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事件 昭和 53年 (ワ) 3303号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1981/01/30
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 被告は「日本ウーマン・パワー株式会社」なる商号を使用してはならない。
被告は右商号の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告 主文同旨の判決 仮執行宣言二 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者の主張
一 請求の原因1 原告は、事務処理請負業の創始者であつて当該業務分野においては世界最大の企業であるアメリカ合衆国ミルウオーキー市所在のマンパワー・インコーポレイテツドの子会社として、商号をマンパワー・ジヤパン株式会社、本店を東京都中央区<以下略>、目的の一つを各種産業上の業務処理の請負等として昭和四一年一一月三〇日設立登記された株式会社であり、昭和四六年一〇月五日本店を肩書住所地に移転したが(昭和四七年一月二〇日登記済)、設立以来右商号及びその通称である「マンパワー」の名称を用いて事務処理請負業を営んでいる。
右に事務処理の請負とは、顧客の需要に応じて通訳者、翻訳者、英文・和文タイピスト、ステノセクレタリー、テレツクスキーパンチヤー、事務機オペレーター、
電話交換手、経理事務職等各種の専門技能者を顧客の事務所又はその指定する場所に出向配置して依頼された事務を処理したり、あるいは原告の事務所に持ち込まれた事務(例えば翻訳等)を事務所において完成することをいうものである。
2(一) 原告は、マンパワー・ジヤパン株式会社の商号及びその通称である「マンパワー」の名称のもとに営業活動をなし、昭和四四年には横浜市に、昭和四五年には大阪市に、昭和四六年には東京都に、昭和四七年には名古屋市に、昭和四八年には福岡市及び札幌市に、昭和四九年には神戸市にそれぞれ支店を設けるなどして業務の拡大に努めた。その結果、売上高も昭和四三年度(昭和四二年七月から昭和四三年六月迄)には約七八〇〇万円であつたものが昭和五二年度(昭和五一年七月から昭和五二年六月迄)には約二七億二、六〇〇万円と伸び、従業員の数も設立当時には約五〇名であつたのが昭和五〇年には全国で約三、五〇〇名となり、顧客数も昭和五二年には一、九五〇社余りとなつた。
(二) また、原告は、設立以来顧客獲得のための広告宣伝活動に努力を傾けてきており、特に昭和四七年以降昭和五一年ころまでの間は、主として企業及びその関係者が購読する経済雑誌三、四誌に毎月ないし隔月に、外国系企業関係者が購読する英字新聞「ジヤパンタイムス」に定期的にそれぞれ企業広告を掲載したほか、昭和四七年以降同四九年六月までは毎月約二万部のダイレクトメールを制作して送付し、昭和四九年一月からは「フロム・マンパワー」という広報紙を隔月に制作発行し、昭和五〇年中頃までは一回一万五、〇〇〇部から一万七、〇〇〇部を、同年八月と一〇月には各八、〇〇〇部を、それ以降は三、〇〇〇部をダイレクトメールの形で顧客層に送付した。このうち、東京都内に送付したのは送付総数の約七割程度である。以上のほか、一回の入場人員約三〇万人を誇る大阪ビジネスシヨウに原告の広告などを昭和四七年以降連続して出展し、さらに昭和四七年以降昭和五一年までの間は、東京都内の乗降客の多い二、三の駅構内に交通広告を常時設置するなどしており、右の広告宣伝に要した費用は、昭和四五年度分で約一、二〇〇万円、昭和五〇年度分で約八、二五〇万円にのぼつている。一方、原告は右の顧客獲得のための企業広告とは別に、事務処理を担当する従業員の募集広告を昭和四七年以降有力新聞、英字紙、婦人向雑誌に極めて頻繁に掲載してきている。このほか、原告の東京支店においては、顧客となりうる企業への電話、葉書による勧誘、直接訪問を頻繁かつ恒常的に行なつてきている。
3 以上の事実から明らかなように、原告はその商号及び通称である「マンパワー」という名称の普及に力を注いできており、被告の設立された昭和五一年当時には事務処理請負業の日本におけるパイオニアとしての原告の商号及びその通称は、
