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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ワ5711営業差止等請求事件 判例 不正競争防止法
昭和60ワ4131秘密保持義務存在確認等請求事件 判例 不正競争防止法
平成15ネ1010損害賠償請求控訴事件 判例 不正競争防止法
平成18ワ5172損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
平成10ワ13353損害賠償請求事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 顧客吸引力(グッドウィル) /  周知性 /  商標登録 /  登録商標 /  特段の事情 /  信義則 /  類似性(類似) /  外観 /  観念 /  混同のおそれ(混同) /  表示の使用 /  誤認混同 /  不正の目的(不正競争の目的) /  差止請求(差止) /  営業上の利益 /  権利濫用(権利の濫用) /  侵害 /  混同のおそれ(混同) /  プログラム /  品質等誤認表示(誤認) / 
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事件 平成 7年 (ネ) 2642号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 1997/03/25
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、日本舞踊における芸名として「音羽」なる名称を称し、また、自らの主宰する舞踊会に「音羽流」なる名称を冠し、右各名称を日本舞踊に関する表札、看板、印刷物、書面に表示する等して使用してはならない。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 控訴人1(従前の請求につき) 主文同旨及び主文第二、三項につき仮執行の宣言2(当審における新請求(予備的請求)につき) 被控訴人は、別紙目録2、同3記載の標章を舞踊の教授の役務に付して使用してはならない。
二 被控訴人(従前の請求につき)(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
【以下、略語は原判決の例による。】
事案の概要及び当事者の主張
一 次のとおり訂正するほかは、原判決の「第二 事案の概要」(一 原告の活動、二 特被告の行為、三 原告の請求、四 争点)及び「第三 争点に関する当事者の主張」に記載されているとおりであるから、これを引用する。
(原判決の訂正)1 原判決二一頁一行目の「組みつつも」を「汲みつつも」と訂正する。
原判決二二頁八行目の「組んでいる」を「汲んでいる」と訂正する。
2 原判決二三頁九行目の「一切控えるというまでの約束をしたことはない。」を「一切控えるという約束まではしていない。」と訂正する。
3 原判決三五頁三行目の「宗家としての」を「家元としての」と訂正する。
二 従前の請求に関する当事者の主張1 控訴人の補充主張(一) 歌舞伎界の音羽屋当主Aに日本舞踊界の流派に対する名称使用許諾権限があるとする根拠が明らかでない。六代目BとAとの法的地位の継続性も明らかではない。
日本舞踊界において、宗家は、そのような地位が存在する流派もあれば、存在しない流派も多数存在する。家元の地位が不可欠であるのに対し、宗家は歴史的にも不可欠の地位とはされていない。宗家を置かない場合であっても、家元襲名やその他の日本舞踊活動において支障が生じることはない。
宗家が、存在する流派においても、その内容は千差万別であり、一義的ではない。家元と同等の実質的な権利義務関係を有する流派、家元と兼務している流派、
家元を引退した者が就任する名誉的地位とする流派、単なる形式的なものとする流派等々様々である。この点も、家元の地位がある程度一義的であるのと対照的である。本件における宗家の地位・権限は明らかでない。
(二) 日本舞踊界での音羽流・音羽の名称の周知性は、控訴人が主催する音羽流一門の努力により築き上げられてきたものである。
