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事件 平成 12年 (ワ) 14794号 営業秘密使用差止等請求事件
平成 14年 (ワ) 3451号 損害賠償請求事件
甲事件原告兼乙事件被告 和興商事株式会社
訴訟代理人弁護士 小松初男
同 中所克博甲事件被告 A甲事件被告兼乙事件原告 株式会社ラディクス
上記両名訴訟代理人弁護士 伊藤芳朗
同 日野修一
同訴訟復代理人弁護士 松本学
同 山田啓甲事件被告 有限会社ミライコーポレーション 甲事件被告 有限会社ヤマダパッケージ
上記両名訴訟代理人弁護士 田中千草
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/03/06
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 甲事件原告和興商事株式会社の請求を,いずれも棄却する。
2 乙事件被告和興商事株式会社は,乙事件原告株式会社ラディクスに対し,600万円及びこれに対する平成14年3月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 乙事件原告株式会社ラディクスのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,甲事件乙事件を通じて,これを5分し,その1を甲事件被告A及び甲事件被告兼乙事件原告株式会社ラディクスの連帯負担とし,その余を甲事件原告兼乙事件被告和興商事株式会社の負担とする。
5 この判決の第2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
1 甲事件 (1) 甲事件被告らは,別紙目録1,2及び9記載の文書を使用してはならない。
(2) 甲事件被告らは,前項記載の各文書を廃棄せよ。
(3) 甲事件被告A(以下,単に「被告A」という。)は,甲事件原告兼乙事件被告和興商事株式会社(以下,単に「原告和興商事」という。)に対し,1406万3860円及びこれに対する平成12年9月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 甲事件被告兼乙事件原告株式会社ラディクス(以下,単に「被告ラディクス」という。)は,原告和興商事に対し,1500万円及びこれに対する平成12年9月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 甲事件被告有限会社ミライコーポレーション(以下,単に「被告ミライ」という。)は,原告和興商事に対し,1000万円及びこれに対する平成12年9月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 甲事件被告有限会社ヤマダパッケージ(以下,単に「被告ヤマダ」という。)は,原告和興商事に対し,1000万円及びこれに対する平成12年9月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 乙事件 原告和興商事は,被告ラディクスに対し,3000万円及びこれに対する平成14年3月27日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告和興商事は,食肉包装用ネット等の包装資材の輸入,卸売販売等を主たる目的とする会社である。
被告Aはもと原告和興商事の代表取締役であった者であり,被告ラディクスは,被告Aが原告和興商事を退社後に設立した会社である。被告Aを除く甲事件被告らは,原告和興商事と同種の事業を目的とする会社である。
甲事件において,原告和興商事は,被告Aが在職中原告和興商事の営業秘密を不正に取得し,その余の甲事件被告らがこれを利用して営業活動を行っていると主張して,甲事件被告らに対し,不正競争防止法2条1項4号,5号等に基づき別紙目録1,2及び9記載の文書の使用差止めを求め,同法5条1項に基づき別紙1ないし9記載の文書の不正取得又は不正使用を理由に損害賠償を求めるとともに,被告Aが自動車の架空リース契約名下に原告和興商事から金員を詐取したとして,同被告に対し,一般不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を求めている(以下,甲事件被告らに対する不正競争防止法に基づく差止請求及び損害賠償請求を「第1請求」といい,被告Aに対する一般不法行為に基づく請求を「第2請求」という。)。
乙事件において,被告ラディクスは,原告和興商事が被告ラディクスの取引先に対して,同被告の販売する食肉包装用ネットにはカビが生えやすい旨告知し,その旨を記載した文書等を配布したことは,競争関係にある被告ラディクスに関する虚偽の事実を告知,流布する不正競争行為に当たるとして,原告和興商事に対し,不正競争防止法2条1項14号,4条に基づき,損害賠償を求めている。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠等により認定した事実。後者については,認定に用いた証拠を末尾に掲げた。) (1) 原告和興商事は,食肉包装用ネット等の包装資材の輸入,卸売販売等を目的とする会社である。
(2) 被告Aは,原告和興商事に昭和51年ころから平成9年秋ころまで在職していた者であり,退職時の肩書は代表取締役常務であった(なお,被告Aの取締役退任登記は,平成9年9月30日付けでされている。)。
被告ラディクスは,平成10年2月12日に設立された食肉包装用ネット等の包装資材の輸入,卸売販売等を目的とする原告和興商事と競業関係にある会社であり,被告Aはその代表取締役に就任している。(被告ミライ及び同ヤマダの関係で甲1,弁論の全趣旨) (3) 被告ミライ及び被告ヤマダは,いずれも原告和興商事と同種の事業を目的とする有限会社であり,被告Aの知人であるB(以下「B」という。)が両会社の代表者に就任している。
〔甲事件の第1請求関係〕 (4) 別紙目録記載の各文書に記載された情報は,現在,原告和興商事が作成し,保有しているものである(以下「本件情報1」などといい,併せて「本件各情報」という。)。
本件情報3を除く本件各情報は,被告Aの在職していた当時も,原告和興商事が作成し,保有していた情報である。(被告A及び同ラディクスの関係で,本件情報2の内容につき甲34,被告ミライ及び同ヤマダの関係で,甲5,6の1〜16,7〜11,12のの1,2,甲27の1〜7) 〔甲事件の第2請求関係〕 (5) 被告Aは,平成5年10月30日,株式会社ホンダクリオ新東京(砧店)から下記の普通乗用自動車1台(以下「本件自動車」という。)を代金397万4000円で購入した。
車 名 ホンダ レジェンド 型 式 E-KA7 車台番号 KA7-1301397 登録番号 品川34ひ7683 被告Aは,上記の購入代金について,クレジット会社の与信契約により,平成6年1月27日までにその全額の支払を完了した。
(6) 本件自動車の購入に関し,1993年(平成5年)12月15日付けで 「湘南リース申込書」なる題名の書面が作成され,これに基づきリース料の名目で湘南信用金庫大船支店の「湘南商事」名義の口座に原告和興商事から合計406万3860円が送金されている。
(7) 本件自動車の登録名義は,平成10年2月10日付けで被告Aに移転されている。
〔乙事件関係〕 (8) 原告和興商事の従業員は,平成11年夏ころ,株式会社ダイエー商品企画室フーズグループなどの被告ラディクスの複数の取引先に対して,原告和興商事の販売に係る食肉包装用ネットである「ジェットネット」以外のネットには,衛生管理上の問題があるほか,ポリエステル製の食肉包装用ネット(以下「ポリネット」という。)用のポリ糸に含まれるオイルには毒性があり,体内に摂取されると嘔吐の原因になるなどと記載した文書(以下「本件告知文書」という。併合前の乙事件の甲3参照)をファクシミリで送信しあるいは持参した。
また,原告和興商事の従業員は,同じころ,被告ラディクスの複数の取引先に対し,同被告が取り扱うポリネットにカビが生えた状態を撮影した写真(以下「本件写真」という。甲39参照)を提示するなどした。
2 本件の争点 (1) 甲事件の第1請求関係 ア 原告和興商事が保有する本件各情報は,「営業秘密」(不正競争防止法2条4項)に該当するか(争点1) イ 被告Aは,原告和興商事に在職中本件各情報を不正に取得し,その余の甲事件被告らはこれを利用して営業活動をしているか(争点2) ウ 甲事件被告らの間に上記不正競争行為に係る共謀ないし共同関係が認められるか(争点3) エ 原告和興商事に生じた損害の内容及び額(争点4) (2) 甲事件の第2請求関係 被告Aは,本件自動車のリース契約による購入名下に原告和興商事に対し欺罔行為を行ったか(争点5) (3) 乙事件関係 ア 原告和興商事が,被告ラディクスの取引先に対し,本件告知文書を提示等した行為は,競争関係にある被告ラディクスの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する不正競争行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当するか(争点6) イ 被告ラディクスに生じた損害の内容及び額(争点7)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件各情報は営業秘密に該当するかどうか)について 【原告和興商事の主張】 本件各情報は,次のとおりいずれも不正競争防止法2条4項にいう「営業秘密」に該当する。
(1) 本件情報1(取引先名簿)について ア 秘密管理性 本件情報1は,原告和興商事のパソコンにインストールされた販売管理用ソフトに入力されている。この情報には,専用のパスワードを知らなければアクセスすることができず,原告和興商事内でパスワードを知る者は,常務取締役以上の役員,営業本部長及びパソコン操作に当たる会社の女子社員2名のみであった。
原告和興商事の常務以上の取締役又は営業本部長は,必要に応じて本件情報1を印刷又はコピーして営業担当社員に交付しているが,同社員らに対して,本件情報1は原告和興商事の重要資料であるから自己の営業活動にのみ使用するものとし,部外者に開示することや許可なく帯出することは厳禁する旨を申し渡していた。
有用性 (ア) 本件情報1は,原告和興商事がこれまでのたゆまぬ努力により開拓してきた原告和興商事の主力商品である食肉包装用ネット類の購入先顧客リストである。
このリストに記載された顧客は,次の3種類に大別される。
@ 自ら食肉加工を行い,自社で食肉包装用ネットを使用する業者(食 肉加工業者,スーパーマーケットなど) A 食肉加工用機材の製造,販売を行う業者 B 二次卸売業者として食肉加工を行っている業者や食肉包装用ネット 類の販売を行っている業者を顧客に持ち,当該業者から注文を受けて 原告和興商事に食肉包装用ネット類を発注し,顧客に直送させる業者(以下「帳合先」という。) (イ) 食肉包装用ネット類は,主として上記の業者が扱う特殊な商品であり,その購入先も極めて限定されている。そして,業者の住所録や一覧表などは業界団体等でも作成しておらず,現存しているものはない。そのため,食肉包装用ネット類の卸売業界に新規に参入し,顧客を開拓しようとすれば,まず,食肉販売業者などから食肉用ネットを使用している食肉加工業者を聞き出し,その所在と仕入担当者を突き止めなければならない。その上で,当該業者の行っている仕入れシステム,すなわち,当該ネット類を発売元から直接仕入れているのか二次卸業者を通じて仕入れているのかを聞き出し,しかるべき交渉ルートを確認し,ようやく製品を売り込むことができるのである。新規の参入業者にとっては,製品の売り込みの交渉相手を見つけるまでにかかる煩瑣な過程をたどる必要があるのみならず,その過程においてもなじみのない初対面の相手に対して自社の仕入れルートを直ちに開示してくれる業者などおそらく皆無であり,必要な情報を入手することは大変困難な作業となる。
(ウ) 原告和興商事が管理する本件情報1は,上記のような販売先探しをするために要する膨大な労力を省いて,安定的な取引先を確保しつつ,商品の販売を容易にするために不可欠な情報である。後発の同業他社がこのような情報を入手すれば,労せずして食肉包装用ネットの取扱い業者の名称,所在,連絡先,担当者を知ることができる。しかも,限られた食肉包装用ネットの取扱い業界において,原告和興商事が開拓した販売網に集中的に営業攻勢をかけることが可能であり,原告和興商事の営業活動に重大な打撃を与えることが可能となる。
(エ) 以上のとおり,本件情報1を保有することにより,食肉包装用ネット類の販売業者は,その経済活動を推進するために極めて有利な地位を占めることができ,収益を上げ得ることにつながることは明白である。
非公知性 本件情報1の内容及びこれと類似の情報は,公開されていないものである。これらの情報は,原告和興商事が日常の地道な営業活動の中で,開拓,蓄積してきた貴重な顧客情報であり,原告和興商事においても部外秘としてきたものであって,外部には全く知られていない。
