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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12ワ22457損害賠償等請求事件 判例 不正競争防止法
平成14ワ3162損害賠償等請求事件 判例 不正競争防止法
平成18ワ14527損害賠償等請求事件 平成18ワ15947マニュアル使用差止請求事件 判例 不正競争防止法
平成15ネ1791営業秘密使用差止等,損害賠償請求控訴事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 信義則 /  差止請求(差止) /  営業上の利益 /  過失 /  共同不法行為 /  逸失利益 /  利益額(利益の額) /  無形損害 /  弁護士費用 /  侵害 /  代理人 /  代表者 /  秘密管理(秘密管理性) /  秘密管理体制 /  秘密として管理 /  秘密保持義務 /  有用性 /  営業上の情報 /  非公知性 /  営業秘密 /  2条1項7号 /  2条1項8号 /  保有者 /  不正開示行為 /  競争関係 /  不正の利益を得る目的(図利目的) /  他人に損害を加える目的(加害目的) /  損害賠償 /  損害額 /  具体的態様 / 
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事件 平成 12年 (ネ) 2913号 損害賠償等請求控訴事件

控訴人(1審原告) 株式会社サンワコーポレーション
同訴訟代理人弁護士 小寺史郎
同 平野和宏
同 川村和久
同 室谷和彦
被控訴人(1審被告) 株式会社テクノスイコー
被控訴人(1審被告) C
同2名訴訟代理人弁護士 平川敏彦
同 丸野敏雅
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2002/10/11
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 当審における請求をいずれも棄却する。
3 当審における訴訟費用は,すべて控訴人の負担とする。
事実及び理由
請求
(1) 控訴の趣旨等 ア 原判決を取り消す。
イ 被控訴人らは,原判決添付別紙目録記載の営業秘密を,被控訴人株式会社テクノスイコーの営業に利用し,又はこれを開示してはならない。
ウ 被控訴人らは,控訴人に対し,各自1億3846万4155円及び内金1億2482万5142円に対する訴状送達の日の翌日である平成11年2月9日から,内金1363万9013円に対する本件訴えの変更等申立書送達の日の翌日である平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
オ 仮執行宣言
事案の概要
1 請求の概要 人材派遣業を営む会社である控訴人は,原審において,@元従業員である被控訴人Cが,控訴人在職中に知った派遣社員に関する原判決添付別紙目録記載の営業秘密を使用して,控訴人の派遣社員を退職させて被控訴人会社に就職させるとともに,上記派遣社員を被控訴人会社から従前の派遣先企業に派遣した行為が不正競争防止法2条1項7号に該当する,被控訴人会社が,被控訴人Cによる上記営業秘密不正開示行為があったことを知りながら,上記派遣社員を雇い入れて従前の派遣先企業との間で派遣契約を締結した行為が同項8号に該当すると主張して,被控訴人らに対し,同法3条及び4条に基づき,前記各請求をしたが,さらに,当審において,A仮に,そうでないとしても,被控訴人Cが,誓約書及び就業規則により負担する前記営業秘密の内容をなす本件情報(原判決5頁10行目から6頁3行目記載の本件情報)を第三者に漏らしてはならないという不作為義務を課している契約上の守秘義務に違反して本件情報の使用・開示をしたことにより,同不作為義務を課している契約上の守秘義務に基づく履行責任及び債務不履行責任又は不法行為責任を負い,被控訴人会社が,被控訴人Cによる本件情報の不正開示行為があったことを知って,若しくは重大な過失により知らないで本件情報を取得し,その取得した本件情報を使用した行為が不正競争防止法2条1項8号に該当すると主張し,被控訴人Cに対し,前記不作為義務を課している契約上の守秘義務に基づく履行責任及び債務不履行責任又は不法行為責任に基づき,被控訴人会社に対し,同法3条及び4条に基づき,いずれも前記各請求をし,B仮にそうでないとしても,被控訴人Cが,信義則上の義務としてだけでなく,誓約書及び就業規則上の義務として負担する雇用契約上の誠実義務に違反して,社会通念を逸脱し,著しく信義則に反する派遣社員の引抜き行為,派遣契約の被控訴人会社への移転行為により,控訴人に対し,債務不履行責任又は不法行為責任を負い,被控訴人会社が,被控訴人Cの引抜き行為によって作出された違法な状態を認識し,被控訴人Cと共謀の上,当該違法状態を利用し,競争関係にある控訴人からシェアを奪い,利益を得る目的で,派遣社員を雇用し,派遣先との間の派遣契約を移転させた不法行為責任を負うと主張して,被控訴人Cに対し,債務不履行責任又は不法行為責任に基づき,被控訴人会社に対し,不法行為責任に基づき,前記損害賠償の請求をしている。
2 基礎となる事実及び争点 次のとおり当審で追加された「基礎となる事実」及び「争点」を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「二 基礎となる事実」及び「三 争点」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 基礎となる事実 Dが平成10年10月30日,Eが平成11年4月30日,Fが平成10年5月29日,それぞれ控訴人を退職し,被控訴人会社に就職し,従前の派遣先企業(Dについては住友金属工業株式会社〔以下「住友金属」という。〕,Gについては光洋リンドバーグ株式会社〔現商号:光洋サーモシステム株式会社。以下「光洋リンドバーグ」という。〕,E及びFについては日本コムシンク株式会社〔以下「日本コムシンク」という。〕)との間で派遣契約を締結した(Eが平成11年4月30日控訴人を退職し被控訴人会社に就職し,その余の者が控訴人を退職し被控訴人会社に就職したことは争いがなく,その余は弁論の全趣旨により認める。)。
Eは,売単価が日額1万3000円(平成11年1月時点),買単価が時額1333円である(平成10年4月1日時点。甲232,233)。
なお,H(甲212),I(甲218),J(甲222),K(甲224),L(甲228)及びG(甲231)は,控訴人と業務委託契約を締結している者であり,引用にかかる原判決及び後記本判決の各記載中,「控訴人に雇用された,入社した」とはいずれも「控訴人と業務委託契約を締結した」ということを意味し,「控訴人を退職した,退社した」とはいずれも「控訴人と業務委託契約を解消した」ということを意味する。
(2) 争点 前記請求の概要Aの履行責任及び債務不履行責任又は不法行為責任並びに不正競争防止法2条1項8号に該当する不正競争の有無 前記請求の概要Bの債務不履行責任又は不法行為責任の有無
争点に関する当事者の主張
次のとおり当審における当事者双方の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(控訴人) 1 本件情報の管理体制 (1) プライバシー情報と派遣就業情報の区別 控訴人が営業秘密を構成すると主張していた本件情報は,派遣社員に関する情報(現住所・電話番号・生年月日・職務経歴等。以下「プライバシー情報」という。)と派遣社員個々の派遣就業に関わる情報(具体的派遣先・売単価・買単価・派遣就業先での業務内容等。以下「派遣就業情報」という。)である。 このうち,被控訴人Cが開示し,被控訴人らが共同で使用した情報は,控訴人の派遣社員の具体的派遣先・売単価・買単価等であり,派遣就業情報に合致する。なお,派遣就業先での業務内容は,具体的派遣先の配属部署から当然に明らかとなる。 これに対して,プライバシー情報は,直接的に使用,開示されたものではなく,被控訴人Cによる派遣社員の引抜きの際,連絡のために現住所・電話番号が用いられたものであり,間接的にしか使用されていない。プライバシー情報が,外部に漏らしてならないものである理由は,派遣社員のプライバシー保護のためであり,派遣就業情報が会社の営業上の利益保護のためであるのと異なる。
控訴人は,秘密管理性について,派遣就業情報とプライバシー情報とを本件情報として一体として取り扱うのでなく,情報の客観的管理状況について,厳格に区別して,派遣就業情報に絞って主張する。 (2) ソフト面における管理体制 ア 誓約書,就業規則の存在 控訴人は,従業員が就職する際に誓約書(甲3)を提出させ,それにより,「貴社及び取引先の機密は一切他に洩らさぬ事」を厳守する旨誓約させている。また,就業規則(甲22)に,従業員は,「在職中は勿論のこと,退職または解雇された者も,自己の担当であるなしにかかわらず,会社の業務上の機密事項及び会社の不利益となる事項を他にもらさないこと」との定めを置いて,法的に,雇用契約の一内容として秘密保持義務を従業員に課するとともに,実際上,従業員の秘密保持に対する自覚を促し,秘密漏洩に対する心理的な規制を設けた。
イ 「入社時ガイダンス」における秘密保持に関する新入社員に対する指導 控訴人は,新規に入社する新入社員に対し,控訴人の役員であるMや総務人事の男性社員において,当該社員の初出勤日に,「入社時ガイダンス」を行っており,その際,最初に新入社員を部屋に一人にして前記就業規則を熟読,確認させた後,業務上必要な注意事項等の説明のほか,控訴人が人材派遣業という業種であり,派遣社員のプライバシー事項及び派遣先・売単価・買単価等の業務上の重要機密事項について,一切外部に漏らすことのないよう,厳重に指導していた。
ウ 日常業務における指導・訓戒等 (ア) 控訴人は,営業時間中やミーティングの際,営業社員らに,折に触れ,派遣就業情報が機密情報であるという話をしていた。このような社風により,前記「入社時ガイダンス」以来,派遣就業情報が機密事項であることは周知徹底され,控訴人社員において派遣就業情報を外部に漏洩してよいと考えている者は一人としていない。
(イ) 控訴人は,派遣就業情報を自己のメモ等に書き留めることを固く禁じていた。
(ウ) 控訴人は,派遣社員の履歴書原本を自分の席の上でも放置することのないよう徹底して指導していた。
(エ) 控訴人は,外部から派遣社員あてに電話がかかってきた際,いったん電話を切り,改めて確認の上,派遣社員自身から連絡するように周知徹底させ,不用意に派遣社員及び派遣先の情報が外部に漏れることのないように配慮していた。
(オ) 控訴人は,派遣先に派遣候補者の生の履歴書を提示せず,生の履歴書から住所等の連絡先などのプライバシー特定事項等を削除した控訴人独自の様式の「経歴書」を提示していた。控訴人代表者は,被控訴人C在職中,派遣先に見せるために派遣社員(予定者)の履歴書原本を持ち出した営業担当社員を他の社員の面前において強く叱ったことがあった。
(カ) 控訴人は,派遣社員(本社社員と区別され,また,派遣社員には正社員と契約社員がある。)に対し,本社カウンター内の立入り禁止を明言し,カウンター内に入ることがないように,求職者との面接をカウンター外の部屋で行っていた。控訴人は,派遣就業情報をマスター入力したオフィス・コンピュータ(以下「オフコン」という。),派遣就業情報を記載した書類等を保管するキャビネット等が存在する場所に,派遣社員を立ち入らせないことによって本社社員の行動範囲に制限を加え,派遣就業情報に接近できる者を限定し,管理が万全となるよう配慮していた。
(3) ハード面における管理体制 ア 控訴人の会社規模,本社事務所内の物理的状況 控訴人は,被控訴人C退職当時,本社社員数19名(別紙組織図)であり,また,本社事務所は,広さ145・37坪であって,各個室,机・椅子,キャビネット,オフコン,シュレッダー,金庫等が別紙配置図のとおりレイアウトされていた。総務(経理)事務,営業事務はすべて女性社員の担当で,営業,総務人事はすべて男性社員の担当である。
イ 派遣就業情報をマスター入力したオフコンの管理状況 (ア) 派遣就業情報は,控訴人本社内の一角に設置されているオフコン(本体装置と端末2台。現在の機械は2代目であり,平成7年4月にリース契約を締結した。)にマスター情報として入力されており,当該オフコンは,事務所内の他のパソコン等とLAN接続等されておらず,独立に稼動し,インターネットにも接続しておらず,外部からのネットを通じての侵入も不可能であり,その起動には専用鍵を必要とし,当該鍵がなければ使用することができない。
(イ) オフコンの操作方法は一般のパソコンの操作方法とは異なっており,一般のパソコンの操作ができる者も,オフコン独自の操作方法をあらかじめ知っていなければ操作できない。
(ウ) オフコンは,鍵を使用して,控訴人の始業時間である午前9時に起動され,終業時間である午後6時に終了される。社員全員退社後,仮に何者かに事務所内に侵入された場合でも,オフコンを起動させて派遣就業情報を窃取されることのないよう厳重な管理を行っていた。
(エ) 鍵は2本(マスターキー1本,スペアキー1本)あり,マスターキーを総務事務担当のN(以下「N」という。)が保管し,スペアキーを経理担当のO(以下「O」という。)が保管していた。Nは,退社時,オフコンを終了させ,鍵をオフコンから引き抜いたあと自己の机の引出しの中に保管し,引出しに鍵を掛けて,引出しの鍵を別途厳重に保管し,翌朝,引出しを開け,オフコンの鍵を取り出して,その鍵によりオフコンを起動させていた。Oは,Nの休暇時等に,同人の代わりにオフコンを立ち上げていた。Oの保管するスペアキーは,本社内の金庫に保管し,金庫の鍵をOが自宅に持ち帰っていた。Oは,控訴人設立時から勤務している有能な女性社員であり,女性社員の中でも特に控訴人代表者の信頼が厚い者である。
(オ) コンピュータ操作を実際に行うことができるのは,営業事務,総務(経理)事務を担当する女性社員のみであり,男性社員にはオフコンの使用方法を一切教えなかった。女性社員が操作を行う機会は,新入社員や新規取引先等のマスター情報更新や社員の給与計算,賞与計算,年末調整等の業務上の必要がある場合に限られ,業務上の必要がないのにみだりにオフコンを操作することは当然禁じられていた。営業担当の男性社員が派遣社員の売単価・買単価を確認するためオフコンに入力された情報を利用する必要がある場合は,必ず男性社員に依頼された女性社員が操作を行うという取決めにしていた。
(カ) 上記のような情報の管理方法は,人材派遣業という秘密管理が厳格に要請される業種柄,控訴人代表者が会社の設立以来努めて配慮してきた点である。
ウ 派遣就業情報が化体した書類等の管理状況 (ア) 派遣就業情報は,上記オフコンにおいて管理されると同時に,いわば原資料である派遣社員の履歴書及び派遣社員との契約書等,また派遣先企業との契約書等の各種書類にも記載されており(ただし,最新の売単価・買単価情報はオフコンのみに入力されている。),前者の書類は派遣社員ごとに個別にファイリングし,各々コード番号を付した上で,また,後者の書類は企業別に整理した上で,いずれも,本社内のキャビネットに保管されていた(別紙配置図)。
(イ) 上記キャビネットには鍵が掛けられるようになっており,控訴人の営業時間外は必ず施錠し開閉を不能にして,上記書類を厳重に管理していた。
