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事件 平成 27年 (ワ) 7051号 不正競争行為差止等請求事件

原告株式会社サンワード
同訴訟代理人弁護士 下山和也
同 岡井将洋
同 福井春菜
被告株式会社サンワード
同訴訟代理人弁護士 笠原克美
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2016/12/07
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,洗剤,洗濯活性剤その他の洗濯用品の販売事業に係るウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に,別紙被告商品等表示目録記載の表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示を掲載してはならない。
2 被告は,別紙被告商品等表示目録記載の表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示を付した洗剤,洗濯活性剤その他の洗濯用品を販売してはならない。
3 被告は,別紙被告商品等表示目録記載の表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示を付した洗剤,洗濯活性剤その他の洗濯用品を製造し又は第三者をして製造させてはならない。
4 被告は,被告による洗剤,洗濯活性剤その他の洗濯用品の販売に係るウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物から,別紙被告商品等表示目録記載の表示を抹消せよ。
5 被告は,別紙被告商品等表示目録記載の表示を付した洗剤及び洗濯活性剤から,同表示を抹消せよ。
16 被告は,原告に対し,803万4148円及びこれに対する平成28年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用はこれを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
9 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
1(1) 被告は,ウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に,別紙被告商品等表示目録記載の表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示を掲載してはならない。
(2) 被告は,ウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に,別紙被告商品等表示目録記載の表示を掲載してはならない。
2(1) 主文第2項と同旨 (2) 被告は,別紙被告商品等表示目録記載の表示を付した洗剤,洗濯活性剤その他の洗濯用品を販売してはならない。
3(1) 主文第3項と同旨 (2) 被告は,別紙被告商品等表示目録記載の表示を付した洗剤,洗濯活性剤その他の洗濯用品を第三者をして製造させてはならない。
4 被告は,ウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物から,別紙被告商品等表示目録記載の表示を抹消せよ。
5 被告は,別紙被告商品等表示目録記載の表示を付した洗剤及び洗濯活性剤を廃棄せよ。
6 被告は,原告に対し,3300万円及びこれに対する平成28年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要等
2 1 事案の概要 本件は,原告が,被告に対し,(1) 株式会社である被告は,株式会社である原告に,洗剤,洗濯活性剤その他の洗濯用品(以下「洗剤等」という 。)の販売事業を譲渡したにもかかわらず,不正の競争の目的をもって上記事業と同一の事業を行っているとして,会社法21条3項に基づき,@別紙被告商品等表示目録記載の表示(以下,個別には同目録の番号に従って「被告表示1」などといい,これらを総称して「被告表示」という。)その他「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示(なお,原告の主張に鑑みると,原告は,前記第1の1(1),2(1)及び3(1)において,「営業表示」という用語を,商品又は営業を表示するもの〔以下「商品等表示」という。 〕の趣旨で用いているものと解される。) をウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に掲載すること,A被告表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示を付した洗剤等を販売すること,及びB被告表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示を付した洗剤等を製造し又は第三者をして製造させることの各差止めを求め(前記第1の1(1),2(1)及び3(1)),(2) 別紙原告商品等表示目録記載の各表示(以下,個別には同目録の番号に従って「原告表示1」などといい,これらを総称して「原告表示」という。)は,原告の商品等表示として需要者の間に広く認識されているところ,被告表示1及び同3ないし同7は原告表示1と類似し,被告表示2は原告表示2と類似するとして,不正競争防止法(以下「不競法」という。 )3条1項に基づき,@被告表示をウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に掲載すること,A被告表示を付した洗剤等を販売すること,及びB被告表示を付した洗剤等を第三者をして製造させることの各差止めを求める(前記第1の1(2),2(2)及び3(2))とともに,同条2項に基づき,Cウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物から被告表示を抹消すること,及びD被告表示を付した洗剤及び洗濯活性剤の廃棄を求め(前記第1の4及び5),さらに,(3) 不競法4条に基づき,不法行為(平成26年10月から平成28年3月までの間の上記(2)@ないしBの不正競争 3 行為)による損害賠償金3300万円(同法5条2項による損害額1億5556万6197円の一部である3000万円と弁護士費用300万円の合計)及びこれに対する不法行為後である平成28年4月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(なお,不競法3条1項に基づく上記1(2),2(2)及び3(2)の各請求は,それぞれ,会社法21条3項に基づく上記1(1),2(1)及び3(1)の各請求と,重複する部分につき選択的併合の関係にある。)。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠等により容易に認められる事実。なお,書証番号は,特記しない限り枝番の記載を省略する。) (1) 当事者 ア 原告は,平成19年4月3日に設立された熊本市に本店を有する株式会社であり,「洗剤の製造・販売およびその輸出入業」等を目的としている(甲1)。
イ 被告は,昭和49年4月10日に設立された東京都日野市に本店を有する株式会社であり,「家庭用,業務用洗剤の製造および販売」等を目的としている(甲3)。
(2) 被告から原告への事業譲渡 ア 被告は,ドライマークが付されたカシミヤやニット等の衣類(以下「ドライマーク衣類」という。)を家庭で洗濯するためのドライクリーニング溶剤配合の洗剤を開発し,昭和56年1月頃,「ハイ・ソープ」の商品名により販売を開始した。被告は,昭和60年8月頃,同洗剤の商品名を「ハイ・ベック」に変更し,それ以降,「ハイ・ベック」シリーズと称して,「ハイ・ベックS」,「ハイ・ベックE」,「ハイ・ベックW」,「ハイ・ベック トリートメントドライ」,「ハイ・ベック パーフェクトドライ」などの商品名によりドライクリーニング溶剤配合の洗剤,仕上剤その他の洗濯用品(以下,これらを総称して「譲渡前被告商品」という。)の販売事業を営んできた(甲27,28)。
イ 原告と被告は,平成19年8月31日,譲渡前被告商品の販売事業を含む被 4 告の営業全部を原告に譲渡する旨の契約(以下「本件営業譲渡契約」とい う。また,同契約に係る営業譲渡を「本件営業譲渡」と,同契約に係る契約書〔甲4〕を「本件営業譲渡契約書」とそれぞれいう。)を締結した(なお,被告の主張中には,本件営業譲渡契約の成立を争うようにみえる部分もあるが,被告は,平成27年5月11日の第1回弁論準備手続期日において「本件営業譲渡契約については追認する」旨述べ,平成28年7月27日の第11回弁論準備手続期日においても「本件営業譲渡契約については追認する」旨の主張を「維持する」旨述べており,本件営業譲渡契約が有効に成立したこと自体は,当事者間に争いがない。)。
本件営業譲渡契約書には,被告は,被告の平成19年9月1日現在における貸借対照表,財産目録及びその他の財務諸表に基づく被告の営業全部を営業譲渡実行日に原告に譲渡し,原告はこれを譲受すること(第1条),上記営業譲渡実行日は,平成19年9月1日とし,本件営業譲渡契約により譲渡する営業内容及び対価は,別紙営業譲渡目録のとおりとすること(第2条)などが定められている(甲4)。
ウ 原告は,本件営業譲渡を受けた後,自己の商品として,別紙原告商品一覧記載の商品名及びパッケージによりドライマーク衣類を家庭で洗濯するための洗剤等(以下,これらを総称して「原告商品」という。)を販売している。
