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事件 昭和 43年 (ネ) 273号
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裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 1972/02/29
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事仮処分
主文 本件控訴を棄却する。
控訴人の当審においてした仮処分申請をいずれも却下する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
全容
(当事者双方の申立)一、控訴人(一) 原判決を取消す。
(二) 被控訴人イトメン株式会社(以下被控訴会社という)は、自己の商品につき原判決添付目録(4)ないし(6)の文字、標章もしくはこれに類似する文字、
標章を用いて宣伝、頒布、販売をしてはならない。
(三) 被控訴会社が保有し、かつ、その製造にかかる右目録(4)ないし(6)の文字、標章もしくはこれに類似する文字、標章を付した一切の商品、包装紙、容器、パツキングケースおよび宣伝用印刷物に対する被控訴会社の占有を解いて、控訴人の申立てにより神戸地方裁判所姫路支部執行官にその保管を命ずる。
(四) 被控訴人【A】は、右目録(4)ないし(6)の文字、標章もしくはこれに類似する文字、標章を用いて自己もしくは第三者の商品の宣伝、頒布、販売をしてはならず、または第三者をしてなさしめてはならない。
(五) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二、被控訴人ら(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 訴訟費用は控訴人の負担とする。
(当事者双方の主張と疎明) 次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示(ただし、原判決一二枚目表四行目の「目録(6)」を「目録(4)」に、同九行目の「同法」を「不正競争防止法」にそれぞれ訂正する。)と同一であるから、これを引用する。
一、控訴人(一) 株式会社日本リサーチセンターの調査結果(疎甲第四五号証の一、二)では、次の事実が認められた。すなわち、(イ)回答者の五一・八パーセントが「ヤンマー」表示のラーメン等の営業主体をヤンマーデイーゼル株式会社(控訴人)であると誤認混同している。(ロ)「ヤンマーラーメン」という商品を宣伝の場や陳列の場で見聞きした場合には、デイーゼルエンジンメーカーの商品であると感ずる回答者は三三・〇パーセント。(ハ)「ヤンマーラーメン」の包装提示により誤認混同は、提示前より低下するが、なお回答者の三五・二パーセントが誤認混同している。次に社会行動研究所の調査結果(疎甲第四六号証の一、二)では、次の事実が認められた。すなわち、(イ)被控訴会社の「ヤンマー洋風ラーメン鼓笛隊」のコマーシヤルフイルムを見た回答者でヤンマーデイーゼルのコマーシヤルと誤認した者は関東で二二・四パーセント、関西で一二・二パーセント。(ロ)被控訴会社の右コマーシヤルフイルム呈示後右ラーメンをつくつている会社名を尋ねたのに対し、ヤンマーとする者関東で五七・六パーセント、関西で三五・〇パーセント、ヤンマーデイーゼル株式会社とする者関東で三二・八パーセント、関西で二一・一パーセント、伊藤製粉製麺株式会社(被控訴会社の当時の商号)とする者関東で〇、
関西で〇・八パーセント。(ハ)「ヤンマーラーメン」をつくつている会社名を尋ねたのに対し、ヤンマーまたはヤンマーデイーゼルでつくつているとする者は、ヤンマーデイーゼルのテレビコマーシヤル呈示グループでは関東で二三・二パーセント、関西で二一・一パーセント、ヤンマー洋風ラーメン鼓笛隊テレビコマーシヤル呈示グループでは関東で七一・二パーセント、関西で三四・九パーセント。(ニ)ヤンマーデイーゼル株式会社と伊藤製粉製麺株式会社とは何か関係があるかを尋ねたのに対し、関東、関西を通じ、関係があるとする者五六・九パーセント、関係がないとする者二三・二パーセント。(ホ)「ヤンマーラーメン」はヤンマーでつくつているとの意見があるが、この意見に賛成するかどうかを尋ねたのに対し、賛成の者二八・六パーセント、やや賛成の者五・二パーセント、反対の者三三・七パーセント。「ヤンマーラーメン」をつくつている会社とヤンマーデイーゼルは同じ会社だとの意見があるが、この意見に賛成かどうかを尋ねたのに対し、賛成の者五・八パーセント、反対の者三三・七パーセント。
