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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ14972不正競争行為差止等請求事件 平成17ワ22496損害賠償等請求事件 判例 不正競争防止法
平成17ワ2682損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
平成15ワ27899不正競争行為差止等請求事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 特段の事情 /  類似性(類似) /  適用除外 /  差止請求(差止) /  侵害 /  代理人 /  代表者 /  秘密管理(秘密管理性) /  秘密保持義務 /  有用性 /  非公知性 /  営業秘密 /  2条1項7号 /  不正の利益を得る目的(図利目的) /  損害賠償 /  損害額 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 7445号 損害賠償等請求事件
原告 株式会社ユニ・ピーアール
訴訟代理人弁護士 青田容
被告 ライトクロス株式会社
被告A
被告両名訴訟代理人弁護士 毛受久
同 太田純
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/10/01
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告ライトクロス株式会社は,その主宰に係るフランチャイズチェーンにおいて,別紙2の記載を含むマニュアルを使用してはならない。
2 被告ライトクロス株式会社は,自ら又はその主宰に係るフランチャイズチェーンのフランチャイジー店において保持するマニュアルから,別紙2の記載部分を削除せよ。
3 被告ライトクロス株式会社は,別紙2に記載されたクレープの焼き方,材料配分方法を使用してクレープを製造してはならず,その主宰に係るフランチャイズチェーンのフランチャイジー店において,上記の焼き方及び材料配分方法を使用してクレープを製造させてはならない。
4 被告らは,原告に対し連帯して,7540万6500円及びこれに対する平成13年4月27日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 仮執行宣言
事案の概要
原告は,「クレープハウス・ユニ」なる名称のクレープ販売店のフランチャイズチェーンを主宰する株式会社である。被告A(以下「被告A」という。)は,原告の元従業員であり,被告ライトクロス株式会社(以下「被告ライトクロス」という。)は,被告Aが設立し,代表取締役を務める株式会社である。被告ライトクロスは,「アフロディーテ」なる名称のクレープ販売店のフランチャイズチェーンを主宰している。
原告は,原告が使用するマニュアルの別紙1の部分に記載されたクレープミックス液の材料及び配合比率は原告の「営業秘密」(不正競争防止法2条4項)に該当するところ,被告らは,被告Aが原告会社在職当時に原告から示された上記営業秘密を,不正の競業その他の不正の利益を得る目的で,被告ライトクロスの主宰する上記フランチャイズチェーンにおいてマニュアルに記載して使用している(同条1項7号)と主張して,被告ライトクロスに対し,その使用するマニュアルのうち上記営業秘密に係る記載部分を含むマニュアルの使用の差止め及び同マニュアルからの上記営業秘密に係る記載部分の削除を求めるとともに,被告らに対し,損害賠償として7540万6500円を連帯して支払うことを求めている。また,仮に上記不正競争防止法上の請求が認められない場合には,予備的に,一般不法行為(民法709条)を理由に,被告らに対して,損害賠償7540万6500円を連帯して支払うことを求めている。
1 前提となる事実(当事者間に争いがない) (1) 原告は,食品の製造販売を業とする株式会社であり,「クレープハウス・ユニ」の名称で,クレープの小売販売及び店舗内飲食を主たる営業内容とする店舗のフライチャイズチェーンを主宰している。
被告Aは,昭和62年4月1日から平成2年1月31日まで原告会社に従業員として在職した。同被告は,原告会社在職当時開発部に所属し,主として新規フランチャイジーを開発する業務を担当していた。