(3) 被告の行為 被告は,本件営業譲渡から6年が経過した後,化粧品原料を主成分としたドライマーク衣類を家庭で洗濯するための洗剤等を開発したなどとして,「ハイ・ベックS(スペシャル)」,「ハイ・ベックE(エマルジョン)」,「ハイ・ベック洗剤の素」,「ハイ・ベックドライS」,「ハイ・ベックドライE」などの商品名により同洗剤等を販売するようになり,その後,上記各商品の詰替用商品の販売も開始した(甲17ないし19,弁論の全趣旨。なお,販売開始の具体的な時期については,争いがある。)。
別紙被告商品目録記載の各商品(以下,これらを総称して「被告商品」という。)は,上述した各商品をまとめたものである。
5 3 争点 (1) 会社法21条3項に基づく請求が認められるか(争点1) ア 本件営業譲渡契約は有効に解除されたか(争点1-ア) イ 被告に「不正の競争の目的」が認められるか(争点1-イ) ウ 原告に差止請求権が認められるか(争点1-ウ) (2) 不正競争防止法に基づく請求が認められるか(争点2) ア 原告表示は原告の商品等表示として周知か(争点2-ア) イ 被告表示は原告表示と類似し,混同を生ずるか(争点2-イ) ウ 原告に差止等請求権が認められるか(争点2-ウ) (3) 原告の損害及びその額(争点3)
争点に対する当事者の主張
1 争点1(会社法21条3項に基づく請求が認められるか)について (1) 本件営業譲渡契約は有効に解除されたか(争点1-ア)について 【被告の主張】 ア 本件営業譲渡契約において,被告の平成19年8月31日現在のさわやか信用金庫に対する3口分(うち1口分は,株式会社トーヨー〔以下「トーヨー」という。〕の借入名義)及び三菱東京UFJ銀行に対する2口分の合計8307万3476円の負債(以下,これらを総称して「本件金融負債」という。 )は,営業譲渡の対象から除外されておらず,原告は,被告との関係では,本件金融負債を引き受けたものである。それゆえ,本件金融負債は,本件営業譲渡契約の締結直後から,原告の資金負担により弁済されていた。具体的には,本件金融負債の弁済資金は,原告及び被告の経理・税務処理を担当していた原告代表者の母であるA@により,原告においては,原告と被告との間で締結された平成20年3月1日付け,平成21年3月1日付け及び平成22年3月1日付け各コンサルタント業務契約(以下,これらを総称して「本件コンサルタント業務契約」といい,同契約に係る3通の契約書〔乙20の1,21の1,22の1〕を個別にはその締結日によ 6 り「平成20年3月1日付本件コンサルタント業務契約」などといい,これらを総 称 し て 「 本 件 コ ン サ ル タ ン ト 業 務 契 約 書 」 と い う 。 ) に基 づ く 顧 問料 ( 以 下「本件コンサルタント料」という。)の支払として,被告においては,雑収入として,それぞれ経理処理されていた。
ところが,被告代表者AAが,原告に対し,被告には,譲渡前被告商品に類する新規商品を開発・提案し,譲渡前被告商品の販売事業に復帰する計画があることを打ち明けたところ,原告は,本件コンサルタント業務契約に抵触・違反すると主張して,平成23年12月21日付け内容証明郵便により,被告に対し,本件コンサルタント業務契約を解除する旨通知し(乙23),本件コンサルタント料の支払を停止した。
被告は,平成24年3月23日に原告に到達した内容証明郵便により,原告による本件コンサルタント料の不払は,実質的に本件金融負債の支払停止を意味するから,本件営業譲渡契約の重大な債務不履行になるとして,原告に対し,同契約を解除する旨の通知をした(乙26)。
したがって,本件営業譲渡契約は,有効に解除されたものであって,原告の会社法21条3項に基づく請求は,その前提を欠き,理由がない。
イ 原告は,本件金融負債は,平成19年9月25日付け覚書(以下「本件覚書」という。乙9)により,本件営業譲渡契約の対象から除外された旨主張する。
しかし,本件覚書は,被告代表者AAの意思に基づくことなく,A@が作成(偽造)したものであり,本件コンサルタント業務契約も,上記アのとおり,あくまでも経理・税務処理の便法として,A@が作出したものにすぎない。このことは,原告の被告に対する本件金融負債の返済資金の支払が本件コンサルタント業務契約締結前から開始されていたことや,本件コンサルタント業務契約の終了後である平成23年12月末まで続けられていたことからも,明らかである。
【原告の主張】 被告の主張は,否認し又は争う。
7 本件金融負債は,真正に成立した本件覚書(乙9)によって本件営業譲渡契約の対象から除外されており,原告が負担すべき債務ではないから,被告の解除は,その前提を欠くものであって,効力を有しない。
なお,本件覚書が真正に成立したことについては,熊本地方裁判所平成24年(ワ)第430号事件及び福岡高等裁判所平成25年(ネ)第998号・平成26年(ネ)第293号事件(以下,第一,二審を通じ,「別件訴訟」という 。)において審理判断されており,これを再び争うことは,実質的に別件訴訟の蒸し返しであって,訴訟上の信義則に反し,許されない。
(2) 被告に「不正の競争の目的」が認められるか(争点1-イ)について 【原告の主張】 本件営業譲渡は,会社法467条の事業譲渡に該当するところ,譲渡会社である被告は,譲受会社である原告が行っている譲渡の対象となった事業と同一の事業を行っている。
会社法21条3項は,不正の競争の目的をもって同一の事業を行うことを禁止しているところ,「不正の競争の目的」とは,譲渡会社が譲受人の事業に係る顧客を奪おうとするなど,事業譲渡の趣旨に反する目的で同一の事業をするような場合を意味する。会社法は,不競法と異なり,一般人をして誤信させることを要件としていないから,譲渡会社が譲受会社の事業に重大な影響を及ぼすことを知りながらあえて同一の事業を行っていると認められれば足りる。
被告は,原告が,本件営業譲渡後,現在まで使用し続けてきた「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示について,原告による使用の事実を十分に認識しつつ,これを利用して,平成26年10月以降,原告商品と並び得る「新製品」として,被告商品を販売しており,原告の顧客を奪う意図を有することが明らかである。また,被告が原告の重要な取引先であるジュピターショップチャンネルに対して営業妨害行為に及んでいることや,被告代表者AAの親族名義で原告商品に関連する商標権を取得していることなどに鑑みれば,被告が原告の事業に重大な影響を及ぼす 8 ことを知りながらあえて上記販売行為に及んでいることも明らかである。
したがって,被告は,「不正の競争の目的」で原告と同一の事業を行っているものというべきである。
【被告の主張】 原告の主張は,否認し又は争う。
被告が行っているのは,被告の関係者が有する登録商標を使用した商品を販売するという合法的な事業であり,「ハイ・ベック」という文字を含む営業表示の使用を根拠として,「不正の競争の目的」を肯定することはできない。また,被告の事業目的は,広く一般消費者に有益な洗剤を提供しようとするものであって,狭く原告の顧客を奪おうとするものではない。被告がジュピターショップチャンネルに指摘したのは,原告による原告商品の宣伝が一般消費者に誤った情報や知識をもたらす不当性にすぎず,かかる指摘は,営業妨害行為に当たらない。
(3) 原告に差止請求権が認められるか(争点1-ウ)について 【原告の主張】 会社法21条3項は,譲渡会社という地位ないし譲渡会社と譲受会社との関係に着目し,譲渡会社が自ら譲渡した事業について譲受会社の利益を不正に害してはならないことを定めるものである。すなわち,事業譲渡は,暖簾を利用して事業を承継させることを目的とするから,譲渡会社は,譲受会社に対し,事業に属する各種の財産を移転し,客観的意義の事業の中核となる得意先・仕入れ関係・経営のノウハウなどの事実関係をそのまま継続させるようにしなければならないのはもちろん,事業譲渡後も,同一の事業を行って従前の得意先を奪うなど譲受会社の暖簾の利用を妨害してはならないというべきである。そして,このような事業譲渡の目的を達成するため,会社法21条は,譲渡会社に対し,個々の商品等表示を問わず,広く同一の事業の競業を禁止している。
このような立法趣旨からすれば,本件において,会社法21条3項により禁止されるのは,洗剤等の販売事業である。
9 そうとすれば,洗剤等の販売事業における商品等表示である以上,被告表示のみならず,広く「『ハイ・ベック』という文字を含む営業表示」の使用の差止めが認められるというべきである。
【被告の主張】 原告の主張は,争う。
2 争点2(不正競争防止法に基づく請求が認められるか)について (1) 原告表示は原告の商品等表示として周知か(争点2-ア)について 【原告の主張】 ア 原告は,原告表示を洗剤等の販売,広告その他の営業活動に使用し,原告商品に付して販売しているから,原告表示は,原告の商品等表示に該当する。
イ 原告表示は,遅くとも,被告が被告表示を洗剤等の販売,広告その他の営業活動に使用し,被告商品に付して販売し始めた平成26年10月頃には,ドライマーク衣類を家庭で洗濯する一般消費者の間で,原告の営業又は商品を表示するものとして周知となっていた。
原告は,現在,原告表示を付した洗剤等を20種類以上販売しており,その年間売上数は,東日本大震災のあった平成23年度を除いて,増大し続けており,平成25年度における売上額は4億円に迫るものであった。また,原告商品を取り扱う加盟店及び販売代理店(以下,これらの区別が必要ない場合は単に「販売代理店等」という。)は,原告設立以降現在まで約320店舗あり,各販売代理店等を通じて,原告商品は多数販売されている。
したがって,原告表示は,原告の営業又は商品を表示するものとして,需要者の間に広く知られているといえる。
