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事件 平成 12年 (ネ) 6318号 損害賠償請求控訴,同附帯控訴事件
平成 13年 (ネ) 845号 損害賠償請求控訴,同附帯控訴事件
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/11/28
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの,附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人ら 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は,控訴人長野地区タクシー事業協同組合に対し,金301万4078円及びこれに対する平成11年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
被控訴人は,連帯する別紙当事者目録記載2ないし12の控訴人らに対し,金4556万7983円及びこれに対する平成11年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 附帯控訴人 原判決中,被控訴人(附帯控訴人)敗訴部分を取り消す。
上記部分に係る控訴人(附帯被控訴人)長野地区タクシー事業協同組合の請求を棄却する。
事案の概要
1 本判決では,原判決に準じ,控訴人(附帯被控訴人)長野地区タクシー事業協同組合を「控訴人組合」,別紙当事者目録記載2ないし12の控訴人らを「控訴人会社ら」(以上を総称して「控訴人ら」),被控訴人(附帯控訴人)中央タクシー株式会社を「被控訴人」といい,原判決と同様の意味において,「共通乗車券」,「タクシー事業」,「タクシー等」,「一般指定」という。なお,「共通乗車券」については,当事者の用いる表現に従い「共通チケット」ということもある。
2 本件は,控訴人組合及びその組合員である控訴人会社らが,控訴人組合を債権者,被控訴人を債務者とする長野地裁平成9年(ヨ)第86号仮処分申立事件において平成9年9月25日に成立した裁判上の和解(以下「本件裁判上の和解」という。)の後においても,被控訴人が控訴人組合発行の共通乗車券を使用して営業を行ったことにより,損害を被ったと主張して,被控訴人に対し,主位的に不正競争防止法2条1項1号違反に基づく損害賠償として,予備的に不法行為に基づく損害賠償として,さらに予備的に本件裁判上の和解による和解契約の債務不履行に基づく損害賠償として,控訴人組合において301万4078円,控訴人会社らにおいて連帯して合計4556万7983円の各金員の支払い(附帯請求を含む)を求めた事案である。
原判決は,控訴人組合の請求については,不正競争防止法に基づく損害賠償請求及び不法行為に基づく損害賠償請求をいずれも棄却し,和解契約の債務不履行に基づく損害賠償請求につき,147万9256円及びこれに対する遅延損害金の限度で請求を認容し,控訴人会社らの請求についてはいずれも棄却した。
そこで,控訴人組合は,敗訴部分を不服として請求どおりの認容判決を求め,控訴人会社らは,全面敗訴を不服として請求認容判決を求めて,それぞれ本件控訴(平成12年(ネ)第6318号事件)に及んだ。
他方,被控訴人は,控訴人組合の請求が一部認容された部分を不服として,本件附帯控訴(平成13年(ネ)第845号事件)をしたものである。
3 当事者の主張は,次の4,5のとおり,当審における当事者の主張の要点を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」(原判決3頁4行目ないし36頁6行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 当審における控訴人組合及び控訴人会社らの主張の要点(控訴理由の要点及び附帯控訴の理由に対する反論の要点) (1) 原判決は,不正競争防止法違反について,「共通乗車券を積極的に使用した」といえるか否かで判断したものであり,このように主観面をいうのであれば,故意のほかに,過失の場合も含まれるのであり,原判決は,過失の判断を欠落した誤りがある。
また,被控訴人は,外形的,形式的には,本件裁判上の和解の義務を果たしていると見せかけながら,内部的,実質的には,積極的に共通チケットの使用を乗務員に奨励したものであって,不正競争防止法違反,不法行為,債務不履行のいずれにも当たるものである。
(2) 原判決は,控訴人会社らの不正競争防止法違反の主張に関し,「営業表示もない」としたが,誤っている。チケット上に個別会社の社名等は記載されていないが,共通乗車券は,長野市内で控訴人会社らの営業のために流通していることが周知であったのであり,控訴人組合の営業を表示しながら,同時に控訴人会社らの営業をも表示していたのである。
(3) 原判決は,「全証拠によっても,被告が会社ぐるみで積極的に受領したとの事実や,和解で確約しながら敢えて受領したとの事実を認めることができないから不法行為は構成しない」としたものであり,故意,それも挑戦的とでもいうべき故意でなければ不法行為にならないという誤りを犯しており,過失判断を捨象した誤りもある。
