがあったとしても,少なくともここ数年の間は原告表示を自己の営業表示として使用しておらず,「テンポラリーハウス」を営業表示として用いている(乙3の1・2)。
甲事件原告が提出する証拠(甲22ないし26,30,甲31の1・2)は,平成7年ころのものであり,甲事件原告が原告表示を自己の営業表示として使用してきた証拠としては不十分である。
ウ原告表示が周知性を有しないこと原告表示は,甲事件原告の営業表示としての周知性を有しない。
もともと,原告表示は,「仮住まい」,「情報」,「センター」の文字の組み合わせにより成る。この「仮住まい」,「情報」,「センター」という用語はいずれも一般用語であって識別性を有しないものである。したがって,これらを文字列として組み合わせたにすぎない原告表示も特段の識別性を有せず,また,甲事件原告の営業表示としての周知性もない。
(2)争点2(被告らに不正競争防止法2条1項4号に当たる行為が認められるか否か)について〔甲事件原告の主張〕ア被告らによる本件情報の不正取得被告Bは,本件情報を,後記のとおり,虚偽の理由での退職という不正な手段により取得した。
イ本件情報が営業秘密に当たること(ア)秘密管理性甲事件原告の営業活動の中で各従業員が取得した各ハウスメーカーの事業所,営業所,所属営業部員の氏名,役職,携帯電話番号,メールアドレス等の情報は,甲事件原告の従業員が,営業活動を行う中で,ハウスメーカーの営業担当者等との名刺交換により取得した情報であって,9他の手段で取得することができない情報である。
したがって,甲事件原告は,ハウスメーカーの営業担当者から取得した名刺の保管について,従業員に対し,情報の取扱い方法を就業規則に規定しているほか,コピーの禁止,社外持ち出しの禁止を徹底指導し,他の文書とは別に各従業員が名刺ホルダーに入れて机内で厳重に管理するものとしていた。
(イ)有用性仮住まい物件の仲介という業務の主要かつ最大の取引先は,ハウスメーカーである。したがって,本件情報は,甲事件原告の営業にとって,極めて高い有用性を有する。
(ウ)非公知性各ハウスメーカーの事業所,営業所の所在地,電話番号は,各社のホームページに掲載されており,これらを通じてその情報を入手することは簡単にできる。しかしながら,各社の部門,部署に配属されている営業部員,課員の氏名や携帯電話番号等の情報は,個人情報保護法の観点から,各社のホームページや企業概要パンフレットなどからは知ることのできない情報であり,これらの情報は,訪問か電話での問い合わせ以外には知り得ない情報である。また,訪問や電話での問い合わせでは,営業担当者個々の氏名程度は知り得るかもしれないが,本件情報のように,複数の者の氏名,役職,携帯電話番号等を知ることはできない。
したがって,甲事件原告の従業員が,ハウスメーカーの営業担当者との名刺交換により取得した上記情報は,一般に公然と知られていないものである。また,甲事件原告の社内においても,取得した名刺を厳重管理している各従業員以外には,知られていない情報である。
ウ被告らによる本件情報の使用被告会社の代表者である被告A及び被告Bは,共謀の上,被告Bが甲事10件原告を退職した直後から,甲事件原告の取引先である各ハウスメーカーの営業担当者に宛てて,被告Bが甲事件原告から「新会社仮住まい情報センター」へ移籍した旨のあいさつ状を送付し,被告会社への顧客の紹介を依頼し,甲事件原告の顧客を不正に奪おうとした。
上記あいさつ状が,各ハウスメーカーの多数の営業担当者に対し送付されていることから,被告Bが名刺をコピーすること等により本件情報を不正に取得した上で,これをあいさつ状の発送に使用したことは明らかである。
エよって,甲事件原告は,被告らに対し,不正競争防止法3条1項,2条1項4号に基づき,本件情報の使用の差止めを求める。
〔被告らの主張〕ア甲事件原告の主張は否認ないし争う。
イ被告Bは,虚偽の理由で退職したことはなく,また,本件情報を不正な手段により取得したなどということはない。
ウ本件情報が甲事件原告にとって重要な営業情報であり,有用性を備えることは否定しない。しかしながら,本件情報は,秘密管理性及び非公知性を欠くから,不正競争防止法2条1項4号営業秘密には当たらない。
(ア)秘密管理性について甲事件原告が,ハウスメーカーの営業担当者から取得した名刺の保管について,従業員に対し,コピーの禁止,社外持ち出しの禁止を徹底指導していたことはないし,他の文書とは別に名刺ホルダーに入れて机内で厳重に管理するものとしていたこともない。
甲事件原告は,別紙2顧客情報目録のような一覧表を作成していたことはないし,コンピューター等にデータを入力して集計管理することもなかった。
従業員がハウスメーカーの営業担当者等から入手した名刺は,当該従11業員個人が所持し,ファイルに入れるなどして管理していたにすぎない。
被告Bは,甲事件原告から,上記名刺を提示せよとか,そのコピーを提出するようにとか求められたことはなく,また,退職時に甲事件原告から回収されるようなこともなかった。
(イ)非公知性についてハウスメーカー各社の事業所,営業所,モデルハウス展示場等は,そのハウスメーカーの営業に資するように,その所在等が各社において広告,宣伝されている。また,各事業所等の担当者の名前や役職も,広告,宣伝されていたり,あるいは,そうでなかったとしても,ハウスメーカー各社が営業に資するように,周知したい情報であるといえ,少なくとも,取引相手となる可能性のある者には開示される情報である。さらに,ハウスメーカーの営業担当者の携帯電話番号やメールアドレスについても,名刺にこれらの情報を記載しているものについては,容易に知り得る事項であり,仮に,名刺にこれらの記載がないとしても,ハウスメーカーが営業に資するように開示する情報であって,営業活動により入手し得る情報である。
実際,営業担当者は,ハウスメーカー各社の営業所やモデルハウス展示場等を訪れ,あるいは,電話等での問い合わせなどを積み重ねることにより,これらの情報を得ることができる。
すなわち,本件情報は,公知であるか,取引相手であれば誰でも入手することができるものであり,その多くは,配転,転勤等により短時間に変遷が予定されているものにすぎない。
エ被告Bは,名刺をコピーする等により本件情報を不正に取得したことはない。
(3)争点3(乙事件原告の被告Aに対する,被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無)について12〔乙事件原告の主張〕ア被告Aによる被告Bの引き抜き行為等及びその態様(ア)被告Aは,乙事件原告に対し,平成17年10月27日,「滋賀県内にある被告Aの実家所有の不動産管理の仕事を行うため」という理由で,取締役の辞任及び退職を申し出た。
乙事件原告は,被告Aの上記申出を了承し,被告Aは,同年11月30日付けで乙事件原告の取締役を辞任し,同年12月20日には,乙事件原告を退職した。
