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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ10308営業秘密侵害行為差止等請求事件 平成14ワ2833同請求事件 判例 不正競争防止法
関連ワード 信義則 /  類似性(類似) /  因果関係 /  代理人 /  代表者 /  秘密管理(秘密管理性) /  秘密であると認識 /  秘密として管理 /  有用性 /  営業上の情報 /  非公知性 /  営業秘密 /  2条1項4号 /  不正の利益を得る目的(図利目的) /  損害賠償 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 8485号 損害賠償請求事件
原告 日本圧着端子製造株式会社
訴訟代理人弁護士 山田庸男
同 土谷喜輝
被告乙
訴訟代理人弁護士 宇野 総一郎
同 丸山貴之
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2004/02/05
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨 (1) 被告は、原告に対し、金520万9869円及びこれに対する平成13年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言 2 本案前の答弁 主文同旨
事案の概要
1 本件は、原告のオーストラリアにおける子会社(J.S.T. Australia Pty. Ltd. 以下「JAU」という。)の元役員であった被告(オーストラリア在住)が、JAUを退社してオーストラリア法人であるタイコエレクトロニクス(Tyco Electronics Pty.Ltd. 以下「タイコオーストラリア」という。)に転職するに当たり、タイコオーストラリアに転職する予定であることを秘匿し、原告を欺罔して、原告の営業秘密を不正に取得して開示し、又は原告から在職中に示された営業秘密不正の利益を得る目的若しくは原告に損害を加える目的で開示したとして、
不正競争防止法2条1項4号又は7号、4条に基づき、損害賠償の一部請求(500万円)をするとともに、被告がタイコオーストラリアに転職することが決まっており又は転職の可能性があったのであれば、原告は被告の日本への出張を許可しなかったにもかかわらず、被告が転職を秘匿して日本へ出張したことにより、原告が出張費用相当額の損害を被ったとして、不法行為に基づきその損害賠償(20万9869円)を請求している事案である。被告は、本案前の主張として、本件について我が国に裁判管轄はないと主張して、訴えの却下を求めている。
2 基礎となる事実等 (1) 当事者等 原告は、電気接続部品の製造、販売及び輸出入を主な業とする株式会社であり、JAUは原告がその全株式を保有するオーストラリアの子会社であり、オーストラリア市場における原告製品の販売を行っている。(当事者間に争いがない) 被告は、オーストラリア在住の者であり、従前は、JAUの競合会社であるAMPオーストラリアに勤務していたが、平成11年5月24日、JAUにステート・セールス・マネージャー(State Sales Manager)として採用され、同年6月22日、
ナショナル・セールス・マネージャー(National Sales Manager、オーストラリア全体を統括する営業部長)に昇格し、平成13年1月1日、マネージング・ディレクター(Managing Director、取締役社長)に就任した。(甲第17号証、弁論の全趣旨) 世界各国に子会社を有し、電子接続部品の世界的な大手企業であったAMPは、平成11年4月、更に大きな企業体であるタイコ社に買収されてタイコグループの一員となった。(甲第17号証) (2) 被告の転職 被告は、平成13年6月4日、原告代表者に対し、原告の競合会社からの申出を受け入れてその会社に転職するので、同月18日まで勤務し、JAUを退職する旨の通知を行った。(甲第1号証) 被告は、現在、タイコオーストラリアにおいて取締役として勤務している。(甲第2号証) タイコオーストラリアは、米国に本社を有するタイコエレクトロニクスコーポレーション(Tyco Electronics Corporation)の子会社又は孫会社であり、タイコエレクトロニクスコーポレーションの日本の子会社として「タイコ・エレクトロニクス・アンプ株式会社」(以下「タイコ日本」といい、タイコエレクトロニクスコーポレーション及びその子会社、孫会社のいずれかで、「タイコエレクトロニクスコーポレーション」、「タイコオーストラリア」、「タイコ日本」のいずれとも特定できないものは単に「タイコ」という。)が存在する。電子接続部品の売上げに関し、タイコグループは世界市場及び日本市場で第1位であり、原告(その子会社等を含む。)は世界市場で第8位、日本市場で第4位である。(当事者間に争いがない) (3) 被告の日本への出張 被告は、平成13年5月21日から同月24日まで日本に出張し、同月21日には、原告の第10グループ(携帯電話用のコネクタ開発などを担当する事業部)、大阪技術センターなど、同月22日には、第4グループ(OA機器、パソコンなどのコネクタ開発を担当する事業部)、第11グループ(関東方面の自動車会社用のコネクタ開発を担当する事業部)、同月23日には、第7グループ(ファクトリーオートメーション等を担当する事業部)、第13グループ(高速コネクタ開発を担当する事業部)、同月24日には、第1グループ(トヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ自動車」という。)など中部関西方面の自動車会社用のコネクタ開発を担当する事業部)で説明を受けるなどした。(甲第4号証、第17号証、弁論の全趣旨) (4) トヨタ自動車のSQUIBコネクタの入札 エアバッグ用のコネクタは、自動車が衝突した際、その衝突を感知したセンサーが発する信号をエアバッグに伝達してエアバッグを作動させるためのコネクタであり、そのうちSQUIBコネクタは、サイドエアバッグ用のコネクタである。トヨタ自動車は、SQUIBコネクタの採用を入札コンペ方式により決定することとし、平成13年11月9日、要求仕様書が原告、タイコ日本、FCIジャパン株式会社(以下「FCI」という。)に交付され、同年12月3日、前記3社がトヨタ自動車に対してプレゼンテーションを行い、同月10日、入札の結果、タイコ日本が落札した。
(乙第5号証、弁論の全趣旨) 3 争点(本案前の主張に関するもの) 国際裁判管轄の存否(被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が認められるか)
争点に関する当事者の主張
1 原告の主張 本件においては、原告が被告の行為(営業秘密取得行為等)によって損害を被ったとの客観的事実を証明すれば、管轄が肯定されるところ、次のとおり、管轄権は十分に肯定され得る。
(1) 営業秘密 ア 情報 別紙1の説明内容欄記載の情報(以下「本件説明情報」という。)は、
主に開発中の商品に関する製品情報、顧客(納入先)情報、価格情報などであり、
原告の営業秘密である。
本件説明情報のうちにトヨタ自動車向けSQUIBコネクタに関する情報(以下、原告のトヨタ自動車向けSQUIBコネクタを「原告製SQUIBコネクタ」といい、原告製SQUIBコネクタに関する情報を「本件コネクタ情報」という。)があり、この情報も原告の営業秘密であり、そのうちでも、コネクタのハウジングの内側の隙間にロッキングボタン(CPAハウジング)が入り込む構造を採るという情報が重要であった。
秘密管理性 本件コネクタ情報は、開発段階の製品に関するものであり、原告の第1グループの統括責任者と担当者(開発情報は技術担当者、価格情報は営業担当者)のパソコンの中だけに保存されており、そのパソコンは、社内のネットワークにも接続されておらず、統括責任者と担当者以外の従業員は、そのパソコンを使用することを禁止されており、本件コネクタ情報に接することができなかった。担当者は、各自の端末機からIDとパスワードを入力してCADシステムに入ることができるが、その場合も、統括責任者以外は、自己が作成した図面しか取得することができず、他の従業員が作成した開発段階の図面を見ることができないシステムとなっていた。第1グループの技術部門は、原告の名古屋技術センターの4階にあり、
4階には、技術部門の従業員と課長クラスのみが持っているIDカードがなければ、原告の従業員であっても立ち入ることができなかった。
第1グループの統括責任者は、被告に本件コネクタ情報を示しており、
被告は、これらの情報が、統括責任者及び担当者以外の従業員が知り得ない秘密情報であることを、容易に理解し得たはずである。
有用性 本件コネクタ情報は、生産方法、価格情報、技術情報を含んでおり、事業活動に有用である。
非公知性 本件コネクタ情報は、開発段階の製品に関するものであり、第1グループの統括責任者と担当者以外には知られておらず、公知ではなかった。
(2) 情報の取得 ア 原告製SQUIBコネクタは、トヨタ自動車向けのサイドエアバッグ用コネクタであり、原告は、平成13年5月ころ、サイドエアバッグモジュールメーカーと共同開発を進めていた。原告の第1グループは、平成13年5月24日、原告の名古屋技術センターにおいて、原告製SQUIBコネクタに関する製品コンセプト、開発背景、使用部位、価格、スケジュール、納品ルート、最終ユーザー、サンプル、顧客用図面などを被告に示した。また、製品の内容に関し、CPAの機構、フェライトのノイズ特性、ハーネス作業性の向上などについても説明を行った。