(ウ) 他方で,営業時間中は開けておき,営業事務,総務(経理)事務担当の女性社員がその出し入れの事務を行っていた。その出し入れを行う機会は,業務上の必要がある場合に限られ,業務上の必要がないのにみだりに当該書類を出し入れすることは禁じられていた。営業担当の男性社員が派遣社員の連絡先や携帯電話番号を知りたい等の必要により上記書類上の情報を利用する必要がある場合は,当該男性社員に直接書類の出し入れをさせることはなく,男性社員に依頼された女性社員が出し入れを行うこととしていた。
すなわち,控訴人は,キャビネットからの書類の出し入れを行うことができる者を意識的に女性社員に限定し,書類管理を女性社員に限ることによりそれをルーズなものに流れないよう配慮し,情報への接近が必要な男性社員に対しては,女性社員に依頼をするという一段階を置くことにより,心理的に,情報の目的外入手・使用をしにくい工夫をしていた。
(エ) 上記のような情報の管理方法は,人材派遣業という秘密管理が厳格に要請される業種柄,控訴人代表者が会社の設立以来努めて配慮してきた点である。
エ 派遣就業情報の化体した査定資料の管理状況 控訴人は,オフコン内の派遣社員の氏名・派遣先・売単価・買単価等の情報を派遣社員の昇給(年1回),賞与(年2回)を決める際の会議の資料として,一覧表形式で印刷し,これに参加する係長以上の役職者及び総務人事担当の男性社員に配布していたが,当該査定資料は会議後に必ず代表者において回収し,会議時の手書きの決定事項の記入部分を女性社員においてオフコンに入力した後,シュレッダーで裁断し廃棄して,情報が外部に一切漏れないよう厳に配慮していた。
特に一覧表形式の書類については,機密である情報が集積しており,取扱いには特に意識して厳重な注意を行ってきたのであり,出席者にもその点を周知徹底させていた。
(4) 派遣就業情報の性質,情報管理体制に対する法的評価 派遣就業情報は,社会に数多く存在する就職希望者のうち,誰が,どのような報酬で,どのような業務に派遣することができるのかという具体的な情報であり,控訴人のような人材派遣会社が多大な広告宣伝費を投入して就職雑誌等の媒体に求人広告を掲載し,これに応募してきた人材に面接し,登録するというプロセスを経て初めて入手することができる極めて価値を有する情報である。また,社会に数多く存在する個人・企業を問わない事業者のうち,どこが,どのような報酬で,どのような人材を欲しているのかという具体的な情報であり,控訴人のような人材派遣会社が営業職員による網羅的な営業活動を行って初めて入手することができる極めて価値を有する情報である。派遣就業情報は,人材派遣業者が他の競合業者と競争するにあたり,その死命を制する情報といっても過言でない。
控訴人における前記情報管理体制は,本社社員の全員が日常的に業務上それを扱う必要があるので,社内における一定の自由な情報の流通を許す一方,一定の秘密管理に向けた客観的措置のもとにおいて,控訴人社員が派遣就業情報を外部に漏らしてはならない営業上の情報であると認識させるに十分なものであった。
(5) 相対的な秘密管理性 本件において,法の要求する秘密管理性の要件を満たしていることは疑いがないが,さらに次のような視点も重要である。
その性質上,秘密であることの認識可能性が相対的に高い情報については,その秘密管理のための前記客観的措置も一定程度相対的に軽減されたもので足りると解すべきである。なぜなら,その性質上秘密であることの認識可能性が高い情報については,それに接する者としても,ある程度の秘密管理のための客観的措置が施されていることを認識できれば,容易にその秘密性を感得,認識できるのであり,他方,営業秘密について一定程度以上の秘密管理体制をとっているならば,事業者が法の保護を求めるための合理的な自助努力として必要十分と解すべきだからである。
すなわち,秘密管理性の要件については,当該秘密自体の性質を考慮し,また,当該秘密が問題となる場面に応じて,相対的にとらえることが必要である。
(6) 背信的悪意者論 被控訴人Cにおいて,派遣就業情報が秘密であることを熟知していることは明らかである。派遣就業情報が秘密であることを熟知している者が,その情報に秘密であることの形式的表示のないことをもって法により保護されるべき秘密に該当しないなどと強弁することは許されない。被控訴人Cに上記要件の欠缺を主張する資格はないと解すべきである。
(7) まとめ 控訴人は,派遣就業情報が秘密であり,これを秘密として管理する意思を有し,かつ,現実に上記の秘密管理体制をとっていた。
そして,実際,このような管理体制は,業務上の必要に応じて一定程度社内における自由な情報の流通を可能とするとともに,反面,派遣就業情報に対し,本社社員であっても業務上の必要もないのにみだりに,また,無秩序にアクセスすることを禁じ,外部に対しては,極めて厳重な管理を行うものであって,法的保護に値する十分な秘密管理体制であると評価できる。
さらに,控訴人の本社社員において,派遣就業情報が営業秘密ではないなどとの誤った認識を有している者は過去にも現在にも皆無であり,翻って,そもそも,健全な通常の社会常識を身につける者であれば,本件において,派遣就業情報が営業秘密であることを認識していない,あるいは認識できないなどということは,あり得えないというべきである。
2 保有者から示された営業秘密 (1) 派遣先決定・買単価・売単価決定の経緯 控訴人においては,@多額の費用をかけて派遣社員の募集を行い,A募集に集まった者を人事担当者と営業社員が面接し,B履歴書及び面接結果をもとに営業社員が派遣先を検討して,従来から関係のある,あるいは新規の派遣先に打診し,C特定の応募者を特定の派遣先に派遣する場合の売単価・買単価を営業社員が検討し,D派遣先において応募者の面接を行い,E控訴人代表者がその売単価・買単価の決裁を行い,F採用となれば,控訴人と派遣先との間で派遣契約を,控訴人と応募者(派遣社員)との間では雇用契約を行うものである。このように,特定の応募者を,どのような派遣先に派遣するか,その売単価・買単価をどのように設定するかは,控訴人の一連の活動の中で決定される。
(2) マッチングの重要性 上記の過程の中で,人材派遣業にとって最も重要な活動は,BCDの過程である。派遣先から派遣の要請があったとしても,その要請に適応する人材がいなければ派遣に至らない。他方,応募者ないし派遣社員が,派遣を希望していても,受入れ先である派遣先の要求がなければ,派遣に至らない。それゆえ,派遣先から要請があったときに派遣先の要求にあった派遣社員を抱えているというタイミングこそが派遣契約成立にとり重要なのであって,人材派遣業がマッチング業務と呼ばれるゆえんである。
(3) 控訴人の努力 このように,人材派遣業においては,タイミングが重要であるから,控訴人においては,どこの派遣先に,どの派遣社員を派遣するかについて,営業社員全員で,毎日,打ち合わせを行い,マッチングを検討するのである。被控訴人Cは,このBCDの活動に関与していたが,営業社員全員と協力して行っていたもので,独自に行っていたものではない。
マッチングには,多数の派遣社員の存在が前提となるところ,控訴人の派遣社員は,控訴人の多額の費用をかけた募集広告により集まるのである。さらに,マッチングのためには,募集してきた応募者の技能・希望等を把握する必要があり,そのために履歴書を検討し,面接を行う。この情報入手過程でも,総務人事担当者による努力がなされている。しかも,本件派遣先も,被控訴人Cが独自に新規開拓したものではなく,控訴人との間で古くから取引のある派遣先や被控訴人Cが入社する以前からアプローチしていた派遣先ばかりである。そして,被控訴人Cが担当していた派遣社員の売単価・買単価等の情報を検討し,提案することはあるとしても,決定するのはあくまで控訴人代表者である。
(4) まとめ このように,派遣社員と派遣先を結びつけ,売単価・買単価を決定するのは,控訴人の一連の営業活動であり,その情報を控訴人が保有することはいうまでもない。また,これ以外の派遣社員の個人情報は,控訴人の募集に応じて控訴人に提出した履歴書記載の内容であり,派遣社員が控訴人に開示したものであり,営業社員に開示したものではなく,控訴人が保有し,かつ管理する情報なのであって,職務上営業社員が知ったからといって,営業社員が自ら取得した情報ではない。
したがって,派遣就業情報は,控訴人が保有するものであり,被控訴人Cは,控訴人からこれを示されたものにほかならない。
3 被控訴人Cについて (1) 図利加害目的 ア 被控訴人Cの退職理由―本件不正競争の動機 被控訴人Cは,平成9年9月,「多幸梅」での飲み会のあとに,控訴人の女性社員を執拗に誘った。これを目撃した控訴人代表者は,被控訴人Cを注意した。控訴人においては,社内の風紀及び人事状態が乱れるのを防ぐため,既婚者の男性社員が女性社員と交際してはならないこととしており,日頃から代表者より注意がなされていた。被控訴人Cは,これに反して,平成8年3月14日に再婚したにもかかわらず,これに従う様子でなかった。業を煮やした控訴人代表者は,数時間後に被控訴人Cの自宅に電話をしたところ,未だ同人が帰宅していなかったので,厳重注意の意味を込めて,電話口の妻に「もう会社に来なくていいと伝えるように。」と申し伝えた。被控訴人Cは,自分のしたことの悪性を棚上げにして,控訴人代表者のことを異常な性格であると決め付け,退職を考えるとともに,控訴人代表者に対して強い害意を持つに至った。
イ 被控訴人Cの派遣社員・派遣先に対する行為 被控訴人Cは,このような強い害意から控訴人を退職することを決意し,遅くとも平成10年1月には,競業会社への就職が内定しているのに,これを控訴人に秘したまま同年4月まで就労を続け,その間に,自己が就職する被控訴人会社へ派遣社員を引き抜き,派遣契約を移転するよう巧妙かつ計画的な策を講じた。
被控訴人Cは,まず,自己の職務上の地位を利用して,同人が担当している派遣社員がどこの派遣先に行っているか,その売単価が幾らか,その買単価が幾らかという情報を控訴人に知られないようにメモ等に取って社外に持ち出し,派遣社員に面談に赴いた際,自分の担当していた派遣社員に対して,自分が控訴人を退職し,被控訴人会社に就職する予定であること,被控訴人会社では控訴人よりもいい条件で就業できることを述べた。派遣社員は,派遣先が変わらないで,良い条件に変更してもらえるなら,喜んで被控訴人会社への移転を希望する。他方で,被控訴人Cは,自分が担当していた派遣先に対して,自分が控訴人から被控訴人会社に転職するにあたり,自分が担当する派遣社員は自分について被控訴人会社に移転する予定であり,現在の派遣社員が一斉に辞める予定であると申し向けた。派遣先は,派遣社員が一斉に辞められると業務に支障が生じるので,被控訴人Cに善処を求めた。これに対して,被控訴人Cは,被控訴人会社を派遣先に紹介し,被控訴人会社と派遣先とが派遣契約を結ぶように打診した。派遣先としては,現在就労している派遣社員がそのまま就労してもらえるのであれば,派遣元が変わってもかまわないので,被控訴人Cからの打診を承諾した。
被控訴人Cは,一方で,派遣社員には「派遣先はそのままで,派遣元だけ移る。そうすると,給料等が上がる。」と言いながら,他方,派遣先には「派遣社員が一斉に辞める。」という矛盾した内容を言っているのである。派遣先に「一斉に辞める」と言うのであれば,派遣社員には「派遣先は移ることになるが,派遣元を控訴人から被控訴人会社に変われば条件が良くなる」と言うべきはずのところを「派遣先はそのままでいられる」と述べている。逆に,派遣社員に「派遣先はそのままで」と言うのであれば,派遣先には「派遣社員は辞めませんのでご安心下さい。」と言うべきところを「派遣社員が一斉に辞める」と述べているのである。
被控訴人Cは,このような詐術行為によって,派遣社員に対しては被控訴人会社への移転の動機付けをし,かつ,派遣先に対しては被控訴人会社との派遣契約の動機付けをした上で,これらの派遣社員について自分がメモ等した売単価・買単価を,被控訴人会社に開示して,派遣社員との雇用契約の交渉及び派遣先との派遣契約の前提として使用させた。
図利目的 上記の派遣契約の移転は,「不正の競業」(不正競争防止法2条1項7号)の結果そのものである。そして,被控訴人Cは,自分が担当する派遣社員の売単価・買単価の情報をもとに,派遣契約の移転に向けて上記行為を行ったのであり,実質的にみても,自己が就職する予定の,あるいは就業中の被控訴人会社の売上を上げ,ひいては,被控訴人会社での地位・給料を有利にする旨の目的を有していたのであり,「不正の競業…目的」を有していたことは確実であり,図利目的があったといわざるを得ない。
加害目的 派遣契約が移転すると,被控訴人会社の売上が上がる反面,控訴人の売上が減ることは当然であるから,被控訴人Cは,控訴人の売上を減少させる目的があったといえる。上記の被控訴人Cの害意をかんがみれば,控訴人の経営状態を悪化させる積極的意図があったとしても,何ら不思議ではない。
(2) 使用・開示 ア 被控訴人Cは,平成10年1月以降,自分の担当していた派遣社員に対して,@自分が控訴人を退職し,被控訴人会社に就職する予定であること,A被控訴人会社では控訴人よりもいい条件で就業できることを述べ,移籍を勧誘し,他方,自分が担当していた派遣先に対して,B自分が控訴人を退職し,被控訴人会社に就職する予定であること,C派遣社員が一斉に辞める可能性があることを申し向け,D被控訴人会社と派遣契約を結ぶよう被控訴人会社又は同社従業員を紹介し,その際,被控訴人会社に対し,重要な営業秘密である派遣就業情報(控訴人の派遣社員がどの派遣先に派遣されているか,その派遣料金,派遣社員の控訴人からの給与等の条件)を開示し,E自分が控訴人を退職して被控訴人会社に就職した後は,派遣先に対し被控訴人会社と派遣契約をするよう交渉した。
被控訴人会社は,被控訴人Cから開示された情報を使用して,被控訴人Cと共同して,F派遣社員を自社に移籍させ,G従前の派遣先との間で従前の売単価とほぼ同額で派遣契約を締結した。
被控訴人Cは,上記のとおり,図利目的及び加害目的をもって,元本社社員である同人が控訴人在職中に知った派遣社員に関する派遣就業情報を使用して,控訴人の従業員である派遣社員22名(P,Q,R,S,T,D,U,V,W,X,Y,H,Z,I,α,J,K,β,L,G,E及びF。以下,名を省略し,氏のみで表示する。)を引き抜き,被控訴人会社に就職させるとともに,被控訴人会社と派遣先との間で派遣契約を締結させて,当該派遣社員を被控訴人会社から従前の派遣先企業に派遣した。
イ 上記D後段の行為が営業秘密の開示にあたること 遅くともDの段階において,被控訴人Cは,被控訴人会社に対して,控訴人の派遣社員の派遣先・売単価・買単価等を開示している。そうでなければ,FGの交渉に移行できない以上,この段階で開示があったことは疑いようがない。
ウ 使用 (ア) 派遣先との交渉における営業秘密の使用 Gの派遣契約を締結するためには,派遣先との間で派遣料金を据え置いたまま,あるいは多少減額して,被控訴人会社との間で派遣契約を締結するよう交渉する必要がある。その交渉の糸口は,被控訴人CのCの行為である。派遣先としては,一度に数人の派遣社員が辞められると困るので,当然に交渉に応じることになる。そして,Dの段階において,被控訴人会社の従業員は,被控訴人Cから開示された現在の売単価を前提として,派遣先と交渉するのである。この交渉に,直接又は間接的に被控訴人Cも関与する。このような交渉を経てGの派遣契約に至る。現在の売単価を前提とすることなく,当該契約交渉はあり得ないのであり,その意味で,従前の売単価を前提した契約交渉は使用にあたる。
