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事件 平成 10年 (ワ) 3311号 不正競争防止法に基づく差止等請求事件
原告 東邦機械工業株式会社右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 後藤昌弘
同右 佐脇敦子
被告 太陽工業株式会社 右代表者代表取締役 【B】 右訴訟代理人弁護士 高橋譲二右訴訟復代理人弁護士 榎本修
裁判所 名古屋地方裁判所
判決言渡日 1999/11/17
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
一 被告は、別紙被告製品目録一及び二記載の各物件を、製造し、販売し、使用し、譲渡し、引き渡し、譲渡又は引渡しのために展示してはならない。
二 被告は、別紙顧客目録記載の者に対し、面会を求め、電話をし又は郵便物を送付するなどして、別紙被告製品目録一及び二記載の各物件の売買契約の締結あるいは締結方の勧誘等の営業行為を行ってはならない。
三 被告は、原告に対し、七八〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年八月三〇日から支払済みまで、年六分の割合による金員を支払え。
四 被告は、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を、原告及び被告の社名並びに表題を四号活字とし、その他を六号活字として、本判決確定の日から三日間、日本国内において発行する朝日新聞、中日新聞及び読売新聞に掲載せよ。
事案の概要
一 本件は、空気チューブを使用したコンベヤーラインの昇降装置を製造、販売する原告が、被告に対し、(1)被告が製造、販売する昇降装置が、原告製品と類似しており、不正競争防止法(以下「法」という。)2条1項1号に違反しているとして、@被告製品の製造、販売等の差止め、A被告が被告製品の販売によって得た利益七八〇万円及びこれに対する遅延損害金の損害賠償、B被告の右不正競争行為のため、被告製品を原告製品と混同した顧客から、原告に対し苦情が殺到し、原告の社会的信用が傷つけられたとして謝罪広告の掲載を求めるとともに、(2)被告が、原告の元従業員から不正に開示された、原告製品の販売先、販売金額の情報(以下「本件情報」という。)を使用して販売活動を行うことが、法2条1項8号に違反しているとして、右情報の使用の差止めを、それぞれ求めるものである。
二 争いのない事実等1 原告は、コンベヤーのラインシステム装置等の設計、製作及び修理等を目的とする株式会社であり、被告は、ローラーコンベヤー、ホイルコンベヤー、アキュウムコンベヤー等産業用運搬機械の製造並びに販売等を目的とする株式会社である。
2 原告は、コンベヤーライン等の搬送機械設備における、空気チューブを使用した昇降装置である別紙原告製品目録一及び二記載の各物件(以下、それぞれを「本件原告製品一」、「本件原告製品二」、両製品をあわせて「本件原告製品」という。)を製造、販売している。
3 被告は、コンベヤーライン等の搬送機械設備における、空気チューブを使用した昇降装置である別紙被告製品目録一及び二記載の各物件(以下、それぞれを「本件被告製品一」、「本件被告製品二」、両製品をあわせて「本件被告製品」という。)を製造、販売している。
4 訴外【C】(以下「【C】」という。)は、平成六年六月二五日から、平成九年一二月二〇日まで、原告の標準機器課課長代理であった者であるが、原告を退社した後、被告に入社し、本件被告製品の販売を担当している。
三 争点1 本件原告製品の形態は、周知性を獲得し、商品等表示性を有しているか。
(原告の主張)(一) コンベヤーライン等の搬送機械設備の一部に組み込まれて使用される昇降装置については、メーカーごとに基台の大きさや取付金具の位置、寸法が異なっているのであり、各ユーザーや搬送機械メーカーは、昇降装置の基台の大きさや取付金具の位置、寸法に合わせて、自社のラインの設計を行っている。そのため、基台の大きさや取付金具の位置、寸法が、各昇降装置メーカーの製品を特徴付ける重要な要素となっているのであり、事実上これらが商品等表示機能を果たしている。