共通チケットシステムは,顧客に利便性を与えることを通じて,タクシーの利用頻度を増加させ,固定化することを目的としており,システムに参加する組合員の全体的な売上げ向上,すなわち加盟会社による市中シェアの強化を図るものであるところ,被控訴人が裁判上の和解後も共通チケットを受領した違法な行為によって,控訴人会社らは,上記の利益を侵害されたものであって,控訴人会社らに対する関係でも不法行為が成立する。
組合員以外の者が共通チケットを乗客から受け取って運賃の支払いを受けることは,このシステムを無断で利用することであり,他人のものを無断使用するのと同じである。被控訴人に対して使用権限などの付与がないのであるから,違法性を阻却する事情もなく,不法行為となる。
なお,被控訴人は,一般利用客の契約上の権利がある旨を主張するが,控訴人組合と一般利用客との契約は,利用者が控訴人組合に加盟する会社の車又は控訴人組合と契約をしている個人タクシー営業者の車に乗車した場合に,共通乗車券を利用できるというものである。したがって,組合員でない会社の車を利用した場合には,利用客がこの共通乗車券を利用することができないことは,契約上当然である。
(4) 原判決は,本件裁判上の和解が第三者のためにする契約には該当しないと判断し,被控訴人の共通乗車券受領行為が控訴人会社らに対する債務不履行には該当しないと判断したが,誤っている。和解の目的は,控訴人会社らの営業利益を被控訴人が奪うのを阻止する点にあった。また,被控訴人は,和解の際,控訴人組合との間で,黙示的に,第三者である控訴人会社らに対し,共通乗車券を使用しない義務を負担することについて合意したものであり,控訴人会社らは,右合意当時から黙示的に受益の意思表示をしてきたものである。
(5) 原判決は,損害額を算定するに際し,被控訴人による共通乗車券の売上額から,株式会社長野放送(NBS,以下「長野放送」という。),東日本旅客鉄道株式会社長野支社(以下「JR長野」という。)及び日本放送協会長野放送局(以下「NHK長野」という。)の特殊契約先の売上分を控除したが,誤りである。
上記3社に信濃毎日新聞株式会社(以下「信濃毎日新聞」という。)を加えた4社については,自家印刷乗車券という4社それぞれが自社の会計に適合した形でチケットの印刷をしたものが使用されている。この自家印刷乗車券は,顧客が控訴人組合の組合員会社間だけに共通チケットとして流通することを約束し,控訴人組合に発行依頼をするものである。その依頼に従って控訴人組合が上記乗車券を発行するが,印刷費負担の帰属とその形式が一般の共通チケットと違うだけである。チケットの顧客番号も控訴人組合が定める番号となっており,通常のチケットと同じ扱いを受け,収受,代金回収,手数料支払いも全く異なるところはない。すなわち,一般の共通乗車券は乗車券の交付を依頼するもの,自家印刷乗車券は,その使用の承認を依頼するものであって,いずれも交付と使用の承認により使用が可能となる。そして,いずれも控訴人組合の登録番号の決定によって効力を生ずるものである。
本件裁判上の和解でいう「債権者の発行した『長野地区タクシー共通乗車券』」とは,上記の両者を含むものである。要するに,共通乗車券契約とは,控訴人組合と利用者との間で,利用者が運賃料金を共通乗車券により現金の支払いに代えて後払いにすることを約し,その対価として2%の手数料を支払うという契約である。
共通乗車券を誰が印刷し,作成するかは契約の本質をなしていないのであり,単に「発行」という文言により,対象外であるとするのは誤っている。仮処分申立てや裁判上の和解等の過程においても,自家印刷乗車券も「長野地区タクシー共通乗車券」に含まれていることが当然の前提とされていた。自家印刷乗車券は,チケットの作成を顧客会社が自らの都合で行うものであって,自ら「発行」をしているわけではない。共通乗車券も自家印刷乗車券も,発行するのは控訴人組合である。
なお,被控訴人は,上記4社の了解を得たと主張するが,新たにチケット発行契約を結ぶべきところ,発行済みの特殊・共通チケットに便乗しているのであって,了解を得たという事実では,特殊・共通チケットの違法授受を合法化することはできない。また,被控訴人が顧客会社との間で自家印刷乗車券を使用するという契約を結ぶのは,契約自由の原則の範囲にはない。顧客会社と控訴人組合との間の約束に基づいて登録された番号をそのまま利用することになり,当該チケットに便乗していることになる。
以上のように,控訴人組合を脱退した被控訴人が,自家印刷乗車券を含む,これらの共通乗車券を受領する行為も違法行為となるのであり,その売上分を損害算定において損害から控除することは許されない。
5 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 附帯控訴の理由 (1-1) 被控訴人が裁判上の和解でした和解契約に違反したとの原判決の認定判断は誤りである。
和解契約には,被控訴人は,共通乗車券を利用者から受け取って使用することができないことを確認するとの条項があるが,単なる確認条項又は消極的な不作為義務を定めたものであり,被控訴人が本来の用法に従って共通乗車券を利用者から受け取って利用することができないことを確認しただけのことであり,それ以上でもそれ以下でもない。被控訴人は,被控訴人のタクシー内の掲示物から「共通チケットも使えます」との表示を抹消すること,被控訴人のタクシー全部の後部左ドアの見やすい場所に「共通チケットは使えません」のステッカーを貼付すること,被控訴人が今後発行する宣伝物及び被控訴人のタクシー内の掲示物に被控訴人の専用乗車券の宣伝をするときは,共通乗車券を使用することができないことを明記することという和解条項の作為義務をすべて履行している。そして,被控訴人の従業員(乗務員)らが顧客から共通乗車券を受け取った場合でも,必ず最低1回は受取を拒絶しており,顧客とのトラブル回避のためやむを得ず受け取ったにすぎなかった。したがって,この受領は,もはや被控訴人の使用ではなく,顧客の使用というべきである。そして,顧客が控訴人組合との共通乗車券利用契約上,被控訴人のタクシーにも共通して使う権利がある以上,控訴人組合としても被控訴人としても,顧客に対し拒絶することはできないのであるから,被控訴人には和解契約違反はないというべきである。