2 新たな主張(一) 控訴人(1) 仮に宗家に「音羽流」「音羽」という名称を付与する権限があったとしても、被控訴人は、控訴人の事業との誤認を招き、控訴人に著しい損害を与えることを十分に知りながら、Aの権威付けがあれば他の流派名にすることは容易であったにもかかわらず、ことさら類似の名称の流派を創流したこと、及び、病気で退流し以後「音羽流」「音羽」の名称を使用しないと申し入れておきながら、その後も右名称の使用を続け、本件訴訟が提起されるや画策して形式的な根拠を整えようとしたことは、権利の濫用であり信義則に反するものである。
(2) 被控訴人は、音羽流を退流する際に、控訴人との間で「音羽流」「音羽」の名称を使用しないことを合意した。にもかかわらず、類似の名称を別の方法により取得したことは禁反言の原則に抵触し、信義則違反となる。
(3)ア.仮に被控訴人がAから本件書付けを授与されたことが形式的には違法性阻却事由に該当すると認められるとしても、次項に述べる理由により、右授与を受けることは権利の濫用信義則違反に該当し、違法性阻却事由としての効力が認められるべきではない。
イ.被控訴人は、音羽流を退流した後、昭和六二年五月以降控訴人の表示の持つ強い顧客吸引力を利用する意図の下に、そのままCと名乗り、清派音羽流を創流して、それまでの弟子に対する指導料の徴収に加えて、新規門弟の募集・指導等の日本舞踊事業活動を開始した。
控訴人は、右被控訴人の活動開始時点である昭和六二年五月から、不正競争防止法に基づきその名称使用の差止めを請求しうる地位を取得していた。控訴人は、昭和六二年頃から、被控訴人に対し、抗議、警告するとともに、平成五年二月一五日には本件訴えを提起して名称使用の差止めを求めた。
しかしながら、被控訴人は、右警告及び要求を無視するとともに、和解にも応じなかった。ところが、被控訴人は、本件訴訟継続中に、不正競争防止法に基づく差止請求を免れるため、その対抗措置として、平成五年一二月にAに対し、自己の一方的見解を述べて名称使用を許可するよう要望し、本件書付けの交付を受けた。
A又はその関係者は、被控訴人の一方的な言い分しか聞いておらず、その際、被控訴人が、自己が退流した後抗議を受けながらもこれを無視して名称を使い続けていた事実等自己に不利な事実や、あるいは退流した事実すら伝えていないことが容易に予測される。
また、本件書付けの記載は簡略であり、そこに無理に深い意味を読み取ることは誤りである。
本件書付けが作成される前後で被控訴人の日本舞踊活動の実態に何の変化もなく、従前の活動がそのままの形で継続されている。不当な方法により形成された利益が、紙一枚で急に法律の保護を受ける正当な利益に転嫁するということは不当である。
被控訴人は、音羽流を退流する際、控訴人に対して病気で引退し「音羽流」「音羽」の名称も使用しないと涙を流しながら確約したのであるが、右約束についての、両当事者の合理的意思解釈によれば、本件書付けのごときものを取得した上類似名称を使用して活動を続けるという脱法的行為を行わないという合意を当然含んでいたとみるのが相当である。にもかかわらず、この合意に反した行為を違法性阻却事由とすることは、著しい信義則違反であり到底認めることはできない。
被控訴人がAに認可を求めること自体が、控訴人との合意に反し、控訴人の信用を裏切る行為である。そのような行為を違法性阻却事由として認めることはできない。
(二) 被控訴人 控訴人に「音羽」の名称の使用を許諾してくれた本家本元の音羽屋が音羽の芸を後世に残すことを願って、被控訴人にも「音羽流」の名称使用を許諾したことは不正競争防止法に(商標法にも)何ら反しておらず、違法性はない。しかるに、その名称の使用の差し止めをことさらに求めることは信義に反するものであり、また、
権利濫用にも当たるもので、許されるべきではない。
三 新たな請求(予備的請求)に関する当事者の主張1 控訴人の主張(請求原因等)(一) 請求原因(1) 控訴人は、次の商標権を有する。
(@)登録番号 三〇七五四五六号(A)登録商標 別紙目録1記載のとおり(以下「本件商標」という。)。