(イ) 派遣社員との交渉における営業秘密の使用 被控訴人Cは,控訴人よりも被控訴人会社の方がいい条件となると述べている。派遣社員としては,現在の仕事はそのままで,派遣元が変わって条件が良くなるのであれば,移籍を希望するのは当然である。そして,上記派遣先との交渉がまとまった段階で,派遣社員との間で,正式に給料等の条件を交渉することになる。この段階においても,現在の給料が分からなければ交渉のしようがない(派遣社員が現在の給与を正確に被控訴人会社に述べるという保障はない。)。被控訴人Cの紹介であり,当然,被控訴人会社は現在の給与額が分かっており,現在の給与よりも上がると思うからこそ,本当の給与額を前提に交渉がなされるのである。
それゆえ,被控訴人Cの直接的関与と被控訴人Cから開示された現在の買単価なくして,移籍の交渉はあり得ない。この意味で,派遣社員との雇用契約の交渉段階において,被控訴人らが共同して営業秘密(現在の給与額)を使用しているといえる。
(3) 不正競争防止法2条1項7号該当性 ア 被控訴人Cは,控訴人に就業中に,人材派遣業において最も重要な秘密を競業会社である被控訴人会社の利益のために開示し,被控訴人会社と共同して使用したものであり,まさに不正競争防止法2条1項7号の典型的場面である。
イ 被控訴人Cの行為の著しい信義則違反 人材派遣業は,取り扱う対象が労働者であり,派遣先が優秀な人材を求めてさまざまな派遣業者と取引を行うため,シェアの取り合いが熾烈であるから,従業員は,他の業種以上に,競業会社に加担してはならないという信義則上の義務を負っている。しかるに,被控訴人Cは,自己が女性にだらしない行為をしておきながら,控訴人代表者に注意されたことを逆恨みして害意を生じ,当該義務に反して,控訴人に就業中に,自己が担当する派遣社員・派遣先に対して,詐術を用いて,自己の転職する被控訴人会社への移転を動機付け,そのうえで,競業会社に転職するとともに,控訴人の本社社員として業務上知った買単価・売単価を被控訴人会社に開示して,この情報を前提に被控訴人会社に交渉させたという,計画的かつ悪質なものであった。その結果,控訴人は,引き抜かれた派遣社員による利益すべてを失い,他方,被控訴人会社は,その利益すべてを得たのである。このような行為が許されるならば,人材派遣業を営む会社は,営業担当社員の引抜き,イコール,シェアの獲得ということになり,ひいては,人材派遣業全体の公正な競争を著しく害する結果となり,現在の流動的な労働関係にとり必要不可欠となっている人材派遣業の発展を妨げる結果を生ずる危険がある。
ウ まとめ 被控訴人Cのした行為は,著しい信義則違反の行為であり,職業選択の自由及び営業の自由を尊重したとしても,このような行為まで自由になし得るものではなく,不正競争防止法違反として責任を負わなければならない。
(4) 差止請求,損害賠償請求 ア 不正競争行為の継続・反復のおそれ 被控訴人Cは,現在も,本件営業秘密が記載された書面等を所持しており,被控訴人らは,今後,共同して,これを使用して派遣社員へのいわゆる引抜き行為,派遣先への派遣契約締結をするおそれがある。
控訴人が損害賠償の対象としている派遣社員22名について,被控訴人らが不正競争防止法2条1項7号及び8号に該当する行為を行ったことからすれば,上記派遣社員22名以外の派遣社員についても,被控訴人らが,これらの者に関する営業秘密を被控訴人会社の営業に利用し,又はこれを開示するおそれがある。
営業上の利益侵害されるおそれ 被控訴人会社への引抜き行為,派遣契約の奪取により,直接的に,売単価すなわち売上がなくなるのであり,今後もこのような不正競業行為が行われる可能性がある以上,営業上の利益侵害されるおそれは当然に存在する。
ウ 違法性 控訴人に対する背信性の高いこと,その方法が悪質かつ計画的であること,損害が重大であること,動機も反道徳的であること,社会的影響の大きいことからして,被控訴人Cの行為は,著しい信義則違反の行為であり,職業選択の自由及び営業の自由の観点から導かれる自由競争の原理を十分しん酌したとしても,到底正当化されるものではない。
エ 故意・過失 被控訴人Cは,控訴人代表者に害意を持ち,控訴人に損害を加える目的をもって,本件不正競争行為に及んでいるのであって,当然,故意を有する。
そして,被控訴人Cの不正競争防止法2条1項7号該当行為と後記被控訴人会社の同項8号該当行為とは,共同してなされたものであり,共同行為によって,控訴人の損害が生じたことから,民法719条により,被控訴人会社は被控訴人Cと連帯して損害賠償請求責任を負う。
4 被控訴人会社について (1) 悪意・重過失 前記3(2)に記載のとおり,被控訴人Cは,遅くともD派遣先に対して被控訴人会社を紹介した際,被控訴人会社に対し,重要な営業秘密である派遣就業情報を開示した。
被控訴人会社は,被控訴人Cと共同で,開示により知った売単価・買単価を使用して,派遣社員を引き抜き,かつ,控訴人と派遣先との契約を終了させ,これと同様の内容の派遣契約を締結しようとして,営業秘密を取得した。
したがって,被控訴人会社は,被控訴人Cが図利加害目的,特に不正競業目的で開示していることを当然知っている。
(2) 営業秘密の使用 被控訴人会社は,被控訴人Cから開示された本件営業秘密を使用し,F上記派遣社員22名を雇用し,G従前の派遣先との間で従前の派遣料金とほぼ同額で派遣契約を締結した。
(3) 不正競争防止法2条1項8号該当性 被控訴人会社の行為は,不正競争防止法2条1項8号の不正競争行為に該当する。
被控訴人会社は,競業会社の営業社員であることを知りつつ,被控訴人Cの採用を決定し(遅くとも平成10年1月),さらに,控訴人のシェアを奪うことになることを認識しながら,控訴人の派遣先及び派遣社員の買単価・売単価の開示を受けて,これを利用して交渉をし,控訴人の派遣社員・派遣先であることを知りながら,就職面接において被控訴人会社代表者が面談し,派遣社員として採用し,その派遣先と派遣契約を締結した。同行為は,控訴人に打撃を与えることを十分知りつつ,自己の利益のためだけに,被控訴人Cの就業中の派遣社員・派遣先への動機付け等についても熟知して,被控訴人Cと共同してなされたものであり,社会通念上,シェア拡大のための営業行為として許される限度を逸脱している。その結果,被控訴人会社は,被控訴人Cの移籍前(平成10年4月)には,人材派遣業の営業実態がなかったにもかかわらず,平成10年8月には,50人もの派遣社員を獲得し,平成13年には年商10億円を超えるほどになっているのであり,多額の利益を控訴人から奪った。
(4) 差止請求,損害賠償請求 ア 前記被控訴人Cに対する差止請求と同様,不正競争行為の継続・反復のおそれ,営業上の利益侵害されるおそれ,違法性が存する イ 被控訴人会社は,故意又は過失により,上記に述べた不正競争行為を行い,営業上の利益侵害し,控訴人に後記損害を生じさせたのであり,不正競争防止法4条により,損害賠償責任を負う。
そして,前記被控訴人Cの不正競争防止法2条1項7号該当行為と被控訴人会社の同項8号該当行為とは,共同してなされたものであり,共同行為によって,控訴人の損害が生じたことから,民法719条により,被控訴人会社は被控訴人Cと連帯して損害賠償請求責任を負う。
5 被控訴人Cの履行責任及び債務不履行責任(1)又は不法行為責任(1),被控訴人会社の不正競争防止法による責任 仮に,本件情報が不正競争防止法2条1項7号の保護を受け得ない営業秘密であるとしても,被控訴人Cは,誓約書及び就業規則により,契約上の守秘義務を負担しており,被控訴人Cのした本件情報の使用・開示行為は,契約上の守秘義務に違反したものとして,被控訴人Cは,控訴人に対し,債務不履行責任又は不法行為責任を負うものというべきである。
そして,被控訴人会社は,本件情報について,被控訴人Cが契約上の守秘義務に違反して開示するものであることを知って,若しくは重大な過失により知らないで本件情報を取得し,その取得した本件情報を使用したものであるから,上記被控訴人会社の行為は,不正競争防止法2条1項8号に規定する不正競争行為に該当する。
6 被控訴人Cの債務不履行責任(2)又は不法行為責任(2),被控訴人Cと被控訴人会社との共同不法行為責任 (1) 被控訴人Cの誠実義務 企業の従業員は,使用者たる企業に対し,雇用契約に付随する信義則上の義務として,就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(以下「誠実義務」という。)を負い,従業員が上記誠実義務に違反し,企業に対し損害を与えた場合には,雇傭契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づいて上記損害を賠償する義務があるというべきである。
企業の従業員は,退職後といえども,使用者たる企業に対し,雇用契約に付随する信義則上の義務として,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務を負い,従業員が上記誠実義務に違反し,企業に対し損害を与えた場合には,雇傭契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づいて上記損害を賠償する義務があるというべきである。
被控訴人Cは,その在職中は営業社員であり,@新規派遣社員の派遣先へのマッチング,Aすでに派遣した派遣社員と派遣先との契約継続のための調整が主な業務であった。Aの業務のためには,自己が担当する派遣社員の要望を聞き,派遣社員との間の意思疎通を図り,控訴人と派遣社員との契約をできるだけ継続するよう努力するとともに,派遣先と派遣社員との間にトラブルが発生すれば,これを解決し,あるいは,他の派遣社員を派遣先に派遣し,元の派遣社員を他の派遣先に派遣することにより,また,給与面について不満があるということであれば,控訴人において昇給の手続を取ることにより,職場が合わないというのであれば,派遣先の移動を検討することにより,より適切なマッチングを図ることが,任務であった。それゆえ,被控訴人Cは,派遣社員の他社への転籍希望を知ったならば,控訴人会社の利益維持のために転籍を思いとどまるよう対処すべきであり,また,派遣先が派遣契約移転を希望しておれば,控訴人会社の利益維持のために移転を思いとどまるよう対処すべき任務を負っている。
したがって,これに反して,営業社員として,自ら積極的に,担当する派遣社員に対して競業会社への転籍を動機付ける行為,派遣先に対して派遣契約移転を動機付ける行為は,上記任務違背行為であり,誠実義務違反である。
ところで,従業員は,職業選択の自由があり,転職先の条件等を比較考慮して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することができ,上記判断は尊重されなければならない。
したがって,従業員の引抜き行為が単なる転職の勧誘にとどまるなど,その手段・方法・態様等が社会的に相当であると認められる限りは,自由で公正な活動の範囲内として違法性を欠くとしても,その勧誘の態様が企業経営に重大な影響を及ぼすような一斉かつ大量の従業員を対象とするものであったり,あるいは,引抜きをしようとする従業員が業務上開示された有益な情報等を利用したり,詐術を用いたりするなど,その引抜き行為が単なる転職の勧誘の域を超え,社会的相当性を逸脱した不公正な方法で行われた場合には,引抜き行為を行った従業員は雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行責任又は不法行為責任を負うものというべきである。
また,被控訴人Cは,信義則上の義務としてだけでなく,誓約書及び就業規則上の義務としても誠実義務を負担しており,派遣社員の引抜き行為,派遣契約の被控訴人会社への移転行為が社会通念を逸脱し著しく信義則に反する場合,雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行責任又は不法行為責任を負うものというべきである。
(2) 被控訴人会社の責任 自由競争といえども,違法な行為に関与するなど,正当な競争行為の範囲を逸脱して競業者の営業に対する妨害行為を行うことは許されず,競業者に対し,不法行為責任を負う。
(3) 被控訴人らの行為 ア 光洋精工株式会社 被控訴人Cは,控訴人の営業社員でありながら,その在職中に,派遣先に定着している光洋精工株式会社(以下「光洋精工」という。)の派遣社員Zについて,控訴人に虚偽の報告をして,競業会社である被控訴人会社と共同して被控訴人会社に移籍させ,控訴人の派遣契約を終了させて控訴人の利益を奪ったのであり,誠実義務違反の責任を負う。
被控訴人Cは,控訴人の営業社員でありながら,その在職中に,派遣先に定着している光洋精工の派遣社員H,W,U,Y,I,V及びXの7名について,競業会社である被控訴人会社と共同して計画的に派遣社員を被控訴人会社に移籍する準備をし,控訴人の派遣契約を終了させる準備をしたうえ,業務上知った有用な情報である派遣就業情報を利用し,退職意思のない派遣社員に移籍を働きかけて控訴人からの退職を動機付け,他方,派遣先には「派遣社員が一斉に辞める可能性がある。」などと言うなどの詐術を用い,社会的相当性を逸脱した勧誘をし,退職後において,その派遣社員7名を,自己が就職した被控訴人会社に移籍させ,控訴人の派遣契約を終了させて,控訴人の利益を奪ったのであり,誠実義務違反の責任を負う。
被控訴人会社は,被控訴人Cの上記行為を認識しながら,被控訴人Cと共謀の上,被控訴人Cの行為を利用して,競争関係にある控訴人から,計画的に上記派遣社員8名を移籍させ,派遣先との派遣契約を移転させ,もって多大な利益を奪ったのであり,正当な競争行為の範囲を逸脱しており,不法行為責任を負う。
イ 有限会社アレスクリエイション 被控訴人Cは,平成10年1月,2月までの間に,被控訴人会社への移籍の勧誘を目的として,有限会社アレスクリエイション(以下「アレスクリエイション」という。)のK,β及びLに対し,控訴人を辞めるということを話し,被控訴人会社に移籍すれば,待遇が良くなる,控訴人が派遣社員を商品扱いしているなどと述べて,控訴人から被控訴人会社への移籍を勧誘し,アレスクリエイションの代表者に対して,「Cはサンワコーポレーションを退職する。K,β,Lは辞めたいと述べている。」と述べた。アレスクリエイションの代表者は,被控訴人Cから被控訴人会社の営業担当者であるN進(以下「N」という。)を紹介され,Nから被控訴人会社が同女らを引き取りアレスクリエイションへの派遣を継続する旨言われた。同女らは,いずれも控訴人を平成10年3月20日に退職し,翌21日,被控訴人会社に就職し,控訴人とアレスクリエイションとの派遣契約も同年3月20日に終了し,翌21日,アレスクリエイションと被控訴人会社との間で派遣契約を締結した。
被控訴人会社代表者は,同年2月末,被控訴人Cと被控訴人会社従業員Nが連携して,アレスクリエイションのKら上記3名を,派遣先をアレスクリエイションとして,被控訴人会社に移籍させることを知りながら,これを了承し,派遣社員の移籍・派遣契約の締結を行った。その際,派遣社員との雇用契約,派遣先との派遣契約において,被控訴人Cから,売単価・買単価について開示を受けてこれを使用したことは確実である。なお,Nの紹介の際,すでに誰がどこに派遣されているかという情報について,被控訴人Cが被控訴人会社従業員Nに対して開示していることは当然である。
したがって,被控訴人Cは,控訴人の営業社員でありながら,その在職中に,派遣先に定着しているアレスクリエイションの派遣社員K,β及びLについて,控訴人に虚偽の報告をして,競業会社である被控訴人会社と共同して上記派遣社員3名を被控訴人会社に移籍させ,控訴人の派遣契約を終了させて控訴人の利益を奪ったのであり,誠実義務違反の責任を負う。
