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関連ワード 差止請求(差止) /  過失 /  代理人 /  代表者 /  秘密として管理 /  秘密保持義務 /  営業上の情報 /  営業秘密 /  2条1項7号 /  2条1項8号 /  保有者 /  不正開示行為 /  プログラム /  不正の利益を得る目的(図利目的) /  損害賠償 /  損害額 / 
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事件 平成 23年 (ネ) 10061号 損害賠償等請求控訴事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/02/29
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成24年2月29日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官

平成23年(ネ)第10061号 損害賠償等請求控訴事件

原審・東京地方裁判所平成22年(ワ)第29497号

口頭弁論終結日 平成24年2月15日

判 決

控 訴 人 株式会社パリスメール

同訴訟代理人弁護士 権 藤 龍 光

被 控 訴 人 株 式 会 社 ド ル チ ェ

同所

被 控 訴 人 Y1

同所

被 控 訴 人 Y2

同所

被 控 訴 人 Y3

主 文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決中,被控訴人らに対する損害賠償請求を棄却した部分を取り消す。

2 被控訴人株式会社ドルチェ及び被控訴人 Y1 は,控訴人に対し,連帯して5

00万円及びこれに対する平成22年9月17日から支払済みまで年5分の割合に

よる金員を支払え。

3 被控訴人 Y2 は,控訴人に対し,100万円及びこれに対する平成22年9

月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被控訴人 Y3 は,控訴人に対し,50万円及びこれに対する平成22年9月

1
25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

6 仮執行宣言

第2 事案の概要

1 本件は,服飾品の販売等を業とする控訴人が,控訴人の従業員であった被控

訴人 Y2 及び同 Y3 が控訴人を退職し,被控訴人 Y1 が経営する被控訴人株式会社ド

ルチェ(以下「被控訴人会社」という。)に就職しているところ,@被控訴人 Y2 及

び同 Y3 は,不正の利益を得る目的又は保有者に損害を加える目的で,控訴人から

開示を受けた営業秘密(原判決別紙1の顧客が記載された名簿(以下「本件顧客名

簿」という。)及び同2の仕入先が記載された名簿(以下「本件仕入先名簿」とい

う。)を被控訴人会社及び同 Y1 に開示し,かつ,上記営業秘密を使用して,原判


決別紙1記載の各顧客に案内状を送付し,原判決別紙2記載の仕入先から控訴人の

売れ筋商品である同別紙記載の商品(以下「本件商品」という。)を仕入れるなど

した(不正競争防止法2条1項7号),A被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,控訴人との雇

用契約上,控訴人の就業規則(以下「本件就業規則」という。)所定の競業避止義

務及び秘密保持義務を負っているにもかかわらず,競業会社である被控訴人会社に

上記のとおり就職し,かつ,上記@のとおり控訴人の営業秘密を被控訴人会社及び

同 Y1 に開示した,B被控訴人会社及び同 Y1 は,被控訴人 Y2 及び同 Y3 による本件

顧客名簿及び本件仕入先名簿の開示が上記@及びAのとおり営業秘密の不正開示行

為であることを知りながら上記営業秘密を同人らに開示させ,これを取得し,上記

営業秘密を使用して,上記@のとおり,被控訴人 Y2 及び同 Y3 をして,各顧客に案

内状を送付させ,仕入先から控訴人の売れ筋商品である本件商品を仕入れるなどさ

せた(同法2条1項8号)と主張して,原審において,(1)不正競争防止法4条

基づき,上記各不正競争行為に基づく損害賠償として,被控訴人会社及び同 Y1 に

対し連帯して1500万円,被控訴人 Y2 に対し500万円及び同 Y3 に対し200
2
万円並びにこれらに対する訴状送達日の翌日(被控訴人会社及び同 Y1 について平