東京都、大阪市をはじめとする全国の主要都市において、需要対象たる企業のマネージメント層において広く認識され、周知となつていた。
4 被告は、商号を日本ウーマン・パワー株式会社、本店を東京都港区<以下略>として昭和五一年四月一五日設立登記された株式会社であり、同月三〇日本店を肩書住所地に移転し(同年五月八日登記済)、同年八月二日従前の営業目的を変更して、新らたな営業目的を英文・和文タイピング、国際・国内テレツクスオペレーシヨン、英・和文速記、キーパンチ、事務機オペレーシヨン等の請負に関する業務等とし(同月一〇日登記済)、原告同様の事務処理請負業を日本ウーマン・パワー株式会社の商号を使用して営んでいる。
5 被告が使用する日本ウーマン・パワー株式会社なる商号は、原告の商号マンパワー・ジヤパン株式会社及びその通称である「マンパワー」という名称と類似している。
すなわち、原告及び被告の商号のうち「ジヤパン」及び「日本」は多くの会社の商号に用いられる特別顕著性のない文字であつて営業主体を個別化する機能はなく、そのため当該営業主体を呼称する際にはしばしば省略されるものであるから、
営業主体を個別化する機能を有する主要構成部分は、それぞれ「マンパワー」と「ウーマン・パワー」と考えるべきである。そして両者を対比するに「マンパワー」なる語は元来英語で人の物理的な力を意味する名詞であるが、単なる物理的な力のみではなく、知力をふくめた人的資源という意味を有するに至つており、原告及び被告の商号の右主要構成部分を全体的に対比観察してみれば、その類似性は明白である。
さらに、基本的には、原告及び被告の商号の類似性の有無は具体的な取引の場における混同のおそれを基準として判断されるべきものであり、不正競争防止法第1条第1項第2号にいう「混同」には、単に原告と被告とを同一の営業主体であると思わしめる混同(狭義の混同)のみならず、原告と被告との間に何らかの関係が存するのではないかと思わしめる混同(広義の混同)も含まれることからすると、原告及び被告の商号の主要構成部分である「マンパワー」と「ウーマン・パワー」は、市場の需要者をして、相互に系列会社の関係があるかの如き、ないしは被告が原告の女子部門であるかの如き誤解を与えしむるものであることは明らかであつて、現に原告はしばしばそのような問合せを受けており、その類似性は明らかである。
6 右誤認混同により、原告はその広告宣伝効果が半減されるばかりでなく、創立以来従業員を通じて培つてきた信用及び営業上の利益を毀損され、あるいは毀損されるおそれがある。
よつて主文第一、二項掲記の判決を求める。
二 被告の答弁1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2(一)(二)及び3の事実は不知。ただし、原告の商号及びその通称である「マンパワー」という名称が周知であるとの事実は否認する。
被告が営業を開始した昭和五一年七月以降昭和五二年六月頃までの間には、「日本マンパワー株式会社」なる商号の会社が原告と同種の業務を営み、「NIPPONMANPOWER」なる標示で従業員を募集していたし、昭和五三年三月頃には「株式会社マンパワーセンター」なる商号の会社が原告と同種の業務を営み、「マンパワー・センター」なる標示で従業員を募集していたことなどもあり、このような状況のもとでは、原告の商号及びその通称である「マンパワー」という名称が周知性をうるに至つたとはいえない。
3 同4の事実は認める。
4 同5の事実は争う。
被告の商号と原告の商号とでは一見して異なることが明らかであり、一般の人々に混同誤認を生ぜしめることはない。「ウーマン」と「マン」との差異は前者は女性、後者は男性の意であるとして日本人の間でも明白なものとなつている。
また、本件における原告と被告の商号の主要構成部分は、それぞれ「マンパワー・ジヤパン」、「日本ウーマン・パワー」と見るべきであり、被告が営業を開始した当時「マンパワー」と「ウーマン・パワー」を同一あるいは同種の意味を有するものと感じとる日本人はいなかつたと見るべきである。当時の日本で「ウーマン・パワー」なる語は女性解放運動と関連する語として解されていたのであり、その商号だけから被告が原告と同じ営業を営む会社と理解されることはなかつた。
5 同6は争う。