被告は、その他にも、本件説明情報を示された。
イ 原告が被告に対してこのような情報の提示、説明を行ったのは、最新の開発段階の情報を知らせることにより、オーストラリアでの営業、販売に役立つようにするためであり、被告も、オーストラリアでの業績を上げるために必要であると言って、積極的に様々な質問をし、情報を入手した。
(3) 不正取得若しくは不正開示を裏付ける事実 ア コネクタの構造の類似性 (ア) エアバッグ用のコネクタは、マイクロ・ガス・ジェネレータ(以下「ガス・ジェネレータ」という。)に嵌合し、コネクタに設けられた凹凸等とガス・ジェネレータに設けられた凹凸等が噛み合ってロックするとともに、コネクタに付属する金属製の雌端子がガス・ジェネレータに付属する金属製の雄端子と結合する。半嵌合とは、コネクタに付属する雌端子部分とガス・ジェネレータに付属する雄端子部分が接触しているにもかかわらず、コネクタに設けられた凹凸等とガス・ジェネレータに設けられた凹凸等が完全に噛み合わず、ロックが掛かっていない状態のことであり、半嵌合の状態では自動車が衝突しても電気信号が通じずエアバッグが開かない場合があるので、このような状態を検知し、防止することが必要である。
FCIがトヨタ自動車に従前から納入していたコネクタは、小型化するために端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術を採用していたが、半嵌合検知・防止機能を備えていなかった。
原告製SQUIBコネクタは、小型化するために端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術を採用するとともに、コネクタをロッキングボタンとハウジングにより構成し、半嵌合の状態ではロッキングボタンがハウジングから浮き上がることにより半嵌合であることを検知することができるようにし(半嵌合検知)、いったん完全に嵌合すれば、ロッキングボタン上面がハウジング上面と同一面になるまで押し込まれ、ロッキングボタンがハウジングから浮き上がることはなく、コネクタとガス・ジェネレータが半嵌合の状態に戻ることはないようにする(半嵌合防止)、半嵌合検知・防止機能を備えていた。このような半嵌合検知・防止機能は、原告が被告に渡した甲第7号証の図面に記載されていた。
さらに、原告製SQUIBコネクタは、小型化した上で半嵌合検知・防止機能を備えるために、ハウジング突起部の内側の隙間にロッキングボタンが入り込むことによってハウジング突起部が内側に撓まないようにするという構造を採っていた。そのため、本件コネクタ情報のうちでも、コネクタのハウジングの内側の隙間にロッキングボタンが入り込む構造を採るという情報が重要であり、この情報は、
被告が原告から営業秘密を取得した平成13年5月の時点では公知でなかった。
タイコ日本製のコネクタも、小型化するために端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術を採用するとともに、上記の原告製SQUIBコネクタの半嵌合検知・防止機能と同様の半嵌合検知・防止機能を備えていた。
(イ) 原告が原告製SQUIBコネクタより前に開発した原告製SQSコネクタにも、原告製SQUIBコネクタと同様に、コネクタのハウジングの内側の隙間にロッキングボタンが入り込む構造が採用されていた。原告は、原告製SQSコネクタについて、
平成11年11月18日、トヨタ自動車から試作設計の申込みを受けて開発を開始し、平成12年8月ころ第一段階の取扱説明書を作成し、その後も開発を継続し、
平成13年12月ころ完成させた。原告製SQSコネクタの取扱説明書(乙第6号証)に制定日として記載されている「2000年(平成12年)8月29日」は、最初の取扱説明書を作成した日付けであり、その時点では原告製SQSコネクタは開発中で未だ完成しておらず、その技術情報は公開されておらず、改正日として記載されている「2001年(平成13年)12月7日」に取扱説明書が完成し、同月10日に製品の型番が最終的に設定された。原告製SQSコネクタに採用された半嵌合検知・防止機能は、新規なものであり、開発から完成までに2年程度かかることは通常である。また、原告製SQSコネクタの取扱説明書は顧客であるトヨタ自動車用に作成されたものであり、原告は同社と秘密保持契約を締結しているから、少なくとも製品が完成されるまで、その内容が公知になることはない。原告は、トヨタ自動車と共に、原告製SQSコネクタに採用されている技術について、平成13年2月15日、特許出願を行い(特願2001-38346)、同年11月16日に出願公開された(特開2001-319747)。
したがって、本件コネクタ情報のうち、コネクタのハウジングの内側の隙間にロッキングボタンが入り込むという原告製SQSコネクタに採用されていた構造についての情報は、被告が原告から営業秘密を取得した平成13年5月の時点では公知でなかった。
(ウ) タイコ日本が平成13年11月の入札によりトヨタ自動車に納入することになったタイコ日本製コンパクトコネクタ(乙第8号証記載のコネクタ。以下「乙8コネクタ」という。)は、ロッキングボタンが下がったとき、ロッキングボタンが、ハウジング本体のハウジン中央部とハウジングの脚部との間の隙間に入り込み、ハウジングの脚部が開いてロックする構造であり、前記(ア)、(イ)記載のとおり、そのような構造は平成13年5月の時点で公知ではなかったから、乙8コネクタは、本件コネクタ情報を用いて製作されたものである。
タイコ日本は、平成12年10月から半嵌合検知・防止機能を備えるタイコ日本製スリムコネクタ(乙第9号証記載のコネクタ。以下「乙9コネクタ」という。)を製造販売していたが、これは乙8コネクタとは構造が異なる。乙9コネクタは、ロッキングボタンが下がったとき、ハウジング本体にあるテーパーの壁にロッキングボタンが当たり、ロッキングボタンのロック部が開いてロックする構造であり、ロッキングボタンがハウジングの内側の隙間に入り込んで嵌合状態を維持する構造を備えていないから、乙8コネクタとは構造が異なる。乙9コネクタは、ロッキングボタンが下がったとき、ロッキングボタンの撓みが生じるが、乙8コネクタは、ロッキングボタンにこのような撓みは生じない。原告がトヨタ自動車とともに原告製SQSコネクタに採用されている技術について出願した特許(特願2001-38346)の公開特許公報(特開2001-319747。甲第19号証)には、「掛け止め要素5の規制部52が、厚肉部分63の内側張出部63aに対面する位置・・・まで下がり、掛け止め部42が係止溝15から外れようとする動きを規制し、第2構成要素3は第1構成要素2から外れなくなる。」(段落【0046】)と記載されており、ロッキングボタンがハウジング内側に入り込み嵌合が完成されることが示されており、同公開特許公報の図13にも、そのような嵌合の完成した状態が示されており、これは、乙8コネクタの嵌合が完成した状態と同じであり、乙9コネクタの嵌合の完成した状態とは異なる。
イ トヨタ自動車の入札 (ア) トヨタ自動車は、平成13年11月9日、サイドエアバッグ用コネクタの採用を入札コンペ方式により決定することとし、原告は、原告製SQUIBコネクタをもって入札に参加したが、入札の結果、タイコ日本が落札した。タイコ日本製コネクタのコンセプトは、原告製SQM/SQHコネクタと酷似しており、技術的優位差は見られないが、価格が原告の提示した価格を下回っていたため、採用されたと考えられる。
原告製SQUIBコネクタは、原告が欧米の需要や技術等を調査し、開発を進めていたものであり、本件コネクタ情報が漏れない限り、他社が同様の製品を短期間で開発することは不可能であったから、被告が原告から取得した本件コネクタ情報をタイコに開示したとしか考えられない。また、被告は原告製SQUIBコネクタの価格情報も取得していたから、タイコ日本は、これを用いて、より安い価格で入札を行ったものと考えられる。
(イ) 原告の第1グループが被告に本件コネクタ情報を示したとき、原告製SQUIBコネクタについて、複数の図面と試作品の現物を被告に渡しており、その図面のうちに甲第6、第7号証の各図面があった。甲第6号証の図面は、原告製SQUIBコネクタの図面であり、原告の名古屋技術センターの4階にあるCADシステムの中に保存されており、図面作成者と統括責任者しか取得することができず、図面作成者がプリントアウトして被告に手渡した。また、原告製SQUIBコネクタの試作品は、部外者が立ち入ることができない名古屋技術センターの4階に保管されていた。原告製SQUIBコネクタは、原告が豊田合成株式会社と共同開発を進めていたものであり、最終納入先であるトヨタ自動車に対しては、甲第6号証の図面は示していなかった。ところが、後日、トヨタ自動車から、甲第6号証の図面とほぼ同じ内容の仕様書が提出された。これは、被告を通じて甲第6号証の図面を取得したタイコ日本が、同図面に記載されたのと同様の製品をトヨタ自動車に対して提案したことによると考えられる。
(ウ) 原告製SQUIBコネクタの具体的な入札価格は、平成13年5月の時点では確定していなかったため、原告は被告に対して具体的な入札価格を知らせていない。しかし、原告は、被告に対し、開発経緯や開発に要した費用、使用する部品や納品ルートを知らせ、試作品や図面も示しているから、これらの情報を総合的に考慮すれば、被告が原告の入札価格を推測することは容易であったはずである。