成22年9月17日,被控訴人 Y2 及び同 Y3 について同月25日)から支払済みま

で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求め,また,(2)控訴人の

本件就業規則所定の競業避止義務及び秘密保持義務違反の債務不履行責任に基づく

損害賠償請求として,被控訴人 Y2 及び同 Y3 に対し,上記(1)記載の金員の各支払

を求め(同人らにつき上記(1)との選択的請求),さらに,(3)故意又は過失により,

被控訴人 Y2 及び同 Y3 に,上記(2)の秘密保持義務に違反して控訴人の営業秘密

漏えいさせた不法行為責任に基づく損害賠償請求として,被控訴人 Y1 に対し,上

記(1)記載の金員の支払を求め(同人につき上記(1)との選択的請求),(4)不正競争

防止法3条に基づき,被控訴人 Y1,同 Y2 及び同 Y3 に対し,営業秘密である本件

顧客名簿を使用して原判決別紙1記載の顧客に対し案内状を発送する行為及び本件

仕入先名簿を使用して原判決別紙2記載の仕入先業者から本件商品を仕入れる行為

の各差止めを求めた事案である。

以上に対して,原判決は,本件顧客名簿に記載の情報が不正競争防止法上保護さ

れるべき営業秘密に当たると認めることができず,また,本件仕入先名簿の存在自

体が立証されているものとはいえないほか,本件就業規則について法的規範の性質

を有するものとして従業員に対する拘束力を生じていると認めることができないと

判断して,控訴人の請求をいずれも棄却した。

そこで,控訴人は,原判決中,損害賠償請求を棄却した部分を不服として一部控

訴に及んだ上,当審において,被控訴人会社及び同 Y1 に対する損害賠償請求を5

00万円に,被控訴人 Y2 に対する損害賠償請求を100万円に,被控訴人 Y3 に対

する損害賠償請求を50万円に,それぞれ減縮した。

2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者

ア 控訴人及び被控訴人会社は,服飾品の卸販売等を業とする株式会社であ
3
り,被控訴人 Y1 は,被控訴人会社の代表者である(弁論の全趣旨)。

イ 被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,控訴人の元従業員であり,現在は,被控訴人

会社に勤務している。

(2) 被控訴人 Y2 及び同 Y3 の退職に至る経緯等

ア 被控訴人 Y2 は,平成18年頃から,控訴人代表者が経営する有限会社

ネクストシーンに勤務していたが,同年11月頃,同社が後の控訴人の本店所

在地である東京都中央区内の問屋街に同社の支店として「パリスメール」を開

店 し た( 以下 ,こ の店 舗 を「 控訴 人店 舗」 と いう。)こ とから , 控訴 人店 舗に

異動し,同店店長として稼働するようになった(甲3,原審被控訴人 Y2)。

イ 被控訴人 Y3 も,同様に,ネクストシーンに勤務していたが,平成19

年頃,控訴人店舗で稼働するようになった(原審被控訴人 Y2)。

ウ 控訴人は,平成20年4月14日,控訴人店舗を本店所在地として設立

さ れ ,控 訴人 店舗 にお け るネ クス トシ ーン の 営業 を引 き継 いだ ( 甲2)。これ

に伴い,被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,控訴人での勤務を開始し,控訴人店舗で稼

働することになった。

エ 被控訴人 Y1 は,平成21年10月頃,後の被控訴人会社の本店所在地

で あ る前 記問 屋街 に,「メ ルシ ー」 の名称 で 店舗 を開 き, 服飾 品 の卸 販売 等を

業として行うようになった(原審被控訴人 Y2)。

オ 被控訴人 Y2 は,平成21年12月末日付けで控訴人を退職し,平成2

2年1月頃,前記「メルシー」での稼働を開始した。

カ 被控訴人 Y3 は,平成22年1月8日付けで控訴人を退職し,同年2月

9日頃,前記「メルシー」での稼働を開始した。

キ 被控訴人会社は,平成22年3月3日,被控訴人 Y1 を代表者として設

立され,前記「メルシー」の店舗における同人の営業を引き継いだ。これに伴

い,被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,被控訴人会社での勤務を開始し,上記店舗で稼

働することになった(弁論の全趣旨)。

4
(3) 本件就業規則

本 件 就業 規 則( 甲 1) に は, 下 記条 項 が定 め られ て いる (「/ 」 は, 原 文 の

改行箇所を示す。 。


第9条(遵守事項)