(2) 被告Aは,平成2年1月末日に原告会社を退職した後,訴外サンライフ株式会社(以下「サンライフ」という。)の従業員となった。サンライフは,「フォーシーズン」の名称で,アイスクリームやクレープの販売を営業内容とする店舗のフランチャイズチェーンを主宰する株式会社であるが,当時,飲食業関係のフランチャイズ事業を始めようとしていた時期であり,被告Aは,サンライフ入社後,上記「フォーシーズン」の立ち上げに担当者として関与し,フランチャイズ店の開拓,新業態の開発,商品企画等に従事した。
(3) 被告Aは,平成8年1月にサンライフを退社し,同年4月に,被告ライトクロスを設立して,自らその代表者となった。被告ライトクロスは,「アフロディーテ」の名称で,パンやクレープ等の販売を営業内容とする店舗のフランチャイズチェーンを主宰する株式会社である。
(4) ところで,原告が主宰するフランチャイズ事業においては,加盟店(フランチャイジー)に対し,クレープの製造・調理方法,従業員の管理,金銭管理その他店舗運営の全般に関する内容を記載したマニュアル(以下「原告マニュアル」という。)を貸与しており,被告Aも,原告会社に従業員として在職した当時,新規フランチャイジー開発の業務を行うため,その貸与を受けていた。
原告マニュアルには,別紙1(1頁及び2頁)の各記載が含まれているところ,そのうち「調理マニュアル(A)」と題する部分には,「本部より供給されるクレープミックス粉920gでφ40cmのクレープが28枚焼けます。」と記載された上,「@ 標準分量(1ボウル)」の項において,下記のとおり,クレープミックス液の材料及び配合割合等が記載されている(以下,上記の,クレープミックス粉を「原告粉」,クレープミックス液の材料及びその配合割合を「原告配合」という。)。
A 水 800ml B 牛乳 800ml C リキュール 少々(キャップ1/2程度) D バニラエッセンス 少々(2〜3滴程度) E サラダオイル 20g F クレープミックス(920g)を上記の材料に入れ, ダマが残らないよう,よくかき混ぜる。
G 卵 8ケ(M玉) H 軽くかき混ぜる I その後冷所に10分〜30分程度ねかせておく。
(5) 被告ライトクロスが主宰するフランチャイズチェーンにおいても加盟店に対してマニュアル(以下「被告マニュアル」という。)を貸与しているが,同被告の設立時(平成8年4月)から少なくとも平成12年10月ころまでは,被告マニュアルには,別紙2(1頁及び2頁)の各記載が含まれていた。
上記記載の内容は,「A)調理マニュアル」と題する部分には,「本部より供給されるクレープミックス粉1kgでφ38cmのクレープパテが30枚焼けます。」と記載された上,「1 クレープミックス液の作り方」の項において,「下記はφ38cmのクレープパテ30枚を焼くための手順です。@〜Fの順でミキシングボールに材料を入れミックス液を作ってください。」との文章とともに,下記のとおり,クレープミックス液の材料及び配合割合等が記載されている(以下,上記クレープミックス粉を「被告粉」,クレープミックス液の材料及びその配合割合を「被告配合」という。)。
@ 水 800cc A牛 乳 800cc Bサラダオイル 適量(大スプーン1杯) Cバニラエッセンス 適量(2〜3滴) Dコアントロー(オレンジリキュール)7cc(キャップ1/2) Eクレープミックス 1kg 以上の時点でダマが無くなるまでホイッパーで良くかきまぜます。
F 卵 8ケ(Sサイズ・9ケ/Mサイズ・8ケ/Lサイズ・7ケ) 卵の白身が残らないようにホイッパーで良くかき混ぜるとクレープ ミックス液の出来上がり。
2 争点 (1) 上記原告配合が,不正競争防止法2条4項の要件を満たし,同法上の「営業秘密」に該当するか(争点1)。
(2) 原告配合が「営業秘密」に該当する場合,被告の用いる被告配合が原告配合と同一のものであり,したがって,被告が原告の営業秘密を使用していると認められるか(争点2)。
(3) 争点1及び争点2がいずれも肯定される場合,本件において,不正競争防止法の一部を改正する法律(平成5年法律第47号)付則4条(経過措置)の適用により,不正競争防止法の差止請求,損害賠償請求等に関する規定が適用されないか(争点3)。
(4) 一般不法行為(民法709条)の成否(争点4) (5) 原告の損害額(争点5)
当事者の主張