三 被告の仮定抗弁1 原告は、被告及び訴外【A】(被告代表取締役)らとの訴訟上の和解により被告に対しその営業の差止請求をしないことを約しており、本訴の如き請求をなす権利を放棄している。
すなわち、
(一) 原告は、昭和五二年三月東京地方裁判所に対して、被告と被告代表取締役【A】とを債務者とし、原告と右【A】間に締結されていた雇用契約中の競業禁止条項違反を理由とする被告の営業の差止め等を求める競業禁止の仮処分を申請したが、昭和五二年五月二四日次の和解条項により右債務者らと和解をなした。
和解条項(1) 債務者【A】(以下債務者【A】という)は、昭和五一年四月五日債務者日本ウーマン・パワー株式会社(以下債務者会社という)を設立して、債務者【A】が債権者マンパワー・ジヤパン株式会社に入社する際に締結した昭和四八年八月二〇日付雇用契約書第14条所定の競業禁止条項に関して、債権者に迷惑をかけたことを陳謝する。
(2) 債務者らは昭和五三年三月三一日までは前記雇用契約書第14条の趣旨を尊重して、債権者に迷惑の及ばないよう注意する。
(3) 債権者は債務者らに対し第(1)項記載の雇用契約書第14条に基づく債務者会社の営業の差止請求及び損害賠償請求をしない。
(二) 右仮処分事件は、原告と訴外【A】との間で締結されていた雇用契約中の競業禁止条項に基づく営業の差止請求権を被保全権利とするもので、日本ウーマン・パワー株式会社という商号を用いた被告の営業が問題とされていたこと、被告は右仮処分申請のなされる前から右商号を使用していたこと、原告は紛争の全面的解決が可能な訴訟上の和解という方法で右紛争を解決したものであるということのほか右和解条項(3)の内容を考え併せれば、原告は右和解により日本ウーマン・パワー株式会社という商号を使つての被告の営業につき、商号の使用の点を含めて差止請求損害賠償請求もしないことを約定したものと、すなわちそれらの権利を放棄したものと解するのが相当である。よつて、原告が被告に対し本訴の如き請求をすることは許されない。
2 原告の本訴請求は、信義誠実の原則に反し、許されないものである。
仮に、前記1の主張が認められないとしても、右仮処分事件の和解に至るまでの経過及び右和解条項の(2)項で原告は昭和五三年三月三一日以後の被告の自由な営業活動を認容していること並びに同条項の(3)項には「第(1)項記載の雇用契約書第14条に基づく」との文言があるが、同条項の(1)、(2)項と関連させて全体的に読めば、原告は被告に対し、将来競業であることを理由としては営業の差止損害賠償請求をしないことを約したものと解すべきであることなどを考え併せると、原告の本訴請求は信義誠実の原則に反するものであつて許されないものといわざるをえない。
四 被告の仮定抗弁に対する原告の認否及び主張1 認否(一) 仮定抗弁1のうち(一)の事実は認め、その余は争う。
(二) 同2は争う。
2 原告の主張 訴外【A】は昭和四八年八月二〇日原告に入社し昭和五一年三月三一日退社したものであるが、右入社に際し、原告との間に退職後二年間は直接、間接を問わず原告の業務に類似する業務には従事しないとの競業禁止条項を含む雇用契約を締結した。そして、同人は原告の東京支店において顧客からの依頼を受けるサービスレプレゼンタテイブとしての仕事を担当していたが、退職するや時を移さず被告を設立してその代表取締役に就任し、原告と内容において同一の事務処理請負業務を開始したのである。このため、原告は右【A】及びその実質的な個人会社である被告に対し業務の停止を求めて前記仮処分の申請に及んだのである。したがつて、右仮処分事件の審尋期日においては、専ら右競業禁止条項の効力について債権者及び債務者らの主張立証が尽された。右仮処分事件は被告主張の如き和解条項をもつて和解成立となつたが、その際、原告は被告及び右【A】に対し、被告の商号が原告の商号と類似し、誤認混同を生じるおそれがあること及び現にそのような誤認混同の事実が多数発生していることから不正競争防止法に基づく商号使用の差止を求める意向であることを明らかにしている。
以上のとおり、右仮処分事件と本訴請求とは請求(申請)の趣旨もその原因も全く異なるものであり、かつ右に述べた事実及び前記和解条項からしても、原告が被告に対する不正競争防止法による商号の使用差止請求権を右和解により放棄したものではないこと明らかであつて、被告の主張は失当である。
