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事件 平成 18年 (ワ) 29160号 損害賠償等請求事件
東京都千代田区<以下略>
原告旭化成ファーマ株式会社
訴訟代理人弁護 士三宅雄一郎
同 苅野浩
同 西舘勇雄
同 三宅雄大 静岡県駿東郡<以下略>
被告ZMC−KOUGEN株式会社 静岡県駿東郡<以下略>
被告C
被告ら訴訟代理人弁護士有村佳人
同 古屋有 実子
同 細川亮
同 宮田旭
被告ら訴訟復代理人弁護士北谷共衛
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2010/04/28
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1被告Cは,原告に対し,2239万6000円及びこれに対する平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告の被告ZMC−KOUGEN株式会社に対する請求及び被告Cに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,原告に生じた費用の40分の1と被告Cに生じた費- 2 -用の20分の1を被告Cの負担とし,その余を原告の負担とする。
4この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
1 被告らは,別紙1「製品目録A」1記載のコエンザイムQ10を製造してはならない。
2被告らは,別紙1「製品目録A」2記載のコエンザイムQ10を輸入又は販売してはならない。
3被告らは,別紙2「製品目録B」1記載の酵素製品を製造してはならない。
4被告らは,別紙2「製品目録B」2記載の酵素製品を輸入又は販売してはならない。
5被告らは,別紙1「製品目録A」2及び別紙2「製品目録B」2記載の各製品並びに別紙3「生産菌目録A」及び別紙4「生産菌目録B」記載の各生産菌を廃棄せよ。
6被告らは,別紙5「営業秘密目録A」記載の各情報を第三者に開示してはならない。
7被告らは,別紙5「営業秘密目録A」記載の各情報が記録された文書及び電磁的記録媒体を廃棄せよ。
8被告ZMC-KOUGEN株式会社は,原告に対し,3億円(ただし,1億1000万円の限度で被告Cと連帯して)及びこれに対する平成19年1月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9被告Cは,原告に対し,被告ZMC-KOUGEN株式会社と連帯して1億1000万円及びこれに対する平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10被告Cは,原告に対し,2239万6000円及びこれに対する平成16年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,原告が,原告の元従業員であった被告C(以下「被告C」という。)が,原告の在職中に,原告が保有する営業秘密であるコエンザイムQ10の生産菌,診断薬用酵素の生産菌及びコエンザイムQ10の製造ノウハウ等に関する情報を不正の手段により取得し,被告Cが代表取締役を務める被告ZMC-KOUGEN株式会社(以下「被告会社」という。)が,上記営業秘密が不正に取得されたことを知りながら,これを被告Cから取得し,更に上記営業秘密のうち,コエンザイムQ10の生産菌及びその製造ノウハウ等に関する情報を中国の企業に提供してコエンザイムQ10製品を製造させ,これを輸入,販売した行為等が,被告Cについては不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為又は共同不法行為に,被告会社については同条1項5号の不正競争行為又は共同不法行為にそれぞれ該当する旨主張して,被告らに対し,不正競争防止法3条1項に基づきコエンザイムQ10製品及び診断薬用酵素製品の製造等の差止め,同条2項に基づきコエンザイムQ10製品及び診断薬用酵素製品の廃棄等,同法4条又は民法719条,709条に基づき損害賠償を求めるとともに,被告Cの上記行為等が原告の就業規則に定める退職金の返還事由である背信行為に該当する旨主張して,労働契約に基づき,被告Cに対し,退職金の返還を求めた事案である。
なお,本件訴訟は,原告が,被告会社,被告C,D(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)の4名を被告として提起したものであったが,原告とD及びEとの間で本件口頭弁論終結後の平成22年4月16日に訴訟上の和解が成立したため,原告とD及びE間の訴訟事件は終了している。
1争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)(1) 当事者等ア原告は,医薬品,医薬部外品,酵素,試薬,工業薬品,医薬品・化粧品添加物,栄養補助食品原料,食品添加物等の製造,販売等を目的とする株式会社である。
原告は,平成15年10月1日,旭化成株式会社(旧商号「旭化成工業株式会社」。以下「旭化成」という。)の会社分割(吸収分割)により,旭化成から医薬医療部門の事業を承継した。
イ(ア)被告会社は,きのこ類の輸出入,加工,販売,医薬品,医薬部外品,化粧品,試薬,診断薬,食料品,診断薬用酵素等の研究,開発,製造,販売,輸出入等を目的とする株式会社である。
(イ)被告会社は,平成13年12月27日に設立された,きのこ類の輸出入,加工及び卸売並びにこれに付帯する一切の事業を目的とする有限会社康源が,平成18年2月2日,株式会社に組織変更したものである。
被告会社の商号は,その組織変更当時,「株式会社康源」であったが,平成19年1月30日,現商号の「ZMC-KOUGEN株式会社」に商号変更された。
ウ(ア)被告Cは,平成16年10月28日,被告会社の代表取締役に就任し,以来,その地位にある。
(イ)被告Cは,次のとおり,原告の従業員であったが,平成16年10月31日,原告を退職した。
a被告Cは,鳥取大学修士課程(応用微生物工学)を修了後,昭和56年4月に東洋醸造株式会社(以下「東洋醸造」という。)に入社し,医薬部門に配属された。
b被告Cは,平成4年1月に旭化成が東洋醸造を吸収合併したことに伴い,旭化成の医薬事業部門の診断薬用酵素の研究担当となった後,平成13年3月,診断薬事業開発担当となった。
c被告Cは,平成15年10月1日に原告が旭化成の会社分割によりその医薬医療部門の事業を承継したことに伴い,原告に移籍した。
被告Cは,平成16年10月31日,原告を自己都合で退職した。被告Cの退職時の役職は,診断薬開発研究部の診断薬グループ副部長であった。
(ウ)原告は,平成16年11月25日,原告の退職一時金規程(平成16年1月1日実施。以下「本件退職一時金規程」という。甲15)に基づき,被告Cに対し,退職金として2495万1148円(原告拠出分2239万6000円及び被告C積立分255万5148円)を支給した。
(2)コエンザイムQ10及びその製造方法等について(甲13,14,35ないし37,弁論の全趣旨)アコエンザイムQ10は,補酵素(コエンザイム)の一つで,キノン構造とイソプレン側鎖10単位を持つ化合物であり,生体内の末端電子伝達系の必須成分として重要な役割を果たしている。
コエンザイムQ10は,広く動植物及び微生物に分布し,人体においても,人体内の全ての細胞に存在するものであるが,加齢とともにその量は減少するものとされている。コエンザイムQ10には,抗酸化作用があり,これが欠乏すると人体内の各器官等に悪影響が出るといわれている。
コエンザイムQ10は,日本国内においては,昭和49年から心臓病等に対する医療用医薬品として販売されていたが,平成13年に厚生労働省が食品用途の使用を認めたことから,栄養補助食品等にも用いられるようになり,平成16年には一定の条件下に化粧品用途の使用も可能となり,コエンザイムQ10の日本国内の市場は拡大した。
イ(ア)コエンザイムQ10を工業的に製造するための方法には,微生物を用いた発酵法と微生物を用いない合成法(化学合成法)の2種類がある。発酵法は,発酵工程及び精製工程を経て製品を製造する方法であり,合成法は,化学合成工程及び精製工程を経て製品を製造する方法である。
(イ)発酵法における発酵工程及び精製工程の概要は,以下のとおりである。
a発酵工程発酵工程は,コエンザイムQ10を含有(生産)する微生物を用いて微生物菌体内にコエンザイムQ10を生産する工程である。
コエンザイムQ10を生産する微生物(生産菌)には,細菌,酵母菌などがある。自然界から見出された生産菌(野生株)がその菌体中に含有するコエンザイムQ10の量は非常に微量であり,また,微生物によっては不純物(類縁物質)が多く生産されるなど,野生株をそのまま工業用微生物として使用するには不十分である。
コエンザイムQ10の工業生産のためには,工業的大量生産のための培養条件下において高い力価(発酵における生産性を表す指標の一つ)を発揮することができ,かつ,安定して高い生産性が維持することができる,工業生産に適した高度の生産能力を持つコエンザイムQ10の生産菌(種菌)が不可欠であり,その改良,育種のための研究開発が必要とされる。
生産菌の改良は,元となる菌株(親株)を突然変異を起こさせる薬剤等で処理して突然変異体(遺伝的に性質の変わった菌株)を取得し,培養評価を行い,親株と比べて生産性が高くなった菌株を選別し,これを親株として同様のスクリーニングを繰り返して行われる。
b精製工程精製工程は,発酵によって生産された微生物菌体中に含有されているコエンザイムQ10を菌体中から抽出し,不純物を除き高純度な製品に高めるための工程であり,次のような各工程で構成される。
? 抽出工程微生物の菌体中に含まれているコエンザイムQ10を菌体中から取り出す工程。コエンザイムQ10を含有する菌体に有機溶媒を加え,コエンザイムQ10を有機溶媒に溶かした上で,菌体や有機溶媒に不溶のその他の物質を分離することでコエンザイムQ10を抽出する。
? 分離精製工程コエンザイムQ10を他の不純物から分けて純度を高める工程。上記?で抽出したコエンザイムQ10を含む溶液は多くの不純物を含んでいるので,不純物を他と分離するために,コエンザイムQ10を特異的に吸着できる樹脂(吸着剤)を用いたクロマトグラフィー法などの分離精製方法が用いられる。
? 晶析工程有機溶媒を用いてコエンザイムQ10を吸着剤から分離し,更に他の溶媒を加えて分離精製されたコエンザイムQ10を粉末(結晶)として取り出す工程。一般的には,分離精製された溶解状態のコエンザイムQ10に,コエンザイムQ10が溶けにくい溶液を加え,溶解度を下げることで,コエンザイムQ10の結晶を析出させる方法が用いられる。
? 乾燥工程析出したコエンザイムQ10の結晶を乾燥させ,水分・溶媒を除去する工程。
? 粉砕工程乾燥したコエンザイムQ10の結晶を粉砕機にかけて粉状にする工程や,ふるいを通して一定の粒度に分ける工程などがある。
ウ平成16年当時,コエンザイムQ10を原料として商業的に製造する主な国内メーカーは,株式会社カネカ(以下「カネカ」という。),日清ファルマ株式会社(以下「日清ファルマ」という。),三菱瓦斯化学株式会社(以下「三菱ガス化学」という。)及び原告の4社であった。
カネカ,三菱ガス化学及び原告の3社は発酵法を採用し,日清ファルマは合成法を採用している。
(3)原告によるコエンザイムQ10製品及び診断薬用酵素製品の製造,販売等ア(ア)旭化成は,昭和43年にコエンザイムQ10の製造の事業化に向けて研究開発を開始し,昭和56年に発酵法によるコエンザイムQ10製品の製造,販売を開始した。その後,旭化成の医薬医療部門の事業を承継した原告は,同コエンザイムQ10製品(以下「原告製品」という。)の製造販売を行っている。
旭化成及び原告がコエンザイムQ10の製造用菌株として開発したRhodobacter 生産菌は,別紙3「生産菌目録A」記載のとおりの(ロドバクター・スフェロイデス)に属する光合成細菌(以sphaeroides下「本件生産菌A」という。)である。
本件生産菌Aは,ロドバクター・スフェロイデスの菌株を親株として育種,改良されたものであるところ,旭化成及び原告が実際にコエンザイムQ10製品の製造に使用してきた種菌は,本件生産菌Aのうち,原告のコード番号「MM2577」及び「M43-31」で特定される生産菌のみである。
別紙5「営業秘密目録A」第1記載の各情報は,原告が保有する本件生産菌Aを用いたコエンザイムQ10の製造方法に関する情報であり,また,同第2記載の各情報は,原告が保有するコエンザイムQ10の製造に関わるデータ等の情報である(以下,これらの各情報を併せて「本件情報A」という。)。
(イ)旭化成は,従来から保有してきた医薬品の製造に係る発酵法の技術を活用して,診断薬用酵素(診断薬を製造するための原料として使用される酵素)の発酵法による製造の研究開発を行い,昭和48年,その事業化を実現した。
その後,旭化成の医薬医療部門の事業を承継した原告は,数十品目に及ぶ診断薬用酵素製品を製造,販売している。
別紙2「製品目録B」1記載の各酵素製品は,いずれも原告が製造,販売する診断薬用酵素製品(以下「本件各酵素製品」という。)であり,別紙4「生産菌目録B」記載の各生産菌(以下「本件生産菌B」という。)は,本件各酵素製品の製造に使用する生産菌である。
イ原告におけるコエンザイムQ10の研究は,平成17年3月までは「医薬技術研究部」で,同年4月以降は「特薬研究部」(現在の名称「特薬研究グループ」)で行われ,一方,原告におけるコエンザイムQ10の営業を含む事業は,同年9月までは「特薬・診断薬事業部」で,同年10月以降は「特薬事業部」(現在の名称「特薬製品部」)で行われている。
原告におけるコエンザイムQ10の研究(培養研究)及び診断薬用酵素の研究は,静岡県内の大仁医薬工場で,コエンザイムQ10の精製研究は,宮崎県内の延岡医薬工場で,コエンザイムQ10の製造は,延岡医薬工場及び北海道内の白老工場で行われている。
(4)被告Cによる物品の持ち出し等(甲1,26,29,37,49,乙7,証人W,証人J,証人F,被告C)ア被告Cは,原告の退職前に原告の社内から持ち出した物品を日本フリーザー株式会社製の冷凍庫(型式VT-78。以下「本件冷凍庫」という。甲1)に保管していた。本件冷凍庫は,被告Cが平成16年9月ころにF(以下「F」という。)から購入したものであり,マイナス80℃の冷却性能を有するものである。
被告Cは,平成17年5月26日ころ,Fに対し,被告会社の事務所内に置かれていた本件冷凍庫を預かるよう依頼した。
Fは,そのころ,本件冷凍庫を被告会社の事務所から搬出して,静岡県沼津市内の事務所内で保管するようになった。
その後,Fは,平成18年1月ころ,原告の従業員と面談した際に,Fが被告Cから預かった本件冷凍庫を保管している旨伝えた後,本件冷凍庫の保管場所を沼津市内の他の事務所内に移した。
静岡地方法務局所属の公証人は,同年2月9日,原告の嘱託を受けて,上記保管場所において,F,原告の代理人弁護士らの立会いの下に,本件冷凍庫及びその庫内の内容物の状況等を確認する事実実験を行い,同年3月10日付けで事実実験公正証書(甲1)を作成した。
上記事実実験の際,本件冷凍庫の庫内には,別紙6「物品目録」記載の各物品(以下「本件各物品」といい,個々の物品は番号に対応させて「本件物品1(1)」,「本件物品2(1)?」などという。)が保管されていた(甲1,弁論の全趣旨)。
イ被告Cは,平成18年4月27日,本件各物品を静岡県大仁警察署に任意提出した。
原告は,同年5月11日,大仁警察署に対し,本件各物品について窃盗の被害届を出した。
その後,原告は,被告Cが本件各物品が原告の所有に属することを認めたこともあって,大仁警察署から,本件各物品の還付を受けた。
(5) 被告会社によるコエンザイムQ10製品の販売被告会社は,平成17年1月ころから,コエンザイムQ10製品(以下「被告製品」という。)を販売している。
被告製品は,中国の製薬企業であるX(以下「新昌製薬」という。乙1)が中国において発酵法により製造したものを輸入したものである(甲14,弁論の全趣旨)。
(6) 原告の就業規則等ア原告の就業規則(平成15年10月1日実施。以下「本件就業規則」という。甲3)には,次のような定めが置かれている。
第24条次の各号の一に該当する者は情状により論旨解雇または懲戒解雇とする。
12 不正に会社の物品を持ち出しまたは持ち出そうとした者13会社の承認を受けずに,在籍のまま他に雇用されまたは会社の利益に反する目的の業務に従事した者14 業務上の重大な機密を他に洩らしまたは洩らそうとした者15私利をはかるため業務に関連して不当に金品を受け取りまたは与えた者。会社の施設,物品その他会社の所有物を利用し,もしくは会社業務に便乗して私利をはかり,またははかろうとした者27 会社の規程に違反して会社に重大な損害を与えた者30 各号に準ずる程度の重大な不都合の行為があった者31前各号につき教唆,扇動,仲介,または共謀の行為があった者および監督上故意または重大な過失があった者第32条?会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行った場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。
第42条従業員は,会社の服務にあたって,特に次の事項を守らなければならない。
6就業時間および作業規律を守り,就業時間中私用を行いまたは職場を離れる場合は事前に所属上司の許可を受けること。
9会社の施設および物品を業務外のことで使用しないこと。ただし,所管部場の管理者の許可を受けた場合はこの限りでない。
第44条従業員は,社命または許可なくして他の会社の役員もしくは使用人となり,または会社の利益に反する業務に従事してはならない。家族その他の名義をもって会社に関係のある業務を行うときもまた同様である。
第47条従業員は,自己の担当であると否とにかかわらず,また在職中,退職後を問わず会社の機密事項または未決事項を他に洩らしてはならない。
第48条従業員は,正当と認められる理由なく同僚その他従業員を誘い,もしくは強要して欠勤,遅刻,早退をさせ,その他就業を妨げまたは退職を強要してはならない。