被控訴人会社は,被控訴人Cの上記行為を認識しながら,被控訴人Cと共謀の上,被控訴人Cの行為を利用して,競争関係にある控訴人から,計画的に派遣社員3名を移籍させ,派遣先との派遣契約を移転させ,もって多大な利益を奪ったのであり,正当な競争行為の範囲を逸脱しており,不法行為責任を負う。
ウ 光洋リンドバーグ Gは,平成9年7月に控訴人に就職し,同年9月1日から,光洋リンドバーグに派遣されていたところ,被控訴人Cは,控訴人退職後間もないにもかかわらず,特に個人的に親しくもなかったGに対して,自己の保有する派遣就業情報を使用して,給与増額を提示しつつ,何ら退職意思のないGに移籍を勧誘し,もって,自らの手配により派遣先をそのままにGを移籍させ,控訴人の派遣契約を終了させて控訴人の利益を奪ったのであり,誠実義務違反の責任を負うものというべきである。
また,被控訴人会社は,被控訴人Cの上記行為を認識しながら,被控訴人Cと共謀の上,被控訴人Cの行為を利用して,競争関係にある控訴人から,Gを移籍させ,派遣先との派遣契約を移転させ,もって控訴人の多大な利益を奪ったのであるから,自由競争の範囲を逸脱しており,不法行為責任を負う。
エ その他 住友金属,株式会社テクノシーエー(以下「テクノシーエー」という。),高松建設株式会社(以下「高松建設」という。),日本コムシンクらの派遣先の各派遣社員についても,同様の方法により移籍を勧誘して移籍させ,もって,誠実義務違反の行為もしくは不法行為を行ったことは明らかであるというべきである。
(4) まとめ 被控訴人Cの上記各義務違反において,被控訴人Cが移籍させ,又はその準備行為をした派遣社員は大量であり,業務上知った有用な情報である派遣就業情報を利用しており,退職意思のない派遣社員に移籍を働きかけて控訴人からの退職を動機付け,他方,派遣先には「派遣社員が一斉に辞める可能性がある。」などと詐術的方法を用いており,社会的相当性を逸脱している。そして,派遣先と派遣社員を同時に奪い取る行為は,派遣元の会社の存立を脅かしかねない重大な結果をもたらす悪質な行為である。
被控訴人会社は,被控訴人Cの引抜き行為によって作出された違法な状態を認識し,被控訴人Cと共謀の上,上記違法状態を利用し,競争関係にある控訴人からシェアを奪い,利益を得る目的で,派遣社員を自社に移籍させ,従前の派遣先との間で従前の派遣料金とほぼ同額で派遣契約を締結し,控訴人の従業員22名を雇用し,派遣先8社との間の派遣契約を移転させ,控訴人に損害を与えた。同行為は,正当な競争行為の範囲を逸脱した控訴人の営業に対する妨害行為というべきである。
したがって,被控訴人らは,控訴人に対し,同不法行為によって控訴人に生じた損害を連帯して賠償する義務がある。
(5) 控訴人の雇用条件が悪いとの点について 被控訴人の主張のうち,法律違反,脱法行為,不法利益があったとの主張は,民訴法157条1項に基づく時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。また,禁反言の原則により,被控訴人Cが担当者として決めていた買単価価額を法律違反であると主張することはできない。
7 損害 (1) 控訴人の損害賠償請求の損害額算定の対象となる派遣社員は,訴えの変更により損害賠償の対象として追加したD,G,E及びF,原判決で被控訴人会社に就職した者として認定された派遣社員18名(原審で損害額の主張をしていなかったGを含む。)のほか,当初から損害額算定の対象としていたJとの合計22名となる。控訴人が被った損害は,派遣社員22名(P,Q,R,S,T,D,U,V,W,X,Y,H,Z,I,α,J,K,β,L,G,E及びF),派遣先7社(住友金属,光洋精工,テクノシーエー,高松建設,アレスクリエイション,光洋リンドバーグ及び日本コムシンク)に関する平成14年6月7日までの逸失利益の合計1億7112万9589円(別表Aの表T-1記載のとおりに弁護士費用1500万円及び無形損害3000万円を加えた2億1612万9589円であり,その範囲内である1億3846万4155円及び内1億2482万5142円(上記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する逸失利益損害額1億5427万1962円と損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損害額1685万6627円との割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する損害内金請求額としたもの)に対する訴状送達の日の翌日である平成11年2月9日から,内金1363万9013円(上記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,上記括弧書と同様の割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する損害内金請求額としたもの)に対する本件訴えの変更等申立書送達の日の翌日である平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金(別紙「内金請求額一覧表」中請求@欄記載のとおり)の請求が認められるべきである。
(2) 仮にそうでないとしても,口頭弁論終結時の平成14年7月26日までの損害は逸失利益の合計1億4414万3854円(別表Bの表T-1記載のとおり)に弁護士費用1500万円及び無形損害3000万円を加えた1億9814万3854円であり,その範囲内である1億3846万4155円及び前同様の遅延損害金の請求が認められるべきである。
(3) 仮に上記の請求が認められない場合には,次のとおりの損害及びこれに対する遅延損害金を予備的に主張する。
すなわち,被控訴人会社に移籍した派遣社員がその後被控訴人会社も派遣先も辞めている旨被控訴人らが主張した派遣社員9名(Q,R,S,D,W,β,L,G及びE)について当該被控訴人らの主張が認められた(ただし,W,G及びEの3名が被控訴人会社も派遣先も辞めていることについては控訴人はこれを争わない。)場合の予備的請求として,別表Aの表T-2「口頭弁論終結時」欄記載の損害額1億4209万8121円と弁護士費用1500万円及び無形損害3000万円を合計した損害合計1億8709万8121円の内金である1億3846万4155円及び内金1億2877万9708円(前記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する逸失利益損害額1億3215万9508円と損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損害額993万8613円との割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成11年2月9日から,内金968万4447円(前記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,上記括弧書と同様の割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について損害賠償を請求する(別紙「内金請求額一覧表」中請求A欄記載のとおり。
もっとも,控訴の趣旨としての請求は内金1億2482万5142円に対する前同の平成11年2月9日から,内金1363万9013円に対する前同の平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求である。)。
(4) 口頭弁論終結時までの逸失利益が認められない場合の予備的主張として,同別表Aの表T-1「3年分の損害額」欄記載の損害額1億3241万5870円と弁護士費用1500万円及び無形損害3000万円を合計した損害合計1億7741万5870円の内金である1億3846万4155円及び及び内金1億2364万6443円(前記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する逸失利益損害額1億1824万5414円と損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損害額1417万0456円との割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成11年2月9日から,内金1481万7712円(前記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,上記括弧書と同様の割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の請求を主張する(別紙「内金請求額一覧表」中請求B欄記載のとおり。もっとも,控訴の趣旨としての請求は内金1億2482万5142円に対する前同の平成11年2月9日から,内金1363万9013円に対する前同の平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求である。)。
(5) さらに,被控訴人会社に移籍した派遣社員がその後被控訴人会社も派遣先も辞めている旨被控訴人らが主張した派遣社員9名(Q,R,S,D,W,β,L,G及びE)について当該被控訴人らの主張が認められ(ただし,W,G及びEの3名が被控訴人会社も派遣先も辞めていることについては控訴人はこれを争わない。),かつ,口頭弁論終結時までの逸失利益が認められない場合の予備的主張として,同別表Aの表T-2「3年分の損害額」欄記載の損害額1億1120万1877円と弁護士費用1500万円及び無形損害3000万円を合計した損害合計1億5620万1877円の内金である1億3846万4155円及び内金1億2784万6907円(前記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する逸失利益損害額1億0267万5064円と損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損害額852万6813円との割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成11年2月9日から,内金1061万7248円(前記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,上記括弧書と同様の割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について損害賠償を請求する(別紙「内金請求額一覧表」中請求C欄記載のとおり。もっとも,控訴の趣旨としての請求は内金1億2482万5142円に対する前同の平成11年2月9日から,内金1363万9013円に対する前同の平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求である。)。
(被控訴人ら) 1 本件情報の管理体制 (1) 秘密管理性の法的解釈 本件情報は,派遣社員のプライバシーに属する個人情報であるため,労働派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(平成11年法律第84号による改正後のもの。以下「労働者派遣法」という。)において,派遣元企業に適切な管理が義務づけられている(労働者派遣法24条の3,4。労働省告示137号の2の10)。
派遣会社が本件情報のような派遣社員の個人情報を管理することは,派遣社員のプライバシー保護の見地から法が要求していることであり,どの派遣会社でも適正な管理をすることは当然のことである。これをもって営業秘密として管理していることにはならない。
本件情報のような派遣社員の個人情報について安易に秘密管理性を認めて営業秘密として保護することは,派遣社員の自由な転職,移籍の機会を奪い,同業者間の自由競争を阻害し,その結果,派遣社員の労働条件を悪化させ,労働者派遣法が強く保障している派遣社員の保護の趣旨を没却することになる。
よって,本件情報の営業秘密としての秘密管理性の要件は,他の情報に比して,厳格に解釈されねばならない。
(2) 本件情報の管理状況 本件情報の管理状況は,一般的な態様にすぎず,不正競争防止法の営業秘密としての秘密管理性の要件を充足していない。
ア 本件情報が記載されている控訴人の内部文書や上記文書が保管されているキャビネットの扉にマル秘の表示が一切なされていなかった。
イ 控訴人においては,営業活動上有用な情報から営業秘密を選定して特定するために,企業においてごく一般的に設置される委員会等の組織も存在しない。
営業秘密規程,企業秘密規程等を制定するという形での,ごく一般的な管理手段もとられていない。
エ 本件情報は,役職を問わず,内勤の従業員であれば誰でも日常の業務の中で取り扱っている情報であって,情報へアクセスする者が特段に限定されていない。
オ 本件情報は,キャビネットに保管されていない「派遣移動報告書」,「営業日報」等にも記載されていることからも明らかなとおり,日常業務の中で日々発生する一般的な業務上の情報にすぎない。
カ 本件情報をメモ等に書き留めることなど一切禁止されていなかった。ほとんどの営業マンは,本件情報を手帳等にメモして日常の仕事を行っており,メモなくして円滑に営業の仕事をすることがおよそ困難なことであった。
キ 本件情報は,同業他社が派遣社員や派遣先企業から容易に聞き出せる情報であって,その性質上,営業秘密として管理することに親しまない情報である。
ク 入社時において,控訴人が主張するような厳重な指導など一切行われていなかった。従業員のアンケートの回答者の大部分は,被控訴人Cが退職以後に控訴人に入社した者であり,控訴審で提出した証拠は,いずれも被控訴人C在職当時の本件情報の管理状況を証明するものではなく,本件訴訟以後に控訴人が急きょ本件情報の管理体制を改めたことを示している。
ケ 日常業務における指導,訓戒等の中で,被控訴人Cは,本件情報が秘密であるという話など一切聞かされたことはなかった。本件情報が機密事項であることが周知徹底されていたという控訴人の主張は,全くの虚偽の主張である。
コ 履歴書原本を自分の席の上に放置しないよう徹底指導していたということも一切ない。派遣契約が成立するまでの間は,履歴書原本は営業マンの机の上に置かれているのが日常の状況であった。
サ 外部からの電話の際に,派遣社員の派遣先企業を教えないのは事実であるが,これは,控訴人が主張するような配慮からではない。派遣社員は,金融機関からローンをする際に派遣元企業を勤務先にしている場合がほとんどであり,不用意に外部からの電話で派遣先企業を教えると派遣社員に迷惑がかかることにもなるため,それを教えないだけである。
シ 派遣先企業への派遣社員の個人情報の開示については,労働者派遣法の規制は厳格であって,派遣社員を特定することを目的とする行為が禁止されており,派遣先企業が派遣社員と事前に面接することも禁止されている(労働者派遣法26条7項。労働省告示第138号の第2の3,4)。控訴人が独自の様式の「経歴書」を作成しているのは,労働派遣法でこのような規制があるからにほかならない。
ス 営業マンは,日常,営業本来の仕事をしているのであって,オフコンを操作したり,キャビネットからファイルを出し入れする必要もない。そのための補助者として営業事務担当者(女性社員)がいるから,営業マンは,営業事務に指示して書類の出し入れ等をさせているのである。