【被告の主張】 原告の主張は,否認し又は争う。
原告は,商品等表示として,「ハイ・ベック」との文字を単独では使用しておらず,原告表示は,原告の商品等表示とはいえない。
10 また,原告表示の周知性の有無の判断に際しては,本件営業譲渡前(同表示が被告の商品等表示であった際)の周知性を考慮すべきでない。
(2) 被告表示は原告表示と類似し,混同を生ずるか(争点2-イ)について 【原告の主張】 ア(ア) 原告表示と被告表示の類否は,表示の要部(識別性を有する部分)を認定し,要部を対比して判断されるべきであるところ,以下のとおり,被告表示1及び同3ないし同7は原告表示1と類似し,被告表示2は原告表示2と類似する。
(イ) 原告表示1と被告表示1は,全く同じ表示であり,両者の類似性は明らかである。
(ウ) 原告表示2と被告表示2は,色が異なること以外は,文字及びゴシック様の太字の字体がほぼ一致するものであり,両者の類似性は明らかである。
(エ) 原告表示1と被告表示3ないし同7は,次のとおり,類似性がある。
原告表示1の要部は「ハイ・ベック」であり,被告表示3ないし同7は,原告表示1と同一の「ハイ・ベック」という文字列に,それぞれ,「S」,「E」,「ドライS」,「ドライE」,「洗剤の素」との文字列を付加したものであるところ,これら付加された文字列は,被告商品と他の商品とを識別させる部分ではないから,被告表示3ないし同7の要部は,「ハイ・ベック」という文字部分である。
需要者は,「いつも使っているハイベック」などとして,被告表示のうち,「ハイ・ベック」という部分で識別しているほか,被告もその広告において「ハイ・ベックのあゆみ」と表記しており,「ハイ・ベック」が被告表示の要部であることを示しているものといえる。
したがって,被告表示3ないし同7は,「ハイ・ベック」という文字列に別の文字列が付加されているとしても,同各表示の要部は,原告表示1の要部は一致するから,原告表示1と被告表示3ないし同7は,類似性がある。
イ 原告表示が付された原告商品も,被告表示が付された被告商品も,ドライマーク衣類を家庭で洗濯するための洗剤等であり,その需要者は共通する。
11 また,インターネット上のアマゾンや楽天市場などのサイトにおいて,「ハイベック」と入力して検索すると,原告商品と被告商品が入り混じって表示され,ウェブサイト上の購入者のレビューをみても,原告商品と被告商品が同一の営業主体の商品であると誤認して購入したと思われる記載などもみられる。
さらに,被告は,原告にその営業を譲渡したにもかかわらず,被告の広告に「1985年ハイ・ベック創業」,「歴史ある信頼と実績」などと掲載している上,被告商品にも「サンワード」という法人名を記載しており,原告と住所は異なるものの,商品名と法人名が全く同一であれば,需要者において,原告商品と被告商品が同一の営業主体から販売され,あるいは,同一の出所を有しているとの誤認を生じさせることは明らかである。
【被告の主張】 ア 原告の主張は,否認し又は争う。
需要者は,単に「ハイ・ベック」という文字部分のみによって出所を識別するのではなく,「ハイ・ベックドライ」や「ハイ・ベックゼロ」などの文字の組合せ全体と商品の容器に係る意匠を併せみることにより,出所を判別しており,原告商品と被告商品との混同は生じない。
また,被告商品は,植物系化粧品を原料とする洗剤等であり,石油系界面活性剤を原料とする原告商品とは全く異なることから,被告は,これを「新商品」と表示しているのであり,同表示は,むしろ原告商品と被告商品の混同を避けるための表示である。
(3) 原告に差止等請求権が認められるか(争点2-ウ)について【原告の主張】 被告は,原告の商品等表示である原告表示と類似する被告表示を使用し,商品・営業の出所を混同させるという不正競争行為により,原告のシェアを奪い,原告に営業上重大な損害を与えているから,原告は,被告に対し,不正競争防止法3条1項に基づき被告表示の使用差止めを求め,同条2項に基づき被告表示の抹消及び 12 被告表示の付された洗剤等の廃棄を求めることができる。
なお,被告は,原告が商標登録を受けていない表示については,不競法に基づく差止請求が許されない旨主張するようであるが,不競法は,商標法とは異なり,不正競争に該当する行為を規制することにより広く知的財産の保護を図ろうとするものであるから,被告の上記主張は理由がない。
【被告の主張】 原告の主張は,争う。
原告商品の商品名とされる「ハイ・ベックゼロ」,「ハイ・ベックドライ」などは,別個独立に商標登録が可能なものであり,原告が「ハイ・ベック」という商標について登録出願中であるからといって,被告による「ハイ・ベック」との文字を含む表示の全ての使用を原告が排他独占的に否定することは許されない。
また,被告は,「ハイ・ベックドライ」,「トリートメントドライ」との登録商標を合法的に有しており,これらの登録が取り消されるものではないし,「ハイ・ベックSスペシャル」,「ハイ・ベックEエマルジョン」,「ハイ・ベックドライSスペシャル」,「ハイ・ベックドライEエマルジョン」についても商標登録出願中である。
要するに,原告が被告表示中の「ハイ・ベック」との文字部分だけを独立させて,原告表示と類似する旨の主張をしたいのであれば,その点は,商標登録の場面において争うべきであり,原告の不競法に基づく権利行使は許されない。
3 争点3(原告の損害及びその額)について 【原告の主張】 (1) 原告商品の販売数量に基づく推計 ア 被告の販売数量 原告は,被告による不正競争行為がされた平成26年9月ないし10月頃まで,販売代理店等であるトーヨー,株式会社グッドライフ(以下「グッドライフ」という。),株式会社東北ハイベック(以下「東北ハイベック」という。 ),洋装 13 のにしざわ(以下「にしざわ」という。 )の4名に対し,原告商品を販売していた。被告商品に対応する原告商品の上記4名に対する販売実績は,別紙「四社合計」に記載のとおりである(被告商品を同別紙中の<<小滝商品>>の欄に,これに対応する原告商品を同別紙中の<<熊本商品>>の欄に記載した。)。
原告は,上記4名に対して原告商品を販売していたが,被告による被告商品の販売行為等により,上記4名に対する原告商品の販売が打ち切られ,上記4名における取扱商品は,原告商品から被告商品へと切り替えられた。上記4名は,それぞれ顧客名簿を有しており,原告商品が被告商品に切り替えられれば,従前原告が上記4名に販売していた数量とほぼ同じ数量を被告が上記4名に販売することになるはずである。
そこで,原告の上記4名に対する従前の販売数量から,被告の上記4名に対する販売数量を推計すると,被告商品の平成26年10月から平成28年3月までの約1年半の間の販売数量は,次のとおりとなる。
@ハイ・ベックS(詰替用含む) 1万3875個 Aハイ・ベックE(詰替用含む) 4020個 Bハイ・ベック洗剤の素 1386個 Cハイ・ベックドライS 1万2012個 Dハイ・ベックドライS詰替用 2万2722個 Eハイ・ベックドライE 5310個 Fハイ・ベックドライE詰替用 4932個 合 計 6万4257個 イ 被告による侵害品の販売による単位数量当たりの利益 被告商品1個当たりの価額は,6000円のものと3685円のものの2種類があるので,各売上数の平均をとって単位数量当たりの販売価額を4842.5円とする。そして,被告の利益率が50%程度と推定されるので,被告商品の1個当たりの被告の利益額は,2421円(小数点以下切捨て)となる。
14 ウ 被告の不正競争行為による損害額 以上より,被告商品の販売数量に被告商品の1個当たりの利益額を乗じると,被告が得た利益額は,1億5556万6197円となる。
そうすると,平成26年10月から平成28年3月までに原告が受けた損害は,1億5556万6197円と推定される(不競法5条2項)。
なお,上記金額は,原告商品から被告商品へ切り替えたことが明白な前記4名にに対する販売数量を見積もって推計したものであるところ,被告は,実際には,前記4名以外の原告の販売代理店等に対する販売も行っていると考えられるから,仮に,被告の利益率が50%より低いとしても,被告の得た利益が3000万円を下ることはない。
エ 小括 以上から,原告は,被告に対し,不競法5条2項による損害額(逸失利益)1億5556万6197円の一部である3000万円に弁護士費用300万円を加えた損害賠償金合計3300万円及びこれに対する不正競争行為の後である平成28年4月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
オ 被告の主張に対する反論 被告は,有限会社ハートフル(以下「ハートフル」という。 ),グッドライフ及びABの3名に対する売上しか開示しないが,被告がトーヨー,東北ハイベック,にしざわに対しても被告商品を販売していることは,明らかである。また,被告の売上数が最も多くなっているハートフルに対する販売単価は,極めて低額となっているが,ハートフルの代表者は,被告代表者AAの息子である小滝哲也であって,被告と親族関係にあるために低額となっているハートフルの単価を損害算出の根拠とすることはできない。
(2) 被告の開示等に基づく推計 仮に,上記(1)の推計が認められないとしても,被告の開示等に基づき推計する 15 と以下のとおりとなる。
ア 販売単価 被告商品のうち,被告が販売単価を開示した「ハイ・ベックS(2600円)」,「ハイ・ベックドライS(2200円)」,「ハイ・ベックドライS詰替用(1980円)」,「ハイ・ベックドライE(2000円)」については,開示に係る単価とし(ただし,前記(1)で指摘したとおり,ハートフルに対する販売単価は,特に低額となっているため,前提としない。),その余の被告商品については,販売代理店等から一般消費者に対する販売金額に基づいて推計すると,被告商品の販売単価は,次のとおりとなる。