(イ)被告Bは,甲事件原告に対し,平成18年1月5日,「同級生が行う不動産売買仲介の仕事の営業を手伝うため」という理由で,退職を申し出た。
甲事件原告は,被告Bの上記申出を了承し,被告Bは,同月20日付けで,甲事件原告を退職した。
(ウ)その後,甲事件原告の調査等により,被告会社の設立が被告Aの取締役辞任の直後であり,かつ,乙事件原告を退職する前である平成17年12月14日であったこと,被告会社の宅地建物取引業者の免許申請が被告Aの退職日の翌日である同月21日であったこと,被告会社の本店が東京都足立区内から東京都世田谷区内に移転していたこと,被告Bが甲事件原告を退職して間もなく被告会社に入社したこと,被告Bが平成18年2月10日には被告会社の取締役に就任していたこと,被告Aは,平成17年9月ころから,被告Bに,被告会社の事務所として使用する物件を探させていたこと,被告Bは,甲事件原告の「元社員」であるなどと虚偽の事実を告げて,物件の所有者と接触していたこと,などが判明した。
(エ)そして,被告会社は,遅くとも平成18年2月初旬ころ以降,被告Bに,甲事件原告の取引先に対してあいさつ状を送付させる等して,仮13住まい物件の仲介に関する営業を開始した。
(オ)上記事実に照らせば,被告Aが,退職後の競業を意図して,乙事件原告の取締役在任中から,被告会社の設立を準備し,被告Bをその事業に不可欠な人材として,その取締役の地位を約束した上で,甲事件原告を退職するよう勧誘し,被告Bが上記勧誘を受けて,甲事件原告を退職したこと(以下「本件引き抜き行為」という。)は明らかである。
被告A自身,被告Bが被告会社に入社しなければ,仮住まい物件の仲介業は行っていなかった旨認めている。
イ被告Aの取締役としての忠実義務違反について(ア)取締役が,在任中に会社の従業員に対し,自己が計画中の新事業への参加と退職を勧誘することは,会社の利益を犠牲にして自己の利益を図ることであって,会社の業種,引き抜いた従業員の地位,職種,技能,人数等を問わず,忠実義務に違反する行為である(旧商法254条の2,同条の3,民法644条参照)。そして,従業員がこの勧誘行為により退職すれば,当該取締役は,旧商法266条1項5号により,会社に対して損害賠償責任を負う。
(イ)被告Aは,本件引き抜き行為当時,甲事件原告の100%子会社である乙事件原告の取締役であった。
そして,被告Bは,甲事件原告の従業員であったものの,乙事件原告に,年間1890万円以上の利益をもたらしていた(甲19)。
したがって,本件引き抜き行為は,乙事件原告の取締役としての忠実義務に違反する行為であり,被告Aは,旧商法266条1項5号,254条の3に基づき,乙事件原告が被告Bの退職により被った損害を賠償する責任を負う。
ウ被告Aの雇用契約上の誠実義務違反について(ア)会社の従業員は,会社に対し,雇用契約上の誠実義務を負う。
14会社の従業員が他の従業員を引き抜く行為は,当該引き抜きが転職の勧誘の枠を超えて社会的相当性を逸脱したものであると認められる場合には,雇用契約上の誠実義務に違反する行為であるといえ,当該引き抜き行為を行った従業員は,会社に対し,債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
このことは,100%子会社の従業員が,在職中に親会社の従業員を引き抜いた場合にも当てはまるものというべきである。
そして,違法な引き抜き行為であるか否かは,転職する従業員のその会社における地位,待遇,転職した従業員の人数,従業員の転職が会社に及ぼす影響,転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無,秘密性,計画性)等諸般の事情を総合考慮して判断するべきである。
(イ)被告Bは,甲事件原告を退職した当時,トップの営業成績を上げていたのであって,甲事件原告の主たる業務である仮住まいの仲介事業において重要な地位を占めていた。したがって,被告Bが退職すれば,甲事件原告,ひいては乙事件原告の仮住まいの仲介事業に重大な支障を来すことが明らかであった。被告Aは,乙事件原告の従業員兼取締役であったから,上記事情を知り得る立場にあり,被告Bへの影響力も大きかった。
これらの事情に照らすと,本件引き抜き行為は,社会的相当性を逸脱した違法なものであるといえる。
(ウ)よって,被告Aは,乙事件原告に対し,従業員としての雇用契約上の誠実義務違反の債務不履行ないし不法行為に基づき,乙事件原告が被った損害を賠償する責任を負う。
エ自由競争を逸脱する不法行為について(ア)被告らが,甲事件原告及び乙事件原告と競合する会社を設立し,営業活動を行うことは自由であるとしても,甲事件原告や乙事件原告の営15業活動を違法に侵害しない限りにおいて自由であるにすぎないから,被告Aが被告会社を設立するに当たっては,甲事件原告及び乙事件原告に必要以上の損害を与えないように,退職の時期を考える,退職より相当前にその旨予告する,従業員の引き抜きをしない,得意先を必要以上に奪わない,などの配慮をすることが必要である。
(イ)ところが,被告Aは,乙事件原告の取締役の地位にありながら,在職当時から,競合する被告会社の設立を企図し,虚偽の退職理由を告げて突然に乙事件原告を退職した上,在職中に被告会社を設立し,在職中から甲事件原告においてトップの営業成績を上げていた従業員である被告Bを勧誘して引き抜き,被告Bに,「仮住まい情報センター」の名称を用いた上,甲事件原告の営業秘密情報を利用して原告らの得意先に通知を出させ,その顧客を奪おうとした。被告Aの上記行為は著しく信義を欠くものというべきであり,自由競争として許される範囲を逸脱した違法なものといえる。
(ウ)よって,被告Aは,不法行為に基づき,乙事件原告に対し,本件引き抜き行為による損害を賠償する責任を負う。
損害額乙事件原告は,本件引き抜き行為により,次のとおり合計2080万3000円の損害を被った。
(ア)本件引き抜き行為がなければ,被告Bは,当分の間,甲事件原告を退職することはなかった。
被告Bは,甲事件原告に在職中,年間1890万3000円の利益を乙事件原告にもたらしていたから,本件引き抜き行為により,乙事件原告は同額の損害を被った。
(イ)乙事件原告は,乙事件原告訴訟代理人に対し,本件の訴訟遂行を委任し,その弁護士費用として,190万円の支払を約した。
16〔被告Aの主張〕ア被告Aが,乙事件原告に対し,平成17年10月27日,取締役の辞任及び退職を申し出たこと,退職理由を乙事件原告の主張のとおりのものとしたこと,乙事件原告が被告Aの上記申出を了承したこと,被告Aが同年12月20日乙事件原告を退職したこと,被告Bが,甲事件原告に対し,平成18年1月5日,退職を申し出たこと,退職理由を乙事件原告主張のとおりのものとしたこと,甲事件原告が被告Bの上記申出を了承し,被告Bが同月20日甲事件原告を退職したこと,被告会社の設立が平成17年12月14日であること,被告会社の本店が東京都足立区内から東京都世田谷区内に移転したこと,被告Bが甲事件原告を退職後間もなく被告会社に入社したこと,被告Bが平成18年2月10日被告会社の取締役に就任したこと,被告Bがハウスメーカー等にあいさつ状を送付したこと,被告Aが乙事件原告在職中から被告会社の設立を準備したことは認め,その余の乙事件原告の主張は否認ないし争う。