(2) 本件情報2(代理店直送先台帳)について ア 秘密管理性 本件情報2は,3分冊のバインダーに編綴されて原告和興商事内に保管されており,代表取締役社長(現代表取締役会長)のC(以下「C」という。)が商品発送義務を担当する社員に管理をゆだねている。
原告和興商事では,取引先から「○○へ直送」という指示のある注文書をファクシミリや電話で受けた場合に,これを商品発送業務を担当する社員に回し,その担当社員が本件情報2をもとに,直送先の発送伝票を作成して商品を発送している。
本件情報2は,原告和興商事が取引先との長年の信頼関係により開示を受けてきた帳合先の情報を集積したものであり,部外者に漏洩されれば自社のみならず取引先にも損失を及ぼすおそれがあることから,Cは商品発送部門のみで管理することを命じ,従業員らに対して,その帯出はもちろんコピーすらも禁じていた。
有用性 (ア) 本件情報2は,原告和興商事がこれまでのたゆまぬ営業活動により開拓してきた原告和興商事の主力商品である食肉包装用ネット類の購入先顧客リストである。
同業他社が,食肉包装用ネット類の市場に新規に参入しようとする場合,取引先である帳合先の業者を知ることは非常に困難である。
しかも,本件情報2に記載された業者はいずれも自らが食肉包装用ネット類を販売する二次卸業者にとっても重要な取引先であることから,その困難性はより高度なものである。
(イ) 原告和興商事が管理する本件情報2は,新たに販売先探しをするために要する膨大な労力を省いて,安定的な取引先を確保しつつ,商品の販売を容易にするために不可欠な情報である。後発の同業他社がかかる情報を入手すれば,労せずして食肉包装用ネットを購入する業者の名称,所在,電話番号を覚知することができ,この業者に対して自己の販売する食肉包装用ネット類を売り込むことが可能となる。
(ウ) 以上のとおり,本件情報2を保有することにより,食肉包装用ネット類の販売業者は,その経済活動を推進するうえで極めて有利な地位を占めることができ,収益を上げ得ることにつながることは当然であって,その有用性は明らかである。
非公知性 本件情報2の内容及びこれと類似の情報は,公開されていないものである。これらの情報は,原告和興商事が日常の地道な営業活動の中で,開拓,蓄積してきた貴重な顧客情報である。仮に,これらの情報が他社に流出する事態になると,原告和興商事に対して自己の取引先を開示した代理店の営業にも支障をきたすおそれがあり,このような意味においても原告和興商事として秘密にするべき情報である。
(3) 本件情報3(商品卸売り単価表)について ア 形状・内容 本件情報3は,原告和興商事が販売する食肉包装用ネットにつき,各商品ごとに常備在庫の有無,通常単価,まとまった数量の取引があった場合の単価・定価を一覧表形式で記載し,また,各商品ごとに常備在庫の有無,顧客ランクごとの定価・単価を一覧表形式で記載したものであり,原告和興商事がコンピュータソフトで作成し,必要に応じて印刷し,使用していた情報である。
秘密管理性 本件情報3は,営業責任者である原告和興商事の営業部長が,商品の在庫一覧表をもとに,必要な利益率,販売実績等を勘案してワープロソフトによって作成し,社長の決裁を受けて確定するものである。印刷された原本は営業部長が保管し,営業担当の従業員にはコピーが一部ずつ配布される。
本件情報3は,原告和興商事の扱う全商品の販売価格等を記載した重要な情報であるため,Cはこれを部外秘とし,従業員に対して社内での価格設定の協議や見積書作成のためだけに使用し,社外には帯出しないように命じていた。
有用性 本件情報3は,原告和興商事が設定している商品定価,実際の販売価格,取引実績や顧客ランクによって変動する商品単価という情報が一目瞭然となるものである。食肉包装用ネットの業界で広い販売シェアを有する原告和興商事のこのような情報を入手した同業他社は,業界において少なくとも原告和興商事との間ではより低い価格で商品の売り込みを行うことが可能となり,その取引において有利な地位を占め,収益を上げ得ることは明らかである。
非公知性 Cは,本件情報3に接する営業部長以下の営業担当の従業員に対して,その内容を部外秘とすることを命じ,印刷された単価表を社外に帯出しないよう命じていた。すなわち,本件情報3は一般に社外の者が入手することは不可能であり,非公知性を有する情報である。
(4) 本件情報4(取扱商品の在庫一覧表)について ア 秘密管理性 本件情報4は,原告和興商事の販売管理用ソフトによって自動的に集計されるものであり,営業の最高責任者である原告和興商事の営業本部長がその内容をチェックし,必要に応じて印刷して所持・保管し,在庫の管理等のために使用している。
本件情報4は,各商品の仕入入庫数,売上出庫数,当該月の在庫単価等を含む重要な情報であるため,原告和興商事は上記販売管理ソフトの専用パスワードを知る者を限定して,印刷された在庫一覧表についても,Cは営業部長が保管するように命じていた。
有用性 本件情報4には,各商品の当該月の在庫単価,すなわち,原告和興商事の仕入れ値が含まれている。また,その仕入入庫数,売上出庫数,当月在庫数等の記載によって,原告和興商事の扱う商品中の主力商品が明らかになるため,同業他社がこの情報を入手すれば,原告和興商事の仕入れ値と利益率との格差を喧伝しつつ,当該商品と類似の商品につき原告和興商事の仕入れ値を勘案した上でより有利な価格を設定して売り込み攻勢をかけることにより,原告和興商事の営業活動に重大な打撃を与えることが可能となる。このような情報を入手した同業他社は,その取引において有利な地位を占め,収益を上げ得ることは明らかである。
非公知性 Cは,本件情報4を管理する営業本部長に対して,その内容を部外秘とすることを命じ,印刷された在庫一覧表は社外に帯出しないよう命じていた。すなわち,本件情報4は,一般に社外の者が入手することは不可能であり,非公知性を有する情報である。
(5) 本件情報5(原価計算表)について ア 秘密管理性 本件情報5は,当初はC本人が作成して自ら管理していたものであるが,平成8年9月ころからは輸入事務を担当する女性従業員がCの指示監督のもとで輸入関係の資料に基づき算出を担当し,同人が退社した後は,専務取締役(現代表取締役社長)のD(以下「D」という。)が算出を担当している。
本件情報5は,原告和興商事の算出担当者のほか常務取締役以上の者のみが閲覧できるものであり,印刷する場合には,原本をCが保管し,その写しを輸入事務を取り扱う女性従業員,D及び被告Aに配布して,取締役間の申合せで各自の責任において厳重に保管していた。
有用性 本件情報5には,原告和興商事の扱う各商品の仕入れ値が含まれていることは,本件情報4と同様である。また,各商品ごとの輸入数量の記載によって原告和興商事の主力商品が明らかになることも,同様である。そのため,同業他社がこの情報を入手すれば,原告和興商事の仕入れ値と利益率との格差を喧伝しつつ,当該商品と類似の商品につき原告和興商事の仕入れ値を勘案した上でより有利な価格を設定して売り込み攻勢をかけることにより,原告和興商事の営業活動に重大な打撃を与えることが可能となる。このような情報を入手した同業他社は,その取引において有利な地位を占め,収益を上げ得ることは明らかである。
非公知性 本件情報5の内容は,原告和興商事内において,常務以上の取締役及び輸入業務担当の従業員しか知り得ないものであった。したがって,この情報は一般に社外の者が入手することは不可能であり,非公知性を有するものである。
(6) 本件情報6(原告和興商事の仕入先住所録)について ア 秘密管理性 本件情報6は,原告和興商事の販売管理用ソフトに入力されているものであり,専用のパスワードを知る者でなければ接することのできない情報である。
また,必要に応じて印刷されることはあるが,その一覧表は,原告和興商事の営業事務を取り扱う従業員が,原告和興商事の営業本部長の指揮監督のもとに管理していた。
有用性 本件情報6は,食肉の味噌漬包装用に適したガーゼを供給する会社など,原告和興商事が長年の営業活動により知り得た安価で希少かつ良好な製品を扱う業者や,商品の輸入に関して信頼でき合理的な価格を提示する業者など,原告和興商事が食肉包装用ネット業界で有利かつ安定した取引を行う上で不可欠な情報を含んでいる。
同業他社がこの情報を入手すれば,原告和興商事と同様の仕入先を確保することが可能となり,少なくとも仕入れの面においては原告和興商事と同程度の市場競争力を労せずして得ることとなる。したがって,同業他社が,この情報を入手することにより,取引において有利な地位を占め,収益を上げ得ることは,他の情報と異なるところはない。
非公知性 本件情報6の内容は,原告和興商事内において販売管理用ソフトのパスワードを知る者しか認識し得ない情報であった。したがって,この情報は一般に社外の者が入手することは不可能であり,非公知性を有するものである。
(7) 本件情報7(原告和興商事の輸入執務資料) ア 秘密管理性 本件情報7は,Cの指揮監督のもと,輸入事務を担当する女性従業員が管理・保管していたものである。当該従業員は,この資料を輸入取扱い業者ごとに分けてバインダーで編綴し,ロッカーに入れて保管していた。この情報は,原告和興商事がこれまでの取引等を通じて開拓した優良な輸入業者やその業者との間で取り決められた料金,食肉包装用ネット類の輸入に必要な手続など,原告和興商事の輸入業務のノウハウを覚知することのできる資料である。
本件情報7は,このような重要な情報であるため,Cは,輸入事務を担当する女性従業員のみに管理をゆだね,同人に対して部外者への内容の漏洩を禁止していた。
有用性 本件情報7は,本件情報5(原価計算表)のもととなる商品の輸入単価,輸入諸掛をその内容に含むほか,原告和興商事が長年の間に培った商品輸入のノウハウを覚知することのできる性質の情報である。
同業他社がこの情報を入手すれば,原告和興商事の商品の輸入単価や輸入諸掛をもとに仕入れ値を推測し,原告和興商事の仕入れ値と利益率との格差を喧伝しつつ,当該商品と類似の商品につき原告和興商事の仕入れ値を勘案した上でより有利な価格を設定して売り込み攻勢をかけることにより,原告和興商事の営業活動に重大な打撃を与えることが可能となる。このような情報を入手した同業他社は,その取引において有利な地位を占め,収益を上げ得ることは明らかである。
非公知性 本件情報7は,Cの指示により,原告和興商事内において輸入事務を担当する女性従業員が管理し,部外者に開示することが禁じられていた。したがって,この情報は一般に社外の者が入手することは不可能であり,非公知性を有するものである。
(8) 本件情報8(発注チャート) ア 秘密管理性 本件情報8は,原告和興商事の常務取締役であった被告Aが輸入事務を取り扱う従業員に指示してチャート用紙に記入させた当該月の発注数量決定の参考となる数字をもとに,C,専務取締役及び常務取締役の三人が協議をして決めていた当該月の発注数量に関するものである。
本件情報8の記入済みのチャートは,輸入事務を担当する女性従業員が参考となる数字の根拠となる注文書,請求書とともにA4版のバインダーに編綴してロッカーに保管していた。
この情報は,原告和興商事の各月ごとの仕入方針を示すものであるため,Cら原告和興商事の幹部の間では,これらの者と輸入事務担当の従業員のみが知り得る秘密情報として認識されていた。
有用性 本件情報8は,食肉包装用ネット類販売の大手である原告和興商事の商品仕入れ数量及び毎月の発注数量の決定方法の仕組みを含むものである。同業他社がこれを入手すれば,原告和興商事の発注数量決定の過程を模倣することができ,また,原告和興商事の各商品ごとの在庫数量や発注数量を参考にして,売れ行きのよい商品,悪い商品を推測して商品を仕入れることが可能となる。このような情報も,それを入手した同業他社が取引において有利な地位を占め,収益を上げるための重要な情報であることは明らかである。
非公知性 本件情報8は,原告和興商事の担当従業員のほかは常務以上の取締役しか知り得ない情報であった。したがって,この情報は,一般に社外の者が入手することは不可能であり,非公知性を有するものである。
(9) 本件情報9(ジェットネット原価表) ア 秘密管理性 本件情報9のうち,原告和興商事の主要な輸入先である米国のジェットネット社から送付されてくる各商品の代金リスト(以下「本件代金リスト」という。)は,原告和興商事あてに封筒に入れて送付されてくるものであり,Cがこれを開封し,そのコピーを原告和興商事の常務取締役以上の者に渡していた。また,本件代金リストをもとに輸入業務を扱う原告和興商事の関連会社2社と原告和興商事が設定している原価表(以下「本件原価表」という。)は,原告和興商事の常務取締役であった被告Aが本件代金リスト等をもとにして作成していたものである。
これらの資料は,原告和興商事の商品販売上の原価計算の基本となる資料であり,会社の経済活動の根幹をなす重要なものであるため,みだりにその内容を他者に開示しないことは,常務以上の取締役の間では共通の認識であった。とりわけ,本件原価表に「マル秘」印が押捺されていることは,このことを裏付けている。