1 争点1(原告配合が,不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するか)について (原告の主張) ア 原告配合は,原告粉1000グラムに対して卵8個,牛乳800cc及び水800ccの割合で配合することを最大の特徴とするもので,原告の長年にわたる研究・開発の成果である。この配合により,独自の質感,食感,味わいを出しつつ,焼き上がったクレープが冷めても美味しさが失われることなく,また,冷めてから折り曲げてもクレープパテが切れることなく中に具を包むことを可能にしている(有用性)。
イ 原告配合は,原告マニュアルにしか記載されておらず,原告会社内においては,入社して研修を受ける際に各従業員に専用のマニュアルが貸与され,在職中は各従業員がこれを保管し,退職時に返還することになっている(原告会社就業規則(甲28)54条1項)。同マニュアルの冒頭には,秘密文書扱いであること及びコピー禁止であることが明記され,就業規則上,会社の業務上の秘密を他に漏らさないことが定められている。また,フランチャイジー各店においては,フランチャイズ契約締結直後に同マニュアルが貸与・交付され,上記のとおりの秘密文書扱いの記載に従って,オーナーないし店長がこれを管理し,従業員が店舗外に持ち出すことを禁止するなどしている。そして,同マニュアルは,契約終了後直ちに原告に返還するものとされ(クレープハウス・ユニフランチャイズ契約書(甲26)19条2項),同契約に基づいて知り得た一切の事項について秘密保持義務が課せられるとともに,この義務は契約終了後も存続するものとされている(同14条)。
上記のとおり,原告マニュアルは,原告会社内部及びフランチャイジー各店において,規定上も現実にも秘密文書として扱われており,その内容が容易に外部に漏れるような保管管理はされていない(秘密管理性)。
ウ このように,原告配合は,原告独自の研究・開発に基づくものであり,かつ,厳重に管理されてきたものであることから,いまだ公然と知られてはいない(非公知性)。
被告らは,被告Aが前記フォーシーズン立ち上げに関わった際に作成したサンライフのマニュアルに,原告配合の内容が記載されているから,同マニュアル作成とともに,原告配合の非公知性は失われた旨主張する(後記(被告らの主張)ウ参照)。
しかし,フランチャイズチェーンにおけるマニュアルは,最も重要な意義を持つノウハウとして加盟者にのみ開示される事項であり,極めて限定された範囲内の者しか認識し得ない。フランチャイザーの側からは,秘密保持義務が厳しく課されるし,フランチャイジーの側も,対価を支払って取得した重要なノウハウを公開するはずがない。したがって,サンライフのマニュアルに記載されたからといって,原告の営業秘密が不特定人に明らかにされたということはできず,明らかにされたという具体的な事実もない。よって,被告の上記主張は失当である。
エ 以上のとおり,原告配合は,不正競争防止法2条4項の要件をすべて満たしており,同法上の「営業秘密」に該当するものである。
(被告らの主張) ア 原告は,原告配合を営業秘密であると主張するが,クレープミックス液の材料が水・牛乳・卵等であることは,飲食業界はもちろん家庭用の料理レシピにも掲載されている初歩的な知識にすぎず,また,主たる材料である原告粉に対する水,卵その他の調味料の配合割合も,業界ではごく一般的なものにすぎない。業者が秘密にしているのは,むしろ主たる材料である粉の成分で,原告会社も被告会社も,それぞれ秘伝の粉というべきオリジナルの粉を有している。クレープの出来映え(食感,風味等)は,粉に大きく依存しており,粉の成分を抜きにして,その余の水,卵,その他各種調味料の配分や焼き方を問題にしても意味がない。
したがって,原告配合は,いわゆる有用性及び非公知性の要件をいずれも欠いており,不正競争防止法上の「営業秘密」にあたらない。
イ 原告会社のフランチャイジーは,ほとんどすべてがガラス張り店舗であって,なかには原告ミックス液をこねていく過程から顧客にデモンストレーションしている店舗も存在する。また,被告が実地調査した結果によれば,そこで働く従業員に話しかけると,クレープの製造レシピ等についても気安く教えてくれた。
上記のとおり,原告配合は秘密としての管理が徹底されているとはいえないものであり,いわゆる秘密管理性の要件を満たさない。
ウ 被告Aは,平成2年1月末に原告会社を退社して,同年4月にサンライフに就職し,そのころ,クレープ製造レシピの作成にも主任的立場で関与して,被告マニュアルの被告配合記載部分と同一の内容が記載されたマニュアル(乙26)を作成した(前記第2の1(2)参照)。