(二) そうでなくとも、コンベヤーライン等の搬送機械設備に使用される、空気チューブを使用する昇降装置において、全体形状が直方体であり、その上面及び下面に各二ないし三か所の板状の取付金具を有するという特徴を持つものは、原告が初めて製造したものであり、九〇パーセントという原告の圧倒的シェアともあいまって、右のような形態は、遅くとも、被告が本件被告製品の製造、販売を開始した平成一〇年五月には、当業者間において周知となり、本件原告製品の商品等表示となっていた。
(被告の主張)(一) 商品の形態商品等表示性を獲得するには、その形態が他の類似商品と比べ、需要者の感覚に端的に訴える独自な意匠的特徴を有し、需要者が一見して特定の営業主体の商品であることを理解することができる程度の識別力を備え、当該形態が長期間特定の営業主体の商品に排他的に使用され、又は短期間であっても強力に宣伝広告されたものであることが必要である。
しかしながら、以下のような事情からすれば、本件原告製品の形態に商品等表示性はないし、周知性もない。
(1) 同一形態の先行商品の存在 本件原告製品の製造、販売に先立って、昭和四〇年代から昭和五〇年代まで、数社が、本件原告製品の形態と類似した、空気チューブを使用した昇降装置を製造、
販売しており、本件原告製品の形態は、既に陳腐なものである。
(2) 形態類似の同種商品の存在 ここ一〇年余りの市場の状況を見ても、本件原告製品と同様な商品形態を採用した同種製品が、他の多くのメーカーにより多数製造、販売されており、そのシェアは少なくとも各社一〇パーセントから二〇パーセント前後に達する。原告のシェアは三〇パーセント程度である。
そして、右各社製品の形態を見ると、外観がほぼ直方体で、基台と移動台から構成され、各両端部には板状の取付金具が付けられていてボルト取付用の穴が空けられており、側面にはガイドピンの端部が露出し、移動台の端部にはエルボコネクターが設置されているといった点で、いずれも本件原告製品と共通点を有し、全体的な形状に差異はない。
なお、原告は、本件原告製品の特徴の一つとして製品の細部の寸法を挙げ、これらがコンベヤーライン設計の基準となり、商品等表示機能を果たしている旨主張する。しかし、コンベヤーラインは、その性質上、何種類かの規格に統一されざるを得ないのであるから、これに組み込まれて使用される空気チューブを使用する昇降装置の寸法も各社同一とならざるを得ない。
(3) 斬新、特異な特徴の不存在 本件原告製品の形態は、極めて単純な形態で、飽くまで機能面からのみその形態が選択されている。
(4) 形態による製品選択の不存在 空気チューブを使用した昇降装置の需要者は、倉庫業者やメーカー等がほとんどで、しかも実際に製品を購入する担当責任者は、機械設備や搬送設備に豊富な知識を有する専門業者である。右専門業者は、商品知識に乏しい一般消費者と異なり、
製品購入にあたっては、企業コスト削減や事業の効率化等の観点から製品を購入するのが通例であって、商品形態に着目して製品を識別し、購入する製品を選択することはない。
(5) 商標、商号による識別 原告は、本件原告製品の長手方向の側面に縦三センチメートル、横一〇センチメートルに及ぶ黒い大きなプレートを一枚ずつ付し、一方のプレートには原告の会社名、所在地、電話番号及び商標を、もう一方のプレートには、製品名と型式を記して、原告の製品であることを明示している。商品形態がこれらに代わって識別力を有している事実は存在しない。
(6) 形態による宣伝広告の不存在 本件原告製品のカタログやパンフレットには、性能や使用方法等に関する詳細な説明が見られるものの、原告が、本件原告製品の形態の特徴として主張する点については、何ら説明や宣伝広告がみられない。
(二) 仮に、商品の形態商品等表示となるとしても、技術的機能に必然的に由来する商品の形態にまで、商品等表示として法の保護を与えることは、商品形態を、
一種の永久権として、特定の権利者に独占させるを許すことになって、工業所有権法との均衡を失する上、法が予定していた以上の利益を、右形態を有する商品の所有権者等に与えることとなり、許されない。
そして、原告が主張する本件原告製品の外観上の特徴は、いずれもコンベヤーライン等の搬送機械設備において、荷物や商品の搬送方向を円滑かつ確実に転換するという、技術的機能、目的の実現に由来する必然的な形態にほかならず、本件原告製品の全体的な商品形態も、かかる技術的機能に由来する必然的な形態といわざるを得ない。
