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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ネ1837損害賠償等請求控訴事件 判例 不正競争防止法
平成17ワ2682損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
平成17ワ8362不正競争行為差止等請求事件 判例 不正競争防止法
平成12ネ4119秘密保持義務存在確認等請求控訴事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 信義則 /  類似性(類似) /  外観 /  印象 /  記憶 /  差止請求(差止) /  過失 /  競業関係 /  代理人 /  秘密管理(秘密管理性) /  秘密として管理 /  有用性 /  非公知性 /  営業秘密 /  2条1項4号 /  2条1項5号 /  保有者 /  損害賠償 / 
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事件 平成 11年 (ワ) 903号 販売差止等請求事件
原告 株式会社松風
訴訟代理人弁護士 酒見康史
被告 山八歯材工業株式会社
被告A
両名訴訟代理人弁護士 相羽洋一
裁判所 京都地方裁判所
判決言渡日 2001/11/01
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告山八歯材工業株式会社は,別紙商品目録記載の商品を販売してはならない。
2 被告山八歯材工業株式会社は,前項の商品を製造するための石膏原型及び金型を廃棄せよ。
3 被告らは,原告に対し,連帯して,200万円及びこれに対する被告山八歯材工業株式会社は平成11年4月27日から,被告Aは平成11年4月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 1項ないし3項につき仮執行宣言
事案の概要
1 事案の要旨 本件は,原告が,原告の従業員であった被告A(以下「被告A」という。)が,原告の営業秘密である人工歯の原型を持ち出し,被告山八歯材工業株式会社(以下「被告会社」という。)に開示し,被告会社が故意もしくは過失によって同営業秘密を使用して別紙商品目録記載の商品(以下「被告商品」という。)を製造販売しているとして,被告会社に対し,不正競争防止法2条1項5号,6号,3条に基づいて被告商品の販売の停止,被告商品の製造のための石膏原型及び金型の廃棄を求めるとともに,被告Aに対しては同法2条1項4号,4条,民法719条に基づき,被告会社に対しては不正競争防止法2条1項5号,6号,4条,5条1項,民法719条に基づき,損害賠償として,連帯して200万円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日(被告会社につき平成11年4月27日,被告Aにつき同月24日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 基本的事実関係(証拠の摘示がないものは,争いがないか弁論の全趣旨により認められる。) (1) 当事者 ア 原告は,医療用具,医薬品の製造,輸出,輸入,販売等を目的とする株式会社であり,被告会社は,医療用具の製造,販売を目的とする株式会社である。
イ 被告Aは,原告勤務を経て現在は被告会社に勤務している。その略歴は以下のとおりである。
昭和26年 3月21日 原告入社(人工歯開発) 昭和44年 4月 1日 研究所主任研究員 昭和49年 1月 1日 研究開発部主任研究員 平成 3年10月23日 研究開発部嘱託(主任研究員) 平成 9年 4月22日 原告退職 平成 9年 6月 被告会社採用(嘱託) 平成10年 7月 被告会社正社員 (2) 原告において,新型人工臼歯の開発は,被告Aの関与のもとに以下のように行われた(甲284,乙44)。
ア 平成6年3月,開発商品の目標を以下の5項目と決定した。
(ア) 作製工程の一部である人工歯排列操作(義歯を作る時,人間の本来あった歯の位置に人工歯を排列する操作)が容易にできること。
(イ) 一歯対二歯の咬合様式(下臼歯二歯に対し,上臼歯一歯をもって咬合させる様式)を,一歯対一歯の嵌合とする。
(ウ) 上顎舌側咬頭(「舌側」は歯の内側,「咬頭」とは歯の山なりに飛び出した箇所をいう。)を強調し,下顎窩(下臼歯の窪んだ箇所)に強く嵌合する。
(エ) 咬合時の咀嚼圧を軽減するために,深いスピルウエー(歯を噛み合わせたときに食物が流れる溝)を形成する。
(オ) 人工歯咬合面をわずかに調整することで個々の顎運動に適合できるものとする。
イ 平成6年9月,新臼歯左側上下各4臼歯の石膏原型を完成。なお,右側については後記「ミラー反転」という手法によりこれを作製することになっていた。
ウ 平成6年12月,加工機により,ミラー反転を行い,右側上下各4臼歯を試作。この段階で,左右側上下各4臼歯(合計16臼歯)のケミウッド材料(ケミカルウッド,すなわち木をプラスチックにより固めた材料のこと。)による金型マスターを完成。
エ 上記ケミウッド型から作製した石膏歯をもとに,一部修正を加えた後,加工機により人工歯の三次元形状をデータ化した。
オ 平成7年9月,上記データ(33型)を縮小して30型(上顎4臼歯の幅が30ミリメートルあるタイプのもの。)金型用マスターを作製。この金型用マスターをもとに,石膏歯(不具合をチェックするための人工歯見本)を4個作製した(これを「本件原型」という。被告Aがそのうちの1個を所持し,持ち出したかが争われている。)。
カ 平成10年4月,試験金型完成。
(3) 原告の現在の人工歯の作製工程(甲284) ア 石膏原型の作製 人工歯を作製するための基本原型を作製する。
咬合器を使用し,人の顎と同じ動きをさせながら石膏の固まりを彫刻し,歯の形状に作製する。
イ メロット原型の作製 人工歯は,人の歯に似せるために2層又は3層で構成されており,次段階での作業を行うために複数のメロット歯を作製する。
石膏原型を使用し,2つ割りに作った石膏分割型を作製する。この石膏型に低温(摂氏約60度)で溶融する金属(メロットメタル)を流し込み,メロット原型を作製する。別紙原告模式図1記載のとおり,メロットを複数個作製し,メロット原型の斜線部を彫刻刀等で削り,エナメル層用メロット,デンティン層用メロット,ベース層の形状を作る。なお,メロットメタルは非常に柔らかい金属であり彫刻が容易に行える。
ウ デジタイジングマスターの作製及び歯の形状の数値化 メロットメタルは,柔らかいため,形状計測機を使用すると傷がつき,事後の作業に使用できないため,歯の形状を数値化するためのエポキシ型とする。
この作業を「デジタイジングマスターの作製」という。
