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事件 平成 27年 (ワ) 5281号 商号使用差止等請求事件

原告 株式会社山高工務店
同訴訟代理人弁護士 依藤祐介
被告株式会社ヤマタカ
同訴訟代理人弁護士 辻村和彦
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2016/08/23
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,「株式会社ヤマタカ」との商号を使用してはならない。
2 被告は,神戸地方法務局平成27年3月23日登記に係る「株式会社ビルド アップ」から「株式会社ヤマタカ」への商号変更登記の抹消登記手続をせよ。
事案の概要
本件は,アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等を主な業務とする原告が,同種業務を行う被告による原告の商号と類似する商号の使用行為が,不正競争防止法2条1項1号の不正競争又は会社法8条1項の「不正の目的」をもった類似商号の使用に当たると主張して,不正競争防止法3条又は会社法8条2項に基づき,被告に対し,その商号の使用差止めと商号登記の抹消登記手続をするよう求める事 案である。
1 判断の基礎となる事実(当事者間に争いがないか後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実) (1) 当事者 ア 原告は,商号を「株式会社山高工務店」(以下「原告商号」という。),本店所在地を大阪市A区とする,土木一式工事業,建築一式工事業の設計・施工・管理・請負,はつり・解体工事業,アスベスト除去工事の請負等を目的とする株式会社である。
イ 被告は,商号を「株式会社ヤマタカ」(以下「被告商号」という。),本店所在地を大阪市A区とする,ダイオキシン類対策工事,アスベスト除去工事及び除去後の建造物修復工事等を目的とする株式会社である。
(2) 被告代表者の原告取締役辞任及びその後の経緯等 ア 被告代表者は,平成7年4月1日に原告に就職し,平成23年11月29日に取締役となり,アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等の専門性を有する取引先を中心となって担当していたが,平成27年1月30日,原告取締役を辞任する旨の届を提出し,同年2月20日付けで原告取締役を退任した。
イ 被告代表者は,アスベスト除去工事等を行うことを目的として,本店所在地を兵庫県宝塚市とする株式会ビルドアップを買い取り,同年3月9日付け代表取締役への就任登記,同日付け「株式会社ヤマタカ」への商号変更登記並びに同日付け建築工事業等から建造物の解体工事,改修工事,ダイオキシン類対策工事,アスベスト除去工事及び除去後の建造物修復工事等への目的の変更登記,同月10日付けの発行済株式の総数及び資本金の変更登記の各登記手続を同月23日にした。そして,さらに同月27日,本店所在地を兵庫県宝塚市から大阪市A区に移転する旨の登記手続をした(甲2の1,2)。
ウ 原告は,平成27年2月20日当時,従業員が約20名程度であったが,被告代表者の退任後,短期間のうちにアスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事 等を担当していた従業員9名が退職し,原告において同種工事を施工できない状態となった。他方,上記の経緯で原告を退職した従業員のうち6名が就職した被告は,原告の取引先であったJFEメカニカル株式会社からもプラント解体工事を受注するなど,アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等を受注して営業している。
2 争点及び当事者の主張 (1) 原告商号の周知性 (原告の主張) ア 原告は,ホームページで施工実績等の会社案内,宣伝広告を行っているが,「ダイオキシン工事」 「アスベスト除去工事」でインターネットを検索すると,検 ,索結果上位に原告ホームページが表示される。
また原告は,アスベスト処理技術について,吹付けアスベスト粉じん飛散防止処理技術「YSR工法」を開発し,一般財団法人日本建築センターにより建設技術審査証明を受け,その旨公表もされている(甲16)。