以上の調査結果からみて、被控訴会社の「ヤンマー」表示の使用により、控訴人との間で商品主体、営業主体の混同を生ぜしめている事実は否定するに由なきところである。
(二) 被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルムが、放映後、控訴人のものと誤認されて、控訴人の広告代理店である株式会社明治通信社に誤送された事実がある。
(三) 今日は多角経営の時代ともいわれ、繊維工業メーカーが食品に進出する例(カネボウーチユーインガム、アイスクリーム)機械工業メーカーが食品に進出する例(東京重機工業ージユーキミシンのメーカーが東京重機食品という子会社にジユーキパンを製造せしめている)はかなり数にのぼるし、近時控訴人と競業関係にある著名な三菱重工業株式会社が新聞紙上で「スナイス」という食品を宣伝して、
食品部門に進出し、少くとも進出する傾向にある。したがつて、被控訴会社がその製造にかかるインスタントラーメン等に「ヤンマー」表示を使用することにより、
被控訴会社の商品ないし営業が控訴人自身またはその系列会社の商品ないし営業であるとの印象を与えることを否定することはできない。
(四) 被控訴人らの不正競争防止法6条の主張は理由がない。不正競争防止法が異業異種商品間に混同を生ぜしめる行為を規制するのに対し、商標法は、堅く同種の原則を貫き、同業同種の商品間に生ずる誤認混同を防止抑止することを目的とするものである。したがつて商標法による権利の行使は、競争関係にある企業間で同一または類似の商品に同一または類似の表示が使用され誤認混同が生じる場合に限られ、競争関係のない企業間で異種商品の表示の混同が問題とされる場合に許されるものではない。本件では、競争関係がなく異種の商品を取扱う控訴人、被控訴会社間で、商標の使用につき争いが生じ、控訴人において被控訴会社を相手どり不正競争防止法上の保護救済を求めているのであるから、被控訴会社が自己の登録商標権の行使、援用を主張できないことは明らかである。けだし、同種の原則適用に必要な要件としての事実がないのに登録商標権の行使であると主張して、法律の保護を不正競争防止法に求めようとすることに帰するからである。
(五) 本件仮処分申請における被保全権利に関し、従来主張の不正競争防止法1条に基づく差止請求権のほかに、次のとおり、予備的に、民法709条の不法行為または民法205条の準占有に基づく差止請求権を主張する。
被控訴会社が「ヤンマー」(YANMAR)なる表示を使用して自己の商品を販売し宣伝していることは、控訴人が創造した商号、商標を盗用し、その著名性を利用して自己の商品の販売を拡張しようとしたものであり、その結果控訴人の商号、
商標のもつ独自性、唯一無二性を弱め、企業イメージを低下せしめる行為であつて、そのこと自体民法709条の不法行為の構成要件を充足する行為であるといわなければならない。不法行為については損害賠償請求を本来の建前としているが、
本件のようにその不法行為が継続している場合には、その行為の差止を求めうる権利が容認されるべきである。
控訴人は、「ヤンマー」(YANMAR)の商標、商号(正確にいうならば商号の主要な一部)について権利を有し、自己の営業活動のみならず社会的な活動(たとえばサツカーリーグのごとき)にその表示を使用する権利を専有している。右権利は企業利益ないし企業権(商号権、商標権、グツドウイル、信用、識別力等の集合体)ともいうべきもので、法的保護に値するものである。したがつて控訴人は、
右利益を享受する準占有者として、これを妨害する者に対し、その妨害の停止、予防を請求することができるというべきである。