有用性 本件代金リスト及び本件原価表には,原告和興商事の扱う商品の仕入れ値が一目瞭然の形で記載されており,これらは本件情報4,5と同様,原告和興商事の販売価格の値下げ限度額を容易に推測することのできる資料であって,原告和興商事の市場での価格面での競争力の限界を示している。
同業他社がこの資料を入手すれば,原告和興商事の仕入れ値と利益率の格差を喧伝しつつ,当該商品と類似の商品を原告和興商事の仕入れ値を勘案した上で,より有利な価格を設定して売り込み攻勢をかけることにより,原告和興商事の営業活動に重大な打撃を加えることが可能になる。このような意味で,上記資料を入手した同業他社においては,その経済活動において有利な地位を占め,収益を上げ得ることは明らかである。
非公知性 本件代金リスト及び本件原価表の内容は,原告和興商事内において,常務以上の取締役しか知り得ない情報であった。したがって,その情報は一般に社外の者が入手することは不可能であり,非公知性を有するものである。
【被告A及び被告ラディクスの主張】 (1) 本件情報1について ア 秘密管理性について 本件情報1がパソコンの販売管理用ソフトに入力されていたことは認めるが,その余は否認する。
原告和興商事のいう「専用のパスワード」とは,パソコンの起動時に入力するもので,ほとんどの事務社員が知っており,限られた役員や事務職員しか知らないというものではなかった。
有用性について 原告和興商事主張の事実のうち,(ア)は認めるが,(イ)ないし(エ)は否認する。
食肉包装用ネット類は,複数の会社が製造販売している製品であり,決して特殊な商品ではない。また,食肉包装用ネット類を購入している業者は相当数に上り,購入先が極めて限定されているものでもない。さらに,食肉包装用ネット類購入業者の住所録や一覧表としては,業界紙発行社による年鑑(例えば,日本食肉年鑑),業界団体の発行する名簿などが存在する。
したがって,本件情報1を保有することで,同業他社が原告和興商事より有利な地位を占め,収益を上げ得ることにつながるとはいえない。
非公知性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
本件情報1は,上記のとおり公知のものであって,原告和興商事の主張するように外部に全く知られていないものではない。
(2) 本件情報2について ア 秘密管理性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
有用性について 原告和興商事主張の事実のうち,本件情報2が原告和興商事がこれまでのたゆまぬ営業活動により開拓してきた主力商品である食肉包装用ネット類の購入先顧客リストであることは認めるが,その余は否認する。
食肉包装用ネット類購入業者の情報は,刊行物等により入手可能であって,これにより同業他社が原告和興商事より有利な地位を占め,収益を上げ得ることにつながるものではないから,有用性は認められない。
非公知性について 原告和興商事の主張は否認し,争う。
(3) 本件情報3について ア 形状・内容について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
被告Aの在職中には,このような形状の単価表は存在しなかった。
秘密管理性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
原告和興商事は,「このような情報が同業他社に流出すれば,容易に原告和興商事よりも安価で商品の売り込みを行うことが可能となる」旨主張するが,商品の販売価格は,原価に一定,適正な利益を乗せて設定されるのが通常であり,その額は仕入れ値に大きく左右される。しかも,取引先との折衝の過程で同じ商品でも単価が変わるのは常であり,原告和興商事が本件情報3にあるとおりの額で商品を販売しているわけではないことは,明らかである。
有用性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
そもそも,被告ラディクスはジェットネットとは異なる商品を販売しており,このような単価表を持っていても意味がない。
非公知性について 原告和興商事の主張は否認し,争う。
(4) 本件情報4について ア 秘密管理性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
原告和興商事は,「販売管理ソフトの専用パスワードを知る者を限定していた」旨主張するが,「専用パスワード」とは,パソコンの起動時に入力する程度のものであり,従業員の使用・開示に特段の制限はなかった。
有用性について 原告和興商事主張の事実のうち,本件情報4が各商品の当該月の在庫単価,すなわち原告和興商事の商品の仕入れ値を含むことは認めるが,その余は否認する。原告和興商事は,本件情報4を同業他社が入手することで,原告和興商事の仕入れ値を勘案してより有利な価格を設定できる旨主張するが,他社の仕入れ値等から対象となる顧客に対する販売価格を予見することは不可能である。
非公知性について 原告和興商事の主張は否認し,争う。
(5) 本件情報5について ア 秘密管理性について 原告和興商事主張の事実は,認める。
有用性について 本件情報5には原告和興商事の各商品の仕入れ値が含まれること,各商品ごとの輸入数量の記載によって,原告和興商事の主力商品が明らかになることは認めるが,その余は否認する。
被告ラディクスが主力商品としている食肉包装用ネット類は,主にヨーロッパから輸入しており,米国から輸入販売している原告和興商事とは購入先を異にする。それゆえ,原価の構造も全く異なり,本件情報5は被告ラディクスにとっていかなる有用性も持たない。
また,他社の製品原価から個別の顧客に対する販売価格を予見することは不可能である。
非公知性について 原告和興商事の主張は否認し,争う。
(6) 本件情報6について ア 秘密管理性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
原告和興商事のいう「専用のパスワード」なるものは,パソコンの起動時に入力するもので,ほとんどの事務担当者が知っており,本件情報6の使用・開示には特段の制限はなかった。
有用性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
原告和興商事は,「同業他社がこの情報を入手すれば,原告和興商事と同様の仕入先を確保することが可能となる」旨主張するが,被告ラディクスは,原告和興商事とは異なる商品を販売しており,本件情報6は被告ラディクスにとって有用性をもたない。
非公知性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
仕入先の業者については,刊行物等で住所,電話番号等の情報を入手することが可能である。
(7) 本件情報7について ア 秘密管理性について 原告和興商事主張の事実のうち,本件情報7は,Cの指揮監督のもと,輸入事務を担当する女性従業員が管理・保管していたものであること,女性従業員はこの資料を輸入取扱い業者ごとに分けてバインダーで編綴し,ロッカーに入れて保管していたこと,この情報は,原告和興商事がこれまでの取引等を通じて開拓した優良な輸入業者やその業者との間で取り決められた料金,食肉包装用ネット類の輸入に必要な手続などを内容とすることは認めるが,その余は否認する。
有用性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
本件情報7は,商品輸入のノウハウが覚知されてしまう性質の資料でないほか,他の資料と同様,同業他社がその取引において有利な地位を占め,収益を上げ得るようなものではない。
非公知性について 原告和興商事主張の事実は,否認する。
(8) 本件情報8について ア 秘密管理性について 原告和興商事主張の事実のうち,C,専務取締役及び常務取締役の三者が協議をして当該月の発注数量を決めていたこと,記入済みのチャートにつき,輸入事務を担当する女性従業員が注文書,請求書とともにA4版のバインダーに編綴してロッカーに保管していたことは認めるが,その余は否認する。
発注数量の決定は,営業部長らが作成した原案に基づいてこれを承諾し又は一部変更するという形で行われており,当該月の発注数量は原告和興商事の幹部及び輸入事務担当の従業員のみが知り得る秘密情報ではなかった。
有用性について 本件情報8が,原告和興商事の商品仕入れ数量及び毎月の発注数量の決定方法の仕組みを含む内容であることは認めるが,その余は否認する。
被告ラディクスは,原告和興商事とは異なる商品を取り扱っているため,原告和興商事の発注数量決定の過程を模倣することはできず,また,原告和興商事の各商品ごとの在庫数量や発注数量を参考にして,売れ行きのよい商品,悪い商品を推測することもできない。
非公知性について 原告和興商事の主張は否認し,争う。
(9) 本件情報9について ア 秘密管理性について 原告和興商事主張の事実は,認める。
有用性について 原告和興商事主張の事実は否認し,争う。
被告ラディクスは,原告和興商事が取り扱うジェットネットとは異なる商品を扱っており,本件情報9は被告ラディクスにとって有用性をもたない。
非公知性について 原告和興商事の主張は否認し,争う。
【被告ミライ及び被告ヤマダの主張】 原告和興商事が主張する本件各情報の秘密管理性,有用性及び非公知性を基礎づける事実については知らず,本件各情報が「営業秘密」に該当する旨の法律上の主張については,争う。
原告和興商事は,新規参入業者が本件情報1などの顧客情報を利用して原告和興商事の取引先に営業攻勢をかけることが可能になる旨主張するが,何らの信頼関係のない新規参入の同業者が,名簿で見つけた面識のない取引先に売り込みを行っても,注文をとれるものではない。実際のところ,被告ミライ及び同ヤマダは従前の取引先から紹介を受けるなどして,根気よく取引先を開拓している。
したがって,少なくとも,本件情報1及び同2については,その有用性は疑問である。
2 争点2(被告Aによる本件各情報の不正取得及びその余の甲事件被告らによるその利用の事実の存否)について 【原告和興商事の主張】 (1) 被告Aによる本件各情報の不正取得 被告Aは,原告和興商事の代表取締役を退任する意向を表明し始めた平成9年7月下旬から登記簿上の退任の日である同年9月30日までの間,原告和興商事の管理する本件各情報を,自ら保管していた資料そのものを社外に持ち出す方法のほか,資料の内容を「データイータ」という名称の複写装置によって複写し,その複写された情報を社外に持ち出すという方法によって,窃取した。
(2) 本件各情報の開示等 被告Aは,取締役を退任する以前の時期から原告和興商事と競業関係に立つ被告ラディクスの設立準備を進める一方で,遅くとも平成9年7月下旬から友人であるBが設立し,原告和興商事と同種の営業を目的とする被告ヤマダ及び同ミライに対して原告和興商事の営業秘密に属する本件各情報を開示し,自らも被告ミライの原告和興商事に対する競業に関わるなどの行為を行った。
さらに,被告Aは,原告和興商事の取締役退任後は引き続き被告ミライの営業活動に専念し,自ら被告ラディクスを設立した後は「輸入総販売元 有限会社ミライコーポレーション」「発売元 有限会社ヤマダパッケージ,株式会社ラディクス」などと称して,原告和興商事から窃取した本件各情報を使用して,原告和興商事の重要な得意先に対して原告和興商事の製品をおとしめる言辞を弄し,より低額な販売価格を提示するなどの営業活動を行い,もって,原告和興商事の取引先を奪取し,あるいは原告和興商事をしてこれまでの販売価格を引き下げざるを得ないようにさせた。
(3) 被告ミライらによる本件各情報の使用 被告ミライ,同ヤマダ及び同ラディクスは,被告Aが原告和興商事から本件各情報を不正に取得したことを知りつつ,これを使用している。
(4) 奪取された取引先 原告和興商事が,このような甲事件被告らの不正競争行為によって奪取された取引先は,少なくとも,別紙被害取引先一覧表(平成14年6月24日付け原告準備書面末尾添付のもの)のとおり,43社にのぼっている。
【被告A及び被告ラディクスの主張】 (1) 「本件各情報の不正取得」について 被告Aが本件各情報を密かに社外に持ち出した旨の事実は,否認する。
被告Aは,Cの猜疑心に耐えきれずに退社を決めたのであり,同業種で独立したくなったとか,同業他社に移りたくなったといった理由で,原告和興商事を退社したのではない。したがって,被告Aには本件各情報を持ち出す動機がない。
しかも,被告Aが取締役を退任する前から被告ラディクスの設立準備を進めていたという事実もない。被告Aは,もともと原告和興商事を平成9年12月で退社するつもりでいたところ,Cから退職を催促されたため,退社の時期が早まったのである。それゆえ,会社設立の準備などできるはずがない。
(2) 「本件各情報の開示等」について また,被告ラディクス及び同Aが被告ミライ及び同ヤマダに対して本件各情報を開示したことも,被告Aが被告ミライの原告和興商事に対する競業に関わった事実もない。
(3) 奪取されたとする取引先について 原告和興商事が被告らの不正競争行為により奪われた取引先として挙げる43社のうち,14社は被告ラディクスと取引がない。また,20社は被告A又は同被告と同じく原告和興商事から被告ラディクスに移ったE(以下「E」という。)が原告和興商事在職中に開拓し,担当したことのある取引先である。