2 本件原告製品と、本件被告製品は、類似しているか。
(原告の主張)(一) 前述したように、コンベヤーライン等の搬送機械設備の一部に組み込まれて使用される機械については、基台の大きさや取付金具の位置、寸法が、各昇降装置メーカーの製品を特徴づける重要な要素となっているところ、本件被告製品は、基台の大きさにとどまらず、取付金具の位置や大きさまでが、本件原告製品と完全に一致し、同一といってよいほど酷似している。
(二) 本件被告製品一と本件原告製品一は、@移動台の幅が四ミリメートル異なる点、A本件原告製品一では、ガイドピンの可動幅を決定している長円形の開口部が移動台に設けられているために、開口部が外部から視認できるのに対し、本件被告製品一においてはこの開口部が基台に設けられているために、開口部が外部から視認できない点、B本件原告製品一に比べて本件被告製品一は取付金具の幅が一八ミリメートル狭く、細長い点においてわずかに相違しているが、微々たる相違に過ぎず、看者に異なる印象を与えるものではない。
(三) 本件被告製品二と本件原告製品二は、@移動台の幅が一〇ミリメートル異なる点、A本件原告製品二については開口部が一か所であり、エアーパイプは一本のみであるのに対し、本件被告製品二においては開口部が二か所設けられており、エアーパイプが二本に分かれている点、B本件原告製品二では、ガイドピンの可動幅を決定している長円形の開口部が移動台に設けられているために、開口部が外部から視認できるのに対し、本件被告製品二においてはこの開口部が基台に設けられているために、開口部が外部から視認できない点、C本件原告製品二に比べて本件被告製品二は取付金具の幅が一八ミリメートル狭く、細長い点においてわずかに相違しているが、微々たる相違に過ぎず、看者に異なる印象を与えるものではない。
(被告の主張)(一) 本件原告製品と、本件被告製品は、以下の点で大きく異なっている。
(1) 本件原告製品は、取付金具の幅が五〇ミリメートルと広く、両端が半円状の丸みを帯びているのに対して、本件被告製品は、取付金具の幅が三二ミリメートルと狭く、両端は直角に近い。
(2) 本件原告製品のガイドピンは、基台の側面に設置され、移動台の側面をくり抜いて設けられた移動台の上下に必要な穴を通じて外側に顔を覗かせており、右穴が外観の一部をなしている。これに対して本件被告製品のガイドピンは、移動台に固定されており、移動台の上下に必要な穴は、基台に設けられていて、外からは見えない(3) 本件原告製品では、端部のエルボコネクター用の縦状の穴の形態は、移動台の最下部にまで達しているのに対して、本件被告製品では移動台側面の中央部にとどまっている。
(4) 本件原告製品では、基台が移動台と向き合う形で合わされているため、下方から覗いても基台の内部が見えないが、本件被告製品では、基台と移動台が共に下方向を向いて重ね合わされているので、下方から見ると基台の内部が見え、ガイドピンの存在がひと目でわかる。
(5) 本件原告製品は製品全体が黄色一色で、側面に白抜きの文字で会社名等を記した黒いラベルが貼ってあるのに対して、本件被告製品は製品全体が緑色からなり、
側面に黒い文字で会社名等を記した白いラベルが貼ってある。
(二) 空気チューブを使用した昇降装置は全体の形が直方体で極めて単純な形態からなる。その単純な形態の中で、取付金具やガイドピン、エルボコネクターの穴の形状、下方から見たときの外観は、当該製品の形態を決するのに極めて大きな要素となるところ、これらの点で、本件原告製品と本件被告製品には、一見して大きな差異があるのであるから、本件被告製品の形態が本件原告製品の形態に類似しているとはいえない。
3 本件被告製品は、需要者に、本件原告製品との誤認混同を生じさせるか。
(原告の主張)(一) 本件原告製品の利用者の間において、現実に本件原告製品と本件被告製品が誤認混同されており、利用者から原告に対し、苦情や問い合わせが殺到している。
(二) 本件原告製品と本件被告製品には、原告と被告の商号及び製品名が記載されたプレートが、それぞれ付されているが、需要者はカタログ、パンフレット等を通じて製品に関する情報を入手するところ、右カタログ、パンフレット等の写真では、右プレートは極めて小さくしか写っておらず、これによって直ちに誤認混同を防止できるものではない。