メロット原型をもとに,エポキシ樹脂の分割型を作製する。そして,先に作製した石膏分割型に外形用メロットを置き,枠をして上からエポキシ樹脂を流し込み硬化させる。エポキシ樹脂の硬化後,メロットを取り外せばエポキシ型(A型)ができあがる(別紙原告模式図2-1)。
エポキシ型(A型)にメロット原型(外形用メロット)を置き,枠をしてからエポキシ樹脂を流し込み,硬化させる。取り外すとエポキシ型(B型)ができあがる(別紙原告模式図2-2)。
エポキシ型(B型)にエナメル層用メロットを置き,枠をしてからエポキシ樹脂を流し込み,硬化させる。取り外すとエポキシ型(C凹型)ができあがる(別紙原告模式図2-3)。エポキシ型(B型)にデンティン層用メロットを置き,枠をしてからエポキシ樹脂を流し込み,硬化させる。取り外すとエポキシ型(D凹型)ができあがる(別紙原告模式図2-4)。
エポキシ型(C凹型)に枠をしてからエポキシ樹脂を流し込み,硬化させる。取り外すとエポキシ型(C型)ができる(別紙原告模式図2-5)。エポキシ型(D凹型)に枠をしてからエポキシ樹脂を流し込み,硬化させる。取り外すとエポキシ型(D型)ができあがる(別紙原告模式図2-6)。
上記の作業によってできあがったエポキシ型(A型ないしD型)をデジタイジングマスターと呼ぶ。
形状計測機の金属スタイラスでデジタイジングマスターの表面をなぞって歯の形状を数値化する(別紙原告模式図3)。
エ 金型用マスターの作製 金型を作製するための原型を作製する。
数値化した形状データによりケミカルウッドをエンドミル(切削用の錐)を使用して機械加工し,金型用マスターを作製する(別紙原告模式図4)。数値化した形状データをコンピュータによりミラー反転(データ反転)し,この形状データによりケミカルウッドをエンドミルを使用して機械加工し,金型用マスターを作製する。
この工程において,金型用マスターに石膏を流し込み,不具合をチェックするための人工歯の見本が作製される(本件原型もこれに属する。)。
オ 金型の作製 人工歯を作製するための金型を作製する。
金型用マスターを複製し,金型とする。
カ 人工歯の製造 金型(A型)にエナメル原料を詰め,金型(C型)を合わせ,加圧・加熱してエナメル層を成形する(別紙原告模式図6-1)。金型(C型)をはずし,金型(A型)にデンティン原料を詰め,金型(B型)を合わせ,加圧・加熱してデンティン層を成形する(別紙原告模式図6-2)。金型(D型)をはずし,金型(A型)にベース原料を詰め,金型(B型)を合わせ,加圧・加熱してベース層を成形し(別紙原告模式図6-3),成形歯となる(別紙原告模式図6-4)。
(4) 被告の行為 被告会社は,平成10年8月21日,別紙商品目録記載の商品(以下「被告商品」という。)を自社開発商品として「硬質レジン歯エフセラーPシンプラー」の名称で販売開始している。
3 主要な争点 (1) 被告Aは,本件原型を持ち出し,被告会社に開示したか。
(2) 本件原型は営業秘密に該当するか。
(3) 被告らに損害賠償義務が認められた場合,賠償すべき額。
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告Aは,本件原型を持ち出し,被告会社に開示したか。)について 【原告の主張】 被告Aは,本件原型を無断で持ち出し,これに基づいて被告商品を完成・販売したものである。このことは,以下のことから明白である。
(1) 被告商品と原告開発商品は,スピルウエー,咬合面形状及び輪郭がほぼ同一状態を呈している。このことは,被告商品(Mタイプ)と,本件原型(甲83の被写体)のもととなった原告所有の33型のメロット原型(甲85の被写体)を二次元的に比較した結果(甲4ないし67〔枝番を含む〕)から明らかである。微細な相違点については,写真のコントラストの影響,製品化する際の金型の研磨等によるものと考えられる。
人工歯の作製においては基礎となる原型を異にしておきながら,この程度にまで酷似することはおよそ考えられない。たとえ作製者が同一人物であるとしても,原型を利用することなく,自らの記憶・技術のみをもって新たに人工歯を作製するとした場合,このように酷似させることは不可能である。
(3) 本件原型と同一の金型用マスターから作製された原型と被告商品の複製を非接触三次元形状計測装置「コノスキャン3000」(オプテイメット社製・甲144)で形状計測し,その計測データを三次元曲面生成ソフト「Wrap」(株式会社アイティーティー社製・甲145)で三次元的曲面を生成して両者の形状を比較した結果も,以下のとおり,原告の主張を裏付ける。なお,コノスキャン3000は,非接触三次元形状計測装置としては民生品の中で世界トップクラスの精度を誇っている。また,比較対照品として,被告商品そのものではなくその複製品を使用したのは,被告商品が半透明であるため,そのままでは計測装置の受光部に十分な反射光が得られず,形状測定ができないためである。複製品の作製は,被告商品の各部位の歯を原告の製品「歯科複模型用シリコン印象材」(デュプリコン)で型取りし,この型にエルコデント社製模型材「ダイメット-e」を流し込み,硬化させる方法を採った。
ア Wrapによる三次元的曲面作製の手順 (ア) 計測データを読み込む(本件原型につき甲147ないし149,被告商品複製品につき甲159ないし甲161)。
(イ) 計測データから計測対象モデル以外の点群(矩形状に計測されて得た点群データのうち,人工歯以外の部分)を除去する(本件原型につき甲150ないし152,被告商品複製品につき甲162ないし甲164)。
(ウ) 形状の再現を行う上で余分な(除去しても形状の再現に影響しない)点群を除去する(本件原型につき甲153ないし155,被告商品複製品につき甲165ないし167)。
(エ) 隣り合う3点から1つの三角形の面を作製する(本件原型につき甲156ないし158,被告商品複製品につき甲168ないし170)。
イ 成果品の対比 本件原型と同一の金型用マスターから作製された原型,被告商品それぞれについて上記アのとおり作製された三次元的曲面を対比すると,両者の形状は一致し,スピルウエーもほぼ一致している(甲171ないし274)。
(4) 被告会社の製造販売する人工歯のうち,被告Aが被告会社に就職する以前から製造販売されていたもの(エフセラーP,ナパース,ミリオン)と,被告商品(30型)の左右対称性を,これらの商品の拡大写真により比較すると,後者は前者と比較にならないほど顕著な左右対称性を示している(エフセラーPにつき甲88,107ないし118,ナパースにつき甲89,119ないし130,ミリオンにつき甲90,131ないし142,被告商品につき甲87,91ないし106)。「手彫り」で人工歯を作製すれば,いかに左右を対称にしようと思ったところで所詮限界がある。それはまさに,エフセラーP,ナパース,ミリオンで示される程度の左右対称性である。上記のとおり被告商品のみが顕著な左右対称性を示しているところからすれば,被告商品の作製過程においてコンピュータによるミラー反転技術が使用されていることは明らかである。