残りの9社のうち8社は,被告Aらが知人の紹介や展示会等をきっかけとして取得した取引先であり,残りの1社はそもそも原告和興商事と直接の取引はなかった。
【被告ミライ及び被告ヤマダの主張】 (1) 「本件各情報の開示等」について 被告Aが被告ミライ及び同ヤマダに対して本件各情報を開示したこと,被告Aが原告和興商事の取締役を退任した後に被告ミライの営業活動に専念したこと,被告Aが「輸入総販売元 有限会社ミライコーポレーション」「発売元 有限会社ヤマダパッケージ,株式会社ラディクス」などと称していたことは,否認する。
被告ミライ及び同ヤマダは,原告和興商事が営業秘密と主張する本件各情報の記載された書類を見たことはなく,これを使用したこともない。
(2) 奪取されたとする取引先について 原告和興商事が甲事件被告らに奪取されたと主張する別紙被害取引先一覧表記載の取引先のうち,被告ヤマダと取引のある会社は,貝坂屋(同表番号8),サンワ通商(同18),中村経木(同27),武蔵野産業(同40)の4社のみである。そして,このうち,武蔵野産業は被告ミライとも取引がある。
上記4社のうち,貝坂屋,サンワ通商及び武蔵野産業の3社は,被告ヤマダの従前からの取引先であり,食肉包装用ネットの取扱いを始めたときに,同商品の取引を開始するようになったものである。中村経木は,食肉包装用ネット以外の商品の仕入先であり,同社との間で食肉包装用ネットの取引をしたことはない。
被告ミライ及び同ヤマダは,被告ヤマダの従前からの取引先やそこから紹介を受けた先などから,根気よく取引先を開拓しているものであり,原告和興商事の保有する本件各情報を利用したことは一切ない。
3 争点3(甲事件被告らの間の共謀ないし共同関係の存否)について 【原告和興商事の主張】 (1) 被告ラディクス,被告ミライ,被告ヤマダの共同関係 被告ラディクスと被告ミライは,ヤマト・ユーピーエス・インターナショナル・エアカーゴ株式会社成田空港ロジスティックス営業所(以下,単に「ヤマト・ユーピーエス」という。)との間で,いずれも平成12年4月1日付けで,国内発送業務及び倉庫委託,通関業務等を内容とする業務委託契約(以下,この契約を「業務委託契約」という。)を締結している。しかも,その契約書及び委任状の体裁,内容は2通とも全く同一である。この事実は少なくとも被告ラディクスと被告ミライが極めて密接な意思疎通のもとに業務委託契約をそれぞれ締結している事実を示すものである。
次に,同被告両名作成の平成11年5月21日分から同年8月20日分までの「受注書/出荷指示書」の書式,記載等によれば,被告ミライは同ラディクスの「受注書/出荷指示書」のフォームをそのまま流用していること,被告ラディクスと被告ミライの「受注書/出荷指示書」は,その大半が被告ヤマダのファクシミリにより送信されていることが分かる。
(2) 原告和興商事の取引先に対する販売攻勢 前記期間内の「受注書/出荷指示書」に記載されている取引の内容を分析した結果によれば,被告ラディクス及び同ミライが取り扱った商品の約98%は被告ミライが輸入し,同ラディクスが販売する食肉包装用ネットであるデリネットであること,かつその販売の大半を上記被告両名が共同して行っていたことが分かる。しかも,被告ミライは輸入したネットを被告ヤマダに卸していることを自認しているところ,この輸入ネットがデリネットを指すことは明らかである。
さらに,「受注書/出荷指示書」に記載された「直送先」の記載によれば,そのうちの約79%が原告和興商事の開拓した代理店・取引先ないしは原告和興商事の代理店の直送先(帳合先)である。
(3) まとめ 以上の事実によれば,被告Aを除く甲事件被告ら3名の間に「輸入総販売元 有限会社ミライコーポレーション」「発売元 有限会社ヤマダパッケージ,株式会社ラディクス」といった又はこれに類する密接な共同営業形態が認められることが明らかである。しかも,前記業務委託契約が締結されたのが平成12年4月1日であることからすれば,甲事件被告ら(被告Aを除く)とヤマト・ユーピーエスとの間では,業務委託契約書等が作成される前の平成11年5月21日の時点で既に被告ラディクスと被告ミライを実質的に同一のものと取り扱い,いずれの会社からの出荷指示にも応じる旨の合意が成立していたものというべきである。
【被告A及び被告ラディクスの主張】 (1) 「被告ラディクス,被告ミライ,被告ヤマダの共同関係」について 被告ラディクス作成の業務委託契約書の書式及び「受注書/出荷指示書」の書式が,被告ミライ作成の同種の書類と書式が共通していることは認めるが,同被告両名の間に極めて密接な意思疎通があったとの主張は,否認する。
被告ラディクスは,ヤマト・ユーピーエスに対して平成12年4月以降散発的に輸入通関業務などを委託してきたが,同13年9月ころ,ヤマト・ユーピーエスの担当者から近々社内監査があり契約書が必要になったため,同社の営業開始日である平成12年4月1日に遡った契約書を作成することを懇請され,同社の用意した契約書に記名押印したものである。
(2) 「原告和興商事の取引先に対する販売攻勢」について 被告ラディクスと被告ミライが共同してデリネットを販売していた旨の事実は否認する。「受注書/出荷指示書」にある取引は,すべて被告ラディクスが商品を仕入れて販売するものであり,商品の発送を被告ミライに指示したものである。被告ミライは業務の簡素化と合理化を図るため,被告ラディクスの「受注書/出荷指示書」のフォームを流用していたのにとどまり,被告ラディクスがヤマト・ユーピーエスに直接指示をしたことはない(被告ミライないし被告ヤマダのファクシミリが故障したときに2,3回送信したことがあるが,それは例外である。)。
原告和興商事の主張する「受注書/出荷指示書」にある取引先の分析結果についても,争う。特に,代理店の顧客への直送分については,代理店らが原告和興商事の商品から被告ラディクスの商品に取扱いを移せば,その顧客への商品の供給が被告ラディクスの商品をもって行われるのは当然であり,この際に被告ラディクス及び代理店らが原告和興商事の名簿などを利用する必要性はない。 (3) 被告ラディクスの業務におけるデリネットの占める割合 被告ラディクスの営業内容は,デリネットの販売に限られていない。
被告ミライはヤマト・ユーピーエスをほぼデリネットの専用倉庫として使用しているようであるから,原告和興商事の指摘する「受注書/出荷指示書」の記載のうち,デリネットに関するものが98%を占めるのはむしろ当然である。被告ラディクスは,デリネット以外の新しい商品の開発や食肉機器,器具等の販売を行っており,デリネットの販売が98%を占めるということはない。
(4) まとめ 以上のとおり,被告ラディクスと被告ミライとの関係は,一般的な仕入取引関係及びそれに伴う協力関係にとどまり,共同して商品の販売を行う関係にはない。デリネットのカタログに「販売元」との記載があることは認めるが,そのような販売委託契約は存在せず,その後すぐに差し替えられたカタログからは上記の記載は削除されている。
【被告ミライ及び被告ヤマダの主張】 (1) 「被告ラディクス,被告ミライ,被告ヤマダの共同関係」について 被告ミライは,ヤマト・ユーピーエスと取引を開始した当初は,運送業務委託に関する契約書を作成していなかった。ところが,平成13年9月,ヤマト・ユーピーエスから,作成日付を平成12年4月1日に遡らせた契約書及び委任状の作成を求められ,これに応じたものである。したがって,被告ミライが被告ラディクスとの間の密接な意思疎通のもとに業務委託契約を締結したことはない。
(2) 「受注書/出荷指示書」の書式等について 被告ミライは,被告ラディクスの「受注書/出荷指示書」のフォームを無断で流用していた。商品の出荷の指示をするのは被告ミライであり,同ラディクスからファクシミリで送信される「受注書/出荷指示書」をそのままヤマト・ユーピーエスあての出荷指示書に利用しているにすぎない。なお,被告ミライと被告ヤマダは,いずれもBが代表者を務めている会社であり,本店所在地も同一で,ファクシミリの機械も両社で1台を共用していた。
(3) 被告ミライの取引先について 被告ミライの「受注書/出荷指示書」は,同被告が被告ヤマダの注文を受けて,被告ヤマダの取引先に直送する旨の指示を出しているものである。Bは,ネットの販売は原則として被告ミライで行うこととしていたが,もとからの被告ヤマダの取引先にネットを販売する場合には同被告から販売することにしていた。
(4) まとめ 以上のとおり,被告ミライと被告ラディクスは密接な関係にはなく,通常の取引関係を有するにすぎない。
4 争点4(原告和興商事の損害の内容及び額)について 【原告和興商事の主張】 前記のとおり,被告Aの行為は不正競争防止法2条1項4号所定の,その余の甲事件被告らの行為は同法2条1項5号ないし7号所定の不正競争行為に該当する。
甲事件被告らは,原告和興商事から不正に取得した営業秘密である本件各情報を用いて営業活動を行っており,それにより原告和興商事は有形無形の損害を被っている。甲事件被告らは,原告和興商事に対し,この損害を賠償すべき義務を負うところ,被告A,被告ミライ及び被告ヤマダは,上記不正競争行為により,平成9年9月から現在までそれぞれ少なくとも1000万円の利益を得ているものと推測される。また,被告ラディクスは,設立の後である平成10年3月から現在まで少なくとも1500万円の利益を得ているものと推測される。
よって,原告和興商事は,甲事件被告らに対し,不正競争防止法3条に基づき,本件各情報の一部である本件情報1,2及び9の使用差止め及びその廃棄を求めるとともに,同法5条1項に基づき損害賠償として,被告A,被告ミライ及び被告ヤマダに対し各1000万円,被告ラディクスに対し1500万円及びこれに対する平成12年9月16日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【甲事件被告らの主張】 原告和興商事の主張は否認し,争う。
5 争点5(被告Aによる本件自動車のリース契約による購入名下の欺罔行為の存否)について 【原告和興商事の主張】 被告Aは,平成5年10月30日,自己の名義で本件自動車を購入したが,同年12月15日ころ,Cに対し,株式会社ホンダファイナンスとの間でクレジット契約を締結していることを秘して,「湘南リース申込書」と題する書面を示し,湘南リースと契約する方が従前契約していたホンダリースよりもリース料が安く有利である旨述べて,情を知らないCから原告和興商事と湘南リースなる会社との車両リース契約を締結することの了承を得た。Cは,リース会社の変更には気が進まなかったが,被告Aが会社の仕事に使用するための車であれば,同被告の意思を尊重しようという判断から被告Aの申出を了解した。
すなわち,Cは,原告和興商事が湘南リースなる会社とリース契約を締結し,これに基づいてリース料の支払義務が生じたものと誤信した。これを受けて,原告和興商事は,「前提となる事実」の(6)(第2,1)のとおり,湘南信用金庫大船支店の「湘南商事」名義の口座に,平成6年4月25日から同9年12月25日までの間,合計406万3860円を送金した。
しかるに,原告和興商事が被告Aの退職後に調査したところ,「湘南リース株式会社」と原告和興商事との間には何らのリース契約も締結されていないことが判明した。原告和興商事がリース料名目で送金した「湘南商事」名義の口座は,被告Aが自ら送金を受けるために使用した口座にほかならない。
以上のとおり,被告AはCを欺罔して,原告和興商事から406万3860円の金員を騙し取った。よって,原告和興商事は,被告Aに対し,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償として,406万3860円及びこれに対する不法行為の後の日である平成12年9月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告Aの主張】 被告Aは,昭和51年にブルーバードバン(白色)を購入したとき以来,社用車を自己名義で購入していたが,その都度いったん被告Aが代金を支払い,経理上はその経費を車両費として原告和興商事から償還を受けるという方法をとってきた。
被告Aは,本件自動車の購入に際しても,従前と同様の方法で原告和興商事から車両費の支払を受けたいとCに申し入れたところ,Cは,税務署がうるさいので今までの方法はとれないが,リースという形をとればよい旨返答した。
Cは一貫して経理畑を歩んできた人物であり,「湘南リース申込書」なる書面が税務署提出用の気休め程度の意味しかない文書であることは容易に気がついたはずである。さらに,「湘南商事」名義の口座への自動送金依頼書にはCの訂正印が押捺されていることから,原告和興商事から上記口座への自動送金により被告Aが車両費を受け取ることについては,契約締結時にCは了承していたものである。
したがって,Cが,湘南リースとリース契約を締結したと考え,これに基づいて月々の支払義務が生じたものと誤信することはなく,被告Aの行為は,原告和興商事に対する欺罔には当たらない。