@ハイ・ベックS 2600円(被告開示) Aハイ・ベックS詰替用 2340円(推計) Bハイ・ベックE 2600円(推計) Cハイ・ベックE詰替用 2340円(推計) Dハイ・ベック洗剤の素 2600円(推計) Eハイ・ベック洗剤の素詰替用 2340円(推計) Fハイ・ベックドライS 2200円(被告開示) Gハイ・ベックドライS詰替用 1980円(被告開示) Hハイ・ベックドライE 2000円(被告開示) Iハイ・ベックドライE詰替用 1799円(推計) イ 利益率 前記(1)のとおり,被告は被告商品の販売により販売額の50パーセント以上の利益を上げている。
被告商品の単位数量当たりの利益額は,被告商品の各販売価額に利益率50パーセントを乗じた金額であり,別表1の「商品1個あたりの利益額」の欄に記載のとおりとなる。
なお,仮に,被告が主張する20パーセントという利益率に基づいて,被告商品 16 の単位数量当たりの利益を算出すると,別表2の「商品1個当たりの利益額」の欄に記載のとおりとなる。
販売数量 被告が開示したハートフル,グッドライフ,ABに対する販売数量については,開示された数量を基に損害額を算出する。被告の上記3名に対する各販売数量は,別表1ないし別表2の「各社(者)に対する被告販売数量」の欄に記載のとおりである。
一方,被告が開示した売上にはトーヨーに対する販売数量が一切含まれていないが,トーヨーは,平成26年9月頃まで原告から商品を仕入れた上で一般消費者に原告商品を販売しており,同年10月以降,原告からの仕入れを中止し,その頃から被告商品を取り扱うようになっている。そして,トーヨーは,従前の原告商品の販売と同様に,被告商品をインターネット上で広く一般消費者に販売するほか,トーヨーの販売代理店に対して販売していたもので,このようなトーヨーの販売態様からすれば,被告のトーヨーに対する被告商品の販売数量は,原告のトーヨーに対する従前の原告商品の原告販売数量と同程度であったと推認されるべきである。原告のトーヨーに対する平成23年度から平成26年度までの原告商品の販売実数は,別表3のとおりであり,各月の原告商品販売数量の実数平均を算出すると,別表3の実数平均の欄に記載のとおりとなる。
被告の侵害行為が平成26年10月から平成28年3月までとすると,上記の各月の実数平均欄をすべて合計したもの(1年間の合計)と10月から3月までの各月の実数平均欄を合計したもの(半年間の合計)を合算したものが被告の販売数量となり,別表1ないし2の「各社(者)に対する被告販売数量」の「潟gーヨーに対する販売数量」の欄に記載のとおりとなる。
エ 不正競争行為による損害額 以上から,被告商品1個当たりの利益額にハートフル,グッドライフ,AB及びトーヨーの4名に対する被告商品の販売数量を乗じて,被告の得た利益額の総額を 17 計算すると,別表1の被告の得た利益額合計欄に記載のとおり,4143万5625円となる。
なお,仮に,被告の主張する20パーセントという利益率を基に算定するとしても,別表2の被告の得た利益額合計欄に記載のとおり,1657万4250円となる。
オ 小括 以上から,原告は,被告に対し,不競法5条2項による損害額(逸失利益)4143万5625円の一部である3000万円に弁護士費用300万円を加えた損害賠償金合計3300万円及びこれに対する不正競争行為の後である平成28年4月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
【被告の主張】 (1) 原告の主張のうち,被告の下記主張に反する部分は否認し又は争う。
(2) 原告は,平成26年10月以降,トーヨーに対する原告商品の納品をストップしたことから,被告において新商品をトーヨーに納品する必要があったところ,新商品の立ち上げには相当日数が必要である上,トーヨーによる販売先や販売数量も減っており,従前の原告の販売実績に基づいて損害額を計算する原告主張は,妥当でない。
なお,被告の平成26年10月以降の被告商品の販売先と販売個数は,別紙「被告(株)サンワード売上集計表」に記載のとおりであり,その利益率は平均20パーセント程度にすぎない。
当裁判所の判断
1 認定事実 前記前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告の事業 18 被告は,ドライマーク衣類のためのドライクリーニング溶剤配合の家庭用洗剤を開発し,昭和60年8月頃から譲渡前被告商品(の一部)を販売するようになった。
そして,譲渡前被告商品の利用者(一般消費者)に向けて「お洗濯講習会」,「お洗濯教室」などを開いて,譲渡前被告商品を紹介し,また,「ハイ・ベック通信」や「ハイ・ベックせんたくくらぶ通信」と題するニュースレターを配布しながら,その事業規模を拡大していった。洗濯教室は,500人規模の大きな会場で行うこともあり,NHKの放送でもたびたび紹介された。
被告は,その創業以来,キイワ産業株式会社(以下「キイワ」という。 )に対し,商品全ての製造を委託し,キイワ産業から納入された商品を販売していた。
(以上につき,甲7,27,28,乙29の1,弁論の全趣旨) (2) 本件営業譲渡契約の締結に至る経緯 被告は,平成8年頃から債務超過の状態に陥っていたことから,昭和63年から熊本市内において被告の加盟店として営業活動をしていたA@が,平成9年頃から被告の専務取締役に就任して被告の経営に携わり,被告の経理を担当することになった。その後,しばらく被告の事業は継続していたものの,平成18年2月には,被告代表者であるAAが2度目となる脳梗塞を発症したことなどもあり,被告の事業継続は困難となった。そこで,A@とAAは,被告の事業について協議し,新会社を設立して同社に被告の営業を譲渡し,譲渡前被告商品に関する事業を再建することとした(甲34の14,弁論の全趣旨)。
(3) 本件営業譲渡契約の締結及び本件覚書の作成について 上記(2)の協議に基づき,平成19年4月3日,A@の息子を代表者として原告が設立され,同年8月31日,原告と被告との間で本件営業譲渡契約が締結された。
ただし,同日には,本件営業譲渡契約書は作成されなかった。
A@は,同年9月末頃,AAに対し,本件営業譲渡につき契約書を作成するようを求め,本件営業譲渡契約書が取り交わされた。また,そのころ,被告及びAAは,後日の紛争を避けるため,かねてからの合意に基づいて,本件金融負債について, 19 被告が負担すること,連帯保証人であるAAが本件金融負債の債権者と協議し,責任をもって支払うことを約する旨の本件覚書を作成した。
(以上につき,甲4,32,33,34の14,46,47,乙9,28の2) (4) 本件コンサルタント業務契約の締結 ア A@は,本件営業譲渡後,被告には代表者であるAA以外の従業員はおらず,残債務等のために形式的に存続していた被告会社の経理処理のため,AAに依頼されて,本件営業譲渡後も被告の経理処理を担当した。
もともと本件金融負債については,AAが自宅を処分するなどして弁済することになっていたものの,当面の間,被告の本件金融負債の返済原資及びAAの生活費等が必要と思われたことから,これらの費用を捻出するため,原告と被告は,平成20年3月1日,被告が,原告と加盟店とのコミュニケーション等について助言,指導を行い,これに対して,原告が被告に報酬を支払う旨の本件コンサルタント業務契約を締結し,同日付け本件コンサルタント業務契約書及び同日付けコンサルタント業務契約に関する覚書を取り交した。
平成20年3月1日付け本件コンサルタント業務契約書第1条には,原告が被告から譲渡を受けた「ハイベックの製造・販売」事業の加盟店制という特殊販売形態に鑑み,原告の発展に寄与するため,被告は,原告の加盟店とのコミュニケーション・相談・連絡についての助言・指導を行うサービスを提供する(本件コンサルタント業務)ものとする旨が記載されていた。また,本件コンサルタント業務契約の期間は,平成20年4月1日から1年間と定められていたが,その後も,平成21年3月1日に同趣旨の同日付け本件コンサルタント業務契約書及び同日付けコンサルタント業務契約に関する覚書が取り交わされ,さらに,平成22年3月1日にも同趣旨の同日付け本件コンサルタント業務契約及び同日付けコンサルタント業務契約に関する覚書が取り交わされた。特に,原告と被告との間で最後に取り交わされた平成22年3月1日付けコンサルタント業務契約に関する覚書第3条においては,被告が原告の業務(洗剤及び関連製品の製造,既存加盟店との取引,サンワード・ 20 ハイベックを始めとする全ての商標の使用等)に支障をきたす行為を一切してはならない旨明記されていた。
(以上につき,甲34の10の1及び2[乙20の1及び2と同じ],甲34の11の1及び2[乙21の1及び2と同じ],甲34の12の1及び2[乙22の1及び2と同じ],乙28の2〔9,10,28ないし30頁〕) イ A@は,本件コンサルタント業務契約にしたがい,原告から被告に対し,コンサルタント料として定められた金額を振り込む一方,被告の経理担当者として,被告の口座に入金された金員から本件金融負債など被告の負債の返済処理を行ったほか,AA個人の債務の返済処理まで行っていた(乙14ないし19,28の2〔9,24,25頁〕)。
(5) 原告の営業 ア 原告は,本件営業譲渡後,それまで被告の製造委託会社であったキイワに対し,原告商品の製造を委託し,原告表示を容器等に付した原告商品を販売した(乙28の2〔19頁〕,弁論の全趣旨)。