(B)出願日 平成四年九月三〇日(C)設定登録日 平成七年九月二九日(D)指定役務 41 舞踊の教授(2) 被控訴人は、昭和六一年五月ころ、音羽流を退流した後も、控訴人の許可なく別紙目録2の「音羽流(清派)」及び同3の「清派音羽流」の名称で日本舞踊活動を主宰し、また、平成五年一二月初旬以降は、Aから「清派音羽流」の名称使用を許されたとして、自らの舞踊の教授の役務に別紙目録2、3の標章を使用して、現在もなお日本舞踊活動を行っている。
(3) 別紙目録1の本件商標と、別紙目録2、同3の被控訴人の「音羽流(清派)」「清派音羽流」の標章とは、全体的に考察して、外観・称呼・観念類似している。
(4) 被控訴人は、右標章を、自己の主宰する日本舞踊の教授の役務において使用しており、右役務は、本件商標の指定役務に該当する。
(5) よって、控訴人は、被控訴人に対し、予備的に、本件商標権に基づき、別紙目録2、同3記載の「音羽流(清派)」「清派音羽流」の標章使用の差止めを求める。
(二) 被控訴人の後記2の主張について 被控訴人は、昭和六二年五月の清派音羽流の創流時点をとらえ継続使用権を主張しているが、Aから本件書付けの授与により新たに「清派音羽流」「音羽」の名称の使用を許されたとする時点以前については、被控訴人において控訴人にそれらの名称を返還していたことが明らかである。
Aが日本舞踊の業務を行っていなかったことは明らかであるから、被控訴人はAから業務を承継したとはいえない。
2 被控訴人の主張(一) 被控訴人は昭和六二年五月に清派音羽流を掲げて創流しているのであり(乙第二号証)、控訴人の商標登録の有無にかかわらず、継続使用権を有している。
また、歌舞伎は舞踊と芝居を二つの主たる構成要素としており、日本舞踊をも包含するところ、歌舞伎の世界では、江戸時代から音羽屋の屋号がAの率いる菊五郎劇団において使用されてきているのであり(したがって、そこでは弟子に舞踊を伝授することが日常的に行われている。)、そのAから音羽流を名乗ることを許された被控訴人は、「当該業務を承継した者」(商標法附則第3条第1項)にも該当するから、この点からみても、被控訴人が継続使用権を有していることは明らかである。
(二) 前記第二の二2(二)と同様の理由により、商標法に基づく、控訴人の予備的請求は権利の濫用に当たる。
当裁判所の判断
当裁判所は、控訴人の本訴請求(主位的請求)は理由があるものと判断する。その理由は以下のとおりである。
一 争点1(「音羽流」「音羽」の表示は、控訴人の営業であることを示す表示として周知性を獲得しているか)、同2(被控訴人の「清派音羽流」「音羽」の表示は「音羽流」「音羽」の表示と類似し、その使用により控訴人の営業との混同を生じ、控訴人の営業上の利益が害されるおそれがあるか)についての判断 原判決三八頁一〇行目から同四九頁二行目までに記載されているとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四八頁の「組みつつも、」(二箇所)を「汲みつつも、」と訂正する。)。
二 争点3(被控訴人の「清派音羽流」「音羽」の表示の使用について、不正競争防止法11条1項2号の自己氏名の善意使用に該当する等、違法性阻却事由があるか)について1[不正競争防止法11条1項2号の適用(芸名使用による類推適用の可否を含む。)について] 原判決四九頁六行目から同五一頁末行までに記載されているとおりであるから、
これを引用する(但し、原判決五一頁一〇行目の「組んでいることを」を「汲んでいることを」と訂正する。)。
2[宗家音羽屋の許諾による違法阻却事由の有無] 被控訴人の右に関する主張の要旨は、被控訴人が現在使用している「清派音羽流」、「C」の名称は、平成五年一二月初め「音羽流」「音羽」の名称の起源である宗家「音羽屋」の当主Aから新たに許諾されて使用しているものであるから、これを使用することは何ら違法でないというにある。
そこで、以下、右主張につき検討する。
(一)(1) 原判決第二(事案の概要)の二、第四の一の各事実並びに甲第一、
第三四(枝番を含む。)、第三五号証(枝番を含む。)、乙第一、第一二号証及び原審における控訴人、被控訴人名本人尋問の結果によれば、被控訴人が音羽流を退流した後本件書付けを取得するに至るまでの経緯として次の事実が認められる。
ア.被控訴人は、昭和九年、音羽流の創流者である初代Dに入門し、昭和一六年名取になって「E」と称した後、昭和二三年からは「C」と名乗り、音羽流の一員として日本舞踊の分野での活動を続けてきた。