セ 給与,賞与等の査定資料は,個人のプライバシーに属するものであって,上記取扱いに一定の配慮をするのは,どこの会社でもなされている当然のことである。営業秘密として管理するためのものではない。
(3) 相対的な秘密管理性論 労働者派遣法における個人情報の管理義務は,派遣社員のプライバシー保護のためのものである。これに対し,不正競争防止法の営業秘密の要件である秘密管理性は,営業秘密を保有している企業を保護するための要件であり,全く立法趣旨を異にし,各管理の実態,程度等につき同列に議論すべきではない。本件情報のような派遣社員の個人情報について,安易に秘密管理性を認めて営業秘密として保護するようなことになれば,派遣社員の自由な就職の機会を奪い,また同業者間の自由競争を阻害し,ひいては派遣社員の労働条件を悪化させてしまうことにもなる。労働者派遣法において,人材派遣業が個人情報のプライバシー保護を求められている業種という特殊性からみて,本件情報のような人材派遣業における個人情報については,プライバシー保護のための管理と峻別するため,控訴人主張とは逆に,秘密管理性の要件に必要とされる客観的措置は,厳格に解釈されるべきである。
(4) 背信的悪意者論 被控訴人Cは,本件情報が秘密であることを熟知などしていない。よって,控訴人が主張する背信的悪意者論は失当である。
2 被控訴人Cの履行責任及び債務不履行責任(1)又は不法行為責任(1),被控訴人会社の不正競争防止法による責任 (1) 本件情報は,単なる一般的な業務上の情報にすぎず,誓約書や就業規則にいう機密事項に該当しない。
また,被控訴人Cは,本件情報を使用も開示もしたことがない以上,被控訴人Cに対する守秘義務の不履行に基づく請求は認められない。
(2) 控訴人は,被控訴人Cの行為が契約上の守秘義務に違反すれば,本件情報が営業秘密の要件を充足していない場合でも,被控訴人会社の行為は不正競争防止法2条1項8号に該当すると主張するが,これは明らかに同号の解釈を誤っている。すなわち,同号の不正開示行為の客体が営業秘密である以上,同法2条4項の各要件(非公知性,有用性,秘密管理性)を充足しない限り,同号に該当することはあり得ない。
3 被控訴人Cの債務不履行責任(2)又は不法行為責任(2),被控訴人Cと被控訴人会社との共同不法行為責任 (1) 誠実義務の内容について ア 控訴人は,営業社員たる被控訴人Cには,同人の退職予定を契機として他社への転籍を希望する派遣社員に対し,これを思いとどまるよう対処すべき義務まで含まれているかのごとく主張する。
しかしながら,以下の理由により,通常の企業においてさえ,このような義務は,従業員の誠実義務の内容となり得ない。
職業選択の自由(転職の自由)は,憲法上保障されている権利であって,通常の企業においても最大限に保障されなければならない。誠実義務の内容として,自ら退職の意思を有している被控訴人Cのような立場の従業員に対し,控訴人が主張するような義務を課することは,とりもなおさず退職を希望している双方の従業員の転職の自由(転職先の条件等を比較考慮して自由な判断に基づいて転職を決定する自由)を奪う結果となる。
ましてや,厳格な規制の下で認可されている労働者派遣業においてはなおさらである。すなわち,@派遣社員が,通常の企業の従業員に比べて,劣悪な雇用条件の下で就労することを余儀なくされている現実にあること,A派遣社員保護の見地から,労働者派遣法が厳格な規制を加えて転職の自由を最大限に保障していること(派遣社員の雇用制限の禁止に関する同法33条,労働者派遣の期間に関する同法35条の2,40条の2等),B派遣社員の場合,憲法22条及び職業安定法2条の趣旨から二重登録さえ認められるべきとする見解が有力であることからして,控訴人の主張するような義務は,労働者派遣業の営業社員の誠実義務の内容となり得ない。
営業社員にこのような義務を課し,自ら移籍を希望している派遣社員に対し,移籍を思いとどまるよう強く働きかけさせることは,派遣社員の転職の自由を不当に奪い,ひいては労働条件が劣悪な下で労働を強いることを意味する。これは,まさに派遣社員の保護の見地から労働者派遣事業に種々の規制を加えている法の趣旨にも反することになる。
以上のとおり,誠実義務の内容に関する控訴人の上記主張は,派遣社員の転職の自由を無視して,派遣社員を隷属させてまで派遣元企業の利益を守るべきであるとの発想に立脚した,労働者派遣法の趣旨を大きく逸脱した主張であるといわなければならない。
(2) 被控訴人Cが引抜き行為をしていないこと ア 派遣社員が移籍するに至った背景 派遣社員が移籍するに至った背景は,@定着性が予定されていない労働者派遣業の特殊性,A控訴人の雇用条件が同業他社と比較して悪いこと,B被控訴人Cが,派遣社員からの信頼が厚い担当者であったことである。
(ア) 労働者派遣業の特殊性 労働者派遣業は,長い間法律で禁止されてきたが,近年,社会的需要から労働者派遣法により厳格な規制の下で認可されるようになった。
労働者派遣法は,派遣社員保護の見地から,1年を超える派遣契約や派遣元企業において派遣先が派遣社員を雇用することを禁止する契約をいずれも禁止し(同法33条,35条の2,40条の2),派遣元企業が派遣社員を長期間拘束することを基本的に認めていない。
派遣社員は,賞与も有給も社会保険もない不安定な立場にあり,その関心事は,給与(買単価)等の雇用条件であり,多くの派遣社員は,定着性がなく,登録中であっても,より有利な雇用条件を求めて他社へ面接に行き,契約期間中であっても別の派遣会社へ移籍しているのである。
さらに,控訴人が損害(被侵害利益)として主張する売単価と買単価の差額の中には,労働基準法等に違反した違法行為や脱法行為による利益も含まれているのである。
以上のとおり,労働者派遣法の上記各規定,業界における派遣社員の現状,控訴人の利益の中に違法行為や脱法行為による利益も含まれていることを考えれば,控訴人と派遣先との契約関係から生じる利益は,派遣社員の転職の自由等の関連においては,強く保護すべき性質の利益といえない。控訴人の主張は,派遣元企業の利益のみを強調するものであって,派遣社員の保護の観点を看過し,労働者派遣法や労働基準法等の法律の趣旨にも反し不当である。
(イ) 控訴人の雇用条件が悪いこと 控訴人においては,同業他社に比べて,派遣社員の雇用条件が悪く,毎月5〜10名の派遣社員が退職する状況にあった。
控訴人は,@買単価を同業他社よりも不当に低く設定し,A労働基準法等に違反して,多くの派遣社員に残業等の割増賃金を支給せず,割増賃金を支給する場合であっても,法定の算定基準を無視して違法に安くし,B脱法行為によって,多くの派遣社員を社会保険に加入させない等により,違法,不当に利益を上げていたのである。
そして,異常な性格の持ち主である控訴人代表者のワンマン経営の影響もあって,派遣社員以外の本社社員も入退社が激しかった。
a 控訴人の派遣社員の類型 控訴人の派遣社員は,契約社員と正社員待遇の派遣社員とに分類されるが,大部分は契約社員で,正社員待遇の派遣社員は全派遣社員の1割程度にすぎない。本件派遣社員22名中,17名は契約社員で,正社員待遇の派遣社員はU,V,X,Z及びαの5名にすぎない。さらに,契約社員には,業務委託契約を締結している者と雇用契約を締結している者の2種類があり,本件契約社員17名のうち,P,R,T,D,H,I,J,K,β,L,G及びEの12名は前者の契約社員であり,Q,S,W,Y及びFの5名は後者の契約社員である。
契約社員の場合は,派遣先との契約が終了すれば原則として控訴人との契約も終了し,賞与や通勤交通費を支給されず,有給休暇もない。このうち,雇用契約を締結している者は,社会保険に加入し,控訴人が保険料の半分を負担するのに対し,業務委託契約を締結している者は,社会保険に加入できない。
なお,正社員待遇の派遣社員の場合は,派遣先との契約が終了しても,控訴人に引続き雇用され,社会保険に加入し,賞与や通勤交通費を支給され,有給休暇もある。
b 社会保険法又は職業安定法違反 控訴人は,社会保険料の負担を免れるため,実質は雇用契約関係であるにもかかわらず,大部分の契約社員とは業務委託契約を締結するという脱法行為をしていた。
すなわち,契約社員である派遣社員といえども雇用契約関係がある以上,社会保険への加入が義務づけられおり,その保険料の半分は事業主である控訴人が負担することが義務づけられている(厚生年金保険法82条1項,健康保険法72条等)。しかし,控訴人は,実質は雇用契約関係があるにもかかわらず,契約社員とは雇用契約ではなく,業務委託契約を締結することを採用の基本方針とすることで,つまり脱法行為をすることによって,多額の社会保険料の負担を免れていたのである。これは,厚生年金保険法,健康保険法等違反である。
仮に業務委託契約を締結していた契約社員の中に,実質的にも業務委託契約関係にある者が含まれていたとすれば,控訴人は,自ら雇用しない労働者を派遣する「労働者供給事業」をしていたことになる。これは,職業安定法44条で禁じられている犯罪行為(同法64条8項)であり,その利益を取得することは労働基準法6条違反である。
c 労働基準法違反 使用者は,労働者に,残業については2割5分以上の割増賃金を,休日出勤については3割5分以上の割増賃金を支払わなければならない(労働基準法37条,労働基準法第37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令)にもかかわらず,控訴人は,法律に違反して,契約社員のうちの多くの者に対し,残業等による割増賃金を支給しなかった。Eなどは,残業,休出時額が通常時額よりも安く設定されていた。
法律に違反した算定基準により,残業等による割増賃金を違法に安く抑えていた。すなわち,労働基準法37条,労働基準法施行規則21条により,割増賃金は,「家族手当」,「通勤手当」,「別居手当」,「子女教育手当」,「住宅手当」,「臨時に支払われた賃金」,「1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」を除外した金額を,算定の基礎にしなければならないにもかかわらず,控訴人は,上記以外の「業務手当」,「精勤手当」,「特別手当」も「基準外給与」として,これらの手当を違法に算定の基礎から除外し,残業による割増賃金を違法に安く抑えていた。
Xの平成10年7月の給与では,本給28万4280円から家族手当8000円を除外した27万6280円を算定の基礎にし,控訴人所定勤務時間の166時間で割った1664円が残業割増賃金の算定の基礎となる時額である(同規則19条4号)。この時額に2割5分の割増をした時額2080円に残業時間44.5時間を乗じた9万2560円が法律が規定する最低の残業手当の金額である。にもかかわらず,控訴人は,残業手当を6万2968円(時額1415円)しか支給しないことで,2万9592円も違法に利得していたのである(Xについて,光洋精工から平日時間外時価単価5200円に残業時間44.5時間を乗じた23万1400円が残業代として別途支払いされている。)。
控訴人は,雇入れの日から6か月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した契約社員には,最低10日の,1年増加するごとに1日を増やした日数の有給休暇を付与する義務を負っているにもかかわらず,契約社員全員に対し,有給休暇を一切与えなかった。これは,労働基準法39条違反である。
控訴人は,正社員待遇の派遣社員の時間外労働等に対しては,形式的には労働基準法所定の割合による割増賃金を支給していたが,実質は,法律上は基準給与にしなければならない各手当を基準外給与として算定の基礎から除外することで,割増賃金の支給金額を安く抑えていた。これは,労働基準法37条,同法施行規則21条違反である。
d 控訴人が不当に利益を搾取していたこと 控訴人は,派遣料金(売単価)に対し,派遣社員の基本給(買単価)を不当に安く抑えることで,利益を上げていた。
光洋精工に派遣されていたIの売単価は月額60万0400円,通勤定期代2万3570円であるのに対し,Iの給与(買単価)は通勤費用も含めて37万円であり,控訴人は売単価の4割以上の粗利益を得ていた。
Xは,33歳(平成9年6月)当時,妻と子3人がいたにもかかわらず,毎月の給与の手取りが18万5000円程度であった。Xは,控訴人から借金をしなければ生活することができず,アルバイトをして生計を立てていた。
控訴人は,一部の正社員待遇の派遣社員には退職金を支給していたが,その金額を不当に安く抑えることで,利益を上げていた。控訴人は,約11年間勤務していたXに30万9400円の退職金しか支給しなかった。
控訴人は,派遣先から別途支払いされている派遣社員の時間外労働等に対する割増代金について,派遣社員に支給する割増賃金を不当に安く抑え,派遣社員が残業や休日出勤等をすればするほど,時間外労働等に対する割増代金から不当に利益を上げることが可能であった。正社員待遇の派遣社員であるVの場合,派遣先の光洋精工は,控訴人に,時間外につき時額4940円,深夜につき時額6080円,休日につき時額5510円,休日深夜につき時額6650円の割増代金を支払っていた。しかし,控訴人は,Vに,時間外につき時額1355円,深夜につき時額1626円,休日につき時額1463円,休日深夜につき時額1734円の割増賃金しか支給しなかった。契約社員のWの場合も,派遣先の光洋精工は,控訴人に,時間外につき時額4940円,深夜につき時額6080円,休日につき時額5510円,休日深夜につき時額6650円の割増代金を支払っていた。しかし,控訴人は,Wに,時間外につき時額2880円,深夜につき時額3544円,休日につき時額3210円(基本時額2215円×1.45),休日深夜につき時額3880円(基本時額2215円×1.75)の割増賃金しか支給しなかった(契約社員の場合,正社員待遇の派遣社員の場合と異なり,基本時額に派遣先が支払う割増率を乗じた額が控訴人から支給されていた。)。
控訴人は,光洋精工から別途支払いされている交通費についても,契約社員に対しては一切交通費を支給しない扱いにより,不当にこれを搾取して利益を上げていた。
(ウ) 被控訴人Cが,派遣社員からの信頼が厚い担当者であったこと 派遣社員の担当者は,派遣社員の日常の不満を聞いたり,雇用条件等の相談に乗ったりする立場にあり,この点,被控訴人Cは,従来の担当者とは違い,派遣社員の不満をよく聞き,希望をよく聞き入れたため,派遣社員からの信頼が厚かった。PやXは,被控訴人Cにより給与を上げてもらう等の恩恵を受けていた。
イ 被控訴人Cは親しい派遣社員に退職話をしたにすぎないこと (ア) 引抜き行為とは,退職意思もない社員に対し,雇用条件を説明したり利益誘導をする等して,転職を動機付けさせる行為をいうところ,被控訴人Cは,このような行為をした事実はない。
控訴人は,被控訴人Cが計画的に派遣社員を移籍させたかのごとく主張するが,この主張は,証拠に基づかない,控訴人代表者が控訴人設立の際に利益誘導を用いて派遣社員を引き抜いた体験や推測に基づくものにすぎない。本件の派遣社員の移籍は,被控訴人Cの退職を契機とした,派遣社員らの自発的な意思によるものである。