ウ 被告の出張前後の状況 (ア) 被告は、日本への出張から帰った日の翌日である平成13年5月25日に、タイコオーストラリアの副社長(Vice President of Global Industrial and Commercial)であるXと会い、正式な書面が交付されることを条件にタイコオーストラリアへの転職を決意したとする。しかし、転職という非常に重要な事項をわずか一日で決意したということは常識的には到底信用できない。
(イ) 被告がタイコオーストラリアから給与等の条件を含めた申入れを受けたのが平成13年5月29日であるから、被告が原告から営業秘密を取得した同月20日から24日より前に被告のタイコオーストラリアへの転職がある程度決まっていたことは明らかである。被告も、被告が原告から営業秘密を取得する前にタイコオーストラリアから転職の申入れを受け、面談する日程まで決まっていたことを認めている。原告の営業秘密を取得した5日後に退職して競合会社に転職しているにもかかわらず、その取得した営業秘密を全く利用しなかったということは、到底信用することができない。
(ウ) タイコオーストラリアは、被告の前任者であるYを平成13年5月23日に取締役社長から解任しているが、タイコオーストラリアのような大規模なグループの会社が、後任が決まる前に社長を解任するはずがなく、遅くとも同日時点で、被告がタイコオーストラリアに転職することは確定していたと考えられる。
(エ) 被告を電話によって勧誘したZは、タイコグループのコネクタ部門の世界最高責任者であり、同人が被告に電話をかけたときに被告の勧誘に成功し、
それに基づいてZが被告の前任者の解任を指示したと考えるのが自然である。
(オ) 被告は、原告に対し、平成13年4月2日に最初の出張の申請を提出し、当初の予定は同年5月7日から同月10日までであったが、同年4月11日、飛行機の予約ができなかったという理由で、出張の予定を同年5月20日から同月25日までに延期し、出張について詳細に協議したが、本当に飛行機の予約ができないために出張の予定を延期したのか疑問が残る。
(カ) 被告の日本への出張は、JAUのマネージング・ディレクターであったPの指示や原告の要求ではなく、被告からの強い希望で実現した。被告は、平成13年5月16日、原告に対し、現在の商品群の理解と共に新製品の設計を理解することが出張の主要な目的であると連絡した。JAUは、オーストラリアにおける原告の製品の販売会社であり、開発などは手がけていないのであるから、新製品の設計などを知る必要はないはずであるにもかかわらず、新製品の設計の理解を出張の目的に掲げ、そのような情報の提示を求めたのは、競合会社であるタイコオーストラリアへの転職が決まっており、そのような情報を転職先であるタイコオーストラリアへ開示するためであったと考えられる。
(キ) 原告の海外の子会社の現地責任者が日本に出張する場合、その主な目的は、現地での販売状況等を日本に報告することであり、被告の出張におけるほど様々な技術情報を取得していくことはない。別紙1記載の予定は、被告が作成したものであり、しかも、被告は、サンプルまで欲しいと言って、原告の販売前の製品まで持ち帰った。このような被告の態度からすれば、転職前に原告の情報を出来る限り集めようとしていたことがうかがわれる。
営業秘密の不正取得 上記アないしウ記載の事情に照らせば、被告は、タイコオーストラリアに転職することが決まっており、又は最終的に決まっていなくとも転職の可能性があったにもかかわらず、これを秘匿して日本に出張し、原告から本件説明情報を不正に取得して、タイコオーストラリアに開示したと考えられ、また、原告から在職中に示された営業秘密不正の利益を得る目的若しくは原告に損害を加える目的でタイコオーストラリアに開示したと考えられる。そして、タイコ日本は、タイコオーストラリアから本件説明情報を入手し、そのうち本件コネクタ情報中の構造に関する情報を用いて乙8コネクタを製作し、本件コネクタ情報中の価格に関する情報を用いて安い価格でトヨタ自動車のSQUIBコネクタの入札に参加し、落札したものと考えられる。
(4) 転職の秘匿による不法行為 被告は、日本へ出張する前に、タイコオーストラリアへ転職することが決まっており、又は転職が最終的に決まっていなくても転職の可能性があり、しかも日本への出張は急を要するものでなかったのであるから、被告は、原告に対し、出張を中止するか少なくとも延期する信義則上の義務を負っていた。それにもかかわらず、被告は、出張を中止し又は延期することなく、原告の費用をもって出張したものであり、これは不法行為を構成する。
(5) 損害 ア 被告が原告の営業秘密である本件コネクタ情報を不正に取得してタイコオーストラリアに開示し、又は原告から在職中に示された営業秘密不正の利益を得る目的若しくは原告に損害を加える目的でタイコオーストラリアに開示したことにより、タイコ日本が本件コネクタ情報を利用してトヨタ自動車のサイドエアバッグ用コネクタを落札し、原告は、トヨタ自動車に対してサイドエアバッグ用コネクタを納入することができなくなり、また、原告製SQM/SQHコネクタの価格をタイコ日本製コネクタの価格と同水準まで下げなければならなくなった。これによる損害は、価格の見直しによるものだけでも年間5億円ほどになる。
原告は、被告が、原告の営業秘密である本件コネクタ情報及びその他の本件説明情報を不正に取得して開示し、又は在職中に示された本件説明情報を不正に開示したことにより、更に多額の損害を被った。原告は、被告に対し、本件において、その損害の一部である500万円を請求する。
イ 原告は、被告が転職すること又は転職する可能性のあることを知っていたならば、被告の出張を許可しなかったであろうから、被告のために原告が支出した出張費用は、転職の秘匿による不法行為(前記(4))と相当因果関係のある損害である。原告は、被告の日本への出張のために別紙2のとおり合計20万9869円の出張費用を支出したから、被告の転職の秘匿による不法行為(前記(4))により20万9869円の損害を被った。
2 原告の主張に対する認否及び被告の主張 (1)ア 原告の主張(1)(営業秘密)ア(情報)のうち、原告が被告に説明した情報の中に原告製SQUIBコネクタに関する情報があったことは認め、本件説明情報及び本件コネクタ情報が原告の営業秘密であることは否認し、その余の事実は不知であり、主張は争う。
イ 原告の主張(1)イ(秘密管理性)のうち、本件コネクタ情報が秘密として管理されていたこと、本件コネクタ情報が秘密情報であることを被告が容易に理解し得たはずであるということは否認し、その余の事実は不知であり、主張は争う。
被告は、原告から原告製SQUIBコネクタに関する情報を示されたが、何ら守秘義務を課せられておらず、また、営業秘密であることを知らされていなかった。原告は、関連会社の取締役とはいえ、原告の外部の者である被告に対して何ら秘密を保持する措置を講じることなく本件コネクタ情報を示しているから、その情報が秘密として管理されていたとはいえない。本件コネクタ情報は公知であったから、被告がそれを秘密であると認識し得るはずはない。
ウ 原告の主張(1)ウ(有用性)の事実は否認し、主張は争う。
エ 原告の主張(1)エ(非公知性)の事実は否認し、主張は争う。
後記(3)イ(イ)記載のとおり、原告が被告に示した本件コネクタ情報等の情報は公知のものであった。
(2)ア 原告の主張(2)(情報の取得)アのうち、被告が原告から原告製SQUIBコネクタに関する情報を示されたことは認め、原告が平成13年5月ころ、サイドエアバッグモジュールメーカーと原告製SQUIBコネクタの共同開発を進めていたことは不知であり、その余の事実は否認し、主張は争う。
イ 原告の主張(2)イのうち、被告がオーストラリアでの業績を上げるために必要であると言って積極的に様々な質問をし情報を入手したことは否認し、その余の事実は不知であり、主張は争う。
(3)ア(ア) 原告の主張(3)(不正取得若しくは不正開示を裏付ける事実)ア(コネクタの構造の類似性)(ア)ないし(ウ)のうち、FCIがトヨタ自動車に従前から納入していたコネクタが、小型化するために端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術を採用していたこと、タイコ日本製のコネクタが、端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術を採用するとともに、
半嵌合検知・防止機能を備えていたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
(イ)a 原告製SQSコネクタは、原告製SQUIBコネクタと同じ構造の半嵌合検知・防止機能を備えていたところ、原告製SQSコネクタの取扱説明書(乙第6号証)には、制定日として「2000年(平成12年)8月29日」と記載されており、取扱説明書は、顧客に対して製品を販売する際に交付されるものであるから、
原告製SQSコネクタは、平成12年8月には製品として製造販売され、公知となっていたはずである。同取扱説明書の改正履歴表からしても、原告製SQSコネクタについて、半嵌合検知・防止機能又はハウジングの内側の隙間にロッキングボタンが入り込む構造に関する改正は、同取扱説明書の制定後行われていないから、このような機能又は構造が同取扱説明書の制定後付加されたということはなく、制定時から備えられていたはずである。
したがって、原告製SQUIBコネクタと同じ構造の半嵌合検知・防止機能は、平成12年8月当時には公知であった。
b タイコ日本は、平成12年10月に、乙9コネクタを製造販売していた。乙9コネクタは、コネクタとガス・ジェネレータが半嵌合の状態では、ロッキングボタンがハウジングから浮き上がった仮係止位置にあることにより半嵌合を検知することができるようになっており、コネクタとガス・ジェネレータが嵌合すると、ロッキングボタンは、ロッキングボタンの上面とハウジングの上面が同一面になる本係止位置まで押し込まれて固定され、半嵌合が生じないようになるという半嵌合検知・防止機能を備えていた。
