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事件 平成 27年 (ワ) 17362号 損害賠償請求事件

原告株式会社ティアラ
被告A
同訴訟代理人弁護士 冨田烈
同 河野佑果
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2016/02/15
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,375万円及びこれに対する平成27年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件は,美容室を経営する原告が,かつて原告の従業員の地位にあった被告に対し,被告が原告の顧客情報を盗み出したことが,被告による原告の営業秘密不正取得行為(不正競争防止法〔以下「不競法」という。〕2条1項4号)に当たり,原告は,同行為により営業上の利益侵害されたと主張して,不正競争による損害賠償請求権(不競法4条)に基づき,損害賠償金375万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年9月7日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により容易に認められる 1 事実) (1) 当事者 原告は,美容室の経営等を目的とする株式会社である。
被告は美容師であり,原告が経営する美容室である「Artemis品川店」(以下「本件店舗」という。)の店長の職にあった者である。
(2) 被告による原告の顧客へのダイレクトメールの送付 被告は,平成26年9月15日頃,原告を退職し,その後,別の美容室(以下「新店舗」という。)で勤務を始めたところ,平成27年1月頃,本件店舗の顧客のうち少なくとも28名に対し,新店舗への来客を促すはがき(以下「本件ダイレクトメール」という。)を送付した。
(3) 原告による顧客情報の管理状況 ア 本件店舗において,顧客の情報は,手書きによる紙媒体の顧客カルテファイル(以下「顧客カルテ」という。)のほか,パソコンを用いた顧客管理システム(以下「顧客管理システム」という。)によって管理されていた。
顧客カルテは,その表紙などに営業秘密である旨の表示はなく,本件店舗の従業員であれば誰でも見られる状態で保管されていた。
顧客管理システムは,本件店舗の従業員であればパスワード等を用いることなく誰でも顧客情報を閲覧することができるが,顧客情報データを外部媒体などに出力するためには,原告の代表者が管理委託会社に書面で指示する必要があった。
イ 被告が原告に在職していた当時,原告において,情報管理規定は存在していなかった。
3 争点 (1) 被告は,原告の営業秘密を窃取したか(争点1) (2) 原告が受けた損害の額(争点2) 4 争点に対する当事者の主張 (1) 争点1(被告は,原告の営業秘密を窃取したか)について 2 【原告の主張】 ア 被告が,顧客情報を窃取したこと 原告は,平成27年4月13日,本件店舗に来店した顧客から,被告から本件ダイレクトメールが届いた旨の情報提供を受けた。そこで,原告代表者が,同日,被告に電話で確認したところ,被告は,本件店舗の顧客情報50件を盗んで,これらの顧客に対し,本件ダイレクトメールを送付したと発言した。
なお,原告において,従業員が退職する際,顧客に対して手紙を送付する習慣があったことは事実であるが,これは,新担当者を紹介する引継ぎのための手紙であって,転職先の店舗を紹介するためのものではない。
イ 顧客情報が原告の営業秘密であること 本件店舗の顧客情報は,事業活動に有用な営業上の情報であり,公然と知られていないものである。
また,本件店舗の顧客情報は,@顧客管理システムで管理されており,顧客情報を出力する場合には原告の代表者が署名押印した書面を管理委託会社に送付する必要があること,A原告の従業員は,就職時と退職時に個人情報の取扱いに関する誓約書を作成することになっていること(なお,被告が作成した誓約書は存在しないが,被告は,本件店舗の店長であったのだから,そのような誓約書の存在を認識しているはずである。)などから,秘密としても管理されている。
したがって,本件店舗の顧客情報は,原告の営業秘密(不競法2条6項)であり,被告が同顧客情報50件を窃取したことは,営業秘密不正取得行為(同条1項4号)に該当する。