そして,原告は,現に全国の大手企業と多数の解体工事,ダイオキシン類対策工事,アスベスト除去工事の工事実績があるから,アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等を必要とする需要者間において,原告商号は日本国内全域で広く知られているといえる。
イ 被告は,解体工事の市場規模は年間1兆円以上であるから,年間売上高20億円程度の原告の市場占有率は0.2パーセントにも満たないと主張するが,被告主張の解体工事市場は木造建築物も含むものである。木造建築物の解体工事を除いた市場規模は年間6000億円程度ということになり,さらに原告が扱う専門的工事のみに絞れば,その市場は小さく原告の市場占有率は大きくなる。
(被告の主張) ア ホームページの宣伝広告は,競業他社の多くも一般的に行っていることにすぎないし, 「ダイオキシン工事」又は「アスベスト除去工事」でのインターネット検索結果が上位であることも,その語で検索を行った者の目に原告商号が触れる可能 性があることを示すものにすぎない。また「YSR工法」に関連する事情も,同工法の認知度が不明であるから,原告が主張する事情によっては,原告商号が周知性を獲得しているとは認められない。
イ 原告は,アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等を必要とする需要者を対象に原告商号の周知性を主張するが,これら工事は,いずれも解体工事の一環として行われるものであって,原告の主張するような顧客層を切り取った市場を想定することはできない。
アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等は解体工事に含まれて実施されるが,解体工事の市場規模は1年間で1兆円以上の規模であり,他方,原告の売上高は多い年度でも年間20億円程度にとどまるのであって,その市場占有率は0.2%にも満たない。
また,仮に原告の主張するような顧客層(市場)が切り分けられるとしても,その顧客層(市場)は,日本全国において,現在又は将来的に解体を必要とし,その際,ダイオキシン類対策,アスベスト除去が必要となる可能性のある建物や設備等を保有する者全てとならざるを得ないから,このような保有者全体に対して,原告商号が周知性を獲得しているなどとは到底考えられない。
(2) 原告商号と被告商号の類似性(原告の主張) 原告商号のうち「工務店」は普通名詞であるから,その要部は「山高」である。
原告商号の要部と被告商号は,称呼がいずれも「やまたか」であり同一であるから,原告商号と被告商号は類似している。
(被告の主張) ア 原告商号の「山高」の部分は「山が高い」といったごく一般的な観念を想起させるありふれた表示にすぎないのであるし,「工務店」は普通名詞であるから,原告商号の「山高」と「工務店」はいずれも識別性に乏しく,「山高工務店」という一連一体の表記によって,原告の商品等表示たり得ている。
原告商品等表示の要部を「山高」であるとする原告の主張は失当である。
イ 原告商号「山高工務店」と被告商号「ヤマタカ」を比較すると,前者が漢字5文字であるのに対して,後者が片仮名4文字であって,その外観は明らかに相違する。また,その称呼も,前者が「ヤマタカコウムテン」であるのに対して,後者は「ヤマタカ」であって,やはり明らかに相違する。さらに,観念も,前者が「土木建築に関する事業体」としての意味を有するのに対し,後者はかかる意味を有さず,やはり明らかに相違するから,原告商号と被告商号は類似していない。
(3) 被告による被告商号の使用行為が原告の営業との混同を生じさせるか否か。
(原告の主張) 原告及び被告の業務は,いずれも特殊技術を要する専門的工事であり,顧客層は完全に重なっている。そのような中で,同じ大阪市A区に本店を置いて類似商号である被告商号を用いて営業することは,原告及び被告の間に親会社,子会社,系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為であり,営業の混同を生じさせるおそれがある。
それだけでなく,専門的工事を担当していた原告従業員が被告に引き抜かれて原告において一時的に専門的工事を受注することが不可能となったという状況下において,原告の元取締役である被告代表者と最低でも6名の原告の元従業員が,被告に在籍しているという事実から,原告及び被告の顧客層は,原告が,事業戦略として専門的工事を被告に分割した等,被告は原告と同一の営業主体であるか,原告と被告との間に営業上何らかの緊密な関係があるものと誤信するおそれがある。現に,原告は,既存顧客から,原告と被告との関係について問い合わせを受けており,ダイオキシン類対策,アスベスト除去工事,プラント解体等の専門性を有する工事を必要とする顧客層の間では,被告による被告商号の使用による営業の混同が生じている。