さらに,三次元画像データにより,被告商品と,エフセラーPを比較しても,前者が後者に比して著しい左右対称性を示していることが明らかである(被告商品につき甲191と250,226と263により上顎左側第1大臼歯と上顎右側大1大臼歯,下顎左側第1大臼歯と下顎右側第1大臼歯を比較対照し,エフセラーPにつき甲276・277と278,甲279・280と281により上顎左側第1大臼歯と上顎右側大1大臼歯,下顎左側第1大臼歯と下顎右側第1大臼歯を比較対照する。)。
【被告らの主張】 被告会社は,以下のとおり,人工歯の作製にミラー反転技術を使用しておらず,人工歯の製造に本件原型は必要ではなく,現に使用していない。
(1) 被告会社における人工歯の作製工程は以下のとおりである。なお,〔 〕内は原告の人工歯作製工程における対応する用語を示す。
ア 基本元歯〔石膏原型〕の作製 (ア) 基本元歯は,人工歯のもととなる石膏模型である。この基本元歯の形 態どおりに製品を量産するために金型を作製することになるが,基本元歯はその金型を作製するためのもととなる。被告会社においては,製品化できるまで一組の基本元歯を損壊しないように保管している。
(イ) 基本元歯は,被告会社においては,石膏を用いて彫刻し(形を整えるためにワックスを用いることもある。),咬合器を用いて咬合状態を調整して作製する。上下顎左右側各4本合計16本の基本元歯をこの時点で手作業で彫刻して作製する。なお,ワックスを使用した場合は,シリコン樹脂で型を取り,石膏を流し込んで石膏による基本元歯を作製している。
イ パーティング元歯〔石膏分割型〕の作製 (ア) パーティング元歯は,金型を作製するために,基本元歯を分割する必 要があるが,その分割のための分割線(パーティングライン)を設定した元歯のことである。パーティング元歯は,分割線の上部を利用することになる。
一歯ごとに作製するので,被告商品では,1サイズにつき16種のパーティング元歯が作製された。
(イ) 基本元歯からシリコン樹脂で型を取って基本元歯の石膏複製を作製する。その石膏複製の側面にサベイヤーコンパスを使用して基本元歯の外周の最大豊隆部を標記する(この標記されたラインをサベイラインという。別紙被告模式図1)。このサベイラインが分割線となる。分割線は一般に同一平面上にはない。分割線から下方(舌側面と基底面)をワックスアップする。ワックスアップ部分は分割線の上部を型取りするための土台となるものである(別紙被告模式図2)。これがパーティング元歯である。
ウ 1層目〔エナメル層〕及び2層目〔デンティン層〕中間型用元歯の作製 (ア) 人工臼歯は材料を異にする複数の層から構成されることが多く,被告 商品も3層構成となっている。3層で人工歯を製造する過程については,原告の場合と同様(第2の2(3)カ)である。これには,パーティング元歯から型を取った表型金型〔A型〕と,表層用素材〔エナメル原料〕(ただし,エナメルとは全く関係がない硬質の素材である。)を押圧して表層(1層目)を形成するための1層目中間型〔C型〕が必要であり,さらに中間層素材〔デンティン原料〕(ただし,象牙とは関係のない素材である。)を加えて押圧して中間層(2層目)を形成するための2層目中間型〔D型〕が必要であるが,それぞれの中間型を作製するための元になるのが(1層目2層目)中間型用元歯である。被告会社はいずれも石膏で作製し,メロットメタルは用いていない。
(イ) 基本元歯の石膏複製から1層目に該当する部分を手で削り取って1層目中間用元歯(別紙被告模式図3-C)を,同じく基本元歯の石膏複製から1層目及び2層目に該当する部分を手で削り取って2層目中間型用元歯(別紙被告模式図3-D)を作製する。
エ 裏型用ハメコミ歯〔メロット原型〕の作製 (ア) 1層目及び2層目を形成した後,基層用材料を,表型とは反対側から押圧して基層(3層目)を形成するための裏型金型を形成するための元歯が,裏型用ハメコミ歯である。基本元歯と全く同一の形状であるが,パーティング元歯ではワックスアップされて使用されない面(舌側面と基底面)が利用されることになる。
(イ) 裏型用ハメコミ歯は,基本元歯と同一の形状であり,基本元歯をシリコン樹脂で型取ってその石膏複製を作製するだけである(別紙被告模式図3-B)。
オ 金型用マスターモデル〔金型マスター〕の作製 原告においては,金型マスターを作製する前にミラー反転の前提となるデジタイジングマスターを作製することになっているが,被告会社においては当初から左右両側の基本元歯を作製しているため,ミラー反転の必要がなく,したがって,デジタイジングマスターは作製しない。
(ア) 金型用マスターモデルとは,人工歯を量産するための金型を作製するもととなるエポキシ樹脂製原型であって,作製すべき金型と同一形状のものである。3層の構成の人工歯を作製するには,イないしエで作製したパーティング元歯,1層目中間型用元歯,2層目中間型用元歯及び裏型用ハメコミ歯に対応して,表型マスターモデル,1層目中間型マスターモデル,2層目中間型マスターモデル及び裏型マスターモデルの4種が必要となる。
(イ) 金型用マスターモデルの作製工程は以下のとおりである。
a 表型マスターモデル 表型マスターモデルは,人工歯の頬側面と咬合面を形成すべき金型(凹型)のマスターモデル(原型)である。
まず,上記イで作製したパーティング元歯を台座に配列し(1歯ごとにパーティング元歯を必要数だけ複製して,同じものを複数配列するのが一般である。),型枠を組んでシリコン樹脂を注入して型取りをする(別紙被告模式図4-A)。このシリコン樹脂にさらにシリコン樹脂を注入してパーティング元歯と同様の凸型を作製する(別紙被告模式図4-BC)。これに石膏を流し込んで固める(別紙被告模式図4-C)。この石膏型(凹型)にエンドミルを用いて加工し,分割線を掘り出す(別紙被告模式図4-D)。この石膏型をさらにシリコン樹脂で型取りし(別紙被告模式図4-E),そのシリコン樹脂型にエポキシ樹脂を流し込んで表型マスターモデルが完成する(別紙被告模式図4-FG)。
b 裏型マスターモデル 裏型マスターモデルは,人工歯の舌側面及び基底面を構成する部分(基層)を形成するための金型のマスターモデルである。表型マスターモデルと裏型マスターモデルを向かい合わせれば,両者間の凹部に基本元歯がぴたりと収まる関係である。
aで作製した表型マスターモデルに,上記エで作製した裏型用ハメコミ歯をはめ込み,型枠を施して,エポキシ樹脂を注入する(別紙被告模式図5-@)。このエポキシ樹脂(凹型)にエンドミルで加工してパーティングラインを掘り出し,裏型マスターモデルを完成させる(別紙被告模式図5-AB)。