(三) 法2条1項1号の「混同」には、狭義の混同(原告の製品と間違えて被告の製品を買うこと)のみならず、広義の混同(親子会社や系列会社などの緊密な営業上の関係がある等、経済的又は組織的に関係ある者の関与した製品であると誤認すること)も含まれるものである。ことに本件原告製品は、訴外株式会社マキテック(以下「マキテック」という。)や訴外セントラルコンベヤー株式会社(以下「セントラルコンベヤー」という。)に対して供給されているので、本件被告製品も同様に原告が供給した製品であると誤認混同される危険は、ラベルの貼付によっては防止できない。
(被告の主張)(一) 空気チューブを使用した昇降装置の需要者は、この種の商品知識の豊富な専門家であり、商品の形態に着目して製品を選択することはまずあり得ないこと、本件原告製品及び本件被告製品には、それぞれの商号ないし商標が会社の所在地等とともにわかりやすく表示されていること、さらには、原告、被告ともに、製品を梱包して出荷する際に、包装紙ないし梱包用段ボールに商標、商号を明示していることを考え併せると、およそ需要者が本件被告製品を本件原告製品と混同するおそれはない。
(二) 広義の混同が認められるのは、飽くまで、複数の営業主体が、特定の表示を共通の商品又は営業の表示として使用し、同表示の持つ出所識別機能品質保証機能及び顧客吸引力を保護発展させるという共通の目的のもとに結束している場合である。
しかし、原告、セントラルコンベヤー及びマキテックは、本件原告製品の商品形態を共通の商品等表示として使用しているわけではなく、それぞれの会社の別個の商標と商号を、各社製品の表面に示して出所を表示し、他社製品との識別を図っているのであって、広義の混同は認められない。
4 原告の損害及びその数額(原告の主張)(一) 被告は、本件被告製品一を、遅くとも平成一〇年五月一日から、一台平均四万三〇〇〇円で販売している。これまでの本件被告製品一の販売数量は、少なくとも月間三〇台を下るものではなく、現在までに少なくとも一二〇台を製造し販売している。本件被告製品一の製造原価は、多くとも販売価格の三割である一万三〇〇〇円を超えるものではなく、一般管理費等を考慮しても、被告が本件被告製品一の製造、販売により得た利益額は、一台当たり少なくとも二万五〇〇〇円、総額で三〇〇万円を下らない。
(二) 被告は本件被告製品二を、遅くとも平成一〇年五月一日から、一台平均七万円で販売している。これまでの本件被告製品二の販売数量は、少なくとも月間三〇台を下るものではなく、現在までに少なくとも一二〇台を製造し販売している。本件被告製品二の製造原価は、多くとも一台二万円を超えるものではなく、一般管理費等を考慮しても、被告が本件被告製品二の製造、販売により得た利益額は、一台当たり少なくとも四万円、総額で四八〇万円を下らない。
(被告の主張)(一) 被告が本件被告製品一の製造、販売を開始したのは平成一〇年六月であるし、現在までに一四台販売したにすぎない。
(二) 被告が本件被告製品二の製造、販売を開始したのは平成一〇年六月であるし、現在までに八台販売したにすぎない。
5 原告は、本件被告製品の製造、販売によって、信用を毀損されたか。
(原告の主張) 原告は、本件被告製品を本件原告製品と誤認混同した顧客から、苦情や問い合わせを受けており、社会的信用を著しく傷つけられた。
(被告の主張) 否認する。
6 本件情報は、原告の営業秘密か。
(原告の主張)(一) 原告の製品は、顧客によって販売価格が異なるために、原告は、顧客ごとに販売価格について掛け率表を作って保管していた。また、原告に対する顧客からの発注は、主に電話またはファクシミリによることが多かったので、原告は、直送先リストを作成し、一覧表として保管していた。
掛け率表は、その内容が公開されることとなれば、原告のみならず各卸商社の利益額まで明らかになる、原告の事業活動に係る有用な情報である。直送先リストは、その内容を見れば、どこの機械メーカーに販売しているかは一目瞭然となるものであり、やはり、競争関係にあるメーカーに対しては絶対に公開できない、原告の事業活動に係る有用な情報である。