(被告の主張) 原告は,現在,ダイオキシン類対策工事及び工事プラント解体工事は扱わない方 針を立てており,主に両工事を扱う被告とは事業内容の競合は生じない。
また,原告商号と被告商号はそもそも類似していない。
被告代表者や従業員がかつて原告で働いていたという事情は,商品等表示による出所の混同とは本来的に無関係であるし,原告と取引実績のある特定の取引先以外の需要者においては,通常,取引上特段の関心が払われることがない。
そもそも,原告の想定する顧客層は,相応の建物設備を有する企業と思われるが,一般消費者を対象とするような場合とは異なり,これら企業が被告商号によって,その出所を原告と混同して発注に至るなどということは通常は考え難い。
以上のとおりであるから,被告商号に接した需要者が,その出所を原告と混同するおそれはない。
(4) 被告は「不正の目的」をもって被告商号を使用したか。
(原告の主張) 被告商号が原告商号と類似し,営業の混同を生じさせるおそれがあることは,前記(2),(3)のとおりである。
その上,@アスベスト対策,ダイオキシン類対策等の工事現場は大阪市外であることがほとんどであるにもかかわらず,被告が,あえて原告と同じ行政区である大阪市A区に本店を移転することにより,顧客に,被告が原告と親子会社等の関係にあると誤信させようとしたこと,A被告の旧商号や旧役員構成等の履歴を現在事項全部証明書に残さないために,商号,目的等の変更登記等と本店移転登記とを2回に分けて行い,被告が原告と親子会社等の関係にあると誤信させようとしたこと,B被告が,求人誌の求人広告において,原告の実績をあたかも被告の実績であるかのように謳い,従業員を募集していることも併せ考慮すると,被告は,原告従業員を大量に引き抜き専門性を有する工事を原告が受注できない状況に追い込んだ上,原告商号と類似商号を使用することで,原告及び被告が親子会社・系列会社等の関連性を有するとの誤信を生じさせて原告の信用を不正に利用して顧客を奪取し,もって原告の営業を妨害するという不正な目的により被告商号を使用していることが 明らかである。
(被告の主張) ア 前記(1)ないし(3)で主張したとおり,原告商号に周知性はなく,原告商号と被告商号とに類似性はないから,被告による被告商号の使用により,原告と被告との営業に混同が生じるおそれはない。
イ 被告が本店を大阪市A区に置いたのは被告代表者の住所の近くであるという以上の意味はないし,登記手続については行政書士に任せていたものであり,原告の主張するような意図はない。求人誌の求人広告における記載については,求人広告掲載時点において,被告は,特殊技術が必要とされる工事の実績を有し,また,複数の工事について見積依頼だけでなく,工事発注も受けていたのであるし,同広告において,被告が平成27年4月に新体制として立ち上げられたことが強調されているから,原告の実績を被告の実績であるかのように広告したようなことはなく,同広告に接した者がそのように誤解することもあり得ない。
ウ 被告代表者が被告商号を選択したのは,原告の創業者である高橋会長を経営者として尊敬し,自ら創業するときには,商号に「やまたか」という称呼を使いたいとかねてから思っていたことによるのであり,不正な目的はない。
そもそも,ダイオキシン類対策,アスベスト除去工事,プラント解体等の専門性を有する工事を必要とする顧客層では,商号を選択することで顧客を奪取できるという関係は,ほとんど存しない。また被告代表者は,原告の既存顧客に対しては,原告を退職することを告げたのであるから,原告の潜在取引先が原告と被告との関連性を誤信することはあり得ない。
当裁判所の判断
1 争点(1)(原告商号の周知性)について (1) 原告は,原告商号は,アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等を必要とする需要者間において日本国内全域で広く知られている旨主張する。