c 1層目中間型マスターモデル 人工歯の頬側面及び咬合面を構成する表層部(1層目)を形成するための金型のマスターモデルである。表型マスターモデルと対向させると,両者間の凹部が人工歯の表層部(1層目)の形状を形成する関係にある。
bで作製した裏型マスターモデルに,ウで作製した1層目中間用元歯をはめ込み,型枠を施してシリコン樹脂で型取りする(別紙被告模式図6-@)。次いでこのシリコン樹脂型にエポキシ樹脂を注入して1層目中間型マスターモデルを完成させる(別紙被告模式図6-AB)。
d 2層目中間型マスターモデル 人工歯の中間層部(2層目)を形成するための金型のマスターモデルである。表型マスターモデルと対向させると,両者間の凹部が人工歯の表層部(1層目)と中間層(2層目)とを重ね合わせた形状を形成する関係にある。
bで作製した裏型マスターモデルに,ウで作製した2層目中間用元歯をはめ込み,型枠を施してシリコン樹脂で型取りする(別紙被告模式図7-@)。次いでこのシリコン樹脂型にエポキシ樹脂を注入して2層目中間型マスターモデルを完成させる(別紙被告模式図7-AB)。
カ 成型用金型〔金型〕の作製 (ア) 成型用金型は,人工臼歯の量産のための鋳金製の型で,各歯ごとに作製された上記4種の金型マスターモデルと全く同一形状のものである。
(イ) 金型マスターモデルを鋳造複製し,各歯ごとに成型用表型金型〔A型〕,同裏型金型〔B型〕,同1層目中間型金型〔C型〕,同2層目中間型金型〔D型〕をそれぞれ複数作製するが,他の業者同様,被告会社も外注している。
キ 人工歯の製造 被告会社における上記成型用金型を利用した人工歯の製造方法は,金型の形状などが相違するだけで,基本的には第2の2(3)カ記載の原告の製造方法と同じである。ただし,原告において「金型(A型)」「金型(B型)」「金型(C型)」「金型(D型)」とあるのは,それぞれ「成型用表型金型」「成型用裏型金型」「成型用1層目中間型金型」「成型用2層目中間型金型」と読み替えるものとする。
(2) 被告会社における元歯の作業工程は次のとおりである。すなわち,@元歯の作製は当初から左右並行して行う。Aその場合,元歯の計測は,デバイス,ノギスのほか,咬合平面板,咬合曲面板など精密な器具を使用して左右の異同を検討する。B左右の元歯の計測は,頬舌径(横幅),カラー(歯茎に埋め込まれる部分)込み歯冠長(全高),カラー抜き歯冠長(部分高),歯幅径(縦幅)のほか,各咬頭頂の位置及び相互間,咬頭頂高などについて行う。C外観の修正は,左右同じ部位を並べ,咬合面,頬側面,舌側面,基底面を目視により比較修正する。Dさらに,左右の元歯の咬合面形状は,咬合器上でワックス築盛(コーン法…円錐状のワックスを盛り付けた上で形を整える方法)及び石膏の削彫を行い,対合歯(ある歯の上又は舌の歯で噛み合わされる相手方の歯)の運動によって与えられた形状を基本として,左右目視によって比較し,咬合等の運動に支障のない範囲で修正を行う。
以上の工程を慎重に進めることにより,極めて精巧な左右の元歯が完成する。もっとも,人工歯においては,外観における対称性よりも,咬合器上(さらには,実際に使用する際の)上下顎の運動の円滑性の方が重視されることはいうまでもない。
他方,デジタイジングマスターに基づくミラー反転処理も,デジタイジングマスターからの数値読取の誤差と,読みとったデータの復元工作における誤差との2段階における精度上の問題点を回避することはできず,コンピュータを使用するといえども,不完全なものである(少なくとも,甲143の12,16,20にみられるとおり,被告Aが原告に在職中は,ミラー反転による左右対称化の技術は完成していなかった。)。
(3) 被告Aは,平成7年9月ころ,30型の本件原型を4組複製し,その後その1組を所持していた。被告Aは,他の3組のうち2組については,原告社外の歯科技工士に秘密であることは何ら説明しないまま,排列検討を求めて預けた。その結果,両者から,加工機による技術上の問題点もあって排列が困難という評価とともに返却された。被告Aは,残り1組を原告社内の学術2課に提出して評価を求めたところ,同様に排列困難との回答を得たが原型は返還されなかった。被告Aは,さらに本件原型を複数の歯科医師に提示して意見を求めたが評価は同様であった。
被告Aが本件原型に修正を加えるべきかどうかを検討している平成7年末,原告は,本件原型と咬合面の設計を全面的に変更することを検討し始め,平成8年初めにその旨方針を決定した(たとえば月間報告書平成8年3月分〔甲143の23〕に上顎舌側咬頭頂を頬側咬頭頂と同様に尖らせることに変更した結果の影響が記載されている。この変更により3次元あらゆる方向に動きうる顎運動を考慮すると,対応する下顎はもちろん,左右の咬合面形態まで修正する必要が生じ,その結果として咬合面の前面修正が必要となる。)。そのため,被告Aは,本件原型による修正を断念し,手元にあった3組の複製はすべて廃棄した。学術2課の1組については被告Aは関知していない。そして,被告Aは,当初作製した33型の原型に原告の指示どおりの修正を加えて原告に残してきたのである。以上のとおり,被告Aは,本件原型はもちろん,それに修正を加えた33型原型についても持ち出したことは一切ない。
(4) 原告は,被告商品(Mタイプ)と,本件原型の元となった原告所有の33型のメロット原型を比較すれば,被告商品と原告開発商品は,スピルウエー,咬合面形状及び輪郭がほぼ同一状態を呈していることは明らかである旨主張する。しかし,以下のとおり,上記主張は理由がない。
ア ここにいうメロット原型は,被告Aが作製した石膏原型に基づくものなのか否か明らかでない。被告Aは,石膏原型を作製はしたが,それより後の試作工程,すなわちメロット原型の作製,デジタイジングマスターの作製及び歯の形状の数値化,金型用マスターの作製には全く関与していない(金型マスターを使用して本件原型を作製はした。)。
月間報告書には,被告Aが2つ割石膏分割型を自ら作製したかのような記載があるが,これは開発責任者としての記載であって,実際は担当者に依頼して作業をしてもらっていたものである。特に,ミラー反転については,原告は被告Aに内容を知られないよう配慮していたようで,研究室に同室していた担当者は,朝出社してから退社するまで,生産部で2つ割石膏分割型作製,メロット原型作製をし,研究室内では全く作業をしていなかったものである。
イ 原告のメロット原型の複製品(甲86)と,石膏原型複製品(甲84)を比較すると(乙35ないし38),前者は後者に比べ全般に咬頭部に丸みを欠き,咬頭部の形状自体も相違しており,かつ,溝がいずれの歯も広く,かつ深い。