被控訴人Cは,派遣社員に対して近々控訴人を退職するかもしれない旨話しただけである。その話も,被控訴人Cが担当する派遣社員120名(原判決添付の別紙目録参照)のうち親しい5名の派遣社員に対してだけである。具体的には,アレスクリエーションに派遣されていたK,β及びL,住友金属に派遣されていたP,光洋精工に派遣されていたXに雑談等の中で退職を考えていると話したにすぎず,被控訴人Cは,同人らに対しても,移籍を働きかけたりしていない。被控訴人Cが,在職中にアレスクリエーションに派遣されていたK,β及びLの3人,光洋精工に派遣されていたZに,被控訴人会社のNを紹介したのは,すでに自発的な退職を示している者に対し,単に転職先の一つとして紹介しただけのことであるから,社会的に相当な行為である。被控訴人Cの退職話を聞いたK,β及びLは,被控訴人Cが控訴人を退職するかもしれない旨聞き,不安感を抱き,自分たちも退職を希望する旨述べた。Kらは,被控訴人Cの紹介で控訴人に就職した者であり,被控訴人Cと信頼関係があったから,被控訴人CがKらに退職話をすることも,同女らが,被控訴人C退職後の控訴人に在籍することに不安感を抱くのも当然である。被控訴人Cが営業担当者となってから,PやXは,給与が上昇する等の恩恵を受けたのであるから,被控訴人Cが退職すれば,控訴人ではこれ以上の待遇改善が望めなくなるのではないかと感じるとともに,もし被控訴人Cが同業他社に行くことになり,これに付いていけば,今以上に悪くなることはないだろうし,待遇改善も望めるのではないかという漠然とした期待感を抱いた。そして,PやXのこのような期待感は,住友金属や光洋精工に派遣されていた他の派遣社員に伝わっていき,住友金属や光洋精工の派遣社員ら全体が期待感を抱く雰囲気になっていったのである。
(イ) 以上のとおり,被控訴人Cの退職の話が,結果として,直接又は間接的にその話を聞いた派遣社員の移籍を動機付けることになったとしても,その移籍は,派遣社員の自発的意思に基づくというべきものである。被控訴人Cから移籍を勧誘したわけではない以上,被控訴人Cの行為を引抜き行為と解する余地はない。
また,派遣社員が従前の派遣先に継続して就業することになったのは,派遣先の方から強く希望されたからであり,被控訴人Cが派遣先に働きかけたからではない。
ウ その他の派遣社員移籍の経緯は,被控訴人Cの退職話とは全く無関係である。
(ア) Zについて 光洋精工に派遣されていたZは,平成10年2月末ないし3月初旬頃,被控訴人Cの退職と関係なくすでに退職を強く決意しており,Zの方から自発的に被控訴人会社へ移籍した。
(イ) αについて テクノシーエーに派遣されていたαは,被控訴人Cの移籍から約半年後,自分から被控訴人会社に面接に来て,同社に移籍した。αが被控訴人会社に面接に来たのは,控訴人の雇用条件が悪く,これに不満を抱いていたからである。
(ウ) Jについて 高松建設に派遣されていたJは,控訴人を退職(平成10年3月31日)後,約4か月間別の仕事(コンビニエンスストアーでアルバイト)をしながら,自分から被控訴人会社に面接に来て,同社へ移籍した。
(エ) E及びFについて 日本コムシンクに派遣されていたE及びFは,被控訴人C退職後,後任の営業担当者ともめて,控訴人を退職しようとしたため,派遣先が被控訴人Cに懇願して,移籍に至った。
なお,Eが控訴人を退職した時期は,被控訴人Cの移籍の約1年後の平成11年4月30日である。
(3) 被控訴人Cの行為は社会的相当性があり適法であること ア 従業員は,憲法22条の職業選択の自由が保障され,転職先の条件等を比較考慮して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することができるのであり,この判断は最大限尊重されねばならない。とりわけ,賞与も有給も社会保険も保障されない不安定な立場にある派遣社員の転職,移籍の自由は,通常の企業のそれと比べ,特に強く保障されねばならない。以上からすれば,派遣社員の移籍については,著しく社会的相当性を逸脱した不公正な方法という違法性の要件も,通常の従業員の場合と比して,厳格に解されなければならない。
著しく社会的相当性を逸脱した不公正な方法であり違法と評価するためには,例えば,勧誘の態様が会社の存立を危うくするような一斉かつ大量の従業員を対象とし,幹部従業員がその地位,影響力を利用して,会社の将来性といった本来不確実な事項についてこれを否定する断定的判断を示したり,会社の経営方針といった抽象的事項についてこれに否定的な評価をしたり,批判したりする等し,計画的に,また,あからさまな利益誘導をして勧誘するなどの事情が必要である。
イ 被控訴人Cは,派遣社員の移籍について,著しく社会的相当性を逸脱した関与をしていない。
被控訴人Cが,派遣社員の移籍に何らかの関与をしたとしても,その手段,方法,態様が著しく社会的相当性を逸脱しない限りは,上記関与は自由で公平な活動の範囲内として適法である。
(ア) 本件派遣社員の移籍が計画的に進められたものではないこと 被控訴人Cは,控訴人退職に向けて就職活動をし,被控訴人会社に就職が決まるとすぐに,控訴人に退職の意思表示をした。ところが,退職の意思表示をした直後,被控訴人Cは,控訴人から,思いもかけず,次長職にするとの話を持ち出されたため,数日間,控訴人を退職すべきか否か真剣に迷った。この時期に至って迷っている事実は,とりもなおさず,本件移籍が計画的に進められたものでなかったことの現れである。被控訴人Cが退職の意思表示から正式な退職までに16日間も要した事実は,本件移籍が計画的に進められたものでなかったことを裏付けている。
(イ) 被控訴人Cは利益誘導をしていないこと 単なる転職の勧誘は,社会的相当性を逸脱しない限り適法である。
控訴人には当時400名を超える派遣社員がいたにもかかわらず,被控訴人Cから利益誘導を受けた者やこれを拒絶した者が誰一人として出ていないことは,被控訴人Cがあからさまな利益誘導をして引抜き行為をしていないことを示している。
(ウ) 被控訴人Cは名誉毀損的な言辞をしていないこと 被控訴人会社に移籍した派遣社員誰一人としてそのような事実を述べていないことからも,上記主張が事実でないことは明らかである。
(エ) 被控訴人Cは派遣先企業と具体的な交渉をしていないこと 被控訴人Cが,派遣先企業に対し,売単価・買単価を始めとする派遣契約についての具体的交渉を何もしていない。派遣社員の派遣先が,従前と同一の企業であるのは,派遣先企業が一定の経験と技術を有する派遣社員に辞められると困るため,被控訴人Cに派遣を続けてほしいと懇願してきた結果にすぎない。被控訴人Cからの積極的な働きかけによるものではない。
(エ) 控訴人に多大な損害を与えたとはいえないこと 控訴人が主張する損害(被侵害利益)の中には,違法,不当な利益が含まれており,しかも本件においては,1年弱という期間に,400名を超える派遣社員のうち,わずか22名(うち12名は,控訴人と雇用契約さえ締結していない者である。)が移籍したにすぎず,その22名には,被控訴人Cの移籍と全く無関係に移籍した者が多数含まれている。そして,@控訴人は,被控訴人C担当の派遣社員だけでも,毎月5〜10名程度が退職していくのが日常茶飯事であり,上記程度の移籍は,控訴人にとって通常の状況であること,A控訴人自身,22名の移籍では,一般管理費さえほとんど変化しない,つまり会社の経営に全く影響を及ぼさない程度にすぎないと認識していること,B派遣社員の補充は,一般の正社員と比較して容易であり,現に控訴人は,毎月一定数の新しい派遣社員を雇用し補充していることからして,22名の派遣社員が移籍しても,控訴人にとって重大な影響を及ぼしたとはいえない。これをもって,控訴人の存立を危うくするような一斉かつ大量の移籍と評価することはできない。
(オ) 被控訴人Cは退職後は誠実義務を負わないこと 雇用契約上の義務は,契約の終了とともに消滅する。退職後まで誠実義務を課することは,退職者の職業活動の自由を奪ってしまうことにもなる。したがって,被控訴人Cは,退職後は,控訴人に対し誠実義務を負わない。
派遣社員22名のうち18名は,被控訴人C退職後に,被控訴人会社に移籍したのであるから,これらの者の移籍について,被控訴人Cの誠実義務違反は問題にならない。
被控訴人CがGを勧誘した時期は,平成10年8月末ないし9月頃であり,被控訴人Cが控訴人を退職してから約5か月も後のことである。従業員は退職後,その一切の法律関係から解放され,在職中の人間関係をその後自らの営業活動のため利用することは原則として自由である以上,被控訴人Cの勧誘は適法である。そして,その勧誘態様も,G一人を対象に,会社を否定,批判する等の詐術も脅迫も用いておらず,具体的な金額等の条件も示さず,単に給与を増額するとして誘っただけである。Gは,この話を受け,自発的に被控訴人会社に面接に赴き,同会社の雇用条件に納得して移籍した。被控訴人CのGに対する行為は,控訴人退職後の転職の勧誘にすぎず,その手段,方法,態様も社会的に相当であり,自由競争として適法である。
(4) まとめ 被控訴人Cの行為は,以上のとおり適法であり,誠実義務に違反していない。
被控訴人会社は,自由競争の範囲内で,派遣社員の自発的な移籍を受け入れたにすぎないから,共同不法行為が成立する余地はない。
争点に対する判断
1 本件情報の営業秘密性について(原判決記載争点1) (1) 本件情報の内容,有用性及び非公知性については,原判決17頁8行目から21頁9行目までに記載のとおり認められるから,これを引用する。
弁論の全趣旨によれば,本件情報は,派遣社員に関する情報(現住所,電話番号,生年月日,職務経歴等),すなわちプライバシー情報と派遣社員個々の派遣就業に関わる情報(具体的派遣先,派遣単価,派遣就業先での業務内容,派遣社員個人の給料等),すなわち派遣就業情報からなることが認められる。 (2) 本件情報の秘密管理性について(原判決記載争点1(二)) ア 証拠(甲3,21,22,107〜110,112,114,115,117〜124,乙9,証人γ,同δ,控訴人代表者,原審被控訴人C。なお,書証のうち枝番号のあるものは,特に断らない限り,枝番号を全て含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 誓約書,就業規則等 各従業員は,誓約書(甲3)において,「貴社及び取引先の機密は一切他に洩らさぬ事」を厳守する旨誓約しており,また,就業規則(甲22)にも,「在職中は勿論のこと,退職または解雇された者も,自己の担当であるなしにかかわらず,会社の業務上の機密事項及び会社の不利益となる事項を他にもらさないこと」(39条(5))との定めを置いている。そして,「入社時ガイダンス」や先輩による指導においても,売単価・買単価は,機密事項であり外部に漏らしてはならないことが指導されており,派遣社員の秘密保持について,本社社員から派遣社員に対して極めて厳重な注意がなされていた。
(イ) オフコンによる管理 派遣就業情報は,昭和63年からオフコンにより集中管理され,平成7年に3代目の機械が導入された。オフコンを起動させるには鍵が必要であるが,この鍵は,被控訴人C在籍当時も現在も,総務事務担当の女性社員が保管しており,それ以外の者がオフコンを起動させることはできない。オフコンの操作方法については,限定した者にしか教えておらず,それ以外の者は,オフコンが起動状態であっても,オフコンを操作することができない。このオフコンの設置場所は,オフィス内で死角になる位置であり,また,内部の者からしても男性社員は近づく必要のない位置となっている。
(ウ) 書類の保管 派遣先に対する請求書は,オフコンから出力して作成され,現在の正確な売単価が記載されており,請求書保管用のキャビネットに,施錠の上,保管されている。派遣先と控訴人との契約書は,現在の正確な売単価が記載されており,契約書保管用のキャビネットに,施錠の上,保管されている。控訴人から派遣社員に対する給与明細書は,オフコンから出力して作成され,給与明細書保管用のキャビネットに,施錠の上,保管されている。また,年末調整関係書類は,同書類保管用のキャビネットに施錠の上保管されている。現在の正確な売単価・買単価が記載されている書面として,常時存するのは,これらの書面のみであり,オフコンの後ろのキャビネットに入れられ,履歴書保管用のキャビネットとは別に施錠の上,厳重に保管されており,管理責任者も総務事務担当の二人となっており,これらの書面は,営業社員は自由に見ることができなかった。
履歴書保管用のキャビネット内には,履歴書,派遣社員からの聴取事項を記載した調書,職務経歴書,誓約書,身元及び連帯保証書,住民票,通勤経路報告書,控訴人と派遣社員との間の契約書,その他の書類が保管されており,調書には,就職時及び派遣先移動時の売単価・買単価がメモ書きで記載されている。しかし,その後に派遣料改定,給料改定があっても,売単価・買単価を記載した書類をファイルに入れたり,あるいは売単価・買単価の記載を修正したりせず,現在の売単価・買単価を正確に反映していない。派遣移動報告書,営業日報にも,派遣先が決まった時,又は派遣先が移動となった時の売単価・買単価が記載されるが,その後に派遣料金改定,給料改定があった場合には,稟議書等により処理されており,派遣移動報告書,営業日報には記載されず,現在の売単価・買単価を正確に反映していない。営業社員は,営業時間中,履歴書保管用のキャビネット内の書類や派遣移動報告書,営業日報を自由に見ることができたが,現在の正確な売単価・買単価を知る必要がある場合には,営業事務のオフコン担当の女性社員に尋ね,オフコンから必要な情報を打ち出してもらう必要があった。
派遣就業情報が記載されている書面のうち,一時的に作成される昇給査定資料,賞与査定資料及び契約社員単価改定表(甲110)は,派遣社員の昇給を定めるため,役職者のみが出席して会議を行う際,会議の席上で配布され,会議が終了すると,内部の者が漏らすことのないように,回収しシュレッダーにかけて廃棄されていた。派遣先に派遣候補者の生の履歴書を提示することはなく,生の履歴書から,住所等の連絡先などのプライバシー特定事項等を削除した控訴人独自の様式の「経歴書」を作成してこれを提示することにしていた。控訴人代表者は,被控訴人C在職中,他の営業担当社員が営業活動に派遣社員の履歴書原本を持ち出したことを他の社員の面前において強く叱ったことがあった。
派遣就業情報が記載されている文書や上記文書が保管されているキャビネットの扉には,マル秘の表示がされていなかった。
(エ) 外部からの電話に対する対応 外部から派遣社員あてに電話がかかってきたような際も,直ちに派遣社員の派遣先を教えることはせず,いったん電話を切り,改めて確認の上,派遣社員自身から連絡するように周知徹底させていた。
(オ) 事務所への出入り 事務所入り口の鍵であるカードキーは,社長のほか重要なポジションにある4名の従業員(θ課長〔以下「θ課長」という。〕,被控訴人C,ω〔以下「ω」という。〕,O)のみが所持を許されている。事務所内に外部の者が訪れた場合には,受付において応対し,女性社員が応接室等に案内することとなっており,カウンター内に本社社員以外の者が入ることはできない。特に,派遣社員に売単価・買単価を知られてはならず,それゆえ,派遣社員をカウンター内に入れてはならないことは,「入社時ガイダンス」や入社教育において厳しく教育されていた。