イ乙事件原告の主張に係る被告Aの退職理由は,表向きのものにすぎない。
すなわち,被告Aが乙事件原告を退職し,被告会社を設立した理由は,甲事件原告及び乙事件原告の社長であるC社長及び被告Aの部下であったC社長の息子の意見と被告Aの意見とが合わないことがままあり,被告Aが,乙事件原告の経営体制が不合理なものとなったと感じるようになったことに加え,被告Aの実家所有の不動産の管理,処分の必要性が生じたためである。そして,被告Aの退職理由が上記のとおりであることについては,C社長も認識しており,その上で,両者で図って表向きの理由を家庭の事情とすることにしたものである。
ウ乙事件原告の主張に係る被告Bの退職理由は,表向きのものにすぎない。
すなわち,被告Bは,甲事件原告の営業方針や会社内部の風潮等に疑問を抱くようになり,平成17年夏ころから,甲事件原告を退職することを考17えるようになっていたものの,上記理由では不穏当であると考え,友人の不動産売買の仲介業の営業をすることを理由にしたものである。
エ被告Aは,乙事件原告に入社する前,広告企画の営業等を「ケイズプランニング」という屋号で営んでいた。被告Aは,乙事件原告を退職することになり,広告企画の営業を実家所有の土地開発,住宅分譲事業ともども行うために被告会社を設立した。
被告会社の設立登記は平成17年12月14日に了しており,被告Aは,それ以前に被告会社の設立準備行為を行っているものの,乙事件原告における勤務時間外に行っており,また,退職を申し出た後のことであるから,何ら違法性はない。
オ被告Aは,被告Bに対し,甲事件原告からの退職を勧誘したことはなく,本件引き抜き行為を行っていない。
被告Bは,甲事件原告に退職を申し出た後,被告Aにその旨を伝え,両者の間で,被告Bが甲事件原告を退職した後,被告会社に入社すること,被告会社において,仮住まい物件の仲介を行うことを決めた。しかしながら,被告Bは,被告Aの引き抜きにあったのではなく,被告Bが自ら被告会社に入社することを希望したまでのことである。また,被告Bが被告会社に入社することになったので,被告会社において仮住まい物件の仲介業を行うようになったことは否定しないが,これは自由競争の範囲内の行為である。
カ被告Aが,被告Bに対し,平成17年9月ころから,被告会社の事務所に使用する物件を探させたことはない。
(4)争点4(甲事件原告の被告会社及び被告Aに対する,被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無)について〔甲事件原告の主張〕ア被告Aの甲事件原告に対する忠実義務違反について18(ア)乙事件原告は,甲事件原告の100%子会社であり,仮住まい物件の仲介を業とする甲事件原告の事業に関連して,賃貸物件を探したり,賃料を回収したりする等の業務を行う会社である。甲事件原告と乙事件原告とは,資本関係が同一であるだけでなく,代表取締役を含む取締役,監査役等の役員をすべて同一にし,取締役会も合同で行っており,実質的には同一の会社と見ることのできる関係にある。
上記関係からすれば,子会社である乙事件原告の取締役であった被告Aは,親会社である甲事件原告の利益を害さないよう忠実に職務を遂行する信義則上の義務を当然に負っていたといえる。
(イ)旧商法254条の2ないし254条の3の趣旨は,取締役が会社の利益を犠牲にして,自己の利益を図るのを防止することにある。そうであれば,100%子会社には親会社以外の株主はおらず,親会社と子会社は,実質的には同一の会社と見ることができるのであるから,100%子会社の取締役は親会社に対しても,親会社の取締役類似の責任を負うというべきであり,旧商法254条3の「会社」には,実質的には同一の会社と見ることができる関係にある親会社も含まれると解すべきである。被告Aは,同条の類推適用により,甲事件原告に対しても忠実義務を負う。
(ウ)したがって,本件引き抜き行為は,甲事件原告に対する関係でも,取締役類似の忠実義務に違反する行為であり,被告Aは,旧商法266条1項5号,254条の3に基づき,甲事件原告が被告Bの退職により被った損害を賠償する責任を負う。
イ被告Aの甲事件原告に対する誠実義務違反について(ア)被告Aは,甲事件原告の100%子会社である乙事件原告の従業員兼取締役であり,甲事件原告に対しても,従業員類似の誠実義務を負う。
(イ)したがって,本件引き抜き行為は,甲事件原告に対する関係でも,19従業員としての雇用契約上の義務類似の誠実義務に違反する行為であり,被告Aは,不法行為に基づき,甲事件原告が被った損害を賠償する責任を負う。
ウ自由競争を逸脱する不法行為について上記(3)エで述べたところと同様に,被告会社及び被告Aは,不法行為に基づき,甲事件原告に対し,本件引き抜き行為による損害を賠償する責任を負う。
損害額甲事件原告は,本件引き抜き行為により,次のとおり合計4801万5000円の損害を被った。
(ア)本件引き抜き行為がなければ,被告Bは,当分の間,甲事件原告を退職することはなかった。
被告Bは,甲事件原告に在職中,年間4371万5000円の利益を甲事件原告に対し上げていたから,本件引き抜き行為により,甲事件原告は同額の損害を被った。
(イ)甲事件原告は,甲事件原告訴訟代理人に対し,本件の訴訟遂行を委任し,その弁護士費用として,430万円の支払を約した。
〔被告会社及び被告Aの主張〕甲事件原告の主張は,否認ないし争う。
(5)争点5(甲事件原告の被告会社及び被告Aに対する,上記(1)及び(2)の不正競争行為による損害賠償請求権の有無)について〔甲事件原告の主張〕仮に,上記(4)の損害賠償請求が認められないとしても,被告会社及び被告Aには,上記(1)及び(2)の不正競争行為が認められる。
よって,甲事件原告は,被告会社及び被告Aに対し,予備的に,不正競争防止法4条に基づき,上記不正競争行為により被った損害の賠償を請求する。
20そして,甲事件原告が被った損害額の立証は,その性質上極めて困難であるため,民事訴訟法248条に基づき,相当な損害額として,被告Bの年間利益の相当額である4371万5000円と弁護士費用430万円の合計4801万5000円の支払を求める。
〔被告会社及び被告Aの主張〕甲事件原告の主張は否認ないし争う。