特に,メロット原型複製品にみられる咬頭頂部の「削り落とし状」の形態と溝の幅の広さは極端であって,人工歯の形態としては極めて不自然である。また,被告Aが作製した石膏原型は,排列による噛み合わせが一応完了した状態であったのに,メロット原型複製品は咬合器に排列して咬合具合を調整してもどうしてもうまく噛み合わせることができない。さらに,被告Aが作製した石膏原型にはスピルウエーがついていなかったのに(複製を作りながら咬合の具合を調整して溝が変化するのが一般であるから,商品化可能となった段階で初めてスピルウエーをつければ足りる。),メロット原型複製品にはこれがついている。そうすると,メロット原型は,Aが作製した石膏原型からコピーしたものでなく,別の開発品を加工したものであるといわざるを得ない。
ウ 原告が,被告Aが原告の学術2課に残してきたものであるとする甲83の被写体は,被告Aが作製したものではない。被告Aが人工歯開発のため複製に使用していた石膏は,淡チョコレート色ないしベージュ色をした原告の商品「デンサイト」(超硬石膏)である。これに対し,甲83の被写体は外観が黄色であり,原告商品「ヒドロギブス」(硬石膏)などを使用したものとみられる。
「デンサイト」は硬化膨張が小さく硬いため,人工歯等の形態を比較的忠実に再現することができ,複製後の製品が摩耗,擦過等によって変形することを防ぐこともできる。これに対し,ヒドロギブスは,削りやすいが比較的柔らかく,硬化膨張も大きく,複製には適さないので,被告A在職時は,通常の歯形彫刻を行う場合に使用されていた。
エ 原告が,被告商品と,本件原型(甲83)の元となった原告所有の33型のメロット原型(原告は,これを被告Aが最初に作製した石膏原型から複製したものであるとするが,被告らがこれを争うことは上記のとおり。)を,甲4ないし67(枝番を含む)により比較していることについてみると,@人工歯の特徴は,凹凸部の平面的のみならず立体的形状にあるにもかかわらず,両者の比較が平面のみにおいてされており,かつ,平面的形状さえ極めて不鮮明になっていること,A平面における比較についてさえ,単にスピルウエーだけで比較していて比較の対象が単一である点で極めて不十分であるのみならず,原告による両者のスピルウエーの指摘自体,写真と比較して対応関係が不明確で(ことに,写真では,深浅が不明であることにもよる上,その幅については全く無視されている。),客観性に欠ける恣意的なものである。
名古屋市工業研究所における三次元測定解析(乙35)によってみても,両者が相違していることは明らかである。
(5) 原告は,被告会社の製造販売する人工歯のうち,被告Aが被告会社に就職する以前から製造販売されていた商品(エフセラーP,ナパース,ミリオン)と,被告商品の左右対称性を,これらの商品の拡大写真により比較すると,後者は前者と比較にならないほど顕著な左右対称性を示している旨主張するが,独断である。
エフセラーPは発売以来8年を経過しているにもかかわらず,その間の成型性(金型から成型品が抜けにくい等)の改良等のため,一部金型形状を左右別々に若干手直ししているにもかかわらず,左右の対称性はかなりの程度確保され,一方,被告商品も,原告の主張するほどには,左右の対称性は確保されていない(乙1ないし34。なお,ナパースやミリオンを比較対象としなかったのは,発売以来20年を経過し,当時は熟練した技術者がいなかったことと,長期にわたる生産継続に伴い金型が変形したこと等により,人工歯の左右の対照性が劣ることが明らかだからである。)。
また,本件原型,被告商品それぞれについて三次元的曲面を対比すると,両者の形状は一致する(甲171ないし274)旨主張するが,これらの資料によっても,被告商品のうち下顎の数歯については左右の形態が比較的近似しているが,その他の歯については,到底左右対称といえないことがわかる。また,乙45ないし63によっても,被告の主張は裏付けられる。
2 争点(2)(本件原型は営業秘密に該当するか。)について 【原告の主張】 (1) 人工歯の作製工程では,原型が不可欠とされ,原告においても,商品開発のために本件原型と同一のものを複数作製し,これを保管していた。
(2) 原告における人工歯の作製工程は以下のとおり厳重な秘密管理のもとに行われており,本件原型が営業秘密に該当することは明らかである。
ア 石膏原型の作製工程において,その詳細な内容は,上司が特に報告を求めなければ,担当のグループ及び研究会議出席者又は本テーマにかかわる特定の関係者しかこれを知らないし,作業中の石膏原型は所定の場所に管理されており,外部の者はもちろんのこと,原告社内の者であっても,担当のグループの承諾なくしてこれをほしいままに搬出することはできなかった。そして,完成した石膏原型は,原告が社運を賭けて開発している人工歯のその段階における技術上の到達度を示す情報であり,担当のグループを構成する者は当然のことながら機密であることを自覚していた。被告Aは,石膏原型の作製担当グループの長として自らその作業に加わっており,上記機密性を自覚していたから(自席を立つときには作業中の石膏原型にクロスをかぶせ,第三者がみだりに手を触れないようにしていた。),信義則上,単なるグループ構成員以上に秘密を保持すべき義務を負うのは自明の理である。
石膏原型には部外秘の表示はされていなかったが,上記の事情を総合すれば,原告は石膏原型の秘密保持のための合理的努力を行っていたというべきである。
イ メロット原型の作製工程は,被告Aの指示により,第3研究室の構成員がこれを担当していたが,同担当者においても,その詳細な内容は,上司が特に報告を求めなければ,同室所属の構成員しかこれを知らないし,作業中のメロット原型は所定の場所に管理されており,外部の者はもちろんのこと,原告社内の者であっても,同室所属の構成員の承諾なくしてこれをほしいままに搬出することはできなかった。そして,完成したメロット原型はもとより完成途上のそれも,原告が社運を賭けて開発している人工歯のその段階における技術上の到達度を示す情報であり,担当のグループを構成する者は当然のことながら機密であることを自覚していた。
メロット原型には部外秘の表示はされていなかったが,上記の事情を総合すれば,原告はメロット原型の秘密保持のための合理的努力を行っていたというべきである。
ウ デジタイジングマスターの作製工程は,メロット原型作製グループとは別のグループ(生産部生産3課モールド係)の担当となるが,同担当者においても,その詳細な内容は,上司が特に報告を求めなければ,担当のグループしかこれを知らないし,作業中のデジタイジングマスター及びデジタイジングデータは所定の場所に管理されており,外部の者はもちろんのこと,原告社内の者であっても,担当のグループの承諾なくしてこれをほしいままに搬出することはできなかった。
そして,完成したデジタイジングマスター及びデジタイジングデータはもとより完成途上のそれも,原告が社運を賭けて開発している人工歯のその段階における技術上の到達度を示す情報であり,担当のグループを構成する者は当然のことながら機密であることを自覚していた。