イ 原告は,被告がそれまで行っていた販売代理店等による販売を続け,被告が行っていた「ハイ・ベック通信」というニュースレターも引き継ぎ,平成20年3月に原告商品をリニューアルした際に,「ハイ・ベック タイムズ」と名を変え,現在まで発行している。これらのニュースレターは,年に2回ほど,発行され,販売代理店等を通じ,多数の一般消費者に愛読され,原告表示が付された冊子やチラシの発行部数は,平成25年度においては26万部にのぼる。また,原告は,被告が継続してきた「ハイ・ベックお洗濯教室」を,本件営業譲渡契約後も引き続き,1年間に複数回,全国で開催し,平成22年度から平成26年度までの5年間に227か所で実施してきた(甲8,9,12,弁論の全趣旨)。
そして,本件営業譲渡前も,「ハイ・ベック」との表示が付された譲渡前被告商品が,「主婦の友」,「ViVi」等の雑誌や,読売新聞,産経新聞,朝日新聞等の全国紙及び地方紙,テレビやラジオにおいて広く取り上げられてきていたが,本 21 件営業譲渡後においても,原告表示が付された原告商品は,雑誌,新聞においてたびたび掲載され,本件営業譲渡後の平成22年9月7日及び平成23年3月24日には,ABCテレビで,平成24年2月24日に関西テレビで,平成26年3月17日に毎日放送で,それぞれ原告商品が紹介された(甲10,11)。
特に,テレビの通販番組であるジュピターショップチャンネルにおいて,度々原告商品の紹介があり,大きな売上げを上げてきた。ショップチャンネルでは,1日に6回,合計6時間放送され,その放送回数は,平成22年4月から平成27年3月までの5年間で合計64日に及び,時間にして108時間も放送され,平成25年度4月期や平成26年度3月期には,1日の売上個数が3万個を超えたこともあった(甲16,弁論の全趣旨)。
また,もともと被告は,譲渡前被告商品を販売代理店等を通じて販売していたほか,インターネット上でも販売しており,平成15年頃には,楽天市場やヤフーショッピングなどのショップページにおいても販売されていたところ,遅くとも本件営業譲渡後の平成20年頃には,原告商品のうち「ハイ・ベック トリートメントドライ」,「ハイ・ベック コーティングソフト仕上げ剤」,「ハイ・ベック コーティングハード仕上げ剤」,「ハイ・ベック洗濯助剤」が次々と上記ショップページ等インターネット上で販売されるようになり,「ハイ・ベックゼロドライ」及び「ハイ・ベックゼロドライ仕上げ剤」や同詰替用商品,「ハイ・ベックDX5(ドライエックスファイブ)」等については,アマゾンのショップページにおいても販売が開始され,インターネット上での販売も増加していった。
なお,インターネット上で,平成27年2月から同年3月の時点での洗濯用洗剤のジャンルで「おしゃれ着」,「洗剤」等を入力して検索すると,「ハイ・ベックトリートメントドライ」や「ハイ・ベックゼロドライ」などが高順位で表示されている(甲14,15)。そのほか,原告商品は,全国に店舗を展開している東急ハンズの店舗において取り扱われるようになり,全国のドラッグストアでも販売された。
22 (6) 本件コンサルタント業務契約の解除 ア AAは,平成23年2月頃から,本件営業譲渡後,原告商品を製造していたキイワに対しては,原告との契約を破棄するように求め,原告の販売代理店等に対しては,AA又は被告自身が洗剤等の販売事業を始めるなどと吹聴するようになった。そこで,原告の取締役でもあったA@は,AAと何度か話し合い,平成23年12月8日にも話合いの機会をもったが,これ以上,原告と被告のこれまでの関係を続けていくことはできないと判断し,A@とAAは,AAないし被告が原告の業務と抵触する洗剤の販売を独自に行うこと,A@ないし原告が本件コンサルタント業務契約に基づく支払を年内に停止することを確認しあった。
そして,A@から上記報告を受けた原告代表者は,被告の上記行為が,本件コンサルタント業務契約の解除事由に当たるとして,被告に対し,本件コンサルタント業務契約を解除する旨の通知(以下,同解除通知を「本件解除通知」という。 乙23)を送付した。 (以上につき,乙28の2〔13,14頁〕) イ これに対し,被告は,平成24年2月12日付けで,原告に対し,本件解除通知に記載された本件コンサルタント業務契約解除についての説明,証拠の提示を求めたが,原告からは,何ら返答がなく,被告が本件解除通知を受けた後2か月間,本件コンサルタント料の支払がないとして,同月22日付け「意匠及び商標の使用中止を求める通告書」と題する書面(以下「商標等の使用中止を求める通告書」という。)を,原告に送付した。被告は,商標等の使用中止を求める通告書において,原告に対し,本件コンサルタント料の支払停止により,原告又は原告代表者の親族が意匠権を有する意匠及び商標権を有する商標の使用を停止するよう求めた(乙24)。
ウ そこで,原告は,同年3月8日,代理人弁護士を通じ,「通知書」と題する書面を被告に送付し,本件コンサルタント業務契約は,平成22年3月31日に終了していること(ただし,平成23年3月31日の誤記と思われる。),仮に本件コンサルタント業務契約が存続しているとしても,本件解除通知をもって被告の本 23 件コンサルタント業務契約違反行為に基づき,本件コンサルタント業務契約は解除された旨通知した(乙25)。
エ これに対し,被告は,代理人弁護士を通じ,原告に対し,平成24年3月23日到達の「回答書」と題する書面を送付した。同書面には,本件営業譲渡の対象に,本件金融負債が含まれていること,本件営業譲渡の対価として,AAの月額報酬として約85万円を原告が保証することを前提におよそ年額2000万円の原告から被告に対する支払が約束されたが,経理ないし税務処理上,コンサルタント料とする旨の本件コンサルタント業務契約が締結されたものであって,同契約締結前から本件コンサルタント料が支払われていること,本件コンサルタント業務契約の契約書上は期間満了の1か月前までに翌年度の取り決めをするものと規定されており,実質的には自動更新に近い約定であったもので,本件コンサルタント料の支払を一方的に打ち切ることは許されないこと,本件コンサルタント料の不払は,実質的には本件金融債務の支払停止を意味するため,本件営業譲渡契約書第6条(1)に記載された「義務の履行を怠ったとき」に該当するものであるとして,被告の原告に対する商標等の使用中止を求める通告書は,原告の上記支払義務の不履行を理由とする本件営業譲渡契約の破棄(解除)の意思表示を含む被告の正当な要求であること,本件営業譲渡契約の成立とその存続を前提とする原告とキイワ間のハイベックブランド製品を対象とする平成20年2月13日付け製造委託契約書は失効したことになる旨記載されていた(乙26)。
(7) 被告商品の販売 ア 被告は,被告のホームページにおいて,「新しいハイ・ベックは化粧品製造許可工場にて,化粧品に用いられる原料で作られています。」,「ドライマークの洗剤を製造している「サンワード」という会社は複数社ございます。当社は創業者AAが,昭和49年に設立した会社です。」と紹介し,本件営業譲渡前に使用していた「ハイ・ベックのあゆみ」とする被告の社歴を紹介する部分では従前使用していたものを一部を修正し,「平成26年9月 ドライクリーニング溶剤から脱却。
24 化粧品原料を主成分にした日本で初めての洗剤。復刻版『ハイ・ベックS』,『ハイ・ベックドライS』登場」として被告商品を販売することを紹介した。
そして,被告は,平成26年10月頃には,トーヨーに対し,被告商品を販売し,トーヨーは,同年11月には,インターネット上で「新商品」,「ハイ・ベックS」,「ハイ・ベックE」,「ハイ・ベック専門店」などと表示して販売するようになった。
トーヨーを通じてインターネット上で販売された被告商品を紹介するウェブサイトにおいては,被告商品をチェックした人はこんな商品もチェックしていますとして,被告商品と関連する商品として,原告商品である「ハイ・ベックゼロドライ」及び「ハイ・ベックDX5」,被告商品である「ハイ・ベックドライS」が混在して掲げられることがあった。また,被告商品に関するウェブサイト上の書き込みでは,「今までハイベックエースを買っていましたが,新商品になっていました。」,「いつも使っているハイベックがなくなったので,購入しようと思ったら新しくなっていてビックリ!」,「ハイベックエースが無くなったので再購入しようと思ったら新商品のハイベックSを見て今回,購入しました。」,「ハイベックエースを愛用しています。・・・今回新商品が出たということで購入してみることにしました」などのコメントが寄せられていた(なお,「ハイ・ベックエース」は,原告商品であり,「ハイ・ベックS」は,被告が本件営業譲渡後に新たに販売した被告商品である。)。 (以上につき,甲18,19,29,弁論の全趣旨) イ また,被告が平成27年2月に作成した被告商品を紹介した小冊子(甲51)には,「私は4年ほど前から電波を通して汚れ落ちを強調した販売に違和感を感じていました。・・・その上我慢できなかったのは,偽装実演や過剰トークだとしか思えぬ販売方法でした。過剰トークのひとつにハイベックに配合しているドライクリーニング溶剤についての不安がありました。溶剤分植物系100%と謳っていますが普通の牛肉を松阪牛と言って売るのと同等の過剰説明だと感じました(成分分析結果の資料を同封いたしましたので数値はご覧ください。)。加盟店や販売店様 25 は一人ひとりのお客様にコツコツと正しいお洗濯方法や,情報を添えて販売しているのにテレビ通販が売れるから,もう加盟店や販売店様はどうでもいいと云わんばかりの熊本サンワード(判決注:本件原告を示すものと思われる。)の営業姿勢について,多くの加盟店様から何とかならないのかと忠告をいただきました。・・・こんな時期ではありますが,数年あたためていた新発想の『スキンケア発想』の洗剤が完成しましたのでご案内させていただきます・・・」などと被告商品を販売することになった経緯や被告商品の説明を紹介している。