イ原告の本件退職一時金規程には,「第4条第2条の定めにかかわらず,就業規則の定めによって懲戒解雇または諭旨解雇されたときは,退職一時金は支給しない。但し,諭旨解雇の場合,情状により退職一時金の一部を支給することが出来る。」との定めがあり,また,原告の退職年金規程(平成16年1月1日実施。以下「本件退職年金規程」という。甲16)には,「第12条社員が就業規則の定めにより懲戒解雇または諭旨解雇されたときには,第一年金・第二年金を支給しない。但し,諭旨解雇の場合は,情状により第一年金・第二年金の一部又は全部を支給することができる。」との定めがある。
2 争点本件の争点は,本件生産菌A,B及び本件情報Aが原告が保有する「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に当たるかどうか(争点1),被告Cにおいて本件生産菌A,B及び本件情報Aを不正の手段により取得し,これらを使用又は開示する行為(同条1項4号の不正競争行為)を行ったかどうか,また,被告会社において本件生産菌A,B及び本件情報Aについて不正取得行為が介在したことを知って取得し,本件生産菌A及び本件情報Aを使用又は開示する行為(同項5号の不正競争行為)を行ったかどうか(争点2),原告の被告らに対する差止請求の可否(争点3),被告らが賠償すべき原告の損害額(争点4),原告の被告Cに対する退職金返還請求の可否(争点5)である。
争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件生産菌A,B及び本件情報Aの営業秘密性)について(1) 原告の主張ア 有用性(ア)旭化成及び原告は,多大な時間と費用をかけて,商業的規模(商業ベース)の工業生産に適した高度の生産能力(力価)を有するコエンザイムQ10の生産菌の育種,改良,その効率的な製造を行うための製造方法(発酵工程,精製工程)の研究開発をした結果,本件生産菌A及びこれを用いたコエンザイムQ10の製造ノウハウ等(本件情報Aはその一部である。)を独自に開発取得した。原告製品は,本件生産菌A及び上記製造ノウハウ等を用いて製造されている。
したがって,本件生産菌Aは,それ自体がコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であることは明らかであり,また,本件情報Aも,これと同様である。
(イ)また,旭化成及び原告は,同様に,商業的規模(商業ベース)の工業生産に適した生産能力を有する診断薬用酵素の生産菌及びこれを用いた診断薬用酵素の効率的な製造を行うための製造方法(発酵工程,精製工程)の研究開発をした結果,本件生産菌B及びこれを用いた診断薬用酵素の製造ノウハウ等を独自に開発取得し,これらを用いて本件各酵素製品を製造してきた。
したがって,本件生産菌Bは,それ自体が診断薬用酵素の製造に有用な技術上の情報であることは明らかである。
秘密管理性(ア) 本件生産菌Aaまず,本件生産菌Aを含むコエンザイムQ10の種菌は,平成16年3月までは,原告の大仁医薬工場の品質管理棟1階フリーザー室の冷凍庫にチューブに入れられた状態で保管されていた。
品質管理棟の建物は,大仁支社三福地区の町道105号線の北側の区域にあり,同区域は,周囲が塀で囲まれて外部から遮断されており,原告の従業員以外の者が許可なく立ち入ることはできないようになっていた。同区域への出入口は1か所のみで,その門は常時施錠されており,カードキーで解錠しなければ入場できないようになっており,その出入口には監視カメラが設置され,常時守衛室で監視されていた。品質管理棟の建物の出入口は2か所あるところ,そのうちの玄関ホールの出入口は,その横の事務室で入場者を管理し,もう一つの出入口は,暗証番号を入力して解錠するテンキー錠で施錠され,いずれも夜間は施錠されていた。
フリーザー室は無菌室内にあり,無菌室に入室できるのは,大仁医薬工場で,コエンザイムQ10の研究に携わる研究員及び研究補助者(以下,併せて「コエンザイムQ10研究者」という。)のみであり,原告の従業員であってもコエンザイムQ10研究者以外の者は原則として立ち入ることができなかった。フリーザー室の冷凍庫は施錠され,その鍵はフリーザー室内の箱の中に保管されていた。
次に,平成16年4月からは,コエンザイムQ10の種菌は,大仁医薬工場の共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室内の冷凍庫に保管されている。共同第2ビルの建物は,当時の大仁支社三福地区の主要区域にあり,同区域は,周囲が塀で囲まれて外部から遮断されており,原告の従業員以外の者が許可なく立ち入ることはできないようになっている。同区域への出入口は4か所で,正門を含む2か所の出入口は守衛が監視し,関係者以外の者は目的と行き先をカードに記載しなければ入場することができず,他の2か所の出入口は常時施錠され,カードキーで解錠しなければ入場することができないようになっている。4か所の出入口には監視カメラが設置され,守衛室において常時監視されている。共同第2ビルの建物には2か所の出入口があるところ,いずれも夜間は施錠され,玄関出入口の鍵はカード式である。
発酵研究室実験室奥の通路及び移植室には,発酵研究室実験室の中を通らなければ行くことができず,コエンザイムQ10研究者以外が立ち入ることはできない。発酵研究室実験室の出入口は,コエンザイムQ10研究者が退出する際には必ず施錠し,その鍵は共同第2ビル1階の発酵研究室事務所で保管され,また,発酵研究室事務所は,夜間は施錠され,その鍵は正門の守衛室で保管されている。
発酵研究室実験室奥の通路及び移植室内の冷凍庫は施錠され,その鍵は冷凍庫横の壁に掛けて保管されている。
b大仁医薬工場研究課(その後医薬技術研究部)においてコエンザイムQ10の種菌を研究用(培養・育種等)に使用する場合には,コエンザイムQ10研究者自身が保管場所の冷凍庫を解錠し,チューブを取り出して使用する。コエンザイムQ10の種菌が研究に用いられる場所は,平成16年3月までは品質管理棟研究課及びFCプラントのパイロット工場,同年4月からはFCプラントのパイロット工場及び共同第2ビル1階発酵研究室実験室であり,それ以外の場所に持ち出されることはなかった。
また,コエンザイムQ10の生産菌の培養液については,コエンザイムQ10研究者以外の者が触れることはできず,研究に用いられた培養液は,その後継続して研究に使用されるものを除き,殺菌して廃棄処分される。研究のために継続して使用される培養液は,平成16年3月までは,品質管理棟1階フリーザー室内の冷凍庫,研究課の冷蔵庫,FCプラント2階パイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管され,同年4月からは,共同第2ビル1階発酵研究室実験室内の冷凍庫,FCプラント2階パイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管されている。FCプラント2階パイロット工場検査室内の冷蔵庫は当時施錠されていなかったが,FCプラントの出入口2か所はいずれも夜間施錠され,その鍵は守衛室で保管されている。
cコエンザイムQ10の種菌が大仁医薬工場外に持ち出されるのは,コエンザイムQ10の製造を行っている延岡医薬工場及び白老工場に製造用の種菌を運ぶ場合のみである。
製造用の種菌の運搬は,コエンザイムQ10研究者自らが飛行機,電車等を利用して行うこととなっており,運搬を運送業者に委託することはない。また,上記各工場にコエンザイムQ10の製造用の種菌を運搬する際には,種菌をチューブに入れ,1回に100本程度を持って行くが,この数で約1年分のコエンザイムQ10の製造をまかなうことができる。
大仁医薬工場からの種菌の持ち出し及び延岡医薬工場及び白老工場における種菌の受け入れに当たっては,厳重にチューブの本数管理が行われる。また,延岡医薬工場及び白老工場では,受け入れた製造用の種菌を冷凍庫に入れて施錠し,厳重にチューブの本数管理が行われる。
d本件就業規則47条,49条には,原告の従業員の秘密保持義務が定められている。
また,コエンザイムQ10の生産菌の管理について,部署内において特別の会議や講習会等を定期的に開催しているわけではないが,コエンザイムQ10の生産菌の重要性,秘密性については,日常の研究の過程で常に部署内において行われる議論の中で明示,黙示のうちに話題にされ,コエンザイムQ10研究者は当然にこれを認識しているものである。
特に,大仁医薬工場で行われるコエンザイムQ10の研究業務は,生産性(力価)の高い種菌を育種することであり,扱っているコエンザイムQ10の生産菌そのものが重要で秘密性が高く,外部への流出が絶対に許されないものであることは,コエンザイムQ10・診断薬用酵素等の発酵研究に携わる従業員は当然に認識している。
e以上のとおり,コエンザイムQ10の生産菌である本件生産菌Aは,原告によって秘密として管理されてきたものである。
(イ) 本件生産菌Ba本件生産菌Bを含む診断薬用酵素の生産菌は,原告の大仁医薬工場の基礎研究所棟2階の診断研実験室内の冷凍庫に保管されている。基礎研究所棟の建物は,前記(ア)aの品質管理棟と同様,大仁支社三福地区の町道105号線の北側の区域にある。基礎研究所棟の建物には3か所の出入口があるところ,いずれも夜間は施錠され,そのうち正面玄関の出入口及び南側の出入口は,守衛が始業前に解錠し,終業後に施錠しており,また,西側の出入口は,暗証番号を入力して解錠するテンキー錠で施錠されている。
診断研実験室内の冷凍庫は,施錠されていないが,診断研実験室には,診断薬用酵素の研究員及び研究補助者(以下,併せて「診断薬研究者」という。)以外の者は原則として入れないようになっており,診断薬研究者以外の者が診断薬用酵素の生産菌に触れることはできない。
b本件就業規則47条,49条には,原告の従業員の秘密保持義務が定められている。
また,診断薬用酵素の生産菌の管理について,部署内において特別の会議や講習会等を定期的に開催しているわけではないが,部署内の従業員は全員診断薬研究者であり,診断薬用酵素の生産菌の秘密性,重要性については,日常の研究の課程で常に部署内において行われる議論の中で明示,黙示のうちに話題にされ,診断薬研究者は当然にこれを認識しているものである。
c以上のとおり,本件各酵素製品の生産菌である本件生産菌Bは,原告によって秘密として管理されてきたものである。
(ウ) 本件情報Aa甲2の資料には,本件生産菌Aを用いたコエンザイムQ10の製造方法及びその製造に関わるデータ等である本件情報Aが記載されている。
本件情報Aは,原告社内のコンピュータLANシステム内のフォルダにおいて,電磁データとして保管・管理されている。本件情報Aの多くは,原告の延岡医薬工場の共通フォルダあるいはプロジェクトごとの共通フォルダで保管され,その一部は,延岡医薬工場の従業員の個人フォルダ内に保管されていた。
原告社内のコンピュータシステムでは,部署の共通フォルダ,プロジェクトごとの共通フォルダ,その他のフォルダを必要に応じて自由に作ることができ,それぞれのフォルダにアクセスできる者を限定して設定するようになっている。
延岡医薬工場の共通フォルダは,同工場の従業員がID番号とパスワードを入力してアクセスできるように設定されており,同工場の従業員以外の者がアクセスすることはできない。この点は,プロジェクトごとの共通フォルダも同様である。また,延岡医薬工場の従業員の個人フォルダも,その個人のみがID番号とパスワードを入力してアクセスするようになっており,当該個人以外はアクセスすることはできない。
上記のとおり,本件情報Aは,コンピュータシステム上,アクセスが完全に制限されており,外部への流出が許されない営業秘密であることを認識できる。
b本件就業規則47条,49条には,原告の従業員の秘密保持義務が定められている。
c以上のとおり,本件生産菌Aを用いたコエンザイムQ10の製造方法及びその製造に関わるデータ等である本件情報Aは,原告によって秘密として管理されてきたものである。
ウ 小括以上のとおり,本件生産菌A,B及び本件情報Aは,原告によって秘密として管理され,コエンザイムQ10及び診断薬用酵素の製造に有用な技術上の情報であって,しかも,公然と知られていないものであるから,不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に当たる。
(2) 被告らの主張以下のとおり,原告主張の本件生産菌A,B及び本件情報Aは,秘密管理性の要件を満たさず,また,本件情報Aについては,公然と知られていないものともいえないから,不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に該当しない。
ア 本件生産菌Aに関する主張に対し原告主張の本件生産菌Aの保管・管理状況(前記(1)イ(ア))は,不知である。
仮に原告による本件生産菌Aの保管・管理状況が原告主張のとおりであったとしても,そのような保管・管理状況では,コエンザイムQ10研究者以外の原告の従業員であっても,本件生産菌Aに容易に触れる機会はあったものであるから,本件生産菌Aが秘密として管理されているとはいえない。
すなわち,品質管理棟の建物の2か所の出入口のうち,暗証番号で解錠する出入口については,原告の従業員であれば誰でもその暗証番号を知っており,もう一方の出入口については,事務室で入所者全員を監視できていたわけではないから,原告の従業員であれば誰でも品質管理棟の建物内に入ることができた。コエンザイムQ10の種菌が保管されている品質管理棟フリーザー室へは,品質管理棟に入ることのできる原告の従業員であれば誰でも入室することができた。
また,原告の従業員と共に大仁医薬工場の敷地内に入った者であれば誰でも,玄関から第2共同ビルに入場し,発酵研究室実験室に入室することが可能であった。仮に発酵研究室実験室が施錠されていたとしても,守衛に申告して鍵を受領すれば発酵研究室実験室に入ることができたから,原告の従業員であれば,容易にコエンザイムQ10の種菌が保管されている発酵研究室奥の通路及び移植室内の冷凍庫に至ることができた。
さらに,コエンザイムQ10の生産菌が保管されている冷凍庫に内容物が秘密であることの表示がされていないなど,それが秘密であることを認識できる状況にもなかった。原告主張の本件就業規則47条の定めは,概括的,抽象的なものであり,どのような事項が秘密事項に当たるかを特定できるものではないから,この定めがあるからといって,コエンザイムQ10の生産菌が原告の従業員に機密事項として認識されていたとはいえない。
このように原告主張の本件生産菌Aの保管・管理状況を前提としても,本件生産菌Aが秘密として管理されているとはいえない。
イ 本件生産菌Bに関する主張に対し原告主張の本件生産菌Bの保管・管理状況(前記(1)イ(イ))は,不知である。
仮に原告による本件生産菌Bの保管・管理状況が原告主張のとおりであったとしても,そのような保管・管理状況では,診断薬研究者以外の原告の従業員であっても,本件生産菌Bに容易に触れる機会はあったものであるから,本件生産菌Bが秘密として管理されているとはいえない。
すなわち,基礎研究棟の建物の2か所の出入口は,就業時間中は常に解錠された状態であって,原告の従業員と共に大仁医薬工場の敷地内に入った者であれば誰でも建物内に入場することができた。
また,本件生産菌Bが保管されていた基礎研究棟2階の診断研実験室内の冷凍庫は施錠されておらず,実験室に常時施錠はされていなかったから,基礎研究棟に入場すれば,冷蔵庫内の診断薬用酵素の生産菌に触れることは容易であった。
さらに,診断薬用酵素の生産菌が保管されている冷凍庫に内容物が秘密であることの表示がされていないなど,それが秘密であることを認識できる状況にもなかった。
このように原告主張の本件生産菌Bの保管・管理状況を前提としても,本件生産菌Bが秘密として管理されているとはいえない。
ウ 本件情報Aに関する主張に対し原告は,甲2の資料に係る個々の文書の具体的な管理状況に関する主張をしていないから,本件情報Aが原告によって秘密として管理されていることの根拠を欠いている。
また,コエンザイムQ10の製造方法については古くから相応の研究開発がされ,国内外において多くの特許出願や論文が公表されており,甲2の資料に記載された情報は,特許公報等(乙26ないし33)に記載された情報として公然と知られたものであるか,あるいは特許公報等に記載された情報から類推できる範囲のものである。したがって,本件情報Aは,公然と知られていないものとはいえない。
2 争点2(被告らの不正競争行為の有無)について(1) 原告の主張ア(ア)被告Cは,単独で又は原告の元従業員のEと共謀の上,平成14年以降遅くとも平成17年6月末日までの間,原告の施設内で保管されていた本件生産菌A及び本件情報Aが記載された甲2の資料を原告に無断で持ち出した。
被告会社は,本件生産菌A及び本件情報Aが原告から不正に持ち出されたものであることを知りながら,これらを被告Cから取得し,更にこれらを新昌製薬に提供して中国において本件生産菌Aと同一の生産菌を用いたコエンザイムQ10製品を製造させ,新昌製薬からその製品である被告製品を輸入し,販売している。
(イ)被告Cは,単独で又は原告の元従業員のDと共謀の上,平成14年以降遅くとも平成16年12月末日までの間,原告の施設内で保管されていた本件生産菌B及び本件各酵素製品のサンプルを原告に無断で持ち出した。
被告会社は,本件生産菌Bが原告から不正に持ち出されたものであることを知りながら,これを被告Cから取得した。
(ウ)前記(ア)及び(イ)の被告Cの行為は,原告が保有する営業秘密である本件生産菌A,B及び本件情報Aを不正の手段により取得し,これらを被告会社に提供して開示する行為に当たるから,不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為に該当する。
また,前記(ア)及び(イ)の被告会社の行為は,原告が保有する営業秘密である本件生産菌A,B及び本件情報Aについて不正取得行為が介在したことを知って取得し,本件生産菌A及び本件情報Aを使用し又は第三者(新昌製薬)に開示する行為に当たるから,不正競争防止法2条1項5号の不正競争行為に該当する。
イ被告らが前記アの不正競争行為を行ったことは,次の諸点から明らかである。
(ア) 被告Cの本件生産菌A,B及び本件情報Aへのアクセス可能性被告Cは,原告に在職中,主として診断薬事業に携わっており,常に,診断薬用酵素の生産菌及び製品並びにこれらに関する情報や資料に接触し得る立場にあった。被告Cは,コエンザイムQ10に関する事業(特薬事業)に携わってはいなかったが,診断薬事業と特薬事業を合わせて「特薬・診断薬事業部」という一つの組織にまとめられていたため,コエンザイムQ10に関する情報や資料に事実上接触する機会が少なくなかった。