(6)争点6(甲事件原告の被告らに対する,専任媒介業者を介さずに被告会社の事務所を賃借したことによる不法行為に基づく損害賠償請求権の有無)について〔甲事件原告の主張〕ア被告B及び被告Aによる「中抜き行為」被告Bは,被告Aと共謀し,株式会社キャリスタ(以下「キャリスタ」という。)の賃貸専任物件(東京都世田谷区<中略>事務所。以下「本件物件」という。)について,平成17年9月から同年11月ころにかけて,甲事件原告の社員である旨を名乗った上でキャリスタから本件物件の図面等を取り寄せ,同年12月ころには,本件物件の所有者である有限会社タカミエンタプライズ(以下「タカミ」という。)の代表者に対し,「日本テンポラリーハウス株式会社チーフアドバイザー」との肩書きの名刺をいったん見せた上で,「甲事件原告に勤務していたが,退職し,新事業のために事務所を探している」などと虚偽の事実を告げて,タカミと被告会社との間に本件物件の賃貸借契約を締結させた。
イ上記行為の違法性不動産会社の従業員であり,宅地建物取引主任者でもある被告Bは,他に専任媒介業者が存在するときには,その業者を介して不動産の所有者と賃貸借契約を締結すべき注意義務を商慣習上負っていた。それにもかかわらず,被告Bは,被告Aと共謀の上,上記注意義務に違反して,専任媒介21業者であるキャリスタを介することなく,タカミと被告会社との間に本件物件の賃貸借契約を締結させており(いわゆる「中抜き行為」),被告B及び被告Aの行為は,不法行為に当たる。
ウ被告会社の使用者責任上記不法行為は,被告会社の社員である被告Bが,被告会社の事業の執行につき行ったことが明らかであるから,被告会社は被告Bの使用者として,被告B及び被告Aと連帯して損害賠償責任を負う。
エ損害甲事件原告は,被告B及び被告Aによる上記不法行為により,次のとおり合計275万円の損害を被った。
(ア)甲事件原告は,本件物件の専任媒介業者であるキャリスタに対し,本件物件の仲介手数料相当額等として50万円を支払った。
(イ)甲事件原告は,被告B及び被告Aによる上記中抜き行為により,信用を著しく傷つけられ,今後の経営上回復し難い重大な損害を被った。
上記信用毀損により甲事件原告に生じた損害は,200万円を下らない。
(ウ)甲事件原告は,甲事件原告訴訟代理人に対して,本件訴訟の遂行を委任し,弁護士費用として25万円の支払を約した。
〔被告らの主張〕ア被告会社がタカミとの間で,本件物件の賃貸借契約を締結し,本件物件を本店事務所として使用していることは認め,本件物件がキャリスタの専任媒介物件であったとの点は知らない。その余の甲事件原告の主張は否認ないし争う。
イ被告Aは,不動産仲介業者ユウキホームから,自由が丘駅周辺の他の物件の案内を受けていた際,本件物件の所在するビルの前を通り,「借主募集中」の広告を見て,本件物件の存在を知った。
22後日,被告Aは,本件物件の所有者と直接に交渉し,本件物件の図面を入手した。そして,被告Aは,被告会社の代表者として,平成17年12月上旬ころ,タカミとの間で,本件物件の賃貸借契約を締結したものである。
ウ被告Bが,甲事件原告の主張に係る行為を行ったことはない。被告Bは,本件物件の賃貸借契約の締結より前に,本件物件の所有者に会ったことすらなく,名刺を渡したこともない。
第3当裁判所の判断1争点1(被告会社による被告表示の使用が,不正競争防止法2条1項1号の営業主体混同惹起行為に当たるか否か)について(1)甲事件原告は,原告表示が甲事件原告の営業表示として周知であり,被告会社が原告表示と類似する被告表示を,その営業に使用する行為は,不正競争防止法2条1項1号に該当する旨主張する。
これに対し,被告らは,甲事件原告が自己の営業表示として原告表示を使用していることを否認し,さらに,原告表示が甲事件原告の営業表示として周知であることを争っている。
(2)甲事件原告代表者の陳述書(甲20)中には,甲事件原告が仮住まい物件の仲介業を開始した当時から,原告表示をちらし,顧客紹介用紙,下敷き,新聞広告等で使用しており,原告表示は,甲事件原告の営業表示として周知性を有する旨の記載があるものの,その使用期間,使用頻度,使用態様等については具体的な記述を欠いているため,上記記載から,原告表示が甲事件原告の営業表示として周知性を有するものと認めることはできない。なお,甲事件原告は,下敷き(甲22)を約5000部,ちらし(甲23ないし26)を約3万部作成した旨主張するが,これらの作成部数を裏付ける証拠は何ら存しない。甲事件原告の創業者であるDの陳述書(甲43)中にも,甲事件原告が,原告表示を18年間以上にわたり使用し続けてきたことにより,23原告表示は甲事件原告の営業表示として周知である旨の記載があるが,上記陳述書(甲20)と同様,原告表示の使用期間,使用頻度,使用態様等についての具体的記述を欠いているため,上記記載から,原告表示が甲事件原告の営業表示として周知性を有するものと認めることはできない。
また,証拠(甲15の1ないし3,甲22ないし26,甲30,甲31の1・2,甲32)によれば,甲事件原告が,?@ちらし(甲15の1ないし3,甲23ないし25),下敷き(甲22),ガイドブック(甲26)中で原告表示を使用したことがあること(なお,上記各証拠の記載内容からその作成,配布時期は明らかではないものの,甲事件原告の証拠説明によれば,甲第22号証ないし26号証は平成10年ころに作成されたものであるとされている。),?A平成7年6月(甲31の1・2),10月(甲30)及び平成11年7月(甲32)に新聞広告中で原告表示を使用したことがあること,が認められる。しかしながら,これらの事実のみでは,甲事件原告による原告表示の使用期間,使用頻度,使用態様等を具体的に認定することはできない。
かえって,証拠(乙1,2,乙3の1・2)によれば,甲事件原告は,平成19年1月ころ,自らの広告を掲載あるいは掲示した新聞広告や看板等において,原告表示を全く使用していなかったことが認められるのであり,同事実に照らすと,甲事件原告が原告表示を自己の営業表示として,現在まで継続的に使用してきたものであるか疑わしいと言わざるを得ない。
結局,本件においては,甲事件原告による原告表示の使用期間,使用頻度,使用態様等を認定するに足りる証拠は存せず,原告表示が甲事件原告の営業表示として周知であると認めることはできない。
(3)よって,その余の点について判断するまでもなく,被告会社による被告表示の使用が不正競争防止法2条1項1号に該当する旨の甲事件原告の主張は理由がない。
2争点2(被告らに不正競争防止法2条1項4号に当たる行為が認められるか24否か)(1)甲事件原告は,被告Bが不正の手段により甲事件原告の営業秘密である本件情報(12社のハウスメーカーについての,その所属の営業担当者の氏名,所属部署,連絡先等の情報)を取得し,これを被告B及び被告Aが共謀の上,被告会社の営業活動に使用したものであり,被告らの上記行為は,不正競争防止法2条1項4号に該当する旨主張する。
(2)不正競争防止法において,「営業秘密」とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法,その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう(同法2条6項)。