(二) 掛け率表は、標準機器課の机が集中している部分の中央部の、【C】の机に隣接する女子職員の机の上に保管されており(机の上に置いてはあったが、常に従業員が相互に監視し、かつ、社長自ら持ち出しの有無を管理できる場所に置いてあったものである。)、直送先リストについては事務室の机の引き出しの中に保管されていた。原告の事務所の入口にはカウンターが設置されており、机は事務所の奥にあるため、一般の来客は絶対見ることはない状況にあった。
【C】は営業の責任者であったため、原告は【C】に対し、直送先リスト及び掛け率表を開示していたが、当然ながら、【C】に従業員としての守秘義務があることを前提に開示したものであるし、原告を退社した後に、原告の販売先やライバル業者に、その内容を開示することが許されないものであることも、当然の前提となっていた。【C】も、情報の性格及びこれまでの機械メーカーでの職業上の経験から、本件情報が、原告に在籍中はもとより、原告を退社した後においても、対外的に公表してはならない情報であることは十分に承知していた。
(三) 掛け率表及び直送先リストは、対外的にはもちろん、対内的にも標準機器課の販売担当者以外には、一切明らかにされていないものである。
(被告の主張)(一) 単に原告の販売先や販売金額を知ったところで、これらの情報が公知であることもあり、到底営業上有用な情報とはいえない。
(二) 秘密として管理されているといえるためには、当該情報にアクセスした者が営業秘密であることを認識できるような措置が採られていたり、当該情報にアクセスできる者を明確に制限する措置が講じられていることが必要である。しかし、原告は、販売担当者に本件情報を知らせていたものの、秘密とする取扱いは一切していなかった。
(三) 他社の製品がいかなる販売先にどのような金額で販売されているかは、販売担当者であれば、販売先との商取引や交渉を通じてたやすく入手できる情報であり、現に被告は、【C】が被告に入社する以前から、原告のこのような情報を、ほぼ正確に知っていた。
7 被告は、本件情報を不正に開示され、使用したか。
(原告の主張) 【C】は、原告を退社した後に、守秘義務に反して、原告の直送先リスト及び掛け率表の内容を不正に被告に開示した。
被告は、本件情報を悪用し、【C】をして原告の顧客に対して、本件被告製品を、本件原告製品の相当品である旨を明記して、原告の販売価格よりも安い金額で販売させて、右情報を不正に使用したものである。
被告は、その情報の性格から、【C】の開示した原告の販売先及び掛け率の内容が、原告の秘密情報であること、及び、【C】がこれを不正に開示したものであることを知り、または機械メーカーとして当然知り得べきものであった。
(被告の主張) 原告の主張は、いずれも否認する。
【C】は、本件被告製品が本件原告製品よりも安価であることを、被告の取引先に述べてはいるが、本件情報を使用したわけではない。
当裁判所の判断
一 争点1(本件原告製品の形態は、周知性を獲得し、商品等表示性を有するか。)について1 商品等表示とは、人の業務に係る商品又は営業を表示するものであるから、商品等表示性があるといえるためには、それが、商品又は営業について自他を識別し、出所を表示する機能を果たすものであることが必要である。しかしながら、商品の形態は、その商品が本来有すべき機能を十分発揮させることを目的として選択されたものであって、商品の出所を表示することを目的とするものではない。通常、商品の出所を表示するものは、商標や商号である。したがって、商品形態自体に商品等表示性が認められるためには、当該商品の形態が、商標及び商号と同様な機能を有すること、即ち、商品名や、製造、販売元の表示を見るまでもなく、商品自体の観察により、特定の商品であることや、特定の営業主体の商品であることがわかるものであることが必要である。
そして、商品の形態が、その商品が本来有すべき機能を十分発揮させることを目的として選択されたにすぎないものである以上、同種の商品であれば、同種の形態を有することが通常であるから、具体的な場面において、商品の形態自体が、特定の商品の出所表示機能を獲得したといえるためには、当該商品の形態が、他の同種商品とは異なった独自のものであったり、継続的かつ排他的に特定の商品に使用されたり、長期間宣伝されたり、短期間であっても強力に宣伝されるなどして、その形態自体から、商品の見分けがつき、あるいは、特定の出所であることが判明することが必要というべきである。