イ.被控訴人は、昭和六一年五月、音羽流の家元である控訴人に対して、病気であることを理由にして音羽流を退流したい旨申し入れ、控訴人の了解を得た。その際、被控訴人は、名取に取り立てられたとき(昭和一六年)に初代Dから授与された免状と看板(表面に被控訴人の芸名が記され、裏面に音羽流の家元の焼き判が押されたもの。)を控訴人に返還した。
ウ.しかしながら、被控訴人は、右退流後も「C」と称し、昭和六二年頃から、
「清派音羽流」の名称を使用して、弟子を募集し、発表会を催すなどの舞踊活動をしている。
エ.控訴人は、昭和六二年三月、被控訴人が控訴人の許可を得ないまま、「清派音羽流」を名乗り舞踊活動をしていることに対して、抗議を申し入れた。
オ.控訴人は、平成三年七月一〇日、被控訴人が音羽流退流後も、控訴人に無断で「清派音羽流家元C」を名乗り、舞踊教室を開き舞踊活動をしている件について、
その停止を求める趣旨の内容証明郵便を発送したが、被控訴人にその受取を拒絶された。
カ.控訴人は、被控訴人が控訴人の警告に応じないことから、不正競争防止法2条1項1号3条に基づき、「音羽」「音羽流」の名称使用の差止めを求める本件訴えを提起した。
キ.被控訴人は、控訴人から本件訴訟を提起された後の平成五年一二月、Aに会い、本件訴訟のことを話して自分は「音羽の手」(音羽流の踊り)しかできないので難儀している旨訴えたところ、同人は、「音羽」のままでやればよいと述べ、被控訴人の希望に従い、被控訴人が「清派音羽流」として活動することを宗家として認可する旨述べた。その後、被控訴人が、Aに、認可されたといっても形のあるものがないので困っている旨話したところ、同人は、書付けを与えることを約束し、
同年一二月初め、自宅において、「證 C 右の者に日本舞踊流派音羽流(清派)の創流を音羽流宗家として認可します 平成五癸酉年拾貮月吉日 七代目A」と記し、「A乃印」と刻した角印を押捺した本件書付けを被控訴人に授与した。控訴人は、その後間もなく、本件書付け授与の事実を知り、控訴人の意を体した控訴人の姉がA(入院中)の許に赴き、同人の妻に会って、本件書付けが授与されたことにより控訴人は困惑している旨話したが、妻はAの意向として本件書付けを撤回する意思はない旨伝えた。
(2) 次に、日本舞踊音羽流と宗家「音羽屋」との関係についてみるに、甲第八ないし第一〇、第一二、第十五、第一七、乙第五、第九、第一四、第一六、第一八、一九号証及び原審における証人Fの証言、控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア.もともと、歌舞伎は舞踊をその要素として含んでおり、古くは、舞踊は独立した演目ではなく、芝居の演目の一場面として置かれていながら、芝居とは別種の固有の場として演じられる特殊な形態をとっていたが(その場面を上方では「景事」、「江戸では「所作事」といっていた。)、現在では、歌舞伎の舞踊作品を「所作事」と呼んでいる。
六代目Bは、日本舞踊においても卓抜した技能をもって知られていたが、音羽屋一門が継承してきた日本舞踊を一般に広めることに熱心であり、いずれも「尾上」姓を使用していた弟子(歌舞伎役者)三名に、それぞれ音羽流、西川流、尾上流という日本舞踊の流派を創流することを命じた(但し、西川流については、従来存在した小規模な西川流に初代Gが養子に入ったものである。)。
当時、「H」と称していた初代Dは、そのうちの一人であり、昭和九年頃、六代目Bから、その屋号「音羽屋」に因んで、流派名を「音羽流」とし、「D」と称することを許されたものである。そして、音羽流では、創流後、「音羽屋」の当主を宗家と呼んでいる。
イ.昭和三四年一〇月三〇日開催の音羽流舞踊大会(当時の家元は初代D)のプログラム(乙第五号証)には、特別出演者の筆頭にAの名が記載され、同人が同じく音羽屋一門のIとともに特別出演している。
昭和四四年五月二四日開催の初代Dの三回忌追善公演・D舞踊会(当時の家元は二代目D)のプログラム(乙第一四号証)には、特別出演の筆頭にAの名が記載され、同人が音羽屋一門のJ(Aの子で、後の七代目B)とともに特別出演している。