c このように、半嵌合検知・防止機能を備えるコネクタは、平成13年5月当時、既に公知であり、半嵌合検知・防止機能に関する情報は営業秘密ではなかった。
(ウ) ティーアールダブリュー・インコーポレーテッドが平成5年10月12日出願し(特願平5-254350号)、平成6年7月26日出願公開された特許(発明の名称 電機接続装置)に係る特開平6-208865号公報(乙第12号証。以下「乙12公報」という。)に記載されたコネクタは、係止クリップ70(ロッキングボタンに相当する。)が基部74と該基部74から突出する一対の可撓性脚部76とを具備し、該脚部76は、本体55(ハウジングに相当する。)に形成された開口部78内に伸長し、掛止め脚部62とプラグ伸長部56の中央部分との間に入り得るような寸法及び形状となっており、原告製SQUIBコネクタと同様に、コネクタのハウジングの内側の隙間にロッキングボタンが入り込む構造を有する。そして、係止クリップ70の脚部76が所定位置、すなわちハウジングの内側の隙間(開口部78)に入り込んだ状態にあるとき、ハウジングの脚部62の撓みが阻止され、拘束部64(ハウジングの突起部分に相当する。)を溝24(ガス・ジェネレータの溝に相当する。)から非係合状態にすることができなくなるため、
プラグ12(コネクタに相当する。)は、ジャック10(ガス・ジェネレータに相当する。)と機械的に相互に係止され、接続が誤って外れるおそれは少なくなる(半嵌合防止機能)。また、この相互に係止した位置にあるとき、係止クリップ70は、乙12公報の図2に示されるように配置され、構成要素が互いに適正に係止されたことが視覚的に認識可能となる(半嵌合検知機能)。
このように乙12公報に記載されたコネクタは、コネクタのハウジングの内側の隙間にロッキングボタンが入り込む構造を有し、半嵌合検知・防止機能を備えていたから、これらの構造と機能は、平成13年5月の時点で公知であり、
営業秘密となり得ないことは明らかである。
(エ)a 乙8コネクタは、ガス・ジェネレータと半嵌合の場合、ロッキングボタン中央上部の突起@(以下、乙8コネクタの部位は、別紙3「乙8コネクタ」記載の番号により示す。別紙3の図A-T、U)がハウジング中央の突起D(別紙3の図A-U)に干渉するため、ロッキングボタンを仮係止位置までしか押し下げることができず、ロッキングボタンがハウジングから浮き上がった状態となり、半嵌合であることを検知することができる(半嵌合検知機能)。
コネクタを半嵌合の状態から更にガス・ジェネレータに押し込むと、ガス・ジェネレータの中央の突起E(別紙3の図A-U、V)によってロッキングボタン中央下部の突起A(別紙3の図A-T、U)が押されてロッキングボタンの中央が左右に押し広げられ、ロッキングボタン中央上部の突起@とハウジング中央の突起Dの干渉が解除され、ロッキングボタンを、ロッキングボタンの上面がハウジングの上面と同一面となる本係止位置まで押し込むことができるようになる。
ロッキングボタンが本係止位置まで押し込まれると、ロッキングボタンの下方の左右の部分B(別紙3の図A-T、W)が、別紙3の図A-Wに示されるようにハウジング本体のハウジング中央部Fとハウジングの脚部Gとの間の隙間に入り込み、別紙3の図A-Xに示されるようにハウジングの脚部Gが左右それぞれ2方向ずつに変位してガス・ジェネレータの溝に嵌り、また、別紙3の図A-Wに示されるようにロッキングボタンの左右の内側の突起C(別紙3の図A-T、
W)がハウジング本体の中央部の左右に引掛かり、ロッキングボタンが浮き上がるのが防止され、ハウジングとガス・ジェネレータとの嵌合状態が維持される(半嵌合防止機能)。
b 原告製SQUIBコネクタは、半嵌合の場合、ロッキングボタンの下方先端部の突起J(以下、原告製SQUIBコネクタの部位は、別紙4「原告製SQUIBコネクタ」記載の番号により示す。別紙4の図B-T、U)がハウジングの突起K(別紙4の図B-T)に干渉するため、ロッキングボタンは本係止位置まで押し込むことができず、仮係止位置でハウジングから浮き上がった状態となり、半嵌合であることを検知することができる(半嵌合検知機能)。
コネクタを半嵌合の状態から更にガス・ジェネレータに押し込むと、ロッキングボタンの下方の突起L(別紙4の図B-T、U、V、X)がガス・ジェネレータのホルダーの金属部分の傾斜面M(別紙4の図B-V、W)に接触して内側に押し込まれ、ロッキングボタンの下方先端部の突起Jとハウジングの突起Kの干渉が解除され、ロッキングボタンを、ロッキングボタンの上面がハウジングの上面と同一面となる本係止位置まで押し込むことができるようになる。
ロッキングボタンが本係止位置に押し込まれると、ハウジングの脚部の突起N(別紙4の図B-V、X)が左右それぞれ単一方向に変位してガス・ジェネレータの溝O(別紙4の図B-Y)に嵌り、また、ロッキングボタンの下方の突起Lがガス・ジェネレータの溝Oに嵌り、ロッキングボタンが浮き上がるのが防止され、ハウジングとガス・ジェネレータとの嵌合状態が維持される(半嵌合防止機能)。
c 乙8コネクタは、ロッキングボタンの中央に中央上部の突起@と中央下部の突起Aがあるが、ハウジング本体のハウジング中央部Fとハウジングの脚部Gとの間の隙間に入り込むロッキングボタンの下方の左右の部分Bには、突起はなく、この部分はハウジングの内側に入り込んでハウジングを左右それぞれ2方向に変位させる役割を果たす。そして、ロッキングボタンの左右の内側の突起Cがハウジング本体の中央部の左右に引掛かり、ロッキングボタンが浮き上がるのが防止される。
これに対し、原告製SQUIBコネクタでは、ロッキングボタンに下方先端部の突起Jと下方の突起Lがあり、ロッキングボタンがハウジングの内側に入り込んでハウジングを変位させるが、ハウジングが左右それぞれ1方向に変位するのみである。また、ロッキングボタンそのものがガス・ジェネレータの溝に嵌り込んでその浮き上がり防止しており、乙8コネクタとは構造が全く異なる。
乙8コネクタは、ロッキングボタンの脚部とハウジングの脚部が接する面が平面であり、ハウジングの脚部は左右それぞれ1方向ずつではなく左右それぞれ2方向ずつに角度を付けて押し広げられ、ガス・ジェネレータとの嵌合を維持する力が強化されているのに対し、原告製SQUIBコネクタは、ハウジングの脚部は左右それぞれ1方向ずつに押し広げられるだけであるから、この点でも、乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタの構造は異なる。
d このように、乙8コネクタと原告製造SQUIBコネクタの半嵌合検知・防止機能の構造は全く異なるから、タイコ日本が被告の取得した原告の技術情報を用いて乙8コネクタを開発したということはあり得ない。
イ(ア) 原告の主張(3)イ(トヨタ自動車の入札)(ア)ないし(ウ)のうち、トヨタ自動車のサイドエアバッグ用コネクタの入札においてタイコ日本が落札したことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
(イ) SQUIBコネクタは、自動車が衝突した際、その衝突を感知したセンサーが発する信号をエアバッグに伝達してエアバッグを作動させるためのコネクタであり、ヨーロッパでは1980年代から開発、製品化がされており、タイコ日本は我が国でも平成8年からSQUIBコネクタを製造販売している。乙8コネクタは、平成8年当時に製造されていたSQUIBコネクタと比較して、機能、構造に基本的な変更はない。原告が被告に示した本件コネクタ情報は、開発中の原告製SQUIBコネクタに関する情報といっても、既存のSQUIBコネクタに関する情報と変わりはなく、非公知の情報ではなかった。
原告製SQUIBコネクタも乙8コネクタも、既に製品化されているSQUIBコネクタを元に、トヨタ自動車が要求する仕様に従って開発されたものであるから、両者が類似するのは当然であり、類似していることをもって、被告がタイコに本件コネクタ情報を開示したことの根拠とすることはできない。
(ウ) タイコ日本は、平成13年5月ころ、トヨタ自動車の第1開発センター第1ボデー設計部から、平成15年に発売する自動車に装備するサイドエアバッグのために従来よりも小型のSQUIBコネクタが必要になったという情報を入手し、
乙8コネクタの開発を始めたものであるが、乙8コネクタには、特に新規の技術等は用いられていなかった。また、平成13年12月3日に行われたトヨタ自動車のSQUIBコネクタの入札のプレゼンテーションの際には、完成品や試作品を提示することまでは要求されていなかったから、タイコ日本は、それまでにプレゼンテーションに必要な限度で乙8コネクタの開発を行うことが十分に可能であった。全く新規の製品を開発する場合は、需要を発掘してから最終的に量産、納入するまでに2年間ほど要するが、これは、乙8コネクタのように既に製品化されているものの仕様を納入先の要求に応じて変更するだけの場合には、当てはまらない。乙8コネクタは、入札後に金型作成、初期評価、耐久評価、金型調整等を行い、平成15年2月ころから量産を開始する予定であり、開発の開始から入札までの期間に製品開発が完了して量産できる状態になっていたのではないから、開発開始から入札までの期間が短いことをもって、被告が原告から取得した本件コネクタ情報をタイコに開示したことの根拠とすることはできない。