二、被控訴人ら(一) 控訴人提出の調査書(疎甲第四五、四六号証の各一、二)は、控訴人が原判決後、訴訟上の証拠をうるため多額の費用を投じて株式会社日本リサーチセンター、社会行動研究所に作成させたものである。右各調査は、商標、商号に関する市場実態調査として公正、適切な方法で行なわれていない。かりに右各調査結果をそのまま是認するとしても、調査結果の検討と解釈を誤り間違つた判断をしているのであつて、右調査結果を専門的立場から客観的に判断し評価した場合には、かえつてインスタントラーメンの一般消費者は、「ヤンマー」なる表示のあるインスタントラーメンとヤンマーデイーゼルとの間に現実には何らの誤認混同を生じておらず、またそのおそれもないことが明らかである。
(二) 被控訴会社の広告代理店である株式会社富士広告社が過去五年間に取扱つたテレビコマーシヤルフイルムは五五五五本、ラジオコマーシヤルテープは三六本合計五五九一本であるから、控訴人が株式会社明治通信社に誤送されたと称するテレビコマーシヤルフイルム六本は、右の僅か〇・一パーセントにすぎない。
(三) 三菱重工業株式会社は「スナイス」(ソフトクリームの一種)をつくる機械を製造し、その機械を喫茶店、レストラン等に販売しているのであつて、食品たる「スナイス」そのものを製造販売しているのではない。またカネボウは繊維、東京重機工業は家庭用器機(ミシン、編機等)を本来の業種とするもので、業務用動力エンジンの専門メーカーである控訴人と競業関係にあるものではない。かりに企業の多角経営化が一般的傾向であるとしても、多角経営化の理論は、まず事実上自己の営業種目の多様化の存在を前提とし、そのためには商号もまた一般化されることが重要である。たとえば、サントリー、ソニー、ヤシカはそれぞれウイスキー、
ラジオ、カメラとの結合をその商号から喪失せしめている。控訴人はデイーゼルエンジンないし農機具の専用メーカーとしての印象を一般消費者に与えており、また控訴人の商号もヤンマーデイーゼル株式会社という営業品目との結合商号であつて、一般化された呼称ヤンマー株式会社あるいは株式会社ヤンマーではない。
(四) 不正競争防止法6条の主張を補足する。商標権の効力は、特許庁の無効審決が確定しない限り、すべての第三者をも拘束し何人もこれを否定することはできず、裁判所といえどもその例外ではない。控訴人は、被控訴人【A】の商標出願に対して商標法4条1項11号及び一五号に該当するとして異議申立をし、特許庁の認容するところとならなかつたが、商標登録後もこれに対する無効審判を申立てている。しかし商標法4条3項によると、同条一項八号、一〇号、一五号に該当する商標であつても、商標登録出願の時点において右各号に該当しない限り適用しないと規定しているから、右異議申立を斥けた際、少くとも被控訴人【A】の商標出願時たる昭和三六年六月二一日当時には、右各号に該当する事実は存在しなかつたと特許庁が認めたことを意味し、今後無効審決がなされる可能性もない。
控訴人は、商標法は堅く同種の原則を貫き、異業異種商品間に生ずる混同については全く与り知らぬところである旨主張するが、商標権を付与するにあたつては競業関係のある同業商品間についてのみならず、競業関係のない異種商品間についても混同を生ずるおそれがあるかどうかをも考慮して拒絶または登録査定を行なう(商標法4条1項5号)ことになつている。この点において商標法も不正競争防止としての機能をもつているのである。したがつて不正競争防止法6条競業関係にない異種商品間における商標権行使の場合に適用がないとの控訴人の主張は理由がない。
被控訴会社が原判決添付目録(5)とともに使用している同目録(4)は、単に同目録(5)のローマ字の構成部分を片仮名に変更した形態にすぎず、その要部に及ぶ変更ではない。商標の同一性ないし類似性は必ずしも常に厳格である必要はなく、その時代に応じた経済的、社会的取引通念に従つて判断すべきものである。余りにも厳格な同一性を要求することは、商標法の目的の一つである商標使用権者の業務上の信用維持を図ることに反することになるおそれがある。英語、ローマ字の普及が著しい現代においては、かつてのごとく、日本字とローマ字との間に強い区別をしないのがむしろ通常である。そのように解する根拠として、いわゆる工業所有権の保護に関するパリ条約5条C二項(一九三四年ロンドン改正会議において付加)の規定がある。すなわち、外国において日本で登録された商標とは異る形態で、たとえば使用のための適応または構成部分の翻訳の場合に商標が使用されたときは、両者の間に本質的でない変更としてこれを認めようとするものである。