「従業員は,次の事項を守らなければならない。」

「6.会社,取引先等の機密を漏らさず,退職後もこれを遵守すること。」

第10条

「 従 業 員 は , 下 記 (1)並 び に (2)の 公 然 と 知 ら れ て い な い 生 産 方 法 ・ 販 売 方

法・その他の事業活動に有用な技術上および/営業上の情報であって会社が秘

密として管理する営業秘密/下記(3)ないし(6)の会社が対外的に秘密に管理し

ている企業秘密を/在職中は勿論の事退職後も不正に取得しまたは,第三者に

漏えいまたは開示してはならない。

1.製造技術,製造工程,プロセス,レイアウト,品質管理に関する情報。

2.財務,経営に関する情報。

3.顧客名簿,販売企画,商品仕入れ及び製造」企画情報

4.人事管理に関する情報。

5.他社との業務提携や訴訟に関する情報。

6.会社,関連会社に関する情報。」

第13条

「従業員は在職中および退職後2年間は,会社の業務と競業する事業を/自

ら行わないものとし,また競業する事業を営む企業または会社に/就職しない

ものとする。」

第14条

「従業員は退職時に営業秘密を記録した図面,書類,複写物,サンプル,/

フロッピーディスク,CD,USB接続メモリー,パソコン等に/営業秘密

記録されてる場合は会社の担当者の前で,削除するものとする。」

5
オ 附則

「この規則は平成20年11月1日から実施する。」

3 本件訴訟の争点

(1) 被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,不正の利益を得る目的又は保有者に損害を

加える目的で控訴人から示された営業秘密を使用し,又は開示したか(不正競

争防止法2条1項7号。争点1)。

(2) 被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,本件就業規則所定の秘密保持義務及び競業

避止義務に違反したか(争点2)。

(3) 被控訴人会社及び同 Y1 は,被控訴人 Y2 及び同 Y3 の前記(1)又は(2)の

営業秘密不正開示行為を知りながら当該営業秘密を使用したか(不正競争防止

2条1項8号。争点3)。

(4) 被控訴人 Y1 は,故意又は過失により被控訴人 Y2 及び同 Y3 に前記(2)

秘密保持義務に反し営業秘密を漏えいするという不法行為をしたか(争点

4)。

(5) 前記(1)及び(3)の被控訴人らの各不正競争行為又は被控訴人 Y2 及び同

Y3 につき前記(2)の秘密保持義務違反若しくは競業避止義務違反並びに被控訴

人 Y1 につき前記(4)の不法行為に基づく損害賠償請求の可否並びにその損害額

(争点5)