6 争点6(原告和興商事が被告ラディクスの取引先に対し,文書を提示等した行為は,不正競争行為に該当するか)について 【被告ラディクスの主張】 (1) 本件告知文書の内容 本件告知文書には,以下のような趣旨が記載されている。
@ 日本国内においては食肉包装用ネットに対する明確な基準がないため,粗悪な商品が流通するおそれがある(記載内容@)。
A ジェットネット社以外の綿製の食肉包装用ネット(以下「綿ネット」という。)は衛生管理上のみならず製品の素材自体も含めて食肉包装用に適さない場合が少なくない(記載内容A)。
B ジェットネット社以外のポリネットにはオイルが含まれていることが多く,これには毒性があり,体内に摂取されると嘔吐の原因になる(記載内容B)。
C 低温でしか使えない安価なボイル用ポリネットなどでは,横糸のゴムを被覆している糸が不充分なものが多く,肉にかけたときにゴムが露出してしまうので異臭を発生することがある(記載内容C)。
(2) 本件告知文書の内容が虚偽であること ア 記載内容@について 日本国内において食肉包装用ネットを製造・輸入する場合,公的な検査機関によって包装容器の安全性に関する規格に基づいた試験が行われている。被告ラディクスが取り扱う食肉包装用ネットも上記試験を受け,安全基準を満たしたものであるから,記載内容@は虚偽である。
イ 記載内容Aについて 被告ラディクスが輸入しているヘラスネット社のポリネットは,ヨーロッパの規格に完全に適合しており,素材の安全性に十分な注意を払っていることから,衛生管理上の問題はない。
また,被告ラディクスが取り扱う国内産の食肉包装用の綿ネットは,原料の綿糸に無漂白の双糸を使用しているため強度に優れていることから(なお,ジェットネットは単糸である。),食肉包装用ネットに適しており,記載内容Aは虚偽である。
ウ 記載内容Bについて 被告ラディクスが取り扱っているヘラスネット社のポリネットにはオイルは使用されていないことから,記載内容Bは虚偽である。
エ 記載内容Cについて 被告ラディクスが取り扱っているポリネットは,ボイル用ではなく,ロースト用である。また,ポリネットは,繊維が肉の水分を吸収し繊維自体の温度が上昇することを妨げることから,オーブンの庫内温度が300度を超えても使用できる。
また,ポリネットは,被覆する糸がゴムに絡まるように覆うことができるため,ゴムが露出するようなことはなく,異臭も発生しないことから,記載内容Cは虚偽である。
(3) 本件写真の提示等 原告和興商事の従業員は,被告ラディクスの取引先数社に対して,同被告の取り扱うポリネット(商品名「デリネット」)にカビが生えた状態を撮影した本件写真を示したほか,同被告の商品を持参して,「デリネットはカビが発生するけれども,当社のネットは発生しません」などと説明した。しかし,被告ラディクスの食肉包装用ネットが他社の商品と比べてカビが生えやすいという事実は認められないから,原告和興商事が告知した上記各事実はいずれも虚偽である。
(4) まとめ 以上のとおり,原告和興商事は,競業関係にある被告ラディクスの信用を毀損する目的で,同被告の取引先に対して故意に虚偽の事実を告知したものであるから,原告和興商事の行為は不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当する。
【原告和興商事の主張】 (1) 「競争関係」のないことについて 被告ラディクスは,クリーンハンズの原則に反する営業秘密である本件各情報の不正取得という不正競争行為により,初めて原告和興商事と「競争関係」に立ったものであり,不正競争防止法2条1項14号にいう「競争関係にある他人」に当たらない。
(2) 本件告知文書の内容について 本件告知文書の中に被告ラディクスの指摘する記載のあることは認めるが,その解釈は争う。
(3) 本件告知文書の内容の虚偽性について 本件告知文書は,その文面からも明らかなとおり,原告和興商事が輸入・販売するジェットネットの安全性と優秀さを種々の観点から詳細に説明するとともに,意図的に喧伝された綿製ネットの安全性に対する疑念等を払拭するために作成し提示等した文書であり,被告ラディクスの営業上の信用に向けられたものでなければ,虚偽の事実を記載したものでもない。本件告知文書の記載内容は,以下のとおり,いずれも真実である。
ア 記載内容@について この箇所は,平成11年7月の時点で,米国と異なり日本では食肉用ネットを対象とする明確な基準はなく,粗悪な商品が流通するおそれがあることを述べたものである。この記述は,被告ラディクスが販売するデリネットを指してのものではなく,一般論を述べたものである上,日本において,「米国陸軍規格」等の明確な基準が設けられていなかったことは,真実である。
イ 記載内容Aについて この箇所は,その前の文章から続けて読むと分かるように,粗悪なネットの類型をいくつか挙げてその問題点を一般的に説明したものにすぎず,被告ラディクスが販売するデリネットについて述べたものではない。しかも,市場には,上記のような粗悪なネットが流通していたのであるから,その内容は真実である。
ウ 記載内容Bについて この箇所は,ポリネットの中には,人体に有害なオイルが付着しているものが多いところ,原告和興商事が輸入しているジェットネット社製のポリネットでは,生産性が落ちコストが割高になるものの,オイルの付着していない安全なポリ糸を使用している旨を述べたものである。
ポリネットを製造する際,滑りをよくして生産効率を高めるための潤滑剤として,人体に有害な「コーニングオイル」を塗布している例も少なくないことから,この記載が虚偽であるという被告ラディクスの主張は失当である。
エ 記載内容Cについて この箇所は,「低温でしか使えない安価なボイル用ポリネット」に関する欠点を指摘した上,商品を購入する際には,価格のみならず安全性をも考慮して慎重な選択をするよう注意を喚起する趣旨のものである。
上記の記載は,被告ラディクスの営業上の信用に向けられたものではなく,虚偽の事実を記載したものでもない。
(4) 本件写真について 本件写真は,原告和興商事が,カビ研究の分野での著名な研究者であるFが代表者を務める有限会社アイビーエルに実験を依頼し,公正中立な実験の結果,綿ネットとは異なり安全であると喧伝されていたポリネットにもカビが生えるという実験の結果を撮影したものであり,真実を記録したものである。
(5) まとめ 以上のとおり,被告ラディクスの指摘する原告和興商事の従業員による本件告知文書の提示等及び本件写真の提示は不正競争行為に該当しないから,被告ラディクスの主張は理由がない。
7 争点7(被告ラディクスの損害の内容及び額)について 【被告ラディクスの主張】 原告和興商事による前記の不正競争行為により,被告ラディクスは,複数の業者から取引を断られたほか,取引の規模を縮小することを余儀なくされた。また,取引を継続する場合でも,被告ラディクスの取り扱う商品の安全性について説明を求められたりした。
取引が成立しなかったなどの理由で,被告ラディクスが商品を販売できなかったことによる損害の額は,2000万円を下らない。
また,被告ラディクスは,取引先等の業者から,同被告の扱う食肉包装用ネットは衛生管理上問題があるかのような疑いを持たれ,その社会的信用を著しく侵害された。この信用毀損による損害の額は,1000万円を下らない。
よって,被告ラディクスは,原告和興商事に対し,不正競争防止法4条に基づく損害賠償として,上記金額を合計した3000万円及びこれに対する平成14年3月27日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【原告和興商事の主張】 被告ラディクスの主張は否認し,争う。
当裁判所の判断
1 争点1(本件各情報の営業秘密性)について 本件において,原告和興商事は,本件各情報はいずれも「営業秘密」(不正競争防止法2条4項)に該当する旨主張している(ただし,原告和興商事が差止めの対象としているのは,本件情報1,2及び9のみである。)。そこで,まず,本件各情報が「営業秘密」に当たるかどうかについて判断する。
(1) 原告和興商事における本件各情報の管理状況等 前記「前提となる事実」(第2,1の(4))に証拠(甲5,6の1〜16,7〜11,12のの1,2,甲27の1〜7,原告和興商事代表者C,同D,被告ラディクス代表者兼被告本人A〔以下,単に「被告A」という。〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 本件情報1(取引先名簿) 本件情報1は,原告和興商事が商品の卸売りを行っている約700件の取引先を一覧表形式で表示し,顧客番号,会社名,住所,電話番号,ファックス番号を記載し,必要に応じて担当者の氏名を記載した情報であり,プリントアウトされたものには,検索が容易になるように,「あ行」から「わ行」までのインデックスが付されている。
本件情報1は,当初は,紙に書かれた名簿という形式で管理されていたが,昭和57年ころからコンピュータにデータとして入力する形で管理されるようになった。被告Aが退社した平成9年秋の時点では,本件情報1はアプリケーションソフト「大富豪」に搭載されており,これにアクセスするためには,コンピュータを立ち上げるためのパスワードのほかに,上記ソフトを起動させるための別のパスワードを入力することが必要であった。そして,原告和興商事内でそのパスワードを知る者は,当時専務取締役であったD,営業本部長及び請求書の発行等の事務を行う女性従業員2名のみであった。
原告和興商事では,上記の方法で管理されていた本件情報1をプリントアウトして,営業担当の従業員に1人1冊ずつ持たせていた。Cは,プリントアウトした本件情報1を部外者に開示することや許可なく社外に持ち出すことを禁止していたが,営業担当の従業員は,これを施錠されていない机の中に保管しており,自分の担当する取引先の住所,電話番号等については,これをメモしていた。
イ 本件情報2(代理店直送先台帳) 本件情報2は,原告和興商事が商品を継続的に供給している取引先(代理店)の二次卸先で原告和興商事が取引先の注文に応じて商品を直送する相手方(帳合先)に関する情報を名簿の形式で記録したものである。本件情報2は,コンピュータのデータではなく,B6E版サイズの厚手の二穴用紙に,各代理店ごとに主な帳合先の名称,所在地,電話番号等を手書きした一覧表(台帳)の形式で記載して管理されている。
本件情報2は,直送先の情報を記録するため昭和54年ころから作成されるようになり,直送先が増えたり,用紙が消耗するのに従って,紙を足したり,差し替えたりした結果,現在では3分冊のバインダーに編綴されるまでに至っている。
本件情報2を編綴したバインダーは,商品発送事務を担当する従業員の背後の棚に錠のかかっていない状態で置かれていた。Cは,バインダーや本件情報2の記載された台帳のコピーを社外に持ち出したり,その内容を漏洩することを禁じていたが,上記従業員は,発送伝票を作成するたびに棚までバインダーを取りに行くことは煩雑であることから,営業時間中は,自分の机の前かその付近の机の上にバインダーを置いており,従業員は誰でも,見ようと思えばこれを手にとって見ることのできる状態であった。
ウ 本件情報3(商品卸売り単価表) 本件情報3は,原告和興商事が販売する食肉包装用ネットにつき,各商品ごとに常備在庫の有無,通常単価,まとまった数量の取引があった場合の単価・定価を一覧表形式で記載し,また,各商品ごとに常備在庫の有無,顧客ランクごとの定価・単価を一覧表形式で記載したものである。原告和興商事では,本件情報3はワープロソフトで作成し,必要に応じてプリントアウトして使用していた。
本件情報3は,営業責任者である営業本部長が,商品の在庫一覧表をもとに,必要な利益率,販売実績等を勘案して,原案を作成し,Cの決裁を受けてその内容を確定させていた。そして,プリントアウトされた原本は営業本部長が保管し,営業担当の従業員にはコピーが一部ずつ配布されていた。Cは,本件情報3を部外秘扱いとし,社外への持ち出しを禁止していたが,1999年8月1日付けの単価表(甲7)をみる限り,「マル秘」など秘密であることを示すような表示は付されていない。
エ 本件情報4(取扱商品の在庫一覧表) 本件情報4は,原告和興商事が販売する食肉包装用ネット類につき,各商品ごとにコード番号・商品名,前月の在庫数量,当月の仕入入庫数・在庫数,在庫単価,在庫金額,最終入庫日,最終出庫日等を記載した一覧表である。原告和興商事では,本件情報4を販売管理用コンピュータソフトに入力し,必要に応じてプリントアウトして在庫管理等のために使用していた。
本件情報4は,上記ソフトによって集計され,営業本部長がその内容を確認するようになっていた。上記ソフトには専用のパスワードが設定されており,それを知る者は限定されていた。また,プリントアウトされた原本は,営業本部長が保管していた。
オ 本件情報5(原価計算表) 本件情報5は,原告和興商事が海外から仕入れる商品ごとに,コンピュータ表計算ソフトを使用して外貨建ての商品単価・輸入数量をもとに総額を円貨換算し,輸入諸掛を加えた金額を輸入数量で除した金額をもとに,関連会社2社と原告和興商事のそれぞれ仕入単価・仕入金額の総額を算出した一覧表である。原告和興商事では,本件情報5を必要に応じてプリントアウトし,専用のA4版バインダーに綴じて保管していた。