したがって,本件情報が,不正競争防止法2条1項4号の「営業秘密」として保護されるためには,?@秘密管理性,?A有用性,?B非公知性の各要件を充たす必要がある。
本件において,被告らは,本件情報が有用性を有するものであることについては,特に争っていないので,秘密管理性及び非公知性について検討する。
(3)秘密管理性についてア秘密管理性が認められるためには,その情報を客観的に秘密として管理していると認識することができる状態にあることが必要であり,具体的には,当該情報にアクセスすることができる者が制限され,アクセスした者が秘密であると認識することができることが必要である。
イ甲事件原告は,本件情報の情報源がハウスメーカーの営業担当者から取得した名刺であることを前提に,甲事件原告においては,従業員に対し,上記名刺の保管について,情報の取扱い方法を就業規則に規定するほか,コピーの禁止,社外持ち出しの禁止を徹底指導し,他の文書とは別に各従業員が名刺ホルダーに入れて机内で厳重に管理するものとしていた旨主張し,甲事件原告代表者の陳述書(甲18,20)にも,その旨の記載がある。しかしながら,上記陳述書中には,上記各名刺の保管方法の指導を徹25底していた旨の記載があるのみで,従業員に対し行われていた指導内容や方法等については何ら具体的な記載がないこと,甲事件原告において上記管理を行っていたことを裏付ける客観的証拠が何ら存しないこと,被告A及び被告Bが,その陳述書(乙12,13)において,甲事件原告による名刺の管理を否定していることに照らすと,甲事件原告代表者の陳述書(甲18,20)中の上記記載を直ちに信用することはできず,他に,甲事件原告による上記名刺の管理の事実を認めるに足りる証拠は存しない。
なお,上記陳述書(甲18)中には,甲事件原告の就業規則(甲17)の,29条(3),(4)及び30条3項において,情報及び書類の取扱い方法を義務付けている旨の記載がある。しかしながら,これらの規定は,「社員は,次の事項を守らなければなりません。(中略)(3)自己の職務に関する書類,帳簿,機械,器具及び備品を紛失もしくは汚損しないように注意し,退社に際してはその保管,引継ぎ等につき責任をもって処理すること,(4)会社の機密事項及び会社の不利益となる事項を他に漏らさないこと」(29条(3),(4)),「社用のために会社の物品を社外に持ち出そうとするときは,所属長の許可を受けなければなりません。」(30条3項)といった,抽象的な定めをした規定にすぎず,就業規則にこのような規定が置かれているからといって,名刺の秘密管理性を認めることができないことは明らかである。
ウ仮に,甲事件原告が,各従業員に対し,名刺のコピー及び社外持ち出しの禁止,並びに名刺ホルダーに入れての机内管理を徹底指導していたとしても,従業員に対する情報管理指導がされているというにとどまり,保管場所への施錠などにより,アクセスすることができる者が限定されていたことや,名刺や名刺ホルダーに秘密であることの表示がされているなど,アクセスした者が当該名刺が秘密であることを認識することができる状態であったことについては何ら主張立証がないから,甲事件原告によって,26各従業員においてハウスメーカーの営業担当者から入手した名刺が秘密の情報として管理されていたとは認められない。
エ以上のとおりであるから,本件情報について秘密管理性は認められない。
(4)非公知性について非公知性が認められるためには,当該情報が,保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態にあることが必要である。
本件情報は,12社のハウスメーカーについての,その所属の営業担当者の氏名,所属部署,連絡先等の情報であり,甲事件原告に限らず,上記ハウスメーカーの取引相手となりうる者の営業担当者等が,営業活動を行う中で,ハウスメーカーの営業担当者等との名刺交換により取得し得る情報であり,実際,甲事件原告においても,上記方法により本件情報を入手したものであることが認められる(弁論の全趣旨)。
したがって,甲事件原告,あるいは,甲事件原告の従業員の管理下以外では,本件情報を一般に入手することができない状態にあるとは認められないから,本件情報について非公知性も認められない。
(5)そうすると,本件情報は不正競争防止法2条1項4号の「営業秘密」に当たるということはできないから,その余の点について判断するまでもなく,被告らについて,同号に該当する不正競争行為が認められる旨の甲事件原告の主張は理由がない。
3争点3(乙事件原告の被告Aに対する,被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無)について(1)乙事件原告は,乙事件原告の従業員兼取締役であった被告Aが退職後の競業を意図して,取締役在任中から,競業会社である被告会社の設立を準備し,被告Bに対し,被告会社の取締役の地位を約束した上で,甲事件原告を退職するよう勧誘し,被告Bを甲事件原告から退職させたものであり,このような被告Aによる被告Bの本件引き抜き行為は,取締役としての忠実義務27又は従業員としての誠実義務に違反する行為であり,債務不履行又は不法行為に当たる,あるいは,自由競争として許される範囲を逸脱した不法行為に当たる旨主張する。
(2)前記争いのない事実等,証拠(甲2,甲3の1・2,甲4ないし6,13,14,16,17,19,33,34,甲35の1・2,甲40,41,44,乙4ないし7,乙8の1ないし5,乙9,乙10の1・2,乙11ないし13,15)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
ア被告Aは,平成13年10月,乙事件原告に入社し,平成16年7月28日には,同社の取締役に就任した。
乙事件原告は,甲事件原告の100%子会社であり,甲事件原告の仲介する仮住まい専用の管理物件確保や物件管理を主な業務としていた。甲事件原告と乙事件原告は,所在地が同一であり,C社長が甲事件原告及び乙事件原告の代表取締役を兼ねていた。
被告Aは,乙事件原告において,不動産部及び管理部の統括部長として,不動産の売買及び賃貸の仲介業務,一般賃貸物件の管理業務,仮住まい物件の管理業務等を統括する立場にあり,また,C社長直轄の広報企画室長も兼ねていた。乙事件原告の取締役数は,代表者であるC社長,被告Aを含めて3名であり,従業員数は,取締役を兼ねる者を除き11名であった。
被告Aは,乙事件原告において,C社長に次ぐ地位にあり,配下に11名の部下がいた。
イ被告Aの配下に,C社長の息子であるEが配置されており,営業方針や経営方針その他で,C社長及びその息子であるEの意見と被告Aの意見とが相違することがままあり,被告Aは,乙事件原告における経営体制が不合理であると感じ,転職を考えるようになった。
そのような中で,被告Aは,滋賀県内に居住する両親から,同県内に所28有する農地の転用,処分等についての相談を受けるようになり,平成17年9月ころ,被告Aが,上記土地の分譲や売却を進めることが決まった。