また,Eは,原告に在職中,主として特薬事業に携わっており,コエンザイムQ10の生産菌及びこれに関する情報や資料に接触し得る立場にあった。
さらに,Dは,原告に在職中,被告Cと同様,主として診断薬事業に携わっており,診断薬用酵素の生産菌及び製品並びにこれらに関する情報や資料に接触し得る立場にあった。
(イ) 被告Cによる本件各物品の無断持ち出しa被告Cは,原告の退職前に,原告に無断で原告の施設内から本件各物品を持ち出し,前記第2の1(4)アのとおり,被告会社の事務所内の本件冷凍庫に保管していた。
本件各物品のうち,本件物品1は,本件生産菌A(コエンザイムQ10の生産菌)と同一の生産菌の種菌及び培養液,本件物品2は本件生産菌B(診断薬用酵素の生産菌)と同一の生産菌,本件物品3は本件生産菌Bと同一の生産菌を用いた本件各酵素製品のサンプル製品である。
そうすると,被告Cが本件各物品を原告に無断で持ち出したことが,原告が保有する営業秘密である本件生産菌A,Bの不正取得行為(不正競争防止法2条1項4号)に該当することは明らかである。
b被告らは,後記のとおり,被告Cが原告を退職する際,所持品等の整理を求められたため,記念に自分の研究対象物の一部である本件各物品を持ち帰ったものであり,これらを違法,不正に利用する目的はなかった旨主張する。
しかし,研究者であればコエンザイムQ10及び診断薬用酵素の生産菌が原告の重要な財産であり,他に流出することがあってはならない重要秘密であることを認識していないはずはなく,このような原告の重要な財産を退職の際に社外に持ち出して持ち帰るということは,職務規律に違反することは勿論のこと,窃盗罪,業務妨害罪等を構成する犯罪行為に当たることは,被告Cにおいて容易に認識し得たはずであり,そのような重大な行為を,記念に持ち帰るなどという無邪気な発想から実行したなどということは極めて非常識かつ荒唐無稽な言い逃れでしかない。
しかも,?被告Cは,本件各物品を持ち帰るのに先だって,生産菌を殺さずに生かして長期保存できるように,高度の冷却性能を有する本件冷凍庫をわざわざ購入していること,?コエンザイムQ10の生産菌については,長期保存のために20%グリセリンを注入して冷凍保管していること,?被告Cは,平成18年4月中旬ころ,本件冷凍庫を預けていたFに対し,本件冷凍庫とその内容物を崇城大学に送るように指示していることからも,被告Cが生産菌を本来の目的である研究,育種,製造に用いることを目的に持ち帰ったことは明白である。特にコエンザイムQ10の生産菌に関しては,当初から新昌製薬に生産菌を持ち込んで,コエンザイムQ10を製造する意図で不法に持ち帰ったものと考えられる。
したがって,被告らの上記主張は失当である。
(ウ) 被告Cによる甲2の資料の無断持ち出し被告会社の事務所には,本件情報Aが記載された甲2の資料が保管されていた。甲2の資料は,被告会社の元従業員のG(以下「G」という。)が,被告会社に勤務していた際,被告会社の事務所内で偶然発見したコエンザイムQ10関係の書類一式を密かにコピーしたものである。
加えて,?甲2の資料の70頁から76頁までの「CoQ10ヘキサン抽出プロセス条件基準書」は,原告社内にある原書類では,「YOヘキサン抽出プロセス条件基準書」となっており,上記資料には被告らが原告の書類に意図的に加工した痕跡があること,?YOは,原告社内でのみ用いられているコエンザイムQ10の呼称であるところ,「YOヘキサン抽出プロセス条件基準書」の原書類では,常にYOが用いられておりQ10という用語は用いられていないのに対し,甲2の資料の「CoQ10ヘキサン抽出プロセス条件基準書」では,71頁から74頁の表題も「Q10ヘキサン抽出精製フローシート」とされるなど,YOがQ10に置き換えられていること,?チャート図の枠内では,YOが手書きでQ10と修正されているが,修正漏れでYOの記述が残っている箇所があること(甲2の74頁,76頁),?前記(ア)のとおり,被告Cは,コエンザイムQ10に関する事業(特薬事業)に携わってはいなかったが,コエンザイムQ10に関する情報や資料に事実上接触する機会が少なくなかったことを総合すれば,被告Cは,原告に無断で原告の施設内から甲2の資料を持ち出し,被告会社の事務所内で保管していたものであり,被告Cの上記行為が,原告が保有する営業秘密である本件情報Aの不正取得行為(不正競争防止法2条1項4号)に該当することは明らかである。
(エ) 被告会社による本件生産菌A,B及び本件情報Aの取得被告会社が被告Cから本件生産菌A,B及び本件情報Aを取得したことは,本件各物品の入った本件冷凍庫及び甲2の資料が被告会社の事務所内に保管されていた事実から明らかである。
そして,被告会社が被告Cが本件生産菌A,B及び本件情報Aを不正取得行為により取得したことを知ってこれらを取得したことは,被告会社の代表者が被告Cであることから明らかである。
(オ)被告製品に用いられた生産菌と原告製品に用いられた生産菌が同一であること原告は,平成17年8月29日から同年9月1日にかけて,被告製品(甲12の別紙1の写真のもの)について分析実験(以下「本件分析実験」という。)を行い,その実験結果をまとめた同年10月31日付けの「旭化成Q10と康源Q10の類似性(各社Q10の比較分析)」と題する資料(以下「本件比較分析」という。甲35の資料1ないし5は,一部削除等をしたもの)を作成した。
本件分析実験は,原告製品,被告製品,カネカ製のコエンザイムQ10製品(以下「カネカ製品」という。),三菱ガス化学製のコエンザイムQ10製品(以下「三菱ガス化学製品」という。),日清ファルマ製のコエンザイムQ10製品(以下「日清製品」という。)を対象とし,高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法),マススペクトル検出器付きガスクロマトグラフィー法(GC-MS法)等による各製品中のコエンザイムQ10の含量,類縁物質プロファイル,残留溶媒の比較,各製品の結晶形顕微鏡写真及び粒度分布の比較を行ったものである。
本件比較分析及びこれに関する島根大学生物資源科学部H教授作成の意見書(以下「H教授の意見書」という。甲36)等によれば,原告製品と被告製品の各製造技術は非常に類似し,原告製品と被告製品のコエンザイムQ10の生産菌は,同一又は同一の生産菌から分離,派生した極めて近い生産菌である蓋然性が極めて高いものである。
その理由の概要は,以下のとおりである。
a原告製品及び被告製品からは細菌の体内で産生されるコエンザイムQ10の中間体であるDP(デカプレニルフェノール)が検出されたのに対し,発酵法を採用する他の2社の製品(カネカ製品及び三菱ガス化学製品)からはDPが検出されなかった。
bコエンザイムQ10の類縁物質であるユビキノンQ11(以下「Q11」という。)の含有率が,原告製品においては0.15%,被告製品においては0.14%といずれも高かったのに対し,発酵法を採用する他の2社の製品(カネカ製品及び三菱ガス化学製品)においてはいずれも0.1パーセント未満と低かった。
c原告製品及び被告製品からはコエンザイムQ10の類縁物質であるDP,ユビキノンQ9(以下「Q9」という。),Q11,デメトックスQ10(以下「DQ10」という。)の全てが検出されたのに対し,発酵法を採用する他の2社の製品(カネカ製品及び三菱ガス化学製品)からはDP及びDQ10は検出されなかった。
d原告製品からは精製工程における有機溶媒として使用されている?イソプロピルアルコール,?「物質A」(原告において,営業秘密であることを理由に仮名で表示している物質),?エタノール,?ヘキサンの4物質が検出されたところ,このうち「物質A」については,特殊な有機溶媒であり,日清製品,カネカ製品及び三菱ガス化学製品からは検出されなかったのに対し,被告製品からはこれが検出された。
e原告製品及び被告製品からはエタノールの影響により発生するエトキシ置換体(ES体)が検出されたのに対し,他の3社の製品(日清製品,カネカ製品及び三菱ガス化学製品)からはES体が検出されなかった。
f原告製品と被告製品は,粒径が100μm以上の大きな粒子が存在することなどの粒度分布において共通し,他の3社の製品(日清製品,カネカ製品及び三菱ガス化学製品)とは異なっている。また,原告製品及び被告製品にはその結晶形がアモルファス状態のものが見られたのに対し,他の3社の製品にはそのようなものは見られなかった。
g上記dないしfの分析結果によれば,原告製品と被告製品の各精製方法は,同一の有機溶媒が使用されていることを含めて非常に類似し,おおむね同一のものと判断される。
また,原告製品と被告製品の各精製方法が非常に類似していることを前提として,原告製品と被告製品の各類縁物質プロファイルが上記aないしcのとおり非常に類似していることを考慮すると,原告製品と被告製品の各生産菌は,同一又は同一の生産菌から分離,派生した極めて近い生産菌である蓋然性が高いものと判断される。
(カ)被告会社による新昌製薬に対する本件生産菌A及び本件情報Aの提供等a前記(オ)のとおり,被告製品に使用された生産菌と原告製品に使用された生産菌は同一であるといえるから,被告製品は,本件生産菌Aを用いて製造されたものである。
b次に,本件比較分析及びH教授の意見書によれば,被告製品と原告製品は,コエンザイムQ10の抽出,精製工程に高度の類似性が認められる。
また,甲26添付の別紙?「報告書」には,新昌製薬のコエンザイムQ10は,「研究開発からテスト生産,テスト販売,最終的な正常かつ大量の商業化生産まで,全て日本の有限会社康源のサポート及び参与の下に発展してきており,有限会社康源が具体的にどの程度参与したかについて新昌製薬は絶対的秘密としているが,特定の現象から有限会社康源がCoQ10に関して特殊な地位にあることがわかる。」との記載がある。
さらに,甲2の資料中の「CoQ10ヘキサン抽出プロセス条件基準書」(70頁〜76頁)は,「YO」を「Q10」と書き直したものであること,甲2の資料中の130頁の2ないし132頁は,原告の大仁支社におけるQ10の培養研究のデータをとりまとめて整理したものであるところ,原告には報告されていない上,原告では使用しない5トンタンクに引き直したデータの整理が行われている点に特徴があることからすれば,これらは,新昌製薬に開示するために整理したものとうかがわれる。
c上記a及びbに加えて,?被告Cが原告の退職前から新昌製薬を訪れるなど新昌製薬と懇意な関係にあり,コエンザイムQ10の製造技術に関して新昌製薬にアドバイスをしていたこと,?参入の困難な発酵法によるコエンザイムQ10の製造を新昌製薬が被告Cの退職時期に突然実現したことは不自然であること,?新昌製薬が独自に開発した生産菌により被告会社のために委託製造を行うなどということは到底考えられないことをも考慮すれば,被告会社が新昌製薬に本件生産菌A及び本件情報Aを提供,開示し,被告会社の製造委託により新昌製薬が本件生産菌をAを用いて被告製品の製造を行っていたことは確実である。
そして,被告会社の上記行為が,原告の保有する営業秘密である本件生産菌A及び本件情報Aを使用し又は開示する行為として,不正競争防止法2条1項5号の不正競争行為に該当することは明らかである。
(2) 被告らの主張ア 被告Cによる本件各物品の無断持ち出しの主張に対し(ア)原告に勤務していた研究者であった被告Cが,その退職の際,所持品等の整理を求められため,記念に自分の研究対象物の一部である物品を自宅に持ち帰ったことはあったが,本件各物品の全てが被告Cが持ち帰ったものであるかは不明であり,また,被告Cにおいては持ち帰った物品を違法・不正に利用するなどという意思は全くないものであった。
本件冷凍庫内に存在したコエンザイムQ10の生産菌が原告が主張する生産菌「M15-204」(本件物品1(1))であったとしても,「M15-204」は,商業ベースの工業生産に適した高度の生産能力(培養力価)を有する生産菌ではなく,役に立たないものであった。すなわち,原告のコエンザイムQ10の生産菌のコード番号は,変異(Mutation)の頭文字に続けて変異実験番号を,更にハイフンを挟んで変異実験内での菌株の番号をつけて菌株名とする表記方法となっており,例えば,「M15-204」とは,15回目の変異実験中の204番目の菌であることが示されている。そして,原告提出の甲37の別紙1によれば,生産菌「M15-204」は,「M18-166」まで変異実験を行った後,実験が中断し,他方で,「M17-103」から改良を重ねた生産菌は,「M43-31」に至るまで変異実験が繰り返されていることからすれば,「M15-204」はその後の子孫から有望な菌株が得られなかったため開発が中断し,「M17-103」の子孫からは優良な菌株が得られて変異実験が継続していたことを推認することができる。そうすると,仮に被告Cが原告在籍中の平成16年の時点で,不正にコエンザイムQ10製品を製造する意図で,原告のコエンザイムQ10の生産菌を入手しようと思えば,その時点で有望視されている生産菌を持ち出せばよかったはずであり,実験が中断している役に立たない「M15-204」を持ち出すべき理由はない。このことは,原告において不要なものであったことから,被告Cが「記念として持ち帰った」ことを示すものである。
(イ)本件冷凍庫は,被告Cが趣味の釣りの成果物を入れる目的で購入したものであり,たまたま被告Cが退職の際に持ち帰った物品を入れておくのに利用したにすぎない。
本件冷凍庫内における物品の保存方法をみても,凍結乾燥等の長期保存のための措置はとられておらず,一部について,せいぜい1か月から半年程度の保存しかできないグリセリンの注入を行っているにすぎない。これは,被告Cが,本件冷凍庫内の物品について,当初から長期の保存を前提として利用することなど考えていなかったことの証左である。
イ 被告Cによる甲2の資料の無断持ち出しの主張に対し甲2の資料が被告会社の事務所内に保管されていた事実はなく,被告Cが原告の施設内から甲2の資料を無断で持ち出した事実はない。
被告Cが甲2の資料を無断で持ち出したとの原告の主張は,被告会社の事務所内で偶然発見したコエンザイムQ10関係の書類一式を密かにコピーしたものが甲2の資料であるとする証人Gの供述を根拠とするものであるが,上記供述には不自然・不合理な点があって信用性がなく,この点に関する原告の立証は不十分である。
ウ被告製品に用いられた生産菌と原告製品に用いられた生産菌が同一であるとの主張に対し(ア)被告会社は,新昌製薬が,光合成細菌を使用した発酵法により被告製品を製造している旨聞いたことがあるが,それ以上のものではない。
アメリカの菌などを寄託する機関であるATCC,ドイツのDSM,日本のIFOにおいて20種類以上のロドバクター・スフェロイデスに属する光合成細菌が販売されており,その入手は極めて容易であった。
被告製品が光合成細菌を使用した発酵法によって製造されているとしても,そのことから直ちに被告製品に使用されたコエンザイムQ10の生産菌が本件生産菌Aと同一のものとはいえない。
(イ)本件分析実験の結果によっても,被告製品に使用されたコエンザイムQ10の生産菌が本件生産菌Aと同一のものとはいえない。
その理由の概要は,以下のとおりである。
a各社のコエンザイムQ10製品を比較するのであれば,検体(ロット)間で成分の格差が存在することを前提に,複数のロットについて成分検査を行い比較すべきであるのに,各製品の一つのロットを取り出して試験・実験をした本件分析実験は,客観性が担保されているとはいえない。
b本件分析実験の結果をまとめた本件比較分析には,Q9は,Q11に比較してエタノール再結晶で除き易いところ,カネカ製品,三菱ガス化学製品でQ9含量が高く,これは菌の培養段階からQ9が高いことを示すものであるのに対し,被告製品及び原告製品ではQ9は低く,この不純物についても被告製品は生産菌及び培養技術が原告の方法と類似していることを示している旨の記載がある。
しかし,コエンザイムQ10は,培養工程,精製過程を経て製造されるが,精製工程で不純物は除かれるのであるから,精製後の結果としての不純物とされるQ9の量が多いからといって,精製前の培養時のQ9の量を推定することはできず,生産菌及び培養技術が似ていることの根拠になるものではない。
c本件比較分析には,Q11は,Q9に比較してエタノールによる再結晶で除去することが難しいところ,カネカ製品及び三菱ガス化学製品はQ11が低いので,菌の培養段階でQ11が少ないことが推測されるのに対し,原告製品及び被告製品はQ11が高いので,菌の培養段階からQ11が高いことが推測されるから,被告製品で使われている生産菌及び培養技術が原告の製造方法と類似していると推定できる旨の記載がある。
この点は,一般論としてはそのとおりかもしれないが,ロット間の格差について補正がされていない数値である以上,客観的なものとはいえない。
d本件比較分析には,DQ10の量は培養及び精製方法で変わりやすく,各社の培養及び精製技術の特徴及び完成度を示している旨の記載がある。本件比較分析によれば,原告製品と被告製品のDQ10の量の差異は著しく大きいといえるが,これは,生産菌,培養法,精製法が全く異なるものであることを推認させるものである。
e本件比較分析には,被告製品は合成法に特有のシス体を検出しないので,合成法ではなく,発酵法である旨の記載があるが,発酵法であるからといって,生産菌が同一であるとはいえない。
f本件比較分析には,原告製品及び被告製品の粒度分布は,メジアン径も同等で粒径100μm以上の大きな粒子が存在し,結晶形は,一部透明性を欠いたアモルファス様の粒子がみられるところ,結晶形は晶析時における使用溶媒や温度条件に大きく左右され,原告製品及び被告製品は晶析工程に同じノウハウを使っていることが推測される旨の記載がある。しかし,粒度分布は,文字通り「ツブ」の大きさを示すものであるが,原告の指摘するような晶析工程のノウハウという程のものではなく,どれだけのきめの細かいふるいにかけたかというだけのことで,何の意味もない。
(ウ)被告会社による新昌製薬に対する本件生産菌A及び本件情報Aの提供等の主張に対し新昌製薬は,1954年(昭和29年)に設立された,ビタミン剤,抗生剤についての世界的な製造メ?カーである。
新昌製薬は,1990年(平成2年)の初めころには,隣接する技術分野であるコエンザイムQ10の製造についての研究開発に着手し,1998年(平成10年)ころまでは,合成法,培養法の両方のコエンザイムQ10の研究を行っていたが,合成法の原料高騰により,このころから培養法へ特化していった。その後,2000年(平成12年)以降,市場拡大が見込める社会情勢となったことにより,一気にその商業化を実現させたものである。