(エ) タイコ日本は、乙8コネクタの価格について、材料費、開発費、製造に要する時間、採算性、及びトヨタ自動車から目標価格として1個当たり20円と提示されたことを考慮し、タイコ日本がトヨタ自動車に納入している運転席・助手席用エアバッグのコネクタの価格25円の7割程度の価格を提示すれば、SQUIBコネクタの入札において原告及びFCIより有利な条件になると推測し、乙8コネクタの1個当たりの価格を17.5円と決定した。トヨタ自動車がSQUIBコネクタの入札を行うことが決まったのは平成13年8月ころであり、被告が原告から情報を示されたとされる同年5月の時点では、原告製SQUIBコネクタの入札価格が決まっていたとは考えられず、被告が原告製SQUIBコネクタの具体的な入札価格の情報を入手することは不可能であった。被告が原告から取得したのは、コネクタの価格に関するごく一般的、抽象的な情報のみである。
ウ(ア) 原告の主張(3)ウ(被告の出張前後の状況)(ア)ないし(キ)のうち、
被告が、日本への出張から帰った日の翌日である平成13年5月25日に、タイコオーストラリアの副社長(Vice President of Global Industrial and Commercial)であるXと会ったこと、被告が同月29日、タイコオーストラリアから給与等の条件を含めた申入れを受けたこと、被告がZから電話によって勧誘を受けたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
(イ) 被告は、平成13年1月にJAUのマネージング・ディレクターに就任するに当たり、JAUのマネージング・ディレクターであったPから、少なくとも年に1、2回、特に原告の営業年度(4月1日から翌年の3月31日まで)の終了後直ちに、原告代表者であるQを訪問し、JAUの営業成績につき報告するよう指示を受けた。また、被告は、Pから、@月次報告書の作成手続、A稟議書の作成、BQへの対応の仕方、C原告のイントラネットソフトウェアの取扱方法、D問題が生じた場合の全世界の原告グループの連絡先等が記載された指示書を受領し、その指示書には、年に2回はQを訪問するようにとの指示が記載されていた。平成13年1月8日付けのPから被告に対する電子メールには、同月5日のPとQとのミーティングの際、PがQに対し、Pが被告に日本への出張を提案した旨報告したことが記載されている。
JAUにおいては、役員又は従業員が海外出張をする場合には、稟議書を原告に送付し、Q又は原告の会長であるRの承認を受けなければならないこととされており、被告は、平成13年3月ないし4月初旬ころに、日本への出張の承認を求める稟議書を原告に送付し、西本の承認を受けた。被告は、当初、平成13年4月29日から同年5月4日まで日本に出張することを計画していたが、飛行機の予約を取ることができなかったため、やむを得ず同年5月20日から25日に出張を延期した。
このように、被告の日本への出張は、平成13年1月から提案されており、遅くとも同年3月ないし4月初旬ころには具体的に計画されていた。
(ウ) 被告は、平成13年5月17日の午前11時ころ、JAUのメルボルン事務所において、タイコのZから電話を受け、約15分ないし20分程度、タイコオーストラリアの会社の概要や今後空きが生じる役職について説明を受けた。この電話が、被告に対するタイコオーストラリアへの転職の最初の勧誘であった。同日午後8時ころ、Zから再び電話があり、その際、被告は、タイコオーストラリアに転職した場合に上司となる副社長のXと、タイコオーストラリアの会社の概要等について話した。被告は、この電話において、Xと平成13年5月25日に会う約束をしたが、この電話の時点では、報酬等の条件の提示はなく、未だタイコオーストラリアへの転職を決意していなかった。このような転職の勧誘の電話は、オーストラリアでは珍しいことではなく、被告はJAUに在職中、JAUの取引先2社から転職の勧誘を受けた。
被告は、日本への出張を終えてオーストラリアへ帰国した後の平成13年5月25日の午前11時ころ、シドニーのコーヒーショップでXと会い、被告のために用意されている役職の詳細、職務内容、報酬等について協議した。被告は、正式な書面による確認書が交付されることを条件に、タイコオーストラリアへの転職を決意した。
他方、被告は、オーストラリアへの帰国後、JAUのメルボルン事務所で会議を開き、日本への出張の内容をJAUのフィールド・セールス・チームに報告し、
出張中に被告が書き取ったメモや、被告が原告から取得した製品のサンプルをすべてJAUの担当者に渡した。
被告がJAUのマネージング・ディレクターに就任した時の報酬は年額7万6367オーストラリアドルであったが、同じくマネージング・ディレクターであったPの報酬は年額9万2000オーストラリアドル、被告の部下でありジェネラル・マネージャーであったバリー・プレデューの報酬は年額8万6608オーストラリアドル、前セールス・ディレクターであった者の退職時の報酬は年額11万オーストラリアドルであった。被告は、JAUのマネージング・ディレクターの職責に鑑みて、その適正な報酬は年額10万オーストラリアドル程度であると考えており、また、他のJAUの役員と比較しても被告の報酬は低額であったことから、報酬額に不満を抱いており、Qに増額を打診したが、平成13年4月以降、年額7万8658オーストラリアドルになったのみであった。これに対し、タイコオーストラリアの報酬は年額24万オーストラリアドルであり、更に実績に応じたボーナス、5000株のストックオプションの付与があり、報酬等の条件がJAUよりもよく、被告にとって満足できるものであった。そこで、被告は、平成13年5月17日に最初の転職の勧誘を受け、その後1度タイコオーストラリアの役員に会ったのみで、短期間に転職を決意した。
(エ) 被告は、日本へ出張する前は、転職するかどうか全く未定であった。そして、JAUのマネージング・ディレクターであったPから日本へ出張するように指示を受けていたこと、日本への出張は平成13年1月に提案され、同年3月ないし4月初旬ころに具体的に計画されていたことから、出張を行ったのであり、これは、JAUのマネージング・ディレクターであった被告としては当然の行為である。
被告は、JAUのマネージング・ディレクターの職務遂行の一環として原告から情報を取得したのであり、被告による情報の取得は不正にされたものではない。
エ 原告の主張(3)エ(営業秘密の不正取得)の事実は否認し、主張は争う。
被告は、日本への出張中に原告から取得した情報をタイコオーストラリアで利用するようなことはしていない。
(4) 原告の主張(4)(転職の秘匿による不法行為)の事実は否認し、主張は争う。
転職の勧誘はオーストラリアでは珍しいことではなく、日常的に行われている。被告は、日本への出張の前に、タイコオーストラリアから転職に興味があるかを確認するための電話を受けたのみで、確定的な採用の申出を受けていたわけではなく、また、報酬等の条件の提示も受けていなかった。転職を検討していることを勤務先に報告する場合、勤務先との関係が悪化する可能性があるため、転職することがある程度決まってから報告するのが通常であるが、被告は、日本へ出張した時点では、転職を考え始めたばかりで、転職するかどうかは全く未定であり、JAUや原告に報告する段階には到底至っていなかった。このような事情からすると、単に被告がタイコオーストラリアのXと面談することが決まっていたからといって、それにより、転職の可能性があることをJAU又は原告に報告しなかったことにつき違法性があるということはできない。
(5)ア 原告の主張(5)(損害)アの事実は否認し、主張は争う。
被告は原告から営業秘密を不正に取得していないし、原告から取得した情報をタイコに開示していないから、原告がトヨタ自動車に原告製SQUIBコネクタを納入することができなくなり、また、原告製SQM/SQHコネクタの価格下げなければならなくなったとしても、それは、競合他社であるタイコ日本との競争により生じた結果であり、被告による不正競争又は不法行為による損害ではない。原告の主張に係る年間5億円の損害の算定根拠も明らかではない。
イ 被告の日本への出張は、原告の営業秘密を不正取得するために行われたものではなく、JAUのマネージング・ディレクターとしての職責を果たすために行われたものであるから、出張費用を損害ということはできない。また、被告の出張費用は原告ではなくJAUが負担しているから、原告が被告に対して出張費用を請求することは不当である。
(6) 以上のとおり、被告は日本に出張して原告製SQUIBコネクタに関する情報を取得したが、それは営業秘密に該当するものではなく、また、被告はその取得した情報をタイコ日本に対して開示しておらず、被告による情報所得により原告に損害を生じることもあり得ない。したがって、本件において、被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたということはできず、我が国の裁判所に管轄権は認められない。
当裁判所の判断
1 我が国に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟及び不正競争防止法に基づく損害賠償請求訴訟につき、民事訴訟法の不法行為地の裁判籍の規定(民事訴訟法5条9号)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、原則として、被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りると解するのが相当である。けだし、この事実関係が存在するなら、通常、被告を本案につき応訴させることに合理的な理由があり、国際社会における裁判機能の分配の観点からみても、我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連があるということができるからである(最高裁判所平成13年6月8日第二小法廷判決・民集55巻4号727頁参照)。