第3 当事者の主張

1 原審における当事者の主張

原審における当事者の主張は,原判決6頁11ないし13行目を「(1) 争点1

(被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,不正の利益を得る目的又は保有者に損害を加える

目的で控訴人から示された営業秘密を使用し,又は開示したか(不正競争防止

2条1項7号)について」と,原判決10頁11ないし12行目を「(2) 争点

2(被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,本件就業規則所定の秘密保持義務及び競業避止


6
義務に違反したか)について」と,原判決11頁9ないし11行目を「(3) 争点

3(被控訴人会社及び同 Y1 は,被控訴人 Y2 及び同 Y3 の前記(1)又は(2)の営

業秘密不正開示行為を知りながら当該営業秘密を使用したか(不正競争防止法

2条1項8号)について」と,原判決12頁7ないし9行目を「(4) 争点4(被

控訴人 Y1 は,故意又は過失により被控訴人 Y2 及び同 Y3 に前記(2)の秘密保持

義 務に反し 営業秘 密を 漏えいす るとい う不 法行為を したか )について」と訂正

し,原判決12頁21行目ないし13頁末行を削除し,原判決14頁1ないし3行

目を「(5) 争点5(前記(1)及び(3)の被控訴人らの各不正競争行為又は被控訴

人 Y2 及び同 Y3 につき前記(2)の秘密保持義務違反若しくは競業避止義務違反

並びに被控訴人 Y1 につき前記(4)の不法行為に基づく損害賠償請求の可否並び

にその 損害額 )について」と訂正するほか,原判決6頁11行目ないし12頁2

0行目及び14頁1行目ないし16頁3行目に摘示のとおりであるから,これを引

用する。

2 当審における当事者の主張

〔控訴人の主張〕

(1) 原判決は,本件顧客名簿が営業秘密として保管・管理されていたとはいえ

ない旨を説示する。

しかしながら,原判決は,控訴人の従業員数が,当時5名であり,控訴人店舗の

1階及び2階の床面積が各約100uと狭く,1階と2階との間に吹き抜けの階段

があって,控訴人代表者が声を出せば店内に届く程度の広さであることを看過した

ものであり,不当である。

(2) 原判決は,本件就業規則の従業員に対する開示が不十分であるため,被控

訴人 Y2 及び同 Y3 が守秘義務を負う理由がない旨を説示する。

しかしながら,仮に本件就業規則に拘束力がないとしても,控訴人代表者は,従


7
業員に対して顧客名簿等の営業秘密の管理及び持出し等を禁止することを常日頃指

導しており,被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,労働契約上,守秘義務を課せられていたと

ういうべきである。この点を看過した原判決は,不当である。

〔被控訴人らの主張〕

(1) 控訴人の主張は,控訴人店舗が狭いことから顧客名簿等がきちんと管理さ

れていたとみなすべきであるというもののようであるが,趣旨不明である。

本件顧客名簿は,従業員の誰もが閲覧できるように常におかれている状態であっ

たし,被控訴人 Y2 及び同 Y3 が外部に持ち出した事実もない。さらに,本件顧客名

簿は,単なる名刺ファイルで,記載内容も,客名,住所及び電話番号だけのもので

あって,商品の発送伝票の宛名を書く用途に使われていた。

(2) 本件就業規則は,控訴人が慌てて作出したものであって,最初から存在し