ウ 被告は,少なくとも原告の販売代理店等であったトーヨー,グッドライフのほか,AB,ハートフルに対して被告商品を販売した(乙33,34,弁論の全趣旨)。
(8) 被告の事業停止 被告は,平成28年3月1日,さわやか信用金庫高幡不動支店及び三菱東京UFJ銀行八王子支店との各当座勘定取引について,それぞれ取引停止処分を受け,現在,事実上その事業は停止している(乙37,38)。
2 争点1(会社法21条3項に基づく請求が認められるか)について (1) 本件営業譲渡契約は有効に解除されたか(争点1-ア)について ア 被告は,本件コンサルタント料の不払が実質的に本件営業譲渡契約の対価の不払に当たるとして,本件営業譲渡契約の解除を主張しているものと解されるが,同主張は,本件金融負債が本件営業譲渡契約の対象から除外されていないことを前提とするところ,本件金融負債が本件覚書により本件営業譲渡契約の対象から除外されていることは,前記1において認定したとおりである。
この点,被告は,本件覚書が偽造されたものであると主張し,その体裁が本件契約書と異なることや被告の住所が誤って記載されていることなどを指摘する。
しかし,証拠(乙28の2〔別件訴訟におけるA@の尋問調書。特に,7,8,16,20,21頁参照〕)によれば,本件覚書は,平成19年9月下旬頃,本件営業譲渡契約とは同時期ではあるが,別の日に作成されたものであり,AAとA@ 26 との間で,以前からAAが本件金融負債の責任を持つと約束していたものの,A@が不安に思ってAAに書面化を持ちかけたことにより,作成されたものと認められ,本件営業譲渡契約と本件覚書の体裁が異なっていても不自然とまではいえない。また,営業譲渡の対象は,譲渡当事者間の合意によって定められるものであるところ,証拠(乙29の2〔別件訴訟におけるAAの尋問調書。特に,35,36頁参照〕)によれば,AAは,別件訴訟の尋問において,本件営業譲渡後の被告の資産について尋ねられた際,「資産は残っているようなもの何もないと思います。資産的に,金額的には。ただ,返済,負債があったわけですから,その負債を残してあるんです。日野サンワード(判決注:本件被告)の方に,金融負債を。それを支払う窓口が日野サンワードですから,・・・」と供述したこと,また,「残った製造部門の負債というのは,さわやか信用金庫と三菱東京UFJ銀行に対する負債だけですか。」との質問に対し,「そうです。」と明確に述べたことが認められる。そして,証拠(乙14ないし19,29の1)及び弁論の全趣旨によれば,本件金融負債は,実際に,本件営業譲渡後も被告名義で弁済され,本件金融負債以外の他の被告の負債については,本件営業譲渡後は,原告名義で弁済が行われていたこと,AA自身,本件金融負債のうち,さわやか信用金庫に対する債務は,被告の運転資金の累積赤字ではなく,AAの「放漫というか浪費によるもの」であり,三菱東京UFJ銀行に対する債務は,「洗濯機の製造に手を出して失敗したもの」で,被告の「本業である洗剤事業の不振によるものではありません。」と説明し,本件金融負債とその余の被告の負債とは,性質が異なることを認めていたことが認められる。以上の事実関係によれば,原告と被告との間において,その余の被告の負債とは別に,本件金融負債のみを本件営業譲渡の対象としない旨合意したとみることには,十分な合理性があるというべきである。そうすると,原告と被告との間では,本件金融負債については本件営業譲渡により原告に移転させず,被告の負債として残すことに合意していたものと認められるから,上記合意に符合した本件覚書は,AAの意思に基づいて作成されたものと認められる。
27 本件覚書に記載された被告の住所地は,東京都武蔵村山市であって,本店所在地である東京都日野市と異なっているものの,証拠(乙28の2〔特に,8頁参照〕,29の1〔AAの陳述書。特に,添付書類(3)参照〕)によれば,東京都武蔵村山市は,被告が譲渡前被告商品の製造の委託先であり,被告の支店登記がしてあったキイワの住所地であり,被告から販売代理店等に宛てた平成19年8月吉日付け「新生サンワードの御案内」と題する書面に記載された被告の住所地でもあることが認められるから,本件覚書の成立の真正を左右するほどの事情ではないというべきである。
別件訴訟におけるA@の証言には,営業譲渡の対価等の重要な書類について,本件営業譲渡契約書と同時期に作成したにもかかわらず,本件営業譲渡契約書には記載されなかったことについて,「思い付かなかった」(乙28の2〔16頁〕)などと一見不自然と思われる部分も見受けられるものの,そもそも,本件営業譲渡契約書に添付された営業譲渡目録には,本件金融負債だけでなく,被告の資産及び負債についても全く記載されていないのであって,本件営業譲渡日における被告の貸借対照表(甲34の9。ただし,「営業譲渡分の旧会社貸借対照表平成9年9月1日」のうち,「平成9年」は「平成19年」の誤記である〔乙28の2(6頁)〕。)については,本件で争いになった後に,A@によって原告の元にある資料に基づき作成されたというのであって(乙28の2〔16,17頁〕),資産・負債の関係についてはそもそも本件営業譲渡時に明確な資料を作成していなかったものであったが,原告と被告との間には,本件金融負債だけを別に扱う旨の明確な合意があったことから,このことをはっきりさせておくために,A@が別途覚書の作成をAAに持ち掛けたとしても(乙28の2〔7頁〕),不自然,不合理とはいえず,ほかにA@の証言の信用性を覆す客観的な証拠も認められない。
したがって,本件覚書が偽造されたものであるとの被告主張は,採用することができない(なお,証拠〔甲33〕によれば,本件覚書の真正が主要な争点の一つとされた別件訴訟の控訴審判決(確定判決)において,概ね上記と同様の認定判断が 28 されたものと認められるところであり,被告の主張は,訴訟上の信義則に照らしても,許されない。)。
イ 被告は,原告から被告への本件コンサルタント料の支払が本件コンサルタント業務契約締結前にもされ,また,同契約の終了後にも支払われていたことから,本件コンサルタント料は,本件営業譲渡の対価として支払われていたことが明らかである旨の主張もする。
しかし,証拠(乙20ないし22)及び弁論の全趣旨によれば,本件コンサルタント料の額は,本件金融負債の返済額とは関係なく,毎年,適宜,定められていたことが認められるから,原告は,本件コンサルタント料の支払につき,本件金融負債の弁済についての目途がつくまでの間,被告代表者AAの生活を援助するために,これを支払っていたとみるのが自然であり,本件営業譲渡の対価として支払われていたと認めることは困難である。
ウ 以上より,本件営業譲渡契約が有効に解除されたとする被告の主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
(2) 被告に「不正の競争の目的」が認められるか(争点1-イ)について ア 会社法は,会社が事業の譲渡をした場合の競業の禁止等に関する規定を第1編第4章に置き,同法21条3項において,同条1項及び2項の規定にかかわらず,譲渡会社は「不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない」旨を規定しているが,同法8条2項のような規定は置かれておらず,同法21条3項に違反する譲渡会社の行為につき,譲受会社が差止請求権を有することを明文で規定するものではない。しかしながら,会社法が新たに立法されるに際し,同法21条3項は,平成17年法律第87号による改正前の商法( 以下「旧商法」という。 )25条3項において,譲渡人は「不正ノ競争ノ目的ヲ以テ同一ノ営業ヲ為スコトヲ得ズ」と規定していたところを,会社及び外国会社につき,引き継いだものであり(会社法は,旧商法で用いられていた「営業」という用語ではなく,「事業」という用語を用いているが,これは,用語を整理し,会社が行うべきものの総体を個々 29 の営業と区別して事業と表記したものにすぎない。),旧商法のもとにおける従来の解釈に変更を及ぼすものではないと解されるところ,旧商法のもとでは,譲受人は,同法25条3項に違反する譲渡人の行為につき,差止請求権を有すると解されていたところであるから(東京高裁昭和48年10月9日判決・無体例集5巻2号381頁),会社法21条3項に違反する譲渡会社の行為につき,譲受会社は,同項に基づく差止請求権を有すると解するのが相当である(なお,同項に基づく差止請求権を肯定した裁判例として,東京地裁平成27年(ワ)第2617号同28年11月11日判決がある。)。
ところで,事業譲渡は,譲受会社に譲渡会社の暖簾等を利用して事業を承継させることを目的とするものであるから,譲渡会社が事業譲渡後も同一の事業を行って当該事業に関する譲受会社の得意先(暖簾を構成する当該事業に関する譲渡会社の従前の得意先を含む。)を奪うなど,譲受会社による暖簾等の利用を妨害することは,事業譲渡の目的に反するものとして許されないというべきところ,会社法21条3項が,同条1項及び2項の規定にかかわらず,「不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない」としているのは,上記のように,譲受会社の当該事業に係る顧客を奪おうとするなど,譲受会社の事業に重大な影響を及ぼすことを知りながらあえて同一の事業を行うなど,事業譲渡の趣旨に反する目的で同一の事業をすることを禁止する趣旨と解される。