デジタイジングマスター及びデジタイジングデータには部外秘の表示はされていなかったが,上記の事情を総合すれば,原告はデジタイジングマスター及びデジタイジングデータの秘密保持のための合理的努力を行っていたというべきである。被告Aは,本件開発担当者として,すべての事情を統括し熟知していた。また,生産部生産3課モールド係においては,本件のような新製品開発中のものはもとより,既に開発が完了して発売されている商品であっても,その組成・製造工程等,製造に関する事項については,特に開示が許可されている事項を除いては,すべて秘密事項とされていた。
エ 金型用マスターの作製工程は,生産部生産3課モールド係のデジタイジングマスター作製グループとは別のグループの担当となるが,同担当者においても,その詳細な内容は,上司が特に報告を求めなければ,担当のグループしかこれを知らないし,作業中の金型用マスターは所定の場所に管理されており,外部の者はもちろんのこと,原告社内の者であっても,担当のグループの承諾なくしてこれをほしいままに搬出することはできなかった。そして,完成した金型用マスターはもとより完成途上のそれも,原告が社運を賭けて開発している人工歯のその段階における技術上の到達度を示す情報であり,担当のグループを構成する者は当然のことながら機密であることを自覚していた。
金型用マスターには部外秘の表示はされていなかったが,上記の事情を総合すれば,金型用マスターの秘密保持のための合理的努力を行っていたというべきである。これらの秘密情報管理においては,ウ記載のとおり,被告Aのもとで,研究・生産両部で厳格な情報管理が行われていた。
なお,金型用マスターを作製するグループは,作製した金型用マスターを被告Aを長とするグループに渡し,被告Aを長とするグループは,被告Aの指示により,そこに石膏を流し込み,人工歯見本(本件原型を含む。)を作製し,不具合の有無をチェックしていた。人工歯見本の作製は,被告Aの判断のもとで行われていたのであるから,その正確な作製本数等は被告Aでしか知り得ない事情である。しかし,そのことから,当該作成作業の営業秘密性が損なわれるものでないことは,上記の事情から明らかというべきである。
(3) 被告は,原告において人工歯の設計変更がされ,本件原型は有用性を喪失し,秘密管理が放棄された旨主張するが,平成8年1月に決まったのは部分的な設計変更にすぎないのであり(甲143の21),上記主張は失当である。
【被告の主張】 (1) 本件原型については秘密として管理されていなかった。
ア 本件原型について,「部外秘」など営業秘密であることを示す表示は何らされていなかった。
人工歯そのものに表示をすることは困難であるとしても,「部外秘」などと表示したケースに人工歯を保管するなどの措置は容易であるにもかかわらず,原告においてはこのような措置も全くとられていなかった。
イ 本件原型について,保管上特別の措置はとられていなかった。
原告においては,本件原型を含め,開発中の人工歯について,保管上特別の措置はとられておらず,しかも,本件に関して,被告Aの上司も,開発がどのような段階であるか明確に把握していなかった。原告は,本訴提起時において,本件原型及びこれと同一の原型が複製された個数すら知らなかった。
また,研究室は従業員の出入りは自由であった。被告Aは,当時,本件原型を含め開発中の人工歯を特別の保管容器に保管することなく,常時机の上に放置し,埃よけの布で被っていたにすぎない。しかも,開発中のものと開発済みのものも特段区別されていなかった。これらの状況に照らして,原告においては,本件原型を含む開発中の人工歯について,保管上,営業秘密としての特別の措置がとられておらず,秘密としての管理がされていなかった。
(2) 原告において人工歯の設計変更がされたため,本件原型は有用性を喪失し,秘密管理が放棄された。
ア 人工歯の開発においては,相当程度の期間を要し,開発の期間中,形状の修正を重ねていくものであるが,修正を加えた最終時点のものについてのみ有用性があるとされており,それ以前の石膏歯等は有用性がないとされ廃棄されているのが現状である。これは秘密管理の対象から外されていることを意味する。
イ 原告における本件人工歯の開発において,平成8年1月に設計が大きく変更され,開発担当者であった被告Aは,やむを得ず,新方針に従い,本件原型の複製石膏歯に大幅な修正を施した。その結果,大幅修正前の本件原型は完全に技術情報としての有用性を喪失し,営業秘密としての管理の外におかれることになった。そのため,被告Aも,手元にある本件原型のいくつかの複製をすべて廃棄した。その時期は,この方針変更により大幅修正を加えた時点か,あるいは新研究棟への移転の時点のいずれかであり,本件原型及びその複製の処分について原告から被告Aに何の指示もされなかった。
(3) 本件原型は公知となり,非公知性を喪失した。
原告は,従来から,特に秘密保持契約を締結していない歯科医師,歯科技工士等20人ほどに開発歯を手渡して評価をしてもらっていた。
そして,被告Aは,平成7年9月,本件原型の複製品の2組を,外部の歯科技工士に何日間か預け,排列に関する意見を聴取した。その間に複製を作るなどの機会があったから,本件原型は非公知性を喪失した。
また,被告Aは,同じころ,本件原型を日本歯科大学付属歯科専門学校の教官B(以下「B」という。)に見せたが,その際Bは専攻科の学生にその排列をさせた。排列をするには咬合面の形状を子細に観察する必要があり,専攻科の学生であればこれを見て容易にその特徴を看取することができたから,これにより本件原型の咬合面の形状が公知になった。
3 争点(3)(被告らに損害賠償義務が認められた場合,賠償すべき額。)について 【原告の主張】 被告商品の販売による被告会社の利益は200万円を下らない。
争点に対する判断
1 争点(1)(被告Aは,本件原型を持ち出し,被告会社に開示したか。)について (1) 原告は,被告Aが本件原型を持ち出したことを裏付ける証拠として,本件メロット原型と被告商品との二次元的比較の結果及び本件原型と被告商品との三次元的比較の結果を援用する。しかるに,被告らは,前提問題として,本件メロット原型が被告Aの作製した石膏原型からの複製かどうかについて疑問を呈し,また,原告が本件原型の写真であるとする甲83の被写体が本件原型であることを否定するので,まず,これらの点について検討しておく。
ア 本件メロット原型は,被告Aの作製した石膏原型(以下「本件石膏原型」という。)からの複製かについて (ア) 被告らは,本件メロット原型の複製品(甲86)と本件原型の複製品(甲84)を比較すれば,咬頭部と溝の形状が異なる旨を主張する。
しかし,証人C(以下「証人C」という。)の証言によれば,原告において,石膏原型からメロット原型までの工程においては形状変化は生じないが,デジタイジングマスターから金型マスターを作製する際に被告ら主張のような形状の変化が生じるが,許容範囲であるとしていることが認められるから,被告ら指摘の相違は,本件メロット原型が本件石膏原型からの複製であることを否定するものではない。