ない。また,本件就業規則中の「2年間競業業務禁止」という規定は,従業員の多

くが同業種に転職を繰り返す卸売りの特殊性を考えると,現実味がないものである。

第4 当裁判所の判断
1 認定事実

前提となる事実,証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることが

できる。

(1) 控訴人は,平成20年4月14日,東京都中央区内の問屋街に所在する控

訴人店舗を本店として設立された株式会社であり,服飾品の卸販売等を業としてい

る(甲6,弁論の全趣旨)。

控訴人は,平成20年6月21日,代表者を同じくするネクストシーンと合同で

従業員に対する講習会を開催し,そこでは,主に売上げの向上に向けた研修を行っ

た(甲10,原審被控訴人 Y2)。

(2) 控訴人は,パート従業員を含めて数名の従業員を雇用して控訴人店舗で事

業を営んでいるが,控訴人店舗は,唯一の出入り口が設けられた1階部分(約10

8
0u)を販売商品を展示するスペースとしており,出入り口から見て奥に設けられ

た2階に通じる階段の下にはレジを併設した事務机(レジ机)が設置され,従業員

がおおむね常時業務に従事している。控訴人店舗の2階部分は,1階部分と同じ広

さであり,階段付近が主に倉庫として利用されているが,階段から見て奥にパソコ

ンが置かれた事務机があるほか,更に奥に,施錠可能なロッカー及び金庫が各1台

設置されている(甲6,弁論の全趣旨)。

(3) 控訴人は,顧客(小売店)と取引を開始する際に,その商号,所在地及び

電話番号等が記載された名刺を受領し,これを名刺ホルダーに綴じて保管するとと

もに,控訴人従業員に,控訴人店舗2階に設置された前記パソコンにこれらを入力

させ,顧客名簿としてデータ登録をしていた(甲2,6,原審控訴人代表者,原審

被控訴人 Y2)。また,控訴人従業員のうちの1名は,控訴人の顧客の商号等が記載

されたノートを控訴人店舗1階のレジ机に保管していた(原審被控訴人 Y2)。

上記名刺ホルダー及びノートは,商品の納品の連絡や発送等の日常業務において

使用するものであり,これらのうち,名刺ホルダーは,通常,上記レジ机付近の棚

に置いてあり,控訴人従業員は,控訴人店舗内において,これらを業務のため必要

に応じて持ち出して使用していた(乙4〜7,原審被控訴人 Y2)。

控訴人店舗2階に設置されたパソコン及びそこに入力されていた上記顧客名簿デ

ータは,いずれもパスワードが設定されておらず,被控訴人 Y2 らの控訴人従業員

は,会計管理等の作業のため,当該パソコンを日常的に使用しており,ダイレクト

メールの発送のため,当該顧客名簿データにアクセスし,宛名ラベルをプリントア

ウトして使用したこともあった(乙6,原審被控訴人 Y2)。

また,控訴人店舗2階の前記ロッカーには,控訴人が仕入れた商品の台帳が保管

されていた(甲6,原審被控訴人 Y2)。

(4) 被控訴人 Y2 は,控訴人店舗の店長として勤務していたが,平成21年12

月末日付けで控訴人を退職し,平成22年1月頃,前記問屋街にて「メルシー」の

名称で服飾品の卸販売等を業として行っていた被控訴人 Y1 に雇用され,その店舗

9
で稼働を開始した(原審被控訴人 Y2)。また,被控訴人 Y3 は,同じく副店長とし

て勤務していたが,同月8日付けで控訴人を退職し,同年2月9日頃,やはり被控

訴人 Y1 に雇用され,「メルシー」で稼働を開始した。被控訴人会社は,同年3月3

日,被控訴人 Y1 を代表者として設立され,同人の営業を引き継いだ。これに伴い,