【被告の主張】 ア 原告においては,従業員が退職する際には,退職に先立って顧客に対して挨拶の手紙を送付する習慣があったところ,被告は,同手紙を送付するに際して,顧客情報を顧客カルテからノートに書き写したものであって,顧客情報を窃取してはいない。
3 被告は,平成27年1月頃,本件店舗の顧客のうち28名に対して本件ダイレクトメールを送付したが,これは,施術中などあらかじめダイレクトメールを送付することにつき承諾を受けた顧客にのみ送付したものである。
被告が平成27年4月13日,原告代表者と電話で会話したことは事実であるが,顧客情報を盗んだなどと発言してはいない。むしろ原告代表者から脅迫を受けたものである。本件訴訟は,原告に対して割増賃金の支払を求める訴訟を提起した被告に対する嫌がらせのための訴訟であって,不当訴訟である。
イ 本件店舗において,顧客情報は,顧客管理システムのみならず顧客カルテによっても管理されていた。顧客カルテには,「社外秘」等,営業秘密である旨を示す表示はない上,レジの下の棚に置かれ,施錠等もされておらず,従業員であれば誰でも容易に見ることができた。顧客管理システムは,起動や顧客情報の閲覧のためのパスワード等は設定されておらず,従業員であれば誰でも容易に顧客情報を閲覧できる状態にあった。
また,原告においては,従業員に秘密保持義務を課す情報管理規定はなく,顧客情報に関する誓約書等が作成されていた事実もない。
したがって,原告は,顧客の情報を「秘密として管理」(不競法2条6項)していたといえなから,被告の行為は営業秘密不正取得行為に当たらない。
(2) 争点2(原告が受けた損害の額)について 【原告の主張】 上記(1)のとおり,被告は,原告の営業秘密である50名分の顧客情報を故意に窃取し,原告の営業上の利益侵害した。被告の不正競争行為により原告が受けた損害の額は,次のとおり,合計375万円である。
逸失利益(255万円) 被告による不正競争行為がなければ,原告は,当該顧客50名から,それぞれ少なくとも6回分の売上を得ることができた。来店1回あたりの単価を8500円とすると,逸失利益の合計額は8500円×50名×6回=255万円となる。
4 イ 顧客への対応費用(120万円) 原告が,当該顧客へ対応するため,顧客1名あたり2万4000円の費用を要した。その合計額は2万4000円×50名=120万円となる。
【被告の主張】 否認し,争う。
当裁判所の判断
1 争点1(被告は,原告の営業秘密を窃取したか)について (1) 営業上の情報が不競法上の営業秘密として保護されるためには,当該情報が秘密として管理され,事業活動に有用であって,かつ,公然と知られていないことを要する(不競法2条6項)。
原告は,本件店舗の顧客情報が原告の営業秘密に該当する旨主張する。しかしながら,前記認定事実によれば,本件店舗の顧客情報は,顧客カルテと顧客管理システムという2つの方法により管理されていたところ,顧客カルテには,その表紙などに営業秘密である旨の表示はなく,本件店舗の従業員であれば誰でも見られる状態で保管されていたというのであるし,顧客管理システムは,本件店舗の従業員であればパスワード等を用いることなく誰でも顧客情報を閲覧することができたというのである。その上,被告が原告に在職していた当時,原告において,従業員に秘密保持義務を課す情報管理規定も存在していなかったというのであるから,本件店舗の顧客情報が,情報の利用者である従業員において秘密であると認識し得る程度に管理されていたと認めることは困難というほかない。
この点について,原告は,原告の従業員は就職時と退職時に個人情報の取扱いに関する誓約書を作成することになっているなどと主張するが,原告は,被告が作成した誓約書が存在しないことを自認しているのみならず,かかる誓約書の書式すら証拠として提出しないのであるから,上記主張に係る事実を認定することはできない。
(2) したがって,本件店舗の顧客情報は,原告の営業秘密に該当するものとは認 5 められないから,被告の行為が営業秘密不正取得行為に該当するとの原告の主張は,その前提を欠くものであって採用することができない。
2 以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,本件請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 鈴木千帆
裁判官 天野研司