ところで,アスベスト除去工事及びダイオキシン類対策工事等は,いずれも解体 工事の一環として行われるものであるところ,解体工事の市場規模は,木造建築物を除くと年間少なくとも6000億円程度である(乙7,弁論の全趣旨)一方で,原告の売上高は多い年度でも年間20億円程度というのであるから,原告の市場占有率は極めて僅かなものにすぎない。また需要者の範囲を,被告と実際に競合することが考えられる地域に限ってみても,アスベスト対策等の同種工事をできる会社は大阪市内だけでも100社程度はあると認められる(被告代表者)から,宣伝広告が大規模にされたなどの事実関係も認められない以上,原告商号が需要者に広く知られているとおよそ認めることはできない。
(2) 原告は, 「ダイオキシン工事」「アスベスト除去工事」でインターネットを検 ,索すると,検索結果上位に原告ホームページが表示されることや,原告が開発したアスベスト処理技術「YSR工法」が一般財団法人日本建築センターにより建設技術審査証明を受け,その旨公表もされていることを指摘するが,インターネットによる検索時に,ホームページがどの位置に表示されるのかは,メタタグの設定方法等による影響が大きく,その検索結果が必ずしもホームページ上に記載されている事項の知名度を反映するものとはいえないし,また「YSR工法」の点についてみても,証拠(甲16)によれば,同じカテゴリーに属する工法として,他に63の工法が同じく審査証明を受けていることが認められるから,YSR工法の当該業界内における認知度さえ明らかではなく,これからさらに進んでこの工法が登録されていることを手掛かりに原告が需要者間において広く知られていることは認められない。
2 争点(4)(被告は「不正の目的」をもって被告商号を使用したか。)について (1) 原告は,被告による被告商号使用は,原告と被告が親子会社・系列会社等の関連性を有するとの誤信を生じさせ原告の顧客を奪取するという「不正の目的」でなされたものである旨主張している。
(2) 上記第2の1の各事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実を総合すると,本件の経緯は以下のとおりである。
ア 被告代表者は,平成7年4月1日に原告に就職し,平成23年11月29日に取締役となり,原告において,アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等の専門性を有する取引先を中心となって担当していた。しかし,原告代表者の経営方針等に不満を募らせて退職して独立することを考え,平成27年1月30日,原告取締役を辞任する旨の届を提出し,同年2月20日付けで原告取締役を退任した。
なお被告代表者は,原告を退職するに当たり,その取引先に原告を退職することになった旨の挨拶回りをした(被告代表者)。
イ その後,被告代表者は,アスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事を業とする会社とするため,その法人格を利用することを目的として本店所在地を兵庫県宝塚市とする株式会ビルドアップを買い取り,同年3月9日付け代表取締役への就任登記,同日付け「株式会社ヤマタカ」への商号変更登記並びに同日付け建築工事業等から建造物の解体工事,改修工事,ダイオキシン類対策工事,アスベスト除去工事及び除去後の建造物修復工事等への目的の変更登記,同月10日付けの発行済株式の総数及び資本金の変更登記の各登記手続を同月23日にした。そして,さらに同月27日,本店所在地を兵庫県宝塚市から大阪市A区に移転する旨の登記手続をした(甲2の1,2,被告代表者)。
ウ 原告は,被告代表者に対し,同年3月12日付け内容証明郵便により,被告代表者が業務引継を行わなかったことが取締役としての善管注意義務,忠実義務に違反することになるので,引継事項の報告を求め,また原告の顧客情報等が営業秘密であるとして,その保有情報リストの原告への開示を求め,さらに同年4月3日付け内容証明郵便により,原告従業員を退職するように勧めることが取締役としての忠実義務違反となり営業妨害となる旨警告した(乙9,乙11)。
エ 原告は,被告代表者が退職したことにより,ダイオキシン類対策工事,プラント解体工事を施工することが出来なくなり,同年3月24日には,その旨を大口取引先であるJFEメカニカル株式会社に申し入れた(乙13の1,2)。
他方,被告代表者は,被告として事業を開始するに当たり,原告取引先に挨拶回 りをした。また被告代表者は,被告代表者の原告退職により,原告においてダイオキシン類対策工事,プラント解体工事を施工することが出来なくなることは,その退職前から予見していた(被告代表者)。