ウ.ところで、日本舞踊音羽流において、宗家から家元にその地位を認める免状や書き札が渡されたことはない。また、家元から宗家に対し、家元の地位取得の対価、家元としての活動の対価、その他金銭が支払われたこともない。
宗家は、歌舞伎が専門であり、音羽流の舞踊の型を取得しているわけでもないし、日常的に日本舞踊の普及活動をしているわけでもない。そして、宗家は、家元及びその一門に対して、舞踊の指導をしたことはない。
宗家は、人事・運営方法・経理・会の開催・その他いかなる事項についても、音羽流の活動につき命令・指示・介入をしたことがない。家元は、宗家に対して、自己の門弟の構成内容、舞踊活動の内容その他について一切報告せず、宗家もその活動内容について報告を求めようとしたことがない。
宗家は、家元による名取の取立てに全く関与しない。
宗家から家元、一門に対して、破門、戒告その他何らかの制裁処分が行われたことは一度もなく、そのような処分制度も存在しない。
エ.控訴人が三代目Dを襲名した際の挨拶状(甲第八号証)には、Aを筆頭に、控訴人、二代目H、西川流家元Gの挨拶が記載され、控訴人の挨拶として「亡父初代D没後 家元G師の御交情の許にお教えを受けておりましたところ 先生の御推薦の許 A様のお許を待まして 三代目Dを襲名致すはこびと相成りました」、二代目Dの挨拶として「A様 G様 両先生方のおすすめを戴きまして 長男 Kに 三代目Dを襲名致させることに相成り」、Gの挨拶として「A師のお許しをいただき ここに新家元が誕生いたしました」との各記載がある。
三代目D襲名披露舞踊会のプログラム(甲第一〇号証)にも、Aを筆頭に、G、
控訴人、二代目D改めL・M、尾上流家元N等の挨拶が記載され、Gの挨拶として「尾上宗家A師よりも心よくお許しをいただきましたのでここに新家元を誕生いたさせました」、控訴人の挨拶として「A様のお許を得 三代目Dを襲名致すはこびと相成りました」、L・Mの挨拶として「A様 G様 両先生方のおすすめを戴きまして長男Oに 三代目Dを襲名させることに相成りました」、Nの祝辞として、
「六代目B師の流れをくむ音羽流の益々の御発展を祈り お祝の言葉といたします。」との記載がある。右プログラム及び同舞踊会の案内(甲第九号証)には、特別出演者の筆頭にAの名が記載され、同人N、Gを筆頭とする西川流の者多数が特別出演している。
昭和四八年一〇月一日発行の大阪芸能新聞(甲第一二号証)には、控訴人が「A、Gの推薦で」三代目Dを襲名した旨の記載がある。
昭和五一年五月二九日開催の音羽流舞踊講演のプログラム(甲第十五号証)には、控訴人の挨拶として「お陰をもちまして此の度、A様、B様、恩師G様各位様の温かい御協賛を得まして、音羽流舞踊公演を開催させて頂くはこびとなりました」との記載があり、特別出演者として、A、七代目B、Gの順で紹介されている。
昭和五七年一一月二七日開催の第四回音羽会のプログラム(甲第十七号証)には、控訴人の挨拶として、「おかげをもちまして此の度、A様、B様、P様各位の温かい御協賛を得まして、音羽流舞踊公演を開催させて頂くはこびとなりました」との記載があり、特別出演者として、A、七代目B、Pの順で紹介されている。
オ.平成三年二月頃、音羽流一門のQを中心とする徳島音羽会及び雛菊会の会員が控訴人を家元とする音羽流を退流して独立し、QがAの認可を得て「菊ノ上流」を創流し、新たに「R」を名乗った。その際、控訴人は、事前にAにQの独立、新流派の創流を認可しないでほしいと申し入れていたが、Aはこれを無視する形となったため、以後、控訴人とAの関係は疎遠となった。
(二)(1) 右認定の事実に照すと、音羽流の創流自体、歌舞伎俳優・六代目Sの意を受けたものであり、「音羽流」及び同流家元の「D」の名称も、その当時六代目Bとその一門の屋号として著名であった「音羽屋」から「音羽」の二字を取り、同人の許しを得て使用しているものであるということができる。また、「音羽流」ないし「音羽」の名称が日本舞踊界において広く知られていくことについて宗家「音羽屋」との前示のようなつながりが大きく寄与していることも否定できない。