本件は、@被告が原告の競合会社であるタイコオーストラリアに転職予定であることを秘匿して、原告を欺罔し、原告の営業秘密を不正に取得してこれをタイコオーストラリアに開示し、同情報がタイコオーストラリアの関連会社であるタイコ日本によって利用されたことにより、原告が営業上の損害を被ったこと、及びA被告が転職を秘匿して日本に出張し、原告に費用を出捐させたことが不法行為を構成することを理由として、不正競争防止法4条及び不法行為による損害賠償請求をしている。国際裁判管轄について先に判示したところを本件についてみると、本件において、我が国の裁判所の国際裁判管轄が肯定されるためには、上記@に関しては、少なくとも、被告が原告の保有する技術上又は営業上の情報で公然と知られていないものを取得し、これが利用されたことにより営業上の損害を生じたという客観的事実関係が証明されることが必要であるというべきである。また、上記Aに関しては、@についての国際裁判管轄が認められる場合に併合請求としての国際裁判管轄が認められることは別論として、日本法人の外国子会社の役員が、転職の可能性がありながら親会社の費用で我が国に出張したという事実があっても、それだけでは、通常不法行為を構成するものとはいえないから、そのような客観的事実が立証されるだけでは、国際裁判管轄を肯定するには足りず、少なくとも、出張時に転職が決まっていたか、又は転職の可能性にとどまっていたとしても、出張を中止ないし延期すべき信義則上の義務を肯定するに足りる客観的事情が存在したことが証明される必要があると解するのが相当である。
以下、この観点から検討する。
2 原告の主張(3)(不正取得若しくは不正開示を裏付ける事実)ア(コネクタの構造の類似性)について検討する。
(1) 原告の主張(3)ア(ア)ないし(ウ)のうち、FCIがトヨタ自動車に従前から納入していたコネクタが、小型化するために端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術を採用していたこと、タイコ日本製のコネクタが、端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術を採用するとともに、半嵌合検知・防止機能を備えていたことは、当事者間に争いがない。
(2) 上記当事者間に争いのない事実と甲第6ないし第16号証(後記5記載の採用することができない部分を除く。)、第19号証、乙第5ないし第14号証及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア 半嵌合検知・防止機能の意義 エアバッグ用のコネクタは、ガス・ジェネレータに嵌合し、コネクタに設けられた凹凸等とガス・ジェネレータに設けられた凹凸等が噛み合ってロックするとともに、コネクタに付属する金属製の雌端子がガス・ジェネレータに付属する金属製の雄端子と結合する。半嵌合とは、コネクタに付属する雌端子部分とガス・ジェネレータに付属する雄端子部分が接触しているにもかかわらず、コネクタに設けられた凹凸等とガス・ジェネレータに設けられた凹凸等が完全に噛み合わず、ロックが掛かっていない状態のことであり、半嵌合の状態では自動車が衝突しても電気信号が通じずエアバッグが開かない場合があるので、このような状態を検知し、
防止することが必要である。
イ 乙9コネクタ(タイコ日本製スリムコネクタ) タイコ日本は、平成12年10月から乙9コネクタを製造販売していた。乙9コネクタは、半嵌合検知・防止機能を備えていたが、嵌合の状態においては、ロッキングボタンが下がったとき、ハウジング本体にあるテーパーの壁にロッキングボタンが当たり、ロッキングボタンの脚部が撓んで開き、その脚部の先端の突起がガス・ジェネレータの溝に嵌ってロックする構造であり、ロッキングボタンがハウジングの内側の隙間に入り込んで嵌合状態を維持するという乙8コネクタの構造を備えていなかった。
ウ 乙8コネクタ(タイコ日本製コンパクトコネクタ)と原告製SQUIBコネクタの共通点 (ア) 結合部分の小型化 乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタは、いずれも、小型化するために端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術を採用していた。
(イ) ロッキングボタンの挿入 乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタは、いずれも、コネクタをロッキングボタンとハウジングにより構成し、半嵌合の状態ではロッキングボタンがハウジングから浮き上がることにより半嵌合であることを検知することができるようにし(半嵌合検知)、いったん完全に嵌合すれば、ロッキングボタン上面がハウジング上面と同一面になるまで押し込まれ、ロッキングボタンがハウジングから浮き上がることはなく、コネクタとガス・ジェネレータが半嵌合の状態に戻ることはないようにする(半嵌合防止)という半嵌合検知・防止機能を備えていた。そして、半嵌合検知・防止機能を備えるために、ハウジングの内側の隙間にロッキングボタンが入り込む構造が採られていた(この点で乙9コネクタと構造が異なる。)。
エ 乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタの相違点 (ア) 乙8コネクタについて、半嵌合検知・防止機能、及びそれを実現するためのロッキングボタン、ハウジングの構造は、次のとおりである。
a 半嵌合を生ずる構造 乙8コネクタは、ガス・ジェネレータと半嵌合の場合、ロッキングボタン中央上部の突起@がハウジング中央の突起Dに干渉するため、ロッキングボタンを仮係止位置までしか押し下げることができず、ロッキングボタンがハウジングから浮き上がった状態となり、半嵌合であることを検知することができる(半嵌合検知機能)。
b 半嵌合を解除する構造 コネクタを半嵌合の状態から更にガス・ジェネレータに押し込むと、ガス・ジェネレータの中央の突起Eによってロッキングボタン中央下部の突起Aが押されてロッキングボタンの中央が左右に押し広げられ、ロッキングボタン中央上部の突起@とハウジング中央の突起Dの干渉が解除され、ロッキングボタンを、ロッキングボタンの上面がハウジングの上面と同一面となる本係止位置まで押し込むことができるようになる。
c 半嵌合防止を実現する構造 ロッキングボタンが本係止位置まで押し込まれると、ロッキングボタンの下方の左右の部分Bが、別紙3の図A-Wに示されるようにハウジング本体のハウジング中央部Fとハウジングの脚部Gとの間の隙間に入り込み、別紙3図のA-Xに示されるようにハウジングの脚部Gが左右それぞれ2方向ずつに変位してガス・ジェネレータの溝に嵌り、また、別紙3の図A-Wに示されるようにロッキングボタンの左右の内側の突起Cがハウジング本体の中央部の左右に引掛かり、ロッキングボタンが浮き上がるのが防止され、ハウジングとガス・ジェネレータとの嵌合状態が維持される(半嵌合防止機能)。
d ロッキングボタンの構造 ロッキングボタンの中央に中央上部の突起@と中央下部の突起Aがあるが、ハウジング本体のハウジング中央部Fとハウジングの脚部Gとの間の隙間に入り込むロッキングボタンの下方の左右の部分Bには、突起はなく、この部分はハウジングの内側に入り込んでハウジングの脚部Gを左右それぞれ2方向に変位させる役割を果たす。そして、ロッキングボタンの左右の内側の突起Cがハウジング本体の中央部の左右に引掛かり、ロッキングボタンが浮き上がるのを防止する。
ロッキングボタンの脚部とハウジングの脚部が接触する部分において、ロッキングボタンの脚部の接触部は左右それぞれ外側2方向に向いた平面とされており、他方、ハウジングの脚部は2つに分かれ、接触部が平面とされているから、ハウジングの脚部Gは左右それぞれ2方向に角度を付けて押し広げられる。
(イ) 原告製SQUIBコネクタについて、半嵌合検知・防止機能、及びそれを実現するためのロッキングボタン、ハウジングの構造は、次のとおりである。
a 半嵌合を生ずる構造 原告製SQUIBコネクタは、半嵌合の場合、ロッキングボタンの下方先端部の突起Jがハウジングの突起Kに干渉するため、ロッキングボタンは本係止位置まで押し込むことができず、仮係止位置でハウジングから浮き上がった状態となり、半嵌合であることを検知することができる(半嵌合検知機能)。
b 半嵌合を解除する構造 コネクタを半嵌合の状態から更にガス・ジェネレータに押し込むと、ロッキングボタンの下方の突起Lがガス・ジェネレータのホルダーの金属部分の傾斜面Mに接触して内側に押し込まれ、ロッキングボタンの下方先端部の突起Jとハウジングの突起Kの干渉が解除され、ロッキングボタンを、ロッキングボタンの上面がハウジングの上面と同一面となる本係止位置まで押し込むことができるようになる。
c 半嵌合防止を実現する構造 ロッキングボタンが本係止位置に押し込まれると、ハウジングの脚部の突起Nが左右それぞれ1方向に変位してガス・ジェネレータの溝Oに嵌り、また、ロッキングボタンの下方の突起Lがガス・ジェネレータの溝Oに嵌り、ロッキングボタンが浮き上がるのが防止され、ハウジングとガス・ジェネレータとの嵌合状態が維持される(半嵌合防止機能)。
d ロッキングボタンの構造 ロッキングボタンに下方先端部の突起Jと下方の突起Lがあり、ロッキングボタンは、ハウジングの内側に入り込んでハウジングを変位させるが、それとともに、ロッキングボタンの下方の突起Lがガス・ジェネレータの溝Oに嵌り、ロッキングボタンが浮き上がるのが防止される。