イ 人材派遣業において,派遣先が一般の業種でいうところの特定の得意先顧客に該当し,買単価が一般の業種でいうところの原価に該当し,売単価が一般の業種でいうところの特定の顧客に対する販売価格に該当し,これらの情報を外部に漏らしてはならないものであることは,その性質上あまりにも当然であり,控訴人従業員にとってもいわば常識に属する事柄であったと考えられ,各従業員は,誓約書において,「貴社及び取引先の機密は一切他にもらさぬ事」を厳守する旨誓約しており,また,就業規則にも,「在職中は勿論のこと,退職または解雇された者も,自己の担当であるなしにかかわらず,会社の業務上の機密事項及び会社の不利益となる事項を他にもらさないこと」との定めが置かれ,「入社時ガイダンス」や先輩による指導においても,売単価・買単価が機密事項であり外部に漏らしてはならないことが指導されており,派遣社員の派遣先における秘密保持の遵守につき本社社員から派遣社員に対して極めて厳重な注意がなされていたことに照らしても,派遣就業情報,特に売単価・買単価が外部に漏らしてはならない企業秘密であることを認識していたということができる。そして,派遣就業情報は,オフコンで集中管理され,業務時間外は施錠され起動できない状況となっており,また,派遣就業情報が記載された契約書,請求書控え,給与明細書控えについては,履歴書等の書面と異なり,場所的に隔離されたキャビネット内に施錠の上保管され,直接にオフコンあるいは契約書,請求書控え,給与明細書控えに接することのできる従業員も限定されており,営業担当社員が派遣就業情報を知る必要がある場合には,オフコン操作の許された女性社員に尋ねるという管理がなされていた。
このような管理体制は,情報に接する機会のある社員に対し,派遣就業情報が営業秘密であることを認識できる客観的措置であるといえ,秘密として管理されていたといえる。
派遣就業情報が記載されている文書や上記文書が保管されているキャビネットの扉にマル秘の表示がされていなかったことや,営業社員が営業時間中に派遣就業情報が記載されている履歴書保管用のキャビネット内の書類や派遣移動報告書,営業日報を自由に見ることができ,これらを営業活動に使用していたことは,派遣就業情報を外部に漏らしてはならないことが従業員に認識されていて,前記のとおりこれに相応する情報管理体制がとられていたといえる以上,当該秘密管理上の控訴人の管理責任の程度に影響を及ぼす事情ではあっても,派遣就業情報の秘密管理性そのものを否定し得るまでのものではない。
2 被控訴人Cの不正競争防止法2条1項7号該当行為,被控訴人会社の同8号該当行為の有無について(原判決記載争点2,3) (1) 本件情報は,被控訴人Cが保有者から示されたものか。
証拠(甲26〜33,181〜235,証人γ,控訴人代表者,原審被控訴人C)及び弁論の全趣旨並びに基礎となる事実によれば,控訴人の事業において,@多額の費用をかけて派遣社員の募集を行い,A募集に集まった者を人事担当者と営業社員が面接し,B履歴書及び面接結果をもとに営業社員が派遣先を検討して,従来から関係のある,あるいは新規の派遣先に打診し,C特定の応募者を特定の派遣先に派遣する場合の売単価・買単価を営業社員が検討し,D派遣先において応募者の面接を行い,E控訴人代表者がその売単価・買単価の決裁を行い,F採用となれば,控訴人と派遣先との間で派遣契約を,控訴人と応募者(派遣社員)との間で雇用契約ないし業務委託契約をそれぞれ行い,特定の応募者を,どのような派遣先に派遣するか,その売単価・買単価をどのように設定するかが控訴人の一連の活動の中で決定されることが認められ,これと弁論の全趣旨とからすれば,本件情報の保有者は,控訴人であるということができる。
しかしながら,被控訴人Cが本件情報の保有者である控訴人から,本件情報の包括的内容ないし個々の具体的内容を示された個別具体的態様を明らかにさせる証拠はない。
仮に,被控訴人Cが業務を遂行する過程で自己の担当する派遣社員22名(P,Q,R,S,T,D,U,V,W,X,Y,H,Z,I,α,J,K,β,L,G,E及びF)についての本件情報の一部を個々的に知ることがあったことにより当該情報を示されたと推認し得る余地があるとしても,本件情報は,原判決添付別紙目録記載のとおり,平成10年12月18日現在のものであるから,少なくとも,被控訴人Cが業務を遂行する過程で売単価・買単価を知る余地はなく,当該情報を示されたとは推認し得ない。
(2) 被控訴人Cは,本件情報を使用,開示したか。
ア 証拠(甲20,47,52〜54,56〜58,101,102,130,137,138,151,152,乙3,4,9,13,15〜17,証人γ,同P,同X,同δ,同G,控訴人及び被控訴人会社各代表者,原審及び当審被控訴人C)及び弁論の全趣旨並びに基礎となる事実によれば,次の事実が認められる。
控訴人代表者は,既婚者の男性社員と女性社員との交際を禁止して日頃から注意していたところ,平成9年9月,被控訴人Cが飲食店「多幸梅」で行われた本社社員の懇親会の終了後に女性社員を飲み(2次会)に誘っているのを目撃したので,その場で被控訴人Cに「そんなことをせずに,早く帰るように。」と声をかけ,数時間後に被控訴人Cの自宅に電話をしたところ,未だ帰宅していなかったことから,電話口の被控訴人Cの妻に「もう会社に来なくていい。健康保険証を送り返すように。」と伝言した。
被控訴人Cは,営業職の正社員であり,新規派遣社員の派遣先の開拓,調整,マッチング及び既に派遣した派遣社員と派遣先との契約継続のための調整を主な業務としていたが,上記伝言を受けて,控訴人を退職し転職しようと考え,同年10月頃,私的に同僚のδ(以下「δ」という。),さらにθ課長にその旨の話をし,6ないし7社に履歴書を送付して就職活動をした。そして,同年12月末頃,派遣先の一つであった株式会社水工社(以下「水工社」という。)に年末の挨拶に行った際,水工社の代表者兼被控訴人会社の代表者に転職するかもしれないとの話をし,同人から入社の勧誘を受けたが,諾否の返事をせず,同じ頃,約400名の派遣社員中,自らが担当する派遣社員120名のうち懇意にしていたPとXに転職するかもしれないと言い,平成10年1月,転職を希望する控訴人の正社員Nに被控訴人会社を紹介した。
Nは,同年2月3日に控訴人を退職し,同月12日,被控訴人会社に移籍した。
同年1月19日に控訴人を退職後,就職先が決まっていなかったωは,Nから紹介されて同年2月23日に被控訴人会社に移籍した。
被控訴人Cは,同年1月から2月にかけて,Pから転職の場合には付いていくと言われ,Xから,派遣先が光洋精工のU,V,W,Y,H及びIを代表する形で同様のことを言われ,転職の考えを話したK,β及びLからも同様のことを言われた。被控訴人Cは,アレスクリエーションの代表者に自分及びK,β及びLが控訴人を辞めるかもしれないことを話すと,アレスクリエーションの代表者から派遣社員らの継続勤務を希望され,同代表者とK,β及びLとにNを紹介し,光洋精工の担当者に対し,自分が控訴人を辞めるかもしれないことを話し,次いで,Xら派遣社員7名も辞めるかもしれないことを話した。Nは,被控訴人会社代表者にK,β及びLを派遣先継続のまま控訴人から被控訴人会社へ移籍させる旨の報告をして了解を受け,アレスクリエーションの代表者に被控訴人会社でK,β及びLを引き取り派遣を継続すると言明し,同女らは,被控訴人会社の福島勲営業統括部長(以下「福島部長」という。)及びNの面接を受け,同年3月20日控訴人を退職して,翌21日派遣先継続のまま被控訴人会社に就職し,β,Lの給与額が各1万円上がった。
被控訴人Cは,同年3月初め,派遣先が光洋精工のZから控訴人を辞めたいと告げられ,これを了承して同人を上記Nに紹介した。Zは,被控訴人会社の福島部長及びNの面接を受け,同年3月31日控訴人を退職して,同年4月1日派遣先継続のまま被控訴人会社に就職し,給与額の変更はなかった。光洋精工は,同年3月31日,Zに関し,控訴人との派遣契約を解除し,同年4月1日被控訴人会社と派遣契約を締結した。
被控訴人Cは,この前後頃,住友金属の担当者にも転職の件を話した。
δは,同年3月初めないし中旬頃,被控訴人Cから,「派遣技術者と以前より話ができている。自分が転職するテクノスイコーから派遣技術者として光洋精工に行く。待遇面が当社にいるより良くなる。Xの待遇面もアップする。当該移籍の4月末の予定者は3名で,その後,5月,6月に分けて2名ずつの終了の計画である。」という話を聞かされ,「被控訴人Cが『サンワはワンマン社長で,また,派遣社員を商品として扱っている。テクノスイコーでは,派遣社員を商品扱いはしない。それが自分の方針である。』と派遣社員に説明して退職を勧めた。」という話も聞かされた。
被控訴人Cは,同年3月20日,控訴人に退職希望を出し,控訴人代表者に対し,退職の理由として自分のやりたいように仕事ができない旨を述べ,控訴人代表者から,「やりたいようにやってみろ。」と言われ,次長にするからと慰留されたが,結局,これを受けず,同年4月6日,控訴人を退職して被控訴人会社に就職した。
派遣先住友金属のPは,同年4月,被控訴人会社に就職した被控訴人Cに電話して移籍を申し出,ちょっと待ってほしいと言われ,同年7月,被控訴人Cから面接させるとの連絡を受け,同月31日,控訴人を退職して被控訴人会社に就職した。
派遣先住友金属のDは,同年9月から10月頃,被控訴人Cの勧誘を受け,同年10月30日に控訴人を退職して被控訴人会社に就職した。
派遣先住友金属のQ,R,S及びTは,同年5月から10月にかけて控訴人を退職して被控訴人会社に就職した。
派遣先光洋精工のX,U,V,W,X,Y,H及びIと被控訴人会社代表者,福島部長及び被控訴人Cとは,同年4月10日,被控訴人会社就職のための協議をした後,被控訴人会社代表者,福島部長,被控訴人C,N及びωとZ,X,U,V,W,Y,H及びIとの合計13名は,一堂に会して大阪市中央区所在の「やなぎ」において会食を行った。そして,同年4月末にH及びW,5月末にU,Y及びI,7月末にV及びXが,それぞれ,被控訴人Cから面接をするとの連絡を受け,被控訴人会社代表者及び福島部長の面接を受け,控訴人を退職し,各翌月1日,被控訴人会社に就職し,それと同時に,退職日に控訴人との派遣契約が解除され,その翌月1日に被控訴人会社と光洋精工との間で派遣契約が締結された。その結果,Wの給与額が売単価の上昇1万5000円で5万円上昇し,Yの給与額が5000円上昇し,Vの給与額が売単価の上昇1万5000円で5万円上昇し,Xの給与額が7720円上昇した。
被控訴人Cの退職後,後任の光洋精工担当となったδは,控訴人代表者に対し,上記7名の派遣社員が派遣先の仕事量の減少により退職したと虚偽の報告をし,被控訴人会社への移籍を報告しなかった。
派遣先光洋リンドバーグのGは,同年8月末か9月初めころ,被控訴人Cから,職場近くのファミリーレストランで昼食をとりながら,派遣先継続,賃金増額の条件で被控訴人会社への移籍の勧誘を受け,同年10月15日頃,被控訴人Cと面接し,賃金を従前より200円アップという具体的な条件で決定して契約書を取り交わし,同月20日付けにて控訴人を退職し,翌日付けで被控訴人会社に移籍した。
派遣先テクノシーエーのαは,同年9月頃,給与水準が低いとの不満を抱いて控訴人退職の意思表示をし,自ら被控訴人会社の面接を受け,同年10月12日付けで控訴人を退社し,被控訴人会社に移籍した。
派遣先高松建設のJは,同年3月31日控訴人を退職後,約4か月間別の仕事(コンビニエンスストアーでアルバイト)をしながら,自分から被控訴人会社に面接に来て,同社へ移籍した。
被控訴人Cは,平成11年,E及びFの派遣先日本コムシンクの担当者から,同人らが控訴人の営業担当者ともめていて退職されて辞められると困るので被控訴人会社で受け入れてほしいと頼まれ,面接の手配をした。E及びFは,被控訴人会社の面接を受け,同年4ないし5月頃,被控訴人会社に移籍した。
控訴人は,社員及び派遣社員数が平成7年の190名前後から順次増加し,平成10年1月末のピーク時で421名となったが,その後減少に転じ,翌2月末で415名,翌3月末で370名,翌4月末で347名,翌5月末で338名,翌6月末で325名となった。他方,被控訴人会社は,平成2年5月,建築設備の設計や人材派遣を業として設立され,平成10年2月頃,代表者,専務取締役,福島部長とNのほか派遣社員が5名おり,派遣先企業が3社位であったが,前記22名の移籍後の同年8月頃,派遣社員が50名位に増え,派遣先企業が10ないし15社位となった。
イ 前記認定事実によれば,アレスクリエイションのK,β及びLの移籍は,Nが進めたものであり,被控訴人Cは,同女らをNに紹介したものの,具体的関与の態様が明らかでなく,被控訴人Cが前記営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を開示,使用したことを認めるに足りる証拠はない。
光洋精工のZの移籍も,同様にNが進めたものであり,被控訴人Cは,ZをNに紹介したものの,具体的関与の態様が明らかでなく,被控訴人Cが前記営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を開示,使用したことを認めるに足りる証拠はない。
光洋精工のH,W,U,Y,I,V及びXの7名の移籍は,被控訴人Cの関与によるものであるが,前記認定事実以上の具体的関与の態様は明らかでなく,前記営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を開示,使用した事実を確認させる十分な証拠はなく,前記認定事実のみから被控訴人Cによる本件情報の開示,使用を推認することはできない。
甲152,201〜203及び基礎となる事実によると,Wは,被控訴人会社の面接において,自らの控訴人における給料額を告げていないのに,社会保険には加入しないで月額39万円に住宅補助がつくとの説明を受けたが,これに不満を述べ,社会保険には加入しないで月額40万円に住宅補助がつくということになったと供述するところ,同人に関する原判決添付別紙目録記載の派遣就業情報の内容は,平成10年12月18日現在のものであって,売単価が月額60万0400円,時間単価3800円,買単価が月額35万円,時間単価2215円であり,平成10年5月分(同年4月11日〜同年5月10日)の給与額は,基本が月額35万円,日額1万7166円,時額2215円,残業時額2880円,深夜残業時額3544円,支給が本給30万3606円,残休出手当3万4560円,その他支給4万6394円の合計38万4560円,控除が雇用保険料1538円,所得税2万3090円の合計2万4628円,差引支給額が35万9932円であり,同年4月1日付け改正の売単価は,基本契約月額60万0400円,日額2万9450円,平日時間内時間単価3800円,平日時間外時間単価4940円,休日時間単価5510円,平日深夜単価6080円,休日深夜単価6650円,通勤定期代月額1万9930円であり,同年4月度分の光洋精工に対する請求額は,設計製図料60万0400円,設計製図料(超過分)5万9280円,通勤定期代1万9930円の合計67万9610円であることが認められ,給与額を取り上げてみても,前記営業秘密である派遣就業情報のうちの買単価は平成10年12月18日現在のものであるから,W供述にある社会保険に加入しないで月額39万円に住宅補助がつくとの説明が同買単価に基づくものと推認し得る余地はない上,上記給与に関する個別的情報のいずれに基づくものなのかも明らかでなく,したがって,これが本件情報のうちの買単価に基づいたものであると推認することはできない。前記営業秘密である派遣就業情報のうちの売単価も平成10年12月18日現在のものであるから,同売単価に基づく情報開示,使用を推認し得る余地もない。また,派遣先が光洋精工であるとの情報やプライバシー情報の取得方法は種々の可能性が考えられ,被控訴人Cによる開示,使用と断定し得ない。
このように,被控訴人Cによる前記営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報の開示,使用の具体的態様を明らかにさせる証拠がない上,同情報取得の具体的態様も不明で,被控訴人Cが同情報のどのような具体的内容を把握していたのかを確定させることができない本件において,被控訴人Cによる本件情報の開示,使用を推認することはできない。