また,被控訴人の乗務員が利用者に対し共通チケットの利用を断った後に,やむを得ず受け取った場合は,利用者から新たな申込みがあり,これを承諾したものといえるのであって,このような共通チケットの受領行為は,和解契約に違反するものではない。
仮に,形式上和解契約に違反したとしても,被控訴人の共通乗車券の受領には,違法性も帰責性もない。
(1-2) 本件裁判上の和解による和解契約は,独占禁止法に違反する無効なものである。共通チケット契約は,控訴人組合が顧客に対し,控訴人組合の組合員であるか否かに係わりなく長野市内の全タクシーに共通に使用することができることを約したものであり,顧客は,そのように利用する契約上の権利を有していたのであるから,利用者の権利を第一に考えるべきである。ところが,控訴人組合と被控訴人は,本件裁判上の和解において,被控訴人が以後共通乗車券を使用しない旨の合意をしたが,独占禁止法2条6項の「消費者の利益に反する不当な取引制限」に該当する合意をしたものとして無効である。
仮にそうでないとしても,上記和解契約を含む控訴人組合の行為は,共通乗車券の事業から被控訴人を不当に排斥し,不当に差別的に取り扱い,被控訴人の事業活動を困難にさせる行為であるから,独占禁止法8条1項5号及び一般指定5項に違反するものとして無効である。
(1-3) 控訴人組合に損害はない。
どのタクシーでも構わない乗客にとっては,被控訴人のタクシーへ乗車したのは,全くの偶然であり,タクシーを選択して乗車した乗客にとっては,被控訴人のタクシーの運賃が10パーセント安いこととサービスのよさがもたらしたものであり,いずれにしても共通チケットの使用が可能か否かによるものではない。したがって,共通チケットの受領と被控訴人の売り上げとの間には全く因果関係がない。
また,被控訴人は,控訴人組合脱退後も,共通チケットの利用をさせて欲しい旨申し入れたが,控訴人組合がこれを拒絶したのであり,控訴人組合の手数料収入の減少と被控訴人の本件チケット受領との間には因果関係がない。
(1-4) 共通乗車券の手数料率を6パーセントの率で算出した原判決は誤っている。控訴人組合は,被控訴人の脱退後に,組合員外である個人タクシーについての集金手数料を4.5パーセントから6パーセントにしたものであり,この変更は,被控訴人には予見可能性がない。仮に和解契約違反となるとしても,4.5パーセントの割合による損害額の算定がされるべきである。
(2) 控訴人らの控訴理由に対する反論 (2-1) 不正競争防止法違反に関しては,原判決は,被控訴人の行為自体が混同惹起行為ではないと認定しているのであって,故意,過失以前の問題である。
(2-2) 原判決が控訴人会社らの営業表示もないとした点は,当然かつ正当な認定をしているものである。被控訴人が共通乗車券を受け取ることにより,被控訴人と控訴人会社らのうちの特定会社との営業の混同を招くという関係は全くない。
(2-3) 原判決は,被控訴人の行為には不法行為の要件のうちの違法性がなかったというものであり,故意,過失以前の問題である。
前に主張したように,被控訴人が共通乗車券を受け取った行為は,裁判上の和解に違反するものではないし,不法行為を構成するものでもない。
(2-4) 本件裁判上の和解の当事者は,控訴人組合と被控訴人であり,控訴人会社らは,当事者ではない。また,上記裁判上の和解が第三者のためにする契約でないことも明らかである。
(2-5) 被控訴人は,控訴人組合を脱退した後の平成9年6月,長野放送,JR長野,NHK長野及び信濃毎日新聞等との間で,各社発行の自家印刷乗車券を被控訴人が使用することについて,個別に合意をしている。そして,そもそも上記のチケットは,仮処分申請の対象でなかったし,本件裁判上の和解の範囲外の問題である。したがって,被控訴人の上記チケットの使用は,何ら問題はない。
顧客会社が自社で印刷した1種類のチケットで,控訴人組合加盟の11社と脱退した被控訴人をも含め,長野市内の全タクシーを利用したいと考えるのは,顧客会社の自由であり,控訴人組合がその自由を制約することは許されない。なお,自家印刷乗車券に控訴人組合の与えた登録番号が記載されているとしても,被控訴人にとっては,登録番号は何の意味もないものであって,便乗していることにはならない。
当裁判所の判断
1 前提となる事実関係等 前提となる事実関係等については,原判決の「第三 当裁判所の判断」の「一」(原判決36頁8行目ないし45頁末行)のとおりであるから,これを引用する。
2 不正競争防止法違反に基づく損害賠償請求について (1) 当裁判所も,被控訴人が本件裁判上の和解成立後も共通乗車券を受領して使用したことが,控訴人組合及び控訴人会社らとの関係において,不正競争防止法2条1項1号混同惹起行為に当たるとは認めるに足りず,控訴人らの上記請求は,いずれも理由がないものと解する。その理由は,次の(2)ないし(4)を付加するほか,原判決46頁2行目から47頁末行まで,及び48頁5行目の「前認定」から同7行目までのとおりであるから,これを引用する。