被告Aがサンライフでマニュアルを完成させた上記行為が,仮に法的にはサンライフの行為であると評価されるとしても,当該マニュアルの完成以後,それが同社内で利用され,社外においても加盟店に広く頒布されてしまった以上,遅くとも平成8年4月に被告ライトクロスが設立されるまでには,原告主張に係る「営業秘密」である原告配合は,いわゆる非公知性を喪失したというべきである。
エ 以上から明らかなとおり,いずれにせよ,原告配合は不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しない。
2 争点2(被告の用いる被告配合が原告配合と同一のものであり,したがって,被告が原告の営業秘密を使用していると認められるか)について (原告の主張) 市販されている料理本やクレープミックス粉の袋の説明書の各記載を整理してみればわかるとおり(平成13年7月5日付け原告準備書面末尾の一覧表参照),粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccであるのは原告配合及び被告配合のみである。さらに特徴的であるのは,牛乳と水を1対1の割合で配合していることであり,この特徴を有するのは原告配合と被告配合の他にはない。調味料としてリキュールを入れる点も同様である。
以上からすれば,被告配合は原告配合と同一のものというべきであり,被告が原告の営業秘密である原告配合を使用している事実が認められる。
(被告の主張) 被告配合においては被告粉が用いられており,前項1で述べたとおり,まず,焼き上がったクレープの出来映えに最も大きな意味を持つ粉において,原告配合と異なっている。
また,原告配合と被告配合は,ミックス液調合の前提となる粉の重量が異なる。すなわち,原告配合における原告粉は920グラムであるのに対し,被告配合における被告粉は1キログラムである。1枚あたりに必要な粉のグラム数を計算すると,80グラムは約2.4枚分に相当するから,上記の差は決して小さなものではない。さらに,粉1000グラムを前提にすると,原告配合と被告配合においては,水分(牛乳と水)で約69.57グラム,卵で0.7個もの差が生じる。仮にこれを同一の範囲内であるとみて,営業秘密の利用であるとするならば,それはとりもなおさず,原告配合が,いわば「美味しいクレープの作り方」一般を示した,非常に幅の広い参考数値にすぎないことを意味するものであって,その場合,有用性の要件が欠けるというべきである。
上記のとおり,被告配合は原告配合と同一のものとはいえず,被告が原告配合を利用している事実はない。被告配合は,被告Aが,原告会社に勤務するずっと以前に勤務していた「ペリカン」という名称のカフェレストランの人気メニューであったホットケーキのミックス粉にヒントを得て,サンライフにおけるオリジナルミックス粉開発,そして被告ライトクロス設立後のオリジナルミックス粉開発等の経緯を経て完成した独自のノウハウである。
なお,原告は,市販されているミックス粉のレシピ等を対照資料にして,原告配合と被告配合の類似性を際立たせようとしているが,そもそも,これらは粉に比して水分が多く薄いパテに仕上がるディッシュスタイルのクレープに関するものであり,それに対して,原告配合及び被告配合は,いずれもテイクアウトを指向した,ミックス粉と水分の比率が約1:2であるパンケーキに近いクレープに関するものであるから,上記レシピ等を対照資料に選択すれば,これらに比して原告配合と被告配合が強い類似性を示すのは当然である。したがって,原告の立証方法は必ずしも当を得ていない。
3 争点3(不正競争防止法付則4条〔経過措置〕の適用の有無)について (被告らの主張) 不正競争防止法(平成5年法律第47号)付則4条(経過措置)は,不正競争防止法の平成2年改正(平成2年法律第66号による改正)の施行日である平成3年6月15日前に開始した,現行不正競争防止法(平成5年法律第47号)2条1項7号に規定する営業秘密を使用する行為を継続する行為を対象に,同法の適用除外を定めた規定である。そもそも,かかる経過措置が設けられた趣旨は,従前の法規制を前提に行動してきた者に対してまで,差止請求権等を含む平成2年改正法の強力な規制を及ぼすとなると,それまでの行動予測可能性を覆すことになり,妥当でないと判断されたからである。そうだとすれば,ある個人が第三者のために誰かの営業秘密を利用する場合,この行為を法的ないし経済的効果帰属主体の利用行為であるとみて,当該個人の利用行為でないとすることは,上記立法趣旨をことさら狭めることになる。自分自身のために利用していれば適用除外となるのに対し,第三者のために利用している場合には,たとえ同じ事実状態が継続しても適用除外されないというのは余りに不均衡だからである。したがって,法的ないし経済的効果の帰属主体に関係なく,事実行為を含めて継続した利用関係が認められれば,その主体も適用除外の対象になると解すべきである。