光洋リンドバーグのGの移籍も,同様に,営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を開示,使用した具体的態様を確認させる十分な証拠はなく,前記認定事実のみから被控訴人Cによる本件情報の開示,使用を推認することはできない。
住友金属のP及びDの移籍につき,被控訴人Cが前記営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を開示,使用したことを認めるに足りる証拠はなく,その余の派遣社員についても同様である。
(3) まとめ よって,被控訴人Cの不正競争防止法2条1項7号に該当する行為は認められず,したがって,また,被控訴人会社の同8号に該当する行為も認められない。
3 被控訴人Cの履行責任及び債務不履行責任(1)又は不法行為責任(1),被控訴人会社の不正競争防止法2条1項8号に該当する不正競争の有無について(当審追加の争点) 証拠(甲3,22)及び前記認定事実によれば,被控訴人Cは,誓約書において,「貴社及び取引先の機密は一切他に洩らさぬ事」を厳守する旨誓約し,また,就業規則にも,「在職中は勿論のこと,退職または解雇された者も,自己の担当であるなしにかかわらず,会社の業務上の機密事項及び会社の不利益となる事項を他にもらさないこと」(39条(5))との定めが置かれており,前記営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を第三者に漏らしてはならないという契約上の守秘義務を負ったことが認められる。
しかしながら,控訴人を退職後に上記契約上の守秘義務に基づく履行責任を負うことはなく,また,前記のとおり,被控訴人Cが,前記営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を開示,使用した具体的態様を確認させる十分な証拠がなく,前記認定事実のみから被控訴人Cによる本件情報の開示,使用を推認することはできないから,被控訴人Cの本件情報を第三者に漏らしてはならないという契約上の守秘義務の履行責任及び債務不履行責任(1)又は不法行為責任(1)並びに被控訴人会社の不正競争防止法2条1項8号に該当する行為はいずれも認められない。
4 被控訴人Cの債務不履行責任(2)又は不法行為責任(2),被控訴人会社の共謀による不法行為責任の有無について(当審追加の争点。被控訴人らの雇用条件が悪いとの主張のうち,法律違反,脱法行為,不法利益があったとの主張は,民訴法157条1項に基づく時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであるとの控訴人の主張については,第9回口頭弁論期日に控訴人に同主張に対する弁論を命じた訴訟指揮にあるとおり,時機に後れておらず,却下しない。また,禁反言の原則により,被控訴人Cが担当者として決めていた買単価価額を法律違反と主張することはできないとの控訴人の主張も採用できない。) (1) 被控訴人Cの信義則上の義務,雇用契約上の誠実義務違反の有無について ア 企業の従業員は,使用者たる企業に対し,雇用契約に付随する信義則上の義務として,就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務,すなわち誠実義務を負い,従業員が上記誠実義務に違反し,企業に対し損害を与えた場合には,雇傭契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づいて上記損害を賠償する義務があるというべきである。
被控訴人Cは,前記認定のとおり,営業職の正社員であり,新規派遣社員の派遣先の開拓,調整,マッチング及び既に派遣した派遣社員と派遣先との契約継続のための調整を主な業務としていたところ,在職する派遣社員が退職して派遣先継続のまま同業他社に移籍する場合,同派遣社員の派遣による収入が失われ,これに相応する収入が競合する同業他社の取得するところとなるから,在職する派遣社員を退職させて派遣先継続のまま同業他社に移籍させることが被控訴人会社の利益を侵害して損害を与えることはいうまでもなく,同人もそのことを認識していたというべきである。
ところで,従業員は,職業選択の自由があり,現在の就職先と転職先との雇用条件等を比較考慮して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することができ,上記判断は尊重されなければならず,現在の就職先の利益を侵害して損害を与えることとなっても,職業選択の自由の結果として違法性を欠くこととなる。そうすると,上記転職を勧誘することも,適法行為を目的とした行為であるから,上記転籍をさせる行為が単なる転職の勧誘にとどまるなど,その手段,方法,態様等が社会的に相当であると認められる限りは,被控訴人会社の利益を侵害して損害を与えることとなっても,自由で公正な活動の範囲内として違法性を欠くこととなる。
しかしながら,その勧誘の態様が企業経営に重大な影響を及ぼすような一斉かつ大量の従業員を対象とするものであったり,あるいは,業務上開示された営業秘密を利用したり,秘密裏に入念に計画されたものであったり,詐術を用いたりするなどの,社会的相当性を逸脱した不公正な方法で行われた場合には,当該勧誘を行った従業員は雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行責任又は不法行為責任を負うものというべきである。
イ 前記認定事実によると,被控訴人Cは,営業職の正社員であり,新規派遣社員の派遣先の開拓,調整,マッチング及び既に派遣した派遣社員と派遣先との契約継続のための調整を主な業務としていたが,控訴人代表者の前記伝言を受けて転職を考え,平成10年10月頃,同僚のδ,θ課長にその旨の話をし,転職活動をし,同年12月末頃,派遣先の一つであった水工社に年末の挨拶に行った際,水工社の代表者兼被控訴人会社の代表者に転職するかもしれないとの話をし,同人から就職の勧誘を受け,さらに,400名を超える派遣社員中,自らが担当する派遣社員120名のうち懇意にしていた5名位に転職するかもしれないとの話をし,転職を希望するK,β,L及びZをその希望に沿うべく被控訴人会社のNに紹介し,同じく転職を希望するX,U,V,W,Y,H及びIをその希望に沿うべく被控訴人会社に紹介し,控訴人退職後,Pの申し出を受けて面接させ,Gを派遣先継続,賃金増額の条件で被控訴人会社への移籍を勧誘し,Dを同様に勧誘し,E及びFに対し被控訴人会社への移籍のための面接を手配したのであって,α及びJに関しては何らの関与もしておらず,Q,R,S及びTに関しても関与したことを認めるに足りる具体的な直接証拠はない。
そして,被控訴人Cの関与をしたものについても,その勧誘の態様が企業経営に重大な影響を及ぼすような一斉かつ大量の従業員を対象とするとか,業務上開示された営業秘密を利用するとか,秘密裏に入念に計画されたとか,詐術を用いたとかのことまでは認められない。
すなわち,約400名の派遣社員中,被控訴人Cの担当する派遣社員120名のうち,何らかの関与をしたものが18名,このうち,控訴人在職中の関与にかかるものが11名であり,同移籍は,同時期における控訴人の社員及び派遣社員数の前記減少,被控訴人会社の派遣社員数の増加の原因の一部となっていることを考慮しても,数字的に顕著に多いというまでのものではなく,移籍の期間も約1年間にわたるもので,移籍の態様をも併せ考慮すると,勧誘の態様が企業経営に重大な影響を及ぼすような一斉かつ大量の従業員を対象とするものということはできない。
次に,派遣先が光洋精工のX,U,V,W,Y,H及びIの移籍は,もっぱら,被控訴人Cが関与して進められたといえ,平成10年3月に同人がδに話した内容などに照らすと,控訴人に発覚することを防止するために時期をずらして順次移籍させるという一定の計画性があったとはいえるが,その限りでの計画性にすぎず,秘密裏に入念に計画されたものとまではいえない。
また,アレスクリエーションの代表者と光洋精工の担当者に対し,被控訴人C自身が控訴人を辞めるかもしれないと告げたことは,事実を告げたことであり,派遣継続中の派遣社員が辞めるかもしれないと告げたことは,当該派遣社員の控訴人退職を前提にすれば必然的に生じる(派遣契約履行の前提が消滅し,解約となると考えられる。)事態であって,それ自体としては事実を告げたことであり,いずれも虚偽を述べたわけではないから,詐術を用いたとはいえない。
控訴人は,被控訴人Cが,一方で,派遣社員には「派遣先はそのままで,派遣元だけ移る。そうすると,給料等が上がる。」と言いながら,他方で,派遣先には「派遣社員が一斉に辞める。」という矛盾した内容を言っており,派遣先に「一斉に辞める」と言うのであれば,派遣社員には「派遣先は移ることになるが,派遣元を控訴人から被控訴人会社に変われば条件が良くなる」と言うべきはずのところを「派遣先はそのままでいられる」と述べ,逆に,派遣社員に「派遣先はそのままで」と言うのであれば,派遣先には「派遣社員は辞めませんのでご安心下さい。」と言うべきところを「派遣社員が一斉に辞める」と述べることにより,派遣社員に被控訴人会社への移籍の動機付けをし,派遣先には被控訴人会社との派遣契約締結の動機付けをするという詐術行為をしたと主張するが,証拠上,被控訴人Cが上記控訴人主張のとおりに述べたとは認められない上,当該派遣先は(どのような態様であれ)派遣の継続を希望し,当該派遣社員は被控訴人Cに付いていくことを希望しているのであるから,あえて意図的な言い方をしてまで控訴人主張の動機付けをする必要があったとはいい難く,詐術行為をしたとまではいえない。
そして,業務上開示された営業秘密を利用したといえないことは,前記のとおりである。
なお,δが被控訴人Cから「被控訴人Cが『サンワはワンマン社長で,また,派遣社員を商品として扱っている。テクノスイコーでは,派遣社員を商品扱いはしない。それが自分の方針である。』と派遣社員に説明して退職を勧めた。」という話を聞かされたことからすると,被控訴人Cは,その旨の話をして派遣社員を勧誘したといい得るが,その話をした相手方である派遣社員が誰かは明らかでない上,前記表現を考慮しても,それだけでは被控訴人Cの行為が違法性を帯びるとまではいい難い。
また,控訴人は,被控訴人Cには,営業社員として,自己が担当する派遣社員の要望を聞き,派遣社員との間の意思疎通を図り,控訴人と派遣社員との契約をできるだけ継続するよう努力するとともに,派遣先と派遣社員との間にトラブルが発生すれば,これを解決し,あるいは,他の派遣社員を派遣先に派遣し,元の派遣社員を他の派遣先に派遣することにより,また,給与面について不満があるということであれば,控訴人において昇給の手続をとることにより,職場が合わないというのであれば,派遣先の移動を検討することにより,より適切なマッチングを図るという任務があったから,派遣社員に対して他社への転籍を希望していることを知ったならば,控訴人の利益維持のために転籍を思いとどまるよう対処し,派遣先が派遣契約移転を希望しておれば,控訴人の利益維持のために移転を思いとどまるよう対処すべき任務を負い,これに反して,営業社員として担当する派遣社員,派遣先に対して,自ら積極的に,控訴人の競業会社である被控訴人会社への転籍,派遣契約移転を動機付ける行為は,上記任務違背行為であり,誠実義務に違反すると主張するが,上記第1段の任務があるとしても,それにより,第2段の,派遣社員に対して他社への転籍を希望していることを知ったならば,控訴人の利益維持のために転籍を思いとどまるよう対処し,派遣先が派遣契約移転を希望しておれば,控訴人の利益維持のために移転を思いとどまるよう対処すべき任務を法的義務としての雇用契約上の誠実義務として負うとはいい難い。
(2) したがって,控訴人の主張する被控訴人Cの債務不履行責任(2)又は不法行為責任(2)及び被控訴人会社の共謀による不法行為責任も認められない。
5 その他,当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出された全証拠を改めて精査しても,前記認定,判断を覆すほどのものはない。
6 結論 よって,控訴人の請求はいずれも理由がなく,原判決は正当であるから本件控訴をいずれも棄却し,当審請求もいずれも理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成14年7月26日)
追加
内金請求額一覧表(単位:円)│請求│損害額合計│逸失利益額1│逸失利益額2│内金請求額1│内金請求額2││@│216,129,589│154,271,962│16,856,627│124,825,142│13,639,013││A│187,098,121│132,159,508│9,938,613│128,779,708│9,684,447││B│177,415,870│118,245,414│14,170,456│123,646,443│14,817,712││C│156,201,877│102,675,064│8,526,813│127,846,907│10,617,248│1損害額合計とは,逸失利益弁護士費用無形損害とを合計したものである。
2逸失利益額1とは,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する逸失利益損害額である。
3逸失利益額2とは,損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損害額である。
4内金請求額1とは,内金請求合計額金1億3846万4155円を,逸失利益額1と逸失利益額2との割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する損害内金請求額としたものである。
5内金請求額2とは,内金請求合計額金1億3846万4155円を,逸失利益額1と逸失利益額2との割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する損害内金請求額としたものである。
6請求@とは,W,G及びE以外の19名の派遣社員が口頭弁論終結時まで被控訴人会社に在籍し,派遣先も変わっていない場合に,口頭弁論終結時まで(ただし,W,G及びEについては各被控訴人会社退職日まで)の逸失利益を損害として賠償請求するものである。
7請求Aとは,Q,R,S,D,W,β,L,G,E以外の13名の派遣社員が口頭弁論終結時まで被控訴人会社に在籍し,派遣先も変わっていない場合に,口頭弁論終結時まで(ただし,Q,R,S,D,W,β,L,G,Eについては各被控訴人会社退職日まで)の逸失利益を損害として賠償請求するものである。
8請求Bとは,W,G及びE以外の19名の派遣社員が被控訴人会社移籍後3年間被控訴人会社に在籍し,派遣先も変わっていない場合に,被控訴人会社移籍後3年間(ただし,W,G及びEについては各被控訴人会社退職日まで)の逸失利益を損害として賠償請求するものである。
9請求Cとは,Q,R,S,D,W,β,L,G,E以外の13名の派遣社員が被控訴人会社移籍後3年間被控訴人会社に在籍し,派遣先も変わっていない場合に,被控訴人会社移籍後3年間(ただし,Q,R,S,D,W,β,L,G,Eについては各被控訴人会社退職日まで)の逸失利益を損害として賠償請求するものである。
以上
裁判長裁判官 竹原俊一
裁判官 若林諒
裁判官 黒野功久