(2) 本件裁判上の和解成立後の被控訴人の営業活動及び和解条項の履行状況については,上記で引用した原判決部分のとおりであり,被控訴人に不正競争防止法が規定する混同惹起行為があったとは認めるに足りない旨の原判決の認定は相当として是認し得るものである。ちなみに,後記3に説示するとおり,被控訴人が最終的に顧客から共通乗車券を受け取った行為が,対顧客との関係において,直ちに法的根拠を欠き,義務に基づかない受領であると断定するのは困難である。
(3) 控訴人らは,被控訴人が,外形的,形式的には,本件裁判上の和解の義務を果たしていると見せかけながら,内部的,実質的には,積極的に共通チケットの使用を乗務員に奨励したなどと主張する。しかし,上記事実を認めるに足りる証拠はないのであるから,控訴人らの主張は,採用することができない。
なお,控訴人らは,後に判示する不法行為及び債務不履行の関係でも同じ主張をするが,上記のように主張事実自体を認めるに足りないのであるから,不法行為及び債務不履行の関係においても,上記主張は,採用することができない。
(4) また,混同惹起行為があったとは認めるに足りないのであるから,被控訴人の過失の点を争う控訴人らの主張については判断するまでもなく,そして,共通乗車券が控訴人会社らの営業を表示するものであるか否かとの点についても判断するまでもなく,不正競争防止法違反を理由とする損害賠償請求は,理由がないことが明らかである。
3 不法行為に基づく損害賠償請求について (1) 当裁判所も,被控訴人の行為は,不法行為を構成すべき違法性のある行為であるとは認めるに足りず,控訴人らの上記請求は,いずれも理由がないものと解する。その理由は,次の(2)及び(3)のとおり付加するほかは,原判決48頁8行目から49頁5行目までのとおりであるから,これを引用する。
(2) 上記(1)のほか,被控訴人の脱退後ないし本件裁判上の和解後において,被控訴人が最終的に顧客から共通乗車券を受け取った行為は,控訴人組合との関係における和解条項違反の問題はあり得るとしても,後記のとおり,対顧客との関係では,直ちに法的根拠を欠き,義務に基づかない受領であると断定するのは困難であることにもかんがみれば,被控訴人の行為に不法行為を構成すべき違法性があったことを認めるに足りない。これと同旨の原判決の認定は,相当として是認し得るものである。
すなわち,被控訴人の脱退以前から,顧客と控訴人組合とを当事者として,被控訴人のタクシーの利用の際にも共通乗車券を使用し得ることを含む内容の契約が成立していたものである。そして,被控訴人の脱退又は本件裁判上の和解による合意によって,当然に,顧客が被控訴人タクシーの利用に際して共通乗車券を使用する権利を失うと解することは,顧客にとっては,組合員の脱退という契約の相手方である控訴人組合側の内部事情によって,上記契約が一方的に不利益に変更されることを意味する。しかし,そのような一方的不利益変更が許容されるような一般的な法的根拠を見出すことはできず,顧客と控訴人組合との具体的な契約内容をみても(甲3,27ないし30及び弁論の全趣旨),組合員の脱退を理由とする上記の一方的不利益変更を許容する合意があらかじめなされているものと解するのは困難である。なお,甲第3号証の訂正部分では,「長野地区タクシー事業協同組合加盟の11社」との表現となっているが,この記載は,被控訴人の脱退後に訂正されたものと認められるのであり(原告合名会社宇都宮乗用自動車商会代表社員A),上記訂正によって抹消される以前の記載によれば,「長野市内12事業者」,「長野市内12社」のタクシー等の利用について乗車券を使用し得る旨が合意されており,その使用対象の事業者につき,控訴人組合の組合員資格を有することが当然の前提とされていることをうかがわせる記載はない。また,非組合員の個人タクシー業者も共通乗車券の使用に加わっていることからしても,組合員であることが当然かつ不可欠の前提とされているものではない(なお,顧客との契約解除については当事者の主張するところではないが,甲3,28ないし30には,控訴人組合の集金センターが必要と認めたときは,契約を解除し得る旨の条項がある。しかし,このような顧客に一方的に不利益を与える条項の有効性には疑問があり,合理的な限定を付して解釈すべきものと解される。)。そうすると,被控訴人が共通乗車券を受け取った行為につき,対顧客との関係では,直ちに法的根拠を欠き,義務に基づかない受領であると断定するのは困難である。
控訴人らは,利用客が組合員でない会社(脱退後の被控訴人)の車を利用した場合に共通乗車券を利用することができないことは契約上当然である旨を主張するが,上記に説示したとおり,この主張は,直ちに採用することができない。
(3) 控訴人らは,原判決に過失判断を捨象した誤りがある旨主張するが,(2)に判示したとおり,過失の点について検討するまでもなく,不法行為が成立しないことが明らかである。
また,控訴人らは,共通チケットシステムを無断で利用することは違法である旨の主張もするが,前判示のとおり,被控訴人の行為に違法性があるとは認めるに足りないのであって,控訴人らの主張は,採用することができない。