被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,被控訴人会社での勤務を開始し,上記店舗で稼働するこ

とになった(原審被控訴人 Y2,弁論の全趣旨)。

2 争点2(被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,本件就業規則所定の秘密保持義務

び競業避止義務に違反したか)について

(1) 事案に鑑み,まず争点2について検討すると,使用者は,就業規則を,常

時各作業場の見えやすい場所へ掲示し,又は備え付けること,書面を交付すること

その他の厚生労働省令で定める方法によって,労働者に周知させなければならない

(労働基準法106条1項)ところ,就業規則が法的規範としての性質を有するも

のとして,拘束力を生ずるためには,その内容を適用を受ける事業場の労働者に周

知させる手続が採られていることを要するものというべきである(最高裁平成13

年(受)第1709号同15年10月10日第二小法廷判決・裁判集民事211号

1頁)。

(2) これを本件についてみると,控訴人の本件就業規則(甲1)は,従業員に

対して退職後も控訴人が対外的に秘密に管理している顧客名簿等の営業秘密につい

て第三者に漏えい又は開示してはならない旨(第9条第10条)や,従業員が退

職後2年間は競業する事業を営む企業等に就職しない旨(第13条)を規定し,本

件就業規則が平成20年11月1日から実施される旨(附則)を規定しているとこ

ろ,控訴人は,同年6月21日に開催された講習会で,従業員教育の一環として本

件就業規則について説明した旨を主張し,控訴人代表者もこれに沿う供述をする

(甲9,原審控訴人代表者)。

しかしながら,本件就業規則は,附則において平成20年11月1日から実施さ

れる旨を規定しているところ,それよりも4か月以上前の,しかも他の会社(ネク

10
ストシーン)と合同で開催された上記講習会で本件就業規則についての説明がされ

たというのは,それ自体不自然であるばかりか,現に,上記講習会のスケジュール

表(甲10)には,主に売上げの向上に向けたプログラムが記載されているのみで,

本件就業規則について説明を行ったと認めるに足りる記載がない。

以上によれば,控訴人の主張に沿う控訴人代表者の上記供述は,不自然であって,

その裏付けを欠き,採用することができない。

また,控訴人代理人弁護士が作成した報告書(甲6)は,控訴人店舗の現況を写

真入りで説明しているが,その記載によっても,控訴人店舗において本件就業規則

が掲示され又は備え置かれているとまで認めるには足りない。

よって,本件就業規則は,控訴人店舗に掲示され,備え付けられ,あるいは従業

員に対して交付するなどの方法で従業者に周知されていたと認めことはできない。

(3) そうすると,本件就業規則は,法的規範としての性質を有するものとして

拘束力を生じていたとまでは認められず,被控訴人 Y2 及び同 Y3 を含む控訴人従業

員は,本件就業規則に基づく秘密保持義務及び競業避止義務を負うものではなかっ

たというほかない。

したがって,本件就業規則に基づき被控訴人 Y2 及び同 Y3 が秘密保持義務及び競

業避止義務を負っていたとの控訴人の主張は,いずれも理由がなく,採用できない。

3 争点1(被控訴人 Y2 及び同 Y3 は,不正の利益を得る目的又は保有者

損害を加える目的で控訴人から示された営業秘密を使用し,又は開示したか)