本件情報5は,平成8年9月までは輸入事務を担当する女性従業員がCの指示のもとで作成していたが,同従業員が退社した後はDが作成している。本件情報5は,常務取締役以上の者だけがその内容を閲覧できるようになっており,平成8年9月の時点では,プリントアウトされた原本はCが保管し,写しは前記女性従業員のほか,D及び被告Aに配布されていた。
カ 本件情報6(仕入先住所録) 本件情報6は,原告和興商事の国内の仕入先につき,整理番号,仕入先名,住所,電話番号,ファックス番号,担当者氏名等を記載した一覧表である。原告和興商事では,本件情報6を販売管理用コンピュータソフトに入力し,必要に応じてプリントアウトして,専用のA4版バインダーに綴じて保管していた。
本件情報6を入力しているソフトには専用のパスワードが設定されており,これを知る者は限定されていた。また,プリントアウトされた紙は,営業事務を取り扱う従業員が営業本部長の指揮監督のもと保管していた。
キ 本件情報7(輸入執務資料) 本件情報7は,原告和興商事が輸入業務を委託している業者から送付された輸入原票(立替金,輸入諸掛等の内訳を明記した請求書),輸入許可通知書,輸入申告控,蔵入承認申請書控,食品等輸入届書,輸入元の請求書,運送会社の計算書,保険会社の保険料計算書などであり,原告和興商事ではそれらを商品の入荷分ごとに整理してバインダーで綴じて保管していた。
本件情報7は,Cの指示監督のもと輸入事務を担当する女性従業員がロッカーに保管しており,Cは同従業員に対し,その内容を部外者に開示することを禁止していたが,これらの書類には「マル秘」など秘密であることを示すような表示は付されていなかった。
ク 本件情報8(発注チャート) 本件情報8は,原告和興商事が販売する食肉包装用ネット類につき,各商品ごとに商品名,現在の在庫残数量,前年同月の売上数量をもとにした当該年度の月の売上見込数量,仕入による入庫予定数量,到着時の予想残数量及び前年同月の販売実績等をもとにして決定した翌月分の発注数量を一覧表形式で記載した文書である。
このチャートは,被告Aが在職中には,同被告が輸入事務を担当する従業員に指示して,その月の発注数量決定の参考となる数字を記入させた上で,C,D,被告Aの3人で協議して発注数量を決めるというやり方で作成されていた。記入済みのチャートの用紙は,数量算定の基礎となった注文書,請求書とともに,上記従業員がバインダーに綴じてロッカーの中に保管していたが,これらの書類には「マル秘」など秘密であることを示すような表示は付されていなかった。
ケ 本件情報9(ジェットネット原価表) 本件情報9は,原告和興商事の食肉包装用ネット類の輸入先である米国のジェットネット社から原告和興商事に対して送付された各商品の代金リストが記載された英文の文書である本件代金リスト(甲12の2)及びこれをもとに輸入業務を扱う原告和興商事の関連会社2社と原告和興商事がそれぞれ設定している各商品の原価を一覧表形式で記載した本件原価表(甲12の1)からなる。
本件代金リストは,原告和興商事あてに封筒に入れて送付されるものであり,Cが開封して,その写しを常務取締役以上の取締役4名に配布していた。
本件原価表は,被告Aの在職中には,同被告が本件代金リスト等をもとに作成していた。これらの資料は,原価計算の基本となる資料であるため,常務取締役以上の取締役の間では,みだりに部外者に開示しないことは当然の認識となっていた。また,本件原価表は,その表紙に「マル秘」の印が押捺されている。
(2) 秘密管理性について 一般に,不正競争防止法2条4項にいう「秘密として管理されている」ことの要件としては,@ 書類に「部外秘」と記載するなど,当該情報にアクセスした者にこれが営業秘密であることを認識できるようにしていることや,A 当該情報にアクセスできる者が制限されていることが必要である。そして,どのような状態であれば保護に値する「管理」ということができるかは,当該情報の性質,その利用態様,不正な取得行為の具体的な態様等の諸般の事情を総合して,個別・具体的に判断するのが相当である。このような観点から,以下,本件各情報の秘密管理性について検討する。
ア 本件情報1について 前記(1)ア認定の事実によれば,本件情報1はコンピュータソフトに搭載され,このソフトを起動させるためのパスワードを知る者は限定されていたものの,他方で,これをプリントアウトしたものは営業担当者に1人1冊ずつ配布され,各人は施錠されていない机の中に保管していたというのであるから,保管者以外の者に営業秘密であることを認識できるような措置は採られておらず,この情報へのアクセスが制限されていたと評価することもできない。
したがって,本件情報1については,秘密として管理されていたものと認めることはできない。
イ 本件情報2について 前記(1)イ認定の事実によれば,本件情報2は3冊のバインダーに綴じた状態で棚に保管されていたが,営業時間中は,商品発送事務を担当する従業員の机の辺りに置かれ,従業員は誰でも見ることができたというのであるから,保管者以外の者に営業秘密であることを認識できるような措置は採られておらず,この情報へのアクセスが制限されていたと評価することもできない。
したがって,本件情報2については,秘密として管理されていたものと認めることはできない。
ウ 本件情報3について 前記(1)ウ認定の事実によれば,本件情報3はワープロソフトで作成され,プリントアウトされた原本は営業本部長が保管し,営業担当の従業員には写しが1部ずつ配布されていたが,その書類には「マル秘」などの表示はされていなかったというのであるから,保管者以外の者に営業秘密であることを認識できるような措置は採られておらず,この情報へのアクセスが制限されていたと評価することもできない。
したがって,本件情報3については,秘密として管理されていたものと認めることはできない。
エ 本件情報4について 前記(1)エ認定の事実によれば,本件情報4は販売管理用コンピュータソフトにより作成され,同ソフトには専用のパスワードがあり,これを知る者は限定されていた,また,これをプリントアウトした原本は営業本部長が保管していたというのであるから,本件情報4にアクセスできる者は制限されていたということができる。
したがって,本件情報4については,秘密として管理されていたものと認めることができる。
オ 本件情報5について 前記(1)オ認定の事実によれば,本件情報5はコンピュータ表計算ソフトにより作成され,これをプリントアウトした原本はCが保管し,写しは輸入事務を担当する従業員,D及び被告Aが保管していたというのであるから,本件情報5にアクセスできる者は制限されていたということができる。
したがって,本件情報5については,秘密として管理されていたものと認めることができる。
カ 本件情報6について 前記(1)カ認定の事実によれば,本件情報6は販売管理用コンピュータソフトにより作成され,同ソフトには専用のパスワードがあり,これを知る者は限定されていた,また,これをプリントアウトした原本は営業本部長の指揮監督のもと営業事務を担当する従業員が保管していたというのであるから,本件情報6にアクセスできる者は制限されていたということができる。
したがって,本件情報6については,秘密として管理されていたものと認めることができる。
キ 本件情報7について 前記(1)キ認定の事実によれば,本件情報7はバインダーに綴じてロッカーに保管されていたが,その書類には「マル秘」などの表示はされていなかったというのであるから,保管者以外の者に営業秘密であることを認識できるような措置は採られておらず,この情報へのアクセスが制限されていたと評価することもできない。
したがって,本件情報7については,秘密として管理されていたものと認めることはできない。
ク 本件情報8について 前記(1)ク認定の事実によれば,本件情報8はバインダーに綴じてロッカーに保管されていたが,その書類には「マル秘」などの表示はされていなかったというのであるから,保管者以外の者に営業秘密であることを認識できるような措置は採られておらず,この情報へのアクセスが制限されていたと評価することもできない。
したがって,本件情報8については,秘密として管理されていたものと認めることはできない。
ケ 本件情報9について 前記(1)ケ認定の事実によれば,本件情報9である本件代金リストと本件原価表は常務取締役以上の取締役が保管しており,本件原価表については表紙に「マル秘」の印が押捺されていたというのであるから,本件情報9にアクセスできる者は制限されており,本件原価表については営業秘密であることを認識できるような措置も採られていたということができる。
したがって,本件情報9については,秘密として管理されていたものと認めることができる。
(3) その他の要件について 不正競争防止法2条4項にいう「営業秘密」といえるためには,「秘密として管理されていること」のほか,保有者の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって(有用性),公然と知られていないもの(非公知性)であることが必要である。
これを,前記(2)で秘密管理性を認めた本件情報4ないし6及び同9についてみるに,証拠(甲34,原告和興商事代表者D)によれば,これらはいずれも原告和興商事の商品の仕入れや販売に関する営業上有用な情報であり,その性質上公に知られていないものであることが認められる。 したがって,本件情報4ないし6及び同9は「営業秘密」であると認められる(なお,その余の本件各情報は,前記のとおり「営業秘密」であるとは認められない。)。
2 争点2(被告Aによる本件各情報の不正取得等)について 原告和興商事は,被告Aが,原告和興商事在職中に本件各情報を書類ごと持ち出すかあるいは「データイータ」という名称の複写装置に読み取らせて不正に取得した旨主張し,これを裏付ける事実として,本件情報1及び同2に関して,従前原告和興商事と取引をしていた会社のうち別紙被害取引先一覧表記載の43社が被告ラディクスの取引先に変わったこと,被告ラディクス作成の商品の「受注書/出荷指示書」記載の直送先の約8割が原告和興商事の取引先ないし直送先であることを挙げている。また,原告和興商事代表者Dは,本件情報9に関して,被告ラディクスと日本ハムとの取引価格が被告Aが退社する時点での原告和興商事と日本ハムとの取引価格のちょうど10%引きであったことをとらえて,被告Aがこの情報を持ち出したと思う,情報が完全に知られていると考えた旨供述している。
そこで,原告和興商事ないし原告和興商事代表者が被告Aによる本件各情報の不正取得の根拠として指摘する上記の点について,順次検討する。
(1) 「データイータ」について 証拠(甲28,29,乙27,原告和興商事代表者D,被告A)によれば,「データイータ」とは,書類原稿をスキャナーで読み取り,MDデータディスクに記録するための装置であること,被告Aは原告和興商事在職中の平成9年初めころにこの装置を自費で購入し,顧客との電話のやり取りで書き取った顧客の住所や商品に対するクレームなどの手書きメモを読み込ませたことがあったこと,Dは被告Aがこの装置にデータを読み込ませている様子を見たことはあったが,どのようなデータを読み込ませていたかは明確に覚えていないこと,が認められる。
Dの供述及びG作成の報告書(甲29)は,上記のように,被告Aがこの装置にデータを読み込ませている様子を見たことがある旨をいうにとどまり,本件各情報を読み込ませている状況を見たというものではなく,他方,被告Aは,本人尋問において,「データイータ」に本件各情報を読み取られせたことはない旨一貫して供述しているところ,「データイータ」を購入した理由として,上記メモ類を放置しておくと散逸してしまい,後で検索することができなくなることから,それらをデータ化して整理するためであると説明し,さらに,使ってみたところ検索がうまくいかないなどあまり有用ではなかったので,次第に使わなくなった旨を供述している。この被告Aの供述は,目的が達成できなかった理由まで具体的に述べた合理的なものであり,信用できるというべきである。
したがって,上記認定の事実に原告和興商事代表者らの供述を総合しても,被告Aが「データイータ」に本件各情報を読み込ませたことを認めることはできない。また,被告Aが,書類を窃取するなどその他の方法で本件各情報を社外に持ち出したことを認めるに足りる証拠もない。
(2) 別紙被害取引先一覧表記載の取引先について 証拠(乙36,被告A)によれば,別紙被害取引先一覧表記載の取引先のうち,エムアイデイ(同表番号4),奥村商店(同7),貝坂屋(同8),サンワ通商(同18),ジェーワングルメ(同20),関口商事(同22),大幸グループ(同24),タニモト(同26),中村経木(同27),日進畜産工業(同33),三和産業(同39),武蔵野産業(同40),山手(同41)及びロータリーバッグミヤモト(同42)の14社については,設立時から現在に至るまで被告ラディクスと取引がないことが認められる。