4 債務不履行に基づく損害賠償請求について (1) 当裁判所も,被控訴人が本件裁判上の和解成立後に,自家印刷乗車券を除く共通乗車券を旅客(顧客,利用者)から受け取って使用した行為は,控訴人組合に対する関係において,和解契約の債務不履行となることは免れず,147万9256円及びこれに対する遅延損害金の限度での支払い義務があり,控訴人組合のその余の請求及び控訴人会社らの請求は,いずれも理由がないものと判断する。その理由は,以下の(2)及び(3)のとおり付加するほか,原判決49頁6行目から59頁末行までのとおりであるから,これを引用する。
(2) 債務不履行に関する被控訴人の主張(附帯控訴)について (2-1) 被控訴人は,そもそも和解契約の違反はない旨を主張する。その理由として,被控訴人は,和解条項の第二,第三,第四項の作為義務はすべて履行している上,被控訴人の従業員(乗務員)らが顧客から共通乗車券を受け取った場合も,必ず最低1回は受取を拒絶しており,顧客とのトラブル回避のためやむを得ず受け取ったにすぎなかったのであるから,この受領は,もはや被控訴人の使用ではなく,顧客の使用というべきであり,そして,顧客が控訴人組合との共通乗車券利用契約上,被控訴人のタクシーにも共通して使う権利がある以上,控訴人組合としても被控訴人としても,顧客に対し拒絶することはできないのであるから,被控訴人には和解契約違反はないとの趣旨を主張する。
(a) 確かに,被控訴人が上記の和解条項上の作為義務を果たしたこと,被控訴人従業員(乗務員)が上記のような対応をとったことは,原判決の判示するとおりであり(原判決42頁7行目ないし43頁末行),前記3(2)に説示したところに照らせば,本件裁判上の和解成立後においても顧客が上記のような権利を有しているとの主張にも首肯し得る面がある。
しかし,証拠(甲6,7,52ないし55,乙31,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,上記和解の過程で,被控訴人は,顧客には権利があり,顧客の申し出を断ることができないのではないかとの懸念を有していたことが認められるところ,控訴人組合と被控訴人との間の紛争を解決するための本件裁判上の和解として,控訴人組合と被控訴人は,被控訴人が共通乗車券を旅客(顧客,利用者)から受け取って使用することができないことを確認したものと認められる。これにより,被控訴人は,顧客による共通乗車券使用の申し出に対して,極力使用しないよう理解を求めるが,それでも断りきれずに共通乗車券を受け取ることになった場合の結果については,自らの責任として受け入れることを了承したものと解するほかない。したがって,被控訴人としては,上記和解を受け入れた以上,相手方である控訴人組合との関係では,結果的にせよ顧客から共通乗車券を受け取ったことについては,債務不履行責任を免れないものといわざるを得ない(控訴人会社らとの関係は後に検討する。)。
(b) 被控訴人は,顧客による共通乗車券の使用であって,被控訴人の使用ではないと主張するが,被控訴人が顧客から共通乗車券を受け取って代金を回収することは,被控訴人の使用にほかならないのであって,上記主張は採用することができない。
(c) また,被控訴人は,被控訴人の乗務員が利用者に対し共通チケットの利用を断った後に,やむを得ず受け取った場合は,利用者から新たな申込みがあり,これを承諾したものといえるのであって,このような共通チケットの受領行為は,和解契約に違反するものではない旨も主張する。
しかし,上記和解による合意が,控訴人組合が作成,交付した控訴人組合の共通乗車券について,上記主張のように扱うことを被控訴人に許容する趣旨であるとは解されないし,また,顧客の側においても,共通乗車券(後に検討する自家印刷乗車券を除く。)を控訴人組合が認めた業者以外のものとの代金決済に使用するなど,自由に処分する権利が付与されているものと解することは困難である。したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。
(2-2) 被控訴人は,形式上和解契約に違反したとしても,被控訴人の共通乗車券の受領には,違法性も帰責性もない旨主張する。
しかし,前判示の点に照らせば,被控訴人の責めに帰すべき事由がないとは認められず,上記主張も採用の限りではない。
(2-3) 被控訴人は,本件裁判上の和解が独占禁止法に違反し,無効であると主張する。
しかし,本件裁判上の和解による合意は,控訴人組合と被控訴人との間のものであり(控訴人会社らとの関係は後に検討する。),これにより,直ちに,第三者である顧客の権利を一方的に不利益変更するものとは解し難いのであるから(前記3(2)参照),独占禁止法2条6項の「消費者の利益に反する不当な取引制限」に該当する合意をしたものとは認められない。
また,被控訴人は,上記和解契約を含む控訴人組合の行為は,共通乗車券の事業から被控訴人を不当に排斥し,不当に差別的に取り扱い,被控訴人の事業活動を困難にさせる行為であるから,独占禁止法8条1項5号及び一般指定5項に違反するとも主張するが,これに違反するものではない旨の原判決の判示(原判決52頁5行目の「また,」から53頁10行目まで)は相当として是認し得るものであって,被控訴人の上記主張もまた採用の限りではない。