被告Aは,両親所有の土地の売却等により,代理手数料や企画料などの収入が見込めたことから,同年10月ころには,乙事件原告を退職する決意を固めた。
ウ被告Aは,平成17年10月27日,C社長に対し,乙事件原告の取締役の辞任及び退職を申し出た。
その際,被告Aは,C社長に対し,退職理由が,上記のとおり,被告Aの意見とC社長及びその息子であるEの意見とが合わないことにある旨を告げた。しかしながら,乙事件原告の取締役であり,C社長に次ぐ地位にある被告Aが,その代表者親子との関係が悪く退職するというのでは不穏当であるとの考えから,C社長と被告Aは,相談の上,社内的には,退職理由を「滋賀県内にある被告Aの実家所有の不動産管理の仕事を行うため」とすることにした。
C社長は,被告Aの申出を受け,被告Aの取締役の辞任は,後任取締役の選任の必要性から平成17年11月30日付けとすること,取締役退任後,人事部付けに配転し,後任者に業務引継ぎをすることを考え,退職時期は同年12月末とすることを決め,被告Aもこれを了承した。
エ被告Aからの取締役の辞任及び退職の申出は,数日後には役員会で承認され,乙事件原告は,平成17年11月7日,「取締役管理統括部長Aより家系の継承の為退職する意思が出され,役員会はこれを受理した。したがって,17年11月30日をもって取締役を辞任し,平成17年12月28日をもって退職することとなりました。」との人事を社内に公示した。
また,乙事件原告は,同年11月28日には,被告Aについて,11月30日付けで取締役を辞任し,12月1日付けで業務部人事課付けを命ずる人事を公示した。
29被告Aは,同年11月30日をもって取締役を辞任し,その後,同年12月1日からは,業務部人事課の配属となり,後任者への業務の引継ぎ等を行っていたものの,その引継ぎが完了したことから,乙事件原告の意向もあり,同月20日をもって,退職した。
オ被告Aは,乙事件原告に入社する前,「ケイズプランニング」との屋号で広告企画の営業の仕事をしていたことがあったことから,乙事件原告を退職後は,「ケイズマネージメント」という商号で法人を設立し,滋賀県内の土地の処分等を行うべく不動産業を営むことを計画していた。
そのため,被告Aは,平成17年10月27日に取締役の辞任及び退職を申し出た後,法人設立のための準備を行っていた(なお,上記準備行為が,乙事件原告における勤務時間中に行われたことや,上記準備行為自体によって,乙事件原告の業務に支障を来したことなどを認めるに足りる証拠はない。)。
カ被告Bは,平成2年12月ころ,甲事件原告に入社し,営業に従事していた。
甲事件原告は,自宅建て替え及び大規模リフォームにより必要となる仮住まい物件のあっせん及び仲介を主な業務としていた。甲事件原告には,東京営業所,多摩営業所,神奈川営業所,市川準営業所があり,被告Bは,東京営業所に所属して,遅くとも平成16年ころには,甲事件原告におけるトップの営業成績を上げていた。
被告Bは,トップの営業成績を上げていることについて,社内で陰口を言われていると感じるようになっていたことや,甲事件原告の営業方針,会社内部の風潮等に疑問を感じるようになっていたことなどにより,平成17年夏ころから甲事件原告を退職することを考えるようになっていた。
キ被告Bは,平成17年11月7日ころ,被告Aが取締役を辞任し,会社を退職することを知ると,被告Aと付き合いもあったことから,詳しく事30情を聞いてみようと考え,被告Aに対し,電子メールを送付して連絡を取った。
被告Bは,被告Aを信用することができる人物であると感じていたことから,上記電子メールに,従来から甲事件原告を退職したいと思っているので,会社を興すのであれば雇ってほしいなどといった内容を記載し,その後も,何度か電子メールをやり取りする中で,仮住まい物件の仕事を一緒にやらないかなどと誘った。これに対し,被告Aは,被告Bに対し,甲事件原告において,せっかく高額の給料を得ているのであるから,甲事件原告で働いた方がよいなどと返事をしていた。
クしかし,被告Bが,同月下旬ころ,被告Aに対し,さらに,仮住まい物件の仕事を一緒にやりたいと求めて来たため,被告Aは,平成17年12月3日ころ,被告Bに会って直接話しをすることを了承した。
ケ被告Aは,平成17年12月3日ころ,被告Bと会い,同人から,一緒にやってくれる人がいれば,甲事件原告から独立し,仮住まいの仕事を行う会社を作りたいと考えていたことを聞くとともに,一緒に仮住まい物件の仕事をやることを求められた。
被告Aは,被告Bと話をした結果,自身が設立する会社において,仮住まい物件の事業を行うことを決めた。
コ被告Aは,被告Bの助言もあり,設立する会社の事務所を自由が丘駅周辺で探すことにし,インターネットで見付けた不動産業者であるユウキホームから数件の物件紹介を受けるなどした。
被告A及び被告Bは,平成17年12月7日ころ,ユウキホームから紹介された物件を見学した。その見学後,本件物件の所在するビルの前を通り,同ビルに掲げられていた入居者募集の看板を見付け,同看板に募集社として会社名が記載されていたタカミに問い合わせの電話をかけたところ,不在であったため,同所に貼付されていた物件図面(乙9)をはがして持31ち帰った。その後,被告Bが,本件物件の所有者であるタカミと連絡を取り,後日,被告A及び被告Bが,本件物件を内覧し,同月10日には,被告Aが,タカミの代表者と面談した。
被告Aとタカミとは,同月15日,被告会社が,本件物件を平成18年1月1日から賃借することなどを内容とする賃貸借契約を,仲介業者を介することなく,締結した(乙11)。
サ被告Aは,平成17年12月14日,被告会社を設立し,その代表取締役に就任した。また,同月21日には,宅地建物取引業の免許を申請した。
シ被告Bは,被告会社において,仮住まい物件の仕事をすることが決まったことから,甲事件原告からの退職を決意し,平成18年1月5日,甲事件原告の営業統括部長である原大介取締役に退職を申し出た。
この際,被告Bは,退職理由について,「同級生が行う不動産売買仲介の仕事の営業を手伝うため」と説明した。
被告Bは,上記退職を申し出た後も,甲事件原告から引き留められることもなく,また,退職時期を延ばすように求められることもないまま,平成18年1月20日,甲事件原告を退職した。
なお,甲事件原告の就業規則(甲17)においては,「従業員が自己の都合により退職しようとするときは,少なくとも14日前までに所属長を通じ会社に退職の申し出をしなければならない」旨が規定されている(34条)。
ス被告Bは,甲事件原告を退職した後,同年2月1日に被告会社に入社し,さらに,同月10日,被告会社の取締役に就任した。
セ被告会社は,平成18年2月初旬ころ以降,被告表示を使用して,仮住まい物件の仲介の事業を開始した。
また,被告会社は,設立当初,東京都足立区<以下省略>(被告Aの肩書所在地)に置いていた本店を,平成18年2月1日,東京都世田谷区<32以下省略>(被告会社の肩書所在地)に移転した。