このように,新昌製薬は,相当な研究の蓄積の下で,独自に発酵法によるコエンザイムQ10の製造方法を開発し,コエンザイムQ10製造事業に参入したものであり,被告Cの退職時期に当該事業に突然参入したわけではない。
したがって,被告会社が新昌製薬に対し本件生産菌A及び本件情報Aを提供した事実はないことはもとより,新昌製薬が本件生産菌Aを用いて被告製品を製造した事実もない。
エ 小括以上のとおり,被告らが原告主張の不正競争行為を行った事実はない。
3 争点3(差止請求の可否)について(1) 原告の主張ア コエンザイムQ10製品の製造の差止め(「第1 請求」の1項)被告Cは,不正の手段により取得した本件生産菌A及び本件情報Aを被告会社に譲渡したが,被告C自身がなお本件生産菌A及び本件情報Aを所持ないし保有している可能性があるほか,被告会社の代表者であることからすれば,いつでも被告会社から本件生産菌A及び本件情報Aを入手することが可能であるから,これらを使用して,日本国内又は日本国外において,別紙1「製品目録A」1記載のコエンザイムQ10を自ら製造し又は第三者に委託して製造させることによって,原告の営業上の利益侵害するおそれがある。
また,被告会社は,本件生産菌A及び本件情報Aを新昌製薬に提供し,別紙1「製品目録A」1記載のコエンザイムQ10である被告製品の製造を新昌製薬に行わせて原告の営業上の利益侵害している。
さらに,被告会社は,本件生産菌A及び本件情報Aを現に所持ないし保有しているから,これらを使用して,日本国内又は日本国外において,別紙1「製品目録A」1記載のコエンザイムQ10を自ら製造し又は第三者に委託して製造させることによって,原告の営業上の利益侵害するおそれがある。
したがって,原告は,不正競争防止法3条1項に基づき,被告らに対し,別紙1「製品目録A」1記載のコエンザイムQ10の製造の差止めを求めることができる。
イコエンザイムQ10製品の輸入,販売の差止め(「第1請求」の2項)被告らは,別紙1「製品目録A」1記載のコエンザイムQ10を自ら製造し又は新昌製薬に製造させることによって原告の営業上の利益を現に侵害し又は侵害するおそれがあるから,原告は,不正競争防止法3条2項に基づき,被告らに対し,その侵害の停止又は予防に必要な行為として別紙1「製品目録A」2記載のコエンザイムQ10の輸入,販売の差止めを求めることができる。
ウ 診断薬用酵素製品の製造の差止め(「第1 請求」の3項)被告Cは,不正の手段により取得した本件生産菌Bを被告会社に譲渡したが,被告C自身がなお本件生産菌Bを所持している可能性があるほか,被告会社の代表者であることからすれば,いつでも被告会社から本件生産菌Bを入手することが可能であり,また,被告Cは原告の診断薬用酵素の製造ノウハウを熟知しているから,これらを使用して,日本国内又は日本国外において,本件各酵素製品(別紙2「製品目録B」1記載の酵素製品)を自ら製造し又は第三者に委託して製造させることによって,原告の営業上の利益侵害するおそれがある。
また,被告会社は,本件冷凍庫に保管していた本件生産菌B以外にも,商業ベースでの生産に適した生産能力を有する本件生産菌Bを所持している可能性があり,また,被告会社の代表者である被告Cは原告の診断薬用酵素の製造ノウハウを熟知しているから,これらを使用して,日本国内又は日本国外において,本件各酵素製品を自ら製造し又は第三者に委託して製造させることによって,原告の営業上の利益侵害するおそれがある。
したがって,原告は,不正競争防止法3条1項に基づき,被告らに対し,本件各酵素製品の製造の差止めを求めることができる。
エ 診断薬用酵素製品の輸入,販売の差止め(「第1 請求」の4項)被告らは,本件各酵素製品を自ら製造し又は第三者に製造させることによって原告の営業上の利益侵害するおそれがあるから,原告は,不正競争防止法3条2項に基づき,被告らに対し,その侵害の停止又は予防に必要な行為として別紙2「製品目録B」2記載の酵素製品の輸入,販売の差止めを求めることができる。
オ 生産菌等の廃棄(「第1 請求」の5項)被告らは,本件生産菌A,B及びこれらを用いて製造した別紙1「製品目録A」1及び別紙2「製品目録B」1記載の各製品を現に所持している可能性が高いことから,原告は,不正競争防止法3条2項に基づき,被告らに対し,侵害の停止又は予防に必要な行為としてこれらの廃棄を求めることができる。
カ 本件情報Aの開示の差止め(「第1 請求」の6項)被告Cは,不正の手段により取得した本件情報Aを被告会社に譲渡したが,被告C自身がなお本件情報Aを保有している可能性があるほか,被告会社の代表者であることからすれば,いつでも被告会社から本件情報Aを入手することが可能であるから,これを開示することによって原告の営業上の利益侵害するおそれがある。
また,被告会社は,本件情報Aを現に保有しているから,これを開示することによって原告の営業上の利益侵害するおそれがある。
したがって,原告は,不正競争防止法3条1項に基づき,被告らに対し,本件情報Aの開示の差止めを求めることができる。
キ 本件情報Aが記載された文書等の廃棄(「第1 請求」の7項)被告らは,本件情報Aが記載された資料(文書)を所持し,また,本件情報Aの電磁データを所持している可能性がある。
したがって,原告は,不正競争防止法3条2項に基づき,被告らに対し,侵害の停止又は予防に必要な行為としてこれらの廃棄を求めることができる。
(2) 被告らの主張原告の主張はいずれも争う。
被告らは,そもそもコエンザイムQ10製品を製造した事実がない。被告会社が新昌製薬に対し被告製品の製造を委託したからといって,被告会社と新昌製薬がそれぞれ独立した別法人である以上,被告会社が被告商品を製造したといえるものではない。原告提出の被告製品に係る製造国証明書(甲9)及び製造法証明書(甲30)には,被告会社が「製造者」として記載されているが,これらは,被告会社の顧客からの要望に応じて,当該顧客に言われるがままに作成した,事実と異なる内容を記載した書面にすぎない。
また,被告会社が新昌製薬に対し本件生産菌A及び本件情報Aを提供した事実も,新昌製薬が本件生産菌Aを用いて被告製品を製造した事実もないことは,前記2(2)のとおりである。
さらに,被告らは,原告主張の本件生産菌A,Bを現に保有していない。本件冷凍庫内にあった本件各物品は,被告Cから警察に任意提出された後,原告会社に還付されているから,被告らが本件各物品を用いてコエンザイムQ10製品又は本件各酵素製品を製造するおそれはない。
4 争点4(原告の損害額)について(1) 原告の主張ア 不正競争防止法5条2項損害額(ア)被告会社が原告の保有する営業秘密である本件生産菌A及び本件情報Aについて不正取得行為が介在したことを知りながら取得し,これらを新昌製薬に提供して中国において本件生産菌Aと同一の生産菌を用いたコエンザイムQ10製品を製造させ,新昌製薬からその製品である被告製品を輸入し,販売した行為は,不正競争防止法2条1項5号の不正競争行為に該当するところ,被告会社は,平成16年10月28日から平成18年12月24日までの間,被告製品を製造,販売したことによって少なくとも3億円の利益を得た。
また,仮に被告会社が被告製品を製造していないとしても,被告会社が不正取得行為が介在したことを知りながら取得した本件生産菌A及び本件情報Aを新昌製薬に提供して開示した行為は,不正競争防止法2条1項5号の不正競争行為に該当するところ,被告会社は,上記不正競争行為によって新昌製薬からコエンザイムQ10製品の独占販売権等の特別に有利な地位を取得し,その製品である被告製品を販売することによって少なくとも3億円の利益を得た。
したがって,上記3億円は,不正競争防止法5条2項により,被告会社の上記不正競争行為によって原告が受けた損害額と推定される。
(イ)したがって,原告は,不正競争防止法4条に基づき,被告会社に対し,3億円(前記(ア))及びこれに対する平成19年1月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(ただし,1億1000万円の限度で,後記イの共同不法行為者である被告Cと連帯支払)を求めることができる。
共同不法行為損害額(ア)被告らは,共謀の上,原告の保有する営業秘密である本件生産菌A及び本件情報Aを窃取し,これらを新昌製薬に提供して中国においてコエンザイムQ10製品を製造させ,その製品である被告製品を輸入し,販売したものであり,被告らの上記行為は,原告に対する共同不法行為を構成する。
原告は,被告らの上記共同不法行為により,本件生産菌A及び本件情報Aを第三者にライセンスした場合に取得できるライセンス料相当額の損害を受けた。
そして,医薬品の場合には,製造ライセンス料は,売上高の5ないし10%が通例であり,本件生産菌A及び本件情報Aのライセンス料も同様に考えることができる。
被告会社の平成17年9月期の売上高は22億円であり,そのほぼ全額が被告製品の売上げであることからすると,原告が被告らの上記共同不法行為により受けた上記ライセンス料相当額の損害額は,少なくとも上記売上高の5%である1億1000万円を下らない。
(イ)したがって,原告は,民法719条,709条に基づき,被告らに対し,1億1000万円(前記(ア))及びこれに対する被告会社においては平成19年1月26日(訴状送達の日の翌日)から,被告Cにおいては同月24日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めることができる(ただし,被告会社に対する上記請求は,前記アの不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求のうちの元本1億1000万円の支払を求める部分と選択的請求である。)。
(2) 被告らの主張原告の主張はいずれも争う。
5 争点5(被告Cに対する退職金の返還請求の可否)について(1) 原告の主張ア本件就業規則32条2項は,「会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行った場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。」と規定し,また,本件退職金規程4条は,「就業規則の定めによって懲戒解雇または諭旨解雇されたときは,退職一時金は支給しない。」と,本件退職年金規程12条1項は,「社員が就業規則の定めにより懲戒解雇または諭旨解雇されたときには,第一年金・第二年金を支給しない。」とそれぞれ規定している。
これらの規定によれば,本件就業規則32条2項の「背信行為」とは,本件就業規則24条各号所定の諭旨解雇又は懲戒解雇事由に該当する行為及びこれと同等の背信行為を意味するというべきである。
そして,被告Cは,次のとおり,原告在職中に本件就業規則32条2項の背信行為を行ったから,原告から支給された退職金を返還すべき義務を負うというべきである。
(ア) 本件生産菌A,B等の無断持ち出しa被告Cは,前記2(1)のとおり,原告在職中に,本件生産菌A,B,本件各酵素製品の製品サンプル及び本件情報Aが記載された甲2の資料を不正に持ち出したものであり,被告Cの上記行為は,本件就業規則24条12号又は31号の背信行為に該当する。
b被告Cは,前記2(1)のとおり,原告の退職の前後を問わず,不正に取得した本件生産菌A,B及び本件各酵素製品の製品サンプルを被告会社に引き渡し,また,本件情報Aを被告会社に開示したものであり,被告Cの上記行為は,本件就業規則24条14号,27号(47条違反)の背信行為に該当する。
(イ) 業務外の私的な研究行為被告Cは,以下のとおり,原告に隠れて,自己の職務と全く無関係なコエンザイムQ10に関する私的な研究を原告の施設内において原告の資材等を用いて行ったものであり,被告Cの上記行為は,本件就業規則24条15号,27号(42条6号,9号違反)の背信行為に該当する。
a被告Cは,平成15年5月19日ころ,原告の医薬技術研究部のI(以下「I」という。)から本件生産菌Aの培養液を入手し,同月26日ころ,上記培養液を用いてコエンザイムQ10の精製方法に関する研究(甲2の3,4頁の「YO初期精製方法の見直し検討」と題する書面)を行った。
b被告Cは,平成16年5月から6月ころにかけて,原告の医薬技術研究部のJ(以下「J」という。)から本件生産菌Aの培養液を入手し,Eと共同で,上記培養液などを用いて,凝集剤としてポリアクリル酸を用いたコエンザイムQ10の抽出・精製実験及び同実験等によって得られたサンプル等の分析検討を行った。
(ウ) 原告の従業員に対する退職の勧誘被告Cは,以下のとおり,原告の退職の前後を問わず,原告の従業員を勧誘して退職させ,かつ,自己が主催する被告会社に入社させたものであり,被告Cの上記行為は,本件就業規則24条27号(48条違反)の背信行為に該当する。
a被告Cは,原告の退職の前後を問わず,原告の従業員のD(当時診断薬開発研究部),G(当時プラノバ事業推進部,元診断薬営業部),K(当時大仁診断薬工場製造課),L(当時プラノバ事業推進部。以下「L」という。),E(当時特薬研究部)及びM(当時大仁診断薬工場製造課。以下「M」という。)に対し,「原告には将来性がない。」,「今の給与の倍額の給与を支払う。」などと申し向け,被告会社への勧誘を行った。
さらに,被告Cは,Gに対しては「被告会社のナンバー2として幹部になってもらう。」,Lに対しては「今後,海外に進出するに当たって,海外営業の中心的役割を担って欲しい。」などと言って勧誘している。
Dは平成16年12月31日に,Gは平成17年2月28日に,Kは同年3月31日に,Lは同年4月30日に,Eは同年6月30日に,Mは同日にそれぞれ原告を退職し,退職後まもなく被告会社に入社するに至った。
このほか,被告Cは,原告の従業員のN及びOに対しても被告会社への入社の勧誘を行ったが,同人らは原告を退職するに至らなかった。
b被告Cの上記勧誘行為は,単に原告の従業員を勧誘するにとどまらず,虚偽の甘言を弄して原告の限られた一部の組織(コエンザイムQ10及び診断薬の研究,製造部門)に所属する従業員を狙って大量に退職させようとするものであり,原告の業務に大きな支障を生じさせるおそれがある営業妨害行為である。
(エ) その他の背信行為被告Cは,以下のとおり,原告在職中に,原告の許可なく被告会社の業務に従事し,また,その代表取締役に就任したものであり,被告Cの上記行為は,就業規則24条27号(44条違反)の背信行為に該当する。
a被告Cは,原告在職中である平成15年12月以前に,原告に隠れて被告会社を茸類の総合商社にする意図で設立し,被告Cが被告会社を通じて静岡大学農学部のP教授,独立行政法人国立環境研究所等と共同研究を行い,「骨粗鬆症」の原因となる破骨細胞増殖の阻害活性を見出して特許出願を行って商業化することを企図し,また,大塚食品と接触してその資金援助を得ようとしていた。「骨粗鬆症」の原因となる破骨細胞増殖の阻害活性は,原告の主力製品である「エルシトニン」の効能と同一であり,被告Cのこのような活動は,原告の事業内容と競合し,明らかに原告の利益に反する活動である。
b被告Cは,原告在職中の平成16年10月28日,原告に無断で,被告会社の代表取締役に就任した。
イ原告が本件退職一時金規程に基づき被告Cに対し,退職金として2495万1148円(原告拠出分2239万6000円及び被告C積立分255万5148円)を支給したことは,前記第2の1(1)ウ(ウ)のとおりである。
ウしたがって,原告は,被告Cに対し,本件就業規則32条2項に基づき,原告が支給した退職金のうち,原告拠出分2239万6000円及びこれに対する平成16年11月26日(退職金支給日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告Cの主張ア(ア) 本件生産菌A,B等の無断持ち出しの主張に対し原告が主張するように被告Cが本件各物品を持ち出したとしても,それは本件生産菌A,B及び本件各酵素製品の製品サンプルの「不正な持ち出し」に該当するものではなく,また,甲2の資料についてはそもそも被告Cが持ち出した事実はない。
(イ) 業務外の私的な研究行為の主張に対し被告Cは,当時の上司であったR特薬事業部長及びその後任であるS特薬事業部長から,コエンザイムQ10の培養,精製について全般的にみて欲しいと口頭で依頼があったため,コエンザイムQ10の精製方法の見直し検討を行い(前記(1)ア(イ)a),また,Eと協力して,ポリアクリル酸を用いたコエンザイムQ10の抽出・精製実験及びサンプル等の分析検討を行ったものであり(前記(1)ア(イ)b),これらの検討結果については,上司に対し,報告書を提出している。
被告Cの上記行為は,業務外の私的な研究行為に該当するものではない。
(ウ) 原告の従業員に対する退職の勧誘の主張に対し被告Cが,原告の従業員に対して,被告会社への入社を勧誘する行為を行った事実はあるものの,それらは,社会的相当性の範囲内の勧誘行為にすぎない。
被告Cは,原告の従業員の方から被告会社に対する入社の相談等があれば,以前からの知り合いでもあることから相談に乗ることはあり,結果として被告会社に入社した者もいるが,不正,違法な勧誘行為は一切行っていない。
(エ) その他の背信行為の主張に対し被告Cが被告会社の活動に関与したことが,原告会社の利益に反するとはいえない。また,被告Cが被告会社の代表取締役に就任したのは,平成16年10月31日に原告を退職する直前の同月28日であり,しかも,その当時の被告Cは,原告において有給休暇の消化中であったから,背信行為といえるものではない。
イ使用者の懲戒権の行使は,就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても,当該具体的事情の下において,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当なものとして是認することができないときは,権利の濫用として無効になると解するのが相当である(最高裁平成18年10月6日第二小法廷判決)。
上記最高裁判決が依拠するものと思料される法の一般原則としての比例原則は,本件にも当てはまる。