また,被告A作成の陳述書(乙36)には,上記一覧表記載の取引先のうち,相生産業(同表番号1),加藤製紐(同9),紀伊国屋グループ(同11),貴商(同25),中村商店(同28)については,原告和興商事在職中に納品に赴いたり,展示会等で代表者らと知り合ったことにより従前から面識があったことから,これをきっかけに取引を始めるようになった,インターパック(同3),エムアンドイー(同5),エムエイテイ(同6),高速(同13),サンコー製作所(同16),長沼製作所(同29),なんつねグループ(同31),マルマンフーズ(同37)については,知人の紹介や商品の展示会等がきっかけで取引を始めるようになった旨の記載がある。
さらに,現在被告ラディクスの従業員で,もと原告和興商事の従業員であったE作成の陳述書(乙37)には,上記一覧表記載の取引先のうち,アラカルトビッグミート(同表番号2),カワベ(同10),郡司義一商店(同12),小和田屋(同14),境食肉センター(同15),サンライズ(同17),三和ハム(同19),ジャイナ(同21),ナナフク食品(同30),肉の神明(同32),日本ピュアフード食材(同34),平井商事(同35),本多商店(同36),ミートコンパニオン(同38),ワタナベフーマック(同43)は,原告和興商事在職中に担当しておりもともと担当者と知り合いであった取引先あるいは従前は面識がなくいわゆる飛び込みの営業により新たに開拓した取引先である旨の記載がある。
上記の各陳述書の記載は,詳細かつ具体的なものであり,証拠(乙15〜23)によれば,食肉加工業者の住所等の連絡先については,「日本食肉年鑑」等の年鑑や電話帳によっても検索可能であると認められるから,被告Aらの上記各陳述書の記載内容は一応首肯できるものである。
この点に関し,Cは,たとえ電話帳等で食肉包装用ネットを扱う業者を探り当てても仕入担当者までは分からないので,取引の開始には必ずしもつながらない旨供述しているが,他方で,上記一覧表記載の取引先のうち日本ピュアフード食材株式会社(同34)を除く各社は,従業員の人数が数名から数十名の規模であり,1つのフロアに社長以下全員がいる事務所の形態である旨を認めているから,仮に電話帳等であたりをつけて電話をかけても担当者に電話が回ることは明らかである。Cの上記供述は信用できない。
(3) 「受注書/出荷指示書」記載の直送先について 原告和興商事は,被告ラディクス作成の「受注書/出荷指示書」(甲35)に直送先として記載されている取引先の約8割が原告和興商事の取引先(代理店)又は直送先(帳合先)であることを挙げ,このことから被告Aが本件情報1及び同2を不正に取得したことが推認できると主張する。
この点について,被告Aは,原告和興商事の指摘に係る取引先等について本件情報1及び同2を用いて連絡をとったことを否定し,これらは,@ 被告ラディクスの広告を見て商品の供給を依頼されたもの(高橋製作所),A 被告ラディクスから売り込みをかけたのではなく,代理店から直送を依頼されたもの(肉のクボタ,小名浜包装資材,井東商店茂原食肉センター,三友ミートなど),B 被告Aとゴルフ仲間であるなどの個人的関係によるもの(ニックフーズ,ミートショップ小林),C 他の業者からの紹介によるもの(ゼストクック,栃木フードマシーンなど),D Eの飛び込みの営業によるもの(藤井商店)であると供述している。
上記供述は,詳細かつ具体的な内容を含む上に,証拠(原告和興商事代表者D)によれば,食肉包装用ネットの業界では,代理店は信頼できると考えた納入業者には取引先を開示して今後は当該業者に商品を直送するように指示することが認められるから,この点に照らしても一応首肯できるものである。
他方で,もと株式会社太幸の営業本部長であったH作成の陳述書(甲18)には,被告Aが,同社に対して食肉包装用ネットの売り込みを行った際に,Hに対して「太幸の直送先を知っているから,直接そちらに売り込みに行く」と言った旨の記載があるほか,原告和興商事の従業員であるIら作成の報告書(甲31)にも,原告和興商事が取引先である武蔵野産業の依頼で商品を直送していたカネヤ包装に対して被告ラディクスから売り込みがあった旨の記載がある。しかし,これらの記載は伝聞である上に,被告Aが原告和興商事の直送先を記載した本件情報2を用いて売り込みを行ったことを否定していることに照らし,上記各陳述書の記載だけから,被告Aが本件情報2を不正に取得した事実を認めることはできない。
(4) 日本ハムとの取引価格について 原告和興商事代表者のDは,被告ラディクスが,ある特殊なタイプの食肉包装用ネットに関し,日本ハムの仕入担当者に対して,被告Aが原告和興商事に在職中に原告和興商事が日本ハムに卸していた価格よりちょうど10%低い価格を提示した旨供述し,そのことから原告和興商事の食肉包装用ネットの原価が完全に知られていると考えたと述べる。
しかし,Dは,本件情報9(ジェットネット原価表)を作成していたのは被告Aであること,この表の数値のうち変動するのは為替レートくらいであること,被告Aがこの資料を作成する過程で数値を覚えてしまった可能性のあることを認めているのであり,また,日本ハムの仕入担当者との折衝の際に,同担当者から値引きを求められるなかで,日本ハム側からの求めに応じて提示した数値であった可能性も否定できないものであるから,仮に,被告ラディクスが原告和興商事の提示した価格よりも10%低い価格を提示した事実が認められるとしても,このことから直ちに,被告Aが本件情報9を不正に取得した事実を認めることはできない。
(5) まとめ 以上の認定判断によれば,被告Aが本件情報1,2及び9を不正に取得した事実を認めることはできない。
また,本件情報3ないし8については,秘密として管理されているとは認められないものが含まれていることはさておき,常に変動する数値に関するもので,ある時点の情報を入手しても意味がないものであったり(本件情報3,4,8),原告和興商事は綿ネットを主に取り扱うのに対し,被告ラディクスはポリネットを主に取り扱っている(被告Aの供述により認められる。)ために,全く参考にならない資料であったり(本件情報5〜7)して,被告Aにおいて,不正な方法を用いてまで取得する必要性を認めることはできないし,他に,被告Aがこれらの情報を不正に取得したことをうかがわせるに足る証拠はない。
そして,被告Aが本件各情報を不正に取得した事実が認められない以上,被告ラディクス,同ミライ及び同ヤマダが被告Aから本件各情報の内容の開示を受け,これを使用したことを認めることもできない。
この点に関して,原告和興商事の従業員であるI作成の報告書(甲20)には,Bが,平成12年1月ころ,株式会社武蔵野産業の千葉営業所に営業に赴いた際に,所長代理のJに対し,ノートのようなリストを出して「販売を断るのであればこのリストの客を直接攻めることになるが,それでもよいか。」と発言した旨の記載があり,武蔵野産業の取締役部長であるKが上記の事実を確認した旨を付記し,署名押印している。また,I及びL作成の報告書(甲31)には,平成11年3月ころ,武蔵野産業の埼玉営業所に対し,Bが同様の売り込みを行った旨の記載があり,武蔵野産業の元従業員のMが上記の事実に相違ない旨付記し,署名押印している。
しかし,Bは,被告Aから本件各情報を記載した書類を見せられたことはないし,顧客の住所等を書いたノートのようなリストを持っていたことも,これを持って武蔵野産業の千葉,埼玉の両営業所に営業をかけたこともないと供述しており,J作成の報告書(丙1)及びK作成の始末書(丙4)にも,Bがノートのようなリストを持っていたことも,上記の内容の発言をしたこともない旨の記載があること,Mは現在武蔵野産業を退社しており,事実関係について確認することは困難であることに照らし,Iら作成の前記各報告書の記載は信用することができない。
さらに,証拠(丙2,被告ミライ代表者兼同ヤマダ代表者B)によれば,別紙被害取引先一覧表記載の原告和興商事の取引先のうち,被告ヤマダと取引のあるのは4社のみであることが認められる。そして,その4社(貝坂屋,サンワ通商,武蔵野産業,中村経木)との取引について,Bは,貝坂屋,サンワ通商及び武蔵野産業は,被告ヤマダの従前からの取引先であり,食肉包装用ネットを取り扱うようになった後,ネットの取引を行うようになったもの,中村経木はネット以外の商品を仕入れているものであると供述しており,この供述には特に不自然,不合理な点はない。したがって,取引先の一部が共通していることから,被告ミライないし同ヤマダが被告Aから本件各情報(特に本件情報1,2)の開示を受けたことを推認することはできない。
3 争点3(甲事件被告らの間の共謀ないし共同関係の存否)について 前記2の認定判断によれば,原告和興商事の甲事件被告らに対する不正競争防止法2条1項4号,5号等に基づく差止請求及び損害賠償請求は既に理由がないが,事案の内容にかんがみ,被告A及び同ラディクスと被告ミライ及び同ヤマダとの関係について,判断する。
(1) Bと被告Aとの関係,被告ミライと被告ラディクスとの取引等 証拠(甲22,35,36,37の1,2,38の1,2,丙2,被告ミライ代表者兼同ヤマダ代表者B)によれば,次の事実が認められる。
ア 被告ヤマダは従前は食肉包装用ネットを原告和興商事から仕入れており,被告Aとはその当時から知り合いであった。被告ヤマダ代表者のBは,原告和興商事の展示会場でオランダのインビテックス社の社長を紹介されたことをきっかけとして,原告和興商事と同社の取引が終了した後の平成9年8月に被告ミライを設立し,同年12月ころから同被告においてインビテックス社の食肉包装用ネットの輸入を開始した。
被告Aは,平成9年11月ころ,原告和興商事を退社した旨の挨拶のためBを訪問したが,その際に,Bは近く食肉包装用ネットの輸入をする予定であるが,その際には商品を購入してほしい旨述べて協力を依頼した。
イ 被告ミライは輸入した食肉包装用ネットを,被告ヤマダに販売している。被告ミライと同ヤマダは,ともにBが代表者を務める会社であるが,被告ヤマダの従来からの取引先にネットを販売する場合には,同被告が販売する方が取引がうまくいくと考え,このような顧客には,被告ミライが直接販売するのではなく,被告ヤマダを通して販売している。
また,被告ミライと同ヤマダは,本店所在地も同一であり,ファクシミリの機械についても1台を両社で共用していた。そのため,被告ミライが送信するファクシミリ文書のヘッダーには,「ヤマダパッケージ」と印字されていた。
ウ 被告ミライは輸入した食肉包装用ネットを,被告ラディクスに販売している。被告ミライと同ラディクスの取引は,具体的には,被告ラディクスがファクシミリで「受注書/出荷指示書」を被告ミライに送信し,同被告が商品を寄託している倉庫業者であるヤマト・ユーピーエスに出荷指示を出して,被告ミライが指示する取引先に出荷させるという方法で行われている。その際,被告ミライは,被告ラディクスからファクシミリで送信される「受注書/出荷指示書」をそのままヤマト・ユーピーエスへの出荷指示書に利用して,同社に対し出荷依頼をしていた。そして,ファクシミリのヘッダーは前記イのとおり「ヤマダパッケージ」となっていた。
エ 被告ミライとヤマト・ユーピーエスとの間では,業務委託契約書及び被告ミライが輸入通関業務の手続を同社に委任する旨の委任状が平成12年4月1日付けで作成されているところ,被告ラディクスとヤマト・ユーピーエスとの間でも同様の業務委託契約書及び委任状が,同日付けで作成されている。
オ 平成11年2月の食肉産業展において配布された「Delinet」のチラシ(甲22)には,「輸入/総販売元 未来 MIRAI CORPORATION」と印刷されており,その右横に「発売元 (有)ヤマダパッケージ (株)ラディクス」と記載されたシールが貼付されているが,このチラシは,もっぱら上記展示会のために作成されたものであった。なお,展示会のブースを借りるにはかなりの費用がかかるため,上記甲事件被告ら3社は,3分の1ずつ費用を負担した。
(2) 原告和興商事の主張について 原告和興商事は,@ 被告Aは,原告和興商事を退社する前から,Bと共同して食肉包装用ネットの輸入・販売を意図していたこと,A 被告ミライと同ラディクスの商品の「受注書/出荷指示書」の形式が全く同一であること,B 被告ミライと同ラディクスが,ヤマト・ユーピーエスとの間で同一の日付で業務委託契約書及び委任状を作成していること,C 「Delinet」のチラシに輸入/総販売元が被告ミライ,発売元が被告ヤマダ及び同ラディクスとの記載があることなどを挙げて,被告ラディクス,同ミライ及び同ヤマダの間には密接な共同関係がある旨主張する。
しかしながら,@については,本件全証拠によっても,被告Aが原告和興商事を退社する以前にBに対して食肉包装用ネットの輸入についてのノウハウを提供したなどの事実を認めることはできない。Bは当法廷で,「被告Aが挨拶に来たのは平成9年の9月か10月くらいになりますか。」という質問に対して「そうですね」と答えているが,この質問は誘導尋問である上,Bは,後で「被告Aが挨拶に来たのは平成9年10月31日より後ではないですか。」という質問に対して,「そうですね」と答えて実質的にその供述を訂正しているから,上記供述のみから,被告Aが原告和興商事を退社する前にBに接触していたことを認めることはできない。