ロッキングボタンの脚部とハウジングの脚部が接触する部分において、ロッキングボタンの脚部の接触部及びハウジングの脚部の接触部はいずれも平面とされているから、ハウジングの脚部の突起Nは左右それぞれ1方向に押し広げられる。
以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) 乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタの共通点の非公知性の有無 ア 結合部分の小型化の技術について 前記(2)ウ(ア)記載の結合部分の小型化の技術が非公知であったかについて検討する。
前記(1)記載のとおり、コネクタを小型化するために端子と電線の結合部分をフェライトの穴の中に収めるという技術は、FCIがトヨタ自動車に納入していたコネクタに従前から採用されており、遅くとも平成13年5月21日の時点において公知であった。
イ ロッキングボタンの挿入の技術について (ア) 前記(2)ウ(イ)記載のロッキングボタンの挿入の技術が非公知であったかについて検討する。
乙第12号証によれば、乙12公報(特開平6-208865号)は、ティーアールダブリュー・インコーポレーテッドが平成5年10月12日出願し(特願平5-254350号)、平成6年7月26日出願公開された特許(発明の名称 電気接続装置)に係り、同公報には次のとおり記載されていることが認められる。
「望ましくは、本発明の一つの特徴によれば、接続構成要素10、12の接続が誤って外れないように脚部62をその掛止位置に係止する手段が設けられる。該実施例において、この係止手段は、固着要素、又は可撓性の接続要素72により第二の構成要素12に接続された係止クリップ70を備えている。該係止クリップ70は、基部74と、該基部74から突出する一対の可撓性脚部76と、を備えている。該脚部76は、本体55に形成された開口部78内に伸長し、又、掛止め脚部62とプラグ伸長部56の中央部分との間に入り得るような寸法及び形状にしてある。この関係は、図5、図12及び図14に最も良く示してある。これらの図面に図示するように、係止クリップの脚部76が所定位置にあるとき、脚部62の撓みが阻止され、従って、拘束部64を溝24から非係合状態にすることが出来なくなる。このため、プラグ12は、ジャック10と機械的に相互に係止され、
接続が誤って外れる虞れは少なくなる。更に、この相互に係止した位置にあるとき、係止クリップ70は、図1に示すように配置され、構成要素が互いに適正に係止されたことを視覚的に認識可能に表示する。」(【0030】。なお、この記載中の「図1」は、「図2」の誤りと認められる。) (イ) 前記(2)冒頭掲記の証拠によれば、乙12公報に記載された各部位は、原告製SQUIBコネクタ、乙8コネクタの各部位に、次のとおり該当するものと認められる。
第一の接続構成要素10はガス・ジェネレータ、第二の接続構成要素12はコネクタに該当する。
脚部62は、コネクタのハウジングのうち、ガス・ジェネレータに嵌るハウジングの脚部に該当する。
係止クリップ70はロッキングボタンに該当し、基部74は、ロッキングボタンの上面で、ハウジングの上面と接触する部分に該当し、可撓性脚部76は、ロッキングボタンの脚部に該当する。
本体55は、ハウジングの本体に該当し、開口部78は、ハウジングの中央部と脚部の間の隙間に該当し、プラグ伸長部56は、ハウジング中央部に該当する。
拘束部64は、ハウジングの脚部の突起に該当し、溝24は、マイクロ・ガス・ジェネレータの溝で、ハウジングの脚部が嵌るものに該当する。
なお、可撓性の接続要素72は、第二の接続構成要素12と係止クリップ70を接続するものであるが、乙8コネクタ及び原告製SQUIBコネクタには、これに該当する部分は存在しない。
(ウ)a 前記(イ)の認定によれば、乙12公報の前記(ア)記載の部分には、ロッキングボタンの脚部が、ハウジングの中央部と脚部の隙間に入り込むこと、ロッキングボタンの脚部がハウジングに完全に嵌り込んだ位置にあるとき、ハウジングの脚部の撓みが阻止され、ハウジングの脚部の突起をガス・ジェネレータの溝から外すことができなくなり、そのため、コネクタはガス・ジェネレータと嵌合し、接続が誤って外れるおそれが少なくなること、コネクタとガス・ジェネレータが嵌合した位置にあるとき、図2に示されたようにロッキングボタンの上面がハウジングの上面に接し、コネクタとガス・ジェネレータが嵌合したことを視覚的に認識し得ることが記載されているものと認められる。
b 上記aの認定事実を、乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタに共通する前記(2)ウ(イ)記載のロッキングボタンの挿入の技術と対比すると、乙12公報には、コネクタのハウジングの内側の隙間にロッキングボタンが入り込んでコネクタとガス・ジェネレータが嵌合すること、完全に嵌合すると、ロッキングボタン上面がハウジング上面と接するまで押し込まれ、ハウジングの脚部の突起をガス・ジェネレータの溝から外すことができなくなり、半嵌合の状態に戻ることはなく、嵌合状態が維持されること(半嵌合防止機能)が記載されているものと認められる。また、乙12公報には、半嵌合の場合にロッキングボタンを本係止位置まで押し込むことができず、仮係止位置でハウジングから浮き上がった状態となることは記載されていないが、コネクタとガス・ジェネレータが嵌合した位置にあるとき、ロッキングボタンの上面がハウジングの上面に接し、コネクタとガス・ジェネレータが嵌合したことを視覚的に認識し得ることが記載されているから、ロッキングボタンがハウジングから浮き上がっていることによって半嵌合を検知し得ることを前提としているものと推認され、半嵌合検知機能も、その限度で記載されているものと認められる。
(4) 前記(2)イ、ウ(イ)認定のとおり、乙8コネクタは、タイコ日本が従前から製造販売していた乙9コネクタと構造が異なり、ロッキングボタンがハウジングの内側の隙間に入り込むという原告製SQUIBコネクタと同じ構造を採っていた。
しかし、前記(2)エ認定のとおり、乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタは、半嵌合を生ずる構造、半嵌合を解除する構造、半嵌合防止を実現する構造、ロッキングボタンの構造が異なる。また、乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタの共通点のうち、結合部分の小型化の技術は、前記(3)ア認定のとおり、FCIのコネクタにも従前から採用されており、遅くとも平成13年5月21日の時点において公知であり、ロッキングボタンの挿入の技術は、前記(3)イ(ウ)b認定のとおり、乙12公報により、その多くの部分が平成6年7月26日(同公報の出願公開日)の時点で公知となっていた。
このような事情に照らすと、乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタの構造に共通点が存在し、類似性があるとしても、そのことをもって、原告製SQUIBコネクタに関する本件コネクタ情報を用いて乙8コネクタが製作されたことの根拠とするには足りないものというべきである。
3 原告の主張(3)イ(トヨタ自動車の入札)について検討する。
(1) 原告の主張(3)イ(ア)ないし(ウ)のうち、トヨタ自動車のサイドエアバッグ用コネクタの入札においてタイコ日本が落札したことは、当事者間に争いがない。前記第2、2(4)記載のとおり、トヨタ自動車は、SQUIBコネクタの採用を入札コンペ方式により決定することとし、平成13年11月9日、要求仕様書が原告、
タイコ日本、FCIに交付され、同年12月3日、前記3社がトヨタ自動車に対してプレゼンテーションを行い、同月10日、入札の結果、タイコ日本が落札した。
(2) 乙第5号証及び弁論の全趣旨によれば、平成13年12月3日のプレゼンテーションの際には、完成品や試作品を提示することまでは要求されなかったことが認められ、また、前記2(3)ア認定のとおり、結合部分の小型化の技術は平成13年5月当時公知であり、前記2(3)イ(ウ)b認定のとおり、ロッキングボタンの挿入の技術も乙12公報によりその多くの部分が同月までに既に公知となっていた。したがって、乙8コネクタに上記の公知の技術以外の技術やノウハウが用いられており、また、乙第5号証に記載されたように、タイコ日本が平成13年5月から乙8コネクタの開発を始めたとしても、タイコ日本は、同年12月3日のプレゼンテーションまでに少なくともプレゼンテーションに必要な限度で乙8コネクタの開発を行うことは可能であったものと推認される。
(3) 原告は、トヨタ自動車から甲第6号証の図面とほぼ同じ内容の仕様書が提出されたのは、タイコ日本が被告を通じて甲第6号証の図面を取得し、そこに記載されたのと同様の製品をトヨタ自動車に提案したことによると考えられる旨主張する。
しかし、トヨタ自動車から提出された仕様書の内容は明らかではなく、同仕様書と甲第6号証の図面との間でどのような点が共通していたのか明らかでない。また、前記2(3)ア、イ(ウ)b認定のとおり、結合部分の小型化の技術、及びロッキングボタンの挿入の技術の多くの部分は公知であったから、それらの点において共通していたとしても、タイコ日本が被告を通じて取得した甲第6号証の図面に基づいて同様の製品をトヨタ自動車に提案したと認めることはできない。さらに、