被告Cが原告の施設内からコエンザイムQ10の生産菌の一部を持ち出したこと自体は認めるが,せいぜい,何ら経済的価値のない生産菌の一部を持ち出して保管していただけであり,それを使って経済的利益は何ら得ていないのであるから,被告Cの上記行為は軽微な非違行為にすぎない。また,原告主張の被告Cのその余の背信行為については,前記アのとおり,被告Cが当該行為を行った事実がないか,あるいは当該行為は背信行為に当たらない。
そうすると,原告が,上記のような軽微な非違行為に対する懲戒処分として,原告に20年以上勤務した被告Cに対し,退職金全額の返還を求めることは,あまりにバランスを欠くものである。
したがって,原告の被告Cに対する退職金返還請求は,権利の濫用として許されない。
当裁判所の判断
1 争点1(本件生産菌A,B及び本件情報Aの営業秘密性)について原告は,本件生産菌A,B及び本件情報Aは,原告によって秘密として管理され,コエンザイムQ10及び診断薬用酵素の製造に有用な技術上の情報であって,しかも,公然と知られていないものであるから,不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に当たる旨主張するので,以下において順次判断する。
(1) 本件生産菌Aについてア 前提事実前記第2の1の事実と証拠(甲14,17ないし21,35ないし37(枝番のあるものは枝番を含む。),証人J)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(ア)コエンザイムQ10は,補酵素(コエンザイム)の一つで,キノン構造とイソプレン側鎖10単位を持つ化合物であり,生体内の末端電子伝達系の必須成分である。
コエンザイムQ10は,日本国内においては,昭和49年から心臓病等に対する医療用医薬品として販売されていたが,平成13年に厚生労働省が食品用途の使用を認めたことから,栄養補助食品等にも用いられるようになり,平成16年には一定の条件下に化粧品用途の使用も可能となり,コエンザイムQ10の日本国内の市場は拡大した。
特に,平成16年にアンチエイジング・ダイエット効果等を中心にメディアで頻繁に取り上げられたこともあり,同年から平成17年中ころにかけて,コエンザイムQ10の需要が急速に拡大した。
平成16年当時,コエンザイムQ10を原料として商業的に製造する主な国内メーカーは,カネカ,日清ファルマ,三菱ガス化学及び原告の4社であった。
株式会社富士経済作成の「2006年版生物由来有用成分・素材市場徹底調査」と題する書籍(甲14。以下「富士経済の調査」という。)によれば,コエンザイムQ10の原料(純度100%の原体粉末換算)の数量の市場規模は,平成13年が4.5トン,平成14年が5.5トン,平成15年が7.5トンであったが,平成16年には20.0トンに増加し,更に平成17年には59.5トンに増加した。また,富士経済の調査によれば,平成17年におけるコエンザイムQ10の原料の数量ベースのシェアは,カネカが60.5%(36.0トン),三菱ガス化学が16.5%(9.8トン),日清ファルマが16.3%(9.7トン),原告が5.9%(3.5トン)であった。
一方,世界各国では,特に欧米を中心に,既に1980年代後半ころからコエンザイムQ10が医薬品としてばかりではなく,栄養補助食品としても広く利用されており,栄養補助食品の中で常に売上げの上位にランクされている。
(イ)コエンザイムQ10を工業的に製造するための方法には,微生物を用いた発酵法と微生物を用いない合成法(化学合成法)の2種類がある。
発酵法は,発酵工程(コエンザイムQ10を含有(生産)する微生物を用いて微生物菌体内にコエンザイムQ10を生産する工程)及び精製工程(発酵によって生産された微生物菌体中に含有されているコエンザイムQ10を菌体中から抽出し,不純物を除き高純度な製品に高めるための工程)の二つの工程を経て製品を製造する方法である。
一方,合成法は,化学合成工程及び精製工程の二つの工程を経て製品を製造する方法である。
発酵法を用いた場合は,天然と同じトランス型のコエンザイムQ10のみが生成されるが,合成法を用いた場合は,天然にはないシス体も同時に生成されることが知られている。
前記(ア)の主な国内メーカー4社のうち,カネカ,三菱ガス化学及び原告の3社は発酵法を採用し,日清ファルマは合成法を採用している。
(ウ)旭化成は,昭和43年にコエンザイムQ10の製造の事業化に向けて研究開発を開始し,昭和56年に発酵法によるコエンザイムQ10製品の製造,販売を開始した。その後,平成15年10月1日に旭化成の会社分割によりその医薬医療部門の事業を承継した原告は,同コエンザイムQ10製品(原告製品)の製造販売を行っている。
ところで,自然界から見出された生産菌(野生株)がその菌体中に含有するコエンザイムQ10の量は非常に微量であり,また,微生物によっては不純物(類縁物質)が多く生産されるなど,野生株をそのまま工業用微生物として使用するには不十分である。そこで,発酵法によりコエンザイムQ10の工業生産を行うためには,工業的大量生産のための培養条件下において高い力価(発酵における生産性を表す指標の一つ)を発揮することができ,かつ,安定して高い生産性を維持することができる,工業生産に適した高度の生産能力を持つコエンザイムQ10の生産菌(種菌)が不可欠であり,その改良,育種のための研究開発が必要とされる。
生産菌の改良は,元となる菌株(親株)を突然変異を起こさせる薬剤等で処理して突然変異体(遺伝的に性質の変わった菌株)を取得し,培養評価を行い,親株と比べて生産性が高くなった菌株を選別し,これを親株として同様のスクリーニングを繰り返して行われる。
旭化成及び原告においては,昭和61年から平成16年にかけて,(ロドバクター・スフェロイデス)の菌株を親Rhodobacter sphaeroides株として,上記手順に従った改良を繰り返すことにより,数多くの力価の高い変異株を取得し,これらに独自のコード番号を付して管理してきた(その概要は,甲37の別紙1「旭化成におけるコエンザイムQ10生産菌(変異株)の改良経緯(1986年〜2004年)」に記載のとおりであり,上記親株の原告コード番号は「P47」である。)。
そして,旭化成及び原告がコエンザイムQ10の製造用菌株として開発した生産菌は,別紙3「生産菌目録A」記載のとおりの(ロドバクター・スフェロイデス)に属する光Rhodobacter sphaeroides合成細菌(本件生産菌A)である。
旭化成及び原告が実際にコエンザイムQ10製品の製造に使用してきた種菌は,本件生産菌Aのうち,原告のコード番号「MM2577」及び「M43-31」で特定される生産菌のみである。
(エ)原告におけるコエンザイムQ10の研究は,平成17年3月までは「医薬技術研究部」で,同年4月以降は「特薬研究部」(現在の名称「特薬研究グループ」)で行われ,一方,原告におけるコエンザイムQ10の営業を含む事業は,同年9月までは「特薬・診断薬事業部」で,同年10月以降は「特薬事業部」(現在の名称「特薬製品部」)で行われている。
コエンザイムQ10の研究(培養研究)は,原告の大仁医薬工場において,コエンザイムQ10の精製研究は,宮崎県内の延岡医薬工場を中心に行われ,そして,コエンザイムQ10の製造は,延岡医薬工場及び北海道内の白老工場で行われている。この間原告において,コエンザイムQ10の品質改善,コストダウン及び生産量アップを目的として,延岡医薬工場,大仁医薬工場,医薬技術研究部,特薬・診断薬事業部,診断薬研究部等のメンバーを構成員とする「YOプロジェクト」が組織され,平成12年10月から平成14年3月まで検討が行われた。
(オ)a本件生産菌Aの種菌は,平成16年3月までは,大仁医薬工場の品質管理棟1階フリーザー室にある施錠可能な冷凍庫に保管され,同年4月以降は,同工場の共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室内にあるいずれも施錠可能な2台の冷凍庫に保管されている。
b平成16年3月までの保管場所であった品質管理棟1階フリーザー室は,無菌室内にあり,同室内に入るには,専用の白衣,履き物に着替えてエアーシャワーを浴びなければならないため,同室内に入室できるのは,原則として,大仁医薬工場に勤務するコエンザイムQ10研究者に限られていた。無菌室は,同室内にコエンザイムQ10研究者がいない場合には施錠されていた。
品質管理棟の建物には,2か所の出入口があるが,いずれも夜間は施錠されていた。
品質管理棟の建物がある区域は周囲が塀で囲まれており,同区域への出入口は1か所のみで,その門は常時施錠され,カードキーで解錠しなければ入場できない。また,当該出入口には監視カメラが設置され,守衛室において常時監視されている。
c平成16年4月以降の保管場所である共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室には,発酵研究室実験室の中を通らなければ行くことができず,そこに立ち入ることができるのは,原則として,コエンザイムQ10研究者に限られている。発酵研究室実験室の出入口は,コエンザイムQ10研究者が退出する際に施錠されている。
共同第2ビルの建物には,2か所の出入口があるが,いずれも夜間は施錠されている。
共同第2ビルの建物がある区域は周囲が塀で囲まれており,同区域への出入口は4か所あるが,このうち,正門を含む2か所は守衛が監視しており,関係者以外の者は目的と行き先をカードに記載しなければ入場できず,他の2か所の出入口は常時施錠されている。
また,4か所の出入口には監視カメラが設置され,守衛室において常時監視されている。
d本件生産菌Aの種菌が保管場所の冷凍庫から持ち出される場合の管理状況は,次のとおりである。
コエンザイムQ10研究者が,本件生産菌Aの種菌を研究のために使用する場合は,コエンザイムQ10研究者自身が保管場所の冷凍庫から種菌を取り出して使用することとなるが,これらの研究が行われるのは,平成16年3月までは品質管理棟1階の研究課及びFCプラントのパイロット工場,それ以降はFCプラントのパイロット工場及び共同第2ビル1階の発酵研究室実験室であり,それ以外の場所に持ち出されることはない。
コエンザイムQ10製造を行っている原告の延岡医薬工場及び白老工場に,製造に使用するための本件生産菌Aを運び込む場合には,コエンザイムQ10研究者自らが飛行機,電車等を利用して運搬している。また,大仁医薬工場からの種菌の持ち出し及び延岡医薬工場及び白老工場における種菌の受け入れに当たっては,チューブの本数がチェックされ,また,延岡医薬工場及び白老工場では,受け入れたコエンザイムQ10の製造用種菌を冷凍庫に入れて施錠し,チューブの本数管理が行われる。
e大仁医薬工場では,常時,本件生産菌Aの培養研究が行われているが,この培養液に触れることができるのは,原則としてコエンザイムQ10研究者に限られている。
研究に用いられた本件生産菌Aの培養液は,その後更に継続して研究に使用されるものを除き,殺菌して廃棄処分がされる。
他方,研究のために継続して使用される培養液は,平成16年3月までは品質管理棟1階フリーザー室内の冷凍庫,研究課の冷蔵庫及びFCプラント2階のパイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管され,同年4月以降は共同第2ビル1階の発酵研究室実験室内の冷凍庫及びFCプラント2階のパイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管されている。
FCプラントの建物には,2か所の出入口があるが,いずれも夜間施錠されている。
また,FCプラントの建物がある区域の状況は,前記cの共同第2ビルの建物がある区域の状況と同様である。
有用性及び非公知性(ア)前記アの認定事実によれば,?平成16年当時,コエンザイムQ10を原料として商業的に製造する主な国内メーカーは,カネカ,日清ファルマ,三菱ガス化学及び原告の4社であり,そのうち,発酵法によってコエンザイムQ10の製造を行うメーカーは原告を含む3社であったこと,?発酵法によりコエンザイムQ10の工業生産を行うためには,工業的大量生産のための培養条件下において高い力価を発揮することができ,かつ,安定して高い生産性を維持することができる,工業生産に適した高度の生産能力を持つコエンザイムQ10の生産菌(種菌)が不可欠であり,その改良,育種のための研究開発が必要とされること,?本件生産菌Aは,旭化成及び原告が20年近くにわたって親株の改良を繰り返すことによって開発され,原告がこれを保有していることが認められる。
上記?ないし?によれば,本件生産菌Aは,それ自体が原告のコエンザイムQ10の製造に「有用な技術上の情報」であることは明らかである。
(イ)また,前記(ア)?ないし?によれば,本件生産菌Aが,その性質上,旭化成及び原告にとって秘匿性の高い貴重な資産であり,社外の者に保有させたり,その内容を開示したりすることがおよそ予定されていないものであることは明らかであり,現に,本件生産菌Aを旭化成及び原告以外の第三者が一般的に入手し得る状況にあることをうかがわせる証拠はない。
したがって,本件生産菌Aが「公然と知られていないもの」であることは明らかである。
秘密管理性(ア)前記アの認定事実を総合すれば,本件生産菌Aは,平成16年当時の大仁医薬工場において,原告の従業員以外の者はそもそも容易にアクセスすることができず,また,従業員であっても,コエンザイムQ10研究者以外はアクセスが制限され,さらに,アクセスした従業員においても,それが秘密情報であることを認識し得るような状況の下で管理されていたものであるから,本件生産菌Aは,その当時,「秘密として管理されてい」たものと認められる。
(イ)これに対し被告らは,コエンザイムQ10研究者以外の原告の従業員であっても,本件生産菌Aに容易に触れる機会があり,また,本件生産菌Aが保管されている冷凍庫に内容物が秘密であることの表示がないことなどから,それが秘密であることを認識できる状況にはなく,本件生産菌Aは秘密として管理されているとはいえない旨主張する。
しかし,前記ア(オ)で認定した本件生産菌Aの管理状況からすれば,大仁医薬工場の従業員以外の者が,本件生産菌Aにアクセスすることは考え難く,他方,同工場の従業員であれば,上記のような表示の有無にかかわらず,本件生産菌Aが原告の秘密であることを認識し得たというべきである。
したがって,被告らの上記主張は理由がない。
エ 小括以上によれば,本件生産菌Aは,平成16年当時,それ自体が,原告において秘密として管理されていた原告のコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないものと認められるから,原告が保有する「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に当たるものと認められる。
(2) 本件生産菌Bについてア 前提事実前記第2の1の事実と前掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(ア)旭化成は,従来から保有してきた医薬品の製造に係る発酵法の技術を活用して,診断薬用酵素(診断薬を製造するための原料として使用される酵素)の発酵法による製造の研究開発を行い,昭和48年,その事業化を実現した。
その後も,旭化成及びその医薬医療部門の事業を承継した原告は,新規の診断薬用酵素やその生産菌を順次開発するとともに,純度の高さ等の高品質性及び高い生産効率等を追求して,その開発や改良を継続している。
発酵法により診断薬用酵素の工業生産を行うためには,コエンザイムQ10の場合と同様に,工業的大量生産のための培養条件下において高い力価を発揮することができ,かつ,安定して高い生産性を維持することができる,工業生産に適した高度の生産能力を持つ診断薬用酵素の生産菌(種菌)が不可欠である。
原告は,現在,数十品目に及ぶ診断薬用酵素の製造,販売を行っている。
別紙2「製品目録B」1記載の各酵素製品は,原告が製造,販売する診断薬用酵素製品(本件各酵素製品)であり,別紙4「生産菌目録B」記載の各生産菌(本件生産菌B)は,本件各酵素製品の製造に使用する生産菌である。
(イ)本件生産菌Bは,大仁医薬工場の基礎研究所棟2階診断研実験室にある施錠可能な冷凍庫において保管されている。
上記基礎研究所棟2階診断研実験室に入室できるのは,大仁医薬工場に勤務する診断薬研究者に限られている。
基礎研究所棟の建物には,3か所の出入口があるが,いずれも夜間は施錠されている。
基礎研究所棟の建物がある区域の状況は,前記(1)ア(オ)bの品質管理棟の建物がある区域の状況と同様である。
有用性及び非公知性(ア)前記アの認定事実によれば,?発酵法により診断薬用酵素の工業生産を行うためには,工業的大量生産のための培養条件下において高い力価を発揮することができ,かつ,安定して高い生産性を維持することができる,工業生産に適した高度の生産能力を持つ診断薬用酵素の生産菌(種菌)が不可欠であり,その研究開発が必要とされること,?本件生産菌Bは,旭化成及び原告が長年の研究によって開発され,原告がこれを保有していることが認められる。
上記?及び?によれば,本件生産菌Bは,それ自体が原告の診断薬用酵素の製造に「有用な技術上の情報」であることが明らかである。
(イ)また,前記(ア)?及び?によれば,本件生産菌Bが,その性質上,旭化成及び原告にとって秘匿性の高い貴重な資産であり,社外の者に保有させたり,その内容を開示したりすることがおよそ予定されていないものであることは明らかであり,現に,本件生産菌Bを旭化成及び原告以外の第三者が一般的に入手し得る状況にあることをうかがわせる証拠はない。
したがって,本件生産菌Bが「公然と知られていないもの」であることは明らかである。
秘密管理性(ア)前記アの認定事実を総合すれば,本件生産菌Bは,平成16年当時の大仁医薬工場において,原告の従業員以外の者はそもそも容易にアクセスすることができず,また,従業員であっても,診断薬研究者以外はアクセスが制限され,さらに,アクセスした従業員においても,それが秘密情報であることを認識し得るような状況の下で管理されていたものであるから,本件生産菌Bは,その当時,「秘密として管理されてい」たものと認められる。
(イ)これに対し被告らは,診断薬研究者以外の原告の従業員や原告の従業員と共に大仁医薬工場の敷地内に入った者であれば,容易に本件生産菌Bにアクセスすることが可能であり,また,本件生産菌Bが保管されている冷凍庫に内容物が秘密であることの表示がないことなどから,それが秘密であることを認識できる状況にはなく,本件生産菌Bは秘密として管理されているとはいえない旨主張する。