イ 前記1の認定事実によれば,本件営業譲渡契約は,平成18年頃から債務超過にあった被告の事業の全部(当然,譲渡前被告商品など洗剤等に関する事業を含む。)を譲渡してその事業の維持,再生を図るという趣旨に基づいて原告が設立された上,原告と被告との間で締結された契約であり,被告は,被告の販売する全商品の仕入れ・販売に関するすべての有形・無形の権利,すなわち,「被告の取引先に関するもの,知的所有権に関するもの,什器備品に関するもの,在庫に関するもの及び情報に関するもの」の全てを原告に譲渡することを内容とするものであったもので,本件営業譲渡後に,譲渡会社である被告において,譲渡前被告商品など洗 30 剤等の事業を行うことは,想定されていなかったものと認められる。
しかるに,前記1の認定事実のとおり,被告は,本件営業譲渡後,「ハイ・ベック」の復刻版,「ハイ・ベックSシリーズ」,「ハイ・ベックドライSシリーズ」などと称して,譲渡前被告商品や原告商品に代替するところの被告商品の販売を開始し,洗剤等の販売事業を再開するに至っており,これは,被告が原告に本件営業譲渡により移転した暖簾に含まれると解される「ハイ・ベック」の文字を含む表示を付した洗剤等の販売事業と同一の事業というべきであるし,原告の販売方法について違和感を持っていたことなどを記載した小冊子を加盟店等に配布したり,既に原告の顧客となっていたトーヨーやグッドライフとの取引も再開したりして,原告から顧客を奪う活動を開始したものである。
以上からすれば,被告による被告商品の販売事業は,本件営業譲渡の目的に反し,譲受会社たる原告による暖簾等の利用を妨害するものというべきであって,会社法21条3項の「不正の競争の目的」によるものと認めるのが相当である。
なお,上記の被告商品の販売開始時期について,被告は,新商品の開発等のため,平成27年5月7日までは被告商品を販売できなかった旨主張するが,前記認定事実に加え,証拠(甲17,18,45)及び弁論の全趣旨によれば,トーヨーは,平成26年10月までに,原告からの原告商品の仕入れを中止し,遅くとも同年11月の時点でトーヨーがインターネットを通じて被告商品を販売したことが認められることからすれば,被告が同年10月までに被告商品をトーヨーに販売したことは明らかというべきであって,被告の上記主張は採用することができない。
(3) 原告に差止請求権が認められるか(争点1-ウ)について ア 以上のとおり,会社法21条3項に違反する譲渡会社の行為につき,譲受会社は,差止請求権を有すると解されるところ,被告は,不正の競争の目的をもって,原告に譲渡した事業と同一の事業である被告表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む商品等表示を用いる洗剤等の販売事業を行っているものというべきである。
したがって,原告は,被告に対し,同項に基づき,被告表示その他「ハイ・ベッ 31 ク」という文字を含む商品等表示を用いる洗剤等の販売事業を営むことの差止めを求めることができるというべきである。
ところで,原告は,被告が被告表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む商品等表示を用いる洗剤等の販売事業を営むことの差止めではなく,@ウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に,別紙被告商品等表示目録記載の表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む商品等表示を掲載すること,A被告表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む商品等表示を付した洗剤等を販売すること,及びB被告表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む商品等表示を付した洗剤等を製造し又は第三者をして製造させることの差止めを求めているのであるが,上記@ないしBの行為(ただし,上記@については,洗剤等の販売事業に係るウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に限るべきである。)は,被告が被告表示その他「ハイ・ベック」という文字を含む商品等表示を用いる洗剤等の販売事業を営む行為の具体的態様というべきであるから,原告は,同項に基づいて,これらの行為の差止めを求めることができると解される なお,前記認定事実によれば,被告は,現在,金融機関から取引停止処分を受けていることが認められるが,被告が,繰り返し,本件覚書が偽造であると主張し,本件営業譲渡契約が有効に解除された旨主張していることを考慮すると,被告は,なお,原告が原告表示を用いて営んでいる洗剤等の販売事業と同一の事業行うおそれがあるというべきであって,差止めの必要性があるというべきである。
イ 以上より,原告の会社法21条3項に基づく請求は,主文第1項ないし第3項のとおり認めるのが相当である。
3 争点2(不正競争防止法に基づく請求が認められるか)について (1) 原告表示は原告の商品等表示として周知か(争点2-ア)について ア 商品等表示性について 前記1の認定事実によれば,原告は,本件営業譲渡以降,原告表示を原告商品の商品名の一部に使用したり,商品名として直接使用しない場合にも,商品名付近に 32 同表示を付すなど,「ハイ・ベック」シリーズの商品であることを明示して販売していることが認められる。このような原告の販売態様,宣伝態様等を総合すると,原告表示は,原告商品に付され,あるいは原告の営業に際して使用されているといえるから,商品又は営業の出所を表示するものというべきであって,商品等表示に当たると認められる。
周知性について 原告が原告表示を付した原告商品を全国に所在する少なからざる販売代理店に販売したり,インターネットやテレビによる通信販売を通じて,多数の一般消費者に販売してきたこと,その他前記1の認定事実からすると,原告表示は,原告の商品又は営業を表すものとして,需要者(ウールマーク衣料の洗剤等を販売する小売店,同洗剤等を使用する全国の一般消費者)の間に広く認識されていたといえ,その状態は現時点においても継続しているものと認められる。
この点,被告は,原告表示が被告の商品等表示であったから,原告の商品等表示とはいえない旨主張するが,前記1の認定のとおり,原告は,本件営業譲渡契約により,被告との関係では,譲渡前被告商品の仕入れ・販売に関する権利を全て正当に承継したものであって,原告表示についてもこれを当然に使用する権利を承継しているものとみるべきである。また,この点を措くとしても,本件営業譲渡後,少なくとも被告商品の販売が開始された時点において,原告表示は,原告の商品又は営業を示すものとして広く需要者に認識されていると認めることができるから,被告の主張は採用することができない。
(2) 被告表示は原告表示と類似し,混同を生ずるか(争点2-イ)について ア 原告及び被告がいずれも洗剤等の販売事業をしていること,原告表示が周知であることは,既に説示したとおりである。
イ 被告表示1と被告表示1とは,ほぼ同一の表示であり,少なくとも両者が類似することは明らかである。
ウ 原告表示2と被告表示2とは,色が異なることを除き,ほぼ同一の表示であ 33 り,両者は,類似している。
エ 原告表示1と被告表示3ないし同7について検討する。
まず,被告表示3及び同4については,前記1の認定事実を踏まえると,需要者が前者のうち「S」の部分,後者のうち「E」の部分に特段注目するとは考えられず,これらの部分に出所識別機能を見いだすことは困難である。そうすると,被告表示3及び同4については,専ら「ハイ・ベック」の部分に出所識別機能があるとみるべきであるから,同部分を分離抽出して原告表示1と対比することが相当であるところ,同部分は原告表示1と同一である。したがって,被告表示3及び同4は,原告表示1と類似するというべきである。
また,被告表示5及び同6については,前記1の認定事実を踏まえると,需要者が前者のうち「S」の部分,後者のうち「E」の部分に注目して出所を認識するとは考えられず,また,両者ともドライマーク衣料に用いる洗剤等に使用されていることからすれば,両者のうち「ドライ」の部分,あるいは前者のうち「ドライS」の部分,後者のうち「ドライE」の部分に注目して出所を認識するとも考えられないから,これらの部分に出所識別機能を見いだすことは困難である。そうすると,被告表示5及び同6についても,専ら「ハイ・ベック」の部分に出所識別機能があるとみるべきであるから,同部分を分離抽出して原告表示1と対比することが相当であるところ,同部分は原告表示1と同一である。したがって,被告表示5及び同6は,原告表示1と類似するというべきである。
そして,被告表示7については,前記1の認定事実を踏まえると,洗剤活性剤に使用されていることからして,需要者が同表示のうち「洗剤の素」という部分に注目して出所を認識するとは考えられないから,この部分に出所識別機能を見いだすことは困難である。そうすると,被告表示7についても,専ら「ハイ・ベック」の部分に出所識別機能があるとみるべきであるから,同部分を分離抽出して原告表示1と対比することが相当であるところ,同部分は原告表示1と同一である。したがって,被告表示7は,原告表示1と類似するというべきである。
34 オ 原告と被告は,その商号も同一であること,実際に,原告商品と被告商品は,「ハイ・ベック」との文字ないし文字部分が共通することで,一般消費者に誤認が生じていることは,前記1の認定事実のとおりであることからすると,被告の商品及び営業と,原告の商品及び営業との混同が生じており,また,混同のおそれがあるというべきである。