(五) 被保全権利に関する控訴人の予備的主張は主張自体認められるべきでない。わが民法上、不法行為に基づく被害者の権利はその対象のいかんを問わず損害賠償請求権を原則とする。もつとも近時公害事件の解決にあたり、生命、身体に対する侵害が継続する場合に差止請求権を容認しようとする傾向が一部の学説や下級審の判例上現われている。しかし公害事件と本件とではその前提とする事実関係が相違しており、一企業利益の侵害行為について、法の明文によらないで控訴人の主張するような漠然かつ不十分な根拠に基づいて差止請求権を認めるべきではない。
わが法制度上は不正競争防止法1条各号に該当する場合にのみ差止請求権が認められているにすぎない。このことは控訴人主張の準占有上の権利についても同様である。被控訴会社は積極的使用を本質とする登録商標の権利者として適法に指定商品に商標を使用している者であるが、控訴人のごとく自己の権利を強調する余り、他の企業が法律上与えられた権利を無視して、または十分な法的根拠がないのに不法行為、準占有に準拠し、損害賠償請求権をとびこえて一挙に被控訴会社の権利行使と認められる行為の差止めを求めることは許されるべきでない。そうでないと、憲法が保証した財産権は法律によらないで違法に侵害せられ、同時に憲法が保証した国民の基本的権利としての営業の自由もまた剥奪される結果となる。
三、疎明(省略) 理 由一、当裁判所は、不正競争防止法1条1号、二号の差止請求権を被保全権利とする控訴人の仮処分申請は、いずれも理由がなく却下すべきであると判断するものであつて、その理由は次のとおり付加するほかは、原判決理由の説示と同一であるから、これを引用する。
(一) 原判決二二枚目表三行目「疎明資料がない。」につづけて次のとおり加える。
「成立に争いのない疎甲第四七号証、疎乙第二七、二八号証によると、三菱重工業株式会社が「スナイス」という食品をつくる機械を製造販売していることが一応認められるにとどまり、同会社が多角経営により食品部門に進出し、または進出しようとすることの疎明資料はない。したがつて控訴人のこの点に関する主張は採用できない。」(二) 原判決二三枚目裏八、九行目「一応認めることができる。」の次行以下に次のとおり加える。
「被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルムまたは内容を撮影した写真で音声を文字で表わしたものであることにつき争いのない疎検甲第二号証の一ないし八、同第三号証の一、二、同第四号証の一ないし七、成立に争いのない疎甲第四九号証の一、二、当審証人【B】の証言、当審における検証の結果によると、株式会社宮崎放送ほか一社で放映された被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルム各三本合計六本が、放映後右各放送会社から株式会社明治通信社(控訴人の広告代理店)に控訴人のものとして誤送された事実が認められる。しかし弁論の全趣旨により成立を認める疎乙第二九ないし第三一号証によると、昭和四一年八月から昭和四四年八月までの間に、株式会社富士広告社(被控訴会社の広告代理店)が右宮崎放送に送稿した被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルムは五七本、ラジオコマーシヤルテープ一本であること、また右宮崎放送分を除く放送会社不明の三本分は昭和四〇年中に放映されたものであるが、昭和三九年九月から五年間に、右富士広告社が右宮崎放送を含む三六の放送会社へ送稿した被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルムは五五五五本、ラジオコマーシヤルテープは三六本にものぼることが認められる。したがつて前記誤送の事実はまれな事例であつて、軽微な不注意に基づくものとみるべきであり、これをもつて不正競争防止法1条1号、二号所定の混同を判定するのは相当でない。」(三) 原判決二四枚目裏一一行目の「のである。」と「なお、」の間に次のとおり加える。