しかし,前記ア(イ)で認定した本件生産菌Bの管理状況からすれば,大仁医薬工場の従業員以外の者が,本件生産菌Bにアクセスすることは考え難く,他方,同工場の従業員であれば,上記のような表示の有無にかかわらず,本件生産菌Bが原告の秘密であることを認識し得たというべきである。
したがって,被告らの上記主張は理由がない。
エ 小括以上によれば,本件生産菌Bは,平成16年当時,それ自体が,原告において秘密として管理されていた原告の診断薬用酵素製造事業に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないものと認められるから,原告が保有する「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に当たるものと認められる。
(3) 本件情報Aについてア 秘密管理性原告は,甲2の資料に記載された本件情報Aは,原告社内のコンピュータLANシステム内のフォルダにおいて電磁データとして保管・管理されており,その多くは,原告の延岡医薬工場の共通フォルダあるいはプロジェクトごとの共通フォルダで保管され,その一部は,延岡医薬工場の従業員の個人フォルダ内に保管されていたこと,延岡医薬工場の共通フォルダは,延岡医薬工場の従業員がID番号とパスワードを入力してアクセスできるように設定されており,同工場の従業員以外の者がアクセスすることはできないことなどを理由に,本件情報Aが原告において秘密として管理されている旨主張する。
しかしながら,そもそも甲2の資料は,原告の主張によれば,原告の元従業員で,原告退職後に被告会社に勤務していたGが,被告会社の事務所内で偶然発見したコエンザイムQ10関係の書類一式を密かにコピーしたものとされており(前記第3の2(1)イ(ウ)),また,その内容や体裁から見ても,コエンザイムQ10に関係する種々の資料が寄せ集められたものであることが明らかであるから,甲2の資料に係る各文書に対応する原告保有の情報は,甲2のようなひとまとまりの資料又は電磁データとして保管されていたものではなく,それぞれが個別に文書又は電磁データの形で管理されていたものと推認することができる。
そうすると,本件情報Aが原告において秘密として管理されていることを認定するためには,本件情報A(別紙5「営業秘密目録A」第1の1ないし13及び第2の1ないし3記載の情報)のそれぞれについて,個別の管理状況が具体的に明らかにされる必要がある。
しかるに,原告は,上記のとおり,甲2の資料に記載された情報全般についての一般的な管理状況を抽象的に主張するのみで,本件情報Aに相当する各情報の個別の管理状況について具体的な主張をしておらず,このような主張では,本件情報Aの秘密管理性を述べるものとしては不十分といわざるを得ない。
もっとも,原告の特薬製品部特薬研究グループ長で,原告のコエンザイムQ10研究の責任者であるJの陳述書(甲37)中には,甲2の資料に係る各文書のうち,本件情報Aが記載された頁数を挙げ,それらの各情報の管理状況を述べた記載部分がある。しかしながら,当該記載部分は,上記各情報が保管されていた場所(延岡医薬工場の共通サーバ,延岡医薬工場研究課のTが使用していたパソコンのハードディスクなど)を特定した上で,それらにアクセスできる者が限定されていることを抽象的に述べたものにすぎず,本件情報Aに相当する各情報の個別の管理状況を具体的に明らかにするものとはいえない。
したがって,Jの陳述書の上記記載部分のみから,本件情報Aが,原告において秘密として管理されていたことを認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
イ 小括以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件情報Aは,原告が保有する「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に当たるものとは認められない。
(4) まとめ以上のとおり,本件生産菌A,Bは原告が保有する「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に当たるが,本件情報Aはこれに当たらない。
そこで,以上を前提に,原告主張の被告らの不正競争行為の有無について判断することとする。
2 争点2(被告らの不正競争行為の有無)について原告は,被告Cは,原告が保有する営業秘密である本件生産菌A,Bを不正の手段により取得し,これらを被告会社に提供して開示する不正競争行為(不正競争防止法2条1項4号)を行い,被告会社は,本件生産菌A,Bについて不正取得行為が介在したことを知って取得し,本件生産菌Aを使用し又は第三者(新昌製薬)に開示する不正競争行為(同条5号)を行った旨主張するので,以下において順次判断する。
(1) 前提事実前記第2の1の事実と証拠(甲1,26,29,31,32,37,乙1,7,12,13,17,23,24,証人W,証人J,証人F,分離前被告E,分離前被告D,被告C)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア(ア)被告Cは,昭和56年4月,東洋醸造に入社した後,平成4年1月に旭化成が東洋醸造を吸収合併したことに伴い,旭化成の医薬事業部門の診断薬用酵素の研究担当となり,平成13年3月に診断薬事業開発担当となった。
被告Cは,平成15年10月1日に原告が旭化成の会社分割によりその医薬医療部門の事業を承継したことに伴って原告に移籍した後,特薬・診断薬事業部内の診断薬を担当する部署(平成16年5月以降は「診断薬開発研究部」,同年4月以前は「特薬・診断薬事業部付(診断薬グループ))に配属された。その当時,コエンザイムQ10の研究を担当していた部署は,同じく特薬・診断薬事業部に属する「医薬技術研究部」であった。
被告Cは,平成16年10月31日,原告を自己都合で退職した。
被告Cの退職時の役職は,診断薬開発研究部の診断薬グループ副部長であった。
(イ)被告Cは,以下のとおり,医薬技術研究部に属する従業員に対し,特薬・診断薬事業部長からの指示による研究のために必要がある旨申し向けて,コエンザイムQ10の生産菌の培養液を交付するよう要求し,当該従業員からこれを入手した。
a被告Cは,平成15年5月19日ころ,医薬技術研究部のIからコエンザイムQ10の生産菌の培養液を入手した。上記培養液は,コード番号「M17-103」及び「M22-138」の生産菌に係るものであった。
被告Cは,同月26日ころ,上記培養液を用いてコエンザイムQ10の精製方法に関する研究(甲2の3,4頁の「YO初期精製方法の見直し検討」と題する書面)を行った。
b被告Cは,平成16年5月25日及び同年6月7日ころの2回にわたり,医薬技術研究部のJから,コエンザイムQ10の生産菌の培養液を入手した。
被告Cは,同年5月から6月ころにかけて,医薬技術研究部に属するEと共同で,上記培養液などを用いて,凝集剤としてポリアクリル酸を用いたコエンザイムQ10の抽出・精製実験及び同実験等によって得られたサンプル等の分析検討を行った。
イ(ア)被告会社(旧商号・「株式会社康源」)は,きのこ類の輸出入,加工,販売,医薬品,医薬部外品,化粧品,試薬,診断薬,食料品,診断薬用酵素等の研究,開発,製造,販売,輸出入等を目的とする株式会社である。
被告会社は,平成13年12月27日に設立された,きのこ類の輸出入,加工及び卸売並びにこれに付帯する一切の事業を目的とする有限会社康源が,平成18年2月2日,株式会社に組織変更したものである。
被告会社が設立された当初,その取締役は被告Cの妻であるU1名であったが,平成16年10月28日,被告Cが被告会社の代表取締役に就任し,以来,被告Cが被告会社の代表取締役を務めている。
(イ)被告Cは,原告の退職の前後に,原告の従業員のD,G,K,L,E及びMに対し,被告会社へ入社するよう勧誘した。
Dは平成16年12月31日に,Gは平成17年2月28日に,Kは同年3月31日に,Lは同年4月30日に,Eは同年6月30日に,Mは同日にそれぞれ原告を退職した後,いずれも被告会社に入社した。その後,Gは平成18年1月4日付けで,Lは同月31日付けで被告会社を退職した。
ウ(ア)被告Cは,原告の退職前に原告の社内から持ち出した物品を本件冷凍庫に保管していた。本件冷凍庫は,被告Cが,平成16年9月ころ,当時被告会社と取引関係のあった有限会社インターリンクの代表者であるFから30万円程度で購入したものであり,マイナス80℃の冷却性能を有するものである。
被告Cは,平成17年5月26日ころ,Fに対し,被告会社の事務所内に置かれていた本件冷凍庫を預かるよう依頼した。
Fは,そのころ,本件冷凍庫を被告会社の事務所から搬出して,静岡県沼津市内の事務所内で保管するようになった。
(イ)Fは,平成18年1月ころ,原告の総務部長V(以下「V」という。)と面談した際,同人から,被告Cが原告社内からコエンザイムQ10の生産菌等を持ち出した可能性が高いことを聞かされ,被告Cからこれらを預かっていないかを尋ねられたことから,本件冷凍庫を被告Cから預かっている事実を話すとともに,本件冷凍庫の内容物を原告の従業員らに見せることを承諾した。
その後,Fは,本件冷凍庫を静岡県沼津市内の他の事務所に移動した上で,同年1月26日,原告の従業員であるV,J及びWに本件冷凍庫の内容物を見せた。
その後,Fは,原告から,公証人立会いの下で本件冷凍庫の内容物の確認をしたい旨の依頼を受け,これを承諾した。
(ウ)静岡地方法務局所属の公証人は,平成18年2月9日,原告の嘱託を受けて,前記(イ)の保管場所において,F,原告の代理人弁護士らの立会いの下に,本件冷凍庫及びその庫内の内容物の状況等確認する事実実験を行い,同年3月10日付けで事実実験公正証書(以下「本件公正証書」という。甲1)を作成した。
上記事実実験の際,本件冷凍庫の庫内には,別紙6「物品目録」記載の各物品(本件各物品)が保管されていた。
(エ)被告Cは,平成18年4月,Fに対し,本件冷凍庫及びその内容物を崇城大学に送るよう指示をした。Fは,その際,被告Cに対し,本件冷凍庫は送ることができるが,内容物はそのまま送ると溶けるので取りに来て欲しい旨述べた。
被告Cが,同年4月27日,本件冷凍庫内の内容物を取り出すために保管場所に赴いたところ,静岡県大仁警察署の警察官が待機していた。被告Cは,同日,本件各物品を大仁警察署に任意提出した。
原告は,同年5月11日,大仁警察署に対し,本件各物品について窃盗の被害届を出した。
その後,原告は,被告Cが本件各物品が原告の所有に属することを認めたこともあって,大仁警察署から,本件各物品の還付を受けた。
エ(ア)被告Cは,平成16年2月ころ,ビタミン類,抗生物質類の原料及び製剤の製造等を業とする中国企業である新昌製薬の役員と知り合い,同年8月ころ,その役員の紹介で,中国に赴き,新昌製薬の工場を見学した。
被告Cは,帰国後,新昌製薬から,研究機材等の送付を依頼され,その送付をした。また,被告Cは,新昌製薬から,新昌製薬が日本でコエンザイムQ10を販売することになった場合には協力するよう依頼された。
(イ)新昌製薬は,平成16年秋ころから,中国国内において,細菌を用いた発酵法によるコエンザイムQ10の製造を行っている。
(ウ)被告会社は,平成16年12月末ころから新昌製薬が製造したコエンザイムQ10製品を中国から輸入し,平成17年1月ころから,そのコエンザイムQ10製品(被告製品)を販売している。
(2) 被告Cによる本件生産菌A,Bの無断持ち出しア被告Cが平成16年9月ころにFから本件冷凍庫を購入したこと,被告Cが平成16年10月31日に原告を退職する前に原告の社内から持ち出した物品を本件冷凍庫に保管していたこと,平成18年2月9日に本件冷凍庫及びその庫内の内容物の状況等を確認する公証人による事実実験が行われた際,本件冷凍庫の庫内に本件各物品が保管されていたことは,前記(1)ア(ア),ウのとおりである。
上記認定事実と弁論の全趣旨を総合すれば,被告Cは,平成16年10月ころ,原告社内から原告に無断で本件各物品を持ち出したことが認められる。
これに対し被告らは,被告Cが本件各物品の全てを持ち出したかどうか不明である旨主張し,これに沿う被告Cの供述部分がある。
被告らの主張の趣旨は,要するに,被告CがFに本件冷凍庫を預けてから本件公正証書(甲1)が作成されるまでの間に,F又は原告の従業員によって,本件冷凍庫の内容物の入替えや追加が行われている可能性があるというものと考えられる。
しかしながら,被告らの上記主張は,被告C自身が原告社内から持ち出した物品の詳細を正確に把握していないことから,入替え等の抽象的な可能性があることを述べているにすぎず,そのような可能性を具体的にうかがわせる根拠については,何ら指摘するものではない。現に,本件公正証書(甲1)に顕れた本件冷凍庫及びその内容物の状況をみても,内容物の入替え等の事実をうかがわせる痕跡は格別認められない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
イそこで,以上を前提に,被告Cが持ち出した物品の具体的な内容を検討するに,証拠(甲1,37,49ないし51)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(ア)本件公正証書(甲1)添付の写真23に写っている二つのチューブの内容物(本件物品1(1))は,原告のコード番号「M15-204」の本件生産菌Aの種菌である。
(イ)本件公正証書(甲1)添付の写真28ないし32に写っている紙製箱の中の16本のチューブに入った濃緑色の液体(本件物品1(2))は,コエンザイムQ10の生産菌の培養液である。ただし,当該生産菌のコード番号は,証拠上明らかではない。
(ウ)本件公正証書(甲1)添付の写真25,26に写っているプラスチック製箱の中の17本の緑色キャップのチューブに入った濃緑色の液体(本件物品1(3))は,コエンザイムQ10の生産菌の培養液である。ただし,当該生産菌のコード番号は,証拠上明らかではない。
(エ)本件公正証書(甲1)添付の写真33ないし35,38ないし40に写っている紙製箱の中の蓋に番号が記載された18本のチューブの内容物は,それぞれ別紙4「生産菌目録B」(1)ないし(18)記載の本件生産菌Bである(別紙4「生産菌目録B」(1)ないし(18)記載の本件生産菌Bと甲1添付の写真38に写っている上記18本のチューブの蓋に記載された番号との対応関係を示せば,(1)が1,(2)が5,(3)が7,(4)が8,(5)が9,(6)が10,(7)が13,(8)が15,(9)が16,(10)が17,(11)が20,(12)が21,(13)が22,(14)が23,(15)が24,(16)が25,(17)が27,(18)が29である。)。
ウ前記ア及びイによれば,被告Cは,平成16年10月ころ,原告社内から,コード番号「M15-204」の本件生産菌Aの種菌,本件生産菌A(コード番号が明らかではないもの)の培養液及び本件生産菌Bを原告に無断で持ち出し,これらを本件冷凍庫に保管したものと認められる。
そして,上記のような被告Cの行為は,それ自体が原告の営業秘密に当たる本件生産菌A,Bを原告の意に反する不正の手段により原告社内から持ち出して取得するものであり,不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為に該当する。
エこれに対し被告らは,被告Cが原告を退職する際の記念として自己の研究対象物の一部を持ち帰ったにすぎず,これらを違法,不正に利用する目的はなかった旨主張し,被告Cの供述(乙7の陳述書を含む。以下同じ。)中にはこれに沿う供述部分がある。
(ア)しかし,前記1(1)及び(2)認定のとおり,本件生産菌A,Bは,旭化成及び原告が長年にわたる研究開発によって取得した重要な事業用資産であり,それ自体が秘匿性の高い営業秘密であること,また,そのことは,原告の診断薬事業に長年関わってきた被告Cであれば当然認識していたはずであることからすれば,被告Cが持ち出した生産菌を原告を退職する際の記念として持ち帰ったとする被告Cの上記供述部分は,およそ不合理というほかない。かえって,上記のとおり,それ自体が営業秘密となる原告の重要な事業用資産である本件生産菌A,Bを原告に無断で持ち出したという行為自体からみて,被告Cには,それらを自己の利益を図るために利用する意図があったことがうかがわれるものといえる。
(イ)加えて,平成16年10月ころに本件生産菌A,Bを原告社内から持ち出した前後の被告Cの行動をみると,被告Cは,上記持ち出し直前の平成16年9月ころ,マイナス80℃の冷却性能を有する本件冷凍庫を購入していること,原告社内から持ち出した本件各物品を本件冷凍庫に入れて保管していること,その後,本件冷凍庫の置き場所は何度か変わっているものの,本件各物品については,平成18年4月27日に大仁警察署に任意提出するまで,本件冷凍庫に入れた状態のまま継続して冷凍保存していることが認められるのであり(前記(1)ウ),これらの事実によれば,被告Cが本件各物品を持ち出す前から持ち出した生産菌を長期間保存し,それらを自己の利益を図るために利用する意図を有していたことを推認することができる。
これに対し被告Cの供述中には,被告Cが本件冷凍庫を購入したのは,自らの趣味である釣りの成果物を入れておくためであった旨の供述部分がある。
しかしながら,釣りの成果物を入れるためというだけの理由で,マイナス80℃という超低温での冷却が可能な高性能の本件冷凍庫を購入することは,通常考え難い行動というべきである。しかも,被告Cの供述をみても,実際に本件冷凍庫が釣りの成果物を入れるために使用されたという事実はうかがわれず,また,この時期に,釣りの成果物を入れるために本件冷凍庫が必要であった理由についての説明も何らされていない。このように,本件冷凍庫に関する被告Cの上記供述部分は,信憑性のない不合理な弁解というほかなく,上記の推認を妨げるものとはいえない。
(ウ)他方,被告らは,被告Cに不正利用の目的がなかったことを示す事情として,?被告Cは持ち出した生産菌を入れた本件冷凍庫について,自宅ではなく,被告会社の事務所に置いたり,Fに管理を委ねるなどしており,これらを隠そうとする行動をとっていないこと,?本件冷凍庫内の生産菌について,凍結乾燥等の長期保存のための措置がとられていないこと,?平成16年当時,被告Cが持ち出したとされるコード番号「M15-204」の本件生産菌Aは,実験が中断されていて役に立たない生産菌であったから,不正利用の目的でこのような生産菌を持ち出すことは考えられないことなどを指摘する。