証拠関係(省略)
理 由一 原告が、事務処理請負業の創始者であつて当該業務分野において世界最大の企業であるアメリカ合衆国ミルウオーキー市所在のマンパワー・インコーポレイテツドの子会社として、商号をマンパワージヤパン株式会社、本店を東京都中央区<以下略>、目的の一つを各種産業上の業務処理の請負等として昭和四一年一一月三〇日設立登記された株式会社であり、昭和四六年一〇月一五日本店を肩書住所地に移転(昭和四七年一月二〇日登記済)したこと、原告は右設立以来右商号及びその通称である「マンパワー」という名称を用いて事務処理請負業を営んでいること、被告は、商号を日本ウーマン・パワー株式会社、本店を東京都港区<以下略>として昭和五一年四月一五日設立登記された株式会社であり、同月三〇日本店を肩書住所地に移転し(同年五月八日登記済)、同年八月二日目的を英文・和文タイピング、
国際・国内テレツクスオペレーシヨン、英・和文速記、キーパンチ、事務機オペレーシヨン等の請負に関する業務等と変更し(同月一〇日登記済)、右商号を用いて原告と同じ事務処理請負業を営んでいること、右に事務処理の請負とは、顧客の需要に応じて通訳、翻訳者、英文・和文タイピスト、ステノセクレタリー、テレツクスキーパンチヤー、事務機オペレーター、電話交換手、経理事務職等各種の専門技能者を顧客の事務所又はその指定する場所に出向配置して依頼された事務を処理したり、あるいは、原告ないし被告の事務所に持ち込まれた事務(例えば翻訳等)を事務所において完成することをいうものであること及び原被告が競業関係にあることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告の商号及びその通称である「マンパワー」という名称の周知性の有無について 成立に争いのない甲第一号証、第七号証の一、二及び証人【B】の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証、第四ないし第六号証、第一一号証、第一二号証、第一六ないし第二一号証、第二八ないし第三五号証、第三九号証、本件口頭弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四〇号証の一ないし二八並びに同証人と証人【C】の各証言に本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、
(一) 原告は、設立以来本店所在地である東京都を中心として営業活動をなしてきたが、昭和四四年に横浜市に支店を設置したのをはじめとして、昭和四五年には大阪市に、昭和四六年には東京都に、昭和四七年には名古屋市に、昭和四八年には福岡市、札幌市に、昭和四九年には神戸市にとそれぞれ支店を設置して業務の地域的拡大をはかつてきたこと(二) 原告の売上高は、設立間もない昭和四三年度(昭和四二年七月から昭和四三年六月まで)には七、八〇八万九、一五一円であつたが、昭和四五年度(昭和四四年七月から昭和四五年六月まで)には二億四、〇二九万五、九四二円(内訳・東京支店二億一、三五四万〇、五四一円、横浜支店二、六七五万五、四〇一円)、昭和四八年度(昭和四七年七月から昭和四八年六月まで)には一一億〇、九三四万八、八〇五円(内訳・東京支店八億四、七六九万二、六三五円、横浜支店一億三、
〇四九万〇、六一〇円、大阪支店九、四四〇万六、八九六円、名古屋支店三、六七五万八、六六四円)、昭和五二年度(昭和五一年三月から昭和五二年二月まで)には二三億三、九四五万四、七九二円(内訳・東京支店一四億八、七〇九万一、九八五円、横浜支店三億三、五〇九万八、九七六円、大阪支店二億六、〇四一万五、五〇九円、名古屋支店一億四、〇二二万六、二一六円、福岡支店四、七一六万六、八四七円、札幌支店二、九三九万九、八九九円、神戸支店四、〇〇五万五、三六〇円)、昭和五三年度(昭和五二年三月から昭和五三年二月まで)には三二億〇、八五五万五、三八八円(内訳・東京支店一九億〇、三八六万八、二五一円、横浜支店五億六、九五八万四、六三一円、大阪支店三億六、〇四四万二、九三八円、名古屋支店一億八、三五四万八、五九四円、福岡支店七、九六七万八、九七〇円、札幌支店四、五八二万九、〇六〇円、神戸支店六、五六〇万二、九四四円)と増大し、その事業規模が拡大してきていること(三) 