について

(1) 不正競争防止法において「営業秘密」とは,秘密として管理されている生

産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公

然と知られていないものをいう(同法2条6項)ところ,控訴人は,原判決別紙1

の顧客が記載された名簿(本件顧客名簿)及び同2の仕入先が記載された名簿(本

件仕入先名簿)が秘密として管理されていた旨を主張する。

なお,この点に関連して,控訴人は,控訴人代表者が控訴人従業員に対して名刺

11
ホルダー等について重要な情報であることを説明し,その保管について厳しく指示

していた旨を主張し,控訴人代表者の供述(甲2,原審控訴人代表者)も,これに

沿うものである。

しかしながら,控訴人代表者の上記供述については,これを裏付けるに足りる的

確な証拠がないばかりか,前記2(2)に認定のとおり,秘密保持義務について規定

した本件就業規則についても控訴人従業員に対する周知の手続が採られたものとは

認められないことに加えて,控訴人店舗2階に設置されたパソコンに登録された顧

客データについては,パスワードすら設定されていなかったのであるから,名刺ホ

ルダー等についてのみ保管を厳しく指示していたことは,それ自体合理性がない。

よって,控訴人代表者の上記供述は,不自然であって,これを採用することがで

きず,控訴人代表者が控訴人従業員に対して名刺ホルダー等の保管について厳しく

指示していたとの事実を認めることはできない。

(2) そこで,以上を踏まえて,本件顧客名簿の営業秘密の該当性について検討

すると,前記1(3)に認定のとおり,控訴人店舗においては,名刺ホルダー,ノー

ト及びパソコンに登録されたデータという3つの本件顧客名簿に相当するものがあ

り,このうち名刺ホルダーは,1階レジ机横の棚に,ノートは,レジ机に,データ

は2階に設置されたパソコンに,それぞれ保管されていたものである。

しかしながら,控訴人従業員は,控訴人店舗内において,名刺ホルダー等を業務

のため必要に応じて持ち出して使用していたばかりか,控訴人店舗2階に設置され

たパソコン及びそこに入力されていた上記顧客名簿データにはいずれもパスワード

が設定されておらず,会計管理等の作業のため,当該パソコンを日常的に使用して

おり,ダイレクトメールの発送のため,当該顧客名簿データにアクセスし,宛名ラ

ベルをプリントアウトして使用したこともあったなど,これらの3つの本件顧客名

簿を容易に取り扱うことができる実態にあったばかりか,いずれもそれらに記載の

情報が秘密であることを示すに足りる表示などが付せられていたと認めるに足りる

証拠もない。しかも,前記2(2)に認定のとおり,秘密保持義務について規定した

12
本件就業規則についても控訴人従業員に対する周知の手続が採られたものとは認め

られず,また,前記(1)に認定のとおり,控訴人代表者が控訴人従業員に対して名

刺ホルダー等の保管について厳しく指示していたとの事実も認められない。

以上によれば,本件顧客名簿に相当する名刺ホルダー,ノート及びパソコンに登

録されたデータは,いずれも,秘密として管理されていたとは認められず,他にこ

の認定を左右するに足りる証拠はない。

したがって,本件顧客名簿が不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当する

との控訴人の主張は,その理由がなく,採用できない。

(3) 次に,本件仕入先名簿の営業秘密の該当性について検討すると,控訴人は,

本件仕入先名簿を控訴人店舗の書類入れロッカーに鍵をかけて保管していた旨を主

張し,控訴人代表者の供述(甲2,原審控訴人代表者)も,これに沿うものである。

しかしながら,控訴人代表者の上記供述は,本件仕入先名簿の存在を抽象的に説

明するのみで,その形態等について何ら具体的に説明しておらず,また,控訴人店

舗2階のロッカーに保管されていた仕入商品の台帳にも,仕入先の名前等が記載さ

れていると認めるに足りる的確な証拠はなく,他に控訴人の仕入先を名簿状にまと

めたものが存在することを裏付けるに足りる的確な証拠はない。

また,仮に,控訴人従業員が仕入先から受領した名刺等が本件仕入先名簿に相当

するものであるとしても,それらに記載の情報が秘密であることを示すに足りる表

示などを付した上で保管されていたと認めるに足りる証拠はない。しかも,前記2

(2)に認定のとおり,秘密保持義務について規定した本件就業規則についても控訴

人従業員に対する周知の手続が採られたものとは認められず,また,前記(1)に認

定のとおり,控訴人代表者が控訴人従業員に対して名刺ホルダー等の保管について

厳しく指示していたとの事実も認められない。

以上によれば,本件仕入先名簿は,その存在を直ちに認めることができず,仮に

それが名刺等の形態で存在するとしても,それが秘密として管理されていたとは認

められず,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

13
したがって,本件仕入先名簿が不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当す

るとの控訴人の主張は,その前提を欠き,採用できない。

(4) なお,控訴人は,本件顧客名簿及び本件仕入先名簿の組合せ情報,すなわ

ち各顧客ごとにそれぞれ売れ筋商品が異なることから,どの顧客がどの仕入先の商

品を購入する実績又は可能性があるかという情報も,控訴人の営業秘密に該当する

旨を主張する。

しかしながら,本件顧客名簿に相当する名刺ホルダー,ノート及びパソコンに登

録されたデータは,前記1(3)に認定のとおり,顧客の商号,住所及び電話番号等

を記載したものであるにすぎず,控訴人主張に係る組合せ情報が記載されていたと

認めるに足りる証拠はない。

また,控訴人の上記主張が,控訴人の売掛台帳,仕入帳,仕入発注書及び仕入契

約書等の記載内容が控訴人の営業秘密に該当する旨の主張であると解したとしても,

控訴人がこれらの台帳等を秘密として管理していたと認めるに足りる証拠はない。

したがって,控訴人の上記主張も,採用することができない。

4 結論

以上の次第であるから,争点3ないし5について判断するまでもなく,控訴人の

被控訴人らに対する損害賠償請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は棄

却されるべきものである。



知的財産高等裁判所第4部




裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣




裁判官 井 上 泰 人

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裁判官 荒 井 章 光




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