(イ) 被告らは,本件石膏原型は,排列による噛み合わせが一応完了した状態であったのに,本件メロット原型は咬合器に排列して咬合具合を調整してもどうしてもうまく噛み合わせることができないと主張する。
しかし,甲285(メロットメタル原型複製歯排列検証結果報告書)によれば,本件メロット原型を複製しコピーした石膏歯を基準に従って排列すると,基本通りの噛み合わせが可能であることが認められるから,被告らの上記主張を採用することはできない。
(ウ) 被告らは,本件石膏原型にはスピルウエーがついていなかったのに,本件メロット原型複製品にはこれがついていると主張する。
しかし,甲143の2及び証人Cの証言に照らせば,被告Aは,石膏原型彫刻の際に咬頭と共にスピルウェーも彫刻していたことがうかがわれるから,被告らの上記主張を採用することはできない。
なお,被告らは,原告は本件メロット原型に被告商品にみられるようなひげ状の曲線を後から付加した旨を主張するが,甲143の5,7及び証人Cの証言によれば,被告ら主張の曲線は,甲143の7に記載のある下顎四臼歯近遠心中心溝のことを指すところ,原告においては,平成6年5月時点で,上記中心溝を検討していたのであり,被告商品を参考としたものではないことが認められるから,被告らの上記主張を採用することはできない。
(エ) 以上のとおり,被告らが,本件メロット原型が本件石膏原型からの複製であることに疑問を呈する点はいずれも理由がないのであって,本件メロット原型は,本件石膏原型から複製したものであると認められる(弁論の全趣旨)。
イ 甲83の被写体が本件原型であるかについて 原告は,甲83の被写体は,被告Aが原告学術2課に提出して評価を求めた本件原型中の1個であるとして,甲83を提出する。しかるに,被告らは,被告Aが人工歯開発のため複製に使用していた石膏は,淡チョコレート色ないしベージュ色をした原告の商品「デンサイト」(超硬石膏)であるのに,甲83の被写体は外観が黄色であり,原告商品「ヒドロギブス」(硬石膏)などを使用したものとみられるから,甲83の被写体は原告に残された原型ではない旨主張し,被告Aも同旨の供述及び陳述(乙44)をする。
しかし,甲143の11,16,証人Cの証言によれば,被告Aは,人工歯複製の際に,ヒドロギブスを使用していたこと,当時の開発過程において,ミラー反転の左右対称性の精度が問題となっていたところ,Cが平成7年2月か3月ころ,被告Aが試作した臼歯原型の左右対称性を検証するためにスライド撮影したものの1つが甲286の写真であり(同号証にRDPU-112とあるは1994年8月発売,1996年2月有効期間との意味であり,22AHGOとあるは製造工場番号を示す),その被写体は黄色(ヒドロギブス)であることが認められるから,被告らの上記主張は採用することができない。
そして,証拠(甲143の17ないし20,乙44,証人C,被告A本人)によれば,被告Aは,33型の臼歯原型を縮小して30型の本件原型,28型の原型を作製した上,外部の研究者(日本歯科大,K・K・D診療所)に各1個を示したところでは,右側の嵌合には問題があるが,この点がなければ実に排列が容易であるとの意見であったこと,被告Aは,30型の本件原型のうちの1個を原告学術2課に提出して評価を求めたが,甲83の被写体は,上記原告学術2課に提出されたものであることが認められる。
したがって,甲83の被写体は本件原型であると認められる。
(2) 被告商品(Mタイプ)と,本件メロット原型を二次元的に比較した結果(甲4ないし67〔枝番を含む〕)によれば,両者は,特にスピルウエーの点において顕著に類似することが認められる。
(3) 本件原型と同一の金型用マスターから作製された原型と被告商品の複製を非接触三次元形状計測装置「コノスキャン3000」で形状計測し,その計測データを三次元曲面生成ソフト「Wrap」で三次元的曲面を生成して両者の形状を三次元的に比較すると,両者は相当高度に一致することが認められる(甲171ないし274)。そして,16歯がことごとく高度の一致を生じることは,原型の流用以外に想定することが困難な事態である(証人D,同E。なお,E証人は,原告,被告のいずれとも競業関係に立つ株式会社ジーシーの取締役技術部長であり,その証言の信用性は高いといえる。甲289,290)。
原告が被告商品の複製を作製するのに用いた方法(被告商品の各部位の歯を原告製品である歯科複模型用シリコン印象材〔デュプリコン〕で型取りし,これにエルコデント社製模型材「ダイメット-e」を流し込み硬化させる)についても特に収縮により型取りした製品と形状を異にするなどの問題はない(証人E,同D)。
なお,「コノスキャン3000」は,発行部と受光部が同一軸上に位置しているため,死角が極めて少なく,水平を0度とした場合,85度程度の急な斜面も計測することができ,レンズを交換するだけで必要な精度,測定深さを得ることができるという特徴があり,小さなサイズの割に起伏の変化が大きく急な斜面を有し,主に自由曲面で構成される人工歯の計測に適している(甲275,283,証人D)。
(4) 被告の販売した被告商品以前の商品であるエフセラーP,ナパース,ミリオンと被告商品(30型)の左右対称性を,これらの商品の拡大写真により二次元的に比較すると,後者は,特にスピルウエーの点において,従前の各商品に比して顕著な左右対称性を示していることが認められる(エフセラーPにつき甲88,107ないし118,ナパースにつき甲89,119ないし130,ミリオンにつき甲90,131ないし142,被告商品につき甲87,91ないし106)。従前の商品は,被告が比較的左右対称性があるとするエフセラーPについても,上顎第1大臼歯について,左右で,スピルウエーの細かい寸法のみならず,形状においても差異がみられる(甲109,110)。
(5) 上記(3)同様に「コノスキャン3000」及び「Wrap」を用いて作製した三次元画像データにより,被告商品と,従来商品であるエフセラーPを三次元的に比較すると,前者は,裂溝の位置,裂溝の交点などポイントとなる点について著しい左右対称性を示すのに対し,後者は裂溝の位置などがずれていることが認められる(被告商品につき甲191と250,226と263により上顎左側第1大臼歯と上顎右側大1大臼歯,下顎左側第1大臼歯と下顎右側第1大臼歯を比較対照し,エフセラーPにつき甲276・277と278,甲279・280と281により上顎左側第1大臼歯と上顎右側大1大臼歯,下顎左側第1大臼歯と下顎右側第1大臼歯を比較対照。)。
これは被告商品が従来商品と異なり,コンピュータによるミラー反転を使用していることをうかがわせるものである(証人E)。