原告の従業員の数も、支店を含め、昭和四五年当時には約五五〇名程であつたが、昭和五三年一〇月現在では約五、五〇〇名と約一〇倍となつていること(四) 原告は、設立以来、新聞広告により、あるいはダイレクトメールを送付するなどして多くの企業に対する広告宣伝活動をなしていたが、昭和四七年以降はさらに活発にこれをすすめ、企業の経営者や管理職を読者対象としている「日経ビジネス」(隔週刊・日経マグロウヒル株式会社発行)、「プレジデント」(月刊・プレジデント社発行)、「マネージメント」(月刊・日本能率協会発行)、週刊ダイヤモンド(週刊・ダイヤモンド社発行)などの雑誌や日本経済新聞に顧客獲得のための企業広告を定期的に掲載したり、国鉄東京駅、営団地下鉄赤坂見附駅、同銀座駅など乗降客の極めて多い駅の構内に広告板を設置したり、「フロム・マンパワー」と題する広報紙や「会社案内」等の小冊子その他の印刷物を継続的にかつ多量に発行し全国の顧客や潜在的顧客に送付するなどして企業広告につとめたほか、顧客から請負つた事務を処理する特殊技能を有する従業員を募集するため、ジヤパンタイムスなどの英字紙や「COOK」(月刊・千趣会発行)、「るるぶ」(月刊・日本交通公社発行)などの婦人向け雑誌に従業員の募集広告を頻繁に掲載するなどしてきたこと。そして、右広告宣伝のため昭和四八年度(昭和四七年七月から昭和四八年六月まで)には三、一四六万五、〇〇〇円、昭和四九年度(昭和四八年七月から昭和四九年六月まで)には一億〇、六六八万円、昭和五〇年度(昭和四九年七月から昭和五〇年六月まで)には一億一、九五七万七、〇〇〇円、昭和五一年度(昭和五〇年七月から昭和五一年二月まで)には四、三三八万八、〇〇〇円、昭和五二年度(昭和五一年三月から昭和五二年二月まで)には九、五四三万七、〇〇〇円、昭和五三年度(昭和五二年三月から昭和五三年二月まで)には一億九、九〇七万円、昭和五四年度(昭和五三年三月から昭和五四年二月まで)には二億〇、五四〇万円と多額の費用を費やし、その額も年々増大してきていること。
(五) 原告は、右の広告宣伝に際しては商号を使用するほかは、「マンパワー」なる表示を使用していること等の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実を総合すると、原告の商号及びその通称である「マンパワー」という名称は、遅くとも被告が設立された昭和五一年四月頃には既に東京をはじめとする原告の支店のある地域を中心とするその近傍地域において原告の営業活動たることを示す表示として広く認識され、周知となつていたものと解するのが相当である。
なお、被告は原告の商号及びその通称である「マンパワー」という名称が周知であつたとはいえないとし、その事情として、原告と同種の事業を営む「日本マンパワー株式会社」という商号の会社と「株式会社マンパワーセンター」という商号の会社が、それぞれ「NIPPONMANPOWER」、「マンパワー・センター」という標示を用いて従業員を募集していた旨主張するが、右のような商号の会社が存し、かつ右のような広告をなしていたとしても、いまだ前記認定を覆えすに至らない。
三 そこで、原告の商号及びその通称である「マンパワー」と被告の商号とが類似するか否かを検討する。
(一) 原告の商号「マンパワー・ジヤパン株式会社」のうち、「株式会社」の部分は単に会社の種類を表わすものであり、「ジヤパン」の部分は日本の企業の商号の一部として一般的に使用されるものであるといえるから、いずれも営業主体を個別化する機能は薄く、そのため当該営業主体を呼称する際にはしばしば省略されるものであることは容易に推認し得るのであつて、原告の商号のうち営業主体を個別化する機能を有する構成部分は、「マンパワー」の部分であり、被告の商号「日本ウーマン・パワー株式会社」のうち、「日本」の部分と「株式会社」の部分は前記と同一の理由により営業の主体を個別化する機能は薄く、そのため当該営業主体を呼称する際にしばしば省略されるものであると推認し得ること前記と同様であり、