これを本件についてみるに,前記のとおり,被告Aは,平成2年1月末に原告会社を退社した後,同年4月ころには,第三者であるサンライフのために,被告マニュアルの被告配合記載部分と同一の内容が記載されたマニュアルを作成したものである。これは,いわば職務発明類似の行為によって自己の有するノウハウをサンライフに伝授したにすぎず,その行為には,事実行為として被告A自身の利用行為が内在する。同被告はマニュアルの完成後もサンライフのために行為したが,自己の教示したノウハウを利用してサンライフで活動する行為は,事実状態として,なお同被告自身の利用行為と評価することができ,その後の被告ライトクロス設立の準備行為,同被告設立後の商品化,加盟店に対する助言などの際,間断なく上記事実状態としての利用行為を継続してきたといえる。
よって,本件においては,被告Aの上記利用行為は適用除外の対象となり,その反射的効果として,被告ライトクロスの利用行為もまた適用除外の対象になるというべきである。
(原告の主張) 本件においては,そもそも,被告Aの発案により,原告の営業秘密である原告配合が,平成3年6月15日以前にサンライフにおいて使用されていた事実が明らかでない。仮にこのような事実が存在したとしても,原告の営業秘密を使用したのはサンライフであって,被告Aではない。したがって,少なくとも被告ライトクロスが上記営業秘密を使用する行為については,上記年月日以前からの使用を継続する行為であるとは認められない。
4 争点4(一般不法行為の成否) (原告の主張) 仮に不正競争防止法に基づく請求が認められなかったとしても,原告マニュアルの別紙1の記載部分と被告マニュアルの別紙2の記載部分を比較対照すれば,両者は同一ないし類似するものであって,被告Aが原告会社の就業規則に違反して原告マニュアルを持ち出して使用し,被告らが共謀して原告の営業秘密に関する権利を侵害して,原告に損害を被らせたということができるから,被告らの行為は,一般不法行為(民法709条)に該当する。
(被告らの主張) 被告らの行為が一般不法行為(民法709条)に該当する旨の原告の主張は,これを争う。
5 争点5(原告の損害額)について (原告の主張) 被告のアイスクレープ1枚あたりの販売価格は少なくとも平均300円であり,利益率は少なくとも20%である。原告の調査によれば,被告は平成9年から平成12年までの間に合計167万5700枚のアイスクレープ用三角キャップの納入を受けているから,その少なくとも75%以上が販売に使用されたとすると,被告は,少なくとも7540万6500円の利益を得たことになる。
よって,原告は,不正競争防止法5条1項に基づき上記額の損害賠償及びこれに対する遅延損害金を請求する。
また,原告は,予備的請求として,被告らに対し,民法709条に基づき上記額の損害賠償を請求する。
(被告らの主張) 原告の損害額の主張は,争う。
クレープ業界においては,粉1キログラムをいくらで卸すかという点に粗利計算の基本があり,原告のように小売価格の何割が原価かという計算をするのは,フランチャイジー(加盟店)の側である。1キロあたりの粉の卸価格を前提に計算すれば,クレープ1枚あたりのフランチャイザー側の利益は十円単位のものにすぎず,そこから,原告の主張する20%の利益率,三角キャップ納入枚数の75%の実売(被告はこの点も争うものであるが。)という数値を前提に計算すれば,出る利益は350万円程度である。原告の請求は過大なものといわざるを得ない。
当裁判所の判断
1 争点1,2について ア 原告は,前記第2の1(4)記載に係るクレープミックス液の材料及びその配合割合(すなわち原告配合)そのものが原告の営業秘密であり,とりわけ粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点,牛乳と水を1対1の割合で配合した点,及び,調味料としてリキュールを配合した点などが他に見られない特徴である旨主張する。