2 原告は、本件原告製品を特徴づける重要な要素であり、商品等表示機能を果たしているのは、@基台の寸法や取付金具の位置、大きさ、あるいは、A全体形状が直方体であり、その上面及び下面に各二ないし三か所の板状の取付金具を有していることであると主張する。
(一) 証拠(甲四、六)によると、本件原告製品には、長手方向の側面に縦三センチメートル、横一〇センチメートルに及ぶ黒い大きなプレートが一枚ずつ付されており、一方のプレートには原告の会社名、所在地、電話番号及び会社のロゴマークが、もう一方のプレートには、「パワーベース」との商品名と型式が記載されており、同社の製品であることが明示されている。
(二) 証拠(甲一、乙一、二、八)と弁論の全趣旨によれば、原告は、本件原告製品を自ら製造、販売するほかに、セントラルコンベヤーやマキテックらコンベヤーラインを製造、販売する会社に対して、空気チューブを使用する昇降装置を供給しており、セントラルコンベヤーは、「アップベースユニット」の商標(型式としては、ベースUBT30型、ベースUBM20型等、最初にアップベースを表すUBを付け、昇降の高さを表す数字を末尾に付けている。)で、マキテックは、「AIR LIFT」との商標を付して、自社製品として販売している。パンフレットには、
右製品が原告の製造に係るものであることを表す記載はない。右各社のパンフレットによれば、原告が右各社に供給している製品には、本件原告製品と基台、移動台の寸法や取付金具の大きさ、取付位置などが同一の製品(セントラルコンベヤーの製品のうち、UBS30型、UBH20型、UBW30型、UBWH20型が、本件原告製品と同一であることは、乙一から明らかである。)のほかに、基台、移動台の寸法や取付金具の大きさ、取付位置が異なるものがある。そして、原告のパンフレットでは、規格外の仕様であっても設計、製作するとしているから、原告の製造する空気チューブを使用した昇降装置が、本件原告製品の規格に限られるわけではない。
(三) さらに、証拠(乙三)によれば、訴外株式会社メイキコウ(以下「メイキコウ」という。)も、空気チューブを使用する昇降装置を「低床エア ダイバータ」の商標で製造、販売しているところ、右製品の中には、本件原告製品と同様に、直方体状の基台と移動台からなるボックスタイプがあり、内蔵されるエアーホースの数が一本か二本か、ガイドピンか平行リンクかにより、ADB、ADB―2、ADB―P、ADB―2Pという形式に区別されている。なお、取付金具は、基台の下のほか、移動台の両端部の部材に設けられている。
以上によれば、本件原告製品と同様に、全体形状が直方体であり、板状の取付金具を有している空気チューブを使用した昇降装置は、原告、被告のみならず、少なくとも前記訴外会社三社から、それぞれの商標をもって販売されているのであって、右特徴をもって、商品等表示に該当する商品形態であると認めることはできない。原告のパンフレット(甲一)においても、本件原告製品の特徴として記載されているのは、本件原告製品一については、「上から簡単に取り付けができます。」、「サイドガイドピン方式。」、SB―H型について「ストロークが20oのため、SB型より荷重が大きい。」、本件原告製品二については、「ホースを2本内蔵しているのでより安定したアップダウンをします。」、「上から簡単に取り付けができます。」、「大型の方向転換機に最適です。」、WB―H型について「ストロークが20oのため、WB型より荷重が大きい。」というものであって、本件原告製品の形態が、独自であることを看取させるような記載はない。
なお、取付金具の形や取付位置等に違いはあるが、需要者が一見して特定の営業主体の商品であることを理解できるほどの大きな違いではないし、これによって需要者が購入する商品を選択しているとは認められない。
次に、基台や移動台の寸法や取付金具の位置、大きさ等は、昇降装置を設置するコンベヤーラインに応じて、それぞれ決まってくるものとも思われ、現に、原告は、種々の規格のものを製造しており、規格外のものも製造すると宣伝しているのであるから、本件原告製品の基台や移動台の寸法や取付金具の位置、大きさ等を見ても、需要者が原告の製品であると判断できるものではない。