(6) 被告が,被告商品と,本件原型(甲83)のもととなった本件メロット原型を比較した三次元計測結果(乙35)については,@使用機械がレーザー光線を用いた三角測量方式(発光部,受光部,対象物の測定点の角度によって,発光部と測定対象物上の測定点の間の距離を算出する。)によっているところ,レーザー光線が回り込めない陰の部分の測定ができないこと,測定点の傾斜が急になると測定誤差も大きくなるなどの問題があり,その結果測定データの欠落が存在したり,写真にはない異常な凹凸形状が示されたりしていること,A高さ情報を示す色分けのピッチが0.25ミリメートル,計測ピッチが0.1ミリメートルとかなり粗いことなどから,原告の三次元計測方法(上記(4)(6))に比べ,信用性が低いものと認められる(甲283,証人E,同D)。
また,被告が,被告商品とエフセラーPの左右対称性がさほど変わらないとして提出する乙1ないし34は,二次元的評価である上にマーカーの記載の仕方が大雑把であり,証拠価値は低いものといわざるを得ない。被告商品とジーシーのミラー反転技術を使用した商品「サーパス」を比較した乙45ないし63についても同様である。
(8) 以上によれば,被告Aがミラー反転を用いて作製した本件原型を持ち出し,被告会社に開示した可能性はかなり高いことが推認されるといえる。
2 争点(2)(本件原型は営業秘密に該当するか。)について (1) 上記1認定のとおり被告商品が本件原型を使用して作製されている可能性が高いところからすれば,本件原型(これに化体されている情報)の有用性が推認される。
(2) そこで,これが,営業秘密として管理されていたかを検討するに,不正競争防止法2条4項が,営業秘密として保護される情報は秘密管理されることを要件としているのは,当該情報が営業秘密として客観的に認識できるように管理されているのでなければ,当該営業秘密の取得や使用,開示を行おうとする者にとって当該行為が差止めの対象となるかどうかの予見可能性が損なわれ,経済活動の安定性が阻害されることを理由とするものと解せられる。そうすると,「秘密として管理されている」といえるためには,当該情報の保有者が秘密に管理する意思を有しているのみではなく,これが外部者及び従業員にとって客観的に認識できる程度に管理が行われている必要があるというべきである。
そこで,本件原型について,上記のような秘密管理がされていたかを検討する。
証拠(乙44,証人C,被告A本人)によれば,原告においては,被告A在籍当時,石膏原型について保管場所が特定されていたわけではなく,各担当者の任意の保管に委ねられ,置く場所についても各社員の机の上,作業机の上若しくはロッカーとまちまちであり,被告Aも本件原型を自己の机の上に置いたままにしていたこと,帰宅の際などには,これをクロスで覆っていたが,これは埃や日光を避けるためであったこと,石膏原型やメロット原型自体,あるいはこれを収納する入れ物等に部外秘の表示がされていなかったこと,人工歯見本も,現在は,ロッカー内に保管されているが(甲82),従前は,担当者がポリ袋にいれるなどして,適宜,研究室に保管していたこと,担当者は,人工歯の試作品を持ち出して,外部の専門家に場合によっては数日間預け,その排列等の評価をしてもらっていたこと,その際,秘密保持契約は締結されていなかったことが認められる。
上記認定事実によれば,原告においては,少なくとも,内部の従業員に対する関係では,客観的に認識できる程度の秘密管理はされていなかったというほかはない。 (3) 原告は,石膏原型,メロット原型,デジタイジングマスター及びデジタイジングデータ,金型用マスターのそれぞれについて,@所定の場所に管理されており,外部の者はもちろんのこと,原告社内の者であっても,担当のグループの承諾なくしてこれをほしいままに搬出することはできなかったこと,A原告が社運を賭けて開発している人工歯のその段階における技術上の到達度を示す情報であり,担当のグループを構成する者は当然のことながら機密であることを自覚していたことをもって秘密管理性の根拠とするが,@の「所定の場所における管理」がされていたとの点は上記認定に照らし採用できず,「社内の者であっても,担当のグループの承諾なくしてこれをほしいままに搬出することができ」ないことも,研究所では通常のことであって特別な管理行為とは認め難いところであり(さらに,研究所への部外者の立入禁止,帰宅の際に鍵を預けることなど-証人C-に至っては,通常の社屋管理のあり方であり,特に内部の従業員に対する関係における秘密管理行為とはいえない。),また,Aについても,石膏原型,メロット原型,デジタイジングマスター及びデジタイジングデータ,金型用マスター,さらに本件原型を含む人工歯見本は,それぞれ工程における段階を異にする上,完全な試作にとどまるものか具体的に商品化に向けたものかなどによって有用性を異にし,企業において秘密として扱うか否かも異なり得るのであるから,具体的な管理措置もなく,当然に営業秘密であることが自明であるものとはいえない(甲299ないし301の記載及び証人Cの供述中には,これと異なり,営業秘密であることが社内の共通認識である旨を述べる部分があるが,上記説示に照らして直ちに採用することはできない。)。特に,本件原型を含む人工歯見本の場合は,不具合をチェックするためのものであり(甲284),それ自体が直接製品化につながるものではなく変更の可能性も高いものだけに(平成7年10月31日付月間報告書《甲143の20》において,「咬合面の修正を行なう必要があると同時に28型,30型等,今回の縮小した臼歯原型に於いてはカラー部より歯頸部1/3の部位は外形が不鮮明になっており修正しなければ原型として使用できず臼歯外形を含む手直しが必要です。」とされている。),なおさらである。
原告が金型の作製を下請に出す際の秘密保持覚書(甲305)において,「本覚書において『機密情報』とは,本取引において相手方から開示・提供を受けた有形の資料(図面,文章,仕様書,データ,サンプル等)で機密である旨の表示を行ったものをいい,機密である旨を示して口頭で開示された場合は,開示後に書面化したものをいうが,書面化されないものについても,良識において機密扱いとする。」とあるところからも,当業者において何が秘密であるかは自明であるとはいえないことが窺えるものである。
なお,原告の就業規則(甲292)には,3条(規則遵守の義務)(5)に「社員は誓約書及び秘密保持規程に従い,企業秘密を不正に開示,遺漏し,又は使用してはならない」とあり,45条(懲戒事由)(11)に「会社の業務に関する秘密をもらし,又はもらそうとしたとき」とあるが,何が「企業秘密」ないし「業務に関する秘密」であるのかを特定するものではない。
3 結 論 以上のとおりであって,原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから棄却することとする。
裁判長裁判官 赤西芳文
裁判官 本吉弘行
裁判官 矢作泰幸
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