しかしながら,原告提出の証拠(甲3ないし25)によっても,クレープミックス液の主たる材料として,ミックス粉,卵,牛乳ないし水(あるいはその両方)を用いることは公知であると認められる上に,原告が原告配合の特徴であると主張する上記の諸点も,同配合が営業秘密であることを根拠付けるものと認めるには足りない。すなわち,@粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点,A牛乳と水の配合割合が1対1である点,及び,B調味料としてリキュールを配合した点については,本件で提出された全証拠によっても,これらの点がクレープの品質を有意に向上させることの個別の立証がされていないばかりか,これら諸点を兼ね備えることで,クレープの品質が有意に向上することの立証もされていない。
上記@の点については,証拠(甲3ないし25,乙20の1ないし15,乙21及び乙24)に照らせば,このような配合割合は,一般にホットケーキより薄目で,食感がクレープに比較的近いと思われるパンケーキにおいては珍しくないものであること,したがって,皿に載せて食に供するため薄く仕上げるタイプのクレープに比して,原告及び被告が製造・販売する,粉に対する水分の割合が低めで堅めに仕上がるテイクアウト中心のタイプのクレープにおいても,当然に考えられる配合の割合であることがうかがわれる。また,上記Aの点についても,原告は,この配合割合が製造コストを一定の線に保ちつつ,冷めても味の落ちない食感の良いクレープを製造するために最適な配合である旨主張するものの,上述したとおり,牛乳と水を1対1の割合で混ぜたからといって,それがクレープの品質にとって,どのように,どの程度有用であるのかは,証拠上一切明らかでない。
上記@,Aの点については,むしろ証拠(乙9,乙16の2,乙17の2,乙22,乙23及び乙28)に照らせば,被告が主張するとおり,焼き上がったクレープの品質は,主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定されるものであって,粉に対する水分(牛乳及び水)の量や,牛乳と水の配合割合も,個別の粉の成分との関係を離れて一般的に成立するような普遍的なレシピが存在し得るものではないと認められる。すなわち,乙17(日清製粉且都圏営業部作成の平成13年6月20日付け比較検査結果報告書)によれば,異なる4種類の粉(ミックス粉3種類,小麦粉1種類)を用いて,いずれも原告配合に従ってクレープを製造したところ,粘度を示すcps値(水をゼロとして,数値が高いほど,粘度が強いことを示す。)がすべて異なり,食感,風味,焼色もすべて異なったことが認められる。
また,原告配合と被告配合は,ミックス液調合の前提となる粉の重量が異なり,原告配合における原告粉が920グラムであるのに対し,被告配合における被告粉が1キログラムであるところ,乙16(日清製粉且都圏営業部作成の同年6月4日付け比較試験結果報告書)によれば,同一のミックス粉を用いて,原告配合の重量(920グラム)と被告配合の重量(1キログラム)により,それぞれクレープを製造したところ,粘度を示すcps値が異なり,殊に被告粉を用いた場合には,被告配合による製品が562.5cpsであるのに対して,原告配合による製品は312.5cpsであり,大きく値が異なったことが認められる。そうすると,原告配合と被告配合の上記の差異は製品としてのできばえに影響するものであって,原告の主張するように,両者を,ともに粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccという範囲に属することを理由として,同一の製法ということはできないというべきである。
さらに,上記Bの点についても,確かに調味料としてリキュールを配合するのは原告配合及び被告配合に共通してみられる特徴であるが,ケーキ等の焼き菓子類の原料に香料としてリキュール類を加えることがあることは,料理法として広く知られたものである上,原告配合においては単に「リキュール」としか記載されていないところ,被告配合においては,「コアントロー(オレンジリキュール)」と,クレープミックス液に加えるべきリキュールを特定の種類のものに限定しているものである。そうすると,原告配合において何らかの意味があるとすれば,個別の種類のリキュールの風味とは関係なく,1キログラムの粉に対してキャップ1/2程度の量のリキュールを加えるという,分量的な点(粉に対する配合比率)に意味があると考えるほかはないが,リキュールの配合比率を上記の割合にすることについては,これが原告配合における独創であり,また,当該配合比率をとることによって,できあがったクレープの食感ないし風味にどのような効果を生ずるものかは,証拠上全く明らかではない。