前記2(2)エ認定のとおり、乙8コネクタと原告製SQUIBコネクタが、半嵌合を生ずる構造、半嵌合を解除する構造、半嵌合防止を実現する構造、ロッキングボタンの構造において異なることからすると、タイコ日本が、甲第6号証に記載された原告製SQUIBコネクタと同様のコネクタをトヨタ自動車に提案したとは考えられないところである。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(4) 原告は、原告製SQUIBコネクタの具体的な入札価格が平成13年5月の時点で確定しておらず、原告は被告に対して具体的な入札価格を知らせていなかったとした上で、原告は、被告に対し、開発経緯や開発に要した費用、使用する部品や納品ルートを知らせ、試作品や図面も示しているから、これらの情報を総合的に考慮すれば、被告が原告の入札価格を推測することは容易であったはずであると主張する。
しかし、弁論の全趣旨によれば、トヨタ自動車による入札に参加した原告、タイコ日本、FCIは、いずれもコネクタの大手企業であることが認められ、入札価格は近接していたことが推認される。そうすると、たとえ原告製SQUIBコネクタの開発経緯や開発に要した費用、使用する部品や納品ルートの情報を取得し、試作品や図面を有していたとしても、それらの情報から正確に原告の入札価格を推測し、
近接した範囲内においても原告の入札価格より低くなるように入札価格を決めるのは困難であったと推認される。したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
(5) これらの事情に鑑みるならば、タイコ日本がトヨタ自動車の入札において落札したとしても、そのことによって、被告が本件コネクタ情報をタイコに開示したと認めることはできないというべきである。
4 原告の主張(3)ウ(被告の出張前後の状況)について検討する。
(1) 原告の主張(3)ウ(ア)ないし(キ)のうち、被告が、日本への出張から帰った日の翌日である平成13年5月25日に、タイコオーストラリアの副社長(Vice President of Global Industrial and Commercial)であるXと会ったこと、被告が平成13年5月29日、タイコオーストラリアから給与等の条件を含めた申入れを受けたこと、被告がZから電話によって勧誘を受けたことは、当事者間に争いがない。
上記当事者間に争いのない事実と弁論の全趣旨によれば、被告は、平成13年5月17日、タイコのZから電話で転職の勧誘を受け、同日、タイコオーストラリアに転職した場合に上司となる副社長のXと電話で話し、同5月25日に会う約束をしたこと、被告は、日本への出張から帰った日の翌日である平成13年5月25日にXと会い、職務内容、報酬等について協議し、被告が報酬等の待遇について書面による提示を求め、同月29日、タイコオーストラリアからそれらについて書面による申出を受けたことが認められる。
(2) 他方、甲第17号証(後記(3)及び5記載の採用することができない部分を除く。)によれば、Pは、平成12年12月31日までJAUのマネージング・ディレクターであり、平成13年1月1日から日本に帰国して原告に復帰したことが認められるところ、乙第1号証によれば、Pから被告に対して日本へ出張するように要請があり、同月、PがQに対し、被告に出張の提案をした旨伝えたことが認められる。
また、乙第2、第3号証及び弁論の全趣旨によれば、被告が平成13年1月1日にJAUのマネージング・ディレクターに就任した時の報酬は年額7万6367オーストラリアドルであったが、同じくマネージング・ディレクターであったPの報酬は年額9万2000オーストラリアドルであり、当時被告の部下でありジェネラル・マネージャーであったバリー・プレデューの報酬は年額8万6608オーストラリアドル、前セールス・ディレクターであった者の退職時の報酬は年額11万オーストラリアドルであったこと、被告はQに報酬の増額を打診し、平成13年4月1日以降、年額7万8658オーストラリアドルに増額されたことが認められる。
乙第4号証によれば、タイコオーストラリアから被告に対する平成13年5月29日の申出の書面には、オーストラリア・ニュージーランドのジェネラル・マネージャーの地位を申し出ること、最初の給与は24万オーストラリアドルであること、業績目標の達成に基づき毎年ボーナスを得る機会が与えられること、タイコ株式5000株のストックオプションを付与されること、地位及び会社の方針に相応する他のすべての福利厚生制度に参加することなどが記載されていたことが認められる。
弁論の全趣旨によれば、被告は、オーストラリアへの帰国後、JAUのメルボルン事務所で会議を開き、日本への出張の内容をJAUのフィールド・セールス・チームに報告し、出張中に被告が書き取ったメモや、被告が原告から取得した製品のサンプルをすべてJAUの担当者に渡したことが認められる。
以上(1)、(2)記載の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) 前記(1)、(2)記載の認定事実によれば、被告の日本への出張は、Pの要請により行われたものであり、被告は、オーストラリアに帰国後、日本への出張の成果をJAUの担当者に引き継いだものと認められる。また、被告が転職を決意した主な理由は、タイコオーストラリアから申出のあった報酬の年額がJAUの3倍以上であったことにあり、被告は、平成13年5月17日、Zから電話で転職の勧誘を受けた時点では転職を決意していなかったが、同月25日にXと会い、報酬等について協議した時点で転職の意向を強め、同月29日、タイコオーストラリアから報酬等の待遇について書面による申出を受けた時点で転職を決意したものと推認される。
そうであるとすれば、被告の出張前後の状況に鑑みても、被告が本件コネクタ情報を含む本件説明情報を不正取得し、又はそれらの情報をタイコに開示したと認めることはできないというべきである。
原告は、被告に転職を勧誘したZの地位、被告の前任者の解任時期、出張予定の変更などを根拠として、被告が原告の営業秘密を不正取得してタイコに開示した旨主張し、甲第17号証にはその主張に沿う記述があるが、本件において証拠により認定することができるところに照らせば、被告が原告の有する技術上又は営業上の情報で公然と知られていないものを取得してタイコに開示したことは立証されていないというべきであり、甲第17号証の上記記述は推測の域を出ないものと言わざるを得ず、この点に関する原告の主張は、採用することができない。
5 原告の主張(3)エ(営業秘密の不正取得)について検討する。
本件コネクタ情報を含む本件説明情報が原告の営業秘密であるかどうかは措くとして、これまで述べたところによれば、コネクタの構造の類似性(原告の主張(3)ア)、トヨタ自動車の入札(原告の主張(3)イ)、被告の出張前後の状況(原告の主張(3)ウ)のそれぞれについて証拠により認定されたところに照らしても、また、それら証拠により認定されたところを総合しても、被告が本件コネクタ情報を含む本件説明情報を取得し、又はそれらの情報をタイコに開示したことは認めることができないというべきである。甲第5号証、第16、第17号証のうち、この認定に反する部分は採用することができず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
6 原告の主張(4)(転職の秘匿による不法行為)について検討する。
前記4(3)認定のとおり、被告は、日本への出張から帰国した後の平成13年5月25日以降、転職の意向を強め、転職を決意するに至ったものであって、同月21日に日本に出張する前には、同月17日、電話で転職の勧誘を受けたのみで、
未だ転職を決意しておらず、転職の可能性が存在するのみであった。転職の勧誘を受け、転職の可能性があるだけの場合には、そのことによって、出張を中止し又は出張を延期する信義則上の義務が生ずるとする根拠はないというべきであり、他に、被告には、日本への出張を中止し又は出張を延期する信義則上の義務があったことを肯定するに足りる事情が存在したことの主張、立証はない。
かえって、前記3(2)認定のとおり、被告は、オーストラリアへの帰国後、JAUのメルボルン事務所で会議を開き、日本への出張の内容をJAUのフィールド・セールス・チームに報告し、出張中に被告が書き取ったメモや、被告が原告から取得した製品のサンプルをすべてJAUの担当者に渡したことから、被告は、日本出張についてJAUのマネージング・ディレクターとしての責務を果たしたということができる。
7 以上によれば、原告主張の営業秘密の不正取得、開示による不法行為に関しては、被告が原告の保有する技術上又は営業上の情報で公然と知られていないものを取得し、これが利用されたことにより営業上の損害を生じたという客観的事実関係について証明されていない。また、被告が転職を秘匿して日本に出張したとの事実による不法行為の主張についても、日本出張時に転職が決まっていた事実は認められず、出張を中止ないし延期すべき信義則上の義務を肯定するに足りる客観的事情が存在したことも証明されていない。
したがって、本件については、民事訴訟法の不法行為地の裁判籍の規定(同法5条9号)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定することはできず、
他に、我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定する根拠はない。
8 よって、本件訴えは、我が国の裁判所に国際裁判管轄を肯定することができず、不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 中平健
裁判官 大濱寿美
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