しかしながら,上記?の点については,被告会社の事務所であれ,Fの下であれ,部外者の目に容易に触れる状況に置いていたわけではないから,このような保管の仕方が直ちに不正利用の目的と矛盾するとまではいえない。特に,Fに管理を委ねていた点については,平成17年当時,被告会社とFとが被告製品の販売に関して密接な取引関係にあったこと(甲8,29,証人F)からすれば,被告CがFを信頼してこれらの物品の管理を委ねることもあり得ることであって,そのことが被告Cに不正利用の目的があったことを否定するような事情とはいえない。
次に,上記?の点については,被告Cが持ち出した生産菌を長期保存するための措置として,凍結乾燥等の方法が不可欠であるとはいえず,むしろ,マイナス80℃まで冷却される本件冷凍庫に入れている以上,長期保存のために必要な措置は講じられているというべきである。このことは,原告における生産菌Aの種菌の保管状況をみても,凍結乾燥等の方法はとられておらず,チューブに入れられた状態で冷凍庫に保管されていること(甲37,49)に照らし,明らかである。
したがって,上記?の点をもって,被告Cに本件持ち出し生産菌を不正に利用する意図がなかったことを示すものとはいえない。
さらに,上記?の点については,そもそも,被告Cが持ち出した生産菌は,コード番号「M15-204」の本件生産菌Aに限られるものではなく,前記ウで認定したとおり,本件各酵素製品の製造に用いられる本件生産菌Bやコード番号の明らかでない本件生産菌Aの培養液も含まれるのであるから,被告らの上記主張は,そもそも持ち出した生産菌全体との関係で,被告Cの不正利用の目的を否定し得る事情となり得るものではない。また,コード番号「M15-204」の本件生産菌Aについてみても,甲37の別紙1「旭化成におけるコエンザイムQ10生産菌(変異株)の改良経緯(1986年〜2004年)」に記載された旭化成及び原告におけるコエンザイムQ10の生産菌の変異実験は,工業生産に適した高度の生産能力を持つ菌株をより生産性の高い菌株に改良することを繰り返したものであって,原告製品の製造に実際に用いられている生産菌がコード番号「MM2577」及び「M43-31」の生産菌であること(前記1(1)ア(ウ))を勘案しても,平成16年ころの時点において,コード番号「M15-204」の生産菌が役に立たないものであると断定することはできない。また,仮に平成16年の時点においてコード番号「M15-204」の生産菌が工業生産に適しないことが客観的には判明していたとしても,原告のコエンザイムQ10事業を直接担当していなかった平成16年当時の被告Cが,上記のような本件生産菌Aの変異実験の経過の詳細を認識していたとは考え難く,そうであるとすれば,被告Cが,不正利用の目的を持って,コード番号「M15-204」の生産菌を持ち出すことも何ら不自然なこととはいえない。
以上のとおり,被告らが指摘する事情は,いずれも上記(イ)の推認を妨げるものではない。
(エ)以上を総合すれば,被告Cが原告を退職する際の記念として自己の研究対象物の一部を持ち帰ったにすぎず,これらを違法,不正に利用する目的はなかったとの被告らの主張に理由がないことは明らかであり,被告Cは,本件各物品を自己の利益を図るために利用する目的を持って,原告社内から持ち出したものと認められる。
(3) 被告会社による本件生産菌A,Bの取得前記(2)の認定事実によれば,被告Cは,平成16年10月ころ,原告社内から無断で持ち出したコード番号「M15-204」の本件生産菌Aの種菌,コエンザイムQ10の生産菌(コード番号が明らかではないもの)の培養液及び本件生産菌Bを含む本件各物品を本件冷凍庫に入れ,その後,平成17年5月26日ころまでの間,被告Cが代表取締役を務める被告会社の事務所内で本件冷凍庫を保管し,更にそのころから平成18年4月27日までの間Fに依頼して本件冷凍庫を保管させていたものである。
このように被告Cが,コード番号「M15-204」の本件生産菌Aの種菌,コエンザイムQ10の生産菌(コード番号が明らかではないもの)の培養液及び本件生産菌Bが入った本件冷凍庫を自らが代表取締役を務める被告会社の事務所内において保管した行為は,不正の手段により取得した本件生産菌A,Bを被告会社に提供することによって原告の営業秘密を開示するものとといえるから,不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為に該当するものと認められるとともに,被告会社においては,原告の営業秘密について不正取得行為が介在したことを知ってこれを取得したものといえるから,その行為は,同項5号の不正競争行為に該当するものと認められる。
(4) 被告会社による新昌製薬への本件生産菌Aの提供等原告は,被告製品に用いられた生産菌と原告製品に用いられた生産菌が同一であることなどを根拠として挙げて,被告会社が,本件生産菌Aを新昌製薬に提供し,新昌製薬をして中国において本件生産菌Aを使用した被告製品の製造を行わせ,これを輸入し,販売した旨主張する。
ア被告製品に用いられた生産菌と原告製品に用いられた生産菌の同一性について(ア)原告は,平成17年8月29日から同年9月1日にかけて,?平成16年9月製造の特定のロット番号の原告製品,?平成17年6月製造の特定のロット番号の被告製品,?平成14年にカネカが製造した複数のロット番号のカネカ製品(分析結果は平均値で示されている。),?三菱ガス化学が製造した特定のロット番号の三菱ガス化学製品,?平成10年に原告が入手した日清ファルマが製造した特定のロット番号の日清製品(以下,これら5社の製品を併せて「5社製品」という。)について,高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法),マススペクトル検出器付きガスクロマトグラフィー法(GC-MS法)等による各製品中のコエンザイムQ10の含量,類縁物質プロファイル,残留溶媒の比較,各製品の結晶形顕微鏡写真及び粒度分布の比較する分析実験(本件分析実験)を行い,その実験結果をまとめた同年10月31日付けの「旭化成Q10と康源Q10の類似性(各社Q10の比較分析)」と題する資料(本件比較分析)を作成した。
甲35は,本件比較分析の結果を説明した原告の特薬製品部特薬研究グループ長であるJ作成に係る報告書である(以下,この報告書を「甲35の報告書」という。)。
そして,甲35の報告書には,原告が指摘するとおり,次のような分析結果が示されている。
a原告製品及び被告製品からは細菌の体内で産生されるコエンザイムQ10の中間体であるDP(デカプレニルフェノール)が検出されたのに対し,発酵法を採用する他の2社の製品(カネカ製品及び三菱ガス化学製品)からはDPが検出されなかった。
bコエンザイムQ10の類縁物質であるユビキノンQ11(Q11)の含有率が,原告製品においては0.15%,被告製品においては0.14%といずれも高かったのに対し,発酵法を採用する他の2社の製品(カネカ製品及び三菱ガス化学製品)においてはいずれも0.1パーセント未満と低かった。
c原告製品及び被告製品からはコエンザイムQ10の類縁物質であるDP,ユビキノンQ9(Q9),Q11,デメトックスQ10(DQ10)の全てが検出されたのに対し,発酵法を採用する他の2社の製品(カネカ製品及び三菱ガス化学製品)からはDP及びDQ10は検出されなかった。
d原告製品からは精製工程における有機溶媒として使用されている?イソプロピルアルコール,?「物質A」(原告において,営業秘密であることを理由に仮名で表示している物質),?エタノール,?ヘキサンの4物質が検出されたところ,このうち「物質A」については,特殊な有機溶媒であり,日清製品,カネカ製品及び三菱ガス化学製品からは検出されなかったのに対し,被告製品からはこれが検出された。
e原告製品及び被告製品からはエタノールの影響により発生するエトキシ置換体(ES体)が検出されたのに対し,他の3社の製品(日清製品,カネカ製品及び三菱ガス化学製品)からはES体が検出されなかった。
f原告製品と被告製品には,粒径が100μm以上の大きな粒子が存在することなどの粒度分布において共通し,他の3社の製品(日清製品,カネカ製品及び三菱ガス化学製品)とは異なっている。また,原告製品及び被告製品にはその結晶形がアモルファス状態のものが見られたのに対し,他の3社の製品にはそのようなものは見られなかった。
(イ)甲35の報告書は,前記(ア)aないしfの分析結果に基づき,原告製品と被告製品の各精製方法は,非常に類似し,おおむね同一のものと判断されるとした上で,かかる判断を前提として,原告製品と被告製品の各類縁物質プロファイルが非常に類似していることを考慮すると,原告製品と被告製品の各生産菌は,同一又は同一の生産菌から分離,派生した極めて近い生産菌である蓋然性が高いものと判断されると結論づけており,原告もこれと同旨の主張をする。
(ウ)そこで,甲35の報告書に示された前記(ア)の分析結果から,上記(イ)のような結論が導き出せるかどうかについて検討することとする。
a精製方法の同一性について?原告製品と被告製品の各精製方法が同一のものであると認められるためには,それぞれに使用される有機溶媒の種類が同一であるということのみならず,それらが使用される手順や使用に当たっての条件などをも含んだ一連の精製工程全体の同一性が確認される必要がある。
しかるところ,甲35の報告書においては,上記のとおり,主として5社製品に含まれる不純物(類縁物質や有機溶媒)のプロファイルの比較が行われているにすぎず,これによって確認し得るのは,せいぜい使用された有機溶媒の種類の同一性にとどまるのであって,それらが使用された手順や使用に当たっての条件などの同一性についてまで確認することはできないものといえる。
このように,甲35の報告書は,そこで行われている分析,比較の内容からみて,そもそも原告製品と被告製品の各精製方法の同一性を確認し得るようなものとはいえないというべきである。
?また,甲35の報告書に示された個々の判断をみても,以下のとおり,その結論は正当なものとはいえない。
すなわち,甲35の報告書において,原告製品と被告製品の各精製方法がおおむね同一であると結論づける主要な根拠とされているのは,前記(ア)dないしfの分析結果と考えられる。
しかしながら,まず,上記dについては,甲35の報告書では,原告製品と被告製品のみに特異的に検出された有機溶媒とされる「物質A」なるものが,具体的にいかなる物質であるのかが明らかにされておらず,これでは,意味のある分析結果とはいえないから,精製方法の同一性を示す根拠ともなり得ないというべきである。なお,島根大学生物資源科学部のH教授が甲35の報告書についての意見を述べた意見書(甲36)中には,甲35の報告書に記載された「物質A」が「イソプロピルエーテル」である旨の記載部分があるが,そのように認められる根拠については,何らの説明や裏付資料も示されておらず,これのみから,上記「物質A」が「イソプロピルエーテル」であると断ずることはできない。
次に,上記eについては,そもそも原告製品と被告製品から共にES体が検出されたことがなにゆえ両者の精製方法の同一性を示すことになるのかが,甲35の報告書によっても明らかとはいえない。ES体の生成が原告製品におけるエタノールを使用した特定の精製工程によって特異的に発生するものであることの具体的な立証があるのであれば格別,甲35の報告書においてそのような立証がされているとはいえない。すなわち,甲35の報告書添付の資料1【備考】欄の(*7)によれば,ES体は,「最終エタノール再結晶工程で使用するエタノール溶媒のpHが酸性もしくは塩基性になったときに生成する不純物である」とされるところ,上記の事実自体がそもそも裏付けのないものである上に,仮に,これが事実であるとしても,ES体の検出から明らかとなるのは,せいぜい再結晶工程で汎用の有機溶媒であるエタノールが使用されていること及び同工程においてエタノール溶媒のpHが酸性若しくは塩基性となったことにすぎず,そのことが特定の精製工程を採用していることに結びつくものではない。したがって,原告製品と被告製品から共にES体が検出されたことが,両者の精製方法の同一性を示すものとはいえない。
さらに,上記fのうち,粒度分布については,発酵法によるコエンザイムQ10の精製工程のうちの粉砕工程(前記第2の1(2)イ(イ)b?),特に最終的に製品の粒度を決める「ふるいを通して一定の粒度に分ける工程」によって左右される事柄であるにすぎず,粒度分布の類似性が精製工程全体の類似性に結びつくものでないことは明らかである。また,アモルファス状態の結晶形が見られた点の類似性については,そのことが,いかなる精製工程における,いかなる条件の共通性に結びつくのかが,甲35において具体的に明らかにされているとはいえない。また,仮に,甲35添付の資料1【備考】欄の(*8)の記載にあるとおり,上記結晶形の類似性が晶析工程における使用溶媒や温度条件等の条件の類似性を示すものであるとしても,それは,あくまで前記のような発酵法によるコエンザイムQ10の精製工程の一部にすぎない晶析工程の類似性を示すものにすぎず,そのことから精製工程全体の類似性が結論づけられるものでない。
?以上の検討によれば,甲35の報告書のように,前記(ア)の分析結果から原告製品と被告製品の各精製方法の同一性を結論づけることはできないというべきであり,他に原告製品と被告製品の各精製方法が同一であることを認めるに足りる証拠はない。
b生産菌の同一性について甲35の報告書は,原告製品と被告製品の各精製方法がおおむね同一であることを前提に,原告製品と被告製品の各類縁物質プロファイルの類似性を考慮し,両者の生産菌が同一又は同一の生産菌から分離,派生した極めて近い生産菌である蓋然性が高いとの判断を示しているところ,上記aで述べたとおり,原告製品と被告製品の各精製方法の同一性が認められない以上,甲35の報告書における上記の立論は,その前提において成り立たないものというべきである。のみならず,発酵法によって製造されたコエンザイムQ10に含まれる類縁物質のプロファイルは,生産菌の発酵条件によっても左右されるものといえるところ,甲35の報告書で,原告製品と被告製品における生産菌の発酵条件の同一性については何ら明らかにされていないから,この点からも,甲35の報告書の立論には無理があるものといえる。
すなわち,原告が主張するとおり,発酵法により製造されたコエンザイムQ10に含まれる類縁物質の含有割合に生産菌自体の特徴が現れることは事実であるとしても,他方において,発酵工程及び精製工程を経て得られるコエンザイムQ10に含まれる類縁物質の含有割合は,生産菌の発酵条件や精製方法のいかんによっても大きく左右されるものであるから,精製後の複数のコエンザイムQ10に含まれる類縁物質の含有割合等を比較することによって,それらのコエンザイムQ10の製造に用いられた生産菌の同一性を明らかにするためには,その前提として,それらのコエンザイムQ10の発酵条件や精製方法が同一であることが明らかにされる必要がある。発酵条件や精製方法が同一ではない複数のコエンザイムQ10を比較した結果,そこに含まれる類縁物質の含有割合が近似しているからといって,それらの製造に用いられた生産菌の同一性が確認できるものでないことは明らかである。しかるところ,前記のとおり,原告製品と被告製品ではその発酵条件及び精製方法の同一性が認められず,また,それ以外の3社のコエンザイムQ10についてもその発酵条件及び精製方法が明らかでない状況の下において,これらのコエンザイムQ10の類縁物質の含有割合を比較してみたところで,原告製品と被告製品の各生産菌の同一性を導き出すことはできないというべきである。
c以上によれば,甲35の報告書に示された前記(ア)の分析結果から,前記(イ)のような結論を導き出すことはできないといわざるを得ない。
したがって,甲35の報告書及び本件比較分析に関するH教授の意見書から被告製品に用いられた生産菌と原告製品に用いられた生産菌が同一であるものと認めることはできない。
イ その他の事情について原告は,?被告Cが原告の退職前から新昌製薬を訪れるなど新昌製薬と懇意な関係にあり,コエンザイムQ10の製造技術に関して新昌製薬にアドバイスをしていたこと,?参入の困難な発酵法によるコエンザイムQ10の製造を新昌製薬が被告Cの退職時期に突然実現したことは不自然であること,?新昌製薬が独自に開発した生産菌により被告会社のために委託製造を行うなどということは到底考えられないことなどからすれば,被告会社が新昌製薬に本件生産菌A及び本件情報Aを提供,開示し,被告会社の製造委託により新昌製薬が本件生産菌をAを用いて被告製品の製造を行っていたことは確実である旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
(ア)証拠(乙1,9)及び弁論の全趣旨によれば,?中国においては,1998年(平成10年)から合成法によるコエンザイムQ10製造が行われるようになり,また,同年ころから光合成細菌を用いた発酵法によるコエンザイムQ10製造の研究が開始されていること,?新昌製薬は,1954年(昭和29年)に設立された,所有資産約220億円,社員数約2500名余り,平成16年の売上実績が約255億円にのぼる企業であり,ビタミン類,抗生物質類の原料及び製剤を製造・販売するほか,新薬開発のために7つの研究所を保有し,120名余りの研究者が研究に当たっていることが認められる。
これらの事実に照らせば,新昌製薬が,従前から発酵法によるコエンザイムQ10製造の研究開発を行い,独自に発酵法によるコエンザイムQ10の製造方法を開発して,平成16年秋ころの事業参入に至ったということも,あながちあり得ないこととはいえない。
しかも,日本国内においては,平成13年ないし平成16年ころにコエンザイムQ10市場の急速な拡大がみられたこと(前記1(1)ア(ア))からすれば,コエンザイムQ10の製造技術を獲得した企業が,コエンザイムQ10の製造事業に参入し,日本への輸出を開始する時期として,平成16年秋ころ(前記(1)エ(イ)認定の新昌製薬が中国においてコエンザイムQ10の製造を開始した時期)から平成17年1月ころ(前記(1)エ(ウ)認定の被告会社が被告製品の販売を開始した時期)は,上記のような市場拡大の時期に対応した自然な時期ということができる。