のみならず、本件原告製品と基台や移動台の寸法や取付金具の位置、大きさ、昇降する高さなどが、全く同一の商品が、少なくともセントラルコンベヤーから同社独自の商標と型式で販売されているのであるから、本件原告製品の形態のみによっては、セントラルコンベヤーの製品と区別することができないものである。そうすると、本件原告製品の形態は、原告の商品であることの表示とはならないものといわざるをえない。
以上のとおり、本件原告製品の商品形態が他の同種商品とは異なった独自のものであるということはできず、これによって、商品等表示機能を果たしているとは認められない。
3 次に、本件原告製品の形態が周知となったことにより、商品等表示機能を獲得する可能性について検討する。
原告のシェアが九〇パーセントであるとか、被告が本件被告製品の製造を開始するまでは、原告及びメイキコウのみが、本件原告製品のような形態の製品を製造していたとかいう事実を認めるに足りる証拠はなく、また、原告のパンフレットに、
本件原告製品の形態を強調するような記載がないことは、右2認定のとおりであるから、原告が本件原告製品を販売する際の宣伝広告により、本件原告製品の形態が、周知性を獲得したというような事実も認められない。
しかしながら、原告は、本件原告製品を自ら製造、販売するほかに、前記のとおり、基台と移動台の幅や長さ、取付金具の位置や大きさ、移動台の昇降する高さなどが、本件原告製品と同一または類似する製品を製造し、コンベヤーラインの販売会社数社に供給し、販売させるという営業形態をもとっているから、コンベヤーライン等の搬送機械設備における、空気チューブを使用した昇降装置の市場において、原告製造に係るものが、かなりのシェアを占めるということも十分考えられる。そして、右シェアの大きさによっては、販売元を異にしていても、需要者が、
製造元が原告であるという認識の下で原告製品を購入していることも考えられるのであり(原告は、これらの製品は、原告から需要者に直接納入されるので、需要者は、セントラルコンベヤーやマキテックの商品の製造者が原告であることを認識していたと主張している。)、この意味において、本件原告製品の形態が、商品表示性を獲得したとする可能性がある。
したがって、次に、誤認混同のおそれについて判断する。
二 争点3(本件被告製品は、需要者に、本件原告製品との誤認混同を生じさせるか。)について1 弁論の全趣旨によれば、空気チューブを使用した昇降装置の需要者は、コンベヤーラインを有する倉庫業者やメーカー等がほとんどで、原告や前記訴外会社ら販売会社は、需要者に対して直接売り込みをしていること、実際に製品を購入する担当責任者は、機械設備や搬送設備に豊富な知識を有する専門業者であることが認められるところ、右専門業者は、商品知識に乏しい一般消費者と異なり、製品購入にあたっては、企業コスト削減や事業の効率化等の観点や、メンテナンスを含めた販売会社の信用性などを総合して、製品を購入するのが通例であって、商品形態が似ているか否かで購入する製品を選択するようなことはないと思われる。
そして、本件原告製品と本件被告製品には、原告と被告の商号及び商品名が記載されたプレートが、それぞれ付されていることは、原告もこれを認めるところであるから、需要者が商品自体を見た場合に、両製品を誤認混同するおそれがないことは明らかである。
原告は、需要者はカタログやパンフレット等を通じて製品に関する情報を入手するところ、右カタログやパンフレット等の写真では、右プレートは極めて小さくしか写っておらず、これによって直ちに誤認混同を防止できるものではないと主張するが、原告及び被告の各パンフレット(甲一及び二)には、それぞれ、表表紙及び裏表紙に、原告及び被告の商号が印刷されているのであり、パンフレットを通じても、やはり、需要者が両製品の出所を誤認混同するおそれはないといえる。
2 さらに、需要者が、本件被告製品を原告が製造したものであると誤認混同するなど、被告を、原告と何らかの関連がある会社であると誤認混同するおそれ(広義の混同)があるかについて判断するに、被告が、本件被告製品を需要者に対して売り込もうとして作成した被告の見積書(甲一一ないし一三)によれば、被告は、見積りに際し、本件被告製品が本件原告製品の相当品であることを明示し、塗装色の番号も本件原告製品の色とは異なる番号を示し(甲一によれば、本件原告製品の塗装色は、「日本塗料工業会(日塗工)346(マンセル2.5Y8/・)」であり、本件被告製品の塗装色は日本塗料工業会D9―513である。)、客が指定すれば、本件原告製品と同じ「黄色日塗工346」に塗装できることを記載している。