オ 被告代表者が原告を退職した後,原告における被告代表者の部下としてアスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等の専門性を有する取引先を担当していたP1は,退職に先立つ同年3月9日に被告の取締役に就任し,同月30日付けで退職届を提出して同年4月30日に原告を退職し,現在,被告において取締役として稼働している(甲6)。
また,原告において被告代表者の部下としてアスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等の専門性を有する取引先を担当していたP2は同年2月20日付けで退職届を提出して同年3月31日に,P3は同年2月24日付けで退職届を提出し,その頃に,P4は同年2月24日付けで退職届を提出し,その頃に,P5は同年3月27日付けで退職届を提出して同年4月30日に,P6は同年4月30日付けで退職届を提出して同年6月14日に,それぞれ原告を退職し,現在,被告において稼働している(甲7ないし甲9,甲11,甲12)。そして,これら5名の者は,平成27年4月24日,原告在職中の時間外手当の支払等を原告に求めて共同して,
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カそのほか,現在,被告において稼働しているわけではないが,原告において被告代表者の部下としてアスベスト除去工事を担当していたP7は,平成27年3月25日付けで退職届を提出して同年4月30日に原告を退職し,同P8及びP9は同年3月ないし4月頃,原告を退職した(甲10,弁論の全趣旨)。
キ被告代表者は,原告退職前,担当している原告の取引会社31社についての,引継ぎ担当者等を記載したメモ(甲18)を作成していたが,上記のオ,カの経緯で担当引継予定者の多くは原告を退職してしまっている。
ク被告は,ダイオキシン類対策工事,プラント解体工事などの営業をしており,その従業員数は,被告代表者を含め11名である(被告代表者)。その取引先には, 原告の取引先であったJFEメカニカル株式会社も含まれるが,JFEメカニカル株式会社は,被告との取引開始に当たり,原告に被告との関係を問い合わせるなどしていた。
ケ被告は,同年7月28日,従業員募集広告である求人誌「マイナビ」に掲載された被告の募集要項を更新したが,その広告には「プラント解体やダイオキシン・アスベスト対策など,特殊技術が必要とされる工場で数多くの実績を誇るヤマタカ」,「代表の長年の実績から大手のメーカーやゼネコンからの信頼が厚く,急成長を続けています。,」「当社は,特殊工事の業界で20年にわたる経験を積んだ代表が培った技術・知識を生かすべく立ち上げた会社」「会社自体は1991年の設立だが,,P10を中心に,豊富な業界経験を積んだエキスパートたちが集まって今年の4月に新体制としてスタートした」などと記載されている(甲20)。
コアスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等の発注者は大手企業が多く,同工事の施行業者が,そのような企業と取引を開始するためには,開始当初に登記事項証明書のほか,過去2,3年分の決算書の提出を求められることは一般的である。被告については,過去の決算報告書では会社名が,現在と異なることから,登記事項証明書については,旧商号当時の閉鎖登記簿謄本を併せて提出することになる。また,発注する各企業は,その上で複数の同業者との間で競争入札により取引先を決定する(乙12,弁論の全趣旨)。
(3)ア以上の事実によれば,本件は,原告従業員がほぼ同時期に大量に退職して原告の事業継続が困難ならしめられ,他方で,原告を退職した従業員を受け入れた被告において原告の大口顧客であった取引先をも対象に事業を展開して原告と競業している事案であるということができる。加えて,被告代表者が,原告の顧客に対して挨拶回りをしていること,被告代表者の退職により原告においての事業継続に支障が出ることが予め見込まれていたことからすると,上記のような競業状態は,被告として事業を開始するに当たり,被告代表者が予見していたものということもできる。
したがって,被告商号が,上記のような競業関係において原告と被告の関連性を誤認させて原告から被告への顧客奪取を容易にさせる目的で使用されているのなら,被告は,被告商号の使用について会社法8条1項にいう「不正の目的」があるということができる。