ソ被告Bは,平成18年2月,甲事件原告に在職中から面識のあるハウスメーカーの営業担当者等に向けて,「一身上の都合により,日本テンポラリーハウス株式会社を退職いたしました」,「今後につきましては,新会社『仮住まい情報センター』に移籍し」などと記載し,新勤務先として「仮住まい情報センター(法人名:ケイズマネージメント株式会社)」と記載したあいさつ状(甲3の1)を送付した。
(3)被告Aの取締役としての忠実義務違反の有無についてア乙事件原告は,被告Aが被告Bに対し,甲事件原告を退職するよう勧誘したと主張する。しかしながら,上記(2)で認定したところによれば,被告Bが,甲事件原告を退職してすぐに被告Aの設立した被告会社に転職し,その取締役に就任したのは,かねてから甲事件原告を退職しようと考えていた被告Bから被告Aに対し,仮住まい物件の仲介の仕事を被告会社で一緒に行うことを要望し,被告Aが被告Bの上記要望を受け入れたことによるものと認められる。
被告Aが,被告Bに対し,甲事件原告からの退職や被告会社への入社を勧誘したとの事実を直接に示す証拠はなく,上記(2)認定に係る被告会社の設立時期,宅地建物取引業の免許申請の時期,被告会社の本店の移転,被告Bの甲事件原告からの退職時期及び被告会社への入社時期,被告Bの被告会社取締役就任時期,被告Bが退職時に真の退職理由を甲事件原告に申告しなかったこと,被告Bが,被告Aと共に,被告会社の事務所として使用するための物件を探していたこと(なお,後述のとおり,被告Bが平成17年9月から11月ころにかけて被告会社の事務所として使用するための物件を探していたことを認めるに足る証拠はない。)などを併せ考慮しても,被告Aによる勧誘があったことを否定する被告A及び被告Bの陳述書(乙12,13,15)の記載に照らすと,上記の事実から,被告A33による被告Bへの退職の勧誘があったと推認するには足りないものと言うべきである。また,甲事件原告代表者の陳述書(甲44)やDの陳述書(甲43)中には,?@被告Aと被告Bが,平成17年9月ころから,夜間事務所内で相談していた,?A役員会において被告Bの営業成績が話題となったころ,被告Aが,営業部のある階に出向き,被告Bと二人だけで話しをしていたという記載があるものの,仮にそのような事実があったとしても,両名の話の内容は明らかでなく,上記(2)で認定したところによれば,甲事件原告と乙事件原告とは所在地が同一であり,かつ,被告Aと被告Bとは面識があったのであるから,両名が話をしていても不自然とはいえないことに照らすと,これらの事実から,被告Aによる被告Bへの退職勧誘行為があったと推認することもできない。
上に述べたところによれば,被告Aには,そもそも,乙事件原告の主張する被告Bに対する勧誘行為自体が認められない。
イアで説示したところによれば,被告Aによる取締役在任中の被告Bに対する退職勧誘行為があったと認めることはできないのであるから,この点につき被告Aに忠実義務違反があったとはいえない。
なお,前記(2)で認定したところによれば,被告Aが乙事件原告(又は甲事件原告)の行う事業と競合する仮住まい物件の仲介事業を実際に開始したのは,平成18年2月初旬ころ以降であるから,同認定に係るそれ以前の被告会社の設立,開業準備行為自体は,取締役としての競業避止義務違反には当たらず,また,上記準備行為が乙事件原告における勤務時間中に行われたことや上記準備行為自体によって乙事件原告の業務に支障を来したことを認めるに足る証拠はないから,この点についても,忠実義務違反があったとはいえない。
(4)被告Aの従業員としての誠実義務違反の有無についてア従業員は,使用者に対して,雇用契約に付随する信義則上の義務として,34就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという,誠実義務を負う。
したがって,被告Aは,乙事件原告に在職中は,従業員として,乙事件原告に対し,上記誠実義務を負っていたものといえる。
イしかしながら,乙事件原告主張に係る被告Aによる被告Bに対する退職勧誘行為があったと認められないこと,被告会社の設立準備行為が乙事件原告における勤務時間中に行われたとも,また,上記準備行為自体によって乙事件原告の業務に支障を来したとも認められないことは,既に説示したとおりであるから,被告Aに,誠実義務に違反する行為があったとは認められない。
(5)被告Aの自由競争逸脱行為の有無について取締役を退任し,あるいは会社を退職した後であっても,取締役であった者,あるいは,従業員であった者が,一斉かつ大量に従業員を引き抜いたり,営業秘密を保有する従業員を引き抜いて,その秘密を漏洩させたりすることによって,競業行為を行おうとするような場合には,当該競業行為は,自由競争として許される範囲を逸脱するものとして違法と判断され得る。
しかしながら,上記(3),(4)で説示したところに加え,上記(2)認定のとおり,甲事件原告及び乙事件原告の従業員のうち,被告会社に参加した従業員は,被告B1名のみであること,被告Bが甲事件原告においてトップの営業成績を上げていたとはいえ,被告Bの業務内容がその性質上他の従業員による代替性のないものであるとは認められないこと,被告AはC社長と相談して退職時期を定めており,また,被告Bも,定められた就業規則に則って退職を申し出ていること,被告Aが虚偽の退職理由を告げたとはいえないこと,甲事件原告は,被告Bの退職の申出を受けた後も,特に慰留をしたり,退職時期の変更を求めたりすることはなかったこと,被告Bは,被告会社に転職後,ハウスメーカーの営業担当者らに対してあいさつ状を送付している35ものの,そのあいさつ状の内容も甲事件原告の顧客を不当に奪うことを目的とした内容とはいえないこと(前記1,2で説示したところによれば,被告A及び被告Bが同あいさつ状において,甲事件原告の営業と混同させる営業表示を用いたとも,甲事件原告の営業秘密情報を利用したともいえない。),などに照らせば,被告Aが,乙事件原告に対する関係で,自由競争を逸脱する行為を行ったものとは認められない。
(6)よって,その余の点について判断するまでもなく,乙事件原告の上記主張は理由がない。
4争点4(甲事件原告の被告会社及び被告Aに対する,被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無)について(1)甲事件原告は,甲事件原告と乙事件原告は実質上同一と見るべきであるとして,被告Aが甲事件原告に対しても取締役類似の忠実義務,従業員類似の誠実義務を負うことを前提に,被告Aによる被告Bの本件引き抜き行為が,取締役類似の忠実義務又は従業員類似の誠実義務に違反する行為であり,債務不履行又は不法行為に当たる,あるいは,自由競争として許される範囲を逸脱した不法行為に当たる旨主張する。