以上の検討によれば,原告配合がいわゆる有用性の要件を満たすものとは認められない。また,有用性の観点から見て,原告配合と被告配合が同一のものというものとは認められないから,原告マニュアルに記載されたクレープのミックス液の配合割合に関する情報を,被告が使用しているということもできないというべきである。
イ 前記「前提となる事実」欄記載の事実(前記第2の1(2)記載)に加えて,証拠(甲1の1ないし4,甲2の1ないし3,乙22ないし27)及び弁論の全趣旨によれば,被告Aは,平成2年1月末に原告会社を退社して,同年4月ころにはサンライフに就職したこと,同被告は,当初から,サンライフにおける飲食店フランチャイズ事業の企画・実現に関わり,クレープ製造レシピの作成等にも主任的立場で関与して,前同月ころ,被告マニュアルの被告配合に関する記載部分と同一の内容が記載されたマニュアル(乙26)を作成したことの各事実が認められる。
そうすると,もし仮に原告の主張するとおり,原告配合と被告配合が同一の内容のものであると評価できるとするならば,原告が営業秘密であると主張する原告配合の内容は,平成2年4月の時点で,サンライフのマニュアルに記載されることで,競業他社であるサンライフ及びその参加のフランチャイジーに明らかとなっており,また,原告の管理の及ばない状態となっていたのであるから,いわゆる非公知性及び秘密管理性の要件を喪失したものというほかない(被告Aの関与によりサンライフのマニュアルが作成された時期は,不正競争防止法の平成2年改正(平成2年法律第66号による改正。平成3年6月15日施行)により,営業秘密が不正競争防止法による保護の対象とされる前のことである。)。
以上によれば,原告配合については,いわゆる非公知性及び秘密管理性の要件を満たすものとも認められない。
ウ 以上のとおり,原告がその営業秘密であると主張する原告配合は,有用性の要件を満たさず,被告においてこれを使用しているということができない。また,非公知性及び秘密管理性の要件を満たすものともいえない。
したがって,いずれにしても,これを不正競争防止法上の「営業秘密」に当たるものであるという原告の主張は,失当である。
以上によれば,不正競争防止法に基づいて差止め及び損害賠償を求める原告の請求は,いずれも理由がない。
2 争点4について 市場における競争は本来自由であるべきところ,一定の範囲の行為についてのみ不正競争行為としてこれを規制する不正競争防止法の趣旨に照らせば,同法による規制の対象とならない行為については,当該行為が市場において利益を追求するという観点を離れて,ことさら相手方に損害を与えることのみを目的としてなされたような特段の事情が存在しない限り,民法709条の1般不法行為を構成することもないというべきである。
しかるところ,本件において,原告が被告による一般不法行為として主張する内容のうち,被告配合が原告配合と同一である点については,前項1で検討したとおり,不正競争行為に該当するものではない。そして,原告が主張するその余の点である,クレープの焼き方に関するマニュアル記載部分の一致ないし類似についても,証拠(乙8,乙14,乙15及び乙28)及び弁論の全趣旨によれば,上記クレープの焼き方それ自体が調理方法として厳密に秘匿されているわけではなく,むしろ,必ずしも調理経験の豊富でない従業員が店頭で調理・販売することの多い,この種のフランチャイズチェーン店展開の実情にかんがみ,誰でも失敗せずに食感の良いクレープを作れるよう一般化した調理方法であることがうかがわれ,競業者において見られる類似の範囲を出るものではないということができる。したがって,両者のマニュアルの記載の類似点は,市場における自由な競争行為の範囲を超えたものとまではいえない。また,本件において,被告らの行為がことさら原告に損害を与えることのみを目的としてなされたような事情を,認めるに足りる証拠はない。
したがって,民法709条の1般不法行為を根拠とする原告の予備的請求も,理由がない。
3 結論 以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないので,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之