イしかし,被告代表者作成の引継メモ(甲18)からうかがえるように,原告と被告が競業する事業分野の顧客は,相当規模が大きい企業が多く,一般消費者を需要者とする場合のように商号の類似だけで顧客の獲得ができる関係にあるとは一般的に考えられにくい上,原告の既存顧客に対する関係では,被告代表者自身が挨拶した上(原告を退職し被告で事業をする経緯が説明されていると推認できる。,)さらには原告自身が,既存顧客の一部に今後,業務引受けを出来ない旨を通知したことから,原告の既存顧客との関係では,原告と被告との間に関連性がないことが明らかにされており,したがって,被告商号の使用により原告の既存顧客が誤認混同して被告との契約締結に至ることは考えられず,そうであれば,そもそも被告が,顧客が原告と被告を誤認するとの効果を期待して被告商号を選択したものとはおよそ認められない(なお,上記(2)クのとおり,JFEメカニカル株式会社が原告に被告との関係を問い合わせた事実があるが,原告は同社に受注が出来ない旨を説明していたのであるから,これは原告と被告の関係を誤認したのではなく,被告が主張するように,同社が原告と被告との紛争に巻き込まれる可能性を危惧したにすぎないものと認められる。。
)また,原告の既存顧客でない新規の取引先との関係では,そもそも原告商号に周知性がないから,原告を知らない新規顧客との関係で,原告商号に類似する商号を積極的に選択する意味は見いだせないし,また新規取引開始時に,過去の決算書及び登記事項証明書を提出することで原告と無関係であることを明らかにする必要があるから,この関係でも,被告が,何らかの不正な利益を期待して被告商号を選択したものとも認められない。
加えて発注企業は競争入札により取引先を決定することからすると,この分野の 取引では,商号を原告商号に類似させることで被告に利益が得られるわけではないことも明らかであり,その観点でも,被告が,何らかの不正な利益を期待して被告商号を選択したものとも認められない。
ウ確かに本件は,原告の元従業員が中心となって活動する被告の事業が,原告の顧客を奪うことで成立しているように見受けられる事案であり,また事業開始がそのことを見込んでされたようにも見受けられるが,原告の既存顧客が被告に奪われたとするなら,それはそもそも原告が当該工事を施工できない状態であった上,他方で被告代表者や被告従業員には原告在職時の施工実績による信用,少なくとも人的関係があったからと考えるのが自然であり,そこに原告商号と被告商号の類似性が貢献している様子は認められず,また被告代表者がそのことを期待して被告商号を選択したとも認められない。被告による被告商号の選択使用は,被告代表者が供述するように,原告創業者への尊敬の念に由来すると認めるのが相当であって,会社法8条1項にいう「不正の目的」があったとはおよそ認められない。
エなお,さらに原告は,被告が原告と同じ行政区に本店を移転した経緯や,その登記手続の手順の不自然さを問題にするが,上記認定したアスベスト除去工事,ダイオキシン類対策工事等の契約締結過程等の問題からすると,そのことで原告が主張するような利点があるとは認められないから,上記の点で被告の「不正の目的」が推認されるわけではない。
また,原告は,被告が掲載した求人誌の求人広告の記載内容も問題にしているが,同記載中には,旧会社を引き継ぎ4月から新体制で開始した会社であることを説明して原告とは別会社と理解できる部分もあるし,そもそも,この求人誌は事業者ではない者を対象として掲載されているのであるから,会社法8条1項の「不正の目的」を推認する事情とはいえない。
オ原告は,被告が原告従業員を大量に引き抜いたことにより,原告が従前の業務であるダイオキシン類対策工事の受注を停止せざるを得なくなったなどと主張し,この事情をも「不正の目的」を推認させる事情として主張するようであるが,「不正 の目的」は,商号を使用することに関して認められる必要があり,原告のいう事情は,それ自体で不法行為を主張するのならともかく,商号使用についての「不正の目的」を推認する事情とは認められない。
(4)以上のとおり,被告商号の使用につき,被告に会社法8条1項の「不正の目的」は認められない3以上によれば,原告の被告に対する不正競争防止法3条又は会社法8条2項に基づく請求は,その余の判断に及ぶまでもなく理由がないから,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部裁判長裁判官森崎英二裁判官田原美奈子裁判官大川潤子