他方,被告Cが本件生産菌Aを原告社内から持ち出しものと認められる時期(平成16年10月ころ)と新昌製薬がコエンザイムQ10の製造を開始した時期(平成16年秋ころ)との関係からみれば,上記の時期に被告Cが持ち出した本件生産菌Aが新昌製薬に提供され,それが新昌製薬による被告製品の製造に使用されたものと考え難い。
すなわち,仮に本件生産菌Aとそれに基づくコエンザイムQ10製造のノウハウが全て新昌製薬に提供されたとしても,現実にこれらを使用した工業的生産を実現するためには,これらに適合した設備を設計,建設するなど様々な準備が必要となるはずであり,そのために相当の準備期間を要することは明らかであるから,上記のとおり平成16年10月ころに持ち出された本件生産菌Aが平成16年秋ころからのコエンザイムQ10の製造に使用されるということは想定し難いことといえる。むしろ,被告会社から新昌製薬に本件生産菌Aが提供され,それが新昌製薬によるコエンザイムQ10の製造に使用されているのだとすれば,本件生産菌Aの提供は,平成16年秋ころより相当前の時期にされたものと考えざるを得ないこととなるが,そのような時期に,被告Cが原告社内から本件生産菌Aを持ち出したという事実を認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,被告Cが原告を退職した時期(平成16年10月31日)と近接した時期(平成16年秋ころ)に,新昌製薬が発酵法によるコエンザイムQ10の製造を開始しているからといって,そのことが,被告会社が新昌製薬に本件生産菌Aを提供し,新昌製薬がこれを使用してコエンザイムQ10の製造を行っていることを示すものと断ずることはできない。
(イ)このほか,原告が,被告会社が新昌製薬に本件生産菌Aを提供し,新昌製薬がこれを使用してコエンザイムQ10の製造を行っていることの根拠として主張する事情は,原告製品と被告製品の各生産菌及び精製方法の同一性が認められることと相まって,上記提供等の事実の認定を補強する程度の間接事実にすぎず,前記アのとおり,当該同一性が認められない状況の下において,これらの事情のみから原告主張の上記提供等の事実を認めることはできない。
ウ 小括以上によれば,被告会社が,本件生産菌Aを新昌製薬に提供し,同社をして本件生産菌Aを使用した被告製品の製造を行わせ,これを国内に輸入,販売したとの原告の主張は,理由がない。
(5) まとめア以上によれば,原告が,被告らによる不正競争行為であるとして主張する行為のうち,その事実を認めることができるのは,次の行為に限られ,その余の行為については,これを認めることができない。
(ア)被告Cが,平成16年10月ころ,自己の利益を図るために利用する目的を持って,原告社内から,原告が保有する営業秘密であるコード番号「M15-204」の本件生産菌Aの種菌,コエンザイムQ10の生産菌(コード番号が明らかではないもの)の培養液及び本件生産菌Bを原告に無断で持ち出し,その後,これらを被告会社に提供したこと。
(イ)被告会社が,被告Cが持ち出し上記(ア)の各生産菌が被告Cによって原告に無断で原告社内から持ち出されたものであることを知りながら,被告Cから上記各生産菌を取得したこと。
イ被告Cの上記ア(ア)の行為は,前記(2)ウ及び(3)のとおり不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為に該当し,また,被告会社の上記ア(イ)の行為は,前記(3)のとおり同項5号の不正競争行為に該当する。
3 争点3(差止請求の可否)について(1)原告の保有する営業秘密である本件生産菌A,Bに関し,被告Cが不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為を行ったこと及び被告会社が同項5号の不正競争行為を行ったことは,前記2で認定したとおりである。
そこで,被告らの上記不正競争行為に関し,原告の被告らに対する不正競争防止法に基づく本件差止請求の可否について判断する。
ア コエンザイムQ10製品の製造の差止め(「第1 請求」の1項)本件生産菌Aについては,前記2のとおり,被告会社がこれを新昌製薬に提供し,新昌製薬をしてこれを用いた被告製品を製造させている事実が認められない。
また,本件生産菌A及びコエンザイムQ10の生産菌については,被告Cが原告社内から持ち出して本件冷凍庫内に保管していた本件各物品の全てが既に原告に還付され(前記2(1)ウ(エ)),被告会社又は被告Cがそれ以外の本件生産菌Aを現に所持していることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,被告らが,今後,本件生産菌Aを使用して別紙1「製品目録A」1記載のコエンザイムQ10を自ら製造し,又は第三者をして製造させるおそれがあるとは認められない。
したがって,原告の被告らに対する不正競争防止法3条1項に基づく上記コエンザイムQ10の製造の差止請求は理由がない。
イ 診断薬用酵素製品の製造の差止め(「第1 請求」の3項)本件生産菌Bについては,被告Cが原告社内から持ち出して本件冷凍庫内に保管していた本件各物品の全てが既に原告に還付され(前記2(1)ウ(エ)),被告会社又は被告Cがそれ以外の本件生産菌Bを現に所持していることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,被告らが,今後,本件生産菌Bを使用して本件各酵素製品を自ら製造し,又は第三者をして製造させるおそれがあるとは認められない。
したがって,原告の被告らに対する不正競争防止法3条1項に基づく本件各酵素製品の製造の差止請求は理由がない。
ウコエンザイムQ10製品及び診断薬用酵素製品の輸入,販売の差止め,生産菌等の廃棄(「第1 請求」の2項,4項,5項)前記ア及びイのとおり,原告の被告らに対する別紙1「製品目録A」1記載のコエンザイムQ10及び本件各酵素製品の製造の各差止請求に理由がない以上,これらの請求が認められることを前提とする不正競争防止法3条2項に基づく上記コエンザイムQ10及び本件診断薬用酵素製品の輸入,販売の各差止請求及び本件生産菌A,B等の廃棄請求に理由がないことは明らかである。
(2)以上のとおり,原告の被告らに対する不正競争防止法に基づく本件差止請求は,いずれも理由がない。
4 争点4(原告の損害額)について(1) 被告会社の不正競争行為による原告の損害額ア原告は,被告会社が,原告が保有する営業秘密である本件生産菌A及び本件情報Aについて不正取得行為が介在したことを知りながら取得し,これらを新昌製薬に提供して中国において本件生産菌Aと同一の生産菌を用いたコエンザイムQ10製品を製造させ,新昌製薬からその製品である被告製品を輸入し,販売した行為が原告に対する不正競争行為(不正競争防止法2条1項5号)に該当するとした上で,同法5条2項により,被告会社が被告製品を製造,販売することによって得た利益の額又は上記営業秘密を新昌製薬に提供して開示したことによって得た利益の額である3億円が,被告会社の上記不正競争行為によって原告が受けた損害額と推定される旨主張する。
しかしながら,前記2(5)のとおり,原告が被告会社による不正競争行為であるとして主張する行為のうち,本件において,被告会社による不正競争行為として認めることができるのは,被告Cが原告に無断で原告社内から本件生産菌Aを無断で持ち出したことを知りながら,被告Cから提供を受けてこれを取得したこと(不正競争防止法2条1項5号)に限られるものといえる。
しかるに,原告が主張する被告会社の不正競争行為によって受けた原告の損害は,被告会社が本件生産菌Aと同一の生産菌を用いた被告製品を製造,販売し,又は新昌製薬に本件生産菌Aを提供して開示したことによって生じた営業上の逸失利益を指すものと解されるところ,このような損害は,被告会社が行った上記不正競争行為によって発生する損害とはいえない。
また,被告会社が新昌製薬に本件生産菌Aを提供して開示した事実及び被告製品に本件生産菌Aが使用されている事実がいずれも認められないことは,前記2(4)で認定したとおりである(なお,被告Cが原告社内から持ち出して本件冷凍庫内に保管していた本件生産菌Aを含む本件各物品の全てが既に原告に還付されたことは,前記2(1)ウ(エ))のとおりである。)。
このように原告主張の損害の発生自体が認められない以上,不正競争行為による損害の発生を前提として,その損害額推定する規定である不正競争防止法5条2項が適用される余地もない。
イしたがって,原告の被告会社に対する不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求は,理由がない。
(2) 被告らの共同不法行為による原告の損害額ア原告は,被告らが,共謀の上,原告が保有する営業秘密である本件生産菌A及び本件情報Aを窃取し,これらを新昌製薬に提供して中国においてコエンザイムQ10製品を製造させ,その製品である被告製品を輸入し,販売した行為が原告に対する共同不法行為を構成するとした上で,原告は,被告らの上記共同不法行為により被告会社が販売した被告製品の売上高に対する本件生産菌A及び本件情報Aのライセンス料相当額(1億1000万円)の損害を被った旨主張する。
しかしながら,原告が被告らによる共同不法行為であると主張する行為のうち,被告らが行った不法行為として認めることができるのは,前記2(5)に照らせば,被告Cにおいて,自己の利益を図るために利用する目的を持って,原告社内から本件生産菌A,Bを原告に無断で持ち出してこれを被告会社に提供し,被告会社において,本件生産菌A,Bを,被告Cが原告に無断で原告社内から持ち出したものであることを知りながら,被告Cから提供を受けてこれを取得したことに限られるものといえる。
しかるに,原告が主張する被告らの共同不法行為によって受けた原告の損害は,被告会社が新昌製薬に本件生産菌Aを提供してこれと同一の生産菌を用いた被告製品を製造させ,その製品である被告製品を輸入し,販売したことによって得た売上高に対する本件生産菌A及び本件情報Aのライセンス料相当額の損害であるところ,被告会社が新昌製薬に本件生産菌Aを提供して開示した事実及び被告製品に本件生産菌Aが使用されている事実がいずれも認められないことは前記2(4)で認定したとおりであるから,原告主張の上記損害は,被告らが行った上記不法行為によって発生する損害とはいえない。このように原告主張の損害の発生自体が認められないイしたがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告らに対する民法719条,709条に基づく損害賠償請求は,理由がない。
5 争点5(被告Cに対する退職金の返還請求の可否)について(1)原告は,被告Cが原告在職中に背信行為を行ったことが退職後に発覚したから,本件就業規則32条2項に基づき,被告Cに対し,原告が支給した退職金のうち,原告拠出分2239万6000円の返還を請求できる旨主張する。
そこで検討するに,前記第2の1(6)アのとおり,本件就業規則32条2項は,「会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行った場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。」と定めている。
この規定は,退職金が功労報償的な性格を有するものであることにかんがみ,原告に対する背信行為を行った従業員の退職金受給資格を否定する趣旨の規定であり,就業規則の定めによって懲戒解雇された者には退職一時金を支給しない旨を定める本件退職一時金規程4条(前記第2の1(6)イ)とその趣旨を同じくする規定ということができる。
そうすると,本件就業規則32条2項所定の「背信行為」とは,本件就業規則24条各号が定める懲戒解雇の事由に当たる行為を指すものと解されるが,他方で,退職金には,賃金の後払いとしての性格もあることからすれば,少なくとも,原告の元従業員に対する退職金全額の返還請求が正当なものとして是認されるためには,単に就業規則に定められた懲戒解雇の事由が存在するということのみで足りるものではなく,企業秩序維持の観点に照らし是認することのできない,原告に対する高度の背信性が認められる背信行為を行ったことが必要であるというべきである。
そこで,被告Cが上記のような背信行為を行ったかどうかにつき検討するに,前記2(2)認定のとおり,被告Cは,原告在職中の平成16年10月ころ,原告社内から,コード番号「M15-204」の本件生産菌Aの種菌,コエンザイムQ10の生産菌(コード番号が明らかではないもの)の培養液及び本件生産菌Bを原告に無断で持ち出したものであり,しかも,その持ち出しは,これらを自己の利益を図るために利用するという不正な目的によるものであったのであるから,被告Cの上記行為は,本件就業規則24条12号の「不正に会社の物品を持ち出し」た行為に該当するものと認められる。
そして,?発酵法によりコエンザイムQ10の工業生産を行うためには,工業生産に適した高度の生産能力を持つコエンザイムQ10の生産菌(種菌)が不可欠であって,その改良,育種のための研究開発が必要とされるものであり,本件生産菌Aは旭化成及び原告が長年にわたるこのような研究開発によって取得した重要な事業用資産であり,しかも,平成16年当時,コエンザイムQ10を原料として商業的に製造する主な国内メーカーは原告を含む4社のみであったこと(前記1(1)イ),?本件生産菌Bも,同様に,旭化成及び原告が長年にわたる研究開発によって取得した重要な事業用資産であること(前記1(2)イ),?被告Cが持ち出した上記各生産菌は,それ自体が原告の事業活動において秘匿性の高い営業秘密であること(前記1(1),(2)),?これらの事情は,原告の診断薬事業に長年関与してきた被告Cにおいて当然認識していたはずであるのに,上記のとおりの不正な目的を持って,あえてこれらの生産菌の持ち出しに及んでいること(前記2(2)エ),?被告Cが持ち出した上記各生産菌が被告Cの意図したとおりに利用されることとなれば,原告と競業関係にある他社によって,上記各生産菌が製品の製造等に直接利用されたり,それらを基にした更なる研究開発に利用されるなどといった事態を招き,ひいては,原告のコエンザイムQ10及び診断薬用酵素に係る事業に重大な損失をもたらすおそれもあったことなどの諸事情を考慮すれば,被告Cの上記行為は,原告の信頼を著しく損なうものであって,企業秩序維持の観点に照らし是認することのできない,原告に対する高度の背信性が認められる背信行為に該当するものと認められ,これによって退職金全額の返還を余儀なくされてもやむを得ないものと評価することができる。
(2)これに対し被告Cは,被告Cが持ち出したとされる「M15-204」の本件生産菌Aは当時既に実験が中断していて役に立たない生産菌であったから,被告Cが行ったことは,せいぜい経済的価値のない生産菌の一部を原告社内から持ち出して保管していただけであり,それを使って経済的利益を得ているという事実も認められないなどとして,被告Cの持ち出し行為は,軽微な非違行為にすぎないから,本件就業規則32条2項の「背信行為」には当たらず,仮に当たるとしても,これを理由に退職金全額の返還を請求することは権利の濫用として許されない旨主張する。
しかしながら,コード番号「M15-204」の生産菌が役に立たないものであるとする被告Cの主張が直ちに首肯し難いものであることは,前記2(2)エ(ウ)で認定したとおりである。
また,被告Cが原告社内から持ち出した生産菌は,コード番号「M15-204」の本件生産菌Aに限られるものではなく,本件各酵素製品の製造に用いられる本件生産菌Bやコード番号の明らかでないコエンザイムQ10の生産菌の培養液も含まれているのであるから,被告Cが経済的価値のない生産菌の一部を持ち出して保管していただけであるなどとはいえない。そして,被告Cの持ち出し行為が,原告の信頼を著しく損なうものであって,企業秩序維持の観点に照らし是認することのできない,原告に対する高度の背信性が認められる背信行為に該当するものと認められることは前記(1)のとおりであり,結果的に,被告Cが,持ち出した生産菌を利用して自己の利益を図るという所期の目的を果たしたという事実が認められないからといって,上記認定が左右されるものとはいえない。
したがって,被告Cが軽微な非違行為を行ったにすぎないとはいえず,これを前提に原告による退職金の返還請求が許されないとする被告Cの上記主張は採用することができない。
(3)以上によれば,被告Cは,原告在職中に,本件就業規則24条12号の懲戒解雇の事由に当たる「不正に会社の物品を持ち出」す行為を行い,かつ,被告Cの上記行為は,企業秩序維持の観点に照らし是認することのできない,原告に対する高度の背信性が認められる背信行為に該当するものと認められるから,原告は,被告Cに対し,本件就業規則32条2項に基づき,原告が被告Cに支給した退職金全額(ただし,被告Cによる積立分を除く。)の返還を求めることができるというべきである。
したがって,原告が主張するその余の就業規則違反行為の有無について判断するまでもなく,原告が被告Cに対し,本件就業規則32条2項に基づき,原告が被告Cに支給した退職金2495万1148円のうち,被告Cによる積立分を除いた原告拠出分2239万6000円の返還を求める請求は,理由がある。
また,被告Cの原告に対する上記退職金の返還債務は,本件就業規則32条2項に基づいて発生する期限の定めのない債務(民法412条3項)というべきであるから,原告が被告Cにその履行の請求をした日である訴状送達の日の翌日から遅滞に陥るものと解される。
したがって,上記退職金返還債務に係る遅延損害金の起算日は,被告Cに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成19年1月24日となる。
6 結論以上によれば,原告の被告会社に対する請求は,理由がないからいずれも棄却することとし,被告Cに対する請求は,原告の本件就業規則32条2項に基づく退職金の返還請求として,原告が被告Cに支給した退職金2495万1148円のうち,被告Cによる積立分を除いた原告拠出分2239万6000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年1月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容することとし,その余は理由がないからいずれも棄却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官 大西勝滋
裁判官 関根澄子