また,Bは,Aについては,被告ミライが同ラディクスの書式を無断で流用させてもらったためである,Bについては,ヤマト・ユーピーエスとの間では取引を開始した当初は,契約書を作成していなかったところ,平成13年9月,ヤマト・ユーピーエスから,契約書等の作成を求められ,同社の希望で平成12年4月1日に作成日付を遡らせた契約書を作成した旨供述しており,この供述は一応首肯できるものである。
さらに,Bは,Cについて,前記のチラシを用いたことは事実であるが,3社共同での活動は前記展示会限りであり,その後はこのチラシを用いたことはない旨供述しており,これを虚偽であると断定するに足る根拠はない。
そうすると,原告和興商事の指摘する上記事実から,被告ラディクス,同ミライ及び同ヤマダの間の密接な共同関係を認めることはできず,他にこれを認めるに足る証拠はない。
(3) 甲事件の第1請求についてのまとめ 以上によれば,原告和興商事の甲事件被告らに対する不正競争防止法違反に基づく差止請求及び損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,すべて理由がない(なお,上記によれば,原告和興商事の不正競争防止法6条に基づく法人税確定申告書等を対象とする書類提出命令の申立てについては,その必要性がないことが明らかであるから,これを却下する。)。
4 争点5(被告Aによる本件自動車のリース契約による購入名下の欺罔行為の存否)について (1) 本件自動車の購入に至る経緯等 前記「前提となる事実」(第2,1(5)ないし(7))に証拠(甲13〜16,24〜26,原告和興商事代表者C,被告A)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。
ア 被告Aは,原告和興商事に在職中,本件自動車を購入する以前から約20年にわたり,営業に用いる自動車として,自己の負担で購入した車両を持ち込み,原告和興商事から,毎月車両費ないし運搬費という形で補填を受けていた。
イ 被告Aは,本件自動車についても,上記の方法を用いて原告和興商事から補填を受けようと考え,平成5年12月ころ,Cに対し,本件自動車を従前と同じ持ち込みの形で購入したい旨を相談したところ,Cは「そういう会計処理は税務署がうるさいのでできないが,リースという形であったらよい。」旨を述べ,原告和興商事が自らリース契約により自動車を購入し,リース代金を毎月支払う形式であればよい趣旨を返答した。そこで,被告Aは,たまたま手近にあった「湘南リース申込書」(甲15)に必要事項を女性事務員に指示して記入させ,原告和興商事が本件自動車を「湘南リース」とのリース契約により購入する旨の申込書を作成した。なお,この湘南リース株式会社と原告和興商事との間では,平成4年以降現在に至るまで,リース契約が締結されたことはない。
ウ 被告Aは,自己名義で本件自動車を購入し,代金全額を支払った。そして,被告Aは,実母が開設した湘南信用金庫大船支店の「湘南商事」名義の口座に,原告和興商事から毎月車両費ないし運搬費に相当する金額(当初は7万7250円,後に9万5481円に増額)の送金を受けた。原告和興商事の上記「湘南商事」名義の口座への自動送金依頼書(甲24)の送金者の欄には,Cの氏名が記載され,原告和興商事の代表者印による訂正印が押捺されている。
被告Aは,原告和興商事に在職中,本件自動車を営業等に使用していた。
(2) 判断 上記認定の事実によれば,被告Aは,Cに対し,税務署対策上,原告リース契約の形式により本件自動車を購入することを事前に説明していたもので,実際に自費で本件自動車を購入した上,原告和興商事在職中これを営業等に使用しており,「湘南商事」名義の口座への自動送金依頼書(甲24)にも,原告和興商事代表者の訂正印が押捺されていたというのであるから,Cは,形式上,原告和興商事がリース契約により本件自動車を購入し旨の書類を作成すること及び「湘南商事」名義の口座に送金する形で被告Aに毎月車両費ないし運搬費に相当する金額を支給することを承諾していたと認めるのが,相当である。
この点に関し,Cは,被告Aから本件自動車のリース料相当額を「湘南商事」名義の口座に送金することは聞いていなかった旨供述するが,Cは,少なくとも平成13年9月までは原告和興商事の代表取締役社長として,会社の業務全般を掌握していたこと(原告和興商事代表者Dの供述により認められる。),前記自動送金依頼書(甲24)の記載等に照らし,信用することができない。
(3) まとめ 以上によれば,被告Aが,Cを欺罔して,本件自動車のリース料相当額を騙し取ったという事実を認めることはできない。したがって,原告和興商事の被告Aに対する詐欺を理由とする損害賠償請求(甲事件の第2請求)は理由がない。
5 争点6(原告和興商事が被告ラディクスの取引先に対し,文書を提示等した行為には,不正競争行為に該当するか)について (1) 原告和興商事の従業員による文書の配布等の状況 前記「前提となる事実」(第2,1(8))に証拠(甲39,40,乙29〜32,併合前の乙事件に関する甲3〜13,乙1,2,原告和興商事代表者C,証人L,被告A)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。
ア 食肉包装用ネットの業界では,従前は原告和興商事の商品が市場のほとんどを占めていたが,平成11年夏ころまでには,被告ラディクスもシェアを伸ばすようになった。これをみた原告和興商事では,原告和興商事の扱う綿ネットの安全性を強調し,被告ラディクスの扱うポリネットの問題点について取引先に説明することにし,原告和興商事の営業第2部長であるL(以下「L」という。)が,その旨を説明した本件告知文書(併合前の乙事件の甲3)を作成して,そのころ,ダイエーの商品企画室フーズグループのNバイヤー(以下「N」という。)にこれを配布した。
また,同じころ,原告和興商事の従業員は,本件告知文書と同様の趣旨を記載した文書をインターパック(ダイエーの指定納入業者),吉田ハム,E商事,相生産業などの被告ラディクスの複数の取引先に配布し又はファクシミリで送信した。
イ 本件告知文書には,@ 日本国内においては食肉包装用ネットに対する明確な基準がないため,粗悪な商品が流通するおそれがある,A ジェットネット社以外の綿ネットは衛生管理上のみならず製品の素材自体も含めて食肉包装用に適さない場合が少なくない,B ジェットネット社以外のポリネットにはオイルが含まれていることが多く,これには毒性があり,体内に摂取されると嘔吐の原因になる,C 低温でしか使えない安価なボイル用ポリネットなどでは,横糸のゴムを被覆している糸が不充分なものが多く,肉にかけたときにゴムが露出してしまうので異臭を発生することがあるという記載がある。しかし,文中に「ラディクス」とか被告ラディクスの商品名である「デリネット」など被告ラディクスを直接示す記載はみられない。
ウ 原告和興商事は,平成11年8月19日,被告ラディクスの商品であるデリネットを検体として,有限会社アイビーエルに対してカビの試験を依頼したところ,その当時,綿ネットに比べて一般に安全性が高いと思われていたポリネットについても,一定の条件ではカビが生える旨の報告を得た。そこで,原告和興商事のCとLは,ダイエーのNに対して,上記の試験結果を記載した試験報告書(併合前の乙事件の乙1)に添付されたデリネットにカビが生えた状態を撮影した本件写真(甲39)を見せて,被告ラディクスのポリネットにはカビが生えやすいという趣旨の説明をした。
また,Lほかの従業員は,同じころ,本件告知文書を配布等したのとほぼ同じ範囲の複数の取引先に対し,本件写真を見せたり,焼き増しした本件写真を配布したりした。
(2) 原告和興商事の行為の評価 上記認定の事実によれば,被告ラディクスが市場でシェアを伸ばしている状況において,原告和興商事の従業員は本件告知文書を作成して,ダイエーのNに配布し,また,Cらは,同人に本件写真を提示して,被告ラディクスのポリネットにはカビが生えやすいという説明をしたというのであるから,原告和興商事の従業員は,被告ラディクスのダイエー以外の取引先に対しても同様の説明をしたものと認めるのが相当である。
この点について,Cは,原告和興商事が上記の行為に出たのは被告ラディクスが原告和興商事の商品を誹謗したことに対する対抗措置であった旨供述し,証人Lも,原告和興商事の商品の安全性を取引先に理解してもらうために本件告知文書を配布した旨証言している。しかし,原告和興商事が上記の行為に出た動機はともあれ,上記のとおりの行為を行った事実は前掲各証拠により認定できるものであり,また,その不正競争行為該当性については,後記において判断するとおりである。
(3) 本件告知文書及び本件写真の意味する内容 ア 本件告知文書には,「ラディクス」や「デリネット」など被告ラディクスを特定するような記載はないが,原告和興商事の従業員による口頭の説明とあいまって,相手方である被告ラディクスの取引先に,被告ラディクスのポリネットは本件告知文書に記載の問題点を有する欠陥商品であるとの印象を抱かせるものである。
そして,本件全証拠によっても,被告ラディクスのポリネットが毒性のあるオイルを使用していることや異臭などの事故を起こしたことを示す客観的な資料の存在を見いだすことができない。この点,証人Lは,取引先から「生肉保存用のネットを被告ラディクスのポリネットに切り替えたところ異臭を発生したという納入先がある。」と聞いたことがある,部下の従業員が武蔵野産業に商談に出かけたところ,先方から「被告ラディクスのポリネットを使っているユーザーで異臭の事故が起きた。」という理由で商談をキャンセルされたことがあると証言しているが,いずれも伝聞である上に,L自身,被告ラディクスの商品を用いての試験等をしたことはない旨を認めているのであるから,同人の供述内容は信用することができない。
以上によれば,原告和興商事の従業員は,被告ラディクスの取引先に対し,本件告知文書を示して,同被告の信用を毀損するに足る虚偽の事実を告知したものと認めることができる。
イ 本件写真は,ポリエステル製のデリネットにカビが生えた状態を撮影したものであるから,原告和興商事の従業員による口頭の説明とあいまって,相手方である被告ラディクスの取引先に,被告ラディクスのポリネットは他のポリネットと比べてカビが生えやすいとの印象を抱かせるものである。
そして,有限会社アイビーエル作成の前記試験報告書は,平成11年8月当時,綿ネットに比べて一般に安全性が高いと思われていたポリネットについても,一定の条件ではカビが生えることを証明するにとどまる内容であることは,原告和興商事も自認するところであるから,被告ラディクスのポリネットが他の食肉包装用ネットに比べてカビが生えやすいことを証明するものとはいえず,他にこの事実を証明するに足る証拠はない。
以上によれば,原告和興商事の従業員は,被告ラディクスの取引先に対し,本件写真を示して,同被告の信用を毀損するに足る虚偽の事実を告知したものと認めることができる。
(4) この項のまとめ 以上の認定判断によれば,被告ラディクスの原告和興商事に対する不正競争防止法2条1項14号違反を理由とする損害賠償請求は,理由がある。
6 争点7(被告ラディクスの損害の内容及び額)について 証拠(乙32)及び弁論の全趣旨によれば,原告和興商事の前記不正競争行為により,被告ラディクスは取引先であるダイエー,インターパック,吉田ハム,E商事との間で取引の規模を縮小されたり,成約寸前であった契約を受注できなかったなどの被害を受けたことが認められる。そして,弁論の全趣旨によれば,被告ラディクスが契約を受注できなかったこと等による損害については,原告和興商事の不正競争行為後の6か月間の売上げの減少をもって,同不正競争行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であり,その損害の額は,被告ラディクスと上記取引先との間の取引の規模,食肉包装用ネットという商品の性質・市場の動向等に照らし,500万円を下らないものと認めるのが相当である(民訴法248条参照)。
また,前記5認定のとおり,本件告知文書及び本件写真の配布等により,被告ラディクスの信用は毀損されたところ,これによる損害は100万円を下らないと認められる。
なお,証拠(乙32)によれば,被告ラディクスは信用回復のために,出張費や交通費等の支出をしたことが一応認められるが,これらの支出は企業の日常活動において当然予想される範囲の事項であり,損害賠償の対象となるものまでは認められない。
以上によれば,被告ラディクスの原告和興商事に対する不正競争防止法2条1項14号違反を理由とする損害賠償請求は,合計600万円及びこれに対する平成14年3月27日(訴状送達の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
結論
以上によれば,甲事件原告和興商事の請求はいずれも理由がなく,乙事件原告(兼甲事件被告)ラディクスの請求は,600万円及びこれに対する平成14年3月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一