(2)乙事件原告の従業員兼取締役であった被告Aが,甲事件原告に対しても,取締役類似の忠実義務,あるいは,従業員類似の誠実義務を負うか否かについての検討をひとまずおくとしても,前記3(3)及び(4)で説示したところによれば,被告Aには,忠実義務違反の行為や誠実義務違反の行為があったとは認められないから,これらの点に関する甲事件原告の上記主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
(3)また,被告会社又は被告Aには,前記3(5)で述べたところと同様に,甲事件原告に対する関係でも,自由競争を逸脱する行為があったとは認められないから,この点に関する甲事件原告の上記主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
365争点5(甲事件原告の被告会社及び被告Aに対する,不正競争行為による損害賠償請求権の有無)について甲事件原告は,被告会社及び被告Aが,不正競争防止法2条1項1号及び4号該当の不正競争行為を行ったことを前提に,予備的に,被告会社及び被告Aに対し,同法4条に基づき,損害賠償を請求する。
しかしながら,被告会社及び被告Aについて,甲事件原告主張に係る不正競争行為があったと認められないことは,前記1及び2で説示したとおりであるから,甲事件原告の上記主張は理由がない。
6争点6(甲事件原告の被告らに対する,専任媒介業者を介さずに被告会社の事務所を賃借したことによる不法行為に基づく損害賠償請求権の有無)について(1)甲事件原告は,不動産会社の従業員であり,かつ,宅地建物取引主任者でもある被告Bが,専任媒介業者が存在するときには,当該業者を介して不動産の所有者と賃貸借契約を締結すべき注意義務を商慣習上負っていたにもかかわらず,被告Aと共謀の上,上記義務に違反し,本件物件の専任媒介業者であるキャリスタを介することなく,タカミと被告会社との間に本件物件の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結させたことは,不法行為に当たる旨主張する。
しかしながら,専任媒介契約の当事者でない被告Bがこのような義務を負うべき商慣習があることを認めるに足る証拠はない。
(2)さらに,甲事件原告は,被告Bが本件賃貸借契約を締結させた(媒介した)ことを示す事情として,?@平成17年9月ころから同年11月ころにかけて,被告Bが,甲事件原告の社員である旨を名乗った上で,キャリスタから,本件物件の図面等を取り寄せ,?A同年12月ころには,タカミの代表者に対し,「日本テンポラリーハウス株式会社チーフアドバイザー」との肩書きの名刺をいったん見せた上で,「甲事件原告に勤務していたが,退職し,37新事業のために事務所を探している」などと虚偽の事実を告げたと主張し,甲事件原告代表者の陳述書(甲20,28,44),Dの陳述書(甲43)中には,その旨の記載がある。
しかしながら,被告Bが上記?@,?Aの行為を行ったとの記載は,陳述書作成者であるC社長やDが直接体験した事実に基づくものではない。D(又はC社長)は,キャリスタの社員であるFなる人物から,キャリスタの担当者が本件物件の所有者であるタカミの代表者から聞いた話であるとして,上記事情を聴取したというにとどまるものであり,上記Fなる人物のD(又はC社長)に対する説明内容,タカミの代表者からキャリスタの担当者に対する説明内容を正確に認定し得る証拠はない。その他,陳述書の上記記載を裏付ける客観的証拠は何ら存しないから,上記各陳述書をそのままには信用することができない。
また,甲第38号証(キャリスタとDの電話の録音反訳書)中には,キャリスタ側の人物が,Dに対し,「被告Bが,本件物件の所有者に最初に会った際,元日本テンポラリーハウスの社員であると告げ,名刺を見せた」旨上記所有者から聞いたかのように述べている部分があるが,上記人物が匿名である上,当該部分も,「その名刺を,何というんでしょう,身分は見せたけれども,いま社員じゃないんでということで渡さなかったらしい。」,Dの「それはGさんという女性の方が」(判決注・Gは被告Bの旧姓である。)という誘導的な問いに対し,「だと思います。女性だと聞いていますので,はい。」などと答えているにすぎないもので,あいまいな内容のものであると言わざるを得ず,そのままには信用することができない(なお,上記反訳書には,被告Bが上記?@の行為を行ったことを窺わせる記載は存しない。)。
かえって,本件物件の所有者であるタカミから本件物件の図面を入手した旨主張する被告らからは,「有限会社タカミエンタプライズ」が媒介業者として記載された本件物件の賃借人募集のちらし(乙9)が証拠として提出さ38れている。
結局,本件においては,被告Bが上記?@,?Aの行為を行ったことを認めるに足りる証拠は存しないというほかない(なお,甲第8号証及び第9号証は,甲事件原告からキャリスタに対する一方的な文書にすぎず,また,甲第10号証も,甲事件原告がキャリスタに金銭を送金したことを証するものにすぎないから,これらの証拠からは,甲事件原告の認識しか窺い知ることはできない。)。
なお,上記3(2)で認定したところによれば,本件賃貸借契約の締結以前に,被告Bが本件物件の所有者であるタカミと連絡を取ったり,被告Aと共に,本件物件を内覧したりしたことがあったものの,これらの事情のみでは,被告Bが本件賃貸借契約の媒介行為を行ったとまではいえない。
(3)そもそも,仮に,甲第38号証の記載により,被告Bが,タカミの代表者に対し,甲事件原告の元社員であるとか,甲事件原告の社員の肩書きの名刺を見せたとの事実が認められるとしても,上記反訳書からは,被告Bとタカミの代表者との具体的なやりとりの内容も明らかではなく,被告Bの上記言動によって,甲事件原告の信用が毀損されたことを認めるに足りる証拠も存しないから,被告Bの言動が,甲事件原告に対する不法行為に当たるなどということはできない。
また,仮に,本件物件の所有者とキャリスタとの間で,本件物件の専任媒介契約を締結していたとしても(乙第9号証は,有限会社タカミエンタプライズが媒介業者として記載された本件物件の賃借人募集のちらしであり,本件物件について,キャリスタが専任媒介業者であったのか疑問がある。),キャリスタに対して,本件物件の賃貸借につき媒介を求める義務を負うのは,専任媒介契約の当事者たる本件物件所有者であって,被告らではないから,キャリスタにおいて,本件賃貸借契約の媒介をすることができなかったことについて,被告らが,キャリスタに対し,債務不履行,あるいは,不法行為39に基づく責任を負うことはなく,甲事件原告が,キャリスタに対し,本件賃貸借契約の媒介をすることができなかったことについての損害を填補したとしても,被告らに対して求償をすることはできない。
いずれにせよ,甲事件原告の上記主張は理由がない。
7よって,甲事件原告の甲事件請求及び乙事件原告の乙事件請求は,理由がないから,これをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。