被告の商号のうち営業主体を個別化する機能を有する構成部分は「ウーマン・パワー」の部分であると解するのが相当である。なお、右の点に関して、被告代表者【A】はその本人尋問において「私どもも、必ず「日本ウーマン・パワー」と言うんです」と供述し、単に「ウーマン・パワー」と呼称ないし表示することはないから、被告の営業主体を個別化する機能を有する部分は「日本ウーマン・パワー」である旨強調するが、右供述部分は、成立に争いのない乙第一号証(昭和五二年五月一七日付日本経済新聞の広告)、第四号証の一、二(被告宣伝用のパンフレツト)によると、同各号証に被告商号の略称又は通称として被告みずから「ウーマンパワー」という文字を使用していることが認められることからして直ちに措信し難い。
被告は、被告及び原告の各商号のうち営業主体を個別化する機能を有する構成部分は「日本ウーマン・パワー」と「マンパワー・ジヤパン」の部分であると主張するが、右主張は取り得ないこと前記のとおりである。
(二) ところで、ある営業表示が不正競争防止法第1条第1項第2号にいう類似の営業表示といえるか否かは、当該営業表示を使用することにより他の営業主体と誤認混同を生ぜしめる虞があるか否かを基準として判断すべくこの場合営業表示自体の類似性の有無の他営業が類似しているか否か、顧客や取引の地域的範囲が重複しているか否か等の営業の具体的実状等諸般の事情を斟酌すべきである。そして、
右に混同の虞とは、二つの営業主体を同一のものと思わしめる場合だけではなく、
二つの営業主体間にいわゆる親会社・子会社の関係や系列関係があるとか、あるいは一方が他方の営業の一部門であると思わしめるような場合などその両者間に緊密な営業上の関係が存するのではないかと思わしめるような場合をも包含するものと解すべきである。右見解のもとに、前記争いのない事実及び前記認定事実により原告の商号の主要部分であり通称でもある「マンパワー」と被告の商号の主要部分である「ウーマン・パワー」とが類似するか否かをみるに、
(1) 現在の日本における英語の普及度からすれば、マンパワーという語もウーマン・パワーという語も、共に片仮名で表示された英語であつて、ウーマンパワーという語がウーマンという語とパワーという語が結びついたものと解されると同様にマンパワーという人力とか人的資源を意味する名詞も、称呼上はマンという語とパワーという語が結びついたものと受けとめられるものと解するのを相当とする。
してみれば、両者の相違点は「マン」と「ウーマン」の部分にあると認められ、その外観ないし称呼において違いは認められるものの、同時にその概念ないし意味において前者は男、後者は女という、いわば対をなす語としてとらえることもできること(2) すでに述べたように、原告と被告は、共に本店を東京都内にもち、顧客の需要に応じて通訳とか英文・和文タイピストとかテレツクスキーパンチヤー等の自己が雇用する各種の専門技能者を顧客の事務所等に出向配置して依頼された事務を処理するという事務処理請負業を営んでいることは、当事者間に争いがなく、したがつて顧客層も同一であるとみることができること(3) 現在の日本における英語の普及度からすれば、前記パワーという語は物理的な力を意味するほか人の能力とか知力を意味する語として知られていると解しうべく、してみれば、前記一に確定した事実関係のもとにおいて原告及び被告の営業の内容を推認しうる意味を有すること(4) 後記四の如く、現に誤認混同を生じた事実が存すること を総合すると、「マンパワー」と「ウーマンパワー」とは、需要者(顧客ないしは潜在的顧客)をして原被告らの前記営業活動に関し相互に系列関係があるかの如き、あるいは被告が原告の女子部門であるかの如き誤認を生じさせる虞があるものと解するのが相当であり、果たして然らば、原告の商号及びその通称である「マンパワー」という名称と被告の商号とは「類似」するものと認めざるをえない。
混同の虞の有無について 証人【C】の証言及び被告代表者【A】の供述によると、
(一) 原告は、原告と被告とを同一営業主体であると間違えた被告の顧客から電話を受けたことがある他、顧客から「新しく女子部ができたのか」とか「被告は原告の子会社か」等の質問や問合わせを受けたことがあること(二) 被告の方では、「日本マンパワー」という会社と間違えられて電話をかけられたことがあることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