(2-4) 被控訴人は,どのタクシーでも構わない乗客にとっては,被控訴人のタクシーへ乗車したのは,全くの偶然であり,タクシーを選択して乗車した乗客にとっては,被控訴人のタクシーの運賃が10パーセント安いこととサービスのよさがもたらしたものであり,いずれにしても共通チケットの使用が可能か否かによるものではなく,共通チケットの受領と被控訴人の売り上げとの間には全く因果関係がなく,控訴人組合に損害はないこと,被控訴人は,控訴人組合脱退後も,個人タクシー業者と同一の手数料を支払うので,共通チケットの利用をさせて欲しい旨申し入れたが,控訴人組合がこれを拒絶したので,被控訴人のチケット売り上げに対する手数料収入が入らないのは当然であり,控訴人組合の手数料収入の減少と被控訴人の本件チケット受領との間には因果関係がないことを主張する。
しかし,被控訴人の主張のうち,前段部分については,原判決の説示(原判決57頁7行目ないし58頁6行目)が是認し得るものである上,主張の前提となる顧客の行動や動機に関する事実を認めるに足りる証拠がないので,被控訴人の主張は採用することができず,後段部分については,和解契約に反して被控訴人が共通乗車券を取り扱うことを控訴人組合に認めさせることを前提とするものであり,その主張自体,採用し得るものではない。
(2-5) 被控訴人は,被控訴人の脱退後に,組合員でない個人タクシーについての集金手数料が4.5パーセントから6パーセントに引き上げられたもので,被控訴人には予見可能性がないので,6パーセントの割合により損害額を算定した原判決は誤りであり,4.5パーセントの割合による限度で損害額の算定がされるべきである旨主張する。
集金手数料引き上げの事実関係は,被控訴人主張のとおりであるが,証拠(甲11,17,18,48ないし50)及び弁論の全趣旨によれば,上記引き上げについては,共通乗車券を使用する個人タクシー業者らが合意するところである上,引上げ率や引上げの根拠等が特に不相当であることを疑わせる事情もうかがわれないのであって,控訴人組合の損害の算定として,被控訴人の債務不履行のあった当時に適用されていた6パーセントの手数料を基礎として損害額を算定することは,相当であるものと認められる。また,上記事情に照らせば,被控訴人に予見可能性がなかったものとも認められない。よって,被控訴人の上記主張は採用の限りではない。
(3) 債務不履行に関する控訴人らの主張(控訴理由)について (3-1) 控訴人らは,原判決が,損害の認定の部分において,被控訴人による共通乗車券の売上額から,長野放送,JR長野及びNHK長野の自家印刷乗車券の売上分を控除した点を誤りであると主張する。その理由は,要するに,自家印刷乗車券は,印刷費負担の帰属とその形式が一般の共通乗車券と違うだけであり,本件裁判上の和解で被控訴人が受け取って使用することができないとされた「債権者の発行した『長野地区タクシー共通乗車券』」には,上記の両者を含むものであるというものである。
(a) 検討するに,証拠(甲2,3,8,16,乙38,44)及び弁論の全趣旨によれば,顧客からの共通乗車券交付依頼書の提出を受けて,控訴人組合において,チケット50枚綴りで1冊となっている「長野地区タクシー共通乗車券」と題するチケットを作成し,顧客に交付していること,その乗車券は,顧客が使用の都度,所要事項を記入し,「長野地区タクシー共通乗車券(請求明細票)」との記載のある部分を切取線に沿って切り離した上,タクシー乗務員に交付するものであること,上記切取線上に「長野地区タクシー事業協同組合」との印刷がされ,控訴人組合が作成,発行したことをうかがわせるものであることなどが認められる。
(b) 他方,証拠(甲22,27ないし30,51-1ないし4,乙27-2,28-2,29-2,42,43)及び弁論の全趣旨によれば,@ 長野放送及びNHK長野は,控訴人組合とは別の非法人組織である「長野ハイタク集金センター」を運営していた8事業者(控訴人合名会社宇都宮乗用自動車商会ら)との間で後記内容の契約をし,この集金センターの事業が昭和50年4月1日に控訴人組合(当時の名称は長野ハイタク事業協同組合)に統合されたことで,契約関係が控訴人組合に引き継がれたこと,JR長野及び信濃毎日新聞は,控訴人組合(当時の名称は長野ハイタク事業協同組合)の1部門である「長野ハイタク事業協同組合集金センター」との間で後記内容の契約をしたこと,A 上記4社の契約に際して4社が提出した依頼書(定型文言が印刷されている。)はほぼ同一であるところ,2通りの依頼内容が選択的に記載されており,その1が上記(a)のように,顧客から控訴人組合に対し,50枚綴りが1冊となった「共通乗車券の交付」を依頼するもの,その2が,顧客から被控訴人組合に対し,顧客の「自家印刷乗車券の使用の承認」を依頼するものとして記載されていること,自家印刷乗車券は,上記センターの所定の様式に似通わせ,券番及び登録番号を刷り込むか押印することが求められていること,その1,その2のいずれの場合も,上記集金センターが登録番号を決定することにより契約の効力が発生することとされていること,しかし,上記依頼書では,「共通乗車券の交付」依頼,又は「自家印刷乗車券の使用の承認」依頼という形で,2つのタイプが区別されて選択的に明記されていること,B 上記4社は,控訴人組合から,それぞれの自家印刷乗車券の使用の承認を受けてこれを使用しているものであるが(契約の当初から自家印刷乗車券であったかは証拠上必ずしも明確ではない。),長野放送の自家印刷乗車券の表題は,「長野地区タクシー共通乗車券」ではなく,「タクシーチケット」というものであり,チケット面には同社名の印刷があるだけで控訴人組合名は存在しないこと,JR長野の自家印刷乗車券の表題は,「長野地区タクシー共通乗車券」ではなく,「借上自動車切符」というものであり,チケット面には同社名の印刷があるだけで控訴人組合名は存在しないこと,NHK長野の自家印刷乗車券の表題は,「長野地区タクシー共通乗車券」となっているものの,チケット面には同社名の印刷があるだけで控訴人組合名は存在しないこと,信濃毎日新聞の自家印刷乗車券の表題は,「長野地区タクシー共通乗車券」ではなく,「信濃毎日新聞社共通乗車券」というものであり,チケット面には同社名の印刷があるだけで控訴人組合名は存在しないこと,以上の事実が認められる。