「疎甲第四五号証の一、二は株式会社日本リサーチセンターが、疎甲第四六号証の一、二は社会行動研究所がそれぞれ控訴人の依頼に基づき、無作為に抽出した調査者を対象に、一般需要者が「ヤンマー」表示インスタントラーメンを販売する被控訴会社の行為がヤンマーデイーゼルという表示のイメージに影響を及ぼすか、右行為により被控訴会社と控訴人との間に誤認混同の事実が認められるか等について調査した結果を記載した報告書および資料集であつて、いずれも結論としてこれらを肯定する資料である。しかし、右各報告書の内容を仔細に検討してみると、当審証人【C】の証言により成立を認める疎乙第二六号証および同証言によつて認められるように、調査に使用した質問方法について、全体の質問の配列、回答選択肢の選択の仕方と配列順序、質問文と回答選択肢の表現等に誘導、作為がうかがわれないではなく、また調査結果の検討と解釈において、消費者の自発的、自然的な回答を得易い自由回答の結果よりも、誘導、作為の入り易い回答選択肢を示しての回答の結果を重視したごとく認められないではない。そして疎乙第二六号証の記載中には右各報告書に対する理解不充分等のため、その誤解、独断にわたる判断の記載部分があつて、これを全面的には採用し難いにしても、疎乙第二六号証のなかで挙げている右各報告書に対する批判および調査結果の見方については、にわかに排斥し難いものがあつて、これらの点を合わせ考えると、疎甲第四五、四六号証の各一、二の記載内容をそのまま採用することはできない。のみならず、不正競争防止法1条1号、二号の「混同」については、単に文字的、数学的な基準によることなく、当該表示の使用方法、態様等諸般の事情に照らし、かつ、取引界の実情、並びに常識ある普通人の取引上における客観的注意を標準として、具体的に評価判断すべきものである(それは単なる事実問題ではなく法律問題である。)こと前記のとおりであるから、たとえ前記各調査の結果、「事実上の混同」を肯定する比較的多数人の回答ないし統計的数値が得られたとしても、直ちに右法条の「混同」を認めうるものでない。」二、当審で予備的に追加した仮処分申請について。
右仮処分申請は、被控訴会社による「ヤンマー」表示の使用行為等が、民法709条の不法行為に、または控訴人の有する民法205条所定の権利に対する妨害にそれぞれ該当するとし、不法行為上の差止請求権または準占有にともなう占有訴権が認められることを前提に、これらを被保全権利として主位的申請と同趣旨の仮処分を求めるものである。
わが不法行為法は、民法709条以下の規定に照らし、違法行為から生じた損害を填補させるものであつて、被害者の救済方法として、現になされている違法行為の排除、停止ないし将来の違法行為の予防の請求権を認めるものではないと解すべきである。一般に侵害された権利または利益の性質により、損害賠償のみ認めるか、妨害排除まで認めるかは立法政策の問題であつて、不正競争防止法1条差止請求権のごときも、いわば不法行為の特殊類型として、同条に規定する要件のもとに特に認められたものというべきである。したがつて、不法行為一般を理由とする妨害排除ないし予防の請求権を認めるべきであるとの控訴人の主張は採用できない。
次に、控訴人の主張する民法205条の権利とは、「ヤンマー」等の表示につき有する商号権、商標権、グツドウイル、信用、識別力等の集合した企業利益または企業権(以下単に企業利益という)を指すというのであるが、かかる企業利益自体をもつて法律上保護すべき一個独立の利益として認めることはできないから、いうところの「企業利益」を構成する商号権、商標権、不正競争防止法上の権利等の個別的権利を主張するは格別、「企業利益」に基づいて被控訴人らに対し妨害の排除ないし予防を請求しうる法的根拠はないものといわなければならない。要するに控訴人の主張は、商号権、商標権、グツドウイル、識別力等を企業利益と構成し、これを準占有の客体とすることによつて、商法、商標法、不正競争防止法がそれぞれ定めている差止請求権とは別個に、民法198条199条の要件のもとに差止請求権を認めようとするもののようであるが、独自の見解であつて採用することができない。
以上のとおりであつて、予備的仮処分申請も被保全権利の疎明を欠くものというべきである。
三、よつて、原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における予備的仮処分申請は理由がないからこれをいずれも却下することとし、控訴費用の負担につき民訴法89条を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 山内敏彦
裁判官 黒川正昭
裁判官 金田育三