(3) 原告に差止等請求権が認められるか(争点2-ウ)について ア 原告は,不競法3条1項に基づき,@被告表示をウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に掲載すること,A被告表示を付した洗剤等を販売すること,及びB被告表示を付した洗剤等を第三者をして製造させることの各差止めを求めているところ(前記第1の1(2),2(2)及び3(2)),上記検討したところによれば,上記@及びA(ただし,上記@については,洗剤等の販売事業に係るウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に限るべきである。)は,いずれも理由があるが(なお,被告が金融機関から取引停止処分を受けていることによって差止めの必要性が否定されものでないことは,前記2で説示したとおりである。),上記Bについては,同法2条1項1号所定の行為には該当しない(同号に「製造」は掲げられていない。)から,同法3条1項による差止めは認められないというべきである。
イ 原告は,不競法3条2項に基づき,Dウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物から被告表示を抹消すること,及びE被告表示を付した洗剤及び洗濯活性剤の廃棄を求めているのであるが(前記第1の4及び5),上記Dについては,被告以外の第三者の販売に係る広告物や,被告による洗剤等以外の販売事業についての広告物についてまで,抹消を求めることはできないというべきであるから,被告による洗剤等の販売に係るウェブページ,チラシ,ニュースレターその他の広告物に限るべきであり,上記Dについては,被告表示を付した洗剤及び洗濯活性剤から同表示の抹消を求める限度で理由があり,洗剤及び洗濯活性剤自体の廃棄を求めることは,原告の営業上の利益の保護としては,過剰であり,その必要性を 35 肯定することができない。
4 争点3(原告の損害及びその額)について (1) 被告による被告商品の販売先について 原告は,トーヨー,グッドライフ,東北ハイベック及びにしざわに原告商品を販売していたところ,被告商品の販売に伴って,上記4名が原告商品の仕入れを打ち切り,原告商品から被告商品に切り替えた旨主張する。
しかし,原告商品の東北ハイベックに対する販売実績を示すものとして原告が提出した証拠(甲50)によれば,原告の主張に係る被告商品の販売開始時である平成26年10月よりも前に,原告の東北ハイベックに対する販売実績がなくなっていることが認められ,東北ハイベックが原告商品の替わりに被告商品を販売していると認めるに足りる証拠もない。また,原告のにしざわに対する販売実績を認めるに足りる証拠はなく,にしざわが原告商品の替わりに被告商品を販売していると認めるに足りる証拠もない。したがって,原告の主張するように,原告が上記2名に対する原告商品の売上を喪失しているとしても,そのことが,被告の東北ハイベック及びにしざわに対する被告商品の販売に起因するものとは,認め難い。
他方,被告は,グッドライフ,ハートフル及びABに対して被告商品を販売していることを認めている(なお,被告は,上記3名に対する販売実績に関する証拠として売上伝票〔乙33〕及び売上集計表〔乙34〕を提出している。)。
また,証拠(甲17,20,21,22)によれば, トーヨーは,被告商品を「新商品」として販売代理店等に紹介し,注文を受け付けたり,インターネット上のウェブサイトにて被告商品を販売していることが認められ,これに弁論の全趣旨を総合すれば,被告がトーヨーに被告商品を販売したことは,優に推認することができる(上記売上集計表〔乙34〕は,被告の販売先の一部をまとめたものにすぎないとものというべきである。)。
以上からすると,被告が被告商品を販売していたのは,被告が自認するグッドライフ,ハートフル及びABに,トーヨーを加えた4名であると認めるのが相当であ 36 る。
(2) 被告商品の販売数量及び販売単価について ア 証拠(乙33)によれば,被告商品が販売された平成26年10月から平成28年3月までの間に,グッドライフ,ハートフル及びABに対する被告商品の販売数量及び販売単価は,別紙「裁判所の認定額」のグッドライフ,ハートフル及びABの欄の販売数量及び販売単価のとおりであることが認められる。
なお,原告は,ハートフル(代表者は,被告代表者AAの息子である。)に対する被告の販売単価が他の取引先よりも著しく低いことを指摘するが,取引先に応じて販売単価が異なることは,通常の取引でもしばしばみられることに加え,証拠(甲48,49)によれば,原告のトーヨーに対する販売単価は,グッドライフに対する販売単価の2分の1程度であることが認められることからすれば,上記認定に係る被告のハートフルに対する販売単価が不合理であるとまではいえず,他に上記認定を超える販売数量又は販売単価を認めるべき的確な証拠はない。
イ 被告は,被告代表者1名で営業を行っていたため事務処理がおろそかになっており, 伝票類(乙33)以外にはないとして(被告代表者の陳述書〔乙36〕に同旨の記載がある。),被告のトーヨーに対する販売数量及び販売単価を任意開示していない(なお,原告が平成28年6月15日付けでした計算書類提出命令の申立ては,被告の上記主張を踏まえ,取下げられた。)。
しかし,前記の認定事実に加え,証拠(甲17,18,45)及び弁論の全趣旨によれば,トーヨーは,平成26年9月29日に原告に原告商品の一部を注文した後は,原告から新たな注文をしておらず,原告商品に代わる「新商品」として被告商品を販売していたことが認められるから,被告がトーヨーに被告商品を販売していたことは明らかであるし,トーヨーは,同年10月以降,原告からの仕入れを中止し,その頃から被告商品を取り扱うようになったものであって,被告商品を扱うようになっても,トーヨーは,原告商品を販売していた当時と同様に,販売代理店 37 等やインターネットを通じた販売活動をしていたことが認められるから,被告からトーヨーへの被告商品の販売数量は,反証がない限り,従前の原告からトーヨーへの原告商品の販売数量と同程度であったと推認するのが相当である。
ここで,原告のトーヨーに対する平成23年度から平成26年度までの原告商品の販売数量の実数は,別表3に記載のとおりであり,各月の原告商品販売数量の実数平均を算出すると別表3の実数平均の欄に記載のとおりとなるから,これを前提に,被告がトーヨーを通じて被告商品を販売していた平成26年10月から平成28年3月までの販売数量を推計すると(上記の各月の実数平均欄をすべて合計したものを1年間の合計とし,洗剤等の需要が増える10月から3月までの各月の実数平均欄を合計したものを半年間の販売数量とする。),販売数量については,以下のとおりとなる(なお,被告商品に対応する原告商品名は,別紙「裁判所の認定額」の「被告商品に対応する原告商品名」欄に記載のとおりである。)。
原告商品の商品名 原 告 商 品 の 原告商品の 合計 1年間の販 10〜3月の 売実数平均 販売実数平均@ハイ・ベックエース 2684個 1579個 4263個Aハイ・ベックプレミアムド 2595個 1332個 3927個ライBハイ・ベックコーティング 993個 476個 1469個ソフトプレミアムCハイ・ベックコーティング 606個 260個 866個ハードプレミアムDハイ・ベック洗濯助剤プレ 561個 264個 825個ミアムEハイ・ベックゼロ 3956個 1644個 5600個 38 Fハイ・ベックゼロ詰替用 7636個 3618個 11254個Gハイ・ベックゼロ仕上げ剤 1836個 810個 2646個Hハイ・ベックゼロ仕上げ剤 1656個 786個 2442個詰替用 また,証拠(甲37,48,49)及び弁論の全趣旨によれば,トーヨー(代表者は,被告代表者AAの妹の長男である。)は,被告の他の取引先とは異なり,キイワと直接取引をすることを認められており,原告自身のトーヨーに対する販売単価は他の取引先の半分程度としていたことが認められることなどからすると,被告のトーヨーに対する被告商品の販売単価は,ハートフルに対する販売単価と同程度であると推認するのが合理的というべきである(原告は,被告の任意開示に係るグッドライフやABに対する販売単価に基づく推計を試みるが,被告とトーヨーとの関係及び取引経過に照らし,原告の主張をそのまま採用することは困難である。)。
(3) 利益率 原告は,被告が被告商品の販売により売上額の50パーセント以上の利益を上げた旨主張するが,被告が自認する売上額の20パーセントを超える利益を被告が得ていたと認めるに足りる的確な証拠はない。
(4) まとめ ア 以上からすると,被告が平成26年10月から平成28年3月までの間に,被告商品を販売した行為により原告が被った損害額(逸失利益)は,別紙「裁判所の認定額」に記載のとおり,被告が被告商品の販売により得た利益の額と認められる723万4148円であると推定される(不競法5条2項)。
イ 本件事案の経過その他本件記録に顕れた事情に鑑みると,被告の不正競争行為と相当因果関係のある弁護士費用は,80万円とするのが相当である。
ウ よって,原告の被告に対する不正競争行為(不法行為)に基づく損害賠償請求は,803万4148円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年4月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限 39 度で理由があり,その余は理由がないというべきである。
結論
以上によれば,原告の請求は,主文第1項ないし第6項の限度で理由があるからこれらを認容し,その余は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する(なお,仮執行の宣言は,主文第5項及び第6項については申立てがなく,主文第3項及び第4項については相当でないから,これを付さないこととする。)。
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 鈴木千帆
裁判官 天野研司