以上によると、被告が原告の周知表示である「マンパワー・ジヤパン株式会社」という商号及びその通称である「マンパワー」という名称と類似する「日本ウーマン・パワー株式会社」という商号を営業表示として使用することにより、原告の営業上の活動と現に混同を生ぜしめており、証人【C】の証言、本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告はこれにより少なからず営業上の利益を害せられているし、今後も営業上の利益を害せられる虞があるものと推認し得る。
五 被告の仮定抗弁について 原告が、被告及び被告の代表取締役【A】を債務者として、昭和五二年三月東京地方裁判所に対し、原告が右【A】と締結した雇用契約中の競業禁止条項に基き被告の営業の停止及びその禁止を求める競業禁止の仮処分を申請したこと、右事件につき同年五月二四日被告主張の如き和解条項をもつて裁判上の和解が成立したことは当事者間に争いがない。
1 被告は、右和解の成立により原告が不正競争防止法に基づく被告に対する商号の使用差止等の請求権を放棄した旨主張する。然し、右和解条項によれば、原告が被告に対し同法に基づく商号の使用差止請求権を放棄したと認むべき記載はないし、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
なお、被告は、原告は右和解条項(3)項によつて被告が日本ウーマン・パワー株式会社という商号を用いることに対する差止請求権を放棄した旨主張するが、同条項は「債権者は、債務者らに対し、第(1)項記載の雇用契約書第14条に基づく債務者会社の営業の差止請求及び損害賠償請求をしない」と明記されていて、この記載からすれば、原告は営業の差止請求と競業禁止条項違反を理由とする損害賠償請求をしないとしたことは認めえても、右主張のような差止請求権の放棄をしたことは認めうべくもない。
また、被告は右条項の解釈に関し、右仮処分事件の申請のなされる前から被告は日本ウーマン・パワー株式会社という商号を使用していたということや右仮処分事件につき原告は紛争の全面的解決が可能な訴訟上の和解という方法を選択したこと等の事情を斟酌すべきである旨主張しているけれど、和解の趣旨は和解調書に記載された文言にしたがつて解釈すべきであつて、和解条項の文言に表われていない右のような事情は斟酌すべきでないことは多言を要しないというべく、被告の右主張は失当である。
以上のとおりであるから、原告は右和解により被告に対する不正競争防止法に基づく商号使用禁止等の請求権をも放棄した旨の被告の主張は採用することができない。
2 次に、信義則違反の主張について判断するに、原告が右仮処分の申請をした時には、被告は既に日本ウーマン・パワー株式会社という商号を使用して営業をなしていたこと及び原告はそのことを熟知していたことは成立に争いのない乙第五号証により認められるが、他に被告の右主張を基礎づける事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて成立に争いのない乙第五号証ないし第一〇号証及び被告代表者【A】本人尋問の結果によると(一) 右仮処分事件においては、原告と右【A】との間で締結されていた雇用契約中の競業禁止条項の解釈やその有効性、競業関係の有無、右【A】が原告を退社した後の行動等が主な争点となり、双方の主張がなされたこと(二) 原告は、右事件において、被告が原告の商号と類似する商号を使用している旨の主張をしているが、右主張は、被告の営業が不法な競業行為であるとする原告の主張を根拠づける一つの事情として述べられているにすぎないこと、
(三) 右和解成立直後に債務者ら(本件における被告及び被告の代表取締役【A】)の代理人が「労働基準法違反については保留します」と言つたのに対し、
債権者(本件における原告)の代理人は「商号については保留します」と述べていることが認められ、右事実に前記当事者間に争いのない和解条項を併せ検討すると、被告の右主張は理由がないこと明らかである。
六 以上によれば、被告の仮定抗弁はいずれも理由がなく、結局、原告の本訴請求はすべて正当として認容すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第89条の規定を適用し、仮執行の宣言はこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
裁判官 秋吉稔弘
裁判官 野崎悦宏
裁判官 川島貴志郎