(c) 本件裁判上の和解の調書(甲7)によれば,和解条項の第一項は,「債務者は,債権者に対し,債権者の発行した『長野地区タクシー共通乗車券』(以下,「共通乗車券」という。)を旅客から受け取って使用することが出来ないことを確認する。」となっており,控訴人組合を指す「債権者が発行した」と,括弧に括られた「長野地区タクシー共通乗車券」という条件で特定されていることが認められる。
この条件に関しては,まず,「控訴人組合が発行した」という場合の「発行」の意義について上記和解調書では特に定義がされていないので,一般的な語意に従って解釈して差し支えないところ,(乗車券の)「発行」といえば,(乗車券を)「作って通用させること」を意味するものと認められる(一般的な語意としては公知。例えば,広辞苑第5版2156頁参照)。そして,前認定のとおり,「共通乗車券の交付」依頼による乗車券においては,控訴人組合において印刷し(印刷業者に注文することも含む),作成するもので,その切取線上には「長野地区タクシー事業協同組合」という控訴人組合名も印刷されており,控訴人組合が発行したものと認められる。他方,前認定のとおり,「自家印刷乗車券の使用の承認」依頼による4社の乗車券においては,4社がそれぞれに印刷する(印刷業者に注文することも含む)ものであること,4社それぞれの社名表示であって,控訴人組合名の表示は一切存在しないこと,確かに,上記乗車券は,控訴人組合の定める様式に似通わせ,券番及び登録番号を刷り込むか押印しているが,それ以外の記載事項は顧客各社に委ねられていることなどの事情に照らせば,まさに,前記依頼書の記載どおり,顧客4社が作成したものの使用を控訴人組合が承認するものであって,控訴人組合が「作った」ものとは到底いえず,控訴人組合が「発行した」ものと理解するのは困難であるといわざるを得ない(なお,前記「通用させる」という点では,控訴人組合も承認するという限度で関与しているが,後記のとおり,この承認をし得るのは,控訴人組合に限られないのであって,この点を考慮しても,自家印刷乗車券を控訴人組合が「発行」したと認めるのは困難である。)。
さらに,上記「長野地区タクシー共通乗車券」という乗車券の名称は,前認定のとおり,「共通乗車券の交付」依頼による乗車券に定型的に印刷されている名称であり,前認定の「自家印刷乗車券の使用の承認」依頼による前記4社の乗車券においては,NHK長野が同じ名称を付しているものの,その余の3社の乗車券は,「長野地区タクシー共通乗車券」という名称ではないことが認められる。
(d) ところで,本件裁判上の和解は,控訴人組合による仮処分申立てを受け,当該事件の中で成立したものであるので,念のため,仮処分申立書において,「債権者が発行した『長野地区タクシー共通乗車券』」がどのようなものとして記載されているかをみておく。
控訴人組合作成の仮処分申立書(甲6)によれば,「債務者による『長野地区タクシー共通乗車券』(以下「共通乗車券」という)の使用等について」として,「共通乗車券の仕組み」が説明されていること,そこでは,「@ ・・旅客が・・債権者に対し,共通乗車券交付の申込みをする。」,「A債権者が・・承諾した場合,登録番号を付し,・・・50枚1冊の共通乗車券を交付する。」などと説明されていることが認められる。
上記説明では,まさに,前認定の「共通乗車券の交付」依頼による乗車券が説明されていることが認められ,むしろ,上記@,Aの記載は,「自家印刷乗車券の使用の承認」依頼による乗車券とは明らかに矛盾するものあることが認められる。そして,別途,自家印刷乗車券を含む旨の記載があるとは認められない。
そうすると,前記和解の調書における「長野地区タクシー共通乗車券」という記載の由来をみても,和解条項の記載の解釈として,自家印刷乗車券が含まれるとみるのは困難であるといわざるを得ない。
(e) 以上によれば,本件裁判上の和解の条項における「債権者(控訴人組合)の発行した『長野地区タクシー共通乗車券』」とは,「共通乗車券の交付」依頼による乗車券を指すものとして記載されているものと理解するのが自然であって,これに長野放送,JR長野,NHK長野及び信濃毎日新聞の自家印刷乗車券が含まれる趣旨であると解することは困難であるというべきである。
(f) 仮に,上記自家印刷乗車券も本件裁判上の和解の条項における「債権者(控訴人組合)の発行した『長野地区タクシー共通乗車券』」に含まれるとしても,被控訴人が本件で自家印刷乗車券を受け取った行為は,和解の合意に反しないものと認められる。