右事実は、被告が、本件被告製品が、本件原告製品とは異なることのみならず、
原告の製造するものでないことを明らかにした上で、その代替品として本件被告製品を販売していることを示すものであって、このことからすれば、需要者が、被告を原告と何らかの関連がある会社であると誤認混同するおそれがあるとも認められない。
3 原告は、本件原告製品の利用者の間で、本件原告製品と本件被告製品が、誤認混同されており、利用者から原告に対し、苦情や問い合わせが殺到していると主張するが、右主張は具体的でなく、原告がその主張の証拠として提出した被告作成の見積書は、前記2のとおり、その証拠にはならない。
原告の右主張事実を認めることはできない。
三 争点6(本件情報は、原告の営業秘密か。)について1 営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう(法2条4項)。したがって、ある情報が、法で保護される営業秘密であるといえるためには、@秘密として管理されていること、A事業活動に有用であること、B公然と知られていないことが、いずれも必要である。
2 まず、本件情報が、@秘密として管理されているといえるかであるが、本件情報に関する原告の主張は、本件情報を知ることができない外部者がそれを取得したことを理由とするものではなく、本件情報を知る者がそれを漏らしたことを理由とするものであるから、本件情報の管理状況も、単に外部の者がそれを知ることができないような措置を講じていたというのでは不十分であり、本件情報に接している者がそれを漏らしてはならない秘密であると認識できるような措置を講じていたことが必要である。
3 そして、右のような観点から、本件情報の管理状況について検討するに、本件情報は、【C】を含む販売担当社員にのみ開示されていたものであって、【C】に従業員としての守秘義務があることを前提に開示されたものであるし、本件情報の性格及び【C】の仕事上の経験からして、【C】は、本件情報を対外的に公表してはならないことを十分に承知していた、また、原告の掛け率表及び直送先リストは、これを持ち出さないよう常に従業員が相互に監視しており、かつ、社長自ら持ち出しの有無を管理できる場所に置いてあったから、内部者といえども持ち出すことはできなかったというものである。
しかしながら、販売担当社員にのみ開示されたといっても、本件情報は、その内容からして、販売を担当しない製造担当社員等が見る必要はないものであって、原告主張の事実は、本件情報が販売担当社員以外が見ることのできないものであることを意味するものではない。また、従業員に守秘義務があるとしても、この守秘義務は、当該情報が秘密であることを認識し又は認識しうることを前提とするものであるところ、原告が【C】に本件情報が秘密であることを伝えていた、あるいは、
本件情報の化体物である原告の掛け率表及び直送先リストに、本件情報が秘密であることを認識できるような記載があったなどの主張はない。原告は、本件情報の性格や【C】の仕事上の経験から、【C】にとって、本件情報の秘密性は明らかであったというが、法は、営業秘密のうち、法の保護に値するものを判別するための要件として、秘密として管理されていたことを特に要求しているのであるから、本件情報の性格や【C】の仕事上の経験から、本件情報が原告の秘密であることを当然認識できたはずであるというだけでは、法の保護を求めるための要件としては不十分である。さらに、本件情報の持ち出しを、従業員が相互に監視し、社長が管理していたという点についても、その根拠として原告が主張する事実は、全従業員と社長が、一つの事務室の中で机を並べていたというだけのものであるから、これを管理あるいは監視体制ということは困難である。
4 したがって、本件情報についての原告の主張は、右の点のみにおいても既に失当であって、他の要件を検討するまでもなく理由がない。
四 結論 以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 野田武明
裁判官 佐藤哲治
裁判官 達野ゆき