しかしながら、六代目Bが初代Hに「音羽」の名称の使用を許したということないし「音羽屋」の当主を宗家とすることの法的意味(例えば、法的な観点からみた場合、「音羽屋」ないし六代目Bが、日本舞踊の分野における「音羽流」ないし「音羽」の名称の使用につき、どのような権限を有していたといえるのか、右名称使用に関する何らかの権限を有していたとして、六代目Bと初代Hとの間で音羽流の創流当時右権限を「音羽屋」ないし六代目Bの下に留保するというような趣旨の了解ないし合意があったのか否か、また、宗家という立場でどこまで音羽流に対して統制管理をなし得るのかというようなこと等)は明らかでなく、これを確定するに足る証拠はない。
しかるところ、音羽流創流後、日本舞踊音羽流の活動が、歌舞伎から離れて独立の活動として行われてきたことは明らかである。そして、「音羽屋」ないし六代目Bが、自ら音羽流の活動に関与しようとしていたことを窺わせる資料は存せず、むしろ、「音羽屋」ないし六代目Bは創流された日本舞踊には関与せず、その活動をそれぞれの創流者に委ね、それによって日本舞踊を広めるというのが、門弟三人に日本舞踊の創流を命じた六代目Bの意図するところであったとも考えられる。
また、歌舞伎と日本舞踊との間には、元来、密接な関係があったと認められるが、(乙第19号証、弁論の全趣旨)現在ではそれぞれ独自の芸能分野を形成しているということができるところ、音羽流が、その創流後、歌舞伎とは別に独自の活動を続けた結果、日本舞踊の分野で「音羽流」といえば、同流の家元が一門の者を率いて行う事業活動(日本舞踊の舞踊活動、門弟の指導等の教育活動、名取・教授等の資格授与活動等)の営業表示として、また、「音羽」の名称が、同流の家元及びその一門の者が右事業活動を行う際の営業表示として周知になっていると認めるべきことは前示(原判決第四の一2(二)〔四四頁〕)のとおりである。
そうすると、少なくとも、右周知性が確立されそれが維持されている限り、控訴人が使用する「音羽流」及び「音羽」の名称には、歌舞伎の「音羽屋」とは別に保護されるべき独自の利益があるというべきである。そして、宗家といえども、この利益の侵害をもたらす結果を招来することが許されるとすべき理由はない。
このように見てくると、被控訴人が、現在使用している「清派音羽流」、「C」の名称は、前示のとおり控訴人の前示営業表示と誤認混同を生じるものであり、宗家・Aの許諾を得たのも控訴人の右営業表示の周知性が確立され維持されている平成五年一二月のことであるから、右許諾によりその使用の違法性が阻却されるものではないといわざるを得ない。
(2) ところで、被控訴人の主張をみると、他人の氏名の使用につき、その他人から許諾を受けたような場合、不正の目的でなく使用し、かつ、自己氏名の善意使用の場合と同視し得る特段の事情の存在が認められるときには、不正競争防止法11条1項2号の類推適用の余地があることを前提とした上で、本件においては右にいう特段の事情があるので違法性が阻却される旨の主張をしているものと解する余地もあるので、この点につき付言するに、仮に右類推適用の余地があるとし、また、被控訴人としては初代D、二代目Dから手ほどきを受けた音羽流独特の流儀である「振り」と「手」を音羽流本来のものとしてこれを継承し、発展させたいと願って新流派を興したものである(乙第一号証、原審における被控訴人本人尋問の結果)としても、前記(原判決第四の二2(二)〔四七、四八頁〕、本判決第三の二2(一)(1)ウ)認定のような被控訴人の日本舞踊の活動状況をみると、被控訴人に右法条の類推適用上問題となる不正競争の目的がなかったとは言えないし、また、本件において、右法条の類推適用を相当とすべき特段の事情の存在はいまだ認め難いといわなければならない。
三 被控訴人の新主張(権利濫用の抗弁)について 被控訴人が音羽流退流後も「清派音羽流」「C」の名称を名乗り日本舞踊の舞踊活動をするにつき、不正競争の目的がなかったとは言い難いことは右に述べたとおりであり、右説示に照らすと、被控訴人の右抗弁は理由がないというべきである。
結論
以上の次第であるから、控訴人の請求(主位的請求)は理由があり、これと結論を異にする原判決は失当である。
よって、原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法96条89条を適用し、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
裁判官 上野茂
裁判官 高山浩平
裁判官 長井浩一