すなわち,自家印刷乗車券は,前認定のとおり,顧客の依頼により控訴人組合において作成,交付する共通乗車券とは異なり,顧客側で印刷し,控訴人組合には,「使用の承認」を依頼するにすぎないものである。そして,証拠(甲27ないし30)により,合意内容をみても,自家印刷乗車券は,控訴人組合の指定する様式とし,かつ,指定された登録番号を表示し,控訴人組合との合意により,チケットとして使用可能となるものであることは認められるが,顧客が自家印刷乗車券を他のタクシー会社との合意により,当該タクシー会社との間での乗車券としても使用することを禁止する旨の合意が存在するとは認められず,他に,顧客が上記行為に出ることを控訴人組合が阻止する権限,根拠は見出し難い。また,本件裁判上の和解が,被控訴人に対し,顧客との間で上記のような合意をすることを禁止する趣旨であるとは認められず,他に,控訴人組合が被控訴人の上記行為を阻止する権限,根拠は見当たらない。顧客が自ら印刷した乗車券につき,控訴人組合に使用承認を求め,併せて,被控訴人などの他のタクシー会社にも同じ乗車券の使用承認を求め(むろん,代金回収の手間や回収リスクなどは,契約当事者各自が負担するものである。),共通乗車券としての利便性を高めることは,道理にかなうことであるばかりか,これを禁止する特段の合意等が認められない以上,顧客及びその合意の相手方となる被控訴人の行為を違法であるなどということはできない。
なお,上記のように乗車券が兼用されることになると,各社固有の事情により,乗車券面上に種々の記載がされ,特定の会社にとって必要でも他社にとって意味のない記載がされることもある。控訴人組合は,顧客に登録番号を指定し,自家印刷乗車券上に表示することとしているが,被控訴人は,控訴人組合の集金センターを通さず,独自に決済するものであって,このシステムに不当に便乗するものとはいえない。
(g) いずれにしても,被控訴人は,控訴人組合からの脱退後に,上記長野放送ら4社の顧客との間で,各顧客が自家印刷した乗車券をもって,被控訴人のタクシーを利用する際にも使用し,決済し得るものとして,新たに合意した上で,前記のとおり受け取ったものであるから,この点をもって債務不履行や違法行為であるなどということはできない。よって,長野放送,JR長野及びNHK長野の自家印刷乗車券分の売上金を除外して控訴人組合の損害を算定した原判決は,相当として是認し得るものである。以上判示したところに反する控訴人らの主張は,採用することができない。
(3-2) 控訴人らは,原判決が,本件裁判上の和解がいわゆる第三者のためにする契約には該当しないと判断し,被控訴人の共通乗車券受領行為が控訴人会社らに対する債務不履行には該当しないと判断した点を誤りであると主張する。そして,控訴人らは,和解の目的は,控訴人会社らの営業利益を被控訴人が奪うのを阻止する点にあったのであり,また,被控訴人は,和解の際,控訴人組合との間で,黙示的に,第三者である控訴人会社らに対し,共通乗車券を使用しない義務を負担することについて合意したものであり,控訴人会社らは,右合意当時から黙示的に受益の意思表示をしてきたものであると主張する。
しかしながら,本件裁判上の和解が上記のような第三者のためにする契約であったことを認めるに足りる証拠がないことは,原判決が適切に説示するとおりであって(原判決54頁5行目ないし55頁1行目),控訴人らの上記主張は採用することができない。
なお,真に和解によって生じる法律効果を控訴人会社らに直接及ぼす意思があったのであれば,控訴人会社らを利害関係人として和解手続に加える方法(裁判実務では日常的に使われている。)があるし,そのような方法を採らないとしても,和解条項で控訴人会社らのためする旨を記載することなども容易である。しかし,本件全証拠によっても,そのような試みがされた形跡すら認めることができないのであって,これらの事情からすると,本件裁判上の和解による紛争解決としては,共通乗車券の契約当事者であり,かつ控訴人会社らを構成員とする控訴人組合の権利を確保することで足り,これによって控訴人会社らの利益をも図り得るとの考えであったことがうかがえるのであり,上記控訴人らの主張は,採用することができない。
5 結論 以上によれば,控訴人組合の被控訴人に対する請求は,147万9256円及びこれに対する平成11年3月7日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが,その余の請求は理由がなく,控訴人会社らの請求はいずれも理由がない。よって,これと同旨の原判決は相当であって,控訴人ら及び被控訴人の主張を精査しても,本件控訴及び本件附帯控訴は,いずれも理由がないので,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)当事者目録1控訴人・附帯被控訴人(原告)長野地区タクシー事業協同組合2控訴人(原告)合名会社宇都宮乗用自動車商会3控訴人(原告)長電タクシー株式会社4控訴人(原告)長野観光自動車株式会社5控訴人(原告)長野タクシー株式会社6控訴人(原告)つばめタクシー株式会社7控訴人(原告)桜観光タクシー株式会社8控訴人(原告)旭タクシー株式会社9控訴人(原告)富士タクシー株式会社10控訴人(原告)アルピコタクシー長野株式会社11控訴人(原告)平和観光タクシー株式会社12控訴人(原告)松代タクシー株式会社上記12名訴訟代理人弁護士武田芳彦,和田清二被控訴人・附帯控訴人(被告)中央タクシー株式会社訴訟代理人弁護士中山修,神田英子
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利
裁判長裁判官 永井紀昭